Blog. 映画『東京家族』(2013) 久石譲インタビュー 劇場版パンフレットより

Posted on 2016/3/4

2013年公開 映画「東京家族」 山田洋次監督50周年記念作品
監督:山田洋次 音楽:久石譲

山田洋次監督と初タッグとなった作品です。

 

過去にも雑誌インタビューや山田洋次監督との対談など、さまざまな久石譲インタビュー内容をお伝えしています。

ここでは映画公式パンフレットに掲載された久石譲インタビュー内容をご紹介します。

 

インタビュー

音楽が少ないからこそ、そのなかで、効果的な変化をつける。

-これまでの久石さんの映画音楽のアプローチは音と画を拮抗させ、そのぶつかり合いのなかから某かのものを醸し出す方法論が多かったと思いますが、今回は驚くほど奥に引いています。それはある意味、挑戦だったのではないでしょうか?

久石:
そうですね。まず台本を読んだ段階で、今回はあまり音楽を前に出さず、包み込むようなものが良いだろうとは思ったんです。山田監督とお話させていただいた時も「空気のように、劇を邪魔しないものを」という注文がありました。現にラッシュ(撮影済みで未編集のフィルムや映像)を観ても音楽が入る余地が全然ない(笑)。これはもう劇を受け止めるような音楽を書かなければ駄目だなと。

 

-山田監督とは、これが初めてのお仕事ですね。

久石:
ええ。ですので山田監督とは何度もお話させていただいたのですが、そのなかでさりげなく、例えば僕の映画音楽の先生でもあった佐藤勝さんがおやりになった『幸福の黄色いハンカチ』(77)の音楽は良かったですね、とふると「いや、今回は違うんだよ」(笑)。つまり山田監督のなかで音楽プランは明快で、もはや『幸福の黄色いハンカチ』のクライマックスを盛り上げる音楽すらいらないんだと。僕は劇伴(映画音楽の劇中曲を指す業界用語)という言葉が大嫌いなのですが、要は劇の伴奏的に場面を盛り上げる音楽を監督は一切排除されている。だから音楽を入れる場所を探すのに時間はかかりましたけど、監督ご自身にブレが全くなかったので、とてもやりやすかったですね。

 

-冒頭のメインタイトルの後、次の音楽が流れるまで20分ほどかかります。全体の曲数の少なさにしても、久石さんの映画音楽キャリアとして記録的なのでは?

久石:
おっしゃる通りです(笑)。

 

-しかし、少ないながらも入る箇所は的確で、音楽が流れるごとにあの老夫婦の心情と呼応し支え合い、じわじわと相乗効果がもたらされていくのがわかります。

久石:
最終的にはお母さんが亡くなり、お父さんが独り残される。そのことをメインに据えて、そこに至るまでをどう行くかというのが、今回はプランとして非常に大事でした。例えば病院の屋上でお父さんが次男に「母さん、死んだぞ」と言うところまでは、ピアノを一切使ってないんですよ。逆にその後からは、ピアノを自分で弾いています。音楽が少ないからこそ、そのなかで効果的な変化をつけたかったんですね。

 

-エンドタイトルでは一転して音楽がカーテンコールのように高らかに鳴り響くのもいいですね。

久石:
エンドタイトルは山田さんが「今まで抑えてもらっていた分、ここは好きなだけ盛り上げてください」と。もっとも、ここだけそんなに盛り上げるわけにもいかないだろうと思って(笑)、ああいう感じになったんですけどね。

 

-『東京物語』(53)が「人生は無である」と説いた映画だとすれば、『東京家族』は「人生は決して無ではない」と説いている映画だと思います。だからあのお父さんが独りになって終わるラストも、厳しくはあれどこか明るい感触を受けますし、エンドタイトルの高らかな音楽はその後押しとして、観る者まで前向きな気分にさせてくれます。

久石:
そういう風に捉えていただけると嬉しいですね。僕も『東京物語』は大好きな映画なのですが、『東京家族』はそれと同じストーリーラインではありながら、やはり山田監督独自の世界観でしたので、こちらも特に意識することはなかった・・・と言いますか、先ほど申しましたように意識するどころではないほど大変だったわけです。今回は本当にオーケストラを薄く書いているんですけど、痩せないように書く方法とでもいいますか、その作業も難しかったし、40秒の曲を書くのに普段の3分以上の曲を書くのと同じ労働量を必要としました。でもその代わり、新しい技もいくつか開発しましたので、もう次からは何が来ても怖くない(笑)。何よりも今回は憧れの山田作品に自分の音楽を入れさせていただくことができたわけですから、本当に光栄でした。

(映画「東京家族」劇場版パンフレット より)

 

東京家族 久石譲 山田洋次

 

 

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