Blog. 「クラシック プレミアム 9 ~ベートーヴェン2~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2014/06/20

「クラシックプレミアム」第9巻はベートーヴェン2です。

記念すべき創刊号の第1巻がベートーヴェン1として、交響曲第5番《運命》や交響曲第7番などが、
カルロス・クライバーによる名指揮にて特集されていました。今回のベートーヴェン2では、交響曲第3番《英雄》と二つの序曲が収録されています。

毎号特集されている作曲家の伝記のようなものが紹介されていますが、それと同時に収録されている盤の指揮者やオーケストラなどにも触れていて、今回は日本を代表する指揮者、小澤征爾さんのことも解説されていました。

小澤征爾さんのことを知ったときから、それはすでに「世界のオザワ」という代名詞がついていたわけですが、なぜそこまで称されているのか、その理由が少し垣間見れる内容でした。

 

【収録曲】
交響曲 第3番 変ホ長調 作品55 《英雄》
クラウディオ・アバド指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1985年(ライヴ)

《エグモント》序曲 作品84
小澤征爾指揮
サイトウ・キネン・オーケストラ
録音/1997年

《レオノーレ》序曲 第3番 作品72a
小澤征爾指揮
サイトウ・キネン・オーケストラ
録音/1998年

 

「久石譲の音楽的日乗」第9回は、曲はいつ完成するのか?

今回もリアルタイムな久石譲自身の活動にリンクしています。それは5月に台湾で世界初演された「風立ちぬ 第2組曲」です。大盛況に終わったコンサートだったようですが、世界初演ということで、まだ日本ではお披露目されていません。それもおそらく8月のW.D.Oでのコンサートなどで聴けるのではないでしょうか。

 

ということで今回も印象に残ったエッセイ内容から一部ご紹介します。

「このところ、宮崎さんの映画『風立ちぬ』に作曲した楽曲をコンサート用に書き直している。5月の初旬に台湾で2回、ベートーヴェンの交響曲第9番のコンサート(エヴァーグリーン交響楽団とウィーン国立歌劇場合唱団)を行うのだが、そのとき一緒に演奏するためのものだ。」

「実は昨年の暮れ、東京と大阪で行った第9コンサートでも《風立ちぬ》は演奏している。それなのに何故もう一度書き直しをするのかというと、今ひとつ気に入らなかった、しっくりこない、など要は腑に落ちなかったからだ。これは演奏の問題ではなく(演奏者は素晴らしかった)あくまで作品の構成あるいはオーケストレーションの問題だ。」

「昨年のときには映画のストーリーに即し、できるだけオリジナルスコアに忠実に約16分の組曲にしたのだが、やはり映画音楽はセリフや効果音との兼ね合いもあって、かなり薄いオーケストレーションになっている。まあ清涼な響きと言えなくもないけど、なんだかこじんまりしている。そこで今回、もう一度演奏するならストーリーの流れに関係なく音楽的に構成し、必要な音は総て書くと決めて改訂版を作る作業を始めたのだが、なんと23分の楽曲になって別曲状態になってしまった。そこで後に混乱しないようにタイトルも第2組曲とした。」

「まったく作品はいつまでたっても完成しない。それは映画音楽であろうと作品であろうと同じだ。いったい作曲家はいつその作品の作曲を終了するのか?どこで完成したと判断するのだろうか?」

「僕の場合ははっきりしている。レコーディングかコンサートに間に合わせる、つまり締め切りがあるからそれまでに仕上げる。納得がいかなくともなんとかそこで帳尻をあわせる。そして気に入らなかったらまた次のチャンス(締め切り)に再度トライする。」

「つまり作曲した作品は永遠に完成しない。次の演奏するチャンスと時間があれば、おそらく大多数の作曲家は手を加えたくなるのだ、困ったことに!」

 

なんともあくなき創作活動と言ってしまえばそうですが、ある意味悩みのつきない永遠の課題のようですね。

ふと思ったのですが。たしかにこれは”無形芸術”として特有なのかもしれませんね、音楽作品は。他の芸術作品は、映画にしろ、絵、彫刻などにしろ『完成したカタチ』があります。つまり”有形芸術”ということになります。

最高傑作だろうが後悔が残ろうが、その作品に封じ込められます。がしかし、音楽には目に見える、触れる、という意味でカタチがありません。だから、完成形を永遠に探求してしまう、ということでしょうか。

誤解を恐れずに言えば、なんだか良い面も悪い面もあるような気がします。もし多くの芸術作品で、作家の思いに後悔が残れば、また次への創作意欲として、それは次の作品として実を結ぶわけです。

もちろん音楽もその原理原則は同じだとは思うのですが、どうも「書き直す、書き加える」作業ができるという点で、いつまでも過去の呪縛がつきまとっているような気さえしてきます。

そうは言っても、このクラシックプレミアム・シリーズで紹介されている作曲家たちも、書き直しや改訂といった作業は、日常茶飯事だったようなので、それがまた音楽の”完成形のない無限の可能性”という恩恵なのかもしれませんね。

 

久石譲も、今回取り上げられている『風立ちぬ』音楽だけでなく、前号で紹介した「フィフス・ディメンション」、さらにはこの台湾コンサートで同じく改訂初演された「魔女の宅急便」など、やむことのない創作活動と現時点での完成形を多く披露しています。

もっといえば、昨年TVで見た「読響シンフォニックライブ」でも、「オーケストラ ストーリーズ となりのトトロ」は、CD発表された2002年の録音とは、確実に改訂されていました。構成ではなく、細かいオーケストレーションだと思うのですが。

直近の久石譲コンサート活動は別途まとめています。

こちら ⇒ Concert 2010-

 

あくまでも聴き手にはわかる部分とわからない部分があるとは思いますが、常に変化しつづける音楽というのは魅力的ですね。さてこの2014年夏、久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラにて、「風立ちぬ 第2組曲」などは日本初披露されるわけですが、ぜひCDとしてもその完成形を封じ込めて、作品化してほしい!と熱望しています。

 

クラシックプレミアム9 ベートーヴェン2

 

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