Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」 コンサート・レポート

Posted on 2017/08/23

8月2日から8月16日まで国内5都市と韓国ソウルを回る「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」コンサートツアー。2014年から2016年までの「鎮魂3部作」テーマが完結し今年は。久石譲による新作書き下ろし初演をふくむAとBふたつのプログラムを引きさげ壮大なスケールで各地を魅了しました。宮崎駿監督作品の楽曲を交響組曲にするプロジェクトは第3弾「交響組曲 天空の城ラピュタ」、さらに「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」も披露するなど、今年のW.D.O.も出し惜しみなしの熱い夏。

 

まずは演奏プログラム・アンコールのセットリストから。

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017
Joe Hisaishi & World Dream Orchestra 2017

[公演期間]  
2017/8/2 ~ 2017/8/16

[公演回数]
7公演
8/2 広島・上野学園ホール A
8/3 大阪・フェスティバルホール A
8/4 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール B
8/6 福岡・アルモニーサンク北九州ソレイユホール B
8/8 韓国 ソウル・ロッテ コンサートホール B
8/9 韓国 ソウル・ロッテ コンサートホール A
8/16 東京・東京国際フォーラム ホールA A

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ

[B オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」ナレーター]
養老孟司(解剖学者)8/4 神奈川
鈴木敏夫(スタジオジブリ・プロデューサー)8/6 福岡
藤井美菜(女優)8/8 ソウル

[曲目]
【Aプログラム】 All Music by Joe Hisaishi
TRI-AD for Large Orchestra
ASIAN SYMPHONY
1. Dawn of Asia
2. Hurly-Burly
3. Monkey Forest
4. Absolution
5. Asian Crisis

—-intermission—-

【mládí】for Piano and Strings
Summer
HANA-BI
Kids Return

交響組曲「天空の城ラピュタ」
Original Orchestration by Joe Hisaishi
Orchestration by Chad Cannon

 

【Bプログラム】 All Music by Joe Hisaishi
TRI-AD for Large Orchestra
Deep Ocean
1. the deep ocean
2. mystic zone
3. trieste
4. radiation
5. evolution
6. accession
7. the origin of life
8. the deep ocean again
9. innumerable stars in the ocean

—-intermission—-

【Hope】for Piano and Strings
View of Silence
Two of Us
Asian Dream Song

オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」

—-encore—-
Dream More ※大阪 / 韓国A / 東京 のみ
World Dreams ※全公演

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場にて販売された公式パンフレットより紐解いていきます。

 

W.D.O.の夏がきた

W.D.O.の夏がきました。今年のテーマはエンターテインメントです。2014年から始まった鎮魂3部作が去年の「THE EAST LAND SYMPHONY」をもって完結し(いや、心情としては続いていますが)次は楽しいコンサートにしたいと思ったわけです。

前半はミニマル・ミュージック(僕のライフワークです)をベースにした楽曲ですが楽しめるものを、後半は最近あまり演奏していなかった曲を含めてメロディー中心の楽曲を選びました。

また弾き振り(ピアノを弾きながら指揮もする)もおこないます。これは昨年の大阪ジルベスターコンサートで初めて実践し、今年もチェコのプラハ等で好評だったのでW.D.O.としても初めて試みます。ちなみに今までは指揮の合間にピアノを弾いていたのですが今回はピアノの合間に指揮をする? ややこしいですね、その違いをぜひご覧ください。以下は各楽曲についての一口コメントです。

A・Bプロ共通の「TRI-AD」は3和音を基本コンセプトにした祝典序曲です。金管楽器のファンファーレは幾十にも重なって微妙なハーモニーを作り出します。とにかく元気な楽曲です。タイトルの「TRI-AD」は3和音という意味です。

「ASIAN SYMPHONY」は2006年におこなったアジアツアーのときに初演した「アジア組曲」をもとに再構成したものです。新たに2017年公開の映画『花戦さ』のために書いた楽曲を加えて、全5楽章からなる約28分の作品になりました。一言でいうと「メロディアスなミニマル」ということになります。作曲時の上昇カーブを描くアジアのエネルギーへの憧れとロマンは、今回のリコンポーズで多少シリアスな現実として生まれ変わりました。その辺りは意図的ではないのですが、リアルな社会とリンクしています。

「Deep Ocean」は同名のNHKドキュメンタリー番組のために書いた曲をコンサート楽曲として加筆、再構成したものです。去年の大阪ジルベスターコンサートで初演しましたが、今年の夏に最終シリーズとしてオンエアーされる楽曲を新たに加えてリニューアルしています。ミニマル特有の長尺ではないので聴きやすいと思いますし、ピアノ2台を使った新しい響きをお楽しみください。

弾き振りの「HOPE」はフィギュアスケートの羽生結弦さんが昨シーズンの演目で採用していた楽曲が2曲含まれています。また「mládí」は北野武監督映画に作った楽曲を構成したものです。チェコ語で青春という意味でヤナーチェクにも同名のタイトル曲があります。

オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」の目玉はナレーターです。僕が最も敬愛する養老孟司先生、ジブリの鈴木敏夫さん、それに若手の藤井美菜さんというなんとも豪華な顔ぶれです。同じ楽曲がナレーターによって別の世界が生まれる。個人的には一番楽しみなコーナーです。

最後に「天空の城ラピュタ」について。先日高畑勲監督と『かぐや姫の物語』の上映前にトークイベントをおこなったのですが、このラピュタについての話題がもっとも長かった。それだけ思い入れがあったわけです。考えてみれば宮崎監督、高畑勲プロデューサーという両巨匠に挟まれてナウシカ、ラピュタを作っていたわけですから、今考えれば恐ろしいことです。

今回すべてのラピュタに関する楽曲を聴き直し、スコアももう一度見直して、交響組曲にふさわしい楽曲を選んで構成しました。約28分の組曲ができました。

以上、長くなりましたが、楽しいコンサートになれば幸いです。そしてコンサート会場を出たあと、満面の笑顔があらんことを。

久石譲

(「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」コンサート・パンフレット より)

 

 

 

さて、久石譲本人による楽曲解説で充分にコンサートの雰囲気は伝わると思います。補足程度に感想や参考作品、アンコールもまじえてご紹介していきます。いや、とことん長い!はりきっていきましょう。今回はBlog.とOvertone.のはざまのテンションで書き進めていきます。(Blog.は「久石譲、私」、Overtone.は「久石さん、僕」、文章の書き方やくずし方など微々たる線引きがあったりします。)

 

各会場特設販売コーナー、今年は久石譲最新ソロアルバム「ミニマリズム3」とパンフレットのセット販売ということで、いつもCDを手にとらない人も聴くきっかけになったかもしれませんね。ファンのなかには、先にCDを買っていて2枚になっちゃったという人も!?(はい、僕もその一人です)。そんな人は、久石譲音楽を聴いてほしい人にCD1枚プレゼントしてはいかがでしょうか♪

 

 

 

TRI-AD for Large Orchestra 【A / B】
全公演でオープニングを飾った曲です。「トライアド」と読みます。”3和音を基本コンセプトにした祝典序曲”とあるとおりとても華やか幕開けにふさわしい快活な管楽器の咆哮が印象的です。最新CD作品「Minima_Rhythm III ミニマリズム3」にもレコーディング音源初収録されています。演奏しているのは本公演と同じ新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラです。フル・オーケストラの魅力がつまったこの作品は、これから始まるオーケストラ・イントロダクションとしても期待を高める圧巻の響きと臨場感。CDやコンサートで聴けば聴くほど、いろいろな音が新しく顔を出してくるおもしろさ。ぜひいつの日かスコアを眺めながら聴き楽しみたい作品です。読めません、でも耳では聴こえてこなかった楽器やパートを総譜で追いながら耳をすませる。そんな至福の音楽時間です。

「TR-AD」のもう少し詳しい久石譲解説、また2016年長野初演から計4-5回コンサートで聴いてきた立体音空間(音がまわる・音がうねる)、オーケストラ楽器配置(対向配置)の魅力など感想も一緒に下記CD作品ページにて記しています。ぜひ最新の久石譲を感じとってください。

 

 

ASIAN SYMPHONY 【A】
1. Dawn of Asia / 2. Hurly-Burly / 3. Monkey Forest / 4. Absolution / 5. Asian Crisis
2006年初演から長い沈黙をまもってきた大作、ついにその封印がとけた瞬間でした。久石譲解説に「メロディアスなミニマル」とあります。当時の言葉を補足引用すると「僕の作曲家としての原点はミニマルであり、一方で僕を有名にしてくれた映画音楽では叙情的なメロディー作家であることを基本にした。ただそのいずれも決して新しい方法論ではない。全く別物の両者を融合することで、本当の意味でも久石独自の音楽を確立できると思う。ミニマル的な、わずか数小節の短いフレーズの中で、人の心を捉える旋律を表現できないか…」(CD「Asian X.T.C.」ライナーノーツより)、久石譲が現代の作曲家として強い意志をもって創作した作品「アジア組曲」改め「ASIAN SYMPHONY」です。

めまぐるしいアジアの成長と魅惑を時代の風でかたちにした2006年版「アジア組曲」、それはまさに天井知らずのエネルギーの解放であり同時に先進国が辿ってきた発展後にある危機(Crisis)を警鐘したものとなっていました。それから11年、現代社会におけるアジア、世界におけるアジアは、今私たちがそれぞれ感じとっているすぐ隣にある現実です。

久石譲が「ASIAN SYMPHONY」への進化でリコンポーズしたもの。既出4楽曲は大きな音楽構成の変化はありません。それでも当時の「アジア組曲」の印象とは変わった空気を感じる。溢れ出るエネルギーのなかに無機質な表情で鼓動する怒涛のパーカッション群、パンチの効いた鋭利な管楽器群。躍動的で快活なのに決して手放しで笑ってはいない。そんなシリアスな変化を感じとったような気がします。

そしてもうひとつ注目すべきは、映画『花戦さ』のために書かれた音楽から「4. Absolution」として組み込まれた楽曲。映画サウンドトラック盤では「赦し」(Track-21)として収録されています。そっと手をさしのべられるような、言葉少なにそっと寄り添ってくれるような、慈愛に包まれた楽曲。悠々と感情たっぷりに歌うのではなく、弦楽の弦のすすりが聴こえる涙腺の解放。”罪を赦す”というように、過去の過ちをも包みこみ苦しまなくていい安らかな気持ちで生きていきなさい、そんな意味あいになるのかなあと思います。”相手を赦す・自らを赦す”、そして前向きに未来へ歩んでいく。映画音楽のために書き下ろされた、誤解をおそれずにいえば「エンターテインメントのための楽曲」がこうやって「久石譲オリジナル作品の一部」として組み込まれる。これはこれまでにはなかったことで、とても重要なポイントなのかもしれません。それだけに「4. Absolution / 赦し」という楽曲に対する久石譲の納得と確信を感じます。見方をかえれば、映画音楽の一楽曲としては時とともに流れてしまう可能性のあるものが、オリジナル作品の一楽章として新しい命を吹きまれた、そして未来へとつながっていくもうひとつの機会を得ることのできた楽曲。そう思いめぐらてみるとこの楽曲が加えられたことに深い感慨をおぼえます。

そして、赦しのあとの警鐘。同じ過ちをくり返す危機(Crisis)、今までになかった新しい危機(Crisis)。そんな現実を僕たちは力強く生きていかなければいけない。久石さんは、当時のインタビューで「危機(Crisis)の中の希望」というフレーズを口にしています。危機を警鐘するだけではない、その中から希望をつかんで切り拓いていく、そんなエネルギーを強く打ち響かせる作品です。

壮大な大作「ASIAN SYMPHONY」の「アジア組曲」からの変遷は、時系列でまとめていますので、ぜひ紐解いてみてください。どんな音楽が気になった人はCD作品「Asian X.T.C.」でアンサンブル版を聴いてみてください。2016年「THE EAST LAND SYMPHONY」につづき2017年「ASIAN SYMPHONY」。こうやって久石さんの”シンフォニー”がひとつでも多く着実に結晶化している喜びをひしひしとかみしめながら聴きいっていました。そして1年後には…CD化が実現してくれることを強く願っています。

久石譲 『 Asian X.T.C.』

 

 

Deep Ocean 【B】
1. the deep ocean / 2. mystic zone / 3. trieste / 4. radiation / 5. evolution / 6. accession / 7. the origin of life / 8. the deep ocean again / 9. innumerable stars in the ocean
2016年から2017年にかけて全3回シリーズで放送される「NHKスペシャル シリーズ ディープオーシャン」のために書き下ろされた楽曲を演奏会用にまとめたものです。2016年大晦日ジルベスターコンサートで事前予告なく初披露されサプライズとなりましたが、今回「3.trieste」「7.the origin of life」が追加され9つの小品からなる作品へと再構成されています。久石譲の最も旬ソリッドなミニマル・ミュージックが堪能できる作品です。

小編成オーケストラとピアノ2台という大掛かりなステージ配置変更をしての演奏は、楽器ひとつひとつの微細な音、普段なかなか見聴きできない打楽器群、特殊奏法による音色のおもしろさ、ミニマル特有のズレをあますことなく体感できる贅沢な音空間です。冒頭から一瞬で神秘的な深海の世界へと誘ってくれます。

気になる追加された2楽曲は、どうもコンサートで初めて聴くような。7月にオンエアされたばかりの第2集からの音楽ではなく、8月にオンエア予定の第3集からのものかもしれません。「3.trieste」は明るく清らかなミニマル音楽だった印象で、「7.the origin of life」は生命の起源にふさわしく音楽の起源バロック音楽まで遡ったような優美な旋律だった印象。第2集はTV放送後何回もリピートしています、たぶん流れていなかったと思います。

その答えは8月27日放送、第3集「超深海 地球最深(フルデプス)への挑戦」(NHK総合21:00)で確認したいと思っています。それまで曲の印象を覚えていられるか心配ですけれども。

エンターテインメント音楽(TV番組メインテーマ)としては贅沢なほどに作り込まれた完成度、楽器編成としても意欲作。久石譲オリジナル作品という位置づけでもまったくおかしくない最新の久石譲がたっぷりつまったメインテーマをはじめ、久石譲独特のミニマル・グルーヴを感じる楽曲群。TVでなんとか耳をすませ、コンサートで臨場感たっぷりに体感し、それでファンとして終われるはずがありません。もしオリジナル・サウンドトラックが発売されたとき、それは久石譲ミニマルアルバムという肩書きでもおかしくない逸品ぞろいです。「これサントラのクオリティ超えてるよね!久石さんのオリジナルアルバムかと思った!」なんて言いたい、そんな日がきっと訪れますように。

久石さん、サントラ出してくれますか? NHKさん、尽力してくれますか? どうかよろしくお願いします!

 

 

【mládí】for Piano and Strings 【A】
Summer / HANA-BI / Kids Return
久石譲弾き振り(ピアノを弾きながら指揮もする)コーナーです。Aプログラムでは北野武監督作品からおなじみのメインテーマをセレクトし久石譲ピアノと弦楽オーケストラによる演奏です。おなじみでありながらここ数年のコンサートでは聴く機会のなかった「HANA-BI」「Kids Return」というプログラムには多くのファンが歓喜したはずです。

「Summer」はピアノとヴァイオリン・ソロの掛け合いがみずみずしく爽やかで、弦楽もピチカートではじけています。きゅっと胸をしめつけられるような思い出の夏、日本の夏の代名詞といえる名曲です。この曲が生演奏で聴けただけで、今年の夏はいいことあった!と夏休みの絵日記が大きなはなまるひとつで終わってしまうくらい、観客へのインパクトと感動は超特大花火級です。

「HANA-BI」は一転して哀愁たっぷりでしっとりななかに内なるパッションを感じる演奏。特に後半はピアノで旋律を弾きながら、低音(左手)で重厚に力強くかけおりる箇所があるのですが、今回それを弦楽低音に委ねることでより一層の奥深さが際立っていたように思います。ピアノも同フレーズ弾いていましたけれど、従来のようなメロディを覆ってしまうほどの激しい低音パッションというよりも、ぐっとこらえたところにある大人の情熱・大人の覚悟のようなものを感じるヴァージョンでした。渋い、貫禄の極み、やられちゃいます。

「Kids Return」は疾走感で一気に駆け抜けます。弦のリズムの刻み方が変わってる、と気づきかっこいいと思っているあっという間に終わってしまいました。そして今回注目したのが中音楽器ヴィオラです。相当がんばってる!このヴァージョンの要だな、なんて思った次第です。ヴァイオリンが高音でリズムを刻んでいるときの重厚で力強い旋律、一転ヴァイオリンが歌っているときの躍動感ある動き、かなり前面に出ていたような印象をうけます。管弦楽版にひけをとらない弦楽版、フルオーケストラ版では主に金管楽器の担っている重厚で高揚感あるパートをストリングス版ではヴィオラが芯を支える柱として君臨していたような、そんな気がします。これはスカパー!放送でじっくり確認してみたいところです。

ピアノとストリングスで3曲コーナーか、なんて安直なこと思ったらいけません。こんなにも楽曲ごとに色彩豊かに表情豊かにそれぞれ異なる世界観を演出してくれる久石譲音楽。メロディは違っても楽器編成が同じだからみんな同じように聴こえる、そんなことの決してない三者三様の巧みな弦楽構成。清く爽やかで、憂い愛のかたち、ひたむき疾走感。それは誰もが歩んできた「mládí」(青春)のフラッシュバックであり、少年期・円熟期・青年期いつまでも青春そのもののようです。

 

【Hope】for Piano and Strings 【B】
View of Silence / Two of Us / Asian Dream Song
約30名の弦楽オーケストラと久石譲ピアノの共演にて。往年の名曲たちが極上の響きとなって観客を陶酔させてしまったプレミアム・プログラムです。あまりにも素晴らすぎて、語ることがありません。

「View of Silence」や「Asian Dream Song」は、「a Wish to the Moon -Joe Hisaishi & 9 cellos 2003 ETUDE&ENCORE TOUR-」の楽曲構成・ピアノパートをベースにしていると思いますが、9人のチェリストから約30人のストリングスへ、豊かな表現と奥ゆかしさで、たっぷりねかせた&たっぷり待ったぶん熟成の味わい。

「Two of Us」は、コンサートマスター(ヴァイオリン)&ソリスト(チェロ)&久石譲(ピアノ)を中心に、バックで弦楽が包みこむ贅沢なひととき。楽曲構成・ピアノパートは「Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~」収録バージョンに近いと思います。そこに弦楽(ストリングス)が大きく包みこむイメージです。

(【HOPE】レビュー 「ジルベスターコンサート2016」コンサート・レポートより)

 

Bプログラムでの3曲もまた往年ファンにとってはたまらない選曲です。そして2016年フィギュアスケート羽生結弦選手が「Hope&Legacy」というフリープログラムで「View of Silence」と「Asian Dream Song」を採用したことは大きな話題となり一躍注目を浴びました。そんなきっかけで久石譲ファンになった人もいるでしょうし、懐かしい名曲へのスポットライトに感動をおぼえたかつての久石譲ファンも。久石譲ファンが時代を越えてクロスオーバーするエポック的作品になっていくのかもしれません。楽曲としてもファンの広がりとしても、間違いなく過去と現在をつないだ記念碑的な象徴。いい音楽は何度でも甦る、いつでも命をふきかえす、おそらく立ち会えない未来においても、廻りつづける尊いサイクル。そんな音楽のもつ力を肌で感じ、まざまざと証明してみせた名曲です。コンサートではオリジナルフルサイズをいまの久石譲の音楽構成とピアノによって演奏された、そのことに大きな価値がある、そんな楽曲たちです。

 

【A・B】あわせて「for piano and Strings」について。近年のコンサートを振り返ると「ジルベスターコンサート2016」から初の試みとなり観客の反応と久石譲の手応えでW.D.O.としてもプログラミングされたコーナー。フルオーケストラコンサートのなかに久石譲ピアノ+弦楽オーケストラ、バラエティ豊かというより、それは音世界のコントラスト変化を感じとることができる至福のときです。一気に会場の空気がかわる。管弦楽と弦楽でこんなにもオーケストラってかわるんだと観客はひとつのコンサートで二度得したような気分に陶酔してしまいます。なんとも贅沢なコンサート構成、ぜひこれからもつづいてほしいコーナーです。

【A・B】あわせて久石譲ピアノについて。やっぱりいい、としか言いようがないんです(って、これどこかでも同じ言い回しを使った記憶)。論理で解決できること、それは作曲家自らによる演奏だから。でもそれだけじゃ到底説明することができないなにかがあるんです。特に最近の久石さんの奏でるピアノの音色は円熟味を感じます。とてもやわらかい、凛とたった、ピュアで無邪気な、悟ったような慈しみのある、いくつもの矛盾する表現が浮かびますでもそれが音を多面的につくっている。

プログラムが前後します「となりのトトロ」から「まいご」も「Dream More」もピアノが旋律を奏でます、W.D.O.楽団奏者によるたしかな演奏です。あっ、ピアノの音が鳴っているなと思います。でも、このコーナーでたっぷり聴くことができるピアノや、「天空の城ラピュタ」から「君をのせて」、「風のとおり道」「となりのトトロ」で顔をのぞかせるピアノ、それは仮に目をつぶって聴いていたとしても、久石さんが弾いてるんだとわかる。あっ、久石譲の音が鳴っているなと思います。音を聴くだけで誰が弾いているかわかるピアニスト日本に何人いるんだろう? と僕なんかは思います。そのくらい指揮をする手も音を紡ぎ出す手も、かけがえのない宝物です。同じ時代に生きて同じ空気のなかで聴けてほんとうによかった。

久石譲 『Shoot The Violist〜ヴィオリストを撃て〜』

 

 

交響組曲「天空の城ラピュタ」 【A】
ジブリ交響作品シリーズ第3弾です。どんなイントロで始まるのかなと楽しみにしていました。CD「天空の城ラピュタ シンフォニー編 大樹」から「プロローグ~出会い」をベースとした導入部になっていました。ほかにも「Gran’ma Dola」などがたっぷり聴けました。

ちょっとわかりやすく解説するのが難しいのです。

1.「交響組曲 天空の城ラピュタ」はストーリーの展開に大枠では即したラピュタ音楽のダイジェスト、いやオールハイライトのような贅沢な音楽構成になっています。

2.オーケストラ+シンセサイザーで編成され本編シーン尺にあわせた「サウンドトラック盤」からではなく、オーケストラ編成で音楽作品として制約なしに成立している「シンフォニー編」をベースにしているパートもあります。

3.2002年北米公開に合わせてリコンポーズ、リオーケストレーションされた「天空の城ラピュタ USAヴァージョン・サウンドトラック」からの楽曲やオーケストレーションがふんだんに盛り込まれています。

この大きな3つの土台があり、久石譲解説に「今回すべてのラピュタに関する楽曲を聴き直し、スコアももう一度見直して、交響組曲にふさわしい楽曲を選んで構成しました。約28分の組曲ができました。」という、巨渦に入り乱れ再構築された大迫力のラピュタの世界が姿を現していました。約28分ですか、あっという間だったな。

さて、話を冒頭に戻すと、どんなイントロからはじまるのか楽しみにしていた本作品。シンフォニー編の「プロローグ~出会い」をベースとしながらも、オープニングのクライマックスはUSA盤が踏襲されていました。どういうことかというと…USA盤では「シータが空から降ってきて飛行石が光るその瞬間」に音楽が盛り上がってバーンッ!といくようにオリジナルサントラ盤にはない数小節のタメが加筆されはさまれていますそのヴァージョンを聴くことができて超感動!86年公開ラピュタは飛行石が光る瞬間と音のピークが数秒ずれていますでも数小節をはさむほどの長い秒数ではないそうUSA盤はそこにいくまでの前半のテンポが微妙に速くなっているそして映像と音楽が見事にシンクロする最高潮へ向かうべく計算しつくされたっぷりためた(rit.)高揚感でもってこのバーンッ!とメロディが解き放たれる(息つぎしていない)…ふうっ、トランペットをフィーチャーしたW.D.O.版のクライマックスもこれが継承されています…そうお祭り状態です。

ストーリーを再現しているパートもあるので、たとえばシータを救出するシーンも、音楽ステージを見ているのか劇場スクリーンを見ているのか錯覚するほどありありと目に浮かぶわけです。そしてオリジナルサントラ盤ではオーケストラ+シンセサイザーとなっていたものが、USA盤をベースにしたフルオーケストラで聴ける、そうお祭り状態です。

USA盤は久石譲が加筆・楽曲追加してオーケストレーションも手を加えたラピュタファンにはたまらないCDです。ですが、指揮が久石譲自らによるものじゃないんです。だからちょっと淡白な印象を持っていた僕としては、シンフォニー編+USA盤が継承されフルシャッフル・パワーアップしたラピュタ完全版、久石譲指揮によってコンサートで聴けること、音源化されるであろうことに、「ここに極まる!」このひと言につきます。

はじめて耳にするオーケストレーションももちろん随所にありました。これはもうスカパー!で確認するまでは全貌を語ることができません(覚えている箇所だけしゃべってこの量か、これは大変なことになる)。

 

音楽作品として成立した楽曲で構成されているので、純粋にストーリの展開にそった(曲の長さとしての尺度/曲の順番)ものにはなっていません。だから「交響組曲」なんですね。振り返れば「風の谷のナウシカ」は《交響詩 Symphonic Poem》、「もののけ姫」「天空の城ラピュタ」は《交響組曲 Symphonic Suite》、シリーズ開始前でいうと「となりのトトロ」は《オーケストラストーリーズ》、「かぐや姫の物語」は《交響幻想曲 Symphonic Fantasy》などなど。このあたりの作品ごとの立ち位置というか音楽構成のコンセプトについても、いつか久石さんから聞いてみたいですね。

そうです!大切なことを忘れていました!

「君をのせて」が久石譲ピアノでフルコーラス堪能できます。しっとりとしたピアノをオーケストラが優しく寄り添うイメージ。これはもう抜粋してアンコールピースなど聴ける機会をふやしてほしい、そう思ってやまないラピュタの結晶です。そしてクライマックス「大樹」ダイナミックなオーケストラサウンドへつづいていきます。ここのティンパニもかっこよかった!どっしりと根をおろした鼓動。

回想。

「天空の城ラピュタ」それは僕が久石譲音楽に出会った特別な作品です。9歳くらいの頃、お心遣いを握りしめてはじめて買ったCDが主題歌「君をのせて」のシングルCDです。はやる気持ちで自転車駆けた行き道帰り道、町の小さなCD屋さんの店内、家に帰ってその日ずっとスピーカーの前から離れず何回も聴いていたあの日。ありありと思い起こせます。なんてないCDショップの包装袋までいっとき大切にしまっておいたくらい、おもちゃよりも目を輝かせた子どもの大切な宝物です。

約30年の時をこえて、同じ曲が今こうやって目の前で奏でられている。久石譲という作曲した人自らの指揮とピアノで。ステージから「ここまでがんばって生きてきたね」と言われているような、からだ全体を包みこむ音楽から抱きしめられているような、おおげさかもしれませんがそんなかけがけのない瞬間。ファンサイトのペンネーム「ふらいすとーん」と名乗っています、やっぱりラピュタは順位づけできない選ぶ選択肢を超えたところにある特別な存在です。

僕の話はここまで、ぜひ久石譲ファンのみなさんに、久石譲ファンだからこそ、そんな自分だけのとっておきの久石譲音楽、歩んできた人生をやさしく包んでくれるようなやさしく認めてくれるような、そんな感覚におそわれることができる(日本語がおかしい)久石譲音楽に出会ってほしいなあと思います。コンサートで聴ける日を夢みてほしいなあと思います。

久石譲 『天空の城ラピュタ サウンドトラック』

久石譲 『天空の城ラピュタ シンフォニー編 大樹』

久石譲 『Castle in the sky 天空の城ラピュタ・USAヴァージョン』

 

 

オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」 【B】
大人から子供まで楽しめる「となりのトトロ」オーケストラの世界。「さんぽ」ではオーケストラ各楽器紹介をまじえた音楽構成になっていて、はじめて生のオーケストラに触れる子供はきっと好奇心旺盛に身をのり出し体を動かすそんな光景が浮かんできます。この作品版としてCDにもスコアにもなっているので、多くの人に聴かれ演奏され愛されつづけている永遠のスタンダード作品です。

スタジオジブリ作品交響組曲化シリーズとして、第1弾「風の谷のナウシカ」(2015)、第2弾「もののけ姫」(2016)、第3弾「天空の城ラピュタ」(2017)となりました。今回「となりのトトロ」を聴きながら、もうこの作品は交響作品化としても完成しているじゃないか!と改めて納得させられる完成度の高さです。合唱あり、ソプラノあり、多彩な交響作品が新しい輝きで命を吹きこまれていますが、ナレーションありの交響作品というバリエーションとインパクトとしても充分、スタジオジブリX久石譲のコラボレーションとしてこれだけジブリカラーをおしあげ作品世界観の相乗効果その最高峰はない、と言い切れてしまうほどです。

じゃあCD作品「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」(2002)のままでいいのか、と言ったらそんなことはないんです。音楽構成は変わっていませんが、オーケストレーションは緻密大胆豊かに変化しているからです。CDを聴く回数が多いせいか、すぐに気づいてしまいます。「五月の村」も軽快なメロディに管楽器の明るいフレーズが呼応し一層のこれからはじまる新しい生活と冒険に胸わくわくさせてくれます。そして今回コンサート後も耳から離れないのが「ネコバス」。あのおなじみのメロディを管楽器が歌っているんですが、その後ろで弦楽が楽しそうにかけ合っています。タラ、ラタタタタタタタ~♪というふうに。あれっ、こんな好奇心くすぐる旋律あったかな?とCDを聴き返すとやっぱりない。ほかにもネコバスの愛らしくもどっしりしたキャラクター、金管楽器の厚みでパワーアップしていたような印象もあったり。

満場一致拍手喝采!圧巻の「となりのトトロ」を聴いて、音楽再構成の必要ない交響作品完成度の高さを感じながら無邪気に音を楽しみストーリーの世界に浸っていました。映画と同じくらい聴き終わったあとにトトロにふれあえた満足感、これはすごいことですね。そして、最新のオーケストレーションでCD盤が届けられる日が待ち遠しいなあとも思いました。いつもなら”久石譲の緻密なオーケストレーションは見事”と言いたいところです、「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」は大人も子供もピュアな心になれる”久石譲の童心オーケストレーション”です。絵本ならぬオーケストラによるトトロ読み聴かせタイム。ぐっすり眠れていい夢がみれそうですね。また会いたい、また聴きたい。

久石譲 『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』

 

 

—–アンコール—-

Dream More 【大阪・韓国A・東京】
サントリービール「ザ・プレミアム・モルツ マスターズ・ドリーム(Master’s Dream)」のために書き下ろされた楽曲をコンサート用に再構成したフルオーケストラ版です。久石譲のノスタルジックかつ心躍る旋律美に、今の久石譲だとこうなるというソリッドで立体的なオーケストレーション。華やかでつややかな気品をまとった作品です。

直訳すると「もっと夢をみる」(になるのかな?)、本公演が終わって夢見心地の観客へ夢の余韻のプレゼント。はたまた、コンサートでいっぱいのエネルギーをもらった僕たち観客へ、新しい夢を追い求めることへ背中をおしてくれるような。コンサートの前と後で、自分のなかでなにかが変わったそんな変化を感じとれるなら、そのコンサートは一生ものですね。

 

 

World Dreams 【全公演】
久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラのアンセムです。プログラム予定を見ながらこの曲がアンコールかな?とうっすらわかっていても、やっぱり聴いてほっとうれしい不朽の名曲です。聴けないとしたらその落胆は大きく、これを聴かないとW.D.O.コンサートは終われない、大きな声で「コンサートごちそうさまでした!」と言えないそんな楽曲です。2004年に発足したW.D.O.、ファンのなかにはもう十数回コンサートで聴いた人もいるかもしれません。それでも飽きたという声を聞いたことがない。今年もここに帰ってきた、今年もまた会えた、そんなシンボルとして高らかに悠々と響き流れつづけるW.D.O.と観客のかけ橋です。

久石譲 『WORLD DREAMS』

 

 

 

今年は例年以上にコンサートパンフレットの写真をよく見たような気がします。コンサート後のSNS書きこみでツイッター、インスタグラム、フェイスブックなどパンフレットをコンサートの記号として被写体にしているものが多かったです。ということは、CDもコンサート余韻にひたりながら聴いた人もたくさんいますね。知って楽しむ音楽、聴いて楽しむ音楽。生音で楽しむ音楽、個人空間で楽しむ音楽。音楽の楽しみ方っていろいろあるからこそパーソナルでありコミュニティなんですよね。

今年は例年以上に海外の人を会場で見たような気がします。そりゃあもう日本にいるんだから久石譲のコンサート行かないとバッドだよね!なんてことかもしれませんし、はるばる日本旅行のプランのなかにコンサートを組みこんだ!なんてクールな人もいるかもしれません。ワールドツアーとしては「ジブリコンサート」が2016年パリ公演からスタートしたばかりですが、W.D.O.公演としてもきっと世界各国で待ち望まれているでしょう。中国公演のリベンジもふくめて、久石譲コンサートがもっと世界中で平和に開催されますように!そしてコンサートに行けないけれど待ち焦がれている日本国内・世界中の人へ、久石譲音楽があらゆる機会・メディア・パッケージを通じて響きわたりますように!

 

 

お礼が最後になってしまいました。

W.D.O.2017 特別企画&連動企画としてはじめてファンサイトで参加型イベント「久石譲ファンのためのチャット」「久石譲ファンのためのアンケート」を開催しました。多くの人に参加してもらって充実したものになりました。このファンサイトへ日々数百・数千のアクセスがあったとして、多くの人に見てもらっているうれしさは日々あります。それにくわえて、つながったと実感できるチャットのひと声、アンケートの一票は、その”1”がまた違ったものとして心の底から染みわたる喜びを感じていました。気軽に楽しく参加ご協力してくれた久石譲ファンのひとりひとりに心から感謝します。本当にありがとうございました。

特集「久石譲ファンのためのチャット」「久石譲ファンのためのアンケート」についてはまた近いうちに結果をまとめて書き記したいと思っています。

⇒ ⇒  2017.8.30 追記

 

 

そして10月には「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」東京公演の模様が早くもTV放送されるうれしいニュースです。このコンサート・レポートもスカパー!後に追記追記の嵐になるかもしれません(うーん、それも良し悪しかな)。コンサートだけではかなわない気づきや発見がきっとたくさんあると楽しみにしています。こうやって映像として記録に残してくれることも、コンサートの感動再びも、コンサートに行けなかった人のためにも、とてもうれしい収録映像です。音楽はいろんな楽しみ方でどんどん豊かにつながっていきますね。

リアルに共感共鳴できるコンサート数千人規模の感動体験。これが一番大切です。でも、これだけにとどめておくのはもったいないのが久石譲音楽。記録として刻まれ発信されること、それは感動が数千人から数十万人、あるいはボーダレスに数億人規模に届けられる可能性を秘めているということです。いま現在でも日常生活のなかで「2008年武道館コンサート」のDVD映像を見ながら感動し日々のエネルギーや勇気をもらっている人たくさんいます。SNSをみわたせば日本で海外でごくごく日常的パーソナルなワンシーンとして。こんなに素晴らしいたしかな幸せ、稀有な現象ってないですよね。より多くの人がそれぞれの日常においてもっと豊かに久石譲からの感動ギフトにふれる機会にめぐまれますように。

 

 

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最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

Blog. 「ディレクターズマガジン 2001年11月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/08/14

プロフェッショナルクリエイターのための情報誌「Director’s MAGAZINE ディレクターズマガジン 2001年11月号」に掲載された久石譲インタビューです。

久石譲監督作品 映画「Quartet カルテット」についてのお話が中心ですが、久石譲が定義する音楽映画とは? 久石譲が折にふれて語るポップフィールドに立つ音楽家としての「売れてなんぼ」の真意とは? とても興味深い内容で理解が深まりました。

ぜひ久石譲の言葉の表面的な部分だけではない、深く紐解くためにも読んでもらいたい内容です。時代を生きる作家の大衆との共鳴や葛藤が見え隠れしてくるような気がします。そして生み出される大切な作品のひとつひとつ。

 

 

プロデューサー列伝 No.48
久石譲が提示する、音楽映画という名のエンターテインメント。

久石譲監督作品/音楽映画『Quartet カルテット』

久石譲監督作品『Quartet カルテット』が公開されている。若手音楽家たちが、同じ大学で学んだ仲間と巡業旅行を経験し、コンテスト出場をめざす青春映画。日本では初めての本格的音楽映画として注目を集める作品だ。

「『ここに泉あり』という、群馬交響楽団が再生するまでを描いた映画がありました。とても良い作品でしたが、あまり注目されなかった。そして、日本ではその作品くらいで、本格的な音楽映画はほとんどありませんでした。実は、世界的にも数は少ない。『レッドバイオリン』などが、数少ない音楽映画といえる作品ですね」

音楽映画の定義とは?

「音楽が主役になっている、ということ。物語に音楽がからんでいるとか、主人公が音楽家というだけでは音楽映画にはなりません。音楽がドラマとからんでクライマックスに向かっていくような映画を、私は音楽映画と呼ぶことにしています」

「整理すると、音楽とストーリーが密接にかかわっていること、音楽が台詞の代わりになりえていること、この2点に集約されます」

音楽が台詞の代わりになるというのは、どういうことなのか?

「たとえば『もののけ姫』の戦闘シーン。戦闘シーンですから、ジョン・ウィリアムズ調の勇壮な管弦楽を構想するのが普通だと思います。ですが私は、あのシーンを山神たちの集団自殺だと解釈しました。そしてレクイエム(鎮魂曲)を作曲しました。たとえば、そういうことです」

 

音楽映画を成立させるために脚本も共同執筆

音楽に関する造詣も深い映画。ということは、観る側を選ぶということになるのであろうか?

「そんなことはありません。テレビシリーズ『ER』を思い浮かべてください。あの作品では登場する医師たちが専門用語を使いまくりますね。でも、だからといって医学知識のある人にしか楽しめないドラマなのかというと、まったく違う。会話の内容は理解できなくても、登場人物が怒っている、困っているということはちゃんとわかります。音楽映画の構造は、あれによく似ています」

「今回の作品でも、クラシックがアッパーカルチャーとして描かれていたら観客の共感など得られません。共同執筆した脚本では、そのことを重視しました。さらに言えば、脚本がしっかりしていなければ音楽映画は成立しないと考えていたんです」

できあがった脚本をベースに、もちろん全曲、約40のオリジナル曲を自ら書き下ろした。

「作曲をしながら考えたこと。一音楽プロデューサー、作曲家として受けた依頼なら、たぶん断っていただろうなあ(笑)です。想像以上にたいへんな作業だった。オペラの作曲を依頼されたら、たぶんこんな仕事量になるのだろうと感じました。たいへんでした」

監督はもちろん、脚本、音楽をひとりで手がけた経験は貴重なものだったはずだ。

「もちろんそうですね。つくづく感じたのは、脚本づくりと音楽づくりがまったく別物だということ。この2つを同時にこなすことなんて、まず無理な話ですね」

苦労した点は?

「まったく誰も、音楽の心配をしてくれなかったこと!(笑)。当然と言えば当然ですが、音楽プロデューサーである私が撮る映画ですから、『久石に任せる』ということになる。誰ひとりとしてアドバイスも苦言もくれません。本当に孤独な作業がつづきました」

「通常の映画は、映像の編集が終わってから音楽をつくります。でも、今回は、脚本をもとに作曲し、録音を完了させ、撮影はそのスコアに合わせて進めました。ほかの現場と決定的に違っていて、役者もスタッフも、もちろん監督も、もっとも労力を費やしたのはそこでしょうね。各シーンは録音された音楽の長さに即して◯分☓秒と時間まで決まっていますから、スクリプターが楽譜を絵コンテ代わりに現場をコントロールすることになりました」

 

なぜ音楽家は映画のメガホンを取ったのか?

ところで、『Quartet カルテット』の公開で私たちの多くは今、心の奥底に”音楽家/久石譲が映像作品をつくった”ことの相関関係に思いをめぐらせている。それを唐突に感じる者は、なぜ彼が異ジャンルに進出するのか?という動機、いきさつを知りたくなる。

結論から言うと、それはいたく自然な流れに乗って行き着いた場所だということ。さらに言えば、1998年には長野パラリンピックの総合演出を手がけ、『Quartet カルテット』のあとには福島県/うつくしま未来博・ナイトファンタジアの総合プロデュース&演出を手がけ、同イベント上映用の短編作品『4 MOVEMENT』も監督している。これらの経緯を見知っている者には、大きな違和感のある話ではない。つまり、総合クリエイター/久石譲の可能性に期待する関係者が多くいて、それに応えた新たな取り組みは『Quartet カルテット』以前から始まっていたのである。

「映画監督に関しては、自分から積極的にアクションをおこしたわけではありません(笑)。ずいぶん前から期待してくださる方、やってみないかというお話があり、次第に機が熟していった結果こうなったということですね。幸いにして私の中に、具体的なアイデアもあった」

「もちろん、宮崎駿さん、北野武さん、大林宣彦さん、澤井信一郎さんといったそうそうたる監督たちの作品に参加させてもらったことの意義は大きい。諸監督たちと仕事をごいっしょさせていただいているうちに映画に対する造詣、興味が深まり、それが『Quartet カルテット』を手がける動機のひとつになったことは事実です」

疑問への答えは、こんなコメントでも返ってきた。

「パラリンピックの総合演出を手がけたころ、自分の中に、音楽だけでは解決できないこと、欲求があると気づきました」

手がけるチャンスを得たときに、ふさわしい準備、あるいは蓄積がなされているか?それが異分野に進出するクリエイターに問われることだと思う。久石氏の場合、それは十分になされていたようだ。

「『Quartet カルテット』の成否のひとつは、登場人物の演奏シーンにかかっていると確信しました。ですから役者のトレーニング、そしてシーンのトリックには力を入れた」

「まず演奏トレーナーには役者が楽器を弾けるようにするのではなく、”弾いているように演じる”ことを教えてもらいました。役者たちは彼のもとで最低1ヵ月間のトレーニングを積んで、撮影に挑んでいます」

「たとえば、役者が演奏しているふうの表情をアップで見せ、切り返しでプロの演じている手元だけを見せるというカット割では、観る人誰もが『編集で見せていますね』と興ざめしてしまう。ワンカットで登場人物が演奏するシーンを成立させるためには、まず役者のトレーニング。しかし、それでも追いつかないほどの演奏技術が必要なパートがあることもわかっていましたから、そこは撮影のトリックを入れる計画を立てました。技法は複数。完全な種明かしをしてはつまらないので、たとえば2人羽折り、たとえば合わせ鏡、そんな技法を用いているということだけお伝えしておきます。時間をかけた創意工夫ばかりで、その分できばえも良かったと自負しています。ぜひ、映画館で演奏シーンを堪能していただきたいですね」

 

ポップフィールドに立つ音楽家の創作モチベーション

久石氏は、自らを「芸術家ではない」と公言している。

「私は、自分のいる場所をポップフィールドだと思っています。芸術家は、自分のことを掘り下げて、それを表現できればOK。でも、ポップフィールドでの創作活動は、ビジネスです。『売れてなんぼ』という言葉そのものですね。ただし、大衆に迎合するという意味ではない。言い方を換えれば、人に受け入れられるのが最低条件だけれど、受け入れた人が救われたり、何かを学べるクオリティを兼ね備えていなければならない。とても難しい目標です。でも、難しい目標だからこそ、やっていて面白いんです」

芸術家を否定しているわけでも、拒否しているわけでもない。

「私は、20代で芸術家としての活動をし尽してしまいました。音楽大学在学中からミニマル・ミュージシャンという前衛芸術に没頭していて、乱数表を用いて作曲する(笑)なんていうラジカルなことをやっていた。30代が近づいたある日、『もういいかな』と思って、それを機に、芸術とはきっぱり手を切りました」

そんな久石氏は今、『Quartet カルテット』、『4 MOVEMENT』という演出作品のリリースを一区切りに、本来の”ポップフィールドに身を置く”音楽家に戻ろうとしている。10月30日に名古屋を皮切りにスタートした『JOE HISAISHI SUPER ORCHESTRA NIGHT』がその第1弾だ。

「思い返せばここ数年、プロデュース、演出という仕事のラッシュの中にいました。もちろんその途中で『BROTHER』、『千と千尋の神隠し』といった映画音楽の仕事もこなした。そういう時期を過ごした後、湧き上がってきたいちばんの欲求がピアニスト/久石譲としての仕事でした。ずいぶん長いことプレイヤーを休んでいたなあ、というのが率直な感想。ピアノレッスンとともに体力づくりにも取り組んで、ツアーを心から楽しむための準備をしています」

今後の予定は?

「まずは目前の『JOE HISAISHI SUPER ORCHESTRA NIGHT』に全力投球します。それ以降は、これまでのように映画音楽にも取り組みますし、チャンスがあれば映像作品も手がけたい。仕事への意欲はますます高まっていくでしょうね」

一連の監督経験を経て、特に映画音楽のしごとには新たな視界が開けているという。

「まず、脚本の読み方が変わりましたね。これまでも十分に読み込んで取り組んでいたつもりでしたが、メガホンを取ってみて、監督という立場でかかわってみて、まだまだ読み込みと理解が足りなかったことを痛感しました」

「もうひとつは、映画監督は音楽監督にもっと要求してもいいんじゃないかということ。音楽が映画でできることは、もっとあるのだと実感しました。映画監督が要求すれば、もっと良くなるはずです。あるいは音楽監督が映画監督から引き出せる部分もあるかもしれませんね」

音楽というフィールドを媒介に映画への情熱を育てた作家の次回作に期待したい。そして、監督という貴重な体験をたずえさた音楽家の今後の活動にも興味が尽きない。そして何より、ここから先、既成の枠や肩書きにとらわれない総合クリエイター/久石譲氏の繰り出す創作の数々を心待ちにしていよう。

 

人に受け入れられるのが最低条件だけれど、受け入れた人が救われたり、何かを学べるクオリティを兼ね備えていなければならない。とても難しい目標です。

(ディレクターズマガジン 2011年11月号 より)

 

Blog. 「読響シンフォニックライブ 2012年8月15日」 放送内容

Posted on 2017/08/01

2012年8月15日、日本テレビ系「読響シンフォニックライブ」にて久石譲が出演しました。

 

読響シンフォニックライブ 「深夜の音楽会」

[公演期間]  63 読響シンフォニックライブ「深夜の音楽会」
2012/5/30

[公演回数]
1公演(東京オペラシティコンサートホール)

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:読売日本交響楽団

[曲目]
第1部
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
久石譲/シンフォニア-弦楽オーケストラのための-
第2部
ショスタコーヴィッチ/交響曲第5番 ニ短調 作品47

 

 

公式番組ホームページからの放送内容をご紹介します。

 

≪久石譲自作曲「シンフォニア」演奏!≫
1曲目は久石譲さんの指揮で、久石さん自作の「シンフォニア~室内オーケストラのための~」をお送りしました。

久石さん作曲の「シンフォニア」は、久石さんがおよそ30年ぶりに書いた純音楽の作品。現代音楽の作曲家として活動を始めた久石さんが得意とする、「ミニマル・ミュージック」という作曲スタイルが取り入れられています。

 

久石譲インタビュー

Q.「ミニマル・ミュージック」とは、一体どこに注目して聴けば よいのでしょうか?

久石:
このシンフォニアというのは全3楽章から出来ていて、1楽章目が「パルゼーション」。これは「パルス」ですね。四分音符のタン・タン・タン・タン、八分音符のタン・タン・タン・タン、三連符のタタタ・タタタ、十六分音符のタタタタ・タタタタ。そういう色々なものがただ組み合わされて、パーツで見ると何をしているか非常に明解な曲なんですね。それから2曲目の「フーガ」というのは、朝礼で使われる「ドミナントコード」というのがあるのですが、この和音ばかりを繋げて出来ています。普通ドミナントいうのは必ず解決しますが、これは解決しないまま次々と行ってしまうんですね。3曲目の「ディヴェルティメント」は、「ミニマル・ミュージック」と「古典」の音楽を融合させています。テーマは単純に第九のモティーフと一緒です。これを使って出来るだけシンプルに構成する。僕がやっているミニマル・ミュージックというのはあくまでもリズムがベースになるんですね。それを徹底してやろうと思いました。

 

Q.「崖の上のポニョ」や「さんぽ」を書いた久石さんと、「シンフォニア」を書いた久石さん。 同じ方が書いたとは思えない作風の違いですが、作曲するうえでスタンスの違いはあるのでしょうか?

久石:
どちらが大変かと言ったら、確かに物量的におたまじゃくしの数が多い方が書く大変さに比例するんですね。大量の音符を扱う分だけ時間は掛かるし手間隙が掛かります。ただし「ポニョ」や「さんぽ」でもああいう曲を書くとなると、その大元が新鮮でなかったら誰も歌ってくれないんですね。方や「シンフォニア」のようにものすごく構築して自分の世界観を出すのも、シンプルに書くのも同じくらい大変なんですけど、どんな場合でも今作ろうとしている音楽にちゃんと命が吹き込まれて楽曲になるまでを考えると重みは一緒だと思います。だからこそチャレンジしています。

 

≪ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」≫
2曲目は、ドビュッシー作曲「牧神の午後への前奏曲」をお送りしました。

Q.久石さんは“作曲家”として「ドビュッシー」をどのように とらえていますか?

久石:
この曲は小節数にするとそんなに長いものではないんですが、この中に今後の音楽の歴史が発展するであろう要素が全部入っていますね。音楽というのは基本的に、メロディー・ハーモニー・リズムの3つです。メロディーというのはだんだん複雑になってきますから、新しく開発しようとしてもそんなに出来やしないです。そうすると「音色」になるわけです。この音色というのは現代音楽で不協和音をいっぱい重ねて特殊楽器を使ってもやっぱり和音、響きなんですね。そうするとそっちの方向に音楽が発達するであろう出だしがこの曲なんだと思います。20世紀の音楽の道を開いたのはこのドビュッシーの「牧神」なんじゃないかなと個人的にすごく思いますね。

(読響シンフォニックライブ より)

Blog. 「キーボード・マガジン 1994年4月号」久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/07/02

音楽雑誌「キーボード・マガジン 1994年4月号」に掲載された久石譲インタビューです。

 

 

”脳と心”というテーマの今回の方が内容がウェットな分だけ、音楽は非常にドライなアプローチでいこうというのはありました

自分の感覚でかけたいBGMとして成立するよう気を付けた

●NHKスペシャル「驚異の小宇宙・人体」は内容もさることながら、映像も音楽も素晴らしかったですね。久石さんは、前回から音楽を担当されてますが、今回リリースされたアルバム『脳と心 BRAIN&MIND サウンドトラック VOL.1』はその続編のサントラということですよね。今回はテーマも”脳と心”という、かなり難しいものですが、いかがでしたか?

久石:
「前回の方が非常にヒューマンでメロディックにいっちゃったんでね。でも、きっとNHKとかレコード会社の人達っていうのはあのラインを望んでたと思うんですよ。だけど、やっぱり同じ路線を2回やるとね、良くて前くらいね。越えることはほとんど不可能なんで、アプローチはやっぱり変えなきゃいけないと思ってたんです。結局”人体”っていうのは肝臓だとか、腎臓っていう部品というか、部分をやってる分には確実にできるんだけれども、”脳と心”っていうのはね……どうやって人を好きになるのかっていうような、非常に抽象的な世界に入るんですよ。」

「ただ、脳の問題を扱わない限り人体はわからないっていうのはあって、いつかはやろうという話はしてたんです。だけど、基本的に実体があまりないもんだから、いわゆるメカニズム的な実体の追及が非常に難しい分だけ、今回のもやっぱりどちらかというとヒューマン・ドキュメントみたいになっちゃってるんだよね。つまり、例えばどこかに障害を持ってる人が出てたりとかね。」

 

●実際、番組ではそういった人々が実例として登場しますね。

久石:
「そうそう。ああなってしまうと、一歩間違えるとヒューマン・ドキュメントになってしまって、科学番組にならない。実際、そういう傾向があったんでね。前回は非常に科学番組的なニュアンスが強かったんで、音楽はヒューマンに攻めた。だけど、今回はヒューマン・ドラマになってる分だけ、音楽は非常に引いてね、もっと違ったアプローチでいこうと。ただ端的に言っちゃうと、クールな気持ちっていうかね、突き放したアプローチっていうか。そういう方が多分、良くなる。もうひとつ言うと、”脳と心”っていうテーマの今回の方がウェットな分だけ、音楽は非常にドライなアプローチでいこうというのはありましたね。」

 

●実際の映像はどの程度ご覧になってから、お作りになってるんですか?

久石:
「ほとんど見てないです。それと同時に、状況的に今回はロンドンで作らなければならないということもあったんでね。映像はもうほとんど勘でやってます。」

 

●ロンドンで作るっていうのは久石さんのスケジュール的なものですか?

久石:
「ええ、他の仕事との絡みもあって。もうこのままロンドンで、それこそソロ・アルバムとの絡みもあったんで、とにかくロンドンでやろうと。そういうことが基本にあったんで。逆に、変に日本人的情緒に流されないで済むから、きっといいものができるだろうっていうのもありましたね。実際の話、向こうに行って……日本の音楽レコーディング業界とその状況と、ロンドンのレコーディング状況ってやっぱり違うんですよね。日本は、もうどうでもいいものまで全部デジタル、デジタルって言ってる。でも向こうはまだデジタル・レコーディングって、ほんとに2割か3割だから。だから、ヒューマンな味っていう意味で言うとね、逆に内容が非常にハウス的であったりとかいろいろしてても、アプローチとしての音の肌触りは暖かい方がいいんで、あえてアナログで全部通すとかね。そういうような方法は、いろいろ細かくやりましたね。」

 

●こういったドキュメンタリーなどの音楽を手掛けるにあたって、いつも心掛けていることってありますか?

久石:
「基本的には、アルバムとしてまずキチンと聴けることっていうのがありますね。音楽的にまずしっかりしていること。それからもうひとつ、ファンタジーっていうか、いろんなことを想起できるような内容にするっていうことですか。その2点にすごく気を付けてますね。だから、例えば今回の場合は、いかにもNHKというようなヒューマン・ドキュメントみたいなものよりは、自分の部屋で、自分の感覚でかけたいバックグラウンド・ミュージックとして成立するようにするっていうことに気を付けたんですよ。それこそ、そのまま”人体”って言っちゃったら、なんか「人体だ? どんくさいなぁ」みたいな感じがするけど、”BRAIN&MIND”っていうことでひとつの環境……バックグラウンド・ミュージックっていうふうにとらえても、絶対聴けるものをっていうのはすごく意識して作りました。そのくらいやらないと、前回と変化がないですしね。」

 

●実際に音楽を付けた完成版をご覧になってると思うんですけれど、感想はいかがですか?

久石:
「やっぱりこのアプローチで良かったなっていう気がする。そうしないとけっこうベタベタした関係になっちゃうと思うんですよ。前回みたいなね、ヒューマンな音楽が入るとね。だから、このくらいのアプローチをしておいて、ちょうど全体が良くなった。僕が作った音楽と映像がけっこうよく絡んでるんで、すごく満足してますけどね。」

 

●実際あの映像と久石さんの音楽が、本当に素晴らしい効果を上げていると思います。

久石:
「ありがとうございます。こういうような質がある程度保てたものを、キチンと手を尽くしていかないとね。今、TVってどうしてもお手軽なものになり過ぎてるから、あんまりTVはやりたくなかったんですよ。だから、こういう良質なものがあれば、キチンとやっていこうっていうことでね。こういうのをやらせていただくと、こっちもすごく嬉しいですよね。今、映画がね、すごくつまんなくなっちゃったから、内容的にね。その分、こういう質のいい番組とかってやっていかないと、つまんなくなっちゃうような気がするよね。」

 

ソロ・アルバムには足掛け3年もやってます

●ところで、久石さんのソロ・アルバムの方はいかがですか?

久石:
「ぜんぜんダメです(笑)。」

 

●いつ頃から着手されてるんでしたっけ?

久石:
「一昨年の10月かな(笑)。そう、今井美樹さんのロンドンでのプロデュースが終わって即レコーディングに入って、それからまあ、やってたはずなんだけど。途中でいろいろと、映画だとかねなんかがごちゃごちゃしてて、今日までまだ。でも、珍しいんですよね。いつもね、3,4曲できたら、もうアルバムに入って、ガッと終わってんだけど。珍しく、もう20曲を越えてるのに、まだ入りたくないっていうか、入れないっていうか……。」

 

●それは、自分の中の問題ですか?

久石:
「うん、中の問題だね、根本的に言うと。だから、たとえば今ソロに入ると、「あっ、『プリテンダー』ってアルバムを越えないな」とかね、自分の今までの「あ、ここまでだな」っていうのが見えちゃうんですよ。で見えちゃうとね、けっこうそこに飛び込めなくなるね。ソロ・アルバムなんて、結局どこかで覚悟みたいなものじゃないですか。自分で「これはもう、こうだ」と、「これが、正しい」と思えば、もう何も問題ないことなんだけれども、「果たしてこれでいいんだろうか」とかね、「自分とは何だろう」って考えた瞬間からそれに対して、確信犯にならない限りは、制作に入れない、そういう感じはする。だから、逆に今回の「脳と心」とか、映画の「水の旅人」だとか、あるいは中山美穂さんのための曲っていうのは、そういうものを与えられてっていうか、決めて、それに作曲家としてアプローチ、あるいはプロデューサーとしてアプローチするには、何にも支障ははないんですけどね。その辺が難しい。」

 

●「今、自分が作るソロ・アルバムだ」というのが、一番の問題というか、大きいわけですね。

久石:
「大きいよね。でも、一日一日と日が経つにしたがって、難しくなっていく気がするよね(笑)。早くやっちゃわなきゃと思うんだけど。でも今年は、それも入れて2枚やりますよ。その、足掛け3年やってるヤツを早目に決着つけて。で、その後に『ピアノ・ストーリーズ』を、再び完全なソロでね、”パートII”を出す予定ですから。やらなきゃいけないことはいっぱいあるんだけどね。」

 

●今は何に着手されてるんですか?

久石:
「今はね、某国営放送の(笑)、この「人体」じゃないですけども、朝の連続ドラマ(の音楽)っていうのを引き受けちゃったんでね。」

 

●春の新番組ですね。

久石:
「4月からの。「ぴあの」っていうタイtルなんで、「これはもう、ピアノで弾くしかないでしょう」みたいなのがあって(笑)。それのテーマを作ってるところかな。でも、飽きちゃうよね。絶対飽きると思うね、自分で(笑)。」

(キーボード・マガジン Keyboard Magazine 1994年4月号 より)

 

 

 

補足です。

インタビューに出てきた作品をピックアップします。

 

話の中心となっていたのはこのCD作品です。

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1』

Disc. 久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1』

 

その前作がこちら。

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体 Vol.1』

Disc. 久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体 サウンドトラック / THE UNIVERSE WITHIN 』

 

当時制作中だったソロ・アルバムというのがこちら。

地上の楽園

Disc. 久石譲 『地上の楽園』

 

インタビューのなかに前作を越える越えないの例えで出てくるのが、ソロ・アルバム『PRETENDER / プリテンダー』(1989)です。でも、この時点で前作に位置するのは『MY LOST CITY』(1992)。新作に向けた構想のなかで、『MY LOST CITY』のようなシンフォニックな作品ではなく、前衛的なサウンドかつヴォーカルも絡めた作品になるというイメージがこの時すでにあったのかもしれませんね。

そして、ソロ・アルバム制作期間のなかで、同時進行で手がけていたのが映画『はるか、ノスタルジィ』(大林宣彦監督)、『ソナチネ』(北野武監督)、『水の旅人 -侍KIDS-』(大林宣彦監督)などです。ちなにみ中山美穂さんは映画主題歌を歌っていました。「あなたになら…」という曲名で、久石譲コンサートではオーケストラによるシンフォニックな「For You」という楽曲でたびたび披露されています。

今も変わらぬ怒涛のような音楽制作年表は1990年代ディスコグラフィーにて。

Discography 1990-

 

今井美樹さんのオリジナル・アルバムにして久石譲プロデュース作品。

今井美樹 flow into space

Disc. 今井美樹 『flow into space』

 

NHK連続テレビ小説「ぴあの」

久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

Disc. 久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

 

そして、結果的には1-2年遅れて満を持して結実したピアノ・ストーリーズ。

久石譲 『PIANO STORIES 2』

Disc. 久石譲 『PIANO STORIES II ~The Wind of Life』

 

インタビューで話題にあがった作品をピックアップしただけでも、こんなにもバリエーションに富んだ音楽を一人の作曲家が作っているとは思えないほど。しかも1990年代だけで、もっというと1994年前後の数年間だけで。

ぜひこのなかから気になった1枚でも聴いてみてください。

 

 

Blog. 「KB SPECIAL キーボードスペシャル 1988年1月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/07/01

音楽マガジン「KB SPECIAL キーボードスペシャル 1988年1月号」に掲載された、4ページに及ぶ久石譲インタビューです。

 

 

HARDBOILED SOUND GYM by 久石譲

第1回 熱烈OPEN記念インタビュー
「久石譲のPOP断章」

ボクたちにとって音楽には好きな音楽と嫌いな音楽、この2種類しかない。どうでもいい音楽…? それはどうでもいい。要は、好きな音楽をもっと楽しむためには、そしてもっと好きになれる音楽を自分でどう創り出すか。そのためにはまだ獲得できないでいるいろんなテク、これをなんとか手に入れたい。そこでっ!当編集部では、スーパー・コンポーザー久石譲氏の門を叩くことにした。今回はそのイントロダクション。久石氏の音楽観を伺ってみることにした。

 

■久石さんの音楽的な姿勢
それまでの流れを変えるような音楽を作りたい

-久石さんがミニマル・ミュージック以前に影響を受けた作曲家、お好きな作曲家というと、どんな人たちなんですか。

久石:
「それはもう大勢いるんだけど……、たとえばブラームスも好きだったし、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンも好きだったし。日本人で言えば武満徹さん、松村禎三さん、三善晃さん…みんな研究したからね。過去、勉強で深く聴いた場合もあるし、この楽曲が好きだからと研究したこともあって、影響ということでいうと、ほんとにいろいろある。でも、ミニマル以前で、まぁ、けっこう好きだったりした人と言えば、ジョン・ケージだろうね。思想的な影響を受けたのはケージ。シュトックハウゼンには、そんなにのめり込まなかったね。非常に理論がはっきりしていてそれを前に押し出すというか、それによって変革している人たちは好きだった。それは、今、ロック/ポップスに対しても変わらないのね。ボクがポップスでやりたいことっていうのは、それまでの音のあり方が変わっていく人が好きなわけで、変わるようなことをやりたい。

すごく身近かな例で言えば、ザ・パワー・ステーションによってドラムの音が変わったでしょ。理論的にはたいしたことないんだけど、変わった。あるいは、YMOが出たことによって、テクノ・ポップという感じで変わった。あのベースになっていたものがクラフトワークであろうとなんだろうとね。ボクはクラフトワークにもすごいショックを受けたけどね。

ともかく一つのエポックになってスタイルを変換できる力のある音楽というのがすごく好きなんだ。その姿勢は現代音楽にいたときも現在も変わらない。」

 

-その姿勢が基本にありながら、でも、たとえば映画のサウンドトラック、アニメーションのサウンドトラックなどの場合はどうなんですか。

久石:
「歌ものでない限りまったく同じ。まったく規定するものはない。いつもフリーな気持でやってるよ。」

 

■作曲家の領域、聴き手の可能性
音楽は理論だけでは説明つかないけれど…

-音が頭の中で鳴るというのはどういうことなんでしょうか。ボクらはいつも、実際にレコードから聴こえてくる音を追ってアーティストの頭の中まで入り込み、それをなんとか言葉に置き換えようと考える。でも、いつも、言葉や譜面からこぼれ落ちているものがあり、それに気づきながら、それをフォローする方法を模索し続けているようなところがあるんですね。

久石:
「まず、”その瞬間”ボクらの頭の中に浮かぶものって、ボクらの頭の中でも不定形だよね。しかもそれが毎回同じ要領で浮かんでくるわけじゃない。これは言葉に置き換えられるような作業とは別のところで動いているものだと思う。すると、やっぱり何か伝え切れない、ボクらにしても。この曲のこのかんじが浮かんだ核はと考えたとする。でもその浮かんでる瞬間というのは何も考えてない、真空状態と同じ。ただ、ある瞬間、たとえば指がアルトに触れた瞬間、シンセで音を捜しているとき、たまたま鳴ったその音をおもしろく思ったそのとき。これを後でなら、その瞬間のことを思い出して理論は組み立てられる。高い音があって低い音がこうあって、真ん中はなかった。だからちょうどその音でサウンドが構築できた、とか。でも作ってるときというのは、もっと違うところで動いていると思う。」

 

-たぶんそういうものでしょうね。でも、理論で説明できそうなことや、テクニカルな点から解明できそうな部分がまだまだそのままの状態にあるような気もするんです。

久石:
「はっきり言ってテクニカルなことでこなせる部分でできなくって、思ってる音に行きつけない。そういうものに対しては完全にアドバイスできるよね。」

 

-そういう点をボクらはもっと開拓して行きたい、と考えているんですが…。

久石:
「作家のフィールドというのがある。それは作家一人一人の独占的な部分だけど、本来それは言葉に置き換えるのはラクなんだよね。ボクなんかは理論的なタイプのほうだから、説明しやすい。でも、ふつうのメロディー・メイカーの多くは、何も言えないかもしれないかもしれないけどね。

それと、創作の上で、絶対言葉で表現できないことってあるんだ。絵にしろ何にしろ。でもそこは、だから作家の領域だと言って聖域視してそのあいまいな部分をそのままにしていたら何も始まらないんでね。だから、理論的であるっていうことは、絶対言葉に置き換えられるってことだし。かなりの部分。自分なりにつきつめているつもりでいるから、それはできると思う。」

 

-歌になるとどうでしょう。ポップスの名曲に関する普遍的な要素をファイルしていくようなことができないかとも考えるんですが。

久石:
「うん、歌ものっていうことになると、比較的理論が成り立ちづらい。というのは、まず音楽というのは、完成度が高くて次元が高ければ、やっぱりいい音楽なんだ。」

 

-インストゥルメンタル、器楽曲ですね。

久石:
「ん。ところが、歌になると、プラス詞の要素、歌う歌手のキャラクターが入ってくる。すると、優秀な楽曲と詞があって、歌手もうまい。それじゃヒットするかといったらそうじゃない。もっと別な要素が入ってくる。だから音楽理論だけでは説明できないことも出てくるんだよね。」

 

■コード・ネームの限界
コード・ネームは響きの可能性を規制する?

-まず手始めに、コード・ネームと和音の関係をどう考えればいいのかを教えてください。ポップスのフィールドでは、コード・ネームを手がかりに作られていく音楽がたくさんありますね。そしてそれらの現場では、コード・ネームによって実際に鳴らされる和音はさまざまである、と。

久石:
「ボクもずっとコード・ネームは使ってるけどね。でもボクは、コード・ネームと和音は違うと思っている。Cはドミソだけど、そのCと書いてしまうドミソとドとミとソは違うんだ。だから、それは確実に使い分けている。

コード・ネームというのはそもそも両刃の剣で、単なる記号としてはいいんだけど、記号性があるものほどニュアンスはふっとばしてしまう。

たとえば弦のアンサンブルで考えてみようか。弦の場合、ドミソという和音はくっついて団子になった状態だと鳴りが悪い。だから当然一番低いド、オクターブ上のド、5度上のソを鳴らして、それから6度上のミを鳴らす。

これは確かにコード・ネームで言えばCなんだけど、ふつうのCでくくられるCとは意味が違ってくるよね。もっと言えば、そこに同じCでも”レ”を入れておいてもいいわけなんだ。それでもCなんだ。ふつうはレが入れば9thとか+2とか言うけれど、でも、それは、ただたんに9thと言った場合の9thと、この場合に”レ”が入るというのとはほんとは違うんだ。ドードーソーレーミと鳴らして、Cの”鳴り”を作ったとしても、Cというコード・ネームはそういうニュアンスまで伝え切れないでしょ。」

 

-そういうふうに音を配分することは、なんて呼ぶんですか?

久石:
「単に”音の配置”。だからコード・ネームでしか書けない人は、その程度の音しか出せないから、つまんないよね。」

 

-とすれば、1つのコード・ネームから、いかに豊かな音を鳴らせるかが、プロとアマの分かれ目ということになる…?

久石:
「ところが、たとえばCーFーG7ーCというのがあったとする。それは、実はそういうふうに行かなくてもいいんだ。基本的には。だって目の前には茫洋といろんな音がある。なのにそれをいつのまにか理論によって規定されたところで使っていることになる。

ところが、理論というのは、それをとっぱらったところにも面白味はあるわけだ。すると、コード・ネームというのは便利なもので、音楽が商業ビジネス化していく上で大きな功績はあったんだけど、切り捨てたものも大きいという気がするね。

だから、今でもボクが大切にするのは手クセなんだ。Cと書いてあったら、もう自然に右手の配置がシーレーミーソと弾くことが当たり前になってたり、あるいはシーレーミーラになってたりとか……。で、これは、単純にモードと片づけて欲しくない部分っていうのが出てくる。難しい問題だけどね。一人ひとりの感覚でえらく違っていいと思うし。

ボクはスタジオ・ミュージシャンの人をあまり使わないんだけど、それは、そういうことまで指定しきれないから。つまり、けっきょく自分でシンセでやっていったほうが、そういうニュアンスが出やすいということになる。」

 

-そのニュアンスを出すのは手クセ…、つまりその音の配置というのはその人の好みということでしょうか。

久石:
「響きに対する好み、だよね。ただ、ボクの場合は今、リズムを主体にしていてコード・ネームにはほとんどこだわってないから、譜面にはCーFーG7としか書いてなくて、ただし、素直にその音を弾く人は使わない、とか、そういう非常に単純なことしか考えていないんだけどね。」

 

■ストリングス・アレンジについて
弦というのはひと筋なわではいかないけれど

-ボクらはつい一言でストリングス・アレンジと呼んでしまうんですが、そのとき、生のストリングスを使うときと、シンセのストリングスを使うときでは、どのくらい考え方が違うんですか。

久石:
「うーん。共通する部分もあるし、違う部分もあるね。」

 

-その両者の使い分け方はどういうふうに決めるんですか。

久石:
「シンセがいいと思えばシンセ、生がいいと思えば生にするし……。フル・オーケストラがいいと思えば、日フィルとか東フィルを使うこともあるし、あるいは弦のスタジオ・ミュージシャンを使うこともある。そして、サンプリング楽器で弦をやるときもあれば、プロフィット5でやるときもあるし。それはもうどういう音楽を望んでいるかで全然変わるからね。」

 

-それぞれ持味があって別のものだ、と。

久石:
「うん。というか、パレットだからね。何種類あってもいいよね。それを全部同じパターンで書くヤツがいたら、それはたまんなくイモということになるよね(笑)。」

 

-となると、久石さんに生のストリングス・アレンジの秘訣を教えてもらったとしても、それをそのままシンセ・ストリングスのアレンジ法には応用しにくいということになりますか?

久石:
「うーん…。その前に、生のストリングス・アレンジをする上で、どうしてもうまくいかないポイントがあったとしたら、その解決法は教えてあげられると思う。」

 

-漠然としていては答えられない、と。

久石:
「ケースが変わると全部音が違ってくるからね。それと、ボクは生まれてこの方、生のストリングスをダビングで2回重ねて作っていったことは1回もないからね。全部”生”!」

 

-1発!?

久石:
「ただ、とっておきの話があるんだ。以前、ある仕事でスタジオに弦を仕込んだらどこかで間違えて、ダブル・カルテットが入っちゃってね。ほんとはもっと大きな編成を頼んでたんだけど、えらく人数が少なくなっちゃった。でも、その編成が鳴らした音はまったく大きな編成でやったものと変わらなかった。そのときのスタッフはみんな、6 – 4 – 2 – 2の編成で、盛大に人がいる、と思ってた。」

 

-そういうテクニックもある!?

久石:
「うん。書き方なんだけどね。ただこういうのは、ボクなんか4歳か5歳の頃からバイオリンをやってるから、弦の響きの良さを出すポイントがどこにあるか知ってるわけ。

たとえばCーdurで良く鳴る配置(音符の配置)を単純にDーdurに上げたら、もう鳴らない。全然ダメなんだ。開放弦の問題も出てくるしね。開放弦にいかに引っかけるか。」

 

-開放弦を音の配置の中にいかに組み込むか、ですね。そうなってきたとき、たとえば数ページのマニュアルでポイントを押さえるというのはちょっと難しい。

久石:
「KBをやってると単純だからね。半音ずつずり上げていけば同じ音がすると思っちゃう。ところがとんでもない。弦というのはとんでもないよ。

だから、おそらく優秀な人がボクのところに弟子みたいに入ってきても、3年やっても無理でしょう。裏返せば、すっごい素質のある人なら半年で一丁前に書けるかもしれないけどね。」

 

■オーケストレーションとは
オーケストラには、なぜいろんな楽器が使われるのか

-すると、それが管弦楽にまで発展させようとしたらもっとたいへんになっちゃうでしょうね。でも、たとえば、ラベルの管弦楽曲は、もともとはピアノ曲という場合が多いと思うんです。それならば、ラベルのピアノ曲と管弦楽曲を対比させて、彼の管弦楽法から、シンセ・ストリングスや、シンセ・ブラス”鳴らす”コツをいくつか引き出せないか、などと考えているんですが……。

久石:
「だいたい作家というのは自分に手になる楽器で曲を作っていく。ボクらはKBで先に曲を作る。ラベルにしても、あの人はピアノの達人だからピアノから作っているだろうね。で、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を管弦楽曲に仕上げた。といっても、そこには、その作品がいい作品だ、という以外にそんなに深い理由はないと思うんだ。しかも、その”いい作品”というのも、自分の管弦楽の色彩をバッと人に聴かせるのに都合のいい曲だ、と。むしろあれほどのナルシストだからほんとに自分のことしか考えていなかったんじゃないかな。だから平気で「ボレロ」なんか作るわけ。

「ボレロ」というのは単純でしょ。メロディーが単純で繰り返していくから耳はどうしても音色にいく。う~んときれいなメロディーで盛り上がるわけじゃないから、もうオーケストラの技術で盛り上げるしかない。で、そういう圧倒的な自信があったから、ああいうチャレンジをし、しかも応えてしまった。」

 

-すると、オーケストレーションというのは、音色の組合せ方と、音の配置の仕方ということになる…。

久石:
「いいオーケストレーションというのは、ピアノとまったく違うんだ。これはもうボクらもそうだけど、学生時代に、たとえばベートーベンのピアノ・ソナタをオケにするという課題がある。そして、そのときピアノの音をオケに移し変えるということをする。そうすると鳴るハズがないんだ。オーケストラになぜ木管があり、金管があり、弦があるのか? ただ、ピアノの音域を移しただけだったら、鳴らない楽器さえ出てくる。」

 

-鳴りが悪いというか、場合によっては音を出せない楽器もでてくるわけですね。

久石:
「オーケストラには小さな音もあれば大きな音もある。独特の音の世界の重ね合いなんだ。そこが難しいところでね。」

 

-まず、そういう大前提を踏まえていないと話にならないというところですね。

久石:
「だから、KBをやってる人は、なんでもいいから、生楽器をひとつマスターしておくといいね。」

注)
Durは長調の意味。C-durはハ長調、D-durはニ長調。

(「KB SPECIAL キーボードスペシャル 1988年1月号」より)

 

Blog. 「ピアノ音楽誌 ショパン CHOPIN 2011年6月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/05/14

「ピアノ音楽誌 ショパン CHOPIN 2011年6月号 No.329」に掲載された久石譲インタビューです。

日常の創作活動のリズムから、作曲するうえでの方法論や姿勢、またちょっとした質問コーナーなど久石譲の音楽論を深く紐解ける内容です。

 

 

「音楽が生まれるまで・・・・・」 作曲家、久石譲

日本の音楽界をリードしつづける作曲家、久石譲。CMや映画、ドラマと、彼の音楽を耳にしない日がないほど、その音楽はさまざまなシーンで愛されている。「人を癒したいという気持ちで曲を書いているわけではない」と語る久石さん。しかし、次々と生み出される旋律は、私たちの心に安らぎを与え、明日への希望を持たせてくれる。

天才作曲家は、日々をどのように過ごし、どんなことを感じながら曲を作っているのだろうか? 久石譲の音楽の秘密に迫った。

 

久石譲の1日

1日のスタートは、いつも朝の10時半から11時の間。ベッドから抜け出すと、まずはお湯を沸かしてピアノに向かいます。そして、お湯が沸くまでの5分ほど、指をほぐすために自作の一番難しい曲を弾くんです。その後、ゆっくりコーヒーを飲んで、ごはんを食べてから会社に行きます。仕事を終えて自宅に帰るのが23時ごろ。会社ではもっぱら曲作りに専念しているので、コンサートで指揮する曲を勉強するのは、この後です。

7月に『展覧会の絵』とラヴェルのピアノ協奏曲、8月には『トリスタンとイゾルデ』、9月にマーラーの交響曲5番を指揮することになっているのですが、どれも大曲ばかりでしょう(笑)?

とくにマーラーは複雑でくせがありますから、そういったくせをなんとか解消して、お客さんが聴きやすくしたいなぁなんて考えると、他の交響曲まですべて勉強しなくてはならない。ですから、家に帰るとまずはクラシックのCDをかけて、ビールを飲みながらオンとオフのスイッチを切り替えるんです。最近は、オペラのアリア(とくにソプラノ系)を聴くと、すごく安らぎを感じますね。そうして、朝4時頃まで勉強すると、やっと1日が終わります。

ちなみに、朝会社に向かうときは、いっさい音楽は聴きません。これから音を生み出さなくてはいけないわけですから、何も頭に入れたくないんです。

日曜日は、毎週ジムで汗を流します。最近では空手も始めました。「毒をもって毒を制す」というわけでもありませんが、体を動かすことが僕にとっては一番のリラックス。一生懸命体を使うと、その間は何も考えなくていいですから。

20年間、ほぼ毎日変わらない生活。案外平凡でしょう!?

 

メロディーメーカーがひらめく瞬間

人によって癒しを感じる音楽のジャンルは違うと思いますが、メロディーの奥に、本来の孤独に裏打ちされた前向きな姿勢や、希望が持てるような何かを感じることで、人間は安らぎを感じるのではないでしょうか。

僕は、人を癒したいと思って曲を書いたことは1度もありません。曲を作るときには、どんなものを書こうかを頭の中で組み立てていくのですが、この作業はひたすら自分と向きあっていくしかない。映画音楽のようなメロディー主体の曲は、お風呂に入っているときや打ち合わせの最中に思い浮かぶことが多いです。逆に、しっかりとした構造のオケの曲を書くときは、考えたり組み立てたりする作業もすさまじく膨大なので、かなり時間がかかりますね。

まずモチーフがひらめいたとして、そのひらめきをひとつの曲にしようとしたとき、音と音を連ねて音型を作っていくのですが、どう連ねていくかによってまったく違う曲になってしまうので、非常に気を遣うところです。すごく地味で生みの苦しみを伴う作業ですから、癒しがどうとか、夕日がきれいなんて考えている余裕はありません(笑)。

たとえばベートーヴェンの『運命』も、「だだだだーん」とうメロディーを極限まで使い切っていますよね? ひとつのアイデアがひらめいたところで、そのアイデアをどういう形にすれば説得力がある形で聴かせられるだろうかと考える。そこからは、本当に純粋な作業です。

できるだけ無駄なくきちんと作れれば作れるほど、聴いてくださる方々が癒しを感じたり、イマジネーションが広がる曲になります。そのためには、こちらの変な思い入れを極力なくして、自分がいいなと思った素材や音型に見合うように、フォームを作っていく。そして、音楽的な機能美を追求していくこと。これが一番大事ではないでしょうか。

もうひとつ重要なのは、作家がその作品にどのような想いを込めたいかということ。それは、感情的なものの場合もあれば、非常に理想的で純粋な音楽的自然要求かもしれません。いずれにしても「こういうものを作りたい」という強い意志があるかどうかで、楽曲というものはすごく変わってしまうんです。

 

音楽が湧き出る秘訣!?

「こんなにたくさん曲を作っていて、イメージは枯渇しないのか?」とよく聞かれます。僕は恵まれていることに、〈忘れ方〉がうまいのかもしれません。常に先のことを見ているし、後ろを振り向くこともあまりない。いつもリフレッシュして切り替えることができます。もしかしたら、自分の作品に対しての愛着が薄いのかな!?(笑)作曲をするときはものすごく細かいくせに、作品が手を離れると意外にすこーんと自分の中から抜けちゃう。

一生同じ曲を見ていたって、いつまでも完成しないじゃないですか。今日はこれでいいと思っても、自身の成長に伴って手を加えたり、直したくなってしまうものです。それは仕方のないことですから、どこで見切るかを決めないと難しいですよね。

 

久石譲のいま、そしてこれから

これまでオーケストラ曲の楽譜は出していませんでしたが、今回初めてふたつのCDアルバム『ミニマリズム』と『メロディフォニー』の完全オリジナル楽譜を出すことになりました。4月に発売された『ミニマリズム』は、ミニマル・ミュージックのオーケストラ作品を集めたスタディスコア、そして5月に発売される『メロディフォニー』は、『となりのトトロ』や『おくりびと』などの映画音楽をフル・オーケストラ版にアレンジしたものです。6月からは『ミニマリズム』の楽譜レンタルもできるようになりますので、ぜひたくさんの方に僕の音楽を楽しんでいただければと思います。

また、5月からはポーランドのクラクフ映画音楽祭を皮切りに、東京・大阪で東日本大震災復興支援のチャリティーコンサートをおこないます。また現在、海外でも計画中です。

日々、被災された方々の生き様に勇気をもらっています。皆さんの姿勢を心から尊敬し、いま僕にできることを”一生懸命”努力したいと思います。

 

 

◇久石譲に聞く4つの質問

Q.作曲中に幸せを感じるときは?

A.1日中部屋にこもって曲を書いて、夜になると何がしかの曲が生まれているとき。その瞬間が一番幸せですね。もしかしたらこの曲を、日本中の人がいつか歌ってくれるかもしれない、あるいはずっと語り継がれる曲になるかもしれない。もちろん、認められるまでに思ったより時間がかかる可能性もありますが(笑)。その瞬間の感動に勝るものはありません。

Q.逆に、へこむことはありますか?

A.そんなの1日中です。だめだ、俺才能ないなって(笑)。1日のほとんどがそういう時間。そんな中で、ごくたまに、10回に1度くらい「俺って天才!」と思いますね(笑)。

Q.自作の中で一番気に入っている作品は?

A.ナウシカでおなじみの『風の伝説』ですね。僕の中でエポックになっていて、いつも初心に戻らなくてはと思う曲です。

Q.一番「よくできた!」と思う作品は?

A.それは、次回作でしょう。つねに、今作っているものが一番いい曲だと思いながら作っています。

(「ピアノ音楽誌 ショパン CHOPIN 2011年6月号 No.329」 より)

 

 

 

Blog. 「キーボード・マガジン 2005年10月号 No.329」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/04/12

「キーボード・マガジン 2005年10月号 No.329」に掲載された久石譲インタビューです。

導入でどの時期の話かはすぐにわかると思います。楽曲制作における譜面やデモ音源の工程、指揮者としてピアニストとしてレコーディングするときの難しいところ、かなり深いところまで読みごたえ満点です。またピアノの響きの好みや、影響を受けたピアニストまで。

ひとつだけ先に書いてしまいます。

 

久石:
「メロディは記憶回路なんですよ。記憶回路であるということは、シンプルであればあるほど絶対にいいわけです。メロディはシンプルでもリズムやハーモニーなどのアレンジは、自分が持っている能力や技術を駆使してできるだけ複雑なものを作る。表面はシンプルで分かりやすいんだけど、水面下は白鳥みたいにバタバタしてるんです。」

 

このお話はTV番組「笑っていいとも!」テレフォンショッキング出演時にも、CM中タモリさんと話していた内容です。時期は異なります。エピソードとしてJOE CLUB会報にあったように記憶しています。

久石譲音楽が久石譲音楽たらしめる、ひとつの核心のような気がします。感覚だけに流されない計算しつくされた緻密な音楽構成、久石譲が言うところの「論理が95%」というところなのでしょうか。凄みで身震いがします。

それではご紹介します。

 

 

久石譲 Joe Hisaishi  interview

宮崎駿、北野武監督作品などの映画音楽を手掛けたことで幅広く知られる久石譲。彼が映画やCMのために提供した楽曲を中心にオーケストラで再演するという”WORKS”シリーズの第3弾、『WORKS III』がリリースされた。昨年公開された大ヒット映画「ハウルの動く城」のテーマ曲「Merry-go-round(人生のメリーゴーランド)」や、CMでおなじみの「Oriental Wind」、バスター・キートンのサイレント映画に久石が新たに音楽を加えカンヌ映画祭で話題となった「GENERAL」など、久石ワールドを堪能できる1枚だ。ここでは新作について、さらには作曲やピアノについて久石本人に大いに語ってもらった。また、P.134からは「Birthday」のピアノ・スコアも掲載しているので、そちらも併せてチェックしてほしい。

 

メロディはシンプルでもリズムやハーモニーなどのアレンジは自分が持っている能力や技術を駆使してできるだけ複雑なものを作るんです

 

映像と対でしか存在しない映画やCM音楽がしっかり作られているのを確認してほしい

-”WORKS”シリーズではCM音楽や映画のために書いた楽曲を中心に取り上げていますが、映画などとは独立した作品としてレコーディングを行ったのでしょうか?

久石:
「そうですね。作られた目的が映画でもCMでも構わないんですけど、それを独立した楽曲として成立させるということは音楽家としてやらなきゃいけないことなんです。どうしても映像と対になってしか存在しないという映画音楽やCM音楽が、実はしっかり作られているというのを確認してもらうには、こういうシリーズが必要なんですね。」

 

-アレンジもオリジナルとは変えていますね。

久石:
「全体的にサウンドを少し厚くゴージャスにしています。映画の場合、音楽にいろいろな要素を入れ過ぎてしまうとセリフとぶつかってしまうんです。オリジナルでは主旋律だけしかない曲に、オブリガートのメロディを足すなどの作業はしていますね。」

 

-今回の『WORKS III』で新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラを選んだ理由を教えてください。

久石:
「もう長い付き合いなんですが、現在はワールド・ドリーム・オーケストラの音楽監督もやっているので、一番表現しやすい最高のオーケストラなんです。」

 

-オーケストラのアレンジは譜面に書いていくのですか?

久石:
「今はコンピューターで打ち込んだものを、譜面作成ソフトのメイク・ミュージック!Finaleなどで譜面に起こしていますね。ここ3年くらいは、やらなきゃいけない量が膨大なので、全部譜面を手書きしている時間がないんですよ。」

 

-ラフに打ち込んでいく感じですか?

久石:
「譜面になるギリギリのところまで緻密にやります。シンセだとやっぱり最終的に人間が演奏したときとは違いますが、それにしてはクオリティはめちゃくちゃ高いですよ。弦もフォルテ、ピアノ、ピチカート、デタシェ、トレモロなど細かいところまで表現しますね。あんまりラフだと次のアイディアが出てこないでしょ? 僕が作ったデモは、だいたい”このままで完成ですよね?”って言われるんですけど、そこから全部生の演奏に差し替えるんです。」

 

-以前のインタビューで、サウンドトラックなどでは生のストリングスにシンセのストリングスを混ぜることもあると話されていましたが、最近でもそうなのでしょうか?

久石:
「最近はフルオーケストラがものすごく好きなので、基本的にはオーケストラだけで成立するようにしていますね。ただ、つい最近やった韓国映画「ウェルカム・トゥ・トンマッコル」の音楽では、リズム・ループやサンプリング音源などを結構使っています。レコーディングは沖縄に行ったんですが、おかげでエスニックなリズムとオーケストラ・サウンドの融合みたいな感じに仕上がっていますね。”何で寒い冬場の戦争シーンで沖縄音階が流れるんだ”っていう(笑)。」

 

-『WORKS III』では久石さんがピアノを弾いているのですか?

久石:
「「人生のメリーゴーランド」のメロディなど、ソロの部分はだいたい僕が弾いてますね。それ以外はオーケストラのピアニストに弾いてもらっています。」

 

-レコーディングで使用したピアノは?

久石:
「すみだトリフォニーホールのスタインウェイです。響きを大事にしたかったので、スタジオではなくホールで録音しました。」

 

-一発録音ですか?

久石:
「指揮しながらピアノを弾いていると、そこが難しいんですよね。まず、オーケストラを録って、リズムがちゃんと感じられる部分はあとでピアノをかぶせようと思うんですが、なかなかニュアンスが一緒にならない。相手が出す音に対してこっちが反応し、こっちが出した音に相手が反応するのが音楽なのに、ダビングするとその双方向のコミュニケーションがなくなってしまう。「DEAD」の第4楽章は最初にオーケストラと録ったときにうまくいかなかったので、”すみません”って言って、翌日もう1回オケと一緒に録り直しました。自分で指揮をしているから分かってるつもりなんですけど、実際に自分が弾いた音にオケが反応するのと、別々で録音するのでは全然違いますね。クリックを使っていないので、オーバーダビングするにしても簡単じゃないですし。本当は同時録音がいいんですが、指揮とピアノを両方やっているとどちらも中途半端になりがちなんです。その辺をいつもレコーディングの直前までどうするか悩んでいるんですよ。」

 

低音がベーゼンドルファーで高音はスタインウェイが理想のピアノ

-小さいころはバイオリンを習っていたそうですね。

久石:
「4歳から12~3歳くらいまで習っていました。」

 

-最初にピアノを弾いたのはいつでしょうか?

久石:
「同じころです。そんなにピアノをメインにやってはいなくて、触ってたくらいですね。」

 

-では、ピアノをメインに演奏するようになったのは?

久石:
「音大を受験するためにピアノをやらなきゃいけなかったので、それからだと思いますね。」

 

-ピアノの響きの好みを教えてください。

久石:
「僕のスタジオにあるスタインウェイがすごく気に入っています。今のスタインウェイってペダルがきつくて、カクンカクンと持ち上がるんですが、今僕が使っているモデルは、どちらかというと昔のタイプなので、ペダルのスプリングがすごく弱いんです。だから自然にペダル操作ができる。あと、音もきらびやかじゃなくて、ホワンとしています。僕がアルバムでピアノを弾くときは、ほとんどそのピアノですね。ただ、楽曲によってもっと派手な音が欲しいときは、別のスタインウェイを用意してもらうこともあります。あと、好きなのはアルバム『ETUDE』などで使ったオペラシティのスタインウェイ。あそこのピアノはすごくいいですよ。最近はベーゼンドルファーを全然弾かなくなっちゃいました。低音鍵盤があるモデルではその分響きが豊かだから、昔は好きだったんですけどね。理想のピアノは真ん中から低い音がベーゼンで、高い音がスタインウェイ(笑)。」

 

-普段からピアノの練習をしていますか?

久石:
「僕は季節労働者ですね(笑)。コンサートがないと練習しない。映画音楽の制作に入ってしまうと、時間がないので全然弾かないこともあります。コンサートと近くなってくると1日8~10時間練習することもあるんですが、今年の夏のコンサートはオーケストラの指揮が大変なので、弾けても1日2時間くらいがやっとですね。」

 

-どういう練習をしているのでしょうか?

久石:
「人には聴かせられないけど、ハノンの鬼って言われるくらいにハノンをやってますね(笑)。」

 

-ピアニストとして影響を受けた人はいますか?

久石:
「大学時代はジャズのマル・ウォルドロンが大好きだったんです。彼は音色のニュアンスに富んだ人じゃないんだけど、しっかりした素朴なタッチがいいでしょ。耳コピで「レフト・アローン」なんかを弾いてましたからね。」

 

-マル・ウォルドロンとは意外ですね。

久石:
「かもしれないですね。『Piano Stories』の直線的にカンと弾くピアノの弾き方ってほとんどマル・ウォルドロン的ですよ。最近ちょっとうまくなったので、もう少し細かいニュアンスも表現できるようになりましたけど、あのころはストレートな演奏が好きだったんです。シンプルであるって強いですよね。最近好きなピアニストはミシェル・カミロ。トマティートというギタリストと共演した『スペイン』という作品を、毎晩聴いていた時期もりました。あとは、キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』もいいですよね。」

 

人間の体で言うとメイン・テーマは顔 その世界観に合わせて手足を作っていくんです

-久石さんの作品は、いずれもメロディはシンプルでありながらオリジナリティを強く感じるのですが、曲作りで意識していることはありますか?

久石:
「メロディは記憶回路なんですよ。記憶回路であるということは、シンプルであればあるほど絶対にいいわけです。メロディはシンプルでもリズムやハーモニーなどのアレンジは、自分が持っている能力や技術を駆使してできるだけ複雑なものを作る。表面はシンプルで分かりやすいんだけど、水面下は白鳥みたいにバタバタしてるんです。」

 

-メロディから曲を作ることが多いのですか?

久石:
「毎回違いますね。ポーンとメロディが浮かぶこともあれば、最初にリズムが出てきたり、ハーモニーからメロディをひっぱり出すこともある。あえてパターン化しないようにしています。」

 

-映画とCMの音楽制作はどこが違うのでしょうか?

久石:
「映画は2時間でストーリーを組み立てるから、全体の構成力が一番重要です。一方、CMは15秒くらいで終わってしまうので、どうやって瞬間的に見ている人の心をつかむかが大事。映画はお金を払って見に行くから、いやが応でもジッと見ていますけど、テレビだとトイレに行ったりビール飲んだり、つまらなければチャンネルを変えられてしまいますからね。」

 

-映画では映像が出来上がってから、曲を合わせるのですか?

久石:
「脚本を読んで監督がどういうものが作りたいのかを把握した上で音楽の方向性を決めて先にテーマを作っていくケースや、全部映像が完成してから一気に作っていくケースなど、これもあまりパターン化しないようにやってますね。」

 

-やはりメイン・テーマの制作には一番力が入るのでしょうか?

久石:
「人間の体で言うとメイン・テーマは顔みたいなもの。これをまずしっかり作って、あとはその楽曲の世界観に合わせて手足を作っていくんです。ある程度メイン・テーマができちゃうと楽ですね。最初にテーマを作るのが理想なんですけど、できないときもあるんですよ。」

 

-CMの場合はいかがでしょうか?

久石:
「CMは頭の7秒ぐらいが勝負。その場合はメロディよりもむしろサウンドが大事だったりすることもあるので、音色選びには時間をかけます。あとは、新鮮なネタみたいなものはすごく意識しています。ピアノ1台でも印象に残るフレーズってありますしね。」

 

(「キーボード・マガジン 2015年10月号 No.329  Keyboard Magazine October 2005」より)

 

 

Blog. NIKKEI STYLE「1日2食、鉄人の流儀 久石譲さん」インタビュー内容

Posted on 2017/04/01

3月31日付、NIKKEI STYLE「あの人が語る 思い出の味」にて、久石譲のインタビューが掲載されました。普段あまり語られることのない音楽以外のお話、私生活の一面をのぞかせる興味深い内容です。

 

あの人が語る 思い出の味
1日2食、鉄人の流儀 久石譲さん
食の履歴書

妥協は絶対に許さない。他人にも厳しいが、自分にはもっと厳しい。常に全力投球。そんなストイックで孤独な音楽活動を支えてきたのが普段、意識していなかった妻の家庭料理。「1日2食」と決めてから43年。「小さな病気一つしない」と健康の原動力になっている。

 

■深夜まで仕事場にこもる夜型人間

音楽の鉄人の朝は遅い。

「深夜まで仕事場にこもってひたすら作曲に取り組む夜型人間」だから、家族と一緒に朝食を取ることはほとんどない。妻が作り置いてくれた朝・昼兼用の手料理を電子レンジで温め直し、自宅のキッチンで独りで黙々と食べる。

食卓にのぼるのは繊維質や海産物が多いメニュー。ワカメやホウレンソウがたっぷり入った味噌汁に七分づき米のご飯、そして焼いたシャケやサバの味噌煮が添えられる。

ゴボウやニンジン、シイタケなどを酢飯に混ぜたちらしずしも大好物。「余計な塩分や油分をなるべく減らした健康食材ばかり。特にこだわりはないので食卓に出されるまま何も考えることなく料理を食べてきた」と振り返る。

1歳下の妻とは国立音大で出会った。生まれ育った環境の違いから価値観が衝突することも多かったが、売れない時代を支えてくれた恩人だ。卒業と同時に結婚。それ以来、「1日2食」というリズムはまったく変えていない。

 

■「食事のことを考えている余裕はない」

「音楽というのはそんなに生易しいものじゃない。正直、食事のことなんて考えている余裕はほとんどないよ」

「しっかり食べれば1日2回で十分。3回も食べていたら過食になってしまう」

84年の「風の谷のナウシカ」から「となりのトトロ」「魔女の宅急便」などアニメ映画の音楽をずっと任せてくれた宮崎駿監督とも一度も食事をしたことがないそうだ。

自分を究極まで追い込み、絞り出したメロディーを鍛え、全身全霊で1つの作品に磨き上げる。そんな求道者のような音楽活動が続けられるのは「毎日、健康食を食べてきたおかげ」と実感している。

長野県北部で生まれ育った。少年時代を過ごした中野市はリンゴやエノキダケなどの有名な産地。「シャボン玉」「あの町この町」を作曲した中山晋平や「故郷」「朧月夜」を作詞した高野辰之らの出身地としても知られている。

実は筆者も少年期を中野市で送った信州人である。だが故郷の話に触れると即座に不愉快そうな表情を浮かべ、こちらをジロリとにらんだ。

「僕の音楽を信州と結びつけたがる記者が多くてね」

母の料理もやたらに味が濃くて好きではなかったという。野沢菜やたくあん、煮詰めた濃い味噌汁、焼き魚とご飯……。子供心にあまりおいしいとは思えなかったらしい。

 

■小学校時代に見た膨大な映画、音楽活動の原点

だがこの時期に映画やジャズ、バイオリンなど音楽と出合う。高校教師の父に連れられて映画館によく出かけた。

「小学校時代はまさに映画の黄金期。公開される映画はほとんど見ていた。東映のチャンバラ劇も日活のアクション映画も大好きだった」

このころ見た膨大な映画の蓄積が今の音楽活動の原点になっている。4歳から習い始めたバイオリンで楽器に目覚め、ピアノ、吹奏楽、ギターを学び、高校時代には月2回、作曲家を目指して東京の先生のもとへ和声学や対位法などのレッスンに通い続けた。

体力的にはかなりきつかったが、信越線の横川駅で買った駅弁の釜めしの味が何とも懐かしい。列車の旅の中間点でちょうど腹がすく時刻。ウズラの卵、鶏肉、シイタケ、タケノコ、紅ショウガ……。益子焼の容器にしょうゆで味付けした炊き込みご飯に舌鼓を打った。「青春の味。懐かしいから今でも時々、食べている」と顔をほころばす。

2016年に長野市芸術館の芸術監督を引き受けたのは「自分の音楽経験をそろそろ故郷に還元してもいいかな」と感じたから。国内外で活躍している演奏者約40人を集めて「ナガノ・チェンバー・オーケストラ」を立ち上げた。目下、7月15.17日予定の演奏会の準備に余念がない。

2月の演奏会では本番直前に転倒して左手を骨折するアクシデントに見舞われた。「結構痛かった」が、2時間も指揮棒を振り続け「気がついたら左手がパンパンに腫れ上がっていた」と豪快に笑う。

頑固でコワモテ。理屈屋で負けず嫌いのへそ曲がり。だが決して冷たくはない。この記事を読んだら本人は怒るかもしれないが、音楽の鉄人にはやはり典型的な信州人の血が流れている気がする。

 

■焼き鳥で仲間と乾杯

30年近く通っているのが東京・西麻布の交差点に近い焼鳥屋「鳥とも」(電話03・3409・9808)。22席のこぢんまりとした店だが「気取らない雰囲気が気に入っている」。

ねぎま・ぼんちり・つくね・ぎんなん・手羽先・かわ・砂肝の7本の「焼き鳥コース」(1750円税抜き)、錦サラダ(1050円)、煮込み(700円)が必ず頼む定番メニュー。

キュルキュルした食感のかわや焦げ目が香ばしいぼんちりなどが美味。紀州備長炭を使い「1981年の開店以来、メニューはほぼ変えていない」と店長。

カウンターの一番奥が久石さんの指定席で仕事仲間や友人らと愉快に酒杯を傾け、最後は鳥スープめん(500円)で締める。店内にはビルの所有者だった写真家、故・秋山庄太郎さん直筆の看板も飾られている。

久石さんお気に入りの錦サラダ、焼き鳥(東京都港区の鳥とも)

 

■最後の晩餐

もちろん洋食も嫌いじゃないけど、日本人だからやはり最後は和食がいいかな。頭に浮かぶのは、いつも食べ慣れている女房の手料理。豆腐と薄味の味噌汁に温かい白米か炊き込みご飯、そこにお新香や焼き魚、煮魚が付いているような普通の朝食が落ち着きます。

(編集委員 小林明)

(NIKKEI STYLE より転載)

 

Blog. 「久石譲 オーケストラ・コンサート with 九州交響楽団」コンサート・レポート

Posted on 2017/03/25

3月20日開催「久石譲 オーケストラ・コンサート with 九州交響楽団」コンサート・レポートです。久石譲が初めて訪れる地、本公演前にはロビーコンサートが開催されるなど、開演前から並々ならぬ熱気と期待感に包まれたコンサート会場でした。

 

まずは演奏プログラムのセットリスト・アンコールから。

 

久石譲 オーケストラ・コンサート with 九州交響楽団

[公演期間]  
2017/3/20

[公演回数]
1公演 (宮崎 都城市総合文化ホール 大ホール きりしま)

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:九州交響楽団

[曲目]
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 op.104
チェロ/長谷川彰子(九州交響楽団 首席奏者)

—-intermission—-

久石譲:TRI-AD ~for Large Orchestra~
久石譲:Symphonic Poem NAUSICAÄ (交響詩「風の谷のナウシカ」2015)

—-encore—-
久石譲:Kiki’s Delivery Service for Orchestra

 

 

さて、個人的な感想やレビューはあとまわし、当日会場で配られたコンサート・パンフレットから、本公演を紐解いていきます。

 

 

都城の皆さん、こんにちは。
都城は初めて訪れますが、ここで演奏することを心より楽しみにしています。本日は自作曲を2曲と、ドヴォルザークを演奏します。まず私から、自作曲の解説をさせていただきます。

 

久石譲 TRI-AD ~for Large Orchestra~
作曲にあたって、最初に決めていたことは3つです。まず祝典序曲のような明るく元気な曲であること、2つめはトランペットなどの金管楽器でファンファーレ的な要素を盛り込むこと。これは祝祭感を出す意味では1つめと共通することでもあります。3つめは6~7分くらいの尺におさめたいと考えました。

そして作曲に取りかかったのですがやはり旨くいきません。コンセプトが曖昧だったからです。明るく元気と言ったって漠然としているし、金管をフィーチャーするとしてもどういうことをするのかが問題です。ましてや曲の長さは素材の性格によって変わります。

そんなときに思いついたのが3和音を使うことでした。つまりドミソに象徴されるようなシンプルな和音です。それを複合的に使用すると結果的に不協和音になったりするのですが、どこか明るい響きは失われない。ファンファーレ的な扱いも3和音なら問題ない。書き出すと思ったより順調に曲が形になっていきました。そこで総てのコンセプトを3和音に置きました。それを統一する要素の核にし、約2週間で3管編成にオーケストレーションしました。

「TRI-AD」とは3和音の意味です。曲は11分くらいの規模になりましたが、明るく元気です。この曲は2016年5月8日に長野市芸術館のグランドオープニング・コンサートで世界初演されましたが、その後関西フィルハーモニー管弦楽団などで演奏されています。今回、九州交響楽団のみなさんと演奏する事をとても楽しみにしています。

 

久石譲 Symphonic Poem NAUSICAÄ (交響詩「風の谷のナウシカ」2015)
1984年に公開された『風の谷のナウシカ』は宮崎さんのために最初に書いた音楽です。ですから人一倍思い入れがあります。1997年アルバム「WORKS・I」として初めて交響組曲にまとめ、ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団でレコーディングしました。2015年に宮崎作品を全曲組曲化するプロジェクトをW.D.O.(ワールド・ドリーム・オーケストラ)と開始してこれがその第2弾となりました。以下は今回の音楽ディレクターK氏の書いたコメントですがおもしろいので以下に掲載します。

「2015年夏に久石が音楽監督をつとめるワールド・ドリーム・オーケストラのため、自身の手で交響詩として生まれ変わらせた。地雷のごとく叩かれる冒頭のティンパニ。ピッコロの悲痛な叫びは大地を焦がす大爆発を導く。その後におとずれる後悔と悲しみは弦楽器に引き継がれ大地の嘆きを奏でる。トランペットのファンファーレに続き、バロック風モチーフが木管楽器と低音楽器群で奏でられる。まさにナウシカへのレクイエムである。最後はナウシカの再生を喜び合う人々が「生きている」ことを実感する壮大な音楽で結ばれる」

なるほど、人それぞれの感じ方があります。聞いていただいた人の中で新たなストーリーができたら幸いです。

久石譲

 

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 op.104
チェロ協奏曲としてはもっとも多く演奏され、もっとも愛されている曲である。作曲技術においても内容面においても非常にすぐれており、ブラームスをして「こんなチェロ協奏曲が人間の手で書けるということを、私はどうして気がつかなかったのだろう」と嘆息せしめた。

ニューヨーク・ナショナル音楽院校長としてのアメリカ滞在中(1982-95)の作品である。アメリカの黒人音楽やネイティヴ・アメリカンの音楽から想を得た親しみやすい旋律が多く、それらは主題としてだけでなく、主題間のつなぎのためのパッセージなどにおいても現れる。このことは同じアメリカ時代の作品《交響曲第9番「新世界より」》においても同じである。

第1楽章はロ短調、アレグロ、協奏的ソナタ形式(提示部が管弦楽のみとそれに独奏が加わった2つの部分から成る)。冒頭、クラリネットで演奏される第1主題は、多様な変奏に耐え得る明確な特徴を持つきわめて魅力的なものである。第2楽章はト長調、アダージョ、三部形式。冒頭の木管合奏による主旋律が美しい。その対比で中間部での管弦楽総奏による短調の主題が情熱的に迫ってくる。第3楽章はロ短調、アレグロ・モデラート。独奏チェロによって提示される主要主題が何回か循環的に現れる点でロンド形式と見なすことができる。が、そうした形式把握よりもこの主題を含むいくつかの主題の多様で魅力的な音楽に耳を傾けたい。

[解説] 中村滋延(作曲家・九州大学名誉教授)

(「久石譲 オーケストラ・コンサート with 九州交響楽団」コンサート・パンフレット より)

 

 

さて、冒頭でもお話したように本公演前のロビーコンサートの様子からお伝えします。

本公演に入場できない小さなお子さん向けに企画された無料ロビーコンサートにしてオール・ジブリ・プログラム。もちろん誰でもその場で聴くことができ、たくさんの方が早くから来場しにぎやかな空間となっていました。

 

特別企画 九響の弦楽アンサンブルによるロビーコンサート

14:00~14:30 1Fマルチギャラリー

久石譲 となりのトトロ (「となりのトトロ」より)
久石譲 風のとおり道 (「となりのトトロ」より)
久石譲 もののけ姫 (「もののけ姫」より)
木村弓 いつも何度でも (「千と千尋の神隠し」より)
久石譲 いのちの名前 (「千と千尋の神隠し」より)
久石譲 君をのせて (「天空の城ラピュタ」より)
木村弓、久石譲 世界の約束~人生のメリーゴーランド (「ハウルの動く城」より)

第1ヴァイオリン/扇谷泰朋、齋藤羽奈子
第2ヴァイオリン/佐藤仁美、荒川友美子
ヴィオラ/猿渡友美恵、田邉元和
チェロ/石原まり、重松恵子
コントラバス/井上貴裕

 

広い1Fロビー空間の奥にステージが準備されていました。

 

 

何がすごかったか。通常ロビーコンサートは本公演前のウェルカムコンサート、来場した観客をお出迎えといった感じの雰囲気なのですが、今回の特別企画はもうひとつのコンサートと言ってもいいくらい熱気と拍手に包まれた空間でした。

また、個人的にびっくりしたのは、その弦楽アンサンブルにコンサートマスターも参加されていたことです。通常ロビーコンサートは四重奏や五重奏などのアンサンブルが多いなか、9名で奏でる弦楽合奏なうえに第1ヴァイオリンにコンサートマスターというなんとも贅沢なもの。たくさんの人に音楽を楽しんでもらいたい、子供から大人まで本物の音を届けたい、そして本公演へのムードづくり。久石譲にとっても観客にとっても”お出迎え”となった、素晴らしい主催者企画ですね。

 

200人?300人?多くの説明を必要としない光景です。

 

 

 

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 op.104
交響曲ばりの迫力ある作品です。紅いドレスに包まれたソリスト、小柄な可愛らしい印象とは対照的な重厚で流麗なチェロの響きでした。張りつめた緊張感と放たれたオーラで、一瞬にして観客を別世界へと誘ってくれました。

第1楽章後に観客からの拍手が起こるというハプニングもありましたが、それほどに拍手せざるを得ない空気があったのだと思います。地響きがするほどの臨場感で圧倒されてしまった。もちろん開演前のお決まりのアナウンス(楽章間の拍手はご遠慮ください)はありましたけれど、それを作法ととるのかルールとしてしまうのか。指揮者もオーケストラも呼吸を整えるのに大変だったとは思いますが、何が起こるかわからない一期一会な演奏。お互いに空気を感じとりながらみんなで最高のコンサート空間をつくりあげていく、そんなことを感じた心あたたまる瞬間でした。

 

久石譲 TRI-AD ~for Large Orchestra~
よく響くホールに元気なオーケストラ。どの楽器セクションも浮き出るほどの大迫力な演奏。何度聴いても新しい発見のある作品です。オーケストラも変われば、座席も変わります。今回も目に耳に忙しく集中しながら、「あっ、ここでこの楽器たちはこんなことやってたんだ」と目に入ってこないと耳にも聴こえてこない音もたくさんあります。最後までワクワク感の止まらない万華鏡のようです。

 

久石譲 Symphonic Poem NAUSICAÄ (交響詩「風の谷のナウシカ」2015)
本公演では合唱なし編成、アルバム「The End of The World」でも聴くことができない貴重なヴァージョンです。たとえば「蘇る巨神兵」パート、管弦楽だけの迫りくるグリッサンドから醸される不協和音と鼓動も迫力満点でしたし、「遠い日々」のコーラスとはまた違った弦楽ピッチカートやグロッケンシュピールの響き。そこから金管楽器などに流れ発展していく様は、まるでバロック音楽のような一層の厳かささえ感じ、とても得した気分です。久石譲と九州交響楽団による壮大なシンフォニー。大きな動きで演奏する管弦楽を見て、ナウシカを演奏することを心から楽しんでいる、そんな想いが十二分に伝わってきました。

 

—-encore—-
久石譲 Kiki’s Delivery Service for Orchestra
ナウシカの余韻で拍手喝采のなか、「もう1曲やる?」とジェスチャーで観客に合図を送り、笑顔で指揮台にあがる久石譲。コンサートプログラムとしてもアンコールとしても人気の「魔女の宅急便」です。弾むような躍るようなシンフォニー。今日というこの日の特別なお届けもの。会場全体がぱっと明るくなる響きに、指揮者もオーケストラも観客も笑顔のたえない至福の音楽でカーテンコールとなりました。

 

 

 

今年は海外公演も多く予定されている久石譲です。日本各地で久石譲音楽を久石譲コンサートを待ちわびている人がたくさんいる、改めてそんなことを感じた1日でした。学生服姿から普段着まで「うちの街に来るなら、そりゃー行くでしょ!せっかくなら聴きたい!よし行こうか!」と言わんばかりの日常生活な装い。音楽が身近にある風景、しかもそこで体感できるのは極上の音楽。これから今年一年、どんな土地でどんなプログラムを演奏してくれるのか、楽しみです。

 

コンサートに行かれた方!行けなかった方!次こそはと誓った方!どしどしコメントやメッセージお待ちしています♪ 響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

 

Blog. 「月刊ピアノ 2005年2月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/02/25

「月刊ピアノ 2005年2月号」に掲載された久石譲インタビュー内容です。

オリジナルアルバム『FREEDOM PIANO STORIES 4』を発表した時期になります。

 

 

こんな時代だから、作家はどうしても発言を”きちん”としたい。でも今回、なんかそれはちがうかなって予感はしていた。

2004年はまさに久石譲によって怒涛の1年となった。『ハウルの動く城』、無声映画『キートン将軍』、ポップス・オーケストラ”World Dream Orchestra”、『FREEDOM』ツアー、そしてソロアルバム制作。彼はこれからの活動や作品を通して、何を感じ、何を思い、そして何を我々に伝えようとしたのだろうか。日々進化を遂げる”久石ワールド”に深く迫った。

 

僕にとってこの『FREEDOM』は過渡期だったと思うんですよ

-新作『FREEDOM』のタイトルに込められた思いをうかがたいのですが。

久石:
「実は、サブタイトルに”心の自由を求めて”ってつけようかなって思ってたくらい、最近、なんとなく世の中に閉塞感があって生きづらくなってると思うんです。たとえば”なにかやろう”って思っても、結果がなんとなくわかっちゃうんですよね。そうすると”これやっても仕方がない””これもやっても先が見えてる”みたいな感じで自分のほうで壁を作っちゃってなにもやらなくなってきてる気がしてて。僕自身もそうだし、周りの人たちなんかを見ててもすごくそういうのを感じていて。だから、自分の中のそういうバリアをはずしてやったらもっと生きやすくなるんじゃないかなぁって。そんな思いからこういうコンセプトになったんです」

 

-前作の『ETUDE』は”夢はいつか叶う”というもっとシリアスなテーマでしたが。

久石:
「やっぱりね、『ETUDE』までいっちゃうと一般に聴いてくれる人たちとどんどん自分が離れていっちゃうんだよね。個人的にはあの延長が好きではあるんだけど、内面的に深くなりすぎるっていうことは作家の自己満足にも陥りやすいと思うから、一回きちんとコミュニケーション取れるラインまで戻す必要があったんだよね。だから、このアルバムのメロディアスで美しい感じとは裏腹に、制作現場は悲惨なくらい悩んだけどね。まあとにかく”肩の力抜いて!”っていう感じなんです。だから曲目も『伊右衛門』とか『進研ゼミ』とかすごくわかりやすいでしょ? 自分でもちょっと恥ずかしいなぁって思うくらい(笑)。今回は気楽に、朝とか昼間の光を浴びながら聴いてくれ!っていう感じかな」

 

-リリースも予定よりかなり遅れたそうですね。

久石:
「そう。予定ではツアーの前だから10月には出したかったんです。でも、いろんな仕事が重なってしまって。バスター・キートンの無声映画をやって、ワールド・ドリーム・オーケストラの夏のツアーがあって、アルバムも作って、『ハウルの動く城』でしょ? もう、はっきりいってくたびれ果ててしまって(笑)。それで、ふと我に返っちゃったんですね。こんなやり方でいいのかってね」

 

-結果的にはじっくり制作期間をもってよかったということですね?

久石:
「そうですね。僕にとってこの”FREEDOM”は過渡期だったと思うんですよ。いまの世の中みたいに価値観がボロボロに崩れだした時代は、作家ってどうしても発言をきちっとしたいんですよ。自分が感じる世の中だったりとか、僕もそうしたくなってたんですけど、でもなんかそれは違うなっていう予感だけがあって。それで悩んだんです。でも、結果的に宮崎さんの『ハウルの動く城』も、たとえば『もののけ姫』のときのような壮大な、”人間とは?”っていう問いかけはしていないですよね。決して重い作品ではないし。きっとこの時代に、シリアスな発言しても疲れきってる人間にそれ言ってなんになる? っていうことなんです。それだったら、隣の人とつながってるんだとか、一日一日の思いを大切にするんだとか、もっと身近なことを言うくらいがせいぜいかなって。だから僕にとっても、宮崎さんにとっても次のための準備期間でありオアシス的作品になったんじゃないかな」

 

-アーティストは、時代背景を意識するべきだとお考えですか。

久石:
「この時代に生きてるから影響は受けないはずないよね。ただ、その時代の断面を切り取って見せるだけだと、数年後に古びますよね。だからこの時代の状況をふまえて、そこからどう普遍的なモノを探すかっていうことなんですよ。なんかいまのちょっとカッコよかったね(笑)」

 

2004年はワルツの年だった。それが”ハウル”にも不思議とハマったんだね。

 

”芸術家”の生き方は、僕の性格に合ってなかったんだ(笑)

-映画『ハウルの動く城』では、公開に先立って制作されたイメージ・アルバムを10日間で書き上げられたと聞きました。

久石:
「はじめ、全然曲が書けなくて苦しんでたんですよ。でも、チェコ・フィルでやるのは決まってて日程は迫ってくるし。そこで、とりあえず八ヶ岳のスタジオにこもったんです。そうしたら、なんか急にパッと雲が晴れちゃって、100人編成のフルスコアが1日1曲、10日間で10曲書けちゃって。あれはちょっと異常でしたね。完全になにか降りてきたっていう感じ。なにがそうさせたのかは自分でもわからないんだ。ただ、あれを基準に考えないでってスタッフには言ってるよ(笑)」

 

-映画『ハウルの動く城』では、メインテーマ「人生のメリーゴーランド」の華麗なワルツが非常に印象的でした。

久石:
「あのね、僕にとって2004年はワルツの年だったんですよ。実は『ハウル~』だけじゃなくて、バスター・キートンもテーマがワルツだったし、ワールド・ドリーム・オーケストラでもショスタコーヴィチのワルツを演奏したし。すごくワルツに凝った1年だったなぁって。なんかね、ワルツのあのリズムっていうのが、前作の『ETUDE』なんかでちょっと行き過ぎちゃった自分をもう一回戻してくれたんだよね。それが『ハウル~』の映像にも不思議とハマったんだよね」

 

-そして、もうひとつ非常に驚いたのが、その「人生のメリーゴーランド」が、シーンごとにさまざまなバリエーションとなって流れてきたことです。

久石:
「あれは、実は宮崎さんの意図なんです。今回はソフィーというヒロインが90歳から18歳の間でどんどん表情が変わっていく。そこで一貫してこれはソフィーであるということを印象づけるために、そのときに必ず流れる音楽がほしいって要望があって。それは、宮崎さんの中でとっても重要だったんです。それで、実は劇中の全30曲中18曲がこのテーマのヴァリエーションなんです。これは作曲家にとっては、非常につらいんですよ。だって作曲の技術を駆使しなくちゃならないから(笑)。あるときは、ラブロマンス的なもの、あるときは勇壮で、あるときはユーモラスで。でも、大変ではあったけど仕上がりを観て、こういう意図を要求された宮崎さんはあらためてスゴイと思いましたね」

 

-宮崎さんとは、数多くの作品でご一緒されてますが、常に観客に新鮮さを与えてくれるのはなぜでしょうか?

久石:
「それはあくまで作曲家と映画監督という関係で、作ったものを中心に置いての対峙関係でずっとやってるから。たとえば、普段一緒にゴハンを食べたりも一切しないしね。でも、もう何十年も一緒にやってるからお互いの性格もよくわかるし、お互いに甘えとか妥協は絶対に許さないから。だから、一回そういう慣れ合ったやり方を提示したら次はないと思ってる。毎回まっさらになって取りかかるっていうことですよね。そして、2~3年後に宮崎さんの作品が来るころ、自分がどれだけ成長してるかなんだよね。だから大変ですよ(笑)。でも、宮崎さんは人間的にも素晴らしい人だから、一緒に仕事ができる喜びのようが強いんだよね」

 

-いまや、久石さんの音楽は世代を超えて幅広く愛されていますが、もともとは前衛的な現代音楽に傾倒されていたと聞きました。どんな心境の変化が?

久石:
「そう。もう観客なんてどうでもいいっていう音楽を死ぬほどやってましたから(笑)。20代は芸術家だったんですよ。聴衆とか関係なく、自分のやりたいこと、新しいことを求めてて。ただ、あるとき、理屈っぽい世界のありかたに疑問をもってしまって。でも、もちろん価値はあるんですよ。ただね、芸術家であろうという生き方と、大衆性をもった生き方があった場合、自分の性格が大衆性の方に合ってたんですよ。それが一番の理由かな」

 

-昨年も、本当に多忙を極めた1年となりましたが、今年はどんな活動を?

久石:
「ナイショ(笑)。いろいろやりたいことはあるけど、いつも先を決めちゃってこなさなきゃいけなくなるケースが多いから、今年は自分でまず何をやりたいかを見つめたい。だから、いまはいっさい宙ぶらりんって感じかな(笑)」

 

補)
掲載インタビューページ内、インタビュー撮影写真下のひと言コメントより。

久石:
「『ハウル~』のイメージアルバムは、自分で言うのもなんだけど後世に残らなきゃいけない作品だと思う。いつか絶対フルオーケストラでコンサートを実現させたいね」

久石:
「ワールド・ドリーム・オーケストラでは、世界中にある美しく素晴らしい曲を、どんどん皆さんに届けていきたいね」

(「月刊ピアノ 2005年2月号」より)

 

 

ちょうどこの頃の久石譲活動詳細は、書籍「35mm日記」にも綴られています。忙しい日々、『FREEDOM PIANO STORIES 4』の喧々諤々な制作現場、何が大変だったのか?!ぜひ本を手にとってみてください。

目次は下記作品ページでご紹介しています。

Book. 久石譲 「久石譲 35mm日記」

 

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