Blog. 「久石譲 in パリ」に想う ~風の生まれる音~

Posted on 2017/11/17

6月にパリで開催された久石譲コンサート「JOE HISAISHI SYMPHONIC CONCERT:Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki」。スタジオジブリによるコンサートのための公式映像と久石譲による指揮・ピアノ、オフィシャルジブリコンサートは久石譲だからできるスペシャル・プログラム。「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間」コンサート(2008)を継承し映画「風立ちぬ」(2013)も加えた宮崎駿監督作品全10作品としてスケールアップ。オーケストラはパリの名門、ラムルー管弦楽団。巨大なスクリーンに映し出される映画の名シーンと共に奏でられるオーケストラの迫力の音楽が、フランス・パリの聴衆を感動の渦に巻き込みました。

その模様は「久石譲 in パリ ~「風の谷のナウシカ」から「風立ちぬ」まで 宮崎駿監督作品演奏会~」と題し9月NHK BSで放送され大きな反響を呼びました。そして早くも11月再放送決定。

 

音楽に耳を澄ませ、そのとき頭に浮かんだこと、想いめぐらせたことを、しかるべき長さの文章にまとめる。とても個人的で私的なものですが楽しい時間です。もしこれから書くことに意見が合わなかったとしても、あまり深追いしないでくださいね。もしうまく伝わることができて、ぬくもりのようなものを感じてもらうことができたら。見えないたしかなつながりを感じることのできる幸せな瞬間です。

 

 

久石譲 in パリ 「風の谷のナウシカ」から「風立ちぬ」まで 宮崎駿監督作品演奏会
JOE HISAISHI SYMPHONIC CONCERT:
Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki

[公演期間]  久石譲 パリ コンサート JOE HISAISHI SYMPHONIC CONCERT 2017
2017/6/9,10

[公演回数]
3公演 (パリ パレ・デ・コングレ・ド・パリ)
Palais des Congrès de Paris

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:ラムルー管弦楽団
合唱団:ラムルー合唱団/ラ・メトリーズ・デ・オー・ドゥ・セーヌ

Conducted by Joe Hisaishi
Orchestre et Choeur Lamoureux

[曲目]
I. 風の谷のナウシカ
風の伝説
ナウシカ・レクイエム
メーヴェとコルベットの戦い
遠い日々 (Vo: 麻衣)
鳥の人

I. Nausicaä of the Valley of the Wind
The Legend of the Wind
Nausicaä Requiem
The Battle between Mehve and Corvette
The Distant Days (Chant: Mai)
The Bird Man

II. もののけ姫
アシタカせっ記
タタリ神
もののけ姫 (Vo: エレーヌ・ベルナディー) *日本語詞

II. Princess Mononoke
The Legend of Ashitaka
The Demon God
Princess Mononoke (Soprano: Hélène Bernardy) *Japanese Lyrics

III. 魔女の宅急便
海の見える街
傷心のキキ
おかあさんのホウキ

III. Kiki’s Delivery Service
A Town with an Ocean View
Heartbroken Kiki
Mother’s Broom

IV. 風立ちぬ
(マンドリン: マチュー・サルテ・モロー)
旅路(夢中飛行)
菜穂子(出会い)
旅路(夢の王国)

IV. The Wind Rises
(Mandoline: Mathieu Sarthe-Mouréou)
A Journey (A Dream of Flight)
Nahoko (The Encounter)
A Journey (A Kingdom of Dreams)

V. 崖の上のポニョ
深海牧場
海のおかあさん (Vo: エレーヌ・ベルナディー) *日本語詞
いもうと達の活躍 - 母と海の賛歌
崖の上のポニョ  *フランス語詞

V. Ponyo on the Cliff by the Sea
Deep Sea Pastures
Mother Sea (Soprano: Hélène Bernardy) *Japanese Lyrics
Ponyo’s Sisters Lend a Hand –
A Song for Mothers and the Sea
Ponyo on the Cliff by the Sea  *French Lyrics

VI. 天空の城ラピュタ
(マーチング・バンド)
ハトと少年
君をのせて  *日本語詞
大樹

VI. Castle in the Sky
(Marching Band)
Doves and the Boy
Carrying You  *Japanese Lyrics
The Eternal Tree of Life

VII. 紅の豚
帰らざる日々

VII. Porco Rosso
Bygone Days

VIII. ハウルの動く城
シンフォニック・バリエーション “人生のメリーゴーランド+ケイヴ・オブ・マインド”

VIII. Howl’s Moving Castle
Symphonic Variation «Merry-go-round + Cave of Mind»

IX. 千と千尋の神隠し
あの夏へ
ふたたび (Vo: 麻衣)

IX. Spirited Away
One Summer’s Day
Reprise (Vo: Mai)

X. となりのトトロ
風のとおり道
さんぽ  *英語詞
となりのトトロ  *日本語詞

X. My Neighbor Totoro
The Path of the Wind
Hey Let’s Go  *English Lyrics
My Neighbor Totoro  *Japanese Lyrics

—–encore—-
Madness from Porco Rosso
Ashitaka and San from Princess Mononoke  *English Lyrics

 

 

 

さて、今回は「久石譲 in パリ」へのいろいろな想いを綴りたく、各楽曲の感想は一口コメントです。きっと一人一人に大好きなジブリ作品ジブリ音楽があると思います。語り尽くせないものがあると思います。溢れだしたらとまらないと思います。

 

開演前
会場で流れていた音楽は、久石譲が宮崎監督へ献呈し三鷹の森ジブリ美術館でのみ展示室BGMとして聴くことができる楽曲たちです。2008年武道館の時もそうでした。そして、久石譲登場とともに観客総立ちスタンディング・オベーションでお出迎え。待ち焦がれたパリファンのボルテージはすでに最高潮。

I. 風の谷のナウシカ
冒頭のティンパニが鳴り響いた瞬間そこはもうナウシカの世界が広がります。宮崎駿×久石譲のコラボレーションはここから始まった、歴史が動きだした瞬間と思うと。

II. もののけ姫
海外オーケストラのパーカッション奏者が日本の和楽器を演奏することも、海外ソプラノ歌手が日本語で披露することもとても貴重です。メイド・イン・ジャパン100%の純度で作品が尊重されている証。

III. 魔女の宅急便
さすがヨーロッパの名門オーケストラ、横揺れする旋律の歌心は流れるような調べ、気品のある演奏。思春期の繊細でこまやかな感情の揺れ動き、音色への表現は日本でもパリでも。

IV. 風立ちぬ
プログラム追加された最新作。これまでに披露された「風立ちぬ 組曲」「風立ちぬ 第2組曲」とも音楽構成は異なります。なんといってもマンドリンのあのどこまでもレガートな奏法にはうっとり。

V. 崖の上のポニョ
2008年は公開記念もあって大きな構成だった作品。「崖の上のポニョ」主題歌はフランス語による大合唱。もしかしたらこのパートは、これから先開催地ごと母国語で歌われるのかもしれませんね。世界何十カ国語で歌われるジブリの歌、ジブリのメロディ。

VI. 天空の城ラピュタ
プロ・アマ問わず、大人・子ども問わず、音楽を奏でる人たちにジブリの種が蒔かれる瞬間。マーチングバンドによる演奏は、世界中にジブリの根が広がっていく、未来へジブリ音楽をつないでいく原石たち。いつまでも輝きを失うことのないあの石のように。

VII. 紅の豚
アンサンブルによるJAZZYで大人な世界。鈴木敏夫プロデューサーと宮崎駿監督のコメントも巨大スクリーンで紹介されました。

VIII. ハウルの動く城
2008年版の「人生のメリーゴーランド」ステージを空撮したその映像は、管弦楽が弧を描き楽器を弾く手振りがまるで華麗な舞踏会で踊っている姿のようで印象的でした。パリ公演の話ではないですが。見事にハマってしまうヨーロッパならではの優雅で華麗な響きは最良の装い。

IX. 千と千尋の神隠し
「One Summer’s Day」久石譲ピアノソロ、演奏後そっと目頭の涙をぬぐうような仕草が印象的でした。こみあげてくるものがあったのか、特別な雰囲気と特別な演奏に久石譲自身がのみ込またのか。これぞまさに、久石さんの言葉を借りれば「音楽が音楽になる瞬間」です。(詳しくは書籍「音楽する日乗」にて)

V. となりのトトロ
指揮者もオーケストラも観客も、自然と顔がほころび体弾み心躍る。会場いっぱいに夢と笑顔が溢れるとき、この一瞬だけは誰もが未来の平和と幸せを願う、今の幸せを実感する。そんな日本が誇るアンセムとして響きわたっていきますように。

*未放映
「II. 崖の上のポニョ」より「深海牧場」、「VI. 天空の城ラピュタ」より「大樹」、アンコール「Madness」「アシタカとサン」

終演後
ラムルーから久石譲へのサプライズ。舞台裏で「君をのせて」日本語大合唱プレゼント。現地動画で少しだけ紹介されていましたが、興奮と達成感に満ちた空気のなか、何度も浮かべた涙をぬぐう久石さんの姿が印象的でした。

 

6月公演直後のインフォメーションでも、会場の様子や鈴木敏夫プロデューサー、宮崎駿監督のコメントなどご紹介しています。

 

 

 

もうひとつの宮崎アニメ交響作品全集

2015年から始動した一大プロジェクト、ジブリ交響作品化シリーズ。「風の谷のナウシカ」(2015)、「もののけ姫」(2016)、「天空の城ラピュタ」(2017)とコンサート初披露されています。今のところ年1回で交響組曲化されているということは、全10作品が出そろうのは!?

パリ公演で披露されたのは2008年版を継承したもので、新しい交響作品としてスケールアップしたものは反映されていませんでした。ちゃんと考えてみるとそれは当然なことかもしれません。映像と音楽による演出・プログラム構成のため、30分近くに及ぶ交響組曲を持ってくることはできません。また組曲内の同じ楽曲であっても、スケールアップしたオーケストレーションを組み込むこと、部分的な修正はすでに完成された作品世界と音楽構成を歪めてしまうのだと思います。

細かいことをいうと、すべての作品において2008年版と全く同じものはありません。微細なオーケストレーションの修正やテンポの抑揚などなど着実に進化しています。ここで言っているのは、新しい交響組曲から大きく持ちこむことはしていないとうことです。

すでに完成された作品世界と音楽構成、そうですね、もうひとつの宮崎アニメ交響作品全集は、ここにもうあるんです。「風の谷のナウシカ」から「風立ちぬ」まで全10作品。もちろんシンフォニー(交響)ではない編成の作品もあります。ソプラノ・合唱・独奏楽器・マーチングまで多彩な編成でバリエーション豊かに堪能できるジブリの世界。私たちは、映像と音楽による交響全集、音楽による長大壮大な新交響全集。ふたつの交響作品全集を受けとることができる、幸せなオーディエンスです。

 

 

みんなジブリで育った

小さい頃からジブリ映画を観て育った。楽器をはじめてジブリの曲を弾いてみた。鼻歌で口ずさんでみた、みんなで大合唱した。こんな経験に当てはまらない人は、いないと言い切れるほどでしょう。そのなかから音楽の道を選んだ人たちが、今度は届ける側に立っている。「昔から大好きだったジブリの作品を久石さんの指揮で演奏することができて幸せ」と語る奏者も日本ではよく耳にします。

これは日本だけの現象でしょうか?まったく同じことがパリでも世界中どこでも起こっている。そして音楽人たちは、いつか自分が聴き育った音楽を多くの人へ届けたいと願う。新しい交響作品化シリーズも世界中で演奏したいニーズをうけて、久石譲自ら音楽作品として再構成しているプロジェクトでもあります。

どこで開催されようとも、そこにはジブリ音楽を聴き育った人たちによる最高のパフォーマンスが約束されている。合唱団やマーチングバンドには将来音楽をつないでいく子供たちもたくさん参加します。「久石譲 in パリ」それはまさに花開き、芽吹き、新しい種が蒔かれるとき。

 

 

超ドメスティックはインターナショナルになる

この言葉は久石譲さんが時折語る格言のひとつ。ここに託され象徴されています。

 

「「もののけ姫」は日本にとどまらず、これから世紀末を迎える、世界中のすべての人々に向けて作られるものだと思う。その音楽を手がけることになって、いま一番考えていることは、日本人としてのアイデンティティーをどう保ち、どう表現するか。非常に深いところでのドメスティックさ、日本人であるということが、かえって世界共通語になるんじゃないかと思う。ではどうすればいいか。映画の公開まで、宮崎監督との豪速球のキャッチボールが続きそうだ。」

(CD「もののけ姫 イメージアルバム」(1996)ライナーノーツ より)

 

「シンセも入っていますよ。あと、ひちりきとか和太鼓などの民族的なニュアンスのある和楽器も使っています。日本初の世界同時公開の映画なので、何らかの形でドメスティックなものを出すべきだと思ったんです。それで”超ドメスティックはインターナショナルになる”という考えを持ち込みました。富士山と芸者のようなあいまいなイメージではなくて、本当の日本的な音の感性が核にあれば、インターナショナルとしての価値が出ると思ったんです。だから和楽器を使って、なおかつイメージを限定しない使い方を目指しました。これはすごく悩みましたね。」

(「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」久石譲インタビュー より)

 

「第二次世界大戦の後70年間まったく戦争がなく、平和の中で暮らしてきた我々は、グローバルという言葉を経済用語だと勘違いしている。真のグローバルとは思いっきりドメスティックであり、多様な考えを受け入れるということである。」

(書籍「音楽する日乗」(2016) より)

 

「一番良かったと思うのは、中途半端なインターナショナルとか中途半端なグローバリゼーションとか一切無関係で、超ドメスティックに作り続けてきた。それで、超ドメスティックであることが、実は超インターナショナルだった。結果、そうだったような気がします。」

(「NHK WORLD TV」(2016)番組内インタビュー より)

 

宮崎駿監督の言葉にも。

「つい最近まで『日本が世界に誇れるものは?』との問いに、大人も子どもも『自然と四季の美しさ』と答えていたのに、今は誰も口にしなくなりました。(中略)この国はそんなにみすぼらしく、夢のない所になってしまったのでしょうか。国際時代にあって、もっともナショナルなものこそインターナショナルのものになり得ると知りながら、なぜ日本を舞台にして楽しい素敵な映画をつくろうとしないのか。(中略)忘れていたもの 気づかなかったもの なくしてしまったと思い込んでいたもの でも、それは今もあるのだと信じて、『となりのトトロ』を提案します。」

(映画「となりのトトロ」企画書 より)

 

 

ジブリ音楽は日本オーケストラの財産

優雅で華やかさの際立った「久石譲 in パリ」。どこかで「なにかこぶしが足りないなあ、もうひとつグッと迫るものがなあ」と感じた瞬間があったとして。

モーツァルトのような作品を日本オーケストラが演奏しても、どうしてもなにかしっくりこない越えられない一線があると聞いたことがあります。そこにはヨーロッパの培われてきた特有のニュアンスや精神があって音楽に込める何かがあるからです。外国人が日本民謡や演歌を上手に歌ったとしても小節回しにどうしても違和感を覚えてしまうのと同じです。

西洋発祥のクラシック音楽にはひとつのハンディキャップがあるならば、日本発祥のジブリ音楽は一転大きなアドバンテージがある。これは日本のオーケストラにとって最大の強みであり、未来へ大きな財産になっていくのかもしれない、と。

モーツァルトを聴くならやっぱり本場のオーケストラ・音がいいよねとあれば、ジブリ音楽を聴くならやっぱり本場日本のオーケストラ・音がいいよね、となる。日本で培われた特有のニュアンスや精神、音楽に込める何かは、これから先もずっとずっと世界中のファンを魅了する。日本オーケストラの未来は明るい!—と安直なことは言えません、でも明るい未来へと受け継がれるべきものは、ここにしっかりある。これは今を生きる私たちが思っている以上に、ジブリが遺した偉大なる音楽遺産なのかもしれません。

 

 

風の生まれる音

宮崎アニメの魅力のひとつ、空を飛ぶ風を感じる。青い空を蒼い海をいっぱいに飛ぶ登場人物たち。そして風景や身にまとうものはもちろん、感情の変化や表情の動きに髪の毛まで揺れ動く、まさに風が立つ。

久石譲がつくりだす音楽にも共通点があるような思います。「久石譲 in パリ」を観ながら、どの作品にも風を感じる。「風の谷のナウシカ」冒頭ティンパニが鳴った瞬間に谷を流れる風の音が聞こえてきそうですし、「ハウルの動く城」ハウルとソフィの空中散歩の瞬間も、「となりのトトロ」トトロが高く高く登っていく瞬間も、いろいろな風が表情豊かに吹いています。

映像やストーリーとリンクしているから、という話ではありません。風が起こる、風を感じる。風とは心なのではないか。気持ちの芽生えや気持ちの変化。一瞬自分のなかに吹く風、たしかに感じるなにか。久石譲が紡ぎだすジブリ音楽は、まさに風の生まれる音。聴く人を魅了してやまない、世界中で愛されつづづけるのは、心の生まれる音そのものだから。

 

 

そして、これから

パリ公演のような宮崎駿監督作品演奏会は、ワールドツアーとして今後も世界各地で開催予定のようです。開催地のアーティスト(オーケストラ・ソリスト・合唱・マーチング)で演奏することも重要なひとつであるならば、準備期間には相当の時間を要します。いつか日本でも凱旋公演を!とも期待してしまいます。

「久石譲 in パリ」がいつかDVD/Blu-rayやCDとしてその映像や音楽がパッケージ化されることも強く望まれます。今回TV放送されなかったプログラム完全版として、準備期間やリハーサル風景をまじえたドキュメンタリーとして、現地の反応やインタビュー、公演前後の舞台裏をも鮮明に記録した保存版として。そうしてできたパッケージが、待ち焦がれる世界中のファンへ、コンサートには行くことの叶わない世界中のファンへ届けられる。その先には、ひとりひとりの日常生活とともにある音楽、日常生活で出会える感動・勇気・心の変化。素晴らしい音楽の力、広がりつながり螺旋を描き個へ帰る。

こんなスペシャルなコンサートが開催されるとひと言で「お祭り」企画です。でも、そう簡単には片づけられないなにかがある。エンターテインメントの姿をまとい、ジブリ映画を久石譲音楽を未来にてわたす壮大な一大プロジェクトとしたら。ジブリの根が世界中に広がる、そのどっしりとした根のうえにはどんな樹が空高く立ち、どんな花を咲かせ、どんな実がなっているのか。「久石譲 in パリ」はそんな大切な大切な過程のひとつ。

 

 

「久石譲 in パリ」を観ながら、満足感と幸福感いっぱいに感動しながら、余韻はそれだけでは終わりませんでした。私的に受けとったものめぐらせる想い、テーマごとに綴ってきました。あぁこうやって未来につながっていくんだろうなあ、と。まるで未来への過程をまのあたりにしている生き証人のように。「久石譲 in パリ」、それは今まさに、歴史をつくっている瞬間です。

 

パリ公演の歩み ~開催決定から「久石譲 in パリ」放映まで~

 

 

Blog. 「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2017/11/13

音楽雑誌「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」に掲載された久石譲インタビューです。

この年1997年公開されたばかりの映画「もののけ姫」の音楽についてたっぷりと語っています。”超ドメスティックはインターナショナルになる” ”オーケストラの圧倒的な表現力” ”環境ループ” ”果物が腐る直前のような音” …!! 音楽制作における貴重な宝庫、音楽が生まれる瞬間の永久保存版です。

 

 

超ドメスティックはインターナショナルになる

この7月に全世界同時上映が始まったアニメ映画「もののけ姫」。宮崎駿監督が描くこの空前のスケールの作品は室町時代の山里を舞台にした歴史活劇だ。サウンドトラックを担当したのは宮崎監督の作品ではおなじみの久石譲。監督との意見のキャッチボールでは最初から豪速球でやりあったという。壮大なオーケストレーションで作られたこのサントラは久石譲の記念碑的な作品となるだろう。

 

サントラは控え目であることを美徳とする必要もない

-このサントラを作るにあたって、宮崎監督とはどのようにコミュニケーションを取っていきまっしたか?

久石:
「この話を頂いたのは一昨年なんです。その時にこの映画の大体の内容、登場人物のことなどを聞いたんです。絵コンテも少ししかできてなかったけど、今まで以上の意気込みで作ろうとしていることが伝わってきましたね。話を聞いている段階で、直感的にこれはフル・オーケストラのサウンドでやるしかないと思ったんです。

宮崎さんの仕事では毎回、イメージ・アルバムというのを作るんです。まず作品のキーワードを10個くらいもらって、それからイメージを広げてまず10曲作ってしまうんです。今回のアルバムも既に『もののけ姫 イメージアルバム』(徳間ジャパン:TKCA-70946)として1年前にリリースされています。そして、その音を基にサントラを作りました。」

 

-今回はどういうキーワードだったんですか?

久石:
「タタリ神、犬神モロ、シシ神の森……などでした。さすがに宮崎さんもこれだけではマズイと思ったんでしょうね、言葉に対して自分の思いや説明を長く書いてくれたんです。その中に「もののけ姫」というタイトルでポエムのような言葉が綴られたものがありました。それを見たとき、これは歌になるなと思ったんです。タイトル曲にならなくても、イメージ・アルバムならあってもいいんじゃないかという軽い気持ちで「もののけ姫」という曲を書いたんです。」

 

-今回オーケストラ・サウンドを使おうと思った理由は?

久石:
「オーケストラのサウンドはそんなに色があるものではないんです。だから、こういう時代ものアニメでも、その匂いや日本的情緒を出すことができるんです。全世界公開のサントラなので豊かな弦の音がいちばん合うと思いましたね。」

 

-サントラは生のオーケストラのみですか?

久石:
「シンセも入っていますよ。あと、ひちりきとか和太鼓などの民族的なニュアンスのある和楽器も使っています。日本初の世界同時公開の映画なので、何らかの形でドメスティックなものを出すべきだと思ったんです。それで”超ドメスティックはインターナショナルになる”という考えを持ち込みました。富士山と芸者のようなあいまいなイメージではなくて、本当の日本的な音の感性が核にあれば、インターナショナルとしての価値が出ると思ったんです。だから和楽器を使って、なおかつイメージを限定しない使い方を目指しました。これはすごく悩みましたね。」

 

-具体的にはどういう部分に注意したんですか?

久石:
「例えばひちりきなんですが、すごく個性的な音なんです。だからこの音が単独で鳴ると見ている人の注意がそっちに向いてしまう。すると音としては面白いけど、劇の流れを止めてしまうんです。それで、ほかの楽器とハモらせたりして何とも言えない音にする。ソフィスティケートされるので個性も残り、画面の流れも止まらない。」

 

-サントラならではの試行錯誤ですね。

久石:
「今回の映画では、2時間15分の長さに対する作曲をするわけです。だから音を付けないところも含めてどこで何のテーマが出て、どういう形で宮崎さんが言いたいテーマを浮かび上がらせるかがポイントなんです。そういう設計をして論理的に作ることが大事ですね。黒澤明さんの言葉で「映画は時間の流れの中に作るものだから、音楽ととても構造が似ている」というのがあるんですが、本当にそう思いますね。だから、自分も映画を撮っている感覚で作ります。単純に画面が速くなったからといって、速い音楽にはしたくないんです。時間軸と空間軸の中で作るものですから、音楽が主張し過ぎても問題が起こる。また、控え目であることを美徳とする必要もないんです。」

 

生のオーケストラの圧倒的な表現力

-サントラを作るときにイメージの基本となるような、既成のサウンドなどはあるんですか?

久石:
「直接ではないですが、例えばオーケストラのサウンドをイメージするときに、アビイロードの1スタジオの音というのは定着しているんです。だから、その世界観に近い音を国内で録ろうとしますね。そういうイメージの基本はあります。」

 

-プリプロの作業ではどのような機材を使ったんですか?

久石:
「AKAI S3000XLなどのサンプラーを5台使いました。これらはほとんど弦と管の音で使いましたね。サンプラー1台で2音色くらいしか使わないようにして、オーケストラを入れないでも十分なクオリティのものが、プリプロの段階でできたんです。でも、それらの弦の音は全部生のオーケストラと入れ替わりました。生き残ったのは特殊な音だけですね。」

 

-結局は生オーケストラに替わってしまったという一番の理由は何だったんでしょうか?

久石:
「やっぱり、ニュアンスやアーティキュレーションですね。最後にオーケストラを録ってみたら、やっぱりオーケストラの方が圧倒的に良かった。シンセではやはり限界があります。サンプリングを人との会話にたとえると、”同じ顔でずっと話す”ということなんです。やはり、表情が変わらない顔では会話に無理がある。何も生だけが最高だと言っているわけではなくて、サンプリングにはサンプリングの良さがある。ただ、今回のオーケストラ・サウンドに関してはやはり、生にかなわない。弦のピチカートなどはサンプリングだと安定しててきれいなんですけどね。」

 

-ほかにどんな機材を使っているんですか?

久石:
「YAMAHA VP1を使いました。最近は一番好きな楽器ですね。前面には出てこないけど、このアルバムでは隠し味としていろいろな部分で使っているんです。VP1は、まず音が太くてクオリティが高い。そして、普通のシンセ特有のプリセットのピアノとか弦のような音が入っていないところがいいですね。それで、かえって個性が出てくる。あとシシ神の森というのが映画に出てくるんですけど、その場面ではちょっと特殊な響きがほしかったんです。それで生の弦と、以前に自分で作った”環境ループ”と名付けている音を混ぜました。そこでもっと神秘性が出ましたね。」

 

-環境ループ!

久石:
「耳につくようなしっかりしたメロディがるわけではないけど、それが流れているかないかでは大違いという音なんです。空間を広げるようなスーっと鳴っている感じです。簡単に言うと、ブライアン・イーノのループ・サウンドのようなものですね。」

 

-ほかに興味がある楽器はありますか?

久石:
「やはり僕はピアノがメインなので、”これしかない”という響きのピアノに出会いたいといつも思ってます。「アシタカとサン」では生ピアノのマイキングに凝って録りました。マイクの位置をミリ単位で変えてみたり、蓋を外したりしていろいろ実験してみたんです。ピアノは譜面台を外すだけでも音は変わりますからね。調律師には”果物が腐る直前のような音”にしてくれと頼みました。ピッチがズレる直前というギリギリの感じですね。」

 

宮崎監督との仕事は倍々返しできつくなる

-主題歌「もののけ姫」を歌っている米良美一さんの歌声も男性にしてはかなり高いですよね。

久石:
「宮崎監督も初めラジオで聴いてびっくりしたそうです。この映画には二重性のようなものもストーリーに含まれていて、例えば善悪を決めつけない部分などもそうなんですが、そういう二重性を米良さんの声にも感じるんです。だから、この映画にはぴったりの声ですね。」

 

-全体の仕上りに関してはどうですか?

久石:
「すごく満足しています。宮崎さんとの仕事は6作目になるんですが、慣れてくるというよりも、倍々返しにきつくなっていくんです。同じ手は使えないですからね。だから、きついけど初心に返ったようなつもりで作業できました。しかも宮崎さんとそうとう深い部分でコミュニケーションできたんです。それが収穫でしたね。今回はストレートな音楽表現は、極力抑えたんです。普通、戦闘シーンなんかは派手に音を使いますよね。だけど、そういうところは抑えて、戦いが終わったあとに心が痛んでいるところに音楽を付けるようにしたんです。結果的にこの方法は成功しましたね。そういう意味で全然悔いはないし、これでだめだったら仕方ないと思えますよ。ミックス・ダウンは最終的に十何日間もかけました。これは一部の劇場ではデジタル6チャンネルで再生されるんです。レフト、センター、ライト、後方のレフトとライト、そしてスーパー・ウーファーなんですが、ハリウッドと違って、日本ではほとんどこの分野のノウハウがない。観客の入り方によっても音は変わるので、音を決めるのには苦労しましたね。」

 

-今後の予定は?

久石:
「北野武さんの新作映画のサントラをちょうど仕上げました。8月中旬にはロンドン・フィルハーモニーと僕のピアノでソロ・アルバムを作ります。これは10月15日の発売予定です。9月は台湾でコンサートをやって、10月はツアーをやります。」

(「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」より)

 

 

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」 コンサート・レポート 【11/10 Update!!】

Posted on 2017/08/23

8月2日から8月16日まで国内5都市と韓国ソウルを回る「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」コンサートツアー。2014年から2016年までの「鎮魂3部作」テーマが完結し今年は。久石譲による新作書き下ろし初演をふくむAとBふたつのプログラムを引きさげ壮大なスケールで各地を魅了しました。宮崎駿監督作品の楽曲を交響組曲にするプロジェクトは第3弾「交響組曲 天空の城ラピュタ」、さらに「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」も披露するなど、今年のW.D.O.も出し惜しみなしの熱い夏。

 

 

2017.11.10 追記
スカパー!放送後、レビューを追記しました。主に交響組曲「天空の城ラピュタ」の構成についてです。文末に記しています。(BSスカパーは11/11放送です)

追記へジャンプ

 

 

まずは演奏プログラム・アンコールのセットリストから。

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017
Joe Hisaishi & World Dream Orchestra 2017

[公演期間]  
2017/8/2 ~ 2017/8/16

[公演回数]
7公演
8/2 広島・上野学園ホール A
8/3 大阪・フェスティバルホール A
8/4 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール B
8/6 福岡・アルモニーサンク北九州ソレイユホール B
8/8 韓国 ソウル・ロッテ コンサートホール B
8/9 韓国 ソウル・ロッテ コンサートホール A
8/16 東京・東京国際フォーラム ホールA A

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ

[B オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」ナレーター]
養老孟司(解剖学者)8/4 神奈川
鈴木敏夫(スタジオジブリ・プロデューサー)8/6 福岡
藤井美菜(女優)8/8 ソウル

[曲目]
【Aプログラム】 All Music by Joe Hisaishi
TRI-AD for Large Orchestra
ASIAN SYMPHONY
1. Dawn of Asia
2. Hurly-Burly
3. Monkey Forest
4. Absolution
5. Asian Crisis

—-intermission—-

【mládí】for Piano and Strings
Summer
HANA-BI
Kids Return

交響組曲「天空の城ラピュタ」
Original Orchestration by Joe Hisaishi
Orchestration by Chad Cannon

 

【Bプログラム】 All Music by Joe Hisaishi
TRI-AD for Large Orchestra
Deep Ocean
1. the deep ocean
2. mystic zone
3. trieste
4. radiation
5. evolution
6. accession
7. the origin of life
8. the deep ocean again
9. innumerable stars in the ocean

—-intermission—-

【Hope】for Piano and Strings
View of Silence
Two of Us
Asian Dream Song

オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」

—-encore—-
Dream More ※大阪 / 韓国A / 東京 のみ
World Dreams ※全公演

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場にて販売された公式パンフレットより紐解いていきます。

 

W.D.O.の夏がきた

W.D.O.の夏がきました。今年のテーマはエンターテインメントです。2014年から始まった鎮魂3部作が去年の「THE EAST LAND SYMPHONY」をもって完結し(いや、心情としては続いていますが)次は楽しいコンサートにしたいと思ったわけです。

前半はミニマル・ミュージック(僕のライフワークです)をベースにした楽曲ですが楽しめるものを、後半は最近あまり演奏していなかった曲を含めてメロディー中心の楽曲を選びました。

また弾き振り(ピアノを弾きながら指揮もする)もおこないます。これは昨年の大阪ジルベスターコンサートで初めて実践し、今年もチェコのプラハ等で好評だったのでW.D.O.としても初めて試みます。ちなみに今までは指揮の合間にピアノを弾いていたのですが今回はピアノの合間に指揮をする? ややこしいですね、その違いをぜひご覧ください。以下は各楽曲についての一口コメントです。

A・Bプロ共通の「TRI-AD」は3和音を基本コンセプトにした祝典序曲です。金管楽器のファンファーレは幾十にも重なって微妙なハーモニーを作り出します。とにかく元気な楽曲です。タイトルの「TRI-AD」は3和音という意味です。

「ASIAN SYMPHONY」は2006年におこなったアジアツアーのときに初演した「アジア組曲」をもとに再構成したものです。新たに2017年公開の映画『花戦さ』のために書いた楽曲を加えて、全5楽章からなる約28分の作品になりました。一言でいうと「メロディアスなミニマル」ということになります。作曲時の上昇カーブを描くアジアのエネルギーへの憧れとロマンは、今回のリコンポーズで多少シリアスな現実として生まれ変わりました。その辺りは意図的ではないのですが、リアルな社会とリンクしています。

「Deep Ocean」は同名のNHKドキュメンタリー番組のために書いた曲をコンサート楽曲として加筆、再構成したものです。去年の大阪ジルベスターコンサートで初演しましたが、今年の夏に最終シリーズとしてオンエアーされる楽曲を新たに加えてリニューアルしています。ミニマル特有の長尺ではないので聴きやすいと思いますし、ピアノ2台を使った新しい響きをお楽しみください。

弾き振りの「HOPE」はフィギュアスケートの羽生結弦さんが昨シーズンの演目で採用していた楽曲が2曲含まれています。また「mládí」は北野武監督映画に作った楽曲を構成したものです。チェコ語で青春という意味でヤナーチェクにも同名のタイトル曲があります。

オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」の目玉はナレーターです。僕が最も敬愛する養老孟司先生、ジブリの鈴木敏夫さん、それに若手の藤井美菜さんというなんとも豪華な顔ぶれです。同じ楽曲がナレーターによって別の世界が生まれる。個人的には一番楽しみなコーナーです。

最後に「天空の城ラピュタ」について。先日高畑勲監督と『かぐや姫の物語』の上映前にトークイベントをおこなったのですが、このラピュタについての話題がもっとも長かった。それだけ思い入れがあったわけです。考えてみれば宮崎監督、高畑勲プロデューサーという両巨匠に挟まれてナウシカ、ラピュタを作っていたわけですから、今考えれば恐ろしいことです。

今回すべてのラピュタに関する楽曲を聴き直し、スコアももう一度見直して、交響組曲にふさわしい楽曲を選んで構成しました。約28分の組曲ができました。

以上、長くなりましたが、楽しいコンサートになれば幸いです。そしてコンサート会場を出たあと、満面の笑顔があらんことを。

久石譲

(「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」コンサート・パンフレット より)

 

 

 

さて、久石譲本人による楽曲解説で充分にコンサートの雰囲気は伝わると思います。補足程度に感想や参考作品、アンコールもまじえてご紹介していきます。いや、とことん長い!はりきっていきましょう。今回はBlog.とOvertone.のはざまのテンションで書き進めていきます。(Blog.は「久石譲、私」、Overtone.は「久石さん、僕」、文章の書き方やくずし方など微々たる線引きがあったりします。)

 

各会場特設販売コーナー、今年は久石譲最新ソロアルバム「ミニマリズム3」とパンフレットのセット販売ということで、いつもCDを手にとらない人も聴くきっかけになったかもしれませんね。ファンのなかには、先にCDを買っていて2枚になっちゃったという人も!?(はい、僕もその一人です)。そんな人は、久石譲音楽を聴いてほしい人にCD1枚プレゼントしてはいかがでしょうか♪

 

 

 

TRI-AD for Large Orchestra 【A / B】
全公演でオープニングを飾った曲です。「トライアド」と読みます。”3和音を基本コンセプトにした祝典序曲”とあるとおりとても華やか幕開けにふさわしい快活な管楽器の咆哮が印象的です。最新CD作品「Minima_Rhythm III ミニマリズム3」にもレコーディング音源初収録されています。演奏しているのは本公演と同じ新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラです。フル・オーケストラの魅力がつまったこの作品は、これから始まるオーケストラ・イントロダクションとしても期待を高める圧巻の響きと臨場感。CDやコンサートで聴けば聴くほど、いろいろな音が新しく顔を出してくるおもしろさ。ぜひいつの日かスコアを眺めながら聴き楽しみたい作品です。読めません、でも耳では聴こえてこなかった楽器やパートを総譜で追いながら耳をすませる。そんな至福の音楽時間です。

「TR-AD」のもう少し詳しい久石譲解説、また2016年長野初演から計4-5回コンサートで聴いてきた立体音空間(音がまわる・音がうねる)、オーケストラ楽器配置(対向配置)の魅力など感想も一緒に下記CD作品ページにて記しています。ぜひ最新の久石譲を感じとってください。

 

 

ASIAN SYMPHONY 【A】
1. Dawn of Asia / 2. Hurly-Burly / 3. Monkey Forest / 4. Absolution / 5. Asian Crisis
2006年初演から長い沈黙をまもってきた大作、ついにその封印がとけた瞬間でした。久石譲解説に「メロディアスなミニマル」とあります。当時の言葉を補足引用すると「僕の作曲家としての原点はミニマルであり、一方で僕を有名にしてくれた映画音楽では叙情的なメロディー作家であることを基本にした。ただそのいずれも決して新しい方法論ではない。全く別物の両者を融合することで、本当の意味でも久石独自の音楽を確立できると思う。ミニマル的な、わずか数小節の短いフレーズの中で、人の心を捉える旋律を表現できないか…」(CD「Asian X.T.C.」ライナーノーツより)、久石譲が現代の作曲家として強い意志をもって創作した作品「アジア組曲」改め「ASIAN SYMPHONY」です。

めまぐるしいアジアの成長と魅惑を時代の風でかたちにした2006年版「アジア組曲」、それはまさに天井知らずのエネルギーの解放であり同時に先進国が辿ってきた発展後にある危機(Crisis)を警鐘したものとなっていました。それから11年、現代社会におけるアジア、世界におけるアジアは、今私たちがそれぞれ感じとっているすぐ隣にある現実です。

久石譲が「ASIAN SYMPHONY」への進化でリコンポーズしたもの。既出4楽曲は大きな音楽構成の変化はありません。それでも当時の「アジア組曲」の印象とは変わった空気を感じる。溢れ出るエネルギーのなかに無機質な表情で鼓動する怒涛のパーカッション群、パンチの効いた鋭利な管楽器群。躍動的で快活なのに決して手放しで笑ってはいない。そんなシリアスな変化を感じとったような気がします。

そしてもうひとつ注目すべきは、映画『花戦さ』のために書かれた音楽から「4. Absolution」として組み込まれた楽曲。映画サウンドトラック盤では「赦し」(Track-21)として収録されています。そっと手をさしのべられるような、言葉少なにそっと寄り添ってくれるような、慈愛に包まれた楽曲。悠々と感情たっぷりに歌うのではなく、弦楽の弦のすすりが聴こえる涙腺の解放。”罪を赦す”というように、過去の過ちをも包みこみ苦しまなくていい安らかな気持ちで生きていきなさい、そんな意味あいになるのかなあと思います。”相手を赦す・自らを赦す”、そして前向きに未来へ歩んでいく。映画音楽のために書き下ろされた、誤解をおそれずにいえば「エンターテインメントのための楽曲」がこうやって「久石譲オリジナル作品の一部」として組み込まれる。これはこれまでにはなかったことで、とても重要なポイントなのかもしれません。それだけに「4. Absolution / 赦し」という楽曲に対する久石譲の納得と確信を感じます。見方をかえれば、映画音楽の一楽曲としては時とともに流れてしまう可能性のあるものが、オリジナル作品の一楽章として新しい命を吹きまれた、そして未来へとつながっていくもうひとつの機会を得ることのできた楽曲。そう思いめぐらてみるとこの楽曲が加えられたことに深い感慨をおぼえます。

そして、赦しのあとの警鐘。同じ過ちをくり返す危機(Crisis)、今までになかった新しい危機(Crisis)。そんな現実を僕たちは力強く生きていかなければいけない。久石さんは、当時のインタビューで「危機(Crisis)の中の希望」というフレーズを口にしています。危機を警鐘するだけではない、その中から希望をつかんで切り拓いていく、そんなエネルギーを強く打ち響かせる作品です。

壮大な大作「ASIAN SYMPHONY」の「アジア組曲」からの変遷は、時系列でまとめていますので、ぜひ紐解いてみてください。どんな音楽が気になった人はCD作品「Asian X.T.C.」でアンサンブル版を聴いてみてください。2016年「THE EAST LAND SYMPHONY」につづき2017年「ASIAN SYMPHONY」。こうやって久石さんの”シンフォニー”がひとつでも多く着実に結晶化している喜びをひしひしとかみしめながら聴きいっていました。そして1年後には…CD化が実現してくれることを強く願っています。

久石譲 『 Asian X.T.C.』

 

 

Deep Ocean 【B】
1. the deep ocean / 2. mystic zone / 3. trieste / 4. radiation / 5. evolution / 6. accession / 7. the origin of life / 8. the deep ocean again / 9. innumerable stars in the ocean
2016年から2017年にかけて全3回シリーズで放送される「NHKスペシャル シリーズ ディープオーシャン」のために書き下ろされた楽曲を演奏会用にまとめたものです。2016年大晦日ジルベスターコンサートで事前予告なく初披露されサプライズとなりましたが、今回「3.trieste」「7.the origin of life」が追加され9つの小品からなる作品へと再構成されています。久石譲の最も旬ソリッドなミニマル・ミュージックが堪能できる作品です。

小編成オーケストラとピアノ2台という大掛かりなステージ配置変更をしての演奏は、楽器ひとつひとつの微細な音、普段なかなか見聴きできない打楽器群、特殊奏法による音色のおもしろさ、ミニマル特有のズレをあますことなく体感できる贅沢な音空間です。冒頭から一瞬で神秘的な深海の世界へと誘ってくれます。

気になる追加された2楽曲は、どうもコンサートで初めて聴くような。7月にオンエアされたばかりの第2集からの音楽ではなく、8月にオンエア予定の第3集からのものかもしれません。「3.trieste」は明るく清らかなミニマル音楽だった印象で、「7.the origin of life」は生命の起源にふさわしく音楽の起源バロック音楽まで遡ったような優美な旋律だった印象。第2集はTV放送後何回もリピートしています、たぶん流れていなかったと思います。

その答えは8月27日放送、第3集「超深海 地球最深(フルデプス)への挑戦」(NHK総合21:00)で確認したいと思っています。それまで曲の印象を覚えていられるか心配ですけれども。

エンターテインメント音楽(TV番組メインテーマ)としては贅沢なほどに作り込まれた完成度、楽器編成としても意欲作。久石譲オリジナル作品という位置づけでもまったくおかしくない最新の久石譲がたっぷりつまったメインテーマをはじめ、久石譲独特のミニマル・グルーヴを感じる楽曲群。TVでなんとか耳をすませ、コンサートで臨場感たっぷりに体感し、それでファンとして終われるはずがありません。もしオリジナル・サウンドトラックが発売されたとき、それは久石譲ミニマルアルバムという肩書きでもおかしくない逸品ぞろいです。「これサントラのクオリティ超えてるよね!久石さんのオリジナルアルバムかと思った!」なんて言いたい、そんな日がきっと訪れますように。

久石さん、サントラ出してくれますか? NHKさん、尽力してくれますか? どうかよろしくお願いします!

 

 

【mládí】for Piano and Strings 【A】
Summer / HANA-BI / Kids Return
久石譲弾き振り(ピアノを弾きながら指揮もする)コーナーです。Aプログラムでは北野武監督作品からおなじみのメインテーマをセレクトし久石譲ピアノと弦楽オーケストラによる演奏です。おなじみでありながらここ数年のコンサートでは聴く機会のなかった「HANA-BI」「Kids Return」というプログラムには多くのファンが歓喜したはずです。

「Summer」はピアノとヴァイオリン・ソロの掛け合いがみずみずしく爽やかで、弦楽もピチカートではじけています。きゅっと胸をしめつけられるような思い出の夏、日本の夏の代名詞といえる名曲です。この曲が生演奏で聴けただけで、今年の夏はいいことあった!と夏休みの絵日記が大きなはなまるひとつで終わってしまうくらい、観客へのインパクトと感動は超特大花火級です。

「HANA-BI」は一転して哀愁たっぷりでしっとりななかに内なるパッションを感じる演奏。特に後半はピアノで旋律を弾きながら、低音(左手)で重厚に力強くかけおりる箇所があるのですが、今回それを弦楽低音に委ねることでより一層の奥深さが際立っていたように思います。ピアノも同フレーズ弾いていましたけれど、従来のようなメロディを覆ってしまうほどの激しい低音パッションというよりも、ぐっとこらえたところにある大人の情熱・大人の覚悟のようなものを感じるヴァージョンでした。渋い、貫禄の極み、やられちゃいます。

「Kids Return」は疾走感で一気に駆け抜けます。弦のリズムの刻み方が変わってる、と気づきかっこいいと思っているあっという間に終わってしまいました。そして今回注目したのが中音楽器ヴィオラです。相当がんばってる!このヴァージョンの要だな、なんて思った次第です。ヴァイオリンが高音でリズムを刻んでいるときの重厚で力強い旋律、一転ヴァイオリンが歌っているときの躍動感ある動き、かなり前面に出ていたような印象をうけます。管弦楽版にひけをとらない弦楽版、フルオーケストラ版では主に金管楽器の担っている重厚で高揚感あるパートをストリングス版ではヴィオラが芯を支える柱として君臨していたような、そんな気がします。これはスカパー!放送でじっくり確認してみたいところです。

ピアノとストリングスで3曲コーナーか、なんて安直なこと思ったらいけません。こんなにも楽曲ごとに色彩豊かに表情豊かにそれぞれ異なる世界観を演出してくれる久石譲音楽。メロディは違っても楽器編成が同じだからみんな同じように聴こえる、そんなことの決してない三者三様の巧みな弦楽構成。清く爽やかで、憂い愛のかたち、ひたむき疾走感。それは誰もが歩んできた「mládí」(青春)のフラッシュバックであり、少年期・円熟期・青年期いつまでも青春そのもののようです。

 

【Hope】for Piano and Strings 【B】
View of Silence / Two of Us / Asian Dream Song
約30名の弦楽オーケストラと久石譲ピアノの共演にて。往年の名曲たちが極上の響きとなって観客を陶酔させてしまったプレミアム・プログラムです。あまりにも素晴らすぎて、語ることがありません。

「View of Silence」や「Asian Dream Song」は、「a Wish to the Moon -Joe Hisaishi & 9 cellos 2003 ETUDE&ENCORE TOUR-」の楽曲構成・ピアノパートをベースにしていると思いますが、9人のチェリストから約30人のストリングスへ、豊かな表現と奥ゆかしさで、たっぷりねかせた&たっぷり待ったぶん熟成の味わい。

「Two of Us」は、コンサートマスター(ヴァイオリン)&ソリスト(チェロ)&久石譲(ピアノ)を中心に、バックで弦楽が包みこむ贅沢なひととき。楽曲構成・ピアノパートは「Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~」収録バージョンに近いと思います。そこに弦楽(ストリングス)が大きく包みこむイメージです。

(【HOPE】レビュー 「ジルベスターコンサート2016」コンサート・レポートより)

 

Bプログラムでの3曲もまた往年ファンにとってはたまらない選曲です。そして2016年フィギュアスケート羽生結弦選手が「Hope&Legacy」というフリープログラムで「View of Silence」と「Asian Dream Song」を採用したことは大きな話題となり一躍注目を浴びました。そんなきっかけで久石譲ファンになった人もいるでしょうし、懐かしい名曲へのスポットライトに感動をおぼえたかつての久石譲ファンも。久石譲ファンが時代を越えてクロスオーバーするエポック的作品になっていくのかもしれません。楽曲としてもファンの広がりとしても、間違いなく過去と現在をつないだ記念碑的な象徴。いい音楽は何度でも甦る、いつでも命をふきかえす、おそらく立ち会えない未来においても、廻りつづける尊いサイクル。そんな音楽のもつ力を肌で感じ、まざまざと証明してみせた名曲です。コンサートではオリジナルフルサイズをいまの久石譲の音楽構成とピアノによって演奏された、そのことに大きな価値がある、そんな楽曲たちです。

 

【A・B】あわせて「for piano and Strings」について。近年のコンサートを振り返ると「ジルベスターコンサート2016」から初の試みとなり観客の反応と久石譲の手応えでW.D.O.としてもプログラミングされたコーナー。フルオーケストラコンサートのなかに久石譲ピアノ+弦楽オーケストラ、バラエティ豊かというより、それは音世界のコントラスト変化を感じとることができる至福のときです。一気に会場の空気がかわる。管弦楽と弦楽でこんなにもオーケストラってかわるんだと観客はひとつのコンサートで二度得したような気分に陶酔してしまいます。なんとも贅沢なコンサート構成、ぜひこれからもつづいてほしいコーナーです。

【A・B】あわせて久石譲ピアノについて。やっぱりいい、としか言いようがないんです(って、これどこかでも同じ言い回しを使った記憶)。論理で解決できること、それは作曲家自らによる演奏だから。でもそれだけじゃ到底説明することができないなにかがあるんです。特に最近の久石さんの奏でるピアノの音色は円熟味を感じます。とてもやわらかい、凛とたった、ピュアで無邪気な、悟ったような慈しみのある、いくつもの矛盾する表現が浮かびますでもそれが音を多面的につくっている。

プログラムが前後します「となりのトトロ」から「まいご」も「Dream More」もピアノが旋律を奏でます、W.D.O.楽団奏者によるたしかな演奏です。あっ、ピアノの音が鳴っているなと思います。でも、このコーナーでたっぷり聴くことができるピアノや、「天空の城ラピュタ」から「君をのせて」、「風のとおり道」「となりのトトロ」で顔をのぞかせるピアノ、それは仮に目をつぶって聴いていたとしても、久石さんが弾いてるんだとわかる。あっ、久石譲の音が鳴っているなと思います。音を聴くだけで誰が弾いているかわかるピアニスト日本に何人いるんだろう? と僕なんかは思います。そのくらい指揮をする手も音を紡ぎ出す手も、かけがえのない宝物です。同じ時代に生きて同じ空気のなかで聴けてほんとうによかった。

久石譲 『Shoot The Violist〜ヴィオリストを撃て〜』

 

 

交響組曲「天空の城ラピュタ」 【A】
ジブリ交響作品シリーズ第3弾です。どんなイントロで始まるのかなと楽しみにしていました。CD「天空の城ラピュタ シンフォニー編 大樹」から「プロローグ~出会い」をベースとした導入部になっていました。ほかにも「Gran’ma Dola」などがたっぷり聴けました。

ちょっとわかりやすく解説するのが難しいのです。

1.「交響組曲 天空の城ラピュタ」はストーリーの展開に大枠では即したラピュタ音楽のダイジェスト、いやオールハイライトのような贅沢な音楽構成になっています。

2.オーケストラ+シンセサイザーで編成され本編シーン尺にあわせた「サウンドトラック盤」からではなく、オーケストラ編成で音楽作品として制約なしに成立している「シンフォニー編」をベースにしているパートもあります。

3.2002年北米公開に合わせてリコンポーズ、リオーケストレーションされた「天空の城ラピュタ USAヴァージョン・サウンドトラック」からの楽曲やオーケストレーションがふんだんに盛り込まれています。

この大きな3つの土台があり、久石譲解説に「今回すべてのラピュタに関する楽曲を聴き直し、スコアももう一度見直して、交響組曲にふさわしい楽曲を選んで構成しました。約28分の組曲ができました。」という、巨渦に入り乱れ再構築された大迫力のラピュタの世界が姿を現していました。約28分ですか、あっという間だったな。

さて、話を冒頭に戻すと、どんなイントロからはじまるのか楽しみにしていた本作品。シンフォニー編の「プロローグ~出会い」をベースとしながらも、オープニングのクライマックスはUSA盤が踏襲されていました。どういうことかというと…USA盤では「シータが空から降ってきて飛行石が光るその瞬間」に音楽が盛り上がってバーンッ!といくようにオリジナルサントラ盤にはない数小節のタメが加筆されはさまれていますそのヴァージョンを聴くことができて超感動!86年公開ラピュタは飛行石が光る瞬間と音のピークが数秒ずれていますでも数小節をはさむほどの長い秒数ではないそうUSA盤はそこにいくまでの前半のテンポが微妙に速くなっているそして映像と音楽が見事にシンクロする最高潮へ向かうべく計算しつくされたっぷりためた(rit.)高揚感でもってこのバーンッ!とメロディが解き放たれる(息つぎしていない)…ふうっ、トランペットをフィーチャーしたW.D.O.版のクライマックスもこれが継承されています…そうお祭り状態です。

ストーリーを再現しているパートもあるので、たとえばシータを救出するシーンも、音楽ステージを見ているのか劇場スクリーンを見ているのか錯覚するほどありありと目に浮かぶわけです。そしてオリジナルサントラ盤ではオーケストラ+シンセサイザーとなっていたものが、USA盤をベースにしたフルオーケストラで聴ける、そうお祭り状態です。

USA盤は久石譲が加筆・楽曲追加してオーケストレーションも手を加えたラピュタファンにはたまらないCDです。ですが、指揮が久石譲自らによるものじゃないんです。だからちょっと淡白な印象を持っていた僕としては、シンフォニー編+USA盤が継承されフルシャッフル・パワーアップしたラピュタ完全版、久石譲指揮によってコンサートで聴けること、音源化されるであろうことに、「ここに極まる!」このひと言につきます。

はじめて耳にするオーケストレーションももちろん随所にありました。これはもうスカパー!で確認するまでは全貌を語ることができません(覚えている箇所だけしゃべってこの量か、これは大変なことになる)。

 

音楽作品として成立した楽曲で構成されているので、純粋にストーリの展開にそった(曲の長さとしての尺度/曲の順番)ものにはなっていません。だから「交響組曲」なんですね。振り返れば「風の谷のナウシカ」は《交響詩 Symphonic Poem》、「もののけ姫」「天空の城ラピュタ」は《交響組曲 Symphonic Suite》、シリーズ開始前でいうと「となりのトトロ」は《オーケストラストーリーズ》、「かぐや姫の物語」は《交響幻想曲 Symphonic Fantasy》などなど。このあたりの作品ごとの立ち位置というか音楽構成のコンセプトについても、いつか久石さんから聞いてみたいですね。

そうです!大切なことを忘れていました!

「君をのせて」が久石譲ピアノでフルコーラス堪能できます。しっとりとしたピアノをオーケストラが優しく寄り添うイメージ。これはもう抜粋してアンコールピースなど聴ける機会をふやしてほしい、そう思ってやまないラピュタの結晶です。そしてクライマックス「大樹」ダイナミックなオーケストラサウンドへつづいていきます。ここのティンパニもかっこよかった!どっしりと根をおろした鼓動。

回想。

「天空の城ラピュタ」それは僕が久石譲音楽に出会った特別な作品です。9歳くらいの頃、お心遣いを握りしめてはじめて買ったCDが主題歌「君をのせて」のシングルCDです。はやる気持ちで自転車駆けた行き道帰り道、町の小さなCD屋さんの店内、家に帰ってその日ずっとスピーカーの前から離れず何回も聴いていたあの日。ありありと思い起こせます。なんてないCDショップの包装袋までいっとき大切にしまっておいたくらい、おもちゃよりも目を輝かせた子どもの大切な宝物です。

約30年の時をこえて、同じ曲が今こうやって目の前で奏でられている。久石譲という作曲した人自らの指揮とピアノで。ステージから「ここまでがんばって生きてきたね」と言われているような、からだ全体を包みこむ音楽から抱きしめられているような、おおげさかもしれませんがそんなかけがけのない瞬間。ファンサイトのペンネーム「ふらいすとーん」と名乗っています、やっぱりラピュタは順位づけできない選ぶ選択肢を超えたところにある特別な存在です。

僕の話はここまで、ぜひ久石譲ファンのみなさんに、久石譲ファンだからこそ、そんな自分だけのとっておきの久石譲音楽、歩んできた人生をやさしく包んでくれるようなやさしく認めてくれるような、そんな感覚におそわれることができる(日本語がおかしい)久石譲音楽に出会ってほしいなあと思います。コンサートで聴ける日を夢みてほしいなあと思います。

久石譲 『天空の城ラピュタ サウンドトラック』

久石譲 『天空の城ラピュタ シンフォニー編 大樹』

久石譲 『Castle in the sky 天空の城ラピュタ・USAヴァージョン』

 

 

オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」 【B】
大人から子供まで楽しめる「となりのトトロ」オーケストラの世界。「さんぽ」ではオーケストラ各楽器紹介をまじえた音楽構成になっていて、はじめて生のオーケストラに触れる子供はきっと好奇心旺盛に身をのり出し体を動かすそんな光景が浮かんできます。この作品版としてCDにもスコアにもなっているので、多くの人に聴かれ演奏され愛されつづけている永遠のスタンダード作品です。

スタジオジブリ作品交響組曲化シリーズとして、第1弾「風の谷のナウシカ」(2015)、第2弾「もののけ姫」(2016)、第3弾「天空の城ラピュタ」(2017)となりました。今回「となりのトトロ」を聴きながら、もうこの作品は交響作品化としても完成しているじゃないか!と改めて納得させられる完成度の高さです。合唱あり、ソプラノあり、多彩な交響作品が新しい輝きで命を吹きこまれていますが、ナレーションありの交響作品というバリエーションとインパクトとしても充分、スタジオジブリX久石譲のコラボレーションとしてこれだけジブリカラーをおしあげ作品世界観の相乗効果その最高峰はない、と言い切れてしまうほどです。

じゃあCD作品「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」(2002)のままでいいのか、と言ったらそんなことはないんです。音楽構成は変わっていませんが、オーケストレーションは緻密大胆豊かに変化しているからです。CDを聴く回数が多いせいか、すぐに気づいてしまいます。「五月の村」も軽快なメロディに管楽器の明るいフレーズが呼応し一層のこれからはじまる新しい生活と冒険に胸わくわくさせてくれます。そして今回コンサート後も耳から離れないのが「ネコバス」。あのおなじみのメロディを管楽器が歌っているんですが、その後ろで弦楽が楽しそうにかけ合っています。タラ、ラタタタタタタタ~♪というふうに。あれっ、こんな好奇心くすぐる旋律あったかな?とCDを聴き返すとやっぱりない。ほかにもネコバスの愛らしくもどっしりしたキャラクター、金管楽器の厚みでパワーアップしていたような印象もあったり。

満場一致拍手喝采!圧巻の「となりのトトロ」を聴いて、音楽再構成の必要ない交響作品完成度の高さを感じながら無邪気に音を楽しみストーリーの世界に浸っていました。映画と同じくらい聴き終わったあとにトトロにふれあえた満足感、これはすごいことですね。そして、最新のオーケストレーションでCD盤が届けられる日が待ち遠しいなあとも思いました。いつもなら”久石譲の緻密なオーケストレーションは見事”と言いたいところです、「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」は大人も子供もピュアな心になれる”久石譲の童心オーケストレーション”です。絵本ならぬオーケストラによるトトロ読み聴かせタイム。ぐっすり眠れていい夢がみれそうですね。また会いたい、また聴きたい。

久石譲 『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』

 

 

—–アンコール—-

Dream More 【大阪・韓国A・東京】
サントリービール「ザ・プレミアム・モルツ マスターズ・ドリーム(Master’s Dream)」のために書き下ろされた楽曲をコンサート用に再構成したフルオーケストラ版です。久石譲のノスタルジックかつ心躍る旋律美に、今の久石譲だとこうなるというソリッドで立体的なオーケストレーション。華やかでつややかな気品をまとった作品です。

直訳すると「もっと夢をみる」(になるのかな?)、本公演が終わって夢見心地の観客へ夢の余韻のプレゼント。はたまた、コンサートでいっぱいのエネルギーをもらった僕たち観客へ、新しい夢を追い求めることへ背中をおしてくれるような。コンサートの前と後で、自分のなかでなにかが変わったそんな変化を感じとれるなら、そのコンサートは一生ものですね。

 

 

World Dreams 【全公演】
久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラのアンセムです。プログラム予定を見ながらこの曲がアンコールかな?とうっすらわかっていても、やっぱり聴いてほっとうれしい不朽の名曲です。聴けないとしたらその落胆は大きく、これを聴かないとW.D.O.コンサートは終われない、大きな声で「コンサートごちそうさまでした!」と言えないそんな楽曲です。2004年に発足したW.D.O.、ファンのなかにはもう十数回コンサートで聴いた人もいるかもしれません。それでも飽きたという声を聞いたことがない。今年もここに帰ってきた、今年もまた会えた、そんなシンボルとして高らかに悠々と響き流れつづけるW.D.O.と観客のかけ橋です。

久石譲 『WORLD DREAMS』

 

 

 

今年は例年以上にコンサートパンフレットの写真をよく見たような気がします。コンサート後のSNS書きこみでツイッター、インスタグラム、フェイスブックなどパンフレットをコンサートの記号として被写体にしているものが多かったです。ということは、CDもコンサート余韻にひたりながら聴いた人もたくさんいますね。知って楽しむ音楽、聴いて楽しむ音楽。生音で楽しむ音楽、個人空間で楽しむ音楽。音楽の楽しみ方っていろいろあるからこそパーソナルでありコミュニティなんですよね。

今年は例年以上に海外の人を会場で見たような気がします。そりゃあもう日本にいるんだから久石譲のコンサート行かないとバッドだよね!なんてことかもしれませんし、はるばる日本旅行のプランのなかにコンサートを組みこんだ!なんてクールな人もいるかもしれません。ワールドツアーとしては「ジブリコンサート」が2016年パリ公演からスタートしたばかりですが、W.D.O.公演としてもきっと世界各国で待ち望まれているでしょう。中国公演のリベンジもふくめて、久石譲コンサートがもっと世界中で平和に開催されますように!そしてコンサートに行けないけれど待ち焦がれている日本国内・世界中の人へ、久石譲音楽があらゆる機会・メディア・パッケージを通じて響きわたりますように!

 

 

お礼が最後になってしまいました。

W.D.O.2017 特別企画&連動企画としてはじめてファンサイトで参加型イベント「久石譲ファンのためのチャット」「久石譲ファンのためのアンケート」を開催しました。多くの人に参加してもらって充実したものになりました。このファンサイトへ日々数百・数千のアクセスがあったとして、多くの人に見てもらっているうれしさは日々あります。それにくわえて、つながったと実感できるチャットのひと声、アンケートの一票は、その”1”がまた違ったものとして心の底から染みわたる喜びを感じていました。気軽に楽しく参加ご協力してくれた久石譲ファンのひとりひとりに心から感謝します。本当にありがとうございました。

特集「久石譲ファンのためのチャット」「久石譲ファンのためのアンケート」についてはまた近いうちに結果をまとめて書き記したいと思っています。

⇒ ⇒  2017.8.30 追記

 

 

そして10月には「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」東京公演の模様が早くもTV放送されるうれしいニュースです。このコンサート・レポートもスカパー!後に追記追記の嵐になるかもしれません(うーん、それも良し悪しかな)。コンサートだけではかなわない気づきや発見がきっとたくさんあると楽しみにしています。こうやって映像として記録に残してくれることも、コンサートの感動再びも、コンサートに行けなかった人のためにも、とてもうれしい収録映像です。音楽はいろんな楽しみ方でどんどん豊かにつながっていきますね。

リアルに共感共鳴できるコンサート数千人規模の感動体験。これが一番大切です。でも、これだけにとどめておくのはもったいないのが久石譲音楽。記録として刻まれ発信されること、それは感動が数千人から数十万人、あるいはボーダレスに数億人規模に届けられる可能性を秘めているということです。いま現在でも日常生活のなかで「2008年武道館コンサート」のDVD映像を見ながら感動し日々のエネルギーや勇気をもらっている人たくさんいます。SNSをみわたせば日本で海外でごくごく日常的パーソナルなワンシーンとして。こんなに素晴らしいたしかな幸せ、稀有な現象ってないですよね。より多くの人がそれぞれの日常においてもっと豊かに久石譲からの感動ギフトにふれる機会にめぐまれますように。

 

 

 

2017.11.10 追記

スカパー!放送にてコンサートの感動ふたたびです。完全ノーカット、アンコール含む完全版で「W.D.O.2017」最終日東京公演の模様が映像美と音響美で甦ります。コンサートではわからなかったこと気づかなかったことも、こうやって多数のカメラによる複数アングルと、多数の収録マイクによる各楽器の鮮明なステレオ音響で、あの日の感動がより深く広く溢れますね。

さて、各楽曲ごとに記したい発見や思いもあるのですが止まらなくなりますので、それはコンサート直後上のレビューに譲りたいと思います。多くのカメラとそのアングルのおかげで、どの楽曲も今演奏している楽器にカメラがよってくれて、まるで視覚的に譜面を見ているようで、目と耳が喜ぶひとときです。

 

交響組曲「天空の城ラピュタ」について

ようやくその全貌をつかむきっかけができましたので、しっかり紐解いていきたいと思います。思っていた以上にほぼ映画本編ストーリーに沿ったパート構成になっていました。おそらくコンサートで聴いたときには、あ、この楽曲はシンフォニー編だな、これはUSA盤だな、と頭の記憶が入り乱れていたので、ストーリーに関係なく音楽的に再構成した度合いが強いのかなと思ってしまっていました。

この傾向から「サウンドトラック盤」を基にして、便宜上パート名もサントラ楽曲名に準ずるかたちで整理しました。そして「サウンドトラック」「シンフォニー編」「USA盤サウンドトラック」それぞれどの楽曲にあたるかを挙げ、交響組曲版の音楽構成・オーケストレーションに近いものに下線をしました。

 

~~~~~~~~~~

ちょっとわかりやすく解説するのが難しいのです。

1.「交響組曲 天空の城ラピュタ」はストーリーの展開に大枠では即したラピュタ音楽のダイジェスト、いやオールハイライトのような贅沢な音楽構成になっています。

2.オーケストラ+シンセサイザーで編成され本編シーン尺にあわせた「サウンドトラック盤」からではなく、オーケストラ編成で音楽作品として制約なしに成立している「シンフォニー編」をベースにしているパートもあります。

3.2002年北米公開に合わせてリコンポーズ、リオーケストレーションされた「天空の城ラピュタ USAヴァージョン・サウンドトラック」からの楽曲やオーケストレーションがふんだんに盛り込まれています。

この大きな3つの土台があり、久石譲解説に「今回すべてのラピュタに関する楽曲を聴き直し、スコアももう一度見直して、交響組曲にふさわしい楽曲を選んで構成しました。約28分の組曲ができました。」という、巨渦に入り乱れ再構築された大迫力のラピュタの世界が姿を現していました。

~~~~~~~~

と、コンサート直後のレビューに記していましたが、その理由と今回改めて整理できた結果を見て、なんとなく伝わっていただけたら幸いです。

 

交響組曲「天空の城ラピュタ」

O:『天空の城ラピュタ サウンドトラック 飛行石の謎』
S:『天空の城ラピュタ シンフォニー編 大樹』
U:『Castle in the Sky ~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン・サウンドトラック~』

A. 空から降ってきた少女
O:1.空から降ってきた少女
S:1.プロローグ~出会い ※前半
U:2.The Girl Who Fell from the sky (Main Theme) ※後半

B. 愉快なケンカ(~追跡)
O:3.愉快なケンカ(~追跡)
S:6.大活劇
U:7.A Street Brawl 8.The Chase ※オーケストレーション

C. ゴンドアの思い出
O:4.ゴンドアの思い出
S:4.ゴンドア(母に抱かれて)
U:9.Floating with the Crystal 10. Memories of Gondoa

D. 失意のパズー
O:5.失意のパズー
S:4.ゴンドア(母に抱かれて)
U:12.Disheartened Pazu

E. ロボット兵(復活~救出)
O:6.ロボット兵(復活~救出)
U:13.Robot Soldiers 〜Resurrection – Rescue〜

F. タイガーモス号にて
O:9.タイガーモス号にて
S:2.Gran’ma Dola
U:14.Dola and the Pirates

G. 天空の城ラピュタ
O:12.天空の城ラピュタ ※後半部
S:8.時間(とき)の城
U:18.The Forgotten Robot Soldier

H. 君をのせて
*「サウンドトラック盤」に準ずれば「11.月光の雲海」「13.ラピュタの崩壊 (合唱/杉並児童合唱団)」「14.君をのせて (歌/井上あずみ)」で聴かれるメインテーマ。(USA盤「15. Confessions in the Moonlight」「22. The Destruction of Laputa (Choral Version)」)交響組曲の構成と並べてみたときに、ここは久石譲ピアノをフィーチャーした「君をのせて」交響組曲版スペシャルパート、と、思っています。

I. 天空の城ラピュタ
O:12.天空の城ラピュタ ※前半部
S:5.大いなる伝説
U:23.The Eternal Tree of Life

 

 

 

Related Page:

 

お気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー vol.4」 コンサート・レポート

Posted on 2017/10/31

10月24,25日に開催された「久石譲 presents ミュージック・フューチャー vol.4」コンサートです。2014年から始動した同コンサート・シリーズ(年1回)、今年で4回目を迎えます。

今年も意欲的なプログラムと久石譲新作、初の試みとなる若手作曲家の新作オリジナル作品の公募、選ばれた優秀作品の演奏という、まさに今を走り抜ける現在進行系の音楽たちの響宴です。

 

まずは、コンサート・プログラム(セットリスト)および当日会場にて配布されたコンサート・パンフレットより紐解いていきます。

 

 

久石譲プレゼンツ ミュジック・フューチャー vol.4
Joe Hisaishi presents Music Future vol.04

[公演期間]  
2017/10/24,25

[公演回数]
2公演 (東京 よみうり大手町ホール)

[編成]
指揮:久石譲、太田弦
チェロ:古川展生
バンドネオン:三浦一馬
管弦楽:フューチャー・オーケストラ、西江辰郎(コンサートマスター)

[曲目]
デヴィット・ラング:pierced (2007)*日本初演
David Lang:pierced *Japanese premiere
(チェロ:古川展生)

『Young Composer’s Competition』優秀作品受賞作
門田和峻:きれぎれ (2017) ※10/24のみ演奏
Kazutaka Monden:Kiregire
(指揮:太田弦)

フィリップ・グラス / 久石譲 編:Two Pages (1968) ※10/25のみ演奏
Philip Glass / Arranged by Joe Hisaishi:Two Pages

—-intermission—-

ガブリエル・プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第2番 (2006)
Gabriel Prokofiev:String Quartet No. 2

久石譲:室内交響曲第2番《The Black Fireworks》〜バンドネオンと室内オーケストラのための〜 *世界初演
Joe Hisaishi:The Chamber Symphony No.2 “The Black Fireworks” Concerto for Bandoneon and Chamber Orchestra *world premiere
1. The Black Fireworks
2. Passing Away in the Sky
3. Tango Finale
(バンドネオン:三浦一馬)

 

 

ご挨拶

今年で4回目をむかえるミュージック・フューチャー(MF)は内容を充実させるべく、より深いあるいは衝撃力のある作品を選びました。

例えば、デヴィッド・ラングの《pierced》における執拗にくり返されるリズムとフレーズはまるでストラヴィンスキーの《春の祭典》のように原始的な力を感じさせる一方、強い人間の性、衝動、哀しみといった人間的な感情をも刺激します。フィリップ・グラスの《Two Pages》も加算されていくフレーズ(これも執拗にくり返します)の向こうに人間的な感情の起伏を感じます。それは去年彼の日本でのコンサートで、僕が彼のピアノ曲を演奏したときにも強く感じました。ミニマルはエモーショナルでもいいんだ!そう思ったものです。同時に音楽を変えよう、あるいは新しい音楽に出会いたいという強い信念もこの曲にはあります。このような楽曲が1968年に書かれていたことは奇跡です。そして今でも斬新です。

ガブリエル・プロコフィエフの《弦楽四重奏曲第2番》もクラブシーンの影響を受けながらも祖父譲りの強い音の構成力と感情を揺さぶる強い力があります。そう、今年は「くり返す」ということと「揺さぶられる感情」あるいは「揺れ動く感情」がテーマです。

このお三方とは今年ニューヨークやロンドンで直接お会いしてそれぞれの楽曲へのアドバイスをいただきました。また作曲家どうしの話題はとても刺激的で至福の時間でもありました。

そしてもうひとつ今年の挑戦としては「Young Composer’s Competition」として若い作曲家の作品を公募したことです。期間が短かったにもかかわらず海外を含め約20作品の応募がありました。到着順にすべて番号を振り(年齢、国籍、出身学校などの付加情報に左右されないためです)足本憲治氏と僕で5作品に絞り込み、それを審査員の先生方に採点していただきました。だから選ばれた優秀作品の《きれぎれ》の作曲家が門田和峻さんという名前であることは最近知ったわけです(笑)

またこのようなコンペでは作曲関係者が審査員を務めるケースが多いのですが、MFでは映画監督の高畑勲氏、作家の島田雅彦氏のように異分野の先達に審査をお願いしました。もちろん音楽にも詳しい方々です。これは作曲関係者のごく狭い世界だけで完結するのではなく、広く創作に関わるアーティストの目を通すことで、観客との接点を大切にしたいという思惑です。もちろん日本を代表する作曲家西村朗氏と音楽評論家の小沼純一氏にも加わっていただき、たくさんの助言をいただきました。諸先生方には心より感謝いたします。

さて、今年のMF 多少の忍耐はいると思いますが、聴き終わって何かを感じていただければ幸いです。

久石譲

 

 

PROGRAM NOTES

デヴィッド・ラング (1957-)
pierced 約15分
《pierced》はチェロ、パーカッション、ピアノのリアル・クワイエット(Real Quiet)というアンサンブルと弦楽合奏のための協奏曲として委嘱された。伝統的なスタイルにならないよう、ソリストと弦楽合奏が関連性を持つよう工夫した。両者間にある正反対な性格はいいアイデアだと思ったが、伝統的な協奏曲スタイルによくあるソリストがオーケストラと戦うような競い合いは避けたかった。私が思いついたアイデアは、両者を隔てる透明な布のような壁があり、各々の世界にあるすべての音・音符・調がしばしば自由にその壁を行き来し、音が片方から他方へ移動するときに、演奏家たちを分ける布が穴を開けられたり、切り裂かれたりすることだった。

初演は2007年6月12日にリアル・クワイエットとミュンヘン室内管弦楽団、クリストフ・アルフテッドの指揮。ソロ弦楽バージョンはリアル・クワイエットとフラックス・カルテット、アラン・ピアソン指揮によって初演された。

作曲者によるプログラムノートより

 

フィリップ・グラス (1937-)
Two Pages 約16分
調性のないリズミカルなミニマリズムと《1+1》(1967年フィリップ・グラス・アンサンブルにより初演)に見られる即興形態は、グラスに単旋律の主要構想をもたらし、彼の最初のミニマル作品として《Two Pages》は完成するに至った。最初の主題に音を足したり引いたりすることでメロディが伸び縮みし、曲全体の輪郭が作られていく。曲の構造を圧縮して表現できるシステマチックな乗数を用いた省略法で記譜した初の曲として《Two Pages(2つのページ)》というタイトルが付けられた。

参考文献:『フィリップ・グラス自伝 音楽のない言葉』ほか

 

ガブリエル・プロコフィエフ (1975-)
弦楽四重奏曲第2番 約17分
《弦楽四重奏曲第2番》はガブリエルの作曲形式の雄大さが顕著に表れている。メカニックなテクスチャーやテクノ音楽のエネルギーに多いに影響を受け、かの有名な作曲家である祖父のセルゲイ・プロコフィエフとは対照的な作曲形式である。

ガブリエルはあるインタビューの中で、「《第2番》のカルテットは《第1番》の残り香から始まった。より迫力があり、リズミカルでエッジが効いていてメロディックだ。《第1番》で引用したダンスミュージック(テクノ、ハウス、ヒップホップ)をさらに掘り下げたいと思った。目まぐるしく動くヨーロッパの大都会で生きるスピード感を与えたかった。」と語っている。

《弦楽四重奏曲第2番》は2006年、エリシアン・カルテットによって委嘱された作品で、《第1番》を初演した彼らによって、この《第2番》も引き続き初演された。

 

久石譲 (1950-)
室内交響曲第2番《The Black Fireworks》
~バンドネオンと室内オーケストラのための~ 約24分
バンドネオンでミニマル!というアイデアが浮かんだのは去年のMFで三浦くんと会ったときだった。ただコンチェルトのようにソロ楽器とオーケストラが対峙するようなものではなく、今僕が行っているSingle Trackという方法で一体化した音楽を目指した。Single Trackは鉄道用語で単線ということですが、僕は単旋律の音楽、あるいは線の音楽という意味で使っています。

普通ミニマル・ミュージックは2つ以上のフレーズが重なったりズレたりすることで成立しますが、ここでは一つのフレーズ自体でズレや変化を表現します。その単旋律のいくつかの音が低音や高音に配置されることでまるでフーガのように別の旋律が聞こえてくる。またその単旋律のある音がエコーのように伸びる(あるいは刻む)ことで和音感を補っていますが、あくまで音の発音時は同じ音です(オクターヴの違いはありますが)。第3曲の「Tango Finale」では、初めて縦に別の音(和音)が出てきますが、これも単旋律をグループ化して一定の法則で割り出したものです。

そういえばグラスさんの《Two Pages》は究極のSingle Trackでもあります。この曲から50年を経た今、新しい現代のSingle Trackとして自作と同曲を同時に演奏することに拘ったのはそのためかもしれません。

全3曲約24分の楽曲はすべてこのSingle Trackの方法で作られています。そのため《室内交響曲第2番》というタイトルにしてはとてもインティメートな世界です。

また副題の《The Black Fireworks》は、今年の8月福島で中高校生を対象にしたサマースクール(秋元康氏プロデュース)で「曲を作ろう」という課題の中で作詞の候補としてある生徒が口にした言葉です。その少年は「白い花火の後に黒い花火が上がってかき消す」というようなことを言っていました。その言葉がずっと心に残り、光と闇、孤独と狂気、生と死など人間がいつか辿り着くであろう彼岸を連想させ、タイトルとして採用しました。その少年がいつの日かこの楽曲を聴いてくれるといいのですが。

久石譲

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

 

Message for MUSIC FUTURE vol.4

夕食時、私の音楽が日本で演奏されることを家族に話しました。23歳、21歳、18歳の3人の子どもたちがいつも歌うのは大好きな久石譲さんのメロディ。それは美しくてとても幸せな瞬間です。今日のコンサートで私の曲が久石さんの指揮で演奏されるのを光栄に思います。ありがとう。皆さんに楽しんでもらえますように。

-デヴィッド・ラング

《弦楽四重奏曲第2番》はエッジの効いたリズムによって構成されています。エレクトロニックダンスミュージック(テクノ、ハウス、ヒップホップなど)からインスピレーションを得たほか、ヨーロッパの都市が急速に動いていることにも影響されています。現代的でありながらクラシックな方法でレイヤーを重ねています。

-ガブリエル・プロコフィエフ

(「ミュージック・フューチャー vol.3」コンサート・パンフレット より)

 

注)
「きれぎれ」作曲者によるプログラムノート、および審査員評もパンフレットに掲載されていますが割愛しています。こちらでご覧いただけます。

受賞結果の詳細はこちら>>>
https://joehisaishi-concert.com/competition/

 

 

 

以上、ここまでがコンサート・パンフレットからの内容になります。

 

ここからは、感想をふくめた個人的コンサート・レポートです。

 

パンフレットの久石譲挨拶に「より深いあるいは衝撃力のある作品」、「”くり返す”ということと”揺さぶられる感情”あるいは”揺れ動く感情”がテーマ」とあるとおり、とてもディープで刺激的な作品たちばかりです。それでいて無機質ではないパッションやエモーショナルな躍動を感じる。10分以上にも及ぶくり返しが奏されたとしてもまったく飽きを感じることのない、どんどん引き寄せられていく感覚。それはおそらく作品の持っている力もあるでしょうし、今この場で生身の人間が演奏しているという生きた音楽を肌で感じることができたからかもしれません。

デヴィッド・ラング「pierced」のチェロの力強いフレーズと弦楽合奏やパーカッションが創り出す独特な世界観にはただただ圧倒されるばかり。覚醒的で揺れ溺れる危険なグルーヴ感。フィリップ・グラス「Two Pages」はエレクトリック・オルガンと木管四重奏、マリンバという編成。久石譲編となっていたのはこの編成によるところもあるのかもしれません。というのも、この作品いろいろな編成で演奏されることの多いようで、ピアノ2台(もしくは連弾形式)、バンド編成(ベースやギターなどさながらロックバンドのような)、あるいはマリンバ。いかなる楽器にも置換可能でありながら作品世界観を失わない究極のミニマル(最小)音楽とも言えるのかもしれません。久石譲編のそれは、オルガンと木管が不思議なほど溶け合い、ユニゾンを奏でる楽器が集まってひとつの音・旋律になり、なんともいえない揺らぐ音色の変化。ガブリエル・プロコフィエフ「弦楽四重奏曲第2番」は、コンサートマスター西江辰郎さんのヴァイオリン、体全体を使って大きなアクションでフレーズを体現するその姿や、弦楽四重奏の一糸乱れぬ合奏とリズム。

こんなにもクオリティの高い演奏を生で聴くこと目で見ること肌で感じることができるだけで幸せな時間です。まったく音楽専門知識がないなかで、作品のなにがすごいのかどこが聴きどころなのか、そんなことは正直わかっていません。作品や演奏から浴びせられる半分くらいも受け取れていないのかもしれませんが、新しい体験をしたという自信、これまでにはなかったものに出会えたという感動はしっかりとあります。

今回特に強く感じたのは「むきだしの音・むきだしの音楽」という感覚です。血がどくどくと脈うっているような音楽、生身の音楽。もしCD盤など録音されたものだけを聴いていたら、いくぶん耳に馴染まない音楽で終わっていたかもしれません。あるいは執拗なくり返しに飽きる。ちょっとした先入観やイメージで拒絶するのが「食わず嫌い」だとしたら、まさにミュージック・フューチャーで聴くことのできる音楽たちは「聴かず嫌い」をはらんだ濃い作品たちです。だからこそ、どれだけ言葉をならべても実際に生で聴かないと感じることのできないなにかがあります。

たとえば、フル・オーケストラ・コンサートであればその壮大な響きに大きく包まれ感動します。この小ホールで開催されどの作品も4人、7人、約15~20人という小編成アンサンブルおよび小編成オーケストラで構成されるコンサート。奏者一人一人の息づかいや鼓動がダイレクトに伝わる生身の演奏、生々しいほどのリアルな音楽と最高品質の演奏。畑にはいって採れたての野菜をその場でかじる格別の美味しさと同じように、楽器そのものの音や今発せられたばかりの新鮮な音色と会場いっぱいに広がる響き。そんな贅沢な音楽空間こそこのミュージック・フューチャー・コンサートです。

 

 

1曲目「pierced」演奏後、ステージのセットチェンジの時間を使って久石譲MCがありました。一問一答形式インタビュー形式によるものです。主にパンフレットに書かれている各作品解説で10分もなかったかな5分くらいでしょうか。デヴィッド・ラングは今一番注目している作曲家であること、「Two Pages」とは実際に2ページの楽譜でできているということ、ガブリエル・プロコフィエフと会った時のエピソードなど、パンフレットを補完するような貴重な語りを聞くことができました。

そして、自作の新作については、興味深いコメントも。これは自分が勝手にそう思ったそう捉えたということだがとことわったうえで、サマースクールでの生徒の言葉が副題となった「白い花火の後に黒い花火が上がってかき消す」、東日本大震災を経験した彼の発したこの言葉にいろいろと思いずっと心に残っていた、というようなことをおっしゃっていました。また、パンフレットでは約24分となっていますが、おそらく27分くらいあります、とも。サマースクールについては下記インフォメーションも発信していますのでぜひご覧ください。

 

 

さて、久石譲新作「室内交響曲第2番《The Black Fireworks》~バンドネオンと室内オーケストラのための~」について。単旋律の音楽ということで、約27分全3曲一貫した単旋律で構成されています。

単旋律というキーワードを掘り下げたときに、「Single Track Music 1」(吹奏楽版・2014年)「Single Track Music 1」(サクソフォン四重奏と打楽器版・2015年/「Minima_Rhythm II」CD収録)があります。この作品を聴いたときに、なにか新しい挑戦がはじまった布石のような作品かもしれない、と少し時間が経過してから思った記憶があります。このSingle Track(=単旋律の音楽、線の音楽)が久石譲のなかでも大きなテーマのひとつになっていることを今回パンフレットでも感じとることができました。

単旋律について多くを語ることができません。なにが醍醐味でなにが組み立ての妙で、という専門的なことがまったくわからないからです。パンフレット久石譲解説と、「Singe Track Music 1」の吹奏楽版久石譲解説、CD作品「ミニマリズム2」評論家による専門的解説の項を読んでいただき、理解を深めていただければ幸いです。

 

今言えること。約27分にも及ぶ長大な単旋律にもかかわらず、決して単調とも単純とも思うことの絶対にない豊かで広がりのある作品。この先どんな展開をしていくのか気になって仕方のないあっという間の時間。単旋律ながら広がり奥ゆき厚みのある立体的な音楽。不思議な迫力です。

三浦一馬さんのバンドネオンも相当な演奏難易度だったと思います。張り詰めた緊張感と真剣なる熱演。久石譲指揮とオーケストラ奏者、ステージ全体が気迫に包まれそのエネルギーだけでも圧倒されてしまうほど。「今自分たちが届けたい音楽はこうだ!」と野心と確信にみなぎったオーラで、それはまさに狂気。

なにか不思議な魅力を感じます。とても個人的な解釈だけでもって言葉にすることを許されるならば。始点と終点がわからない魅力、待ちうける展開の魅力。単旋律ということはハーモニーがない、和声がないということですよね(ここが間違っていると根底から覆される)。どこまでも1本の旋律であり多声の伴奏や対旋律のない音楽。メロディやコード進行がはっきりしているということはその音楽の起承転結がわかりやすいということです。小学校の「起立・礼・着席」をピアノで伴奏することもコード進行のひとつです。全3曲ともにパートが展開しているはずなのですが、どこが始点かどこが終点かわからない。次につながる展開もよめない。フィリップ・グラス「Two Pages」は4-5音からなる基本音型(モチーフ)があってそれが伸縮展開していくわけですが、久石譲作品は単旋律が様々な装いでおり重なっているように聴こえます。実に入りくんでいる、実に難しい、としか言えないのです。

実際に鳴っている楽器や音色はとても緻密で細かく配置され豊かな世界を構築しているのだけれど、別の見方をすると全体を大きく太い線1本で貫かれているような。そして、普段耳にする多くの音楽が複旋律・多声音楽(ポリフォニー)であり、それぞれが独立した旋律をもつことで音楽三要素のメロディ・ハーモニー・リズムがつくられ、メロディと異なる伴奏や対旋律によって奏でられているとしたときに。これはすごい!と思うわけです。単旋律でメロディ(モチーフ)を奏でることはもちろん、分散和音のように音を散らすことやおり重なり交錯する単旋律がハーモニー的響きを錯覚させ、ズレや変化によってグルーヴ感のあるリズムを生み出す。もしあまりにも見当違いな勘違いをしていないのならば、これはすごい!と思うわけです。

こういう音楽って聴き飽きることがないだろうな、とまたすぐにでも聴きたい衝動にかられます。ループのようでありエンドレスのようであり、でも同じところをぐるぐる廻っているわけではなく螺旋のように上昇下降と展開をもった音楽。単旋律って日本固有の響きとしても親和性があるのかなあ、そんなことも頭をかすめたりしますが、今感覚だけで語るのはここまで。ぜひ1年越しにCD化されるならば、そのときにまたしっかり向き合って聴き楽しみたい作品です。

 

さて、三浦一馬さんについて。以前音楽番組で聴いた作品が強く印象に残っています。バンドネオン協奏曲「TANGOS CONCERTANTES」すぐにCDを探したのを覚えています。全3楽章からなる作品でテレビではたしか第3楽章(抜粋もしくは編集)でした。師匠でありバンドネオンの世界的権威でもあるネストル・ マルコーニ作曲とあります。これがすごくかっこいい!バンドネオンとオーケストラによるタンゴでありながら新しい響き。全楽章とおして聴いてみたいと探したのですが、まだ録音はされていないんですね。とても大切な作品なのだろうと思うのですが、いつの日かその全貌を聴いてみたいです。また11月には久石譲が芸術監督を務める長野市芸術館でもリサイタル公演があります。今回のミュージック・フューチャー・コンサートのリハーサル風景も公式Facebookに掲載されていました。ぜひチェックしてみてください。

 

 

コンサート終演後の観客の拍手も鳴り止むことがなく、何度も舞台袖から久石譲はじめ奏者の皆さんが再登場し大盛況で幕をとじました。決してポピュラーでも馴染みのある音楽でもない前衛的・実験的・意欲的なこのようなコンサートで、ここまでの拍手(もちろん満員御礼)って珍しいと思います。それだけに真剣勝負の選曲・演奏に感動し、そんな貴重な時間を提供してくれたことへの感謝と感動の拍手だったのかもしれません。言葉にならない感動、まだ消化できていないなにかを表すこと、それが体全体で表現する拍手しかなかったように。たしかに観客にも忍耐を必要とするプログラムかもしれません。とするなら忍耐を通って得た解放が、あの瞬間ステージとオーディエンスをつないだのだと思います。なにかが伝わった、なにかを受けとった、音楽のもつかけがえのない瞬間です。

コンサート会場には献花もたくさんありました。これから先の久石譲活動をうかがわせるような献花もあるのかなあと、ついつい順を追って見してしまいます。ただ札だけではわからないものもありますからね、なにつながりだろうと。そして、今年vol.4は例年以上に若い観客が多かったようにも思います。もし毎年恒例夏W.D.O.コンサートを聴いて、それとは異なる志向のコンサートがすぐ秋にあるなら行ってみたいと思ったり、いろいろな久石譲を感じとってみたいと思う人がふえているなら、とても素敵なことだと思います。またシリーズが定着し、今年こそはと楽しみにしていた音楽ファンもきっといると思います。

 

同コンサートの様子については、下記Webニュースでも詳しく取り上げられていますので、より音楽的な理解はこちらのほうが最適だと思います。ぜひご覧ください。

 

 

最後になんともうれしいサプライズ。コンサートにあわせて会場でのみ先行販売されたのが11月22日発売予定の新譜CD「MUSIC FUTURE II」。昨年2016年開催「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.3」ライヴ音源化です。なんの予告もなかっただけに会場に着いてのサプライズ、約1ヶ月以上も先行して手に取ることができる喜びです。

さらには「MUSIC FUTURE II」会場購入者の先着特典として、コンサート終演後久石譲によるサイン会参加券付き!久石譲がコンサートにあわせてサイン会を実施するなんてかなり希少です。両日あわせると80-100人以上はサイン会会場で列を作っていたのでは。終演直後の安堵と疲労のなか、この人数だとかなりの時間も要するなか、そんな機会に恵まれた観客にとってはうれしい記念です。

コンサートで新しい音楽を体感し、同じシリーズである昨年のCD盤をいち早く入手でき、さらにサインや握手までしてもらえた日には。もちろん来年以降、サイン会まで実施してもらえるかはわかりませんが、コンサート・シリーズがつづくかぎり、必ず毎回新しい音楽を受けとることができるミュージック・フューチャーです。なによりも回を重ねしっかりとその足跡を残しつづけていること、音源化され多くの人が聴くことができること、そしてCDとして未来へ手渡していけることが、素晴らしいことだと思います。

 

 

”現代(いま)の音楽”を伝える——ナビゲーターでありクリエーターである「久石譲 presents ミュージック・フューチャー」コンサートシリーズ。毎年1回2公演とはいえ、企画からプログラミング、自作創作から入念なリハーサルまで。とてつもないエネルギーと集中力をすでに4年間も続けている。そして観客もしっかり入り刺激的な大盛況でカーテンコール。来年以降も新旧入り乱れたディープな音楽を届けてくれることへ期待が高まります。うまく言えませんが、ミュージック・フューチャー・コンサートそれは「今を生きているんだ」と改めて感じさせてくれるのかもしれません。

 

Related Page:

and

 

 

Blog. 「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2017/10/07

音楽雑誌「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」に掲載された久石譲インタビューです。

音楽機材も多く取り上げられることの多い同雑誌ならでは、久石譲の音楽制作には必須の多彩な機材のこともよくわかる内容です。久石譲もインタビューのなかでこういった機材や電子音源を使う妙技についてもフォーカスして語ったインタビュー内容。読み応え満点の永久保存版です。

時代としては「NHK驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」「菊次郎の夏」「天空の城ラピュタ USA盤」など、それぞれについても深く語っています、書籍として収載残してほしいほどの充実した内容です。

「Summer」のスコア譜も完全収録されています。ピアノ譜ではなく総譜です、17ページに及ぶ楽譜でこれまた貴重なものです。パートはヴァイオン・ヴィオラ・チェロ・コントラバス、ピアノ、キーボード、ハープ、パーカッションという10段譜になっています。

 

先に読後感を。1980年代当時の8トラックしか鳴らせないシーケンサーで磨かれた訓練と感性、なるほどぉとただただ唸るのみ。またこういった機材で作ったデモ音源はそのままレコードにできるほどのクオリティであるという話は有名ですが、デモ音源が生オーケストラのレコーディングを経て”混ぜる”というテクニックや足して質感のコントロールにも一役買っている、すごい。普通の耳では聴きとる聴きわけることのできないような低音の隠し味なんてエピソードも。ここまでくるともうアコースティック音とデジタル音の配合は久石譲本人にしかわからない、超一流の感性と耳です。そりゃあいくら”久石譲っぽい音楽”があったとしても、”なにか違う、でも大きな違い”が君臨しているわけですね。ここまで惜しみなく自らの武器を語ることも希少だと思います。たとえ手の内を見せたとしても動じない自信と常に止まらない進化なのかな。知って研究したい人もいるでしょう、知って聴きほりたい人もいるでしょう。知っても聴いてもテイスティングできないのが残念なところです。

これを見ると、ググっと18年後の現在に立ち戻り「NHK人体」から「NHKディープオーシャン」へ継承されている手法もあるのかな、新しい手法もあるのかな、と気になってきますね。建物と同じで、完成したものから感じることもたくさんありますが、もしその設計図や制作過程を少しでも垣間見ることができたなら、新しい発見もあるし違った見方もできるし、なにより一層の感慨深い愛着がこみあげてきます。そしてそれは”新しい住み方”になり”新しい豊かな生活”を得ることができる。音楽についても同じことが言えるような気がします。そんな普段は絶対に知るよしもない制作現場インタビューです。

もちろん、「NHK驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」「もののけ姫」「菊次郎の夏」「天空の城ラピュタ USA盤」についても作品ごと音楽ごとに制作エピソード盛りだくさんです。

 

ボリュームあります。ぜひゆっくり読んでみて、聴きなしてみてください。

 

 

 

久石譲

自分の作品と違って 映画というのは あくまで監督の世界なんです

今や日本のサウンドトラック界を代表する巨匠であり、自らも数多くの作品を発表している久石譲さん。これまで手掛けたサントラは数多いが、中でも映画監督、宮崎駿とのコラボレーションはあまりに有名だ。創作の拠点であり、都内有数のレコーディング・スタジオでもある”ワンダーステーション”を訪ね映画との出会いや音楽史、独自の手法を駆使するというサントラ制作の様子を聞いてみた

 

曲を書くことより音楽の成り立ちに興味がありました

4歳のころからバイオリンを習い始め、音楽に親しんでいた久石さんだが、同時に、大変な映画少年でもあったという。高校の先生だったお父さんが、映画館の巡回にしばしば幼い久石少年を連れて行ったという特別な事情はあったものの、年間何と300本以上もの映画を見ていたというから、半端ではない。

「でも、昔は映画って大抵3本立てでしたから、年間に300本ってそんなに大変な数ではないですよ(笑)。僕が住んでいたのは田舎の町でも、ふたつ映画館がありましたから、週に2回行くと6本、1ヵ月で24本ですから。家も映画館の近くでしたしね。親父はまだ若い先生だったので、先輩の先生から代わりに巡回に行ってくれよとよく頼まれていたようです。それに僕が付き合ったという感じなんでしょうね(笑)」

とにかく上映されていた映画は、チャンバラなどの日本映画から西部劇まで、片っ端から見ていったという久石さん。”子供のころは映画館で育ったようなものでした”と当時を振り返る。

「印象に残っているのは、やはり「ピーターパン」とか、西部劇なんですよ。言葉がどうとかではなく映像の迫力がやはり違ったんですね」

そんな少年時代を過ごした久石さんだが、その後は音楽学校に進み、作曲/演奏活動を行うなど、音楽が生活の中心になっていった。メロディアスな曲を数多く手掛けている現在の久石さんからはちょっと想像しにくいが、学生時代はガチガチの現代音楽指向だったという。

「もちろん、普通にビートルズなどは聴いていましたし、中学とか高校のころにドラムとかベースの友人がいたら別の人生になっていたかもしれませんね。ところが、周りは幸か不幸かクセナキスを研究しているような友人ばかりで(笑)、自然と現代音楽の方に行ったんですね。大学のころは、音楽の概念をぶち壊すようなことしかやっていませんでした。最終的には”不確定奏者のための音楽”というのを追求したんです。演奏者は、ふたり以上数百人まで、演奏時間も5分でも2時間でも構わないような。基本はミニマル・ミュージックを指向していたんですが、乱数表を使って偶然の中の理論などを研究したりもしました。とにかく、音楽がどのようにして成り立っているかということに興味があったんです。逆に言うと、曲を書くこと自体にはあまり興味がなかったのかもしれないですね」

 

生のオケにサンプラーのオケを混ぜて質感をコントロールするんです

その後、だんだんと音楽の仕事に携わるようになっていった久石さんは、20代のころからドキュメンタリーやテレビ番組、映画の音楽を手掛けるようになっていく。

「テレビとかドキュメンタリーとかの仕事は昔から結構好きだったんです。それに、例えば山にこもってシンフォニーを書き上げるような、いわゆる”芸術家”は、最初から自分に合っていないと思っていました。書いた音楽が目の前の人にどう伝わるかということに興味があったんです」

そして、サウンドトラックという仕事に対する考え方を大きく変える運命的な出会いが訪れる。映画「風の谷のナウシカ」の制作に先駆けて企画されたイメージ・アルバム制作のオファーが舞い込んだのだ。もちろん、監督は宮崎駿である。

「当時、宮崎さんはもう40歳を超えていたんですが、仕事のことをこんなに夢中になって話せるおじさんがいたんだった驚いたのを覚えています(笑)。例えばセル画のことをひとつ取っても、イスに飛び乗って説明したりしているんですよ。ただ、僕は当時、全くアニメについて知識がなかったので、宮崎さんがカリスマ的な存在ということすら知らなかった(笑)。もうその時点で、あの有名な「ルパン三世 カリオストロの城」を作っていたのに……。でも、結果的にはそれが良かったのかもしれないですね。気負わずに済みましたから(笑)」

久石さんの手掛けたイメージ・アルバムを高く評価した宮崎監督は、当時まだ新人だった久石さんを本編のサウンドトラックにも起用、ここから今や切っても切れない関係となった両者のコラボレーションが始まった。

「自分の中で、初めて明確に映画音楽というものを意識したのは「風の谷のナウシカ」だったんです。映画音楽と自分のソロ・アルバムなどとの最も大きな違いは、映画というのはあくまで監督の世界だということだと思います。ですから、音楽を作るときも、自分の思いだけではなく、監督がどういう世界を作りたいのかということがフィルターとして必ず入ってくるのですが、そのフィルターがすごい人であればあるほど刺激を受けて、そこから新しい自分を発見できるんですよ」

ちょうどそのころ、音楽制作の面でも大きな転機が訪れた。サンプラーとの出会いである。

「「ナウシカ」をやってきたときに、知り合いの人が持っていたFAIRLIGHT CMIを初めて使ったんです。「人間の声みたいな音が出るんだ」って聞かされていたんですが、”そんなワケない”って思っていた。ところが、実際に使ったら本当だったので驚きましたね。そして、「ナウシカ・レクイエム」という曲の歌の部分のバッグを全部FAIRLIGHTで作ったんです。その後、これからはきっとこういう機材がメインになると思って、千数百万円を出してFAIRLIGHTを購入しました。清水の舞台から10回くらい飛び降りるような気持ちでしたね(笑)」

だが、このFAIRLIGHT CMIは久石さんの作曲/編曲自体にも大きな影響を与えることになる。FAIRLIGHTに搭載されていた、リアルタイム・シーケンサー”PAGE R”を活用し始めたのだ。それ以前にも、ROLAND MC-4などを使っていたという久石さんだが、リアルタイム・レコーディングをベースにした打ち込みを本格的に取り入れたのは、このときが初めてだった。

「作曲=ピアノの前で譜面を書くような作業だったのが、弾いたものを数値に置き換えたりするようになって、発想がすごく変わったんです」

ただ、リアルタイム・シーケンサーといっても、当時の”Series II”に搭載されていたのは8トラック、しかも各トラックはモノフォニックという現在のレベルからはほど遠いものだった。

「でも、そのことが良い音楽を作る決定的な要素になったんですね。全部で8トラックしかないということは、ハイハットとキックとスネアを使って、ベースを入れて、キーボードが4声だったらもう終わり。すると、そこで工夫が必要になってくるんです。当時、FAIRLIGHTのシーケンサーを使わせたら、僕は絶対に世界一うまかったと思いますよ(笑)。壮大な音を8つの音だけで、いかに作り上げるかということを考えることが、ものすごい訓練になり、その感覚は現在に至るまでずっと続いています。今のように、1チャンネルだけで幾らでも音が出るような環境でやっていると、90%以上は無駄な音を入れてしまっていると思いますよ。ああいうふうに音楽を作っていては、感性は育たない。必要なのは、いかに無駄な音を使わず、しかも色彩豊かに作り上げるかという訓練だと思います」

現在はAKAI Sシリーズをメインにオーケストラのパートやリズム・ループを組み立てているということだが、FAIRLIGHT CMIは相変わらずお気に入りのようだ。

「ほかの音と混ざっても、音がちゃんと主張しているところが好きなんです。この辺りは、SEQUENTIAL Prophet-5などにも通じるところですよね。「驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」でも、低域の音にFAIRLIGHTを多用していますよ」

さらに、久石さんの音楽制作に欠かせない機材と言えるのが、STUDIO ELECTRONICSのモノフォニック・シンセサイザー、Midi-miniだ。

「Mini-miniの低音は、必ず隠し味にうっすらと入れています。定位感とか存在感のない、ほとんどいるかいないか分からないような低音が好きなんです。ただ、低域を扱うときに気を付けなくてはならないのは、ちょっとしたピッチのズレがとてつもなく全体を貧弱にしてしまうということ。ですから、これ以上はないというくらい、細心の注意を払ってピッチを合わせています。でも、そういうところに気を付けて録ると、音楽全体がすごく立体的に、豊かになりますよ」

本番で生のオーケストラを使う場合でも、こういった機材を駆使していったんデモを作るという久石さん。そのクオリティは、そのままレコードになるほどの完璧なものだという。そして、そのデモは単なるスケッチなのではなく、ときに作品の仕上がりを決定する重要な要素になっている。

「サンプラーやシンセサイザーで作ったオケは整理してMTRにレコーディングしておくんです。その後、基本的には生のセクションに差し替えるんですが、音によっては、作っておいたデモと、生のオーケストラ・パートを混ぜるというテクニックを使うんですよ。例えば、ピチカート・ストリングスなどは、曲によってはサンプラーの音を足した方が圧倒的にいい。チェロのセクションを少し固い感じの音にしたい場合なども、シンセサイザーのチェロを混ぜてやるんです。ハープの駆け上がりも同じで、ちょっと足りないな?と思ったらシンセサイザーのトラックを少し足す。こうやって質感をコントロールするんです」

”生の楽器に比べれば、電子楽器の表現力にはあり過ぎるほど限界がある”、と言う久石さんだが、両者の特徴をうまく組み合わせることですばらしい効果を上げている。このあたりに絶大なる評価を受けるサウンドトラックの秘密の一端が隠されているのではないだろうか。

 

ハリウッド調のサントラ作りはとても勉強になりました

さて、最近の活動の中で最も注目すべきは、「もののけ姫」につづいて全米公開が予定されている「天空の城ラピュタ」のために、サウンドトラックを新録音したことだろう。それにしても、あれだけ高い評価を受けていたサウンドトラックに、なぜ手を加える必要があったのだろうか。

「ディズニーのスタッフによると、外国の人って、音が3分も鳴らなければ落ち着かなくなるんだそうです(笑)。洋画を見ると分かりますが、ずーっと音が鳴っていますよね。しかもアニメなんて、全編鳴っているのが当たり前なんです。ところが、オリジナルの「ラピュタ」では、2時間4分の上映時間のうち、音楽は1時間。すると7分間~8分間、音楽が全くない部分があるんです。これでは海外で通用しないというわけで作り直すことになったんですが、単に新しいものを足しても、14年前に制作した音楽と合わないので、すべて新録にしたんです。もちろん「ラピュタ」のメロディは崩せないので、そこは生かしながらアレンジを変更しています」

また、海外での公開を前提とするという新たな要素が加わったことで、制作のアプローチにも変化があったという。

「アメリカ映画の音楽の付け方って、基本的にすごくシンプルなんです。それはどういうことかというと、とにかくキャラクターと音楽を一致させる。軍隊が出てきたら軍隊のテーマというように、映像を説明するような音楽が、ハリウッド調の音楽であり、それがポイントになっている。これまで、僕はそういうアプローチというのは理解はしていましたが、すごく音が単調になりそうなのがいやで、避けていたんです。でも、いざ意識して作ってみると、やはりものすごく勉強になりましたね」

もちろん、新録された「ラピュタ」でも、シンセサイザーによるデモ作りは行われた。しかも、こちらも全くゼロの状態から制作し、レコーディングされたのだという。当然、生のオーケストラ・パートもすべて新録音。総勢80人という大きな編成を組み、教会を使った大規模なレコーディングが行われたのだが、ここでも、生のオーケストラとシンセサイザーのミックスという手法が大きな威力を発揮したという。

「教会でのレコーディングは、まさにすさまじい音で、アンビエンスがあまりにすごいため、近接マイクや各セクションのマイクなどで音質のコントロールをすることが難しかった。ですから、ちょっとゴリっとした音にしたりしようとしてもそうならない。そこで、シンセサイザーをミックスするという手法が役に立ったんですよ。サウンドトラックのリリースについては、まだ予定が立っていないのですが、仕上がりは最高です。宮崎さんもすごく喜んでくれていましたね」

このほかのサウンドトラックでは、篠原哲雄監督の「はつ恋」(来春公開予定)という映画の音楽を仕上げたばかりだ。

「田中麗奈さんが主演で、真田広之さんとか、原田美枝子さんが出演しています。高校生の女の子が主人公の話で、非常に青春っぽい映画ですよ。音は珍しくピアノを中心にして、ストリングスも使っているんですが、サウンドトラックの中でこれだけピアノを弾きまくったのは珍しいのではないでしょうか。映画の音楽に関しては、このあと秋元康さん監督の作品も手掛ける予定です」

さらに、今後の活動についてだが、秋には待望のツアーが予定されている。

「今年は、本数こそさほど多くないものの、大阪フェスティバル・ホールとか、東京芸術劇場などで、少し大きな規模になる予定です。実は、イギリスからバラネスク・カルテットという弦楽四重奏を呼ぶんですが、彼らはクラフトワークなどのカバーで知られる、非常に前衛的な面も持っているカルテットですよね。今回のツアーでは、彼らが久石譲アンサンブルに加わるわけなんですが、そうなったら僕も前衛的なことをやりたくなってしまうじゃないですか。元々そういう人間ですから(笑)。だから、今回は”久石メロディを聴きたい”っていう人をぶっ飛ばしてやろうなんて考えたりもするんですが(笑)、そればかりでも仕方ないので、自分の中のバランスをどう取ろうかと悩んでいるところです」

”せっかく1ヵ月以上も一緒にツアーをするんだから、アルバムも一緒に作ってみたい”と語ってくれた久石さん。「もののけ姫」など、宮崎作品の全米公開、新しいサウンドトラック、そしてコンサート、待ち遠しい新作と、ますますその活動が楽しみだ。

 

 

●「驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」

ドキュメンタリーの仕事はすごく好きなんです。このシリーズも3作目ですね。ただ、今回はテーマが遺伝子ということで非常に抽象的ですから、映像が浮かばなくて苦しみました。Iは「内臓」がテーマでしたし、IIは「脳と心」がテーマでしたから、割とイメージが膨らんだんですが、「細胞」と言われてもピンと来ないじゃないですか? そういった、最初のイメージ作りで苦しみましたね。でも、遺伝子についていろいろ調べるうち、利己的遺伝子(セルフィッシュ・ジーン)という言葉に出会ったんです。「人間は遺伝子の乗り物でしかない、生命が誕生して以来、人間という器は単なる乗り物でしかない」という内容なんですが、そういうことを考えていると、太古の時代と未来がつながっていて、それは音楽も同じだと思えるようになったんです。そこで、エスニックな要素をたくさん入れたりしました。

この作品では、打ち込みと生の弦を組み合わせています。こういう世界観だと、アコースティックが絶対にいいということはあり得ないんです。あまりにも具象音過ぎますからね。そうすると、もう少し神秘的な世界を出すにはやはりシンセサイザーがよくて、結果的に生と打ち込みの比率は50/50くらいになりました。ただ、今までのシリーズはもっとシンセサイザーが多かったので、今回は割とアコースティック楽器が増えていると言えますね。

このシリーズに関しては、映像に合わせて音楽を作っているわけではありません。「何月何日に映像をお渡しします」って言われても、その日に来ることは絶対にないですから(笑)。2、3ヵ月はズレます。これは映画もそうなんですが、CGを使うとその部分が圧倒的に時間を食うんです。特に、この番組は内容的にCGのウェイトがすごく大きいですから大変だと思います。でも、真剣に作ったら遅れるのはしょうがないですよ。

そんなわけで、基本的にはこのシリーズに関しては、こちらの方である程度世界観を作って大体12~13曲ほど仕上げ、さらに幾つかバリエーションを付けたものをお渡しして、そこから選曲してもらうというスタイルでやることにしているんです。僕の手掛けているサウンドトラックの中で、選曲のスタイルはこの番組だけです。

 

●「もののけ姫」

「もののけ姫」に関しては、宮崎監督から「覚悟を決めた映画を作るから」ということを聞いていました。「人がたくさん死ぬような映画だけど、この時代はこういうものを作らなくてはならない」という決意表明があったんです。そんな話をしていて、今回はフル・オーケストラで行こうということになりました。

宮崎さんの仕事は、とにかく丁寧さが別格です。この作品でも、最初にイメージ・アルバムを作って、そのアルバムを元にして綿密な打ち合わせを行った上でサウンドトラックを作っていったんです。映像を見て、映像のために本当に細かく作っている、まさにサウンドトラックといえる音楽ですよ。どれくらい細かい作業をしているかというと、例えば2分半とか3分程度の曲の中でも、その中で20箇所くらい絵と音楽をシンクロさせたりしているんです。それも1/30秒などの単位で。ですから、曲中でテンポもどんどん変わりますし、そのテンポも80,28とか、そこまで細かく設定しています。

ただし、あとで編集して合わせ込むなんてことは絶対にしません。テンポ・チェンジがプログラムされたクリックに合わせて生で演奏するんです。もちろん、演奏する人間にテクニックと能力がないと合いません。こういう手法に関しては「もののけ姫」がひとつのピークと言えるんじゃないでしょうか。

 

●「菊次郎の夏」

北野武さんの作品では、「あの夏、いちばん静かな海」から音楽を担当させていただいていますが、あの映画のときに北野さんと話したのは「通常音楽を入れるところは一切抜きましょう」ということ。例えば、盛り上がるシーンだからといって、盛り上げるための音楽を入れるのはやめましょうと。そういうのってすごく北野さんらしいところだと思うのですが、いわゆる劇伴的なものは本人が望んでいませんし、必要もないんですよ。

「菊次郎の夏」でも、メロディアスだけど絶対ベタベタした感じにならないように心がけました。北野さんの映画は、とにかく立ち振る舞いがすごくきれいで品があるんです。だから、音楽も下品になったり、表現しすぎてはいけない。それが、最も大切にしなければならないところでしょうね。「菊次郎の夏」に関しては、北野さんから「リリカルなピアノものでいきたい」というリクエストがあったんです。最初は、こんなにギャグの多い映画なのにいいのかな?と思ったんですが、実際にやってみたら、ギャグの中に、人間の孤独とか寂しさみたいなものが表現できた。もちろん、北野さんはそれを最初から狙っていたわけで「やっぱりこの人は天才だな」って思いましたね。

そして、北野さんのすごい点は、やはり個性的だということに尽きるでしょう。特に、海外での評価は絶大ですが、それはなぜかというと、個性があるからですよ。独特の映像美、たくさんの要素を入れない、ムダのない引き算のような絵作り……それが、あそこまで徹底できる人って、世界に何人もいません。ものすごく強い意志が必要なんだと思うのですが、北野さんはそれをやり抜いている。本当にすさまじい作業であり、ある意味、周囲のだれよりも孤独だと思うのですが、それをやり抜く意志の強さは本当に素晴らしい。だからこそ、”世界の北野武”なんでしょうね。

(「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」 より)

 

 

SCORE | 映画「菊次郎の夏」より
「Summer」

幅広い音楽性が盛り込まれた久石譲の集大成ともいえる楽曲

今や”世界の北野武監督”による、ベネチア映画祭受賞後第1作「菊次郎の夏」のメイン・タイトルがこの「Summer」。作曲は前作「HANA-BI」をはじめ北野映画にはなくてはならない存在となった久石譲だ。氏の今までの作品の傾向を振り返ってみると、宮崎アニメ「となりのトトロ」や「もののけ姫」に見られるどこか日本的な旋律、「風の谷のナウシカ」のロマン派風のオーケストラ、初期のソロ・アルバムにあるような、サンプリング・パーカッションを多用したミニマル的な楽曲、TVドラマ「華の別れ」主題歌に代表される非常にロマンチックなメロディと、自らの演奏によるピアノといった特徴が挙げられる。今回の「Summer」には、これらの特徴がすべて現れており、久石氏の集大成ともいえる楽曲になっている。以下、流れに沿って詳しく見ていこう。

冒頭、弦の2分音符で演奏される2小節の循環コードだが、どこか「下校の鐘」のような音形で、映画全体の雰囲気を見事に象徴している。こういった、楽曲の出だしの瞬間、一気に世界を作ってしまうのも氏の特徴で、これはまさに映画音楽として非常に優れた点だと言えるだろう。

以後しばらくこの低音を繰り返しながら、ピアノによるテーマ・メロディが導かれる。こういったシンプルな低音の繰り返しパターンは、ブラームスでも有名なパッサカリア(古典舞曲の一形式)を思い起こさせる。どこか和風の[C]の4度和声を経て、途中から加わるリズムも、いかにも久石譲らしい、オン・ビートを強調したアジアン・エスニック風のパターンだ。さらに、[J]からのピアノ主体の部分はでは、右手のアルペジオの使い方やメロディ終わりのD#m7など、非常にロマンチックな雰囲気。続いて[L]からの、弦の刻み+音階だけのメロディ+ピアノのオスティナートといった、ミニマル風の経過部を経て、最初のテーマに戻る。ここでは、リズミックな動きは伴わず、自由にモチーフを回想しており、ある種ノスタルジックな気分を醸し出しつつ効果的に曲を閉じている。

このように、さまざまな要素が盛り込まれているにもかかわらず、全体を通して非常に親しみやすく、分かりやすい曲調になっており、どちらかというと「ぶっきらぼう」な演出が魅力の北野映画と、互いにうまく補完しあっている。こういった、幅広い音楽性に支えられた強い描写力は、映画音楽の王道的な魅力のひとつといえるだろう。

(「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」 より)

 

スコアは掲載していません。楽曲解説の箇所になります。楽曲について深く紐解く参考、解説の掘り下げ方、表現の仕方など勉強になることも多かったのでご紹介しました。

 

 

Blog. 「ディレクターズマガジン 2001年11月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/08/14

プロフェッショナルクリエイターのための情報誌「Director’s MAGAZINE ディレクターズマガジン 2001年11月号」に掲載された久石譲インタビューです。

久石譲監督作品 映画「Quartet カルテット」についてのお話が中心ですが、久石譲が定義する音楽映画とは? 久石譲が折にふれて語るポップフィールドに立つ音楽家としての「売れてなんぼ」の真意とは? とても興味深い内容で理解が深まりました。

ぜひ久石譲の言葉の表面的な部分だけではない、深く紐解くためにも読んでもらいたい内容です。時代を生きる作家の大衆との共鳴や葛藤が見え隠れしてくるような気がします。そして生み出される大切な作品のひとつひとつ。

 

 

プロデューサー列伝 No.48
久石譲が提示する、音楽映画という名のエンターテインメント。

久石譲監督作品/音楽映画『Quartet カルテット』

久石譲監督作品『Quartet カルテット』が公開されている。若手音楽家たちが、同じ大学で学んだ仲間と巡業旅行を経験し、コンテスト出場をめざす青春映画。日本では初めての本格的音楽映画として注目を集める作品だ。

「『ここに泉あり』という、群馬交響楽団が再生するまでを描いた映画がありました。とても良い作品でしたが、あまり注目されなかった。そして、日本ではその作品くらいで、本格的な音楽映画はほとんどありませんでした。実は、世界的にも数は少ない。『レッドバイオリン』などが、数少ない音楽映画といえる作品ですね」

音楽映画の定義とは?

「音楽が主役になっている、ということ。物語に音楽がからんでいるとか、主人公が音楽家というだけでは音楽映画にはなりません。音楽がドラマとからんでクライマックスに向かっていくような映画を、私は音楽映画と呼ぶことにしています」

「整理すると、音楽とストーリーが密接にかかわっていること、音楽が台詞の代わりになりえていること、この2点に集約されます」

音楽が台詞の代わりになるというのは、どういうことなのか?

「たとえば『もののけ姫』の戦闘シーン。戦闘シーンですから、ジョン・ウィリアムズ調の勇壮な管弦楽を構想するのが普通だと思います。ですが私は、あのシーンを山神たちの集団自殺だと解釈しました。そしてレクイエム(鎮魂曲)を作曲しました。たとえば、そういうことです」

 

音楽映画を成立させるために脚本も共同執筆

音楽に関する造詣も深い映画。ということは、観る側を選ぶということになるのであろうか?

「そんなことはありません。テレビシリーズ『ER』を思い浮かべてください。あの作品では登場する医師たちが専門用語を使いまくりますね。でも、だからといって医学知識のある人にしか楽しめないドラマなのかというと、まったく違う。会話の内容は理解できなくても、登場人物が怒っている、困っているということはちゃんとわかります。音楽映画の構造は、あれによく似ています」

「今回の作品でも、クラシックがアッパーカルチャーとして描かれていたら観客の共感など得られません。共同執筆した脚本では、そのことを重視しました。さらに言えば、脚本がしっかりしていなければ音楽映画は成立しないと考えていたんです」

できあがった脚本をベースに、もちろん全曲、約40のオリジナル曲を自ら書き下ろした。

「作曲をしながら考えたこと。一音楽プロデューサー、作曲家として受けた依頼なら、たぶん断っていただろうなあ(笑)です。想像以上にたいへんな作業だった。オペラの作曲を依頼されたら、たぶんこんな仕事量になるのだろうと感じました。たいへんでした」

監督はもちろん、脚本、音楽をひとりで手がけた経験は貴重なものだったはずだ。

「もちろんそうですね。つくづく感じたのは、脚本づくりと音楽づくりがまったく別物だということ。この2つを同時にこなすことなんて、まず無理な話ですね」

苦労した点は?

「まったく誰も、音楽の心配をしてくれなかったこと!(笑)。当然と言えば当然ですが、音楽プロデューサーである私が撮る映画ですから、『久石に任せる』ということになる。誰ひとりとしてアドバイスも苦言もくれません。本当に孤独な作業がつづきました」

「通常の映画は、映像の編集が終わってから音楽をつくります。でも、今回は、脚本をもとに作曲し、録音を完了させ、撮影はそのスコアに合わせて進めました。ほかの現場と決定的に違っていて、役者もスタッフも、もちろん監督も、もっとも労力を費やしたのはそこでしょうね。各シーンは録音された音楽の長さに即して◯分☓秒と時間まで決まっていますから、スクリプターが楽譜を絵コンテ代わりに現場をコントロールすることになりました」

 

なぜ音楽家は映画のメガホンを取ったのか?

ところで、『Quartet カルテット』の公開で私たちの多くは今、心の奥底に”音楽家/久石譲が映像作品をつくった”ことの相関関係に思いをめぐらせている。それを唐突に感じる者は、なぜ彼が異ジャンルに進出するのか?という動機、いきさつを知りたくなる。

結論から言うと、それはいたく自然な流れに乗って行き着いた場所だということ。さらに言えば、1998年には長野パラリンピックの総合演出を手がけ、『Quartet カルテット』のあとには福島県/うつくしま未来博・ナイトファンタジアの総合プロデュース&演出を手がけ、同イベント上映用の短編作品『4 MOVEMENT』も監督している。これらの経緯を見知っている者には、大きな違和感のある話ではない。つまり、総合クリエイター/久石譲の可能性に期待する関係者が多くいて、それに応えた新たな取り組みは『Quartet カルテット』以前から始まっていたのである。

「映画監督に関しては、自分から積極的にアクションをおこしたわけではありません(笑)。ずいぶん前から期待してくださる方、やってみないかというお話があり、次第に機が熟していった結果こうなったということですね。幸いにして私の中に、具体的なアイデアもあった」

「もちろん、宮崎駿さん、北野武さん、大林宣彦さん、澤井信一郎さんといったそうそうたる監督たちの作品に参加させてもらったことの意義は大きい。諸監督たちと仕事をごいっしょさせていただいているうちに映画に対する造詣、興味が深まり、それが『Quartet カルテット』を手がける動機のひとつになったことは事実です」

疑問への答えは、こんなコメントでも返ってきた。

「パラリンピックの総合演出を手がけたころ、自分の中に、音楽だけでは解決できないこと、欲求があると気づきました」

手がけるチャンスを得たときに、ふさわしい準備、あるいは蓄積がなされているか?それが異分野に進出するクリエイターに問われることだと思う。久石氏の場合、それは十分になされていたようだ。

「『Quartet カルテット』の成否のひとつは、登場人物の演奏シーンにかかっていると確信しました。ですから役者のトレーニング、そしてシーンのトリックには力を入れた」

「まず演奏トレーナーには役者が楽器を弾けるようにするのではなく、”弾いているように演じる”ことを教えてもらいました。役者たちは彼のもとで最低1ヵ月間のトレーニングを積んで、撮影に挑んでいます」

「たとえば、役者が演奏しているふうの表情をアップで見せ、切り返しでプロの演じている手元だけを見せるというカット割では、観る人誰もが『編集で見せていますね』と興ざめしてしまう。ワンカットで登場人物が演奏するシーンを成立させるためには、まず役者のトレーニング。しかし、それでも追いつかないほどの演奏技術が必要なパートがあることもわかっていましたから、そこは撮影のトリックを入れる計画を立てました。技法は複数。完全な種明かしをしてはつまらないので、たとえば2人羽折り、たとえば合わせ鏡、そんな技法を用いているということだけお伝えしておきます。時間をかけた創意工夫ばかりで、その分できばえも良かったと自負しています。ぜひ、映画館で演奏シーンを堪能していただきたいですね」

 

ポップフィールドに立つ音楽家の創作モチベーション

久石氏は、自らを「芸術家ではない」と公言している。

「私は、自分のいる場所をポップフィールドだと思っています。芸術家は、自分のことを掘り下げて、それを表現できればOK。でも、ポップフィールドでの創作活動は、ビジネスです。『売れてなんぼ』という言葉そのものですね。ただし、大衆に迎合するという意味ではない。言い方を換えれば、人に受け入れられるのが最低条件だけれど、受け入れた人が救われたり、何かを学べるクオリティを兼ね備えていなければならない。とても難しい目標です。でも、難しい目標だからこそ、やっていて面白いんです」

芸術家を否定しているわけでも、拒否しているわけでもない。

「私は、20代で芸術家としての活動をし尽してしまいました。音楽大学在学中からミニマル・ミュージシャンという前衛芸術に没頭していて、乱数表を用いて作曲する(笑)なんていうラジカルなことをやっていた。30代が近づいたある日、『もういいかな』と思って、それを機に、芸術とはきっぱり手を切りました」

そんな久石氏は今、『Quartet カルテット』、『4 MOVEMENT』という演出作品のリリースを一区切りに、本来の”ポップフィールドに身を置く”音楽家に戻ろうとしている。10月30日に名古屋を皮切りにスタートした『JOE HISAISHI SUPER ORCHESTRA NIGHT』がその第1弾だ。

「思い返せばここ数年、プロデュース、演出という仕事のラッシュの中にいました。もちろんその途中で『BROTHER』、『千と千尋の神隠し』といった映画音楽の仕事もこなした。そういう時期を過ごした後、湧き上がってきたいちばんの欲求がピアニスト/久石譲としての仕事でした。ずいぶん長いことプレイヤーを休んでいたなあ、というのが率直な感想。ピアノレッスンとともに体力づくりにも取り組んで、ツアーを心から楽しむための準備をしています」

今後の予定は?

「まずは目前の『JOE HISAISHI SUPER ORCHESTRA NIGHT』に全力投球します。それ以降は、これまでのように映画音楽にも取り組みますし、チャンスがあれば映像作品も手がけたい。仕事への意欲はますます高まっていくでしょうね」

一連の監督経験を経て、特に映画音楽のしごとには新たな視界が開けているという。

「まず、脚本の読み方が変わりましたね。これまでも十分に読み込んで取り組んでいたつもりでしたが、メガホンを取ってみて、監督という立場でかかわってみて、まだまだ読み込みと理解が足りなかったことを痛感しました」

「もうひとつは、映画監督は音楽監督にもっと要求してもいいんじゃないかということ。音楽が映画でできることは、もっとあるのだと実感しました。映画監督が要求すれば、もっと良くなるはずです。あるいは音楽監督が映画監督から引き出せる部分もあるかもしれませんね」

音楽というフィールドを媒介に映画への情熱を育てた作家の次回作に期待したい。そして、監督という貴重な体験をたずえさた音楽家の今後の活動にも興味が尽きない。そして何より、ここから先、既成の枠や肩書きにとらわれない総合クリエイター/久石譲氏の繰り出す創作の数々を心待ちにしていよう。

 

人に受け入れられるのが最低条件だけれど、受け入れた人が救われたり、何かを学べるクオリティを兼ね備えていなければならない。とても難しい目標です。

(ディレクターズマガジン 2011年11月号 より)

 

Blog. 「ショパン CHOPIN’ 1991年3月号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2017/08/01

音楽誌「ショパン」1991年3月号に掲載された久石譲インタビューです。内容は同時期に発売されたばかりのオリジナル・ソロアルバム「I AM」についてです。制作過程の記憶が新しいとても貴重なインタビューです。

 

 

風の流れを感じさせる

この2月22日に発売される東芝EMIソロ移籍の第1弾アルバムのタイトルは『I AM』。今までに自分のやってきたものの代表作にしよう、これこそ久石譲——This is HISAISHI JOE——といった意味で、名づけた。

彼の名をポピュラーにしたのは、おそらく宮崎駿のアニメーション映画「風の谷のナウシカ」の音楽だろう。それ以後、宮崎さんお映画の音は彼が手がけている。その他昨年は「タスマニア物語」、今年はこの4月公開の「仔鹿物語」。だが今回の作品は、そういったフル・オーケストラの音楽から離れて、よりシンプルなピアノとストリングスを中心とした作品に仕上がっている。

「ストリングスはロンドン・シンフォニーとロンドン・フィルのメンバーに協力してもらいました。ロンドンの——特に弦の音は、僕の求めている音に合うんです。録音はアビィ・ロード・スタジオ。あそこはね、ルーム・エコーが非常にいいんですよ。ピアノのパートは日本で録音しました。ピアノはベーゼンドルファー・インペリアル。低音部分にこだわってみたので」

今後のアルバムでは、”ピアニスト・久石譲”という部分を追求してみたのだという。だがもう少し、よく聴いてみて欲しい。さり気ないフレーズの中に、”アレンジャー・久石譲”の小憎らしいまでの閃きが見えてくる。

「結構ね、難しいことやってるんですよ。普通だったら使わないような手法とか。でもさすがに向こうの人たちはその意図をわかってくれて、のってやってくれた。イギリス人のユーモアというか、あけっぴろげなアメリカとはまた違って、楽しい共同作業になりました」

久石さんのサウンド——というとやはり注目するのがメロディだ。耳に心地よく、覚えやすく、ついつい口ずさんでしまう。そのメロディに絡み、隠れ、時には主導権を握るリズムは、異国的であり、そしてどこか懐かしい気持ちさえ呼び起こす。「風の流れを感じさせる音楽家」だという。しかしその風は、砂と岩の間を吹き淀む乾いた赤道の風ではなくて、旅行記を記すように、草原の羊の群を追い、沢を走り、砂を巻いて吹き抜ける季節風なのだろう。そこに留まらず、でもすべてを見霽(はる)かし、孕んでいる。

久石譲の”代表作”『I AM』。あなたも、風の流れを感じて欲しい。

文:渡邉さゆり

(音楽誌「ショパン 1991年3月号」より)

 

 

 

Blog. 「読響シンフォニックライブ 2012年8月15日」 放送内容

Posted on 2017/08/01

2012年8月15日、日本テレビ系「読響シンフォニックライブ」にて久石譲が出演しました。

 

読響シンフォニックライブ 「深夜の音楽会」

[公演期間]  63 読響シンフォニックライブ「深夜の音楽会」
2012/5/30

[公演回数]
1公演(東京オペラシティコンサートホール)

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:読売日本交響楽団

[曲目]
第1部
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
久石譲/シンフォニア-弦楽オーケストラのための-
第2部
ショスタコーヴィッチ/交響曲第5番 ニ短調 作品47

 

 

公式番組ホームページからの放送内容をご紹介します。

 

≪久石譲自作曲「シンフォニア」演奏!≫
1曲目は久石譲さんの指揮で、久石さん自作の「シンフォニア~室内オーケストラのための~」をお送りしました。

久石さん作曲の「シンフォニア」は、久石さんがおよそ30年ぶりに書いた純音楽の作品。現代音楽の作曲家として活動を始めた久石さんが得意とする、「ミニマル・ミュージック」という作曲スタイルが取り入れられています。

 

久石譲インタビュー

Q.「ミニマル・ミュージック」とは、一体どこに注目して聴けば よいのでしょうか?

久石:
このシンフォニアというのは全3楽章から出来ていて、1楽章目が「パルゼーション」。これは「パルス」ですね。四分音符のタン・タン・タン・タン、八分音符のタン・タン・タン・タン、三連符のタタタ・タタタ、十六分音符のタタタタ・タタタタ。そういう色々なものがただ組み合わされて、パーツで見ると何をしているか非常に明解な曲なんですね。それから2曲目の「フーガ」というのは、朝礼で使われる「ドミナントコード」というのがあるのですが、この和音ばかりを繋げて出来ています。普通ドミナントいうのは必ず解決しますが、これは解決しないまま次々と行ってしまうんですね。3曲目の「ディヴェルティメント」は、「ミニマル・ミュージック」と「古典」の音楽を融合させています。テーマは単純に第九のモティーフと一緒です。これを使って出来るだけシンプルに構成する。僕がやっているミニマル・ミュージックというのはあくまでもリズムがベースになるんですね。それを徹底してやろうと思いました。

 

Q.「崖の上のポニョ」や「さんぽ」を書いた久石さんと、「シンフォニア」を書いた久石さん。 同じ方が書いたとは思えない作風の違いですが、作曲するうえでスタンスの違いはあるのでしょうか?

久石:
どちらが大変かと言ったら、確かに物量的におたまじゃくしの数が多い方が書く大変さに比例するんですね。大量の音符を扱う分だけ時間は掛かるし手間隙が掛かります。ただし「ポニョ」や「さんぽ」でもああいう曲を書くとなると、その大元が新鮮でなかったら誰も歌ってくれないんですね。方や「シンフォニア」のようにものすごく構築して自分の世界観を出すのも、シンプルに書くのも同じくらい大変なんですけど、どんな場合でも今作ろうとしている音楽にちゃんと命が吹き込まれて楽曲になるまでを考えると重みは一緒だと思います。だからこそチャレンジしています。

 

≪ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」≫
2曲目は、ドビュッシー作曲「牧神の午後への前奏曲」をお送りしました。

Q.久石さんは“作曲家”として「ドビュッシー」をどのように とらえていますか?

久石:
この曲は小節数にするとそんなに長いものではないんですが、この中に今後の音楽の歴史が発展するであろう要素が全部入っていますね。音楽というのは基本的に、メロディー・ハーモニー・リズムの3つです。メロディーというのはだんだん複雑になってきますから、新しく開発しようとしてもそんなに出来やしないです。そうすると「音色」になるわけです。この音色というのは現代音楽で不協和音をいっぱい重ねて特殊楽器を使ってもやっぱり和音、響きなんですね。そうするとそっちの方向に音楽が発達するであろう出だしがこの曲なんだと思います。20世紀の音楽の道を開いたのはこのドビュッシーの「牧神」なんじゃないかなと個人的にすごく思いますね。

(読響シンフォニックライブ より)

Blog. 「キーボード・マガジン 1994年4月号」久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/07/02

音楽雑誌「キーボード・マガジン 1994年4月号」に掲載された久石譲インタビューです。

 

 

”脳と心”というテーマの今回の方が内容がウェットな分だけ、音楽は非常にドライなアプローチでいこうというのはありました

自分の感覚でかけたいBGMとして成立するよう気を付けた

●NHKスペシャル「驚異の小宇宙・人体」は内容もさることながら、映像も音楽も素晴らしかったですね。久石さんは、前回から音楽を担当されてますが、今回リリースされたアルバム『脳と心 BRAIN&MIND サウンドトラック VOL.1』はその続編のサントラということですよね。今回はテーマも”脳と心”という、かなり難しいものですが、いかがでしたか?

久石:
「前回の方が非常にヒューマンでメロディックにいっちゃったんでね。でも、きっとNHKとかレコード会社の人達っていうのはあのラインを望んでたと思うんですよ。だけど、やっぱり同じ路線を2回やるとね、良くて前くらいね。越えることはほとんど不可能なんで、アプローチはやっぱり変えなきゃいけないと思ってたんです。結局”人体”っていうのは肝臓だとか、腎臓っていう部品というか、部分をやってる分には確実にできるんだけれども、”脳と心”っていうのはね……どうやって人を好きになるのかっていうような、非常に抽象的な世界に入るんですよ。」

「ただ、脳の問題を扱わない限り人体はわからないっていうのはあって、いつかはやろうという話はしてたんです。だけど、基本的に実体があまりないもんだから、いわゆるメカニズム的な実体の追及が非常に難しい分だけ、今回のもやっぱりどちらかというとヒューマン・ドキュメントみたいになっちゃってるんだよね。つまり、例えばどこかに障害を持ってる人が出てたりとかね。」

 

●実際、番組ではそういった人々が実例として登場しますね。

久石:
「そうそう。ああなってしまうと、一歩間違えるとヒューマン・ドキュメントになってしまって、科学番組にならない。実際、そういう傾向があったんでね。前回は非常に科学番組的なニュアンスが強かったんで、音楽はヒューマンに攻めた。だけど、今回はヒューマン・ドラマになってる分だけ、音楽は非常に引いてね、もっと違ったアプローチでいこうと。ただ端的に言っちゃうと、クールな気持ちっていうかね、突き放したアプローチっていうか。そういう方が多分、良くなる。もうひとつ言うと、”脳と心”っていうテーマの今回の方がウェットな分だけ、音楽は非常にドライなアプローチでいこうというのはありましたね。」

 

●実際の映像はどの程度ご覧になってから、お作りになってるんですか?

久石:
「ほとんど見てないです。それと同時に、状況的に今回はロンドンで作らなければならないということもあったんでね。映像はもうほとんど勘でやってます。」

 

●ロンドンで作るっていうのは久石さんのスケジュール的なものですか?

久石:
「ええ、他の仕事との絡みもあって。もうこのままロンドンで、それこそソロ・アルバムとの絡みもあったんで、とにかくロンドンでやろうと。そういうことが基本にあったんで。逆に、変に日本人的情緒に流されないで済むから、きっといいものができるだろうっていうのもありましたね。実際の話、向こうに行って……日本の音楽レコーディング業界とその状況と、ロンドンのレコーディング状況ってやっぱり違うんですよね。日本は、もうどうでもいいものまで全部デジタル、デジタルって言ってる。でも向こうはまだデジタル・レコーディングって、ほんとに2割か3割だから。だから、ヒューマンな味っていう意味で言うとね、逆に内容が非常にハウス的であったりとかいろいろしてても、アプローチとしての音の肌触りは暖かい方がいいんで、あえてアナログで全部通すとかね。そういうような方法は、いろいろ細かくやりましたね。」

 

●こういったドキュメンタリーなどの音楽を手掛けるにあたって、いつも心掛けていることってありますか?

久石:
「基本的には、アルバムとしてまずキチンと聴けることっていうのがありますね。音楽的にまずしっかりしていること。それからもうひとつ、ファンタジーっていうか、いろんなことを想起できるような内容にするっていうことですか。その2点にすごく気を付けてますね。だから、例えば今回の場合は、いかにもNHKというようなヒューマン・ドキュメントみたいなものよりは、自分の部屋で、自分の感覚でかけたいバックグラウンド・ミュージックとして成立するようにするっていうことに気を付けたんですよ。それこそ、そのまま”人体”って言っちゃったら、なんか「人体だ? どんくさいなぁ」みたいな感じがするけど、”BRAIN&MIND”っていうことでひとつの環境……バックグラウンド・ミュージックっていうふうにとらえても、絶対聴けるものをっていうのはすごく意識して作りました。そのくらいやらないと、前回と変化がないですしね。」

 

●実際に音楽を付けた完成版をご覧になってると思うんですけれど、感想はいかがですか?

久石:
「やっぱりこのアプローチで良かったなっていう気がする。そうしないとけっこうベタベタした関係になっちゃうと思うんですよ。前回みたいなね、ヒューマンな音楽が入るとね。だから、このくらいのアプローチをしておいて、ちょうど全体が良くなった。僕が作った音楽と映像がけっこうよく絡んでるんで、すごく満足してますけどね。」

 

●実際あの映像と久石さんの音楽が、本当に素晴らしい効果を上げていると思います。

久石:
「ありがとうございます。こういうような質がある程度保てたものを、キチンと手を尽くしていかないとね。今、TVってどうしてもお手軽なものになり過ぎてるから、あんまりTVはやりたくなかったんですよ。だから、こういう良質なものがあれば、キチンとやっていこうっていうことでね。こういうのをやらせていただくと、こっちもすごく嬉しいですよね。今、映画がね、すごくつまんなくなっちゃったから、内容的にね。その分、こういう質のいい番組とかってやっていかないと、つまんなくなっちゃうような気がするよね。」

 

ソロ・アルバムには足掛け3年もやってます

●ところで、久石さんのソロ・アルバムの方はいかがですか?

久石:
「ぜんぜんダメです(笑)。」

 

●いつ頃から着手されてるんでしたっけ?

久石:
「一昨年の10月かな(笑)。そう、今井美樹さんのロンドンでのプロデュースが終わって即レコーディングに入って、それからまあ、やってたはずなんだけど。途中でいろいろと、映画だとかねなんかがごちゃごちゃしてて、今日までまだ。でも、珍しいんですよね。いつもね、3,4曲できたら、もうアルバムに入って、ガッと終わってんだけど。珍しく、もう20曲を越えてるのに、まだ入りたくないっていうか、入れないっていうか……。」

 

●それは、自分の中の問題ですか?

久石:
「うん、中の問題だね、根本的に言うと。だから、たとえば今ソロに入ると、「あっ、『プリテンダー』ってアルバムを越えないな」とかね、自分の今までの「あ、ここまでだな」っていうのが見えちゃうんですよ。で見えちゃうとね、けっこうそこに飛び込めなくなるね。ソロ・アルバムなんて、結局どこかで覚悟みたいなものじゃないですか。自分で「これはもう、こうだ」と、「これが、正しい」と思えば、もう何も問題ないことなんだけれども、「果たしてこれでいいんだろうか」とかね、「自分とは何だろう」って考えた瞬間からそれに対して、確信犯にならない限りは、制作に入れない、そういう感じはする。だから、逆に今回の「脳と心」とか、映画の「水の旅人」だとか、あるいは中山美穂さんのための曲っていうのは、そういうものを与えられてっていうか、決めて、それに作曲家としてアプローチ、あるいはプロデューサーとしてアプローチするには、何にも支障ははないんですけどね。その辺が難しい。」

 

●「今、自分が作るソロ・アルバムだ」というのが、一番の問題というか、大きいわけですね。

久石:
「大きいよね。でも、一日一日と日が経つにしたがって、難しくなっていく気がするよね(笑)。早くやっちゃわなきゃと思うんだけど。でも今年は、それも入れて2枚やりますよ。その、足掛け3年やってるヤツを早目に決着つけて。で、その後に『ピアノ・ストーリーズ』を、再び完全なソロでね、”パートII”を出す予定ですから。やらなきゃいけないことはいっぱいあるんだけどね。」

 

●今は何に着手されてるんですか?

久石:
「今はね、某国営放送の(笑)、この「人体」じゃないですけども、朝の連続ドラマ(の音楽)っていうのを引き受けちゃったんでね。」

 

●春の新番組ですね。

久石:
「4月からの。「ぴあの」っていうタイtルなんで、「これはもう、ピアノで弾くしかないでしょう」みたいなのがあって(笑)。それのテーマを作ってるところかな。でも、飽きちゃうよね。絶対飽きると思うね、自分で(笑)。」

(キーボード・マガジン Keyboard Magazine 1994年4月号 より)

 

 

 

補足です。

インタビューに出てきた作品をピックアップします。

 

話の中心となっていたのはこのCD作品です。

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1』

Disc. 久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1』

 

その前作がこちら。

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体 Vol.1』

Disc. 久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体 サウンドトラック / THE UNIVERSE WITHIN 』

 

当時制作中だったソロ・アルバムというのがこちら。

地上の楽園

Disc. 久石譲 『地上の楽園』

 

インタビューのなかに前作を越える越えないの例えで出てくるのが、ソロ・アルバム『PRETENDER / プリテンダー』(1989)です。でも、この時点で前作に位置するのは『MY LOST CITY』(1992)。新作に向けた構想のなかで、『MY LOST CITY』のようなシンフォニックな作品ではなく、前衛的なサウンドかつヴォーカルも絡めた作品になるというイメージがこの時すでにあったのかもしれませんね。

そして、ソロ・アルバム制作期間のなかで、同時進行で手がけていたのが映画『はるか、ノスタルジィ』(大林宣彦監督)、『ソナチネ』(北野武監督)、『水の旅人 -侍KIDS-』(大林宣彦監督)などです。ちなにみ中山美穂さんは映画主題歌を歌っていました。「あなたになら…」という曲名で、久石譲コンサートではオーケストラによるシンフォニックな「For You」という楽曲でたびたび披露されています。

今も変わらぬ怒涛のような音楽制作年表は1990年代ディスコグラフィーにて。

Discography 1990-

 

今井美樹さんのオリジナル・アルバムにして久石譲プロデュース作品。

今井美樹 flow into space

Disc. 今井美樹 『flow into space』

 

NHK連続テレビ小説「ぴあの」

久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

Disc. 久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

 

そして、結果的には1-2年遅れて満を持して結実したピアノ・ストーリーズ。

久石譲 『PIANO STORIES 2』

Disc. 久石譲 『PIANO STORIES II ~The Wind of Life』

 

インタビューで話題にあがった作品をピックアップしただけでも、こんなにもバリエーションに富んだ音楽を一人の作曲家が作っているとは思えないほど。しかも1990年代だけで、もっというと1994年前後の数年間だけで。

ぜひこのなかから気になった1枚でも聴いてみてください。

 

 

Blog. 「KB SPECIAL キーボードスペシャル 1988年1月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/07/01

音楽マガジン「KB SPECIAL キーボードスペシャル 1988年1月号」に掲載された、4ページに及ぶ久石譲インタビューです。

 

 

HARDBOILED SOUND GYM by 久石譲

第1回 熱烈OPEN記念インタビュー
「久石譲のPOP断章」

ボクたちにとって音楽には好きな音楽と嫌いな音楽、この2種類しかない。どうでもいい音楽…? それはどうでもいい。要は、好きな音楽をもっと楽しむためには、そしてもっと好きになれる音楽を自分でどう創り出すか。そのためにはまだ獲得できないでいるいろんなテク、これをなんとか手に入れたい。そこでっ!当編集部では、スーパー・コンポーザー久石譲氏の門を叩くことにした。今回はそのイントロダクション。久石氏の音楽観を伺ってみることにした。

 

■久石さんの音楽的な姿勢
それまでの流れを変えるような音楽を作りたい

-久石さんがミニマル・ミュージック以前に影響を受けた作曲家、お好きな作曲家というと、どんな人たちなんですか。

久石:
「それはもう大勢いるんだけど……、たとえばブラームスも好きだったし、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンも好きだったし。日本人で言えば武満徹さん、松村禎三さん、三善晃さん…みんな研究したからね。過去、勉強で深く聴いた場合もあるし、この楽曲が好きだからと研究したこともあって、影響ということでいうと、ほんとにいろいろある。でも、ミニマル以前で、まぁ、けっこう好きだったりした人と言えば、ジョン・ケージだろうね。思想的な影響を受けたのはケージ。シュトックハウゼンには、そんなにのめり込まなかったね。非常に理論がはっきりしていてそれを前に押し出すというか、それによって変革している人たちは好きだった。それは、今、ロック/ポップスに対しても変わらないのね。ボクがポップスでやりたいことっていうのは、それまでの音のあり方が変わっていく人が好きなわけで、変わるようなことをやりたい。

すごく身近かな例で言えば、ザ・パワー・ステーションによってドラムの音が変わったでしょ。理論的にはたいしたことないんだけど、変わった。あるいは、YMOが出たことによって、テクノ・ポップという感じで変わった。あのベースになっていたものがクラフトワークであろうとなんだろうとね。ボクはクラフトワークにもすごいショックを受けたけどね。

ともかく一つのエポックになってスタイルを変換できる力のある音楽というのがすごく好きなんだ。その姿勢は現代音楽にいたときも現在も変わらない。」

 

-その姿勢が基本にありながら、でも、たとえば映画のサウンドトラック、アニメーションのサウンドトラックなどの場合はどうなんですか。

久石:
「歌ものでない限りまったく同じ。まったく規定するものはない。いつもフリーな気持でやってるよ。」

 

■作曲家の領域、聴き手の可能性
音楽は理論だけでは説明つかないけれど…

-音が頭の中で鳴るというのはどういうことなんでしょうか。ボクらはいつも、実際にレコードから聴こえてくる音を追ってアーティストの頭の中まで入り込み、それをなんとか言葉に置き換えようと考える。でも、いつも、言葉や譜面からこぼれ落ちているものがあり、それに気づきながら、それをフォローする方法を模索し続けているようなところがあるんですね。

久石:
「まず、”その瞬間”ボクらの頭の中に浮かぶものって、ボクらの頭の中でも不定形だよね。しかもそれが毎回同じ要領で浮かんでくるわけじゃない。これは言葉に置き換えられるような作業とは別のところで動いているものだと思う。すると、やっぱり何か伝え切れない、ボクらにしても。この曲のこのかんじが浮かんだ核はと考えたとする。でもその浮かんでる瞬間というのは何も考えてない、真空状態と同じ。ただ、ある瞬間、たとえば指がアルトに触れた瞬間、シンセで音を捜しているとき、たまたま鳴ったその音をおもしろく思ったそのとき。これを後でなら、その瞬間のことを思い出して理論は組み立てられる。高い音があって低い音がこうあって、真ん中はなかった。だからちょうどその音でサウンドが構築できた、とか。でも作ってるときというのは、もっと違うところで動いていると思う。」

 

-たぶんそういうものでしょうね。でも、理論で説明できそうなことや、テクニカルな点から解明できそうな部分がまだまだそのままの状態にあるような気もするんです。

久石:
「はっきり言ってテクニカルなことでこなせる部分でできなくって、思ってる音に行きつけない。そういうものに対しては完全にアドバイスできるよね。」

 

-そういう点をボクらはもっと開拓して行きたい、と考えているんですが…。

久石:
「作家のフィールドというのがある。それは作家一人一人の独占的な部分だけど、本来それは言葉に置き換えるのはラクなんだよね。ボクなんかは理論的なタイプのほうだから、説明しやすい。でも、ふつうのメロディー・メイカーの多くは、何も言えないかもしれないかもしれないけどね。

それと、創作の上で、絶対言葉で表現できないことってあるんだ。絵にしろ何にしろ。でもそこは、だから作家の領域だと言って聖域視してそのあいまいな部分をそのままにしていたら何も始まらないんでね。だから、理論的であるっていうことは、絶対言葉に置き換えられるってことだし。かなりの部分。自分なりにつきつめているつもりでいるから、それはできると思う。」

 

-歌になるとどうでしょう。ポップスの名曲に関する普遍的な要素をファイルしていくようなことができないかとも考えるんですが。

久石:
「うん、歌ものっていうことになると、比較的理論が成り立ちづらい。というのは、まず音楽というのは、完成度が高くて次元が高ければ、やっぱりいい音楽なんだ。」

 

-インストゥルメンタル、器楽曲ですね。

久石:
「ん。ところが、歌になると、プラス詞の要素、歌う歌手のキャラクターが入ってくる。すると、優秀な楽曲と詞があって、歌手もうまい。それじゃヒットするかといったらそうじゃない。もっと別な要素が入ってくる。だから音楽理論だけでは説明できないことも出てくるんだよね。」

 

■コード・ネームの限界
コード・ネームは響きの可能性を規制する?

-まず手始めに、コード・ネームと和音の関係をどう考えればいいのかを教えてください。ポップスのフィールドでは、コード・ネームを手がかりに作られていく音楽がたくさんありますね。そしてそれらの現場では、コード・ネームによって実際に鳴らされる和音はさまざまである、と。

久石:
「ボクもずっとコード・ネームは使ってるけどね。でもボクは、コード・ネームと和音は違うと思っている。Cはドミソだけど、そのCと書いてしまうドミソとドとミとソは違うんだ。だから、それは確実に使い分けている。

コード・ネームというのはそもそも両刃の剣で、単なる記号としてはいいんだけど、記号性があるものほどニュアンスはふっとばしてしまう。

たとえば弦のアンサンブルで考えてみようか。弦の場合、ドミソという和音はくっついて団子になった状態だと鳴りが悪い。だから当然一番低いド、オクターブ上のド、5度上のソを鳴らして、それから6度上のミを鳴らす。

これは確かにコード・ネームで言えばCなんだけど、ふつうのCでくくられるCとは意味が違ってくるよね。もっと言えば、そこに同じCでも”レ”を入れておいてもいいわけなんだ。それでもCなんだ。ふつうはレが入れば9thとか+2とか言うけれど、でも、それは、ただたんに9thと言った場合の9thと、この場合に”レ”が入るというのとはほんとは違うんだ。ドードーソーレーミと鳴らして、Cの”鳴り”を作ったとしても、Cというコード・ネームはそういうニュアンスまで伝え切れないでしょ。」

 

-そういうふうに音を配分することは、なんて呼ぶんですか?

久石:
「単に”音の配置”。だからコード・ネームでしか書けない人は、その程度の音しか出せないから、つまんないよね。」

 

-とすれば、1つのコード・ネームから、いかに豊かな音を鳴らせるかが、プロとアマの分かれ目ということになる…?

久石:
「ところが、たとえばCーFーG7ーCというのがあったとする。それは、実はそういうふうに行かなくてもいいんだ。基本的には。だって目の前には茫洋といろんな音がある。なのにそれをいつのまにか理論によって規定されたところで使っていることになる。

ところが、理論というのは、それをとっぱらったところにも面白味はあるわけだ。すると、コード・ネームというのは便利なもので、音楽が商業ビジネス化していく上で大きな功績はあったんだけど、切り捨てたものも大きいという気がするね。

だから、今でもボクが大切にするのは手クセなんだ。Cと書いてあったら、もう自然に右手の配置がシーレーミーソと弾くことが当たり前になってたり、あるいはシーレーミーラになってたりとか……。で、これは、単純にモードと片づけて欲しくない部分っていうのが出てくる。難しい問題だけどね。一人ひとりの感覚でえらく違っていいと思うし。

ボクはスタジオ・ミュージシャンの人をあまり使わないんだけど、それは、そういうことまで指定しきれないから。つまり、けっきょく自分でシンセでやっていったほうが、そういうニュアンスが出やすいということになる。」

 

-そのニュアンスを出すのは手クセ…、つまりその音の配置というのはその人の好みということでしょうか。

久石:
「響きに対する好み、だよね。ただ、ボクの場合は今、リズムを主体にしていてコード・ネームにはほとんどこだわってないから、譜面にはCーFーG7としか書いてなくて、ただし、素直にその音を弾く人は使わない、とか、そういう非常に単純なことしか考えていないんだけどね。」

 

■ストリングス・アレンジについて
弦というのはひと筋なわではいかないけれど

-ボクらはつい一言でストリングス・アレンジと呼んでしまうんですが、そのとき、生のストリングスを使うときと、シンセのストリングスを使うときでは、どのくらい考え方が違うんですか。

久石:
「うーん。共通する部分もあるし、違う部分もあるね。」

 

-その両者の使い分け方はどういうふうに決めるんですか。

久石:
「シンセがいいと思えばシンセ、生がいいと思えば生にするし……。フル・オーケストラがいいと思えば、日フィルとか東フィルを使うこともあるし、あるいは弦のスタジオ・ミュージシャンを使うこともある。そして、サンプリング楽器で弦をやるときもあれば、プロフィット5でやるときもあるし。それはもうどういう音楽を望んでいるかで全然変わるからね。」

 

-それぞれ持味があって別のものだ、と。

久石:
「うん。というか、パレットだからね。何種類あってもいいよね。それを全部同じパターンで書くヤツがいたら、それはたまんなくイモということになるよね(笑)。」

 

-となると、久石さんに生のストリングス・アレンジの秘訣を教えてもらったとしても、それをそのままシンセ・ストリングスのアレンジ法には応用しにくいということになりますか?

久石:
「うーん…。その前に、生のストリングス・アレンジをする上で、どうしてもうまくいかないポイントがあったとしたら、その解決法は教えてあげられると思う。」

 

-漠然としていては答えられない、と。

久石:
「ケースが変わると全部音が違ってくるからね。それと、ボクは生まれてこの方、生のストリングスをダビングで2回重ねて作っていったことは1回もないからね。全部”生”!」

 

-1発!?

久石:
「ただ、とっておきの話があるんだ。以前、ある仕事でスタジオに弦を仕込んだらどこかで間違えて、ダブル・カルテットが入っちゃってね。ほんとはもっと大きな編成を頼んでたんだけど、えらく人数が少なくなっちゃった。でも、その編成が鳴らした音はまったく大きな編成でやったものと変わらなかった。そのときのスタッフはみんな、6 – 4 – 2 – 2の編成で、盛大に人がいる、と思ってた。」

 

-そういうテクニックもある!?

久石:
「うん。書き方なんだけどね。ただこういうのは、ボクなんか4歳か5歳の頃からバイオリンをやってるから、弦の響きの良さを出すポイントがどこにあるか知ってるわけ。

たとえばCーdurで良く鳴る配置(音符の配置)を単純にDーdurに上げたら、もう鳴らない。全然ダメなんだ。開放弦の問題も出てくるしね。開放弦にいかに引っかけるか。」

 

-開放弦を音の配置の中にいかに組み込むか、ですね。そうなってきたとき、たとえば数ページのマニュアルでポイントを押さえるというのはちょっと難しい。

久石:
「KBをやってると単純だからね。半音ずつずり上げていけば同じ音がすると思っちゃう。ところがとんでもない。弦というのはとんでもないよ。

だから、おそらく優秀な人がボクのところに弟子みたいに入ってきても、3年やっても無理でしょう。裏返せば、すっごい素質のある人なら半年で一丁前に書けるかもしれないけどね。」

 

■オーケストレーションとは
オーケストラには、なぜいろんな楽器が使われるのか

-すると、それが管弦楽にまで発展させようとしたらもっとたいへんになっちゃうでしょうね。でも、たとえば、ラベルの管弦楽曲は、もともとはピアノ曲という場合が多いと思うんです。それならば、ラベルのピアノ曲と管弦楽曲を対比させて、彼の管弦楽法から、シンセ・ストリングスや、シンセ・ブラス”鳴らす”コツをいくつか引き出せないか、などと考えているんですが……。

久石:
「だいたい作家というのは自分に手になる楽器で曲を作っていく。ボクらはKBで先に曲を作る。ラベルにしても、あの人はピアノの達人だからピアノから作っているだろうね。で、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を管弦楽曲に仕上げた。といっても、そこには、その作品がいい作品だ、という以外にそんなに深い理由はないと思うんだ。しかも、その”いい作品”というのも、自分の管弦楽の色彩をバッと人に聴かせるのに都合のいい曲だ、と。むしろあれほどのナルシストだからほんとに自分のことしか考えていなかったんじゃないかな。だから平気で「ボレロ」なんか作るわけ。

「ボレロ」というのは単純でしょ。メロディーが単純で繰り返していくから耳はどうしても音色にいく。う~んときれいなメロディーで盛り上がるわけじゃないから、もうオーケストラの技術で盛り上げるしかない。で、そういう圧倒的な自信があったから、ああいうチャレンジをし、しかも応えてしまった。」

 

-すると、オーケストレーションというのは、音色の組合せ方と、音の配置の仕方ということになる…。

久石:
「いいオーケストレーションというのは、ピアノとまったく違うんだ。これはもうボクらもそうだけど、学生時代に、たとえばベートーベンのピアノ・ソナタをオケにするという課題がある。そして、そのときピアノの音をオケに移し変えるということをする。そうすると鳴るハズがないんだ。オーケストラになぜ木管があり、金管があり、弦があるのか? ただ、ピアノの音域を移しただけだったら、鳴らない楽器さえ出てくる。」

 

-鳴りが悪いというか、場合によっては音を出せない楽器もでてくるわけですね。

久石:
「オーケストラには小さな音もあれば大きな音もある。独特の音の世界の重ね合いなんだ。そこが難しいところでね。」

 

-まず、そういう大前提を踏まえていないと話にならないというところですね。

久石:
「だから、KBをやってる人は、なんでもいいから、生楽器をひとつマスターしておくといいね。」

注)
Durは長調の意味。C-durはハ長調、D-durはニ長調。

(「KB SPECIAL キーボードスペシャル 1988年1月号」より)