Overtone.第13回 ピアノの響きについて考える (雑誌コラム紹介)

Posted on 2017/11/15

ふらいすとーんです。

今回はちょっと音楽的にがんばって掘り深めていきたいと思います。ピアノの音のつくり方、響きのつくり方です。ピアノに限らずどの楽器にも言えることですが、たとえ同じ楽器でたとえ同じ楽曲を演奏したとしても、弾く人によってその音・響きは大きく異なります。なぜそうなるのか?それを言葉で説明することはとても難しい、説明する以前にどこまで本質的に理解しているかというステップもあり。

久石さんのピアノもまさに説明不可能な領域を多く含んでいて、たとえ自分が作曲したものでなかったとしても、久石さんがピアノを弾けば、やっぱりそこには久石譲独特の音や響きが広がります。この魔法はどうやってかけられるのか?

CDを聴くたびに、コンサートで体感するたびに、いつもこの不思議な魔法に魅了されます。そんなところに、とてもわかりやすいコラムを読むことができたので、それをもとに学びを深めていきたいと思います。クラシック音楽専門誌「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」に連載されている小山実稚恵さん(ピアニスト)によるエッセイです。

 

 

クラシック音楽専門誌「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」

ピアノと私 第33回 小山実稚恵

他の楽器・声との共演 ”合わせもの” ②

声楽、そして弦・管楽器で出来るのに、ピアノで出来ない2つの大きなことがあります。それはビブラートをかけること、そして音程を作ることです。この2つをピアノでも自由に使うことができるなら、ピアノの演奏ももっともっと自在になるのにと、声楽家や他の楽器の奏者を羨ましく思うことがあります。

ビブラートは音楽表現の大切な手段。声楽家が言葉に感情を込める時、ビブラートを上手く使うことができるかどうかで、感情表現はずいぶん違ってきます。限られた母音の中に、如何に自分の気持ちを託すことができるか。それが個性となり、音楽の表現手段となるのです。ビブラートのかけ方ひとつで、歌詞が胸に飛び込んできたり、感情が揺さぶられたり。

ビブラートの振れ幅、細かさ、長さやタイミング、音楽性がそこから見えてくると言っても過言ではありません。大胆で劇的なビブラートもあれば、品格の高いビブラートもある。時には、全くビブラートを使わないほうが良い場合だったあるわけですから。声楽家、弦楽器や管楽器の奏者が使うビブラートは、自分の気持ちを表現するための大きな手段なのです。

残念ながらピアノはビブラートをかけることができません。一度出してしまうと音の修正は効かない。無念に思いますが、その分、気持ちでビブラートをかけようと思います。「ここでビブラートをかけたい」と強く願って鍵盤をタッチするなら、ピアノから出るさまざまな倍音が、多少であってもビブラートをかけてくれる、そんな気がするのです。タッチは気持ちで作る、というのが私の持論ですが、「こんな音を出したい」とタッチに気持ちを込めるなら、指(というよりも身体)はそういう音を作ってくれると信じています。

そしてもうひとつ、音程について。現代のピアノは平均律で調律されています。1オクターブは12音で、音は鍵盤通り。ドの鍵盤を弾いたらド、レならレの音が鳴ります。ところが声楽や弦楽器は、自分自身で音を作るから、全ての音と音との間に音が存在する。音程は無限大なのです。音程を取る(作る)難しさがある代わりに、最高に美しい音程を作り出すこともできる。偉大な声楽家や演奏家たちの、何とも言えない音程感覚を耳にすると、私はいつも痺れてしまいます。平均律にはない響き、ハッとするような美しいハーモニーを感じた瞬間に鳥肌が立ち、そういう音程を何とかピアノでも作り出せないかと思うわけです。

一般的にはピアノの音程は決まっているものなのですが、私はピアノであっても、演奏次第で微妙な音程調整ができる気がしています。鍵盤にふれる時に、どの倍音を強く出すかを意識してタッチし、ペダルを踏むタイミングやペダリングの工夫をすれば、物理的にも音程は微妙に変化します。また和音を弾く場合でも、どの音に力点を置くのか、そして、それぞれをどのような音色バランスで鳴らすのか等、倍音の響き具合を上手に利用すれば、美しい音程を作り出すことができると思うのです。音程の決まっているピアノであっても、音程を作ろうと努力することは大切なことなのです。

合わせものをする時には、ソロとは違う判断力が必要となります。タッチを変え、相手の音程との関係を探る。バランスよく、相手と素敵な響きで音程を合わせることができると、最高の感覚に包まれます。共演者の方は、ピアノの音を聴きながら自分の音を判断して音程を作っているはずです。こちらもビブラートを感じ、音程を感じて、お互いを聴き合い、感じ合う。”合わせもの”をすると、音楽の初心に戻ることができるのです。

(「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」より)

 

 

いかがでしたか?

このお話を何回も何回もくり返し読むと、なにかわかったような見えてくるものがあるような気がしてきます。なるほど、ビブラートと音程に対するピアノの制約があったとして、それを克服し表現しようとするペダリングやタッチの強弱、そこから生まれる響きと倍音。

このあたりが掘り下げていくキーワードになりそうです。

 

 

お題1. ドビュッシーにみる和音と響き

ドビュッシーの和音はとても緻密に計算されています。左右両手の和音が乱れることなくピッタリ合うと、きれいな倍音が鳴るようにできています。ショパンやドビュッシーなどペダルや響きにこだわりの強かった作曲家は、楽譜に細かいペダル奏法の指示も残していたと言われます。ピアノという楽器の発達も影響しているのですが(バッハの時代はペダルがなかった、だから音を伸ばす効果をピアノは持っていなかった、トリルという隣り合うふたつの音を連打するのは、音を伸ばす代替とも言われています)、以降の印象派ロマン派においてもペダルを獲得したこと、イコール響きの可能性や多彩な表現力の追求へとつながっていきます。

ピアノ曲ではないですが、「牧神の午後への前奏曲」/ドビュッシー という管弦楽作品について。久石さんがTV音楽番組「読響シンフォニックライブ」(2012)で演奏したときのインタビューでもドビュッシーについて興味深く語られています。

 

「この曲は小節数にするとそんなに長いものではないんですが、この中に今後の音楽の歴史が発展するであろう要素が全部入っていますね。音楽というのは基本的に、メロディー・ハーモニー・リズムの3つです。メロディーというのはだんだん複雑になってきますから、新しく開発しようとしてもそんなに出来やしないです。そうすると「音色」になるわけです。この音色というのは現代音楽で不協和音をいっぱい重ねて特殊楽器を使ってもやっぱり和音、響きなんですね。そうするとそっちの方向に音楽が発達するであろう出だしがこの曲なんだと思います。20世紀の音楽の道を開いたのはこのドビュッシーの「牧神」なんじゃないかなと個人的にすごく思いますね。」

(読響シンフォニックライブ より)

 

 

お題2. 倍音

ここは通りたくないけれど通らないと進めない。久石さんの力を存分にお借りしたいと思います。

 

「まず音の問題。音とは空気の振動である。もう少し厳密にいうと、空気の圧力の平均(大気圧)より高い部分と低い部分ができて、それが波(音波)として伝わっていく現象である(『音のなんでも小事典』日本音響学会編)。まあ太鼓を叩くとそれが振動し、周りの空気も振動し、それが我々に伝わるということだ。」

「そして楽音を含め自然界の音はすべて倍音というものを持っている。それも限りが無いくらい。」

「では実験。今あなたはピアノの前に座っている。ちょうどおへその辺りにあるドの鍵盤を右手で音が出ないように静かに押さえる。そしてオクターヴ低いドの音を左手で強く弾いて、あるいは叩いてみよう。すると、あら不思議!強くて低いドの音が消えた後に弾いていない上のドの音がエコーのように聞こえるではないか!これは下のドの音に含まれている倍音と上のドの音が共鳴したために起こることである。つまり下のドの音には、第2倍音としてのオクターヴ上のドの音、第3倍音のオクターヴと5度上のソなど、限りなく色々な音が鳴っているのだ。もちろん上に行くほど音は小さくなり音程の幅も小さくなる。」

「実は人類はこの倍音を長い年月をかけながら発見していくのだ。例えば真ん中のドの音を男の人と女の人がユニゾンで歌うと、この段階でもうオクターヴ違うのであり、先ほどの第2倍音の音を歌ったことになる。これは整数比で1対2だ。そして500年くらいかけて(という人もいるが定かではない)人類は第3倍音であるソを発見する(整数比で2対3)。」

(講義はまだまだつづく…)

Blog. 「クラシック プレミアム 39 ~ドビュッシー~」(CDマガジン) レビュー より抜粋)

*この音楽マガジンに2年間連載された久石譲エッセイは再構成・加筆され「音楽する日乗」(小学館)として書籍化されています。

Book. 久石譲 「音楽する日乗」

 

TV音楽番組「題名のない音楽会 久石譲が語る歴史を彩る6人の作曲家たち」(2016年5,6月2週連続)に出演した際にも、実際にピアノに座って倍音の作り方を実演されていました。百聞は一見に如かず、とてもわかりやすかったですね。

 

 

お題3.ピアノと調律

現在久石さんが愛用しているピアノはスタインウェイ。初期の頃はベーゼンドルファーに比重が大きく、このふたつの銘器を楽曲ごとに使い分けていたほどです。

 

「レコーディングには約3年程かかりました。1986年秋、ロンドンのサームウェストスタジオで、Resphoina、Lady of Spring、Green Requiem、そしてInnocentの4曲をベーゼンドルファーのピアノで、残りの曲はその後1988年1月、東京でスタインウェイのピアノで録音することが出来ました。」

久石譲 『piano stories』

 

「ストリングスはロンドン・シンフォニーとロンドン・フィルのメンバーに協力してもらいました。ロンドンの——特に弦の音は、僕の求めている音に合うんです。録音はアビィ・ロード・スタジオ。あそこはね、ルーム・エコーが非常にいいんですよ。ピアノのパートは日本で録音しました。ピアノはベーゼンドルファー・インペリアル。低音部分にこだわってみたので」

久石譲 『i am』

『I am』(1991)

 

 

ピアノの好みの響きについて、こんな興味深いインタビューもあります。

 

「僕のスタジオにあるスタインウェイがすごく気に入っています。今のスタインウェイってペダルがきつくて、カクンカクンと持ち上がるんですが、今僕が使っているモデルは、どちらかというと昔のタイプなので、ペダルのスプリングがすごく弱いんです。だから自然にペダル操作ができる。あと、音もきらびやかじゃなくて、ホワンとしています。僕がアルバムでピアノを弾くときは、ほとんどそのピアノですね。ただ、楽曲によってもっと派手な音が欲しいときは、別のスタインウェイを用意してもらうこともあります。あと、好きなのはアルバム『ETUDE』などで使ったオペラシティのスタインウェイ。あそこのピアノはすごくいいですよ。最近はベーゼンドルファーを全然弾かなくなっちゃいました。低音鍵盤があるモデルではその分響きが豊かだから、昔は好きだったんですけどね。理想のピアノは真ん中から低い音がベーゼンで、高い音がスタインウェイ(笑)。」

Blog. 「キーボード・マガジン 2005年10月号 No.329」 久石譲 インタビュー内容 より抜粋)

 

 

ここまでこだわってます!

 

「やはり僕はピアノがメインなので、”これしかない”という響きのピアノに出会いたいといつも思ってます。「アシタカとサン」では生ピアノのマイキングに凝って録りました。マイクの位置をミリ単位で変えてみたり、蓋を外したりしていろいろ実験してみたんです。ピアノは譜面台を外すだけでも音は変わりますからね。調律師には”果物が腐る直前のような音”にしてくれと頼みました。ピッチがズレる直前というギリギリの感じですね。」

Blog. 「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

ほかにもピアノにまつわるエピソードはたくさんあるのですが、お題「ピアノと調律」に振り返ると、楽器選びから、演奏や録音時のセッティングやマイキング、調律による音のニュアンス。自分の求める音に対して、自分のなかで響いている確固たる音に対して、実際の音や響きを近づけようとする過程を読みとることができますね。音程がつくれないピアノに対して、久石さんならではの音程のつくり方、生まれる響きや倍音の土台づくりとも言えるのかもしれません。奥が深い。

 

 

お題4. 久石譲ピアノは再現できるのか?

たとえば、久石さんの演奏CDを機械を介して数値化できたとします。音の強さも音の伸ばし方も音符ごとにすべてきれいな数値に表されたとします。じゃあこのとおり弾けば久石譲と同じピアノの響きになるかと言われると、近づくことはできるかもしれませんが、きっと同じにはならないですね。それは上に書いたピアノという楽器選びもあります。同じブランドであったとしてもグランドピアノは一台一台に性格があり個性としての響きがあります。

もっと大切なこと、それはやはり弾く人そのものが音として表れるからです。根本的にいえば、手の大きさ・手のかたち・指の曲げ伸ばし、このあたりが鍵盤のタッチに影響してきます。指使い・姿勢・椅子の高さ・体と鍵盤の距離感、このあたりが強弱や力のかけ方に影響してきます。それにペダルなどを加えると響き方や倍音に影響してきます。、、と勝手に思っています。

つまり弾く人に注目したとしても、いろいろな要素が絡み合って、素性・テクニック・感性の集合体として一音が生まれる。その人の音をつくっている。僕はこれを総称して”手クセ”と言っています。久石さんの指10本のそれぞれの指力の差、指使いのクセによるメロディの強弱、ドミソという和音を弾くにしても、3つの音のどの音にアクセントを置きたいかで、響き方や倍音の強弱にも影響してくる。一番強く叩かれた音が倍音効果も高いからです。

指使いのクセと書くとなんだか染みついてしまったもののように聞こえるかもしれません。それもあります。もうひとつ大切なのは、メロディーラインからみて模範的な指使いがあったとしても、ここの音でこんなニュアンスを出したいから、この音は小指が適している。といった、自分の指1本1本のタッチの特徴や長所を知っていいるからこその、”手クセ”です。

 

今回題材とさせてもらっているコラムにもわかりやすくありましたね。おさらいでもう一度。

 

「タッチは気持ちで作る、というのが私の持論ですが、「こんな音を出したい」とタッチに気持ちを込めるなら、指(というよりも身体)はそういう音を作ってくれると信じています。」

「一般的にはピアノの音程は決まっているものなのですが、私はピアノであっても、演奏次第で微妙な音程調整ができる気がしています。鍵盤にふれる時に、どの倍音を強く出すかを意識してタッチし、ペダルを踏むタイミングやペダリングの工夫をすれば、物理的にも音程は微妙に変化します。また和音を弾く場合でも、どの音に力点を置くのか、そして、それぞれをどのような音色バランスで鳴らすのか等、倍音の響き具合を上手に利用すれば、美しい音程を作り出すことができると思うのです。音程の決まっているピアノであっても、音程を作ろうと努力することは大切なことなのです。」

(「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」より)

 

 

深い、深すぎる。

自ら作曲した楽曲だからこそ、つくりたい音・つくりたい響きが明確にある。そしてCDやコンサートでも、ピアノをフィーチャーしたい楽曲は必ず久石譲自ら演奏する。伴奏やパートのひとつに徹している管弦楽作品や、指揮との両立で指揮台とピアノの行き来やタイミングが難しい場合などをのぞいて。

CDによる演奏も、コンサートによる演奏も、ニュアンスの違いこそあれ、楽曲を大きく包む響きはまさに久石譲ピアノそのものです。作曲当時の演奏と時を経て今の演奏、そのときどきの想いや年を重ねてきた年輪によっても紡ぎ出される音は変化しています。ライブであれば、観客の反応やその場の特別な雰囲気によって一期一会の音楽がうまれます。

「One Summer’s Day」の最後、たっぷりと響かせた低音の上に、高音がやさしくかけ上がっていきます。もともと久石さんは低音をたっぷり聴かせることが多い奏法だと思います。土台としてどっしり安定するからというのもあるでしょうし、低音の響きや倍音効果もあるのだと思います。作曲家としてピアノのみならずオーケストラ楽器やオーケストレーションを熟知した久石さんだからこその奏法であり響きです。

広がる水面に大きな音滴(低音)がどっぷり沈みこみ緩やかで厚みのある波形を生みだす。そこに小さな音滴(高音)が降りそそぎ細かい波形が幾重にも広がる。そして大小さまざまな波形がおり重なり交錯しまたぶつかり新しい波形をつくる。こうやってできた水面のゆらぎの瞬間こそが響きであり、倍音である。—というのは僕のイメージの世界です。

 

 

お題5. 管弦楽における響きと倍音 *宿題

ラヴェル「ボレロ」は、同じメロディーが楽器構成を変化させ、繰り返され徐々に盛り上がりクライマックスへむかう名曲です。この楽曲にも倍音効果を巧みに意図したオーケストレーションが施されているとなにかで読んだことがあります。

ベートーヴェン「交響曲第7番」第4楽章では、従来ベース伴奏のような役割の多かったコントラバスという低音弦楽器、ベース伴奏ではなく独立した旋律をあたえ、そのフレーズがくり返されることで独特なうねりとなって、緊張感や高揚感をもった響きとなっている。とこれもなにかで読んだ記憶です。

とすると、ミニマル・ミュージックというのは、フレーズを反復させる・フレーズをずらすわけですから…。同じ音がくり返される、同じ音の倍音もどんどん増幅されていくことになり…。和音じゃないにしても響きがかさなりハーモニーのようになり、倍音をうみやすい、それが独特の響きやうねりという覚醒効果をもたらし…。

これ、宿題です。いつかまた、いつかきっと。

 

 

今回は、だいぶん役不足なお題に足を踏み入れてしまいました。結局答えは導き出せたのか?と言われたらもちろんそんなことはありません。小さな、でもたしかなきっかけをひとつ学んだような気はしています。答えは見つからなくても学びや好奇心がもらたすもの、今まで聴こえていた音にも変化が起こっている、そう思える瞬間がきっとあります。

僕は最近思うんです。久石譲音楽についてリスト的な資料的なことであれば紙平面上である程度把握できたとして。それってあまり大切なことではない。情報を知るのと知識を深めることの差のように。ひとつを掘り深めること、たくさんに広がりを持たせること、深さ広さその両方が音楽の豊かさを二次元から三次元へ、平面から立体へとかたちづくられていくように。

久石譲とはこういう音楽だ、こういう傾向だ、と軽くかんたんに手で丸めてしまえるものではない。もっと知りたい、もっと感じとりたい、なにか新しい発見があるのかもしれない。このほうが楽しいですね♪

わかった気になることはそこで学びや感受性の限界をつくってしまうことになる。それはとてももったいないことです。そんな安易なものでは決してないのが久石譲音楽だとも思っています。わかった気になること、わからないとさじを投げること、好奇心の最大の敵だ!—と言い聞かせながら。久石さんの音楽の魅力を語りたい、でも言葉でうまく表現できない、このやきもき感が得も言われぬ醍醐味なのかもしれません(マニアックなファン心理 笑)。果てしないフィールド、これからも四方八方紆余曲折Overtoneしていこうと思います♪

それではまた。

 

reverb.
「久石譲 in パリ」(11/18再放送・NHK-BS)で聴くことのできる「One Summer’s Day」久石譲ピアノソロ極上の響き、今の久石さんだからこそ紡ぎだされる音。とびきりの魔法をぜひ♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Overtone.第12回 W.D.O.2017 特別企画《チャット・アンケート》結果発表!

Posted on 2017/08/30

ふらいすとーんです。

夏の恒例コンサート「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ」、2017は国内5都市・韓国で開催盛大に終わったばかりです。「W.D.O.2017」ツアー期間にあわせて、ファンサイトでもはじめて参加型イベントを企画しました。8月1日から8月20日まで多くの人に参加閲覧してもらいありがとうございました。

今回はその振り返りと結果発表です!

一番最後に次へ向けてアンケートあります♪

 

 

W.D.O.2017 特別企画!『久石譲ファンのためのチャット』

コンサートツアー期間中の専用チャットルームです。コンサートの感動をリアルタイムに刻んでほしい、ファンのあいだで感動を伝えあいたいと開催しました。コンサートを日常生活のなかの大きなイベントとして、記念と思い出のあしあとに楽しく参加してもらいたいと気軽に書きこみやすいものにしました。

 

ふらいすとーん 08/01 – 00:20
久石譲ファンサイト響きはじめの部屋 ふらいすとーんです みんなで久石ファンを久石譲音楽を楽しみましょう 言葉想いを響かせ響きあいましょう

fan_354 08/01 – 02:16
일본어로 써야하나요?? 일본어 잘 못하는데
(日本語で書かなければならないですか? 日本語うまくない)

fan_787 08/01 – 18:38
두근두근
(ドキドキ)

fan_318 08/02 – 19:23
WDO 2017 첫번째 공연이 시작됐겠네요 두근두근
(WDO 2017 最初の公演が始まったんですね ドキドキ)

Tendo 08/02 – 20:20
번역 감사해요 !: D 저는 오늘 발매한 앨범 듣고 있어요
(翻訳ありがとうございます!私は今日発売されたアルバムを聞いています)

fan_768 08/02 – 21:11
北野映画サイコー!!Summer跳ねるし、HANAーBI染みるし、キッズリターンのビートハンパない こんなにたくさん生で聞けてマジ来てよかった!このナツkitano BESTリピートだな( ̄▽ ̄)

fan_303 08/05 – 19:08
生演奏、やっぱり何回聴いてもいいなって思う まだまだ感動の余韻にひたっています

fan_875 08/05 – 19:28
今回のWDOはここ四年で1番良かったですね、アジアシンフォニーとディープオーシャンがそれを演出してる!明日北九州開催されますように

fan_240 08/06 – 18:05
北九州オールスタンディングオベーションでした\(^o^)/鈴木プロデューサーもとってもやさしいナレーションでジブリコラボに大満喫です!トトロにまた会いたくなりました

Tendo 08/07 – 02:30
혹시 콘서트가 끝나면 사인도 받을 수 있나요? 어떻게 해야 할까요 …: O
(コンサートが終わってからサインをもらうことはできますか?どうしたらいいでしょう)

ふらいすとーん 08/07 – 12:29
書きこんでくれた人ありがとうございます とてもうれしいです アンケートも少しずつ声が集まっています。ぜひチャットもアンケートも楽しく参加してください 久石さん関係者のみなさんも気になるんじゃないかな~、いろんな声を聞きたいんじゃないかな~ 届けましょう♪

fan_793 08/07 – 18:31
@fan_240: 大阪公演でもスタンディングオベーション!最後の最後まで会場中が熱かったです

fan_483 08/08 – 18:51
アンコール二曲は大阪のみ!みなさん知ってました?

Tendo 08/09 – 00:02
For you를 연주할 때 울어버렸습니다… 너무나 감동적인 공연이었습니다! 라이브로 곡을 듣는다는 것은 안제 들어도 좋군요!
(For youを演奏するときに泣いてしまいました すごく感動的な公演でした!ライブで曲を聞くことはとても良いですね!)

ふらいすとーん 08/10 – 21:11
@Tendo: 韓国公演はスペシャルなうえに熱狂的公演だったみたいですね @fan_483: そうなんですよねっ 残すは東京ファイナル、アンコールも気になります会場一体となって素晴らしいコンサートになりますように!

Tendo 08/14 – 14:12
서울 마지막 공연도 앙코르가 두 곡 이었습니다
(ソウル最後の公演もアンコールが二曲でした)

fan_251 08/17 – 09:16
TRI-ADがCDに収録されたのがすごく嬉しい でも、やっぱり生で聴くのは格別

fan_872 08/20 19:18
去年は行けなかったWDO公演、今年こそは!とずっと思っていたので、その分感動もひとしお コンサートの日を待っていた時間も、コンサートを楽しんでいた時間も、振り返ってみるとあっという間に過ぎてしまったように感じるけど、この夏一番の思い出になりました。

 

 

書きこんでくれた久石さんファンの方、ほんとうにありがとうございました♪

こうやって想いを自分のなかで具現化すること言葉にすることって、とても大切なことだと思います。人それぞれ感じ方や表現のしかたも違う、そこがいいところです。「コンサートよかった」とひと言で終わらせてしまうのか、「なにが、どう、どうして」と心に聞いてみることは、自分でも気づかなかった感動がかたちづくられてきます。

 

昨年「W.D.O.2016」はTwitterに無数に放たれたコンサート感想を拾い集めました。今年はまとめることはしませんでしたが、いろいろなたくさんの声おもしろかったです。

 

なぜこんなことをしているの?

それは、ひとりひとりの感動や体験を集めたいから残したいからです。TwitterなどSNSはその膨大な量と時間で流れていってしまいます。僕は「久石譲コンサートの個人体験」にフォーカスして拾い集め過去と未来をつなぐコレクションになったらいいなあと思っています。

それは、久石譲コンサートとはどういうものだったのか記録を残したいからです。観客の声や反応はそのときしかない高い純度で解き放たれます。僕は「久石譲コンサート」にフォーカスして映像・音源・観客・記録、あらゆる角度からフルパノラマ!音楽遺産として未来へ刻まれたらいいなあと思っています。

 

あなたのコンサート・レポート募集!

自分が行くことのできた久石譲コンサートはレポートするようにしています。もし誰かに少しでも伝わり共感してもらえたらうれしいな、と毎回かなりのエネルギーを注ぎ(書くこと・表現すること・まとめること、苦手です)、記すことでやっとコンサート・イベントが完結するそういう儀式サイクルでやっています。とても大切な時間です。

 

本当は、ファンサイトでそんな僕のコンサート・レポートだけじゃなくて、もっとたくさんのコンサート・レポートがファイリングできるようになったらいいなあと、ず~っと前から思っています。よくありますよね、ファンクラブ会報とかでファンのコンサート感想が集まったページ、そういうの読むだけでも楽しくないですか。「ほかの人はどんなこと感じたんだろう?なにに注目して気づいたんだろう?」とか、自分になかった追体験ができる。そう同じ体験をしている人の異なる感性を知る共有できることで、個人体験の感動や記憶がどんどん膨らんでいく。パーソナルとコミュニティがクロスオーバーする瞬間です。

うーん、なんか小難しい言い方になっている。わかりやすく一人で体験したことは一人の感動。誰かと体験したことは自乗の感動。「これ楽しかったよね、こんなことあったよね、あの時はすごく感動したよね」と記憶をひもとき話し共鳴することで、ずっと残るしどんどん思い出として輝き膨らんでいきますよね。

さて、「久石譲ジルベスターコンサート2016」ではファンサイト・コンタクトページから素敵なお手紙をいただきました。すでに紹介して読んでくれた人も多いと思います。僕は自分の書いた文章とんと読み返すことはないですけれど、こうやって人が書いた文章って何回も読んでしまう、いいな~って。

 

あなたもコンサート・レポート書きませんか?ファンサイトで刻ませてくれませんか? 僕のようにムダに枚数多くなくても、Teporingoさんのようにしっかりとしたものじゃなくても全然OKです。そう、ちょっとした日記を書くような心持ちとページで気軽に楽しく書いてみてほしいなあ、と心から思っています。SNSでも発信できるし個人ブログに残してる、そんな人もいると思います。「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」へ提供するメリット、それは確実に久石譲ファンが見てくれるということです♪

 

 

 

W.D.O.2017 連動企画!『久石譲ファンのためのアンケート』

久石譲ファンを楽しむアンケートです。みんなの回答もリアルタイム更新でオープンに共感して盛りあがりたいと開催しました。伝える機会のない想いもファン同士なら受けとめてくれる、久石さんにめぐりめぐって届く!かもしれない。ファンサイトだからできる、そんなアンケート企画です。

 

Q1.どの公演に?
・東京 (8票)
・神奈川 (8票)

・大阪 (6票)
・次回は行きたい! (5票)

・福岡 (3票)
・広島 (1票)
・韓国 (1票)

 

東京公演、神奈川公演に行った人の参加が多かったのかな、コンサートに行かない人も参加してくれて、海をわたって韓国からも、ありがとうございます♪

 

 

Q2.コンサートについて?
・よかった (12票)
・次回は行きたい! (4票)

・ふつう (0票)
・よくなかった (0票)

 

それぞれに大満足のコンサートだったんですね。「次回は行きたい!」ぜひ来年のW.D.O.コンサートは叶いますように♪

 

 

Q3.久石譲ファン歴は?
・11~15年 (5票)
・6~10年 (4票)

・0~5年 (4票)
・26~30年 (3票)
・31~35年 (2票)
・16~20年 (1票)
・21~25年 (1票)

 

えーっとえーっと、と指おり数えながらありがとうございます。まったく結果の予想できない質問だったんですけれど、なるほどかなりまんべんなく広がっていました。

ここではもっとも多かった「11~15年」、スタジオジブリ作品でいうと映画『千と千尋の神隠し』(2001)や映画『ハウルの動く城』(2004)、久石譲オリジナル・アルバムでいうと『ENCORE』や『ETUDE』、あとは!久石譲音楽の代名詞のひとつ「Oriental Wind」(2004/サントリー伊右衛門CM曲)がお茶の間に流れだしたとき。なるほど、ある意味なっとくの結果でした。

それ以後も新しいファンを常に獲得していることもわかりますし、「31~35年」にふたりも、すごい。なにはともあれ、一度ファンになったらずっと追いかけている聴きつづけていることがわかる貴重なうれしい結果となりました。

 

 

Q4.好きな作品(曲)は?
・アシタカとサン
・アシタカとサン(基本もののけ姫全て)
・Orbis
・この空の花
・感-feel-
・水の旅人
・Silent Love

・ナウシカ(特に「ナウシカレクイエム」、「鳥の人」)
・Summer
・Kids Return
・かぐや姫の物語
・LINKS
・Mt.Fuji
・Dawn Flight
・DEAD組曲
・A Chinese Tall Story
・Drifting in the city
・アシタカせっ記
・人生のメリーゴーランド

 

本来Q4以降の質問はみんなの「記入式回答」にしたかったんですけれども、どうしてもツールのデメリットで先に記入回答した人のものが、質問欄に選ぶ選択肢として表示されてしまう。というわけで、同じ曲だったならそれでよかったんですけれども、ちょっとわかりにくかったですね、すいません。

便宜上、票数の多かった曲目順、また複数曲回答OKでたくさん書いてくれた人のものは、すべて一曲ごとに集計しています。(Q5以降も同じです)

さすがバラエティに富んだ回答で、宮崎駿監督作品・北野武監督作品はもちろん、オリジナル作品や隠れた名曲もたくさん入っていますね。ここではひとつひとつ解説できません、ぜひサイトにある検索窓で気になった曲を調べてみてください♪

 

 

Q5.コンサートで聴きたい作品(曲)は?
・THE INNERS
・タスマニア物語
・世界遺産のテーマ
・二ノ国
・Kids Return
・Oriental Wind

・交響組曲アリオン
・Orbis 全曲版
・Dawn Flight
・Drifting in the city
・ソナチネ

 

往年の名曲たちたくさんですね。音楽活動の長い久石さん、コンサートで選曲される機会が減ってしまうのはしょうがないところもあります。このなかから最新の久石譲コンサートで幻の名曲たちとふたたび会える日を夢みて。そう、「View of Silence」や「Asian Dream Song」のように♪

 

 

Q6.リリース(CD化)してほしい作品は?
・Asia
・Untitled Music
・Winter Garden
・ジブリ美術館のBGM
・ディープオーシャン
・Mt.Fuji2016
・Adventure of Dreams
・Overture-序曲-
・海洋天堂
・Orbis 全曲版
・地上の楽園ツアーのライブ音源(存在していればの話ですが)
・螺旋
・トゥーランドット

 

こんなにあるんですねー!いえ、もっとありますよー!このなかからひとつでも多く音源化届けられる日を僕も強く願っています。なんでCD化されていないのか不思議なくらい傑作ばかりです。「W.O.D.2017」で世界初演された「ASIAN SYMPHONY」が早速最も多い声、タイムリーかつ観客のたしかな反応ですね♪

 

 

Q7.ここでもコンサートしてほしい!
・京都
・奈良
・静岡
・浜松
・長崎

 

「コンサートに行くのはちょっとした旅行だよ」なんて大きな距離を移動している人も多いと思います。それもまた楽しいでしょうし、スケジュールや行程むずかしい人もいると思います。わが住む街でコンサートが開催されたらうれしいですよね。超多忙な久石さん、オーケストラスケジュール、会場規模、なかなか今のスタイル久石譲コンサートで全国各地はむずかしいかもしれませんが、いろんなかたちで触れる機会がふえるといいですね♪ 小編成アンサンブルで全国廻るとか、主要都市開催各2DAYSにして近隣都市からも足を運ぶ可能性を広げるとか。久石さんのコンサート競争率高すぎますからね♪

 

 

Q8.フリーメッセージ
・そろそろメロディフォニー2を完成させて下さい!次はジブリや定番曲入れない久石譲作品が聴きたいです!*

・コンサート前にしっかり聴きこめなくて、曲が終わったときの拍手が全部出遅れてしまいました、ごめんなさい!久石さん、よかったらコンサート前にCD出して当日まで楽しみにしながらたくさん聴きたいです。コンサートはオーケストラのきれいな音に包まれて、終わるたびに一番に大きな拍手します!╰(*´︶`*)╯♡

・長生きしてください(笑) ジブリ交響組曲化プロジェクト、全作品の完成気長に待ってます♪

 

この質問では「コンサート感想、一番印象に残った曲、久石さんへの想い伝えたいことなど」フリーでどうぞとしていました。いわば公開ファンレターですね(^^) 久石さんへめぐりめぐって届きますように♪

 

後記。

チャットもアンケートもどんなふうにできるのか、そのツール探しに苦労した7月でした。チャットはきわめて簡易的なシンプルなものがよく、掲示板やBBSといったコミュニティというよりも、一方通行でも書きやすい書き残しやすいものにしました。

アンケートは、回答結果がリアルタイムに共有できること・記入式回答ができること、この両方を上手に兼ね備えたものがなかなかなくカスタマイズに四苦八苦していました。というのも、僕だけが知りたい見れるんだったら正直やっていません。サイト側で送信吸い込まれて終わりじゃなくて、液晶をとおしてオープンにつながっているそんな状態にしたいなと思っていました。Q4以降の質問はツールの限界もあり、今回うまく機能できていなかったところもあります、すいません。それでも、こんな感じなんだろうと感じとってくれて、楽しく参加してくれて本当にありがとうございました!

 

 

もうひとつ。

チャットについて、あなたの意見を聞かせてください。今回期間限定ということもあってチャットルームを開放しました。ファンサイトに掲示板やBBSは常設していません。それは僕が上手に運営管理できる技量がないからです。

それでも、前向きに機会ととらえると、ファン同士が質問&回答したり、情報がいき交うコミュニティスペースはあったほうがいいのかなと思うときもあります。今回実施したチャットやアンケートで、久石さんファンのたしかな声を強く感じましたし、ファン層や好きな音楽もかなり広がっていることもわかります。「もっと久石さんについて知りたい!なにか手引きがほしい!」となったときに、ファンサイトでも情報は整理していますが、ピンポイントに探すにはあてなき不親切だったり、記録できていない古い情報新しい情報もあると思います。

もし掲示板を開設するなら、今回のような簡易的なものではなく、ちゃんとコミュニティとなって機能しているキャッチボールのいき交うツールと考えています。2ちゃんねるではなくYahoo!知恵袋のような、でもトピック(質問)ありきじゃない基本フリーで時系列のもの、わからないですけれど、いわゆる一般的な掲示板とイメージしています。

そんな掲示板/BBSあったほうがいいですか?(小声で言うと、僕は消極的です、だって円滑に開放できる自信が、、ない)(でも、今回のチャットみんな健全にルール守って楽しく参加してくれたしなー)…自問自答…堂々巡り

 

 

そこで!

結びにかえて、「W.D.O. 2017 特別企画!& 連動企画!」のお礼にかえて、次に向けてのアンケートです。

 

Q1.次回W.D.O.ツアー期間もチャット開放してほしい?

 

Q2.掲示板/BBSをファンサイトに常設してほしい?

 

Q3.またアンケート企画開催してほしい?

 

 

みなさんの声をもって慎重かつ大胆に!? 検討します(^^)

 

「こんなアンケート企画やってほしい!」という声もあったらうれしいです!

たとえば思いつきです「久石譲ファンがつくるベストアルバム投票」なんていうのもいいですね。新旧ファンが入り乱れて新しい久石譲名曲との出逢いもあるかもしれません。そして、その投票結果をもとになんとCDアルバム発売します!(妄想)、その投票結果から上位のものを次のコンサートで披露します!(妄想)。はい、そんな力はないです、ごめんなさい (^^;)

でも、夢みたっていいじゃないですか♪ どうぜ届かないとなにも言わないよりも、きっと届かないとなにもしないで諦めるよりも。届くかもしれないと希望をもって楽しんだもん勝ちです(^^) なにかを動かすきっかけになるかもしれない、当初思い描いていたのとのは別のかたちをまとって反映されるのかもしれない、そう思うといつなにがきっかけになるかなんてわからないですよね、わくわくしますね。

ひとりの大切な声、ひとりでも多くのたしかな声、そんな具体的なファン(観客)の声こそ、久石さんへの久石譲音楽への「ありがとう!」のしるしです。

 

 

reverb.
最後のアンケートは期限なしです。気になったとき、思いたったとき、ぜひ1票1声を♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第11回 「余白のある音楽は聴き飽きない」(雑文集/村上春樹より) ~心に音楽を貯め込む~

Posted on 2017/07/27

ふらいすとーんです。

お休みの日、30分くらい心落ち着いたとき、好きな音楽や飲み物と一緒に読んでください。

村上春樹さんの本は好きでよく読みます。この本は、雑誌に掲載されたエッセイから、スピーチやインタビューから、依頼された本の序文・解説などから、お蔵入り・未収録から、いろんなものを「雑多」に集めたその名も「雑文集」です。多岐にわたる文章を、村上春樹の本として整理してまとめたものです。

音楽にも詳しいことで有名ですね。長編小説をはじめ、物語にはよく音楽が登場してきます。ジャンルもロック、ジャズ、クラシックまで。ほんとうにこの人は音楽が好きなんだなあ、というか、村上春樹という人そのものを、また書く文章のリズムやテンポ感までも、音楽がつくっているような気さえしてきます。

 

「雑文集」から、音楽についてのエピソードです。具体的には2005年「別冊ステレオサウンド」というオーディオ雑誌に掲載されたお話です。「わかるわかる!僕もそう思う!」「到底およばないなあ」と、あまりにも共感することが多く、またそれを文章で表現されていることに感動してしまって。ご紹介したいな、と思いました。

22ページに及びます。独断と偏見で切り取ろうかなとも思いました。でもそうすると、変なまとめ記事みたいになってしまう。前後の文脈を省略しすぎることは、作者の意図にも大きく反する可能性もでてきます。なので、なるべくセンテンス・段落ごとに抜粋させてもらいました。その分、少し文字量が多くなっていますが、読み物としては、そちらのほうがテンポよく読みやすいとも思います。(と言いながら、ばっさり半分近く削いだのです、すいません)

なるべく”自分がほしいと思っている”部分だけではなく、全体像がつかみやすいようにしたつもりです。僕が共感した部分、あなたが共感する部分、きっと違うと思います。感想は最後に少し書こうと思いますが、まずはゆっくり読んで楽しんでください。

 

 

余白のある音楽は飽きない 「雑文集」/村上春樹より

~略~

オーディオ雑誌でこんなことを言うのもなんだけど、若いころは機械のことよりも音楽のことをまず一所懸命考えたほうがいいと、僕は思うんです。立派なオーディオ装置はある程度お金ができてから揃えればいいだろう、と。若いときは音楽も、そして本もそうだけど、多少条件が悪くたって、どんどん勝手に心に沁みてくるじゃないですか。いくらでも心に音楽を貯め込んでいけるんです。そしてそういう貯金が歳を取ってから大きな価値を発揮してくれることになります。記憶や体験のコレクションというのは、世界にたったひとつしかないものなんです。その人だけのものなんだ。だから何より貴重なんです。でも機械だったら、お金さえあえば比較的簡単に揃えられますよね。

もちろん悪い音で聴くよりは、いい音で聴く方がいいに決まっているんだけど、自分がどういう音を求めているか、どんな音を自分にとってのいい音とするかというのは、自分がどのような成り立ちの音楽を求めているかによって変わってきます。だからまず「自分の希求する音楽像」みたいなものを確立するのが先だろうと思うんです。

~中略~

そんなわけで僕はレコードを中心に音楽をたくさん聴いてきましたし、もちろんいまでもレコードやCDで音楽を楽しんでいます。そのいっぽうでコンサートにもよく足を運んでいます。レコードに入っている音楽も素晴らしいし、生演奏もいい。音楽好きの中にはコンサート至上主義の人もいるし、また逆にレコード至上主義の人もいるようですが、僕は、この両者は別物だと思うんですよ。どちらの価値がより高いというものではない。あえて言えば、映画と舞台演劇の関係みたいなものかな。で、僕としては、映画ばかり観ている、芝居ばかり行っているということではなくて、レコードとコンサート、そのお互いの関わり合いの中で音楽を見ていきたい、考えていきたい、そう思っているんです。バランスをとることって大事ですよね。

レコードには生演奏にはないいいところがありますよね。例えば何度でも繰り返して聴けること。それから、もういまはこの世にいない素晴らしい演奏家の音楽を聴くことができること。もうひとつ、自分がそれを持っている、その音楽をいちおう個人的に所有しているという実感って大きいですよね。一枚一枚に自分の気持ちがこもっている。さっきも言ったように、ニ八◯◯円のブルーノートのレコードって、高校生の僕にとってはものすごく大きな出費だったんだけど、だからこそ大事に丁寧に聴いたし、音楽の隅々まで憶えてしまったし、そのことは僕にとっての貴重な知的財産みたいになっています。無理して買ったけど、それだけの値打ちはあったなあと。活字がない時代、昔の人が写本してまで本を読んだように、音楽が聴きたくて聴きたくて苦労してレコードを買った、あるいはコンサートに行った。そうしたら人は文字通り全身を耳にして音楽を聴きますよね。そうやって得られた感動ってとくべつなんです。

ところが時代が下ると、音楽はどんどん安価なものになっていった。いまやタダ同然の価格で音楽が配信される時代になった。手のひらくらいのサイズの機械に何十時間、何百時間もの音楽が入ってしまう。いくらでも好きなときに簡単に音楽が取り出せる。もちろん便利でいいんだけど、でもそういうのって、音楽の聴き方としてちょっと極端ですよね。もちろんそういうふうにして聴くのがふさわしい音楽もあると思うけど、そうじゃないものも多いはずです。やっぱり、音楽にはその内容にふさわしい容れ物があると思います。僕はいつもランニングしながら音楽を聴いているので、小さくて軽い装置で、大量に音楽が聴けるというのは、個人的にはありがたいことなんですけどね。

それからたとえば、プーランクのピアノ曲が一枚のCDにぶっ続けに七十分入っているというのは、たしかに情報としては便利で都合がいいんだろうけど、普通に音楽を楽しむ人にとってはやっぱり乱暴ですよね。プーランクは、そういう聴き方をする音楽ではないんじゃないか。あるいは、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』なんかは、A面B面をひっくりかえす間とか、最内周での繰り返しなど、レコードの特質を活かしたつくりがされていて、それをCDで聴いてしまうと「なんか違うな」という感じがつきまとうんです。ビートルズのメンバーが設定した世界が、そこには正確に具現されていないのではあるまいかと。

CDというのはLPに比べれば便利で効率的な容れ物です。でもだからといって、七十何分入るからとにかくぎゅうぎゅうに詰め込んじゃえ、というのではあまりにも発想が安易なんじゃないかな。便利で効率的なCDがある一方で、不便で非効率なCDがあったっていいと思うんです。そういう容れ物を求めている音楽だって世の中にはあると思うから。僕はA面とB面をひっくり返せるCDを昔から提唱しているんだけど、誰も取り合ってくれない(笑)。

それにしても、LPレコードというのは、音楽の容れ物としてよくできていると思いますよ。CDが登場して以来、LPを売ってCDに買い換える人がたくさんいるけれど、僕はいまでもよくCDを売ってLPに買い換えたりしています。ひとつには、音楽というのはできるだけオリジナルに近い音源で聴くのがいいと考えているからです。だからCDの登場する以前の音楽は、なるべくならLPで聴きたい。もうひとつ、アナログレコードはもうこれ以上技術的に進歩発展しないですよね。進化のどんづまりにいるわけだから、最終的なかたちになっている。「驚異のスーパー24ビットで新発売!」みたいなことはないだろうし、業界的に振り回されることもなく、落ち着いて音楽が聴ける。あと中古屋で、内容の優れたアナログレコードがあまりにも安い値段で売られていたりすると、ついつい気の毒になって「おお、かわいそうに、僕が買ってあげよう」みたいなことになります(笑)。こうなるともう一種の救済事業です。

もちろんアナログLPからCDになって、音が改善された例もたくさんあります。たとえばエルヴィス・プレスリーなんて風呂場で歌っているみたいにモゴモゴしていたのに、CDではサッとクリアになってますよね。違う音楽みたい。サイモン&ガーファンクルもずいぶん感じが変ったし、ボブ・ディランのこのあいだ出たCDもよかったな。逆にブルーノートの新しい「ルディ・ヴァン・ゲルダー」リカッティングみたいに「何、これ?」と、個人的に言いたくなるものもある。僕は決して偏狭な人間ではないので、両方のメディアの良いところをそれぞれに幅広く楽しみたいと思っています。

どんな時代でもどんな世代でも、音楽を正面からきちんと聴こうという人は一定数いるはずだし、それは本でも同じですよね。本当に本を大事にする人は、携帯電話で読める時代になったとしても、ちゃんと書物を買って読み続けていると思う。世間の大多数の人々は、そのときの一番便利なメディアに流れていくかもしれないけれど、どんな時代にもそうじゃない人が確実にいます。全体の一割くらいでしょうかね。よくわかんないけど。僕がいまここでしゃべっていることは、あくまでもその一割の人たちに向けた個人的な話です。というか、僕という個人がここで、世間の大多数のことを話してもしょうがないでしょう。

~中略~

ヨーロッパに住んでいたころ、クラシックのコンサートによく通いました。それでよかったな、と思うのは、やっぱりレコードなどではわからないことってありますよね。たとえばロリン・マゼールをローマで聴いて、「マゼールってこんなにいい指揮者だったっけ?」って本当にびっくりしました。ジョルジュ・プレートルがベートーヴェンを振ったコンサートも見事だった。レコードを聴くプレートルの印象ってなんかちょっと薄いめで、とくになんていうこともない指揮者だなあ、と思っていたんですけど、実演だとまるで違うんです。音楽が隅々まで生きて動いていて、それが目に見えます。そういうのって、コンサートじゃないとわからないですよね。

それから二十年以上前に、新宿厚生年金会館で聴いた、ボブ・マーリーのコンサート。あのときは最初の十秒でノックアウトされました。身体が勝手に動き出して、もう止まらない。そこまでダイレクトに身体的な音楽を僕は聴いたことがなかったし、その後もないですね。あのレゲエのリズムが身体に染み込んでしまって、いまでもどっかに残っている。そういうのは、そのときも楽しいんだけど、いま思い出してもまだ楽しいですよね。素敵な恋愛と同じで、歳を取ってからでも、おりにふれ思い出して心が暖まる。

~中略~

よく調整された高価なオーディオ装置で聴かせてもらったレコードの音も、ひとつの基準として耳に残っています。たまにそういうのを聴くと、「いい音だな、こういう音で日常的にレコードを聴けるといいな」って思いますよ。ただ僕はオーディオマニアではないし、複雑な機械の調整に没頭したりというようなことはとてもできません。美しい音で聴ければそれに越したことはないけれど、そこにたどり着くまでの手間や時間を考えると、ある程度のところで見切りをつけて、あとは心静かに音楽を聴いた方がいいや、と思っちゃいます。これはもう個人的な優先権の問題ですね。

もちろん好みの音というものはあります。いくら綺麗でクリアで、原音に近い音がしたとしても、みんなが口を揃えて素晴らしいと褒めても、僕にとってぴんとこないということはよくあります。うちのJBLのユニットは柄こそでかいけれど、最新のスピーカーに比べたら上も下もそんなに伸びません。スペック的に見たら時代遅れなスピーカーだと思います。もっと広域が伸びたり、低域がもっとガシッと出たりしたらいいだろうな、と思うときももちろんあります。でもそういう音になって、僕にとっての音楽の情報量がいまより増えるかと言ったら、それはないんじゃないかな。このいまのスピーカーを通して与えられる情報が、自分には長いあいだひとつのメルクマールになってきたし、それをもとにして音楽的にものを考える訓練を僕は積んできたわけです。

~中略~

先ほどレコードのよさとして、繰り返し聴けるということを挙げましたが、年月を経て同じ音楽を何度も聴くことで、以前にはわからなかったことがわかるようになることってありますよね。『ペット・サウンズ』なんか、初めて聴いたときにもいいなと思ったけれど、いま考えると本当にどれだけその真価が理解できていたのかなあと思いますよ。あのレコードが出たのは一九六六年ですが、七〇年代、八〇年代、九〇年代、自分が歳を取って聴くたびに、いいなと思うところが増えてきたんです。不思議なことに『サージェント・ペパーズ~』は初めて聴いたときはひっくり返るくらい感心したんだけど、いま聴いて新しい発見があるかと言ったら、『ペット・サウンズ』みたいに「あとからあとからずるずる出てくる」みたいなことはないような気がするんです。もちろんこれは、どちらが音楽として優れているかという話ではないですけど。

何て言うのかな、ビーチボーイズのリーダー、ブライアン・ウィルソンのつくった音楽世界には空白みたいなものがあるんです。空白や余白のある音楽って、聴けば聴くほど面白くなる。ベートーヴェンで言えば、みっちり書き込まれた中期の音楽より、後期の音楽のほうがより多く余白があって、そういうところが歳を取るとよりクリアに見えてきて、聴いていてのめり込んでしまう。余白が生きて、自由なイマジネーションを喚起していくんです。晩年の弦楽四重奏曲とか、「ハンマークラヴィア・ソナタ」とかね。デューク・エリントンも余白の多い音楽家ですね。最近になってエリントンの凄さがだんだん心に沁みるようになってきたような気がします。とくに一九三〇年代後半から四〇年代前半にかけて残した演奏が好きです。若いときからエリントンは聴いていましたよ、でもいまの聴き方とは確実に何かが違うような気がする。そういうのもレコードという記録媒体が手元にあればこそ、可能になることですよね。

歳を取っていいことってそんなにないと思うんだけど、若いときには見えなかったものが見えてくるとか、わからなかったことがわかってくるとか、そういうのって嬉しいですよね。一歩後ろに引けるようになって、前よりも全体像が明確に把握できるようになる。あるいは一歩前に出られるようになって、これまで気がつかなかった細部にはっと気づくことになる。それこそが年齢を重ねる喜びかもしれないですね。そういうのって、人生でひとつ得をしたようなホクホクした気持ちになれます。もちろん逆に、若いときにしかわからない音楽や文学というのもあるわけだけれど。

僕にとって音楽というものの最大の素晴らしさとは何か? それは、いいものと悪いものの差がはっきりわかる、というところじゃないかな。大きな差もわかるし、中くらいの差もわかるし、場合によってはものすごく微妙な小さな差も識別できる。もちろんそれは自分にとってのいいもの、悪いもの、ということであって、ただの個人的な基準に過ぎないわけだけど、その差がわかるのとわからないのとでは、人生の質みたいなのは大きく違ってきますよね。価値判断の絶え間ない堆積が僕らの人生をつくっていく。それは人によって絵画であったり、ワインであったり、料理であったりするわけだけど、僕の場合は音楽です。それだけに本当にいい音楽に巡り合ったときの喜びというのは、文句なく素晴らしいです。極端な話、生きててよかったなあと思います。

(余白のある音楽は聴き飽きない 「雑文集」村上春樹著より 抜粋)

 

 

「心に音楽を貯め込む」「自分の希求する音楽像を確立する」、とても素敵な考え方だなあと思います。なるほどそういうことなんだなあ、とやさしく諭されるような包まれる気持ちにもなります。コンサートやCDそれぞれの音楽の楽しみ方や接し方など、ここにあるのは村上春樹さん個人のエピソードです。でも、音楽好きなら誰もが思ったことがある、経験したことがあるようなお話。共感できたりダブる体験談がここにあるからこそ、人を惹きつける生きた文章なんでしょうね。

僕はLP世代ではないので、その辺のお話は頭ではなんとなくわかっても耳では未体験です。ほかにも「ああ、僕もこんな体験してみたいなあ」とうらやましく思うエピソードもあって、他人の音楽経験から、音楽の素晴らしさをおすそわけしてもらう、そんなお話でした。

 

これからもOvertoneでは、音楽について、いろいろな演奏盤(今はおもにクラシック音楽になってしまいますけれど)について、ああだこうだ云々カンヌン言うと思います。そんなときは「ああ、この人なりに心に音楽を貯め込もうとしているんだな」と温かく読んでいただけたら、ほっと救われます。

久石さんの音楽やコンサートについて感じることも書くことも、村上春樹さんの言葉を借りれば「世界にたったひとつしかない、僕の記憶と体験のコレクション」なんですね。そんな超個人的なものが、もしかしたら誰かに伝わり部分的にでも共感してくれるのかもしれない。その連鎖が、実際には会わない会えないけれど、どこかの誰かとつながっていると感じれるのかもしれない。音楽っていいなあ。

それではまた。

 

reverb.
おもしろい小説を読むと、つい「久石さんだったらどんな音楽つけるかな」と空想しちゃいます。 (^^)oO

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第10回 プラハからのお届けもの

Posted on 2017/06/27

ふらいすとーんです。

4月チェコ首都プラハにて開催された「プラハ映画音楽フェスティバル2017(原題:Film Music Prague festival 2017)」、このなかで「THE WORLD OF JOE HISAISHI」コンサート公演が行われました。久石譲指揮によるジブリ作品から北野作品までスペシャルなコンサートです。

とりわけ海外公演というのはとても情報キャッチが難しく(いや日本公演もかわらないかな)公演数日前からひとりそわそわしています。もちろん一昔前に比べたらインターネット普及のおかげで、ありとあらゆる情報がほぼリアルタイムにポンッポンッと広いWeb空間に現れます。それはとてもありたがいことで、こちらに必要とされるのはその無作為に現れた情報たちを上手に見つけることができるか、上手に整理することができるか。久石さんの海外公演があるたびに、床いっぱいに散らかった資料を整理するように、ひとつひとつ吟味しながら地道な作業をしています φ( 〃 ‥)ノ ⌒ ゜

今回はそんな過程で出会った一期一会なお話をしたいと思います。

 

 

いつものようにあらゆる検索手段を駆使して、あらゆる検索用語を駆使して(←これ結構大切です)、コンサート公演内容を調べていました。するとブログで日本語でコンサート感想を綴られているページを運良く見つけることができました。どんな楽曲が演奏されたとか会場の様子や写真もまじえた感想です。

普段はあまりしないのですが、ことプラハ公演に関してはこの時点で情報源がとても少なくいまひとつ全貌がわからない。思いきってブログを書かれた方に直接コンタクトをとることにしました。

♯全プログラムを教えていただくことはできますか?
♯アンコールはありましたか?
♯久石譲はどの楽曲でピアノ演奏しましたか?
♯もののけ姫は英語詞でしたか?
♯♯♯…

そのときに「なんだこの不審な人」と思われてはいけないので、いや思われるのは仕方ないとしてそんな印象を最小限にくいとめたく「実は久石さんのファンサイトをやっている者です」とカタチのない名刺をそえて送信しました。

 

 

こういった経験ありますか?実はこういうのってあまり返信を期待したらダメなんです。えぇっと、言い方をかえると返信がきて当たり前と思ってはいけません、タイミングや事情もあるでしょうしショックが大きくなりますよという変な教訓。返信もらえたらラッキー、なんて運がいいんだ、なんていい人なんだ!こんな心持ちです。

そして僕はとてもラッキーでした♪

メッセージを送った翌日、正確には24時間以内(時差もありますからね)にお返事をいただくことができました。おそらく平日だったのでお仕事もあったと思いますし、帰宅してから?すぐに書いてもらったことになります。正確な情報かつスピーディーにわかるという意味でこんなにありがたいことはありません。

そんな幸運にめぐまれた出会いと情報、海外主催やコンサート会場の公式Facebook情報、あとは自分で床に散らかしたいっぱいのかけらたち。そうしてようやく《速報》としてファンサイトで公開できているものがこちらです。海外公演速報ではありがちな【Update!!】も実はこういったやりとりの結果が後日追記されていたり、日々刻々ポンッポンッと現れてくる情報たちを随時キャッチし吟味し更新しているからなんです。

 

Info. 2017/04/24 《速報!》久石譲プラハコンサート「THE WORLD OF JOE HISAISHI」プログラム 【5/7 Update!!】

 

 

「サイト拝見しました。ほんとにファンなんですね。よかったらプログラムさしあげましょうか。」

こんなことまで言ってもらえて!想像を超えたところにある幸運です。もちろんファンサイトの存在はご存知なかったということで(精進します)、お仕事のかねあいもあってプラハでの生活、その土地で久石譲コンサートがあるならとチケットを買われたようです。いいですね、海外で聴く日本でおなじみの音楽。懐かしさや感動もひとしおなのかもしれませんね。僕がもし海外生活をしていてそこで久石さんのコンサートを聴くことになったら、もう懐かしさや感動を超えたところにある「日本に帰りたい!」衝動を抑えられなくなるでしょう。

お返事や情報をいただけでなくプログラムをもらえる?!そちらはプラハこちらは日本どうやって?!——そんなの国際郵送で送るしかないだろうと当たり前のツッコミなんですけれども。本当ですか?本当にいいんですか!という感動です。「そこまでしていただいてご迷惑じゃないでしょうか。お手間や送料のこともありますし。お気持ちだけでも本当にうれしいです。」とお伝えしたうえで、そう伝えたくせにもしもし送っていただけるならとちゃっかり届け先をメール末尾の署名のようにそっと差し出す。

1週間後にはプラハからコンサートパンフレットが届きました。署名をひかえめに差し出したあとお返事がなかったので、届く届かないふくめてそんな日が訪れたらいいなあと思っていたくらいです。送料もその方のご好意で僕は純粋にプラハからのお届けものを、プラハとは程遠い日常的光景のなか受け取ることができました。しかもこのパンフレット、久石譲コンサートとしてではなく映画音楽フェスティバルとしてのパンフレットになっていたので他公演もふくめてボリューム満点。これもちろん無料配布じゃないですよね、たぶんコンサートを聴かれたあの日会場で購入されたんだと思うんです。そんな大切な記念を海を渡ってちょうだいしました。

自分が行っていないコンサートのパンフレットが手元にある不思議、海外公演ものというプレミアムな不思議、にけやがとまりません (*´∇`*) 本当にありがとうございました。

 

 

 

これまでにも海外公演がなかったわけではない久石さんのコンサート活動ですが、2014年頃からとても精力的な展開をみせています。アジア圏は定着していますし直近のヨーロッパ公演もふくめ、これからますます音楽活動の軸のひとつとなっていく予感です。

 

2014年
Joe Hisaishi Beethoven Concert 台北NSOコンサート
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲「皇帝」や交響曲第5番「運命」。久石譲作品からは「5th Dimension」が改訂初演されました。

Joe Hisaishi Special Concert with Vienna State Opera Chorus(台北)
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」や、久石譲作品「Orbis」「風立ちぬ 組曲」など。この公演のことは当時CD付音楽マガジン「クラシックプレミアム」(小学館)のエッセイでも書かれていました。書籍化された「音楽する日乗」にも収載されていると思います。

上記2公演のプログラム詳細はこちらにて。

久石譲 Concert 2010-

 

2015年
世紀音樂大師-久石譲 Maestro of the Century – Joe Hisaishi(台北)
「天空の城ラピュタ」「時雨の記」「Oriental Wind」などなど。ショスタコーヴィチ:交響曲第5番、ショスタコーヴィチ作品についてもエッセイにあったと思います。作品についての解釈や久石さんがコンサートで演奏するに際してなど興味深くおもしろいです。

SPECIAL GALA CONCERT Far East Film Festival(イタリア)
第17回ウディネ・ファーイースト映画祭にて久石さんが特別功労賞を受賞、その記念で開催されたスペシャルコンサートです。「水の旅人」「おくりびと」「ハウルの動く城」「千と千尋の神隠し」から「MKWAJU」「LINKS」まで選曲も贅沢なオール久石譲プログラム。

 

2016年
久石譲&五嶋龍 シンフォニー・コンサート in 北京 / 上海
TV音楽番組「題名のない音楽会」新テーマ曲だった「Untitled Music」を五嶋龍さんとコラボレーション。日本公演ではまだお披露目されていないという豪華タッグはいつの日か実現するでしょうか☆彡

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016(台湾)
国内10公演に加えて初のW.D.O.海外公演です。2004年発足当時「名前のとおりいつか世界でも演奏したい」と言っていた悲願がついに実現した瞬間です。その流れは2017年も。

 

2017年
THE WORLD OF JOE HISAISHI(プラハ)
前半のお話でお伝えしました。

Joe Hisaishi and Mischa Maisky(台北)
世界的チェリスト、ミッシャ・マイスキーとのコラボレーション。ドヴォルザーク:チェロ協奏曲や映画「おくりびと」から「Departures for cello and piano」、そうチェロとピアノによる至極のデュオだったんですね。

くわしくはこちら♪

 

 

JOE HISAISHI SYMPHONIC CONCERT:
Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki(フランス)
巨大スクリーンによる映像と壮大なオーケストラによるジブリプログラムです。2008年「久石譲 in 武道館」コンサートを経てついに海外公演へと羽ばたきはじめました。

くわしくはこちら♪

 

このパリコンサートはとても人気や関心が高く、ファンサイトでも問い合わせを複数うけました。チケット入手方法についての質問がほとんどだったんですけれども…僕なんかにわかるはずもなく思いつく限りの知恵をふりしぼってそのつどお返事しました。お役に立てませんでしたが、そんなコンタクトから「チケットゲットできました!」という方もいました♪いろいろな幸運タイミングが重なってチケットを入手できたんですね。その時は喜びがこちらにも伝わってきて、僕も自分がフランスに行けることになったと錯覚するくらいうれしかったです。入手経緯やコンサートに行きたい想いも聞かせてもらって、こちらも幸せ気分な心躍る朗報でした。コンサートもきっと満喫されたことでしょう♪

 

なんと実は!このジブリコンサート、パリ公演だけで終わりそうにありません。今後も世界各国いろいろな都市で世界ツアーとして開催予定だそうです!!次はどこの都市でしょうか?ヨーロッパ圏かな?準備もふくめて年1回もしくは数回ほどの公演になるのかもしれませんが、アジアやアメリカでもと期待してしまいますね。巨大スクリーンもあるため会場環境や設備いつものコンサートとは違った準備の大変さもあるでしょう。また現地のアーティスト(オーケストラ・ソリスト・合唱・マーチング)で演奏することをポイントにしているのならば、これまた準備が大変になります。しかもソプラノや合唱は日本語詞で披露されていたようなのでこれまた大変。

現地のアーティストで…というのは僕の推測です。世界中で愛されるジブリ映画とジブリ音楽、スタジオジブリによるコンサートのための公式映像と久石譲による指揮・ピアノ、オフィシャルジブリコンサートは久石譲だからできるスペシャル・プログラム。世界中でその音楽を響かせることはもちろん、日本から箱ごと持ってきたよではない、その土地の音楽家たちと共演することで世界中に大きなジブリの根が広がっていく。合唱団やマーチングバンドには将来音楽をつないでいく子供たちもたくさん参加しますしね。そういう主旨もあるのかもしれません。となると毎年夏開催するW.D.O.ツアーのように新日本フィルと各地巡るスケジュールのようにはいかず、公演回数も限られてくるのかもしれませんね。昨今、ひとつのオーケストラと全国ツアーすることも、それはそれでとても難しいことです。全公演SOLD OUTは言わずもがなチケット発売同時に瞬殺なんて、それはそれでとてもありえないことです。すごいですね。

 

今後の予定も「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017(韓国・中国)」など海外公演はわかっているだけでもいくつかあります。

久石譲 Concert 2015-

 

 

そろそろ結びにむかわないと。

プラハ公演をきっかけに一期一会な出会いと幸運なお届けもの。今回はその話とそこから近年の久石譲海外公演について紐解き思うまま指動くままに。ファンサイトの水面下での涙ぐましい?! 超アナログな作業もありますが楽しく久石さんを追っています。楽しく待っている人もいるかもしれないという錯覚も手伝って。

昔は久石譲公式ファンクラブの定期会報でわかったんですよー!つい数年前まではオフィシャルスタッフブログでわかったんですよー!最近ではエッセイや書籍でわかったんですよー!

ふぅ。僕は日本公演はもちろん海外公演もふくめてコンサートのたび床いっぱいに情報を散らかしています。そして無造作に光放つ原石のそれらに目を落としながら、もったいないなあ!と思うこともたくさんあります。きっといろんなドラマが起こっているんです、公演のたびにその場所でその人々と。その土地ならではのことであったり、プログラムのことだったり、リハーサルのことだったり、公演前後のアーティストとの交流やファンとの一瞬のふれあいだったり。

ファンサイトでも公開していいか否かもふくめて吟味したうえでセレクトしていますので、すべてはお伝えできていません。もちろん僕が知らない知るすべもないこともたくさんあると思います。それが会報でありスタッフブログであり、または久石さん自身による言葉(エッセイ・インタビューなど)から得られる貴重なドキュメントです。久石さんにしかわからないプログラムした作品のこと、コンサートで感じたこと。準備期間でこんな大変なことあったよ!日本にはない奏者や観客の歓迎ムードやリアクション!なんかもそうですね。

情報を書いてる人、情報を公開している人が言うことではない部分もありますけれど、表面的な情報だけではない運営サイドにしかわからない舞台裏やドラマってきっとあります。そういうのこそ価値がある、少しでも知ることができるならファンとしてはやっぱりうれしいです。コンサート回数と同じだけ、コンサート開催地と同じだけ、コンサート奏者や観客と同じだけ。同じ楽曲でもひとつとして同じ演奏がないように、各コンサートいろいろな音楽の種が芽吹いていると思います。逐一じゃなくてもリアルタイムじゃなくても、少しでも発信されひとつでも多くのエピソードが共感をよび記録されていくことを、ささやかなたしかな願望です☆彡

 

「インターネットで手軽に知識を得ることはできても、手軽に得られるのは手軽な知識でしかない」と言ったのは北野武さん。『新しい道徳』新書からです。「ひとつの知識を本物の知識にするためには、何冊も本を読まなくてはいけない」とも同章で言われています。とても胸に響いて印象に残っています。音楽も同じでやっぱりたくさん聴いて体感して時には知識も学んで培われていくもの、いつか自分の音楽がからだに染みこんでいくのかもしれません。もうひとつ、ファンサイトの情報もご多分に漏れず手軽な情報なのかもしれません。でも!そんな情報が積み重なって少しでも価値のあるものになっていけたらいいなと、これからも精進します。

 

あっ、そうだった!

プラハからのお届けもの、その他海外公演パンフレット、海外Web資料などをもとにミックス編集「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」久石譲プロフィールページも英語併記しました。もし身近に久石譲音楽を愛する海外の人、久石譲音楽をおすすめしたい海外の人いたら♪ ぜひ少しでも正確に詳細に久石譲が伝わりますように。

久石譲プロフィール Japanese | English

 

それではまた。

 

reverb.
イントネーション、アクセント、ビブラート、母国語じゃない日本語での歌唱ってほんとすごいことだと思うんです♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Overtone.第9回 「ヴィオラ協奏曲/ウォルトン」 ~ヴィオラが主役 II~

Posted on 2017/05/22

ふらいすとーんです。

「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス ヘ長調 作品85」は聴いてくれましたか?

 

僕はというと。

動画サイトですぐに簡単になんでも聴けてしまうことを推奨しているわけではありません。それをきっかけに何を感じとってどう行動するかのほうが大切なように思います。好奇心旺盛に音楽を浴び、自分のなかの音楽感性が変化していることを実感できる、自分のなかの音楽が豊かになる。そんなきっかけにのひとつになるならこういったツールもすべてが悪だとは思わないと、緩いかもしれませんがそう思っています。

もちろんありがたくも手軽に聴くことができた音楽やアーティストに対して、リスペクトを忘れずに耳を傾ける必要はあります。節度やモラルも大切です。その恩恵をどうアーティストに還元するか。

2017年1月に開設された「久石譲公式YouTubeチャンネル」で初めて「エレクトリック・ヴァイオリンと室内オーケストラのための《室内交響曲》抜粋」を聴いた人も多いと思います。それをきっかけにCD作品「MUSIC FUTURE 2015」を買った人もいるかもしれません、2017年10月開催予定「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.4」コンサートに足を運んでみようと胸躍らせチケットを購入した人もいるかもしれません。いや、きっといると思います。このサイクルこそが尊い、音楽がつながっていく大切な循環のような気がします。次回の公式アップ曲も楽しみですね♪

 

 

前回「Overtone.第8回 ヴィオラと管弦楽のためのロマンス/ブルック」 で、作品の魅力はもちろん弦楽器ヴィオラについてお話を進めました。今回はまた全く趣の異なるヴィオラ作品をご紹介します。9枚組CDを買ったことがきっかけで、音楽が運んできてくれた幸運な出逢い、きっと知ることも聴くこともなかったであろう、そんな逸品です。

ウィリアム・ウォルトンという作曲家、僕は初対面でした。エルガーやホルストの影に隠れてしまいがちのようですが、イギリスを代表する音楽家とあります。

「同時代のさまざまな音楽をたくみに吸収・消化し、新鮮かつ大胆なリズム・和声を用いて表情豊かで親しみのある作品を生み出した。豊かな情感と壮大で雄渾多感な表現を好んだこと、明晰な調性感を好んだことから、新ロマン主義の作曲家と見なしうるが、客観的で端正な表現をよしとする新古典主義音楽の発想にも洗礼を受けている。」(ウィキペディアより)

なるほど。

ウォルトンは映画音楽界でも確固たる地位を築いた人で、手がけた映画音楽を抜粋・編曲して別作品へと大きく改作した「スピットファイア 前奏曲とフーガ」が有名とあります。映画『スピットファイア』の音楽は大変高い評価を獲得したことから、公開翌年には演奏会用の編曲を施し作曲者自らの指揮によって初演・録音が行われたそうです。その他、3つの交響曲と、5つの協奏曲、室内楽から合唱作品まで幅広く作品を残している、そんな音楽家ウォルトンです。

なるほど。

なんだか、どなたかのお顔が頭のなかで浮かんできそうですが、もう少しこのまま進めます。

 

 

「ヴィオラ協奏曲」は、ある名ヴィオラ奏者のために作曲されたものの演奏を拒否されてしまい、別の名ヴィオラ奏者パウル・ヒンデミットによって無事初演を迎えることのできた作品。第一候補奏者が拒否した理由が「モダンすぎる」という、なんとも当時としては斬新な作品を象徴するような逸話ですね。先駆的で今では重要なレパートリーとして多くのヴィオラ奏者が取り上げ録音も残している、そんな作品です。

1929年作曲・初演、約30年後の1961年に大きくオーケストレーションが改訂されています。元は三管編成(トランペット3本を含む)だったものを、オーケストラの重厚すぎる部分が改められ、また編成にハープが加えられるなどの変更が施さ、現在多くのCD作品や演奏会も含め聴くことができるのは改訂後の1961年版です。

なるほど。

またまた、どなたかのお顔が頭から離れなくなっていますが、もう少しこのまま進めます。

 

 

「とにかくかっこいい!」、鳥肌が立つほどに、うれしくて体のなかの音楽センサーが湧き躍るような感動。表情豊かで親しみやすい旋律、リズムに特徴があるのか躍動感が時代を越えたところの色褪せないビート。それはまるで生理的・快感的ともいえる本能的に喜ぶ鼓動、なのかな。

全三楽章、緩急緩のような編成になっているこの作品。第1楽章と第3楽章はひとまず置いて、ここでは第2楽章にフォーカスします。ぞくぞく身震いするような躍動感で新鮮な感動を与えてくれる第2楽章。リズムのアクセントがすごく独特でとても惹き込まれます。これが楽章全体のグルーヴ感や高揚感に大きく貢献しているように思います。

「シンコペーション:西洋音楽において拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて独特の効果をもたらすことを言う。主に、弱拍の音符を次の小節の強拍の音符とタイで結ぶ、強拍を休止させる、弱拍にアクセントを置く、の3つの方法がある。」(ウィキペディアより)

なるほどー。調べていくとウォルトンのそれは、シンコペーション・リズムというらしく、これによって独特の躍動感(ゾクゾク・ウキウキ・ワクワク)を演出していたんですね。例えば一般的な4拍子の曲であれば、頭の1拍目や3拍目でタン・ウン・タン・ウンと標準的なリズムをとります。それをシンコペーションにすると(2拍目の裏)、タン・ウ・ターン・ウンという感じになります。すごく単純稚拙な例えで申し訳ないですが、わかりやすく言うとそういうことだと思います(^^;) そしてこのシンコペーションがリズムパートだけでなく、旋律そのものや旋律アクセントにも複雑ふんだん絶妙に盛り込まれています。ここが”くすぐりどころ”をグッとつかんだウォルトンの得意技のひとつのように思います。

 

そしてもうひとつが、ヴィオラという中音域楽器を主役に迎え入れたときに、管弦楽はどのような構成をとるのか。ヴィオラを前面に引き出すためにどのようなオーケストレーションが施されているのか。ヴァイオリンとは違い高音の突き抜け感がないヴィオラは、やもするとオーケストラに埋もれてしまいます。響きの異なる金管楽器や木管楽器をうまく配置すること、そしてヴィオラを聴かせるパートとオーケストラを聴かせるパートをうまく切り分けて配置することで、ヴィオラ協奏曲としてどっしりとした存在感を得ています。中音域楽器ヴィオラの絶妙な渋さとひきしまった響きが相乗効果となっていて、大人な嗜みを感じる協奏曲です。

三管編成を聴けていないので比較することはできないですが、作曲者自らが二管編成へと改訂したのはまさに大正解だったんじゃないかなと思えるほど切れ味のよい、そしてシンコペーションリズムの効果をいかんなく発揮したフットワーク軽いリズム、跳ねるような躍動感でやみつきになります。

僕はこの作品を、ひそかに、心のなかで、「久石譲の新作としてもおかしくないシリーズ」と呼んでいます。

 

Yuri Bashmet:The Complete RCA Recordings

Disc1
ウォルトン:『ヴィオラ協奏曲』
1. Andante comodo 8:28
2. Vivo, con molto preciso 4:16
3. Allegro moderato 13:11
アンドレ・プレヴィン(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1994年

(以下略)

 

 

2015年4月TV番組「題名のない音楽会」リニューアルにともない書き下ろされた新テーマ曲「Untitled Music」。新司会者でヴァイオリニスト五嶋龍さんと華々しく共演初披露したのが記憶に新しいところです。ヴァイオリンをフィーチャーし楽器の魅力を最大限に引き出した構成と、バリエーション豊かで技術を駆使した奏法、最高のコラボレーションです。

実は前段階でテレビ番組テーマ曲という先入観があったせいか、はじめて聴いたときは「あれっ、すごいけれど、どこがメロディだったんだろう」ととても難解でつかみどころのない印象だったのを覚えています。あまりにもメインテーマという肩書きとは正反対な、その本格的な楽曲の凄みに圧倒されてしまったのです。うん、こういうのをひと言で言うと”なめてかかっていた”ということになり…ごめんなさい!(><) と誰にともなく謝って…次に進みます。

聴くうちになんとも言えない幸福感に満たされる、どんどん体のなかにしみわたっていくような感動の広がり、個人的にもとても印象深い作品です。それは、今までの久石譲新作を聴いたときとは少し異なる、新しい久石譲を感じとったようなふつふつ湧きあがってくる感動にかわっていきました。

もう少し具体的なレビューは作品紹介ページに書いていますので、興味あったらぜひ読んでみてください。オーケストレーションの特徴なんかも感じとったままに書きとめていたと思います。

 

 

 

このレビューのなかに、「テーマ曲としては約3分半の小品として完成されているが、ここからさらにヴァイオリン・コンチェルト(協奏曲)として発展させていってもおもしろそうな、そんな可能性を秘めた作品である。」——なんてことをいっちょまえに書いているのですが。

2017年4月番組司会者交代にともない、番組テーマ曲「Untitled Music」も使用終了となりました。大きく残念半分、大きく期待半分な心境です。毎週聴けなくなったことと、お茶の間にこの曲の魅力がもっと浸透しつづけてほしかったなという想い。もう一方で、テーマ曲から解放されたその先に、新たな発展の機会を得たんじゃないか?!という希望の光が射しこめた瞬間でもありました。

突っ込んで言うと、エンターテイメント音楽「Untitled Music」からオリジナル作品「Untitled Music」へと昇華する可能性ができたのならすごくうれしい!そんな根拠のないふわふわした期待です。たとえばそれは『ヴァイオリン協奏曲 “Untitled Music”』、『Untitled Music for Violin』、『室内交響曲 Untitled Music for Violin and Chamber Orchestra』なんて、想像がすぎるでしょうか。ついつい勝手な空想がふくらんで破裂してしまう悪いクセです(^^;)

既存の「Untitled Music」が楽章形式をとるオリジナル作品「Untitled Music」のいずれかの楽章に配置されるような。もしくは現段階でも核が見事に結晶化されているそれを、各楽章に主題やモチーフを解き放ち全楽章として大きな広がりをもたせる。ここまでくると改訂や再構成という範疇を越えたところ、まさに”大いなる昇華”なんです!

 

 

リスペクトする演奏家、コラボレーションしたいアーティスト、ソリストのために書き下ろされる作品。「Untitled Music」はもちろん五嶋龍さんを念頭に置いていたからこそ生まれた傑作です。同じように「コントラバス協奏曲」もソロ・コントラバス石川滋さんを念頭に創作された”100年後のレパートリーになりうる”作品です。ウォルトンのヴィオラ協奏曲もスタート地点は同じ、重要なヴィオラ作品レパートリーとして今につながっています。こう考えるとソワソワともワクワクともしれない、とても前のめりな感覚におそわれてしまいますね。

・・・・

少し横道にそれますが、久石さんが近年とっているオーケストラの基本編成は二管編成です。2000年代の三管編成でのゴージャスな作品や大規模コンサートを経て、今は古典派クラシックでも主流だった二管編成。もっと言うとベートーヴェンやブラームスの時代、対向配置を念頭に作曲された作品も多く、久石譲指揮の古典クラシック演奏会はもちろん久石譲作品もこの楽器配置が定着しています。

「ベートーヴェンはピアソ・ソナタをつくり、交響曲を書き上げ、必ずそれらを素材として弦楽四重奏曲に取り組んでいる」—というのはなにかの文献で見た記憶。久石さんの言葉だったような気もするのですが不確かなので断定はできません。つまりはその時期取り組んでいる音楽をピアノソロでつくり、オーケストラで拡大し、弦楽四重奏としてエッセンスを削ぎ落とす。無駄なものを排除しても自分のつくった音楽のなかに強い核(素材・モチーフ・コンセプト)があれば成立する、ということの確認作業のようなものなのでしょうか。自らの音楽性の伸縮拡大をくり返すことで核を振るい磨いて、それでもたしかに存在するコアこそが音楽家としての確固たるオリジナル性。すごいサイクルだ。

久石さんのオーケストラ編成の時代変化もしかり、近年の室内楽作品・アンサンブル作品の新作書き下ろししかり。ナガノ・チェンバー・オーケストラもシンフォニー(交響)オーケストラではなくチェンバー(室内)オーケストラですしね。これは古典クラシック音楽が作曲・演奏されていた当時のコンパクトな編成にあわせている側面もあり(結果作曲家と遺された譜面を尊重した忠実なる再現性、作曲家久石譲としての解釈と指揮者久石譲のアプローチ)、今の久石譲が求めている響きや構成とも合致し、それが自作における楽器編成とも共鳴しているような。

世界をみわたせば活躍する現代音楽家もオーケストラとアンサンブルの境界線をクロスオーバーするような少数精鋭な小編成作品が多い傾向だったり。そこにはより一層の音楽としての核を追求しているような、システマティックなロジックというかエッセンスを活かした機能美というか。楽器や楽器セクションひとつひとつの音や表現をシャープにして立体的浮き彫りにしているというか。

なぜ久石さんが今「ジブリ交響作品シリーズ」に取り組んでいるのか。2008年武道館コンサートでの大規模編成から二管編成へと改訂したときに、あの壮大な世界観と広がりを失うことなく一層豊かな表現にも磨きをかける。そして”日本国内・海外でも演奏したい”という多くのニーズに応えるべく、ベーシックなオーケストラ編成で再構築しておくことが、結果未来につながり100年後も多くの演奏機会を得られる作品になる。大規模編成や特殊編成は、作品の秀でた個性こそあれやはり演奏機会は減ってしまいます。オリジナル版を再現できないがために埋もれてしまう、もしくは未来の他者によって都合よく改変されてしまう。これはそうでもして生き残った恵まれた音楽作品という面もあるかもしれませんし、作曲家からするとやはり複雑な思いを未来の天国から抱くのかもしれません。

W.D.O.2017コンサートで、「Asian Dream Song」や「Summer」「HANA-BI」「Kids Return」といった北野作品が弦楽オーケストラで披露されるプログラム予定であることも。すべてオーケストラ編成としても披露されているこれらの作品が、削ぎ落とされた弦楽器とピアノのみでももちろん成立することの確認なのか、新しい響きを示唆しているのか、隠されたアプローチを試しているのか、はたまた未来の室内楽団・弦楽オーケストラのためなのか。そういえば、一番ホットな「Encounter for String Orchestra」(2月ナガノ・5月台北披露)もその変遷をたどれば・・・・。

いけない、少し横道どころか、大きな別の道に流れでそうなので、ここまで。

 

 

いろいろ見方が右往左往してしまいましけれど、何が言いたかったかというと、時代を越えたところで音楽家たちの”共鳴”を感じるということです。ウォルトンの作品をきっかけに聴き・調べ・思いめぐらせ。ソリストのための作曲、改訂、楽器編成、ベートーヴェン、ウォルトン、久石譲、現代作曲家・・・時代を越えたところで音楽家たちが辿るある種の必然性。俯瞰的にみることで”時代の音楽家たちが必ずとおる道”、果敢なアプローチと音楽性を極める過程で生みおとされた作品たち。見えない糸でつながり交錯し共鳴しつづけている、音楽という歴史がもつかけがえのない環のようなものを感じます。

たとえば、「Untitled Music/久石譲」-「ヴィオラ協奏曲/ウォルトン」-「コントラバス協奏曲/久石譲」、こんなふうにつづけて聴いたとしても、自然にその響きに納得するだろうな、そう思います。《久石譲の新作としてもおかしくないシリーズ》と心の中で呼んだのはそういう意味を含んでいたりします。似ている似ていない表面的なところではなく、”共鳴” なにか通じるところがあるように感じたからです。「ヴィオラ協奏曲」をまったく名札なしに「これ、久石譲の新作だよ」と言われて聴かされたら、うんそうかもなと思ってしまうような。

おもしろいですね。実際、似ているかと言われたら似ていないと思います。でも、なにが久石譲であってもおかしくないと感じるんだろう、というところを突きつめていくと逆説的に久石譲音楽の核を少しだけ見つけることができるのかもしれません。僕にはムリなんですけれども。うーん、キャッチャーで一度聴いたら印象的な強いモチーフ、躍動感のあるリズム構成、複雑で奥行きのあるオーケストレーション。このあたりの料理の仕方が久石さんとシンパシーを感じるのかなー…なんて思ったら、これ音楽の三要素(メロディ・ハーモニー・リズム)のことを言っているだけで、まったく専門的に深掘りできていない、撃沈。わかりません!でも感じます!

まだお腹いっぱいじゃなければ、「コントラバス協奏曲」の魅力や近年の久石譲音楽の特徴など過去にまとめたものです。まだお腹いっぱいじゃなければ。

 

 

この人のために作品を書きたい、この人なら私の書く技術的な楽器演奏を具現化してくれる、この人なら私の思い描く作品の魅力を伝えてくれる。一方、この人が書く作品なら自分の技術をいかんなく発揮し自分にしか表現できない楽器の魅力をひき出してくれる。作曲家と演奏家のその時代の一期一会な化学反応によって誕生する作品が「ヴィオラ協奏曲/ウォルトン」であり「Untitled Music」「コントラバス協奏曲」なんだと思うと、音楽のもつ力って本当にすごいなと思います。

エンターテイメント音楽からの改作であろうと、タイアップをもたない自作であろうと、久石さんが作品として世に送り出す音楽が、ひとつでも多く未来につながるといいなと思います。大編成な交響作品、ソリストとのコラボレート作品、研ぎ磨かれた室内楽作品、多彩な特殊編成作品など、バリエーションにとんだオリジナル作品を、これからもひとつでも多く大切に残していってほしいなあと心から思います。そこには必ずミニマル・エッセンスがある、それももちろん大きな要素です。でもやっぱり一番は、音楽構成・楽器編成・素材・モチーフ・コンセプトすべてひっくるめてそこにはっ!”久石譲にしか書けないもの”があるんです(キッパリ!)。

名だたるヴァイオリン協奏曲は数知れずありますがそこに久石譲を感じる響きはない、当たり前ですが。当たり前のことなんですけれど、でもこのスペースこそが今の時代を代表する作曲家のために用意されたかけがえのないスペースだとしたら。こんなことを考えだしたらなにともしれず涙がでそうになります。「Untitled Music」ヴァイオリン・レパートリーとして並列してなんら遜色ないどころか、100年後にもその音楽を高らかに響かせているとしたらなんと素晴らしいことかっ!

 

 

あれっ、「ウォルトン:ヴィオラ協奏曲 / ユーリ・バシュメット」この作品も動画サイトで聴けるようになってるもごもご。CDを買ったときには聴けなかったということでほっと安心。いずれにしても、目的をもって探し出会う曲ではなかったので、CDを手にしたことで音楽が運んできた幸運な出逢いに感謝です。「Untitled Music」ファンにはぜひこの作品の第2楽章(約4分)だけでも聴いてみてほしいな~♪

くどいようですが動画サイトで聴けてしまうことを推奨はしていません。でも!この作品を聴いて久石さんファンとして胸躍るゾクゾク・ウキウキ・ワクワク、鳥肌たつような音楽的快感を得られることを強く推奨しています(^^)♪ 

それではまた。

 

reverb.
ゴールドディスクというきらびやかなCD盤、音質もゴールドなのかな?

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第8回 「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス/ブルック」 ~ヴィオラが主役 I~

Posted on 2017/04/24

ふらいすとーんです。

なんだろう、この映画音楽のような美しくて甘いメロディは。

「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス ヘ長調 作品85(Romance for Viola and Orchestra In F Major, Op.85)」(ブルック作曲)を初めて聴いたとき、てっきり往年の名作映画メインテーマを聴いているような夢見心地で、すっかり聴き惚れてしまいました。旋律美もさることながら、強く印象に残るキャッチャーでロマンティックなメロディ。

1枚盤CDでも輸入盤を探せばあったような気もしますし、その前に動画サイトでも存分聴きこんでいたんですけれども(うっ…)、せっかくならヴィオラのフルコースをたっぷりご賞味あれ、いい機会なので9枚組のCDを購入しました。9CD-BOX盤で1枚盤CDと同じ価格です(うっ…うれしい)。

 

Yuri Bashmet:The Complete RCA Recordings

Disc1
● ウォルトン:『ヴィオラ協奏曲』
アンドレ・プレヴィン(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1994年

● ブルッフ:ヴァイオリン、ヴィオラと管弦楽のための協奏曲O p.88
● ブルッフ:ロマンツェ Op.85
● ブルッフ:コル・ニドライ Op.47
ネーメ・ヤルヴィ(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1996年

Disc2
● シュニトケ(バシュメット編):トリオ・ソナタ
ユーリ・バシュメット(指揮 &ヴィオラ)モスクワ・ソロイスツ
録音:1990年

● シュニトケ:ヴィオラ協奏曲
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1988年

Disc3
● チャイコフスキー:弦楽セレナードハ長調 Op.48
● グリーグ:ホルベルク組曲 Op.40
● グリーグ:2つのノルウェー舞曲 Op.63
モスクワ・ソロイスツ
録音:1989年

Disc4
● レーガー:組曲ト短調
● ブリテン:ヴィオラと弦楽のためのラクリメ Op.48a(ダウランドの歌曲の投影)
● ヒンデミット:ヴィオラと弦楽のための葬送音楽
● シュニトケ:ヴィオラと弦楽のためのモノローグ
モスクワ・ソロイスツ
録音: 1990年

Disc5
● シューベルト (マーラー編):弦楽四重奏曲第14番ニ短調D .810『死と乙女』
● ベートーヴェン(マーラー編):弦楽四重奏曲第111番ヘ短調O p.95『セリオーソ』
モスクワ・ソロイスツ
録音:1991年

Disc6
● ブラームス(バシュメット編):ヴィオラと弦楽のための五重奏曲ロ短調O p.115(原曲:クラリネット五重奏曲)
● ショスタコーヴィチ( A.チャイコフスキー編):ヴィオラと弦楽のためのシンフォニア(原曲:弦楽四重奏曲第13番変ロ短調O p.138)
ユーリ・バシュメット(指揮&ヴィオラ)モスクワ・ソロイスツ
録音:1998年、原盤:Sony Classical

Disc7
● ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第1番ヘ短調 Op.120-1
● ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第2番変ホ長調 Op.120-2
● ブラームス:2つの歌 Op.91(コントラルト、ヴィオラとピアノのための)
ミハイル・ムンチャン(ピアノ)、ラリッサ・ディアトゥコーヴァ(メゾ・ソプラノ)
録音: 1995年

Disc8
● シューベルト:アルペジオーネ・ソナタイ短調 D.821
● シューマン:おとぎの絵本 Op.113
● シューマン:アダージョとアレグロ変イ長調 Op.70
● ブルッフ:コル・ニドライ Op.47
● エネスコ:演奏会用小品
ミハイル・ムンチャン(ピアノ)
録音: 1990年

Disc9
● グリンカ(ボリゾフスキー版 ):ヴィオラ・ソナタニ短調
● ロスラヴェッツ:ヴィオラ・ソナタ
● ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタハ長調 Op.147
録音:1991年

ユーリ・バシュメット(ヴィオラ &指揮)

 

 

なかなか玄人すぎるラインナップが並んでいます(^^;)

その他の作品はここでは深追いしないとして。ヴィオラが主役な作品をしっかり聴くことってなかなかないように思います。弦楽器であれば、なんといっても花形ヴァイオリンが一番スポットライトを浴び、音域でいうと次はヴィオラのはずなのに、すっと飛び越えチェロが準主役級の扱いをうけますね。

弦楽四重奏の場合、第1ヴァイオリン/第2ヴァイオリン/ヴィオラ/チェロという編成になりますが、ここでもヴィオラは縁の下の力持ち、目で弾いている姿を見ていても、耳ではその音が聴こえてこないような、かもくでつつましいヴィオラです。

ヴィオラは弦楽器のなかでも一番音域が人の声に近いと言われ、聴くと自然に安心してしまう、そんな響きです。実験で弦楽四重奏曲のヴィオラありとなしの弾き比べを聴いたことがあります。テレビのクラシック番組だったと思います。全く違う! なんというか、だしのないみそ汁。みそ汁ですと言われればそうなんだけど、味もそっけないし深みもない。日本食の美や味わいに”旨み”が欠かせないのと同じように、弦楽四重奏の美しさや奥ゆかしい響きに”ヴィオラ”は不可欠、なのです。

ちゃんと音楽的な話をがんばってみようとすると、ヴィオラは内声の役割をはたすことの多いパートです。ヴァイオリンのメロディをもっと引き立たせたいときにはそっと下でハモってあげ、伴奏をもっと豊かに表現したいときにはチェロをサポートしてあげ。全体に目と耳を配らせバランスをとる役割とも言えるかもしれません。音楽三要素のハーモニーとリズム、どちらにも精通したセンスが必要なんですね。そこに三要素のもうひとつメロディも優雅に奏でるとしたら、、すごいぞヴィオラ!

 

 

そんな存在意義を大きく見なおされた(僕のなかで)ヴィオラが、「名脇役はね、深みのある主役もできるんだよ」と舞台にあがり、強い光と深い影をくっきりと浮かびあがらせたかのような作品「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス ヘ長調 作品85」です。

絶景を見たときって言葉がでない、大きなため息がもれる。「すごい。きれい。美しい。」ひと言しぼり出すまで少し時間が必要なほどに。——そんな曲です。

たとえばこの曲を聴いてジブリ作品をイメージするなら、「魔女の宅急便」のキキが生まれ育った自然豊かな町、一方で仕事をはじめたコリコの街。「紅の豚」でジーナの待つ庭。「ハウルの動く城」でソフィーが働いていた帽子屋さんのある街風景、ハウルとソフィーだけの秘密の花園。「風立ちぬ」で次郎と菜穂子が再会した軽井沢。——そんな曲です。

ヴィオラのような”でしゃばり”に慣れていない楽器を主役に迎え入れたとき、管弦楽はどうサポートするんだろう。突き抜けた高音でもなく音も強くない楽器がソリストとなったとき、オーケストレーションはどういう構成になるんだろう。そういう楽しみ方もできたらおもしろいですね。もしこれが「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」だったなら、おそらく曲想も構成も大きく異なり、まったく表情や響きの違った作品になるんだろうなあ、とイメージできないくせに想像しようとしてしまいます。音が鳴らないイメージでおわるのが残念なところです。ヴァイオリンのような煌めく華麗なドレスアップとはまたちがう、内面からにじみでるようなナチュラルなドレスアップで魅了するヴィオラ。

ヴィオリストのユーリ・バシュメットは、奏者だけでなく近年は指揮者としても活躍しているそうです。2014年開催ソチオリンピック閉会式でもオーケストラを指揮していたそうです。このCDBOXでもヴィオラ&指揮としてクレジットされていますね。

 

 

ヴィオリスト? Violist?!(わざとらしい)

久石さんのオリジナルアルバム『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』(2000)です。イギリスの弦楽四重奏団バラネスク・カルテットを迎え、ミニマル・ミュージックや映画音楽をアンサンブル編成でたっぷり聴かせてくれます。バラネスク・カルテットとは90年代後期のコンサート共演をきっかけに、久石譲コンサートツアーでも一緒に全国をまわるほど充実した信頼関係を築き、その音楽交流は『Asian X.T.C.』(2006)までつづいています。

 

アルバムタイトルについて。

「なぜヴィオラなのか。アンサンブルでもオーケストラでもなかなか目立たない存在だが、とても重要な楽器で、ヴィオラがしっかりしているオーケストラは素晴らしいものになる。そんなヴィオラにも目を向けてもらいたいと”ヴィオリストを撃て”というタイトルにした」

と久石さんが当時語っている記録があります。

 

一生懸命ヴィオラの魅力を伝えたいとつらつら書いてきたところに・・・この久石譲語録だけで充分でしたね。ヴィオラが主役な楽曲はなかったと思いますが(あるのかな?!)、もちろんバラネスク・カルテットとしても久石譲の音楽構成としても、ヴィオラはいい仕事をしている、はずです!

アンサンブルならではのグルーヴ感で魅せる「DA・MA・SHI・絵」「MKWAJU」などのミニマル・ミュージックに、ソリッドな疾走感で駆けぬける「KIDS RETURN」、マリンバの響きで包みこむ「Summer」、そして《W.D.O.2017 Bプログラム》予定演目の「Two of Us」。この曲は《久石譲ジルベスターコンサート2016》でも数年ぶりに披露されました。CD作品ではチェロ&ヴァイオリン&ピアノという編成になっていますが、コンサート・ヴァージョンはそこに約30名の弦楽オーケストラが深く優しく支えるという贅沢な響きでした。弦楽合奏に6~8名のヴィオラ奏者がいるからこそ、CD版トリオとは味わいの異なる熟成された奥ゆかしい”音の旨み”がいっぱいに広がるんですね。

 

久石譲 『Shoot The Violist〜ヴィオリストを撃て〜』

 

 

「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス Op.85」ヨーロッパや昭和レトロまで懐の深い、音楽なんだけれど極上の短編映画を見ているような可憐でドラマティックな作品です。ぜひ10分うっとりしてください。これまで映画/TV/CMなどタイアップがついたことがないならそれが不思議なくらい。ここに書いた曲名をコピペ検索すると、もれなく紹介したCD盤と同じ演奏、ユーリ・バシュメットが奏でるヴィオラを、動画サイトで聴くことができてしまいます(うっ…)。

ただですね♪

音楽が運んできてくれる幸運な出逢いというのは、本当にあるもので。「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス」をきっかけに買った9枚組CD、そこにまた幸せな出会いの種がありました。きっと知ることも聴くこともなかったのだろうと思うと、誰にともなく何にともなく「ありがとう!」と叫びたくなる気持ちを抑えることができません。それは「Untitled Music」を聴いたときのような鳥肌と感動に近い。次回は ~ヴィオラが主役 II~ です。

それではまた。

 

reverb.
NHK「ブラタモリ」、久石譲音楽率が高いですね♪ これなんの曲だっけ?番組を置いてけぼりにしてグルグル記憶をたどってしまいます。

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第7回 「春・夏・秋・冬」四季:久石譲

Posted on 2017/03/21

ふらいすとーんです。

久石さんの夏をイメージする楽曲といえば「Summer」、春は「Spring」、秋と冬は真っ先に思い浮かぶ曲は人それぞれでしょうか。

久石さんは作曲をするときに何かをイメージして曲を書くことはない、とはっきり言っていますね。こんなふうに語っています。

 

95%は論理的、残りの5%が感覚
「夕日をイメージして作曲したんですか?」みたいなまねは死んでもしない。冗談じゃないよと。こっちが書いたものがよければ、それがちゃんと構成されていれば、そこから朝焼けを感じる人も夕焼けを感じる人もいる。こっちがイメージを押し付けるのは一番よくない。極力フラットに書く。感覚(的)だと思っていることの95%は論理的に解明できる。ただ残り5%ができない。その残りの5%を指して感覚と言いたい。」

SWITCH 達人達 久石譲 4

Blog. 「NHK SWITCH インタビュー 達人達 久石譲 x 吉岡徳仁」 番組内容紹介 より抜粋)

 

 

そうは言っても、なぜか聴くと心揺さぶられるものがある、記憶と直結するものがある、イメージをかきたてるものがある。それが久石譲の音楽です。

さて、数年前の話でしょうか。コンタクトいただいたファンの方からこんなことを言われました。「春に聴きたいとか、夏に聴きたいとか、久石さんの曲を特集しているのを見て、この人はヤバイなと思いました。」・・・”ヤバイな”は”スゴイな”だったかもしれません。でも、ここには”この人キてるな、イッちゃってるな”というニュアンスが含まれますね、はい。相当印象が強かったのかそれ以降もお話をするとき、たびたびこのことを言われます。同じようなニュアンスで、はい。今も楽しく交流させてもらっている大切なファン仲間です。

《久石譲 夏に聴きたい曲 2013》からはじめて《久石譲 秋に聴きたい曲 2014》まで春夏秋冬6回にわたり特集しています。そこで一旦止まっています。季節の変わり目にぴょこっとアクセスが増えます。チラ見でのぞいてみてください♪

 

なんて久石さんの音楽溢れるファンなんだ! なんて思ってもらえますか?実は、そんな万が一の共感をへし折ってしまうかもしれないことを告白します。

 

 

久石さんは200枚くらい、関連作品も入れると300枚を超えるCDを出していると思います(数えてないですけれど)。曲数に換算するとおそらく3000曲をゆうに超えると思います(数えられないですけれど)。これをCDとして保管するのも大変ですが、さて今日はどれ聴こうかな~♪ 1枚1枚引っぱりだすのも大変です。すると便利な昨今、パソコンやスマホに一挙大取込いつでもお手軽にPLAYボタンを押すだけOKです。いろいろ聴きたいからシャッフル・シャッフル~♪ ・・・とてもすぐには思い出せない短い曲が流れてくる。・・・一向に期待している聴きたい曲にまわってこない。

そんな経験ないですか?

僕は春夏秋冬でそれぞれ4つのプレイリストを作っています。久石さんの音楽でもっと豊かに四季折々を感じたい。もちろんそれも!あります。でも、そんな感受性豊かなピュアな人という想像を覆す、現実的なことがもうひとつあります。久石さんの音楽を時代・ジャンルまんべんなく聴きたいからです。

CD作品ごとにメインテーマ曲やずっと聴きたいお気に入り曲ってありますよね。それを「これは春かなあ?これは秋かなあ?」とインスピレーションでプレイリストに振り分けているんです。200~300枚近くあるCDからピックアップした曲たち、それは曲を聴いただけでどのCDに入っているか連想できる主要曲でもあります。

するとどうでしょう。春夏秋冬一年をとおして”もれなくダブりなく”、四季折々を楽しみながらまんべんなく久石譲音楽に包まれることができます。つまりなかば規則正しく?! いや違いますね、自然な季節の移ろいと同じように、最低でも1年に1回は懐かしいあの名曲に耳を傾けることができる。埋もれずに忘れずに末永く愛聴する。季節はまた巡ってくるように久石さんの音楽たちも。流れてきた曲から「あのアルバムか。久しぶりに一枚通して聴いてみよう。」なんていうきっかけにもなってきますね。

なんとも論理的な理由からだったんです、という告白でした。現に《春に聴きたい曲 2014》には『東京家族 オリジナル・サウンドトラック』からメインテーマ「東京家族」がラインナップしています。2013年にリリースされて、サントラ盤をずっと聴いていた時期から落ち着いたときに、「うん、君は春ね。」と名札を渡されたわけです。そして2014年以降も毎年春には聴くことができる清らかな曲です。

 

ここで困ったことがひとつあります。どこにも落ち着く場所のない曲たちです。たとえば「Sinfonia for Chamber Orchestra」「DA・MA・SHI・絵」「The End of the World for Vocalists and Orchestra」「Links」など、ちょっと季節の名札を渡しにくい名曲たちです。そう、久石さんのなかでもエンターテインメントではない、オリジナル作品たちに多い。結局のところ、【春・夏・秋・冬+1】となっている僕のプレイリストです。ファンサイトで特集するときには、プレイリストのなかからマニアックな曲(サントラの小品にして逸品など)をあえて除外した主要曲でラインナップしたものを公開しています。

人によってはアップテンポ/スローテンポで振り分けていたり、メロディ/ミニマルで振り分けていたりするかもしれませんね。一度ファンのみなさんのプレイリストをチラ見してみたい気分です。もちろん四季:久石譲とは別に、普段からガンガン聴く旬な久石譲プレイリストもあります。なにはともあれ、もしオールタイムベストアルバムが発売されるとしたら、何枚組になるんだろう?CD-BOXかな?というくらい盛りだくさんな久石さんの名曲の数々です。

 

 

さて、《春に聴きたい曲 2017》特集の予定はありません。プレイリストには新たに追加されている曲に「Wave」があります。2009年宮崎駿監督に贈られた曲で三鷹の森ジブリ美術館のBGMでもあります。TVやコンサートなど数少ない特別な機会でしか演奏されてこなかった幻の名曲です。2015年ついに待望のアルバム収録が叶いました。

 

 

一度聴いたら忘れられない印象的な曲です。タイトルとおり寄せては返す波のように絶え間ない16分音符の流れとシンプルな旋律。波という形容よりも”揺らぎ”という表現をしたいです。感情の揺らぎ、時間の揺らぎ、呼吸の揺らぎ、記憶の揺らぎ。

卒業式・入学式をはじめとした門出の季節、新しい生活や新しい環境、新緑や木漏れ日の香り。自然においても人においても新しい芽吹きを感じるエネルギー。思い出のアルバムをめくるような気持ちにもなります。でもそこにはノスタルジーだけではない新しい決意、心穏やかに前向きな気持ちにさせてくれるピアノの響きです。

・・・・

いや物申すっ!「私は夏の満天な星空をイメージしています。私は秋月や紅葉です。私は雪景色です。」そんな人もいますよね。もちろん季節や景色ではないプライベートな想いや世界観で、この曲に身も心もゆだねているという聴き方も。十人十色、そのくらい何色にも染まらない、色彩豊かに聴く人色に染まってくれる名曲です。

 

 

CDライナーノーツのクレジットを見るとこう記されています。

Recorded at
Bunkamura Studio [Track-1]
Victor Studio [Track-2,3,5-8]
Wonder Station [Track-4]

Mixed at
Bunkamura Studio [except Track-4]
Wonder Station [Track-4]

 

Track-1は「祈りのうた for Piano」、Track-4は「WAVE」です。これを見たときに、うるっと勝手に感動していました。アルバム楽曲は2013年から2015年にかけての新作です。「WAVE」だけは2009年作品です。アルバム収録に際して選ばれたのは、その2009年当時Piano:Joe Hisaishiによって録音された唯一存在するヴァージョンということが想像できたからです。新録していないのでは?ということです。

ちょっと久石さんのインタビューから補足させてもらいますね。

 

 

毎年、正月に宮崎駿監督に曲を届けています

-今回のアルバムの中の「WAVE」という曲は三鷹の森ジブリ美術館でも流れていますし、「祈りの歌 for Piano」はだれもが聴きやすい、美しい曲です。ミニマル・ミュージックだという意識は特別必要なく、だれもが楽しめる曲が多い印象を受けました。

久石:
「宮崎駿監督とはもう長い付き合いですからね。年に一回、宮崎さんのために正月に曲を書いて持って行くんです。持って行かない年は1年を通して調子が悪くて(笑)。ゲン担ぎみたいなものですね。「祈りの歌 for Piano」は今年の正月に持って行った曲です。正月の3日に作って、4日にレコーディングしてその日に持って行って。なんだか出前みたいですけど(笑)。この年頭の習慣が、意外と大事なんですよ。お正月だから、暗い曲を持って行くことはしないし(笑)、新年最初に心休まる曲を一曲作る、というのは、すごくいいなと思っていて。ジブリ美術館では、僕の曲を今でも使ってくれているみたいですね。」

Blog. 「月刊ぴあの 2015年12月号」 久石譲 インタビュー内容 より抜粋)

 

 

もしかして!?

2009年の正月に作ってすぐにスタジオでレコーディングした「WAVE」、宮崎駿監督の誕生日に手渡した「WAVE」、三鷹の森ジブリ美術館BGMとして流れている「WAVE」。まったく同じものにあたるそれが、アルバムに収録されたことになるんじゃないですかっ?! という、うるっと感動です。残念ながら録音スケジュールはクレジットされていませんので、あくまでも想像の域です。こういうところを空想できる楽しみもCDというパッケージにはあります。音楽としての記録はもちろん、文字や文章による大切な制作記録です。

 

 

さあ、「春の1曲」を選びましょう♪ たとえば桜というキーワードでも《お花見、桜吹雪、夜桜》シチュエーションや風景で、いろんな候補曲がありそうです。

 

ソロアルバムやサウンドトラックなどの主要作品リストから、選んでみるのもいいですね。また「Works -Official ver.」公開にあわせて整理しなおしたカテゴリーページでは、ジブリ作品/北野武映画/オーケストラ/ピアノ/ベストなど、もう少し細かいグルーピングで紹介しています。ジャケットから気になるCD作品を選んでクリックすると作品詳細ご覧いただけます。

 

スマホだと

下にどんどん流れていきます。

 

パソコンだと

 

 

 

もし久石さんの音楽をたくさん持っている人で「そっかあ、そんな方法もあるか」と思ってもらえたら、ぜひ心弾ませながらあなたの「春・夏・秋・冬」四季:久石譲 プレイリストを作成してみてください。まるっと1年間とおして溢れる久石譲音楽、もっと豊かに季節を楽しめると思いますよ。

・・・

結びに近づき、今初めて気づいたんですけれど。「聴きたいアルバム」じゃなくて「聴きたい曲」って、マニアックすぎるというか不親切ですね、反省。それなら春に聴きたいアルバムは? と眺めてみたけど選べませんでした。そんなときはベストアルバム(ベストセレクト含む)をとっかかりにしてはいかがでしょう♪

 

 

《久石譲ファン presents 春に聴きたい曲 2017》なんて特集ができるくらい反響があったらうれしいですね。コンメト欄に曲名だけポーンと書いてもらってもOKです。久しぶりに「ぴあの / JOE’S PROJECT」シングル盤を聴いてたんですけれど、これなんかも爽やかで心躍っていいですね~。「ミステリアス・ワールド」「心靈深處」とかも・・・ダメだ止まらない♪

 

あなたはこの春、どんな久石譲音楽で季節を楽しみますか?

それではまた。

 

reverb.
春夏秋冬プレイリスト1曲目はすべて「INTRO:OFFICEKITANO SOUND LOGO」です。16秒間あのサウンドロゴを聴いてはじまります。プレイリストのはじまりであり、新しいストーリーのはじまりのようで、新しい何かを予感させて、いいでしょ♪(この人キてます)

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第6回 名盤なき「ドイツ・レクイエム/ブラームス」

Posted on 2017/02/21

ふらいすとーんです。

ブラームスといえば「交響曲第1番」、でも「ドイツ・レクイエム」。3大レクイエムといえば、モーツァルト、ヴェルディ、フォーレ、でもブラームスの「ドイツ・レクイエム」。

レクイエムとは「死者のためのミサ曲」のことで、ラテン語による合唱音楽・宗教音楽です。一方ブラームスの「ドイツ・レクイエム」は、ドイツ語で歌わています。さらに、「死者のためのレクイエム」ではなく「生者のためのレクイエム」となっているのも大きな特徴です。ブラーム自身がのちに「私は、喜んでこの曲のタイトルから『ドイツ』の名を取り去り、『人間の』と置き換えたいと公言してもいい」と語っているほど、ブラームの人生観が投影されている作品。10年間をかけて楽章の加筆や修正をくり返し完成させた大作です。

ドイツ・レクイエムの歌詞をみると、第1曲は”Sigle”ではじまり、第7曲は”Sigle”でおわります。”Sigle”は「幸いである」と訳されていますが、辞書をひくと「この上ない幸せ、至福の」という意味がでてきます。つまりは【神の祝福を受けた状態】のことをさしている宗教的なニュアンスをくみとれます。「ドイツ・レクイエム」が通常のレクイエム(死者のために神に祈る)とは違い、「生きる者たちへの救済の音楽」として、聴く人の心を救い奥深くに入ってくる音霊と言霊。人間の苦悩や儚さ、働くことと忍耐、喜びと慰め、そして希望や祈り。

 

ちなみに、3大レクイエムのひとつフォーレの「レクイエム」。名盤のひとつになっているCD盤ジャケットがこれです。ワッツ作「HOPE」の絵が使われています。久石さんの『地上の楽園』のジャケットに使えなかった理由のひとつ、なのかもしれませんね。(Overtone.第3回からの余談でした)

 

 

とりわけブラームのなかでもお気に入りの「ドイツ・レクイエム」。でも名盤なきドイツ・レクイエムなんです(あくまでも僕のなかで)。もう十数枚はいろんなCD盤を聴いてきたと思います。すべてを満たしているものがなかなかない。録音状態だったり、管弦楽と合唱のバランスだったり、独唱の歌い方だったり。あちらを立てればこちらが立たず。これはない!惜しい!もったいない!もうひと越え! そんなことをブツブツ心のなかで言いながら、さながら「ドイツ・レクイエム」勝ち抜き選です!

カラヤンはこの作品に特別な愛着があったようで、晩年にいたるまで7回も録音しています。それぞれの時代や指揮した年齢によってその響きは異なっています。僕のなかで、ただ今勝ち残っているCD盤はそんなカラヤン指揮からの渾身の演奏です。

カラヤンは、平たく言って、あまり合唱を前面に押し出さないことが多いのかな。それは他の合唱付き作品を聴いていても思います。どう聴いても管弦楽が前に出ている作品が多い。合唱を軽視しているとは言いませんが、合唱が管弦楽よりも前に出されることはない、かな。「ドイツ・レクイエム」はオーケストラも大編成ということもあって、どうしても重厚なそれを堪能したく、僕はそちらを選んだわけです。

他の指揮者では合唱が前面に出ていて、管弦楽が伴奏のように奥に引っ込んでいるものも幾多あります。その場合、とてもきれいな宗教音楽や教会音楽のように聴くことはできますし、レビューによっては「合唱の練習用には最適」なんてのも見かけたりします。混声合唱の各パートが聴き取りやすいんでしょうね。自分が求めている演奏や響きによって、どんな演奏盤を選ぶかというのは大きく違ってくるんだろうと思います。だからこそ、「これは名盤だ!」と言われるものが複数存在し(あてなく探すほうにはすごく迷路だけれど)、人それぞれの名盤なんですね。

 

カラヤンの建築構造的な解釈と美学は、ブラームの同じく建造物のような緻密な作品構成をうまく表現しています。・・・なんて言うと、煙にまいたような言い方になりますね。管弦楽と合唱の対等な緊張感、迫真の指揮、魂を注いだ演奏、天上音楽というよりはずっしりと重い地上の音楽、を僕は感じます。バッハの影響も見えるこの作品は、オーケストラとコーラスによる壮大なフーガなど、天に昇っていくような劇的な展開も聴きどころのひとつです。

そんなことを言いながら掌握しきてれいないんです、今の僕には。歌詞を覚えているわけでも理解しているわけでもない。ただただその音楽に耳を傾けているだけです。でも「ドイツ・レクイエム」を聴くと、”なにかを感じる”んです。それは音楽の素晴らしさかもしれないし、生かもしれないし、死かもしれない。ときには慰めかもしれない、希望かもしれない、祈りかもしれない。——なにかを感じるんです。濃い霧に包まれた深い森の中で聴くように。

一言では、簡単には語り尽くせない「ドイツ・レクイエム」の魅力。ぜひ気になったCD盤を手にとって、その解説や歌詞も含めて、聴いて感じてほしい作品です。

 

ブラーム:「ドイツ・レクイエム 作品45」
Brahms:Ein deutsches Requiem Op.45

第1曲 悲しんでいる人々は幸いである
第2曲 人は皆草のごとく
第3曲 主よ、我が終わりと、我が日の数の
第4曲 万軍の主よ、あなたの住まいは
第5曲 このように、あなた方にも今は
第6曲 この地上に永遠の都はない
第7曲 今から後、主にあって死ぬ死人は幸いである

 

 

さて、久石さんの合唱編成付きコンテンポラリーなオリジナル作品といえば、真っ先に浮かんでくるのが「The End of The World」ですね。映画音楽やCM・TV音楽で活躍してきたなか、封印していた本格的なミニマル・ミュージックを再び、もっと言うと「作品を書かなければいけない」とクラシックに立ち返ったエポック的なアルバム『ミニマリズム Minima_Rhythm』(2009)に収録された作品です。

このあたりのエピソードや楽曲解説はCD作品ページにて網羅ご紹介していますので、ぜひご覧ください。今読み返しても、久石さんの並々ならぬ熱量を感じます。

 

久石譲 『ミニマリズム』

 

それから7年後、すでに完成された作品だと思いこんでいたところに、楽章の加筆や改訂を経て突如現れたのが「The End of the World for Vocalists and Orchestra」です。W.D.O.2015コンサートにてプログラムされ、ライヴ盤としてCD作品化もされました。

なぜここにきて?どんな進化を遂げたのか?「The End of the World」という作品が辿っている複雑な変遷は、一言では語れません(まだ進化の過程なのかもとすら)。今の時点での、その歩みを紐解いてみてください。

 

 

このCD作品には、スタジオジブリ作品の交響曲化シリーズ第1弾『風の谷のナウシカ』より、「Symphonic Poem NAUSICAÄ 2015」も収録されています。もちろん「ナウシカ・レクイエム」も構成されています。ライヴ・レコーディングならではの迫力のある臨場感はもちろん、演奏も録音も最高品質です。

 

 

クラシック音楽を聴きあさるようになって特に思うんです、久石さんのCD作品って(聴く人にとって)なんて恵まれてるんだろう、と。曲そのものの良さはあえて言うこともないとして、ここで言っているのは”記録された演奏としてのクオリティ”のことです。

だって、作曲者である久石譲自らの指揮、選ばれた管弦楽と奏でる最高のパフォーマンス。そして久石譲監修による音のチェックやトラックダウンを経て、CD作品としてパッケージされる。至れり尽くせりです。当たり前なんですけどね、それが現代の一般的な”CD盤を残す”一連の工程ですから。——いや、本当に当たり前なのかな?!

一方、クラシック音楽って、ほんとに「いい演奏」を探すのって大変です。しかも極端に言えば、そこに作曲家の意図は直接的に反映されない。故人の遺した楽譜や想い、時代背景をくみとりながら、こうじゃないかな?と多くの指揮者や演奏家たちが、答え探しつづけている。それがクラシック音楽における”CD盤を残す”ことそのものです。

オリジナル版が存在しないクラシック音楽だからこそ、「これが名盤じゃないか?!」とその時々の時代を反映した幾多の名盤が存在しています。でも、久石さんの音楽は、ほぼすべてがオリジナル版として、その一枚のCDを手に取りさえすれば、疑う余地なく満たされる幸福感。そして世に送り出された時点で、それは唯一無二の”オリジナル版にして名盤”という刻印を約束されているわけですからね。なんとありがたい。

 

 

あっ、大切な合唱付き作品を忘れていました。「Orbis」です。ベートーヴェンの第九に捧げる序曲として、アルバム『メロディフォニー Melodyphony』(2010)に収録されています。ファンの間では、かなり人気のあるオリジナル作品なんじゃないかな、いや断言できるほどでしょう。

 

久石譲 『メロディフォニー』

 

「Orbis」もまた、時を経て「Oris~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~ 新版」として楽章が追加され、全3楽章となりました。「久石譲 第九スペシャル 2015」コンサートにて世界初演されています。おそらく聴くことができた人は、そんなに多くないと思いますので、コンサート・レポートにてその熱気を感じていただけたらうれしいです。かなり荒い息で書き上げたと記憶しています(^^;)

 

 

「Oris~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~ 新版」、いつその命を録音に吹き込まれるのか、とても楽しみですね。ただただ静かに待つのみです。指を加えて・・・と言いたいところですが、そんなことしてたら、第2関節くらいまでふやけちゃうんじゃないかな・・・いや、静かにずっと待ちますよ!という宣言がしたかっただけです。

もうホント。遠い未来に、「ドイツ・レクイエム」勝ち抜き選のようなことになりませんように。久石譲によるオリジナル版にして名盤がない状態、楽譜を頼りに幾多の迷盤が混在する…。「これが作曲家の意図を忠実に再現した演奏ですよ、これがこの作品のあるべきかたち、名盤です」なんて言われても……。そんなことになったら、僕は、悲しい。久石ファンはみんな、悲しい。

 

 

名盤なき「ドイツ・レクイエム」から少し話がそれたでしょうか。時代を越えて普遍的に響く作品です。いい演奏がないと言っているわけではありません、実際僕もすり減るくらい聴いています。管弦楽+合唱という大規模な大作に、果敢に挑み音楽のかたちとして封じ込めたCD盤たち。どの演奏に出会ったとしてもきっと心揺さぶるものが、そこにはあります。

そして久石さんの、疑う余地なく満たされる響き、圧倒的な完成度をもって君臨する管弦楽+合唱編成作品群。「ドイツ・レクイエム」が10年の歳月をかけて完成したように、「交響詩ナウシカ」は1997年版から2015年版へ、「The End of The World」は2008年から2015年へ鼓動をつづけています。今は、名盤よき『The End of The World』、その一枚のCD盤で「この上ない幸せ、至福の」をかみしめています。

それではまた。

 

reverb.
富士急ハイランド「富士飛行社 Mt.Fuji 2016」体感してきました。少し前の話です。/^o^\

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第5回 「ジルベスターコンサート2016」 by Teporingoさん

Posted on 2017/02/06

ふらいすとーんです。

今日は、いただいたメッセージをご紹介します。

「ジルベスターコンサート2016」について、「行きました!よかったです!」というメッセージをいくつかいただいています。わざわざコンタクトページから気持ちの込もった文章をありがとうございます。僕は読みながらひとりうれしくニンマリしているのですが、同時に僕だけの胸にとめておくのはもったいない!と思うものばかりです。そのなかからお便りのひとつです。

いろいろ悩み考え、それでも紹介したい!と思ったわけは、ただひとつ。「行った人の数だけ、感想があり感動がある」。僕のコンサート・レポートは、ひとつの感想にすぎません。ペタンとした薄いものです。でも、いろいろな感想が織り重なることで、ぐっと厚みもましますし立体的にもなり、久石さんファンによるパノラマなコンサート・レポートとして至極の景観になります。

Teporingoさんからのメッセージは、とりわけ長文で時間と気持ちを込めていただいたものです。ほぼ原文そのままに載せることを、快く承諾してもらいました。ありがとうございます。ひとりひとりの日常生活があって、コンサートに行きたい想いがあって、我慢や葛藤もあって、そして念願叶ったときのこみあげる喜び。

ぜひ、あなたの好きな曲を聴きながら、ゆっくり読んでくださいね。

 

ジルベスターコンサート2016

いつも楽しく、大変興味深く拝見しております♪

昨年末のジルベスターコンサート2016、初めて久石さんのコンサートに足を運びました。昨年は勉強の一年で、その間は全ての楽しみを断ち切っていたので、この年末のコンサートが念願叶っての初コンサートになりました!

夏、秋のコンサートもすごく行きたかったし、行こうと思えば行けたかもしれないけれど、何となく罪悪感と試験に落ちたらその言い訳材料になるのが嫌だったので…(^^;) 試験が終わったら!!!という思いでぐっと我慢しました。

感想とか「とても良かった。とても感動した」とか言うと、「それだけ?もっと色々ないの?」っていう感じですが、何ていうか表現下手なんですよね。(どんなところがどんなふうに良かったとか…)

 

今回のコンサートも、本当に素晴らしく、とても感動しました!もし、感情を波形で表す装置を装着したらきっと針が振り切れるほどであろうし、感情を色彩で表す装置を装着したらきっととても色鮮やかで美しい絵が映し出されるだろうな…と。

ブログに書かれていた、久石さんのピアノの音色を「魔法」って表現するの、とても素敵ですね♪私もそう思います!心踊らせる魔法、琴線に触れる魔法…、そんな魔法の音色に気持ちがとても満たされました( *¯ ¯*)

久石さんは世界で活躍されているbigなお方なのに、何ていうか腰が低いというか御自身からファンの人たちの所に歩み寄られてにこやかに対応されていて、なんかそういうのをとても大切にされているのかな…という印象を持ちました。そんな素敵なお人柄にも触れることができて、とても心温まりました( *¯ ¯*)

 

いつもいつもレポートで、作品の一つ一つをとても丁寧に考察されていて、大変興味を持って拝読しております。私は割りと感覚的に聴いちゃっているので(あ、だから感じることも感覚的になってしまうのか…。まだまだ深く掘り下げるほど自分自身のキャパが足りていないというのもあるのですが)、このようなレポートを読むのは自分が気づかなかったことなどを多く知ることができてとても楽しいです♪(自分ではたいした感想も書けないくせに、他人様の感想などを読むのは大好きなのです(^^;))

以前に書かれていた記事の中で、強く心に響き、大変印象に残っているフレーズがあります。

『あの日の大切な思い出に、次回は行きたいという想いに、そして未来の人たちがきっとうらやましがる音楽遺産に。『久石譲のコンサートを体感できる同じ時代に生きる喜び幸せ』は現代聴衆の特権です。』

この言葉をかみ締めながら味わった年末のひと時は、それはそれは大きな喜び幸せを感じた素晴らしい時間でした。何度読み返しても、心揺さぶるフレーズです。(大袈裟な表現とかではなく、本当に涙が出るレベルです(;∇;))偶然出会って心惹かれた時の思い、胸を焦がす思いでいた昨夏、その思いが成就した大晦日の感動の時間…、その時の気持ちを思い出すというか、そんな気持ちがすごくよく表されたフレーズなのかもしれません。何ていうか、今を生きる喜びの一つがここから見出せた気がするし、これからもそんな思いを大切にしていきたいと思いました。

 

私はまだまだ、久石さんの音楽を半分も知らないと思います。昔の作品も私にとっては新しい出会いであり、こちらのサイトは道標となってくれる大変ありがたい存在です。是非これからも、私を含め多くの方々の道標になっていただけると嬉しいです♪

自分の思いをこうやって文字にしてみると、なんか薄っぺらい表現しかできないなぁ…(支離滅裂ですし、やっぱり表現下手ですね(^^;))と思いますが、少しスッキリしました。

これからももっともっと久石さんの素敵な音楽に出会っていきたいと思います♪

 

(2017.1. written by Teporingoさん)

 

 

素敵なコンサート・レポートです。じんわり心温まります。

僕のは、いつも解説チックな無表情なところもあるんですけど、Teporingoさんの感想はとてもストレートで、人柄や客席で聴いている姿が浮かんでくるほどです。やっぱりいいですよね、いろんな人のコンサート感想がみれるのって。

いつもサイトやブログをチェックしてもらっている、それがわかっただけでも僕にとってはうれしいの一言に尽きます。———印象に残っているフレーズなんて、恥ずかしい。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2016」のコンサートレポートに書いたと記憶しています。たしかあのときは、貴重な全国10公演というのもあって、各地からコンサート感想がたくさん集まるツイッターのつぶやきを、まとめさせてもらいました。コンサート直後の感動を瞬間的に封じ込めたかったんですね。今そのツイートの封をあけても、うるっときます。

 

 

ちょっと手をのばせば掴むことができる、最高の幸せ。久石さんのコンサートに行くことや久石さんの音楽を聴くことは、僕のなかでそんな感じです。Teporingoさんのなかでも、なにか共感するところがあって、少しでも響いてくれるものがあったなら、こんなにうれしいことはありません。当たり前を当たり前と思わずに、そんな幸せや喜びをかみしめたからこそ、Teporingoさんは、大晦日のあの日、素晴らしい時間を過ごすことができたんだろうなあと思います。

 

 

載せることを迷い悩んだ理由。

あくまでも、対ふらいすとーん、一対一のやりとり(コンタクトフォームからのお便り)だからこそ、ここまで純粋に素直に書いてもらったんだと思うんです。だから、はたしてこれを載せていいものか、載せていいですか?と聞いていいものか、正直悩んだ日々でした。

でもやっぱり紹介したい気持ちのほうが強かった。感動や共感を分かち合える場所って大切だな、と思ったからです。掲示板やBBSでもない場所、コミュニケーションが縦横無尽に飛び交う場所ではないけれど、「想いが刻み残される場所」がある。僕だけのものじゃなくて、久石さんファンによって積み重ねられる記憶の場所となっていけたらいいなあ、そう今思っています。

 

どうぞご安心ください。

いただいたメッセージを勝手に載せることはありません。シンプルに僕とあなたとの一対一のコミュニケーションです。メッセージを送ることも気軽に、ちゃんとしたこと書かなきゃとか力まず気負わずに、フランクにドアをノックしてください。

ぶつぶつ・・・・コンタクトフォームの、メッセージ本文の記入枠って小さいんですよね。あれ、右下角の  // をビーっとドラッグ伸ばしてもらったら大きく広がります。ブラウザによって?スマホは?できないかもしれません、むむっ。ちょっとでもストレスフリーに書きたいことを書いてもらえたらいいなあ・・・・ぶつぶつ。

最初から掲載OKの心意気なら、そう書いてもらっても大歓迎です!まずは、気軽にコメント欄からひと言ふた言でも。あ、こっちは自動的に掲載されますのであしからず(^^)

もちろんコンサート感想だけじゃなくて、最近の久石さんの活動についてとか、特別な想いのある作品とか、久石さんにまつわる思い出とか、ぜひ一度立ち止まって想い馳せてみませんか?あなたも知らなかったあなたのなかの新しい響きが聴こえてくるかもしれませんよ。

 

Teporingoさん、最後のほうに「少しスッキリしました」と書いてくれていました。これもまた大切なことだと思うんです。たぶん、書くことで心や頭を整理して自分と向き合って、自分はこんなことを思ってたんだと新鮮な驚きもあるなか書いてくれたと思います。こういう作業?儀式って、一連のコンサートイベントをさらに膨らませる、そして幸せな余韻を満たしてくれる、観客の観客による観客のための価値創造。そんなふうに思っています。

僕のなかで「久石譲ジルベスターコンサート2016」の感動がひとつ大きくなった、喜びのおすそわけをいただいた、そんな大切なメッセージのひとつです。Teporingoさんにとっても、より記憶にも心にも深く刻まれたコンサートになったんじゃないかなあと思います。そしてこれから先、久石さんのコンサートにどんどん足を運べるとしたら。数年後に「初コンサートの感想」を振り返れるって、とても素敵なことですね☆彡

それではまた。

 

reverb.
メッセージにはすべてお返事しています、ぜひちょっとでもお話しましょう(^^)♪

 

reverb2.
照れくさくも勇気のいったTeporingoさんにぜひ温かい拍手を(^-^) コメントメッセージなんかももらえたらうれしいな~♪やっぱりいいですよね~、いろんな人の久石さんへの想い♪僕は心から知りたい。

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第4回 「エニグマ変奏曲/エルガー」 Symphonic Variation を楽しむ

Posted on 2017/1/27

ふらいすとーんです。

久石さんの”Symphonic Variation”といえば、「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド」(ハウルの動く城より)ですね。そこにいきます、その前に。

「威風堂々」でおなじみのイギリス作曲家エルガー、「エニグマ変奏曲」という作品があります。「エニグマ(謎)」と名前にあるように、2つの”謎かけ”が込められた作品です。といっても、そこは「威風堂々」のエルガーさん、とてもキャッチーで親しみやすいメロディです。1つは、各変奏に付けられたイニシャルで、それはエルガーの友人たちへの肖像になっていて、謎解きは完了しています。もう1つは、「この変奏曲は、主題とは別の、作品中に現われない謎の主題も使われている」というものだそうで、未だ解明されていません。うーん、深すぎてよくわからない。(^^;)

と、ご紹介したような背景は、この作品を好きになってから調べたことで、聴いたが吉日、そんな作品です。僕のなかの”愛聴盤探し”に火がついて、一時期探しては聴いてをくり返していました。なかなかしっくりくるものがなく、国内盤では飽き足らず、輸入盤にまで手を出してしまう始末。おかげで愛聴盤にめぐり逢うことができました。

 

 

「エニグマ変奏曲」 おすすめポイント

主題(テーマ)が1曲目にあり「このメロディが変化していくんだな」と、とてもわかりやすいです。各変奏で長調になったり短調になったり、主旋律(メロディ)だったり副旋律(伴奏)にまわっていたり、高音楽器や低音楽器で奏でられていたり、テンポや拍子が変わっていたり。でも、メロディが見つけやすい、聴いていて楽しいです。

ひとつのメロディが表情豊かにドラマティックに展開していきます。オーケストラ楽器の魅力、オーケストレーションの魅力を味わえる作品です。各変奏とても短い曲で、めまぐるしく展開する映画のワンシーンのよう。いいな!と思ったのも束の間、すぐに次の曲へ移っていきます。もうちょっと聴いていたかったなあと思うほど、この先の展開も聴いてみたかったなあと思うほどに。あれ、なんだか久石さんのSymphonic Variationのほうを言っているみたい・・・、いいえ「エニグマ変奏曲」のお話です。

 

「エニグマ変奏曲」のなかでも有名なのが、「第9変奏 “Nimrod”(ニムロッド)」です。ほんとに美しい曲です。エンドレス・リピート、心おだやかに時間がとまります。単独でコンサートのアンコールピースとしても人気のある名曲です。

ニムロッドとは、エルガーの親友アウグスト・イェーガーの愛称で、ベートーヴェンに関する議論をしながら、イェーガーがエルガーの音楽活動を激励した一夜の雰囲気を描いている、そうです。その夜、イェーガーが口ずさんだメロディこそ、「ピアノ・ソナタ第8番 悲愴 第2楽章」/ベートーヴェン、誰もが聴いたことのあるあの旋律です。エルガーはエッセンスとして取り入れているとのこと。(エピソードはかけ足抜粋しています)

そうなの?そんなことになってる?!と知って楽しむ音楽ですね。たしかに「悲愴」のあのメロディが、エニグマ主題のなかに見え隠れしてきます。「悲愴」の「ドシミー、レ、ドミラミー♪」このシの音、「第9変奏」の「ソミラーファーシーファー、ファラソーシーミーファーレー♪」このファーの音を1オクターブ上げてみると、「悲愴」のメロディと同じ音並びになります。曲冒頭からはじまる旋律です。・・・伝えきれていない。

♪「悲愴」第2楽章のこの音

♪「第9変奏」のこの音 (を1オクターブ高く響かせてみる)

 

*僕の解釈ではなく音楽番組で紹介されていたことです。ご安心ください♪

ほんとだ!「悲愴」のメロディとかぶる!と目からウロコでした。そりゃ、心揺さぶられる曲なわけです。ぜひ、第9変奏だけでも聴いてみてほしい、きっと久石さんファンの心には響く、美しい曲です。「エニグマ変奏曲」をとおして聴いてみたいと思ったら、僕の愛聴盤はこちらです。4,5つほどCDを聴き比べて、音の良さ、管弦楽のバランス、演奏の抑揚、ダイナミクスや揺れ、この作品の持ち味を最大限表現できてる、と僕の耳は思ったようです。輸入盤です。もしほかに名盤ご存知の人は、教えてください、飛びつきます!

 

エルガー:「エニグマ変奏曲」
指揮:ノーマン・デル・マー
演奏:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

Elgar:Enigma Variations
Conducted by Norman Del Mar
Performed by Royal Philharmonic Orchestra

主題 Theme 1:32
第1変奏 “C.A.E.” 1:54
第2変奏 “H.D.S-P.” 0:54
第3変奏 “R.B.T.” 1:22
第4変奏 “W.M.B.” 0:31
第5変奏 “R.P.A.” 2:05
第6変奏 “Ysobel” 1:24
第7変奏 “Troyte” 0:59
第8変奏 “W.N.” 1:43
第9変奏 “Nimrod” 3:56
第10変奏 “Dorabella” Intermezzo. 2:38
第11変奏 “G.R.S.” 0:57
第12変奏 “B.G.N.” 2:53
第13変奏 “* * *” 3:07
第14変奏 “E.D.U.” Finale. 5:08

 

 

さて、「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド Symphonic Variation “Merry-go-round”」。映画『ハウルの動く城』メインテーマ曲にして、映画全体を一貫して響かせるあのメロディです。あまり説明の必要ない人気曲、紹介はこの辺で大丈夫ですね(^^)

僕は、最初「人生のメリーゴーランド」を聴いたとき、なんて優雅で胸躍るワルツなんだろう、と聴き惚れていました。さらにサウンドトラックを聴いて、映画を観て、あの旋律がこんなに表情豊かに奏でられるんだ、びっくりうずうず、開いた口が開いた耳がふさがらない、幸せ気分でした。それはまるで、一つの種からいろんな花が咲くようで、一つの卵からいろんな生き物が飛び出すようで。

サントラ盤では楽曲名が違うので、どれがあのメロディをモチーフにしてたっけ、メモしがらリストアップ、「人生のメリーゴーランド」プレイリストで、めくるめく七変化を聴き楽しんでいました。そうこうしているうちに登場したのが、「変奏交響曲 人生のメリーゴーランド」です。

 

久石譲 『WORKS3』

 

宮崎駿監督の「この映画はひとつのテーマ(曲)でいきたい」という要望に応えた渾身のメロディ「人生のメリーゴーランド」。サントラ盤では場面ごとの短いモチーフ変奏となっていたものを、音楽作品として昇華させたのが「Symphonic Variation “Merry-go-round”」です。

ひとつのメロディだけで映画二時間をもたせるって、なかなかできることではありません。世界観の反映、メロディとしての核、多彩なオーケストレーション、各シーンにあった楽曲構成。もっとも大切なのは、変奏に耐えうるだけの、自由に飛び羽ばたけるだけの、核としてのメロディ。ときに切なく、ときに力強く、ときに優雅に、音楽家久石譲の妙技を堪能できる旋律美です。

そんな「ハウルの動く城」「人生のメリーゴーランド」にまつわる数々のエピソードは当サイト内で紹介しています。ぜひ紐解いてみてください。サイト上部に検索BOXがあります。「ハウルの動く城」キーワードで検索すると、たくさんHitすると思います。Hitしすぎると思います。そんなときは、

「disc ハウルの動く城」
ディスコグラフィ、CD/DVD作品に絞り込むことができます。

「blog ハウルの動く城」
各媒体(コンサート・書籍・Web 他)からの久石譲インタビューや資料に絞り込むことができます。

 

 

ひとつの主題(メロディ)から、大きな作品を築きあげていく。それは「エニグマ変奏曲」でも「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド」でも同じですね。変奏はそれぞれです。オーケストラ楽器の使い方も、オーケストレーションも、核(メロディ)と世界観、そして作家性を反映した、趣の異なる変奏曲がかたちになっています。そういう変奏曲聴き比べも、おもしろいなと思います。またそうすることで、久石さんの作品がクラシック音楽と並べて響かせても遜色ない、という凄みを感じてしまいもするわけです。

「エニグマ変奏曲」、イギリス作家らしい響きと世界に包まれます。洗練された都会の街、ちょっと郊外の田舎町、自然豊かな風景、音楽旅行です。「ニムロッド」をはじめとして、ぜひ約30分、純粋に音楽からあなただけのイメージを描いてみてほしい作品です。

「第9変奏 “Nimrod”」と「第14変奏 “E.D.U.” Finale.」を聴いてみて、あなたに響くものがなかったら、それ以上の無茶は言いません。ありますよね、聴くタイミングとか響くタイミングって。僕もこの作品少なくとも中学生の時に聴いているはずで。「威風堂々」とカップリングされたCDを持っていました。そのときは、かすりもしなかったなー。エニグマ?謎?なにそれ、ふーん、ピンとこない(^^;) せめて、このあとすぐ、「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド」約14分、あのシンフォニックなバリエーションで心躍らせてくださいね♪

あっ、「第9変奏 “Nimrod”(ニムロッド)」は映画『のだめカンタービレ 最終楽章前編』でも使われてたんだ、知らなかったなー、気になってきたかなー(^^)

それではまた。

 

reverb.
次回からは月1~2回ペースを予定しています。φ (. . ;)

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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