Overtone.第9回 「ヴィオラ協奏曲/ウォルトン」 ~ヴィオラが主役 II~

Posted on 2017/05/22

ふらいすとーんです。

「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス ヘ長調 作品85」は聴いてくれましたか?

 

僕はというと。

動画サイトですぐに簡単になんでも聴けてしまうことを推奨しているわけではありません。それをきっかけに何を感じとってどう行動するかのほうが大切なように思います。好奇心旺盛に音楽を浴び、自分のなかの音楽感性が変化していることを実感できる、自分のなかの音楽が豊かになる。そんなきっかけにのひとつになるならこういったツールもすべてが悪だとは思わないと、緩いかもしれませんがそう思っています。

もちろんありがたくも手軽に聴くことができた音楽やアーティストに対して、リスペクトを忘れずに耳を傾ける必要はあります。節度やモラルも大切です。その恩恵をどうアーティストに還元するか。

2017年1月に開設された「久石譲公式YouTubeチャンネル」で初めて「エレクトリック・ヴァイオリンと室内オーケストラのための《室内交響曲》抜粋」を聴いた人も多いと思います。それをきっかけにCD作品「MUSIC FUTURE 2015」を買った人もいるかもしれません、2017年10月開催予定「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.4」コンサートに足を運んでみようと胸躍らせチケットを購入した人もいるかもしれません。いや、きっといると思います。このサイクルこそが尊い、音楽がつながっていく大切な循環のような気がします。次回の公式アップ曲も楽しみですね♪

 

 

前回「Overtone.第8回 ヴィオラと管弦楽のためのロマンス/ブルック」 で、作品の魅力はもちろん弦楽器ヴィオラについてお話を進めました。今回はまた全く趣の異なるヴィオラ作品をご紹介します。9枚組CDを買ったことがきっかけで、音楽が運んできてくれた幸運な出逢い、きっと知ることも聴くこともなかったであろう、そんな逸品です。

ウィリアム・ウォルトンという作曲家、僕は初対面でした。エルガーやホルストの影に隠れてしまいがちのようですが、イギリスを代表する音楽家とあります。

「同時代のさまざまな音楽をたくみに吸収・消化し、新鮮かつ大胆なリズム・和声を用いて表情豊かで親しみのある作品を生み出した。豊かな情感と壮大で雄渾多感な表現を好んだこと、明晰な調性感を好んだことから、新ロマン主義の作曲家と見なしうるが、客観的で端正な表現をよしとする新古典主義音楽の発想にも洗礼を受けている。」(ウィキペディアより)

なるほど。

ウォルトンは映画音楽界でも確固たる地位を築いた人で、手がけた映画音楽を抜粋・編曲して別作品へと大きく改作した「スピットファイア 前奏曲とフーガ」が有名とあります。映画『スピットファイア』の音楽は大変高い評価を獲得したことから、公開翌年には演奏会用の編曲を施し作曲者自らの指揮によって初演・録音が行われたそうです。その他、3つの交響曲と、5つの協奏曲、室内楽から合唱作品まで幅広く作品を残している、そんな音楽家ウォルトンです。

なるほど。

なんだか、どなたかのお顔が頭のなかで浮かんできそうですが、もう少しこのまま進めます。

 

 

「ヴィオラ協奏曲」は、ある名ヴィオラ奏者のために作曲されたものの演奏を拒否されてしまい、別の名ヴィオラ奏者パウル・ヒンデミットによって無事初演を迎えることのできた作品。第一候補奏者が拒否した理由が「モダンすぎる」という、なんとも当時としては斬新な作品を象徴するような逸話ですね。先駆的で今では重要なレパートリーとして多くのヴィオラ奏者が取り上げ録音も残している、そんな作品です。

1929年作曲・初演、約30年後の1961年に大きくオーケストレーションが改訂されています。元は三管編成(トランペット3本を含む)だったものを、オーケストラの重厚すぎる部分が改められ、また編成にハープが加えられるなどの変更が施さ、現在多くのCD作品や演奏会も含め聴くことができるのは改訂後の1961年版です。

なるほど。

またまた、どなたかのお顔が頭から離れなくなっていますが、もう少しこのまま進めます。

 

 

「とにかくかっこいい!」、鳥肌が立つほどに、うれしくて体のなかの音楽センサーが湧き躍るような感動。表情豊かで親しみやすい旋律、リズムに特徴があるのか躍動感が時代を越えたところの色褪せないビート。それはまるで生理的・快感的ともいえる本能的に喜ぶ鼓動、なのかな。

全三楽章、緩急緩のような編成になっているこの作品。第1楽章と第3楽章はひとまず置いて、ここでは第2楽章にフォーカスします。ぞくぞく身震いするような躍動感で新鮮な感動を与えてくれる第2楽章。リズムのアクセントがすごく独特でとても惹き込まれます。これが楽章全体のグルーヴ感や高揚感に大きく貢献しているように思います。

「シンコペーション:西洋音楽において拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて独特の効果をもたらすことを言う。主に、弱拍の音符を次の小節の強拍の音符とタイで結ぶ、強拍を休止させる、弱拍にアクセントを置く、の3つの方法がある。」(ウィキペディアより)

なるほどー。調べていくとウォルトンのそれは、シンコペーション・リズムというらしく、これによって独特の躍動感(ゾクゾク・ウキウキ・ワクワク)を演出していたんですね。例えば一般的な4拍子の曲であれば、頭の1拍目や3拍目でタン・ウン・タン・ウンと標準的なリズムをとります。それをシンコペーションにすると(2拍目の裏)、タン・ウ・ターン・ウンという感じになります。すごく単純稚拙な例えで申し訳ないですが、わかりやすく言うとそういうことだと思います(^^;) そしてこのシンコペーションがリズムパートだけでなく、旋律そのものや旋律アクセントにも複雑ふんだん絶妙に盛り込まれています。ここが”くすぐりどころ”をグッとつかんだウォルトンの得意技のひとつのように思います。

 

そしてもうひとつが、ヴィオラという中音域楽器を主役に迎え入れたときに、管弦楽はどのような構成をとるのか。ヴィオラを前面に引き出すためにどのようなオーケストレーションが施されているのか。ヴァイオリンとは違い高音の突き抜け感がないヴィオラは、やもするとオーケストラに埋もれてしまいます。響きの異なる金管楽器や木管楽器をうまく配置すること、そしてヴィオラを聴かせるパートとオーケストラを聴かせるパートをうまく切り分けて配置することで、ヴィオラ協奏曲としてどっしりとした存在感を得ています。中音域楽器ヴィオラの絶妙な渋さとひきしまった響きが相乗効果となっていて、大人な嗜みを感じる協奏曲です。

三管編成を聴けていないので比較することはできないですが、作曲者自らが二管編成へと改訂したのはまさに大正解だったんじゃないかなと思えるほど切れ味のよい、そしてシンコペーションリズムの効果をいかんなく発揮したフットワーク軽いリズム、跳ねるような躍動感でやみつきになります。

僕はこの作品を、ひそかに、心のなかで、「久石譲の新作としてもおかしくないシリーズ」と呼んでいます。

 

Yuri Bashmet:The Complete RCA Recordings

Disc1
ウォルトン:『ヴィオラ協奏曲』
1. Andante comodo 8:28
2. Vivo, con molto preciso 4:16
3. Allegro moderato 13:11
アンドレ・プレヴィン(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1994年

(以下略)

 

 

2015年4月TV番組「題名のない音楽会」リニューアルにともない書き下ろされた新テーマ曲「Untitled Music」。新司会者でヴァイオリニスト五嶋龍さんと華々しく共演初披露したのが記憶に新しいところです。ヴァイオリンをフィーチャーし楽器の魅力を最大限に引き出した構成と、バリエーション豊かで技術を駆使した奏法、最高のコラボレーションです。

実は前段階でテレビ番組テーマ曲という先入観があったせいか、はじめて聴いたときは「あれっ、すごいけれど、どこがメロディだったんだろう」ととても難解でつかみどころのない印象だったのを覚えています。あまりにもメインテーマという肩書きとは正反対な、その本格的な楽曲の凄みに圧倒されてしまったのです。うん、こういうのをひと言で言うと”なめてかかっていた”ということになり…ごめんなさい!(><) と誰にともなく謝って…次に進みます。

聴くうちになんとも言えない幸福感に満たされる、どんどん体のなかにしみわたっていくような感動の広がり、個人的にもとても印象深い作品です。それは、今までの久石譲新作を聴いたときとは少し異なる、新しい久石譲を感じとったようなふつふつ湧きあがってくる感動にかわっていきました。

もう少し具体的なレビューは作品紹介ページに書いていますので、興味あったらぜひ読んでみてください。オーケストレーションの特徴なんかも感じとったままに書きとめていたと思います。

 

 

 

このレビューのなかに、「テーマ曲としては約3分半の小品として完成されているが、ここからさらにヴァイオリン・コンチェルト(協奏曲)として発展させていってもおもしろそうな、そんな可能性を秘めた作品である。」——なんてことをいっちょまえに書いているのですが。

2017年4月番組司会者交代にともない、番組テーマ曲「Untitled Music」も使用終了となりました。大きく残念半分、大きく期待半分な心境です。毎週聴けなくなったことと、お茶の間にこの曲の魅力がもっと浸透しつづけてほしかったなという想い。もう一方で、テーマ曲から解放されたその先に、新たな発展の機会を得たんじゃないか?!という希望の光が射しこめた瞬間でもありました。

突っ込んで言うと、エンターテイメント音楽「Untitled Music」からオリジナル作品「Untitled Music」へと昇華する可能性ができたのならすごくうれしい!そんな根拠のないふわふわした期待です。たとえばそれは『ヴァイオリン協奏曲 “Untitled Music”』、『Untitled Music for Violin』、『室内交響曲 Untitled Music for Violin and Chamber Orchestra』なんて、想像がすぎるでしょうか。ついつい勝手な空想がふくらんで破裂してしまう悪いクセです(^^;)

既存の「Untitled Music」が楽章形式をとるオリジナル作品「Untitled Music」のいずれかの楽章に配置されるような。もしくは現段階でも核が見事に結晶化されているそれを、各楽章に主題やモチーフを解き放ち全楽章として大きな広がりをもたせる。ここまでくると改訂や再構成という範疇を越えたところ、まさに”大いなる昇華”なんです!

 

 

リスペクトする演奏家、コラボレーションしたいアーティスト、ソリストのために書き下ろされる作品。「Untitled Music」はもちろん五嶋龍さんを念頭に置いていたからこそ生まれた傑作です。同じように「コントラバス協奏曲」もソロ・コントラバス石川滋さんを念頭に創作された”100年後のレパートリーになりうる”作品です。ウォルトンのヴィオラ協奏曲もスタート地点は同じ、重要なヴィオラ作品レパートリーとして今につながっています。こう考えるとソワソワともワクワクともしれない、とても前のめりな感覚におそわれてしまいますね。

・・・・

少し横道にそれますが、久石さんが近年とっているオーケストラの基本編成は二管編成です。2000年代の三管編成でのゴージャスな作品や大規模コンサートを経て、今は古典派クラシックでも主流だった二管編成。もっと言うとベートーヴェンやブラームスの時代、対向配置を念頭に作曲された作品も多く、久石譲指揮の古典クラシック演奏会はもちろん久石譲作品もこの楽器配置が定着しています。

「ベートーヴェンはピアソ・ソナタをつくり、交響曲を書き上げ、必ずそれらを素材として弦楽四重奏曲に取り組んでいる」—というのはなにかの文献で見た記憶。久石さんの言葉だったような気もするのですが不確かなので断定はできません。つまりはその時期取り組んでいる音楽をピアノソロでつくり、オーケストラで拡大し、弦楽四重奏としてエッセンスを削ぎ落とす。無駄なものを排除しても自分のつくった音楽のなかに強い核(素材・モチーフ・コンセプト)があれば成立する、ということの確認作業のようなものなのでしょうか。自らの音楽性の伸縮拡大をくり返すことで核を振るい磨いて、それでもたしかに存在するコアこそが音楽家としての確固たるオリジナル性。すごいサイクルだ。

久石さんのオーケストラ編成の時代変化もしかり、近年の室内楽作品・アンサンブル作品の新作書き下ろししかり。ナガノ・チェンバー・オーケストラもシンフォニー(交響)オーケストラではなくチェンバー(室内)オーケストラですしね。これは古典クラシック音楽が作曲・演奏されていた当時のコンパクトな編成にあわせている側面もあり(結果作曲家と遺された譜面を尊重した忠実なる再現性、作曲家久石譲としての解釈と指揮者久石譲のアプローチ)、今の久石譲が求めている響きや構成とも合致し、それが自作における楽器編成とも共鳴しているような。

世界をみわたせば活躍する現代音楽家もオーケストラとアンサンブルの境界線をクロスオーバーするような少数精鋭な小編成作品が多い傾向だったり。そこにはより一層の音楽としての核を追求しているような、システマティックなロジックというかエッセンスを活かした機能美というか。楽器や楽器セクションひとつひとつの音や表現をシャープにして立体的浮き彫りにしているというか。

なぜ久石さんが今「ジブリ交響作品シリーズ」に取り組んでいるのか。2008年武道館コンサートでの大規模編成から二管編成へと改訂したときに、あの壮大な世界観と広がりを失うことなく一層豊かな表現にも磨きをかける。そして”日本国内・海外でも演奏したい”という多くのニーズに応えるべく、ベーシックなオーケストラ編成で再構築しておくことが、結果未来につながり100年後も多くの演奏機会を得られる作品になる。大規模編成や特殊編成は、作品の秀でた個性こそあれやはり演奏機会は減ってしまいます。オリジナル版を再現できないがために埋もれてしまう、もしくは未来の他者によって都合よく改変されてしまう。これはそうでもして生き残った恵まれた音楽作品という面もあるかもしれませんし、作曲家からするとやはり複雑な思いを未来の天国から抱くのかもしれません。

W.D.O.2017コンサートで、「Asian Dream Song」や「Summer」「HANA-BI」「Kids Return」といった北野作品が弦楽オーケストラで披露されるプログラム予定であることも。すべてオーケストラ編成としても披露されているこれらの作品が、削ぎ落とされた弦楽器とピアノのみでももちろん成立することの確認なのか、新しい響きを示唆しているのか、隠されたアプローチを試しているのか、はたまた未来の室内楽団・弦楽オーケストラのためなのか。そういえば、一番ホットな「Encounter for String Orchestra」(2月ナガノ・5月台北披露)もその変遷をたどれば・・・・。

いけない、少し横道どころか、大きな別の道に流れでそうなので、ここまで。

 

 

いろいろ見方が右往左往してしまいましけれど、何が言いたかったかというと、時代を越えたところで音楽家たちの”共鳴”を感じるということです。ウォルトンの作品をきっかけに聴き・調べ・思いめぐらせ。ソリストのための作曲、改訂、楽器編成、ベートーヴェン、ウォルトン、久石譲、現代作曲家・・・時代を越えたところで音楽家たちが辿るある種の必然性。俯瞰的にみることで”時代の音楽家たちが必ずとおる道”、果敢なアプローチと音楽性を極める過程で生みおとされた作品たち。見えない糸でつながり交錯し共鳴しつづけている、音楽という歴史がもつかけがえのない環のようなものを感じます。

たとえば、「Untitled Music/久石譲」-「ヴィオラ協奏曲/ウォルトン」-「コントラバス協奏曲/久石譲」、こんなふうにつづけて聴いたとしても、自然にその響きに納得するだろうな、そう思います。《久石譲の新作としてもおかしくないシリーズ》と心の中で呼んだのはそういう意味を含んでいたりします。似ている似ていない表面的なところではなく、”共鳴” なにか通じるところがあるように感じたからです。「ヴィオラ協奏曲」をまったく名札なしに「これ、久石譲の新作だよ」と言われて聴かされたら、うんそうかもなと思ってしまうような。

おもしろいですね。実際、似ているかと言われたら似ていないと思います。でも、なにが久石譲であってもおかしくないと感じるんだろう、というところを突きつめていくと逆説的に久石譲音楽の核を少しだけ見つけることができるのかもしれません。僕にはムリなんですけれども。うーん、キャッチャーで一度聴いたら印象的な強いモチーフ、躍動感のあるリズム構成、複雑で奥行きのあるオーケストレーション。このあたりの料理の仕方が久石さんとシンパシーを感じるのかなー…なんて思ったら、これ音楽の三要素(メロディ・ハーモニー・リズム)のことを言っているだけで、まったく専門的に深掘りできていない、撃沈。わかりません!でも感じます!

まだお腹いっぱいじゃなければ、「コントラバス協奏曲」の魅力や近年の久石譲音楽の特徴など過去にまとめたものです。まだお腹いっぱいじゃなければ。

 

 

この人のために作品を書きたい、この人なら私の書く技術的な楽器演奏を具現化してくれる、この人なら私の思い描く作品の魅力を伝えてくれる。一方、この人が書く作品なら自分の技術をいかんなく発揮し自分にしか表現できない楽器の魅力をひき出してくれる。作曲家と演奏家のその時代の一期一会な化学反応によって誕生する作品が「ヴィオラ協奏曲/ウォルトン」であり「Untitled Music」「コントラバス協奏曲」なんだと思うと、音楽のもつ力って本当にすごいなと思います。

エンターテイメント音楽からの改作であろうと、タイアップをもたない自作であろうと、久石さんが作品として世に送り出す音楽が、ひとつでも多く未来につながるといいなと思います。大編成な交響作品、ソリストとのコラボレート作品、研ぎ磨かれた室内楽作品、多彩な特殊編成作品など、バリエーションにとんだオリジナル作品を、これからもひとつでも多く大切に残していってほしいなあと心から思います。そこには必ずミニマル・エッセンスがある、それももちろん大きな要素です。でもやっぱり一番は、音楽構成・楽器編成・素材・モチーフ・コンセプトすべてひっくるめてそこにはっ!”久石譲にしか書けないもの”があるんです(キッパリ!)。

名だたるヴァイオリン協奏曲は数知れずありますがそこに久石譲を感じる響きはない、当たり前ですが。当たり前のことなんですけれど、でもこのスペースこそが今の時代を代表する作曲家のために用意されたかけがえのないスペースだとしたら。こんなことを考えだしたらなにともしれず涙がでそうになります。「Untitled Music」ヴァイオリン・レパートリーとして並列してなんら遜色ないどころか、100年後にもその音楽を高らかに響かせているとしたらなんと素晴らしいことかっ!

 

 

あれっ、「ウォルトン:ヴィオラ協奏曲 / ユーリ・バシュメット」この作品も動画サイトで聴けるようになってるもごもご。CDを買ったときには聴けなかったということでほっと安心。いずれにしても、目的をもって探し出会う曲ではなかったので、CDを手にしたことで音楽が運んできた幸運な出逢いに感謝です。「Untitled Music」ファンにはぜひこの作品の第2楽章(約4分)だけでも聴いてみてほしいな~♪

くどいようですが動画サイトで聴けてしまうことを推奨はしていません。でも!この作品を聴いて久石さんファンとして胸躍るゾクゾク・ウキウキ・ワクワク、鳥肌たつような音楽的快感を得られることを強く推奨しています(^^)♪ 

それではまた。

 

reverb.
ゴールドディスクというきらびやかなCD盤、音質もゴールドなのかな?

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第8回 「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス/ブルック」 ~ヴィオラが主役 I~

Posted on 2017/04/24

ふらいすとーんです。

なんだろう、この映画音楽のような美しくて甘いメロディは。

「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス ヘ長調 作品85(Romance for Viola and Orchestra In F Major, Op.85)」(ブルック作曲)を初めて聴いたとき、てっきり往年の名作映画メインテーマを聴いているような夢見心地で、すっかり聴き惚れてしまいました。旋律美もさることながら、強く印象に残るキャッチャーでロマンティックなメロディ。

1枚盤CDでも輸入盤を探せばあったような気もしますし、その前に動画サイトでも存分聴きこんでいたんですけれども(うっ…)、せっかくならヴィオラのフルコースをたっぷりご賞味あれ、いい機会なので9枚組のCDを購入しました。9CD-BOX盤で1枚盤CDと同じ価格です(うっ…うれしい)。

 

Yuri Bashmet:The Complete RCA Recordings

Disc1
● ウォルトン:『ヴィオラ協奏曲』
アンドレ・プレヴィン(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1994年

● ブルッフ:ヴァイオリン、ヴィオラと管弦楽のための協奏曲O p.88
● ブルッフ:ロマンツェ Op.85
● ブルッフ:コル・ニドライ Op.47
ネーメ・ヤルヴィ(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1996年

Disc2
● シュニトケ(バシュメット編):トリオ・ソナタ
ユーリ・バシュメット(指揮 &ヴィオラ)モスクワ・ソロイスツ
録音:1990年

● シュニトケ:ヴィオラ協奏曲
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(指揮)ロンドン交響楽団
録音: 1988年

Disc3
● チャイコフスキー:弦楽セレナードハ長調 Op.48
● グリーグ:ホルベルク組曲 Op.40
● グリーグ:2つのノルウェー舞曲 Op.63
モスクワ・ソロイスツ
録音:1989年

Disc4
● レーガー:組曲ト短調
● ブリテン:ヴィオラと弦楽のためのラクリメ Op.48a(ダウランドの歌曲の投影)
● ヒンデミット:ヴィオラと弦楽のための葬送音楽
● シュニトケ:ヴィオラと弦楽のためのモノローグ
モスクワ・ソロイスツ
録音: 1990年

Disc5
● シューベルト (マーラー編):弦楽四重奏曲第14番ニ短調D .810『死と乙女』
● ベートーヴェン(マーラー編):弦楽四重奏曲第111番ヘ短調O p.95『セリオーソ』
モスクワ・ソロイスツ
録音:1991年

Disc6
● ブラームス(バシュメット編):ヴィオラと弦楽のための五重奏曲ロ短調O p.115(原曲:クラリネット五重奏曲)
● ショスタコーヴィチ( A.チャイコフスキー編):ヴィオラと弦楽のためのシンフォニア(原曲:弦楽四重奏曲第13番変ロ短調O p.138)
ユーリ・バシュメット(指揮&ヴィオラ)モスクワ・ソロイスツ
録音:1998年、原盤:Sony Classical

Disc7
● ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第1番ヘ短調 Op.120-1
● ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第2番変ホ長調 Op.120-2
● ブラームス:2つの歌 Op.91(コントラルト、ヴィオラとピアノのための)
ミハイル・ムンチャン(ピアノ)、ラリッサ・ディアトゥコーヴァ(メゾ・ソプラノ)
録音: 1995年

Disc8
● シューベルト:アルペジオーネ・ソナタイ短調 D.821
● シューマン:おとぎの絵本 Op.113
● シューマン:アダージョとアレグロ変イ長調 Op.70
● ブルッフ:コル・ニドライ Op.47
● エネスコ:演奏会用小品
ミハイル・ムンチャン(ピアノ)
録音: 1990年

Disc9
● グリンカ(ボリゾフスキー版 ):ヴィオラ・ソナタニ短調
● ロスラヴェッツ:ヴィオラ・ソナタ
● ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタハ長調 Op.147
録音:1991年

ユーリ・バシュメット(ヴィオラ &指揮)

 

 

なかなか玄人すぎるラインナップが並んでいます(^^;)

その他の作品はここでは深追いしないとして。ヴィオラが主役な作品をしっかり聴くことってなかなかないように思います。弦楽器であれば、なんといっても花形ヴァイオリンが一番スポットライトを浴び、音域でいうと次はヴィオラのはずなのに、すっと飛び越えチェロが準主役級の扱いをうけますね。

弦楽四重奏の場合、第1ヴァイオリン/第2ヴァイオリン/ヴィオラ/チェロという編成になりますが、ここでもヴィオラは縁の下の力持ち、目で弾いている姿を見ていても、耳ではその音が聴こえてこないような、かもくでつつましいヴィオラです。

ヴィオラは弦楽器のなかでも一番音域が人の声に近いと言われ、聴くと自然に安心してしまう、そんな響きです。実験で弦楽四重奏曲のヴィオラありとなしの弾き比べを聴いたことがあります。テレビのクラシック番組だったと思います。全く違う! なんというか、だしのないみそ汁。みそ汁ですと言われればそうなんだけど、味もそっけないし深みもない。日本食の美や味わいに”旨み”が欠かせないのと同じように、弦楽四重奏の美しさや奥ゆかしい響きに”ヴィオラ”は不可欠、なのです。

ちゃんと音楽的な話をがんばってみようとすると、ヴィオラは内声の役割をはたすことの多いパートです。ヴァイオリンのメロディをもっと引き立たせたいときにはそっと下でハモってあげ、伴奏をもっと豊かに表現したいときにはチェロをサポートしてあげ。全体に目と耳を配らせバランスをとる役割とも言えるかもしれません。音楽三要素のハーモニーとリズム、どちらにも精通したセンスが必要なんですね。そこに三要素のもうひとつメロディも優雅に奏でるとしたら、、すごいぞヴィオラ!

 

 

そんな存在意義を大きく見なおされた(僕のなかで)ヴィオラが、「名脇役はね、深みのある主役もできるんだよ」と舞台にあがり、強い光と深い影をくっきりと浮かびあがらせたかのような作品「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス ヘ長調 作品85」です。

絶景を見たときって言葉がでない、大きなため息がもれる。「すごい。きれい。美しい。」ひと言しぼり出すまで少し時間が必要なほどに。——そんな曲です。

たとえばこの曲を聴いてジブリ作品をイメージするなら、「魔女の宅急便」のキキが生まれ育った自然豊かな町、一方で仕事をはじめたコリコの街。「紅の豚」でジーナの待つ庭。「ハウルの動く城」でソフィーが働いていた帽子屋さんのある街風景、ハウルとソフィーだけの秘密の花園。「風立ちぬ」で次郎と菜穂子が再会した軽井沢。——そんな曲です。

ヴィオラのような”でしゃばり”に慣れていない楽器を主役に迎え入れたとき、管弦楽はどうサポートするんだろう。突き抜けた高音でもなく音も強くない楽器がソリストとなったとき、オーケストレーションはどういう構成になるんだろう。そういう楽しみ方もできたらおもしろいですね。もしこれが「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」だったなら、おそらく曲想も構成も大きく異なり、まったく表情や響きの違った作品になるんだろうなあ、とイメージできないくせに想像しようとしてしまいます。音が鳴らないイメージでおわるのが残念なところです。ヴァイオリンのような煌めく華麗なドレスアップとはまたちがう、内面からにじみでるようなナチュラルなドレスアップで魅了するヴィオラ。

ヴィオリストのユーリ・バシュメットは、奏者だけでなく近年は指揮者としても活躍しているそうです。2014年開催ソチオリンピック閉会式でもオーケストラを指揮していたそうです。このCDBOXでもヴィオラ&指揮としてクレジットされていますね。

 

 

ヴィオリスト? Violist?!(わざとらしい)

久石さんのオリジナルアルバム『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』(2000)です。イギリスの弦楽四重奏団バラネスク・カルテットを迎え、ミニマル・ミュージックや映画音楽をアンサンブル編成でたっぷり聴かせてくれます。バラネスク・カルテットとは90年代後期のコンサート共演をきっかけに、久石譲コンサートツアーでも一緒に全国をまわるほど充実した信頼関係を築き、その音楽交流は『Asian X.T.C.』(2006)までつづいています。

 

アルバムタイトルについて。

「なぜヴィオラなのか。アンサンブルでもオーケストラでもなかなか目立たない存在だが、とても重要な楽器で、ヴィオラがしっかりしているオーケストラは素晴らしいものになる。そんなヴィオラにも目を向けてもらいたいと”ヴィオリストを撃て”というタイトルにした」

と久石さんが当時語っている記録があります。

 

一生懸命ヴィオラの魅力を伝えたいとつらつら書いてきたところに・・・この久石譲語録だけで充分でしたね。ヴィオラが主役な楽曲はなかったと思いますが(あるのかな?!)、もちろんバラネスク・カルテットとしても久石譲の音楽構成としても、ヴィオラはいい仕事をしている、はずです!

アンサンブルならではのグルーヴ感で魅せる「DA・MA・SHI・絵」「MKWAJU」などのミニマル・ミュージックに、ソリッドな疾走感で駆けぬける「KIDS RETURN」、マリンバの響きで包みこむ「Summer」、そして《W.D.O.2017 Bプログラム》予定演目の「Two of Us」。この曲は《久石譲ジルベスターコンサート2016》でも数年ぶりに披露されました。CD作品ではチェロ&ヴァイオリン&ピアノという編成になっていますが、コンサート・ヴァージョンはそこに約30名の弦楽オーケストラが深く優しく支えるという贅沢な響きでした。弦楽合奏に6~8名のヴィオラ奏者がいるからこそ、CD版トリオとは味わいの異なる熟成された奥ゆかしい”音の旨み”がいっぱいに広がるんですね。

 

久石譲 『Shoot The Violist〜ヴィオリストを撃て〜』

 

 

「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス Op.85」ヨーロッパや昭和レトロまで懐の深い、音楽なんだけれど極上の短編映画を見ているような可憐でドラマティックな作品です。ぜひ10分うっとりしてください。これまで映画/TV/CMなどタイアップがついたことがないならそれが不思議なくらい。ここに書いた曲名をコピペ検索すると、もれなく紹介したCD盤と同じ演奏、ユーリ・バシュメットが奏でるヴィオラを、動画サイトで聴くことができてしまいます(うっ…)。

ただですね♪

音楽が運んできてくれる幸運な出逢いというのは、本当にあるもので。「ヴィオラと管弦楽のためのロマンス」をきっかけに買った9枚組CD、そこにまた幸せな出会いの種がありました。きっと知ることも聴くこともなかったのだろうと思うと、誰にともなく何にともなく「ありがとう!」と叫びたくなる気持ちを抑えることができません。それは「Untitled Music」を聴いたときのような鳥肌と感動に近い。次回は ~ヴィオラが主役 II~ です。

それではまた。

 

reverb.
NHK「ブラタモリ」、久石譲音楽率が高いですね♪ これなんの曲だっけ?番組を置いてけぼりにしてグルグル記憶をたどってしまいます。

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第7回 「春・夏・秋・冬」四季:久石譲

Posted on 2017/03/21

ふらいすとーんです。

久石さんの夏をイメージする楽曲といえば「Summer」、春は「Spring」、秋と冬は真っ先に思い浮かぶ曲は人それぞれでしょうか。

久石さんは作曲をするときに何かをイメージして曲を書くことはない、とはっきり言っていますね。こんなふうに語っています。

 

95%は論理的、残りの5%が感覚
「夕日をイメージして作曲したんですか?」みたいなまねは死んでもしない。冗談じゃないよと。こっちが書いたものがよければ、それがちゃんと構成されていれば、そこから朝焼けを感じる人も夕焼けを感じる人もいる。こっちがイメージを押し付けるのは一番よくない。極力フラットに書く。感覚(的)だと思っていることの95%は論理的に解明できる。ただ残り5%ができない。その残りの5%を指して感覚と言いたい。」

SWITCH 達人達 久石譲 4

Blog. 「NHK SWITCH インタビュー 達人達 久石譲 x 吉岡徳仁」 番組内容紹介 より抜粋)

 

 

そうは言っても、なぜか聴くと心揺さぶられるものがある、記憶と直結するものがある、イメージをかきたてるものがある。それが久石譲の音楽です。

さて、数年前の話でしょうか。コンタクトいただいたファンの方からこんなことを言われました。「春に聴きたいとか、夏に聴きたいとか、久石さんの曲を特集しているのを見て、この人はヤバイなと思いました。」・・・”ヤバイな”は”スゴイな”だったかもしれません。でも、ここには”この人キてるな、イッちゃってるな”というニュアンスが含まれますね、はい。相当印象が強かったのかそれ以降もお話をするとき、たびたびこのことを言われます。同じようなニュアンスで、はい。今も楽しく交流させてもらっている大切なファン仲間です。

《久石譲 夏に聴きたい曲 2013》からはじめて《久石譲 秋に聴きたい曲 2014》まで春夏秋冬6回にわたり特集しています。そこで一旦止まっています。季節の変わり目にぴょこっとアクセスが増えます。チラ見でのぞいてみてください♪

 

なんて久石さんの音楽溢れるファンなんだ! なんて思ってもらえますか?実は、そんな万が一の共感をへし折ってしまうかもしれないことを告白します。

 

 

久石さんは200枚くらい、関連作品も入れると300枚を超えるCDを出していると思います(数えてないですけれど)。曲数に換算するとおそらく3000曲をゆうに超えると思います(数えられないですけれど)。これをCDとして保管するのも大変ですが、さて今日はどれ聴こうかな~♪ 1枚1枚引っぱりだすのも大変です。すると便利な昨今、パソコンやスマホに一挙大取込いつでもお手軽にPLAYボタンを押すだけOKです。いろいろ聴きたいからシャッフル・シャッフル~♪ ・・・とてもすぐには思い出せない短い曲が流れてくる。・・・一向に期待している聴きたい曲にまわってこない。

そんな経験ないですか?

僕は春夏秋冬でそれぞれ4つのプレイリストを作っています。久石さんの音楽でもっと豊かに四季折々を感じたい。もちろんそれも!あります。でも、そんな感受性豊かなピュアな人という想像を覆す、現実的なことがもうひとつあります。久石さんの音楽を時代・ジャンルまんべんなく聴きたいからです。

CD作品ごとにメインテーマ曲やずっと聴きたいお気に入り曲ってありますよね。それを「これは春かなあ?これは秋かなあ?」とインスピレーションでプレイリストに振り分けているんです。200~300枚近くあるCDからピックアップした曲たち、それは曲を聴いただけでどのCDに入っているか連想できる主要曲でもあります。

するとどうでしょう。春夏秋冬一年をとおして”もれなくダブりなく”、四季折々を楽しみながらまんべんなく久石譲音楽に包まれることができます。つまりなかば規則正しく?! いや違いますね、自然な季節の移ろいと同じように、最低でも1年に1回は懐かしいあの名曲に耳を傾けることができる。埋もれずに忘れずに末永く愛聴する。季節はまた巡ってくるように久石さんの音楽たちも。流れてきた曲から「あのアルバムか。久しぶりに一枚通して聴いてみよう。」なんていうきっかけにもなってきますね。

なんとも論理的な理由からだったんです、という告白でした。現に《春に聴きたい曲 2014》には『東京家族 オリジナル・サウンドトラック』からメインテーマ「東京家族」がラインナップしています。2013年にリリースされて、サントラ盤をずっと聴いていた時期から落ち着いたときに、「うん、君は春ね。」と名札を渡されたわけです。そして2014年以降も毎年春には聴くことができる清らかな曲です。

 

ここで困ったことがひとつあります。どこにも落ち着く場所のない曲たちです。たとえば「Sinfonia for Chamber Orchestra」「DA・MA・SHI・絵」「The End of the World for Vocalists and Orchestra」「Links」など、ちょっと季節の名札を渡しにくい名曲たちです。そう、久石さんのなかでもエンターテインメントではない、オリジナル作品たちに多い。結局のところ、【春・夏・秋・冬+1】となっている僕のプレイリストです。ファンサイトで特集するときには、プレイリストのなかからマニアックな曲(サントラの小品にして逸品など)をあえて除外した主要曲でラインナップしたものを公開しています。

人によってはアップテンポ/スローテンポで振り分けていたり、メロディ/ミニマルで振り分けていたりするかもしれませんね。一度ファンのみなさんのプレイリストをチラ見してみたい気分です。もちろん四季:久石譲とは別に、普段からガンガン聴く旬な久石譲プレイリストもあります。なにはともあれ、もしオールタイムベストアルバムが発売されるとしたら、何枚組になるんだろう?CD-BOXかな?というくらい盛りだくさんな久石さんの名曲の数々です。

 

 

さて、《春に聴きたい曲 2017》特集の予定はありません。プレイリストには新たに追加されている曲に「Wave」があります。2009年宮崎駿監督に贈られた曲で三鷹の森ジブリ美術館のBGMでもあります。TVやコンサートなど数少ない特別な機会でしか演奏されてこなかった幻の名曲です。2015年ついに待望のアルバム収録が叶いました。

 

 

一度聴いたら忘れられない印象的な曲です。タイトルとおり寄せては返す波のように絶え間ない16分音符の流れとシンプルな旋律。波という形容よりも”揺らぎ”という表現をしたいです。感情の揺らぎ、時間の揺らぎ、呼吸の揺らぎ、記憶の揺らぎ。

卒業式・入学式をはじめとした門出の季節、新しい生活や新しい環境、新緑や木漏れ日の香り。自然においても人においても新しい芽吹きを感じるエネルギー。思い出のアルバムをめくるような気持ちにもなります。でもそこにはノスタルジーだけではない新しい決意、心穏やかに前向きな気持ちにさせてくれるピアノの響きです。

・・・・

いや物申すっ!「私は夏の満天な星空をイメージしています。私は秋月や紅葉です。私は雪景色です。」そんな人もいますよね。もちろん季節や景色ではないプライベートな想いや世界観で、この曲に身も心もゆだねているという聴き方も。十人十色、そのくらい何色にも染まらない、色彩豊かに聴く人色に染まってくれる名曲です。

 

 

CDライナーノーツのクレジットを見るとこう記されています。

Recorded at
Bunkamura Studio [Track-1]
Victor Studio [Track-2,3,5-8]
Wonder Station [Track-4]

Mixed at
Bunkamura Studio [except Track-4]
Wonder Station [Track-4]

 

Track-1は「祈りのうた for Piano」、Track-4は「WAVE」です。これを見たときに、うるっと勝手に感動していました。アルバム楽曲は2013年から2015年にかけての新作です。「WAVE」だけは2009年作品です。アルバム収録に際して選ばれたのは、その2009年当時Piano:Joe Hisaishiによって録音された唯一存在するヴァージョンということが想像できたからです。新録していないのでは?ということです。

ちょっと久石さんのインタビューから補足させてもらいますね。

 

 

毎年、正月に宮崎駿監督に曲を届けています

-今回のアルバムの中の「WAVE」という曲は三鷹の森ジブリ美術館でも流れていますし、「祈りの歌 for Piano」はだれもが聴きやすい、美しい曲です。ミニマル・ミュージックだという意識は特別必要なく、だれもが楽しめる曲が多い印象を受けました。

久石:
「宮崎駿監督とはもう長い付き合いですからね。年に一回、宮崎さんのために正月に曲を書いて持って行くんです。持って行かない年は1年を通して調子が悪くて(笑)。ゲン担ぎみたいなものですね。「祈りの歌 for Piano」は今年の正月に持って行った曲です。正月の3日に作って、4日にレコーディングしてその日に持って行って。なんだか出前みたいですけど(笑)。この年頭の習慣が、意外と大事なんですよ。お正月だから、暗い曲を持って行くことはしないし(笑)、新年最初に心休まる曲を一曲作る、というのは、すごくいいなと思っていて。ジブリ美術館では、僕の曲を今でも使ってくれているみたいですね。」

Blog. 「月刊ぴあの 2015年12月号」 久石譲 インタビュー内容 より抜粋)

 

 

もしかして!?

2009年の正月に作ってすぐにスタジオでレコーディングした「WAVE」、宮崎駿監督の誕生日に手渡した「WAVE」、三鷹の森ジブリ美術館BGMとして流れている「WAVE」。まったく同じものにあたるそれが、アルバムに収録されたことになるんじゃないですかっ?! という、うるっと感動です。残念ながら録音スケジュールはクレジットされていませんので、あくまでも想像の域です。こういうところを空想できる楽しみもCDというパッケージにはあります。音楽としての記録はもちろん、文字や文章による大切な制作記録です。

 

 

さあ、「春の1曲」を選びましょう♪ たとえば桜というキーワードでも《お花見、桜吹雪、夜桜》シチュエーションや風景で、いろんな候補曲がありそうです。

 

ソロアルバムやサウンドトラックなどの主要作品リストから、選んでみるのもいいですね。また「Works -Official ver.」公開にあわせて整理しなおしたカテゴリーページでは、ジブリ作品/北野武映画/オーケストラ/ピアノ/ベストなど、もう少し細かいグルーピングで紹介しています。ジャケットから気になるCD作品を選んでクリックすると作品詳細ご覧いただけます。

 

スマホだと

下にどんどん流れていきます。

 

パソコンだと

 

 

 

もし久石さんの音楽をたくさん持っている人で「そっかあ、そんな方法もあるか」と思ってもらえたら、ぜひ心弾ませながらあなたの「春・夏・秋・冬」四季:久石譲 プレイリストを作成してみてください。まるっと1年間とおして溢れる久石譲音楽、もっと豊かに季節を楽しめると思いますよ。

・・・

結びに近づき、今初めて気づいたんですけれど。「聴きたいアルバム」じゃなくて「聴きたい曲」って、マニアックすぎるというか不親切ですね、反省。それなら春に聴きたいアルバムは? と眺めてみたけど選べませんでした。そんなときはベストアルバム(ベストセレクト含む)をとっかかりにしてはいかがでしょう♪

 

 

《久石譲ファン presents 春に聴きたい曲 2017》なんて特集ができるくらい反響があったらうれしいですね。コンメト欄に曲名だけポーンと書いてもらってもOKです。久しぶりに「ぴあの / JOE’S PROJECT」シングル盤を聴いてたんですけれど、これなんかも爽やかで心躍っていいですね~。「ミステリアス・ワールド」「心靈深處」とかも・・・ダメだ止まらない♪

 

あなたはこの春、どんな久石譲音楽で季節を楽しみますか?

それではまた。

 

reverb.
春夏秋冬プレイリスト1曲目はすべて「INTRO:OFFICEKITANO SOUND LOGO」です。16秒間あのサウンドロゴを聴いてはじまります。プレイリストのはじまりであり、新しいストーリーのはじまりのようで、新しい何かを予感させて、いいでしょ♪(この人キてます)

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第6回 名盤なき「ドイツ・レクイエム/ブラームス」

Posted on 2017/02/21

ふらいすとーんです。

ブラームスといえば「交響曲第1番」、でも「ドイツ・レクイエム」。3大レクイエムといえば、モーツァルト、ヴェルディ、フォーレ、でもブラームスの「ドイツ・レクイエム」。

レクイエムとは「死者のためのミサ曲」のことで、ラテン語による合唱音楽・宗教音楽です。一方ブラームスの「ドイツ・レクイエム」は、ドイツ語で歌わています。さらに、「死者のためのレクイエム」ではなく「生者のためのレクイエム」となっているのも大きな特徴です。ブラーム自身がのちに「私は、喜んでこの曲のタイトルから『ドイツ』の名を取り去り、『人間の』と置き換えたいと公言してもいい」と語っているほど、ブラームの人生観が投影されている作品。10年間をかけて楽章の加筆や修正をくり返し完成させた大作です。

ドイツ・レクイエムの歌詞をみると、第1曲は”Sigle”ではじまり、第7曲は”Sigle”でおわります。”Sigle”は「幸いである」と訳されていますが、辞書をひくと「この上ない幸せ、至福の」という意味がでてきます。つまりは【神の祝福を受けた状態】のことをさしている宗教的なニュアンスをくみとれます。「ドイツ・レクイエム」が通常のレクイエム(死者のために神に祈る)とは違い、「生きる者たちへの救済の音楽」として、聴く人の心を救い奥深くに入ってくる音霊と言霊。人間の苦悩や儚さ、働くことと忍耐、喜びと慰め、そして希望や祈り。

 

ちなみに、3大レクイエムのひとつフォーレの「レクイエム」。名盤のひとつになっているCD盤ジャケットがこれです。ワッツ作「HOPE」の絵が使われています。久石さんの『地上の楽園』のジャケットに使えなかった理由のひとつ、なのかもしれませんね。(Overtone.第3回からの余談でした)

 

 

とりわけブラームのなかでもお気に入りの「ドイツ・レクイエム」。でも名盤なきドイツ・レクイエムなんです(あくまでも僕のなかで)。もう十数枚はいろんなCD盤を聴いてきたと思います。すべてを満たしているものがなかなかない。録音状態だったり、管弦楽と合唱のバランスだったり、独唱の歌い方だったり。あちらを立てればこちらが立たず。これはない!惜しい!もったいない!もうひと越え! そんなことをブツブツ心のなかで言いながら、さながら「ドイツ・レクイエム」勝ち抜き選です!

カラヤンはこの作品に特別な愛着があったようで、晩年にいたるまで7回も録音しています。それぞれの時代や指揮した年齢によってその響きは異なっています。僕のなかで、ただ今勝ち残っているCD盤はそんなカラヤン指揮からの渾身の演奏です。

カラヤンは、平たく言って、あまり合唱を前面に押し出さないことが多いのかな。それは他の合唱付き作品を聴いていても思います。どう聴いても管弦楽が前に出ている作品が多い。合唱を軽視しているとは言いませんが、合唱が管弦楽よりも前に出されることはない、かな。「ドイツ・レクイエム」はオーケストラも大編成ということもあって、どうしても重厚なそれを堪能したく、僕はそちらを選んだわけです。

他の指揮者では合唱が前面に出ていて、管弦楽が伴奏のように奥に引っ込んでいるものも幾多あります。その場合、とてもきれいな宗教音楽や教会音楽のように聴くことはできますし、レビューによっては「合唱の練習用には最適」なんてのも見かけたりします。混声合唱の各パートが聴き取りやすいんでしょうね。自分が求めている演奏や響きによって、どんな演奏盤を選ぶかというのは大きく違ってくるんだろうと思います。だからこそ、「これは名盤だ!」と言われるものが複数存在し(あてなく探すほうにはすごく迷路だけれど)、人それぞれの名盤なんですね。

 

カラヤンの建築構造的な解釈と美学は、ブラームの同じく建造物のような緻密な作品構成をうまく表現しています。・・・なんて言うと、煙にまいたような言い方になりますね。管弦楽と合唱の対等な緊張感、迫真の指揮、魂を注いだ演奏、天上音楽というよりはずっしりと重い地上の音楽、を僕は感じます。バッハの影響も見えるこの作品は、オーケストラとコーラスによる壮大なフーガなど、天に昇っていくような劇的な展開も聴きどころのひとつです。

そんなことを言いながら掌握しきてれいないんです、今の僕には。歌詞を覚えているわけでも理解しているわけでもない。ただただその音楽に耳を傾けているだけです。でも「ドイツ・レクイエム」を聴くと、”なにかを感じる”んです。それは音楽の素晴らしさかもしれないし、生かもしれないし、死かもしれない。ときには慰めかもしれない、希望かもしれない、祈りかもしれない。——なにかを感じるんです。濃い霧に包まれた深い森の中で聴くように。

一言では、簡単には語り尽くせない「ドイツ・レクイエム」の魅力。ぜひ気になったCD盤を手にとって、その解説や歌詞も含めて、聴いて感じてほしい作品です。

 

ブラーム:「ドイツ・レクイエム 作品45」
Brahms:Ein deutsches Requiem Op.45

第1曲 悲しんでいる人々は幸いである
第2曲 人は皆草のごとく
第3曲 主よ、我が終わりと、我が日の数の
第4曲 万軍の主よ、あなたの住まいは
第5曲 このように、あなた方にも今は
第6曲 この地上に永遠の都はない
第7曲 今から後、主にあって死ぬ死人は幸いである

 

 

さて、久石さんの合唱編成付きコンテンポラリーなオリジナル作品といえば、真っ先に浮かんでくるのが「The End of The World」ですね。映画音楽やCM・TV音楽で活躍してきたなか、封印していた本格的なミニマル・ミュージックを再び、もっと言うと「作品を書かなければいけない」とクラシックに立ち返ったエポック的なアルバム『ミニマリズム Minima_Rhythm』(2009)に収録された作品です。

このあたりのエピソードや楽曲解説はCD作品ページにて網羅ご紹介していますので、ぜひご覧ください。今読み返しても、久石さんの並々ならぬ熱量を感じます。

 

久石譲 『ミニマリズム』

 

それから7年後、すでに完成された作品だと思いこんでいたところに、楽章の加筆や改訂を経て突如現れたのが「The End of the World for Vocalists and Orchestra」です。W.D.O.2015コンサートにてプログラムされ、ライヴ盤としてCD作品化もされました。

なぜここにきて?どんな進化を遂げたのか?「The End of the World」という作品が辿っている複雑な変遷は、一言では語れません(まだ進化の過程なのかもとすら)。今の時点での、その歩みを紐解いてみてください。

 

 

このCD作品には、スタジオジブリ作品の交響曲化シリーズ第1弾『風の谷のナウシカ』より、「Symphonic Poem NAUSICAÄ 2015」も収録されています。もちろん「ナウシカ・レクイエム」も構成されています。ライヴ・レコーディングならではの迫力のある臨場感はもちろん、演奏も録音も最高品質です。

 

 

クラシック音楽を聴きあさるようになって特に思うんです、久石さんのCD作品って(聴く人にとって)なんて恵まれてるんだろう、と。曲そのものの良さはあえて言うこともないとして、ここで言っているのは”記録された演奏としてのクオリティ”のことです。

だって、作曲者である久石譲自らの指揮、選ばれた管弦楽と奏でる最高のパフォーマンス。そして久石譲監修による音のチェックやトラックダウンを経て、CD作品としてパッケージされる。至れり尽くせりです。当たり前なんですけどね、それが現代の一般的な”CD盤を残す”一連の工程ですから。——いや、本当に当たり前なのかな?!

一方、クラシック音楽って、ほんとに「いい演奏」を探すのって大変です。しかも極端に言えば、そこに作曲家の意図は直接的に反映されない。故人の遺した楽譜や想い、時代背景をくみとりながら、こうじゃないかな?と多くの指揮者や演奏家たちが、答え探しつづけている。それがクラシック音楽における”CD盤を残す”ことそのものです。

オリジナル版が存在しないクラシック音楽だからこそ、「これが名盤じゃないか?!」とその時々の時代を反映した幾多の名盤が存在しています。でも、久石さんの音楽は、ほぼすべてがオリジナル版として、その一枚のCDを手に取りさえすれば、疑う余地なく満たされる幸福感。そして世に送り出された時点で、それは唯一無二の”オリジナル版にして名盤”という刻印を約束されているわけですからね。なんとありがたい。

 

 

あっ、大切な合唱付き作品を忘れていました。「Orbis」です。ベートーヴェンの第九に捧げる序曲として、アルバム『メロディフォニー Melodyphony』(2010)に収録されています。ファンの間では、かなり人気のあるオリジナル作品なんじゃないかな、いや断言できるほどでしょう。

 

久石譲 『メロディフォニー』

 

「Orbis」もまた、時を経て「Oris~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~ 新版」として楽章が追加され、全3楽章となりました。「久石譲 第九スペシャル 2015」コンサートにて世界初演されています。おそらく聴くことができた人は、そんなに多くないと思いますので、コンサート・レポートにてその熱気を感じていただけたらうれしいです。かなり荒い息で書き上げたと記憶しています(^^;)

 

 

「Oris~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~ 新版」、いつその命を録音に吹き込まれるのか、とても楽しみですね。ただただ静かに待つのみです。指を加えて・・・と言いたいところですが、そんなことしてたら、第2関節くらいまでふやけちゃうんじゃないかな・・・いや、静かにずっと待ちますよ!という宣言がしたかっただけです。

もうホント。遠い未来に、「ドイツ・レクイエム」勝ち抜き選のようなことになりませんように。久石譲によるオリジナル版にして名盤がない状態、楽譜を頼りに幾多の迷盤が混在する…。「これが作曲家の意図を忠実に再現した演奏ですよ、これがこの作品のあるべきかたち、名盤です」なんて言われても……。そんなことになったら、僕は、悲しい。久石ファンはみんな、悲しい。

 

 

名盤なき「ドイツ・レクイエム」から少し話がそれたでしょうか。時代を越えて普遍的に響く作品です。いい演奏がないと言っているわけではありません、実際僕もすり減るくらい聴いています。管弦楽+合唱という大規模な大作に、果敢に挑み音楽のかたちとして封じ込めたCD盤たち。どの演奏に出会ったとしてもきっと心揺さぶるものが、そこにはあります。

そして久石さんの、疑う余地なく満たされる響き、圧倒的な完成度をもって君臨する管弦楽+合唱編成作品群。「ドイツ・レクイエム」が10年の歳月をかけて完成したように、「交響詩ナウシカ」は1997年版から2015年版へ、「The End of The World」は2008年から2015年へ鼓動をつづけています。今は、名盤よき『The End of The World』、その一枚のCD盤で「この上ない幸せ、至福の」をかみしめています。

それではまた。

 

reverb.
富士急ハイランド「富士飛行社 Mt.Fuji 2016」体感してきました。少し前の話です。/^o^\

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第5回 「ジルベスターコンサート2016」 by Teporingoさん

Posted on 2017/02/06

ふらいすとーんです。

今日は、いただいたメッセージをご紹介します。

「ジルベスターコンサート2016」について、「行きました!よかったです!」というメッセージをいくつかいただいています。わざわざコンタクトページから気持ちの込もった文章をありがとうございます。僕は読みながらひとりうれしくニンマリしているのですが、同時に僕だけの胸にとめておくのはもったいない!と思うものばかりです。そのなかからお便りのひとつです。

いろいろ悩み考え、それでも紹介したい!と思ったわけは、ただひとつ。「行った人の数だけ、感想があり感動がある」。僕のコンサート・レポートは、ひとつの感想にすぎません。ペタンとした薄いものです。でも、いろいろな感想が織り重なることで、ぐっと厚みもましますし立体的にもなり、久石さんファンによるパノラマなコンサート・レポートとして至極の景観になります。

Teporingoさんからのメッセージは、とりわけ長文で時間と気持ちを込めていただいたものです。ほぼ原文そのままに載せることを、快く承諾してもらいました。ありがとうございます。ひとりひとりの日常生活があって、コンサートに行きたい想いがあって、我慢や葛藤もあって、そして念願叶ったときのこみあげる喜び。

ぜひ、あなたの好きな曲を聴きながら、ゆっくり読んでくださいね。

 

ジルベスターコンサート2016

いつも楽しく、大変興味深く拝見しております♪

昨年末のジルベスターコンサート2016、初めて久石さんのコンサートに足を運びました。昨年は勉強の一年で、その間は全ての楽しみを断ち切っていたので、この年末のコンサートが念願叶っての初コンサートになりました!

夏、秋のコンサートもすごく行きたかったし、行こうと思えば行けたかもしれないけれど、何となく罪悪感と試験に落ちたらその言い訳材料になるのが嫌だったので…(^^;) 試験が終わったら!!!という思いでぐっと我慢しました。

感想とか「とても良かった。とても感動した」とか言うと、「それだけ?もっと色々ないの?」っていう感じですが、何ていうか表現下手なんですよね。(どんなところがどんなふうに良かったとか…)

 

今回のコンサートも、本当に素晴らしく、とても感動しました!もし、感情を波形で表す装置を装着したらきっと針が振り切れるほどであろうし、感情を色彩で表す装置を装着したらきっととても色鮮やかで美しい絵が映し出されるだろうな…と。

ブログに書かれていた、久石さんのピアノの音色を「魔法」って表現するの、とても素敵ですね♪私もそう思います!心踊らせる魔法、琴線に触れる魔法…、そんな魔法の音色に気持ちがとても満たされました( *¯ ¯*)

久石さんは世界で活躍されているbigなお方なのに、何ていうか腰が低いというか御自身からファンの人たちの所に歩み寄られてにこやかに対応されていて、なんかそういうのをとても大切にされているのかな…という印象を持ちました。そんな素敵なお人柄にも触れることができて、とても心温まりました( *¯ ¯*)

 

いつもいつもレポートで、作品の一つ一つをとても丁寧に考察されていて、大変興味を持って拝読しております。私は割りと感覚的に聴いちゃっているので(あ、だから感じることも感覚的になってしまうのか…。まだまだ深く掘り下げるほど自分自身のキャパが足りていないというのもあるのですが)、このようなレポートを読むのは自分が気づかなかったことなどを多く知ることができてとても楽しいです♪(自分ではたいした感想も書けないくせに、他人様の感想などを読むのは大好きなのです(^^;))

以前に書かれていた記事の中で、強く心に響き、大変印象に残っているフレーズがあります。

『あの日の大切な思い出に、次回は行きたいという想いに、そして未来の人たちがきっとうらやましがる音楽遺産に。『久石譲のコンサートを体感できる同じ時代に生きる喜び幸せ』は現代聴衆の特権です。』

この言葉をかみ締めながら味わった年末のひと時は、それはそれは大きな喜び幸せを感じた素晴らしい時間でした。何度読み返しても、心揺さぶるフレーズです。(大袈裟な表現とかではなく、本当に涙が出るレベルです(;∇;))偶然出会って心惹かれた時の思い、胸を焦がす思いでいた昨夏、その思いが成就した大晦日の感動の時間…、その時の気持ちを思い出すというか、そんな気持ちがすごくよく表されたフレーズなのかもしれません。何ていうか、今を生きる喜びの一つがここから見出せた気がするし、これからもそんな思いを大切にしていきたいと思いました。

 

私はまだまだ、久石さんの音楽を半分も知らないと思います。昔の作品も私にとっては新しい出会いであり、こちらのサイトは道標となってくれる大変ありがたい存在です。是非これからも、私を含め多くの方々の道標になっていただけると嬉しいです♪

自分の思いをこうやって文字にしてみると、なんか薄っぺらい表現しかできないなぁ…(支離滅裂ですし、やっぱり表現下手ですね(^^;))と思いますが、少しスッキリしました。

これからももっともっと久石さんの素敵な音楽に出会っていきたいと思います♪

 

(2017.1. written by Teporingoさん)

 

 

素敵なコンサート・レポートです。じんわり心温まります。

僕のは、いつも解説チックな無表情なところもあるんですけど、Teporingoさんの感想はとてもストレートで、人柄や客席で聴いている姿が浮かんでくるほどです。やっぱりいいですよね、いろんな人のコンサート感想がみれるのって。

いつもサイトやブログをチェックしてもらっている、それがわかっただけでも僕にとってはうれしいの一言に尽きます。———印象に残っているフレーズなんて、恥ずかしい。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2016」のコンサートレポートに書いたと記憶しています。たしかあのときは、貴重な全国10公演というのもあって、各地からコンサート感想がたくさん集まるツイッターのつぶやきを、まとめさせてもらいました。コンサート直後の感動を瞬間的に封じ込めたかったんですね。今そのツイートの封をあけても、うるっときます。

 

 

ちょっと手をのばせば掴むことができる、最高の幸せ。久石さんのコンサートに行くことや久石さんの音楽を聴くことは、僕のなかでそんな感じです。Teporingoさんのなかでも、なにか共感するところがあって、少しでも響いてくれるものがあったなら、こんなにうれしいことはありません。当たり前を当たり前と思わずに、そんな幸せや喜びをかみしめたからこそ、Teporingoさんは、大晦日のあの日、素晴らしい時間を過ごすことができたんだろうなあと思います。

 

 

載せることを迷い悩んだ理由。

あくまでも、対ふらいすとーん、一対一のやりとり(コンタクトフォームからのお便り)だからこそ、ここまで純粋に素直に書いてもらったんだと思うんです。だから、はたしてこれを載せていいものか、載せていいですか?と聞いていいものか、正直悩んだ日々でした。

でもやっぱり紹介したい気持ちのほうが強かった。感動や共感を分かち合える場所って大切だな、と思ったからです。掲示板やBBSでもない場所、コミュニケーションが縦横無尽に飛び交う場所ではないけれど、「想いが刻み残される場所」がある。僕だけのものじゃなくて、久石さんファンによって積み重ねられる記憶の場所となっていけたらいいなあ、そう今思っています。

 

どうぞご安心ください。

いただいたメッセージを勝手に載せることはありません。シンプルに僕とあなたとの一対一のコミュニケーションです。メッセージを送ることも気軽に、ちゃんとしたこと書かなきゃとか力まず気負わずに、フランクにドアをノックしてください。

ぶつぶつ・・・・コンタクトフォームの、メッセージ本文の記入枠って小さいんですよね。あれ、右下角の  // をビーっとドラッグ伸ばしてもらったら大きく広がります。ブラウザによって?スマホは?できないかもしれません、むむっ。ちょっとでもストレスフリーに書きたいことを書いてもらえたらいいなあ・・・・ぶつぶつ。

最初から掲載OKの心意気なら、そう書いてもらっても大歓迎です!まずは、気軽にコメント欄からひと言ふた言でも。あ、こっちは自動的に掲載されますのであしからず(^^)

もちろんコンサート感想だけじゃなくて、最近の久石さんの活動についてとか、特別な想いのある作品とか、久石さんにまつわる思い出とか、ぜひ一度立ち止まって想い馳せてみませんか?あなたも知らなかったあなたのなかの新しい響きが聴こえてくるかもしれませんよ。

 

Teporingoさん、最後のほうに「少しスッキリしました」と書いてくれていました。これもまた大切なことだと思うんです。たぶん、書くことで心や頭を整理して自分と向き合って、自分はこんなことを思ってたんだと新鮮な驚きもあるなか書いてくれたと思います。こういう作業?儀式って、一連のコンサートイベントをさらに膨らませる、そして幸せな余韻を満たしてくれる、観客の観客による観客のための価値創造。そんなふうに思っています。

僕のなかで「久石譲ジルベスターコンサート2016」の感動がひとつ大きくなった、喜びのおすそわけをいただいた、そんな大切なメッセージのひとつです。Teporingoさんにとっても、より記憶にも心にも深く刻まれたコンサートになったんじゃないかなあと思います。そしてこれから先、久石さんのコンサートにどんどん足を運べるとしたら。数年後に「初コンサートの感想」を振り返れるって、とても素敵なことですね☆彡

それではまた。

 

reverb.
メッセージにはすべてお返事しています、ぜひちょっとでもお話しましょう(^^)♪

 

reverb2.
照れくさくも勇気のいったTeporingoさんにぜひ温かい拍手を(^-^) コメントメッセージなんかももらえたらうれしいな~♪やっぱりいいですよね~、いろんな人の久石さんへの想い♪僕は心から知りたい。

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第4回 「エニグマ変奏曲/エルガー」 Symphonic Variation を楽しむ

Posted on 2017/1/27

ふらいすとーんです。

久石さんの”Symphonic Variation”といえば、「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド」(ハウルの動く城より)ですね。そこにいきます、その前に。

「威風堂々」でおなじみのイギリス作曲家エルガー、「エニグマ変奏曲」という作品があります。「エニグマ(謎)」と名前にあるように、2つの”謎かけ”が込められた作品です。といっても、そこは「威風堂々」のエルガーさん、とてもキャッチーで親しみやすいメロディです。1つは、各変奏に付けられたイニシャルで、それはエルガーの友人たちへの肖像になっていて、謎解きは完了しています。もう1つは、「この変奏曲は、主題とは別の、作品中に現われない謎の主題も使われている」というものだそうで、未だ解明されていません。うーん、深すぎてよくわからない。(^^;)

と、ご紹介したような背景は、この作品を好きになってから調べたことで、聴いたが吉日、そんな作品です。僕のなかの”愛聴盤探し”に火がついて、一時期探しては聴いてをくり返していました。なかなかしっくりくるものがなく、国内盤では飽き足らず、輸入盤にまで手を出してしまう始末。おかげで愛聴盤にめぐり逢うことができました。

 

 

「エニグマ変奏曲」 おすすめポイント

主題(テーマ)が1曲目にあり「このメロディが変化していくんだな」と、とてもわかりやすいです。各変奏で長調になったり短調になったり、主旋律(メロディ)だったり副旋律(伴奏)にまわっていたり、高音楽器や低音楽器で奏でられていたり、テンポや拍子が変わっていたり。でも、メロディが見つけやすい、聴いていて楽しいです。

ひとつのメロディが表情豊かにドラマティックに展開していきます。オーケストラ楽器の魅力、オーケストレーションの魅力を味わえる作品です。各変奏とても短い曲で、めまぐるしく展開する映画のワンシーンのよう。いいな!と思ったのも束の間、すぐに次の曲へ移っていきます。もうちょっと聴いていたかったなあと思うほど、この先の展開も聴いてみたかったなあと思うほどに。あれ、なんだか久石さんのSymphonic Variationのほうを言っているみたい・・・、いいえ「エニグマ変奏曲」のお話です。

 

「エニグマ変奏曲」のなかでも有名なのが、「第9変奏 “Nimrod”(ニムロッド)」です。ほんとに美しい曲です。エンドレス・リピート、心おだやかに時間がとまります。単独でコンサートのアンコールピースとしても人気のある名曲です。

ニムロッドとは、エルガーの親友アウグスト・イェーガーの愛称で、ベートーヴェンに関する議論をしながら、イェーガーがエルガーの音楽活動を激励した一夜の雰囲気を描いている、そうです。その夜、イェーガーが口ずさんだメロディこそ、「ピアノ・ソナタ第8番 悲愴 第2楽章」/ベートーヴェン、誰もが聴いたことのあるあの旋律です。エルガーはエッセンスとして取り入れているとのこと。(エピソードはかけ足抜粋しています)

そうなの?そんなことになってる?!と知って楽しむ音楽ですね。たしかに「悲愴」のあのメロディが、エニグマ主題のなかに見え隠れしてきます。「悲愴」の「ドシミー、レ、ドミラミー♪」このシの音、「第9変奏」の「ソミラーファーシーファー、ファラソーシーミーファーレー♪」このファーの音を1オクターブ上げてみると、「悲愴」のメロディと同じ音並びになります。曲冒頭からはじまる旋律です。・・・伝えきれていない。

♪「悲愴」第2楽章のこの音

♪「第9変奏」のこの音 (を1オクターブ高く響かせてみる)

 

*僕の解釈ではなく音楽番組で紹介されていたことです。ご安心ください♪

ほんとだ!「悲愴」のメロディとかぶる!と目からウロコでした。そりゃ、心揺さぶられる曲なわけです。ぜひ、第9変奏だけでも聴いてみてほしい、きっと久石さんファンの心には響く、美しい曲です。「エニグマ変奏曲」をとおして聴いてみたいと思ったら、僕の愛聴盤はこちらです。4,5つほどCDを聴き比べて、音の良さ、管弦楽のバランス、演奏の抑揚、ダイナミクスや揺れ、この作品の持ち味を最大限表現できてる、と僕の耳は思ったようです。輸入盤です。もしほかに名盤ご存知の人は、教えてください、飛びつきます!

 

エルガー:「エニグマ変奏曲」
指揮:ノーマン・デル・マー
演奏:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

Elgar:Enigma Variations
Conducted by Norman Del Mar
Performed by Royal Philharmonic Orchestra

主題 Theme 1:32
第1変奏 “C.A.E.” 1:54
第2変奏 “H.D.S-P.” 0:54
第3変奏 “R.B.T.” 1:22
第4変奏 “W.M.B.” 0:31
第5変奏 “R.P.A.” 2:05
第6変奏 “Ysobel” 1:24
第7変奏 “Troyte” 0:59
第8変奏 “W.N.” 1:43
第9変奏 “Nimrod” 3:56
第10変奏 “Dorabella” Intermezzo. 2:38
第11変奏 “G.R.S.” 0:57
第12変奏 “B.G.N.” 2:53
第13変奏 “* * *” 3:07
第14変奏 “E.D.U.” Finale. 5:08

 

 

さて、「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド Symphonic Variation “Merry-go-round”」。映画『ハウルの動く城』メインテーマ曲にして、映画全体を一貫して響かせるあのメロディです。あまり説明の必要ない人気曲、紹介はこの辺で大丈夫ですね(^^)

僕は、最初「人生のメリーゴーランド」を聴いたとき、なんて優雅で胸躍るワルツなんだろう、と聴き惚れていました。さらにサウンドトラックを聴いて、映画を観て、あの旋律がこんなに表情豊かに奏でられるんだ、びっくりうずうず、開いた口が開いた耳がふさがらない、幸せ気分でした。それはまるで、一つの種からいろんな花が咲くようで、一つの卵からいろんな生き物が飛び出すようで。

サントラ盤では楽曲名が違うので、どれがあのメロディをモチーフにしてたっけ、メモしがらリストアップ、「人生のメリーゴーランド」プレイリストで、めくるめく七変化を聴き楽しんでいました。そうこうしているうちに登場したのが、「変奏交響曲 人生のメリーゴーランド」です。

 

久石譲 『WORKS3』

 

宮崎駿監督の「この映画はひとつのテーマ(曲)でいきたい」という要望に応えた渾身のメロディ「人生のメリーゴーランド」。サントラ盤では場面ごとの短いモチーフ変奏となっていたものを、音楽作品として昇華させたのが「Symphonic Variation “Merry-go-round”」です。

ひとつのメロディだけで映画二時間をもたせるって、なかなかできることではありません。世界観の反映、メロディとしての核、多彩なオーケストレーション、各シーンにあった楽曲構成。もっとも大切なのは、変奏に耐えうるだけの、自由に飛び羽ばたけるだけの、核としてのメロディ。ときに切なく、ときに力強く、ときに優雅に、音楽家久石譲の妙技を堪能できる旋律美です。

そんな「ハウルの動く城」「人生のメリーゴーランド」にまつわる数々のエピソードは当サイト内で紹介しています。ぜひ紐解いてみてください。サイト上部に検索BOXがあります。「ハウルの動く城」キーワードで検索すると、たくさんHitすると思います。Hitしすぎると思います。そんなときは、

「disc ハウルの動く城」
ディスコグラフィ、CD/DVD作品に絞り込むことができます。

「blog ハウルの動く城」
各媒体(コンサート・書籍・Web 他)からの久石譲インタビューや資料に絞り込むことができます。

 

 

ひとつの主題(メロディ)から、大きな作品を築きあげていく。それは「エニグマ変奏曲」でも「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド」でも同じですね。変奏はそれぞれです。オーケストラ楽器の使い方も、オーケストレーションも、核(メロディ)と世界観、そして作家性を反映した、趣の異なる変奏曲がかたちになっています。そういう変奏曲聴き比べも、おもしろいなと思います。またそうすることで、久石さんの作品がクラシック音楽と並べて響かせても遜色ない、という凄みを感じてしまいもするわけです。

「エニグマ変奏曲」、イギリス作家らしい響きと世界に包まれます。洗練された都会の街、ちょっと郊外の田舎町、自然豊かな風景、音楽旅行です。「ニムロッド」をはじめとして、ぜひ約30分、純粋に音楽からあなただけのイメージを描いてみてほしい作品です。

「第9変奏 “Nimrod”」と「第14変奏 “E.D.U.” Finale.」を聴いてみて、あなたに響くものがなかったら、それ以上の無茶は言いません。ありますよね、聴くタイミングとか響くタイミングって。僕もこの作品少なくとも中学生の時に聴いているはずで。「威風堂々」とカップリングされたCDを持っていました。そのときは、かすりもしなかったなー。エニグマ?謎?なにそれ、ふーん、ピンとこない(^^;) せめて、このあとすぐ、「交響変奏曲 人生のメリーゴーランド」約14分、あのシンフォニックなバリエーションで心躍らせてくださいね♪

あっ、「第9変奏 “Nimrod”(ニムロッド)」は映画『のだめカンタービレ 最終楽章前編』でも使われてたんだ、知らなかったなー、気になってきたかなー(^^)

それではまた。

 

reverb.
次回からは月1~2回ペースを予定しています。φ (. . ;)

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第3回 羽生結弦☓久石譲 「Hope&Legacy」に想う

Posted on 2017/01/20

ふらいすとーんです。

忘れもしない2016年9月半ば。フィギュアスケートの羽生結弦選手が、久石さんの楽曲を使用するというニュースが飛び込んできました。日を追うごとに少しずつ明らかになる情報、久石譲ファンサイトとして楽曲「Hope&Legacy」~(「View of Silence」+「Asian Dream Song」)についてインフォメーションしました。そして更新修正をくり返し、たくさんの人に見てもらうことができました。

初期段階で、僕の推測が間違ってしまいご迷惑をおかけしました。・・・だって、まさかライヴ盤とレコーディング盤を組み合わせるなんて・・・すいませんでした。多くのフィギュアファン、羽生選手ファンの皆さんにブログやツイッターで紹介してもらい、その拡散パワーはすさまじいものでした。

「Hope&Legacy」ってこういう曲らしいよ、と紹介してもらうたびに。羽生選手が各大会で演技するたびに、瞬間的にこのファンサイトに大きな波が押し寄せてきます。あらためて、フィギュアスケートの人気、羽生結弦選手の人気に圧倒されています。

ある一日の「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」アクセス数です。1日で23,102人、普段の何倍なんだ!? 羽生選手のインフォメーションが17,850人と他を引き離し、他を引き上げて、その関心の高さを数字でも見せつけられました。使用楽曲が収録されたCD/DVD情報も引っ張られるように上位にきています。年間アクセスランキングでもケタ違いでNo.1だったことは言うまでもありません。

 

 

 

 

さて、『Hope&Legacy』にはどういう想いが込められているんでしょうか。僕はそこにずっと関心があるんですけど、なかなか羽生選手本人が語っている情報も見つけられず、悶々としています。『なんでこの2曲だったのかな?なんでこの2曲を組み合わせたのかな?』という点に尽きるんです。もちろん久石さんが口を開くこともなく。わかっている情報をパズルのピースのように並べてみました。

  • 「View of Silence」楽曲制作で想いやコンセプトは語られたことがない(久石さん)
  • 1998年は羽生選手がスケートを始めた年、長野パラリンピック冬季競技大会開催年
  • 羽生選手本人の強い希望でこの楽曲が選ばれた

これだけしかない。でもここから紐解いてみます。

  • 「View of Silence」はゼロベースで新しい解釈やイメージをつくることができる
  • 「Asian Dream Song」は「旅立ちの時 ~Asian Dream Song~」ver.として
  • 歌詞の言葉もふくめて特別な想いや思い出があるのかもしれない(合唱曲でもある)

こんなふうに飛躍解釈して・・・

 

「静寂の景色」、そこはまさに氷の上。何も聴こえてこない沈黙の場所。果てしない夢を抱き、静寂と鼓動で揺れる。「旅立ちの時」、夢を追いかける時。一人の夢、みんなの夢。かつて夢をつかんだ人たちが遺してくれたもの。そして今。自分が夢をつかんで未来に遺していくもの。『Hope&Legacy』。はじまりの場所にふたたび。でもあの時の景色とは違う。いろいろな音が声が想いが聴こえてくる。いつもここから始まる、いつもここへ帰ってくる。そのたびに新しい景色が見える。そしてまた旅立つ時はくる。HopeもLegacyも終わらない、継がれていくものだから。

 

と、勝手に楽曲コンセプトを解釈しました。振付や衣装もふまえて羽生選手ファンは、もっと深い解説ができるのだと思います。見当違いな解釈だったらごめんなさい、大変お粗末さまでした。(^^;)

久石ファンとしては憤慨しているのです。あんな名曲ふたつを切り貼り編集しちゃって・・・。「Hope&Legacy」を聴くたびに、ふだん向うはずの展開に曲が進まないので、あれっ、とつまずきそうになるのが治りません。そのくらい原曲が染みついちゃってる。

でもこうやって「Hope&Legacy」に新しい解釈と想いを馳せてみると、すっと受け入れられて、新しい聴こえ方がしてくるような気がします。「View of Silence」「Asian Dream song」とは違う、『Hope&Legacy』という作品として、新しい命を得た幸運な楽曲なのかもしれないと。

 

 

久石さんサイドからもう少しタイムスリップ紐解きます。

 

「HOPE」

長野パラリンピックは、アジアで初めて開催される冬季競技大会であり、20世紀最後の大会となります。大きな時代の変わり目の時、開会式は希望「HOPE」をテーマにしました。

そして、このテーマの出発点となったのが、フレデリック・ワッツの描いた一枚の絵「HOPE」です。今回このアルバムに参加して頂いたアーティストには、この絵を見てもらったイメージから新曲を作って頂いたり、演奏して頂いたりしています。

(「長野パラリンピック支援アルバム HOPE」 CDライナーノーツより)

久石譲 『長野パラリンピック支援アルバム HOPE』

 

「HOPE」

ワッツが19世紀の終わりに描いた作品でイギリス・テートギャラリーに収められています。

HOPE 地上の楽園

「Hope」(1886)
GEORGE FREDERIC WATTS
Oil on canvas, 142.4×111.8cm
Tate Gallery (N 01640)

 

地球に座った目の不自由な天女がすべての弦が切れている堅琴に耳を寄せている。でもよく見ると細く薄い弦が一本だけ残っていて、その天女はその一本の弦で音楽を奏でるために、そしてその音を聞くために耳を近づけている。ほとんど弦に顔をくっつけているそのひたむきな天女は、実は天女ではなく”HOPE”そのものの姿なんだって。 -抜粋

 

この絵について(上の抜粋文章)は、書籍『パラダイス・ロスト』(久石譲著)にも、アルバム『地上の楽園』CDライナーノーツにも、同じように記されてします。『地上の楽園』のアルバムジャケットにも使いたかったほどの強い思い入れがあったようです。諸々の事情で叶いませんでしたが、『パラダイス・ロスト』の装丁にはこの絵が使われています。

 

地上の楽園

 

『地上の楽園』(1994)は、約2年近く音楽制作に費やしたオリジナル・ソロアルバムです。長野パラリンピック(1998)までつながっていくテーマ「HOPE」。久石さん自身あの時代を象徴するような、特別な想いがこのテーマと絵に込められているように思います。実際、久石さんが楽曲制作するお部屋には、大きな「HOPE」が壁に飾られています。おそらく今も。

 

 

 

「HOPE & LEGACY 希望と遺産」

長野パラリンピックの開会式は「Hope 希望」をテーマに、閉会式は「Hope & Legacy 希望と遺産」をテーマに行われました。久石さんは式典の総合プロデューサーを務めていました。開会式フィナーレでは、盛大な演出のもと「旅立ちの時 ~Asian Dream Song~」が披露されています。

 

 

久石さんが長野パラリンピック冬季競技大会に込めた想い「HOPE」「HOPE & LEGACY」。それは大会テーマソング「旅立ちの時 ~Asian Dream Song~」として花ひらきました。その同じ年、羽生結弦選手はフィギュアスケートに出会った。咲いた花と、新しい種。この出来事もまた、”希望と遺産”のひとつなのかもしれません。

時を越えて、羽生選手は新しい『HOPE &LEGACY』を、「View of Silence」と「Asian Dream Song」を組み合わせることで、新次元の世界をつくりあげました。新しい解釈が吹き込まれることは、新しい命が吹き込まれることです。

久石さんが作りだしたもの、羽生選手が継いだものと命を吹きこんだもの。世代もジャンルも異なるふたりのプロフェッショナルが、それぞれに抱いた『HOPE & LEGACY』。かけがえのない時の流れを感じます。変わらないもの、変わっていくもの、時代の風にのる『HOPE & LEGACY』そのものなのかもしれない、と。

久石さんの音楽がもっと多くの人に響き希望となりますように。羽生結弦選手の演技が想いが、もっと多くの人に夢と感動をあたえつづけますように。僕らは今、ふたつの光り輝くステージを目の前に、熱狂し歓喜する、めぐまれたオーディエンスです。観客は、未来への語り手として『HOPE & LEGACY』の一役を与えられている、同じ舞台に立つキャストでもあると思っています。

 

 

『HOPE & LEGACY』 からのギフト

この楽曲が僕にくれたもの。1つは、話題をきっかけに多くの人がサイトを訪れてくれたこと。1つは、久石さんファンとのかけがえのない出逢いがあったこと。1つは、久石さんがコンサートでも披露してくれたこと。そう、「久石譲ジルベスターコンサート2016」で、「View of Silence」「Asian Dream Song」が演奏されました。往年の名曲でこそあれコンサート披露されるなんて、約10年ぶりくらいと言っても言い過ぎではありません。

いや、そこはちゃんと調べないといけませんね。「Asian Dream Song」、「久石譲ジルベスターコンサート2008」以来8年ぶり、「View of Silence」、「Joe Hisaishi Concert ~a Wish to the Moon~ Etude&Encore PIANO STORIES 2003」以来13年ぶり、 でした。なんとDVD収録盤あのコンサート以来だったんですね。これだけでも羽生結弦さんに感謝しないといけませんね。コンサートにプログラムしたきっかけ、そのひとつにはなっていると思いますから。そんなスペシャルコンサートについてはレポートしています。

 

「決定盤!フィギュアスケート・ベスト2016-2017」(2016/12/7発売CD)には、「View of Silence」「Asian Dream Song」の2曲がオリジナル版で収録されています。*「Hope&Legacy」としての音源ではありません。また「Asian Dream Song」はFS楽曲ヴァージョンではありません。(リンクURLは貼っていません)

 

同じく楽譜もたくさん出ています。それぞれ1曲ずつとしても、「Hope & Legacy」としても、ピアノ譜はたくさん出版されているみたいですね。ぜひ調べてみてください。

実は「HOPE」には、もうひとつ久石さんエピソードがあります。ありますが、それはまた別の機会に。ちゃんと調べなおしたい、紐解きなおさないといけない。今回は「羽生結弦☓久石譲」「Hope&Legacy」に想う。2016年秋以降、いつか記したいと思いながら、ここにようやくOvertoneとなりました。

それではまた。

 

reverb.
Hope&Legacyを紐解く情報あったら、ぜひ教えてくださいね!お待ちしてます(^^)!!

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第2回 映画『君の名は。』 音楽としての情報量

Posted on 2017/01/12

ふらいすとーんです。

最初からえらいもんをぶっこんできたな、なんて思ったりもしますが、まあまあ落ち着いていきましょう。2016年No.1映画『君の名は。』(監督:新海誠 音楽:RADWIMPS)、スタジオジブリ映画独占だった興行ランキング、その牙城を崩した作品です。公開から約半年、ここまで社会現象になれば観ている人も多いでしょうが、観ていない人もいると思います。ストーリーの内容には一切触れることなく、ネタバレすることもなく、安全に?!音楽の話だけをしてみたいと思います。

宮崎駿☓久石譲、新海誠☓RADWIMPS、監督からも音楽からもスタジオジブリ作品と比較されることの多いこの作品。興味深いとも思い、比較するものじゃないとも思い、影響がないわけないとも思い。スタジオジブリ作品が培ってきたものがあって、そのアニメーション映画の延長線上に、映画『君の名は。』は誕生することができた、と僕は思っています。ゼロから生み出された映画というよりも、先人の巨匠たちの職人たちの歴史があって、その地ならし(観客もふくめて)のうえに、新しい作り手たちが受け継いだもの。それが今、巨大な共感と一体感を巻き起こしたのだろうと。

だから同じ天秤にのせても、意味がないし、のせてみたいのもわかるし、うーん、でも時間的重みを加味したら、アドバンテージがちがうしなあ、なんて思ったりしながら、比べることは放棄します。良い悪いではなく、どちらも”それぞれの作品”として尊重されるものですからね。仮に比べることで新しい側面が発見できるのなら、それはすごく支持します。そう、その流れで進めます。

 

 

映画『君の名は。』を観て、音楽面で気になったのは《音楽としての情報量》です。「夢灯籠」「前前前世」「スパークル」「なんでもないや」というRADWIMPSの4つの主題歌がクローズアップされ、強烈なインパクトを放っている音楽。その他の本編BGM、インストゥルメンタル楽曲って、あまり印象に残りにくい。サントラ盤も第一印象は、なんか薄い、音数も少ない、メロディーの幅や広がりもない、展開も抑え気味、全体的にいたってシンプル・・・言いたい放題ですが、要はすごく違和感があったんですね。4つのヴォーカル曲との作り込みというか密度の差が非常に激しい。これはなんだろう?

 

 

この映画は、映像そしてストーリーにおいて、最も比重が大きい、とてつもない情報量が詰め込まれています。おそらく観客は映像美に見惚れながらも、その内容を理解しながら追っかけることで2時間ノンストップ集中します。作品構成、スピード感、展開のはやさ、伏線の収拾において、息つくひまを与えないすごい映画だなあと思います。

だらかです。だからゆえに、音楽は情報量を抑えたんじゃないか。例えばピアノ曲は、ピアノを習っている子供ならすぐに弾けてしまうほどのシンプルなメロディのくり返し。サントラ全体の楽器編成も、ヴォーカル曲を除いて、とても小編成なアコースティック楽器とエッセンスとしてのシンセプログラミング。起伏や緩急をもって展開することのない、シーン(場面)のための背景音楽。膨れあがる情報量(映像・ストーリー)から、一歩引いたところにある音楽。あえて情報量を減らし、密度を薄くすることで、そのバランスを保った音楽とも言えるんじゃないかなあと、僕は思います。

たとえば、久石さんとRADWIMPS、どちらが映像のための音楽か、映像を補完する音楽かと言われれば、RADWIMPSのほうでしょう。一方で、どちらが映像にシンクロした音楽かと聞かれれば、それは間違いなく久石さんでしょう。「ラピュタ」にしても「トトロ」にしても、どの宮崎駿作品にも、必ずどこかに、映像と完全にシンクロして、マッチングしている楽曲があります。

このあたりがおもしろいところで、久石さんは『登場人物や映像につけているわけではなく、世界観に音楽をつけている』というスタンスです。僕が言いたいのは、すごく深いことなんです。久石さんは世界観につけた音楽という核があって、一見映像とシンクロして聴かれるそれらの楽曲たちは、核の完成度が高いからこその手法のひとつ、引き出しのひとつ、遊び心のひとつ。だから表面的にシンクロした音楽がすごいのではなく、奥深い音楽としての核が、やっぱりすごいんです。伝わりますか? すいません、文章力がない。

 

 

映画『君の名は。』 音楽における最大の功績は、RADWIMPSというロックバンドが映画のための音や言葉を紡ぎだし、純粋無垢な疾走感を演出し、声と声質によって、主人公の内なる声を浮かび上がらせることでコラボレーションしたことだと思います。《音楽としての情報量》その役割を、「言葉と声」に集約させたことが一番の核だと思います。

少し具体的に分けて見ていきましょう。

 

【ヴォーカル曲】

4つの主題歌は、いずれも”ここしかない”という絶好の場面で流れます。相乗効果はもちろん、それはもう映画の一部です。自分たちの音楽性をこの映画のために捧げた、映像のために作曲され楽想も構成された音楽。これまでの主題歌・挿入歌という枠とセオリーをぶち壊した監督とアーティストの化学反応で、それはひとつの偉業だと思います。

ヴォーカルの声と声質が主人公とダブらせ、紡ぎ出される言葉やシャウトが、主人公の内なる声を浮かびあがらせる。『せーの』『ハイタッチ』『革命前夜』『旗を立てる』『美しくもがく』『権利』『叶えたい夢』『追い越したんだよ』・・・。若い世代の日常生活に駆け巡るキーワード、若い時代だからこそ光輝く言葉たち、痛いくらい眩しいくらい、汚れを知らないときの純粋無垢な言葉たち。そして、まっすぐに届けられる突き抜けた声。

オリジナルアルバム『人間開花』に収録された「スパークル (original ver.)」や「前前前世 (original ver.)」と聴き比べてみました。両曲movie ver.は、エレキギターもベースも、ボリュームをおさえ、音質もクリアに近いものを選び音の歪みをおさえています。かき鳴らしたいところをカッティングに徹したエレキギター、動きまわりたいところを単音連打で駆けおさえるベース。映画のためという制約のあるなかで、いかにロック性を失わないか、緻密に作り込まれ、音が選ばれているように思います。

映画の邪魔をしてはいけないから当然、という見方もできますね。でもそのなかで主人公、疾走感、高揚感、刹那感を表現するということは、そう簡単なことではないと思います。映画のため、それはアーティスト性として大きな賭けでもありリスクもともないます。ファンを増やすこともあれば、ファンを裏切ることにもなりかねません。本来のテクニックを発揮できないことは、見限られるという紙一重でもあります。

「前前前世」は(movie ver.)とも(original Ver)とも違うヴァージョンが本編では使われています。(original ver.)の歌詞が本編には追加されていますが、楽曲アレンジは(movie ver.)の延長線にあります。「スパークル」は(movie ver.)では映画に広がりをもたせる弦楽が使われていますが、(original ver.)は本来のギターサウンドを前面に打ち出しています。このように、サントラ盤だけでRADWIMPSの音楽性を測ってしまわずに、オリジナル作品と聴き比べることで、RADWIMPSの「映画に100%寄り添った音楽」とその解放がそれぞれの場所に着地しています。

RADWIMPSの楽曲が、ストーリー展開に影響を与えたこと、歌詞の言葉から台詞が変わったシーンがあること、音楽待ちだった映像制作現場、などなど。映像の長さを音楽に合わせるほどに、”ここしかない”場面でRADWIMPSのサウンドと言葉をぶつける手法。登場人物たち、いや主人公と同じくらいの扱いをもって迎えられていることがわかるエピソードですね。

 

【インスト曲】

たとえば、明快でわかりやすいのは、4つの主題歌をメインテーマとしてインストゥルメンタルでBGMを散りばめることです。そうすることで、音楽全体として統一感のある世界をえがくことができます。でも、主題歌の旋律を聴くことができるのは、「夢灯籠」のメロディをピアノや弦楽が奏でる「かたわれ時」だけです。そうまでして主題歌とBGMを切り離したかった、主題歌をピークに浮き上がらせたかったということなんだと思います。

もうひとつは、映像・ストーリーとの密度のバランスです。それを具現化するように、シンプルな楽曲構成になっています。鳴っている音の数も少ない、メロディの幅や広がりが小さい、急な大きな展開をのぞまない緩やかな繰り返し。音の動きや音の増減は、瞬間的に意識がそっちにいってしまいます。あえてそうさせたくなかったのが、これらインスト曲の役割であり、主題歌におけるギターやベースの立ち位置だったように見えてきます。

ちょっと映像に寄り添いすぎた音楽かなともとれます。明るいシーンに明るい曲、泣かせるシーンに泣かせたい曲、という単純な意味ではないです。久石さんが嫌いな言葉なので普段使わないですが、”劇伴”という表現がしっくりきます。あくまでも映像を引き立てるため、もちろんそこにも大きな意味はあります。見事にその役割をまっとうしたのがRADWIMPSの本編BGMです。

「デート」「三葉のテーマ」「デート2」は同じモチーフをもった楽曲です。とてもシンプルなピアノ曲です。でしゃばらないけれど、そっと近寄ってすっと印象に残るような佳曲です。「三葉のテーマ」を軸にみたときに、「デート」「デート2」は映像の奥にあるもの、心のなかでは気持ちのうえでは誰とデートしているのか? そういったところもしっかりと描かれて音として紡がれています。

この3楽曲の旋律のなかに「♪ドソドソド~、ドソドソド、ドソドソド~」と繰り返しているメロディ箇所、このコードの展開が似ているシーンがあります。主題歌「スパークル」で、長い間奏のあと静かになって再び歌声が戻ってくる「♪愛し方さえも~、君の匂いがした~」。頭の中でピアノのメロディを重ねてみたら、なんとなくダブってくるから不思議です。これは意図していることかわからないので、僕の勝手な解釈です。なんだか物語と一緒に音楽においても伏線、からまって、結びを感じてしまいます。もしよかったら、がんばってイメージして重ね響かせてみてください。

 

 

 

新海誠監督はインタビューで、「宮崎さんと同じ方向に行っても絶対追い越せないので、宮崎さんとは違うものを出していきたい。例えば、宮崎さんには久石譲さんという完璧なコンポーザーがいて、完璧な映像と音楽のマッチングがあります。であるなら、全然違う方向の音楽じゃないと手触りが違う魅力のある作品にならない。じゃあ、ロックバンドの疾走感のある音楽をベースに、音楽を聴きながら作品を作ろうと思いました。これからも違うものを差し出していきたいという気持ちです」と語っています。

まさにこの言葉に凝縮されていますね。そして、その挑戦が見事に成功したエポック的作品になっていくと思います。道なき道をつくった、新しく切り拓いた、これからの映画界の布石になっていくんだろうと。

ロックについてはどうでしょうか。おそらく予想を越えて老若男女が映画館に足を運んだこの作品。ある世代には響いた音楽も、耳になじまない世代や観客もいたでしょう。さらには海外での大ヒット、監督の狙った「ロック」「言葉と声」という画期的な音楽演出は、今後は果たして?

ふと、思い出したのが、久石さんが最近のインタビューで語っていた言葉です。ジブリ映画・ジブリ音楽が海外でも大きく支持されていることについて。「一番良かったと思うのは、中途半端なインターナショナルとか中途半端なグローバリゼーションとか一切無関係で、超ドメスティックに作り続けてきた。それで、超ドメスティックであることが、実は超インターナショナルだった。結果、そうだったような気がします。」(NHK WORLD TVより)

いろいろなものが交錯して見えておもしろいなあと思います。新海誠監督は今作で得た手応えと、大ヒットすることで見えてきたものがあるとするなら。『君の名は。』と同じ音楽手法をさらに突き進めてみるのか、もしくはまた違ったアプローチに挑んでくるのか。もうすでに次回作の構想は、静かに始まっているのかもしれませんね。

 

宮崎駿☓久石譲では生み出すことのできなかったものが、新海誠☓RADWIPMSによって確信犯的に生み出された。違う手法を選ぶことで、新しい可能性を示した。セオリーを取っぱらい、突っ込んで、振り切った映像☓音楽のコラボレーション。映画『君の名は。』は、過去から遡っても、未来から振り返っても、”ここしかない”タイミングに誕生した作品、そんな気がします。

RADWIMPSにしかできない音楽があって、久石さんにしかできない音楽がある。出発点も方向性も違う作品が、どちらもその時代と共鳴し、大きな共感と渦をもって社会現象を巻き起こす。宮崎駿☓久石譲、新海誠☓RADWIMPS、その両方を楽しめる観客としては、これはとても幸せなことですよね。

「久石さんが音楽だったらよかった」「新海誠☓久石譲をみてみたい」なんてのを目にすると、うんうん、と一瞬思ってしまったことは白状します。でも、こうやって整理して書いてみて、やっぱりこれはRADWIMPSでよかったんだ、映画『君の名は。』は新海誠☓RADWIMPSがよかったんだと、心からそう思います。かけがえのない作品をありがとうございます。あーっ、また映画館に行きたくなってきた。何回目かは聞かないでくださいね。

それではまた。

 

reverb.
「君の名は。」のサントラ、僕のプレイリスト年間再生回数 上位でした (  ̄3 ̄)~♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第1回 「響きはじめの部屋」へようこそ

Posted on 2017/01/05

ふらいすとーんです。

「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」へようこそ。

いつもご覧いただきありがとうございます。このたび新しいコーナーをはじめます。直接的には久石譲に関係のない情報や話題でも、もしかしたら《関連する・つながる》かもしれない。もっと広い範囲のお話を書いていきたい、そんな思いからスタートします。”Info.(インフォメーション)”や”Blog.(ブログ)”の項では、これまでどおり、ダイレクトに久石譲を発信するため、そことは別部屋にしたほうがいいだろうということになりました。

久石譲のことを知りたくて、「響きはじめの部屋」にたどり着いたのに、まったく関係のないことがごちゃまぜにあったらイヤですよね、僕はイヤです。そんなことない人もいるでしょうね。もちろんこれは、「久石譲ファンサイト」という看板を掲げているからの問題でもあります。できれば久石譲以外のことは混ぜたくない、久石譲のことさえ伝わればそれが一番いいと思ってサイト運営していますので、今までどうすみ分けできるのかなと足踏み状態でした。

個人的な日記を書く場所ではありません。あくまでも久石譲音楽を楽しむことが中心にある生活のなかで、《関連する・つながる》かもしれないことをテーマに、音楽話、サイト話、ジャンルを越えた作家やアーティスト、久石譲ファンとの交流など多岐に記していきます。話と話が交錯することで、本来話していない別のことが見えてきたり、つながって連鎖して新しいことが見えてくる。「Overtone」のように。そして音楽を楽しむことがより広く深く豊かになっていく。間接的な話題が、結果”久石譲”にはね返って共鳴する、新しい楽しみ方ができる。そんなコーナーになれたらいいなと思っています。

 

 

さて、「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」。察しのいい人はすでにご存知だと思います、これはとある名称からきています。三鷹の森ジブリ美術館の常設展示室「動きはじめの部屋」です。”アニメーションはどうやってできているのか?” 絵や人形が命を吹き込まれて動き出す様子を、原始的にわかりやすく展示した部屋です。

『久石譲の音楽が響きはじめる部屋』、作り出される過程(インフォメーション、インタビュー、コンサート、ライナーノーツ)を記録したサイトである。『久石譲の音楽が響きはじめるきっかけになる部屋』、あなたのなかで久石譲の音楽を聴くきっかけになるコンテンツを提供するサイトである。ほかにもあったかな? そんな想いをつめこんで、あやかって、表札とさせてもらいました。

ところがこれ、日本語ではまあなんとなくニュアンスは伝わっても、英語でなんと言ったらいいものか・・・。「動きはじめる」とは言っても、「響きはじめる」なんて、なかなか日本語でも違和感のある表現ですよね。しかも「響きはじめ”の”」。最初、意訳もふくめて”The room begin to resound with joe hisaishi music.”と記していました。”久石譲音楽が響きはじめる部屋”というつもりだったんです。おそらく間違ってるだろうな、と思いながら随分放置していました。ずっと気になっていたので、ある機会に英語が堪能な人に診てもらいました。そしたら案の定おかしい英語ですね、と言われてしまった。

”The room begin to resound with joe hisaishi music.” 「これは主語が部屋なので、響いているのは音楽じゃなくて部屋になりますね」「”resound”ってあまり一般的に使わない英語、調べてみたら”大きな音が鳴っている、エコーのようにわんわん鳴り響く”っていうような”響く”です」・・・・。恥ずかしい。

やりとりしながら導きだしてもらったのが”The room filled with Joe Hisaishi music.” よく使われる英語表現に”◯◯ filled with love” 「愛が満たされた・たくさん詰まった◯◯ (プレゼント/人生etc)」というのがあるようで、『久石譲の音楽が満たされた部屋』というニュアンスになります。うん、意図するところもふくめて万事納得!ただいまこちらのサブタイトルを使っています。あれっ?ジブリ美術館の「動きはじめの部屋」ってどう英語表記されてるんだろう? 参考にすればよかった、検索してもわからない、知ってる人いたら教えてください。

 

 

余談ですけど、僕のペンネーム「ふらいすとーん」。とぼけたポカンとした名前だな、なんて思うんですけど、ふらいすとーん、Fly Stone、飛行石です(笑)。いや、これはちっぽけな名誉のために、飛行石の英語として正しくないです。映画『天空の城ラピュタ』英語版でも、台詞としても、飛行石は”Levitation Stone”と英語表現されています。『Castle in the Sky ~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン』サウンドトラックには、「3.The Levitation Crystal」というオリジナル盤にはなかった追加楽曲がありますね。正確にはオリジナル盤「2.スラッグ渓谷の朝」を再構成した前半部分です、気になった方は聴き比べてみてくださいね。

レビテーション・ストーン、かたい。フライング・ストーン、なんかちがう。フライ・ストーン、ふらい・すとーん、ふらいすとーん・・・、うん、ほんわかしてていいんじゃないかな。かなり勝手な解釈、響きのインスピレーションで、そうしちゃいました。でも、「ふらいすとーんです」なんて書いたことないから、ペンネーム知ってる人なんていないでしょうね。たまーに「響きはじめさん」と言われるくらいですから(笑)

 

久石譲 『Castle in the sky 天空の城ラピュタ・USAヴァージョン』 久石譲 『天空の城ラピュタ サウンドトラック』 

 

 

くだらない話をしてしまいました。今回、新コーナーロゴも友人に頼んで作ってもらいました。えらく気合入ってますね、いいえ、カタチから入るんですね。強気に言って続けていくための決意表明、弱気に言って願かけやおまじない。口うるさい細かいオーダーにも快く、修正をくり返し、素敵なデザインをカタチにしてくれました。とても気に入っています。

 

 

「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」を続けていくためには、僕にとって必要な場所でした。いつまで続くかわかりませんが、その比重は決して小さくありません。久石さん以外のことをもっと広く見る、聴く、感じる、整理して書くという過程が、結果ファンサイトを続けていくエンジンになる。そんな思いでささやかにスタートします。

それではまた。

 

reverb.
書きはじめのコーナー、今月は2~3回の掲載がんばります φ(. .)

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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