インタビュー:「ベスト盤」では納得できなかった新アルバム

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
インタビュー:「ベスト盤」では納得できなかった新アルバム

作曲家でピアニストの久石譲が新アルバム「WORKSIII」を、7月27日に発売する。節目ごとに代表曲を集めたシリーズで、3枚目となる今作は、映画「ハウルの動く城」のテーマ曲の変奏曲や、5年かけて作ったという組曲「DEAD」などをオーケストラで録音した。アルバムを完成させたばかりの久石に聞いた。(依田謙一)

「いつか実現しなかった『DEAD』の映画を作りたいね」語る久石

——ベスト盤かと思いきや、実は新曲「DEAD」のためのアルバムではありませんか。

久石 結果的にそうなったんだ。というのも、最初は過去2作と同じように、現時点でのベスト盤を作ろうと思っていた。「ハウル」があって、「Oriental Wind」(サントリー緑茶「伊右衛門」CM曲)があってというようにね。でも、いざ始めてみたら、それだけじゃ納得できなくなってしまった。やっぱり、自分は演奏家じゃなくて作曲家。新しいものがほしくなるんだよね。

——「DEAD」が生まれたきっかけは。

久石 僕には未完の曲がいくつかあって、「DEAD」はその一つだった。第1楽章と第4楽章は、初監督した「カルテット」の前に撮影予定だったサスペンス映画のために作った曲なんだ。映画は実現しなかったけど、弦楽四重奏とピアノのアレンジで「Shoot The Violist」というアルバムに収録した。以来、何度か残りの部分を作ろうと試みたけど、なかなかうまくいかなかった。それが、今年の春にスタジオに入った時に、第2楽章と第3楽章ができたんだ。

——タイトルにこめた思いは。

久石 いつか死ぬと決まっているからこそ、生きている間に感じる愛を大切にしたい。実は「DEAD」というのは、そのまま音階名(レ、ミ、ラ、レ)でもある。この音階を繰り返し提示することで、「人間はどこからきてどこに行くのか」を考えたかった。

——前アルバム「FREEDOM」は、「過渡期のもの」だということでしたが、「DEAD」はそういう悩みから抜け出し、作曲家としてある到達点に達した作品では?

久石 オーケストラが古典ばかり演奏している現状に対して、自分なりに答えを出したかった。かつてやっていたミニマル・ミュージックや現代音楽に、もう一度真正面から取り組むことができたのは嬉しいね。去年は一言で言えば「ハウル」のテーマ曲「人生のメリーゴーランド」を作った年だけど、今年は、同じ意味で「DEAD」を作った年になると思う。それだけ大事な曲になった。

——今後もこの方向を極めていく?

久石 「この方向だけ」という意味ならノーだね。確かにここ最近、指揮を本格的に始めたこともあって、オーケストラや現代音楽的なものに力を入れてきたけど、シンセサイザーや民族音楽など、様々なジャンルのものも積極的に取り入れていきたい。実際、今作っているある映画の音楽には、その傾向が出ているよ。

——8月3日からは全国ツアーですね。

久石 会場によって違う2種類のプログラムを用意した。Aプログラムでは、昨年1月に出したアルバム「イメージ交響組曲 ハウルの動く城」を全曲演奏する。宮崎駿監督のメッセージをもとに作った組曲で、サウンドトラックでは難しい音楽の完成度を追求した作品。Bプログラムでは、アルバムに収録した「ハウル」のテーマ曲の変奏曲と、オリジナル音楽を付けたバスター・キートンの無声映画「The General」(邦題「キートン将軍」)を、映像に合わせてライブ演奏する。共通でやるのは「DEAD」だけなので、ぜひ両方に足を運んでほしいね。

——「The General」をライブ演奏するのは、大胆なアイデアですね。

久石 昨年のカンヌ映画祭で一度だけ挑戦した際には、「成功したのが奇跡的」というくらい苦労した。キートンは動きがせわしないから、合わせていくのは至難の業なんだ。でも、共演する新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラには、画面を見ず演奏に専念してもらおうと思っている。そうじゃないとライブの醍醐味がないからね。代わりに、責任はすべて指揮棒を握った自分が背負うことになる。どんなことになるか楽しみだよ。大変だけど(笑)。

(2005年7月5日  読売新聞)

 

インタビュー:過渡期の良さが出た新アルバム

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
インタビュー:過渡期の良さが出た新アルバム

作曲家でピアニストの久石譲が新アルバム「FREEDOM」を1月26日に出した。昨秋のツアーで共演したカナダの女性弦楽アンサンブル、アンジェル・デュボー&ラ・ピエタを招き、映画「ハウルの動く城」(宮崎駿監督)のテーマ曲や、サントリー緑茶「伊右衛門」のテレビCM曲などの新アレンジを収録している。アルバム制作にかけた思いを聞いた。(依田謙一)

——発売が当初予定されていた10月から延期になりましたが。

「今年は一つずつのプロジェクトに時間をかけて取り組みたいね」と語る久石

久石 簡単に言うと、曲が書けなかったんだよね。政治的でない、個人的な心の自由を追い求めるというテーマは決まっていたんだけど、それをどうやって曲に反映させるかという段階で、行き詰ってしまった。さらに、前作「ETUDE」あたりから引きずっている「このままじゃまずいんじゃないか」という葛藤もあって、思うように曲作りが進まなくなったんだ。

——葛藤?

久石 もっとポップにならなきゃいけないんじゃないか、ということ。このところ以前やっていた現代音楽に戻りつつあったりして、それでいいのか悩んでいた。結論がまとまらないまま見切り発車していたんだ。だから、何曲かは混乱がそのまま出ていると思うよ。

——例えばどの曲ですか。

久石 一番出ているのは「Ikaros」かな。分かりやすいメロディーでありながら、編曲はかなり複雑なものになっている。

——「混乱」をあえて世に出した理由は。

久石 悩みが一回りして、結局それがこのアルバムのテーマだと思ったんだ。何かを捨てるということではなく、まずありのままの自分を受け入れないと、束縛からいつまでたっても解放されないし、自由を手にできないんじゃないかと。だから、今自分が出すべきアルバムとしてはもっとも適切なものになったと思う。

——転機が近づいているのでしょうか。

久石 そうかも知れないね。思い返してみると、10年単位で少しずつ変化しているんだ。20代の現代音楽、ポップを意識した30代、映画監督をやったりした拡大路線の40代、そして50代になって、また変わろうとしている。だから、今は過渡期。でも、それがいいことだと思える。この時期ならではの良さが出たんじゃないかな。

——多くの曲がアンジェル・デュボー&ラ・ピエタとの共演ですが。

久石 テレビでたまたま見かけたのが、彼女たちとの出会いのきっかけだったから、きちんと演奏を聴くまでは、正直不安だったよ。実際、初めて生で耳にした時は、弾いている姿こそ迫力があったものの、そのあまりに「クラシック的」な演奏に、どうしようかと頭を抱える部分もあった。僕が求めていたのは、もっと前衛的で攻撃的な演奏だったからね。でも、アルバム録音前に一緒にツアーを回ったことで、彼女たちは新しいことに挑戦してくれるようになった。最終的には、とても満足して帰って行ったよ。

——彼女たちの演奏以外に、ツアーが先行したことによる影響は。

久石 新潟公演(昨年11月6日)をやったことはとても大きかった。新潟県中越地震があった直後だったから、コンサートをやるのがふさわしいのだろうかという気持ちもあったけど、チケットを買った方から「楽しみにしています」という手紙やメールをたくさんもらったことで、こんな時だからこそやらなきゃ、と思えた。演奏もすごく燃えたし、お客さんもとても熱かった。結局、自分が音楽家としてできることがどういうことかが、とてもよく分かったよ。

——アルバムを象徴する曲を1曲挙げるとすれば。

久石 「Ikaros」も思い入れが強いけど、やっぱり、「ハウル」のテーマ曲「人生のメリーゴーランド」ということになると思う。ワルツという形式を借りたことで、自分の音楽性とじっくり向かい合えた。昨年は他にもたくさん曲を作ったけど、後で思い返した時には、「『人生のメリーゴーランド』を作った年」として思い出すはず。それぐらいの曲になったと思うよ。

(2005年2月1日  読売新聞)

 

報告編:「Freedom」全国ツアー終了

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
報告編:「Freedom」全国ツアー終了

作曲家でピアニストの久石譲によるコンサートツアー「Freedom」の最終公演が11月29日、東京・初台の東京オペラシティコンサートホールで行われた。

ツアーは、カナダの女性弦楽アンサンブル、アンジェル・デュボー&ラ・ピエタとの共演で、11月3日の神奈川・相模大野での公演を皮切りに、全国14か所で行われた。

自らの希望で今回の共演を実現させた久石は、「彼女たちを、偶然テレビで見て、そのスタイルに魅了された。真っ黒な衣装で激しく体を揺らす姿がとても魅力的だった」と話す。

夏のオーケストラツアーでは指揮が中心だったが、今回はピアニストに徹した。難易度の高い編曲に自ら演奏者として挑む苦労もあったようで、演奏の途中、「今日で最後だと思うと、正直ほっとする」と語った。

前半は、1992年に発売されたソロアルバム「MY LOST CITY」からの曲が中心。「密度の高い曲を前半に集中させようとした時に思いついたのが、ピアノと弦の曲が中心の『MY LOST CITY』だった。今あれをやるとどうなるのかなと思った」

「心の自由」をテーマに制作中の新アルバム(1月発売)の楽曲も披露。収録予定の「ハウルの動く城」のテーマ曲を新アレンジで演奏すると、客席から大きな拍手が起こった。

コンサートのために施された編曲には、どれも荒々しさと優雅さ、単純さと複雑さといった相対する要素が混在している。あえて極端に対比させることで、自己をさらけ出すことを徹底的に追求しているようだった。

久石は、ツアー前に行ったインタビューでこう話している。

「まず自分自身が作ってしまっている束縛から解放されないと何も始まらないんじゃないかという思いが強い。何かを捨てるということではなく、ありのままの自分を受け入れることで生まれる自由があるはず」

コンサートでは、それを見事に実践していた。この日は演奏に粗さも残ったが、もはやそんなことは些細なことに感じられる「久石譲の音楽」がそこにあった。(依田謙一)

(2004年12月7日 読売新聞)

 

インタビュー:「ハウル」に通じる「Freedom」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
インタビュー:「ハウル」に通じる「Freedom」

作曲家でピアニストの久石譲によるコンサートツアー「Freedom」が、11月3日から29日まで全国各地で行われる。カナダの女性弦楽アンサンブル、アンジェル・デュボー&ラ・ピエタとの共演だ。コンサートへの意気込みを聞いた。(依田謙一)
——ツアータイトルを「Freedom」とした理由は。

 

久石 制作中のソロアルバム(10月発売予定だったが1月に延期)と共通のタイトルにしようと思っているところから話したい。今、自分自身が日常にがんじがらめになっていて、強い閉塞感を感じている。これは、この国に生きている皆が感じていることじゃないかと思う。夢は夢として実現しないものになっていて、最初から手の届く範囲で納得しないとやっていけなくなっている。

——前アルバム「ETUDE」は、収録曲「a Wish to the Moon」に代表されるように「夢はいつかかなう」というテーマでしたが。

久石 もちろんそれは今でも大切だと思っているが、まず自分自身が作ってしまっている束縛から解放されないと、何も始まらないんじゃないかという思いが強い。何かを捨てるということではなく、ありのままの自分を受け入れることで生まれる自由があるんじゃないかと。そういうことをアルバムとツアーで伝えたい。

——テーマを代表する曲は。

久石 新アルバムのために「Ikaros」という曲を書いた。アルバムを象徴する曲になると思う。ツアーでも演奏するよ。タイトルありきで、まさにギリシャ神話に登場するイカロスのこと。ろうで固めた羽で飛んで海に落ちてしまった彼に対して、身のほど知らずだと言う人もいれば、自分の好きなようにして納得しているんだからいいじゃないかと言う人もいるだろう。40歳以上の人は前者が多いかも知れない。しかし、若い子たちはきっと後者なんじゃないかと思う。ただ、僕はどちらがいいということを言いたいわけじゃない。客観的に語りたいだけ。

——曲を聴いて自分がどういう人間か知る。

久石 人によって明るいと感じる人もいれば、暗いと感じる人もいるだろうね。反応が楽しみ。

——アンジェル・デュポー&ラ・ピエタと共演することになったきっかけは。

久石 彼女たちを知ったのは、「ハウルの動く城」が一段落して気分転換したいとハワイに行った時、偶然テレビで演奏していたのを聴いたんだ。すぐに「これだ!」と思った。まず、彼女たちの演奏スタイルにひかれた。真っ黒な衣装で、立ちながら激しく体を揺らして演奏している姿は、とても魅力的だった。ちょうど、ライブならでは迫力ある演奏をやりたいと思っていたから、彼女たちとなら、相当激しいステージができるんじゃないかと直感した。弦楽の編成がツアーでやりたいと想定していたものとほぼ同じだったことも、大きなポイントだった。それで、日本に帰ってコンタクトを取ったんだ。

——彼女たちの反応は。

久石 CDを送ったら気に入ってくれて、すぐに共演が決まったよ。最初はアルバムを先行して発売する予定だったから、日程面で迷惑をかけたけど、とても好意的に対応してくれている。

——セッションはすでに行った?

久石 実はまだ彼女たちの演奏を生で聴いていないんだ。でも、なぜか不安より楽しみが勝る。きっと音量は大きくて勢いがあるだろうという確信さえある。不思議だよね。彼女たちは全員女性だけど、女性だから音に迫力がないということはないんだ。去年、チェロ奏者たちとツアーを回ったけど、一番大きな音を出していたのは女性だった。音楽の世界は、「男だから」「女だから」ということがないのがいいところ。

——プログラムの構成は。

久石 今までなら後半に演奏しているような密度の高い曲を、前半に集中させようと思っている。精神的にはもちろん、体力的にも大変なものになるだろうね。

——「ハウル」の曲も演奏される?

久石 メインテーマ曲「人生のメリーゴーランド」は、新アレンジで演奏するよ。実は「Freedom」の考え方は「ハウル」に通じるところが多い。僕は何もこのツアーやアルバムで、自分や聴いてくれた人の心が自由になるなんて思わないし、相変わらず「人生のメリーゴーランド」なんだ。下がる時もあれば上がる時もある。でも大切なのは、自分を受け入れながら自由になりたいと思って生き続けるプロセスなんじゃないかな。「人生のメリーゴーランド」というタイトルは、宮崎駿監督が付けたものなんだけど、「ハウル」はまさにそういう映画だよね。

(2004年10月18日  読売新聞)

 

報告編:「ワールド・ドリーム・オーケストラ」全国ツアー終了

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
報告編:「ワールド・ドリーム・オーケストラ」全国ツアー終了

作曲家でピアニストの久石譲が、新日本フィルハーモニー交響楽団と組んだポップス・オーケストラ「ワールド・ドリーム・オーケストラ」が8月1日、大阪・中央区の大阪城西の丸庭園で野外コンサートを開き、全国ツアーが終了した。ツアーは、7月19日の宮城・仙台市での公演を皮切りに、全国8か所で行われた。

久石は指揮とピアノで登場。最終日ということで特別メニューを組み、「HANA−BI」「スター・ウォーズ」「007ラプソディー」といった映画音楽を約100人のオーケストラで聴かせた。

一昨年ごろから互いに「何か一緒に続けてやろう」と盛り上がり、ジャンルを超えて楽しめる新しいオーケストラ「ワールド・ドリーム・オーケストラ」の活動を始め、初代音楽監督に久石が就任した。
トラッンペットソロを吹くティム・モリソン
6月には初アルバム「WORLD DREAMS」を発売。欧米の著名な映画音楽と、「天空の城ラピュタ」など自身の作品を編曲し直した。

「あまり経験がない」という他人の曲に挑んだのは「世界中にいい曲がたくさんあるのに、オーケストラ用のものが少ないため、クラシックコンサートではなかなか演奏されない」ともどかしさを抱えていたからだという。編曲は「原曲の作曲家を尊敬しつつ、自分のやりたいことを盛り込んだ」と語る。

コンサートでは「E.T.」などで知られる作曲家ジョン・ウィリアムスと自身の映画音楽を対比させたほか、久石が「真夏のラーメン」と例える管楽器隊の音を前面に出した編成で、「ミッション・インポッシブル」などを激しく演奏、聴衆を魅了した。

台風10号の影響で天候が心配され、リハーサル中も強い風と小雨に悩まされたが、本番は雨風もなく晴れ間も見え、夕暮れに染まる大阪城を眺めながらのコンサートとなった。

途中、ツアーゲストで元ボストン交響楽団主席トランペット奏者のティム・モリソンが、阪神タイガースのTシャツに早着替えすると、観客は大きな声援で「ハプニング」を喜んだ。
野外のためオーケストラもTシャツで演奏 中央は久石
アンコール後、鳴り止まない拍手に久石が三度登場。歓声に押され、プログラム予定になかった映画「菊次郎の夏」のテーマ曲「Summer」をピアノソロで演奏すると、聴衆とオーケストラメンバーは割れんばかりの手拍子で応えた。

終演後、汗をびっしょりかいて控え室に戻った久石は、「驚いたよ。リハーサルで練習用に『Summer』を弾いたのをメンバーが覚えていて、『昼間やっていたからできるでしょ』って。みんなにうまく乗せられちゃったね」と笑った。

「ワールド・ドリーム・オーケストラ」の公演は、どの会場も子どもから大人まで様々な客層が混在していた。最近はなかなか見られなくなった光景だ。地道な活動を今後も続け、「ポップスオーケストラの」という枕詞が必要なくなった頃には、音楽を聴く底辺はずいぶんと広がっていることだろう。

初日の仙台公演のリハーサルで、久石はこんな話をしていた。「音楽にはクラシックもポップスもない。あるのはいい音楽と悪い音楽だけなんだ」(依田謙一)

(2004年8月3日 読売新聞)

 

第23回:「ふたりが残った」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第23回:「ふたりが残った」

クライマックス曲の変更という最大の難関を乗り越えた久石譲は、あらためて2日目の録音に取り組んだ。1日目で大編成のオーケストラ曲がほぼ終了していたことから、この日は主に小編成の曲を録音した。

映画音楽は交響曲と違い、あくまで場面に合わせて作曲するため、編成や長さが多岐に渡る。なかには、10秒ほどで終わってしまう曲もある。

しかし、どれも場面を支える重要な曲だ。一つ一つが満足いく演奏をするには、映画音楽ならではの苦労も生まれる。

終盤、トランペットと大太鼓の2人だけとなった録音で、こんなことがあった。

カットナンバー500。夕暮れの街を、戦意高揚のためにビラまき隊が行進する場面の曲。絵コンテに、トランペットと太鼓を使って、「プップクプップップー、ドンドン」と記されていたことから、久石はそのニュアンスを生かした曲を用意していた(サウンドトラック盤には未収録)。

演奏前、久石が奏者たちに説明した。「できるだけ下手に弾いて下さい」

奏者たちには慣れない要請だったが、わずか数秒の曲でもあり、あっさり終わるだろうと演奏が始まった。

ところが、これがなかなかうまくいかなかった。

小さい頃から、誰よりも上手に弾くことを求められてきた「エリート」の彼らが、いくら「下手」に弾いても、どうしてもなめらかさが残ってしまうのだ。

それでも何度か繰り返すうちに、少しずつ様になってきた。久石が「このくらいでどうでしょう?」と客席中央を振り返ると、監督は「プロの演奏家でない役所の用務員が、仕方なく演奏しているという設定なので、もっと下手にお願いします」と要求してきた。

音楽家である久石にとっての「下手」も、まだまだ上手すぎたようだ。

監督がこだわったのには理由がある。短いが、戦時下の暗い街を象徴する大切なカット。用務員が嫌々演奏していることで、その雰囲気を出したいという演出意図があったのだ。

この言葉で火がついた奏者たちは、微妙に音程を外すなど、持ち前の技術で「素人らしさ」を表現。何とか「下手な演奏」を実現した。監督と久石は、あたたかい拍手を送った。

こうして、オーケストラの演奏はすべて終了。最後に久石のピアノ録音が残された。

久石は、「さぁ、演奏家に戻らなくちゃ」と腕を回す。

ピアノのセッティングが完了した頃には、オーケストラのメンバーはすべて引き上げ、監督の姿も見えなくなっていた。静まり返ったホール内で、1人、鍵盤に向かった。

映像をバックに、静かにテーマ曲「人生のメリーゴーランド」のピアノバージョンの演奏が始まる。

何度も繰り返し登場した旋律が、やっと久石本人の手で奏でられた。数々の宮崎作品で鳴っていたのと同じ、あの音色が、場内を包み込んだ。

演奏が終わり、顔を上げた久石は、思わず「あっ」と声をあげた。いつの間にか監督が客席に戻っていたのだ。久石が「帰っちゃったのかと思っていましたよ」と言うと、監督は「聴いていきます」とにこやかに笑った。

監督が録音に最後まで付き合うのは、2人の長いコンビのなかでも、初めてのことだった。

ホールの中には、いつの間にか誰もいなくなっていた。残ったのは、2人だけだった。

監督はシートに深く体を沈めながら、じっと久石のピアノを聴いた。舞台裏のコントロール・ルームのテレビモニターに映し出されたその光景は、いつまでも、いつまでも続くように見えた。

回り続けるメリーゴーランドのように。(依田謙一)

(2004年7月23日 読売新聞)

 

第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

「メロドラマにならないんですよ」

宮崎駿監督が久石譲に打ち明けたのは、1日目の録音がすべて終わった後だった。

「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)で一気にエンディングに突入する構成だったが、最後にもう一度、テーマ曲「人生のメリーゴーランド」を登場させたいというのだ。

オーケストラの録音当日に大幅な路線変更をするのは、極めて異例。久石と監督は、話し合いをするため、2人きりで楽屋に入った。

その間、ホール内は重い空気で覆われた。スタッフは「決裂の可能性もある。どうなるか分からない」と頭を抱えていた。

監督がこだわった「メロドラマ」とは、一体何か。

メロドラマには現在、「昼メロ」に代表される通俗的な愛憎劇のイメージが強いが、そもそもはギリシャ語の「メロス」(旋律)と「ドラマ」(劇)が一緒になった伴奏つきの演劇のことだ。音楽が演技と同等、あるいはそれ以上の重要な役割を果たし、18世紀に発達した際には、恋愛をテーマにしたものが数多く上演された。

「ハウルの動く城」は、制作開始時から「戦火のメロドラマ」だと謳われてきた。監督は、恋愛劇であるのはもちろん、「徹底的に一つのテーマ曲でいきたい」という言葉に代表されるように、音楽が内容を物語るというそもそもの意味でのメロドラマを目指していたと推測される。

実は、当初の編曲でも「ケイヴ」の最後に、テーマ曲の断片は挿入されていた(サウンドトラック盤に収められているのはこのバージョン)。しかし、巨大スクリーンで演奏と一体になった映像を目にしたことで、監督はもっと強烈にテーマ曲を欲してしまったのだ。

楽屋での話し合いで、久石は立腹することなくこの提案を受け入れた。「むしろありがたいと思ったよ。それだけテーマ曲を大事に考えてくれたということだから」

久石は頑固な男だ。ただしそれは、作品に対してという意味で。必要性を理解できれば、困難も積極的に受け入れる。

2人が楽屋から出てきた。久石は結論を語らないまま、スタッフに指示を出した。「今日録音した『花園』を用意して」。監督と話すうちに浮かんだアイデアを試してみようということらしい。

テレビモニターの前に2人が座ると、クライマックス場面の映像とともに、再び「ケイヴ」が鳴り始めた。
2日目は朝から雨。楽屋前には奏者たちの傘が鮮やかに並んだ
ソフィーが残骸となった城の扉を開け、ハウルの少年時代に迷い込む。ハウルに出会ったソフィーは、「未来で待ってて」と言い残し、闇にのみ込まれてしまう。涙を流しながら歩く彼女の前に、再び扉が現れ——。

「ここで『ケイヴ』を切って」。久石が指示を出すと、曲が止まった。

一瞬の静寂の後、ソフィーが外へ飛び出す場面で、新たな指示が出た。「ここから『花園』に切り替えて」

「花園」は、ハウルがソフィーに思いを伝える場面に流れる曲で、「人生のメリーゴーランド」のメロディーで彩られている。この曲を今度は、ソフィーがハウルに思いを伝える場面で再登場させようというのだ。

曲が始まった瞬間、スタッフからどよめきが起こった。別の場面のために作られたはずの曲が、ぴたりと合ったのだ。

「いいね」。監督が言った。

「長さが少し足りないけど、これに『ケイヴ』の終盤部分をつなげばいけるかも知れない。ただ、時間がないのがねぇ」と久石がつぶやくと、監督はいたずらっぽく久石の肩を叩いた。「なぁに、2、3日徹夜したって大丈夫だよ」

「まったくもう」。そう言い返した久石の口元には、笑みがこぼれていた。

2004年6月30日。前日と同じ午後1時から、2日目の録音が始まった。指揮台に立った久石は、静かにオーケストラに語りかけた。「予定にありませんでしたが、最初にちょっと試したいことがあります」

奏者たちに緊張が走った。彼らも、昨日の空気から久石が何を試そうとしているか知っていた。

スクリーンに映像が流れ、演奏が始まった。久石は、自分の指揮だけを頼りに、オーケストラを引っ張った。「花園」から、「ケイヴ」の終盤部分に引き継ぐ編曲は、あらかじめ決まっていたように、クライマックス場面に寄り添い、ソフィーとハウルの心情を、見事に歌い上げた。

演奏が終ると、監督は真っ先に立ち上がって拍手した。奏者たちも成功を喜び、足を踏み鳴らした。

「どうでした?」と指揮台の久石が振り返ると、客席中央の監督は、手で大きなマルを作った。

久石がわざと「それじゃ分かりません」という表情をすると、今度は大きな声で叫んだ。

「これでメロドラマになりましたぁ」

気がつけば、ホール内にいた他のスタッフたちも拍手していた。「ハウル」という名のメロドラマが誕生した瞬間だった。(依田謙一)

(2004年7月19日 読売新聞)

 

第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

録音は時間との戦いだ。「ハウルの動く城」では、2日間で30曲を収録しなければならない。自ら指揮も務める久石は後日、こう振り返っている。

「進行など、責任は全部自分にあるからね。気が抜けなかったよ」

そんな過酷な状況のなか、チャレンジ精神旺盛な久石は、新しい試みをした。サウンドトラックでは、物語の流れや登場人物の感情の起伏に合わせて、30分の1秒まで合わせた編曲を組む。そのため、録音では映像と同期させるために「クリック」と呼ばれるデジタル音を聞きながら演奏するが、今回はそれをやめた。

「デジタルでぴたりと合った演奏より、音楽のうねりを残したかった。ただ、旋律が豊かだとオーケストラは朗々と歌い始めるから、その分、どこかで急がないとタイミングが合わなくなるんだよね。だから頭の中は電子計算機のようにフル回転だったよ」

録音が始まってしばらくは、場面が終わっているのに曲が残ったりしていたものの、すぐにコツをつかんだ。「最近、指揮に力を入れてきたからね。少しは振れるようになったということかな」

宮崎監督は、相変わらず客席の真ん中に座ったまま、スクリーンに映し出される映像と生の演奏に見入っていた。

1曲終わる度に、指揮台の久石が客席を振り返り、「どうですか」問いかける。その都度、監督は両手でマルを作って答えた。

マルのバリエーションは、録音が進むにつれて増えていった。マルが小さいと「いま一つ」、右手の指と左手の指がくっついていないと、「よかったけどちょっと相談したい」といった具合だ。

そんな監督が、この日、一際大きなマルを作ったのが、イメージアルバムにも収録された「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)の演奏だった。
録音のためにすみだトリフォニーホール(東京・墨田区)の舞台裏に仮設されたコントロールルーム
同曲の本編での起用は、ちょっとした偶然から決まった。クライマックス場面の音楽打ち合わせで行き詰っていた久石と宮崎監督が、「試しに」と流してみたら、イメージアルバムの編曲そのままで、見事に合ったのだ。監督は、曲中に登場するトランペットソロも気に入った。「本編も、この音がいい」

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によって演奏されたイメージアルバムで、ソロを担当したのはミロスラフ・ケイマル。同フィルの前首席奏者でもある彼の演奏は、圧倒的な音量でありながら、包容力のある優しい音色で定評がある。

今回の録音では、そのケイマルをチェコから呼んだ。たった1曲のためのスペシャルゲストだ。演奏前、久石が新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーにケイマルが紹介すると、奏者たちは激しく足を踏み鳴らして喜びを表現した。監督も、待ちかねていたとばかりに拍手する。

「ケイヴ」の録音が始まった。チェコ・プラハのドボルザークホールで鳴ったのと同じ、やわらかな音色が、ホールに響き渡った。スクリーンには、主人公ソフィーが「ハウルの心の洞窟」を訪れる場面の映像が、いっぱいに広がる。

空から落ちてきた星たちが湖にぶつかり、砕け散る。そこに現れた少年時代のハウルを見つめるソフィー。幻想的な光景を、ケイマルのトランペットが包み込む。

7分以上にわたる演奏が終わった瞬間、宮崎監督は大きなマルを作り、惜しみ無い拍手を送った。ケイマルは丁寧に頭を下げると、久石のもとに歩み寄り、固い握手を交わした。久石を「君は他に代わりのいない、たった一人の音楽家だね」と讃える。久石が照れながら返す。「あなたこそ」

すべてが順調に見えた。

しかし、なぜかこの曲を境に、宮崎監督の顔から笑みが消えていった。1曲ずつに満足しつつも、何かに悩んでいるようだった。

1日目の予定曲がすべて終わった後、監督がスタッフに神妙な顔で語りかけた。「久石さんと話した方がいいかも知れない」

監督は指揮台の久石のもとに駆け寄り、おもむろにこう語りかけた。

「メロドラマにならないんですよ」(依田謙一)

(2004年7月12日 読売新聞)

 

第20回:「ずっと待っていた日」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第20回:「ずっと待っていた日」

2004年6月29日。いよいよ「ハウルの動く城」のオーケストラ録音の日がやってきた。前日の午前2時まで譜面の確認をしていた久石譲は、録音開始の1時間前、午後12時に東京・墨田区のすみだトリフォニーホールに到着した。

「渋滞に巻き込まれちゃって……」と足早に館内へ入る。

宮崎駿監督や、演奏する新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターらと慌ただしくあいさつし、早速ステージへ。舞台後方に仮説された巨大スクリーンを見上げると、大きく深呼吸した。

「これまでは指揮台脇のテレビモニターを見ながら録音していたけど、気分的にこじんまりしちゃうところがあってね。『ハウル』には昔の映画でやっていたような方法が合うと思って、大きなスクリーンを用意してもらったんだ」

舞台上には、すでにオーケストラのメンバーが集い始めていた。楽器を調整する音が、ホール内に響き渡る。

奏者たちはスクリーンに映し出される映像を見ては、嬉しそうに笑い合っていた。楽しみで仕方なかったという様子だ。

「ずっと待っていた日ですからね」――同フィルの企画制作担当を務める安江正也が言う。「『ハウル』の演奏は、こちらから、『どんなスケジュールでも合わせる』と熱心に働きかけていたものなんです」

サウンドトラック用のオーケストラの選定には、様々な候補があったが、久石はこの心意気に胸を打たれた。「クラシック業界でもっとも苦労するのは日程調整。2年、3年先まで目一杯決まっているのが当たり前なんだ。それを『いつでも合わせる』と宣言することは、大変だったと思う」
「久石さんとはツアーでも何度も共演している。お互いの信頼関係は厚い」と語る新日本フィルの安江正也
世界のオーケストラには、クラシックへのこだわりから、映画音楽の演奏を一貫して引き受けないところもある。新日本フィルは、なぜそこまでして参加を熱望したのか。

安江はその理由をこう話す。「目の前に出された音楽は積極的に楽しもうというのが、私たちの姿勢。ジャンルは問題じゃない。宮崎作品への参加は、『千と千尋の神隠し』に続き2作目ですが、形式に縛らない楽曲に取り組んだことで、これこそ自分たちの力を最大限に発揮できる音楽の一つだと分かったんです」

録音直前、監督と簡単な打ち合わせをした久石は、集中するために楽屋にこもった。たった1人、誰も近寄れない時間だ。

午後1時、約100人のオーケストラが揃うと、久石がステージに現れた。「こんにちは。今日は映画『ハウルの動く城』の録音です」

ステージに監督を呼び、「宮崎駿さんです」と紹介する。メンバーは楽器でふさがれた手の代わりに、盛大に足を踏み鳴らした。

監督は照れくさそうに「よろしくお願いします」と頭を下げると、客席へ向かった。スタッフが「舞台裏のコントロール・ルームなら台詞も一緒に確認できますが」と案内すると、「ここでいいです」と微笑み、スクリーンがよく見えるホールの真ん中に腰を下ろした。

久石が指揮台に登る。場内が静寂に包まれた。

「まずは一度、通してみようか」

最初に選ばれたのは、主人公ソフィーとハウルの出会いの場面の曲。ハウルが現れた瞬間、指揮棒が振り下ろされ、弦がピチカートをやさしく奏で始めた。

やがてハウルを追うゴム人間たちが登場すると、静かだった旋律に躍動感が加わっていく。逃げる2人。路地裏を駆け回るも、すぐにゴム人間の集団に八方をふさがれてしまう。その瞬間、ハウルはソフィーを連れ、一気に空へ駆け上がった! 空中を歩く2人のバックにテーマ曲「人生のメリーゴーランド」が壮大に鳴り響く。

「ハウル」の音が、ついに動き始めた。(依田謙一)

(2004年7月5日 読売新聞)

 

第19回:「いいねぇ」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第19回:「いいねぇ」

2004年5月下旬。第57回カンヌ国際映画祭で、バスター・キートンの無声映画「キートン将軍」(1926年)のデジタル修復版の上映に合わせてオーケストラの指揮を務めた久石譲は、帰国するとすぐに「ハウルの動く城」の作曲に戻った。

スタジオにはジブリから毎日のように新しい映像が届く。これまで無音だったものにも効果音や台詞が入ったことで、より具体的にイメージできるようになった。

作業は連日、午前3時や4時まで続き、多い時には一日4曲ものペースで次々に楽曲の原形が出来上がっていく。

驚異的なスピードだが、録音エンジニアの浜田純伸は「久石の姿勢に妥協があったわけではない」と強調する。「時間がない時はつい、“こういけばいいのに”と思うことがある。でも久石は絶対にそうしない。新しいものをとことん探し続ける。『となりのトトロ』(86年)の頃から一緒にやっているが、ずっとそう」

速さの理由を尋ねると、こう答えた。「カンヌを挟んだことで、気持ちを切り替えられたのが大きいと思う。おかげで、帰りの飛行機の中では『ハウル』をああしたいこうしたいって頭の中がいっぱいで、溢れてくるアイデアとイメージが止まらなくなっていた。むしろ、こっちがついていくのが大変だった」

テーマ曲「人生のメリーゴーランド」は、場面に合わせて様々な編曲が施された。時に悲しみを、時に勇気を、時にユーモアを表現しながら、30曲中17もの曲に登場することになった。

久石が振り返って笑う。「毎日同じ曲というのはさすがに辛かったね。一日が始まると『またこのメロディーか』って」

来る日も来る日も、一つの旋律と戦いながら、久石は使える時間はすべて使って作曲に没頭した。映画に必要な30曲の原形を揃えるための作業は、宮崎駿監督に聴いてもらうことになっていた日の明け方まで続いた。

6月9日。久石はほとんど睡眠を取らないまま、宮崎監督のもとを訪ねた。監督が曲を聴くのは、4月にテーマ曲が決定して以来のことだった。

用意したのは、コンピューターの打ち込みによってオーケストラ用の編曲がほとんど出来上がった“完成形”に近いもの。マネージャーと綿密に打ち合わせた順番通り、1曲ずつ丁寧に紹介した。

作品のテーマ、意味にも大きく関わってくる音楽を、監督はどう受け止めるのか。久石は淡々としながらも、内心は緊張で胸が張り裂けそうだった。「20年の付き合いでも、こればっかりは慣れるってことがないんだよね」

しかし、久石の気迫は監督にも十分届いていた。すべての曲の紹介が終わった瞬間、監督の顔から優しい笑みがこぼれ、思わずひじで久石をつついた。

「いいねぇ」

若干の変更要請があった2曲を除き、すべての曲にOKが出た。大きな山を一つ乗り越え、胸をなで降ろした瞬間だった。

しかし、息をついている余裕はない。すぐに最終的な編曲作業と譜面制作を始めなければならない。オーケストラ録音は、3週間後に迫っていた。(依田謙一)

(2004年6月11日 読売新聞)