Disc. 山形由美 『Neo Classique ネオ・クラシック』

1986年 LP発売
1993年12月22日 CD発売
2008年6月25日 CD発売 (デジタル・リマスタリング)

クラシックとモダンを自由に越えるフルートの旋律

 

久石譲による2楽曲編曲を収録した作品

 

解説

フルートという楽器は、ある意味で個性の弱い楽器なのかもしれないと思う。もちろんその音色は、たとえどんなオーケストラのなかにあっても際立ってひびいてくるし、他のどんな楽器にもない精妙さとあたたかさを持ってはいる。自己主張ということから言えば、それはかなりの独自性を持ってはいるといっていい。しかし、これほど、さまざまな音楽に”合ってしまう”楽器も少ないように思われるのである。

さてそこで山形由美の登場である。もう良く知られているように、東京芸大の器楽科を卒業、デパートのイメージ・ガールにもなり、身長一六五の長身。美女である。六歳のころからクラシック・バレエを習い、レニングラード・バレエ団の来日公演にも参加した。

フルートは十四歳のころから習いはじめ、芸大卒業後は英国へ留学し、フルートの演奏のウデを磨いた。説明するまでもない。言ってみれば、エリートなのである。

スタートは勿論クラシックだ。だから今でもクラシックはベースにある。だが、いまの彼女のなかでは、ポップスもすべて同列に存在している。

「ビートのとりかたなど、クラシックとポピュラーとは多少違う部分もありますけど、基本的なところは変わらないと思います」と、彼女は実に淡々と語った。クラシック音楽で育った人たちがポピュラーも手がける時、必ずと言っていいほど”気負い”を見せる。新しい世界への積極的な興味である場合もあるのだが、時にそれは、コンプレックスの裏返しであったりする。自分はこんなにハバ広くやれるんだ、と言ったような思いである。だが山形由美というフルート奏者には、それが感じられない。たぶんそれは、森繁久弥やグラシェラ・スサーナのツアーに参加することによって、彼女のなかに、音楽と総称されるものの普遍的な価値への認識が定まったのだろうと思う。様式や形式はどうであれ、空気中を伝わっていく音によって作られる音楽は受け手の好みは別にして、ひとしく人々を楽しませることができるはずのものである。そのことを山形由美は身を持って知った。

それにしても、フルートの音色というものは、人の心をなごませる。吹く息のすべてが音になるという理想的な吹きかたをされたとき、それはたとえようもなく、やわらなか音色となる。世間というもののなかにある汚れは一切洗い流されて、純粋に音の世界が現出する。それは他の楽器の比ではあるまい。全くの私見だが、フルートには白のドレスが良く似合うと思えてしまうのは、その音色のせいだ。

ここにあるのは一枚の板に定着された音である。選曲には、こまかい神経が行き届いていて、軽やかなふんいきのものから、相当に思策的な作品までが収められている。金と銀それぞれの楽器の音色は微妙に違い、その選択もたしかである。ゆったりとした気分でスピーカーに耳をかたむければ、心は一層落ちつくだろう。

このアルバム、ネオ・クラシックと名付けられている。フォーレやラヴェル、バッハ、サティなど、レパートリーは多種にわたる。更に、フレデリック・ニオペイのオリジナルが二曲、糀場富美子のオリジナル曲も一曲、つまり、クラシックを軸に据えて、なおより新しいものへの挑戦の姿勢がうかがえる。それがこのアルバムの面白さだし、冒頭からこの原稿で書いてきた山形由美のハバの広さを示すと同時に、深さをも主張している。だからこのレコードに針を落せば、人は知らずにこの音楽空間のなかで蝶のように舞うことになるだろう。ただ、ここは音だけで終りたくはない。ここに収められた作品を軸として、彼女の数多くのレパートリーを有機的に組み合わせての演奏会を筆者は想像している。たぶんそれは心洗われるコンサートになるだろう。

世間に音楽は氾濫している。そのことは悪いことではない。だが、人々の心をなごませ、心洗い、生きていくことについて、ゆったりと考えるような、そんな音楽はあまりにも少い。あったとしても、多すぎる情報量のなかで、それらの音楽は埋没してしまっている。今こそ、そのことを問い直すべきだと思われる。山形由美は、そんなムーブメントの先頭を切れる音楽家であろう。真に音楽を愛する人たち、様式や形式にとらわれず、人々の心を豊かんにするものとしての音楽を愛する人たちにとって、山形由美は貴重な存在になり得るはずだ。そして、フルートという、一見控え目でありながら、その存在を主張することにかけては、かなり強いパワーを持つ楽器は、他の楽器に抜きん出て強力な武器である。

伊藤 強

(CDライナーノーツ より)

 

風のような、フルートを

風のように唄いたい、風のように舞いたい・・・。いろんな人が、こんな気持を歌にした。でも歌詞をつけたとたんに、この気持は伝わらなくなる。風のように・・・・という気持を、いつも歌詞が邪魔をしてしまう。

そこで、山形由美だ。フルートの音色は、風そのものだ。

「自分の息がそのまま音になるだけに、ちょっとした気持の変化がすぐ表れてしまう。こわい楽器です」と彼女は言うけれど、だからこそ聴く人は、彼女の気持の変化を、息づかいで直接感じとることができる。

ジャケットの写真をながめながら、山形由美の息づかいにひたるもいいし、ちょっと意地悪をして、BGMとしてきき流すのもいい。それは聴き手の自由だし、このレコードを買う者だけに許されたぜいたくだ。

とり上げられている曲は、3曲を除いて、クラシックの名曲ばかりだ。

クラシック、と聴いただけで、何となくめんどうな気持になったあなたは、学校の授業でしかクラシックにふれたことのない、かわいそうな人だ。考えてもみたまえ。今日まで数えきれないほど多くの人が作ってきて、その中で生き残っているのがクラシックの名曲だ。聴いてみて気持悪いはずがない。山形由美は、それを無理をせずに、のびのびと歌い上げてくれる。多くとり上げられているフランス人の曲は彼女のセンスをひきたててくれる。このレコードを聴くことで、あなたには新しい世界が見えてくるかもしれない。

3曲を除いて、と書いたけど、残る3曲、フレデリック・ニオペイと糀場富美子の曲は、このアルバムのために書き下ろされた新曲だ。

ニオペイは、ポール・モーリア楽団のベース・プレイヤーで、作曲家。自分のコンボも持っている。2曲とも、いかにもフランスらしいしゃれたセンスで、その風がダンスをしているような、美しいメロディだ。

一方の糀場富美子は、昨年、広島平和祈念音楽祭で、「広島レクイエム」が初演され、ついで小澤征爾指揮ボストン交響楽団の全米ツアーで、同じ曲がとり上げられたため、一躍脚光をあびた作曲家だ。本人も広島出身で「レクイエム」はまれに見る独創的、感動的な名曲となっているが、その一方で、フランスの小品を愛し、八代亜紀の曲にも興味を持つなど、幅広い音楽性を持っている。山形由美とは、たまたま芸大の先輩に当る(山形由美は器楽科、糀場富美子は作曲科)。「セピアの黄昏」と名づけられたこの曲は、”都会の夕暮れの中でゆれている心”とでも言いたいようなアンニュイな情景がみえてくる。よどみながらも、ほんの少しづつ、流れてゆく風だろうか。女性だけに作れる曲だし、吹ける曲だと思う。

その他の曲の、簡単なメモを書いてみよう。

シシリアーノ
シシリア地方の民謡で、さまざまの作曲家が作品のテーマとしてとり入れている。どんな楽器で演奏しても美しい名曲。

ドビュッシー/月の光
もとは歌曲だっただけに、ピアノとからみあうフルートがぞっとするほど美しい。刻々と色を変える和音は、いかにもフランス人らしいドビュッシーのセンスだ。

ショパン/ノクターン op9の2
ショパンの「夜想曲」(ノクターン)はもともとピアノ曲だが、その中で一番有名なのがこのop9の2だ。意外とむずかしいトリルが多く、それを由美は軽やかにこなしている。

パッヘルベル/カノン
パッヘルベルは1653年ドイツ生まれの作曲家。もともとはフルートのパートはなく、弦楽合奏の曲だった。

ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ
名曲としてあまりにも有名。もとはピアノ曲だがあらゆる編成で録音されている。1899年パリでの作曲。

サティ/ジムノペディ
1866年にパリに生まれたサティは、現在ちょっとしたブームになっている。ひとつひとつの音を切りはなした独特のメロディ・ラインは、現代人のとびきりの疲労回復剤だ。

バッハ/アンナ・マグダレーナの為のメヌエット
小さいステップの踊りをメヌエットと言うが、このバッハのメヌエットは、「ラヴァーズ・コンチェルト」として有名になった。

モーツァルト/ピアノ・コンチェルト第21番
いかにもモーツァルトらしい心が洗われるようなメロディで、「みじかくも美しく燃え」としてポピュラーになった。

グノー/セレナード
この曲はもともと歌曲で、「フランス風」というよりはフォーク・ソング風である。グノーはいわば19世紀の流行歌作曲家だったのだ。

マスネ/タイスの瞑想曲
1894年、パリで初演されたオペラ「タイスの間奏曲」。美しい娼婦タイスが信仰にめざめるシーンに使われただけに、なまめかしさと清らかさが同居した美しいメロディ。

井崎 洋

(CDライナーノーツ より)

 

久石譲編曲による2楽曲は、シンセサイザー・アレンジとなっている。とりわけ「パシー通りの風」は、使われているデジタルサウンドが、「君をのせて」(映画『天空の城ラピュタ』主題歌)のそれに近しく、久石サウンドが全面に出ている。メロディも哀愁ただよう美しい旋律で、同じような空気感・雰囲気を感じることができる。

「光と風の舞踏曲(ワルツ)」も、シンセサイザーによる壮大なストリングス・サウンドとリズムによるグルーヴを聴くことができる。

同2楽曲以外は、クラシック作品も多く、アレンジもアコースティックを基調としている。だからこそより一層久石譲編曲による2楽曲が斬新かつ新鮮な印象を強烈に与えている。

 

山形由美 Neo Classique ネオ・クラシック

1. パシー通りの風/フレデリック・ニオベイ(arr.久石譲)
2. 光と風の舞踏曲(ワルツ)/フレデリック・ニオベイ(arr.久石譲)
3. シシリアーノ/ガブリエル・フォーレ(arr.美野春樹)
4. 月の光/クロード・ドビュッシー(arr.美野春樹)
5. ノクターン/フレデリック・ショパン(arr.美野春樹)
6. セピアの黄昏/糀場富美子(arr.美野春樹)
7. パッヘルベルのカノン/ヨハン・パッヘルベル(arr.坪能克裕)
8. 亡き王女の為のパヴァーヌ/モーリス・ラヴェル(arr.美野春樹)
9. ジムノペディ/エリック・サティ(arr.美野春樹)
10. アンナ・マグダレーナの為のメヌエット/ヨハン・セバスティアン・バッハ(arr.美野春樹)
11. みじかくも美しく燃え/ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(arr.坪能克裕)
12. セレナード/シャルル・グノー(arr.美野春樹)
13. タイスの冥想曲/ジュール・マスネ(arr.美野春樹)

 

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