Disc. 久石譲 『THE EAST LAND SYMPHONY』 *Unreleased

2016年7月29日、「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016」にて世界初演。

 

THE EAST LAND SYMPHONY
1. The East Land
2. Air
3. Tokyo Dance
4. Rhapsody of Trinity
5. The Prayer

「THE EAST LAND SYMPHONY」は全5楽章で約42分かかる規模の大きな作品です。実はこの原稿を書いている今日の段階で「2.Air」はまだ完成していません。ツアーが始まる1週間前だというのに、やれやれ。文字通りお尻に火がついています。そういう訳で冷静に曲を語ることはできません。メモ書き程度を記します。

「1.The East Land」は5年前に作曲しました。そのときは、自らの交響曲第1番とマーラーの交響曲第5番を演奏する予定でしたが、この楽曲しか発表することができませんでした。今回若干の手直しをして演奏します。核になっていることはセリー(音列)*的な要素とミニマルを合体することでした。全体を覆う不協和音はそのためです。中間部を過ぎてからアップテンポになるのですが、そこで炸裂する大太鼓はまるでクラブのキックドラムのようで個人的には気に入っています。

2曲目は飛ばして「3.Tokyo Dance」について。ソプラノが入ります。自分と自分の周りだけが大切、世界なんかどうでもいい!というような風潮のガラパゴス化した今の日本(東京)を風刺したブラックなもの、そして日本語で歌うというコンセプトで娘の麻衣に作詞を依頼しました。何回か書き直しをしていく中で数え歌というアイディアが浮かび、いわば「東京数え歌」ともいえる前半ができました。僕の周りの人にはすごく評判がいいです。ロンド形式のように構成しましたが、中間部、後半部は英語とミックスしながら『平家物語』のような諸行無常を歌っています。何故こういう曲を書いたのか?あるいは書こうとしたのかわかりません。たぶん数年後には腑に落ちるかもしれません。

「4.Rhapsody in Trinity」は当初「東京ダンス」という仮のタイトルで作曲を始めたものですが、前曲にタイトルを譲りました。日本語で書くと「三位一体の狂詩曲」ということですが、前曲と同じくブラックな喜劇曲です。実は悲劇と喜劇は表裏一体です。本当の悲哀や慈しみはチャップリンの映画や山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズを観れば一目瞭然、喜劇が適しています。ただしそれを作るのは本当に難しい。音楽も同じです。悲しい曲はまあ誰でも作れますが(作れない人もいますが)楽しく快活に音符が飛び回っている向こう側で何かただならぬものを感じていただく、ということはいわば俯瞰、ある意味で神の視線が必要です。いや、そういう哲学的知恵が必要だということです。僕はまだそこに至ってはいないので(到底無理なのかもしれませんが)チャレンジし続けるしかないと思っています。11/8拍子という何とも厄介なリズムが全体を支配しています。つまり演奏が難しいのですが、新日本フィルの皆さんは初日のリハーサルで難なく演奏していた。これでW.D.O.の力だ!と思った次第です。

「5.The Prayer」は今の自分が最も納得する曲です。ここのところチャレンジしている方法だいうことです。最小限の音で構成され、シンプルでありながら論理的であり、しかもその論理臭さが少しも感じられない曲。すべての作曲家の理想でもあります。もちろん僕が出来たと言うことではありません。まあ宇宙の果てまで行かないと実現できそうもないことなのですが、志は高く持ちたいと思っています。ソプラノで歌われる言葉はラテン語の言諺から選んでいます。もちろん表現したかったこと(それは言わずもがな)に沿った言葉、あるいは感じさせる言葉を選んでいます。後半に表れるコラールはバッハ作曲の「マタイ受難曲第62番」からの引用です。このシンフォニーを書こうと考えた時から通奏低音のように頭の中で流れていました。

最後に、「2.Air」は鍵盤打楽器が大気の流れのように止め処なく、くり返されます。少し抽象的な表現をすると「時間の進行を拒否した」ような佇まいです。5年前に作曲し大方のオーケストレーションも出来ていたのですが、そこから進まない。何度も書き直しをしているのですが、全くフォームを変えようとしない。そこで気がついた、このままでいい!そういう曲なんだと。だからあと2~3日で完成します。締め切り力!で(笑)

タイトルの「THE EAST LAND」は、「東の国つまり日本」であり、その日本の中の東の国は、「東北地方」を指します。もちろん社会的な事象を表現しようと思って作曲した訳ではありません。ありませんが、あれから5年、本質は何も変わっていない、我々はどこに行くのだろうか?という思いはあります。それでも生きる勇気と力を表現したい。世界のカオス(混沌)の中でも自分を見失わない日本人であってほしいという思いもあります。奇しくも、5年前に作り出した楽曲を、この夏皆さんに聴いていただくということは、あのときから「あらかじめ予定されていたこと」だったのかもしれません。

ちょっと書きすぎました。聞き手を誘導するような言葉は避けるべきです。上記のことを気にせず、軽く聴ける楽曲だとは思いませんが、ただただ聴いて感じて楽しんでいただけると幸いです。

久石譲

*セリー:音列のこと。特に十二音技法においては、すべての音を1回ずつ用いて構成する。

(楽曲解説:久石譲 ~「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016」コンサート・パンフレットより)

 

 

THE EAST LAND SYMPHONY
多くを語るにおよびません。やはり一聴だけでこの約42分の大作に対して簡単に感想は言えないですね。良いとも悪いとも、好きとも嫌いとも。ただ作品を覆う緊張感はものすごいものがありました。上の久石譲本人による楽曲解説を噛みしめるしかないと思っています。それぞれの楽章についての感想も同じですが、「3.Tokyo Dance」の歌詞はパンフレットに掲載されています。コンサート後にゆっくり読んだら、たしかに現代の時流をとても風刺しているおもしろい歌詞です。例えば、マーラーは交響曲の中に世俗曲や民謡の要素を盛り込んでいる作品が多くあります。久石譲が西洋音楽/古典音楽に対峙するとき、”現代作曲家”として”日本の作曲家”として、ひとつの導き出した答え、それが「THE EAST LAND SYMPHONY」という作品なのかもしれません。『現代の音楽』として響かせた記念すべき大作です。

さて、この作品への安易な感想は控えたいのですが、ひとつだけ気になったことを書き留めておきます。

直近のオリジナル作品で思うことは以前にも書きましたが、それに加えてこの新作を聴いたときに、点と点がひとつ結ばれたような感覚になりました。それは”情感”です。音楽的に言うと、情感を作りだしている和声・コードとその進行です。作品のとっかかり・作風・コンセプトの従来からの変化を掘り下げたことがありますが、その延長線上ともいえます。

《TRI-AD》もフレーズや旋律はとてもキャッチーです。この作品の「4.Rhapsody in Trinity」も久石譲が”喜劇曲”と語っているとおりです。でもなぜか単純に明るいとか楽しいとか、それとは少し違う、つかみにくい多面的側面をもっています。一種それが世界観の広さ深さ、また俯瞰性を表現しているようにも思います。

《Sinfonia for Chamber Orchestra》《The End of The World》といった過去の久石譲オリジナル作品とは明らかに違う位置に存在している。気になって過去のインタビューを紐解いてみました。すると《シンフォニア》について久石譲本人はこのように語っています。「4度、5度の要素をどこまで発展させて音楽的な建築物を作るか~」「和声も4度、5度の進行をベースに~」。

ジブリ作品をはじめ久石譲たらしめているこの4度をベースにした和音やコード進行によって、独特の情感をうみだしています。明るくもあり切なくもありという。それがふんだんにではなくても《Sinfonia》などでは基本とされ顔をのぞかせていたことになります。

でも・・・?《TRI-AD》や《THE EAST LAND SYMPHONY》では、やはり作曲における手法や方法論が変わっているように思います。これ以上は語れる知識がないのでここでストップします。やみくもに分析したいわけでも、鬼の首をとったような気になりたいわけではなく、こういうところがもっとわかったらおもしろいだろうな!音楽の聴き方が豊かになるな!とただただ純粋に思っている心境です。

今後のオリジナル作品も含めって、もっと長い目で遠い将来、久石譲の2010年代作品を振り返ったときに、なにか見えてくるものがあるのかもしれません。

あっ、最後にひとつだけ。

久石譲新刊「音楽する日乗」(上記参照)のなかで、書き下ろしの特別対談が所収されています。ここでも久石譲の作曲コンセプトについて興味深く語られています。「《コントラバス協奏曲》の時は4度音程を基本として決めました」・・・うん、たしかに納得できる情感があるような。《TRI-AD》は3和音をベースに作らているし・・・《THE EAST LAND SYMPHONY》は・・・・? ぜひ書籍を読んでみてください!

うーん、クラシック音楽の3和音などの古典的な要素・・・3和音なら本来もっと明るい(長調)や暗い(短調)がはっきりするはず・・・でも久石譲の直近の作品には明快どころか俯瞰しているような末恐ろしさを感じ・・・モティーフもコードもシンプルなのに・・・ということはコードが展開していない?!あえて情感をもってしまうコード進行をおさえている?!楽器群やパートは3和音なんだけど、緻密なオーケストレーションでからみ合って音の響きが複雑になっている?!

・・・そんな迷宮にはまってしまいます。答えは遠い将来へ。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2016」 コンサート・レポート より抜粋)

 

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