Disc. 久石譲 『ETUDE ~a Wish to the Moon~』

2003年3月12日 CD発売

エチュード(練習曲)をコンセプトにしたピアノソロ・オリジナル・アルバム。
『ENCORE』が映画音楽を題材にしたピアノ・リアレンジに対して本作はオリジナル作品が占める。

映画をはじめとしてエンターテインメント音楽、誰かのためにつくる音楽とは距離を置いた、自分の世界をあますことなく表現した作品。月をモチーフにした、美しくもシンプルなピアノの調べ。

 

ETUDE ~a Wish to the Moon~

このアルバムは、映画音楽のように大勢の人に向けて発信するというよりは、聴いてくれる皆さんひとりひとりに語りかけたいと久石は語る。コンセプトは「月」。ルナティックという言葉があるように月は人を変えてしまうと言われている。しかし彼はこう考える。人間の奥底にあるものを引き出してしまうものだと。狂気というものは誰もが潜在的にもっているもの。普段はそれを出さずにいるだけ…だと。人はみな自分を納得させながら、ある意味、偽りながら生きているもの。自分の脳を裏切りながら生きている。しかし、そんな自分に納得できないもうひとりの自分が存在する。そのもうひとりの自分に「月」が持っている力を借りて訴えかけるようなアルバムを作りたいと。

「月」に向かって願い事をする…
それは、たぶん叶い難い夢。密やかに願う願い事。
人はそんな夢、願い事を叶うと信じ続ける事で生きてゆける。

このアルバムの制作にあたっては構想から2年、たいへん贅沢な過程をたどる事になった。東京・初台にある東京オペラシティ・コンサートホール:タケミツメモリアルを何度も借り切ってのレコーディング。このホールは昨年3月に発売された久石のアルバム「ENCORE」のレコーディング現場でもあり、今回のツアー最終日もここである。最近の彼にとってはホームグラウンド的なものとなった。誰もいない1632席の客席のステージにたった1人、久石だけの世界。「もったいない…」とも思ったという。そして、同時にプレッシャーも感じたと。

昨年、ベストメロディー集「ENCORE」の制作が完了したとき、彼には少しの不満が残った。それは、このアルバムのために1曲も作曲をしていないという事。これは作曲家・久石譲にとって少なからず欲求不満であった。そんな思いもあり、今回のアルバム「ETUDE ~a Wish to the Moon~」は特別力を注いだ作品になった。

(「Joe Hisaishi Concert ~a Wish to the Moon~ ETUDE &ENCORE PIANO STORIES 2003」コンサート・パンフレット より)

 

万を期して発表されたオリジナル・アルバム”ETUDE ~a Wish to the Moon~”は、聴けば聴きこむほど、ピアノの醍醐味をじっくりと味わうことができる。度重ねられたレコーディングでは、音色を追及すると同時に、”いつか夢は叶う・・・”、このコンセプトのもと1曲1曲に対してさまざまなアプローチが試みられた。

ピアノ・ソロの世界は、シンプル、孤独感・・・それでいて、たった1台のピアノでオーケストラの響きを醸し出せるようなダイナミックな主張を持つ楽器。そんな楽器で語られた世界は、ポップスとクラシックのフィールドの中で見事に融合しつつ、ひとつひとつ丁寧に作られた作品は、高いストーリー性を持ったアルバムに仕上がった。

(「Joe Hisaishi Concert ~a Wish to the Moon~ ETUDE &ENCORE PIANO STORIES 2003」コンサート・パンフレット より)

 

ETUDE ~ a Wish to the Moon ~  SHORT STORIES

Silence ~内声和音とオクターブのエチュード~
今、君は沈黙の中にいる。音の重さと等しい無音の中にいる。
辺りは闇だ。心の中・・・・闇と言う字は門の中で音が閉ざされたと書く。
視覚の問題ではない。
人の言葉を、あるいは音楽を拒絶する君には、鏡のような水面に落ちる
水滴の音は聞こえないのだろうか・・・・。

Bolero ~同音連打、右手と左手の交差のエチュード~
(Dedicated to Issac Abléniz)
心踊る一時、でもアルベニーは言った。心とリズムはシンクロしない。
激しいリズムの果てに見えるのは廃墟の世界・・・・。
例え地球が滅びようとも、僕は世界の果てまで君を探しに行く。

Choral ~美しく和音を響かせるためのエチュード~
優しさは誰にもある。でも同じくらいの残酷さが誰の心にも潜んでいる。
Pretender~自分に忠実であることは難しい。
だから、と僕は呟く。「心の声を聞け」と・・・・。

Moon Light ~アルペジョのエチュード~
人は月に密かな願いをするんです。
月に願うことは悲しい。実現不可能な夢をこっそり呟く、その時の君は美しい。
そして、いつか夢は叶う・・・・。

MONOCHROMATIC ~半音階のエチュード~
グールドは白鍵と黒鍵の交差の中に何を見たのだろうか?
日々向かい合うモノクロームの世界、徐々に言葉は失われていく。
でも、意外に居心地は悪くない。
不安定な心の揺れは、意識も揺れると安定になる。

月に憑かれた男 ~スタッカートのエチュード~
ルナチック、狼男は月を見て変身する。
現実をこえた強い願望は人を狂気の世界に誘う。狂おしい激情が君らにわかるか?
でも、そんなメロドラマは俯瞰で見るととても滑稽だ。
街路灯に涙する君のヒロイズムは、最高のコメディーだ。

impossible Dream ~6度のエチュード~
叶わぬ夢・・・・でも、僕は信じる。

夢の星空 ~3度のエチュード~
キラキラ光る夜空の星。大きな月に照らされて僕は砂漠を歩いている。
乾いた砂が頬を過ると、もう何も感じなくなった。
月齢26歳、後2日で僕は消え、また復活する・・・・。
ふと小さな自分の存在が愛おしくなる。
そう、希望はある。

Dawn Flight ~5/4拍子の激しいリズム、及び和音連打のエチュード~
そろそろ僕は行かなくちゃ・・・・。
君を思う気持ちは変わらないが、何時までもこだわってはいられない。
世界は動いている、夜明け前に旅立たなくては・・・・。

a Wish to the Moon ~同音連打の指替えとラグタイムビートのエチュード~
「神様、お月さま、私をもっと美しくして下さい」
「お月さま、お願い、私の彼氏を返して」
「お月さま、お金はそんなに欲しくないんだけど、エルメスのバッグだけ買えるお金がほしい」
「お月さま、テレビ局に入りたいんだけど・・・・」
「お月さま、・・・・心の安らぎが欲しいのですが・・・・」
・・・・あるか、そんなモン!
でも願い事(夢)がある限り、君は生きていける。
月のクレーターだってウサギのダンスに見えるじゃないですか。

久石譲

 

Etude circle

 

 

2003年「キリン一番搾り生ビール」CM音楽「a wish to the moon」

制作エピソード(久石譲)

「音楽ってね、すごく悲しいとか、すごくハッピーだとか、ものすごく強いものだと書きやすいんですが、こういうほのぼのとして、身近な感じの雰囲気を作るというのは、すごく難しいんですよ。原色をガンガン使うのではなく、淡い色合いの世界観で、しかもオリジナリティのあるものを書くっていうのは意外と難しいんです。今回、候補として3曲書いたんですけど、その中でもCM曲に決まった曲というのは、もっともシンプルなものなんです。クリスマスソングにも感じれば、子守唄にも感じるようなメロディラインで、歌詞をつけて歌になるとちょうどいい・・・そういう曲なんです。実は、あまりにシンプルすぎるので、採用されるかな?という危惧もあったんですよ。でもこの曲に決まれば、後々ボーカルでもいけるし、いろんなアレンジも可能になるから、そういう意味では、これに決まって欲しいなと、望んでいた曲だったんです。ですから、この曲に決まって、すごく嬉しかったですよ。」

「映画は、2時間なら2時間で構成するので、論理的な構造や構成が大事なんです。だけどCMは、15秒が基本なんですよね。その中で勝負しなければならないわけですから、論理的なものよりも瞬間で感じるものに焦点を当てた書き方に変えるので、アプローチがすっかり変わりますよね。15秒書けばいいっていうと、短いように思うけど、実はその中に、多くの人を引きつけなければいけない、そういう部分が必要なわけだから、とても難しいんですよ。」

 

 

技術的にも曲の難易度が高いが、かといってエチュード(練習曲)の枠を超えた1曲1曲として完成された世界、凛としたメロディーたち。映像音楽ではない音楽世界ゆえに、聴く人にイメージや想像力をふくらませる。ピアノのみで表現したとは思えないドラマチックな展開。

(1)「Silence」は水を打ったような幻想的で神秘的な世界。心地よい静寂がその時間を空気を風景を満たしてくれる。

(2)「Bolero」や(6)「月に憑かれた男」などは、あたかもショートフィルムを見ているようなドラマチックな臨場感。

(8)「夢の星空」はピアノとメロディーの美しさが素晴らしい。澄んだ空に星たちが輝く、月が揺れる。満天の夜空。透明の清らかな空気たちが空から降りてきそう。

(10)「a Wish to the Moon」は月でウサギがダンスを踊っているような、軽快なメロディーとジャジーでもありモダンでもあり、良き時代に想いをはせるようでもあり、新しい時代への願いでもあり。本作のハイライトでありクライマックスである。

本作ライナーノーツには、久石譲自身が書き下ろした曲ごとのショートストーリーも記されている。

また曲ごとに副題が示され、◯◯のエチュード(練習)と書かれている。内声和音とオクターブ、半音階、スタッカート、3度など。技術練習や音階という音楽形式や楽典になぞらえたうえで、その縛りにとらわれない創造的世界が見事に展開している。

一連の「ピアノ・ストーリーズ」シリーズがその時代ごとの映画・CMなどの映像作品も盛り込みながら、ピアノを軸にアコースティックサウンドで音楽単体として成立させたものとすれば、この本作『ETUDE』はそれとも一線を画した、まさに独創的な音楽世界。ピアニスト久石譲と作曲家久石譲だけで追求され完成した、まさに代表作の1枚。

ショパンのエチュードは24曲で構成されていて、すべての調(全24調)で書かれているためこの作品は10曲であり、まだ未完成、いずれ発表したいと当時語っている。

また久石譲本人は、この作品を「My Lost City」と並ぶ自身の代表作だとしていて、「自分の作品を残したい」という強い思いから約1年をかけて制作、それ以降の「ハウルの動く城」や「W.D.O」にも影響を与えることになった、大きな転機となったアルバムであると語っている。

『空想美術館 2003 LIVE BEST』では、本作のオーケストラ・アレンジ、LIVE音源を聴くことができる。(1) (2) (6) (8) (10) などである。ピアノの美しい調べがオーケストラにより表情豊かに彩られ、楽器や編曲による音楽的発展、無限な可能性を感じることができる。

 

 

久石譲 『ETUDE』

1. Silence (ダンロップVEURO CM曲)
2. Bolero
3. Choral
4. MoonLight
5. MONOCHROMATIC
6. 月に憑かれた男
7. Impossible Dream
8. 夢の星空
9. Dawn Flight
10. a Wish to the Moon (キリン一番搾り CM曲)

Recording Term:Jul. 2002 – Feb. 2003
Recorded at Tokyo Opera City Concert Hall

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