Disc. 久石譲 『joe hisaishi meets kitano films』

2001年6月21日 CD発売

北野映画全6作のサウンドトラックより、久石自ら選りすぐられたベストアルバム。トヨタ・カローラCM曲”Summer”収録。北野武監督寄稿+森昌行プロデューサーによるライナーノーツなど、数々の特典を盛り込んだ力作。オフィス北野作品サウンドロゴを初収録。

 

” joe hisaishi meets kitano films ” に寄せて

このアルバムを聴いていると、それぞれの作品に取り組んでいた時の自分自身の気持ちの流れみたいなものが蘇ってくる。それぞれ違う曲なんだけど、何か一貫した匂いを発しているし、今までの作品の映像を再編集して、ここにある曲を全部使って一本の映画を作ってしまうってえのはどうだい?・・(笑) そのくらいトータルな世界がここには存在している。それにしても、いずれ劣らぬ名曲揃いだね。お見事!です。

北野武

(CDライナーノーツより)

 

北野映画のプロデューサー森昌行氏(オフィス北野社長)が語る、久石音楽と北野作品の接点と相関関係

北野監督という人は、もともと映画を撮りたくて撮り始めたわけではないといういきさつを含めて、基本的に映画の文法にのっとってものを考えるところがなかったんですね。だから映画音楽に関しても、正直言ってあまり深く考えていなかったと思うし、どちらかといえば既にあるものの中から使っていこうという意識が強かったと思う。

「その男、凶暴につき」はエリック・サティですしね。「3-4×10月」の時も、ジャン・リュック・ポンティだったりエリック・ドルフィだったり。著作権の問題で使えなかったという事情もあり、それなら逆に音楽を全部やめてしまおうという経緯もあって、あの作品では映画音楽というものをまったく使っていないんですよ。

映画音楽のいろはを知らないわけではないんですけど、自分の作品のイメージを意識にて曲を作ってもらうという発想がなかったんですね。ですから、映画音楽というものと正面から向き合ったのは「あの夏、いちばん静かな海。」での久石さんが初めてでした。

武さん自身、いろんなコンポーザーの方々を知っているわけではなかったし、スタッフの間でふと久石さんの名前が挙がったのが発端で・・・。久石さんといえば、宮崎(駿)作品とのコラボレーションの印象のせいか、どうしてもアニメーション映像のキャラクターに命を吹き込むような、素朴でセンシティヴな音楽のイメージが強いので、一見、武さんとは接点がなさそうに思えますよね。ですが、映画制作において常套手段を持たず、文法を外して考える武さんのやり方には、久石さんが持っているテイストのほうが合うかも知れないと思えたんですね。

久石さんには、世界観についてあれこれディスカッションして音楽をつけてもらうというよりも、映画そのものが持つキャラクターのようなものを客観的に見ていただけるんじゃないか、なおかつ的確な音楽をつけていただけるんじゃないかという思惑もそれなりにありましたし。武さんが描いている世界には、久石さんの素朴ふうなエッセンスのほうが与しやすいんじゃないか、それがミスマッチであればあるほど、ひょっとしたらハマるんじゃないか、と。だから、動機としてはきわめて不純でしたね(笑)。

初めてご一緒させていただいた作品の「あの夏~」の主人公には台詞がないという特殊なケースでしたけど、台詞の代わりにあのキャラクターに世界観を持たせたり肉づけしていくのは音楽なのかなあという気もしてましたし、そこでこそ久石さんの手腕が生きるかなという期待もあって、お願いしたわけなんですけどね。

われわれの中では、北野武 VS 久石譲という組み合わせは、かなりセンセーショナルでスリリングなコラボレーションだったわけですよ。

ただ、久石さん自身は相当難儀をされたと思います。なぜなら、武さんは本来音楽がつかないような場面に音楽をつけようと言いだしたり、ありきたりな発想を排除した観点でリクエストしますから。しかも打合せの段階で、どのシーンにどんな音楽をつけてほしいというリクエストをしておきながらも、武さんはダビングの段階でそれを根底から覆したりもしますし(笑)。そもそも、何度も何度もディスカッションを重ねて、映像にマッチする音楽を決めていくやり方は、武さん的ではないわけです。ある程度任せられながら、久石さんが北野ワールドの当たらずとも遠からずのヒントを見つけていくという方法が主流なんですが、いざ任せられる立場の久石さんの心中を察すると、かなりの苦労を抱え込んでいるんじゃないんでしょうか。任せられたとはいえ、まったく違った世界を示すわけにもいきませんからね。

つまり、共通言語を持ちえない者同士がなんとか共通言語を模索するような難しさが潜んでいるわけです。でも久石さんは、武さんのそういうわがままに近いこだわりを許すだけじゃなくきちんと認めてくれて、なおかつ理解と納得もしていただいてる。

それに久石さんは、北野映画の”削ぎ落とし”の手法をよく理解して下さってますね。あれこれフルにスタンバイさせながらいろんなカットを撮っても、どんどん削ぎ落としてシンプルにしていく。音楽でも同じようなことをしているんです。贅沢なスコアを書き上げてもらうんですが、武さんはそれをどんどん削ろうとする。でも久石さんはそれを客観的に見つめながら、最終的にもうこれしかないというところまでもっていく作業を楽しんでいただいているみたいです。おそらく、二人とも同じようなテーマを抱えているからこそ理解し合えるんだと思うんですが…。

つまり武さんは、台詞がないシーンや一見演出が何もないようなシーンに何を感じさせるかということを大切にして、そのために必要な絵を撮る。久石さんも同様に、必要な場面に必要な音楽をつけるという映画音楽の基本をふまえつつも、音楽のないシーンにいかに音楽を感じさせるかということのために音楽をつけるという考え方を持っている。そのスタイルやスタンスの近さが、二人をより強固に結びつけていつ部分でもあるような気がします。

既に久石さんも北野組の一員といいますか、北野作品には欠かせない存在になっていることは確かですが、二人の関係は求め合って寄り添い合う粘着型の関係性ではなく、適度な距離感を持った関係といえるんじゃないでしょうか。お互いの才能をリスペクトし合いつつも、一方ではライバル意識に近い気持ちを持って接している。そこでの摩擦熱のようなものが、北野作品のクォリティを高めているんだと思いますね。

その摩擦熱が一気にヒートアップしたのが最新作の「BROTHER」でした。武さんはここまでの映画人としての総括だと言い、われわれは北野監督によるエンタテインメント作品のスタート地点と位置づけ、久石さんはその狭間でなんとかよりよい着地点を見つけ出そうと苦悶していたように思います。その結果として、まずメインテーマを奏でるリード楽器を決めあぐねることになり、しかも旋律を疑問視する意見も出てきたことも事実です。

特に英国側のプロデューサーでもあるジェレミー・トーマス氏からは、音楽が作品を難しくしていないかという意見が投げかけられ、それに対してこちら側の生理としては、これまでの流れの中に位置づけられることだけは拒否しなければいけないという気持ちもあって、猛反発したんです。仮に心地好いピアノの旋律が流れてそこに武さんが登場してくるなら、これまでの作品と何ら代わりばえしないと思うんです。

そうじゃなく、「BROTHER」は新しい環境の中で新しく作られたエンタテインメント作品なんだという部分を主張するためにも、音楽はこれじゃないとダメなんだ、とジェレミーにも納得していただきました。そういったやりとりを経てこの作品を公開できたことで、武さんと久石さんの関係は更に密になったような気がします。武さんが久石さんに要求するレベルは高くなり、同様に、久石さんの北野映画を掘り下げる眼力もより高くなったでしょうから。

ただ、総じて言えるのは、要は久石さんが醸すメロディラインが、シンプルな中に非常に美しい旋律と音色を秘めているということ、そしてそういう久石さんのセンスと才能をきちんと理解したうえで、しかもしれが大好きだから北野映画の音楽監督をお願いしているという点は、過去も現在も揺るぎがないところです。表現は陳腐ですが”シンプル・イズ・ベスト”とでも言いますか…。

そういう久石さんの音楽作品がセレクトされた作品集を聞かせてもらうと、そこには一つの確かな流れが存在していて、間違いなく久石さんの世界ではあるんですが、同時に北野武の世界でもあることを感じるんです。つまりは、久石さんが武さんの映像からインスパイアされて築きあげる世界には、その独特の匂いを知らず知らずのうちに共有していて、しかも同じ匂いを久石さん自ら発しているということだと思うんですよ。そういう意味では、久石譲、北野武の両者の世界観を堪能できる、他にはちょっと見当たらない価値あるサウンドトラック集なんじゃないでしょうか。

 

あの夏、いちばん静かな海。
A Scene at the Sea
1991.10.12 公開
出演:真木蔵人、大島弘子

〈episode 1〉
この作品に関しては、監督自身も認めているように、もともと主人公の2人(生まれながらの聴覚障害者)に台詞がないところへもってきて、後半は台詞も何もなく、この作品そのものをふり返るように、主人公たちの思い出が日記帳のごとく滔々と連ねられているわけですが、あそこはどう考えても音楽がないと成立しない部分といいますか、音楽にあれこれ語ってもらったカットなんですね。

つまり最初から音楽を入れ込むことを想定して意識的に撮ったシーンなんです。武さんが自らの映像にあれほど音楽を求めたことは珍しいんじゃないですかね。久石さんとのコラボレーションはこの作品が最初だったわけですけど、登場人物の台詞が極端に少ないぶん、音楽がもたらす効用への期待感は、ほかのどの作品よりも高かったと思いますし、それだけに久石さんは苦労されたんじゃないでしょうか。結果的に、言葉(台詞)以上に主人公の感情や作品自体の情感を雄弁に物語るかのような音楽をつけていただいて、作品のクォリティや価値を随分高めていただいたような気がします。

 

ソナチネ
Sonatine
1993.6.5 公開
出演:ビートたけし、国舞亜矢、渡辺哲、勝村政信、寺島進、大杉漣、逗子とんぼ、矢島健一、南方英二

〈episode 2〉
これは久石さんと武さんの間で”ミニマル”というテーマ性で見事なコンセンサスがとれた作品じゃないでしょうか。「あの夏~」ってミニマル的要素はありながらも、決してミニマルな作品じゃありませんでしたけど、この「ソナチネ」は徹底的に”ミニマル”ですよね。

そういう意味では久石さんにとって本領発揮の場だったと思いますし、2人が真剣に勝負をし合った作品という印象が強いですね。武さんは音楽の専門家ではありませんから”ミニマル”という言葉をどこまで把握していたかはわかりませんが、基本的にシンプルなものの繰り返しという手法は、彼自身すごく好きですからね。例えば「あの夏~」の、主人公たちが歩いた同じ道を、次は違う登場人物が同じように歩いていくシーンとか。繰り返しながら、ちょっとずつ変化させる手法。そこに関しては、久石さんの得意とするミニマル・ミュージックがピッタリ合ったという印象でした。お互いが、本質的に好きな世界なんだと思います。

ただ、武さん自身も言っているように、この作品は、平均点でいえばたいした点ではないというか、国立大学は無理だねというような(笑)点だけど、勝負に出ている場面がある。本人曰く、目茶苦茶凄いシーンと、ありゃりゃ?というシーンが混在している。ゴルフに例えるなら、OBもあるんだけど、バーディどころかイーグルも幾つかある感じ。ホールによっては大勝負をかけたりもしている、ある意味とても実験的な試みをしている作品ですから、それに対して久石さんも自身の本領をミニマルでしっかりぶつけてきましたし、その結果としてあの独特の世界観が醸し出されたんだと思います。サンプリングも駆使されてますし、北野作品の中ではいちばん実験的な音楽といってもいいでしょうね。映画の中身以外の部分ではかなりの火花を散らしている作品といいますか…。そこが、多くの人に名作と言わしめたゆえんでしょうし、イギリスのBBC放送による「映画・世界の100本」に選出された要因なんじゃないでしょうか。ただ、世界中(公開された国の中)で日本人がいちばん見ていない作品で、興行的にはやや不幸な作品ではありましたが…(笑)。

 

キッズ・リターン
Kids Return
1996.7.27 公開
出演:金子賢、安藤政信

〈episode 3〉
特にこの作品のエンディングは、かなり印象的なシーンに仕上がりましたね。主人公の2人が「もう俺たち終ったのかな」「まだ始まってもいねぇよ」と言った瞬間にドーンとテーマ音楽とエンド・ロールが入ってくる。普通ロール・チャンスというと、映画の本編が終わり、ポツポツと立ち上がるお客さんに向けた”どうぞお帰り下さい”の合図みたいになりがちですが、でも「まだ始まってもいねぇよ」の台詞のあとにきわめて激しく飛び込んでくるこの作品の音楽は、ロール・チャンスをも作品の一部として取り込んでしまうほどの迫力があるし、それがあるから直前のシーンもより生きてくるという相乗効果をもたらしていると思うんです。メインテーマのキャッチーさでいえば、「菊次郎~」とともに、メロディメイカーとしての久石さんの力量を再認識させられます。

 

HANA-BI
1998.1.24 公開
出演:ビートたけし、岸本加世子、大杉漣、寺島進

〈episode 4〉
この作品の、例えばタクシーをパトカーに作り変えていくシーンには、組曲のようなものすごく長い音楽がついていますが、久石さんがかなり悩まれた証のようにも思えますね。そのシーン以外にも、武さん自身が描いた絵を、映像の中に巧みにインサートしている場面があって…。「キッズ・リターン」でも自分で描いた絵をポスターに使ってましたけど、ここではかなりの数の絵をカットの一つとして使っている。あの世界と対決するのは大変だったと思いますよ。当然あそこには音をつけてくれというカットですからね。無音でしかも動きのない絵を、いろんなカメラワークを駆使して撮っていますから、それときっちり向き合える音楽をつけるとなると、結構思案しますよね。われわれ自身も両者のイメージをすり合わせるために、かなり大変な思いをした記憶があります。ただどんなに陰惨な場面でも、そこに流れる久石メロディの美しさがインパクトにつながっている気がします。

 

菊次郎の夏
Kikujiro
1999.6.5 公開
出演:ビートたけし、関口雄介、岸本加世子、吉行和子

〈episode 5〉
ピアノの音色とわかりやすいシンプルな旋律の繰り返しという、音楽の核の部分のイメージは、武さんも久石さんも一致していました。音楽を発注する際に、武さんがいちばん具体的に発言した作品ですね。ウィンダムヒルのジョージ・ウィンストンが手がけた「オータム」に代表される季節を扱った曲を例に出して、今回はこういう世界観が欲しいんだと意思表示していたことを思い出します。その点においては珍しい例ですね。どちらかといえば、いつもは”お任せ”で、イメージを具体的に伝えるということは少ないんですけど、撮影を始めた当初からそのイメージは口にしていましたから、よほどのこだわりがあったんでしょう。結果、シンプルでなおかつ流れてきた瞬間夏を連想させるとてもキャッチーなメロディを含む、有無をいわせないくらい見事なサウンド・メイクをしていただきましたから、本人の満足度もかなり高かったと思います。

 

BROTHER
2001.1.27 公開
出演:ビートたけし、オマー・エプス、真木蔵人

〈episode 6〉
この作品では、メインテーマのリード楽器を何にするか、かなり苦労しました。武さんはリード楽器にことのほか強い拘りを持っていて、しかも自分自身がピアノをやっていることもあって、ピアノという楽器が好きなんですね。だけど久石さんのセンスとして、こっちの楽器を使ったほうがこんな広がりが出ますよという主張を返してくる。そこはある意味闘いでした。結果的に、リード楽器としてフリューゲルホルンを選択したわけですが、これは非常に大きなチャレンジだったと思います。監督自身、フリューゲルホルンという楽器は全然予想もしてなかったでしょうし。

予定調和的にピアノで奏でておけば、これといった苦労もせずに済んだとは思いますけど、この作品自体が持つ意味合いといいますか、日英合作という国際的なプロジェクトによる映画であること、ハリウッドの撮影システムを導入したことなど、新しい映画作りの結果として新しい映画が生まれるという流れに見合う試みが、音楽にも必要だったわけですね。ご覧いただいてわかるとおり、主役ビートたけしのビジュアルといいますかファッション・センスは、この「BROTHER」も「HANA-BI」も「ソナチネ」も一様なんです。別に何部作といわれるような関連した作品ではないんですけど、開襟のシャツにダークカラーのスーツ、そしてサングラスというスタイルは共通している。しかし、だから音楽もピアノで、という考えはそぐわない。内容に対する音づけという意味ではなく、新しいやり方で新しい作品が生まれるという意味合いを音楽でどう表現するかという点は、われわれにとってもそうでしたけど、久石さんにとっても大きなテーマだったと思うんです。その部分では、久石さん自身、相当悩まれたんじゃないかと思います。現に、ロスの撮影現場までお見えになって、時間が許す限り監督と話し合って、もっとも相応しい接点を探していましたから。メロディとか旋律の問題ではなく、新しさをどういった世界観で示すかということにおいて。といいつつメロディに関しても、絵面との整合性においてはかなり難しかったと思いますよ。ジャジーな要素や、半音が結構使われていることが、そのことを雄弁に語っているような気がします。

デニー役のオマー・エプスのモノローグによるこの作品のエンディングは、音楽を入れ込んだ「あの夏~」のエンディングの対極にあるといってもいいくらいのシーンで、音楽をまったくはずしてしまっている。本来は武さんのリクエストで久石さんに饒舌で分厚い情感豊かな音楽をつけていただいたんですけど、最終段階で音楽をとってしまった。もちろん音楽が気に入らなかったわけではなく、音楽は音楽として成立したんでしょうけど、作品のテーマを示す流れのうえでは、饒舌すぎたのかもしれないですね。ただそのあとエンドロールで再びメインテーマが呼び込んでいることを考えると、あの音楽のないエンディングこそ、音楽を削ぎ落としたシーンでいかに音楽を感じさせるかの典型と言えるんじゃないでしょうか。

(解説・各作品エピソード/森昌行 ~CDライナーノーツより)

 

〈サウンドトラック制作進行ノート〉

あの夏、いちばん静かな海。 発売日:1991年10月9日
1991年7月 ワンダーステーション六本木にてレコーディング。

ソナチネ 発売日:1993年6月9日
1992年6月1日 北野監督の次回作の音楽の依頼がある。出演者等詳細は未定。11月辺りの音楽制作の予定。
1992年7月31日 北野監督とロケ前に顔合わせ。音楽の方向性の打ち合わせをする。今回は石垣島がテーマになる模様。
1992年9月17-19日 久石氏石垣島のロケに同行。
1992年10月26日 当初11月頭から音楽制作に入る予定であったが、編集作業の進行の影響で中旬に変更となる。
1992年11月13日 ワンダーステーションにて音楽作業開始。
1992年11月19日 18時半に北野監督来訪、テーマ曲を決定。
1992年11月20-24日 ワンダーステーションにてダビング作業。
1992年11月25日 Dolby 4chのT/D。この日北野監督が再編集に入り、M14のシーンが全カットになり、M15に変更が入ったとの知らせあり。21時に監督がワンダーシティに確認のため来訪。
1992年11月26日 映画音楽作業終了。
1993年3月21-22日 ロンドンにあるTHE TOWN HOUSEにてCD用のMIXを行う。
1993年3月23日 Abbey Road Studiosにてマスタリング。

Kids Return 発売日:1996年6月26日
1995年10月27日 調布にっかつ撮影所にて前半部のラッシュを見る。その後打ち合わせ。
1996年2月16日 にっかつ撮影所にてオールラッシュ。監督を交え最終打ち合わせ。
1996年2月29日 代々木にあるワンダーステーション2st.にて音楽制作開始。
1996年3月13日 音楽制作日程終了。

HANA-BI 発売日:1998年1月1日
1997年6月9日 ワンダーステーション代々木スタジオにてレコーディング開始。
1997年6月11日 調布にっかつ撮影所にて監督と打ち合わせ。
1997年6月12-19日 ワンダーステーション代々木スタジオにてレコーディング。
1997年6月22日 ポリグラムスタジオAst.にて弦のレコーディング。
1997年6月23-24日 ワンダーステーション代々木スタジオにて映画用のT/D。
1997年7月10-11日 ワンダーステーション六本木スタジオにてCD用のT/D。

菊次郎の夏 発売日:1999年5月26日
1998年10月6日 ワンダーステーション代々木スタジオにてレコーディング開始。
1998年10月7-10,12,21-23日 レコーディング作業。
1998年10月21日 ポリグラムスタジオにてオーケストラ・レコーディング。
1999年2月2-4日 ワンダーステーション六本木スタジオにてT/D。

BROTHER 発売日2001年1月17日
2000年3月29日 にっかつスタジオにてオールラッシュ。
2000年4月3-14日 音楽制作プリプロ~レコーディング。
2000年4月8日 監督とテーマ曲について打ち合わせ。
2000年4月14日 監督とサントラについて打ち合わせ。
2000年4月22日 墨田区トリフォニーホールにて新日本フィルの演奏で録音。
2000年4月23-25日 映画用のT/D。
2000年5月15-17日 CD用のT/D。
2000年9月27-28日 マスタリング。

(サウンドトラック制作進行ノート ~CDライナーノーツより)

joe hisaishi meets kitano films ジャケット 裏

 

 

久石譲 『joe hisaishi meets kitano films』

1. INTRO:OFFICE KITANO SOUND LOGO
2. Summer (菊次郎の夏)
3. The Rain (菊次郎の夏)
4. Drifter・・・ in LAX (BROTHER)
5. Raging Men (BROTHER)
6. Ballade (BROTHER)
7. BROTHER (BROTHER)
8. Silent Love (Main Theme) (あの夏、いちばん静かな海。)
9. Clifside Waltz III (あの夏、いちばん静かな海。)
10. Bus Stop (あの夏、いちばん静かな海。)
11. Sonatine I ~act of violence~ (Sonatine)
12. Play on the sands (Sonatine)
13. KIDS RETURN (KIDS RETURN)
14. NO WAY OUT (KIDS RETURN)
15. Thank you,・・・for Everything (HANA-BI)
16. HANA-BI (HANA-BI)

All songs composed, arranged and produced by JOE HISAISHI

 

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