Disc. 藤原真理 『風のメッセージ』

1990年7月21日 CD発売

滅びゆく自然への、人間の哀歌

久石譲がプロデュースした「自然との共生」をテーマとする心温まるアルバム
藤原真理のチェロの響きが心地よく胸にしみる

 

言葉ふたつ

「風のメッセージ」のトラック・ダウンを終えてすぐ、ライヒャ(レイハ)のフルート・カルテットの録音のためオランダに出かけた。そこで印象に残っているのが、フルートのニコレの言葉。「正直言って録音という作業は決して好きではない。だけれどこれは、お医者に行って診察を受け、レントゲン写真を前にこことあそこが悪いと診断されているようなもので、時々しなくてはいけない。」彼の音楽には、音楽の広範な知識が、現在進行形で息づいており、何よりも現在起こっていることに対する好奇心は六十をこえたいまも旺盛で、青春まっさかりという人である。ニコレほどではないけれど私自身も録音という作業が好きなわけではない。私もまた同意見である。実際、録音してみると演奏する人間の良いところ悪いところが拡大サイズで現れてくる。

今回の〈風〉のシリーズ二枚目では、前回に引き続きシンセサイザーが使われ、クラシックの音楽に混じってリズミックなポップ系の曲が増えた。選曲も同じ〈自然〉というテーマでなされている。「風のとおり道」で始まり同じ曲の別の編曲で終わるこのアルバムを聞いていただければわかるように、演奏のよしあしだけではなく、チェロという楽器の性格があからさまに出たように思う。演奏ということから考えてみると、楽器自体が持つ特質を前面に出さないのが良い演奏というもので、それぞれの楽器の音を超えて音楽の語り口、人の声が持つ語り口、さらに言えばその本人の声で語るのが理想であり、またそうなるまで待たなくてはいけない。しかし実際は、作品を生み出す作業に携わる人間が増えればそれだけ制約も増えて、いつも好きなだけ時間をかけて仕事ができるわけではない。また演奏ということをさらに考えてみても、演奏のある水準はもちろん要求されるが、常にヴィルトオーゾの技術で楽に上手に演奏できることだけが目的でもないだろう。

ひとりの人間が生きている時間の中で、そのある時点の瞬間が記録され、その結果から、ものを生み出す作業のプロセスがうかがわれる、そういった作品、そういう演奏家がいてもよいのではないだろうか。そんな試行錯誤の中で、「風のメッセージ」の録音は無事終了し、さらに私は懲りないので録音を続けているのである。

最後に、もうひとつ耳について離れない言葉がある。1年ぶりに一緒に働いたドイツ人のアシスタント・ディレクターの話で、「デュッセルドルフからパリまで汽車で移動している途中、何度も森が死んでいるのを見てショクだった。枯れた木の残骸でしかない森の話は聞いていたがこれほど事体が悪化しているとは夢にも思わなかった。僕達はひとりひとりが日常のなかで実際にできることをすぐに実行していかなくてはならない。」という。私もまず手近にできることから始めて、それを続けたいと思う。

藤原真理

(CDライナーノーツより)

 

曲目についてのメモ

■風のとおり道
宮崎駿監督のアニメーション「となりのトトロ」のテーマ。人間の生活と自然の可能なかぎりの調和をみいだそうとする宮崎駿のいつもの試みは、ここでは1950年代の日本を舞台とする。(この時代は今から考えれば、文明の狂暴性がそれほど深刻でなかった)。トトロは人間と自然の相互がつくりだすやさしい幻想。ここではピアノ伴奏による版が冒頭に、最後にはシンセサイザーとチェロによる異なったヴァージョンがおかれる。

■春の朝
マーラーの初期に属する歌曲。レアンダーの民謡風な詩による。春の朝、部屋いっぱいにさしこむ光は、生命のよみがえりを暗示する。最晩期にかかれた「大地の歌」の汎神論的世界の包芽がみられないだろうか。この光はかれの壮大な交響曲作品のすべてにもつねにみいだすことができる。

■イカルス
ラルフ・タウナーの作品。反捕鯨運動の集会などでさかんに演奏されている。反捕鯨運動がエコロジーにむすびつくかどうかは、疑問なしとはしないが、天空を飛翔するイカルスの幻想は、人間の精神の自由を象徴する。

■ギリシャの海
「日曜はダメよ」の作曲家ハジダキスは、レジスタンスの闘士でもあった。この曲は、ナナ・ムスクーリの歌でヒット。人間のうつりやすいエモーションと、不変な海がうたわれる。

■小熊物語
1988年に大ヒットしたジャン=ジャック・アノー監督の動物映画。動物映画にありがちな、擬人化された動物というパターンから一歩も出ていないが、みるべきは、カナダの自然の美しさである。なお音楽は、フィリップ・サルドとクレジットされているが、チャイコフスキーのピアノ曲集「四季」のなかの「舟歌」そのものである。

■森の静けさ
ピアノ連弾用の組曲「ボヘミアの森から」の第5曲を作曲者自身が編曲したもの。19世紀まで、ボヘミアは、工業化されていく西欧の人々にとって、神秘な国であった。森と川は幻想をはぐくみ、そこにすむ人々はある特別な能力をもっていると信じられていた。ドヴォルザークの作品には、どこでかれがかいたものであっても、森に入っていく人の後姿の残像がやきついている。

■バイレロ
中部フランス山岳地方の古い歌は、どういうわけか、フランスのワグネリアンたちを魅了しつづけた。ダンディがそうえあり、この「オーヴェルニュの歌」のカントルーブがそうである。メリスマ的な動きをもつメロディーは、しばしば古典的な秩序のワクをこえる。おそらくキリスト教の伝来以前から伝わる歌であろう。この信仰によって文明の発展はなされ、そしていま滅びようとしている。

■フラジャイル
スティングは、最近とみにエコロジー運動にコミットするようになった。この曲は政治運動にまきこまれペンダゴンに殺された一アメリカ人をうたう。「雨は教えてくれるだろう、人がどれほどはかない存在か」という詞からは生命の根源をみすえるものの視線が感じられる。

■モア
1961年グァティエロ・ヤコペッティによる映画「世界残酷物語」は大きな衝撃をあたえた。文明化されていない民族のさまざまな、グロテスクな習慣。残酷という感性もが、相対的なものであることを知らされる。ちょうど文化人類学で「野性の思考」ということばがつかわれだすころである。この歌はウミガメが放射能で方向感覚を失い死んでいくシーンでつかわれる。いまもチェルノブイリではウミガメのように死んでいく人たちが大勢いる。

■イマジン
ジョン・レノンが1971年に発表した曲。物質主義から精神の自由を回復するためには多くのものをすてなければならない。天国すらも。殺しあいも、宗教もなく、あるのは頭上の空だけ。この透徹したニヒリズムは、あらゆる行動の規範になるべきであろう。ここから自然との、社会との、人間との調和はあらたにつくりだされなければならないであろう。

川口義晴 (制作ディレクター)

(曲目解説 ~CDライナーノーツより)

 

藤原真理 風のメッセージ

1. 風のとおり道 (「となりのトトロ」より) (久石譲)
2. 春の朝 (マーラー)
3. イカルス (ラルフ・タウナー)
4. ギリシャの海 (マノス・ハジダキス)
5. 小熊物語 (映画「小熊物語」より) (原曲:チャイコフスキー「舟歌」~「四季」)
6. 森の静けさ (ドヴォルザーク)
7. バイレロ (「オーヴェルニュの歌」より) (カントルーブ)
8. フラジャイル (スティング)
9. モア (映画「世界残酷物語」より) (リズ・オルトラーニ,ニーノ・オリヴィエロ)
10. イマジン (ジョン・レノン)
11. 風のとおり道 〈Version II〉 (久石譲)

藤原真理(チェロ)
山洞智(ピアノ)
羽田健太郎(ピアノ) 〈特別友情出演〉 1.

久石譲(プロデュース、編曲、シンセサイザー)

録音:1989年12月~1990年5月 日本コロムビア 第1スタジオ/ワンダー・ステーション

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