第19回:「いいねぇ」

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第19回:「いいねぇ」

2004年5月下旬。第57回カンヌ国際映画祭で、バスター・キートンの無声映画「キートン将軍」(1926年)のデジタル修復版の上映に合わせてオーケストラの指揮を務めた久石譲は、帰国するとすぐに「ハウルの動く城」の作曲に戻った。

スタジオにはジブリから毎日のように新しい映像が届く。これまで無音だったものにも効果音や台詞が入ったことで、より具体的にイメージできるようになった。

作業は連日、午前3時や4時まで続き、多い時には一日4曲ものペースで次々に楽曲の原形が出来上がっていく。

驚異的なスピードだが、録音エンジニアの浜田純伸は「久石の姿勢に妥協があったわけではない」と強調する。「時間がない時はつい、“こういけばいいのに”と思うことがある。でも久石は絶対にそうしない。新しいものをとことん探し続ける。『となりのトトロ』(86年)の頃から一緒にやっているが、ずっとそう」

速さの理由を尋ねると、こう答えた。「カンヌを挟んだことで、気持ちを切り替えられたのが大きいと思う。おかげで、帰りの飛行機の中では『ハウル』をああしたいこうしたいって頭の中がいっぱいで、溢れてくるアイデアとイメージが止まらなくなっていた。むしろ、こっちがついていくのが大変だった」

テーマ曲「人生のメリーゴーランド」は、場面に合わせて様々な編曲が施された。時に悲しみを、時に勇気を、時にユーモアを表現しながら、30曲中17もの曲に登場することになった。

久石が振り返って笑う。「毎日同じ曲というのはさすがに辛かったね。一日が始まると『またこのメロディーか』って」

来る日も来る日も、一つの旋律と戦いながら、久石は使える時間はすべて使って作曲に没頭した。映画に必要な30曲の原形を揃えるための作業は、宮崎駿監督に聴いてもらうことになっていた日の明け方まで続いた。

6月9日。久石はほとんど睡眠を取らないまま、宮崎監督のもとを訪ねた。監督が曲を聴くのは、4月にテーマ曲が決定して以来のことだった。

用意したのは、コンピューターの打ち込みによってオーケストラ用の編曲がほとんど出来上がった“完成形”に近いもの。マネージャーと綿密に打ち合わせた順番通り、1曲ずつ丁寧に紹介した。

作品のテーマ、意味にも大きく関わってくる音楽を、監督はどう受け止めるのか。久石は淡々としながらも、内心は緊張で胸が張り裂けそうだった。「20年の付き合いでも、こればっかりは慣れるってことがないんだよね」

しかし、久石の気迫は監督にも十分届いていた。すべての曲の紹介が終わった瞬間、監督の顔から優しい笑みがこぼれ、思わずひじで久石をつついた。

「いいねぇ」

若干の変更要請があった2曲を除き、すべての曲にOKが出た。大きな山を一つ乗り越え、胸をなで降ろした瞬間だった。

しかし、息をついている余裕はない。すぐに最終的な編曲作業と譜面制作を始めなければならない。オーケストラ録音は、3週間後に迫っていた。(依田謙一)

(2004年6月11日 読売新聞)

 

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