第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

「メロドラマにならないんですよ」

宮崎駿監督が久石譲に打ち明けたのは、1日目の録音がすべて終わった後だった。

「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)で一気にエンディングに突入する構成だったが、最後にもう一度、テーマ曲「人生のメリーゴーランド」を登場させたいというのだ。

オーケストラの録音当日に大幅な路線変更をするのは、極めて異例。久石と監督は、話し合いをするため、2人きりで楽屋に入った。

その間、ホール内は重い空気で覆われた。スタッフは「決裂の可能性もある。どうなるか分からない」と頭を抱えていた。

監督がこだわった「メロドラマ」とは、一体何か。

メロドラマには現在、「昼メロ」に代表される通俗的な愛憎劇のイメージが強いが、そもそもはギリシャ語の「メロス」(旋律)と「ドラマ」(劇)が一緒になった伴奏つきの演劇のことだ。音楽が演技と同等、あるいはそれ以上の重要な役割を果たし、18世紀に発達した際には、恋愛をテーマにしたものが数多く上演された。

「ハウルの動く城」は、制作開始時から「戦火のメロドラマ」だと謳われてきた。監督は、恋愛劇であるのはもちろん、「徹底的に一つのテーマ曲でいきたい」という言葉に代表されるように、音楽が内容を物語るというそもそもの意味でのメロドラマを目指していたと推測される。

実は、当初の編曲でも「ケイヴ」の最後に、テーマ曲の断片は挿入されていた(サウンドトラック盤に収められているのはこのバージョン)。しかし、巨大スクリーンで演奏と一体になった映像を目にしたことで、監督はもっと強烈にテーマ曲を欲してしまったのだ。

楽屋での話し合いで、久石は立腹することなくこの提案を受け入れた。「むしろありがたいと思ったよ。それだけテーマ曲を大事に考えてくれたということだから」

久石は頑固な男だ。ただしそれは、作品に対してという意味で。必要性を理解できれば、困難も積極的に受け入れる。

2人が楽屋から出てきた。久石は結論を語らないまま、スタッフに指示を出した。「今日録音した『花園』を用意して」。監督と話すうちに浮かんだアイデアを試してみようということらしい。

テレビモニターの前に2人が座ると、クライマックス場面の映像とともに、再び「ケイヴ」が鳴り始めた。
2日目は朝から雨。楽屋前には奏者たちの傘が鮮やかに並んだ
ソフィーが残骸となった城の扉を開け、ハウルの少年時代に迷い込む。ハウルに出会ったソフィーは、「未来で待ってて」と言い残し、闇にのみ込まれてしまう。涙を流しながら歩く彼女の前に、再び扉が現れ——。

「ここで『ケイヴ』を切って」。久石が指示を出すと、曲が止まった。

一瞬の静寂の後、ソフィーが外へ飛び出す場面で、新たな指示が出た。「ここから『花園』に切り替えて」

「花園」は、ハウルがソフィーに思いを伝える場面に流れる曲で、「人生のメリーゴーランド」のメロディーで彩られている。この曲を今度は、ソフィーがハウルに思いを伝える場面で再登場させようというのだ。

曲が始まった瞬間、スタッフからどよめきが起こった。別の場面のために作られたはずの曲が、ぴたりと合ったのだ。

「いいね」。監督が言った。

「長さが少し足りないけど、これに『ケイヴ』の終盤部分をつなげばいけるかも知れない。ただ、時間がないのがねぇ」と久石がつぶやくと、監督はいたずらっぽく久石の肩を叩いた。「なぁに、2、3日徹夜したって大丈夫だよ」

「まったくもう」。そう言い返した久石の口元には、笑みがこぼれていた。

2004年6月30日。前日と同じ午後1時から、2日目の録音が始まった。指揮台に立った久石は、静かにオーケストラに語りかけた。「予定にありませんでしたが、最初にちょっと試したいことがあります」

奏者たちに緊張が走った。彼らも、昨日の空気から久石が何を試そうとしているか知っていた。

スクリーンに映像が流れ、演奏が始まった。久石は、自分の指揮だけを頼りに、オーケストラを引っ張った。「花園」から、「ケイヴ」の終盤部分に引き継ぐ編曲は、あらかじめ決まっていたように、クライマックス場面に寄り添い、ソフィーとハウルの心情を、見事に歌い上げた。

演奏が終ると、監督は真っ先に立ち上がって拍手した。奏者たちも成功を喜び、足を踏み鳴らした。

「どうでした?」と指揮台の久石が振り返ると、客席中央の監督は、手で大きなマルを作った。

久石がわざと「それじゃ分かりません」という表情をすると、今度は大きな声で叫んだ。

「これでメロドラマになりましたぁ」

気がつけば、ホール内にいた他のスタッフたちも拍手していた。「ハウル」という名のメロドラマが誕生した瞬間だった。(依田謙一)

(2004年7月19日 読売新聞)

 

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