Disc. 『宮崎駿プロデュースの1枚のCDは、こうして生まれた。』

2004年8月6日 DVD発売 VWDZ-8066

 

ジブリがいっぱいCOLLECTIONスペシャル
『宮崎駿プロデュースの1枚のCDは、こうして生まれた。』

 

「大人が聴く歌、大人が唄える歌が欲しい」

宮崎駿監督のそんな想いから、このCDアルバム 「お母さんの写真」 製作プロジェクトは動き始めました。友人、上條恒彦の魂を揺さぶる歌声に感動し、この人に唄ってほしいという宮崎監督の強い願いは、糸井重里や久石譲など多くの人々を動かし、やがて、みんなの想いが1つの形になりました。CDの企画から出来上がるまでを収めたドキュメンタリー映像の第1部と、その完成を記念して三鷹の森ジブリ美術館で行われた上條恒彦のコンサートを収録した第2部との2部構成になっています。これは、大人が唄える歌探しに夢中になった大人たちの心温まる記録です。

 

【第1部】
大人が唄える歌をさがして。 構成・演出/浦谷年良
製作委員会のミーティングやレコーディング風景、宮崎監督や仲間達の熱い思いが伝わります。(約98分)

【第2部】
上條恒彦コンサート in 三鷹の森ジブリ美術館 構成・演出/関根聖一郎
アルバムからの6曲のほかに、「大きな古時計」、「だれかが風の中で」、「さんぽ」も唄われます。(約40分)

【映像特典】
宮崎駿監督作品
2003年夏 ハウス食品「おうちで食べよう。」シリーズ TV-CM
・ままごと篇 ・おつかい篇 ・路地裏篇 ・宣伝力一篇

 

 

久石譲も「油屋」「お母さんの写真」のレコーディング風景で登場する。宮崎駿監督や上條恒彦とのスタジオ内での録音のやりとりを収めた貴重な記録。(第1部、チャプター4,5)

 

 

【第1部】
大人が唄える歌をさがして。 構成・演出/浦谷年良
1.アルバムの発端
2.#見果てぬ夢
3.アルバムの企画会議
4.最初の録音日
5.#油屋&#お母さんの写真
6.#鞦韆(ぶらんこ)
7.#秋
8.#豚の丸焼き背中にかついで&#ひとつやくそく
9.#椅子
10.#牧場の朝&#冬の星座
11.アルバム製作委員会
12.#花あかり
13.#オルガンの丘#真夏の振り子
14.#祝祭
15.#何もいらない&#中央線

【第2部】
上條恒彦コンサート in 三鷹の森ジブリ美術館 構成・演出/関根聖一郎
1.油屋
2.お母さんの写真
3.真夏の振り子
4.中央線
5.冬の星座
6.牧場の朝
7.大きな古時計
8.だれかが風の中で
9.さんぽ

 

報告編:「ワールド・ドリーム・オーケストラ」全国ツアー終了

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
報告編:「ワールド・ドリーム・オーケストラ」全国ツアー終了

作曲家でピアニストの久石譲が、新日本フィルハーモニー交響楽団と組んだポップス・オーケストラ「ワールド・ドリーム・オーケストラ」が8月1日、大阪・中央区の大阪城西の丸庭園で野外コンサートを開き、全国ツアーが終了した。ツアーは、7月19日の宮城・仙台市での公演を皮切りに、全国8か所で行われた。

久石は指揮とピアノで登場。最終日ということで特別メニューを組み、「HANA−BI」「スター・ウォーズ」「007ラプソディー」といった映画音楽を約100人のオーケストラで聴かせた。

一昨年ごろから互いに「何か一緒に続けてやろう」と盛り上がり、ジャンルを超えて楽しめる新しいオーケストラ「ワールド・ドリーム・オーケストラ」の活動を始め、初代音楽監督に久石が就任した。

トラッンペットソロを吹くティム・モリソン

6月には初アルバム「WORLD DREAMS」を発売。欧米の著名な映画音楽と、「天空の城ラピュタ」など自身の作品を編曲し直した。

「あまり経験がない」という他人の曲に挑んだのは「世界中にいい曲がたくさんあるのに、オーケストラ用のものが少ないため、クラシックコンサートではなかなか演奏されない」ともどかしさを抱えていたからだという。編曲は「原曲の作曲家を尊敬しつつ、自分のやりたいことを盛り込んだ」と語る。

コンサートでは「E.T.」などで知られる作曲家ジョン・ウィリアムスと自身の映画音楽を対比させたほか、久石が「真夏のラーメン」と例える管楽器隊の音を前面に出した編成で、「ミッション・インポッシブル」などを激しく演奏、聴衆を魅了した。

台風10号の影響で天候が心配され、リハーサル中も強い風と小雨に悩まされたが、本番は雨風もなく晴れ間も見え、夕暮れに染まる大阪城を眺めながらのコンサートとなった。

途中、ツアーゲストで元ボストン交響楽団主席トランペット奏者のティム・モリソンが、阪神タイガースのTシャツに早着替えすると、観客は大きな声援で「ハプニング」を喜んだ。

野外のためオーケストラもTシャツで演奏 中央は久石

アンコール後、鳴り止まない拍手に久石が三度登場。歓声に押され、プログラム予定になかった映画「菊次郎の夏」のテーマ曲「Summer」をピアノソロで演奏すると、聴衆とオーケストラメンバーは割れんばかりの手拍子で応えた。

終演後、汗をびっしょりかいて控え室に戻った久石は、「驚いたよ。リハーサルで練習用に『Summer』を弾いたのをメンバーが覚えていて、『昼間やっていたからできるでしょ』って。みんなにうまく乗せられちゃったね」と笑った。

「ワールド・ドリーム・オーケストラ」の公演は、どの会場も子どもから大人まで様々な客層が混在していた。最近はなかなか見られなくなった光景だ。地道な活動を今後も続け、「ポップスオーケストラの」という枕詞が必要なくなった頃には、音楽を聴く底辺はずいぶんと広がっていることだろう。

初日の仙台公演のリハーサルで、久石はこんな話をしていた。「音楽にはクラシックもポップスもない。あるのはいい音楽と悪い音楽だけなんだ」(依田謙一)

(2004年8月3日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第23回:「ふたりが残った」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第23回:「ふたりが残った」

クライマックス曲の変更という最大の難関を乗り越えた久石譲は、あらためて2日目の録音に取り組んだ。1日目で大編成のオーケストラ曲がほぼ終了していたことから、この日は主に小編成の曲を録音した。

映画音楽は交響曲と違い、あくまで場面に合わせて作曲するため、編成や長さが多岐に渡る。なかには、10秒ほどで終わってしまう曲もある。

しかし、どれも場面を支える重要な曲だ。一つ一つが満足いく演奏をするには、映画音楽ならではの苦労も生まれる。

終盤、トランペットと大太鼓の2人だけとなった録音で、こんなことがあった。

カットナンバー500。夕暮れの街を、戦意高揚のためにビラまき隊が行進する場面の曲。絵コンテに、トランペットと太鼓を使って、「プップクプップップー、ドンドン」と記されていたことから、久石はそのニュアンスを生かした曲を用意していた(サウンドトラック盤には未収録)。

演奏前、久石が奏者たちに説明した。「できるだけ下手に弾いて下さい」

奏者たちには慣れない要請だったが、わずか数秒の曲でもあり、あっさり終わるだろうと演奏が始まった。

ところが、これがなかなかうまくいかなかった。

小さい頃から、誰よりも上手に弾くことを求められてきた「エリート」の彼らが、いくら「下手」に弾いても、どうしてもなめらかさが残ってしまうのだ。

それでも何度か繰り返すうちに、少しずつ様になってきた。久石が「このくらいでどうでしょう?」と客席中央を振り返ると、監督は「プロの演奏家でない役所の用務員が、仕方なく演奏しているという設定なので、もっと下手にお願いします」と要求してきた。

音楽家である久石にとっての「下手」も、まだまだ上手すぎたようだ。

監督がこだわったのには理由がある。短いが、戦時下の暗い街を象徴する大切なカット。用務員が嫌々演奏していることで、その雰囲気を出したいという演出意図があったのだ。

この言葉で火がついた奏者たちは、微妙に音程を外すなど、持ち前の技術で「素人らしさ」を表現。何とか「下手な演奏」を実現した。監督と久石は、あたたかい拍手を送った。

こうして、オーケストラの演奏はすべて終了。最後に久石のピアノ録音が残された。

久石は、「さぁ、演奏家に戻らなくちゃ」と腕を回す。

ピアノのセッティングが完了した頃には、オーケストラのメンバーはすべて引き上げ、監督の姿も見えなくなっていた。静まり返ったホール内で、1人、鍵盤に向かった。

映像をバックに、静かにテーマ曲「人生のメリーゴーランド」のピアノバージョンの演奏が始まる。

何度も繰り返し登場した旋律が、やっと久石本人の手で奏でられた。数々の宮崎作品で鳴っていたのと同じ、あの音色が、場内を包み込んだ。

演奏が終わり、顔を上げた久石は、思わず「あっ」と声をあげた。いつの間にか監督が客席に戻っていたのだ。久石が「帰っちゃったのかと思っていましたよ」と言うと、監督は「聴いていきます」とにこやかに笑った。

監督が録音に最後まで付き合うのは、2人の長いコンビのなかでも、初めてのことだった。

ホールの中には、いつの間にか誰もいなくなっていた。残ったのは、2人だけだった。

監督はシートに深く体を沈めながら、じっと久石のピアノを聴いた。舞台裏のコントロール・ルームのテレビモニターに映し出されたその光景は、いつまでも、いつまでも続くように見えた。

回り続けるメリーゴーランドのように。(依田謙一)

(2004年7月23日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

「メロドラマにならないんですよ」

宮崎駿監督が久石譲に打ち明けたのは、1日目の録音がすべて終わった後だった。

「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)で一気にエンディングに突入する構成だったが、最後にもう一度、テーマ曲「人生のメリーゴーランド」を登場させたいというのだ。

オーケストラの録音当日に大幅な路線変更をするのは、極めて異例。久石と監督は、話し合いをするため、2人きりで楽屋に入った。

その間、ホール内は重い空気で覆われた。スタッフは「決裂の可能性もある。どうなるか分からない」と頭を抱えていた。

監督がこだわった「メロドラマ」とは、一体何か。

メロドラマには現在、「昼メロ」に代表される通俗的な愛憎劇のイメージが強いが、そもそもはギリシャ語の「メロス」(旋律)と「ドラマ」(劇)が一緒になった伴奏つきの演劇のことだ。音楽が演技と同等、あるいはそれ以上の重要な役割を果たし、18世紀に発達した際には、恋愛をテーマにしたものが数多く上演された。

「ハウルの動く城」は、制作開始時から「戦火のメロドラマ」だと謳われてきた。監督は、恋愛劇であるのはもちろん、「徹底的に一つのテーマ曲でいきたい」という言葉に代表されるように、音楽が内容を物語るというそもそもの意味でのメロドラマを目指していたと推測される。

実は、当初の編曲でも「ケイヴ」の最後に、テーマ曲の断片は挿入されていた(サウンドトラック盤に収められているのはこのバージョン)。しかし、巨大スクリーンで演奏と一体になった映像を目にしたことで、監督はもっと強烈にテーマ曲を欲してしまったのだ。

楽屋での話し合いで、久石は立腹することなくこの提案を受け入れた。「むしろありがたいと思ったよ。それだけテーマ曲を大事に考えてくれたということだから」

久石は頑固な男だ。ただしそれは、作品に対してという意味で。必要性を理解できれば、困難も積極的に受け入れる。

2人が楽屋から出てきた。久石は結論を語らないまま、スタッフに指示を出した。「今日録音した『花園』を用意して」。監督と話すうちに浮かんだアイデアを試してみようということらしい。

テレビモニターの前に2人が座ると、クライマックス場面の映像とともに、再び「ケイヴ」が鳴り始めた。

2日目は朝から雨。楽屋前には奏者たちの傘が鮮やかに並んだ

ソフィーが残骸となった城の扉を開け、ハウルの少年時代に迷い込む。ハウルに出会ったソフィーは、「未来で待ってて」と言い残し、闇にのみ込まれてしまう。涙を流しながら歩く彼女の前に、再び扉が現れ──。

「ここで『ケイヴ』を切って」。久石が指示を出すと、曲が止まった。

一瞬の静寂の後、ソフィーが外へ飛び出す場面で、新たな指示が出た。「ここから『花園』に切り替えて」

「花園」は、ハウルがソフィーに思いを伝える場面に流れる曲で、「人生のメリーゴーランド」のメロディーで彩られている。この曲を今度は、ソフィーがハウルに思いを伝える場面で再登場させようというのだ。

曲が始まった瞬間、スタッフからどよめきが起こった。別の場面のために作られたはずの曲が、ぴたりと合ったのだ。

「いいね」。監督が言った。

「長さが少し足りないけど、これに『ケイヴ』の終盤部分をつなげばいけるかも知れない。ただ、時間がないのがねぇ」と久石がつぶやくと、監督はいたずらっぽく久石の肩を叩いた。「なぁに、2、3日徹夜したって大丈夫だよ」

「まったくもう」。そう言い返した久石の口元には、笑みがこぼれていた。

2004年6月30日。前日と同じ午後1時から、2日目の録音が始まった。指揮台に立った久石は、静かにオーケストラに語りかけた。「予定にありませんでしたが、最初にちょっと試したいことがあります」

奏者たちに緊張が走った。彼らも、昨日の空気から久石が何を試そうとしているか知っていた。

スクリーンに映像が流れ、演奏が始まった。久石は、自分の指揮だけを頼りに、オーケストラを引っ張った。「花園」から、「ケイヴ」の終盤部分に引き継ぐ編曲は、あらかじめ決まっていたように、クライマックス場面に寄り添い、ソフィーとハウルの心情を、見事に歌い上げた。

演奏が終ると、監督は真っ先に立ち上がって拍手した。奏者たちも成功を喜び、足を踏み鳴らした。

「どうでした?」と指揮台の久石が振り返ると、客席中央の監督は、手で大きなマルを作った。

久石がわざと「それじゃ分かりません」という表情をすると、今度は大きな声で叫んだ。

「これでメロドラマになりましたぁ」

気がつけば、ホール内にいた他のスタッフたちも拍手していた。「ハウル」という名のメロドラマが誕生した瞬間だった。(依田謙一)

(2004年7月19日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

録音は時間との戦いだ。「ハウルの動く城」では、2日間で30曲を収録しなければならない。自ら指揮も務める久石は後日、こう振り返っている。

「進行など、責任は全部自分にあるからね。気が抜けなかったよ」

そんな過酷な状況のなか、チャレンジ精神旺盛な久石は、新しい試みをした。サウンドトラックでは、物語の流れや登場人物の感情の起伏に合わせて、30分の1秒まで合わせた編曲を組む。そのため、録音では映像と同期させるために「クリック」と呼ばれるデジタル音を聞きながら演奏するが、今回はそれをやめた。

「デジタルでぴたりと合った演奏より、音楽のうねりを残したかった。ただ、旋律が豊かだとオーケストラは朗々と歌い始めるから、その分、どこかで急がないとタイミングが合わなくなるんだよね。だから頭の中は電子計算機のようにフル回転だったよ」

録音が始まってしばらくは、場面が終わっているのに曲が残ったりしていたものの、すぐにコツをつかんだ。「最近、指揮に力を入れてきたからね。少しは振れるようになったということかな」

宮崎監督は、相変わらず客席の真ん中に座ったまま、スクリーンに映し出される映像と生の演奏に見入っていた。

1曲終わる度に、指揮台の久石が客席を振り返り、「どうですか」問いかける。その都度、監督は両手でマルを作って答えた。

マルのバリエーションは、録音が進むにつれて増えていった。マルが小さいと「いま一つ」、右手の指と左手の指がくっついていないと、「よかったけどちょっと相談したい」といった具合だ。

そんな監督が、この日、一際大きなマルを作ったのが、イメージアルバムにも収録された「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)の演奏だった。

録音のためにすみだトリフォニーホール(東京・墨田区)の舞台裏に仮設されたコントロールルーム

同曲の本編での起用は、ちょっとした偶然から決まった。クライマックス場面の音楽打ち合わせで行き詰っていた久石と宮崎監督が、「試しに」と流してみたら、イメージアルバムの編曲そのままで、見事に合ったのだ。監督は、曲中に登場するトランペットソロも気に入った。「本編も、この音がいい」

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によって演奏されたイメージアルバムで、ソロを担当したのはミロスラフ・ケイマル。同フィルの前首席奏者でもある彼の演奏は、圧倒的な音量でありながら、包容力のある優しい音色で定評がある。

今回の録音では、そのケイマルをチェコから呼んだ。たった1曲のためのスペシャルゲストだ。演奏前、久石が新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーにケイマルが紹介すると、奏者たちは激しく足を踏み鳴らして喜びを表現した。監督も、待ちかねていたとばかりに拍手する。

「ケイヴ」の録音が始まった。チェコ・プラハのドボルザークホールで鳴ったのと同じ、やわらかな音色が、ホールに響き渡った。スクリーンには、主人公ソフィーが「ハウルの心の洞窟」を訪れる場面の映像が、いっぱいに広がる。

空から落ちてきた星たちが湖にぶつかり、砕け散る。そこに現れた少年時代のハウルを見つめるソフィー。幻想的な光景を、ケイマルのトランペットが包み込む。

7分以上にわたる演奏が終わった瞬間、宮崎監督は大きなマルを作り、惜しみ無い拍手を送った。ケイマルは丁寧に頭を下げると、久石のもとに歩み寄り、固い握手を交わした。久石を「君は他に代わりのいない、たった一人の音楽家だね」と讃える。久石が照れながら返す。「あなたこそ」

すべてが順調に見えた。

しかし、なぜかこの曲を境に、宮崎監督の顔から笑みが消えていった。1曲ずつに満足しつつも、何かに悩んでいるようだった。

1日目の予定曲がすべて終わった後、監督がスタッフに神妙な顔で語りかけた。「久石さんと話した方がいいかも知れない」

監督は指揮台の久石のもとに駆け寄り、おもむろにこう語りかけた。

「メロドラマにならないんですよ」(依田謙一)

(2004年7月12日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第20回:「ずっと待っていた日」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第20回:「ずっと待っていた日」

2004年6月29日。いよいよ「ハウルの動く城」のオーケストラ録音の日がやってきた。前日の午前2時まで譜面の確認をしていた久石譲は、録音開始の1時間前、午後12時に東京・墨田区のすみだトリフォニーホールに到着した。

「渋滞に巻き込まれちゃって……」と足早に館内へ入る。

宮崎駿監督や、演奏する新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターらと慌ただしくあいさつし、早速ステージへ。舞台後方に仮説された巨大スクリーンを見上げると、大きく深呼吸した。

「これまでは指揮台脇のテレビモニターを見ながら録音していたけど、気分的にこじんまりしちゃうところがあってね。『ハウル』には昔の映画でやっていたような方法が合うと思って、大きなスクリーンを用意してもらったんだ」

舞台上には、すでにオーケストラのメンバーが集い始めていた。楽器を調整する音が、ホール内に響き渡る。

奏者たちはスクリーンに映し出される映像を見ては、嬉しそうに笑い合っていた。楽しみで仕方なかったという様子だ。

「ずっと待っていた日ですからね」――同フィルの企画制作担当を務める安江正也が言う。「『ハウル』の演奏は、こちらから、『どんなスケジュールでも合わせる』と熱心に働きかけていたものなんです」

サウンドトラック用のオーケストラの選定には、様々な候補があったが、久石はこの心意気に胸を打たれた。「クラシック業界でもっとも苦労するのは日程調整。2年、3年先まで目一杯決まっているのが当たり前なんだ。それを『いつでも合わせる』と宣言することは、大変だったと思う」

「久石さんとはツアーでも何度も共演している。お互いの信頼関係は厚い」と語る新日本フィルの安江正也

世界のオーケストラには、クラシックへのこだわりから、映画音楽の演奏を一貫して引き受けないところもある。新日本フィルは、なぜそこまでして参加を熱望したのか。

安江はその理由をこう話す。「目の前に出された音楽は積極的に楽しもうというのが、私たちの姿勢。ジャンルは問題じゃない。宮崎作品への参加は、『千と千尋の神隠し』に続き2作目ですが、形式に縛らない楽曲に取り組んだことで、これこそ自分たちの力を最大限に発揮できる音楽の一つだと分かったんです」

録音直前、監督と簡単な打ち合わせをした久石は、集中するために楽屋にこもった。たった1人、誰も近寄れない時間だ。

午後1時、約100人のオーケストラが揃うと、久石がステージに現れた。「こんにちは。今日は映画『ハウルの動く城』の録音です」

ステージに監督を呼び、「宮崎駿さんです」と紹介する。メンバーは楽器でふさがれた手の代わりに、盛大に足を踏み鳴らした。

監督は照れくさそうに「よろしくお願いします」と頭を下げると、客席へ向かった。スタッフが「舞台裏のコントロール・ルームなら台詞も一緒に確認できますが」と案内すると、「ここでいいです」と微笑み、スクリーンがよく見えるホールの真ん中に腰を下ろした。

久石が指揮台に登る。場内が静寂に包まれた。

「まずは一度、通してみようか」

最初に選ばれたのは、主人公ソフィーとハウルの出会いの場面の曲。ハウルが現れた瞬間、指揮棒が振り下ろされ、弦がピチカートをやさしく奏で始めた。

やがてハウルを追うゴム人間たちが登場すると、静かだった旋律に躍動感が加わっていく。逃げる2人。路地裏を駆け回るも、すぐにゴム人間の集団に八方をふさがれてしまう。その瞬間、ハウルはソフィーを連れ、一気に空へ駆け上がった! 空中を歩く2人のバックにテーマ曲「人生のメリーゴーランド」が壮大に鳴り響く。

「ハウル」の音が、ついに動き始めた。(依田謙一)

(2004年7月5日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

Info. 2004/07/04 [ラジオ] J-WAVE「MARUNOUCHI Classy Cafe」出演

新プロジェクト「久石譲&World Dream Orchestra」の6月16日に発売されたアルバム「WORLD DREAMS」。このアルバムに収録された曲を一日一曲ずつ久石さんが経験談を含め、説明してくれます。CDを実際に聞いて説明を受けるとかなり楽しめるはず!

期間は7/4~8/15まで毎週日曜日19:00~19:54です。
要チェックです!!

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『WORLD DREAMS』

久石譲 『WORLD DREAMS』

2004年6月16日 CD発売 UPCI-1003

 

新日本フィルハーモニー交響楽団との新しいポップス・オーケストラを目指したニュープロジェクト、それが「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」の誕生。

記念すべき第1弾。目玉は「ハードボイルド・オーケストラ」、例えるなら「夏場のラーメン」。ブラスセッションが鳴りまくる男らしいコンセプトとなっている。

 

 

World Dreams
これは、ワールド・ドリーム・オーケストラのテーマ曲。このオーケストラのアイデンティティを象徴する曲といってもいい。もともと祝典序曲のような曲を創ろうと思っていた。シンプルで朗々と唄う、メロディを主体とした曲。メジャーで、ある種、国歌のような格調あるメロディで、あまり感情に訴えるものではないもの。ストーンと潔い曲を書きたかった。

以前、『Asian Dream Song』という曲を書いた。今回は『World Dreams』だ。じゃあ、アジアの夢が世界の夢になったのかというと、そんなことはない。情報技術の飛躍的な進歩によって、世界はどんどん小さくなって、地域になってきている。同時に世界全体のシステムというものが壊れ始めている。しかし、これが世界の夢だったのか? 世界中の人々の夢は何だったのか? こんな世界を人々は望んではいなかったはずだ。音楽家としてできることは何なのか。僕は憑かれたように作曲した。

この曲が、聴く人のささくれ立った感情を少しでも和らげ、そして「まあ、いいか、明日もまた頑張ろう」と思ってくれたら…。そんな気持ちを代表しているようなのがこの曲だ。

曲ができて、3管編成のフルオーケストラのスコアにまとめるまで1週間ほど。それはちょっと「自分は何かに書かされているんじゃないか」と思うくらいの速さだった。

 

天空の城ラピュタ
これは、ティム・モリソンさんが吹くことを想定して、彼のためにアレンジした。これまで何度もやってきた曲だけれども、ティムさんという演奏家を得て、新日本フィルと共に演奏するというところで、改めてアレンジした。今までの印象とは違う曲になっている。ティムさんは本当に音楽性豊かな演奏家。大いに期待してほしい。

 

007 Rhapsody
僕にとっての007シリーズは、ショーン・コネリーに尽きる。ここでやる「007のテーマ」「ロシアより愛をこめて」「ゴールドフィンガー」は、ショーン・コネリーの一番いい時期の作品だ。また、全作を通じて音楽的にもメロディ的にも強いのはこの3作。オーケストラで演奏するということは、言葉(歌詞)がなくなるわけだから、その分メロディのしっかりした曲がいい。この3曲がベストだ。

 

The Pink Panther
ヘンリー・マンシーニのこの作品は、ワンフレーズ聴いただけで何の曲かはっきりわかる、とても個性的な曲。これほどユーモアがあって、しかもしっかり創られている曲は少ないので、これはのちのち、我々にとっても大事な曲になっていくと思う。だからぜひやりたかった。ところで、この曲はたいがい、ブラス・サウンドが中心になる。しかし今回は、「隠し味」とも言える、弦のちょっと色っぽい音がすごく重要な要素。それがたぶん、僕のアレンジの特色になるだろう。

 

風のささやき
映画「華麗なる賭け」のテーマ。これを選んだのは、映画よりもミシェル・ルグランの作品だから。彼にはクラシックの要素があり、ジャズにも精通していて、楽曲がとても機能的にできている。それでいて、変に情緒に流れない。有名な2小節のフレーズがほとんど変わらずにずっと続くこの曲は、フランス人である彼のハリウッド・デビューの曲だ。全世界を相手にしようって時に、彼は敢えて、このような機能的で情緒に流れない曲を持ってきた。これは大チャレンジだと思う。しかも、「このコード進行しかありえない」って時に、メロディは違うところにいって、不協和音になってしまう。この曲については、アレンジは10通りくらい書いたと思う。一番苦労した曲だ。木管と弦だけという非常にシンプルな形態をとったが、決して楽ではないこの曲で、CDでもオーケストラが素晴らしい演奏をしている。

 

Iron Side
テレビで部分的に使われることが多くて、そういうイメージが強いが、とてもいい曲だ。「鬼警部アイアンサイド」のテーマで、創ったのはクインシー・ジョーンズ。僕はクインシー・ジョーンズが好きでよく聴いてるけど、いつも羨ましいと思うのは、彼がソウル・ミュージックやブルースといったブラック・コンテンポラリーの原点をちゃんと持っていて、いつでもそこに帰ることができるということ。そんな彼の曲の中でも、これはとても洗練された楽曲。いろんなものが凝縮している曲だ。

 

China Town
同名の映画は1930年代を舞台にした、情ない探偵の話で、僕の大好きな映画。主演のジャック・ニコルソンも好きな俳優だ。曲はジェリー・ゴールドスミス。この曲のテーマが頭にこびりついていたので、今回、ティムさんというトランペット奏者を得て、どうしてもこの曲を入れたいと思った。ティムさんのジャジーな雰囲気も素晴らしい。その演奏からは、音楽性の幅の広さがわかる。

 

Raging Men
HANA-BI
北野武監督の映画「BROTHER」の中で使った曲。エネルギーの塊みたいな曲なので、オーケストラのパーカッションとブラスの激しさを聴いてもらいたい。『HANA-BI』は、マイ・フェイバリット・ソングのひとつ。今回はヴァイオリンをフィーチャーしている。これまでとは違った魅力を感じてほしい。

 

Mission Impossible
あまりにも有名な、「スパイ大作戦」のテーマ曲。この曲を創ったラロ・シフリンも大好きな作曲家だ。変型のはずなのに、心地いい5拍子。このリズムの凄さが、オーケストラのダイナミック・レンジを表現するのにぴったりだ。「ハードボイルド・オーケストラ」のシメの曲としてもピッタリではないか?

 

Cave of Mind
ここでもティムさんの豊かな音楽性が充分に発揮される。こうして一緒にツアーを回れることは大きな喜びだ。

 

Blog. 「World Dream Orchestra 2004」 コンサート・パンフレットより

 

 

 

ワールド・ドリーム・オーケストラ 久石譲

新日本フィルハーモニー交響楽団とのこのニュープロジェクトは、色々考えて「ワールド・ドリーム・オーケストラ」と命名した。そして、まずこのCDの制作を決めた。

目玉は「ハードボイルド・オーケストラ」という組曲だ。例えるなら「夏場のラーメン」。暑い夏に熱いラーメンを食べて汗を掻き切ると清々しくなる。それと同じで暑い夏に暑苦しいブラスセクションが大汗を掻いて鳴りまくって!という男らしいコンセプトなのだ。

そして、あまり今までやった事のなかった自分の楽曲でないもののアレンジに取り掛かった。「Mission Impossible」とか「007」とか、しかし、何か物足りなかった。

何をやりたいんだろう、このオーケストラと?
何のために……。

そんな中でこのオーケストラの為に曲を書き下ろした。もともと祝典序曲のようなものを、と思っていた。作曲している時、僕の頭を過ぎっていた映像は9.11のビルに突っ込む飛行機、アフガン、イラクの逃げまどう一般の人々や子供たちだった。「何で……」そんな思いの中、静かで優しく語りかけ、しかもマイナーではなくある種、国歌のような格調のあるメロディーが頭を過ぎった。「こんなことをするために我々は生きてきたのか?我々の夢はこんなことじゃない!」まるで憑かれたように僕は作曲し、3管フル編成のスコアは異様な早さで完成した。タイトルは「World Dreams」以外なかった。漠然と付けた名前、「ワールド・ドリーム・オーケストラ」ということ事体がコンセプトそのものだった。

レコーディングの当日、まさにこれから録る!という時に僕は指揮台からオーケストラの団員にこれを伝えた。「感情的な昂りは音楽事体には良くない」といつも心がけていたが、込み上げてくるものを押さえることが出来ないまま僕は腕を振り続けた…。そしてホールに響いたその演奏は、今まで聞いたことがないくらいすばらしいものだった。

その瞬間、僕らは「ワールド・ドリーム・オーケストラ」として1つになった。

久石譲

 

 

 

最後のレコーディング・セッションが終わった瞬間、久石さんは僕と笑顔で固い握手を交わしました。しかしこれは単に久石さんとコンサートマスターである僕との握手ではなく、このオーケストラ全員と久石さんとの握手の象徴なのだという実感が沸き起こりました。

初日のリハーサルで一曲目に演奏した「World Dreams」を弾き終えた時に「これは素晴らしいアルバムになる」という直感を得ましたが、レコーディングが進むにつれ僕のそれは確信へと変わっていきました。何より僕にそう思わせたのは、プレイバックの度に全員が集まりそれを聴き、終わればまたディスカッションし、最高の演奏を残そうというオーケストラの結束力と久石さんとの一体感が増しているのが感じられたからです。

僕達が残した最高のテイクを今はトラックダウンするという作業を久石さんと僕は行っていますが、時間をおいてスタジオで今聴いても、最大のエネルギーと繊細さで紡ぎ出された全ての作品は永久に生き続けていける強い生命力を吹きこまれたものとして響いています。

皆さんにそれらを、CD、あるいはコンサートでお届けできることを嬉しく思っています。

ソロ・コンサートマスター 崔文洙

 

 

今回、久石譲さんと新日本フィルハーモニー交響楽団とのレコーディングプロジェクトに参加出来た事を心から光栄に思います。久石さんの音楽は全ての人々の心を包み込み、そして素晴らしいオーケストラのメンバーによって演奏されました。また、この音楽を再び一緒に出来る事を楽しみにしています。

トランペット・ソリスト ティム・モリソン

(コメント ~CDライナーノーツより)

 

 

 

(1) 『WORLD DREAMS』は、もともと祝典序曲のようなものを、とこのプロジェクトのために制作。久石譲本人が、「国歌のような格調あるメロディーが頭を過った」と語っているとおり、壮大であり品格ある美しいメロディー、3管フル編成のスコアとなっている。まさに、このプロジェクトを象徴する曲であり、類まれな名曲の誕生だと思う。

また自身の映画音楽作品からは、以下のとおり。

(2) 『天空の城ラピュタ』では、トランペット奏者ティム・モリソンさん迎えたことにより、なんとあのパズーの印象的なトランペットから幕を明ける。トランペットのメロディーとオーケストラがだんだんと躍動感を増すなか、あのメインテーマへ。ここでもトランペットがフィーチャーされている。後半は冒頭のパズーのトランペットメロディーとメインテーマが絡みあうなか、一気にダイナミックなクライマックスを迎える。おそらくパズー(=男らしい)を主役としたアレンジの妙を体感できる、高揚感いっぱいの最高傑作、もうひとつのラピュタの世界を体験できる。

(8) 『Raging Men』では、北野武監督 映画「BROTHER」の本編さながら、パーカッションとブラスセッションがこれでもかというくらいかき鳴らし響きわたる。

(9) 『HANA-BI』では、このプロジェクトのためと思われるが、あえてピアノを編成から外し、原曲ではピアノが印象的だった叙情的なメロディーを、ヴァイオリンやイングリッシュ・ホルンが官能的に奏で、ストリングのクライマックスと、ひと味ちがう、より感情の揺れが表現されたようなアレンジとなっている。

(11) 『Cave of Mind』は、映画「ハウルの動く城」イメージ・アルバムにて同曲名で発表され、サウンドトラックでは『星をのんだ少年』という曲名になり、本編でも印象的なシーンに流れていた名曲。もともとトランペットの美しい響きが堪能できるこの曲は、もちろん本作では、ソリストのティム・モリソンさんのトランペットが華を添えている。

 

その他、幅広い作曲家の映画音楽を編曲し、演奏している。

(3) 『007 Rhapsody』では、ハードボイルドでダンディなジェームズ・ボンドの世界を、時に激しくドラマチックに、時にセクシーでムード感いっぱいに、表現している。

(10) 『Mission Impossible』でも、まさに「スパイ大作戦」の臨場感、興奮、スリリングさが凝縮された、ブラスセッション&パーカッションも大活躍な楽曲となっている。

他の楽曲もふくめ、本作に収められたすべての楽曲、その編曲、その演奏と、ポップスオーケストラの本領や持ち味をフルに堪能できる、そんな贅沢なアルバムである。

補足ではあるが、トランペットのソリストとして迎えられたティム・モリソンさんは、元ボストンポップス首席奏者も務めている。

このニュープロジェクト「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」では、数多くのコンサートも開催されている。

 

 

 

久石譲 『WORLD DREAMS』

1. World Dreams (書き下ろし新曲)
2. 天空の城ラピュタ (映画「天空の城ラピュタ」より)
3. 007 Rhapsody (映画「007 James Bond」より)
4. The Pink Panther (映画「ピンクパンサー」より)
5. 風のささやき (映画「華麗なる賭け」より)
6. Ironside (ドラマ「鬼警部アイアンサイド」より)
7. China Town (映画「チャイナタウン」より)
8. Raging Men (映画「BROTHER」より)
9. HANA-BI (映画「HANA-BI」より)
10. Mission Impossible (映画「スパイ大作戦」より)
11. Cave Of Mind (映画「ハウルの動く城」より)

Trumpet Solo:Tim Morrison 2. 4. 6. 7. 11.

Recorded at Sumida Triphony Hall

except
Ironside Arranged:Kousuke Yamashita

 

WORLD DREAMS

1.World Dreams
2.Castle in the Sky
3.007 Rhapsody
4.The Pink Panther
5.The Windmills of Your Mind
6.Ironside
7.China Town
8.Raging Men
9.HANA-BI
10.Mission Impossible
11.Cave Of Mind

 

第19回:「いいねぇ」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第19回:「いいねぇ」

2004年5月下旬。第57回カンヌ国際映画祭で、バスター・キートンの無声映画「キートン将軍」(1926年)のデジタル修復版の上映に合わせてオーケストラの指揮を務めた久石譲は、帰国するとすぐに「ハウルの動く城」の作曲に戻った。

スタジオにはジブリから毎日のように新しい映像が届く。これまで無音だったものにも効果音や台詞が入ったことで、より具体的にイメージできるようになった。

作業は連日、午前3時や4時まで続き、多い時には一日4曲ものペースで次々に楽曲の原形が出来上がっていく。

驚異的なスピードだが、録音エンジニアの浜田純伸は「久石の姿勢に妥協があったわけではない」と強調する。「時間がない時はつい、“こういけばいいのに”と思うことがある。でも久石は絶対にそうしない。新しいものをとことん探し続ける。『となりのトトロ』(86年)の頃から一緒にやっているが、ずっとそう」

速さの理由を尋ねると、こう答えた。「カンヌを挟んだことで、気持ちを切り替えられたのが大きいと思う。おかげで、帰りの飛行機の中では『ハウル』をああしたいこうしたいって頭の中がいっぱいで、溢れてくるアイデアとイメージが止まらなくなっていた。むしろ、こっちがついていくのが大変だった」

テーマ曲「人生のメリーゴーランド」は、場面に合わせて様々な編曲が施された。時に悲しみを、時に勇気を、時にユーモアを表現しながら、30曲中17もの曲に登場することになった。

久石が振り返って笑う。「毎日同じ曲というのはさすがに辛かったね。一日が始まると『またこのメロディーか』って」

来る日も来る日も、一つの旋律と戦いながら、久石は使える時間はすべて使って作曲に没頭した。映画に必要な30曲の原形を揃えるための作業は、宮崎駿監督に聴いてもらうことになっていた日の明け方まで続いた。

6月9日。久石はほとんど睡眠を取らないまま、宮崎監督のもとを訪ねた。監督が曲を聴くのは、4月にテーマ曲が決定して以来のことだった。

用意したのは、コンピューターの打ち込みによってオーケストラ用の編曲がほとんど出来上がった“完成形”に近いもの。マネージャーと綿密に打ち合わせた順番通り、1曲ずつ丁寧に紹介した。

作品のテーマ、意味にも大きく関わってくる音楽を、監督はどう受け止めるのか。久石は淡々としながらも、内心は緊張で胸が張り裂けそうだった。「20年の付き合いでも、こればっかりは慣れるってことがないんだよね」

しかし、久石の気迫は監督にも十分届いていた。すべての曲の紹介が終わった瞬間、監督の顔から優しい笑みがこぼれ、思わずひじで久石をつついた。

「いいねぇ」

若干の変更要請があった2曲を除き、すべての曲にOKが出た。大きな山を一つ乗り越え、胸をなで降ろした瞬間だった。

しかし、息をついている余裕はない。すぐに最終的な編曲作業と譜面制作を始めなければならない。オーケストラ録音は、3週間後に迫っていた。(依田謙一)

(2004年6月11日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲