Blog. 歌かインストか ~鶏か卵か~ スタジオジブリ編 2

Posted on 2025/06/12

久石譲は稀代のメロディメーカーである。ここは手短に先に進んでいいですよね。これまでにたくさんの名曲を生み出してきました。さて、今一瞬思い浮かべた名曲は歌ものですか?それともインスト曲ですか?

「鶏が先か、卵が先か」”Which came first: the chicken or the egg?” テーマは明解!いろいろな説明をすっ飛ばしても大丈夫、さっそくいってみましょう。

 

 

スタジオジブリ編 2

『もののけ姫』

もののけ姫といえば主題歌「もののけ姫」、もののけ姫といえば「アシタカせっ記」、もののけ姫といえば「アシタカとサン」と屈指の名曲は堂々神々しい。ここでは物語のクライマックスで流れる「アシタカとサン」の器楽曲から歌曲への変遷をみてみましょう。

宮崎駿監督をして「すべて破壊されたものが最後に再生していく時、画だけで全部表現出来るか心配だったけど、この音楽が相乗的にシンクロしたおかげで、言いたいことが全部表現できた」と言わしめ、久石譲もその言葉が強く印象に残っているというエバーグリーンな曲です。

2008年開催「久石譲 in 武道館」コンサートで歌曲版が初披露されました。本編・アンコールと進んで一番最後に演奏されたこの曲は、1コーラスを久石譲によるピアノで、続けて1コーラスを合唱とオーケストラという流れになっています。『The Best of Cinema Music』のライヴ音源でも聴くことができます。また2021年の交響組曲版はソプラノによって歌われています。ジブリフィルムコンサート世界ツアー版では英語で歌われている「Ashitaka and San」そのメロディと想いは世界中に響いています。作詞は麻衣さんが担当しています。

 

 

久石譲 『もののけ姫 サウンドトラック』

 

久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~ DVD

 

久石譲 『THE BEST OF CINEMA MUSIC』

 

 

 

イメージアルバムからの一曲がありました。「失われた民」の日本音階なメロディは、映画本編タタラ場で歌われる「タタラ踏む女達 ~エボシ タタラうた~」になっています。作詞は宮崎駿監督です。

 

久石譲 『もののけ姫 イメージアルバム』

 

 

せっかくだから主題歌「もののけ姫」のエピソードもみてみましょう。

 

「毎回、イメージアルバムを作る時に、作曲の手がかりになるような言葉を宮崎さんから頂くんです。その中の一つに、あの曲の詩のような言葉があったんです。宮崎さん本人は、きっと詩のつもりで書かれたわけではないと思うんですが、僕がこれは曲になるんじゃないかと思って、”歌”として仕上げたものです」

Blog. 久石譲 「もののけ姫」インタビュー 劇場用パンフレットより より抜粋)

 

「タタリ神、犬神モロ、シシ神の森……などでした。さすがに宮崎さんもこれだけではマズイと思ったんでしょうね、言葉に対して自分の思いや説明を長く書いてくれたんです。その中に「もののけ姫」というタイトルでポエムのような言葉が綴られたものがありました。それを見たとき、これは歌になるなと思ったんです。タイトル曲にならなくても、イメージ・アルバムならあってもいいんじゃないかという軽い気持ちで「もののけ姫」という曲を書いたんです。」

Blog. 「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

「監督も忙しいですし、私も日本にいなかったんです。レコーディングのとき、私はいろいろと悩んでいたんです。どういう気持ちで歌っていいか判らない。私一人の個性を表現することはたやすいことですが、主題曲は映画のなかの一つの部品ですから、強すぎる個性ではいい映画もだめにしてしまうんです。逆に空気のようにただあるという存在では、私がいやなのです。これは誰の気持ちで、どういう立場で歌ったらいいのかと悩んでいたんです。前日のテストのときも悩みながら歌っていて、でも誰もわからない。そしたらレコーディングの日、監督が見えて、「これはね、アシタカがサンに対する想いを歌った歌なんですよ。米良さんが思ったように歌ってください」とおっしゃってくださって、肩の力がすーっと抜けたんです。」(米良美一)

「短い詩なんですよ。ところが監督は1番しか書けないとおっしゃる。この歌は1番で完結しちゃっているんですね。この詩には美辞麗句もメッセージもないんですが、私の胸の中にすんなり入ってくるんです。詩の中にはこの映画の意味がすべて含まれていました。」(米良美一)

Blog. 「キネマ旬報 臨時増刊 1997年2月3日号 No.1233」 もののけ姫 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

「米良さんはカウンターテナーの中でも、ちょっと変わった存在だと思うんです。独特の”運命”のようなものを表出しているような声が、この作品には合っていたんじゃないかな。宮崎監督はそういう微妙な差をとても深く理解される人ですから、普通のカウンターテナーだったらOKを出さなかったと思います。実際に米良さんで主題歌を録音してみて、宮崎さんが『このカウンターテナーで行こう』と言った理由がよくわかりました」

~(中略)~

「ところが宮崎監督が『邦楽器は外してください』とおっしゃったので、『全部外しまします』と言って外したフリをしたんだけど、実は外していない(笑)。『♪もののけ達だけ~』という箇所の伴奏では、上の旋律線を南米のケーナという楽器が演奏していますが、その3度下の旋律線を篳篥(ひちりき)が演奏しています。単にケーナで2つ(の旋律線を)重ねたら、音楽的にはノホホンとしてしまうのですが、チャルメラ系の篳篥を重ねると不思議な浮遊感が出てくるんです」

Blog. 「もののけ姫 サウンドトラック」(LP・2020) 新ライナーノーツより より抜粋)

 

最後の部分のメロディーでしょ。あれを考案した段階で「勝った」と思いましたね。「いただき!」という感じです(笑)。結局歌の曲のメロディーをそのまま1コーラス使ってアルバムの中に歩かせると、すごくダサイんですよ。「いかにもテーマ曲ですね」みたいな感じというか。だから、いちばん最後のリフレインのところを使って、インスト・バージョンをもう1個作った。それを映画の旅立ちの場面のところから、順番に要所要所、サン(もののけ姫)と出会うシーンなどにその曲をつけていって、それがだんだんメロディーが伸びてきたら、「もののけ姫」の歌になるという。その設計が自分でも相当気に入ってます。

~(中略)~

インスト・バージョンでメロディーをとっている楽器は、4タイプぐらい録ったんですよ。篳篥、竜笛(りゅうてき)、ケーナ、それからもうひとつなんだったかな。結果的にいちばんクセのないケーナを選んだんですよ。インストゥルメンタルでボーカル曲をやると、本当に陳腐になっちゃう。それをどう避けようかというのがやっぱりあって。

それは、歌と同じぐらい説得力があるインストゥルメンタルがメロディーをとっていないと、相当難しいんです。今回はたまたまケーナだったけど、希望でいうと僕は篳篥で行きたかった。だけど、映像と合わせると音楽が強くなり過ぎてしまったんです。つまりその曲は、サンが乾し肉をかんでアシタカに口移しするシーンつまりラブシーンともとれるシーンに使われているんですね。だから、妙にムードに際立たせられると宮崎さんが恥ずかしいわけですよ(笑)。

~(中略)~

カウンター・テナー米良美一(めら よしかず)さんのボーカルですね。カウンター・テナーというのは、外国ではそんなに珍しくないんですよ。男の人の裏声状態なんですけど。でも日本でこれだけの人はいないですね。

正確に言うと、カウンター・テナーは男性の裏声を使っているためにソプラノの音域には行かなくて、女性のアルトの音域までをカバーするんです。実のところを言うと、アルトというのはやっぱりちょっと暗めになる印象が僕の中にはあって、もしかしてメイン・テーマではどうかな、という不安はあったんですよ。男の人が歌っているという先入観を除いて、純粋に音楽的に大丈夫なのか、暗くならないかという心配が、僕にはあったんです。だけど、やっぱり米良さんは本当にすばらしい歌手で、そういう心配は無用でしたね。

恐らく宮崎さんは、今回の”犬神モロ”というキャラクターの声優に美輪明宏さんを起用したことに象徴されるように、”ひとりの人間の中の二重構造”とか、もっと言ってしまえば、”ひとりの人間の中の善と悪”を意識されていたんではないでしょうか。だから、内容的には、けっして山を切って鉄を作っている人たちを”悪”とも決めてないですよね。要するに、ひとりひとりが矛盾というか、二律背反するものを抱え込みながら、それでも生きていかなければいけないというのが、いちばん深いテーマとしてあったと思うんです。米良さんの声を聴いた時、恐らく宮崎さんは”男性なのに女性の声”というその複雑さにすごく興味を持たれたんじゃないかなという気がするんです。

Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1997年9月号 No.152」『もののけ姫』久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

主題歌「もののけ姫」はイメージアルバムからサウンドトラックへと歌詞の一部が変更になっています。何時間にも及ぶ貴重なドキュメンタリーは必見です。こちらで歌詞の経緯が紹介されています。もっと観たくなる、もっと知りたくなる。

 

 

 

『千と千尋の神隠し』

「あの夏へ」と「ふたたび」が歌曲として生まれ変わっています。

「あの夏へ」については語ることが多すぎて….こちらに完全まとめています。

 

 

 

2008年開催「久石譲 in 武道館」コンサートで「ふたたび」歌曲版が初披露されました。平原綾香による伸びやかな歌声にオーケストラが翼となってどこまでも彼方まで連れていってくれる。世界ツアー版を作品集にした『A Symphonic Celebration』にはブラッシュアップされたものが麻衣さんの歌唱で音源化されています。

2009年平原綾香×久石譲の再タッグで古楽器アンサンブルにリアレンジ、どこか懐かしい牧歌的な雰囲気に。シングル盤c/wでリリースされました。

「ふたたび」歌曲版ができるまでのエピソードは、作詞を担当した鈴木麻実子の著書「鈴木家の箱」で見ることができます。ありありと鮮明に蘇る当時のキャッチボールは感動的です。感想は、尊い。記録に残されたことは、尊い。

 

久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~ DVD

 

 

 

 

 

おっと、2曲の印象が強すぎて次にいこうとしてました。

『千と千尋の神隠し』イメージアルバムは、歌4曲・インスト6曲の全10曲というバラエティに富んだ内容です。もちろんこの中から多くのメロディが映画本編で使われています。イメージアルバムの歌曲からサウンドトラックの器楽曲へと変化した曲はどんなものがあるでしょうか。とても楽しいアルバムです。

 

イメージアルバム → サウンドトラック 曲名の変化

  • あの日の川へ → あの夏へ, あの日の川, 帰る家(後半部) ほか
  • 神々さま → 神さま達, 帰る家(前半部)
  • 油屋 → 仕事はつらいぜ
  • さみしい さみしい → カオナシ
  • 白い竜 → 夜来る(前半部モチーフ)

 

久石譲 『千と千尋の神隠し イメージアルバム』

 

久石譲 『千と千尋の神隠し サウンドトラック』

 

 

 

『ハウルの動く城』

今や世界中で演奏されている人気曲「人生のメリーゴーランド」です。すぐにメロディを口ずさみたくなります。実は歌もあります。ほんとです。

2006年、歌手のクミコから宮崎駿監督への依頼で実現しました。作詞:覚和歌子/作曲:久石譲/快諾:宮崎駿で大人のポップスへと生まれ変わっています。2021年には村松崇継のリアレンジでシングル化されています。久石譲編曲でもプロデュースでもない手を離れた歌曲版ですが、宮崎駿監督の公認手形があることとカバー曲とはならない初登場の歌です。

 

エピソードをご紹介します。

 

〈覚和歌子コメント〉より 2006ver.
ジブリ映画とのご縁が続きます。今回は「ハウルの動く城」テーマ曲に詞を付けました。宮崎駿監督からは「映画本編とは全く関係なくていいですから、クミコさんが歌ってリアリティのある内容にしてください。」とのご要望。しかし同時にタイトルは、本編のテーマ曲タイトル「人生のメリーゴーランド」のままでというご指定もあり。それでは、クミコさんの「人生のメリーゴーランド」を作ろうと思いました。

 

〈クミコ コメント〉2021ver.
新録音です。宮崎駿監督の「ハウルの動く城」のテーマ曲ですが、これが流れてきた途端耳が直立してしまいました。何とか唄えないものだろうかと思い悩み、とうとう覚和歌子さんの詞で実現が。新たに詞をつけることをお許しくださった宮崎監督、そして作曲者久石譲さんのあたたかいお心に感謝するばかりです。

 

〈Web うたびと〉より
『人生のメリーゴーランド』は、ジブリ映画『ハウルの動く城』の主題歌。宮崎駿監督がクミコの歌声のファンだったことから、映画のパンフレットにコメントを提供することになり、映画を鑑賞したところ、スクリーンに響く楽曲に大感動。自ら監督に日本語詞をつけて歌わせてほしいと依頼し、快諾のもと実現した一曲だ。

 

 

 

 

久石譲はスタジオジブリ作品の音楽・主題歌そのどちらも担当した作品であれ、メインテーマにもとりわけ重きを置いています。『天空の城ラピュタ』「君をのせて」は当初主題歌を想定して書かれたものではありません。『となりのトトロ』「風のとおり道」は裏テーマと呼んでいたほどです。

『もののけ姫』「アシタカせっ記」については「1ヶ月半くらい悩んで書いた」「この曲の方が本当のメインテーマとしての重みを持っていると僕は思いますね」と久石譲は当時を振り返っています。

主題歌と同じくらいメインテーマや主要テーマ曲に心血を注いでいるからこそ、そのメロディからまた歌曲として生まれ変われるほどの光が宿っているのかもしれませんね。

 

 

 

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