Blog. 「週刊ポスト 2005年9月2日号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2022/05/31

「週刊ポスト 2005年9月2日号」の連載コーナー「私のほっとタイム」に久石譲が登場しています。当時の仕事の話から映画音楽についてまで興味深い内容になっています。

 

 

私のほっとタイム
連載 vol.40 久石譲

映画音楽の仕事は妥協の連続。だからメロディが浮かんだ最初の瞬間が幸せ

昨年のカンヌ映画祭の最終日、喜劇王バスター・キートンのサイレント映画の傑作『大列車強盗(キートン将軍/The General)』(1962年製作)に、新たなスコアを付けて組曲とし、カンヌ・オーケストラの演奏により、僕の指揮で初演したんです。なんでもカンヌ映画祭でタクトを振ったのは、日本人として僕が初めてだったそうで、そのとき演奏された組曲『THE GENERAL』は、発売されたばかりの僕のアルバム『WORKS III』に収録されているので、もしよかったら、耳に触れていただければ。

ちなみに、サイレント映画に音楽を加える試みは、フランシス・フォード・コッポラによる『ナポレオン』(27年製作)やジョルジオ・モロダーによる元祖SF映画『メトロポリス』(26年製作)など、これまでにも行われていますが、今回の僕と『大列車強盗(キートン将軍)』の出会いは、フランスの映画会社のオファーによって実現したんです。アメリカの歴史的な名画がフランスの会社を介し、日本人の僕によって音楽が加えられたという、国際的な連携の意味でも画期的な出来事だったんですよね。

ただ、当日の現場はバタバタしていて大変でした(笑い)。リハーサルの時間がほとんど取れなくて。フランスのオーケストラを相手に指揮をしなければいけないのに、直前までうまくお互いに意思の疎通が図れなかったんですよ。でも本番では、最高にいい具合に75分の作品に生オーケストラで音楽を加えることができたんです。最高の結果を迎えられた瞬間はとても気持ち良かったなァ。

人は生きていく過程で、いくつかの修羅場を経験しますけど、あの日の演奏はまさにそんな修羅場のひとつでした。でも、どんなに年齢を重ねても、そういう修羅場をくぐり抜けることで、またひとつ大きくなっていくような気がします。

それと、修羅場をくぐり抜けようとしたご褒美だったのか、会場に向かう赤絨毯を通る際に、僕にメーンのスポットライトが当たったんです。普通は、作品の監督や主演男優や女優を中心にスポットが当てられるじゃないですか。しかし、バスター・キートンは死んでますから、僕にスポットを当てるしかないというね、めったに経験することのできない、すごくおいしい思いをしました(笑い)。

そのスポットライトの話ではないですけど、やはり映画は監督のものですね。音楽を担当する側は常に妥協ばかりですよ(笑い)。そういえば、あるアメリカの映画音楽の作曲家で有名な方がこんな言葉を残しているんです。「映画音楽の仕事は基本的に、妥協ばかりだから、どんどん落ちていく仕事である」。この言葉の意味を具体的に説明すると、こうなります。

朝、目が覚めますよね。そのときふと、メロディが浮かぶことがあるんです。その瞬間んがこの上なく最高なわけです。なぜなら、浮かんだメロディを頭の中で反芻させてスタジオに入っても、結局のところ100%思い描いていた作品にならない場合が多いからなんですよ。

でも、なんとか気を取り直して、まァ、これでいいかと納得はするんですね、一応は(笑い)。だけど、朝の目覚めの時点で浮かんだ旋律が100だとすると、この段階でちょっと落ちてる。

それで次に、譜面に起こし、生のオーケストラでレコーディングすることになります。しかしながら、いくら腕のいいミュージシャンを起用したとしても、どこかに気に入らない箇所が出てくる。それでもまた、気を取り直して監督に聴かせると、う~ん、そうだねェ……と思案される(笑い)。そして最後に、映像に音楽を合わせる作業の段階で、あんなに苦労して作り上げた音がセリフと効果音に邪魔され、最終的には小さい音に下げられていたり。

落ち込むからこそエネルギーになる

どうです? 分かっていただけますか、僕たちの仕事がいかに妥協の産物だということが(笑い)。だから、そのアメリカの作曲家も同じように感じたんでしょうが、僕が映画音楽の制作において100%の幸せを感じることができるのは、頭の中で曲が完成した瞬間であって、試写の段階では落ち込んでばかりなんですよ。

そういう意味でいうと、僕はピアノを弾いたり、コンサートも行いますけど、根っからの作曲家なんです。なんにもないところから、自分が曲を作りだす、その瞬間がなにものにも代え難く、いつも幸せなんです、うれしいんです。ただ、試写を観て落ち込むといっても、自分がせっかく作った音をこんな扱いにされたから……という感情ではなく、単に、どうしてあのシーンにあんな音を書いちゃったのかな、もっとこうすればよかったのになと、反省材料がいっぱい出てくるからなんですね。そうなるともう、しばらくは立ち直れなくなり、公開から1~2年は絶対にその作品は観られません。

でも落ち込むからこそ、次の映画では必ずいい音楽を作り上げようとするエネルギーになるともいえます。そういう悔しさがあるから、次の作品へと没頭できるわけなんです。そんな、試写会で落ち込んだ作品が、だいたい1~2年後にはテレビでオンエアされますよね。それで、つい観てしまうと、なあんだ、けっこうよく出来てるじゃんって思ったりもしますし(笑い)。

そんなふうに音楽に囲まれている日々を過ごしている僕が最近凝りだしたのは、LPレコードを集めることかな。今は、とりあえずクラシックを中心に集めています。きっかけは、この間、仕事で香港に行ったときに、たまたま現地のスタッフに「中古のレコード店はないですか?」と聞いたんですね。そしたら、何店か調べてくれて、覗きに行ってみたんですよ。どの店もレコード盤にホコリが積もっていそうなところだったんですけど、なかなか味わい深くて。しかも50年代60年代の貴重な作品が取り揃えられていたんです。そういうのを何枚か買ってきたんですけど、これは趣味として最高だな、と。

ちゃんと趣味にしたいと思っています。東京で集めるんじゃなくて、旅の途中で、渋いこぢんまりとした中古レコード店を探すこと自体が楽しいですしね(笑い)。掘り出し物はないかと探す時間は、僕にとっては心が満たされるひとときになりそうです。

構成/佐々木徹

(「週刊ポスト 2005年9月2日号」より)

 

 

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