Blog. 歌かインストか ~鶏か卵か~ テキスト編

Posted on 2025/07/07

久石譲は稀代のメロディメーカーである。ここは手短に先に進んでいいですよね。これまでにたくさんの名曲を生み出してきました。さて、今一瞬思い浮かべた名曲は歌ものですか?それともインスト曲ですか?

「鶏が先か、卵が先か」”Which came first: the chicken or the egg?” テーマは明解!いろいろな説明をすっ飛ばしても大丈夫、さっそくいってみましょう。

 

 

テキスト編

これまでに語られてきたことのなかから、主題歌の条件・メロディと言葉について・歌のヒミツなどを見ていきましょう。作曲家 久石譲の流儀がそこにはあります。

 

 

about スタジオジブリ

ただ、《さんぽ》の最初のメロディだけは、打ち合わせの最中に浮かんだんですよ。そういう瞬間が訪れる時は、非常に幸せです。一方、《となりのトトロ》はお風呂に入りながら「トトロ、トトロ、トトロ……」と口ずさんで出来た曲。一番単純なのはソミドだから、「♪ソミド、トトロ、トトロ」。ソミドの次は、「♪ソミド、ソファレ……あ、いいね」。でももうちょっとリズミックに「♪トットロ、トットロ」となっていて。

Blog. 久石譲 「ナウシカ」から「ポニョ」までを語る 『久石譲 in 武道館』より より抜粋)

 

 

「子どもから大人まで誰もが口ずさめるような歌を作ってほしいというのが宮崎さんの希望でした。そうなると、一番大事なのがメインテーマ。幸いなことに、宮崎さんとの最初の打ち合わせのときに浮かんできたんですよ。”ポ~ニョポ~ニョポニョ”っていう部分のメロディーが。でも、あまりにもシンプルなメロディーだったので、2~3カ月くらい寝かせてたんです。でも結局、それが一番良いと思ったので、デモを作って宮崎さんに渡してみたら気に入ってくださって。最大の難関になるはずのメインテーマが最初にできたというのは非常に助かりましたね」

~(中略)~

「小学校の音楽の授業で習うことですけど、音楽の中には”メロディー”と”ハーモニー”と”リズム”という三要素があるんです。僕らが音楽を作る上でも重要なのはこの三要素なんですよ。今回、メインテーマの”メロディー”が非常にシンプルで分かりやすいので、”リズム”や”ハーモニー”が相当複雑な構成になっても成立するんです。そこは良かったところですね。この曲の良さは、”ポ~ニョポ~ニョポニョさかなのこ”という最初の部分のメロディーですべて分かってしまうところ。そのメロディーを認識させるために4小節とか8小節とか必要としないですから。1フレーズだけで分かるので、どんな場面でも使えるんです。すごく悲しい感じにもできるし、すごく快活にもできるから、いくつでもバリエーションが作れるんです。メインテーマのアレンジを変えて使うという方法は、前作の『ハウルの動く城』の経験が生きましたね。今回、『崖の上のポニョ』でも徹底的にアレンジを変えました。使い回しは一つもありませんよ」

Blog. 「別冊カドカワ 総力特集 崖の上のポニョ featuring スタジオジブリ」(2008) 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「実は宮崎監督とスタジオジブリの鈴木敏夫代表取締役との3人で最初の打ち合わせをした2年前の11月。監督の説明を聞いていたらあのメロディーが浮かび、企画書の裏に楽譜を走り書きしました」

「そもそもポニョという言葉の勝利です。アクセントは“ポ”にあって“ニョ”で下がるからまず音程が下がる。下がった分だけ音程は上がる。僕は同じ言葉を3回繰り返すのが好きなので最初の2小節ができました」

Info. 2009/02/24 ポニョっと生まれた旋律 久石譲 ソロ・アルバム (産経ニュースより) より抜粋)

 

 

多くの人から「あの『ポーニョ、ポニョポニョ』が頭から離れない」との感想を頂戴した。メロディも「ポニョ」という言葉も実に単純なものだ。ところが、それが一体になったことで、二乗、三乗、いや三十乗くらいの力を持って、誰の耳にも入りこんでいったのだろう。こんな奇跡のような出来事が起きたことは、音楽家として本当に幸せだ。

Blog. 「文藝春秋 2008年10月号」「ポニョ」が閃いた瞬間 久石譲インタビュー より抜粋)

 

 

「「ポニョ」という言葉は新鮮で独特のリズムがある。”ポ”は破裂音で発音時にアクセントが自然につくし”ニョ”へはイントネーションが下降しているので、メロディラインも上昇形ではなく下がっていくほうが自然だ。基本的にボクは言葉のリズムやイントネーションには逆らわない方法をとる。(中略)「ポニョ、ポニョ、……」と何度か呟いているうちに自然にメロディの輪郭が浮かんできた。もちろんこの2音節だけではサビのインパクトには欠けるので何度か繰り返す方法をとった。(中略)和音の進行もシンプルなものを使用することにした。(中略)後はリズムなのだが、それは先ほど書いたように言葉のイントネーションを採用する。」

(久石譲「今、誰もが”口ずさめる歌”をつくるということ」 スタジオジブリ『熱風』2007年8月号 より抜粋)

 

 

久石:
いやあ、ぼくは逆にね、宮崎さんは、非常にすぐれた作詞家だと思ってるんですよ、で、本音を言うとですね、音楽の究極は、やっぱり歌ですよ。

鈴木:
うーん……

久石:
だって、人に何かを伝える時に、まず言葉があって、でも、言葉だけでもダメで、それと音楽とが響き合って、瞬時に人生を感じちゃったりとか、いろんなことがすべて見えたりする可能性があるわけで……。そうするとね、最後に行き着くのは、歌なんですよ。

鈴木:
歌も音楽も、生きものなんですね。

久石:
うん。結局は、そこに行き着いちゃう。生命の世界というかね……

鈴木:
何ていうのかなあ……自分の、意識の下のほうにね、太古の昔から続いてる遺伝子みたいなものがあるんじゃないかな、なんて思ってるんですよね。

Blog. 「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 3」久石譲登場回(2008)「ジブリアニメとの25年」内容 より抜粋)

 

 

 

about 映画音楽

「映画はインストゥルメンタル(器楽)が基本であり、主題歌はインストゥルメンタル(器楽)で通用するメロディーであるのが望ましい」

(キネマ旬報 1990年9月下旬号 No.1042 より)

 

 

オードリー・ヘップバーンといえば、誰もが思い出すのが『ティファニーで朝食を』、音楽担当はヘンリー・マンシーニ、さすがにうまい。メロディも編曲も申し分ない。とりわけ凄いなと思うのは、メインテーマが歌でも、インストゥルメンタル(器楽曲)でも、どっちでもいけるというところだ。たとえば、「ムーン・リバー」、ハーモニカで吹いても、コーラスで歌っても、画面でピッタシ合うのだ。これは映画のメインテーマの理想だ。

~(中略)~

正直にいうと、本当は主題歌なんかないほうが、僕は好きだ。少なくとも、今はインストゥルメンタルのほうに興味がある。たとえば、『第三の男』、『風と共に去りぬ』、『エデンの東』、『禁じられた遊び』、『アラビアのロレンス』、『太陽がいっぱい』など、いずれも味わい深い。

しかし一方では、『いそしぎ』、『男と女』、『ティファニーで朝食を』、『卒業』など、ボーカルの付いた名作も多々あるのだ。

ところが、よく検討してみると、それらの曲は、インストゥルメンタルでも充分に通用するメロディラインであることに気づく。俗にいう歌もののメロディ(ふし)、つまり、詞をのせるためのメロディ(ふし)ではないのだ。

映画音楽というものは、言葉が付いていても、基本的にはインストゥルメンタルな音楽であるべきだと思う。楽器で演奏してさまにならなければ、意味がないのだ。

これで「ムーン・リバー」がなぜいいのか、分かっていただけたはずだ。

~(中略)~

結論としては、映画音楽はインストゥルメンタルが基本であり、主題歌はインストゥルメンタルでも通用するメロディであるのが望ましいということだ。

(久石譲著書より)

 

 

 

about 歌

「ポップスの面白みやすごさは、メロディと言葉が一体化したときに独特のものが出てくることです。特に言葉は、時代が反映されるから厳しいですね。多くのポップスミュージシャンやシンガーソングライターがコケてしまうのは、言葉なんですよ。すぐに時代に合わなくなってしまうから。」

「言葉とメロディが一体になったときに、理屈じゃないところで世界がずんと重く感じられるときがある。それがポップスの持っている圧倒的な力なんだと思います。」

Blog. 久石譲 『WORKS IV』 発売記念インタビュー リアルサウンドより より抜粋)

 

 

「ただ歌メロはいい曲、いい歌詞、いい編曲がそろっても歌手に左右されたりもして、必ずしも耳に残るいい音楽になるとは限らない。奥深く難しい世界です」

Blog. 「テレパル TeLePAL 1994年 6.25-7.8」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

少し補足します。映画の場合はその作品にあった声を探す、あるいは自分が決めるのではなく監督やプロデューサーが選ぶ場合もある、という趣旨のことは過去にも語られています。自作品や音楽作品にするときの声はまた別の側面で慎重に検討を重ねるとも言えるのかもしれませんね。

 

 

 

歌とインストどっちが強い?!

いかがでしたか。

歌かインストか ~鶏か卵か~、【スタジオジブリ編 1】から【ソロアルバム編】まで全方位的に見ていきました。こっちが先だったんだ、こんなバージョンもあったんだ、何か新しい出会いがあったならうれしいです。

エンターテインメントにおける音楽といえば、そこはポップスがメインストリームです。日々賑わうランキングのなかにインスト曲が入ってくることはそうそうない。映画は大ヒットに比例して注目されるのは主題歌ばかり、本編音楽が脚光を浴びることは滅多にない、悲しい。映画の印象に貢献しているのは主題歌よりもメインテーマのほうなのに!!、と映画音楽ファンはいつもハンカチを嚙んでいる…僕はしてないけどしている。

やっぱりインストより歌がつよいよなあ、インパクトもあるし印象にも残りやすいし、言葉の力や共感力ってあるしなあ…。ちょっとした劣勢感を抱きながらも、いや別にいいんだ逞しく好きでいるんだ、自分の好きな音楽を推していくんだ。そんなとき僥倖に巡り合いました。

ふとある作詞家のコメントを目にしました。「詩に音楽をつけても人々が覚えるのはメロディ」「口ずさんだりするのはメロディ。鼻歌でもそうで歌詞を覚えていなくても歌えるのはメロディ」

なるほど!!そうですか!!

メロディ劣勢と思っていたなかそちら側からはそう見えていたんだと目からウロコでした。深いですね、作詞家からは詞のほうが劣勢だと感じていたなんて思いもしませんでした。この感覚を得た日から僕は翼を得たようにメロディ愛そしてインスト愛が高く広く羽ばたいていくことになります。ずっと楽しく羽ばたいています。ぜひみなさんも風に乗ってほしい。

 

「あーあれね。知ってるよ。ちょっと待って、歌詞ど忘れしたけどタララ~ン♪でしょ」

これはあっても

「あーあれね。知ってるよ。ちょっと待って、メロディど忘れしたけど〇〇〇って歌詞でしょ」

このパターンはなかなかない気がする。

みたいな感じでしょうか。

 

 

久石譲さんの楽曲もメロディはつよい。歌詞があってもなくてもついつい口ずさんでしまうメロディ。言い換えるとメロディが充分に歌っているから歌詞を必要としないほど。こんなにすごいことってありますか、こんなにすごいことを何十年も続けているって、もう鶏と卵どちらが先かよりも、ゼロからどちらも生み出していることがすごいっていう神々しさです。

 

久石譲は稀代のメロディメーカーである。

 

 

 

カテゴリーBlog

コメントする/To Comment