Blog. 「千と千尋の神隠し 徹底攻略ガイド 千尋と不思議の町」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2020/01/20

映画『千と千尋の神隠し』公開にあわせて出版された特集本です。映画の見どころ解説から、宮崎駿監督・鈴木敏夫プロデューサーのインタビューはもちろん、声を担当したキャストインタビューも収められています。またスタッフインタビューでは、音楽を担当した久石譲はじめ、作画・美術・音響スタッフなどのインタビューもたっぷり収録されています。

 

 

「毎回、挑戦の連続です」

音楽 久石譲

『風の谷のナウシカ』以来、宮崎作品の音楽を一貫して担当。北野武監督らの映画にも音楽監督として参加する。

 

ートラックダウン作業中だそうですが、今、作業されていたのは、どんな場面ですか?

久石:
映画の冒頭に近い、人気のない街を千尋がさまようシーンで流れる曲です。

ーずっと同じフレーズが流れているようんですが。どういう作業なんでしょう。

久石:
その一つ一つが微妙に違うんですが、わかりますか?

ー実はあまりよくわからなかったんですが(笑)。

久石:
木管楽器の音をほんのわずかだけ出し入れしていたんです。今回はコンサート用のホールで、管楽器も弦楽器もそれぞれにマイクを立てて、同時に演奏して収録したんですが、管楽器のマイクにも弦楽器の音がわずかに漏れて入っている。そのために、例えば木管楽器の音を大きくすると、別の楽器の音も若干大きくなってしまう。だから、微妙な調整でベストのバランスを探していたんです。

ー全部の楽器を別々に録音しておけば、そうならないわけですね。

久石:
でもそうすると、ホールの音の響きの良さが失われてしまう。今回は響きの良さを選択したわけです。なんとなく聞いているだけでは、気が付かないことですが、こうしたことの積み重ねが、最終的な音楽の仕上がりを決定するんです。

ー宮崎監督とのコンビはこれで7作目。

久石:
毎回、挑戦の連続です。今回は、ガムランやエスニックな打楽器など、とてもオーケストラといっしょに奏でるようには思えない楽器を大胆に使っています。それに6.1チャンネルのドルビーサラウンドという、従来の5.1チャンネルよりもさらに進歩した、アニメ映画では初めての試みにも挑戦しているんです。

ー昨年、音楽映画『Quartet/カルテット』で、監督を経験されましたね。

久石:
実は何年も前から映画制作のオファーはあったんですが、中途半端なものを作ることはできないと思い、ずっと躊躇していたんです。でも、音楽だけでは表現しきれないものを自分の中に抱えていた。それが’98年に長野パラリンピック開会式を演出したことなどで、演出という仕事に手ごたえを感じるようになり、監督をやることになりました。

ー監督という仕事を経験したことは、その後の映画音楽作りに影響しましたか?

久石:
何よりも、監督という立場の気持ちがすごくよくわかるようになった。『千と千尋』でも、このシーンからこのシーンまで音楽が入るという指示があるとしますね。これまではその中で、いかに映像と音楽がカッコよく結びついているかという見方だった。それがこのカメラアングルが意味するものは、とは、なぜ人物がこの方向から入ってくるのかといった意図が、とても良くわかるようになったんです。そうなると、このシーンでは監督の意図を妨げないように、曲想を押さえ気味にしようとか、ここはさらに盛り上げようとか、そういう、より繊細な映画のための曲作りができる。監督を経験したことは、音楽家としてとてもプラスになったと思います。

ー『千と千尋』の作業の後は何を?

久石:
福島で7月20日から開催される「うつくしま未来博」で、大スクリーンを使って上映される、日本初フルデジタル撮影の実写映画『4 MOVEMENT』の公開準備に入ります。

(千と千尋の神隠し 徹底攻略ガイド 千尋と不思議の町 より)

 

 

Blog. 「久石譲 ジルベスターコンサート 2019 in festival hall」 コンサート・パンフレットより

Posted on 2020/01/02

2019年大晦日「久石譲 ジルベスターコンサート 2019 in festival hall」が開催されました。2014年から6年連続になります。

今回のプログラムはまさにアメリカン・プログラム。アメリカ合衆国の音楽史をたどるような、アメリカの作曲家、アメリカで生まれた音楽、アメリカの歴史とともに演奏されてきた作品たち。そして、久石譲の音楽とも共鳴しあうような作品たちが選ばれています。 “Blog. 「久石譲 ジルベスターコンサート 2019 in festival hall」 コンサート・パンフレットより” の続きを読む

Blog. 「レコード芸術 2019年10月号」久石譲指揮 ベートーヴェン交響曲全集 Viewpoints 内容

Posted on 2019/12/12

クラシック音楽誌「レコード芸術 2019年10月号 Vol.68 No.829」に、『ベートーヴェン:交響曲全集/久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス』が5ページに渡って取り上げられました。楽しむためのポイントや聴きどころなど、わかりやすく、そしてたっぷりと語られています。久石譲本人ではないクラシック通な専門家による視点という点でもとても貴重です。

「Viewpoints」連載は、毎号ホストの満津岡信育さんをホストに、ゲストを迎え、主にひとつのディスクを取り上げて深く掘り下げ語りつくす、そんなコーナーです。

 

 

Viewpoints ー 旬の音盤ためつすがめつ 34 連載

ホスト:満津岡信育
今回のゲスト:矢澤孝樹

今月のテーマ・ディスク
ベートーヴェン/交響曲全集
久石譲指揮 フューチャー・オーケストラ・クラシックス
〈録音:2016年~2018年〉
[EXTON (D) OVCL00700 (5枚組)]

 

① 猛烈に楽しい!! 血湧き肉躍るベートーヴェン

肝は”リズム”!その快感にひたすら前進!

満津岡:
今日は、久石譲が指揮したベートーヴェンの交響曲全集を取り上げます。今まで単売されてきたCDですが、交響曲全集の完結編にあたる第4番&第6番のリリースに合わせてボックス化された形ですね。演奏団体は、録音された時点では「ナガノ・チェンバー・オーケストラ」という名称でしたが、資金的な問題もあって、今後は「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」という名称で活動していくことになり、全集もこの名義になっています。私は本誌の交響曲の月評担当なので、一枚ずつ聴いてきたのですが、とにかくどれもとても刺激的な演奏だと思いました。

矢澤:
同感です。7月18日、紀尾井ホールで第5番と第7番を初めてライヴで聴き、瞠目しました。とにかく、猛烈に楽しかった(笑)。誤解を恐れずに言うなら、エンタテインメントとしての、活劇映画的ベートーヴェン、という印象でした。

満津岡:
コンサート、私も行きましたが、確かにとても楽しいコンサートでした。ほぼ全員が立奏していて、クルレンツィスとムジカ・エテルナかと思いましたよ(笑)。しかも客席には女性が多く、かつ客層も若かった。

矢澤:
以前の写真は座って弾いていますから、立奏に関してクルレンツィスの影響はある気がしますね。さきほど活劇映画的、と申し上げましたが、いわばハリウッド映画やジブリのアニメ映画のように、次から次へとカタルシスが連続し、指揮者が面白いと感じる箇所にくれば「今、ここが面白いぞ!」と強調し最後まで飽きさせない。客層の違いはこの点にも起因している気がします。また彼らは「ベートーヴェンは、ロックだ!」というキャッチ・コピーを掲げていますが、ロックといっても意味するところはいろいろあるものの、ここでは、「このベートーヴェンの肝は”リズム”であり、その快感に正直に、ひたすら前進する音楽である」だと思います。紀尾井ホールの演奏ではそれを心底実感しましたが、全集ボックスを聴き、改めて久石さんの意図を再確認できました。

満津岡:
小編成のモダン・オーケストラでのベートーヴェンは、スタイルとしては、もはや一つのパターンとして確立されているといってもいいと思うんです。しかしこの久石さんのベートーヴェンの場合、いわゆるHIPなどの「ピリオド的成果」も踏まえてはいるけれども、その「スタイル」を借りようといった意識は全くないように思います。

矢澤:
あくまで「手段」ですね。

 

「リズムの繰り返し」でここまで面白く出来る!

満津岡:
久石さんは、作曲家として、「リズム」をとても大切にしていると話していて、同時に「自分はミニマリストだ」とも語っています。私は、この2つが、今回のベートーヴェンの重要な切り口だと思います。

矢澤:
同感です。

満津岡:
まず「リズム」についてですが、ベートーヴェンの交響曲は「リズム・パターン」がしっかりしているので、強弱や緩急というより「リズムの繰り返し」で面白くできることを久石さんはよく承知していて、かつ、そこを徹底的に突き詰めることで、新鮮な感覚があふれ出ています。

矢澤:
それについて久石さん自身が、ライナー・ノーツの中で、面白いことを書かれていますね。映画音楽ではセリフも音楽も両方聴かせるために、メゾフォルテやメゾピアノを重視する。しかし、ベートーヴェンの音楽はフォルティッシモやピアニッシモ、スフォルツァンドが特徴的で、中間の曖昧さがない、と。つまり、「ロマン的」でなく、音の運動、「構造」としてのベートーヴェンに迫ろうという意識がある。こうしたアプローチはHIP系ではもちろん多々あり、アーノンクールもノリントンも、ロマン派的「神話」を音楽から引き剥がし、「構造」から見直した。久石さんの姿勢もそこにシンクロしますが、久石さんの場合はご自身が作曲家として感じる「ベートーヴェンの”リズム”の面白さ」を、いわば「久石流」にオーケストラに反映させることに主眼が置かれている。

満津岡:
まさに。この”リズム”の強調は、彼のベートーヴェンの最大の特徴でしょう。

 

そして「ミニマル」は「ドラマ」と相性がいい!

満津岡:
もう一つのキーワードの「ミニマル」についてはどう思われますか。

矢澤:
同じ「ミニマル」といっても、70年代までのライヒやテリー・ライリーらのミニマルと、80年代以降の世代、つまりジョン・アダムズやマイケル・ナイマンらのそれは違いますよね。70年代は、漸次的変化のプロセス自体に焦点が当たっていた。けれども80年代以降は、明らかに「ドラマ構築手段としてのミニマル」になっている。

満津岡:
まさに。

矢澤:
ナイマンの音楽は、ピーター・グリーナウェイ監督の映画で有名になりました。『ZOO』など観るとわかりますが、反復セクションが突然切り替わる手法が、映画のドラマトゥルギーとうまくかみ合っている。グラスもライヒも80年代以降どんどんドラマティックになっていきますね。ミニマルは、ドラマトゥルギーと相性がいいことが「発見」されてしまった。久石さんは、非常に美しい旋律を創る映画音楽作曲家であり、同時にミニマルの手法に長けた現代音楽の作曲家でもある。メロディ・メーカーにしてミニマリスト、最強です。よって指揮者としては、印象的な旋律が多いベートーヴェンの音楽に内在するミニマルなパワーをリズムによって駆動させ、ドラマティックに表現することでオーケストラを乗せ、かつ聴衆を魅せる。

満津岡:
そういった特徴は、やはりすごく感じますよね。

矢澤:
このアプローチが、第5番や第7番といった元々パワフルな作品で発動するのは納得ですが、《田園》のような「美メロ」曲でも、違った形で生かされるのが面白かった。聴いていて「《田園》って久石さんの曲だっけ?(笑)」「これは《菊次郎の夏》?」「まさかの《ソナチネ》?」みたいな(笑)、そんな感じがそこここに。「美メロミニマル」ですよ。

満津岡:
ベートーヴェンでそういう感想が出てくるのがそもそも凄いですよね(笑)。確かに《田園》でも、リズム・パターンの繰り返しがとても効果的に使われています。私は、最初に第3番を聴いた時に、第3番では、第2楽章のテンポが速過ぎて、全体的に軽い感じがしたこともあって最終的には準推薦をつけたのですが、今回全集のブックレットに、久石さんのロング・インタヴューが掲載されていて、葬送行進曲に言及して、「でも棺おけを担いで、そんな遅いテンポで歩けますか?」という一節があって、なるほどそういう発想かと感服しました。

矢澤:
それも「映画的」、「物語的」な発想ですよね。伝統的”クラシック思考”の虚をつくというか。

満津岡:
ええ、正直驚きます。

矢澤:
告白するなら私は登場当時、少し色眼鏡で見ていたのです。でも聴くにつれて「あ、これは面白いぞ」と思い始めました。満津岡さんが例に挙げられた第3番で言うなら、終楽章の変奏曲で、ヴァイオリン・ソロになる部分がありますよね。

満津岡:
ジンマンが挑戦的にやり始めてから、やる人が出てきた箇所ですね。

矢澤:
そういう新しい解釈も、ちゃんと取り入れている。

満津岡:
インタヴューでも、以前はブライトコプフ版で振っていたけれども今回はベーレンライターの新版に準拠してスコアを読み直したと話しています。つまり独自の勝手なイメージで演奏しているのではなく、ベートーヴェン演奏史の様々な手法を知った上で、「自身のベートーヴェン」を表現しているんですね。

矢澤:
映画的、物語的な発想を、熱意ある研究で支えている。久石さんは、ピリオド楽器演奏のスタイルや版問題、あるいはノリントンが提起したメトロノーム問題などに関しても、参照して咀嚼し、使いこなしている。得た情報を「モダン」「HIP」といった枠内ではなく、「自分の表現のための手段」として用いている。

満津岡:
よく「なんちゃってピリオド」なんて揶揄されるように、現代は、室内オーケストラでヴィブラートを抑えてベーレンライター版を使えばそれがある種の免罪符のように思われるところもある気がしますが、久石さんと彼のオーケストラには、そうしたスタイルへの依存とは無縁の、彼ら独自のベートーヴェンがしっかりとある。

矢澤:
一方でこうしたハイブリッド演奏は、もしかしたら「軽い」と評されるかもしれません。しかしその「軽さ」を、様々な演奏の潮流を柔軟に受け入れる軽やかさと肯定的にとらえたい。そこで私が思い当たるのはクルレンツィスです。

満津岡:
意外な名前が出てきますね。

 

②「伝統の呪縛」から離れた場所で

もしやこれは? のクール・ジャパン

矢澤:
クルレンツィス、近々、ベートーヴェンの交響曲集をリリースするそうですね。きっとすごいことになるのでしょうけれども、今回、久石のベートーヴェンを聴いて、クルレンツィスは──これまでの演奏を聴く限り──やはりヨーロッパの「伝統」を背負った指揮者だと感じました。伝統との戦いが、やはり確実にある。

満津岡:
それはあると思います。「伝統」あっての「革新」ですから。

矢澤:
けれど久石さんの音楽には、そうした軛(くびき)から切り離され存在している。これはもしかしたら「今の日本」だからかもしれない。様々な情報がフラットに飛び込む一方、伝統の呪縛もしがらみもない。どこまでも「自身の考え」で対象と対峙できる。

満津岡:
なるほど。

矢澤:もしかしてこれこそ「官製のお仕着せ」でない「クール・ジャパン」かな、と思ったりもします。話は飛びますが、最近、大英博物館で日本の漫画展が行われました。画期的な漫画展で、公式図録の表紙は野田サトルの『ゴールデンカムイ』。日露戦争直後の北海道を舞台に、生き残りの兵士たちとアイヌの人々が繰り広げる冒険活劇です。ヒロインであるアイヌの女の子が図録の表紙を飾っている。この漫画ではアイヌや北方少数民族の文化が入念に描かれていますが、日本における民族の多様性を描く漫画が、英国の博物館にちゃんと評価されているわけですね。また図録を観るとセレクションが秀逸で、中村光『聖☆おにいさん』も一話まるまる載っている。イエスとブッダが、日本の立川でヴァカンスを楽しむ話ですから、普通に考えてヨーロッパの人たちには衝撃でしょう(笑)。こんな漫画は、日本でなければ絶対に考えられない。でも、私はクリスチャンですが、あの漫画はOKです。異なる宗教が仲良く共存している、今の世界の現状を考えればこれって理想郷ですよね。私は、久石さんのベートーヴェンにも、こうした作品と共通する、特定のイデオロギーに呪縛されない柔軟な寛容性と、それを信ずる意志の強さがあると感じます。

満津岡:
久石さん自身も、この演奏を日本だけではなく世界に発信していきたいと言っていますからね。世界でどう受け取られるか、私もすごく興味があります。

矢澤:
日本では、本誌の月評で満津岡や金子建志さんが高く評価されたことが、すごく重要だったと思います。普通に考えれば「重々しさがない」「精神性が足りない」「これはベートーヴェンじゃない」とかいって簡単に切って捨てられる危険性も十分にあった。でも軒並み「特選」ですから!

満津岡:
日本は、どうしてもクラシック音楽の聴き方として保守的な面がありますからね。

矢澤:
ヨーロッパの人々が、久石さんのベートーヴェンをどう感じるか。『聖☆おにいさん』じゃないけど、世界が「日本でないと考えられないものが出てきたね。これこそクール・ジャパンじゃない?」と言ってくれたら愉快ですね。

 

ロック・バンドの重い戦いと、楽し気なポップ・バンド

満津岡:
私がふと思ったのは、久石さんと彼のオーケストラは、立ち位置としては、パーヴォ・ヤルヴィ&ドイツカンマー・フィルのベートーヴェンに近いものがあるかもしれないということです。つまり、ベートーヴェンの精神性に迫る方向というより、音そのものを純粋に楽しむ姿勢があるように感じます。ベートーヴェンは面白い、現代にも通じるものがありますと、そいいう方向性でしょうか。ロックにも通じているパーヴォはN響の首席指揮者就任時の記者会見で「日本の人たちに、どうやってクラシック音楽の魅力をアピールしますか?」という質問に「クラシックはすごく面白いんですよ。それを演奏を通して表現していきたい」と答えていました。久石さんも、基本的にはそういう立ち位置ではないかと思います。紀尾井での聴衆の若さが、それを証明しているようにも思います。

矢澤:
同感ですね。しかし、もしかしたら、パーヴォ・ヤルヴィ以上に自由かもしれません。久石さんと彼のオーケストラには、現代の「ポップ・バンド」的な精神を感じるのですよ。「ロック・バンド」じゃないの? と言われそうですが、現在はロックよりもポップの方が自由だと思っていまして。というのも、ロックは今や長い歴史を刻み、様々な重みを背負ってしまっている。むしろポップの方がのびのび自由にやっている。レディオヘッドよりもエド・シーランの方が楽し気に自由に(笑)。もちろん優劣の問題ではないですが。

満津岡:
なるほど、面白い考え方ですね。

矢澤:
で、やはりクルレンツィスとムジカ・エテルナは「ロック・バンド」なんですよ。クルレンツィスはロックです。しんどいほど「重い戦い」をしている。レディオヘッドと同じで、それが尊いのですが。ですから、久石さんの解が唯一である、と言うつもりはもちろんありません。重い戦いも、「ロック」も必要なんですよ。

満津岡:
パーヴォとドイツカンマーには、映像によるベートーヴェンの交響曲全集がありますが、ロック・バンドよりは、ポップ・バンド寄りかもしれません。

 

③ ベートーヴェンの”精神性”って?

ロックのリフのような《第九》での伴奏音型

矢澤:
となるとベートーヴェンにおいてはどうしても、「精神性」という厄介な問題と向かい合う必要が出てくる。フルトヴェングラーやクレンペラーのベートーヴェンに対し、久石さんがこの点にどう向かい合われているか? 例えば《第九》では、この軽薄な私ですら(笑)、久石さんたちのアプローチで完全に汲み尽くせない何かがあるように感じたりもします。

満津岡:
いや、私は逆に、一つの可能性を突き詰めた表現として、あの《第九》はありだと思いました。実はたまたま同じ月の月評にアントニーニとバーゼル室内管の《第九》も出たのですが、なんと久石さんの《第九》、あのアントニーニよりも演奏時間が短い!

矢澤:
それは史上最速級ですね(笑)。

満津岡:
しかも、本来重々しく処理される伴奏音型も、ほとんどロックのリフのような感じです。私は非常に面白く聴いて、なるほどなと。これはこれでありだと思いました。

矢澤:
もちろん、彼らの手法が極限的に突き詰められているのは確かですね。

満津岡:
第3楽章も、テンポは速いけれど歌心はとても感じられるし、ヴァイオリンの装飾的な音型が、あのテンポで演奏されるとふわふわ漂っているような感じで気持ちがいい。

矢澤:
《田園》同様、「美メロミニマル」かもしれません。そうおっしゃっていただくと、私はまだ《第九》神話に囚われているのかも(笑)。聴き直してみよう。

満津岡:
こんな手もあるのかということが随所にあって、非常に感心しました。それにしても、矢澤さんは先ほどクール・ジャパンだとおっしゃったけれど、日本からこうした演奏史上前例のないベートーヴェンの交響曲全集が出てきたのは、やはりすごく意義があると思います。

矢澤:
日本はもちろん、世界的に見ても、かつてない全集でしょう。

満津岡:
先月、古典四重奏団によるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全集でもやはり世界でも類例がない、かつ日本でしか生まれえないのではという話が出てきました。久石さんのベートーヴェンにも同様のことが言えると思います。

矢澤:
あのショスタコーヴィチ、私も自筆譜を演奏と共にたどるような感銘がありました。あるいは、ラ・フォンテヴェルデのモンテヴェルディ、そしてこの久石さんのベートーヴェン……近年の日本人による「全集」、それぞれに異なりますが、かつて振りかざされた「精神性」とは異なる意味と価値を持つ録音が増えているようにも思います。

 

痛快極まりない!出色の第8番

ーところで、オーケストラは常設ではありませんが、アンサンブル等の技術面についてはいかがですか。

満津岡:
基本的に一発録りなので、アンサンブルとして多少傷があるのは仕方がないところ。しかし、在京オケのトップ・クラスのメンバーが集まっていますから、技術的には極めて高いのは間違いありません。しかも、すでにベースとしてピリオド的な手法が個々のプレイヤーに浸透しているので、久石さんの下でリズムを重視したベートーヴェンをやろうとなった時に、彼らが個々に蓄えてきたピリオド的なノウハウがうまく活かされているように思うんです。ライナー・ノーツにも「ヴィブラートはやめようという話はなかった」と書かれていますが、言わずともそうなるということですね。

矢澤:
先程お話に出た「なんちゃってピリオド」時代も、一種デトックスとして必要で、それによって育まれた土壌があるということなのでしょうね。その意味で久石さんのベートーヴェンは、時機を得ての登場だったかもしれません。

ー特に印象的だったのはどの交響曲でしょう。

矢澤:
どれも面白かったのですが、特に私は第8番が面白かった。一種古典帰りの作品ですが、従来の「精神的」ベートーヴェン路線では扱いが難しい。その後のアーノンクールやブリュッヘンの演奏は、古典回帰と見せかけたアヴァン・ギャルドだと証明しました。それが久石さんたちの演奏では一巡りして、ノリの良い面白い曲だとストレートに楽しめる。こういう第8番はあまりなかったのでは。強いて言うならシャイーが近いかな。

満津岡:
私も第8番はすごく面白かった。昔はベートーヴェンの中では少し軽く見られていた交響曲でしたが、場面転換が鮮やかで、上質なスラップスティック・コメディのような感じがありますね。

矢澤:
確かに。終楽章なんて、実に痛快で。

満津岡:
もちろん、他の交響曲も質が高い。

矢澤:
第7番の、おそらく久石さんのベートーヴェンでベースになる曲ですね。「リズムの権化」なわけですから。演奏も象徴的だと思います。

満津岡:
第7番の解説では「第7番は、ベートーヴェンがキー設定を間違えたと思っています」とも言っていますよね。こんなこと、考えたこともなかったですよ。

矢澤:
ベートーヴェン崇拝者にしてみれば「何てことを言うんだ」と怒ってしまうような話ですが、言ってしまえる強さ(笑)。

満津岡:
しかも、作曲家の目から見て、きちんと理由も挙げていますしね。

矢澤:
その確信が演奏に説得力を与えていますね。私はこの全集を、レコ芸読者の方々がどう聴くか、とても楽しみです。ぜひ、まっさらな気持ちで、聴いてみていただきたいですね。私も《第九》をもう一度虚心坦懐に聴きます(笑)。

満津岡:
今日はありがとうございました。

(レコード芸術 2019年10月号 Vol.68 No.829 より)

 

 

 

 

Blog. 「海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2019/12/11

2019年公開映画『海獣の子供』、関連書籍「海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook」に収載された久石譲インタビューです。なお、「海獣の子供 劇場用パンフレット」にも同内容が収められています。

 

 

音楽 久石譲 『海獣の子供』に纏わる第十一の証言

音色がカラフルに飛び込んでくるように

ぼくにとっては、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』以来6年ぶりのアニメーション映画となります。アニメーションというと、ぼくの中では宮崎駿さん、高畑勲さんの存在が大きくて、なかなか気持ちが動かなかったところもあり、極力、依頼をお断りしていたんです。でも、この作品に関しては、ずいぶん前からお誘いをいただいていて、その熱心な声に打たれましたし、映像を拝見したらとても絵が美しい。余計なこだわりに振り回されることもなく、作品に向きあうことができました。

本質的にはいい意味でのファンタジーなんじゃないかなと思います。ストーリーだけを追うと、抽象的なところが多くて、正直、よくわからない。逆に、理解できないからこそ引き受けた部分があるといいますか。先の展開が容易に見える作品ではないからおもしろく観えましたし、一方で考えさせられる部分もたくさんあって、こちらの入り込む余地が十分ありました。そのあたりも今回、作曲の大きなモチベーションになっていますね。

スタイルとしては、徹底的にミニマル・ミュージックで通しています。一昨年からのNHKのドキュメンタリー(『シリーズ ディープ・オーシャン』)や去年、プラネタリウム(コニカミノルタプラネタリア TOKYO)の音楽を書いた頃から「この作品はミニマルでいける」と思ったら、ミニマルでブレずに書くようにしているんです。映画音楽では、メロディがあって、ハーモニーがあって、リズムがあるという手法が通常なんですけど、そういうスタイルから離れてもっとミニマル作曲家として先をいきたかったんです。ミニマルは変化が乏しくなってしまう可能性がありますけれど、多少コミカルに、エモーショナルになってもスタイルを変えずに最後までできたという点で、個人的にはとても満足しています。

シンセサイザーも使っていますが、そんなに分厚くしていない室内楽の形をとりつつ、それでいてしっかり鳴る方法をとっています。ハープや鍵盤楽器の響きを大事にしているところを含めて、最近の自分のやり方を通している感じですね。音色がカラフルに飛び込んでいくようになっているといいなって思っています。

基本的に、映画音楽って音楽を状況につけるか心情につけるかのどちらかです。でも、今回はそのどちらもやっていません。主人公の気持ちを説明する気も全然なかったし、海で起こる状況にもつけなかった。すべてから距離をとる方法をとっているんです。やっぱり、音楽が映画と共存するためには、そういう考え方を持っていないと、劇の伴奏のようになってしまってつまらなくなります。走ったら速い音楽、泣いたら哀しい音楽なんて、効果音の延長のようじゃないですか。

 

イマジネーションを駆り立てる作品

実は、作曲期間はすごく短くて、仕上げまでに3週間ほどしかありませんでした。2月にヨーロッパ・ツアーがありましたから、実際に作曲をしたのは昨年末から1月にかけて。アニメーションは実写に比べて倍以上の時間がかかりますから、時間的に難しいかなと恐れていたんですが、想像以上に順調にいって、1月中に録音を、ツアーから戻った3月にトラックダウンを済ますことができました。

今回は映画として一個の独立したいい作品に仕上がっていると思います。ひと言では言い表せないおもしろさがありますよね。観る人のイマジネーションをきちんと駆り立てるし、そういうアンテナを立てている人ほどおもしろく観られます。観るたびに徐々に感情が開放されていって、出会えてよかったという気持ちになっていくのではないかな。そういう作品だからこそ、音楽的にもほかにはないような、かなりチャレンジングなことをやっています。自分がベーシックな部分でミニマリストであることはよくわかっていますし、その大事にしているものを今いちばんやりたいやり方でやりきりました。きちんと表現できる場でやりきることができたという実感があるので、いろんな方にご覧いただけるとうれしいです。

取材・文=賀来タクト

※このインタビュー文章は、東宝映像事業部発行の公式パンフレットと同一内容になります

(海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook より)

 

 

 

また、本誌から、久石譲音楽にまつわるエピソードもあわせてピックアップご紹介します。

 

 

監督 渡辺歩 『海獣の子供』に纏わる第五の証言

音楽と音響によって広がった作品世界

ー久石譲さんの音楽を最初に聴いたときは、どう思われましたか?

渡辺:
作品の色合いがグッと増したな、と思いましたね。もちろん映像にも色がついているんですが、音楽の作用によって、作品全体の色が非常に鮮やかになった。それは開口一番、久石先生にもお伝えしました。加えて、作品内のカットやシーン、それまでバラバラだったものが音楽によって縫い合わされていく感覚もありました。シーン全体の雰囲気やキャラクターの心情を表しながら、決してそこにどっぷり浸かっていかない。客観的に捉えた音作りになっていて、その距離感が心地よかったです。久石先生にお願いして本当によかった!と思いましたね。もともとファンだったものですから、感激もひとしおでした。

ー監督から久石さんに音楽について注文はされたんですか?

渡辺:
いえいえ、お願いできるだけでありがたかったので、注文なんて滅相もない!……なんて言うと、何も考えてなかったみたいですね(笑)。実は最初の打ち合わせのとき、久石先生からうかがった音楽のイメージが、こちらの想像していた感じとかなり合致していたんです。久石先生も原作を取り寄せられて、最後まで読み込んでから打ち合わせに臨んでくださったので、その時点でハッキリとしたイメージを持たれていて。心情心理やストーリーを煽るようなものではない、ミニマルな方向性がいいのではないかと。それはまさに僕としても狙いの通りだったので、久石先生ご自身のイメージのままに作曲をお願いしました。完成した曲も素晴らしくて、ワクワクしましたね。仕事を忘れる瞬間でした(笑)。

ー映画全体の音響設計においても、音楽を含めた音のバランスが絶妙でしたね。

渡辺:
音響監督の笠松広司さんにお願いして、全体の音に関しては早めに青写真ができていたんです。「ここはSEのみで」「ここのセリフは強調して」「ここに音楽のピークが来るように」といった設計図は久石先生と打ち合わせをした段階で詳細に決めてありました。久石先生はセリフの位置まで計算して音楽を作られる方ですから、そのときすでに総合的な音楽の設計図もできあがっているんです。

ーダビング作業中、音響面で重点を置いたポイントなどはありますか?

渡辺:
僕から注文したのは、本当に微妙な部分です。SEの位置や音の絞り方とか、それぐらいですね。笠松さんも名だたる作品の音響デザインをやってこられた方ですからね。僕も音に関するイメージは一応あったつもりですが、こちらの想像のはるか上を行っていました。非常に深く作品を読み込んできてくださって、緻密なプランニングで全体の音を構築してくださいました。音数はそこまで多くはないんですが、じつに要領を得ているというか。音によってシーンの持つ意味が増幅したり、作品がどんどん立体的になっていくのを目の当たりにしました。すごい方でしたね。どことは言いませんが、最終的にセリフを取ってしまったところもあります。「音がここまで雄弁であるなら、セリフで説明するまでもないか」と。

(海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook より 一部抜粋)

 

 

プロデューサー 田中栄子 『海獣の子供』に纏わる第十三の証言

ーこの作品において、田中さんを衝き動かしていた最大の原動力はなんなのでしょうか?

田中:
私は今この時代に、『海獣の子供』という作品を作ったこと自体に、すごく大きな価値があると思っているんです。プロデューサーとしてこの作品を世に届けることで、みんなに勇気を与えられるんじゃないかと。つまり、これほど生産性や経済性を度外視して、メッセージ性やアート性をとことん追求し、人間の表現力の可能性に懸けた作品づくりを会社として実現させるのは、きっと一般的にはありえないことなんです。でも、それは可能なんだ!と。

~中略~

ーでも、莫大なお金がかかるだけですよね。

田中:
もちろん!5年間にわたって大勢のスタッフに創作の場を提供し、その創造力を存分に発揮してもらうために、プロデューサーとして尽力しましたし、そこを評価してほしいという思いはあります。私個人の手柄ということではなく、こういう発想や思想、表現をプロデュースするという行為自体の社会的意義や価値を認めてもらわなくちゃいけない。そうじゃないと、『海獣の子供』みたいな作品は二度と作れなくなるから。

~中略~

ー音周りでも、田中さんのこだわりが発揮されているとか。

田中:
今回のキャスティングは、本当に自信作なんです! 芦田愛菜ちゃんは監督が指名して、石橋陽彩くんと浦上晟周くんはみんなの意見で決めましたが、それ以外の方はほとんど私が独断で決めました。オファーも直接させていただいて、我ながら珠玉の人選だと思います(笑)。今回のアフレコは、ブースのなかの声優に監督が付きそうという異例の収録方法で行われたので、私が収録卓を預かることになり、本当に緊張の連続でした。音楽の久石譲さんには、実は4年前からオファーをし続けていたんですよ。ことあるごとに状況をレポートして、4年越しにやっとお返事をいただけて、諦めないで本当に良かったと思いました。自らタクトを振り、何テイクもこだわって収録する姿がじつにタフでエネルギッシュで、まさに天才の仕事でしたね。曲を録り終わって「あとは笠松に任せた」と言って見せる笑顔がまたチャーミングなんですよね(笑)。音響監督の笠松広司さんは、久石さんが全幅の信頼を寄せる方であり、ウチの作品のほとんどを担当してくれている方です。今回はしっかりと音楽のメニューも作り、音響全体の舵取りをしてくださいました。最初は「この繊細な映像と音楽を凌駕するSEが果たして作れるのだろうか?」と、要らぬ懸念も抱いていました。でも、こちらの想像をはるかに超えるイマジネーションを駆使して、感覚に鋭く響く音作りをしていただいて、圧倒されましたね。そして、エンディングをかざる米津玄師さんの主題歌の素晴らしさ! こんな奇跡のコラボレーションが実現できて、本当に幸せな作品だと思います。

(海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook より 一部抜粋)

 

 

原作・五十嵐大介描き下ろし 制作現場ルポでは、レコーディング風景が紹介されています。そこから「音楽収録は2019年2月に行われたこと」「楽器ごとに個別で音を拾うために、いくつかの部屋に分かれて中継しながら同時録音という手法がとられたこと」「久石譲指揮で映画シーンをモニターに流しながら行われたこと」「事前録音のシンセサイザーと合わせ、映像を観ながら確認作業が行われたこと」などがわかります。《映像に音が重なった瞬間、世界が立ち上がったような、まさに映画が誕生した瞬間に立ち会った気がしました》とコメントあります。

 

小学館HPにて本書ためし読み(パソコン閲覧13ページ/スマホ閲覧25ページ)できます。先にWeb公開された〈五十嵐大介×米津玄師スペシャル対談〉や、久石譲の音楽収録現場など模様を描いた「五十嵐大介描き下ろし 制作現場ルポ 」も見ることができます。

公式サイト:小学館|海獣の子供 公式ビジュアルストーリー BOOK
https://www.shogakukan.co.jp/books/09179299

 

 

レコーディング風景は久石譲メイキングインタビューでも見ることができます。

 

 

 

「海獣の子供 公式ビジュアルストーリーBook」久石譲インタビューは、「海獣の子供 劇場用パンフレット」にも収められています。ここでは最後に、パンフレットのほうから久石譲音楽にまつわるエピソードもあわせてピックアップご紹介します。

 

笠松広司 音響監督

音楽を軸において全体の音を構築したシーンも多い
ある種、音楽映画といっても過言ではない作品

久石さんの音楽もわりと早いタイミングで上がっていたので、音楽を軸において全体を構築したようなシーンもたくさんあります。つまり、音の構造の中心として音楽があって、そのまわりにいろんなものが追従していく。モノローグの位置とか、SEの鳴らし方とか。普段はそういう組み立てをやる時間がないままに終わってしまう場合も多いんですが、今回は音楽の美味しいところを極力スポイルしないように音を構築できました。誕生祭の場面はまさにそうですね。ある種、音楽映画といっても過言ではないくらいだと思います。

(海獣の子供 劇場用パンフレットより 一部抜粋)

 

 

 

 

 

海獣の子供 公式ビジュアルストーリー Book

アニメーション映画『海獣の子供』の真髄に触れる、数々の証言と、その軌跡。

【CONTENTS】

INTRODUCTION
VISUAL STORY ”序”

『海獣の子供』に纏わる第一の証言
原作/五十嵐大介 × 主題歌/米津玄師

COMICS / MAIN THEME
原作・五十嵐大介描き下ろし 制作現場ルポ
CHARACTER / PROP

『海獣の子供』に纏わる第二の証言
安海琉花役/芦田愛菜

『海獣の子供』に纏わる第三の証言
海役/石橋陽彩

『海獣の子供』に纏わる第四の証言
空役/浦上晟周

VISUAL STORY ”破”

『海獣の子供』に纏わる第五の証言
監督/渡辺歩

STORYBOARD

『海獣の子供』に纏わる第六の証言
キャラクターデザイン・総作画監督・演出/小西賢一

ROUGH SKETCH
KEY FRAME&LAYOUT

『海獣の子供』に纏わる第七の証言
CGI監督/秋本賢一郎

『海獣の子供』に纏わる第八の証言
CGI/平野浩太郎

CG WORK / COLOR DESIGN

『海獣の子供』に纏わる第九の証言
色指定・仕上検査・特殊効果/伊藤美由樹

『海獣の子供』に纏わる第十の証言
美術監督/木村真二

IMAGE BOARD / LOCATION HUNTING
VISUAL STORY ”急”

『海獣の子供』に纏わる第十一の証言
音楽/久石譲

ORIGINAL SOUND TRACK

『海獣の子供』に纏わる第十二の証言
アニメーションプロデューサー/青木正貴

『海獣の子供』に纏わる第十三の証言
プロデューサー/田中栄子

LULLABY
CREDIT

原作・五十嵐大介描き下ろし短編
星のうた -南洋探遊-

 

 

 

Blog. 「GQ JAPAN 2018年12月号 No.185」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2019/12/10

雑誌「GQ JAPAN 2018年12月号 No.185」に掲載された久石譲インタビューです。「MUSIC FUTURE」コンサート・シリーズの初ニューヨーク公演を控えたなかでの取材、またGQ JAPAN×ボーム&メルシエのタイアップ企画とも連動しています。

 

 

GQ PROFILE:Joe Hisaishi Talks about Life & Music
作曲家・久石譲に訊く
なぜ、NY・カーネギーホールに挑むのか?

最先端の“現代の音楽”を久石譲がセレクトするシリーズ「MUSIC FUTURE」。その5回目となる今年は11月11日にニューヨーク・カーネギーホールでの公演が決まった。ミニマル・ミュージックの本場に挑む久石譲に訊いた。

久石譲のライフワークは、ミニマル・ミュージックだ。端的に言葉で表現するならば、「同じ音型を反復する現代音楽」。アンディ・ウォーホルは、マリリン・モンローの顔やキャンベルのスープ缶を繰り返し並べることで、そのものが本来持つ意味合いを変え、新たなアートを構築した。これはミニマリズムと呼ばれるアートの手法であり、ミニマル・ミュージックも同じ思想に基づいている。

思想ばかりが先走った、変化に乏しい退屈な現代音楽。そう思う人もいるかもしれない。だが、久石譲のコンサートに行けば、それが偏見であり誤解だということがわかる。確かに繰り返されるのは同じような旋律だ。だが、久石はそこに少しずつ”変化”を加えることで、”景色”を変えていく。

たとえるなら、空に浮かぶ雲。一見、何も変わらぬように見えるが、久石がふるうタクトにあわせ、雲はゆっくり形を変えながら動き、その動きにあわせて、太陽の光の量も微妙に変わっていく。ただ変えるだけではない。久石が描くのは、間違いなく日本の空。やさしく美しい景色。はじめて見たはずなのに、懐かしい。いつの間にか意識は耳に集中し、音楽という雲の行方を追いかけてしまう。

「同じ音楽が繰り返されると、聴き手は時間の感覚が麻痺して、物理的な認識をずらされていく。ミニマル・ミュージックはそれを体感する音楽だと思っています。ただ僕がやっているのは、ミニマル・ミュージックそのものというより、ミニマル・ミュージックをベースとした音楽。現代音楽のなかには、聴き手を無視した単に退屈なものもたくさんありますが、僕はそんなものを作りたいとは思わない。

 音楽とは、譜面があって、演奏があって、観客がいて成立するもの。ミニマル・ミュージックでも人に届かなければ意味がない。だから僕がミニマルをやるときは、同じ時間を何度も繰り返しつつ、少しずつ変化を与えていく。その違い、見えてくる景色の変化を楽しむことがミニマル・ミュージックのおもしろさだと思っています」

コンサートでは、オーケストラを相手に指揮をふるい、ときには自らピアノを奏でる。大仰な指揮はしない。サービスのためのMCもない。それでも久石が音楽というものを全身で楽しんでいることが伝わってくるし、その楽しさと音楽の奥深さを観客は共有することができる。

「同じプログラムでも、毎回まったく同じということはありえない。誰も気づかないような少しの音の違いが発見につながることもあります。だからコンサートはやめられないんです」

 

(2017年10月24日、25日の2日間、東京・よみうり大手町ホールにて行われた「ミュージック・フューチャーVol.4」コンサートの模様。バンドネオン奏者の三浦一馬氏と共演した。)

 

(一定のフレーズを反復するミニマル・ミュージックの発展に大きく貢献した音楽家であり、日本公演では共演経験もある音楽家のフィリップ・グラス(写真左から2番目)さんとのオフショット。写真右は、久石譲の娘で歌手の「麻衣」。)

 

過去は振り返らない

久石譲が描く音の景色には、誰もが馴染みを感じているだろう。世界中で高く評価される数々のジブリ作品や北野武映画は、彼の音楽を抜きにして語ることはできない。だが、当の本人はそんな”過去”には無関心のようだ。

「昔の作品を褒められても、『あ、そう』としか思えない。うれしくないというより、どうでもいいって感じかな(笑)。だってそれを作ったころの自分と今の自分は違う。『トトロが大好きです!』って言われてもさ、30年前の作品だから。あのころの僕は、ベストを尽くして作った。でも今はまた違う場所にいる。聴けば聴くだけ反省が浮かんでしまうんです。

 ベートーヴェンの『第九』ですら、指揮するために譜面を仔細に見ていくと『あ、ここミスしたんだな』と思うポイントがあるんです。そのミスを補うために、他を調整した痕跡もある。音楽に完璧なんてないんですよ。いわゆる”前向き”というのとも違う気がするけど、過去は振り返らない。というか、いまやるべきことに集中しているから、振り返っている時間はないって感じかな」

話しているとまったく年齢を感じさせない。見た目も、口調も、話す内容も実に若々しいのだ。過去の栄光にまったく興味を持たず、ただひたすら未来に向かって音楽を作り続けているからかもしれない。

「クリエイティブに年齢は関係ありませんよ。もちろん年齢を重ねることで失ってしまうものはあるでしょう。でも失うことを嘆くのではなく、それを補って、さらに”上”を目指して走り続けるしかない」

 

 

次の時代にも生き残る音楽

「いい音楽とは、長く聴かれる音楽。僕は、時代を超えて愛される音楽を作りたいと思っています。でもいまという時代からまったく離れた音楽を作るのは無理。作り手が意識しなくても、音楽と時代はシンクロしていくものです。ただ、流行りを追いかけ、ウケそうな音楽を作ったとしても、それは長くて2年で消費されてしまう。大切なのは、流行や時代の本質を見つめ、つかまえること。それができれば次の時代にも生き残る音楽になると思っています。

 音楽とは何か? その正解にたどり着けるとも思っていません。一生かけてもその一端を理解できるかどうか。自分が作る音楽が100年後、200年後も聴かれているかどうか。それもわからない。でもだからこそ、自分の100%を捧げて真摯に音楽と向きあうしかないと思っています」

映画音楽は、注文にあわせて監督の意図に沿う音を作り上げる職人の仕事。一方、オーケストラを率いる作曲家はアーティスト。職人とアーティスト、久石はそのふたつの顔をどのように使い分けているのか。そう質問すると、意外な答えが返ってきた。

「もしかしたら、僕は一生アマチュアなのかもしれません。映画音楽でも交響曲でも作るときは毎回どうすればいいかわからないというところからスタートする。悩んで、途方に暮れて。簡単に作れた曲なんて、ひとつもありません。職人のような磨き上げた技術もアーティストのような天才的なひらめきもなく、苦しみあがきながら音楽を作っている。もしかすると、そのおかげで少しずつでも進化できているのかもしれません」

 

音楽の殿堂に挑む

この秋には、ニューヨークの音楽の殿堂、カーネギーホールで初のコンサートを開催し、東京で凱旋公演をすることも決定している。

「ニューヨークはミニマル・ミュージックの故郷であり、本場。これまで海外でのコンサートは何度もやってきましたが、ニューヨークはやったことがなかった。一度やってみようかという話になって、最初は小さなライブハウスでと思っていたんです。それが気がついたら話がどんどん大きくなってカーネギーホール(笑)。どうなふうに受け止められるんでしょうか。楽しみというより、プレッシャーのほうが大きいですね」

そう言いながら、久石は笑顔を見せる。それは、プレッシャーと裏腹の自信というよりも、新しいことに挑戦する高揚感のあらわれのように思えた。

旅先で空を見上げると、雲も色も異なっていることに気づく。アメリカにはアメリカの空と雲があり、ヨーロッパにはヨーロッパの、アフリカにはアフリカの空と雲がある。ニューヨークで久石のミニマル・ミュージックに接した人は、日本の空と雲を感じることができるはずだ。アメリカで生まれ、日本で、久石譲という稀代のメロディメーカーが磨きあげたミニマル・ミュージックがどんな景色を描くのか。その反響がいまから楽しみだ。

(GQ JAPAN 2018年12月号 No.185 より)

 

 

なお、雑誌掲載と同内容のものがWeb版として11月5日に公開されました。

公式サイト:GQ JAPAN | CULTURE | 久石譲
https://gqjapan.jp/culture/bma/20181105/joe-hisaishi

 

 

その他、Webインタビュー/Web動画

 

 

[内容紹介]

COVER STORY
全米オープン覇者は、こんなにもきれいだ!
ナチュラル美女 大坂なおみ

FEATURE
■特集1 Money Issue お金をめぐる6つのおはなし
-What Do People Think About Money? お金の価値観大調査!
-Theory of Winning お笑い芸人「ハナコ」の絶妙なバランス感覚
-A Spiritual Guide To Money 辛酸なめ子の「お金のエネルギー」講座
-Generation Wealth ローレン・グリーンフィールドが撮る「富の世代」
-Money Rules The World? 丸山ゴンザレスの「スラムの沙汰もマネー次第」
-A Clone is Born お金持ちのためのクローンビジネス

GQ GLOBAL
-Fear and Loathing in The Lab パーティドラッグは心の病を治すのか
-Tom Ford’s Underworld エレガンスの帝王が次に手がけるのは下着
-Sperm Count Zero 止まらない精子減少の行方

DETAILS
■The Art 香取慎吾、ルーヴル初個展の手応えは?
■The Man of the Month 世界一悔しい世界一
■The Food パリから最強の“角打ち”がやってきた!

SERIES
-GQ Profile 久石譲はなぜ、NY・カーネギーホールに挑むのか?
-GQ Taste 有名シェフの復活店がおもしろい・後編
-GQ New Face UTA特別撮影

 

 

Blog. 「ジブリの教科書 19 かぐや姫の物語」 久石譲 インタビュー内容紹介

Posted on 2019/12/09

「ジブリの教科書19 かぐや姫の物語」(文春ジブリ文庫・2018年刊)に収載された久石譲インタビュー内容です。巻末出典一覧で語り下ろしとあるとおり、数ある「かぐや姫の物語」インタビューからの再録ではなく、高畑勲監督への追悼も込めた内容になっています。「熱風 2018年6月号《特集/追悼 高畑勲》」に掲載された原稿ともちかい内容になっています。

 

 

映画音楽のあり方を考えさせられた
久石譲(作曲家)

最初に『かぐや姫の物語』のラッシュフィルムを見せてもらったときのことです。かぐや姫が月に帰るクライマックスシーンの話になると、高畑さんは子どもみたいに笑って言いました。「これはまだプロデューサーにも言ってないんですけど、サンバで行こうと思っているんです」。「え!? サンバですか」。僕がびっくりしていると高畑さんは、続けてこう説明してくれました。

月の世界には悩みも苦しみもない。かぐや姫も月に帰ったら、地上で起きたことをぜんぶ忘れて幸せになる。そういう”天人”たちの音楽はなんだろうかと考えると、地球上にある音楽でいえばサンバになるんじゃないでしょうか──。

お別れの場面ですから、普通に考えれば悲しい音楽を想定します。ところが、高畑さんはそうは考えない。非常に論理的に詰めていった上で、サンバへと飛躍する感覚的なすごさがあるんです。われわれ作曲家もそうですが、多くの人は、論理的な思考と感覚的なものとの間で葛藤しながら、ものを作ります。でも、高畑さんはそこの折り合い方がすごく自然で自由なんです。

その自然さはどこから来るんだろうと、ずっと不思議に思っていたんですが、あるとき高畑さんがこうおっしゃったんです。「僕はオプティミストなんですよ。楽天主義者だから、楽しいことが大好きなんです」。それを聞いて、僕は「ああ、なるほど」と納得しました。楽しいこと、おもしろいことに対して素直に喜ぶ。そこに基準を置きながら、論理的、意識的な活動と、感覚的なものを両立していた。それが高畑勲という人だったんじゃないでしょうか。

 

僕が初めて高畑さんとお会いしたのは、『風の谷のナウシカ』のときでした。もちろん音楽のミーティングには宮崎さんも出席されていましたが、作画のほうが忙しかったこともあって、音楽のほうは主に高畑さんが見ていらっしゃいました。高畑さんの場合、七時間以上の長時間のミーティングはあたりまえです。それを何回も何回も繰り返して、「いったいどこまで話すんだ」というぐらい音楽の話をします。

『かぐや姫』のときも、本当に何度も話し合いを重ねました。ようやく「これで行きましょう」と決まり、ほっと一安心していると、翌日の夜十時に突然「いまから行きます」と電話がかかってくる。そして、「昨日はああ言ったんですが、やはりここは新しいテーマが必要なんじゃないでしょうか」と言うのです。ブレるというのとは違います。どこまでも考え抜き、そのほうが作品にとっていいと思った結果なんです。そこで、また四、五時間話をする。録音の二、三週間前まで、そうしたやりとりが続きました。

しかも、二〇一三年は宮崎さんの『風立ちぬ』と高畑さんの『かぐや姫』、二つの大作が重なりました。ああいう優れた監督との仕事は、四年にいっぺんで充分というぐらい極度の集中力を必要とします。それを二本となると、作曲家としてはもはや自殺行為です。それでも、僕としては高畑作品を手がけてみたかったのです。

結果的に、『かぐや姫の物語』に携わったことは、僕にとって大きな転機となりました。

高畑さんは、その前に僕が書いた『悪人』の音楽を気に入ってくれていました。「登場人物の気持ちを説明するわけでも、シーンの状況に付けるわけでもない。観客のほうに寄っている音楽のあり方がいい」と言ってくださったのです。だから、『かぐや姫』に取りかかるときも、まず最初に言われたのが、「観客の感情を煽らない、状況にも付けない音楽を」ということでした。

いわゆる普通の映画音楽は、登場人物が泣いていたら悲しい音楽、走っていたらテンポの速い音楽というように、状況に付けて、観客の感情を煽ります。近年のハリウッド映画などは、あまりにも状況にぴったり付けることで、映画音楽が”効果音楽”に陥っているものすらあります。でも、『かぐや姫』ではそういうことはいっさいやめて、”引く”ことが求められたのです。

難しい課題でした。僕自身、以前から多少意識していたとはいえ、『悪人』のときは、まだそれほど理論武装していたわけではなかったからです。とくに、高畑さんの言わんとしていることを理解するまでが大変でした。ただ、試行錯誤を重ねて、「ここだ」というポイントをつかんでからはスムーズに進むようになりました。最後のほうは、ニコニコと「それでいいです」と言ってもらえることが増え、ほとんどあうんの呼吸のようになっていきました。

それまでの僕のやり方は、もう少し音楽が主張していたと思います。それに対して、『かぐや姫』以降は、主張の仕方を極力抑えるようになりました。音楽は観客が自然に映画の中に入っていって感動するのをサポートするぐらいでいい。そう考えるようになったのです。ただし、それは音楽を減らすという意味ではありません。『かぐや姫』では引いていながらも、じつはかなりたくさんの音楽を使っています。高畑さん自身、「こんなに音楽を付けるのは初めてです」とおっしゃっていたほどです。

矛盾するようですが、僕は映画音楽にもある種の作家性みたいなものが残っていて、映像と音楽が少し対立していたほうがいいと思うんです。映像と音楽がそれぞれあって、もうひとつ先の別の世界まで連れて行ってくれる──そういうあり方が映画音楽の理想なんじゃないでしょうか。そういう僕の考えを尊重してくれたのは、高畑さん自身が音楽を愛し、音楽への造詣がものすごく深い方だったからかもしれません。

制作が終盤にさしかかった頃、ダビング作業の合間に、僕が翌月指揮をしなければいけないブラームスの交響曲第三番のスコアを見ていると、ふいに高畑さんがやってきました。「それは何ですか?」と言ってスコアを手に取ると、第四楽章の最後のページを開いて、「ここです。ここがいいんです」とおっしゃいました。第一楽章のテーマがもう一度戻ってくるところなんですが、そういうことを言える方はなかなかいない。少なくとも僕はそういう監督に会ったことがありません。それぐらい高畑さんは音楽に詳しかった。

高畑作品を見ていると、どれも音楽の使い方がすばらしいですよね。たとえば、『セロ弾きのゴーシュ』。よくあの時代に、あそこまで映像と音楽を合わせられたなと思いますし、『田園』(ベートーヴェンの交響曲第六番)から選んでいる箇所も絶妙です。音楽を知り抜いていないと、ああはできません。『ホーホケキョ となりの山田くん』では、音楽で相当遊んでいます。マーラーの五番『葬送行進曲』を使ったかと思ったら、急にメンデルスゾーンの『結婚行進曲』がタタタターンと来る。あの映画は音楽通の人にとっては、見れば見るほど笑えるというか、すごい作品です。

すべての作品で、使うべきところに過不足なく音楽が入っていて、作曲家の目から見ても、音楽のあり方が非常に的確なんです。世界を見渡しても、こんな監督はいないと思います。だから、できることなら、もう一、二本撮っていただきたかったし、できることなら、一緒にやりたかった。残念ながら、それは叶いませんでしたが、高畑さんとの仕事でつかんだ方法論は、いまも僕の中で活きています。

僕にとって、宮崎さんが憧れの”お兄さん”のような人だとしたら、高畑さんは”理想の人”でした。僕は何か迷いがあるとき、宮崎さんならどうするだろうか?  鈴木敏夫さんなら?  養老孟司先生なら? と考えます。そんなとき、いつも決まって最後に浮かんでくるのは高畑さんの笑顔です。そうすると、何だか希望が湧いてきて、次の自分の行動が決まるんです。いまも高畑さんは、僕の中で羅針盤のような存在であり続けています。

(インタビュー・構成 柳橋閑)

(ジブリの教科書 19 かぐや姫の物語 より)

 

 

 

 

ジブリの教科書 19
『かぐや姫の物語』

[目次]

ナビゲーター・壇蜜 ジブリのフィルターを通して見た竹取物語

Part1 映画『かぐや姫の物語』誕生
スタジオジブリ物語 『かぐや姫の物語』
鈴木敏夫 高畑さんとの勝負だったこの映画。いまでも緊張の糸はほどけない。

Part2 『かぐや姫の物語』の制作現場
[原案・脚本・監督]高畑 勲 全スタッフがほんとうに力を出しきってくれ、みんながこの作品をやり遂げさせてくれた
[人物造形・作画設計]田辺 修 多くのスタッフに助けられて、完成することができました
[美術]男鹿和雄 自然な余白を残すように描いた浅すぎず軽すぎない「あっさり感」のある背景

対談 伝説の男・高畑勲はいかに帰還したのか?
プロデューサー西村義明×スタジオジブリプロデューサー見習い川上量生

Part3 作品の背景を読み解く
・viewpoint・ ヒキタクニオ 大人味のアニメ
奈良美智 待つとし聞かば今帰り来む
二階堂和美 限りあるいのちを生きている私たちは
久石 譲 映画音楽のあり方を考えさせられた
辻 惟雄 なぜ絵巻物に魅入られたのか
宮本信子 百年先まで残る映画です
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット 繊細さと叡智――高畑勲監督からのギフト

出典一覧
高畑勲プロフィール
映画クレジット

 

 

Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.6」 コンサート・パンフレットより

Posted on 2019/11/01

10月25日開催「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.6」コンサート。2014年に始動したコンサート・シリーズ(年1回)、今年で6回目を迎えます。

今年のテーマはピアノ!滑川真希&デニス・ラッセル・デイヴィス(ピアノデュオ)も参加!“現代の音楽”としてのピアノ曲をフィーチャーし、フィリップ・グラスの新作や久石譲の書き下ろし曲を披露! “Blog. 「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.6」 コンサート・パンフレットより” の続きを読む

Blog. 「新潮45 2018年7月号」養老孟司×久石譲 「作曲の極意を知りたい」対談内容

Posted on 2019/09/20

雑誌「新潮45 2018年7月号」に掲載された養老孟司×久石譲 対談内容です。10ページに及ぶ知的充実の対談は、折にふれて話題にのぼること、今いちばん気になっている事などが語られています。同誌2012年にも対談は行われています。また、『耳で考える -脳は名曲を欲する』/養老孟司×久石譲(角川書店・2009刊)はたっぷり一冊知的好奇心をくすぐる本です。こうしてみると、時期ごとに対談が叶っている組み合わせ、次の機会も楽しみになってきます。

 

 

対談 作曲の極意を知りたい
養老孟司(解剖学者)×久石譲(作曲家)

作曲家、久石譲からあふれる旋律の数々は、どこから生まれてくるのだろう。最近は指揮者としても活躍中だが、その源泉はどこにある? 長年親しい養老孟司が、久石譲に、音の世界について聞く。

久石:
高畑勲監督が亡くなられて(数日前に訃報が)……、お世話になっていたのでショックでした。

養老:
直接お会いする機会はなかったのですが、宮崎(駿)さんからよく話を聞いていました。

久石:
『かぐや姫の物語』(2013年)で音楽を担当して御一緒したのですが、ラストにかぐや姫が月に帰る、育ててくれたおじいさんおばあさんと別れるシーンがあります。ここはどういう音楽にしますか? と聞いたら高畑さんはニヤッと笑って「まだプロデューサーに話していないんだけど、ここはサンバでいこうと思って」とおっしゃる。普通お別れの場面は悲しい音楽のはずだから、えっ!? とこちらはフリーズしました(笑)。

理由はというと「よく考えたら月の世界というのは悩みも悲しみも一切ない。かぐや姫も月に行ったら、地球で起こったことは全部忘れちゃって、幸せになるんだ」と。ある種の仏教の極楽の世界でしょうか。煩悩が一切なく、真の悦楽を得た人たちはいったいどんな音楽を聞くのかと考えたら、サンバになったわけです。

養老:
確かにそうなりますね(笑)。

久石:
大変なものを引き受けたぞと思いました(笑)。高畑さんは、非常に論理的な判断をすると同時に、感覚的に「それならサンバだ」というアイディアが噴出してくるので、その辺の折り合いの付け方がうまいんです。

その根底に「僕はオプティミスト(楽天主義者)で、楽しいことが好き」とおっしゃる高畑さんの本質があると思うのです。論理か感覚かという時、うまくスライドできるんですね。楽天的だと自分で言ってしまうすごさが、強さでもあるのでしょう。

ただし、周りは苦労します(笑)。簡単に言うと、今日7時間話し合ってAに決めたはずが翌日には変わって完全にBにシフトしていて、なぜBかを延々と話す。さらにその翌日になるとまた変わる。世間的には「ぶれている人」なわけです。

ところが結果的に、瞬間ごとに本人は確信的に思ったことをストレートに言っているだけだから、ぶれているわけではない。そしてああいうすばらしい作品ができあがるんです。僭越ながら、もう2、3本は撮ってほしかった。次に構想されていた『平家物語』を観てみたかったです。

養老:
存在自体が貴重な方でしたね。

久石:
『遺言。』(80歳にして養老が久しぶりに書き下ろした新書)を読んだときに、目や耳に光や音が入るのを捉える「感覚所与」と、意味を見出してそこに価値を置く「意識」の行き来が無理のない方として顔が浮かんだのが高畑さんでした。飄々と軽やかで素敵な方で、養老先生と重なるところも実はありまして。

養老:
そうでしたか。

絶対音感のように「違い」をきちんと捉える感覚か、言葉のように「同じ」を追求する意識か、自分なりに考えてどちらかを消すんでしょうね。「現実」や「事実」か、それとも「論理」か。理屈でやるときは徹底的に理屈でやり、感覚でやるときは、徹底的にそちらでいく。

僕も標本をつくったり見たり、人体でも虫でも同じですが、具体的な現実を扱うときは、理屈を全部外してそのまま受け入れるようにします。

久石:
実作業のときは感覚的な処理をするけれど、そこから離れると論理をまた考え直す──その行き来なんですね。

養老:
記憶で絵を描いているようなものです。景色を見ているときは、絵を描いてはいない。

久石:
宮崎さんがそうですね。写真を撮るようなことは一切しないで、対象をひたすらじっと「観る」。映像記憶が特に強くて、ご自分で「後で絵を描くときには、要らないものは切っている」とおっしゃるのを聞いたことがあります。感覚で捉えた自分の世界を論理的に再構築されるのかなと想像しています。

養老:
高畑さんと同じように、かなりそこはアクロバティックですよね。観ているときは、理屈の方を落としているんでしょう。それを意識的にではなく、苦労なしになっている。

感覚と意識の間を行き来でき、その上で何かものを創っている人に最近は話を聞くようにしていて、だから今日も、久しぶりに久石さんとお話ししたかったんです。

 

ものを作るインテンシティー

久石:
うかがいたかったのはまさに、感覚と意識のその関係です。作曲という行為を日常的にしているといつもこの二つの間を行き来します。インテンシティー、集中させる力とでもいうのか、決定的な原動力になるのは意識なのか、感覚なのか。

養老:
それはどちらでもないでしょう。レベルが違う。情動の中心は深くて、脳で言うと辺緑系にあります。

久石:
基本的に感覚で突き動かされないと作業ができない面があります。これがなんとも厄介でして。

養老:
理屈では語れないから僕も、ずっとそこをしゃべるのは避けています。しゃべることは理屈にすることだから、必ず落ちる感覚がある。

あえて言えば、一番極端なのは連続殺人犯です。扁桃体の活動が高過ぎるのに対してブレーキが弱い。普通の人はブレーキをかけられるんですが、それが弱い人がいます。

久石:
「ブレーキ」とは、感覚が暴走するのを止める……?

養老:
ブレーキをかけるのは意識の働きです。だから道徳律は「してはいけない」という禁止で伝えます。「しろ」という道徳律はないんです。

作曲とは違うけれど、ものを書く時で言えば、僕は、あまり締め切りには苦しめられません。嫌なら嫌なりに、どうせ嫌なんだから、割り切って意外に「やっちゃう」。

久石:
僕は…時間的制約の締め切りがなければだめですね(笑)。作曲家で締め切りなしで書いていたのはシューベルト(1797~1828)とプーランク(1899~1963)くらいです。

シューベルトは、浮かんだらとにかく書く。演奏されないものも多く、少々粗っぽくソナタ形式としては破綻しかけているのですが、ある意味伸びやかさを感じます。

プーランクは、比較的小さい作品が多く、日曜日に「いい日だな。曲を書こうかな」という具合に、これもあまり苦労が感じられなくて、羨ましい(笑)。

対してハイドン(1732~1809)は毎週行われる晩餐会などの演奏会のために曲を書かねばならなかったのですが、フォームが固まっているから、生涯で104曲(実際にはもっと多い)もの交響曲を書いています。モーツァルト(1756~1791)も短い生涯で交響曲を41曲書いています。理屈としては、土台にソナタ形式というフォームがあるので、第一、第二とテーマをつくると、必然的に次の展開が決まっていく。だからフォームがきっちりしている時代の音楽は、量産が可能だったのです。

音楽の歴史を見ていくと、例えばバロック、古典派時代くらいまでは基本的にフォームを重視しており、感覚を音の形にする表現方法がありました。音の「明るい」「暗い」自体が感情表現になり始めるのはバロック時代以降です。機能和声といって、それまでのポリフォニー(多声部音楽)と違って和音の進行が重要視されてきます。ポリフォニーの代表的な作曲家はバッハやヘンデル、ビバルディで、古典派ではハイドンやモーツァルト。このあたりまではフォームを保っていた。

養老:
どのあたりから変わるのですか?

久石:
ベートーヴェン(1770~1827)の時代ではっきり変わります。長調、短調の明快な長三和音、短三和音が感情を表現し始めます。明るい、悲しい、楽しいといった感情を記号的に和音の変化で表現できるようになる。メロディーラインの登場です。自ずと、観客は感情移入という行為を促されます。

観客の人数も、20~30人の宮廷での小さい晩餐会から、100、200……1000と増え、規模が大きくなると、宮廷や教会のものだった音楽が民衆のものになりました。要するに一般人が来て聴くようになった。その段階で大衆性が強くなります。

音楽の在り方自体も巨大になり変わっていきました。モーツァルトが交響曲を41曲書けたのに対してベートーヴェンは9曲しか書けないという構造になるんです。

養老:
作曲家の在り方も変わりますね。

久石:
音を選んでいく行為は、養老先生の虫採りと同じですべて感覚に拠るものです。とはいえ「音楽」とするにはそれを意識的に、立体的に組み立てる行為が必要になる。浮かんだことを書くのはアマチュアにもできることですが、作曲家は、それを有機的にまとめなくてはいけない。

そうなると、作曲とは意識的なものと感覚的なもののあいだを絶えず行き来しながら、規制をかけ、同時にそんな組み立てを壊したいという葛藤との狭間でつくっていく行為なのだとつくづく実感しています。

養老:
音楽が感情の表現になったというのはおもしろいですね。19世紀の末に『クロイツェル・ソナタ』(ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番に因んだ、トルストイの短編小説)の中で、ベートーヴェンの曲は人を動かすけれど、このわきおこる情動をどうしてくれるんだと文句が書かれています。

久石:
ベートーヴェンは煽りますから。

養老:
ニーチェが「ディオニュソス的」と呼ぶ創造的、激情的なもの。

久石:
危険なものともいえます。音楽はアフリカにもアジアにも、世界中にある。日本にも独自なものがある。ところがいま世界の多くの人が聴いている西洋音楽(クラシック)というカテゴリーは、ほとんど4世紀以内、たった400年に収まる範疇の音楽です。

そのピークにいるのがベートーヴェンだと思うのです。僕はいま、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏とCD化に取り組んでいます。論理的でもあるのになぜこんなに人の情動を煽るほどに感覚的なのか。譜面の奥に含むものが圧倒的で、驚くことばかり。おもしろくてたまりません。

でも、実はベートーヴェンと同じような人が当時は何百人といたはずです。時間が経って振り落とされ、その中でも最も強い人が音楽史上に残った。ベートーヴェンよりも当時売れた人はもっといるだろうし新しいことをやった人もいっぱいいる。でも、残ったのはベートーヴェンだった。

それこそ養老先生がいつもおっしゃっている「唯一性」だと思います。世界を感覚で捉えたら同じものはひとつもない。そして、その世界で「美」を基準に優れたものが芸術として残る──。

音楽史としては、その後ロマン派になったころから文学、言葉の世界が入ります。詩をもとに音を構成するのです。シェーンベルクやウェーベルンが出てきて十二音技法になった段階で、あらためて、フォームを重要視する時代になっていきます。

養老:
現在はどうなっているのですか?

久石:
不協和音の現代音楽が山ほど出ており、基本的にすべて現代の音楽は意識中心です。もちろん音を選ぶのは感覚ですが、誰のためなのかというと、自分だけで完結している。必然的に観客は離れます。音楽にそんなものを求めていませんから。

『遺言。』で、今の時代は意識が中心になっているから少し考えようよ、と書かれています。実は、個人の集合やつくりだす各時代の語法や思考にも、意識に近いときと感覚に寄るときと、揺れるうねりが絶えずありますね。音楽の歴史でも同様です。

養老:
いつごろから譜面を使うようになったのでしょう?

久石:
最初は、単音をユニゾンで歌っているだけで、『グレゴリオ聖歌』の5世紀ごろには譜面なんてありません。備忘用として、1本の線でコブシのような音の高低が書かれているだけ。この線がだんだん増え、音の長さや音程を五線で表すようになるのが15世紀のルネサンスのあたりです。

それまでの音楽は基本的に覚えたことを歌うか、即興演奏でした。ところが記譜によって例えば対旋律など、ありとあらゆる可能性を文章のように吟味できるようになっていきます。それが作曲です。つまり、譜面ができた段階で作曲家が現れた。

16世紀を過ぎたところで、長三和音、短三和音が出てきて、メロディーと和音とリズムという非常に明快な分業体制ができあがりました。そうすると、メリハリがついて気持ちがいい。和音が音楽の感情表現をさらに可能にしたんです。

 

状況内と状況外

養老:
文学で、情動をむやみに動かしても意味がないという批判があります。チェーホフ(1860~1904)について哲学者のシェストフが『悲劇の哲学』という本で書いていましてね。チェーホフは、がんで余命いくばくもない医学部の老教授のことをきれいに書いていて、これがいいんですよ。名声を得ていて、弟子の第一助手が娘のお婿に決まっていていい奥さんがいて、それなのに家族にも何もかにもうんざりしている。それをただずっと書いていまして、なぜか読ませる。ずばり『退屈な話』っていう作品です(笑)。

久石:
どれだけ退屈なのか(笑)。

養老:
シェストフが指摘したのは、あれだけの才能をなぜ虚無的な無駄話につぎ込んだのか。僕は作品も『悲劇の哲学』も大好きですけど。

久石:
今度読んでみよう。

養老:
つまり、19世紀の文学は情動というものを処理しきれていない。あの才能を以てすれば人の感情を動かせるのだろうけど、チェーホフはそうしません。

久石:
『桜の園』も暗いですしね。

養老:
じゃあ、あの人は暗い人かというと、どうもそうじゃない。

久石:
医者になって、それなりに成功していますよね。

養老:
当時流刑地だったサハリンまで行ってね。囚人の環境が劣悪だと訴えて人道的な記録も残している。ところで、若いうちはミニマル・ミュージックをやられていたでしょう。

久石:
そのときは意識寄りでした。「こうあらねばならん」というものを一生懸命につくっていました。

ところがその後に始めた映画音楽はメロディー重視で、逆なんです。エンターテインメントは、人をどう感動させるか、どうインパクトを出すのかが大切ですから、今度は感覚ばかり使います。そうなるとバランスをとるために論理的であるミニマルな要素をどんどん増やしたりしています。

いま僕が気に入っているやり方は、観客が見るときの手助けにとどめる方法です。あえて、登場人物の気持ちに寄り添う音を極力少なくする。それから状況説明の音楽も極力減らす。客観的なところで音を付ける。

演じている人が泣いているところに輪を掛けて悲しい音楽を流すのは愚の骨頂だと思うから、距離を取るというやり方です。ストーリーの邪魔をする必要はありません。

養老:
僕はテレビで風景を見るのが好きなんだけど、時々音楽がうるさすぎて「これさえなければいいのに」と腹が立つことがあります。

久石:
そう、邪魔する音楽は本当に多いです。フィクションの映画につける音楽の根本もまたフィクションです。つくりものの極致が映画音楽なんです。僕らが会話の中で笑ったときに「ちゃんちゃか♪」と楽しい音楽は鳴らない。でも映画では鳴る。

だから嘘めいたものが映画音楽だと言える一方で、嘘めいていないのは状況内音楽です。例えばわれわれがこのまま隣の赤ちょうちんに行ったとして、そこで演歌が流れていたとする。状況で流れているから、それは不自然ではない。この状況内と状況外をうまく使い分けることが大事です。

黒澤明監督の『野良犬』(1949年)という映画があります。三船敏郎扮する若い刑事が木村功扮する犯人に拳銃を奪われ、その銃で殺人事件が起こり、ラストシーンに郊外の新興住宅地のそばで二人が泥にまみれて殴り合いをします。その最中に新興住宅地の若奥さんが弾くピアノ練習曲の『ソナチネ』が流れる。これは状況内音楽です。ピアノが自宅にあるようなブルジョアの戦後社会の象徴と、たまたま片方は刑事で片方は犯人なだけで所詮は同じ戦争引き揚げ者たちの対比。この構図では『ソナチネ』を流しただけで、二人とも戦争の犠牲者だと瞬時にわかるのです。言葉で説明するとくどいことが音で見事に表現されている。

映画の音楽を丁寧につくるというのは、こういうことで、これをやらなくてはいけないと思います。名作と言われている映画は、この辺が巧みです。

 

言葉と音楽

久石:
言葉というものが、感覚で捉えたことを伝えるためにできたとしたら、それぞれのものに名詞が付き、それを組み立てる文章が書きとめられ、吟味されなくてはなりません。

音楽でいうと、五線譜ができ作曲家が誕生し、音楽として発展を遂げました。音楽にも通じるのでうかがうと、言葉が生まれてから表現手段となるまでにどのぐらい時間がかかったんですか?

養老:
相当かかっているんじゃないでしょうか。文字の始まりは、「ウマ何頭」といった税金の記録ですよね。そこから都市をつくり、最初に書かれたのがおそらく「誰々がこう語った」という対話録でしょう。

『論語』はご託宣ですけど、プラトンも『新約聖書』も言ってみれば誰かが語ったものです。同時多発的に四大文明で出てくるのが、「語り」であり、その語りの記録に対して解説がなされていく。中国では、「先生はこういうことを言おうとした」と「子曰く」で解釈をする「訓詁」の概念があり、それが中国語自体の成立に結びついたと思います。

その注釈を全部知っていないと科挙に合格できないのは、一つの言葉にはそういう背景があるという認識が共有されていたからでしょう。

ソクラテスが「書かれた言葉」を嫌ったのは、実際の状況が消えれば感覚世界が失われるからだったと直感的にわかります。だから「対話」だったのでしょう。それを無視して平気でやったのがプラトンで、だからプラトン以来、言葉の学問ができていく。ソクラテスの時代はまだ、感覚と切ってはいけないという考え方があったんでしょうね。現場の状況と言葉を切り離すと、言葉が独立して動き出してしまうからと。

久石:
それは音楽でも同じですね。譜面ができたことで、譜面上で作曲家が組み立てを行うようになった。

曲は人工物であり、所詮個人の思いに過ぎないのではないか。言葉が独立して勝手に動き出すのと同じように、本来音楽は、もっと日常的なものだったはずが、勝手な自己運動に入ってしまっているのではないか。こうなると作曲家という存在は必要なのか、いつも考えてしまうんです。

なにしろ譜面は演奏家に再現可能をもたらします。演奏された音は自分のつくったときのものとは異なりますし、それなら自分とはなんぞやと問えば、音は扱っているし構成はしているけれども……ねえ? どんなに作曲をしてもその疑問は消えません。

そもそも今や、音楽家の基本は譜面なんですよ。オーケストラは、年間で優に100回以上のコンサートをやります。譜面を見て、たった1回か2回の練習で本番をこなす能力がないといけないとなると、クラシックの音楽家にとって最も重要なことは目で譜面を読む能力です。耳も、もちろん必要ですが、目で読み取って音にする視覚の能力がなければ、クラシックは成立しません。実質的に作業の半分以上は「目から入れた情報を変換しているだけ」となりかねない状況なのです。

 

指揮者として見える世界

久石:
それでいて譜面は不確実です。なにしろ細かいことを書いていたら8小節書き切るのに1ヵ月はかかります。例えば「タータランタタタララン」という場合に「タータラン」なのか「タンッタラン」なのかは譜面に細かく記されていないし、放っておけば、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのユニゾンで演奏されるニュアンスが異なる場合もある。

それを揃えるのは指揮者の役割ですし、譜面は輪郭にしか過ぎず、解釈や情動、味わいまでは、どうしても書き切れません。

となると、指揮をするということは、譜面に感覚所与を生じさせることなんです。基本はそこに感覚を与えて、埋もれているパートを立体的に組み立てていくという作業になる。指揮するときも、感覚と意識の両方を駆使しながらしているのです。

作曲と指揮を並行するようになって、面白い発見がありました。「美は乱調にあり」という言葉がありますよね。論理的なものと感覚的なものは、絶えずせめぎ合っています。どんな名曲でも必ず整合性が取れない、どうしようもない部分が出ます。感覚と意識とが、どうにも折り合いがつかなくなって破綻する部分で、ベートーヴェンの中にもあります。その破綻部分に実は、その本人特有の何かが如実に出てきます。僕は、それを見つけるのがうれしくて指揮をしているようなものです。

養老:
「あれ?」っていう部分だな。

久石:
はい。どんなにいい作品でも必ずあります。その矛盾した所に、ほんとうは何がやりたかったのかが逆に見えてきて、それが一番楽しいかもしれません。

音楽が他の芸術と違うのは、譜面に表されたものが再現されること。そして、そのために演奏家という特別な集団がいること。この2点です。絵画なら個人の筆で完成するのですが、音楽は演奏されないと意味がない。しかも音というのは必ず時間の経過を伴い、論理的であり複合的になります。

養老:
「古池や蛙飛びこむ水の音」ですね。古池が目に映り、耳には水音が入る。短い中に時間と、そして芸術のすべてが含まれています。だからこそ、名句なのです。若いうちは「古池がどうしたんだよ」「カエルがいて当たり前だろう」と何であんなものがいい俳句なのかわかりませんでしたけどね。

久石:
見事に時空がありますね。

養老:
運動も入っていますし。よくもあの十七文字の中ですべてを表現したものです。

久石:
そこに世界が全部凝縮されていて、音が活きる空間があの言葉の中に描き出されているのですね。

(新潮45 2018年7月号 より)

 

 

 

 

 

Blog. 「レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811」青春18ディスク 久石譲インタビュー内容

Posted on 2019/09/19

クラシック音楽雑誌「レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811」に掲載された久石譲インタビュー内容です。巻頭カラー連載「青春18ディスク」コーナーに登場、前号3月号では前編・本号4月号は後編、2回にわたっていろいろなエピソードとともに思い出のディスクが紹介されています。

 

 

青春18ディスク
私がオトナになるまでのレコード史 (4)

今月の人●久石譲 後編

協和音もリズムもあって反復する音楽を”これが最先端”なのだと突きつけられた瞬間、世界がひっくり返るくらいに驚いた

ききて・文:飯田有抄

 

ミニマム・ミュージックとの衝撃的な出会い

現代音楽とジャズにすっかり魅了される高校時代を過ごした久石譲。新しい音楽のレコードを積極的に聴く姿勢は、国立音楽大学作曲科に入学後も続いた。

「シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク、そしてブーレーズの作品へ……と音楽史の動き通りに追っていました」

大学では入野義朗氏のもので十二音技法を学ぶなど最新の音楽語法に触れていく。そんな学生時代も後半になると、自作品によるコンサートを開くようになった。

「作曲家の北爪道夫さんや長与寿恵子さんらと作品を持ち寄って、N響の打楽器奏者・有賀誠門さんなど一流の方に演奏をお願いしていました。300席ほどあった朝日生命ホールにお客さんの姿はポツン、ポツン……僕の親戚、あいつの親戚という具合(笑)。奏者の方にはなんとかギャラをお支払いし、アルバイト代でホール使用量を払う日々を送っていました」

そんな中、衝撃的なレコードに出会った。テリー・ライリーの『A Rainbow in Curved Air』だ。

「あまりのショックで3日間くらい寝込んだと思う。自分たちは不協和音や非拍節的な音響を用いて新しいことをやっていたつもりだったのに、協和音もリズムもあって反復する音楽を”これが最先端”なのだと突きつけられた瞬間、もう世界がひっくり返るくらいに驚いた。これがミニマム・ミュージックとの衝撃的な出会い。自分にとっての完全なターニング・ポイントでした。そこからはフィリップ・グラスの『The Photographer』やスティーヴ・ライヒの『ドラミング』から始まる一連の作品など、とにかくたくさんミニマムを聴きました」

 

UKポップスシーンを追う

同時にミニマルは、イギリスのポップスに積極的に取り入れられていった。

「ブライアン・イーノの『Music for Airports』、クラフトワークの『TRANS-EUROPE Express』、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』、タンジェリン・ドリームのアルバムなど、ミニマルの影響を受けたポップスをよく聴くようになりました」

大学を卒業する頃には、テレビの音楽やアレンジの仕事を手がけるようになっていた。

「その頃はスティーリー・ダンの『Aja』やドナルド・フェイゲンの『The Night Fly』もよく聴いた。彼らは徹底的にこだわり抜いたレコーディングをしているので音質が最高。ジャケットも当時のアメリカの雰囲気が出ていて素晴らしく、ひとつの『表現』になっていました。今のCDのジャケットは小さすぎて、『表現』ではなく『情報』になってしまった」

UKポップスの代表格として、スティングを挙げる。

「イギリスのミュージシャンはクラシックがベースにある人が多い。スティングの《イングリッシュマン・イン・ニューヨーク》もガーシュウィンの《パリのアメリカ人》を捩っていますしね。『ブルー・タートルの夢』はジャズミュージシャンを起用して作ったアルバム。ジャズ的なモードを使い、政治的な言葉や環境問題なども歌に盛り込む。恋愛ばかりを歌うポップスとは一線を画しています」

 

青春の終わり

青春時代を彩る最後の3枚としてあげたのは自身のアルバムだ。

「ミニマルに出会ってから、すでに7、8年が経過していましたが、81年にムクワジュ・アンサンブルのために作曲した『ムクワジュ』で、やっと初めてミニマル作品らしい作品を作ることができました。これを境に、いったん僕はクラシック音楽と決別した。当時の日本の作曲家たち(=現代音楽界)は、何か新しいことをしようとすると、まず他人の論理を潰すことばかりに終始していた。相手を論破し、自分の論理がいかに正しいかを訴え、お客さんに音楽を聴いてもらうということは全然考えていなかった。僕はそんな世界がつくづく嫌になり、ポップスの世界に行った方が”やりたいことができる”と思った。

 そして1982年、僕の正式なデビュー盤である『インフォメーション』を作りました。ミニマルというベースは変えていないけれど、ここから僕の現住所はポップスです、という宣言をした。ロック的な要素やレゲエも取り入れています。年齢的にはすでに30代に入っていたけれど、方向性を探っていたという意味でまだ僕にとっては青春時代です。

 そして最後は『風の谷のナウシカ~イメージアルバム』。実際に映画で使う音楽は、もっと名のある方が担当するはずだったのですが、無名だった僕のイメージアルバムを聴いたプロデューサーの高畑勲さんが、”ここに素材がすべて出揃っている”と推してくださった。そこから映画音楽の道が拓かれていきました。だからこのイメージアルバムまでが、僕の青春時代なのです」

そして今、再び「本籍を完全にクラシック音楽に戻した」と語る。

「1960、70年代は、既成概念を壊し、権力に楯突くことがアーティスティックな行為だったけれど、それはある種の共同幻想だった。伝統や本道があるからこそ、潰そうと思える対象があった。今は本道が失われ、それぞれが好き勝手にやって世界中が分裂したような状態。21世紀はむしろ本道を模索していかなければ世界も音楽も衰退してしまう。歴史上の古典の名曲を敢えて否定してきた僕も、今はその伝統に向き合い、その延長線上にいる自分をきちんと据え直したい。その活動の一つとして今、ナガノ・チェンバー・オーケストラでベートーヴェンの交響曲全曲演奏と録音をしている真っ最中です」

(レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811 より)

 

 

テリー・ライリー / A Rainbow in Curved Air
〈録音:1967年、1968年〉
[OCTAVE/CHERRY REDⓈOCTD4846]

「作曲家仲間の長与寿恵子さんの夫・吉田耕一さんから聴かせてもらい、世界がひっくり返るような大きな衝撃を受けた。このアルバムを聴いて、さっそく自分も4、5人のグループを作って、オルガンを使ったディレイの奏法などを試みた。」

 

フィリップ・グラス / The Photographer
〈録音:1982年〉
[CBSソニーⓈ25AP2504(LP)]
[ソニークラシカルⓈSICC129]

「ミニマル・ミュージックの世界に近づくために、グラスやライヒらの多くのレコードをひたすら聴いた。楽譜として買えるものはまだ少なくしかも高額だった。そんな当時、とても世話になっていたのが大学の図書館。誰も借り手がつかないような現代曲の楽譜ばかり借りていた。」

 

ブライアン・イーノ / Music for Airports
〈録音:1978年〉
[ポリドールⓈMPF1229(LP)]
[ユニバーサル・ミュージックⓈVJCP98051]

「実際に聴いていたのはもう少し後かもしれないが、ミニマルを取り入れたポップス系のアルバムとして非常に影響を受けた一枚。新しい音楽を求め、この頃の嗜好はイギリス系にシフトしていった。」

 

クラフトワーク / TRANS-EUROPE Express
〈録音:1976年〉
[キャピトルⓈECS80833]
[パーロフォンⓈWPCR80041]

「クラフトワークの最初の頃のアルバムで、テクノ・ポップ。当時の彼らのステージは、舞台上には人形が置かれ、バックステージで彼らが演奏するという画期的なスタイルだった。」

 

ドナルド・フェイゲン / The Night Fly
〈1982年発売〉
[ワーナーミュージックⒹP11264(LP)]
[ワーナーミュージックⒹWPCR17866]

「徹底したレコーディングにより、楽器のバランスも最高。僕がスタジオで録音する際にはバランスを知るためにこの音源をリファレンスとしてかけてみて、調整をはかっていた。そんな最高峰の一枚。ジャケットも惚れ惚れするほど格好良い。」

 

スティング / ブルー・タートルの夢
〈1984年発売〉
[A&MⒹUICY20212]

「スティングはUKポップスのド本道と言える。大量に所蔵しているUKポップスの中でも、とりわけ大好きなアーティストでもある。比較的、政治や環境問題などメッセージ性のある言葉を選び、サビはみんなで口ずさめるようなシンプルな構造だが、知的レベルは高い。」

 

久石譲 / ムクワジュ・ファースト
〈録音:1981年〉
[デンオンⒹCOCB54240]

「2年間、毎週のようにリハーサルをおこなって録音した渾身のアルバム。ここでいったんクラシックに決別した。打楽器、キーボード、コンピューター・プログラミングによる作品。」

※2018年1月31日発売。最新リマスタリング盤

 

久石譲 / インフォメーション久石譲 『INFORMATION』
〈録音:1982年〉
[ジャパン・レコードⒹTKCA73444]

「作曲家としてのフィールドをポップスに移し、エンターテインメント作品第1弾として制作したソロ・アルバム。基本はミニマル・ミュージックというスタンスは変えていない。」

※2018年4月21日にアナログ復刻盤[TJJA10003]が発売

 

久石譲 / 風の谷のナウシカ~イメージ・アルバム久石譲 『風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人』
〈1983年発売〉
[スタジオジブリⒹTKCA72716]

「1984年の映画公開に先立ち1983年にリリースされた。当時は、映画本編のサウンドトラックとは別物の「イメージアルバム」が作られることが多くあった。ストーリーもよくわからないままにオファーを受けて作った記憶が。打ち込みや当時の流行りの音などを多用。実はギターに布袋寅泰さんが参加している。」

(レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811 より)

 

 

前編
Blog. 「レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810」久石譲インタビュー内容

 

 

 

Blog. 「レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810」青春18ディスク 久石譲インタビュー内容

Posted on 2019/09/18

クラシック音楽雑誌「レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810」に掲載された久石譲インタビュー内容です。巻頭カラー連載「青春18ディスク」コーナーに登場、本号前編・次号4月号後編として2回にわたっていろいろなエピソードとともに思い出のディスクが紹介されています。

 

 

青春18ディスク
私がオトナになるまでのレコード史 (3)

今月の人●久石譲 前編

こんなに不協和音だらけの音楽があるのか!
ショックを受け、前衛的な響きにのめり込むきっかけとなった黛敏郎の《涅槃交響曲》

ききて・文:飯田有抄

 

年300本以上観た映画は音楽の原点
ヴァイオリンは交響楽への入り口

「いつも”今が大事”だと思っているので、自分自身の過去を振り返ることはほとんどありません。ですから『あの音楽と出会ったのはいつだったか』という編集部からの問いかけで過去を思い返すのは、個人的に珍しい体験だった。気づけば一生懸命LPを探していました」

そう笑いながら、思い出の詰まったレコードの山を見せてくれた。買い集めてきた青春時代のLPは、ジャケットの一枚一枚にも思い入れがある。だが「レコードを聴く」行為そのものは、物心ついたころから始まっていたという。

「竹針を使う”電蓄”ですね。あれを父が持っていて、《カルメン組曲》などのクラシック、童謡、美空ひばりの歌謡曲など、ジャンル問わずいろいろな音楽が家の中で流れていました。

 当時の音楽的な経験として大きかったのは、年間300本以上映画を観たことです。長野県中野市の高校の若手教員だった父は、生徒が映画館に出入りしていないかどうか巡回に出掛けるので、僕もその度に付いて行っていたのです。街には二つの映画館があり、片方が東映・東宝で、もう片方が日活・松竹・大映。テレビが普及する直前、映画全盛の時代ですから、週に3本ずつ入れ替わる。月に最低24本。怪談、恋愛、アクション、チャンバラ……あらゆるジャンルを5年間見続けました。のちに映画音楽を書くことになった僕にとって、この経験は財産ですね」

印象に残るレコードとして最初に記憶されているのは、小学校時代の友人の家で聴いたドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》だった。

「同級生に医者の息子がいて、その子の家には立派な装置があった。そこで聴いたのがワルター指揮コロンビア響の《新世界より》。まだ自分でレコードを買うのではなく、友人宅に何度も遊びに行って聴いていました」

交響曲のレコードに魅せられたのは、ヴァイオリン・レッスンに通っていた影響もあるという。

「4、5歳くらいから小学校高学年くらいまで習っていました。練習室にはオルガンが置いてあって、それをレッスンの一時間前に行って弾くのが楽しみで。和音なんてことを習う前から、自分でドミソを鳴らしては綺麗だなぁ、と。ヴァイオリンよりも、鍵盤をたどって美しい響きを自分で発見するのが面白かった」

 

演奏することよりも作ることの方が好き

中学に入るとポップスに出会った。初めて買った45回転のドーナツ盤がザ・ロネッツの『Be My Baby』。

「中学生ともなると世間に目覚めるというか、ラジオで聞いていいなと思ったらメモをして、買えるものは買いました。60年代当時はアメリカのポップスがすごく元気だった」

一方で、中学の部活動ではブラスバンド部に所属。トランペットのソリストとしても活躍した。

「マーチだとか、コンクールの課題曲だとか、みんなで音楽をやるというのがとても楽しかった。サクソフォーンやトロンボーンもやりましたが、指揮もしましたね。というのも、ヴィレッジ・ストンパーズの《ワシントン広場の夜は更けて》なんかをブラスバンド用に一生懸命譜面に起こし、みんなに演奏してもらうのが楽しかったのです。夜中に布団をかぶって、あ、この音だ、と探しながら譜面にするのは大変でしたよ(笑)。当然ハーモニーの理論なんて知らない頃だから。でもそれで、自分は演奏することよりも、作ることの方が好きだと自覚し、作曲家になろうと決めたのです。

 音大の作曲科に進もうと、ピアノを習い始めました。そこでグレン・グールドの《インヴェンションとシンフォニア》に出会った。その頃にはうちにもステレオがあって、イ・ムジチ合奏団の録音でバッハの《管弦楽組曲第2番》などもよく聴きました」

 

現代音楽とジャズの洗礼

高校時代は音大の作曲科を目指して、3年間レッスンを受けに東京に通った。師匠は和声学の大家、島岡譲。

「島岡先生のレッスンは無駄のない厳しいものでした。和声学は古典的な理論の基本です。決められた型を学ぶ。でもそのことに抵抗を感じていた僕は、後に大学に入ってから一度先生に楯突いたことがありました。『決まりを学ぶことが、本当に人の感性を育てることになるんでしょうか?』と。先生の答えはとても明快でした。『基礎を学ぶ程度で個性が潰れるやつは、所詮作曲家にはなれない』と。そうポンと言われたときに、あ、理論はやっぱりちゃんとやったほうがいいな、と逆に思いましたね」

そんな反骨精神と素直さを併せ持った10代、夢中になって聴いたのが「現代音楽」だった。

「この頃はもういろんな音楽を聴きたくて、バーンスタインの指揮するショスタコーヴィチの5番が好きでした。メシアンの《トゥランガリラ交響曲》を小澤征爾さん指揮のトロント響で聴き、とんでもない日本人がいると知ったのもこの頃。次第に現代曲に目覚め、黛敏郎さんの《涅槃交響曲》に出会ったときは衝撃でした。日本の現代音楽にすごく勢いのあった時代で、三善晃さんの《交響三章》や《オンディーヌ》などのレコードも買いました。耳はどんどん刺激的なものを求め、クセナキスの《エオンタ》や、シュトックハウゼンの作品なども、これも音楽なんだと驚きながら聴いてましたね」

一方で、高校時代にはジャズの響きも知った。

「地方でも街に一人くらいは、ちょっとはみ出し者で、いろいろ教えてくれる大人がいたものです。10歳くらい年上で、喫茶店のようなところで、『これいいんだよ~』とジャズを教えてくれる人がいて、ディジー・ガレスピー、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンなど、あらゆるジャズを聴かせてくれた。マル・ウォルドロンの『Left Alone』は高校時代の終わりに、耳コピしてピアノで弾いていましたね。でも、当時のレコードは回転もアバウト。僕はF#マイナーで聴き取ってコピーしたのだけれど、原曲はFマイナーだったのを後から知りました(笑)」

(レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810 より)

 

 

ドヴォルザーク:交響曲第9番《新世界より》
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビアso
〈録音:1959年2月〉
[ソニークラシカルⓈ SICC2012]

「当時としては音響のいい設備をもった友人宅で、同時期にアンセルメ指揮スイス・ロマンド響によるベートーヴェンの第5番《運命》や、シューベルトの《未完成》など、交響曲の名作をたくさん聴いた。」

 

J.S.バッハ:2声のインヴェンションと3声のシンフォニア
グレン・グールド (p)
〈録音:1964年3月〉
[CBSⓈ OS425(LP)]
[ソニークラシカルⓈ SICC30352]

「音大を目指す者の通過儀礼として、自分でもピアノで弾いたバッハ。グールドが芸術作品として聴かせてくれた印象深い一枚。」

 

J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番
イ・ムジチ合奏団
〈録音:1963年8月〉
[フィリップスⓈ SFX7597(LP)]
[フィリップスⓈ PHCP9683(廃盤)]

「イ・ムジチといえばヴィヴァルディの《四季》が有名だったが、バッハを好んで聴いていた。当時はスメタナの〈モルダウ〉やチャイコフスキーの《スラヴ行進曲》など派手なオーケストラ曲もステレオで楽しんだ。」

 

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番, ストラヴィンスキー:バレエ《火の鳥》組曲*
レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨークpo
〈録音:1959年10月, 1957年1月*〉
[CBSⓈ WX7(LP)]
[ソニークラシカルⓈ SICC1791, SICC1850*]

「カップリングのストラヴィンスキーの《火の鳥》と合わせ、擦り切れるほど聴いた。同時期に知った《春の祭典》には、「こんな暴力的なリズムもやっていいのか!」と驚いた。」

 

黛敏郎:涅槃交響曲
ヴィルヘルム・シュヒター指揮 NHKso, 合唱団
〈録音1959年頃〉
[東芝(M) TA7003(LP)]
[EMI(M) TOCE9430(廃盤)]

「音楽とは綺麗なものだと思っていたのに、こんなに不協和音だらけの音楽があるのか! とショックを受けた。でも知ってしまうと、それ以外はあり得ないと思ってしまうくらい、前衛的な響きにのめり込んでいった。」

 

三善晃:音楽劇《オンディーヌ》
森正指揮 ラジオo, NHK電子音楽スタジオ, 他
〈録音:1959年〉
[東芝Ⓢ JSC1005(LP)]
[EMIⓈ TOCE9435(廃盤)]

「このあたりの音楽を聴いていたころ、自分はまだ東京で古典的なレッスンしか受けていないけれど、「現代音楽の作曲家になるのだ!」という意識が芽生えた。」

 

クセナキス:メタスタシス, エオンタ, 他
コンスタンティン・シモノヴィチ指揮 パリ現代音楽器楽ens, 高橋悠治(p) 他
〈録音:1965年〉
[コロムビアⓈ OS2914(LP)]
[シャン・デュ・モンドⓈ KKCC30(廃盤)]

「マスになった不協和音のダイナミズムで曲を構成していく音楽が、当時は最新鋭で刺激的だったが、ずっと後になってから指揮の師匠・秋山和慶さんのリハーサルに立ち会った際、時代がかった音響に聞こえたのも印象的だった。」

 

ジョン・コルトレーン / 至上の愛
〈録音:1964年12月〉
[ユニバーサル・ミュージックⓈ UCCU5606]

「大人からさまざまな名盤を教えてもらい、店で聴いた。この頃、ジャズのレコードを自分で買った記憶がないが、とにかくジャズが大好きになった。」

 

マル・ウォルドロン / Left Alone
〈録音:1959年2月〉
[Solid BethlehemⓈ CDSOL45501]

「ピアノでコピーできるくらいに聴きこんだ。当時はレコードも機械もチューニングがいい加減。ファなのかファ#なのか曖昧で、その中間くらいの音だった(笑)。後に本人の来日公演でFマイナーであることを知った。」

(レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810 より)

 

 

後編
Blog. 「レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811」久石譲インタビュー内容