Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(5)~白壁・聖域・祈りのうた~

Posted on 2024/08/10

つづけて、アルバムを聴いてみましょう。(4)「Ask me why」とここでは久石譲が宮﨑監督に贈った誕生日プレゼントを集めています。

 

久石:

「今回は映像を見る以前に宮﨑駿という人間に寄りそった15曲のストックがすでにあったんですね。しかも誰か別の人間が作った曲じゃない。自分で作った曲で他で使っていない有り物がある。それは映画の映像を見て、それに合わせて作られたものではない。けれど、より深い部分、宮﨑駿という人間に向けて作られたという部分では通底するものがある。僕はその自分の曲を自由に選曲することができたわけです。」

「そう、劇と一本化した曲って印象薄いんですよ。劇とちょっとずれている、距離をとった音楽は印象に残る。これ、映画音楽の最大の鍵なんです。映像と距離をとる。それが一番重要なんです。だから今回のサントラCDに付属した冊子に鈴木さんが「今回の映画音楽はかつて宮﨑さんに贈った曲が多かった」と書いているけれど、実はそこまで多くはないんです。多くはないんだけど、印象に残る。だからそういう曲が多く感じるということなんです。」

「ええ。でもこんな体験は僕自身ももう二度とできない。」

 

 

Track.
2. 白壁

2017年誕生日プレゼントに贈られた「小さな曲」がその原曲です。三鷹の森美術館オリジナルBGMの一曲として入替制で流れています。また短編映画『毛虫のボロ』(2018)のエンディング曲としても約1分の曲尺で使用されています。”小さな”、毛虫の世界観とそのイメージが入っていた時期に作曲されたのかもしれません。

曲名が「白壁」となっているのは本編シーンに由来しています。久石譲はなぜこの曲を選曲したのか考察してみましょう。『毛虫のボロ』は、卵からかえるところから外の世界へ踏み出していく物語です。見るもの触れるものすべてが新しい世界であり、小さな毛虫にとって大きな外界は試練の連続です。行く先々で待ち受けているもの、そこは祝福されたものかもわからない。そんな毛虫の移動と主人公眞人の疎開をメタファーにしているのではないでしょうか。何ともいえないメランコリックな曲調はここしかない絶妙な選曲です。

この曲が三鷹の森ジブリ美術館の展示室用BGMとして使用されていること、小さな曲=毛虫のボロエンディング曲、これは情報提供いただきました。おかげでもっと長い線で結ぶことができました。ありがとうございます。

 

 

Track.
14. 聖域
15. 墓の主
16. 別れ

久石:

「今回それでいくつか成功しているところが、たとえば前半約1時間の現実世界からお屋敷に入って地下へ下り、床に飲み込まれて「下の世界」へ行くシーン。あそこで流れるターラーラ・ターラーラって曲、あれは狙って書けないですよ。」

「あれは2016年か17年ぐらいに書いた「祈りのうた2」という曲で、宮﨑さんに贈った曲なんです。当時はヨーロッパのミニマリストの影響をけっこう受けていて、それこそアルヴォ・ペルトだとかグレツキを自分なりに消化しようと書いていた曲なんですよ。そうすると、癒やしのような曲が地獄に呑まれるシーンに流れちゃうわけです。これ、狙って書けないです。セルフ選曲スタイルだからこそできたことになる。」

 

前島:

「宮﨑監督の誕生祝いとして書かれた《祈りのうたII》(2016)が原曲。本編のスコアにおいては、眞人が降りていく「下の世界」のテーマとみなすことができる。エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトに代表されるティンティナブリ様式(鈴鳴り様式、鐘鳴り様式)の三和音の分散音型で書かれており、ゆるやかな3拍子のリズムと合わさり、永遠に回転運動を続けていくような印象をもたらす。その独特な時間感覚が、「下の世界」を支配する時間の流れ、つまり現実の「上の世界」とは異なる時間の流れを象徴していると考えることができる。」

 

 

『かぐや姫の物語』(2013)で高畑勲監督が久石譲にオーダーしたのは【運命を見守る】音楽でした。それは【登場人物の気持ちを表現してはいけない/状況につけてはいけない/観客の気持ちを煽ってはいけない】という具体性をもって映像に音楽がつけられていきました。この曲からも同じような俯瞰や畏敬を感じることができます。

ピアノ左手の動きは、一音一音上行したり下行したり、はたまた無軌道な動きを見せたりします。時間が大きく呼吸しているようなこのテーマは、現実世界とは異なる時間の進みや揺り戻し、異世界に足を踏み入れていることを体感させてくれます。

 

Scene 00:51:00 / Track 14. 聖域

 

 

Track.
29. 祈りのうた (産屋)

久石:

「物語終盤の産屋で夏子が子供を産むシーンに使用した曲は、2015年に書いた最初の「祈りのうた」です。これは東日本大震災の影響も受けて、祈りとしての分散和音だけで作った曲です。」

「そう、一番激しいシーン。あのシーンに音楽を書けと言われたらサスペンスと恐怖が混じってくるし、あれだけの紙がワサワサ回っているとオーケストラで激しくいきたくなりますよね。でも、実際に使用した曲は、基本はピアノ1本です。後半に弦が入るだけ。あれができたのも、やはり、あらかじめ曲があったからなんです。」

 

前島:

「原曲は2015年1月5日、すなわち宮﨑監督74歳の誕生日に献呈されたピアノ曲《祈りのうた》で、もともとは三鷹の森ジブリ美術館のBGMとして作曲された。同年夏に開催された久石指揮新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)のツアーで初演され(本盤と同じピアノ、弦楽合奏、チューブラーベルズのためのヴァージョンで演奏された)、その際、「Homage to Henryk Górecki(ヘンリク・グレツキへのオマージュ)」という副題が附された。その副題が暗示しているように、《祈りのうた》は久石が(ポーランドの作曲家グレツキの音楽で知られる)ホーリー・ミニマリズムの様式を強く意識して作曲し、東日本大震災の犠牲者追悼の意味を込めた作品である。曲の構成は、ピアノだけで演奏される主部、弦楽器が加わった中間部、そして主部の再現という三部形式で作られているが、中間部の終わりに聴こえるチューブラーベルズは弔鐘、つまり追悼の鐘にほかならない。出産を控えた夏子と眞人が産屋で再会するシーンにおいては、そのチューブラーベルズが鳴り響く瞬間、音楽は感情的に最も激しいクライマックスを迎えるが、そのシーンの映像と《祈りのうた》の音楽が生み出す、いわば”生”と”死”が隣り合わせになった凄絶な表現は、もはや筆舌に尽くしがたい。」

 

 

「祈りのうた」は、「祈りのうた for Piano」が『Minima_Rhythm II ミニマリズム 2』(2015)に、「祈りのうた -Homage to Henryk Górecki-」が『The End of the World』(2016)にアルバム収録されています。約7分大きく静謐に繰り返す後者をもとに約4分のシーンに合わせて再録音されています。ピアノ左手の深い低音から一音一音上行していく動きは、深い場所から出口へ向かっていく神聖さを感じます。

三鷹の森ジブリ美術館オリジナルBGMです。2015年は同館「幽麗塔へようこそ展」が開催されていて、その時館内BGMとして使用されていた曖昧な記憶があります。本作の産屋のある塔と幽麗塔の世界、なにか関連はあるのでしょうか。次の情報が待たれるところです。

 

 

 

映画『君たちはどう生きるか』の音楽で誕生日プレゼントから選曲されたのは、「Ask my why」、「白壁」(小さな曲)、「祈りのうた」、「聖域」(祈りのうた II)の4曲は明らかになりました。ただ、一つの謎は残ります。

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2023.08.01 (posted on)

映画『君たちはどう生きるか』の音楽を手がけた久石譲さんのサウンドトラックアルバムが、8月9日(水)に発売されます。本日から発売日まで、久石さんの音楽作りの過程をお伝えしてゆきます。

久石さんは新年、宮﨑さんへ誕生日プレゼントの曲をたずさえ、スタジオにいらっしゃいます。
2020年1月6日(月)、久石さんがお持ちになった曲は、シンプルな単音中心のミニマルな曲でした。

少し不穏な雰囲気の曲を聞いた宮﨑さんは、目を閉じながら聞いたあと「地獄の門が開いた感じですね!」とひと言。鈴木さんもまた「久石さんの原点回帰ですね」と評しました。

久石さんは「そう! なにかそういう気がするんですよ」と答えます。
日本で最初に新型コロナウイルスが確認された1月中旬から、10日ほど前のことでした。

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from スタジオジブリ公式ツイッター(当時)

 

音楽にまつわる投稿第一弾だったこともあり、その時は「Ask me why」のことかなと思い込んでしまいました。しかし、久石譲インタビューを経て改めて注目すると、2020年1月6日と2022年1月5日、これは別の曲ということになります。さて、この曲は映画で使われたのでしょうか。いつか誕生日プレゼント(三鷹の森美術館オリジナルBGM集)がアルバムになって届けられたなら、その時に真実は明らかになるでしょうか。

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(4)~Ask me why~

Posted on 2024/08/09

では、アルバムを聴いてみましょう。

 

Track.
1. Ask me why(疎開)
12. Ask me why(母の思い)
34. Ask me why(眞人の決意)

久石:

「それから年が明け、(2022年)1月5日に宮﨑さんが、僕の仕事場に来られました。あの日は宮﨑さんの誕生日で、僕は毎年、曲を書いて二馬力に持って行くんですが、その時に作った曲が、眞人のテーマ曲ともいえる「Ask me why」だった。この段階では、僕は絵コンテも映像も観ていません。でも、宮﨑さんがその曲をすごく気に入られて、後日「宮﨑さんが『これってテーマ曲だよね』と言っていた」ということを伝え聞きました。それを聞いて、しまった、と(笑)。宮﨑さんって刷り込みの人だから、一度曲を聴いて「いい」というスイッチが入ってしまったら変更が利かない。僕自身は、映像を観てからテーマとなる曲を書くつもりだったけれど、こうなっちゃったらもう、戻れない。覚悟を決めました。」

「ただ、あの曲のアイデアは実は半年以上前から持っていたものなんです。歌のように、お経のようにつぶやいているものを書きたいとずっと思っていて。」

「毎年1月5日に持って行っていた曲というのは、最初はジブリ美術館用のつもりだったんですね。こういう展示物があるから作るというのではなく、何か展示するときに自由に使ってもらえばいいぐらいの感じで。そうするとイメージの源泉は宮﨑さんしかないんです。だって用途を頼まれて書いているんじゃなくて自主的に作るんだから。宮﨑さんに聴いてもらいたい曲を書くというコンセプトの中で、自分がそのときに素直に書きたいと思ったものを作る。」

「宮﨑さんが新作の制作に入ってからは、青サギが出てくるらしいということやインスピレーションを得た小説の話などは知っていましたが、具体的な内容なわからないけど、ちょっと心に引っかかりを持った少年の話になるみたいだと聞いてはいたんですね。頭にそれがあるから、5日に曲を書くとき、素直に宮﨑さんに聴いてもらいたいという気持ちと同時に、そのイメージが入ってくるんですよ、なんとなく。」

 

「七夕に初めて映像を観たとき、この映画の音楽は主人公のテーマとしてメインの曲を作って、それを中心に組み立てていくようなものではないとはっきりわかったんです。ようするにメインのメロディーをアレンジを変えて各所に押していくようなものではない。それをやると従来の古い形の映画音楽になってしまう。そのうえで一番重要なシーンにだけ厳選して使う。実際、主人公が疎開してくるオープニングと、本(君たちはどう生きるか)が机から落ちて母の字が見えたところ、あとラストの一つ前。この3カ所にしか使ってないんですよ。」

「普通だとこのメインのメロディーを弦でやったり、フルートでやったり、ヴァリエーションを増やしていくんだけど、これも一切やらない。これは完全にピアノだけでいく。どんな場合でもピアノでいくと決めちゃうとシーンができる。それをまず決めたら、そこに対してまたアイデアを考えていくということで組み立てていった。その結果として、実は鈴木さんが言ってくれた「ミニマル音楽で全編を」ということとは別に、ある意味でそれ以上に、映画音楽としてすごく特異な試みができたんです。」

 

「11月15日、映画の主要なシーンに10曲ほどの音楽を仮付けしたものを、宮﨑さんと鈴木さんに聴いてもらいました。映像を見ながらじっと音楽を聴いていて、眞人の部屋の机の上に積まれていたあの本(『君たちはどう生きるか』)が床に落ちて、表紙の内側に母の文字が見えたところに「Ask me why」が被さった時、宮﨑さんが涙を流されたということがありました。」

 

Joe Hisaishi, the veteran composer of every Miyazaki feature since 1984, responded to that original name and gave his theme the English title “Ask Me Why.” Through a translator, Hisaishi said he did that “to show that we’re constantly asking ourselves questions and asking ourselves the meanings of things.”(出典:Miyazaki’s ‘Boy and the Heron’ should be felt, composer says – Los Angeles Times, Nov. 29, 2023)

[自身のテーマに英語のタイトル「Ask Me Why」を付けた。久石は通訳を介して、「私たちが常に自分自身に疑問を持ち、物事の意味を問い続けていることを示すために」そうしたと語った]Web翻訳

(引用ここまで)

 

 

本作のメインテーマです。オープニングから本編終盤まで大切なシーンに3回だけ、他の楽器へのアレンジや変奏もなくピアノ1本で大切に奏でられています。シンプルでピュアな一曲です。オリジナルはおそらく約5分ほどのピアノ曲として仕上げられていると思います。本作ではシーンに合わせて曲想も手が加えられ曲尺も短くなっています。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2023」(2023.7)のアンコールでサプライズ披露されました。約3分半バージョンのピアノ・ソロはその後も海外公演などで演奏されています。

久石譲のジブリメロディといえば、新しくて懐かしい旋律に、神秘的に包み込んでくれるハーモニーにとファンをとろけさせてきました。「Ask me why」は、静かに呼吸するようなイントロに同音連打で始めるメロディと、まるで心の扉をノックしているようにも聴こえてきます。そして運命の扉をたたく、扉を開いていく力を感じています。映画を観た世界中の人々がフルバージョンで聴けるときをいつまでも心待ちにしている一曲です。

 

 

Ask me why のふしぎ

サビのメロディの一音が違います。とてもシンプルな曲だから同じことを繰り返しているだろう先入観もあってか、気づきにくいかもしれません。2回目に臨時記号♭(フラット)が付きます。この微細な変化が得も言われぬ奥深いニュアンスを与えてくれています。とても気に入っていました。しかし、コンサートなどで演奏しているピアノ曲は繰り返すどこにも♭は付いていません。ぜひ「34. Ask me why(眞人の決意)」を聴いてみてください。first time “D7”, second time “D7(-9)”のような、たった半音のズレからくる夢幻の響きです。この曲眞人の決意のためだけなのでしょうか。ズレあり派です。

 

~~~~

 

Scene 00:03:20 / Track 1. Ask me why (疎開)

 

Scene 00:42:30 / Track 12. Ask me why (母の思い)

 

Scene 01:51:50 / Track 34. Ask me why (眞人の決意)

 

 

次回は、つづけてアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(3)~方法論 継~

Posted on 2024/08/08

映画『君たちはどう生きるか』で継承された方法論についてみていきましょう。中でも、久石譲が守り続ける作曲論と、もう一つは音響との関係性についてです。ミニマルについても継がれたものと新しいことを改めて整理してみましょう。

 

 

久石:

「僕が2010年にやった「悪人」という映画の音楽を高畑さんがすごく気に入られていたんですね。その理由というのは、音楽が登場人物についていない。距離を持っているということなんです。映画音楽というのは、どうしても感情につけるか、状況につけるかになる。大概はその二つなんです。悲しいところをもっと盛り上げるとか、あるいは今は戦時下ですというような状況の音楽とかね。それが基本といわれていたんだけど、僕はまったく違う方法をとっていて、主人公のテーマというのも考えたことがないんですよ。」

「あくあで監督目線でつける。監督がこれで何を表現したいのかということに対して音楽をつける。今回の映画もそうだけど、宮﨑さんの視点と観客との真ん中くらいの位置関係。悲しがっているシーンを強調したりせず、心情的なものを説明しないということに徹したのが良かったんじゃないかという気がしています。」

 

「多くの映画音楽というのは基本的に、登場人物の気持ちを表現するか、状況を表現するかの二つしかないんですよ。で、僕は両方やりたくないわけ。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

「音楽は映像と距離をとってたほうがいい。あまり映像にシンクロしてしまうと、申し訳ないけど今のハリウッド映画みたいに(苦笑)ほとんど効果音楽になっている。走ったら速い音楽、泣いたら悲しい音楽っていう、すごくシーンを説明してしまうからね。僕はそれは絶対やりたくないから距離をとる。画面を説明しない。むしろ観る人がどんどん想像をかきたてるような、そういう音楽を書くことが理想だと思っています。ここは映画のことでとても重要なんですけども、観る人にイマジネーションをかきたてる、持ってもらう、観る人が想像できるようなものがいいと思う。音楽も説明しちゃってはいけない。」(出典:2024年1月30日公開/DVD映像特典収録 久石譲インタビュー動画より)

 

「進化なのか退化なのかはわからないけれど、デジタル機材が発達して以降のハリウッドの映画音楽は最悪になりました。それまでは言葉で作曲家に発注して何が上がってくるかわからない。何かイメージ違うんだよなと思っても、一定の範囲内で許容するしかない。そのズレって実は大切なモノだったと思うんです。ところがデジタルが発達しちゃうと誰もが簡単に切り貼りしたりシミュレーションできる。しかもその音楽を監督本人が選ぶわけではなく、分業化された「音楽ディレクター」とか「選曲屋」みたいな連中があたかも監督の代弁者のように振る舞って選びだす。これがほんとうに迷惑なんです。」

 

「作曲者ってやっぱりエゴがあって大概の場合、セリフと効果音って敵なんですよ。セリフも効果音も「うるさいから下げてください」って(音響演出の)笠松(広司)さんにしょっちゅう言っていたんですが、今回のように映画全体の音の設計を考えはじめると、「ここ、効果音くるよな」って想像がつくわけです。効果音がくるなら「ここはピアノ1本にしちゃうか」とか、トータルで設計ができるようになってくる。」

(引用ここまで)

 

 

作曲論

久石譲の作曲の流儀については、これまでも多くの機会で語られています。スタジオジブリファンや久石譲ファンにはご存知のとおりです。それもそのはず、時代をめくると『風の谷のナウシカ』(1984)や『天空の城ラピュタ』(1986)のときすでに同じことを語っているインタビューを発見できるから驚きです。作曲家として一貫したスタイルの約40年間です。

前回(2)方法論では、本作では無かったイメージアルバムについて触れました。何がイメージアルバムの役割を果たしたかというところまで踏み込んでみました。そもそもで振り返ってみると、イメージアルバムで作られた曲は特定のシーンに当て書きされたものではありません。宮﨑監督のキーワードや絵コンテをもとに、そのテーマや世界観を大きく表現する一曲になっています。そこから生まれた主要曲たちは映画本編でも大いに活躍していきます。登場人物が走っているか泣いているか、喜んでいるか悲しんでいるか、そんなどのシーンに使われるかわからない段階で書いた曲たちがぴたっとはまる、これが久石譲の言う距離をとった音楽その一つの現れなのかもしれません。イメージアルバムからであれ、本作に使われた誕生日プレゼントからであれ、タイプは違えど映像と音楽は対等な関係にあります。

イメージアルバムから振り分けていき足りないものは新たに書くという工程があります。映画公開に先駆けて届けられるイメージアルバム曲から、初めてお目見えするサウンドトラック曲まで、その楽しい時間と魅力は尽きません。本作では、事前に聴ける曲はありませんでしたが、そこには誕生日プレゼント・デモ音源・書き下ろし曲の三つがあります。誕生日プレゼントについては追って詳述したいと思います。

一つ例を想像してみましょう。「追憶」や「黄金の羽根」は、海外デモ音源の素材(モチーフ)からかたちにしていったのかもしれない。「思春期」や「ワラワラ」は、内包する世界観や独特性からすると書き溜めていた曲からではなく、シーンに合わせて新たに書かれたものかもしれない。「ワナ」については、素材があったかは不明ですがシーンに合わせて作っていったことは久石譲インタビューから明らかになっています。このように、イメージアルバムこそ無かったものの、久石譲が本作のために準備した楽曲群は、数年にもおよぶ創作期間の中から生まれた作家性の結晶です。一見するとバラバラなパズルのピースたちを高い次元でまとめあげています。

音響担当の笠松広司さんは、映画『ゲド戦記』(2006)以降のスタジオジブリ作品でも数多くクレジットされています。久石譲とは『崖の上のポニョ』(2008)『風立ちぬ』(2013)『かぐや姫の物語』(2013)ほか、『海獣の子供』(2019/STUDIO4℃)でも共に仕事をしています。

 

 

ミニマル・ミュージック

宮﨑監督の創造力に共振するように、久石譲は久石メロディを開花させ久石ブランドを進化させてきた。そういう歴史的側面はたしかにあります。本作では、ふたりのアイデンティティが真っ向から対峙しています。久石譲の音楽ルーツはメロディメーカー以前に現代音楽でありミニマル・ミュージックです。

ミニマル・ミュージックとは、短いフレーズやリズムを微細に変化させながら繰り返す音楽のことです。前衛音楽として始まり、現在までジャンルの垣根を越えて発展しています。本来の反復やズレはもちろん、ポップスからクラシックまで定義はより広がりをみせています。

久石譲は映画音楽の世界においても、ミニマルのアプローチを追求してきました。これまでのスタジオジブリ作品や北野武監督作品にもその一端は現れています。とりわけ、近年の日本映画『海獣の子供』(2019)『映画 二ノ国』(2019)や海外映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』(2020)『川流不“熄”(A Summer Trip)』(2021・未音源化)など、その比率は各段に上がっています。久石譲は「エンターテインメントでもミニマルのスタイルで貫けるときにはブレずにやる」と語っているとおり、どこまでミニマルでいけるのか挑んできた近年の志向性です。

ミニマル・ミュージックは、微細な変化を探求しているため、その音楽を明るいと感じるか暗いと感じるか、あるいは何を想像するかはリスナー一人一人に委ねられています。イマジネーションをかき立てる映像や物語に対して、音楽が先走ったり一つの答えを押しつけてしまってはいけない。久石譲の言う「距離をとった音楽」「観る人がどんどん想像をかきたてる音楽」のひとつにミニマルはあります。観る人や観るタイミングで微細に変化しながら、色褪せることなく長く愛され続けていきます。

ミニマルについて継承されたものは、久石譲というミニマル作家が映画音楽でも常にひとつの手法として如実に表現してきたことです。ミニマルについて新しいことは、遂に本作ではミニマルの手法で全曲書ききるという研ぎ澄まされた極致に達したということです。

 

Scene 01:39:10 / There is no music in this cut.

 

 

次回は、ではアルバムを聴いてみましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(2)~方法論~

Posted on 2024/08/07

映画『君たちはどう生きるか』でとたれた新しい方法論についてみていきましょう。中でも注目するのは大きく3つです。ミニマル・選曲・世界観です。エピソードに触れていくことで、音楽として具現化していった経緯や確信に満ちたアプローチまでみえてきます。

 

 

久石:

「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」

「この4、5年は中国の映画などでミニマル的アプローチで全編通すということをいくつか試みていたんです。で、今回「君たちはどう生きるか」の映像を初めて観たとき、ああ、これはもう愛と感動の方式をとらないでいいだろうと、はっきり思ったんですね。そのとき、メロディーではなくミニマルで行こうと腹を決めたのは事実なので、鈴木さんの解釈は正しいです。」

 

「7月に仕上がった映像を観て、最初に2部構成だと感じました。前半は「風立ちぬ」のように、少し前の時代の現代が舞台。後半は「崖の上のポニョ」のようなファンタジーであると。前半はできるだけ小さな編成でゆき、後半はオーケストラになっても構わないという構成をイメージしました。」

 

「映像を観終わったあと、宮﨑さんがふらりと顔を出されて「あとはよろしく」と一言(笑)。通常、映画の音楽を作るときは絵コンテや台本を読みながら、音楽打ち合わせを行います。今回は、それもなかった。「どこに音楽を入れるかもすべて任せますから、お願いします」と。」

「今回面白かったのは「じゃ、あとはよろしく」と言われたことで、一音楽家として曲を書くことより、ひとつの映画の音楽全体、あるいは音響全体までをまとめなきゃいけないという意識が強まったことです。新たに広がった視野で考えていった時、僕の掌の中にはすでに宮﨑さんに毎年贈ってきた曲が溜まりに溜まっていることに気づいたんです。4、5分以上の曲が14~15曲以上あって、すぐに「この素材を全部使えばいいじゃん」という発想に切り替わった。かなりタイトな制作期間だったにもかかわらず、制作に集中することができた。宮﨑さんが「これってテーマだよね」と言ってくれた曲があったことも心の支えでした。」

 

「映画に対して”選曲スタイル”でやったほうがいいケースの音楽もあるんです。それをうまくやった人間が(スタンリー・)キューブリック監督です。キューブリックは映画「2001年宇宙の旅」の宇宙航行のシーンで「美しく青きドナウ」というワルツを流す。無重力空間で。普通だったら派手なホルスト系の「惑星」みたいな曲になりそうなのにならない。見た瞬間からもうあれ以外考えられなくなりますよね。それが選曲の良さです。想像もつかない音楽をつけることができる。これはわれわれ作曲家にはできないんですよ。なぜなら映像を見て曲を書くから。」

「うん。テレビ番組などで選曲家が悲しいシーンに明るい曲をつけて楽しんでいるケースはあります。でも作曲家はまずやらない。計算して悲しいけど明るい曲を書こうとしたって、わざとやったらその意図はどうしても曲にあらわれてしまい、あざとさが透けて見えてしまう。だから本来、作曲家がキューブリックの「2001年宇宙の旅」のような選曲の妙を表現することはできないわけです。ところが今回、ある種の偶然も手伝って、僕は作曲家でありながら”選曲”の表現を試みることができた。」

 

(補足)

原典からの引用箇所を選ぶのが難しかったため、一点補足します。久石譲は海外ツアーの際に曲を書き溜めていました。『君たちはどう生きるか』や当時話が持ち上がっていたアメリカのテレビドラマの垣根はなく、何の用途もなく作ったデモ音源は約20曲ぐらいになっていました。誕生日プレゼントとこれらのデモ音源をはめたり、その流れを見ながら新たに浮かんできたところは曲を書き足していったということを明かしています。

 

 

前島:

「主人公・眞人が暮らす現実世界すなわち「上の世界」を描いた前半部と、眞人が足を踏み入れた塔の中で体験する「下の世界」を描いた後半部で映画の内容が大きく変わるので、前半部の音楽は眞人の心情に寄り添う形でピアノ・ソロもしくはピアノ・トリオのような最小限の編成で音楽を付け、後半部に入ってから初めてオーケストラを使用する。かつ、前半部も後半部もミニマル・ミュージックのスタイルを用いて作曲し、スコア全体の統一感を生み出す。」

「これまで久石が宮﨑監督の誕生日プレゼントとして書いたピアノ曲(いくつかはジブリ美術館のBGMとして使用されている)を本編の音楽に用いることで、映像と音楽が対等の関係を結ぶような効果を生み出す。音楽用語のアナロジーを用いれば、画と音がユニゾンでべったり進んだり、どちらかがホモフォニカルに従属したりするのではなく、ポリフォニックな関係によって互いの存在を引き立たせるということである。その際、宮﨑監督の画に対するカウンターポイントとして対置される久石の音楽は、もともと久石が宮﨑監督を念頭に置いて作曲した曲なので、宮﨑監督の自伝的要素が少なからず含まれる本作の内容から著しく逸脱することはない。そして、スタンリー・キューブリック監督が『2001年宇宙の旅』(1968)でクラシックの既成曲を選曲して大きな効果をあげたように、久石自身がそれらのピアノ曲を選曲し、スコアの中で使用することで、映像と音楽が織りなす予想外の対位法的効果をもたらすことができる。」

(引用ここまで)

 

 

久石譲が語ったことと前島氏の評から、新しい方法論として採用された《ミニマル・選曲》が音楽制作のうえで重要な鍵となったことがわかります。さらに、このことで現れ出ることになった《二つの世界観》についてみていきましょう。

ここでは、イメージアルバムをキーファクターとして追究していきます。本作では制作されていません。宮﨑駿×久石譲のゴールデンタッグにおいて盤石の方法論だったものがないことで起こったことがあります。それは、宮﨑監督の映画制作過程で久石譲のイメージ曲に影響を受けていないということです。これまでに、ドキュメンタリー番組などで久石譲のイメージアルバムを流しながら作業をしていたり、先に出来上がった曲に影響を受けてストーリーが導かれていったり、というエピソードを目にしてきました。本作では出来上がった純粋な映像から音楽がコラボレーションを果たしています。

一方では、なくても揺るがなかったことがあります。誕生日プレゼントから選曲したという点です。宮﨑監督のために書き下ろした曲たちは、いわば宮﨑駿イメージアルバムともなり得るからです。その中から宮﨑監督は「Ask me why」を選び久石譲は他の曲を選び、シーンに合わせて書き足されていった。【自身の少年時代を重ねた自伝的ファンタジー映画】(公式パンフレット 作品解説より)とあります。本作の音楽は、宮﨑監督という世界観と映画の世界観という二つの世界観を共生させて奥深い魅力を放っています。

イメージアルバムがないということは、いきなり本編映像に清書するようなものです。しかし、そこには熟成何年から十数年ものという誕生日プレゼントのピアノ曲があった。寝かせた旨味を冷静にテイスティングできた久石譲セルフ選曲こそ確信に満ちた一手です。かけられてきた時間をみても易々と追い抜くことのできない久石譲の達成です。

 

改めておさらいしてみましょう。キューブリック監督はクラシックの既成曲から選曲することで、本来全く違うものが重なり合い予想外の効果をもたらしました。久石譲は従来のイメージアルバムのように作品のキーワードや絵コンテから書いた曲ではなく、宮﨑監督をイメージの源泉として純粋に書いた曲から選曲することで、そのシーンからは想像もつかない音楽の効果を生みました。どちらも映像と音楽の対等な関係です。さらには、通常は外部の既成曲の場合使いたい部分の抜き出しやシーンに合わせた切り貼りしかできません。作曲家自ら選曲するということは、曲素材をもとに映像に合わせて音楽的に再構成することができる、その作品の世界観を統一性や意外性をもって音楽設計を進めていくことができる、ということになるのではないでしょうか。

 

Scene 01:14:35 / There is no music in this cut.

 

 

次回は、映画『君たちはどう生きるか』で継承された方法論についてみていきましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(1)~イントロダクション~

Posted on 2024/08/06

映画『君たちはどう生きるか』(2023)公開から約1年。久石譲インタビュー(2023.10)と前島秀国LPライナーノーツ(2024.7)をもとに、本作品の音楽制作過程や楽曲解説をまとめていきます。何も情報のなかった公開当時に記したレビュー(2023.8)からミニマルにぎゅっと圧縮して今回新たに再考したことにも触れています。作曲家、評論家、それぞれが語ったことを並べるように進めていきます。

前島秀国さんは、久石譲CD作品の数多くのライナーノーツを手がけています。また近年にかけてラインナップされたスタジオジブリ作品サウンドトラックのアナログ盤においても新ライナーノーツを書き下ろしています(久石譲が音楽担当した作品)。小説に添えられた文庫解説と同じように、作家とその作品群に精通した専門家による評であり、そこには鋭い個人の解釈と久石譲の代弁者ともなり得る説得力があります。正解ではなく共感できるか、磨かれた一つの回答がそこにはあります。

出典は頁末に記しています。全てを書き出して振り分けていくことはできません。興味を抱いた事柄については、ぜひオリジナル・テキストを手にとってください。

 

 

約40年間の歩み

宮﨑駿監督と久石譲のコラボレーションの歴史は、初めてタッグを組んだ映画『風の谷のナウシカ』(1984)に始まります。これまでに長編映画10作品、短編映画3作品、そして10年ぶりの最新作『君たちはどう生きるか』は11作目になります。高畑勲監督と初タッグとなった映画『かぐや姫の物語』(2013)も加えて共に歩んできた約40年間です。

宮﨑駿×高畑勲×久石譲によって確立されたとも言える、イメージアルバムからサウンドトラックまでという音楽制作の方法論は、映像にとってあるいは作品の世界観にとっていかに音楽が重要であるかということを示してきました。これまでに培ってきた盤石の方法論たちは本作では継承されたのか打破されたのか、これから紐解いていく大きなポイントになります。

 

 

音楽制作日誌

2021年11月 宮﨑監督から正式に依頼される
2022年1月5日 宮﨑監督へ誕生日プレゼント「Ask me why」
2022年7月7日 初めて試写を観る
2022年11月15日 主要シーンの音楽仮付け
2023年1月20日 ピアノ・レコーディング開始
2023年1月21日 オーケストラ・レコーディング開始

 

久石譲インタビューは当時を回顧するように詳細に語られています。前島氏はそこからきれいに要約してまとめています。

 

前島:

「2021年11月、久石は宮﨑監督から『君たちはどう生きるか』の作曲を正式に依頼されたが、翌年の夏ぐらいまでにほぼ映像ができあがる予定なので、それを先入観なしに観てほしい、それまでは絵コンテも読まないほうがいいと宮﨑監督から伝えられ、映画の内容に関する具体的な話は出なかった。次に久石が宮﨑監督と会ったのは年明けの2022年1月5日、すなわち宮﨑監督の誕生日である。毎年、久石は監督への誕生日プレゼントとしてピアノ曲を作曲・録音し、それを本人に届けるのが恒例となっているが、2022年の誕生日プレゼントとして書かれた新曲《Ask me why》を久石から贈られた宮﨑監督はこの曲を大変気に入り、宮﨑監督の希望でこの映画のテーマ曲に用いられることになった。それから7ヶ月後の同年7月7日、久石はようやく本編映像の試写に臨み(その段階で映像は95%以上完成していたという)、本作の内容を初めて知る。しかしながら、これまでの作品で必ずおこなわれてきた宮﨑監督との音楽打ち合わせはいっさいなく、「あとはよろしく」の一言だけで久石は宮﨑監督から音楽の作曲を一任された。試写で受けた衝撃を消化するのに数ヶ月を要した久石は、海外ツアーの合間にデモ曲の作曲に着手すると同時に、これまで宮﨑監督の誕生日プレゼントとして作曲したピアノ曲のいくつかをサウンドトラックに用いるという決断をした。11月15日、久石は映画の主要なシーンに10曲ほど仮付けしたものを宮﨑監督と鈴木敏夫プロデューサーに聴かせ、両者の了承を得る。そして11月後半から本格的な作曲作業に入り、翌2023年1月21日からオーケストラの収録がスタートし、その後まもなくサウンドトラックが完成した。」

 

 

サウンドトラック

上映時間は約124分、サウンドトラック盤は約69分、本編の約半分に音楽がついています。この中で、複数回使用された曲(一曲/曲部分)はありません。未収録曲もありません。映画本編に沿って曲順も曲尺もそのままに収録されています。ある一曲を除いて。「20.呪われた海」は、本編に使われたのはその一部で使われなかったパートもふくめて音源化されています。

 

 

音楽クレジット

作曲・編曲・プロデュース:久石譲

指揮・ピアノ:久石譲
演奏:Future Orchestra Classics
ゲストコンサートマスター:郷古簾
コーラス:麻衣&リトルキャロル

 

指揮は、コンサートも音楽収録も作曲者の久石譲によって音たちが導かれていきます。

ピアノは、久石譲本人によるものです。そんなのご存知と思うかもしれませんがそうでもありません。あえて区別しているのか定かではありませんが、近年だけを見ても映画『海獣の子供』(2019)や映画『二ノ国』(2019)などは別のピアノ奏者をたてています。宮﨑監督作品については全作品ご存知のとおり久石譲ピアノです。本作の主人公は宮﨑監督であり、宮﨑監督へ贈られた曲たちも大切な役割をもっています。おのずと久石譲が紡ぐピアニズムが欠かせません。とりわけ本作では、物語のなかに常にいて寄り添っている久石譲ピアノです。

演奏は、久石譲の呼び掛けのもと若手トップクラスの演奏家たちが集結するFuture Orchestra Classics(FOC)です。2016年の母体から精力的にクラシック演奏会を開催し、それらを収めたアルバムは高い評価を得ています。久石譲新作から現代作品まで、常に現代的なアプローチで臨み久石譲が追求する音楽を共に研鑽し進化させています。本作は、記念すべきFutune Orchestra Classics名義でのサントラ初クレジットになります。

これまでのスタジオジブリ作品サウンドトラックは、新日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団といった在京オーケストラと共演してきました。FOCは室内オーケストラです。室内楽ほどの小さい編成からオーケストラほどの大きい編成までその柔軟な駆動力を活かしながら、現代的なアプローチとまっすぐ伸びるノンビブラート奏法も相まって極めて芯の強い音像になっています。

ゲストコンサートマスターは、その冠のとおりFOCに客演で初参加となった郷古簾氏です。2022年からNHK交響楽団のゲスト・コンサートマスターを務め、2024年4月から第1コンサートマスターに就任しています。同年7月には久石譲MFコンサートVol.11にも初参加を果たしています。

コーラスは、麻衣&リトルキャロルです。過去には『崖の上のポニョ』(2008)のイメージアルバムとサウンドトラックにも参加しています。『風の谷のナウシカ』(1984)の少女の歌声は当時4歳の麻衣さんです。『もののけ姫』(1997)のイメージアルバムで「もののけ姫」を歌唱していたのもまた麻衣さんです。麻衣名義・リトルキャロル名義とありますが、これまでに数多くの久石譲映画音楽に華を添えてきた女声コーラスグループです。

 

 

受賞歴

世界各国の映画祭・賞レースで盛り上がりをみせる本作ですが、その中から音楽賞にフォーカスしても枚挙にいとまがありません。最優秀賞に輝いたニュースは瞬時に世界を駆け巡ります。

  • 第28回フロリダ映画批評家協会賞 作曲賞
  • 国際シネフィル協会賞 作曲賞
  • 国際映画音楽批評家協会賞 アニメ映画部門作曲賞

 

このほか名だたる映画賞の音楽部門/作曲賞で数多くノミネートされ話題を集めました。

  • 第81回ゴールデングローブ賞
  • 第51回アニー賞
  • 第17回ヒューストン映画批評家協会賞

ほか

2024年8月現在

 

 

次回は、映画『君たちはどう生きるか』でとられた新しい方法論についてみていきましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

 

Blog. 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.7」コンサート・レポート

Posted on 2024/08/04

7月31日,8月1日開催「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS」コンサートです。今年は「久石譲 presents MUSIC FUTURE」(7/25,26)とのスペシャルウィークです。久石譲の3大コンサート(WDO,FOC,MF)のうち2つのコンサートがこの夏一挙開催です。

 

 

JOE HISAISHI FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.7

[公演期間]  
2024/07/31,08/01

[公演回数]
2公演
東京・サントリーホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:FUTURE ORCHESTRA CLASSICS
合唱:東京混声合唱団
コンサートマスター:近藤薫
ソプラノ:エラ・テイラー

[曲目]
久石譲:The End of the World
I. Collapse
II. Grace of the St. Paul
III. D.e.a.d
IV. Beyond the World
Recomposed by Joe Hisaishi:The End of the World

—-intermission—-

スティーヴ・ライヒ:砂漠の音楽 *
Steve Reich:The Desert Music
I. fast
II. moderate
III. A – slow
IV. B – moderate
III. C – slow
IV. moderate
V. fast

*オリジナル編成版(1984年)全曲 日本初演

[参考作品]

久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『The End of the World』

 

 

 

まずは会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

今年のFUTURE ORCESTRA CLASSICS(FOC)はとてもスペシャルです。

本来室内オーケストラとして50名前後の編成ですが、100名を超える大型オケになり、またホールもサントリーホール2日間と現代の音楽が行う規模をはるかに超えているのですが、関係者の奮闘により2日間ともソールドアウトとなりました。誠にありがたい限りです。

肝心の曲目はスティーヴ・ライヒの「The Desert Music」と僕の「The End of the World」です。1983年に作曲された「The Desert Music」はあまりの規模の大きさと難しさでこれまで日本では演奏されず、今回が日本初演になります。両曲とも戦争に関する題材を扱っています。戦後80年近くなるのに今の状況はいつでも世界戦争が起こってもおかしくないように見えます。多くの人が亡くなり、多くの文化が破壊されています。

でも僕は反戦のコンサートにするつもりは全くなく、このような状況でも自分を見失わずに強くしっかり生きていこう!という元気の出る、ポジティブなコンサートになれば良いと思っています。

皆さまに楽しんでもらえたら幸いです。

久石譲

 

Joe Hisaishi:The End of the World
久石譲:ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド

久石譲が2007年秋にニューヨークを訪れた時の印象がきっかけとなり、2008年から作曲に着手した組曲《The End of the World》は、2001年同時多発テロ(9.11)による世界秩序と価値観の崩壊が引き起こした「不安と混沌」をテーマにした作品である。もともとは《After 9.11》という仮タイトルが付けられていたが、久石はカントリー歌手スキータ・デイヴィスが1962年にヒットさせたヴォーカル・ナンバー《この世の果てまで The End of the World》にインスパイアされ、組曲全体を《The End of the World》と命名した。2008年に、〈I. Collapse〉〈II. Grace of the St.Paul〉〈III. Beyond the World〉の3楽章からなる組曲として初演された後、この作品は一種のワーク・イン・プログレスとしてさまざまな変遷をたどり、2015年のW.D.O.(ワールド・ドリーム・オーケストラ)公演において、上記3楽章に〈D.e.a.d〉を挟み込んだ4楽章+久石がリコンポーズした《この世の果てまで》の計5楽章(4+1)の組曲として演奏された。本日演奏されるのは、そのW.D.O.2015公演で初演されたヴァージョンである。

I. Collapse
ニューヨークのグラウンド・ゼロの印象を基に書かれた楽章。冒頭、チューブラー・ベルズが打ち鳴らす”警鐘”のリズム動機が、全曲を統一する循環動機もしくは固定楽想(イデー・フィクス)として、その後も繰り返し登場する。先の見えない不安を表現したような第1主題と、より軽快な楽想を持つ第2主題から構成される。

II. Grace of the St. Paul
楽章名は、グラウンド・ゼロに近いセント・ポール教会(9.11発生時、多くの負傷者が担ぎ込まれた)に由来する。冒頭で演奏されるチェロ独奏の痛切な哀歌(エレジー)がオリエンタル風の楽想に発展し、人々の苦しみや祈りを表現していく。このセクションが感情の高まりを見せた後、サキソフォン・ソロが一種のカデンツァのように鳴り響き、ニューヨークの都会を彷彿とさせるジャジーなセクションに移行する。そのセクションで繰り返し聴こえてくる不思議な信号音は、テロ現場やセント・ポール教会に駆けつける緊急車両のサイレンを表現したものである。

III. D.e.a.d
もともとは、2005年に発表された4楽章の管弦楽組曲《DEAD》の第2楽章〈The Abyss~深淵を臨く者は・・・・~〉として作曲された。《DEAD》(”死”と、レ・ミ・ラ・レの音名のダブル・ミーニング)の段階では器楽楽章だったが、本日演奏されるW.D.O.2015ヴァージョンに組み込まれた際、久石のアイディアを基に麻衣が歌詞を書き下ろした声楽パートが新たに加えられた。原曲の楽章名は、ニーチェの哲学書『ツァラトゥストラはかく語りき』の一節「怪物と闘う者は、その過程で自分が怪物にならぬよう注意せねばならない。深淵を臨(のぞ)くと、深淵がこちらを臨き返してくる」に由来する。ソリストが歌う歌詞が、特定の事件(すなわち9.11)や世俗そのものを超越し、ある種の箴言(しんげん)のように響いてくる。

IV. Beyond the World
3楽章版の《The End of the World》が2009年のアルバム『Minima_Rhythm』に収録された際、久石自身の作詞によるラテン語の合唱パートが新たに加えられた。「世界の終わり」の不安と混沌が極限に達し、同時にそれがビッグバンを起こすように「生への意志」に転じていくさまを、11/8拍子の複雑な変拍子と絶えず変化し続ける浮遊感に満ちたハーモニーで表現する。楽章の終わりには、第1楽章に登場したチューブラー・ベルズの”警鐘”のリズム動機が回帰する。

組曲としては、以上の4つの楽章で一区切りとなり、最後に《この世の果てまで》のリコンポーズ版がエピローグ的に演奏される。

Recomposed by Joe Hisaishi:The End of the World
原曲《この世の果てまで》の歌詞の内容は、作詞者シルヴィア・ディー(Sylvia Dee)が14歳で父親と死別した時の悲しみを綴ったものとされている。久石がこのヴォーカル・ナンバーを組曲の終わりに付加した理由のひとつは、この曲のメロディーが持つ美しさを久石が高く評価していたからである。このように、パーソナルな思いを表現した世俗曲や民謡のメロディーを、シンフォニックな大規模作品の中に引用する手法は、久石が敬愛するマーラーの作曲の方法論に通じるものがあると言えるだろう。愛する者を失った悲しみをエモーショナルに歌うソリストと、その嘆きを温かく包み込むコーラスの背後で、チューブラー・ベルズのリズム動機がかすかに聴こえてくるが、その響きは今までの恐ろしい”警鐘”から、祈りの”弔鐘”へと変容を遂げている。最後に、チューブラー・ベルズが”希望の鐘”を静かに暗示しながら、全5楽章の組曲全体が安らかに閉じられる。

楽曲解説:前島秀国

 

 

Message from Steve Reich

「砂漠の音楽」は1984年に初演され、2024年にようやく日本初演を迎えることができ、大変嬉しく思います。この機会を与えてくださった久石譲さんとFUTURE ORCESTRA CLASSICSに感謝します。私のこの最大の作品を、すべての演奏者と観客の皆さんに楽しんでいただけますように。

ースティーヴ・ライヒ

 

Steve Reich:The Desert Music
スティーヴ・ライヒ:砂漠の音楽

スティーヴ・ライヒが1982年から83年にかけて作曲した《砂漠の音楽》は、アメリカの詩人/医師ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ(1883-1963、以下WCWと表記)の詩をテキストに用いて作曲された、ライヒ最大の編成を持つ作品である。かねてからWCWを敬愛してきたライヒは、詩集『砂漠の音楽 その他の詩』(1954年出版)と『愛への旅』(1955年出版)に収められた詩を選択・抜粋・編集した上で、本作品の歌詞に用いている。

WCWの詩以外に、ライヒは次の3つの「砂漠」から作曲のインスピレーションを得た。まず、旧約聖書の出エジプト記に登場するシナイ半島の砂漠。2つめは、ライヒ自身が何度か往復したことがあるカリフォルニア州ハーヴェの砂漠。そして3つめが、人類初の原爆実験を含む多くの核実験が行われた、ニューメキシコ州アラモゴートの砂漠である。そこでライヒは、WCWがヒロシマとナガサキ以降の時期に書いた3篇の詩を意図的に選択し、詩人の関心とライヒ自身の関心を音楽の中で合致させようと試みた。ライヒは筆者との取材の中で、次のように《砂漠の音楽》を解説している。「私の曲に限りませんが、どんな音楽でも歌詞がある場合には、その言葉に含まれるサウンドと意味を大切に扱わなければいけません。もちろん、歌詞に用いるテキストは自分で選びましたが、歌詞の存在によって、普段の自分だったら絶対にしないような作曲をせざるを得なくなります。《砂漠の音楽》では、WCWの詩が原爆を扱っているので、今までの自分の曲になかった暗さを音楽で表現する必要があったんです」。

今回日本初演される1984年初演版のオーケストラ(4管編成)でとりわけ注目すべきは、ライヒのアンサンブル作品で中心的な役割を果たすマレット楽器が指揮台を囲むように配置され、視覚的にも聴覚的にもリズム(パルス)がこの曲の中心だとライヒが強調していること、そして弦5部が3声のカノンを頻繁に演奏するため、3つの小グループに分割されて配置されているという点である。

全5楽章はABCBAのアーチ構造で構成され、中間のCの第3楽章はそれ自体がABAのアーチ構造を内包している。それぞれの楽章は和音のサイクル(循環)に基づいて作曲され、第1楽章と第5楽章、第2楽章と第4楽章、第3楽章がそれぞれ固有のサイクルを持つ。さらに、第2楽章と第4楽章、第3楽章の両セクション(IIIAとIIIC)は、それぞれ同じ歌詞が用いられている。かくして、切れ目なく演奏される全曲は、第1楽章でパルスのリズムと和音のサイクルを提示し、第3楽章中間のIIIBで折り返し地点に達した後、それまでの往路を復路として帰っていくように逆行し、第5楽章の最後で冒頭のパルス音と和音のサイクルに回帰する。

このような構造に加え、先に紹介したライヒの発言にもあるように、音楽にはテキストの内容が色濃く反映されている。具体的を挙げると、第2楽章と第4楽章の歌詞は、ライヒ自身の音楽とその聴取態度を自己言及的に表現したテキストとして歌われる。合唱が「半分ほど目を閉じてみよう。目で聴くわけではないのだから」と歌うのは、1970年代にライヒの音楽に対して貼られた「睡眠音楽」「トランス音楽」というレッテルに対する反論である。これに対し、半音階を多用した暗い第3楽章では音楽外の問題、すなわち原爆が扱われている。それを端的に表しているのが、第3楽章のIIIAとIIICで歌われる「ようやく願望を実現した以上、人類は願望を変えるか滅びるしかない」という黙示録的な歌詞であり、IIICでヴィオラが演奏するサイレン音すなわち”警報”である。そして、合唱がIIIBで「音楽の基本はテーマの繰り返しだ」と歌い始めると、音楽は”カノン地獄”と呼びたくなるような凄まじい対位法(カウンターポイント)に突入し、やがてカノンは「現状の解決」すなわち「解決すべき現実の諸問題 the facts to be resolved」という言葉を扱い始める。つまり、「繰り返し」を続けるライヒのミニマル・ミュージックと同様、たとえ難しくても、人類は「諸問題」に厭くことなく向き合っていかなければならないという言外の意味がそこに込められている。

なお、最後の第5楽章の歌詞に関して、ライヒはWCWのテキストを編集することで「最も先に光を届ける」人が具体的に誰なのか、敢えて明示を避けている。WCWの原詩ではトルストイ、孔子、ブッダ、リンカーンなどの人物が挙げられているが、原詩の文脈とライヒの作曲意図を踏まえ、歌詞の拙訳では「偉人」と曖昧にしておいた。

楽曲解説:前島秀国

(「JOE HISAISHI FUTURE ORCHESTAR CLASSICS Vol.7」コンサート・パンフレットより)

 

*パンフレットには両作品の歌詞/訳詞まで掲載されています

 

 

前島秀国さんは本公演に先駆けてスティーヴ・ライヒ「砂漠の音楽」についてのコラムも寄稿しています。楽曲解説をより深くまで補完するものとしてぜひご覧ください。

 

 

また公演翌日には山田治生さん(音楽評論家)によるコンサート・レビューも公開されました。本公演の見どころ聴きどころが凝縮された筆跡をお楽しみください。写真(The End of the World)はそこからお借りしています。

久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.7 | CLASSICNAVI
久石譲、スティーヴ・ライヒの世界観を存分に味わった歴史的な公演
公式サイト:https://classicnavi.jp/newsflash/post-19956/

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

もうすでに情報が多すぎて何から書こうか。ファン目線の補足くらいになるべくシンプルに書いていこうと思います。

久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICSは、これまでベートーヴェンやブラームスといったクラシック音楽の交響曲全曲演奏などを進めてきました。現代音楽だけでプログラムする記念すべき公演になります。そしてスティーヴ・ライヒ作品の日本初演、これだけでも並々ならぬ意気込みを感じるコンサート前夜です。

リハーサルも約1週間をかけて行われています。今年は「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.11」との2週にわたるスペシャル・ウィーク、期間中リハーサルも同時進行で行われたことがSNS記録からわかります。頁末にまとめています。あとでゆっくり楽しんでください。

 

 

久石譲:The End of the World

今でこそ交響曲第1番~第3番と発表している久石譲ですが、その前までは多楽章からなるシンフォニー作品が交響曲ばりの大作とファンのなかでは位置づけられていました。その中の重要な一作品「The End of the World」です。これまでの変遷や楽曲解説は素晴らしくきれいにまとめられています、いつでも上に戻ってご覧ください。

ここでは感想だけ。久石譲版対抗配置です。2015年からの変更点は、チューブラー・ベルズが後方の打楽器群のなかに並ぶのではなく、対抗配置の第1ヴァイオリンとチェロそしてコントラバスに囲われる中方左側に位置していたことです。この作品におけるテーマ性としての重要さ、そして音楽的先導役としての重要さを象徴しているようでした。

第1楽章、従来の陰影さを覆っていたティンパニから、強いアクセントへと変わっていました。久石譲版ベートーヴェン交響曲ではティンパニがよく効いていたように、同じスコアをもとにしながらかなり力強く前面に押し出しています。これだけでも序盤から目をそらせない気迫が十二分に伝わってきます。

第2楽章、中間部の4ビートになるパートで少し変わっていました。2015年音源ではそこはシンバルを中心にリズムを刻んでいますが、本公演ではスネアのリム(枠打ち)に始まり、徐々にヘッド(面打ち)はもちろんバスドラムのキックやタムタムも加わっていき、ドラムセットを惜しみなく操るジャジーなスティックさばきを展開しています。セッションさながら自然に体もノリます。第1楽章もそうですが、改訂とまではいかない大きく構造を変えずにできる微修正といった印象です。

第3楽章、よかったです。2015年のときは組曲DEADからちょっと入れてみました的感覚が少し残ってたんですけど(個人の受け止め方の問題です)、今ここにきてがちっとハマった、他の楽章としっかり結びついてここにないといけない楽章だとしっかり感じとることができました。素晴らしくよかったです。

第4楽章、ピークに向かって音楽は着実に駆け上がっていき膨れ上がっていきます。東京混声合唱団のコーラスも素晴らしかったです。オーケストラと対等でありながら、ダイナミクスもアクセントも見事にシンクロしています。そうしてオーケストラと合唱団はステージ上でひとつの巨大な生き物として渾然とそびえ立つように迫力に圧倒されます。

リコンポーズ、支配する弦楽の不協和音が美しい。歌い出しにも弦楽が加わっていたと思います。2015年版ここはピアノやハープだけの伴奏です。弦楽の厚みは編成規模からくるところもあるかもしれませんが、その精緻で重層的な響かせかたが第3楽章からの流れをみてもつながっていて、エンドロールにふさわしい。ここもまた4つの楽章+1の違和感が一層なくなり、この歌をもって大きな作品が完結することを心の底から実感できました。

エラ・テイラーさんは、ジブリ・スクリーンコンサート「JOE HISAISHI SYMPHONIC CONCERT: Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki」2023年ロンドン、2024年パリ、ドイツなどで共演を重ねています。押しつけることのないまっすぐな歌声と、息が立ち上がる瞬間から息が切れるところまでの繊細さや胸が高鳴ってくる力強さまで、ずうっと聴き惚れていました。ほんと心に沁みました。

「The End of the World」過去一の名演でした。たしかに作品の進化に合わせて2009-2010年、2015年と演奏頻度もそう多くはありません。ここにきて作品のもつ巨大な存在感や久石譲作品において極めて極めて!重要な一作品であることをまた思い知らされました。正直どちらがプログラム先行後行でも良かったんじゃないかと思えるほど甲乙つけがたい。どちらも約40-45分ならなる久石譲作品とスティーヴ・ライヒ作品、とてつもないバランスで拮抗していたと感じています。作品が終わってもすぐに拍手をすることが出来ないほど息をのむ緊張感と凄みがありました。

サントリーホールの響きがまた素晴らしい。第2楽章の向井航さんのチェロ独奏(FOC、MFコンサートでもおなじみ)、林田和之さんのサクソフォン独奏(たくさんの久石譲コンサートでおなじみ)、そして中間部の一瞬の弦楽四重奏パートなどなど、とにかく音が立ってる。FOCは室内オーケストラで中ホール開催が多いです。今回は大編成なこともあってサントリーホールが選ばれているとも思いますが、編成規模に関わらずまたやってほしい、いつでもやってほしい、そう思ってやみません。

 

 

スティーヴ・ライヒ:砂漠の音楽

繰り返しお伝えします。楽曲解説や評論家レビューをご覧ください。それが一番です。

この作品が遂に日本で聴けるんだ絶対行く、というほどの馴染みがありません。プログラムで初めて知った、次にコンサートまで少し予習した、そんな作品です。だから繰り返し…

とにかく贅沢極まりない大編成なんです。上述の山田治生さんのレビューには「舞台には、4管編成の大オーケストラ(弦楽器は3群に分かれる)、10名の打楽器奏者(ティンパニを含む)、4名の鍵盤楽器奏者(ピアノとシンセサイザー)、そして混声合唱が並ぶ。」とあります。そうなんですね。本公演のスティーヴ・ライヒ時間の写真は現時点でどの方面からもあがらないので参考の舞台配置図です。全く同じではありませんでしたが、こんなステージ見たことないとはっと驚きます。一大イベントなフォーメーションだと一目瞭然です。見たこともないし聴いたこともない、それもそう実現難しかった日本初演ですから。すごい。この大所帯が精緻にミニマルを築きあげるんですから。すごい。

 

from [Steve Reich] The Desert Music (Score-Video) YouTube

 

作品のことは語れるほどないのが残念です、大人しくしゃべりません。久石譲ファンから感じたことだけ言わせてもらいます。「The End of the World」と「砂漠の音楽」、同じようなリズム動機も登場するし同じようなハーモニーを響かせたりもします。また、久石譲は両作品とも現代的アプローチで臨んでいるから、ダイナミズムやアクセントの表現も共通点を感じる場面が幾度あります。そこで突如現れてきたのが、「砂漠の音楽」を演奏しているのに表裏一体で「The End of the World」が浮かび上がってくるという瞬間です。そう感じたことに驚嘆しました。

この二つの作品には、同じミニマル作家として共鳴している音楽的素材があります。平たく言うと、このフレーズとか和音って久石譲のほうにもあったよねというのを、そんなことはわかっていると言わんばかりに、久石譲はそれを躊躇することなく堂々とした指揮で導き共振させています。意図的に「The End of the World」を連想させたということではありません。本公演の二つのプログラムが一体化して本日の大きなメインディッシュとなっていると感じたからです。これには唸らざるを得ません。久石譲の作曲家/指揮者として築きあげてみせた巨大構造物に驚嘆したのです、という息は荒いけどちょっと伝わりにくいかもな感じたことでした。

 

久石譲は過去にもスティーヴ・ライヒ作品を演奏会で取り上げています。2015年には「エイト・ラインズ」(『久石譲 presents MUSIC FUTURE 2015』ライブ音源収録)を、2016年には「シティ・ライフ」(『久石譲 presents MUSIC FUTURE II』ライヴ音源収録)を。またMUSIC FUTURE海外公演などではミニマルのリズムをわかりやすく紹介する「クラッピング・ミュージック」をイントロダクションに置いたり、2024年10月には日本センチュリー交響楽団定期演奏会にて「デュエット~2つの独奏ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための」がプログラム予定になっています。

 

 

終演後、拍手は鳴りやまず久石さんは何回も何回もカーテンコールに応えてくれました。待望の久石譲「The End of the World」再演、そしてスティーヴ・ライヒ「砂漠の音楽」日本初演、プログラムの満足感は観客の大きな拍手となって跳ね返りました。

本公演はライブ配信はなし、記録用カメラのみです。こんな公演が会場に来た人だけしか味わえないなんて心から残念です。それは置いといたとしても、それは記録しないとダメでしょう、というか新聞からクラシック音楽誌までメディアはちゃんと取材に来てるんですか、ちゃんとプレス招いているんですか、そんな余計なお世話を一人ピリピリしていました。だって、そのくらい久石譲にとっても歴史的な公演です。しっかり各方面に取り上げてもらって一ページに刻んでほしいところです。そうして、そうして広く知れ渡ったその先に音源化や映像化を強く切望します。あとはあとは、FUTURE ORCESTRA CLASSICSで久石譲作品「The End of the World」「Sinfonia」「Oribis」あたりをしっかり録音するっていうのは、結構あり得てほしい期待値膨らみます。古典作品から現代作品まで培ってきたFOCの成果を久石譲作品で照らし返してほしい、心から願っています。

 

 

会場のCD販売コーナーでは、『JOE HISAISHI IN VIENNA』CD/LPと『久石譲 FOC シューベルト交響曲第7番・第8番』購入者《先着60名限定サイン会》もありました。先のMFコンサートで念願のサイン会再開となりましたが、どちらのコンサートも海外客も多いです。サイン会もそうなるから英語話せるスタッフさんをと大変です。予想もしていなかったギフトに日本土産に貴重ですね。本公演では久石譲さんの他、近藤薫さん(ヴァイオリン)向井航さん(チェロ)高島拓哉さん(オーボエ)もサイン会に参加いただいたようです。事前告知も予告もありません。行ったらわかるラッキーなチャンスこれからまたあるといいですね。

 

 

みんなのコンサート・レポート紹介

会場でもお会いしたファンつながりショーさんのコンサート・レポートです。気さくにオーケストラ演奏会の様子を伝えてくれます。これ言ってもいいかな(笑)えっと、「後半は眠ってしまうかも」なんて休憩時間に言われてましたけどなんのその終わったら「あっという間だった!」って表情明るく楽しそうでした。すっかりミニマルにもハマっているレポートお楽しみください。ほかにもお会いできた皆さん楽しいひとときをありがとうございました。

ファン歴も長く過去数多くのコンサート・レポートが収められています。本公演1週間前の「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.11」コンサートにも行かれています。

JOE HISAISHI FUTURE ORCHESTRA CLASSICS VOL.7(2024.8.1) – Sho’s PROJECT OMOHASE BLOG 改 seconda

久石譲コンサート オーナーの鑑賞履歴 – Sho’s PROJECT OMOHASE BLOG 改 seconda

 

 

 

 

リハーサル風景

今年はMFコンサート(7/25,26)も控えながらリハーサルもMF・FOCと同時進行で行われていたことがわかります

7月24日

from 東京混声合唱団(東混)公式X
https://x.com/TokyoKonsei

 

東混日記[vol.21]東混日記に久石譲さん登場!久石譲フューチャー・オーケストラ・クラシックスのリハーサル風景&インタビュー(約4分)

from 東京混声合唱団公式YouTubeチャンネル

 

 

7月28日

スタジオ・リハーサル

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF公式X
https://x.com/joehisaishi2019

 

from 東京混声合唱団(東混)公式X

 

 

 

7月29日

ホール・リハーサル

場所をホールに移して本番をイメージしながらと熱の入れよう

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF公式X

 

ピアノは、作曲家・指揮者・ピアニスト・チェンバリスト・オリガリストと幅広い鈴木優人さん。もう一人は、MFコンサートVol.11でもピアノ・オルガンとしてMusic Future Bandメンバーの鈴木慎崇さん

from 東京混声合唱団(東混)公式X

 

from Masato Suzuki 鈴木 優人 公式X
https://x.com/eugenesuzuki

 

 

7月30日

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF公式X

 

コントラバス城満太郎さん(3枚目)も新日本フィルハーモニー交響楽団やたしか過去FOCコンサートでもおなじみじゃないかと

from 東京混声合唱団(東混)公式X

 

 

7月31日(ゲネプロ)

ほか

from 東京混声合唱団(東混)公式X

 

 

7月31日(公演1日目)

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF公式X

 

8月1日(公演2日目)

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF公式X

 

7月28日~7月31日 Posted

ほか

リハーサル風景の動画もあります(たくさん!)

from 久石譲本人公式インスタグラム
https://www.instagram.com/joehisaishi_composer/

 

 

公演風景

ほか

公演風景の動画もあります

from 久石譲本人公式インスタグラム

 

from 東京混声合唱団(東混)公式X

 

 

 

コンサート前後には、FOCメンバーや合唱団からの投稿やオフショットが満載です。今回は多すぎて紹介できませんが、ぜに気になるメンバーや楽器のSNSをチェックしてみてください。また久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋アカウントでは、見つけれたものはいいね!したりリポストしたりコンサート前後でわいわいやっています。フォローいただけたらタイムラインで共有できると思います。ぜひ見逃さないこぼさないひとつのガイドにしてください。

久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋 X(Twitter)
https://x.com/hibikihajimecom

 

 

FOCシリーズ

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

Blog. 「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.11」コンサート・レポート

Posted on 2024/07/28

7月25,26日開催「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.11」コンサートです。今年は「JOE HISAISHI FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.7」(7/31-8/1)とのスペシャルウィークです。久石譲の3大コンサート(WDO,FOC,MF)のうち2つのコンサートがこの夏一挙開催です。

 

 

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE Vol.11

[公演期間]  
2024/07/25,26

[公演回数]
2公演
東京・紀尾井ホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:Music Future Band

[曲目]
フィリップ・グラス / 久石譲:2 Pages Recomposed
フィリップ・グラス:弦楽四重奏曲 第5番

—-intermission—-

デヴィッド・ラング:Breathless
マックス・リヒター / 久石譲:On the Nature of Daylight
久石譲:The Chamber Symphony No.3 *世界初演

[参考作品]

久石譲 presents MUSIC FUTURE IV

 

 

まずは会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

11回目を迎える今年のMUSIC FUTURE(MF)は僕のLarge Ensembleの新、旧作品を含めて木管、金管、ストリングカルテットの作品を配置したとても良いプログラムだと思っています。各楽器の特性を活かした現代の作品がカラフルに今日の世界を表現してくれます。またYoung Composer’s Competition(YCC)の作品も演奏します。今年はイタリアの若き作曲家が登場します。アートでエンターテインメントする!僕の最も好きな言葉です。楽しい一夜になることを期待しています。

久石譲

 

私の友人である久石譲氏が、今回のMUSIC FUTUREで私の作品を演奏すると聞いてとても嬉しく思っています。私は既に弦楽四重奏曲第4番という大変「シリアスな」カルテットを書いていましたが、「String Quartet No.5」(1991年)は、おそらくすべての中で最も重要なテーマである音楽性そのものについての作品でした。

MUSIC FUTUREでは、久石譲の編曲による「2 Pages」も演奏されます。この曲は、音楽の素材を大幅に削ぎ落としていた時期のものです。実際、この曲には5つの音しかありません。新しい表現言語を発展させていた頃の作品です。久石氏の編曲は、音楽に新たな命や新たな色彩を音楽にもたらします。それはもともと意図されていなかったものかもしれませんが、そうした色彩や彼のエネルギーを歓迎します。

フィリップ・グラス

 

私の作品である「Breathless」を演奏してくださる久石譲氏と素晴らしい奏者の皆さんに大変感謝いたします。

私にとって、木管五重奏はいつも非民主的なアンサンブルのように思われます。高音の楽器がメロディーを奏で、低音の楽器がそれを支えているからです。そこで、各楽器がより平等になる曲を作れないかと考えました。そべての楽器が常に演奏し、常に同じものを演奏し、そのそれぞれが、ほぼ同一の音楽的要素からほぼユニゾンの大きな全体が形成されていく連続的な流れに寄与するような曲を考案したのです。最後にすべての音符を数えてみると(誰がそんなことをしたがるかは分かりませんが)、各楽器がほぼ完全に同じ数の音符を演奏しているとわかるでしょう。この曲を書いたときに、私には自分の作品がジャン=リュック=ゴダールによる同名の素晴らしい映画(訳注:邦題『勝手にしやがれ』)と関連があると確信していたのですが、どんな関連性があると考えていたのか、今では思い出せません。

デヴィッド・ラング

 

 

The Chamber Symphony No.3
Joe Hisaishi

 2020年にピアニストの滑川真希さん、Philharmonie de Paris、Art Electronica Festivalからの共同委嘱で作曲を開始したが、Covid-19によりコンサートが2022年に延期されたため楽曲の仕上げも2022年の春となった。

 当初、Sonatineと題して3楽章の楽曲として完成したが、作曲が遅かったせいで初演は第3楽章のToccataのみとなった。誠に反省しているのだが、その時の真希さんのパフォーマンスはパリの観客を完全に魅了した。

 そして今年MUSIC FUTURE用に書き直せないか?と思いつき、1月より編曲を試みたが、実際原曲自体も修正して全く別の作品に仕上がった。そこでタイトルもThe Chamber Symphony No.3(室内交響曲第3番)とした。

 4月には完成したが、元々ピアノのソロという制約もあったので同時に多くの要素を入れることはできなかった。そのため2声部を基本に作曲したので(のちに3声部に変えたため作曲が大幅に遅れた)、それを活かせる方法として僕のSingle Track Musicという単旋律を基本としたオーケストレーションを導入した。その説明は省くが、その方法によりピアニスティックなパッセージとうまくマッチして立体的な楽曲に仕上がった。

 全3楽章、約22分の作品となった。

久石譲

(「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.11 コンサート・パンフレット」より)

 

*全作品の楽曲解説は前島秀国氏によって本公演のために書き下ろされています。(久石譲作品は久石譲本人による)

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

 

まだ出会ったことのない新しい音楽を体験するコンサート、それがMUSIC FUTUREコンサートです。今回もわからないけど面白いを存分に浴びてきました。

 

第5回 Young Composer’s Competition

開場18時から開演19時までの間に設けられました。18時半から司会進行の依田謙一さん、審査を務めた久石譲さん、足本憲治さんが登壇され講評が行われました。お話のなかで印象的だったのは、今年は国際色豊かに41作品の応募がありこれは他のコンペと比べても多いほうだということでした。

過去には、ミニマル系の作品が選ばれることが多かったですが、今回はもっと範囲を広げて募集要項にもある「聴衆と高いコミュニケーション能力をもつ作品」から不協和音の現代作品が受賞となったとありました。優秀作品および一次通過4作品の音源と講評は公式サイトにて公開されています(※音源は冒頭のみ)。

国立音楽大学の学生による弦楽四重奏で演奏されました。演奏者の一人が2日目高熱を患い、急遽代役を立て朝からみっちり練習して今から臨むことも紹介され、とても気合と熱量のこもった演奏をひりひりと感じることができました。

 

◆第5回Young Composer’s Competition優秀作品
「SOL D’Oriente Fantasia for string quartet」
作曲者:Fabio Luppi

公式サイト:第5回 Young Composerʼs Competition
https://joehisaishi-concert.com/comp2024-jp/

 

 

2 Pages Recomposed
Philip Glass / Joe Hisaishi

約15分の作品。弦楽器5、フルート、オーボエ、クラリネット、バスーン、ホルン、トランペット、トロンボーン、オルガン、マリンバ、パーカッション(※楽器編成はステージ目視による、以下同)。2018年開催「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.5」にて初演されました。そのライヴ音源が『MUSIC FUTURE IV』(2019)に収録されています。久石譲の単旋律という手法によって再構成された作品です。

About “Single Track Music” ( written by 久石譲)

”スタイルは僕が提唱しているSingle Track Musicという手法で構成している。ここでは和音がなく、ただ単旋律が変容しながら続いていく。だが、ある音が高音に配置され、またある音が低音に配置されると3声のフーガの様に聴こえ、発音時は同じ音でもそれがエコーのように弾き伸ばされると和音的効果も生まれる。”

単旋律を解説したものです。久石譲は自作品のなかでこの手法を積極的に盛り込んでいて、それらは一つの作品一つの楽曲の中に語法のパーツとして使われていることも多いです。言葉を音楽でわかりやすく体感するのには、単旋律のみで構成された記念すべき第1作品目「Single Track Music 1」(サクソフォン四重奏と打楽器版・2015年/『Minima_Rhythm II』収録)や、この曲「2 Pages Recomposed」が理解を助けてくれます。脳と耳を総動員して、なるほどこんなことが起こっているんだ、とわかってくるとぐっと面白さが見えてきます。

 

 

String Quartet No.5
Philip Glass

約22分の作品。全5楽章は続けて演奏されます。冒頭からうっとりするような美しいハーモニー、そこから一気に快活になっていく華やかで気品をまとったミニマリズムです。同系色の弦楽器たちが色彩感豊かに次々に場面転換していくさまは、聴いているだけで楽しいどんどん惹き込まれていきます。とにかくこの作品は眉間にしわを寄せて難しい顔をしながら聴く音楽じゃありません。親しみやすくきっと百人百様なイメージができあがると思います。フィリップ・グラス本人も作品解説など全く言及していないようです。委嘱したクロノス・クァルテットの演奏も音源化されています。マイナー調のハーモニーが特徴的なフィリップ・グラスにこんな作品があったなんて、百聞は一見に如かずです。

 

 

Breathless
David Lang

約13分の作品。フルート、オーボエ、クラリネット、バスーン、ホルン。音楽的に難しいといいますか、今行われていることを掴み取ろうとすることが難しい作品でありました。ただ、すべての楽器が均等に共振している響きや、すべての楽器が十全に役割をまっとうしている様子は見てとることができます。デヴィッド・ラングのコメントは明確でわかりやすい。

言っていることはわかっても音楽的な要素はつかめない。こういう時は潔く諦めて音楽に身を委ねてしまうのが一番です。ひとつポイントを絞って楽しみ方を見つけます。今回は木管五重奏かつ弱音で進む曲というのもあって、それぞれの楽器がとても溶け合って聴こえました。なので、隣同士のバスーンとホルンに注目して、音似てるけど今鳴ったフレーズはどっちだろう、と耳を鍛えたいゲームをしていました。この作品も音源はありますが耳だけで聴き分けることは超高難度です。生演奏だからこその贅沢な遊びです。

曲はだんだんクレッシェンドしていき、次第に強音へと変化していきます。その時に現れるのは、それぞれ楽器の性格がわかる音色です。もう目を閉じてもバスーンとホルンを聴き間違えることはありません。ずっと同じ旋律を繰り返しているだろうなか、はっきりと特色が浮き立ってきます。ともすると、この作品は社会的要素が潜んでいるのだろうか、平等・協調・個性、そんなことまでは考えないようにしながら力を抜いて身を委ねていました。

 

 

On the Nature of Daylight
Max Richter / Joe Hisaishi

約6分の作品。トランペット、ホルン2、バスーン、トロンボーン2、クラリネット。マックス・リヒターの代名詞的な楽曲です。作曲家は知らなくても曲は聴いたことある人も多いと思います。とても汎用性が高く、映画だけでも有名どころで7本以上の作品に使われています。もうここまでくるとクラシックです。個人的にもお気に入りのこの曲については、一曲たっぷり調べ書いたことがあります。

久石譲のアレンジは、原曲の骨格そのままに楽器を置き換えたものです。弦楽の響きとはまた異なる厳かな雰囲気に仕立てられていました。基調となる旋律を奏し続けるホルンは2奏者を立てて交互に受け渡すように演奏していたり、ヴァイオリン役のトランペットには補佐でクラリネットがユニゾンしていたり(立ち位置も補佐らしくトランペット後方に)、繊細な楽曲とその響きに配慮を尽くした久石譲版でした。

 

 

The Chamber Symphony No.3
Joe Hisaishi

約22分の作品。弦楽器5、フルート、オーボエ、クラリネット、バスーン、ホルン、トランペット、トロンボーン2(バストロンボーン)、パーカッション2、ピアノ。全3楽章からなる作品です。プログラムノートで「第3楽章 Toccata」、コンサート公式Xのリハーサル風景で「第1楽章 Symphonia」を知ることができますが、第2楽章のタイトルは現時点ではわかりません。

楽曲解説にあるとおり、「全3楽章からなるピアノソロ作品が元になっている」「2声部から3声部に変えた」「Single Track Music(単旋律)の手法を導入した」「ピアニスティックなパッセージとうまくマッチした」、このあたりのキーワードがこの作品を知る大きな手がかりになります。

第1楽章 Symphoniaは、主題となっているモチーフが変容していきます。1管編成16名のアンサンブルを活かしながらパンチの効いたパーカッション群も迫力があります。バロック音楽にバッハ「インヴェンションとシンフォニア」があります。インヴェンションは2声部のピアノ曲、シンフォニアは3声部のピアノ曲です。単旋律を導入しながらも、声部が多いためモチーフは対位法的に絡みあっています。

第2楽章は、聴きながら元となったピアノソロを一番想像しやすかったかもしれません。この楽章もモチーフが変容していきます。雰囲気的には、「The Black Fireworks II.Passing Away in the Sky」や「2 Dances II.Step to heaven」あるいは「2 Pieces II.Fisherman’s Wives and Golden Ratio」あたりを連想する場面もあります。これは音楽的アプローチや手法につながりがあり、そこからくる響きも影響していると思います。タイトルを考察するなら、3拍子を基調としていることからもScherzo(スケルツォ)とか、舞曲的側面もあるような気がしています。次の情報が待たれるところです。

第3楽章 Toccataは、強烈な最強音から始まります。スタジオジブリ音楽に馴染みがある人はすぐに「絶望」(映画『かぐや姫の物語』より)が頭を過るかもしれません。力強いパッセージが縦横無尽に飛び交っていきます。シンコペーションの効いたリズミックな旋律にワクワクします。ホルンの粒の細かい音型の繰り返しは「The Border Concerto for 3 Horns and Orchestra」(2020/『Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4』収録)を連想する瞬間もあります。【トッカータ(伊: toccata)とは、主に鍵盤楽器による、速い走句(パッセージ)や細かな音形の変化などを伴った即興的な楽曲で、技巧的な表現が特徴。(Wikipediaより)】

近年の久石譲アンサンブル作品のなかでは「2 Dances」が最も激しい作品と思っていたなか、速さはともかく迫力は一歩抜け出すかもしれない、激しいけれどしっかり旋律的な動きもわかる、単旋律と3声部の見通しのよさのおかげか、、そんな「The Camber Symphony No.3」の世界初演を肌で感じれたことは好奇心が喜んでいます。いつかピアノソロ作品との差異も聴ける日を楽しみにしています。ピアノ版もきっとかなりかっこいい。

久石譲の室内交響曲第1番は「Chamber symphony for Electric Violin and Chamber Orchestra」(2015/『久石譲 presents MUSIC FUTURE 2015』収録)、室内交響曲第2番は「”The Black Fireworks” for Bandoneon and Chamber Orchestra」(2017/『久石譲 presents MUSIC FUTURE III』収録)です。

 

 

MUSIC FUTURE BANDは久石譲の呼び掛けのもとコンサートのために集結する変動型スタイルです。今年も顔なじみのコアメンバーを始め、錚々たる顔ぶれが一堂に会しています。MUSIC FUTURE初参加となる郷古廉さん(ヴァイオリン)は、映画『君たちはどう生きるか』の音楽収録でもFutune Orchestra Classicsのゲスト・コンサートマスターを務めていました。プログラムごとにステージ・セッティングも行われ、多彩な編成で観客の脳と耳をダイレクトに刺激してくれます。

Conductor久石譲

Violin1郷古廉、Violin2小林壱成、Viola中村洋乃理、Violoncello中実穂、Contrabass谷口拓史、Flute柳原佑介、Oboe坪池泉美、Clarinetマルコス・ペレス・ミランダ、Bassoon向後嵩雄、Horn福川伸陽,信末碩才、Trumpet辻本憲一、Trombone青木昴、Bass Trombone野々下興一、Percussion大場章裕,柴原誠、Piano/Organ鈴木慎嵩

 

 

今年は「JOE HISAISHI MUSIC FUTURE SPECIAL 2024」と題してMUSIC FUTURE(MF)とFUTURE ORCESTRA CLASSIC(FOC)が2週にわたって開催されるスペシャル・ウィークです。MF本公演から「On the Nature of Daylight」は当時イラク戦争へのプロテスト・ミュージックでもあります。「Breathless」は平等を音楽的アプローチから構築したものであり、そこからくる響きは前半は集団で融合し後半は個性をもって分離していくようにも感じました。次週のFOC公演はスティーヴ・ライヒも久石譲も核問題やテロをテーマにした作品が並びます。今年は、MFもFOCも戦争がテーマなのでしょうか。

そうしたときに、じゃあフィリップ・グラス「2 Pages」「弦楽四重奏曲第5番」はどうなんだとか、久石譲「The Chamber Symphony No.3」はどうなんだとか、こじつけつなげようとはせずにわからないものは今はそのまま置いておきます。次週のFOC公演も楽しみです。

会場のCD販売コーナーでは、『JOE HISAISHI IN VIENNA』購入者《先着50名限定サイン会》もありました。日本国内でサイン会が開かれるのはコロナ禍を経て約5年ぶりぐらいだと思います。事前告知も予告もありません。もしかしたら行ってわかるラッキーなチャンスこれからまたあるといいですね。

 

 

みんなのコンサート・レポート紹介

会場でもお会いしたファンつながりショーさんのコンサート・レポートです。会場の雰囲気からコンサートの細かいところまでたくさん伝わってきます。同じコンサートにいても見ているところや感じているところは一人ずつ全く違う、それもわかって読んでてとても楽しいです。ファン歴も長く過去数多くのコンサート・レポートが収められています。今となっては触れれるだけ貴重なページ、ぜひめくってみてくださいね。

JOE HISAISHI presents MUSIC FUTURE VOL.11(2024.7.26)
from Sho’s PROJECT OMOHASE BLOG 改 seconda

久石譲コンサート オーナーの鑑賞履歴
from Sho’s PROJECT OMOHASE BLOG 改 seconda

 

それから、国際色豊かに英文レポートです。コンサート一日のことが鮮明に記されています。作品ごとの聴く前と聴いた後のイメージの変化がよく伝わってきます。こういう感じ方もあるんだと学びながら楽しく読ませてもらいました。世界各地の映画音楽作曲家のコンサートに足を運びそのレポートがいっぱいです。今は日本を拠点とされているようです。ぜひWeb翻訳してお楽しみください。

Joe Hisaishi presents Music Future Vol. 11 (2024) – Soundtracks in Concert
from Soundtracks in Concert – Your one-stop source for soundtrack concert reports, reviews and more!

 

久石譲3大コンサートに久石譲指揮定期演奏会/特別演奏会にと足しげく参戦するふじかさんです。それうはもう聴きなれてる書きなれてるだけあって、そういう音楽なんだとイメージしやすい。ぜひお楽しみください。

 

 

Young Composer’s Competition 受賞作品の練習風景

from 久石譲公式X
https://x.com/official_joeh

 

 

リハーサル風景

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF公式X
https://x.com/joehisaishi2019

 

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

Music Future Series

 

Blog. 「新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 すみだクラシックの扉 #20」コンサート・レポート

Posted on 2024/02/24

2月16,17日開催「新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 すみだクラシックの扉 #20」です。同楽団のMusic Partnerにも就任している久石譲は、シーズンプログラムとして企画される定期演奏会にも指揮者として登場しています。年間スケジュールで発表されるから早々と楽しみを見つけておくことができる。〈2023/2024シーズン〉は2023年9月「定期演奏会 #651」開催で「久石譲:Adagio for 2 Harps and Strings(世界初演)」と「マーラー:交響曲 第5番」を。そして趣向を凝らしまた新しい一面を魅せてくれる本公演です。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉 #20

[公演期間]  
2024/02/16,17

[公演回数]
2公演
東京・すみだトリフォニーホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン:崔文洙、ビルマン聡平 **
ヴィオラ:中恵菜 **
チェロ:向井航 **
コンサートマスター:崔文洙、伝田正秀

[曲目]
J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番より第2曲アリア (小澤征爾氏への献奏として)

久石譲:I Want to Talk to You – for string quartet, percussion and strings – **
モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

—-intermission—-

ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』

[参考作品]

久石譲指揮 東京交響楽団 『ストラヴィンスキー:「春の祭典」』

 

 

 

会場でも配られたプログラム・ノート(小冊子)は、コンサート数日前にウェブ閲覧できるこまやかさでした。ゆっくり読めて、ゆっくり聴けて、楽しみふくらんで。そんな心配りうれしいですね。対象期間中しか公開されていないと思います。早めにPDFはこちらへ。

 

 

第653回定期演奏会(2024年1月)とすみだクラシックへの扉第20回(2月)のプログラムノートを公開

公式サイト:新日本フィルメディア(PDF閲覧/ダウンロード)
https://www.njp.or.jp/magazine/?p=2038

 

 

Program Notes

あらゆる音楽においてリズムは、メロディと同じぐらい根源的な要素である。ダンスがあれば多くの場合、リズムを生み出す打楽器が欠かせないし、なんらかの言語を発した時点で、そこには韻律としてのメロディやリズムの芽吹きがあるからだ。

ミニマル・ミュージックにも影響を与えたインド音楽などのように、世界の伝統音楽には非常に複雑なリズムが存在している。だがクラシック音楽(西洋音楽)においてリズムの可能性が追求されるようになるのはメロディやハーモニーに比べると遅く、20世紀になってからなのだ。作曲家としてのみならず指揮者としてもリズムの秘められた可能性に着目し、古典的な名作からも新たなリズムを引き出す久石譲の手腕が、本公演の聴きどころとなるだろう。

■久石譲:I Want to Talk to You -for String quartet, percussion and strings-

2023年3月30日、音楽レーベルの名門ドイツ・グラモフォンは久石譲(1950~)との契約を発表。同年6月30日に英国のロイヤル・フィルを指揮した作品が世界にむけてリリースされたことで、改めて久石の世界的な人気に注目が集まっている。現在73歳だが、映画音楽のみならず長年追求してきたミニマル・ミュージックを通して、これから更に世界的な名声を高めてゆくに違いない。

そんな久石が、意外にも初めて書き下ろした合唱曲から派生して生まれたのが本作である。きっかけになったのは山形県合唱連盟から委嘱された創立70周年を記念する合唱曲であった。直訳すれば「あなたと話したい」という意味になるこのタイトルについて、久石は「街中を歩いていても、店の中でも人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んだ」と語っている。

2020年3月にまず合唱曲(全2楽章)として完成。だがパンデミックの拡大により初演の見通しがたたなくなってしまう(久石自身も語っているように、こうなると携帯電話のお陰でコミュニケーションが出来るという、まるで逆の状況になってしまったのが興味深い)。そこで作曲中に考えていた、第1楽章を弦楽四重奏と弦楽オーケストラ(最終的には打楽器も加わった)に置き直すというアイデアを実行。こうして誕生した弦楽版は2021年3月に、オリジナルの合唱版は2022年4月に初演されている。

[楽器編成] 弦楽四重奏、ヴィブラフォン、マリンバ、大太鼓、弦楽5部。

小室敬幸(音楽ライター)

 

■モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

■ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』ー2部によるロシアの異教徒の情景

(*解説あり 割愛)

(新日本フィルハーモニー交響楽団 2024年1月,2月 プログラムノート より)

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

久石譲:I Want to Talk to You -for String quartet, percussion and strings-

弦楽四重奏と弦楽合奏を融合させた作品です。グローバルに見渡して現代作品たちにも特徴的な編成です。アルヴォ・ペルトらの文脈をも飲み込んで久石譲色を強く滲ませた作品です。

久石譲といえばオーケストラは対向配置、そんななかフォーメーションも現代的に変化を続けています。直近コンサートや録音風景でも見られることがありました、本公演は低弦が下手側から上手側へ。シンプルに言うと、久石譲対向配置の特徴だったコントラバス(下手)とテューバ(上手)が左右で拮抗する低音部から、コントラバスとテューバどちらも上手側となり、そのコントラバスの前にチェロも移動しています。(細かく言うとチェロとヴィオラが従来配置から入れ替わっていることになります。)これは本公演で作品ごとにオーケストラが拡大していく全てのプログラムでそうなっています。

弦10型です。静謐に厳かに幕を開けます。2021年の初演から国内外のコンサートと楽団とで演奏を広げている作品です。詳しかったり詳しくなかったりする感想もぜひご覧ください。

 

 

モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

弦12型です。前作品から見ると、管楽器も加わったフルオーケストラになったうえに弦楽器の人数も増えています。モーツァルトら古典時代の定番オーケストラサイズ感のようです。この作品だけの演奏特徴というと、時代のバロックティンパニが使用され、トランペットもコルネットに替えて演奏されています。さもありなん久石節。かくあるべし久石節。久石譲が振ったらこうなるというキビキビと小気味よい快速&快感です。よくわかったりよくわからなかったりする感想もぜひご覧ください。

 

 

ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』

弦16型です。ステージに収まりきれないくらいのラージ・オーケストラは一目で多い増えたとわかります。視覚的にも圧巻ですが、さらに上回るリズム重視の大迫力な響きがダイレクトに迫ってきます。こんなに大音響を味わえる機会も実はなかなかないかもです。

プログラム順に弦10型、弦12型、弦16型とオーケストラは拡大しています。なんとなく少し増えたのかな、みたいな数字の変化に感じますけれど、実際には弦10型と弦16型、ストリングスで2倍近く増えています。「I Want to Talk to You」で30人くらいだったのが「春の祭典」では60人くらいの弦楽奏者。ティンパニも二人いるなんてそうそうお目にかかれない。このあたりのことは下のレポートにも書いています。人間のもつ原始的で本能的なエネルギーの爆発をむき出しの指揮さばきで。伝わったり伝わらなかったりする感想もぜひご覧ください。

 

 

 

「すみだクラシックの扉」シリーズは、週末の金土開催が多いようです。どちらもお昼間、なのに、どちらも完売。海外からの観客もすでにおなじみ、終演カーテンコールまで湧いていた会場でした。

新しいファンの人とお会いできたり、それぞれありったけの情報や思い出を持ち寄って(つまり久石譲愛をたっぷり抱えて)語らいながら楽しいコンサートの一日を過ごしました。

 

 

 

故・小澤征爾氏を偲ぶコーナーをすみだトリフォニーホールに設置いたします

小澤征爾氏(新日本フィルハーモニー交響楽団 桂冠名誉指揮者)のご逝去に伴い、2024年2月15日(木)から2月18日(日)までの4日間、新日本フィルハーモニー交響楽団の本拠地であるすみだトリフォニーホール(東京都墨田区) 小ホール入口に、小澤征爾氏を偲ぶコーナーを設置いたします。

1997年10月26日のすみだトリフォニーホール開館以来、小澤征爾率いる新日本フィルハーモニー交響楽団を支えてくだった墨田区の皆様をはじめ、どなたでもご入場いただけます。
開場時間:10:00~17:00(4日とも)

思い出や感謝の言葉を書き残すことができるノートもご用意しておりますので、ぜひご自由にご記入ください。
写真や新日本フィル、すみだトリフォニーホールとの歩みの記録もご覧ください。

公式サイト:新日本フィルハーモニー交響楽団|News
https://www.njp.or.jp/news/8091/

 

same video

指揮・久石譲/J.S.バッハの管弦楽組曲第3番より第2曲アリア(小澤征爾氏への献奏として)

from 新日本フィルハーモニー交響楽団YouTube

 

from 久石譲本人公式インスタグラム
https://www.instagram.com/joehisaishi_composer/

 

from 新日本フィルハーモニー交響楽団公式X
https://twitter.com/newjapanphil

 

 

「第51回アニー賞 ウィンザー・マッケイ賞」を受賞した久石譲です。コンサートと同日になったアメリカでの授賞式は欠席となったため、ビデオメッセージで受賞あいさつが行われました。久石さん自身も世界各地を行ったり来たりで忙しい。賑わう周囲も世界各地で忙しい。久石さんが足りていません。このたびの受賞心よりおめでとうございます!

 

 

 

 

次回からの新しい〈2024/2025シーズン〉は、2024年9月に「ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲」や「ブラームス:交響曲 第1番」を、2025年3月に「メシアン:トゥーランガリラ交響曲」とすでに決定しています。ぜひチケット発売までお見逃しなく。

 

 

 

 

 

 

Blog. 「GQ JAPAN 2024年1・2月合併号」(Web版同一)久石譲インタビュー内容

Posted on 2023/12/09

「GQ MEN OF THE YEAR 2023」レジェンダリー・ミュージシャン賞を久石譲が受賞しました。そのトピックからWEB・SNS・雑誌などメディアに登場しています。ここでは雑誌「GQ JAPAN 2024年1・2月合併号」(12月1日発売)とWEB(12月9日公開)に掲載された久石譲インタビュー(同一)内容をご紹介します。

 

 

LEGENDARY MUSICIAN
JOE HISAISHI

久石譲

世界を巡りながら、至高の音楽を追求する

久石譲は、クラシック音楽の最高峰レコードレーベル「ドイツ・グラモフォン」と2023年に契約。映画音楽を通じて人々を魅了してきた、作曲、指揮者、ピアニストとしてのこれまでの功績を讃える。

By 川上康介
2023年12月9日

 

10月末、久石譲は東京・紀尾井のホールでコンサートを行った。彼の真骨頂とも言えるミニマル・ミュージックのコンサート「MUSIC FUTURE」だ。指揮者の久石は、Tシャツに黒いジャケット、足元はスニーカーというスタイルで、満員の観客の前に小走りで登場。まるでダンスをするかのように全身を揺らし、実に楽しげにタクトを揮っていた。

「楽しいですよ、実際。舞台に出た時に指揮者に自分が楽しんでないと、演奏者は楽しめない。自分が音を楽しみ、演奏者が僕の姿を見て安心して演奏すると、観客も楽しめる。楽しくないコンサートなんてやる意味ないでしょ」

見た目も言葉も、そして音楽も実に若々しい。

「目の前にやらなきゃならないことが山積みになっているから、年を取っている暇がない(笑)。作曲をし、演奏をし、さらに世界トップのオーケストラを相手に指揮する。3人分働いているようなものですから、体力と技術をつけるために自分を鍛えている日々です」

JOE HISAISHIの名は、世界に轟いている。2023年だけでも、1月ヘルシンキ、3月ウィーン、7月ワシントン、8月ロサンゼルス、9月ロンドンと渡り歩き、各都市のトップオーケストラを指揮してきた。もちろん、その合間に日本国内でのコンサートにも多数出演している。

「ありがたいことに、どのコンサートもソールドアウト。楽しくやらせてもらいました。大変なこともあります。ウィーン交響楽団は王道すぎるくらいにクラシカルなオーケストラであり、僕みたいなミニマル・ミュージックの作曲家とは正反対の音楽性が特徴です。その証拠に、初日のリハーサルが終わった時には、あまりに合わないので『もう無理。日本に帰りたい』と思ったほどで(笑)。でも彼らは、自発的にうまくいかない理由を考えて、理解し、学習してくるんです。本番3日前にはびっくりするほど上達していました。一般的なオーケストラは僕の音楽に合わせ過ぎるのか、ミニマル・ミュージックがどこか機械的になりがちなのですが、ウィーン交響楽団はクラシックらしい歌うような演奏をするので、抜群にスケール感が出る。新しく、面白い演奏になったと思います」

2023年4月にはクラシック界最高峰のレーベル「ドイツ・グラモフォン」と契約し、6月には、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とのCD『A Symphonic Celebration – Music from the Studio Ghibli Films of Hayao Miyazaki』が発売。米ビルボードのクラシック部門とクラシッククロスオーバー部門で1位になるなど、クラシックCDとしては異例の売り上げを記録した。音楽で世界を旅している彼には、思いがけない体験も訪れる。

「ウィーン楽友協会のコンダクタールームに入った時は感慨深いものがありました。『マーラーやブラームスもこの部屋にいたんだ』って。ロンドンのウェンブリー・アリーナにはザ・ビートルズやホイットニー・ヒューストンの写真が飾ってある。プラハのドヴォルザークホールでは、窓の外を見ながら、『ドヴォルザークも同じ景色を見たのかな』などと考えたり。自分がそういう歴史上の音楽家たちと同じ場所で音楽をやっていることをすごく幸せに感じます」

月に1度のペースで海外に行きながら、同時進行で作曲活動も行う。2023年は、宮崎駿の10年ぶりの新作映画『君たちはどう生きるか』が公開された。大きな話題となったこの作品の音楽は、もちろん久石が手掛けた。

「映像を観た瞬間、宮崎さんはチャレンジしているなと感じました。『君たちはどう生きるか』は、細かなストーリーを追いかけるのではなく、映像をそのまま受け止めて、観る人が想像力を働かせる映画であると解釈しました。それならば、自分も映像に負けないようなチャレンジをしなければならない。だから、これまでのようなメロディを聴かせる音楽ではなく、自分が一番いいと思うミニマル・ミュージックで全編やってみようと考えたんです。宮崎さんがどういう反応をするのか不安もありましたけど、聴いた瞬間に喜んでくれて。いくら僕がいいと思っていても監督が違うと言ったら意味がないですからね(笑)」

毎朝10時から12時までは自宅で作曲。午後は近所を散歩したり、夕方からまた3時間ほど作曲。夕食後に仮眠を取ると、朝4時頃まで「クラシックの勉強」をするのが基本的な1日の過ごし方だ。

「辞書より分厚いスコアを読んで覚えなきゃならない。1時間かかる曲を全部頭に叩き込むんです。さらに、ピアノを弾くプログラムがあるならその練習もしなければならない。睡眠は6時間確保したいから、本当に時間がない。昔はよく酒を飲みに行ったりしましたけど、最近はそんな機会もほとんどなくなりました」

コンサートの予定は2~3年先まで決まっている。2025年には日本センチュリー交響楽団の音楽監督に就任することも発表された。

「日本の経済力が落ちたと言われているけど、文化力も落ちているような気がします。例えば、少し難解な曲をやった時、ヨーロッパの観客は身を乗り出すようにして聴いてくれますが、日本の場合、明らかに反応が悪い。新しい音楽、新しい体験を面白がることができないようです。だから日本全国、北から南までオーケストラがみんな同じ曲をやっている。音楽監督を引き受けることにしたのは、そういうところに危機感を抱き、状況を変えていきたいという思いがあったから。みんなで音楽文化を豊かにしっていくことを考えていかないといけない。このままだとまずいと思っています」

これだけ音楽漬けの日々を送っていても満足することができずにいるという。

「作曲をやっても、指揮をやっても、映画音楽をやっても、100点満点ということはありません。やればやるほど、新しい課題が見つかる。それをひとつずつクリアして、自分がいいと思う音楽に少しでも近づけるようになりたい」

久石譲は、きっとこれからも走り続ける。舞台に登場したあの時のように。小走りで、そして楽しげに。

 

 

(「GQ JAPAN 2024年1・2月合併号/2024年1月号増刊 特別表紙版/2024年2月号増刊 特別表紙版」より)

 

 

WEB版掲載(同一内容)

出典:久石 譲 メン・オブ・ザ・イヤー・レジェンダリー・ミュージシャン賞──世界を巡りながら、至高の音楽を追求する
https://www.gqjapan.jp/article/20231209-moty2023-joe-hisaishi

 

 

 

 

GQ最新号の特集は「MEN OF THE YEAR 2023」! 役所広司や安藤サクラ、Mrs. GREEN APPLE、新しい学校のリーダーズ、ヌートバーなど11組の受賞者を発表! 表紙は3パターンあり

12月1日(金)発売の『GQ JAPAN』1月&2月合併号は、恒例の「GQ MEN OF THE YEAR 2023」! 今年もっとも輝いた受賞者たちを写真とインタビューで大特集した。栄えある受賞者は、新しい学校のリーダーズ、安藤サクラ、桑田悟史(SETCHU)、ヒコロヒー、久石譲、BRIGHT、Mrs. GREEN APPLE、役所広司、山田裕貴、吉田正尚、ラーズ・ヌートバーの11組。インタビュー記事と撮り下ろし写真は必読・必見だ! 表紙は、通常版と2種類の特別表紙版の3パターン。

 

今年もっとも活躍したヒーローたちを讃える、毎年恒例の大特集。11組の受賞者の撮り下ろし写真&ロングインタビューに注目だ!

【受賞者】

■新しい学校のリーダーズ(アーティスト)/ブレイクスルー・アーティスト賞
■安藤サクラ(女優)/ベスト・アクター賞
■桑田悟史(SETCHU)/ブレイクスルー・ファッションデザイナー賞
■ヒコロヒー(芸人)/ブレイクスルー・エンターテイナー賞
■久石譲(作曲家)/レジェンダリー・ミュージシャン賞
■BRIGHT(アーティスト/俳優)/ベスト・アジアン・エンターテイナー賞
■Mrs. GREEN APPLE(アーティスト)/ベスト・アーティスト賞
■役所広司(俳優)/レジェンダリー・アクター賞
■山田裕貴(俳優)/ブレイクスルー・アクター賞
■吉田正尚(野球選手)/ベスト・ベースボールプレイヤー賞
■ラーズ・ヌートバー(野球選手)/ブレイクスルー・ベースボールプレイヤー賞

*表紙は3種類(GQ JAPAN 1・2月合併号、GQ JAPAN 1月号 増刊特別表紙版、GQ JAPAN 2月号 増刊特別表紙版)あり、それぞれに1面に登場する受賞者が異なります。

 

発表! GQ MEN OF THE YEAR 2023

日本で18回目を迎えた「GQ MEN OF THE YEAR」に、2023年、圧倒的なパワーと存在感を放った受賞者たちが登場。新しい学校のリーダーズ、安藤サクラ、桑田悟史(SETCHU)、ヒコロヒー、久石譲、BRIGHT、Mrs. GREEN APPLE、役所広司、山田裕貴、吉田正尚、ラーズ・ヌートバー〈※五十音順〉の11組が、これまでの活動を振り返りながら、自身の仕事観や未来について語った貴重なインタビューは必読だ。さらに、今回『GQ JAPAN』が特別に撮り下ろした、スペシャルポートレイトもお見逃しなく。

 

GQ JAPAN 2024年1・2月合併号

 

GQ JAPAN 2024年1月号増刊 特別表紙版

 

GQ JAPAN 2024年2月号増刊 特別表紙版

 

Blog. 「君たちはどう生きるか 公式ガイドブック」久石譲インタビュー内容

Posted on 2023/11/29

映画『君たちはどう生きるか』の公式ガイドブック(発売日:2023年10月27日)です。オールカラー全76ページ、監督の企画書からキャストやスタッフのインタビューが掲載されています。久石譲インタビューは先に「熱風 2023年10月号」に収録された25ページのロングインタビューからの抜粋編集版として、見開き2ページにまとめられています。

 

 

宮﨑さんのすべてがつまった映画

音楽 久石譲

鈴木さんから「宮さんの新作をよろしく」と言って頂いたのは5年くらい前だったと思います。その後、風の噂で絵コンテが進んでいると聞いていたけれど、具体的なお話を頂くことはなかった。「本当に今回、僕がやるのかな?」と内心思っていたのです。

2021年の11月、二馬力(宮﨑駿監督のアトリエ)にお邪魔した時、初めて宮﨑さんから「次、頼みます」と言って頂いて、内心驚きました。でも、いつもと少し違った。来年(2022年)の夏ぐらいに映像ができあがるので、それを観て作ってほしい。絵コンテもそれまでは読まないほうがいい、と。また宮﨑さんの作品をやらせてもらえるといううれしさはあるのだけれど、半年後まで作品の内容を知ることができない。困ったなぁ、という気持ちもありました。

それから年が明け、(2022年)1月5日に宮﨑さんが、僕の仕事場に来られました。あの日は宮﨑さんの誕生日で、僕は毎年、曲を書いて二馬力に持って行くんですが、その時に作った曲が、眞人のテーマ曲ともいえる「Ask me why」だった。この段階では、僕は絵コンテも映像も観ていません。でも、宮﨑さんがその曲をすごく気に入られて、後日「宮﨑さんが『これってテーマ曲だよね』と言っていた」ということを伝え聞きました。それを聞いて、しまった、と(笑)。宮﨑さんって刷り込みの人だから、一度曲を聴いて「いい」というスイッチが入ってしまったら変更が利かない。僕自身は、映像を観てからテーマとなる曲を書くつもりだったけれど、こうなっちゃったらもう、戻れない。覚悟を決めました。

7月に仕上がった映像を観て、最初に2部構成だと感じました。前半は「風立ちぬ」のように、少し前の時代の現代が舞台。後半は「崖の上のポニョ」のようなファンタジーであると。前半はできるだけ小さな編成でゆき、後半はオーケストラになっても構わないという構成をイメージしました。絵のトーンも、全体的に今までとは違っていました。これまでだったら、仮の音声が入っていて、間に合っていないカットは線画や絵コンテでした。ところが今回、映像はほぼ仕上がった状態で、セリフも効果音も一切入っていなかった。そこで完成した映像を見てから作ってほしいという宮﨑さんの言葉を思い返し、僕なりに理解をしたのです。宮﨑さんは7年という歳月をかけて、映像としての完成度を徹底して求めてきた。その間に、よけいなことを考えたくなかった。恐らく役者のことすら考えたくなかったんじゃないでしょうか。効果音とか音楽も含めて、映画を総合的に捉えるより、まず自分が描きたい絵を連ねることのみで行けるところまで行く。その熱量に圧倒され、しばらく映画と距離を置きました。ドーッときた衝撃を受け止めるのに、数ヶ月はかかったと思います。

映像を観終わったあと、宮﨑さんがふらりと顔を出されて「あとはよろしく」と一言(笑)。通常、映画の音楽を作るときは絵コンテや台本を読みながら、音楽打ち合わせを行います。今回は、それもなかった。「どこに音楽を入れるかもすべて任せますから、お願いします」と。通常、2023年の夏公開だとゴールデンウィークあたりが音楽制作のピークなのですが、突然、1月いっぱいで音楽を上げてほしいと連絡があって。海外の映画祭への出品を視野に急遽早まったのだと思いますが、そのために僕は日本中の音楽家から嫌われて仕事を失いかねない3つの大きい仕事を全部キャンセルしました。宮﨑さんには育てて頂いたという思いがありますから。「風の谷のナウシカ」からのスタッフで残っているのは僕と鈴木さんだけだと思います。ひとりの監督の作品の音楽をずっと手がけていれば、普通だいたいどこかで関係が難しくなるのですが、なぜか奇跡的に続いています。ざっと40年ぐらい。世界的にもスピルバーグとジョン・ウィリアムズぐらいじゃないでしょうか。

今回面白かったのは「じゃ、あとはよろしく」と言われたことで、一音楽家として曲を書くことより、ひとつの映画の音楽全体、あるいは音響全体までをまとめなきゃいけないという意識が強まったことです。新たに広がった視野で考えていった時、僕の掌の中にはすでに宮﨑さんに毎年贈ってきた曲が溜まりに溜まっていることに気づいたんです。4、5分以上の曲が14~15曲以上あって、すぐに「この素材を全部使えばいいじゃん」という発想に切り替わった。かなりタイトな制作期間だったにもかかわらず、制作に集中することができた。宮﨑さんが「これってテーマだよね」と言ってくれた曲があったことも心の支えでした。

作曲者ってやっぱりエゴがあって大概の場合、セリフと効果音って敵なんですよ。セリフも効果音も「うるさいから下げてください」って(音響演出の)笠松(広司)さんにしょっちゅう言っていたんですが、今回のように映画全体の音の設計を考えはじめると、「ここ、効果音くるよな」って想像がつくわけです。効果音がくるなら「ここはピアノ1本にしちゃうか」とか、トータルで設計ができるようになってくる。そういう意味では今回、セリフを録るのが一番遅かった。通常なら、あれだけの映像ができていたら即アフレコを開始しています。だからこそ宮﨑さんが今回の作品でどれだけ”絵の力”に意識を傾注していたのかがよくわかる、と僕は思ってしまう。その姿勢が最後までブレなかった。長編映画12作品目で、いまだに方法論まで一気に変えられるというのは心底すごいなと思いますね。

11月15日、映画の主要なシーンに10曲ほどの音楽を仮付けしたものを、宮﨑さんと鈴木さんに聴いてもらいました。映像を見ながらじっと音楽を聴いていて、眞人の部屋の机の上に積まれていたあの本(『君たちはどう生きるか』)が床に落ちて、表紙の内側に母の文字が見えたところに「Ask me why」が被さった時、宮﨑さんが涙を流されたということがありました。「これでいいです」と言って頂いて。修正やリテイクもなく、その段階で直しをお願いされたものは1曲もありませんでした。

宮﨑さんはある時期、僕にこう言っていたんですよ。「久石さん、そんなに頑張らないでいいですよ」って。僕は毎回、次の映画のために新しい音楽のスタイルを発見するように頑張るわけです。そうすると、「久石さん、そんな頑張らないで書いてください。僕なんか、見てごらんなさい。みんな同じ顔ですよ」って。真意は謎ですが僕なりの解釈では、変えようとする努力自体が空回りしちゃうケースが多くて、自分が知っている世界を認識したまま目の前の仕事としっかり向き合うだけで、僕が望むような変化は現れる、というようなことを伝えたかったんじゃないかなと思います。宮﨑さん自身、今回、何かを変えようと思って描いているわけではない。それでも同じシチュエーションの映画は1本も作っていない。宮﨑駿という作家は常に自分が本気になれるところを探して、全力でそこへ向かって行く。その意識自体が停滞しなければ、多少登場人物の顔が同じであろうがどうでもいいんですよね。

「君たちはどう生きるか」のような内容の作品だと、宮﨑さんにわかりやすいエンターテインメントを期待している観客は少し引いてしまう可能性がある。その時、僕の役割としては映画をわかりやすくするためにメロディで攻めるという方法もあるんです。できるだけエンターテインメントの雰囲気を音楽が醸して、より多くの観客にとってわかりやすい方向へ近づけることもできる。でも、今回はまったくその意識がなくて。宮﨑さんがそこに行こうと思っているんだったら、僕もそこに行く。一般の人にわかる、わからないよりも、こんなの見たことないよねということを一緒にやると決めたんです。

(「君たちはどう生きるか」公式ガイドブックより)

 

 

「君たちはどう生きるか」ガイドブック

CONTENTS

作品解説
あれから10年──宮﨑駿の自伝的ファンタジーの誕生

長編アニメーション 企画書
題名「君たちはどう生きるか」ー120分ー

インタビュー
山時聡真 眞人の冒険を、真に受けて欲しい
菅田将暉 映画を通してどう生きるか
木村拓哉 宮﨑さんはサンタクロース 鈴木さんはトナカイ
木村佳乃 母になるということ
柴咲コウ 宮﨑監督が描いた世界は存在する
あいみょん それぞれが生きる道

キャストコメント
滝沢カレン、阿川佐和子、風吹ジュン、竹下景子、大竹しのぶ、國村隼、小林薫、火野正平

2017年7月3日 宮﨑監督によるメインスタッフへの作品説明

イメージボード集

アニメーター座談会
本田雄×山下明彦×井上俊之×安藤雅司 宮﨑さんと仕事をするということ

インタビュー
美術監督 武重洋二 宮﨑さんの頭の中を覗きにいく旅
撮影監督 奥井敦 光があれば、闇がある

ポスプロ座談会
古城環×笠松広司×木村絵理子

インタビュー
主題歌 米津玄師 僕たちはどこに立っているのか
音楽 久石譲 宮﨑さんのすべてがつまった映画
プロデューサー 鈴木敏夫 映画の原点に帰りたかった

 

 

 

同取材ロングインタビュー版

 

 

同インタビューの要点箇条書き/サントラレビュー