Blog. 「月刊 イメージフォーラム 1986年10月号 No.73」久石譲インタビュー内容

Posted on 2022/01/22

雑誌「月刊 イメージフォーラム 1986年10月号 No.73」に掲載された久石譲インタビューです。映画『天空の城ラピュタ』公開直後にあたります。アニメ特集が組まれ、宮崎駿監督のインタビューも9ページにわたって収められています。またラピュタにまるわる専門家らによる考察や、当時のTVアニメ事情など時代を切り取った深い内容になっています。

 

 

特集●アニメ爆発!

インタビュー────『天空の城ラピュタ』『めぞん一刻』の音楽 久石譲

日本映画は、音の遅れを取り戻さなければならない。

ー久石さんは七〇年代頃から作曲、編曲、プロデュース等の音楽活動を始められて、映画音楽は宮崎(駿)さんの『風の谷のナウシカ』から最近の『天空の城ラピュタ』、澤井(信一郎)さんの『めぞん一刻』まで九本の作品を手がけられていますが、映画音楽をやるようになったのはいつ頃どういうきっかけからですか。

久石:
映画は実は若い時からやっていたんです。うちの学校(国立音楽大学作曲科)に佐藤勝さんという黒澤明さんの映画音楽をずっと手がけていらっしゃる大先輩がいまして、僕は大学を出た当時佐藤さんのお手伝いをしていたんです。新藤兼人さんの映画とか、ドキュメンタリー、公害問題を扱った映画など、いろいろなものをやりました。それからテレビも少しやったんですけど、どうしても限られた二、三時間とか四、五時間で何十曲と録らなければならないので、だんだん辛くなっていったんですね。テレビはかため録りが多くて、しかもモノラル録音ですから、よりいい音楽を作るというよりは、商売的に技術的にやらないとできない。つまりかため録りして1クールなり2クールなりの間で処理していくから、悲しい曲、明るい曲、走っていく曲……とゴチャゴチャ作らなければならなくて、あれをやっていると、基本的に絶対クリエイティブな感じはしないですよね。それでもう少し時間をかけてよりクオリティの高いものを作りたいということで、テレビの仕事は少しずつ減らしてレコードのほうへ移していったんです。そうして久しぶりに本格的に手がけた映画が八四年の『風の谷のナウシカ』なんです。映画はシーン一つに音楽が一つ付いているわけですから、クオリティ高く作れるんです。

ー『──ナウシカ』と『──ラピュタ』では対象年齢が違う。そういう点で音楽を作る時の違いはありましたか。

久石:
ありましたよ。これはとても辛かったんです。大人向け、子供向けというわけではないですけど、自分の音楽は結構大人びたものだったんんです。それが今度のようにテーマが愛と夢と冒険というようなものだと、メロディが暖かいということが一番重要になる。それを表現するのに苦しみました。大人が聴いた瞬間にいいな、懐かしいなと思う曲を作りたくて、イメージ・アルバムを書くのに死ぬほど苦しみました。

ー『──ナウシカ』のほうが、取り組みやすかったですか。

久石:
ええ。この間、テレビでオン・エアされた時に見ていて思ったのですが、僕はもともとミニマル・ミュージック、現代音楽をやっていたんですけれど、『──ナウシカ』の中でもかなりその要素が強くて、あらためてびっくりしたんです。とてもストレートに自分の音楽をやっていたな、と感じましたね。それと澤井さんの『早春物語』なんかは基本的に青春映画で、蔵原(惟繕)さんの『春の鐘』は文芸大作なんですけど、それぞれ好きなんです。いわゆる大人向けの難しい作品がやりたいというわけではないんですが、意外と『春の鐘』のような作品で自分が出しきれたな、と思います。

ーそして『──ナウシカ』の次が『Wの悲劇』でしたね。宮崎さんと澤井さんでは音の付け方はまったく違いますでしょうか。

久石:
ええ。宮崎さんと澤井さんというよりは、アニメーションと実写の映画では音の付け方が全然違うんですよ。アニメーションは実写に比べて、どうしても表情豊かじゃないので、よりダイナミックに、より表情オーバーに雄弁に語る必要があるんです。音楽もかなり情報量が要求される。実写は逆に映像と同じ様にオーバーにすると絵空事になっちゃうから、音楽は極力少なく表現を抑えるというか、日常の音の感じに近いように作らなければならない。根本的な違いがあるんです。それから実写の場合は画面が変わって、三分とか四分位連続して音楽を流していても、そう異和感はないんですよ。ところがアニメーションはカット割りも激しいし、動きがチョコマカしているせいか、画面を無視して音楽をドーンと流すのは不可能なんです。特に宮崎さんのように細かい絵を描かれる人は、気持ちよく音楽が抜けていってしまうと、細かく表現した絵が見てもらえなくなってしまうということがあるんです。

ー今回の『──ラピュタ』もかなり精密な音楽だという印象を受けました。

久石:
そうなんです。『──ラピュタ』ではコンピューターを駆使して各場面を一秒何コマまで計って、ピタッと合わせていったんですよ。これは日本映画ではかなり画期的な試みだったんじゃないでしょうか。

ーあまりにも合いすぎていて、びっくりしたぐらいです。

久石:
例えば敵方と味方が交互に現れても、それぞれの音楽がピタッピタッと合う。この方法は昔ディズニーもやっているんですけど、冒頭の殴り合いのシーンではボカッと殴る時にオーケストラの音が合っているんですね。かなり時間がかかりましたが、『──ラピュタ』のように映画音楽で、あくまでも音楽を画面に連動させるのは日本映画で初めてできたことだと思うんです。

ーしかし、逆に映像に音を合わせるということで、制約というようには思われませんでしたか。

久石:
制約があるということは、セオリーさえ技術的な形でふめれば、曲を作る時逆によりどころになるんです。今回楽だったのは先に『──ラピュタ』のイメージアルバムという形で、メインテーマができていたんです。プロデューサーの高畑(勲)さんが大変音楽に詳しい方で、宮崎さんと僕とでどこにどの曲を使うかという、非常に突っ込んだ話ができていたので、今年の二月の段階でシナリオを読んだだけのイメージでどんどん作っていったんです。

ーということは先に音楽があったわけですか。

久石:
映像に音を合わせるというのは技術上の問題で、もっと大きなコンセプトが重要なんです。実は『──ナウシカ』の時に、宮崎さんと高畑さん、高畑さんは『──ナウシカ』でもプロデューサーだったんですけど、僕と三人で闘ったんですよ。一日十八時間くらいの話し合いを何日もやった。宮崎さんと高畑さんがこの曲をこのシーンに付けるというのを僕がことごとく否定したんです。「どうしてそこにその音を付ける必要があるんだよ」みたいな会話をし尽くしたんです。だから今回の『──ラピュタ』ではお互いの姿勢がわかり合った上で、しかもメインテーマはできてたわけだから非常に楽だったですね。

でも、いくつか使えない音楽もあったんです。例えばフラップターという飛行機の音楽は普通に考えると、パタパタッと飛んでいかにも明るいイメージなんですけど、映画の中でフラップターが出てくるところは、ほとんど危機一髪、助かるか助からないかというシーンですからイメージアルバムのフラップターのテーマは使えなくなってしまうわけです。そうした場合はイメージアルバムと映画の音は違うんです。ただし天空の城の音楽とか根本的なところはほとんど変わりませんでした。いきなり作曲家がメロディを書くのであれば、お互い抽象的な話しかできないでしょう。それが、例えばパズーのテーマを決める時に、「この曲の頭に、もっとインパクトの強い音があった方がパズーの気持ちがもっと雄大になるんじゃないか」と、そこまで話した上で録音に入っているんで、日本映画の音楽ではかなり緻細な仕事をしたと思います。

ーこれまで九本手がけられて、日本映画の音楽について何か言いたいことがありますか。

久石:
そうですね。ひとつ僕が言いたいのはアニメーションはすごく音に関して遅れていると思うんです。テレビのアニメの影響かもしれないんですけど、音楽が細切れになりすぎて効果音に頼りすぎちゃうんです。はっきり言って品が無いですね。擬音だとか音楽もME(ミュージック・エフェクト)なんです。三秒、五秒、一〇秒……長くて一分、それぞれを選曲家が選んでくっつけていくという形でやっていますよね。あれをやってる限りは日本のアニメーションは絶対良くならない。僕は断言しちゃいますね。録音やってる連中にはそういう傾向があって、それは闘っていくしかない。だから僕は「アニメを請け負ったのではなく映画を請け負った、映画としてこれをやらせていただきます」と宣言したんです。すべて三分、四分の長い音楽で、そのかわり徹底的に技術を駆使して、画面が変わった時には音楽も全部変えた。『──ラピュタ』を見て、僕は八〇%満足がいきました。

それと、とにかく早いうちにドルビーにして欲しいということですね。音の遅れを取り戻すのが急務だと思います。

ーそれは映画館の問題も含まれますね。

久石:
CDプレーヤーで聴いている時代なんですよ。みんなよりいい音で、ノイズもない状態で音楽を聴いているのに、このままだと映画の音の遅れはもっと拡がっていってしまう。こんなに音の便が発達しているにもかかわらず、映画だけ遅れているのは許されないでしょう。それで何十億かけた映画といっても通用しないと思います。この問題を解決して欲しいですね。『──ナウシカ』はモノラルだったんですが、『──ラピュタ』はドルビーにして宮崎さんも高畑さんもこんなに違うものかと驚いていました。宮崎さんがそのことを発見したのは収穫だったと思います。宮崎さんの作品はモノラルには戻らないですよ。そうやって一つ一つ監督さんが会社に対して、ドルビーでなければ絶対だめだと主張していってくれれば、必然的に映画館を改良していかざるを得ないでしょう。昔から女優さんの衣裳一枚と、音楽にかける予算が同じだったりするんですから。日本人の悪い体質で、目に見える物にはお金をかけるけれど、見えないものにはかけない。これは音楽をやっている者としてずっと言い続けようと思っています。自分の関わった映画では内容的には、いい監督さんたちに恵まれたので、あとはもっともっとこちらが変身して大胆な表現ができるようになりたい。昨年ぐらいまでは、できるだけ映画を壊さないように音楽を付けていたところがあるんですが、今年からは『熱海殺人事件』にしろ、『めぞん一刻』にしろ、前衛的な手法を取り入れているんです。

(七月三十一日、ワンダーシティ)

(月刊 イメージフォーラム 1986年10月号 No.73 より)

 

 

目次より(抜粋)

特集 アニメ爆発!

インタビュー 宮崎駿
視点の定め方で、見慣れた世界も変わるはずだ

『天空の城ラピュタ』映画的構造 暉峻創三
宮崎駿は天地の存在を忘れるなかれと語り続ける教祖である

音と映像のアニメ史 森卓也
前衛的、感覚的な娯楽

インタビュー 久石譲
日本映画は、音の遅れを取り戻さなければならない

映画の創造、アニメの原点 古川タク
動く絵にロマンを

アニメブームと日本映画のアニメ化 おかだえみこ
ロボットの敵はファミコンだった

アンケート 石坂裕一+植木吾一+編集部
アニメの観客は今……

アジアのアニメーション事情 小野耕世
文化の衝突はどんな作品を生み出すのだろうか

カナダ 西嶋憲生
アニメーションのパラドックス

 

 

 

Blog. 「『ラ・フォリア』ヴィヴァルディ/久石譲 編「パン種とタマゴ姫」サウンドトラック」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/12/27

2021年11月27日、大好評 “スタジオジブリ×久石譲‘’ 作品のアナログ盤シリーズに、いよいよ特別編とも言うべき 「Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン~」のサウンドトラック、 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」、そしてジブリ美術館でしか観る事のできない『パン種とタマゴ姫』のサウンドトラックが登場しました。

各イメージアルバム、サウンドトラックとはまた異なる編曲で楽しめる作品です。こちらもリマスタリング、新絵柄のジャケットと豪華な仕様、解説も充実、ライナーノーツも楽しめる内容です。しかも、この3作品のアナログ盤は、これまで発売されたことがありません。ジャケットの美しさ、アナログならではの、音の豊かさを、お楽しみ下さい。

(メーカーインフォメーションより・編)

 

 

liner notes

フォリア(ラ・フォリア)とは?

録音や放送のようなテクノロジーが存在しなかった19世紀以前の西洋音楽において、ある曲がどれだけポピュラリティを獲得していたか、つまり”ヒット”を表す度合いは、演奏回数や楽譜の売れ行きだけでなく、その曲(メロディ)がどれだけ多くの作曲家によって引用または編曲されたかという点が重要な指標となっていた(フランス革命以前、音楽著作権という概念は存在しなかった)。本盤をお聴きになるリスナーにまず知っていただきたいのは、この《ラ・フォリア》という楽曲が、過去400年の西洋音楽史において最大の”ヒット”を記録したテーマのひとつに基づく音楽だという事実である。バッハやベートーヴェンのような著名な楽聖たちを含む、非常に多くの作曲家たちがフォリアに基づく音楽を書いているので、ある程度クラシックをかじったり聴いたりしたことがあるリスナーならば、フォリアに出会わないまま一生を終えることはあり得ない。意識的にせよ無意識的にせよ、フォリアは必ずどこかで耳にしているはずである。

フォリアとは、15世紀末から16世紀にかけてイベリア半島に登場した舞曲、あるいはそこから派生したテーマのことを指す。ポルトガル語の「folia」、あるいはイタリア語の「La folia」は、英語の「fool」などと同じ語源から派生した言葉で、「馬鹿」「狂気」「狂乱」などを意味する。このように、もともとは「馬鹿騒ぎの舞曲」という意味で呼ばれていたフォリアのルーツは、おそらく農民たちが熱狂的に踊るテンポの速い舞曲だったと推測されている。現在、一般的にフォリアと呼ばれているものは、17世紀に入ってからテンポが遅くなり、コード進行が一定の型に定まったテーマのことを指す(特に「後期のフォリア」と呼ばれている)。

フォリアの音楽的特徴を簡単に記すと、前半8小節+後半8小節=16小節のテーマの形で書かれ、2拍目にアクセントを置いた3拍子系で、おおむねニ短調をとることが多い。前半と後半の違いは、最後の2小節のコード進行が違うことで、一般的なフォリアのコード進行を記せば

前半8小節 iーVーiーVIIーIIIーVIIーiーV
後半8小節 iーVーiーVIIーIIIーVIIーI(V)ーi

という感じになる。

フォリアのテーマを用いた、楽譜が現存する最古の曲のひとつは、フランスの宮廷作曲家リュリがルイ14世の命で1672年に作曲した《スペインのフォリアに基づくオーボエのエール》だが、これ以降、地中海沿岸を中心とするヨーロッパ各地でフォリアのテーマを用いた変奏曲の作曲が大流行し、多くの作曲家が楽曲の中でフォリアを引用したり、あるいは実際に変奏曲を作曲したりした。J・S・バッハ、C・P・E・バッハ、ベルリオーズ、グリーグ、リスト、ブゾーニ、ラフマニノフ、ロドリーゴ、20世紀後半以降の作曲家ではヘンツェやマックス・リヒターなど、その数は現在確認出来るだけで500人(組)以上と言われている。また、非常に意外な例だが、ベートーヴェンの有名な《運命》第2楽章(この楽章も変奏曲形式で作曲されている)の第166ー183小節がフォリアの変奏として作曲されているという説が、1980年代以降ベートーヴェンの研究者たちから相次いで打ち出されている。

しかしながら、フォリアを用いた史上最も有名な楽曲は、おそらくヘンデルの組曲第4番 ニ短調 HWV 437の中のサラバンド楽章、通称《ヘンデルのサラバンド》として知られるチェンバロ曲であろう(フォリアの引用ではないとする異説もある)。この楽曲は、スタンリー・キューブリック監督が『バリー・リンドン』のメインテーマに使用したことで、クラシック愛好家以外のリスナーにも広く知られるようになった。

 

ヴィヴァルディの原曲について

ヴィヴァルディの《ラ・フォリア》は、正確には「トリオ・ソナタ集 作品1 ~ソナタ第12番 ニ短調 RV 63」のことを指す(1705年に出版された、現存する最古の出版譜の表紙には「2つのヴァイオリンとチェンバロのための3声の室内ソナタ集 作品1」と記されている)。トリオ・ソナタは、ヴァイオリンなどの独奏楽器のパート2つとチェンバロなどの通奏低音のパート1つの合計3パート(=トリオ)で構成されているが(演奏者は必ずしも3人とは限らない)、18世紀初頭においては非常に人気を博していたフォーマットであった。全12曲からなるヴィヴァルディのトリオ・ソナタ集は、現在の研究では1703年頃、すなわち彼が司祭の叙階を得てからピエタ音楽院の音楽教師に就任するまでの時期に作曲されたと推測されている。

「作品1」という番号が付されているように、このトリオ・ソナタ集は当時20代半ばだった若きヴィヴァルディの”公式デビュー作”であり、楽譜が何度か再版された事実が物語るように、彼にとって最初の重要な”ヒット作”となった(ちなみに有名な《四季》は、これよりも15年以上後の作曲)。作曲にあたり、ヴィヴァルディは当時大変な人気を博していたアルカンジェロ・コレッリの「ヴァイオリン・ソナタ集~ソナタ第12番」(1700年出版)を少なからず参考にした。すなわち、ヴィヴァルディはコレッリの方法論にならい、曲集最後のソナタ第12番をフォリアのテーマに基づく19の変奏で構成し(コレッリの変奏の数は23)、すべての変奏をコレッリと同じニ短調で作曲した。最後の第19変奏をのぞき、主題・変奏とも前半8小節+後半8小節=16小節の変奏の後、後奏(リトルネッロ)が演奏される。これも、ヴィヴァルディがコレッリの方法論を応用したものである。

トリオ・ソナタという流行りのフォーマットを用い、コレッリにあやかってフォリアのテーマを用いたヴィヴァルディの《ラ・フォリア》は、いわば当時の”ヒット曲の法則”をすべて詰め込みながら、ヴィヴァルディが作曲家としての個性を初めて開花させた重要作とみなすことが出来る。

 

『パン種とタマゴ姫』のスコアについて

意外に思われるリスナーも多いかもしれないが、久石が手掛けた宮崎監督のスコアにおいて、フォリア風のメロディが登場するのは、実は『パン種とタマゴ姫』が初めてではない。『風の谷のナウシカ』のサントラ盤『「風の谷のナウシカ」サウンドトラック~はるかな地へ…~』に収録された《ナウシカ・レクイエム》をお聴きになれば、上述の《ヘンデルのサラバンド》にインスパイアされたメロディが、弦の伴奏音形に使われていることに気づくはずである。

宮崎監督がヴィヴァルディの《ラ・フォリア》に惹かれた理由は明らかにされていないが、先に述べたように、フォリアのメロディそのものはクラシックを鑑賞していれば必ずどこかで出会う有名曲だし、『ナウシカ』からの連想は抜きにしても、宮崎監督のずば抜けた音楽的直感によってヴィヴァルディの《ラ・フォリア》に辿り着いたのは、ほぼ間違いないだろう。

その直感は、実のところ、きわめて音楽的な理由に裏打ちされている。

まず、ヴィヴァルディの原曲が、他ならぬ変奏曲形式で作曲されていること。これで思い出されるのが、宮崎監督が命名した《人生のメリーゴーランド》というメインテーマを、久石が多様に変奏していくことでスコアのほぼすべてを作り上げた『ハウルの動く城』の例だ。『ハウル』の変奏曲形式は、主人公ソフィーの年齢と外見がさまざまに変化していく物語と厳密に対応しているが、『パン種とタマゴ姫』においても、パン種のキャラクターが生地の状態から焼き上がったパンまでさまざまに変化していくので、本作においても変奏曲形式の音楽がふさわしいと直感的に判断したのではないかと推測される。

さらにヴィヴァルディの原曲には、いくつかの変奏において、彼が後年作曲することになる《四季》の自然描写の萌芽を見出すことが出来る。そうしたヴィヴァルディの音楽語法が、ブリューゲルの農民画や風景画にインスパイアされた本作の世界観と絶妙にマッチしているわけである。

そして、フォリアの原義である「狂気」すなわち「マッドネス」という要素が、本作の物語の中にも現れている点。本編をご覧になれば、パン種とタマゴ姫を執拗に追い続けるバーバヤーガのキャラクターにある種の「狂気」を感じ取ることが出来るが、それだけなく、村の中で繰り広げられるアクションシーンが──久石の名曲《Madness》が使用された『紅の豚』の飛行艇のシーンと同じように──いささか狂気じみた様相を呈していることに気づくだろう。

一方、作曲家の久石にとってみれば、宮崎監督から提示されたヴィヴァルディの《ラ・フォリア》は、バロック音楽への久石の敬愛を存分に表現し、しかも彼自身のミニマル・ミュージックの”新作”を発表する場にもなる、絶好の機会と感じられたはずである。

21世紀に入ってから顕著な傾向だが、バッハ以前のバロック音楽は実のところミニマル・ミュージックの元祖ではないかという見方が、海外の作曲家や演奏家のあいだから相次いで提示されるようになってきた。ことヴィヴァルディの原曲に限って言えば、主題から最後の第19変奏までニ短調という調性も変えず、各変奏内のコード進行すらも変えず、パターンの繰り返しを好んで用いる作曲手法は、実はミニマル・ミュージックの方法論とそれほど変わらない。そこに、久石は敏感に反応し、バロック音楽の古典的フォームを守りながらも実質的にはミニマル・ミュージックであるという二律背反を、本作の編曲によってやすやすと乗り越えてしまった。本編の物語に即してわかりやすく言えば、久石はヴィヴァルディのバロック音楽という”パン種”から、ミニマル・ミュージックという”パン”を成形し、それを本作のスコアとして”焼き上げた”のである。

映画音楽作曲家としての久石は、「映像と音楽は対等であるべき」という理想を一貫して求め続けながら作曲に臨んできた音楽家である。楽曲としての構成原理をいっさい妥協することなく、映像と音楽がこれほど対等に渡り合った久石の映画音楽作品は、宮崎作品か否かを問わず、他に全く存在しないと言えるだろう。しかも本作のスコアには、ミニマル・ミュージックの作曲家としての久石の作家性が紛れもなく刻印されている。そうした意味において、『パン種とタマゴ姫』の久石のスコアは彼の映画音楽の理想を最も純化して表現した作品であり、かつ久石自身の音楽的個性が遺憾なく発揮された作品であるということが出来るだろう。

なお、本盤に聴かれるスコアは、現時点で三鷹の森ジブリ美術館のみの限定販売となっているサントラ盤CD(本編バージョン)と異なり、本作のために編曲・録音した音楽を演奏会用作品として整えたバージョンが収録されている(本編バージョンはヴィヴァルディの原曲からいくつかのセクションをカットしているが、本盤はカットなしで収録したフル・バージョンである)。

 

楽曲(主題と変奏)解説
※物語の内容に深く触れていることを予めお断りしておきます。

先に述べたように、ヴィヴァルディの原曲はフォリアの主題と19の変奏で構成されているが、本盤に収録された久石のスコアは、変奏の順番を若干入れ替えながらも、原曲の19の変奏をすべて素材として使用し、ごくわずかな例外をのぞき、主題とすべての変奏を原曲と同じニ短調で統一している。さらに、本編のシーンの長さに合わせるために加えたブリッジやコーダなどをのぞき、ひとつの変奏につき前半8小節+後半8小節=16小節というフォームも、久石はそのまま踏襲している。

CD発売時、本盤に収録されたスコアは「主題」「第1変奏」「終曲」のようにトラック名が付されたが、これはスコア全体の構成を表すと同時に、本編における物語の区切りも表している。そこで、厳密な意味での音楽的変奏と混同を防ぐため、以下の解説では最初のフォリアのテーマをF、ヴィヴァルディの原曲の変奏番号をV1、V2…のように、久石の音楽の変奏番号をH1、H2…のように表記する。一例を挙げると、「H5 (V8) 」は久石の5番目の変奏がヴィヴァルディの原曲では8番目の変奏に対応している、という意味である。

また、クラシックの音楽解説の常として、以下の筆者の分析は、久石自身の編曲意図と必ずしも一致しない可能性があることを、あらかじめお断りしておく。

 

主題
F – H1 (V1)

本編においては、メインタイトルでFの前半が演奏された後、Fの後半とH1は未使用となっている。FもH1も、前半8小節はヴィヴァルディの原曲をほぼそのまま演奏しているが、後半8小節はコントラバスが通奏低音のパートに加わって弦の編成が厚くなり、音楽全体が深く豊かに響き渡る。

 

第1変奏
H2 (V2) – H3 (V3) – ブリッジ – H4 (V4)

本編においては、タマゴ姫の登場と、バーバヤーガの水車小屋の日常を描いたシークエンスの音楽。

H2は、ヴィヴァルディの原曲V2をほぼオリジナル通りに演奏しているが、本編未使用。

H3は、本編においては上述のFの前半から直接繋がる形で登場する。久石が加えた弦のピッツィカートが、せっせとパン種をこねるタマゴ姫の様子を可愛らしく表現していて見事である。

短いブリッジをはさんで登場するH4は、バーバヤーガ水車小屋の大臼を動かし、粉を挽くシーンの音楽。ヴァイオリンの2つの声部が忙しなく掛け合う形で書かれるヴィヴァルディの原曲V4を、久石が”労働の忙しさ”と読み替え、バーバヤーガの粉挽きの慌ただしい様子や、タマゴ姫が文字通り右往左往しながらバーバヤーガの食事の給仕をする様子を表現しているかのようである。

 

第2変奏
H5 (V8) – H6 (V9) – H7 (V10) – コーダ

本編においては、パン種が動き始めるシーンから、パン種とタマゴ姫がバーバヤーガの水車小屋を抜け出すシーンまでの音楽。

H5は、ヴィヴァルディの原曲V8をほぼそのまま演奏したもの。月の光が木の舟にねかされているパン種にさしこむ情景と、高雅な弦の響きが完璧に調和した美しい変奏である。

H6は、ヴィヴァルディの原曲V9では弦が階段を昇り降りするような音形を繰り返す。その音形が、パン種とタマゴ姫の忍び歩きと絶妙にマッチしてユーモラスだ。

H7は、水車小屋を逃げ出したパン種とタマゴ姫が、いばらの森を抜けていくシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V10は、ヴァイオリンがアレグロで速い音形を演奏するが、久石のH7においてもその音形があたかもパン種とタマゴ姫の”はやる心”を表現しているかのようである。

Fに基づくコーダをチェンバロが短く演奏した後、次の第3変奏に移行する。

 

第3変奏
H8 (V11) – H9 (V12) – H10 (V13)

本編においては、パン種とタマゴ姫が麦畑を抜けて逃避行を続けるシークエンスの音楽。

H8は、ブリューゲルの名画「穀物の収穫」をそのまま映像化したような、麦畑の収穫のシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V11は、後年ヴィヴァルディが作曲することになる《四季》の牧歌的な自然描写を先取りしたような変奏となっている。

久石は、この変奏をたっぷりとした弦に歌わせることで、音楽が潜在的に表現している豊かな自然の美しさを見事に引き出し、崇高なまでの”生命賛歌”を歌い上げている。全曲の中でも白眉と呼べる変奏だ。

H9は、臼に乗ったバーバヤーガが空を飛びながら、パン種とタマゴ姫を探索するシーンの音楽。ここで久石は、ヴィヴァルディ当時にはなかったマリンバなどを加えた編曲を施すことで、バーバヤーガの探索をユーモラスに表現している。

H10は、収穫した麦を載せた多数の馬車が、村に戻っていくシーンの音楽。久石は各小節の1拍目にティンパニを付加し、さらに通奏低音のパートを低弦で強調することで、文字通り山のように麦を積んだ馬車の重量感を見事に表している。

 

第4変奏
前奏 – H11 (V14) – H12 (V15) – H13 (V16)

本編においては、村の中を逃げていくパン種とタマゴ姫を、バーバヤーガが執拗に探し続けるシークエンスの音楽。

タンバリンによる短い前奏の後、H11は脱穀の作業で慌しい村の様子を描いたシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V14は、楽譜に「アダージョ」と表記されているが、久石は思い切ってテンポを軽快に上げることで、中世の世俗音楽のようなリズム感を強調し、さらにタンバリンやマリンバを加えることで、村人たちの活気あふれる脱穀の様子を生き生きと描き出している。

H12は、ヴィヴァルディの原曲V15では楽譜に「アレグロ」と表記されている。久石のH12は、村の中を歩くバーバヤーガの歩調と、村人たちが動かす大臼の動きに合わせた変奏に仕上げている。

H13は、引き続きパン種とタマゴ姫を探索するバーバヤーガと、村人たちがパン生地からパンを成形する様子を描いたシーンの音楽。この変奏は、久石ならではのユニークな楽器法の面白さが現れた音楽のひとつで、ヴィブラフォンとサックスの現代的な音色と弦のピッツィカートが、のどかなユーモアを感じさせる変奏となっている。

 

第5変奏
前奏 – H14 (V5) – H15 (V6) – H16 (V7) – H17 (V17)

物語的にも音楽的にも、本編最大の見せ場(聞かせ場)である。

ミニマル風の前奏の後、H14は、パン種とタマゴ姫の変装を見破ったバーバヤーガがふたりを捕獲するシーンの音楽。久石が得意とするミニマルの語法が全開した楽曲だが、驚くべきことにヴィヴァルディの原曲V5自体が、通奏低音のパートにおいて16分音符のパターンを繰り返す事実上のミニマルとして作曲されている。久石は、そのミニマルの要素を強調することで、この変奏を現代的な”アクションシーンの音楽”に生まれ変わらせた。その大胆な発想には、脱帽するしかない。

H15は、バーバヤーガとタマゴ姫がパンを成形していくシーンの音楽。H14の勢いをそのまま受け継ぎ、ヴァイオリンの激しい音形がバーバヤーガとタマゴ姫の必死の形相を表している。後半8小節ではマリンバが隠し味的に加えられ、生地を丸めて成形していく様子がユーモラスに表現されている。

H16は、パンの成形を仕上げたバーバヤーガが、丸いパン(に成形されたパン種)をカマドで焼き上げるシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V7の第1ヴァイオリンのパートと第2ヴァイオリンのパートを合成する形で、久石が作り替えた音形が変奏の中心になっている。

H17は、パンがカマドの中で膨張しながら焼き上がっていくシーンの音楽。ヴィヴァルディの原曲V17自体、ミニマルの要素が強いが、そこに打楽器も加わることで、音楽は文字通りのフォリア(狂乱状態)に達する。

 

終曲
前奏 – H18 (F、V18) – H8 (V11) – ブリッジ – H19 (V19) – コーダ

本編最後のシークエンスの音楽。

太鼓の短い前奏が王と后の到着を告げた後、H18は焼き上がったパン──公式パンフレットによればパン雄──がカマドから出てくるシーンの音楽。このH18に関しては、やや変則的な編曲になっており、前半4小節ではチェンバロとグロッケンシュピールがFを演奏し(太鼓のリズムは鳴り続けている)、後半4小節はヴィヴァルディの原曲V18がかなりデフォルメされた形に編曲されている。具体的には、V18後半4小節のヴァイオリン・パートからいくつか音符を抜き、よりキビキビとした変奏となっている。

この後、第3変奏の麦畑のシーンで初めて登場したH18が再登場し、一種の再現部のような役割を果たしている。

ティンパニによるブリッジを短く挟み、最後のH19は一同に祝福されたパン雄とタマゴ姫が村を後にするラストシーンと、エンドタイトルの音楽。ヴィヴァルディの原曲V19は、文字通り音楽が狂乱状態に達して凄まじいクライマックスに達するが、久石はこの変奏を本編の内容に合わせる形で大胆な編曲を施した。すなわち、フォリアの定型的なコード進行から初めて逸脱した明るい変奏となり、さらにティンパニなども加えることで祝典的な響きを強調し、V19の後半8小節をさながら”王宮の音楽”のように変えてしまうというものである。物語を締めくくる大団円の祝祭感を華やかに表現した、実に見事な編曲と言えるだろう。そして、V19の最後に出てくる後奏をそのまま活かしたエンドタイトルの音楽となり、最後にチェンバロが明るく締めくくるコーダで全曲の幕となる。

前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2021/7/27

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

『ラ・フォリア』ヴィヴァルディ/久石譲 編「パン種とタマゴ姫」サウンドトラック

品番:TJJA-10044
価格:¥3,000+税
※SIDE-Aに音楽収録 SIDE-A裏面はキャラクターのレーザーエッチング加工
(CD発売日2011.2.2)
音楽:久石譲 全7曲

2010年に三鷹の森ジブリ美術館の映像展示室「土星座」で公開された短編映画のサウンドトラック。ヴィヴァルディの「ラ・フォリア」を久石譲が現代的なアプローチで再構築した劇中音楽を組曲として収録。

解説:前島秀国

liner notes フォリア(ラ・フォリア)とは?/ヴィヴァルディの原曲について/『パン種とタマゴ姫』のスコアについて/楽曲(主題と変奏)解説 所収

 

Blog. 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/12/27

2021年11月27日、大好評 “スタジオジブリ×久石譲‘’ 作品のアナログ盤シリーズに、いよいよ特別編とも言うべき 「Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン~」のサウンドトラック、 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」、そしてジブリ美術館でしか観る事のできない『パン種とタマゴ姫』のサウンドトラックが登場しました。

各イメージアルバム、サウンドトラックとはまた異なる編曲で楽しめる作品です。こちらもリマスタリング、新絵柄のジャケットと豪華な仕様、解説も充実、ライナーノーツも楽しめる内容です。しかも、この3作品のアナログ盤は、これまで発売されたことがありません。ジャケットの美しさ、アナログならではの、音の豊かさを、お楽しみ下さい。

(メーカーインフォメーションより・編)

 

 

liner notes

『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』について

※以下の解説では、アルバム『となりのトトロ イメージ・ソング集』を”イメージ・ソング集”、アルバム『となりのトトロ サウンドトラック集』を”サントラ”と表記します。

作曲者自身の解説にもあるように、『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』は、「ある種啓蒙的な、今まであまりオーケストラを聴いたことがない人に、オーケストラっていいなぁと感じられる作品」、つまりオーケストラ入門者がオーケストラの仕組みと魅力を容易に理解できるように意図して作られた作品である。と同時に、この作品は宮崎駿監督と久石譲の3度目のコラボレーションとなった『となりのトトロ』の映画音楽(フィルム・スコア)を常設オーケストラで演奏可能にした交響組曲、つまりフィルム・スコアから重要な音楽を抜き出し、宮崎監督の世界観をオーケストラの演奏だけで楽しめるようにした作品、という側面も併せ持っている。既存のフィルム・スコアを素材にしながら、同時に教育的な効果も備えているオーケストラ曲を作り上げたのは、音楽史上、おそらく久石が初めてではないかと思う。

この作品のユニークな特長は、久石も言及しているナレーション付のオーケストラ作品、すなわちプロコフィエフ《ピーターと狼》やブリテン《青少年のための管弦楽入門》と比較すると、よりわかりやすい。プロコフィエフもブリテンも、オーケストラの楽器を入門者に知ってもらうという作曲意図は共通しているが、《ピーターと狼》は特定のキャラクターに固有の楽器とメロディ(ライトモティーフ)をあてがいながら物語を表現していくという、どちらかといえばハリウッドの映画音楽に近い手法で書かれている(極端な言い方をすればジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ』などもこの手法に基づいている)。もう一方の《青少年の管弦楽入門》(もともとは教育映画『管弦楽の楽器』のフィルム・スコアとして作曲された)は、変奏曲形式で楽器の紹介をした後、最後にオーケストラ全体でフーガを演奏するという、かなり本格的なクラシック音楽を志向した作品になっている。

『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』はそのどちらとも異なり、最初の《さんぽ》でひと通りの楽器は紹介するが、それ以降の楽章では教条的になることなく、音楽そのものの魅力をオーケストラによって伝えていく。というのも、『となりのトトロ』の音楽自体が、すでにフィルム・スコアの段階で高い完成度に達しているからである。その音楽は、必ずしもクラシックとは限らず、童謡もあれば、ポップスのように楽しい曲もあるし、ミニマル・ミュージックのような現代的な音楽も部分的には含まれている。逆に言えば、宮崎監督の世界観をあますところなく表現するためには、それだけバラエティに富んだスタイルの音楽が必要だったということでもある。そうした音楽の多様性を尊重しながら、オーケストラを奏で、オーケストラの魅力を伝えていくところが『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』の面白さであり、《ピーターと狼》や《青少年のための管弦楽入門》になかった強みでもある。

これは視点を変えてみると、オーケストラというものは、クラシックも演奏できれば、ポップスも童謡もミニマルも演奏できる、懐の深いフォーマットだということを意味する。つまり、「アートとエンターテインメント」の両方に長けている、ということだ。それこそが、久石自身が志向する音楽の目標であり、ひいては21世紀にあるべきオーケストラが目標とすべき理想のひとつでもある。それが、『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』が伝えようとしているもうひとつの”サブストーリー”なのではないか、というのが筆者の考えである。

なお、本盤にはA面にナレーションつきの演奏、B面に音楽のみの演奏が収録され、ナレーターは『となりのトトロ』本編でお父さん(草壁タツオ)の声を演じた糸井重里が担当している。とはいえ、この作品の”ストーリー”は決してお父さんの視点で語られているわけではない。楽譜上では、ナレーターの配役に関して特にジェンダーや年齢の指定はないので、実演ではナレーターを自由にキャスティングすることが可能である。また、楽譜には「演奏・ナレーション上の註釈」として、ナレーションの入りのタイミングがすべて詳細に記されているので、特に高度な音楽的知識を持ち合わせていなくても(指揮者の指示によって)ナレーターが正確なタイミングで入ることが可能である。

 

楽章解説

1.さんぽ

サントラに収録された《さんぽーオープニング主題歌ー》と《おみまいにいこう》を基にしながら、オーケストラの楽器紹介を兼ねた音楽。楽章のほとんどの部分を通じて、スネアドラムが文字通り”さんぽ”するようなマーチのリズムを刻んでいる。

最初に前奏部分(サントラではバグパイプとシンセサイザーが演奏)をオーケストラ全体で演奏した後、有名な「♪あるこう あるこう」のメロディが、オーケストラのセクションごとに演奏されていく。木管、金管、弦の各セクションは、それぞれ4種類の楽器で構成されているので、原則的にセクションの中で高い音の楽器から、順に4小節ずつメロディを担当していき、最後の「♪くものすくぐって」の部分からセクション全体がまとまって演奏する、という仕組みになっている。ちなみに、打楽器でメロディを担当するのは、最初の4小節がティンパニ、次の4小節がシロフォン(木琴)だが、組曲全体ではその他にも多種多様な打楽器が使われている。

最後にすべてのセクションがそろってメロディ全体を演奏し、華やかに終わる。

 

2.五月の村

サントラでもオーケストラで演奏されていた《五月の村》を、よりシンフォニックに編曲し直したもの。本編においては、物語最初の引越しのシーンほかに登場する。

この楽章は、1950年代から60年代、ラジオやレコードを通じて幅広い聴衆に親しまれたオーケストラ音楽、いわゆる軽音楽(セミ・クラシック)を意識した音楽となっている。そのため、全体の形式も親しみやすくわかりやすい形をとっており、冒頭8小節の前奏のあと、A-B-A-C-Aというシンプルなロンド形式(小ロンド形式)で書かれている。

 

3.ススワタリ~お母さん

サントラに収録されている《オバケやしき!》《メイとすすわたり》《おかあさん》を素材に用いている。

最初に、弦楽セクションが可愛らしいピッツィカートで《オバケやしき!》を演奏し、「ドン!」とオーケストラが鳴った後、木管セクションが同じ部分を繰り返す。次に《メイとすすわたり》の音楽となり、木管セクションと多彩な打楽器がマックロクロスケの存在を表現した後、イメージ・ソング集の《すすわたり》で「♪すーすす すすわたり」と歌われていたメロディを、木管セクションが演奏する。この時、メロディは最初から全体の姿を現さず、「♪すーすす」「♪すーすす すすわたり」のように少しずつ現れてくるところが面白い(つまり、すぐに姿を隠してしまうマックロクロスケと同じである)。メロディがひと通り演奏された後、今度は金管セクションがメロディに華やかな装飾を加えて演奏する。あたかも、マックロクロスケにスポットライトが当たって輝くような感じだ。音楽が静かになると、グロッケンシュピール(鉄琴)とチェレスタが《おかあさん》のメロディを愛らしく演奏し、独奏ヴァイオリン(オーケストラのコンサートマスター/コンサートミストレスが担当)がそのメロディを引き継ぐ。最後は、病院に残るおかあさんへの恋しさを表現するかのように、音楽が後ろ髪を引かれるようにして終わる。

 

4.トトロがいた!

サントラの《小さなオバケ》と《トトロ》を素材に用いている。

最初の《小さなオバケ》の部分、すなわち小トトロが初めて登場するシーンの音楽は、サントラでオーケストラが演奏していた音楽をよりシンフォニックに編曲し直したものである。オタマジャクシの動きを木管セクションの演奏で表現した部分をはじめ、オーケストラの豊かな音色が小トトロの愉快な動きを見事に表現している。後半になると、「♪トトロ トトロ」のモティーフがさまざまな楽器の演奏で登場する。弦楽セクションとハープが一陣の風を吹かせた後、《トトロ》の部分、すなわち有名なバス停のシーンとなる。ここから音楽は7/4拍子に変わり、トロンボーンとマリンバが「ン・パ・パ・パ・パ・パ・ウン」「タラ・タラ・タン・タン」という不思議なテーマを演奏する。実はこのテーマこそが、トトロ(大トトロ)のテーマにほかならない(筆者との取材において、久石自身がそのように指摘している)。しかもこのテーマは、久石が得意とするミニマル・ミュージックの手法で書かれている。最後は、チェロとコントラバスが演奏する「♪トトロ トトロ」も顔を出す。

 

5.風のとおり道

イメージ・ソング集の《風のとおり道》(児童合唱版とインストゥルメンタル)と、サントラにも収録されている《風のとおり道(インストゥルメンタル)》が原曲。塚森の大きなクスノキのテーマ、あるいは自然の生命力そのものを象徴するテーマとして、本編の中で何度も登場する。久石が筆者に語ったところによれば、「童謡的なテーマだけでなく、《風のとおり道》のように日本音階を使いながらすごくモダンな世界を作ることで、初めて全体のバランスがとれた」という意味で、このテーマは「音楽全体の裏テーマ」の役割を果たしているという。

原曲は「♪森の奥で」で始まるAの部分(Aメロ)と、「♪はるかな地」で始まるBの部分(Bメロ)で構成されているが、本組曲では文字通り風がとおるような序奏のあと、A-A-B-A-C-B-A-Aに基づくコーダ、という形で構成されている。ある映画音楽のテーマから、オーケストラ作品として聴き応えのある演奏会用作品をいかにして作り上げていくべきか、そのお手本を示したような楽章である。

 

6.まいご

イメージ・ソング集およびサントラに収録のヴォーカル曲《まいご》と、オーケストラの演奏によるサントラの《メイがいない》が原曲。組曲全体の中でも、最も小さな編成で演奏される。

イントロのあと、コーラングレ(イングリッシュ・ホルン)が「♪さがしても みつからない」のAメロを歌い始めるが、このコーラングレはサントラの《メイがいない》でも(オカリナと共に)ソロを担当していた楽器である。「♪かくれんぼが だーいすき」のBメロからピアノのソロとなり、オーボエとコーラングレがBメロに加わった後、最後はオーボエが名残惜しむようにソロを吹く。譜面上および本盤B面の演奏においては、その後、チューバがトトロの声を真似る形で、「トトロ ボァ~~~」と吹くが、本盤A面の演奏においては、チューバのトトロの声は次の《ネコバス》冒頭のナレーションの後に出てくる。

 

7.ネコバス

サントラでオーケストラが演奏していた《ねこバス》を、よりシンフォニックな形で編曲し直したもの。最初の前奏部分は、イメージ・ソング集の《ねこバス》のイントロに基づいている。

イメージ・ソング集のヴォーカル版を聴くとわかるが、《ねこバス》はネコバスの疾走感を表現するため、ノリの良いポップスのスタイルで書かれている。そのため、オーケストラの演奏にも拘わらず、思わず体でリズムをとりたくなってしまう楽しさが、この楽章の編曲にそのまま受け継がれている。前奏の後、まず木管セクションが「♪ばけねこの ねこバスが」のAメロを演奏し、金管セクションがそれを繰り返す。今度は弦楽セクションが「♪ヘッドライトは」のBメロを演奏した後、オーケストラ全体で「♪それゆけ にゃあごー」のサビ(コーラス)を演奏する。以下、ピアノでAメロ、弦楽セクションでBメロ、木管セクションでサビ、最後にオーケストラ全体でサビを繰り返す。

 

8.となりのトトロ

もはや説明の必要もない《となりのトトローエンディング主題歌ー》を、サントラ収録の《月夜の飛行》後半、および物語最後に流れる《よかったね》も踏まえながら編曲したもの。この楽章単独で演奏される機会も多い。「♪だれかが こっそり」のAメロと、「♪となりのトトロ トトロ」のサビをそれぞれ短くした形で序奏に用いた後、改めてAメロ-サビ-Aメロ-サビの順でオーケストラが演奏していく。2度目のAメロでは、ピアノ・ソロ演奏が聴きもの(この部分に限らず、本盤の演奏ではピアノパートを久石自身が担当している)。最後のサビは、途中からロ長調に転調し、音楽がいっそう華やかになって全曲の幕となる。

 

参考文献:
『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』 久石譲作曲 全音楽譜出版社

『久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~』公式パンフレット所収 前島秀国『「ナウシカ」から「ポニョ」までー久石譲、宮崎駿監督との9作品を語る』

前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2021/07/30

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

オーケストラストーリーズ となりのトトロ

品番:TJJA-10043
価格:¥3,800+税
(CD発売日2002.10.23)
音楽:久石譲 全16曲

子供達とかつて子供であった人達のためのオーケストラ入門
初めてオーケストラに接する人達のために久石譲が新たに「となりのトトロ」のストーリーを綴った交響組曲。お父さん役の糸井重里の語りで楽器の名前や音色なども分かりやすく解説した入門編と、語りの無い組曲との2部構成。 

演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団
解説:前島秀国

liner notes 『オーケストラストーリーズ となりのトトロ』について/楽章解説 所収

 

Blog. 「Castle in the Sky ~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン・サウンドトラック~」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/12/27

2021年11月27日、大好評 “スタジオジブリ×久石譲‘’ 作品のアナログ盤シリーズに、いよいよ特別編とも言うべき 「Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン~」のサウンドトラック、 「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」、そしてジブリ美術館でしか観る事のできない『パン種とタマゴ姫』のサウンドトラックが登場しました。

各イメージアルバム、サウンドトラックとはまた異なる編曲で楽しめる作品です。こちらもリマスタリング、新絵柄のジャケットと豪華な仕様、解説も充実、ライナーノーツも楽しめる内容です。しかも、この3作品のアナログ盤は、これまで発売されたことがありません。ジャケットの美しさ、アナログならではの、音の豊かさを、お楽しみ下さい。

(メーカーインフォメーションより・編)

 

 

アメリカ版『天空の城ラピュタ』スタッフ日記について
前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

別掲の久石自身のライナーノーツにあるように、本盤はアメリカ版『天空の城ラピュタ』のために、久石が1999年に追加作曲したスコア(以下、アメリカ版と表記)を収録したものである。現在のようにインターネットが広く普及していなかった当時、久石の公式サイト(joehisaishi.com)では、ワンダーシティのスタッフが日々の業務をレポートするスタッフ日記を頻繁にアップしていた。アメリカ版の制作期間も例外ではなく、実際の作業の進行状況が制作スケジュール(右表)に沿いながら、きわめて詳細にレポートされていた。

その後、公式サイトの変更に伴い、このスタッフ日記は閲覧できなくなっているが、今回、アメリカ版制作期間中のスタッフ日記が以下に再掲載されることになった。当時の空気や久石の作曲手法を知る上でも、また(新作映画の場合はほとんど明らかにされることがない)久石の作曲ペースを知る上でも、きわめて貴重な第一級の資料である。

 

 

制作スケジュール

1999年
2月25日(木)
制作スタート

4月29日(木)
アメリカ、シアトルへ出発

4月30日(金)~ 5月3日(月)
St.Thomas Chapel (Bastyr University Chapel) にてオーケストラ・レコーディング

5月4日(火)~ 8日(土)
トラックダウン

5月10日(月)
帰国

 

アメリカ版(※1)『天空の城ラピュタ』スタッフ日記
当時のワンダーシティスタッフ(※2)によるweb日記を抜粋

1999年2月26日(金)
社内での打ち合せ。アメリカ版「ラピュタ」の制作進行をよりスムーズにするため、あらゆる方法を検討します。13年前の作品とは思えない、この素晴らしい映像をどうやって生まれ変わらせるのか、久石さんの腕の見せどころになります。しかし、いざ作業を始めてみると日本とアメリカの文化的な相違は大きな壁となり、予想はしていましたが、やはり苦労が絶えません。今後も試行錯誤が続きそうです。

2月27日(土)
ワンダーステーション(※3)の第3スタジオにて、アメリカ版「ラピュタ」の制作です。オリジナル版とアメリカ吹き替え版を見比べながら、前回のデータ整理の残りを仕上げてしまおう、というのが今日の作業内容。「ラピュタ」の挿入曲は全部で40曲前後にも及ぶのですが、すでに半分以上はデータの整理が完了しているので気分も楽なものです。時折、「ラピュタ」制作時(13年前)の思い出話やウラ話、冗談などが飛び出して、久石さんを筆頭にスタジオの中は爆笑の渦と化していました。

3月3日(水)
アメリカ版「ラピュタ」レコーディング(※4)。1曲目の制作にいよいよ入ります。出だしの音楽皆さん覚えていらっしゃいますか? そうです、あのドーラ達が飛行客船を襲うシーンで流れてくる曲ですが、これがアメリカ版になるとさらにド迫力。これからが楽しみです。

3月4日(木)
引き続き「ラピュタ」レコーディング(※4)。1曲目の続きです。ということは…。そうです。大幅に曲が延びているのです。これが見事にはまっていて実にすごい。また違った感覚で映像が見れて面白かったですね。

3月8日(月)
「ラピュタ」レコーディング(※4)。今日は2曲目以後の制作を行います。すでにオープニングの曲からタイムが延びていて、音の厚さもオリジナルの倍以上! ということは、予想以上に挿入曲が増えることにもなります。もうすでに久石さんの頭の中にはイメージが完成し、次から次へといろんなアイデアが出てきてしまうとか。今日はサクサクッと3曲ほど完成させてしまいました。ウーン、恐るべし久石譲!!

3月9日(火)
引き続きレコーディング(※4)。昨日の続きを始める前に、完成した部分を再度チェックします。アニメは大量のセル画を1枚ずつ送っていくことにより構成されているので、曲を挿入する場合は「秒」以下のカウント(フレームと言います)で合わせていかなくてはなりません。時間のかかる仕事だけに、時間の使い方がとても重要なのですが、さすがに長年映画音楽に携わっている久石さんはツボを押さえていますね。その効率の良い仕事ぶりに、スタッフ一同改めて感心してしまいました。

3月11日(木)
「ラピュタ」レコーディング(※4)。1日空いてしまいましたが、リズムを崩すことなく「ラピュタ」制作にとりかかる久石さん。ワンダーステーションの第3スタジオにも完全に馴染み、良い雰囲気で仕事を進めています。今久石さんが一番に考えていることは、オリジナルの素材を大切にするのはもちろんのこと、多民族国家アメリカで十分に通用するような音創りをするということです。

3月15日(月)
さて、今週は月曜日から金曜日まで続けてスタジオに入る、まさに「ラピュタ週間」です。このアメリカ版「ラピュタ」の制作は、お昼頃にスタジオ入りして夜の10時頃に終了するという、非常に規則正しいスケジュールが組まれているのですが、実はこれ、久石さんの提案によるものなのです。毎日10時間も薄暗いスタジオにいては不健康だし、みんなも疲れるだろう、とスタッフに気を使ってくださっているのです(久石さん! ありがとうございます!!  byスタッフ一同)。お陰様で現在のところ仕事は順調そのもので、今日の音付けは、パズーがトランペットを吹くシーンからドーラ達がシータを捜しに来るまでのシーンを一気にやってしまいました。ウ~ン、この音楽がまた素晴らしい! ファンの皆さんにも出来るだけ早くお聴かせしたい、と思う今日この頃です。

3月16日(火)
今日は炭鉱街の親方と海賊が腕比べをするシーン。これがすごく楽しい曲に仕上がり、映像と合わせて見ると大笑いしてしまうのです。エンジニアやスタッフも笑いをこらえて作業する、といった前例のない出来事。「良い音楽と良い映像は繰り返し聴いても見ても飽きることはない」ということをあらためて実感した1日でした。

3月17日(水)
昨日が大作であったにもかかわらず今日も大作になりました。今日のシーンはドーラとのおっかけっこのシーン。アメリカ版用に大幅にリアレンジされてかなりド迫力になりました。同じ曲でもこうも変わるものかと思いましたね。順調に進んでおります。

3月18日(木)
今日は炭鉱にパズーとシータが落ちていくところから。新たに2曲ほど作られて、また新鮮な感じになりました。久石さんやはりハリウッドを意識してか、かなりの曲数になっています。

3月19日(金)
今日はついにパズーとシータが捕まってしまいました。ここからシータを助け出すまではきっかけあわせが多いので大変です。昔のシーケンスが残っている曲がこのあたりは比較的多いのでそれを助けに進められます。しかし昔の曲をなぞるだけでなく全く新しい感じにすべてを変えていくので、作業的には昔の曲を復活させる分大幅に増えてしまうのです。

3月23日(火)
今週もスタジオ作業が詰まっています。今日はティデスの要塞でシータを助け出すシーンまで。曲のテンポを上げた曲が多いのでスピード感がかなり増しました。その分作らなくてはいけない部分が増えるのですが。きっかけ合わせが昔と違ってパソコンでかなり正確に出来るので、1フレ単位でずらしながら何度も画面に合わせて一番気持ちいいきっかけを探っていきます。時代は進歩したものです。

3月24日(水)
今日のシーンはタイガーモス号でラピュタを捜しに行く部分。タイガーモス号内で繰り広げられる人間模様にどんな音楽を付けるのか、久石さんの腕の見せ所です。アクションシーンと比べれば数段地味になるこのシーンを、アメリカの観客にも受け入れられるようにするにはどうすればいいのか? と以前から考えていたそうですが、時間をかけて温めてきた構想は大成功! このシーンはぜひ見てもらいたいものです。

3月25日(木)
今日はゴリアテにタイガーモス号が襲われるシーン。ここは竜の巣の曲までつながって大幅に長くなりました。生の弦も大幅に追加され、これまた大迫力。そしてこの曲が出来あがったところで、ディズニーからプロデューサーが来社。ここまでを通して見てもらったところ、かなり気に入ってくれた様子でした。その後打ち合せでいろいろな意見が交わされました。ここまでかなり曲を入れてきていたつもりでしたが、そのプロデューサーはもっと増やして欲しいとのこと。さすがアメリカです。

3月26日(金)
皆さん、「大樹」のテーマを覚えていますか? 今日はこの壮大なテーマを新たに生まれ変わらせる作業です。オリジナルを創った頃よりもコンピューターやキーボードが進化したため、新「大樹」のテーマには今までにない数多くの音が追加されました。しかしその反面、昔使った音を再現するのに一苦労するという場面も…。作業終了後はビールを飲みつつ「ラピュタ」の思い出や今後の展開などについて話を弾ませて、無事1日の作業を終了しました。

3月29日(月)
今日からは気分を入れ替えて再び「ラピュタ」の制作にとりかかります。先日完成させた「大樹」のテーマに手直しと追加をしたのですが、その中には対位法を取り入れたスゴイ曲もあります。しかしなんと言ってもこれからのシーンが山場。新たなスゴイ曲が続々と登場することでしょう。

3月30日(火)
今日からはクライマックスシーンの連続となります。軍隊に捕えられたドーラ達を救い出そうとするパズーとシータ。彼らのちょっとした動きにも音を付けていくわけですから、自然と変拍子の曲になってしまいます。苦労しながらリズムをとっているスタッフを尻目に、久石さんは一気に曲を書き上げてしまいました。実は久石さん、リズム系にはとても強いんです。でもこの曲を弾くオーケストラの方々は、だ、大丈夫なのでしょうか?!

3月31日(水)
シータとムスカがラピュタの中心部へ入っていくシーン。神秘性を出すためにオリジナルでは曲をつけなかったのですが、アメリカ側の要望はその正反対で、神秘性を出すために劇的な曲をつけてくれ! とのことです。日本とアメリカの感覚の違いをまざまざと感じさせられたスタッフでしたが、久石さんは最初から予想していたらしく「まかせておけ!!」とばかりに、ムスカが本性を明かすシーンまで一気に書き上げてしまいました。曲の感じはかなりダイナミックなのですが一連のシーンにとてもよく合っているので、ファンの方々は要チェックですよ!!

4月1日(木)
今日はエープリルフール!! ですが「ラピュタ」制作班には全く関係ありません。締め切りが迫っているせいでしょうか? 冗談を言い合うこともなく、黙々と作業に没頭していきます。今日はロボットが兵隊達を襲い始めるシーンから。今回は以前使った曲にアレンジを加えた上で、低音域を重視したリズム系のサウンドを強調してみました。実はこの手法、現在のハリウッドで最先端をいくものだとか…!?

4月2日(金)
最後の山場! パズーとシータが禁断の呪文を唱えることにより、ラピュタが崩壊していくシーンです。オリジナルでは児童合唱団がアカペラでテーマを歌いましたが、今回はオーケストラがバックにつくことで荘厳な雰囲気をかもし出し、まるでレクイエムのような仕上がりになりました。あの憎々しいはずのムスカがどこか悲劇的に見えてしまうのは、音楽の持っている「魔法」のせいなのかもしれません。この後、パズーとシータがドーラ達と再会するシーンにも曲を付け、1ヶ月以上に及んだアメリカ版「ラピュタ」の制作を一応終了しました。やや疲れ気味の久石さんでしたが、今回のアメリカ版「ラピュタ」の制作にはかなり満足している様子でしたよ。

4月3日(土)
完成したアメリカ版「ラピュタ」を再度見なおす作業。音を追加したり、タイムを伸ばしたりするのが中心となりますが、少し時間がたつとより客観的に見れるので、これは重要な工程になります。納得いくまではOKを出さない、という久石さんの物創りに対する姿勢がここでも垣間見ることができましたね。そして今日、若干の手直しを経てアメリカ版「ラピュタ」がついに完成しました。久石さん、本当にお疲れ様でした! ゆっくりお休みになって…と言いたいところですが、55曲分のスコア書きと本場シアトルでのオーケストラレコーディングが今後控えているのです!! 久石さんもスタッフも当分休みなしのハードスケジュールが続きそうです。

4月5日(月)
アメリカ版「ラピュタ」のオーケストラレコーディングについて、社内でスケジュール調整をします。今回のレコーディングはアメリカのシアトルが選ばれ、オーケストラもディズニーの映画音楽には定評のある、地元のシアトルミュージックです。本場の音でアメリカ版「ラピュタ」を創りたい! というのが今回の久石さんのこだわり。一応5月上旬を予定しているのですが、久石さんもスタッフも今から楽しみにしています。ファンの皆さん、シアトルについて何か知っていることがあれば(おいしいレストランなど)ぜひ教えてくださいね!!

4月7日(水)
夕方より社内で打ち合せ。シアトルでのレコーディングスケジュールを再度チェックします。何せアメリカ版「ラピュタ」の曲数は全部で55曲!! 限られた時間でレコーディングするには緻密なタイムテーブルを用意しておかなくてはなりません。1日のセッション数からオーケストラの楽器編成まで、久石さんの意見やアドバイスを聞きながらスタッフも必死!! イタリアの時みたいな事件が起きずに、なんとか無事にレコーディングを終えられればいいのですが…

4月9日(金)
今日は「ラピュタ」に挿入されているピアノの部分をレコーディングします。ピアノソロはもちろん久石さんです。現在では、全ての楽器の音をコンピューターから呼び起こすことができますが、久石さん曰く「生きている音を求めるのならば生の楽器の音が一番!!」とのこと。これが実際に比べてみると本当に生の音の方がイイんですよね。今日のレコーディングは3時間ほどで終了。さあ、明日からは地獄のスコア書き(55曲分)です!!

4月10日(土)
今日から地獄の譜面書きがスタートです。曲数から考えて今回もぎりぎりのスケジュールになる予感がします。かなりキツイ作業になりそうです。

4月12日(月)
ひたすらスコア書きの1日。今日は海賊達と炭鉱町の親方が腕比べをするシーンの曲にとりかかったのですが、曲に厚みが出た分だけ楽器編成も増えたので、書く譜面の量はとにかくスゴイのです。休みもとらず、食事もとらず、久石さんは部屋から一歩も出ずにひたすら、ただひたすら書き続けています。

4月14日(水)
都内は強風に煽られた昨日でしたが、今日は快晴も快晴、もう暑いくらいです。「どこかに遊びに行きたいなぁ」と誰もが思っているこの季節、もちろん久石さんも同感です。が…アメリカ版「ラピュタ」のレコーディングは刻々と迫り、スコア書きも白熱しています。昼間から夜中までほとんど休まずにひたすら書きまくっていますが、フルオーケストラ55曲分というのはスゴイ量ですね。当分はこんな生活が続きそうです。

4月15日(木)
スコア書き。今日はパズーとシータをドーラ達が追いかけるシーンです。今回のアメリカ版「ラピュタ」の中ではフルオーケストラ編成で最も音の厚い曲の1つなので、スコアにしていく作業は並大抵ではありません。シーンを見直しながらの楽器と音域の配分調整や、ピアノを使った構成和音のチェックなど、楽譜に音符を書き込む以外の作業も同時に行わなくてはならないのです。昼過ぎに始めて気が付けば外は真っ暗。久石さんは休みも取らずに、ただ黙々と書き続けています。

4月16日(金)
最近ハードな生活が続いているので風邪をひいてしまったのか、ノドが少しいがらっぽいという久石さん。しかし休みもせずにスコア書きに集中しています。完成したスコアは写譜屋さんの手で各パート譜にされ、その後スタッフによってオーケストラ用とマスター用(いざという時の為の控え)に分けられるのですが、これだけの曲(しかも55曲分)をコピーするだけでスタッフはてんてこ舞いになってしまいます。

4月17日(土)
ひき続きスコア書きです。とにかくひたすら机に向かって書き続けているので、腕も肩もこってしまっている久石さん。途中1時間ばかりマッサージに行きましたが、あまりの肩こりにマッサージの先生も驚いていました。今日は3曲ほど仕上げて終了。明日は自宅で静養するそうです。

4月19日(月)
今日はレコーディングが2本ほど。タイガーモス号が夜空を飛行しているオープニングシーンに、今回はケーナという南米の縦笛を使ってみました。

4月20日(火)
スコア書き再開です。あまりに曲数が多いため(全55曲)、終わりはまだ遥かかなたで、まだまだ見えそうにありません。

4月21日(水)
今日もスコア書き。1度ベーシックをマッキントッシュに打ちこんではいるものの、スコアにして書くとまた違った形で上がってきます。久石さん曰く、頭で鳴ってしまっているので変えざるをえないとのこと。時間がかかるわけです。

4月22日(木)
さらにスコア書き。一体いつ終わるのでしょうか。予定では、27日の予定になっております。しかし予定は未定。

4月23日(金)
まだまだスコア書き。久石さんは1曲書き終わるごとにM表のMナンバーをピンクのマジックで塗りつぶしていきます。すこしピンクが目立ってきた感じです。

4月24日(土)
スコア書き。今回用におろした鉛筆達もだいぶ短くなってきました。

4月25日(日)
久石さんは今日はひとまずスコア書きは休み。さすがにぶっとおしは体によくありません。でも家に居たら居たでなにかしらやっていることでしょう。スタッフも写譜屋さんから上がってきたパート譜のチェックや、マルチテープの整理などに追われています。

4月26日(月)
そしてスコア書き。ここまで来るとだいぶ見えてきました。今日終わった時点で残り2曲!! もうひとふんばりです。

4月27日(火)
久石さんまず会社に来てから2曲をあげてしまいました。これでスコア書き終了。本当にお疲れさまでした。今回はあまりに曲数が多いため、三宅一徳さんと長生淳さんにも何曲か手伝っていただきまして、なんとか終えることができました。本当にありがとうございました。しかしさらに今日はリュートという中世のギターのような楽器のレコーディングもありました。まさかあの曲にこの楽器がダビングされるとは!? でもとってもいい感じにあがりました。

4月28日(水)
いよいよ明日アメリカへ発つということで最終準備におおわらわ。今回はアメリカ、シアトルのオーケストラでレコーディングされます。譜面の量は半端じゃありません。これだけの量をスタッフ3人で運べるのかどうか不安がよぎります。さらにぎりぎりで最後のパート譜も上がってきてそのチェックも同時進行です。間違いなく今日も徹夜です。夜中の3時に久石さんから超高級焼肉弁当の差し入れあり。これがほんとにうまかった。ご馳走さまでした。

4月29日(木)
結局譜面チェックが終わったのは朝の6時半。荷物の梱包はだいたいすんでいたのですが、後は昼に来てからということで一時退散です。そして昼に来てみるとなんとか荷物もまとまっていました。これなら運べそうです。そして成田へ。ここでトラブル発生! 荷物が重量オーバーだというのです。1つの荷物の許される最大の重量は32kgということなのですが、その荷物(マルチテープと譜面がまとまったもの)はなんと57kgもあったのです。なんとか荷物を散らしてその場を切り抜けました。そして3時55分の飛行機にてアメリカ、シアトルへ出発です。久石さんもあまり寝ていないにもかかわらず元気そうでした。日本残留組の私達は上手くレコーディングが進むことを祈るばかりです。

4月30日(金)~ 5月8日(土)
シアトルでレコーディングとTD(トラックダウン)。

5月10日(月)
10日間にわたるシアトルでの「ラピュタ」制作が無事に終了し、ついに久石さんが帰国しました。ややおつかれのようでしたが、いつも通りの笑顔で「ただいま! みんな久しぶりだな」とそのまま空港でスタッフと簡単な打ち合わせを。10時間のフライト中も、ノート型PCを使いながら次の仕事についていろいろと考えていたらしいのです。久石さんは24時間、本当にパワフルなんですね! スタッフもあらためて実感しました。とにかく今日は自宅へ直帰。今晩ぐらいはゆっくり休んでほしいものです。

6月1日(火)
今日はスタジオジブリへ。アメリカ版「ラピュタ」完成の報告と、シアトルミュージックによるサントラの試聴です。徳間インターナショナルの武田さんにアルパート氏も交え、生まれ変わった「ラピュタ」を最新型のサウンドシステムで聴きいったとか。どうやら宮崎監督も喜んでいらっしゃったようです。

6月9日(水)
会社の近くにある行き付けのマッサージへ。「ラピュタ」と「はつ恋」のスコア書きが続いたこともあってか、久石さんの肩こりはハンパじゃありません。マッサージの先生も唖然としていたとのことですが、ゆっくり時間をかけた甲斐もあって随分楽になったとのことです。さて、身も心もリフレッシュした後は…もちろん仕事です。スタッフと共に今年のツアースケジュールの詰めを入念に行いました。

 

注釈
※1 制作当初、正式なタイトルが決まっていなかったため、「アメリカ版」の仮タイトルで作業が進められた。
※2 ワンダーシティは、久石譲の音楽事務所。
※3 ワンダーステーションは、久石譲のフランチャイズ・スタジオ。
※4 ここでの「レコーディング」は、デモトラックの録音の意。

( LPライナーノーツより)

 

 

 

 

Castle in the Sky~天空の城ラピュタ・USAヴァージョン・サウンドトラック~

品番:TJJA-10042
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット(SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面はキャラクターのレーザーエッチング加工)
(CD発売日2002.10.2)
音楽:久石譲 全23曲

2003年に全米DVDリリースされたUSAヴァージョンのサウンドトラック。「天空の城ラピュタ」のオリジナル・スコアを基に、新曲も加えてシアトルにて新録音。

アメリカ版『天空の城ラピュタ』スタッフ日記(当時のワンダーシティスタッフによるweb日記を抜粋)所収

 

Blog. 「レコード芸術 2021年12月号」久石譲 presents MUSIC FUTURE V 新譜月評・評

Posted on 2021/11/21

クラシック音楽誌「レコード芸術 2021年12月号 Vol.70 No.855」(11月20発売)、新譜月報コーナーに『久石譲 presents MUSIC FUTURE V』が掲載されました。

 

 

新譜月評
久石譲 presents ミュージック・フューチャー V

 

準 長木誠司
久石譲主宰のシリーズ7回目のコンサートのライヴ。CDとしては第5集になる。久石自身の作品を含め、ミニマルのスタイルを基本とする作品が演奏されている。久石の《2 Pieces 2020》は第2集に含まれていた同曲の改訂版。ノリのよい反復が続く。マウスピースのみの使用による人声的な金管のアイディアなど、機転を利かせた取り組みは、聴きやすさのなかにほんのちょっと楔を入れる。アダムズの《Gnarly Buttons》はクラリネット・ソロのジャジーなパッセージが快適だし、トロンボーンなどとのかけあいも楽しいが、サンプリング・キーボード2台をはじめ、けっこう手間のかかる曲。《クリングホファー》以降の1990年代のアダムズを特徴づけるネックとも言える作品で、それだけを論じた博士論文さえ書かれている逸品。タイトルはクラリネットを木のフシや瘤のようなボタン付きの楽器に見立てたもので、アルツハイマーによる父親の死がきっかけのようだが詳細は不明。演奏は異なった気風の3楽章とも、ミランダのソロ、アンサンブルともに見事。デスナーの《Skrik Trio(叫びの三重奏)》は弦楽トリオ編成だが、いわゆるミニマルの反復から若干はずれた強い表出力を持つもので、このシリーズで採り上げられる作品のスタイルの幅を示していて、なかなか濃厚な口直し。最後の久石の《Variation 14 for MFB》はもともと交響曲第2番の第2楽章。琉球音階めいた南方的素材の補塡的リズムによる、緊張を伴う展開。

 

準 白石美雪
久石譲の自作自演を軸とする「ミュージック・フューチャー」シリーズの第5集目。昨年11月、よみうり大手町ホールでのコンサートのライブ録音である。久石の近作とミニマル・ミュージックの流れをくむ作曲家の曲をまとめた聞きやすいラインアップに魅力がある。久石が7年前に創設したミュージック・フューチャー・バンドはミニマリストの多様な作品を演奏してきたためか、ここでもこなれたレアリゼーションをみせている。アダムズの《Gnarly Buttons》はいわゆるポスト・ミニマルの書法から、作曲家が解き放たれていく時期の作品。反復音型は使われているものの、意匠を凝らしたミニマリズムというより、アメリカニズムを彩る伴奏音型の一つとなっている。第2楽章に現れるバンジョーの響き一つで、砂ぼこりのたつアメリカの平原とか、干し草が積まれた農家の納屋などが目に浮かぶ。アダムズの少年時代へのノスタルジーを感じさせる音楽で、「アメリカらしさ」にこだわった1曲。M・P・ミランダの独奏クラリネットが曲の魅力を引き出している。デスナーの《Skrik Trio》はロックのテイストを感じさせる曲。テクスチュアは意外に複雑で聴き応えがある。久石の《2 Pieces 2020 for Strange Ensemble》はごつごつした肌合いの音楽。ぼこぼこと穴の開いたユニークな音響空間は特殊な楽器の組み合わせから生まれるのだろう。《Variation 14 for MFB》はエスニックな楽想を織り交ぜた抒情的な部分が面白い。

 

[録音評] 山ノ内正
多様な楽器の組み合わせながら全パートの動きを細部まで聴き取ることができる。特にギターやマンドリンなど、相対的に音量が小さい楽器の音が他に埋もれず浮かび上がることに注目したい。アダムズの作品ではクラリネットやトロンボーンなど重要な役割を演じる楽器を鮮明にとらえるとともに、アンサンブル全体の響きが偏ることはなく、作品の構造を把握しやすい。SACDは管楽器群の音色が柔らかく、発音の明瞭さと楽器イメージに立体感が両立する。DSD11.2MHzにおるライヴ録音。

(「レコード芸術 2021年12月号 Vol.70 No.855」より)

 

 

 

 

 

 

 

Blog. 「久石譲指揮 新日本フィル 第637回定期演奏会」コンサート・レポート

Posted on 2021/09/14

9月11,12日開催「久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 第637回 定期演奏会」です。新型コロナウィルスによる緊急事態宣言を受け観客上限50%となりましたが、それよりは少し多く客席うまっていたようにも思います。要請前に販売しているものはOKという補足事項もあったのかもしれません。それだけ早い段階から期待と注目を集めていた演奏会ともいえますね。

いつもの久石譲コンサートとは違って、新日本フィルのお客さま、そんな印象を受けた会場内でした。一方では、新日本フィルご愛顧のお客さまから見ると、今日はいつもとは違った顔ぶれや客層だな、とも感じられたようです。いろんな血が通うというか、風通しのよい新鮮な空気が循環するようで、いいですよね。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 #637

[公演期間]  
2021/09/11,12

[公演回数]
2公演
9/11 東京・すみだトリフォニーホール
9/12 東京・サントリーホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙

[曲目]
新日本フィル創立50周年委嘱作品
久石譲:Metaphysica(交響曲第3番) *世界初演
I. existence
II. where are we going?
III. substance

—-intermission—-

マーラー:交響曲 第1番 ニ長調 「巨人」

 

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

Program Notes

■ 久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

Metaphysica(交響曲第3番)は新日本フィル創立50周年を記念して委嘱された作品です。新日本フィルとはもうかれこれ30年くらい一緒に演奏していて、お互いをよく知っています。シーズンのオープニングコンサートでこの新作とマーラーを演奏することは大きなプレッシャーもありますが、最大の楽しみでもあります。

新作は2021年4月末から6月にかけて大方のスケッチを終え、8月中旬にはオーケストレーションも終了し完成しました。前作の交響曲第2番が2020年4月から2021年4月と1年かかったのに比べると約4ヶ月での完成は楽曲の規模からしても僕自身にとっても異例の速さです。

楽曲は4管編成(約100名)で全3楽章からなり約35分の長さです。この編成はマーラーの交響曲第1番とほぼ同じであり、それと一緒に演奏することを想定して書いた楽曲でもあります。

当然何らかの影響はあると思います。

僕の尊敬する作曲家デヴィット・ラング氏は「ミニマル系の作曲家は一つの楽曲をできるだけ単一要素で乗り切ろうとあらゆる手を尽くして作曲するけど、マーラーは次々に新手のテーマを投入して楽曲を構成するから羨ましい」とジョークまじりに話していましたが、これがミニマルミュージックと他の音楽の大きな違いです。

その全く違うタイプの楽曲を組み合わせることでかつて経験したことのないプログラムになればと考えています。

Metaphysicaはラテン語で形而上学という意味ですが、ケンブリッジ大学が出している形而上学の解説を訳すと「存在と知識を理解することについての哲学の一つ」ということになります。要は感覚や経験を超えた論理性を重視するということで、僕の場合は音の運動性のみで構成されている楽曲を目指したということです。

I. existence は休符を含む16分音符3つ分のリズムが全てを支配し、その上にメロディー的な動きが変容していきます。

II. where are we going? は26小節のフレーズが構成要素の全てです。それが圧縮されたり伸びたりしながらリズムと共に大きく変奏していきます。

III. substance は ド,ソ,レ,ファ,シ♭,ミ♭の6つの音が時間と空間軸の両方に配置され、そこから派生する音のみで構成されています。ちなみにこれはナンバープレースという数字のクイズのようなゲームからヒントを得ました。

何やら難しい事ばなり書いてきましたが、これは生きた音楽を作るための下支えでしかありません。

皆様には心から楽しんでいただけたら幸いです。

2021年8月12日 久石譲

 

[楽器編成]
フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

(新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子 より)

 

 

 

会場で配布された「新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子」と同内容(9~10月開催分)がPFD公開されています。マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」の作品解説もふくめてぜひゆっくりご覧ください。

 

公式サイト:新日本フィルハーモニー交響楽団|2021年9月~10月定期演奏会のプログラムノートを公開
https://www.njp.or.jp/magazine/25169?utm_source=twitter&utm_medium=social

(*公開終了)

 

 

 

 

メディア取材より

「新日本フィルはオーケストラとしてとても品のよい音がします。僕は、新日本フィルの育ちの良い、温かい音がすごく好きなのです。彼らとは現代的なアプローチもずいぶんいっしょに行ってきましたが、新日本フィルは、時代の先端を走るオーケストラであったし、これからもそうあると思います」

「新しいコンサート・シリーズでは、現代の音楽と古典の音楽を同じプログラムで演奏し、クラシックの名曲を現代の視点からコンテンポラリーなアプローチでリクリエイトしたいと思っています。状況が許されるなら、新日本フィルとは、マーラーやブルックナー、《春の祭典》のような大きな編成のものをきちんと形にしたいですね」

Blog. 「音楽の友 2021年1月号」 特集:オーケストラの定期会員になろう2021 久石譲インタビュー 内容 より抜粋)

 

 

「もう30年くらいの付き合い。リハーサルの進め方などすべてを教わりましたし、メンバーを思い浮かべながら曲を書いてもきました。ですから僕にとっては完全にベースとなるオーケストラです。魅力は音が上品なこと。音が鳴った瞬間に人を惹きつける温かさやロマンがあり、最近は力強さも加わっています」

「今まで以上に継続した音楽作りができますね。いわば点から線になる。これを機に今一度クラシック作品にチャレンジすることができます。現代曲を演奏するオーケストラはありますが、後に登場するクラシック作品は昔流のまま演奏することが多いです。そうではなく、現代曲で行ったアプローチでクラシックを演奏することも必要だと思うのです。例えば僕の曲はミニマルがベースなのでリズムが厳しくなる。その厳しいリズムをクラシック作品に持ち込んだらどうなるのか? そうしたアプローチを今後一緒にやっていきたいと思っています」

「『巨人』はタイトルも含めてシーズンの開幕に相応しいと思いますし、現代曲とクラシックを組み合わせたい、現代曲を演奏しないとクラシックは古典芸能になってしまうとの思いもあります。またマーラーが控えている状態でその前の曲を書くのは、作曲家として非常に燃えますし、内容も必然的に影響はあると思います」

「最終的なオーケストレーションの段階です。曲は交響曲第3番(仮)で、全3楽章約35分の作品。第2番と姉妹作ですが、自然をテーマにしたような第2番に比べると内面的で激しく、リズムはより複雑になっています。加えてミニマル的な構造の中にもう一度メロディを取り戻したいとも考えました。編成は後半のマーラーに合わせた4管編成でホルンは1本少ない6本。自分だけ見劣りしたくないというのは作曲家の性ですね。また作曲家は皆そうですが、大編成になると逆に弦の細分化など細部にこだわるようになります。あと50周年は意識しながらも、現況から祝典風ではなく力強さを織り込んだつもりです」

「マーラーは独特なんですよ。どこまでも歌謡形式で、対位法的な動きもその中でなされていますから、それをどう整理するか? また僕自身の作品と並べて演奏することによってどれだけ新しいマーラー像を描けるか? がカギになります。あとはユダヤ的なフレーズの扱い。実は第3楽章を重視していて、そうした部分を東欧ユダヤ系の酒場のバンドのように演奏したい。そして第4楽章のめくるめく激しさには、誰もが書くのに苦労する交響曲第1番を見事にまとめる物凄いエネルギーを感じます。僕はクラシックを演奏するとき、作曲家が書く過程を一緒に辿るんです。『ああこの人はここで苦しんだな』などと推理小説のようにスコアを読んでいます。でも『私はこれを書きたい』という気持ちの強さが一番大事なのではないかと思う。その点でマーラーは別格に感じます」

「シーズンのオープニングを任され、作曲も依頼され、マーラーも演奏させてもらう。作曲家で指揮もする僕としてはこれ以上ない舞台を用意していただき、心から感謝しています。それに僕と新日本フィルは“音を出す喜び”をもう一回取り戻したい。人と一緒に音を出すことが楽しい─これがやはりオケの原点ですよね」

Info. 2021/08/18 久石譲 現代曲同様のアプローチでクラシックを活性化したい (ぶらあぼ より) より抜粋)

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

新日本フィル50周年、そのシーズン・オープニング公演を飾ったのが久石譲指揮です。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(WDO)」をはじめ、数々のコンサートや録音で共演をかさねてきた黄金タッグです。

 

久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

むずかしかったな、かっこよかったな、また新しいタイプだったな。これが第一印象のすべてです。これまでに『THE EAST LAND SYMPHONY』『交響曲 第2番』ときて、また異なる性格をもった交響曲が並ぶことになったな、なんともうれしくて震える。

今の時点でこれ以上のことは書けません。世界初演にして一聴!つかめるものは少なく、浴びるような体感だけが残っています。それでも、メモをひっぱりだして…演奏会でいつも書きとめるキーワードの羅列から、思い出すように振り返ってみます。平たい感想です。

 

I. existence
[混沌]、楽章全体を覆うのは混沌とした印象です。

[パーカッション炸裂]、スネアや大太鼓はもちろんドラムセットが入っているのでバスドラムのキックも効いていたと思います。『THE EAST LAND SYMPHONY』の楽章を思い浮かべるような。

[拍節感のない]、3拍子4拍子とリズムを数えることの難しい楽章でした。モチーフやメロディ的なわかりやすい旋律を見つけにくいこともあるのかもしれません。また旋律も展開も目まぐるしく変わる入り乱れるという印象です。拍節感のない、正しくはリズム感の難しい、ですね。

[ホルン吠える]、これは中盤以降で下音から上音へ速いパッセージで駆け上がるホルン旋律のところだと思います。6本ありますからね。

[EAST]、たぶん『THE EAST LAND SYMPHONY』に近い印象をもったんでしょう。でも改めてそちらを聴いてみると、「1. The East Land」や「4. Rhapsody of Trinity」よりも終始カオスだった気もします。休まるところを知らない混沌だった印象です。

 

II. where are we going?
[緩徐楽章]、ゆっくりとした楽章です。

[ストリングス]、ストリングスがメロディを奏でて進みます。他の楽器も同じモチーフからきているので、律動的な声部というかリズムをつくりだすオーケストレーションは抑えられているように感じます。

[無調]、たぶんシェーンベルクの弦楽作品ような印象もあったんでしょう。前半は情感に訴えかけてくるようなハーモニーは抑えられている印象でした。行き先の定まらない彷徨のような調性のなか、ときおりみせる一瞬の明るさや暗さのハーモニー。

[ヴァリエーション]、基本となっているフレーズが熱をおびていくように変奏されていきます。

[パーカッション壮大に]、終盤はパーカッションも入って壮大で重厚な響きになります。

[迫ってくる]、とてもエモーショナルで迫ってくるものがあります。

きびしく美しい旋律です。力強い慈悲もしくは力強い慈愛、そんな印象を強く感じました。この楽章を抜き出してリピートしたくなる人多いかもな、そんなことも感じました。クラシック風に言うと、初演演奏会で観客たちの熱狂にこたえるように、この楽章が再びアンコール演奏された。

 

III. substance
[リズム]、よっぽど気になったんでしょうね。この楽章もそうなんですけれど、作品とおして安定した拍節感のようなものがあまりない印象です。リズムをキープする(推進する)構成じゃないので、何が飛び込んでくるかわからない。それがまたいい。聴きこむほどにいい味を出してくる作品になるだろうなという予感すら感じます。

[クラシック感]、逆にいうと一番クラシック要素の強い作品とも感じました。たとえミニマルであっても、ミニマル・ミュージックを出発点にはしていない。そういう意味でリズム重視ではない。運動性、ほんとそうですね、リズムにも束縛されない運動性で解き放て、貫いています。

[パーカッション]、タイトルからも第1楽章と第3楽章は対をなしているのかもしれません。音楽的なしかけもあるのかもしれません。そうでなくても、ふたつの楽章は怒涛のようなパーカッションが鮮烈です。

 

 

感覚的な感想に終始しました。第2番の姉妹作にあたると語られていますが、運動性のみの構成でつくられた作品という点でそうですね。また、あれこれ持ち出さないというか、ピンポイントにフォーカスされている、突きつめて追求されている。ここがまたぐっときます。なんというか密度高いかつ異なる性格をもった第2番と第3番が並んだ。ここにぐっときます。個人的にはかなり好きになる自信のある作品の登場となりました。音源として届けられたときにはずっと聴くだろうな。

 

 

楽器編成について。

プログラムノートから。

 

フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

 

*補足
弦16型(第1ヴァイオリン16、第2ヴァイオリン14、ヴィオラ12、チェロ10、コントラバス8)対向配置

*補足2
マーラー:ホルン8、トランペット6、トロンボーン4、ティンパニ2、ハープ2、(パーカッション群異なる)

 

約100名の大編成となっていますけれど、僕の整理した補足2のマーラー作品と比べると、通常でも編成しやすいギリギリのラインをしっかり保っていることも見えてきます。つまりは大掛かりな一大イベントのマーラー作品と比べて、演奏機会の制限を受けない、プログラム頻度に影響を及ぼしにくい大編成交響曲の誕生ということになります。誕生おめでとうございます!

 

 

マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」

久石譲指揮でマーラーが聴ける、ちょっとざわざわするような感覚があります。たとれば、それは『ムソルグスキー:展覧会の絵』『エルガー:威風堂々』『ホルスト:惑星』『ラフマニノフ:交響曲第2番』のように、わりとポピュラーな作品を久石譲が指揮するんだという妙な驚きと妙な納得のような。聴いてみたいって思うざわざわ感がありますね。

大編成だけあって、もう音楽的重力はハンパない!圧倒されて感動します。久石譲×新日本フィルは王道で攻める、堂々とマーラーと真っ向勝負な印象を受けました。歌わせるところはたっぷりと歌わせて、ホルンのスタンドプレイ、クラリネットのベルアップなど、視覚的にも魅せてくれます。

リアリティのある演奏。ヨーロッパな優麗さでもないし、民俗的によっているわけでもない。現代的というのともまた違う、リアリティのある響きでした。うまく表現できないのですが、いま響いていること?音?音楽?に必然性を感じる演奏としか言い表せません。きれいに演奏しようとか上品な音を出そうとかいうよりも、すべての楽器・パート・声部がしっかりとリアルな音を出す。ミキサーボードでいうと各ボリュームメーターすべて高め。近視的、接近的な音像で訴えかけてくる。すごかったです。

約1時間の作品を飽きさせずに聴かせるマーラー作品。そのメロディの力や、どんどんいろんな要素を持ち込みながらも見事に構築させてしまう力。ここで注目したのが久石譲指揮の巧みなテンポコントロールです。歌わせるところ、たたみかけるところ、ひと息ゆるめるところ、突き放し駆けるところ。旋律ごとにパート展開ごとに抑揚のある絶妙なテンポバランス感覚で引っ張り、多彩なニュアンスを表現し、決してだれることがありません。…これって、スタジオジブリ交響作品と同じじゃないか! めまぐるしく展開する物語に沿った音楽構成を、見事なテンポ演出でハラハラ・ドキドキ・うっとり。

フォームのしっかりしたベートーヴェン作品やブラームス作品をリズム重視で現代的にアプローチする。ミニマル久石譲の強みです。一方では、フレームに収まらない脈略なく絡み合うマーラー作品をリズムバランスで統率してしまう。いかなる構成パートも沈むことなく、うまくまとめあげてしまう。交響組曲久石譲の強みです。あれっ、死角がなくなってきている?! そんな印象を強く持つことになったコンサートでした。

 

 

 

今回はサクッと加減のコンサート・レポートになりました。なってしまいました。9/22~のアーカイブ有料配信楽しみにしています。もう少し濃厚に吸収できたらいいな、そう思っています。

 

配信期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)23:59
視聴チケット販売期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)21:00

料金:1500円(税込)

視聴・会員登録はこちら
「CURTAIN CALL」
https://curtaincall.media/njp?

 

 

 

ぜひかぶりつきで視聴しましょう!

 

 

リハーサル風景

 

 

公演風景

 

 

from 新日本フィルハーモニー交響楽団 公式ツイッター
@newjapanphil

 

 

うれしいオフショットです。久石譲と佐渡裕さんもつながりあります。『久石譲:Orbis』の初演は佐渡裕指揮による「1万人の第九」番組プログラムでした。

2023年から新日本フィルハーモニー交響楽団 第5代音楽監督に佐渡裕さんが就任すること発表されたばかりです。今シーズン、音楽監督不在のなか、シーズンの幕開けを任されたのが久石譲だったんですね。

SNSでは新日本フィル・ファンの感想が飛び交っていました。さすがクラシック通だけあって、それぞれの「かくあるマーラー第1番」というものがあります。聴き方や注目のしかたなど、とてもおもしろいです。熱い感想が多くて、純粋な音楽評が綴られていて、たくさん「いいね」してしまいました。勉強になりますし、自分になかった視点や幅が広がるような気がしてきます。

久石譲がオーケストラ楽団の定期演奏会を指揮する。新日本フィルハーモニー交響楽団に日本センチュリー交響楽団。このことは、より一層《指揮者:久石譲》の認知と評価を広げていく流れになっていくのかもしれません。いろいろな客層を集め、久石譲指揮を目の当たりにし、十人十色な感想を抱く。これからますます楽しみです。

 

 

 

オーケストラを熱く応援する!(^^)

 

 

 

 

2021.10.15 追記

プログラムから久石譲の世界初演『Metaphysica(交響曲第3番)』より第2楽章「II. where are we going?」が公開されました。

 

 

 

Blog. 「音楽の友 2021年8月号」久石譲&石川滋&福川伸陽 鼎談内容

Posted on 2021/08/16

クラシック音楽誌「音楽の友 2021年8月号」に掲載された、久石譲『Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4』の発売にあわせた鼎談です。

 

 

特別記事

〈鼎談〉久石譲&石川滋&福川伸陽
久石によるコントラバス&ホルン協奏曲を語る

取材・文=小室敬幸

久石譲が作曲したコントラバスとホルンの協奏曲を収めたCD『ミニマリズム4』のソリストを務めるのは、コントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽。二人は、久石の呼びかけで2019年に誕生したフューチャー・オーケストラ・クラシックスのメンバーでもある。アルバム発売に合わせ、久石、石川、福川の3人による鼎談が実現した。

 

長きにわたり映画音楽などエンタテインメントの領域で世界的名声を得てきた作曲家の久石譲。この10年あまりは、本籍地をクラシックに戻し、作曲だけではなく指揮活動も本腰を入れて取り組んできたことは、本誌読者であればすでにご存知であろう。

クラシック、現代音楽の流れに位置する作品も数多く手がけてきた久石だが、意外なことにソリストの付随する管弦楽作品はあっても、「協奏曲 Concerto」と題された楽曲は非常に少ない。久石作品としては珍しい二つの協奏曲──「コントラバス協奏曲」(2015)と、「3本のホルンとオーケストラのための協奏曲《The Border》」(2020)を収めた新譜がリリースされるにあたり、ソリストを務めたコントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽、そして久石による鼎談をお届けしよう。

 

名手二人をも唸らせた難曲

久石:
「ある楽器のために曲を書くとなると、その楽器を買う癖があるんです。ギターの曲を書いたときも福田進一さんに選んでもらった高いギターを買いましたし(笑)。今回もコントラバスは石川さんに選んでいただいた楽器を買って、ホルンは福川さんに相談したら空いている楽器があるとのことでお借りしました」

福川:
「ビックリしましたよ(笑)。今まで作曲家さんたちの前でデモンストレーションすることはありましたけど、ホルンを貸してくれとか、吹いてみたいというかたはいらっしゃらなかったですから」

久石:
「それから僕の場合、演奏者と打ち合わせしていくと妥協してしまうから嫌なんだよね。そうすると作品が弱くなちゃう。だからほとんどの場合、完成して楽譜を送ってから、弾けない箇所があれば直すという流れが多いんです」

福川:
「できたよって連絡をいただき、ワクワクして譜面を開いてみると、めちゃくちゃ難しい!絶望のあまり、楽譜をすぐ閉じましたもん(爆笑)。テンポが108ぐらいと書いてあるのに、最初は60まで落としても吹けなかったんですから。なので、それから毎日1刻みでテンポを上げていきながら練習を重ねましたよ」

石川:
「まったく同じ(笑)。弾けないと、またテンポを落としたりして……。でも、コンピュータによる参考音源もいただいていたので、それを聴くとめちゃくちゃ格好いいんです。どんなに難しくても、とにかく弾きたいって思わせてくれましたね」

 

こんなに機動力の求められるコントラバス曲はない

ー作曲する上での問題意識はどこにあったのでしょう。

久石:
「どちらの楽器も、アンサンブルで他の人と演奏したときに能力を発揮する楽器なんですよ。例えば弦楽合奏にコントラバスがなければ、響かなくて音量が半分ぐらいに減りますし、ホルンのないオーケストラって想像できますか? でも今回はソロなので楽器をむき出しにして、この楽器の何が魅力なんだということを真剣に考え直したわけです。コントラバスは、ソロ楽器としてならやはりジャズのウォーキングベースが魅力的ですよね。それはなぜかといえば弦が長くて響くから。……ということはハーモニクスもきっちり使えば良い武器になるはず。でも、それらを十分に活用した楽曲はまだないんですよ。だから、どうやったらその部分が発揮できるのかを考えながら書きました」

石川:
「音域一つとっても高音から最低音まで激しい移動がしょっちゅうあって、こんなに機動力が求められるコントラバスの曲は他にありません(笑)。自分自身にとっては技術的に新しい挑戦をさせていただきましたし、聴いてくださるかたがたにとっても新鮮な作品だと思います」

 

複数のホルンという発想から浮かんできたアイディア

ー一方、ホルンの協奏曲はどのように生まれたのですか。

久石:
「ナガノ・チェンバー・オーケストラのリハーサルのときに、福川さんからホルンの曲を書いてくださいと頼まれたんです。それからホルンの譜面をいろいろ送ってもらいながらアイディアを練っていたんですけど、どうしてもソロ楽器として考えたときにヨーロッパ的な前衛音楽のスタイルしか頭に浮かばなくて……。それで、ソロではなくホルンを複数にすれば、違うものが書けるのではないかと気づいたのですが、この答えが出るまでに2年(笑)」

福川:
「その2年間、久石さんの前で良い演奏をし続けなきゃいけないと思って、プレッシャーでしたよ(笑)」

久石:
「こちらもずっと意識してました(笑)。そのあとミュージック・フューチャー Vol.6(2019年10月25日)の前日か当日に、協奏曲のアイディアが急に浮かんだんですよ。パルスを刻んでいるところに、下から駆け上がってるラインと、逆に上から下へのラインが絶えずクロスしていく。ただそれだけしかない曲を書きたいと。それで2019年2月から構想を練り、およそ1年がかりで作曲しました。主要モティーフを頭に提示したら、それ以外の要素を使わないでロジカルに作ることを徹底した作品になったことで、ミニマル・ミュージックの原点に戻ってきたように聴こえるかもしれないですけど、そうでもないんです。この作品は個人的にとても大事なものになりましたが、それはいわゆる感性や感情、あるいは作曲家の個性に頼らないスタイルができたからです。第2楽章はフレーズのスケールが大きな福川さんだからこそできる音楽になっています」

 

今後は、他の奏者との演奏やピアノリダクション版も視野に

ーこれらの作品が、広く演奏されていくためには何が必要なのでしょう。

福川:
「僕らが演奏を重ね、たくさん聴いてもらって、この曲を演奏したいと思ってくれる奏者を増やすことが第一かなと思っています。これまで僕が委嘱した作品に対して、アメリカやドイツとか海外からメッセージで問い合わせがくることは割とあるんですよ。ホルン3人のコンチェルトって珍しいですけど、僕がどこかのオーケストラに行って、そこの首席奏者と一緒に演奏しようよって提案しやすい曲だとも思っているんです。だから、いろんな所に提案していきたいですし、ありがたい曲ですね」

石川:
「このCDが賞を獲ることですね(笑)。あとは譜面を出版すること。ピアノリダクション版があればリサイタルで弾いちゃおうかなと思ってます」

久石:
「今度出版するんですけど、リダクションのことは考えてなかったなあ。聞けてよかったです」

(「音楽の友 2021年8月号」より)

 

 

 

 

 

Blog. 「무비위크 Movie Week 147호」(韓国)久石譲インタビュー内容

久石譲 『トンマッコルへようこそ オリジナル・サウンドトラック』

Posted on 2021/08/09

韓国の映画週刊誌「무비위크 Movie Week 147호(ムービーウィーク 147号)」に掲載された久石譲インタビューです。映画『トンマッコルへようこそ』(2005)の仕事で韓国を訪れたときの取材になっています。

原文に忠実であるために、オリジナルテキストそのままをご紹介します。ウェブ翻訳などでお楽しみください。

 

 

<웰컴 투 동막골> 음악감독 히사이시 조
“한국에서의 첫 작업, 영광이다”

미야자키 하야오의 애니메이션 세계에서 빼놓을 수 없는 히사이시조.
이미 <하울의 움직이는 성>을 통해 국내 휴대폰 업계를 휩쓸어 그 명성을 확인시킨 영화음악계의 거장이다.
일본 영화를 제외하고 아시아영화로는 처음 <웰컴 투 동막골> 음악을 맡아 화제를 모은 그가 내한했다.

한국에서의 작업 소감은.
한국영화는 처음 담당했는데, 영광이다.
이 영화는 전쟁 소재 영화이면서도 우정, 인간애 등 휴머니즘 요소가 물씬 느껴져 그 부분에 중점을 두고 작업에 임했다.

어떻게 <웰컴 투 동막골>의 음악을 맡게 되었나.
이은하 PD가 보낸 편지를 읽었는데, “기다리고 있겠습니다”라는 대목이 인상적이었다.
작업하기 좋은 최상의 조건과 환경을 갖추겠노라는, 비록 페이는 적겠지만 성의와 열의는 세계 어디에서도 찾아볼 수 없을 것이라는 말에 끌렸다.

영화를 보고 나서 어땠나.
실은 입국하고 바로 여기에 도착해서 아직 영화를 못 봤다.
저녁에 관람하겠지만, 박광현 감독님이 워낙 음악을 마음에 들어 해서 만족하고 있다. 다행이다.

출연한 배우들 중 누가 제일 빛난다고 생각하나.
아직 영화를 안 봤지만 강혜정 씨라고 말하고 싶다.
나는 남자이고 강혜정 씨는 유일한 여배우 아닌가. (웃음)

<웰컴 투 동막골>의 작업 컨셉트는?
전쟁 소개 영화라고 해서 흔히 상상할 법한 웅장한 음악은 피했다.
주로 스코틀랜드와 아시아의 음악을 사용했다.
인물들의 생각이 많이 나타나도록 감성 위주로 음악을 만들었다.
‘동막골’이라는 유토피아를 다루므로 따뜻한 음악이 어울린 것이라 판단했다.

이번 오프닝곡 허밍도 딸인 후지사와 마이가 함께 했다고 들었는데.
딸아이가 어렸을 때 <바람계곡의 나우시카>에서 첫 허밍을 했다.
이번이 두번째 작업이다.
그리고 딸아이는 현재 내 매니저이기도 하다.

한국영화에 대해 어떻게 생각하나.
<쉬리>를 처음 봤을 때, 한국영화가 일본영화를 앞질렀다고 생각했다.
한국영화에선 작품에 대한 무한한 열정과 힘이 느껴진다.
너무 멋진 영화로 한국에서의 첫 작품을 시작하게 되어 정말 기쁘다.
스태프 모두 정열을 갖고 대해줬고, 배우들의 언면도 훌륭해서 나로선 굉장히 영광이다.

앞으로의 계획은.
올해 11월쯤 한국에서 내 영화음악 콘서트를 열 계획이 있다.

글 정수진 기자.

 

 

久石譲 『トンマッコルへようこそ オリジナル・サウンドトラック』

 

 

インタビュー最後にあるとおり、同年11月に韓国公演が実現しています。

 

Joe Hisaishi Concert with Korean Symphony

[公演期間]
2005/11/03

[公演回数]
1公演
韓国・Seongnam Arts Center

[編成]
Korean Symphony Orchestra

[曲目]
Water Traveller
For You (Theme)
DEAD 1st mov.
DEAD 2nd mov.
DEAD 3rd mov.
DEAD 4th mov.
Magical Change the World Tour
Moving Castle
Sophie
The Boy-Castle
Sky Fight
Cave of Mind
Merry-go-round
『Welcome to Dongmakgol』 M1
『Welcome to Dongmakgol』 M2
『Welcome to Dongmakgol』 M3

—–アンコール—–
NAUSICAÄ OF THE VALLEY OF WIND
Last Summer〜Spirited Away (# One Summer’s Day)
My Neighbor TOTORO

#補足

 

 

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサート・レポート

Posted on 2021/07/31

4月21~24日開催、7月25~26日振替開催、国内3都市5公演と世界各地ライブ配信も実現した「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサートツアーです。4月の緊急事態宣言を受けツアー途中で中止となってしまいましたが、それから間を置かず7月振替公演を叶えてくれました。W.D.O.2021完走してくれたこと、尽力いただいた皆さまへ感謝の気持ちでいっぱいです。

 

❝久石譲と新日本フィルによるワールド・ドリーム・オーケストラ、2年ぶりの公演決定&[ライブ配信決定]*!待望のシンフォニーNo.2がいよいよ完成するほか、交響組曲「もののけ姫」完全版を披露します。どうぞご期待ください!❞ 

*[additional information]

 

アナウンスとキラーコピーが駆け抜けた3月、一喜一憂した4月、再び希望の光に導かれた7月。いかなる現状であっても少しでも閉塞感を打破したい!決して負けない!止めてしまってはいけない! コンサートを準備する人たちと、コンサートを待ち望む人たち、その希求する方向は同じです。それでもなお事情や葛藤を抱えながらコンサートへ行けない人もいます。いろいろな思いを日々のエネルギーにして、遠くまでのびる光のように、また次の楽しみを目標にしていきたいですね。

 

 

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021
JOE HISAISHI & WORLD DREAM ORCHESTRA 2021

[公演期間]  
2021/04/21,22,24
2021/07/25,26

[公演回数]
5公演
4/21 京都・京都コンサートホール 大ホール
4/22 兵庫・兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
4/24 東京・すみだトリフォニーホール

*緊急事態宣言を受け2公演とライブ配信 中止
4/25 東京・すみだトリフォニーホール
4/27 東京芸術劇場 コンサートホール
4/27 ライブ配信(日本・海外)

*振替公演
7/25 東京芸術劇場 コンサートホール
7/26 東京・すみだトリフォニーホール
7/25 ライブ配信(日本・海外)

[編成]
指揮:久石譲
ソプラノ:林正子(4/21,22,24) 安井陽子(7/25,26)
管弦楽:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ
コンサートマスター:豊嶋泰嗣

[曲目]
久石譲:交響曲 第2番 *世界初演
    Symphony No.2 (World Premiere)
    Mov.1 What the world is now?
    Mov.2 Variation 14
    Mov.3 Nursery rhyme

—-intermission—-

久石譲:Asian Works 2020 *世界初演
    I. Will be the wind
    II. Yinglian
    III. Xpark

久石譲:交響組曲「もののけ姫」2021
    Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021

—–encore—-
久石譲:World Dreams

 

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

皆さんこんにちは、久石譲です。
2021年のワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)は明るく元気に行きたいと思います。
色々あるけど、それでも行ってよかった!
そう思えるコンサートになるように我々一同ベストを尽くします。楽しいひと時をお過ごしください。

 

1. Symphony No.2  (World Premiere)
2020年9月にパリとストラスブールで初演し、その後世界各地で演奏する予定だったが、パリは2022年4月、その他の都市も2022年以降に延期された。僕としては出来上がった曲の演奏を来年まで待てないので今回W.D.O.で世界初演することに決めた。

2020年の4~5月にかけて、東京から離れた仕事場で一気に作曲し、大方のオーケストレーションも施した。が、コンサートが延期になり香港映画などで忙しくなったこともあり、そのまま今日まで放置していた。当初は全4楽章を想定していたが、3楽章で完結していることを今回の仕上げの作業中に確信した。

この時期だからこそ重くないものを書きたかった。つまり純粋に音の運動性を追求する楽曲を目指した。36分くらいの作品になった。

Mov.1  What the world is now?
チェロより始まるフレーズが全体の単一モチーフであり、それのヴァリエーションによって構成した。またリズムの変化が音楽の表情を変える大きな要素でもある。

Mov.2  Variation 14
「Variation 14」として昨年のMUSIC FUTURE Vol.7において小編成で演奏した。テーマと14のヴァリエーション、それとコーダでできている。とてもリズミックな楽曲に仕上がった。ネット配信で観た海外の音楽関係者からも好評を得た。

Mov.3  Nursery rhyme
日本のわらべ歌をもとにミニマル的アプローチでどこまでシンフォニックになるかの実験作である。途中から変拍子のアップテンポになるがここもわらべ歌のヴァリエーションでできている。より日本的であることがむしろグローバルである!そんなことを意識して作曲した。約15分かかる大掛かりな曲になった。

 

2. Asian Works 2020  (World Premiere)
2020年のエンターテインメント音楽として作曲した曲の中から、アジアから依頼されたものを選んだ曲集だ。それぞれの楽曲は中国、香港、台湾と何やら緊張する地名が並んでいるが、政治的意図は全くありません(笑)

I. Will be the wind
LEXUS CHINAの委嘱で作曲、疾走感を重視した。

II. Yinglian
2020年の香港映画「Soul Snatcher」で使用したラブテーマ。クラリネットのソロが印象的な小曲だ。

III. Xpark
台湾の水族館のために作曲した。いわば環境音楽のように観に来ていただいた人々に寄り添う音楽を書いたが、この曲はExitの音楽として観客の皆さんが楽しい気分で帰って欲しい、と思い作曲した。

 

3. Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021
1997年のアニメーション映画「もののけ姫」に書いた音楽をもとに交響組曲として再構成した。数年前にW.D.O.で取り上げたのだが、何かしっくり来なかったので、今回再チャレンジした。

大きく変えた箇所は新たに世界の崩壊のクライマックスを入れたこと、それとスタジオジブリフィルムコンサート世界ツアーで使用しているオーケストレーションを関連楽曲に導入したことなどである。再構成したことでより宮崎さんが目指した世界に近づけたように思え、僕は満足している。

 

最後に本当に来ていただいてありがとうございます。
楽しんでいただけたら幸いです。

久石譲

(「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2021」コンサート・パンフレット より)

 

*パンフレットは4月開催分と7月開催分で[公演日程]と[久石譲 楽曲解説]が一部修正されています。楽曲解説の一~ニ文が添削されています。ここでは7月開催分を掲載しています。

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

見たいのは『もののけ姫』のところだけかもしれない。いろいろ言われてもピンとこないかもしれない。長くて読むにツライかもしれない。……それでも、書ききりたい!いま思ったことを刻々と書ききってしまいたい!……そう思ってプログラム順です。『もののけ姫』だけ見たい人は豪快にスクロールしてください。一気に読むのは忍耐かもしれませんが、少しずつでも楽しく読みすすめていただけたらうれしいです。

 

 

交響曲 第2番
Symphony No.2
Mov.1 What the world is now?
Mov.2 Variation 14
Mov.3 Nursery rhyme

待望のシンフォニーNo.2世界初演です。全3楽章、各楽章10分以上、トータル約36分の大作です。まず触れたくなるのは作品名のことです。これまでの流れからみたときに、新作交響曲は《第2交響曲(2番目の交響曲)》であり、タイトルは《○○○○ SYMPHONY》などというようになるのかと思っていました。今回は純粋なる作品番号《交響曲 第2番》として現れました。

 

以前、久石譲はこんなことを語っています。

”これはすごく悩みます。シンフォニーって最も自分のピュアなものを出したいなあっていう思いと、もう片方に、いやいやもともと1,2,3,4楽章とかあって、それで速い楽章遅い楽章それから軽いスケルツォ的なところがあって終楽章があると。考えたらこれごった煮でいいんじゃないかと。だから、あんまり技法を突き詰めて突き詰めて「これがシンフォニーです」って言うべきなのか、それとも今思ってるものをもう全部吐き出して作ればいいんじゃないかっていうね、いつもこのふたつで揺れてて。この『THE EAST LAND SYMPHONY』もシンフォニー第1番としなかった理由は、なんかどこかでまだ非常にピュアなシンフォニー1番から何番までみたいなものを作りたいという思いがあったんで、あえて番号は外しちゃったんですね。”

Blog. NHK FM「現代の音楽 21世紀の様相 ▽作曲家・久石譲を迎えて」 番組内容 より抜粋)

 

『THE EAST LAND SYMPHONY』は、標題音楽(音楽外の想念や心象風景を聴き手に喚起させることを意図して、情景やイメージ、気分や雰囲気といったものを描写した器楽曲のことをいう from ウィキペディア)的側面もあります。

『交響曲 第2番』は、絶対音楽・純音楽に近い、久石譲楽曲解説でいう ”つまり純粋に音の運動性を追求する楽曲を目指した” 作品ということになります。最新インタビューでも、タイトルを付けることをやめた理由について語っています。そこで持ち上がってくるファンの心の声「第1番はどれ?過去のシンフォニー作品たちは?」、そのあたりのこともあわせて別頁で探求しています。よかったらご覧ください。

 

 

楽章ごとには副題が付与されているおもしろさにも注目したいです。

 

Mov.1  What the world is now?
きれいな翻訳が見つけられなかったのですが、僕の解釈です【世界は今どうですか?/世界は今どうなっていますか?/世界は今何が起こっていますか?/世界は今どんな状況ですか?】、こんなニュアンスや意味合いなのかなと思います。世界中を覆っているCovid-19という今を如実に反映したものであると言えます。また、これから先いかなる時もいかなる瞬間も、ふと立ち止まって考えたい問題提起や警鐘のようなもの、と思っています。

荘厳な導入部です。上から下へ連なる2音がくり返す弦楽は、古典クラシック作品にもみられる崇高さあります。最小に切りつめられたモチーフが、ヴァリエーション(変奏)で展開していきます。中間部や終部に聴かれるパーカッションの炸裂も強烈です。急降下する旋律、下からせり上がってくる旋律、うねり旋回する旋律、それらの合間にアタックする最強音たち。単一モチーフ[レ・ファ・ド](D-F-C)および[レ・ファ・ド・ミ](D-F-C-E)の旋律とそこからくるハーモニーは、第3楽章の構成と響きにもつながっていくようです。

 

Mov.2  Variation 14
久石譲楽曲解説にあるとおり、交響曲の第2楽章として書き上げたものを、先に小編成版で披露していた曲です。MFコンサートの16奏者による小編成版も好感触、遂にオリジナル・フルオーケストラが初披露されたというおもしろい登場順番です。全体構成は同じですが、楽器編成の拡大縮小によるパートや旋律の増減はあるのかもしれません。

次の第3楽章とはまた異なる、こちらもわらべ歌のようなテーマ(メロディ)とそのヴァリエーション(変奏)から構成された曲です。メロディがリズミカルになったり、付点リズムになったり、パーカッションや楽器群の出し入れの妙で楽しいリズミックおもちゃ箱のようです。遊び歌のようでもあり、お祭り音頭のようでもあります。日本津々浦々で聴けそうでもあり、海を渡って世界各地の風習や郷愁にもシンパシー感じそうでもあります。子どもたちが集まって遊びのなかで歌う歌、それがわらべ歌です。おはじきのような遊びも、世界各地で石をぶつけて同じように遊ぶものあったり、お祭りのようなリズム感は世界各地の祭事やカーニバルのような躍動感あります。

ひとつのテーマ(メロディ)が、歴史や伝承によって歌い継がれる時間のなかでの変化、あるいは土地や環境によって節回しやリズム感が異なるという空間のなかでの変化。そんな時間軸と空間軸によるヴァリエーション(変奏)という見方をしてみるのもおもしろいなと思います。そこには、人・歴史・記憶・思いといったものが重層的に響きあうように思うからです。

また、近年久石譲が推しすすめている単旋律の手法を連想させます。厳密に言うと、単旋律になっている箇所はないと思うのですが。単旋律の手法で使っていた同じ音を複数の楽器で重ねることで、音の厚みを瞬間的に持たせたり、重ねる楽器をカラフルにすることで色彩感を演出する。そういったことが随所に施されていますが、部分的にも単旋律で押しきっている箇所はないと思います。それでも、楽章をとおして極力ハーモニー感をおさえた書きかたがされています。ハーモニーからくるエモーショナルじゃない、リズミックからくるエモーショナルで貫きたい、たとえばそんな印象です。

 

About “Variation 14 for MFB” and “Single Track Music”

MFヴァージョンは、コンサート動画特別配信もされています。単旋律についてもあります。

 

 

Mov.3  Nursery rhyme
タイトルそのまま日本語で”わらべ歌”です。12~13小節からなる五音音階メロディラインが次々とフーガのように織りかさなっていきます。久石譲楽曲解説にあるとおり、”途中から変拍子のアップテンポになるがここもわらべ歌のヴァリエーションでできている。” なるほどたしかにわかりやすくなります。

久石譲のいう “日本のわらべ歌をもとに” というのが、特定の歌をさしているのかわかりませんが、日本人なら誰しも聴いてすぐに「かごめかごめ」をイメージすると思います。うーん、悩む。ベースとなっているのは「かごめかごめ」でもいいとは思うんです。けれども、例えば変拍子のアップテンポになるヴァリエーションなど聴きすすめていくと、また別のわらべ歌を連想する人もいると思います。聴いた人それぞれが生まれ育った土地にある歌に結びつきやすい。わらべ歌は五音音階の似た旋律が多くみられます。つまり、総合的なわらべ歌のイメージが、この第3楽章の基本モチーフになっているとみることもできるような気がします。「かごめかごめ」の楽曲的背景を暗喩としてどこまで持ち込みたいとしているか、このあたりにも付随してくることだと思うので、一旦「この曲から引用」とは断定しないでおきたい今の心境です。

”ミニマル的アプローチでどこまでシンフォニックになるかの実験作である”、久石譲の楽曲解説からです。ここからはテーマ(メロディ)だけに注目して楽章冒頭を紐解いていきます。コントラバス第1群がD音から13小節のテーマを奏します。2巡目以降は12小節のテーマになります。本来は1コーラス=12小節のテーマでできていて、1巡目に1小節分だけ頭に加えているかたちです。「レーレレ/レーレミ、レーレーレー」(13小節版)、「レーレミ、レーレーレー」(12小節版)というように。なぜ、こうしているのかというと、かえるの歌の輪唱とは違うからです。かえるの歌はメロディ1小節ごとに、次の歌い出しが加わっていきますよね。なので、ズレて始まって、そのままズレズレて終わっていきます。

コントラバス第1群が2巡目に入るとき、同じ歌い出しの頭から、コントラバス第2群がA音から13小節のテーマを奏します。同じく2巡目以降は12小節のテーマになります。この手法によってズレていくんです、すごい!12小節のテーマだけなら、同じ歌い出しの頭から次が加わっていくと、メロディをハモるように重なりあってズレることはありません。でも、なんらかの意図と理由で、歌い出しの頭を統一しながらもズラしたい。だからすべて1巡目だけ13小節で、2巡目以降は12小節なんだと思います、すごい!テーマは低音域から高音域へとループしたまま引き継がれていきます。つづけて、チェロはE音から、ヴィオラはC音から、第2ヴァイオリンはG音から、第1ヴァイオリン第1群はB音から、最後に第1ヴァイオリン第2群はD音からと、壮大な太陽系を描くように紡いでいきます。そして全7巡回したころには、壮大なズレによる重厚なうねりを生みだしていることになります。対向配置なので、きれいにコントラバスから第1ヴァイオリンまで時計回りに一周する音響になることにも注目したい。さらに言うと、コントラバス第1群のD音に始まり、最終の第1ヴァイオリン第2群もD音で巡ってくるわけですが、このとき響きが短調ではないと思います。メロディの一音が替わっているからです。あれ? なんで同じD音からなのにヴァイオリンのときは抜けた広がりがあるんだろう、暗いイメージがない。ここからくるようです。

(余談)「わらべ唄」と「天女の歌」(両作曲:高畑勲)でも同じような関係性と響きをみることができますね。快活に歌われるメロディと、暗い影をおとすメロディ。同じ旋律をもとにしながら響きや印象をがらっと変える。わらべ歌というものがそういったことをしやすいのか、五音音階のライン上で動かすことに効果を発揮するのか、とても興味深いところです。(余談おわり)

登場順からは少し入れ替えますが、ピアノなどで低い順に[レ・ラ・ド・ミ・ソ・シ](D-A-C-E-G-B)と同時に鳴らすと美しい和音になることがわかります。7巡する旋律からくる基音6音(D-A-C-E-G-B)ですが、再現部にコントラバスのF音から始まります。これを加えると基音7音(D-F-A-C-E-G-B)で、ピアノを指で押さえた状態を見ると3度ずつ均等に離れた音が、両手を使って2オクターブできれいに響いていると思います。また、ここで第1楽章の単一モチーフを思い出してみます。単一モチーフ[レ・ファ・ド・ミ](D-F-C-E)の旋律とそこからくるハーモニーと、第3楽章のテーマの基本7音[レ・ファ・ラ・ド・ミ・ソ・シ](D-F-A-C-E-G-B)は、同じようなハーモニーを響かせていることに気づきます。わらべ歌の五音音階のメロディからくる日本的響きと、セブンスコードのようなモダンな響きによる深いブレンド。それから、かえるの歌のようにまったく同じメロディが重なっていくのではない、メロディの音をそっと一音替えることで明暗をつくりだす。基本テーマも中間部ヴァリエーションも終盤の再現部も、同じような響きの変化を聴くことができます。重層的な旋律とそこから生まれるハーモニーの整合性をとっているように思えます。……わかったようなことを言ってはいけない、失礼しました、終わります。

再現部のクライマックス(楽章終盤)、コントラバスやチューバのどっしりしたテーマに支えられた管弦楽の大謳歌は『ムソルグスキー:展覧会の絵』終曲「キエフの大門」を彷彿とさせるほどの荘厳さを感じます。いや、黄金の国ジパングか!? 終結部のソロ・コントラバスはE音から12小節のテーマを奏して幕をとじます。コントラバスという低弦楽器に始まり、そして終わる。とても土着的なイメージをあたえてくれます。そこに根づいているということ、あるいはちゃんと根を張ることの象徴のようにも感じます。

 

高畑勲監督が聴いたら喜んだんじゃないかな、満面の笑みで楽しんだんじゃないかな。そんなこともまた思いました。あるいは、この作品をベースに映像をつけさせてほしい、なんていう逆オーダーもありそうなほど気に入ったかもしれない。そんなこともまた思いました。なんとはなしに、目頭の熱くなってくる作品です。

 

総評して。

まず驚きます。何に驚くかって、この作品の初演が海外オーケストラとの共演で予定されていたということです。これだけ日本的な旋律や響きの色濃い作品であれば、普通なら日本のオーケストラと初演や共演を重ねて地盤と自信を固めたいとならないのかな。それをフランスのオーケストラが初演!?、なんとも野心的だと思います。

でも、ここにこそ、久石譲のみなぎる自信があるように感じてきたりもします。つまり、日本的な旋律を使いながら、全楽章とおして縦のラインがそろっている。タタッ、タタッ、と縦わりで、ターラッとこぶしをつけたくなるような旋律も、一切の節回しを排除して、リズミックに徹しています。たぶん、リズムものってきてテーマを歌おうとしたら「タ~ラッ」ってなってしまいそうなところも、「タッタッ」と一貫してきちんとそろえてアプローチしています。だからこそ、海外オーケストラでも、この交響曲を同じクオリティと求める表現でパフォーマンスできる。作品の持ち味と現代的なアプローチをいかんなく発揮できる。そう踏んだじゃないかと思うほど。勝手に震える。

『THE EAST LAND SYMPHONY』と『交響曲 第2番』で確信したこと。久石譲にしかつくれない交響曲がある。そこには大きな3つの要素があります。古典のクラシック手法、現代のミニマル手法、そして伝統の日本的なもの。この3つの要素と音楽の三要素(メロディ・ハーモニー・リズム)の壮大なる自乗によって、オリジナル性満ち溢れた久石譲交響曲は君臨しています。これは誰にもマネできるものではありません。言い換えると、今の時代の×日本の誇る×世界に発信する 現代作曲家、ということになりますよね! We want to listen to your Symphonies. そんな海外オファーも増えてくるんじゃないかな。いつか久石譲ご本人による、音楽専門家らによる音楽的作品解説にも期待したいです。

『交響曲 第2番』にフォーカスすると、正統的な番号付け作品として初めて登場しながら、構成や形式は必ずしも正統的ではありません。ソナタ形式、緩徐楽章などといった一般的な交響曲のかたちではない。全楽章が変奏形式(ヴァリエーション)で構成されているという、とんでもなく個性的です。久石譲のミニマル×ヴァリエーションの手法がとても相性がいい、いやいや強力な武器であることに気づかされるほどです。聴く人ひとりひとりの豊かな感受性によって、この交響曲はより一層イマジネーション豊かに響きわたっていきそうです。

これからも久石譲交響曲は作品番号を重ねていくでしょう。そして、重ねれば重ねるほど私たちは実感していくことになると思います。交響曲は、現代作曲家 久石譲としての最終形態であり到達点であるということに。ジブリの曲は知ってる、映画音楽やCM音楽は聴きやすい、ミニマル曲こそおもしろい、現代作品の先鋭さかっこいい。そんなすみ分けや境界線すら吹き飛ばしてくれる交響曲たち、それは《総合的な久石譲音楽のかたち》です。

 

 

Asian Works 2020

多くの人が初めて聴いた曲も多いだろうなか、SNSコンサート感想などでも人気の高かったコーナーです。そして、きれいに人気を等分していたのも印象的でした。エンターテインメントで発表された楽曲たちがすぐにコンサートで聴けるというのも、近年では珍しいかもしれません。音源化の有無なんかもふくめてリアルタイムに追いかけているファンにもうれしいラインナップとなりました。

 

I. Will be the wind
先に公開されたオリジナル音源と楽曲構成はほぼ同じだと思います。

”叙情的でミニマルなピアノの旋律と室内オーケストラ編成で構成されている。ミニマルなモチーフのくり返しを基調とし、奏でる楽器を置き換えたり、モチーフを変形(変奏)させたり、転調を行き来しながら、めまぐるしく映り変わるカットシーンのように進んでいく。

後半はミニマルなピアノモチーフの上に、弦楽の大きな旋律が弧を描き、エモーショナルを増幅しながら展開していく。かたちをもたない風、安定して吹きつづける風、一瞬襲う強い風、淡い風、遠くにのびる風。決して止むことのない風、それは常に変化している、それは常にひとつの場所にとどまらない。ミニマルとメロディアスをかけあわせた、スマートでハイブリットな楽曲。”

Disc. 久石譲 『Will be the wind』 *Unreleased レビューより抜粋)

 

たとえば、世界中から日本を訪れる人たち。飛行機が滑走路へ降り立つ機内で、日本を紹介するビデオと一緒にこの音楽が流れる。なんと美しいウェルカム音楽だろうと思います。そして、これから旅する日本への高鳴る気持ちを運んでくる。つつましさと、風流さ舞うなおもてなし。

 

II. Yinglian
ぜひサントラ盤も聴いてみてください。この曲はTrack.17「英蓮 / Yinglian」です。

”愛のテーマ。主要キャラクターの一人、女性が登場するシーンで多く聴かれる楽曲。お香のような、ゆらゆらと、ふわっとした、無軌道な和音ですすむ。ゆるやかな独奏、メロディとアドリブのあいだのような、動きまわりすぎない加減の無軌道な旋律がのる。魅惑的で妖艶な曲想は、これまでの久石譲には珍しい。クラリネット、ピアノ、フリューゲルホルン、フルート、ストリングス。登場するたびにメロディを奏でる楽器たちを変え、まるで衣装替えに見惚れるように、つややかに彩る。(Track.17,20,25,27)”

Disc. 久石譲 『赤狐書生 (Soul Snatcher) オリジナル・サウンドトラック』 レビューより抜粋)

 

III. Xpark
明るく軽やかな曲です。音符の粒の細かいメロディがつながってラインになって、楽しそうに転げているようです。そして広がりのある曲です。ありそうでなかった!そんな久石譲曲です。番組音楽に使わせてください!そんな久石譲曲です。後半のソロ・ヴァイオリンの旋律も耳奪われる演出です。ホンキートンク・ピアノのように、ちょっとチューニングの狂った調子っぱずれのニュアンスで、小躍りするほど浮足立った弾みを表現しているようにも聴こえてきます。してやったりなコンマスと指揮者の目配せに笑みこぼれます。こんな音楽でおでかけの楽しい一日が締めくくれたらなんて素敵だろう。

映画『海獣の子供』公開時、コラボレーション企画として国内いくつかの水族館で、この映画音楽を使ったショータイムが開催されました。撮影OK!拡散Welcome!ということもあって、よくSNSで動画見かけました。それを目にしてのオファーだったのかはわかりません。でも、久石譲のミニマル・オーケストレーションは、ほんと海や宇宙のミクロマクロな世界観と抜群Good!なことはわかります。

 

 

Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021

待った甲斐あったスケールアップ!2021年版は楽曲構成も追加され、いよいよその全貌を現しました。

<構成楽曲>
1.アシタカせっ記 (交響組曲 第一章 アシタカせっ記)
2.タタリ神
3.旅立ち -西へ-
7.コダマ達
4.呪われた力 *
8.神の森 (交響組曲 第五章 シシ神の森)
20.もののけ姫 ヴォーカル (交響組曲 第四章 もののけ姫)
28.黄泉の世界 *
29.黄泉の世界 II *
30.死と生のアダージョ II *
31.アシタカとサン (交響組曲 第八章 アシタカとサン)

ナンバー/曲名『もののけ姫 サウンドトラック』に準ずる
(曲名『交響組曲 もののけ姫 CD版』に準ずる)

*新規追加楽曲

 

《Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE》2016年版
a) アシタカせっ記
b) TA・TA・RI・GAMI
c) 旅立ち
d) コダマ達
e) シシ神の森
f) もののけ姫 (vo)
g) レクイエム
h) アシタカとサン (pf/vo)

 

 

『もののけ姫』の作品世界もあいまって、語彙豊かな感情豊かなコンサート感想がSNSには溢れていました。一人一人がこの作品と共に歩んできた証なのかもしれません。そこには到底敵わない。なので、事実確認として報告いたします!…なるべくわかりやすく箇条書きで書いていきます。

 

1.2016年版と2021年版では構成楽曲が新たに入れ替わっています。

2.2016年版「レクイエム」が除外され、2021年版「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」が新規追加されています。「レクイエム」は『交響組曲 もののけ姫 CD版』独自の楽曲構成からとなっていました。

3.交響組曲作品『千と千尋の神隠し』や『魔女の宅急便』のあり方にならって、映画本編で使用した音楽を中心に、サウンドトラック盤ベースに楽曲構成するというコンセプトに大きく軌道修正したように思います。一方では、楽曲によって『交響組曲 もののけ姫 CD版』のオーケストレーションを活かしているところもあります。上記〈構成楽曲〉で( )表記しています。

4.『交響組曲 もののけ姫 CD版』にしかなかった独自のメロディやパートは極力除外したということになります。「神の森」は「交響組曲 第五章 シシ神の森」の楽曲構成に近いですが、イメージアルバム「シシ神の森」の楽曲構成と世界観から取り込んでいるとするのが、正しいに近いと思います。風の谷のナウシカの交響組曲もイメージアルバムから「谷への道」を導入したように。初期の構想からすでに生まれていたけれど映画本編には使われなかった曲。

 

…と2016版と2021版の大枠の変化を記したうえで、《交響組曲 もののけ姫 2021版》を構成する楽曲をそれぞれ見ていきましょう。

 

5.「アシタカせっ記」、太鼓たちの轟きで一瞬にして『もののけ姫』の世界へ。この確固たるメインテーマが聴けただけで満足感いっぱいになりますが、我に返ってまだまだ一曲目です。

6.「タタリ神」、荒れ狂うような速いパッセージの弦楽器に管楽器、そして通奏するパーカッション群。重く獰猛に進んできそうなメロディは、これまでにはない革新的な日本製マーチ(行進曲)の誕生だったとすら感じます。

7.「旅立ち -西へ-」、この曲好きな人とっても多いと思うんです。交響組曲に登場したこと感無量な人とっても多いと思うんです。

8.「コダマ達」、サウンドトラックのみに収録されていた楽曲(オーケストラ+シンセサイザー)で、2016版から交響組曲に盛り込まれました。ピッツィカート・木管・鍵盤打楽器、そして木柾やウッドブロックなどの小ぶりなパーカッションたちが、コダマたちを巧みに表現しています。

9.「呪われた力」、2016年版「レクイエム」パート中にもありましたが、前半に単曲で新規追加されました。細かくいうとアレンジは交響組曲CD中のもの、およびサントラ盤「23.呪われた力 II」に近いです。物語にそった組曲を目指したこと、呪われた力の凶暴性を出すことで、のちのシシ神の森のシーンや終盤の黄泉の世界までしっかりとつながっていきます。

10.「神の森」、『交響組曲 もののけ姫 CD版』に近い楽曲構成になっています。ただし、4.にも記しましたが、遡ればイメージアルバム「シシ神の森」にもすでにありました。映画本編では未使用となったもの、音楽作品として極めるためにはあってしかりですね。

11.「もののけ姫」(vo)、ソプラノによって歌われます。序盤の伴奏もピアノではなく、ハープなどで静な深い森を演出しているようです。(vo)についてはのちほど…。

12.「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、久石譲楽曲解説に ”新たに世界の崩壊のクライマックスを入れた” とあたります。シシ神殺しのパートをダイレクトに入れ込むことで、破壊と再生、生と死、『もののけ姫』作品世界の内在する二極を表現しています。そして前半の「呪われた力」にあった、決して消えることのない痣、いつ濃くなり蝕むかわからない痣を思い起こさせます。それは、決して簡単に答えの出ない世界で生きていく私たちへと、しっかりと刻み込まれる思いがします。

13.「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、サントラ盤ではシンセサイザーの唸るような音色が、ここでは見事にコントラバスのグリッサンドで表現されています。うん、再現という以上の効果を発揮しています。圧巻です。こんなことできるんだと鳥肌ものでした。ここまでできたらもう怖いものないんじゃないかなというくらい(どんなシンセ曲でもオケ曲にできる、の意)。

14.「黄泉の世界I,II~生と死のアダージョII」、たしかにと納得してしまいます。これぞ入って『もののけ姫』の世界と強く膝を打ちたくなります。そうして、それでもしっかりと生きていかなければいけない私たちへと迫り浴びせられる地割れのする管弦楽の轟きの後、希望と再生へとつながっていきます。

15.「アシタカとサン」(vn/vo)、やっぱり導入は僕がエスコートしないと(幻の声)、1コーラス目は久石譲ピアノが迎え入れたソロ・ヴァイオリンが美しいメロディを奏でます。2コーラス目にソプラノによって丁寧に歌われることもあって、豊嶋泰嗣さんのフェイク(メロディラインの持つ雰囲気は残しつつも、ある程度装飾的な要素を加えつつ崩して演奏すること)が光っています。

16.「アシタカとサン」(vn/vo)、2コーラス目はソプラノによって歌われます。「信じて~」からの天からやさしく降りそそぐ光ようなストリングス(武道館verから)、チューブラーベルの希望の鐘が高らかに、やさしい余韻へと。(vo)についてはのちほど…。

17.久石譲楽曲解説に ”スタジオジブリフィルムコンサート世界ツアーで使用しているオーケストレーションを関連楽曲に導入した” とあります。『久石譲 in パリ』のTV音源を聴いていても、僕には見つけることできませんでした。アンコール「アシタカとサン」はTV放送されていない。とても精緻なオーケストレーションのところなのかな…?

 

 

浅はかでした。ごめんなさい。

壮大なお詫びをしたいと思います。以前に、『交響組曲 もののけ姫 2016年版』だけがCD化されないことについて、うだうだつらつら書いたことがあります。そこでは「ああ、歌の部分に納得してないのかなあ」ということを中心に掘りさげていました。だったら歌なし版でもいいのかも……ちょっとだけそんな書いていたかもしれません…。

今回の久石譲楽曲解説に、”数年前にW.D.O.で取り上げたのだが、何かしっくり来なかったので、今回再チャレンジした。” とあります。ただ、そのつづきを読んだらわかるとおり、楽曲構成において主に修正がかかっています。

……

2021年版を聴いて「歌は必要なんだ!」と強く思いました。『もののけ姫』という作品において、歌(言葉)による精神性の表現というのは大切なことなのかもしれません。世界ツアー版で「もののけ姫」はソプラノによる日本語歌唱、「アシタカとサン」はコーラスによる開催地公用語(英語/フランス語など)で歌われています。でも、だから2021年版もやっぱり歌で、と言っているわけじゃないんです。

それは、「日本語による歌唱」です。ここに強くこだわっているように思えてきました。世界ツアー版とは異なり、これから先《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》が海外公演されるときは、現地オーケストラと現地ソリストによる共演になります。そして、きっと「日本語による歌唱」です。これはたぶん揺るがない。

ディズニー映画『アナと雪の女王』の主題歌「Let It Go」。映画プロモーション企画で、25ヶ国語で歌いつながれた主題歌動画が公開されたとき、話題となったのは日本語で歌われていたサビ「ありのままの~」の部分です。音符ひとつひとつに、言葉ひとつひとつを乗せた日本語に「キュート!美しい!」と世界の人たちが反応しました。日本人だけはピンとこないのか、そうなの?、何をそんなに騒いでいるのかわからない、温度差を感じるほど、世界はその瞬間たしかに日本語に熱狂しました。

これです。《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》でめざしたのは、『もののけ姫』の世界を音楽で表現すること、日本的なメロディ・ハーモニー・リズムを余すことなく表現すること、そのなかに日本語の美しさを表現することも含まれる。そう強く思いました。オペラなどと同じように、純正の日本語でしっかりとした作品をのこす。「日本語っていいね、きれいな響きだね」と言われるものをつくる。

「もののけ姫」(作詞:宮崎駿)も、「アシタカとサン」(作詞:麻衣)も、文字数にすると少ない日本語で作られています。久石譲が作曲した音符の数とほぼイコールになります。言葉ひとつひとつに、音符ひとつひとつがのる。もうひとつ、久石譲は歌詞にメロディをつけるときに、言葉のアクセントやイントネーションには逆らいません。発声と同じように自然なメロディをつけます。♪ポニョ~も♪トトロ~も、そうですよね。そのふたつの手法こそ、久石譲がポリシーとしてずっとやってきたことです。あるとき「レット・イット・ゴー ~ありのままで~」現象と突如パッとつながったんです。そういうことか!そういうことか?!ちっ違いますか…? と。

スタジオジブリ作品交響組曲プロジェクト、2015年以降『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『千と千尋の神隠し』『魔女の宅急便』『もののけ姫』とここまできました。そして、ジブリ作品が日本を代表する象徴であるように、交響組曲でも初めて純正の日本語でしっかりと作品をのこす『もののけ姫』が2021年版として堂々完成することになった。このことは、海外で演奏される近い未来にとっても、日本文化として残ってほしい遠い未来にとっても、大きな意味と価値をもっていくだろう、そう強く思っています。

……

17の箇条書きと壮大なお詫び、けっこうなボリュームになってしまいました。最後に一文で。物語にそった音楽構成と日本語の美しさで『交響組曲 もののけ姫』完全版ここに極まる。

 

 

World Dreams

「9.11」から20年の今年。このことだけでも重みのある一曲です。そして「Covid-19」の渦中にある今。どんな時でも必ず演奏される曲。こんな一面も、4月24日無念さを残しながら、それでも今できることをかみしめるように演奏したWDOオーケストラメンバーのSNSの声も印象的でした。観客だけじゃなく、楽団員にとっても大きな一曲は、中断を経て新しい完走地点の7月25,26日いろいろな想い駆け巡りながら、会場に響きわたりました。

 

 

東日本大震災から5年後の2016年にシンフォニーNo.1「THE EAST LAND SYMPHONY」と「交響組曲もののけ姫2016」。そして10年後の2021年にシンフォニーNo.2「交響曲 第2番」と「交響組曲 もののけ姫 2021」。まさかのアクシデントを乗り越えて完走したW.D.O.2021は、10年前に思い描いていた未来ではない、新しい試練の真っ只中となりました。

そんななかでも、全公演完売御礼となったWDOコンサートはやっぱりすごい。今回もオール久石譲プログラムでしたが、WDO史上最も久石譲らしい作品たちが並んだようにも思います。日本やアジア色の強い作品たちが、待望の新作交響曲と熱望のエンタメ作品が、日本人作曲家としての久石譲の魅力が、リタルタイムで世界各地にライブ配信されたということもきっと大きいと思います。

 

 

コンサート・パンフレットは販売による密集を回避するためか、観客全員に配布されるものとなっていました。各会場特設販売コーナーでは、最新ベストアルバムCDや最新スコアなどが並んでいました。

いつもなら全公演とも一瞬でスタンディングオベーションが起こります。今回も気持ちはそう!したかった!…遠慮や躊躇があります見られます。席を立つことで、大きく拍手することで、ウィルスを舞わせてしまうんじゃないかと危惧するように、科学的根拠はたぶんないけれど心理的なもの…ここが日本人らしいんです。海外ファンの配信視聴した皆さんは不思議だったかもしれないから、ひと言添えておきたい。気持ちはオール・スタンディングオベーション!

MCのない久石譲コンサートですが、アンコール終わっても鳴り止まない拍手に、何回も登壇する久石譲は、拍手をやさしく制して「今日はありがとうございます」「気をつけて帰ってくださいね」「また会いましょう」などと各会場でひとこと挨拶してくれました。

 

 

 

みんなの”WDO2021”コンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

リハーサル風景

from 新日本フィルハーモニー交響楽団 団員SNS

 

 

記念撮影

from 豊嶋泰嗣 SNS

 

from 二期会21 公式ツイッター
@nikikai21

 

公演風景

4/24 東京公演

 

7/26 東京公演

 

 

2021.08.06 追記

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。