Blog. 「NHKウィークリーステラ 2008年5/3~5/9号」キム・ジョンハク×久石譲 対談内容

Posted on 2021/07/21

テレビ情報誌「NHKウィークリーステラ 2008年5/3~5/9号」に収録された対談です。韓国ドラマ「太王四神記」特別企画としてカラー3ページになります。

 

 

《太王四神記》特別企画
豪華!韓日巨匠対談
監督 キム・ジョンハン × 音楽 久石譲

都内の完成な住宅街にあるレストラン・高矢禮(ゴシレ)。ペ・ヨンジュンがプロデュースするこの落ち着いたお店の一室で、韓日を代表する巨匠の対談が実現した。〈太王四神記〉の壮大な映像を創り出したキム・ジョンハン監督と壮大な音楽を紡ぎ出した久石譲。本作で出会い、深い絆を結んだという2人の、撮影後初再会という貴重な場に同席したステラが、取材に成功。2人の〈太王四神記〉への思いを聞いた。

 

1年ぶりの再会!

久石:
会いたかった~!(両手を広げて)

キム:
私もとても!(がっちり抱き合う)

久石:
けがをしたと聞いて心配でした。具合はどうですか?

キム:
一度手術(※1)をして、すぐに撮影に戻り、2か月後、再手術をしました。一歩まちがえると、死ぬところでした。久石さんのお顔も見られないところだった。

久石:
僕は、日本で状況がわからなくて、すっごく心配だった。

キム:
お花を届けてくださってありがとうございました。これから久石さんと一緒にやりたい仕事がたくさんあるから、死ぬわけにはいきませんでしたよ(笑)。

久石:
とにかく安心しました。

キム:
はい。

久石:
僕はね、今、字幕版の放送を毎週、見ているんです。

キム:
ということは、まだ最終回まではご覧になっていないんですね。

久石:
はい。音楽を手がけたドラマを毎週楽しみにしてるなんて(笑)。自分で録画予約するのも初めて。

キム:
(笑)感想はどうですか?

久石:
最近、作曲漬けで大変なんですけれども、週に1回の放送が唯一の楽しみになっています。

キム:
久石さんが作ってくださった最高の音楽に見合う作品になっているのか不安に思っていました。

久石:
いや。脚本に苦しんだと聞いていましたけど、人間関係がしかり描かれているし、本当にすばらしい作品。ヨン様もすてきだしね。

キム:
(笑)今回、久石さんにお会いすると話したら、ヨン様、イ・ジア、ユン・テヨン、ほかの俳優たちもうらやましがっていました。みんな、すてきな音楽を作ってくださった久石さんに感謝しているんです。

久石:
そうかぁ。うれしいですね。

キム:
特にヨン様は、自分のテーマ曲をチェロの演奏にしてほしいと言ったんですよね。久石さんはその要望どおりに作ってくださいました。とても喜んでいましたよ。

 

監督念願の久石音楽

久石:
それにしても、ほんとに迫力があって、一話一話が映画みたい。完成して心からおめでとうございますって言いたいです。

キム:
アリガトウゴザイマス(日本語)。苦労もたくさんしましたし、疲れ果てて、もう辞めたいと思ったこともありましたが、そんなときには、いつも、視聴者の方と久石さんの顔を思い浮かべましたよ(笑)。

久石:
(大爆笑)いちばん大変だったことって何ですか?

キム:
台本が遅れてしまい、時間に追われる形になったことです。それから、ヨン様がケガをしてしまったので、終盤は、かなりタイトなスケジュールでした。

久石:
そうか。なるほど……。もう1年前のことになるんですね。ちょうど去年の3月ぐらいにオーケストラを録ったんです。自分でも納得できるいい感じに仕上がってね。あまりに早くできたから、その後、何をしたらいいか考えてしまいました(笑)。音楽はどうでしたか?

キム:
私は、もともと久石さんの作ったアニメ映画の音楽が好きで、よく聴いていたんです。『ハウルの動く城』『となりのトトロ』、それから『千と千尋の神隠し』も好きですね。この作品では、日韓最高の作曲家にお願いしたかった。それで、久石さんに正式に依頼をしたのですが、お忙しい方ですから、まさかOKしてくださるとは思いませんでした。引き受けていただいたときは、天にも昇るような気持ちでした。

 

ぴたりと合った波長

キム:
お会いするまでは、気難しい方だったらどうしようと心配したのですが、すぐに友達になれて、とても心地よく一緒に作業をしていくことができました。2人の少年が出会ったようでしたね。とても幸せでした。

久石:
ほんとですね。やはり韓国の歴史上の人物の作品を日本人の僕が作るということで、できるだけスケール感のあるものをと考えました。同時にラブストーリーでもあるので、そこにいちばん、神経を使いましたね。

キム:
初めて聴いたとき、とても感動したんです。撮影中は、いつも頭の中に音楽を思い浮かべていました。それにしても、久石さんはセットしかご覧になっていない段階で、なぜ、あんなに映像とぴったりな音楽を作れたんでしょうか。一度聞いてみたかったんです。

久石:
(笑)

キム:
私は、2人の間に見えないけれども通じ合うインスピレーションがあったのではないかと思っています。

久石:
ほんと、そうですね。僕もこの曲は、こういう使い方をしてほしいなというのが、そのとおりになっていてね。音楽を生かしてもらったなあって、すごく感謝しています。これはね、多分に生理的に近いところがあって、監督が撮ったリズムと波長が一致していたんでしょうね。それと、監督の演出をちらっと見たときに、その一つ一つのやり方とかテンポに、優しさと激しさが同居していて、これが監督そのものだなと思ったんです。それは自分が持っている体質でもあるから、そのへんのところが合ったんじゃないかな。

キム:
久石さんは、一見、叙情的で穏やかな音楽を作りそうですが、スペクタクルを感じさせるテンションの高い音楽も作られるので、見た目とは違って意外に思いました(笑)。

久石:
そうですか(笑)。

キム:
私は、今回ご迷惑をかけてしまったので、次にご一緒するときは、事前に完成映像をお見せできるようにします。

久石:
でも、事前にキムさんとたくさん話をしたので、意外に早くその世界をつかむことができたんです。自分でも驚くくらいの集中力で、たくさんの曲ができて(※3)。すごくうれしかった。そういえば、去年、コンサートで、〈太王四神記〉のテーマをオーケストラでやったんですけど、お客さんがとても喜んでくださいました。地上波で吹き替え版の放送が始まったから、もっとたくさんの方が見てくださるんじゃないですか。

キム:
韓国では、時代劇は中高年の女性に人気なのですが、この作品は、10代20代が熱狂的に支持してくださいました。彼らは、やはり音楽にも注目しますので、モバイルダウンロードで1位になったんです。久石さんの音楽が韓国の若者に浸透するのに一役買うことができたと思います。久石さん、ますます有名になっていますよ。

久石:
それはうれしいですね(笑)。

 

2人の絆を結んだ1曲

久石:
僕はね、スジニのテーマが印象に残っているんです。あの曲は、実は、ちょっと冒険だったんです。それまでは、僕自身、歴史スペクタクルというとらえ方が強かったかもしれないんだけど、でも、監督はすごく気に入ってくださって。で、そのときにね、あっ、なるほどと思ったんです。このドラマは本当はラブストーリーでもあるんだなって実感したんですよね。わりと早い段階で、監督の目指すところが見えてね。だからとても印象に残っています。

キム:
そうなんです。久石さんが、済州島(チェジュド)にデモテープを持っていらっしゃって、そのとき、私がスジニのテーマを聴いて、「これは、私が考えている雰囲気そのものだ」と思ったんです。100回話し合って、説明するよりも、実際に音楽を聴き、セットや映像を見て、2人の考えが一つになって、あのときがスタートになったと思います。

久石:
うん。あの曲は、戦闘シーンでも使われているしね、自分でも満足していますね。

キム:
ベスト!

久石:
(大爆笑)

キム:
久石さんの音楽は迫力があるので、戦闘シーンでは、エキストラ1万人分ほどの効果があります。エキストラ代を節約してくれてありがとう。

ーここでSSDのスタッフより、「国際映画音楽批評家協会賞・オリジナル作曲賞」を受賞したと韓国からメールが入ったことが告げられるー

(一同拍手喝采)

久石:
ほんとに? すばらしい!

キム:
MBCの演技大賞では、ヨン様の大賞受賞をはじめ、私たちが全体の賞の3分の1を受賞しました。そのときに、ヨン様が久石さんをご招待して、パーティーを開こうと言っていたんです。スケジュールが合わずに実現しなかったのが残念です。

久石:
ぜひぜひやってください。いつでも行きますから!

 

ステラ読者へメッセージ

久石:
キム監督と出会えて、僕自身、一生懸命音楽を書き、今は、一視聴者として毎週放送を見ています。本当にわくわくする内容で、そういう気持ちになるというのは、作品が間違いなくいいという証拠。世界中に共通する、人間のスペクタクルとして、本当に楽しんでもらえると思う作品です。音楽も映像に負けないように一生懸命書いたので、注目してください。

キム:
アジアで最高の作曲家である久石さんと作りました。ペ・ヨンジュンさんのファンの方々、寒い冬も暑い夏も、いつも声援を送ってくださった日本の方々に対して、ありがたい気持ちでいっぱいです。この作品は韓国の物語ですが、韓国ドラマではなく、日本のドラマであると言っても過言ではありません。ぜひ、ご覧いただければうれしいです。可能であれば、一度見て、2度見て、3度見て……いただければ、作品のおもしろさ、そして、音楽の奥深さをさらに感じていただけると思います。ぜひ最後までご覧いただければと思います。

久石:
われわれの3年間のね、努力の結晶ですから。

キム:
その中の90㌫は久石さんの力。

久石:
いえいえ。また済州島に一緒に行きたいですね。

キム:
俳優たちも久石さんいごあいさつできればと思っていますし、仕事抜きで韓国にいらっしゃってください。私も俳優たちを連れて日本に来ます。ベストフレンド! アリガトウゴザイマス!

久石:
今度ゆっくりお酒を飲みましょう。きょうはありがとうございました。

 

※1:監督は、クランクアップの数か月前に、国内を車で移動中、交通事故に巻き込まれ内臓破裂という重症を負った。

※3:久石さんは〈太王四神記〉用に約60曲のオリジナル曲を作った。

(「NHKウィークリーステラ 2008年5/3~5/9号」より)

 

 

太王四神記 オリジナル・サウンドトラック vol.1

 

久石譲 『太王四神記 オリジナル・サウンドトラック 2 』

 

 

 

 

Blog. 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3」コンサート・レポート

Posted on 2021/07/12

7月8,10日開催「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3」コンサートです。当初予定からの延期公演です。プログラムも新たにアップデートされ、長野は3年ぶりの凱旋公演(FOC前身のNCO誕生の地)ともなり、たくさんのお客さんがつめかけた熱い公演になりました。また東京公演はライブ配信もあり国内外からリアルタイムで楽しめる機会にも恵まれました。

 

先にまとめみたいなもの。

久石譲コンサートがあるたびに、「初めてのオーケストラ」「初めてのクラシック」というSNS書き込みを、ひとつふたつとは言わない数で目にします。ということは、実際には同じような人が数十人はいる。若い人を中心に。そのとき会場で体感して感動するのは、オーケストラの迫力、生楽器の音の良さ、目と耳では追いつかない情報量の多さ。

きっとまた行きたいと思いますよね。そこに、コンサートの瞬間ではわからなかったことの好奇心、知ることの喜びへつながっていったら。僕もそんな思いの連続です。コンサートごとに、なにかひとつ学ぶことができたらいいな、小さくレベルアップできたらうれしいなと思っています。

 

 

久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3

[公演期間]  
2021/07/08,10

[公演回数]
2公演
東京・東京オペラシティ コンサートホール
長野・長野市芸術館 メインホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:Future Orchestra Classics
コンサートマスター:近藤薫

[曲目] 
レポ・スメラ:交響曲 第2番
久石譲:I Want to Talk to You ~for string quartet, percussion and strings~

—-intermission—-

ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 Op. 73

—-encore—-
ブラームス:ハンガリー舞曲 第17番

 

 

 

まずは会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

ご挨拶

FUTURE ORCHESTRA CLASSICSの第3回目が2度の順延を経てやっと実現しました。東京も世界も依然として先の見えない不安定な状況が続いていますが、FOCはクラシック音楽の将来を見据えて一歩一歩前に進む覚悟です。本日のプログラムは1年半かけて練り上げたもので、自信を持ってお勧めできます。どうぞ、お楽しみください。

 

FOC 本日の曲目についての私的コメント

Lepo Sumera: Symphony No.2

Lepo Sumeraは1950年生まれのエストニアの作曲家だ。エストニアにはArvo Pärtという世界的な作曲家がいるが、彼が静かならSumeraは動である。とてもエモーショナルで激しい。おそらく彼のこの作品が日本で演奏されるのは初めてだと思われる。なにぶん資料が少ないのではっきりと言えない。が、その分スコアのまちがい、あるいは不明なところも相当あり、エストニアのオーケストラに確認をしてもらったが完全にクリアになっていない。現代の音楽を演奏する場合はいつもこういう問題が起こる。だが曲は素晴らしい。強力なエナジーが最大の魅力である。僕は今年の秋にも日本センチュリー交響楽団の定期で彼のチェロ協奏曲の日本初演、MUSIC FUTURE Vol.8でピアノ曲など演奏していく予定だ。皆さんにもこの名前を覚えておいていただきたい。交響曲第2番は3つの楽章からできており、続けて演奏される。

 

Joe Hisaishi: I Want to Talk to You  ~for string quartet, percussion and strings~

2020年5月に行われる予定だった山形合唱連盟の記念コンサートで演奏するために委嘱されて、2019年10月から2020年3月にかけて作曲した。

作品自体は 1. I Want to Talk to You  2. Cellphone の2曲からなる約20分の作品になったが、作曲の過程で弦楽四重奏と弦楽オーケストラの作品にするアイデアが浮かび、比較的短期間でそれも完成した。

街中を歩いていても、店の中でも人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んだが、世界はCovid-19によって大きく変容した。人と人とのディスタンスを取らざるを得ないという状況では携帯電話がむしろコミュニケーションの重要なツールになった。この時期にこの曲を書いたことに何か運命的なものを僕は感じている。

日本センチュリー交響楽団によって今年の3月大阪で世界初演した。本日はその第1曲目を演奏する。

 

Brahms: Symphony No.2 in D major Op.73

どうアプローチするか目下思案中!

最もBrahms的な作品。

ロマン派的エモーショナルと古典派的フォームの重視をどう融合するか? スーパーオーケストラFOCならではの最速、感動のBrahmsをお届けしたい。

乞うご期待!

2021年7月 久石譲

(「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3」コンサート・パンフレットより)

 

 

 

コンサート・カウントダウンに入った開催9日前からは、公式ツイッターにて「一言インタビュー動画」も公開されました。上のコンサート・パンフレットの内容を補強する点でも、とても貴重な内容です。あらためてぜひご覧ください。そして公式SNSはぜひチェックしてくださいね。

 

[日本語テロップ/書き起こし]

もともと長野市芸術館で芸術監督をやっていて、そこでキチンとした演奏団体が欲しいとNCO(ナガノ・チェンバー・オーケストラ)を作りました。それが前身で、今度は東京に活動を移してやりたい。それでFOC(フューチャー・オーケストラ・クラシックス)という名前でやっている。今更そういうことを聞く?

 

”現代”であるということを一番意識したプログラムを作りたいんです。古い作品ばかりやっていると古典芸能になっちゃう。古典を古典らしくやるんじゃなくて、リスペクトはしますが、もう一回洗い直すことで新しい可能性あるんじゃないか。それをやりたいから「FUTURE ORCHESTRA CLASSICS」なんですね。

 

(石川:)久石さんのストイックなところいろんなところに共感して集まってきている仲間だと思うので。FOCは機動力ありますよね。

(福川:)例えば僕が「こうしたい!」と言ったら「いいよ!やってみようよ」みたいな。

(久石:)普通のオーケストラはダンプカーや大型バスの感じなんですよ。ハンドル切ってもグ~ッと回っていく感じ。うちはスポーツカーなんですよ。ハンドル切るとギュイッと曲がるっていうかね。その機動性がめちゃくちゃ快感なんですよ。

(福川:)上手い!

 

歌う。インテンポ(一定の速度)で歌う。そこを駆使しないと少しブラームスに対応するのが厳しくなる。ちょっといろいろ秘策を練っているところ。それをできたら怖いものないんじゃないかな、たぶん、うん。

 

今回のプログラムはいいよ。「I. レポ・スメラ:交響曲 第2番」から始まって「II. I Want to Talk to You」やって、最後に「III. ブラームス:交響曲 第2番」。すごい個人的には大好きなプログラムになったね。チャレンジがいがある。あっ、ついでに言っとくけどもうじきCDと譜面が出る。石川さんにはContrabass Conertoを彼のために書いた。福川さんにはHorn Concerto (“The Border”) を書いて…買ってください。

 

レポ・スメラという人は知らなかった。すごく仲の良いデニス・ラッセル・デイヴィスという指揮者がいて、彼が推薦してきたのが「レポ・スメラ:交響曲 第2番」だった。レポ・スメラはエストニア出身で1950年生まれ。ものすごい情熱的ですよ。日本ではほとんど演奏されていないから、しばらくレポ・スメラの主な曲を日本に紹介したい。

 

山形のコーラス団体から委嘱されて作った曲。こういうパンデミックが起こる前にもう作っていたけど。I Want to Talk to You = あなたと話したい、この時期に書けてよかった。ほんとにこの時期の曲だったんだって。FOCできっちり演奏して、きっちりレコーディングする。そう思っている曲です。

 

第2番は、僕はブラームのなかで一番難しい。ちょっと要素が多すぎる。だからリズムからのアプローチを新しくやる。それと”歌う”ことで、考えていることを全部クリアにできるかもしれない。

 

 

東京

 

長野

 

公演風景

会場の熱気が伝わってきます。

久石譲「また帰ってこれて本当にうれしいです。また会いましょう」

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF
@joehisaishi2019

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

とは言いながら、当日の急なアクシデントで会場へ向かえませんでした(ほんとう残念)。ライブストリーミングのおかげでコンサート楽しむことができました。ありがとうございます。

 

レポ・スメラ:交響曲 第2番

予習で聴いていたときに、モチーフのくり返しにこだわった作品だとは思っていたのですが、まさかハープが2台も使われているとは思いませんでした。ステージ上のハープ2台は、いつもの奥端ではなく指揮者と向き合うように中央前面に配置されています。第1楽章冒頭から第3楽章終部まで。全体をとおして軸となりよく聴こえる音像からも重要性がわかります。

久石譲作品とも親和性のある現代作品です。FOCのためにプログラミングする作品としてもうなずけます。リズムやソリッドなアプローチを追求してきたFOC、相性も抜群と言えます。

ついついこういう作品を聴くと、反面教師じゃないんですけれども、久石譲作品との違いってなんだろうと考えてしまうクセがあります。レポ・スメラは映画音楽も手がけているようで、音楽による劇性や聴かせどころがしっかり出ています。スリリングで緊張感をキープした作品です。でも、僕はというと…(個人の感想です)ごにょごにょしててよくわからん、みたいなパートがあったりします。楽器たちがわりと狭い音域でひしめき合っている感じがあって見通しがあまりよくない。久石譲音楽の場合はどうだろう? と考えるクセがでる。たとえばひとつ、ピッコロやグロッケンといった高音域楽器がこの作品にはない、チューバやコントラバスの低音域楽器にどういう旋律を与えているか、こういったオーケストレーションの差異が見え隠れしだすと、とてもおもしろくなってきます。僕はちょっと変わった聴き方をしているのかもしれません。音楽が見通しよく立体的というのがどういうことなのか、何回でも聴きたい衝動はどこからきているのか、、などなど。他作品と並べることで、優劣ではない、違いを見つけられる。そこからそれぞれの良さがくっきりしてきたり、久石譲作品の魅力が跳ね返ってきたり。プラスな反面教師思考みたいなものでしょうか。

世界を見渡せばこういった現代作品を書いている作曲家がいること、その作品を知れること体感できること。久石譲が注目しているものに触れることができる機会はコンサートあってこそです。久石譲コメントにもあるとおり、レポ・スメラ作品は交響曲・チェロ協奏曲・ピアノ曲と今後も演奏予定とあります。この交響曲第2番は、海外公演も予定されています。

 

 

 

久石譲:I Want to Talk to You ~for string quartet, percussion and strings~

作品については、久石譲コメントにあるとおりです。とても惹きつけられる作品です。ただ、いかんせん何回聴いても、わかるとっかかりもない。ただただ、無防備に浴びているだけでも満足してしまう。今は、それでいい作品なのかなとも思っています。たぶん、Covid-19に覆われた今聴くのと、これから3~5年後に聴くのとでは、印象も変化してくる作品なのかもしれません。複合的や重層的な受け止めかたしたりと、時間の流れとともに、歴史のなかでこれから起こることともに見つめていきたい作品です。いつの日か、久石譲本人や専門家によって楽想的なことについても大いに語ってもらいたい作品です。

3月初演時の感想は、わからないということを、わからないなりに、もっとたくさん書いています。よかったらご覧ください。

 

 

 

ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 Op. 73

すごい迫力でした。こんなにエネルギッシュな作品だったんだと新鮮でした。ブラームスは交響曲第1番を発表したあと、とても解放的になったのか、この作品は伸びやかで快活です。でも、個人的には(一般的にも?!)第1番と第4番の影に隠れてしまうのが第2番と第3番です。

久石譲コメント(パンフレット/動画)にあるとおり、いろいろなことが探求され具現化されているんだと思います。第1楽章のくり返し含む演奏で通常45分くらいとして、久石譲FOC版は40分を切っています。たしかに速い。聴いていて退屈しない、とてもみずみずしい、スピーディーな躍動に快感! クラシックに馴染みの少ない人でも、ありきたりじゃない攻めの姿勢はびしびしと伝わってくるはずです。これはきっと凄い演奏なんだと直感するくらい。そして、ただ速ければいいってもんじゃない。速いだけを売りにしているつもりもない。ですよね。

「歌う」ことにこだわったアプローチとは、どういうものだったんでしょう。歌おうとすればするほど、気持ちも入りテンポは揺れ、遅れがちにもなります。今回、「インテンポ(一定の速度)を保って歌う」というのがコンセプトでありクリアしたいことでもあったとあります。

メロディの一音一音を区切り気味に演奏している箇所が多かったように思います。そして音価(一音ごとの長さ)をそろえる。こうすることでリズムは遅れないようにキープできます。管楽器などでは実現しやすい奏法かもしれません。

もうひとつ、弦楽器などで見られたのが、一音ごとにふっと力を抜くような奏法。なるべく同じ強さで音を伸ばさない。一音一音を区切り気味に演奏しようとしたときに、同じ強さで伸ばした状態で次の音に移るときに区切ろうとすると、ブツブツ切れた感じになって、たぶん歌っているようには聴こえなくなります。パッと音が立ち上がってスッと消えていく。管楽器であれば息で調整するものを、弦楽器は柔らかい筋肉でしなやかに。言うは易く行うは難し、けっこう大変な筋力と集中力をこめる必要があるように思います。

通常 タ

FOC ター,ター,ター,ター

メロディの4つの音をなめらかにつなげて演奏する、伸ばしている間も音の強さは太いまま(通常)と、一音ごとに区切りを入れながらも、自然な切れ目となるように一音ごとの立ち上がりかたと消えかたを駆使する(FOC)。

風通し奏法、と勝手に呼びました。通常は、おおらかな弧を描くようにスラーで歌わせるとテンポが遅くなる。速いテンポをキープしながらこれをやると、たぶん走り急いでいるだけの印象になる。また音の密度や密集具合でかなり圧迫される。要は、息苦しいし窮屈な感じがするイメージです。ゆえに解! 音と音のすき間をつくって、フレーズごとの風通しをよくすることで、軽やかに駆け抜けるようなスポーティな推進力が得られる。…かな? 的外れだったらごめんなさい。それもあるかな、となったとしても、FOCがアプローチしていることの1/10も言えていないのはしかりです。ぜひCDになるときにでも、たっぷり秘技について語ってほしいですね。

第2楽章や第1楽章で気づきやすかったように思います。そういえば、扇子を広げたときって、小さな山谷があって(一音一音)、きれいな大きな弧を描いていますよね(メロディを歌うようにスラー)。

第4楽章に照準をあてたようなピークのもっていきかた爆発力もすごかったですね。どちらかというと小ぶりな作品というイメージのあった第2番に、ここまでのエネルギーが潜んでいたなんて。ちょっと好きがあがっちゃった。久石譲FOCは、速さを追求しながら駆動が空回りしてスピンしてしまうようなスポーツカーではなかったです。メリハリよく、フォルムが崩れることもなく。《古典を古典芸能にしない》という久石譲の言葉に多くが込められています。今このブラームスを聴いて、骨董品のような古びた印象をもったリスナーはいないと思います。

 

 

ここで終わらない。

プチお勉強しました。

 

FOCは立奏スタイルをとっているのは、もう久石譲ファンでは定着してきたでしょうか。また、FOCに限らずどの共演楽団でも、久石譲が古典作品を演奏するときはバロックティンパニが登場します。近年演奏されているベートーヴェン、ブラームス、モーツァルトの交響曲。小気味いい乾いた音でパンパンッと炸裂します。通常のオーケストラで使われているモダンティンパニは、ドンドンと重量感があるので、聴いた印象もずいぶん変わります。本公演でもレポ・スメラ作品とブラームス作品は、異なるティンパニが用意されています。棒(マレット)も使い分けているのでご注目。

 

 

よくティンパニとセットで扱われるのがトランペットです。…なんでかは聞かないでください…勉強が足りていない。実は、ティンパニが変われば、トランペットも変わるんです。変わっていました!

コルネットという楽器ではないみたい。ロータリートランペットかな、と調べている現時点での回答です。トランペットよりも音が柔らかく、音が大きくなりすぎない、弦楽器や木管楽器とも溶けこみやすい、とありました。ティンパニとトランペットは同じ音符の動きをすることがあります。旋律ではない、パン・ドン・ジャンのリズム的アクセントとして、とりわけ古典作品にはその役割が多いようです。重量級のドンから軽量級のパンに変わったティンパニ。だからトランペットも変わる。そして、この組み合わせのとき、ふたつの楽器は隣同士に配置されています。(レポ・スメラ作品のときは右側と左側に大きく離れています)。…ということだと思います。添削アドバイスお願いします。また勉強して帰ってきたいと思っています。

 

 

 

ブラームス:ハンガリー舞曲 第17番

アンコールです。全21曲ある「ハンガリー舞曲」から、どうして第17番なんだろう? と思って調べてみました。

ブラームスが4手のピアノ連弾用として作曲し、ドヴォルザークや自らのオーケストラ編曲版によってより広く親しまれるようになった「ハンガリー舞曲集」。ブラームスは3曲のみ管弦楽用に編曲をしていて、残り18曲はさまざまな音楽家によってオーケストレーションされている、という作品です。そして、第17番から第21番までの管弦楽編曲がドヴォルザークの手によるものなんですね。また「交響曲第2番」と「ハンガリー舞曲」は作曲時期も近いんですね。なるほど。

 

 

最後にプロフィール。

 

フューチャー・オーケストラ・クラシックス
Future Orchestra Classics(FOC)

2019年に久石譲の呼び掛けのもと新たな名称で再スタートを切ったオーケストラ。2016年から長野市芸術館を本拠地として活動していた元ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)を母体とし、国内外で活躍する若手トップクラスの演奏家たちが集結。作曲家・久石譲ならではの視点で分析したリズムを重視した演奏は、推進力と活力に溢れ、革新的なアプローチでクラシック音楽を現代に蘇らせる。久石作品を含む「現代の音楽」を織り交ぜたプログラムが好評を博している。2016年から3年をかけ、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏に取り組み、2019年7月発売の『ベートーヴェン:交響曲全集』が第57回レコード・アカデミー賞特別部門特別賞を受賞した。現在はブラームスの交響曲ツィクルスを行いながら、日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している。

 

 

本公演は、まさにこのプロフィールとおりですね。あらためてゆっくり読みながらそう思います。【日本から世界へ発信するオーケストラとしての展開を目指している】、いつの日か海外公演も実現するのかもしれません。そして今のFOCは、日本国内はもちろん海外でもリアルタイムでコンサートを楽しめる発信、ライブ・ストリーミングを実現しています。

これからのFOCは「Vol.4」(2022年2月)、「Vol.5」(2022年夏)と予定されています。残るブラームス交響曲 第3番と第4番もそれぞれ振り分けわれ、そこへ魅力的な現代作品もプログラムされるだろうと思います。もちろん久石譲作品も。楽しみが予定されていることはうれしいかぎりです。

 

 

まだ間に合うライブ配信のアーカイブ配信!

アーカイブ配信期間
7月15日(木)23:59まで

チケット価格
1,980円(税込)
※Streaming+、ローチケLIVE STREAMING、neo bridge、LINE LIVE-VIEWINGにて配信

チケット販売期間
2021年6月30日(水)12:00~7月15日(木)19:00

 

公式サイト:フューチャー・オーケストラ・クラシックス Vol.3 ライブ配信
https://joehisaishi-concert.com/foc-jp/foc-vol3-online/

Official Website for Oversea: FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.3 LIVE STREAMING
https://joehisaishi-concert.com/foc-jp/foc-vol3-en-online/

 

 

 

2021.07.14 追記

 

 

2021.07.27 追記

プログラムから久石譲の新曲「I Want to Talk to You ~for string quartet, percussion and strings~」が特別配信されました。

 

 

2021.10.01 追記

 

 

 

Blog. 「かぐや姫の物語 サウンドトラック」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/05/24

2021年4月24日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」の3作品に、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

”『ナウシカ』について言えばね、最初にイメージ・レコードっていうのを作ろうということで、久石さんていう人に頼んで作ってもらったんですね。そしたらなかなか面白い曲がその中に含まれていた。で、いろいろ経緯はったんだけど、映画の音楽も久石さんにやってもらおうということになった時にね、(中略)要するに久石譲という人にとって、映像に劇伴としてつけるんじゃなくて、原作を読んで想像力を駆使して、独立した音楽として聞かせるつもりで全力をあげて書いたもんでしょ? その魅力を全面的に発揮させるように後で音楽設計をする。” (高畑勲『映画を作りながら考えたこと』徳間書店所収「「赤毛のアン」制作の全貌に迫る」 初出は「アニコムZ」vol.5 赤毛のアン特集 1985年8月 早稲田大学アニメーション同好会)

”テーマ主義による基本的な音楽設計が出来上がってみれば、ゆきなやんでいたことが嘘みたいに明快なのであった。久石氏は精神性の表現として必要なテーマのすべてをイメージ・レコードのなかに用意してくれていたわけである。” (前掲所収「しあわせな出会いー久石譲と宮崎駿」 初出はアニメージュレコード「久石譲の世界」1987年3月25日 徳間ジャパン)

これは、宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』のプロデューサーを務めた高畑勲が、同作の音楽制作の過程を回顧した発言および文章である。久石譲にとって本格的な劇場用長編映画作曲第1作となった『ナウシカ』の段階で、すでに高畑は映画音楽作曲家としての久石の特質を正確に見抜いていた。つまり「全力をあげて書いた」「精神性の表現として必要なテーマ」が適切な音楽設計により「その魅力を全面的に発揮」するという特質である。その高畑が、結果的に生涯最後の監督作となった『かぐや姫の物語』の音楽を久石に依頼することになった時、『ナウシカ』の経験を即座に思い浮かべたことは想像に難くない。イメージアルバムこそ制作されなかったものの、『かぐや姫の物語』の久石の音楽は、高畑勲監督が『ナウシカ』制作時に初めて見出した方法論の延長線上に位置づけることが出来るだろう。本盤の収録曲に聴かれるように、久石のスコアは明確なテーマ主義という一分(いちぶ)の隙もない音楽設計に基づいて作曲され、しかも『ナウシカ』に勝るとも劣らない高い精神性を表現しているからである。

その『かぐや姫の物語』について、久石は次のように筆者に語っている。

”かぐや姫という主人公は、月の世界にいる間は人間的な喜怒哀楽も知らず、完全な幸せの中で暮らしている存在です。その彼女が地上に下り、さまざまな人間の感情を経験し、再び月の世界に戻っていく時に、やはり彼女はそのまま地上にとどまっていたいと感じた。つまり、人間というのは日々悩み、苦しむ存在なのですが、それでもやはり生きるに値する価値がある。そのようなことを『かぐや姫の物語』からは強く感じます。” (前島秀国「久石譲《第九スペシャル》を語る」 2013年12月「久石譲 第九スペシャル」プログラムノート)

本作の音楽制作については、別掲の高畑監督と久石の対談、およびメイキングビデオ「高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~」の中で詳しく紹介されているでの、ここではその過程を簡単にまとめておく。

もともと本作は、宮崎監督の『風立ちぬ』──こちらは久石が本編公開の2年以上前に作曲の依頼を受けていた──と同時公開(2013年7月20日)が予定されていた。もし、本作の制作スケジュールが当初の予定通りに進んでいたら、『かぐや姫の物語』の音楽制作は『風立ちぬ』と時期が重なってしまうため、久石は『風立ちぬ』の作曲に専念せざるを得なかっただろう。しかしながら、本作の制作スケジュールに遅延が生じ、2013年11月に公開延期が決まったことから、2012年暮、高畑監督は久石に作曲を依頼した。その時点で、すでに多くの作曲スケジュールと演奏予定が詰まっていたにも拘わらず、久石は本作を「高畑監督との一生に一度の仕事」と位置づけ、作曲を快諾。2013年正月明けに設けられた音楽打ち合わせの後、まず久石は琴の演奏シーンの作画に必要な楽曲の録音に着手したが、この時に久石が書き下ろした琴の音楽を高畑監督が大変気に入り、その曲を基にした「なよたけのテーマ」をメインテーマにすることで、スコア全体が作曲・構成されていった(本編のための作曲作業が本格化する前に書いたが曲が、結果的に映画の中で最も重要な音楽となったという点でも、本作と『ナウシカ』は共通している)。

以下、本作の微に入り細を穿った音楽設計を明らかにするため、スコアに登場する全テーマと、それに対応する本盤収録曲を列挙する(テーマ名は、筆者が暫定的に付けたもの。「」はテーマ名、《》は本盤収録曲を示す)。

「わらべ唄」
《はじまり》《秋の実り》《春のワルツ》《月》《琴の調べ》《わらべ唄》《天女の歌》
高畑監督が作曲した5音音階の劇中歌。《わらべ唄》《天女の歌》は久石が参加した時点で曲は既に存在していたが、ヴォイス・キャストが歌う《わらべ唄》《天女の歌》は、演技の流れを重視してアフレコ収録されている。劇中でかぐや姫が演奏する《琴の調べ》は、久石の編曲・指揮により、姜小青が古箏(こそう、グーチェン)で演奏した。この「わらべ唄」で特に注目すべきは、第2節にあたる《天女の歌》が、歌詞の上でもメロディの上でも、地球の記憶に涙する天女の心境を反映したヴァリエーションとなっている点である。

久石のスコアにおいては、まずオープニングタイトルの《はじまり》において「なよたけのテーマ」の対旋律として導入され、かぐや姫が満開の桜の樹の下でくるくると舞い躍るシーンの《春のワルツ》後半部で西洋風のワルツ様式に編曲されている(つまりワルツのリズムが持つ旋回性と、かぐや姫の舞いの旋回運動がシンクロしている)。ラストシーンの《月》では、やはり「なよたけのテーマ」と共に演奏されるが、久石は《天女の歌》のメロディを用いることで、地球を懐かしむかぐや姫の未練を暗示している。

「なよたけのテーマ」
《はじまり》《小さき姫》《なよたけ》《蜩の夜》《悲しみ》《飛翔》《別離》《月》
先述のように、もともと作画用に書かれた琴の音楽(本盤には《蜩の夜》を収録)を基にしたメインテーマ。このテーマは《はじまり》で登場した後、翁が竹藪の中でかぐや姫を見つけるシーンの《小さき姫》で初めてテーマ全体が演奏され、以後、かぐや姫の出自やアイデンティティに関わる重要なシーンに限って登場する(《なよたけ》は、テーマのフル・ヴァージョンを久石自身のソロ・ピアノで収録したもの)。ちなみに本作の劇場公開後、高畑監督が新たに歌詞を書き下ろし、久石が女声三部合唱のために編曲した「なよたけのかぐや姫」が作られ、同様に久石が編曲した「わらべ唄」女声三部合唱版と共に録音・楽譜出版されている。

「生命のテーマ」
《芽生え》《生命》《生命の庭》《飛翔》
「なよたけのテーマ」冒頭のモティーフを長調に変えて発展させた、「なよたけのテーマ」の派生形。いわば第2のメインテーマである。本編においては、媼がかぐや姫に授乳するシーンの《芽生え》で初めて登場する。さらに《芽生え》《生命》《生命の庭》が流れる各シーンにおいては、いずれも画面に鳥が登場することに注目したい。つまり、このテーマは鳥のように自由に羽ばたき、まさに「鳥 虫 けもの」のように生命を謳歌したいかぐや姫の願望をも象徴しているのである。その願望の到達点が、彼女が捨丸と共に鳥のように大空を羽ばたくシーンの《飛翔》であり、ここで久石は文字通り大空を羽ばたくような壮大なサウンドをオーケストラから引き出している。

「喜びのテーマ」
《生きる喜び》《タケノコ》《衣》《春のワルツ》《帰郷》
鳥のさえずりをモティーフにした五音音階のテーマ。「自然讃歌」と呼び替えてもいい。西洋のオーケストラを用いて東洋的な自然観を表現した、マーラー風の方法論に基づいて作曲されている。

「春のめぐりのテーマ」
《山里》《手習い》《春のめぐり》《真心》
いわゆるホーリー・ミニマリズム(宗教的ミニマリズム)のティンティナブリ様式(鈴鳴り様式)に基づいて書かれたテーマ。心安らかな三和音の素朴な繰り返しが、自然の営みや季節のめぐりを象徴し、かつ、そうした自然の中で生きる幼いかぐや姫の無心な喜びを表現している。ただし、石作皇子が一輪の蓮華の花をかぐや姫に捧げるシーンで流れる《真心》だけは、他の3つとは大きく異るヴァリエーションとなっている(ハープの伴奏に、繰り返しの音形を聴くことが出来る)。このシーンにおいては、「この一輪の花、すなわち姫を愛する我が真心」という石作皇子の言葉にかぐや姫の心が揺れ動き、もしかしたら石作皇子が自分と同じ価値観を共有しているのかもしれないという期待感を抱く。しかしながら、《真心》が「春のめぐりのテーマ」をそのまま演奏したものではないように、かぐや姫の期待も所詮は錯覚に過ぎなかったのである(ファゴットなどの低音が石作皇子の腹黒さや下心を象徴している)。

「運命のテーマ」
《旅立ち》《宴》《絶望》《里への想い》《運命》
この「運命のテーマ」は、使用楽器の違いによってふたつのグループに分類することが出来る。ひとつはリュート、チェレスタ、ハープなどによってメロディが演奏される《旅立ち》《宴》《運命》のグループ。このグループは、「鳥 虫 けもの」のように生きたいかぐや姫の願望とは裏腹に、彼女を”高貴の姫君”に育て上げていく翁の上昇志向に逆らえず、翁が決めた生き方、すなわち”運命”をやむなく受け入れる彼女の胸中を象徴している(その意味では「翁のテーマ」とみなすことも可能である)。もうひとつは、ピアノを用いた《絶望》《里への想い》のグループ。こちらのグループは、いずれもかぐや姫が激情に駆られるシーンで流れてくるが、久石の音楽はその激情と一体化することなく、ミニマル的なアルペッジョの繰り返しを強調することで、あくまでも運命に翻弄されるかぐや姫を客観的に捉えている。クラシック音楽にある程度親しんだリスナーならば、《里への想い》でピアノが演奏する3連符の繰り返し、つまりミニマル的なアルペッジョの繰り返しから、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番《月光》第1楽章を連想するかもしれないが、そうした連想は物語を深く理解する上でむしろプラスに働くかもしれない。というのも、月光のように輝くかぐや姫は、まさに月に帰らなければならない”運命”を背負った存在だからである(《月光》のニックネームはベートーヴェン自身の命名ではなく、第1楽章を「ルツェルン湖の月光のさざなみ」と評した詩人レルシュタープに由来する)。いずれにせよ、どちらのグループの「運命のテーマ」も、ミニマル風のアルペッジョの繰り返しが、抗うことの出来ないかぐや姫の”運命”を象徴している。

「月の不思議のテーマ」
《光り》《衣》《月の不思議》《月の都》
むしろ「月のモティーフ」と呼ぶべき短いテーマ。古来より”赫映姫”とも”輝夜姫”とも表記されてきたかぐや姫の光り輝く姿、および月の輝きをメタリックかつ冷たい音色で表現している。4曲とも短い和音か、その分散形として演奏されており、旋律的な要素を全く持たない(《月の都》ではハープとチェレスタなどが和音を仄めかしている)。つまり、月には謳歌すべき”生きる喜び”が全く存在しないことを示唆している。

以上述べた主要テーマとそれに属する楽曲以外に、久石は雅楽や祭囃をパロディ化した《高貴なお方の狂騒曲(ラプソディ)》(実質的には5人の公達のテーマ)、かぐや姫が御簾越しに演奏する《美しき琴の調べ》、それに《天人の音楽 I,II》を状況内の音楽として作曲しているが、本作公開当時、観客に大きな衝撃を与えたのは、かぐや姫を迎えに来た天人の楽隊が奏でる《天人の音楽》である。

このシーンのために高畑監督が参考にした阿弥陀来迎図には、篳篥、横笛、琵琶などの邦楽器、あるいは方響(大まかに言うと編鐘の小型版)のような中国楽器などが描かれており(来迎図が描かれた時代によって楽器編成は若干異なる)、そのいくつかは楽隊の演奏シーンでも見ることが出来る。もし、作画通りにこれらの楽器を鳴らす形で《天人の音楽》を作曲したら、おそらくは日本の伝統的な雅楽(宮廷音楽)に非常に近いものになるだろう。だが、それだと本作は物語的に破綻をきたしてしまう。雅楽は──《高貴なお方の狂騒曲》が端的に示しているように──かぐや姫に想いを寄せる側の音楽、すなわち御門の音楽だからである。天人たちが、そういう音楽を奏でるわけがない。《天人の音楽》の久石の作曲が真にユニークなのは、阿弥陀来迎図に描かれた楽器の音色をある程度尊重しながら別の楽器に置き換える(例えば琴をケルティックハープ、琵琶をチャランゴやギターなど)ことで雅楽の文脈を離れ、アジア、アフリカ、あるいは南米の民俗音楽にも通じるエスニックな音楽──語弊はあるかもしれないが、”土俗的な音楽”と言ってもいい──を書き上げた点にある。別の言い方をすれば、我々が聖歌のような音楽から連想する”天の聖”と、世界各地の民俗音楽から連想する”地の俗”という常識が、この《天人の音楽》には全く通用しない。時代的・地域的制約を逃れ、我々の常識を撥ね除け、人間の感情など一切関係なく、つまり「心ざわめくこともなく、この地の穢れもぬぐい去り」ながら、能天気にリズムを鳴らし続ける音楽。ある意味で煩悩から解き放たれた音楽、もっと言ってしまえば”あの世の音楽”なのである。

本来ならば、そういう音楽を我々は耳にすることが出来ないし、想像することも出来ない。耳にしている時は、おそらくかぐや姫と同じようにこの地を後にしているはずだから。哲学者ウィトゲンシュタインの有名な言葉をもじれば、「我々が語り得ぬ音楽に関しては、我々は沈黙しなければならない」のである。だが、高畑監督と久石はそういう音楽を敢えて映画の中で表現するという無理難題に挑み、生に満ち溢れたエスニックな《天人の音楽》をこのシーンで反語的に鳴らし、しかも先に述べてきた主要テーマを周到に本編の中に配置することで、作曲家にとって最も困難かつチャレンジングなテーマである”生と死”を見事に表現してみせた。これこそが『かぐや姫の物語』の音楽設計と久石の作曲が到達した、精神性の高さに他ならない。

本作公開後、久石は2013年12月に単独で《飛翔》を、翌2014年8月に交響幻想曲『かぐや姫の物語』(物語順とやや異なり《はじまり》《月の不思議》《生きる喜び》《春のめぐり》《絶望》《飛翔》《天人の音楽》《別離》《月》の順に構成)を、それぞれ高畑監督を客席に迎えて世界初演した。演奏後、久石の楽屋を訪れた高畑監督の満面の笑みが、筆者は未だに忘れられない。ずば抜けた音楽的教養を持つことでも知られた高畑監督のこと、きっと極楽浄土でも、あの時と同じ笑顔を浮かべながら《天人の音楽》を奏でているはずである。

エンドロールで流れる二階堂和美《いのちの記憶》は、2011年にリリースされた二階堂のアルバム『にじみ』に感銘を受けた高畑監督が、本編完成の1年以上前に彼女を抜擢し、作曲を依頼した主題歌。その制作過程については、本編公開に合わせてリリースされた二階堂のアルバウ『ジブリと私とかぐや姫』に高畑監督と二階堂の往復書簡が封入されているので、そちらを参照されたい(文中敬称略)。

2020年11月23日、『かぐや姫の物語』公開から7年目の日に
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

かぐや姫の物語/サウンドトラック

品番:TJJA-10034
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット
SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面はキャラクターのレーザーエッチング加工)
(CD発売日2013.11.20)
音楽:久石譲 全37曲

高畑勲がプロデューサーとして参加した『風の谷のナウシカ』以来30年の時を経て映画監督・高畑勲と作曲家・久石譲がタッグを組む、最初で最後の作品となった『かぐや姫の物語』のサウンドトラック盤。二階堂和美の歌う主題歌も収録。

 

Blog. 「風立ちぬ サウンドトラック」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/05/24

2021年4月24日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」の3作品に、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

ゼロ戦開発に従事した実在の設計者・堀越二郎の半生と、小説「風立ちぬ」の作者・堀辰雄の世界観を融合させ、美しい飛行機を造りたいと夢見る主人公・二郎の夢と狂気、そして肺結核に冒された妻・菜穂子との夫婦愛を描いた、宮崎監督と久石譲の記念すべき長編コラボレーション第10作『風立ちぬ』は、それまで2人が作り上げた9本の長編映画とはいくつかの点で異なる特徴を備えている。まず、3管編成と混声4部合唱という巨大なカンヴァスを用いた前作『崖の上のポニョ』から一転し、4型の1管編成という大変慎ましいオーケストラとピアノ、ギター、それにロシアの民俗楽器によってスコアが演奏されていること。そのスコアの大半は、劇中に登場する4人の主要登場人物(二郎、菜穂子、カプローニ、カストルプ)を表現した、4つのテーマに基づいて構成されていること。そして、いくつかの例外を除き、シーンの状況を説明するような音楽をほとんど含んでいないこと。要約すれば、物語的に必要な音楽を最小限に配置した、簡明にして凝縮されたスコアと呼ぶことが出来るだろう。このような異例とも言える音楽設計は、言うまでもなく、宮崎監督の演出意図を踏まえた上で生み出されたものである。

まず、音楽を含めた本作の音響設計について、宮崎監督が2013年9月の引退会見(のちに引退は撤回)で詳細に語っているので、少し長くなるが、該当箇所を引用する。

”自分の記憶の中によみがえってくるのは、特に「風立ちぬ」をやっている間じゅうよみがえってきたのは、モノクロ時代の日本の映画です。いろいろな昭和30年以前の作品ですよね。そこで暗い電気の下で生きるのに大変な思いをしている若者やいろいろな男女が出てくるような映画ばかり見ていたので、そういう記憶がよみがえるんです。(中略)そういう意味で、非常にこの「風立ちぬ」の映画はドルビーサウンドだけど、ドルビーではないモノ(=モノーラル)にしてしまう。周り(=サラウンドスピーカー)から音は出さない。それからガヤ、ガヤというのはがやがやとかざわざわとかというやつですけれども、そういうのを20人も30人も集めてやるのではなくて、音響監督は『2人で済んだ』と言っています。つまり、昔の映画はそこで喋っているところにしかマイクが向けられませんから、周りでどんなにいろんな人間が口を動かして喋っていても、それは映像には出てこなかったんですよ。そのほうが世界は正しいんですよね。僕はそう思うのです。それを、24チャンネルになったら『あっちにも声を付けろ』『こっちにも声を付けろ』、それを全体にばら撒くという結果、情報量は増えているけれども、表現のポイントはものすごくぼんやりしたものになっているのだと思います。それで思い切って──これは美術館の短編作品をいくつかやっていくうちに、いろいろ試みていたら、これでいけるんじゃないかと私は思ったんですけども──プロデューサーがまったくためらわずに『それでいこう』と言ってくれたのが本当に嬉しかったですね。それから、音響監督もまさに同じ問題意識を共有できていて、それができた。こういうことって、めったに起こらないと僕は思います。それで、これもうれしいことでしたが、色々なそれぞれのポジションの責任者たち(中略)、音楽の久石さんも、何かとてもいい円満な気持ちで終えたんです。こういうことは初めてでした。” (宮崎駿×鈴木敏夫×星野康二「宮崎駿監督 引退記者会見」スタジオジブリ『熱風』2013年10月号 (引用にあたり、若干の補足を加えた))

日本の映画製作現場において、音楽収録に磁気テープが導入されたのは1954年(昭和29年)の『七人の侍』と『ゴジラ』が最初であり、それ以前に製作された日本映画のサウンドトラックはすべて光学録音のモノーラル、当然のことながら音楽も非常に小さい編成で演奏されていた。本作の音楽もそれで充分だというのが、宮崎監督の言う「問題提起」なのである。

本作の物語は、1923年(大正12年)の関東大震災が発生する7年程前から、二郎が九試単座戦闘機のテスト飛行に成功する1935年頃までの、おおよそ20年間を舞台に展開している(ラストの夢のシーンのみ戦後を示唆)。映画史においては、十数名の楽士たちが映画館で伴奏していたサイレント映画の全盛期から、1931年の『マダムと女房』で日本初のトーキー映画が登場した時期とおおよそ重なるが、本作においても、久石がそうした時代背景を考慮しながらスコアを作曲しているのが大変に興味深い(後述するように、サイレント映画の伴奏音楽風に書かれた楽曲すら存在する)。宮崎作品としては珍しく、ピリオド・アプローチ(オーセンティック・アプローチ)で書かれた映画音楽と言ってもいいだろう。

本作のスコアを考える上でもうひとつ重要なのは、飛行機のエンジン音などの効果音を人間の声で収録するという宮崎監督のアイディアを踏まえながら、久石がスコアを書いているという点である。

これに関しては、宮崎監督と本作のプロデューサー・鈴木敏夫、それに高畑勲監督による鼎談の中でも触れられているので、それを引用する。

”鈴木 興味深かったのは音楽を担当した久石譲さんの指摘でした。効果音は音楽の邪魔にならないけど、人間の声でやると音楽とぶつかる、というんです。つまり、声で入れた効果音って一種の音楽でもあるんですね。
宮崎 あれは鋭い指摘でしたね。だから音楽とぶつからないよう、タイミングをずらしたり、音量を調整したり。” (高畑勲『映画を作りながら考えたこと』文春ジブリ文庫 初出は宮崎駿/高畑勲/鈴木敏夫「スタジオジブリ30年目の初鼎談」文藝春秋 2014年2月号)

具体的にわかりやすい例を、本盤収録曲の中から挙げてみる。

本編オープニング、少年時代の二郎が夢を見るシーンの《旅路(夢中飛行)》は、大まかにA-B-A-ブリッジ-B-A-コーダという形式で構成されている。Aのセクションはト長調のメロディ、Bのセクションはト短調のメロディをそれぞれ持ち、ブリッジとコーダの部分は基本的にトレモロの和音で構成されている。本編をご覧になってみると、(人間の声が奏でる)飛行機のエンジン音の音量が大きいカットに、トレモロの2つのセクションを当てていることに気づくだろう(つまり、メロディとエンジン音がかぶらないようになっている)。これが宮崎監督の言う「音楽とぶつからないよう、タイミングをずらしたり、音量を調整したり」している例のひとつだ。つまり久石は、効果音まで音楽のパートとみなした上でスコアを作曲しているのである。無論、そうした手法は作曲家にとっては大変な負担を強いられることになるが、映画のサウンドトラック全体をひとつの音響芸術と考えれば、これほど理想的なことはない。逆に言えば、そこまでこだわり抜いた映画音楽と音響の稀有な成果が、この『風立ちぬ』という作品に結実していると言ってよいだろう。

先に述べた通り、久石のスコアは4人の主要登場人物をそれぞれ表すテーマに基づいて構成されている。まずは、本作のメインテーマでもある「旅路」こと二郎のテーマ。愛のテーマの役割も果たし、多くの場合、久石の叙情的なピアノで演奏される「菜穂子」のテーマ。勇壮な行進曲として書かれた「カプローニ」のテーマ。そして、独特の暗さと苦々しさを持つ「カストルプ」のテーマ。本盤収録曲では、いずれもテーマ名が曲名に付されているので、リスナーはどの楽曲がどのテーマを基にしているか、容易に理解することが出来るはずである。

これらのテーマに該当しない(もしくはごくわずかしかテーマが用いられていない)楽曲として特筆すべきは、軽井沢のホテルで二郎と菜穂子が親密さの度合いを高めていくシーンの《紙飛行機》である。このシーンにおいては、音楽が流れる約2分半ものあいだ、菜穂子の「しっかり!」と「ナイスキャッチ!」、それにカストルプの「Oh…」というセリフ以外に言葉が発せられない。つまり、シーン全体が一種の黙劇(パントマイム)として演出されている。そのような演出意図を踏まえた上で久石が書いた《紙飛行機》は、まさにサイレント映画の伴奏音楽のような節度を保ちながら、紙飛行機の優雅な飛行と、それに重なり合うような二郎と菜穂子の心の高まりを見事に表現していて素晴らしい。このシーンにおける映像の動きと音楽の完璧な一致は、もはや”バレエ”の領域に達していると言ってもいいだろう。実際にサイレント映画のための伴奏音楽を書いたこともある久石の力量が遺憾なく発揮された映画美術の結晶を、この《紙飛行機》のシーンで存分に堪能することが出来るはずである。

久石らしい作家性が現れた楽曲としては、いずれもミニマル的な手法で書かれた《隼班》および《隼》を挙げることができる。特に《隼》は、18世紀イタリア音楽を思わせる擬バロック風なオーケストレーションが爽やかな風とテスト飛行のスリルを表現していて素晴らしい。また、同様にミニマル的手法が用いられた《避難》(脱線した列車から二郎たちが避難するシーンのための音楽)は残念ながら本編未使用に終わったが、余震の地鳴りを表現したようなリズムの反復がドラマティックな緊張感を見事に伝える忘れがたい楽曲である。

また、映画音楽作曲家としての久石の丁寧な仕事ぶりが見られる好例として、尺数は短いながらも《風》を挙げておきたい。この楽曲が流れるシーンにおいて、クリスティーナ・ロセッティの原詩を西條八十が訳した「風」を主人公の二郎が朗読する。「風」は、草川信がこの訳詩に曲を付けた童謡が日本では知られているが、草川のメロディはどちらかというとベルカントの歌唱向けなので、本作の世界観にはそぐわない。そこで久石は、このシーンのためにギターと弦楽四重奏曲だけの慎ましい《風》を書いているのだが、よく聴いてみると、ギターのメロディは西條の訳詩を乗せて歌うことが出来るように書かれているのである! 本編の中で二郎がそのメロディを歌わないにも拘わらず、である。これぞ、プロフェッショナルの仕事と呼ぶべきだろう。

以上、久石のスコアを概観してきたが、本作の音楽を深く理解する上で指摘しておかなければならない、非常に重要なポイントがある。それは、メインテーマである「旅路」(及び「カストルプ」)がロシアの民俗楽器、すなわちバラライカとバヤン(ロシアのアコーディオン)で演奏されているという点だ。

2013年3月15日、久石はニッポン放送「サンデーズバリラジオ 久石譲のLIFE is MUSIC」最終回において、すでに出来上がっていた特報用の音楽(「旅路」のテーマのプロトタイプ)を紹介した。その時、相手役を務めさせていただいた筆者は「なぜバラライカを使ったのか?」と質問したところ、「ロシアの空気はね、青年が旅立っていく時にこの音色がいいなと」というのが久石の答えであった。実はこの時、映画公開前という事情もあってトークが大幅にカットされてしまったのだが、放送されなかったトークで久石はおおよそ次のように説明していた。「この作品の主人公がドイツに旅する時は、シベリア鉄道に乗っていったので、ロシアの楽器が相応しいかと。以前、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の音楽を手掛けた時にバラライカを使ったことがあるので、それが頭にあったんです」。

バラライカとバヤン(通常、この2つはセットで演奏される)の響きは、予備知識なく聴いたとしても、それだけで旅情と哀愁を感じさせる素晴らしい楽器である。物語の中で頻繁に旅をする二郎という主人公に相応しい。だが、それだけでなく、この楽器がロシアという土地と、物語の時代背景に結びつき、さらには『坂の上の雲』の原作者・司馬遼太郎と結びつくことで、筆者は「旅路」のテーマが言外の意味を持っているような妄想に囚われるのである。

宮崎監督が司馬遼太郎および堀田善衛と語り合った鼎談『時代の風音』(宮崎監督が「書生」として司会進行役を務めた)の中に、次のような箇所が出てくる。

”司馬 文学史的にいえば、昭和初年に中野重治さんたちが『驢馬』という同人雑誌をやってて、(中略)『驢馬』の同人はほぼ全員、左翼になった。
堀田 その同人の堀辰雄はね……。
司馬 堀辰雄さんは免れてるんですね。
堀田 そうなんです。だけど堀さんも、(中略)戦時中はやはり「堀田君、ヨーロッパ全部が社会主義になる日まで、俺、生きていたい」と言っていました。亡くなったのは戦後ですけど。” (堀田善衛/司馬遼太郎/宮崎駿『時代の風音』ユー・ピー・ユー、1992年)

本作において二郎を乗せたシベリア鉄道がロシアの大地を走り抜けるシーン、すなわち本盤収録の《ユンカース》が流れるシーンにおいて、久石は《ユンカース》冒頭部分に「旅路」のフレーズをほんのわずかだけ登場させている。そのフレーズが、あたかも革命歌「インターナショナル」のように聴こえてくるのは、筆者ひとりだけの錯覚だろうか? 物語の中で特高に目を付けられ、日本を去ることになる「カストルプ」の苦々しいテーマが、「旅路」と同じバラライカとバヤンで演奏されるのは、単なる偶然だろうか? 本作が実在の堀越二郎を基にした二郎の夢だけでなく、堀辰雄が抱いていた夢も反映しているのだとしたら、「旅路」と「カストルプ」のテーマ、その2つを演奏するバラライカとバヤンはどのような意味を持ってくるのだろうか? これらがすべて筆者ひとりの妄想に過ぎないとしても、『風立ちぬ』の久石のスコアは単なる映画音楽にとどまらない重層的な意味を備えた音楽であることは間違いない。

宮崎監督と久石がそれまで作り上げた9作とは異なり、本作では公開前にリリースされるイメージアルバムが製作されなかった。その代わり、久石は本編公開後に2つの演奏会用組曲を編曲・初演している。ひとつは、2013年12月に世界初演された〈バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」小組曲〉で、物語の時系列に沿って本編に使用された主要曲をまとめたもの。もうひとつは、2014年5月に世界初演された〈バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための「風立ちぬ」第2組曲〉で、こちらは物語の時系列に捉われない構成となっており、大幅に加筆した《避難》を組曲全体のクライマックスとすることで、演奏会用作品として聴き応えのある内容に仕上がっている(文中敬称略)。

2021年1月5日、宮崎駿監督の誕生日に
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

風立ちぬ/サウンドトラック

品番:TJJA-10033
価格:¥4,800+税
※2枚組
(CD発売日2004.1.21)
音楽:久石譲 全32曲

宮崎・久石コンビ11作品目の長編作品。本作はサントラ盤のみが制作された。オーケストラ演奏は読売日本交響楽団。バラライカやバヤン等の民族楽器の楽曲も印象的。荒井由実の主題歌「ひこうき雲」も収録。

 

Blog. 「崖の上のポニョ サウンドトラック」(LP・2021) 新ライナーノーツより

Posted on 2021/05/24

2021年4月24日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」「かぐや姫の物語」の3作品に、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

宮崎駿監督と久石譲のコラボレーション第9作目『崖の上のポニョ』は、それまで2人が築き上げてきた方法論の集大成的な作品と位置づけることが出来る。スコア全体の出発点となっているのは、『となりのトトロ』と同様、宮崎監督が希望した「誰もが口ずさめる歌」であり、宮崎監督との音楽打ち合わせから生まれた楽曲(ヴォーカル曲6曲とインストゥルメンタル4曲)が、まずは『崖の上のポニョ イメージアルバム』として録音された。その後、改めて本盤に収録されているサウンドトラックの作曲と録音が行われている。

ヴォーカル・パート以外に3管編成のオーケストラと混声4部合唱を要する巨大な編成で演奏された『崖の上のポニョ』の音楽は、疑いもなく日本映画音楽史上最大規模を誇るスコアのひとつであり、実際、本作の組曲が2008年8月開催のコンサート『久石譲 in 武道館』で世界初演された時は、マーラーの《千人の交響曲》世界初演時の編成を凌ぐ1160余名の大編成で演奏された。また、藤岡藤巻と大橋のぞみが歌ったエンディング主題歌は、2008年7月21日付オリコンデイリーシングルランキング第1位、同年8月4日付から4週連続でオリコン週間シングルランキング第3位を記録し、藤岡藤巻と大橋がNHK紅白歌合戦出場を果たすなど、『崖の上のポニョ』の音楽はひとつの社会現象となった。

さらに、映画公開時に久石が受けた取材のコメント、すなわち「(『崖の上のポニョ』は)死後の世界、輪廻、魂の不滅など哲学的なテーマを投げかけている。でも、子供の目からは、冒険物語の一部として、自然に受け入れられる。この二重構造をどう音楽で表現するかそこからが大変でした」(2008年7月30日付読売新聞インタビュー)は、現在ではこの作品を評する上で必ずと言っていいほど引用される、最も重要な発言のひとつとして知られている。

このように『崖の上のポニョ』は音楽的、社会的、文化的にも大きなインパクトを与えた作品として記憶されているが、なぜ、本作の音楽がこれほどの成功を収めたのか、さらには久石が実際に「二重構造をどう音楽で表現」したのか、それを解き明かした論考は、現在に至るまでひとつも存在しないと言っても過言ではない。本解説は、公開当時から現在に至るまで必ずしも充分に探査されているとは言えない深海、すなわち『崖の上のポニョ』のスコアという深海に潜水を試みた、ささやかな記録である。

まず強調しておきたいのは、有名な主題歌を書き下ろす最初の段階から、久石がきわめて論理的な作曲アプローチを貫いていたという点である。これに関しては、久石自身が本作の作曲着手から約1年が経過した2007年夏に執筆したエッセイが存在するので、それを引用する。

”宮崎さんとの最初の打ち合わせは昨年の秋(=2006年秋)だった。「子供から大人まで誰もが口ずさめるような歌を作ってほしい」という依頼だった。そのとき最初に浮かんだのは、「となりのトトロ」の「さんぽ」を作曲したときのことだった。声を張り上げて元気に歌える曲を、という依頼だったと思うが(20年前のことなので不確かだが)今回も同じ世界観なのだろうか? と考えた。「さんぽ」は幸運なことに最初の打ち合わせのときに、「あるこう あるこう わたしは げんき」のメロディが浮かんだ。密かに絵コンテの裏に5線を引いて書きつけた覚えがある。絵本『ぐりとぐら』で知られる児童文学作家の中川李枝子さんが書いた詞、その言葉の持つ力強さが自然にメロディを喚起したのだと思う。(中略)ところが、「となりのトトロ」から20年経った今、新しいアプローチでこの作品に挑もうと思った矢先、本当に幸運なことに今回もメロディが浮かんできたのである。それも宮崎さんと鈴木(敏夫プロデューサー)さんの目の前で。「ポニョ」という言葉は新鮮で独特のリズムがある。”ポ”は破裂音で発音時にアクセントが自然につくし”ニョ”へはイントネーションが下降しているので、メロディラインも上昇形ではなく下がっていくほうが自然だ。基本的にボクは言葉のリズムやイントネーションには逆らわない方法をとる。(中略)「ポニョ、ポニョ、……」と何度か呟いているうちに自然にメロディの輪郭が浮かんできた。もちろんこの2音節だけではサビのインパクトには欠けるので何度か繰り返す方法をとった。(中略)和音の進行もシンプルなものを使用することにした。(中略)後はリズムなのだが、それは先ほど書いたように言葉のイントネーションを採用する。” (久石譲「今、誰もが”口ずさめる歌”をつくるということ」 スタジオジブリ『熱風』2007年8月号)

このような論理的なアプローチに裏打ちされていたからこそ、主題歌のメロディを「誰もが口ずさむ」ことが可能となり、その結果、あれだけの大ヒットに繋がったという点を見逃してはならないだろう。

歌に関してはもう1曲、より声楽曲的なアプローチで書かれたオープニング主題歌《海のおかあさん》が、本作の世界観を構築する上できわめて重要な役割を果たしている。その作曲については、久石が本作の初号試写を鑑賞した直後、筆者との取材に応じた記録があるので、以下にご紹介する。

”日本で”海”の歌というと、「♪うみはひろいな 大きいな」の童謡くらいしか頭にパッと思い浮かびませんよね。宮崎監督との最初の打ち合わせの段階で、監督が「なにかもうちょっと、文部省唱歌じゃない”海”の歌が日本にもあってもいいですよね」という話をされていたので、「では、何かそういうものをひとつ作りましょうか」と。覚和歌子さんの詩をもとにしたイメージ・ポエムを宮崎監督から頂いた時に、”海”の詩に近いものがあったので、それを用いて作曲したのが《海のおかあさん》なんです。でも、これを普通のポップス歌手に歌わせても、あまり面白くない。そこで「今回は、ちょっとクラシックのテイストもアリですよね」と宮崎監督にお断りしてから、ソプラノ歌手の林正子さんに歌っていただいたら、すごく良かったんです。もともとはイメージアルバムに収録する予定だったのですが、曲を聴いていただいた鈴木(敏夫)プロデューサーの独特の嗅覚で、「映画でこの曲が出ると、凄いぞ」と。そこで、ソプラノの歌をオープニング主題歌で使うことが決まり、イメージアルバムでは敢えてヴァイオリンのインストゥルメンタル版を収録したんです。「こんなことは今まで誰もやっていないぞ」という意外性を演出するために、ソプラノのことは公開ギリギリまで伏せていた感じですね。” (2008年6月25日の筆者との取材)

これら2つの歌、すなわち《崖の上のポニョ》(ポニョのテーマ)と、《海のおかあさん》(グランマンマーレのテーマ)を主軸としながら、本作のスコアはオーケストラというパレットから豊かな色彩を存分に引き出した、正統的なクラシックの音楽語法で作曲されている。これに関しても、久石は非常に論理的なアプローチを貫いているので、再び久石との取材記録を引用する。

”簡単に言うと、この作品の内容はピュアなラブストーリーです。人間がある程度年齢を積み重ねながら、いろいろな経験をしていくと、「本当はこうだけど……」とか、いろんな思いが錯綜していきます。ところが、5歳ぐらいの子供というのはそういうものが全くない。「好きは好き」と、ポーンと気持ちを出すわけです。その潔い感じが、今回、宮崎監督がどうしても描きたかった部分のひとつだと思うんですね。では、そういう場合に音楽はどうするか? 音楽って、人間の気持ちが揺れ動いているときに一番入りやすいんです。例えば「好き」といったら、どういう感じで好きなのか、その感情のヒダを出すために音楽が効果を発揮します。だけど、この作品の主人公たちは果汁100%のジュースみたいなものだから、気持ちが揺れていない。つまり、葛藤というものがないんです。これほどストレートな”直球”だと(音楽でヒダを表現しようとしても)あんまり意味がないんですよ。もうひとつ、この映画で圧倒的に凄いのは、どのシーンを見てもムダなカットがひとつもない。つまり、本当に必要な長さだけを、必要な配分できっちり徹底的に切り詰めて作っている作品なんです。こういう場合は、音楽を相当激しく書いて、映像とぶつかっていっても大丈夫です。つまり、抑えて抑えてという書き方よりは、作曲家としてある程度やりたいことを全部出して映像にぶつけていかないと、かえって音楽が足を引っ張る恐れがある。そこで、音楽を書くための方法論としては、純正なクラシックのスタイル、つまりエスニックや(シンセサイザーのような)飛び道具を使わず、クラシックの王道という”直球”だけで極力行けるところまで行くことにしました。宮崎監督は、どちらかというとフランス印象派的な音楽の扱い方はあまりお好きではないので、こちらもずっと避けてきた部分でもあるのですが、今回は”海”を舞台にしたファンタジーですし、これだけイマジネーション豊かな世界が展開しますからね。今日、初号試写を見たら、単音でメロディを鳴らしているところから、オーケストラがすごく分厚いところまで、非常にヴァリエーションが豊かなので、その起伏の大きさがこの作品ではうまくいったと実感しています。” (2008年6月25日の筆者との取材)

以上のような方法論で作曲されたスコアは、あたかもそれ自体が”海”であるかのようにドラマティックなうねりを生み出しながら、物語の中で重要な役割を果たすいくつかのテーマを海原の小舟のように運んでいく。「ポニョのテーマ」と「グランマンマーレのテーマ」に関してはすでに触れてきたので、それ以外のテーマと、対応する本盤収録曲を以下に列挙する(テーマ名は、筆者が暫定的に付けたもの。「」はテーマ名、《》は本盤収録曲を示す)。

「宗介のテーマ」
「ポニョのテーマ」と共に、本作の物語を担っていくテーマ。《ポニョと宗介》の中で「ポニョのテーマ」の対旋律として初めて登場した後、《からっぽのバケツ》《ポニョと宗介 II》《ディプノリンクスの海へ》《宗介の航海》《宗介のなみだ》《いもうと達の活躍》で登場し、シーンの状況に応じてヒロイックに鳴り響いたり、あるいは(《ポニョと宗介 II》に聴かれるように)旋律の一部が断片的に展開されたりする。特に最後の《いもうと達の活躍》の前半部においては、「宗介のテーマ」に基づく勇壮なファンファーレとコーラスがバレエ音楽のクライマックスのように活躍し、本作が宗介の壮大な冒険物語として閉じる結末を予告している。

「リサのテーマ」
イメージアルバムおよび本盤で《発光信号》として演奏されているテーマで、《リサの家》や《リサの決意》でも登場する。物語終盤に混声4部合唱で歌われる《母の愛》が端的に示しているように、母親としてのリサの愛情を表現した美しいテーマである。

「フジモトのテーマ」
イメージアルバムでは藤岡藤巻が歌っていた《フジモトのテーマ》。本編では《浦の海》で最初に登場する。さらに《フジモト》では、木管楽器のソロをユーモラスに用い、どこか間の抜けた楽曲として演奏される。

「いもうと達のテーマ」
イメージアルバムで女性コーラス・グループのリトルキャロルが歌っていた《いもうと達》のオーケストラ・ヴァージョン。お姉ちゃん、すなわちポニョに対する愛情をストレートに表現したテーマ。

「ポニョの子守唄」
イメージアルバムでは大橋のぞみが歌っていた《ポニョの子守唄》を、オルゴールを思わせるチェレスタなどで演奏したもの。

「海のテーマ」
イメージアルバムで《サンゴ塔》として演奏されていたテーマ。本編冒頭の《深海牧場》、グランマンマーレが初めて姿を現すシーンの《グランマンマーレ》、《母と海の讃歌》のコーダ部分、そして《いもうと達の活躍》の後半部に聴くことが出来る。大海原と深海の神秘を表現したテーマであると同時に、グランマンマーレを表現したもうひとつのテーマでもある。

「船団マーチ」
海軍マーチと大漁節の2つの性格を併せ持つ。歌詞こそ付いていないが、人間(主として海洋で働く男性たち)が海を崇め奉る勇壮な歌、という側面を持っている。

「ひまわりの家のテーマ」
イメージアルバムでは麻衣が歌うヴォーカル曲《ひまわりの家の輪舞曲》として収録されていたテーマ。本編においては、木管セクションのニュアンス豊かな表現が印象的な《嵐のひまわりの家》と、麻衣がヴォカリーズで歌った《水中の町》の形で登場する。メイキングビデオ『ポニョはこうして生まれた。~宮崎駿の思考過程~』をご覧になったリスナーならば、宮崎監督が《ひまわりの家の輪舞曲》を何度も聴き返しながら、「♪おむかえは まだ来ないから その間に 一寸だけ歩かせて」という歌詞(作詞は宮崎監督)に涙ぐむ場面をご記憶だろう。このように、《ひまわりの家の輪舞曲》には明らかに死を意識した心境が反映されている。ただし、本編で流れる《水中の町》においては歌詞を敢えて削除し、あたかもセイレーン──ギリシャ神話に登場する、甘美な歌声で船乗りたちを死へ誘う半人半鳥の怪物──が歌いかけるようなヴォカリーズにすることで、水没したひまわりの家が生の世界に属しているのか死後の世界に属しているのかわからないような、幻想的な表現を獲得している。

「生のものと火を通したもののテーマ」
本稿執筆時点でも適当なテーマ名が思い浮かばないので、人類学者レヴィ=ストロースの神話分析の名著『生のものと火を通したもの(Le Cru et le Cuit)』をもじってテーマ名を暫定的に付けた。久石の言う「二重構造」の秘密を解く鍵とも言える、非常に多義的な性格を備えたテーマである。

このテーマが最初に登場するのは《リサの家》の後半、すなわちテーブルの上に足を乗せたポニョが、人間とは思えないほど──この時点ではまだ人間になっていないから当然なのだが──自由に足の指を動かす場面である。同じトラックの最後、再びこのテーマが登場すると、ポニョはあたたかいハチミツミルクを──人間の宗介を真似しながら──飲み干す。つまりポニョは、食(正確には火を通した飲み物)を通じて初めて人間の文化を学んでいくのである。

さらにこのテーマがファゴットで導入される《船団マーチ》前半の場面では、赤ちゃんにスープを飲ませようとしたポニョが、そのままでは赤ちゃんが飲めないこと、つまりスープを飲んだお母さんのおっぱいとして赤ちゃんが栄養を摂取できると知る。つまりこのテーマは、ポニョが人間の文化や生態に触れることで、人間というものを体得していく過程を表現していると考えることが出来る。

たいへん驚くべきことに、このテーマは短3度の上行音程を繰り返す形で構成されている。なぜ驚くべきかと言えば、それは他ならぬ「ポニョのテーマ」の出だし──「♪ポーニョ ポニョポニョ」の最初の「ポーニョ」──が短3度の下行音程で書かれているからだ。それにならってこのテーマを記せば、「♪ニョーポー ニョーポー ニョポニョポー」ということになる。このことから、このテーマは、人間ならざるもの(=さかなの子)が人間になろうとしている過程を象徴したテーマと解釈することが可能だろう。

さらに興味深いことに、このテーマは《新しい家族》の後半部分、すなわち夫・耕一の身を案じるリサが庭先にアマチュア無線用のアンテナを立てるシーンでも流れてくる。「リサ みんな沈没しちゃったのかな」という宗介のセリフが示唆しているように、この時点では耕一が生の世界に属しているか死の世界に属しているのかわからない。つまり、生(=人間である)と死(=もはや人間ではない)の曖昧な境界の中で、耕一に再び生の世界への帰還を強く願う家族の絆、すなわち家族愛をも象徴していると言える(その意味では、家族のテーマと解釈することも可能である)。そうした家族愛を知ることも、人間になるための重要なステップのひとつなのである。

以上分析してきたように、本作のスコアは”歌”を出発点としながら、正統的なクラシックのスタイルと、キャラクターや事象や哲学的問題を象徴するテーマを用い、冒険物語と生命の神話の二重構造を表現した音楽と考えることが出来る。これに近い音楽表現が他に存在するとすれば、それは間違いなく、伝説や神話を題材にした交響詩や楽劇だろう。それほどまでに、壮大なスケールを持つスコアを、映画音楽という枠組みの中で実現してしまったところに、久石の並々ならぬ意欲と作曲家としての矜持が感じられるのである。

最後に、本作の製作中に宮崎監督が愛聴し、物語の中にも影響が現れているワーグナーの楽劇《ワルキューレ》について。

”実は、ポニョが津波に乗ってやってくるシーンのために書いた曲も出来上がっていたのですが、《ワルキューレ》で思い切り行きたいという宮崎監督の意向を尊重し、《ポニョの飛行》という曲を新たに書きました。もちろん、ワーグナーをそのままコピーする気はありませんし、あくまでも僕のオリジナルとして書いているのですが、このシーンに関しては、《ワルキューレ》のような世界観でガーンと行くような音楽を書かなければいけないと。” (2008年6月25日の筆者との取材)

本作が公開された2008年の時点で、ある作曲家が既存のクラシック作品を素材に用いながら、その作曲家のオリジナリティを発揮していくリコンポーズ(再作曲)という概念は、一般にはほとんど知られていなかった。それから10年以上が経過した現在の時点から聴き直せば、《ポニョの飛行》が他ならぬ《ワルキューレ》のリコンポーズだということに気がつくはずだ。このように、既存のクラシック曲を宮崎作品の世界観に即した形で書き改めていく手法は、本作公開の2年後に宮崎監督が発表した短編『パン種とタマゴ姫』において、久石がヴィヴァルディの《ラ・フォリア》をリコンポーズしたスコアでさらなる実験が試みられることになる(文中敬称略)。

2020年12月6日、久石譲の誕生日に
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

崖の上のポニョ/サウンドトラック

品番:TJJA-10032
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット
(SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面はキャラクターのレーザーエッチング加工)
(CD発売日2008.7.16)
音楽:久石譲 全36曲

新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏に加え、本作では栗友会合唱団による大編成のコーラスが加わり、“海と生命”をダイナミックに表現している。林正子、藤岡藤巻と大橋のぞみの主題歌も収録。

 

Blog. 「久石譲コンサート 2021 in ザ・シンフォニーホール」コンサート・レポート

Posted on 2021/03/28

3月24日開催「久石譲コンサート 2021 in ザ・シンフォニーホール」です。当初予定からの延期公演(before 2020年12月23日)となったこと、新型コロナウィルスの影響も続いていること。こういった状況にもかかわらず、なんとほぼ満席ほぼ満員御礼といっていい大盛況公演でした。 “Blog. 「久石譲コンサート 2021 in ザ・シンフォニーホール」コンサート・レポート” の続きを読む

Blog. 「週刊読売 1999年12月19日号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/01/20

雑誌「週刊読売 1999年12月19日号」に掲載された久石譲インタビューです。「宮崎緑の斬り込みトーク」コーナーでの対談になっています。5ページにわたっていろいろな話題が飛び交っています。

 

 

宮崎緑の斬り込みトーク No.182

久石譲さん 作曲家

映画の次は日本語オペラ
ぼくは独自の作品を作りたい

「この曲聴いたことがある」「あの曲、いいよね」。そんな名曲をたくさん、たくさん作ってらっしゃるのが今回ゲストの久石さん。やさしさと、明るさと、希望にみちた曲の数々。それらの曲が、久石さんのお人柄をそのまま映しだしたものだということが、お会いしてみて初めてわかった。

 

宮崎:
幅広いジャンルでご活躍されてますけれど、最近はとくに映画音楽でのご活躍がめざましいですね。宮崎(駿)監督とか、北野(武)監督といった、非常にユニークな監督と一緒にお仕事をされるお気持ちというのは、どのようなものなのでしょう?

久石:
やはり、優れた監督と仕事をさせてもらっているぶん、ぼくひとりで自分の世界を作るより、彼らからインスパイアされたものがすごく大きいと思うんですね。だから、ある意味では共同作業のつもりでいます。

宮崎:
映画を生かすも殺すも音楽次第というところがありますでしょう。

久石:
いや、生かしていただいているという感じだと思いますよ(笑)。もちろん、作曲家なりの自負としては、自分ではこうアプローチするというのはありますけれど、映画に関しては監督のものですよ。監督の世界観からはまったく違うものをつくるわけにはいかないんですから。

宮崎:
でも、監督に言われるままではないのでしょう?

久石:
そうですね。やはり、監督が考えうる範疇の音楽を提出したんではつまらないんですよ。それは監督が考える範囲内でしかないからね。それにプラス必要なのは、それを超えた、「えっ、こういう方法もあったのか」みたいな…。

宮崎:
驚かすような着想をしないといけないのですか。

久石:
もっと大きな世界観というか、普通の人が想像するのとちょっと違うところまでもっていかないと、あのクラスの監督さんは満足しませんね。

宮崎:
戦っているのですね。

久石:
ある意味では戦ってます。

宮崎:
本当の意味でのコラボレーション、共同作業というのでしょうかしら。異質なものを溶け合わせてひとつの新しい生命体をつくるみたいな、そんな捉え方でいいのでしょうか。

久石:
そういうところはありますね。たとえば、悲しいシーンに悲しい音楽だとか、喜んでいるところに明るい音楽を、単純につけていったら何もそこから生まれてこないですから、そういう方法はとらないようにしてます。

宮崎:
とはいっても、悲しいシーンには、悲しい雰囲気を出さないといけないのでしょう?

久石:
でも、どんなときに悲しく感じるかというと、強がり言って口笛を吹いて立ち去っていくシーンのほうがよほど悲しく感じられるときってあるじゃないですか。悲しいといって本当に泣いてる姿を撮るのは、映像としておもしろくないですし、それに寄り添うような音楽を書いてたら、なおさらレベルの低い映画になってしまいますよね。

宮崎:
私、久石さんの作品のなかに、たくさん好きな曲があるんですが、なかでも──すごくミーハーですけれど──「もののけ姫」がすごく好きなんですね(笑)。

 

「もののけ姫」で内面的強さを

 

久石:
「もののけ姫」は作曲に3年ぐらいかかったんですが、自分の中ではとても大事な作品で、実際あれでだいぶ吹っ切れたところがあるんですね。

宮崎:
吹っ切れたといいますと?

久石:
作曲家としてもうひとつ大きな表現というか、強い表現ができるようになったと思うんです。それまではまだ、音楽の大事な要素として、どこかきれいな部分というのが自分の中にあったんですよ。たとえば、メロディーは美しいほうがいいだろうとかね。もちろん、そうではない音楽があることもわかってるつもりなんだけれど、実際、久石譲が音楽をやるときには、なぜかメロディーラインはきれいであって、それで大勢の人に聴いてもらいたいという思いがすごく強かったんですよ。

宮崎:
わりと万人というか、不特定多数が受け入れてくれるような音楽を作る傾向にあったと。

久石:
それがあったんですけれども、「もののけ姫」の時は、そういう表面的なメロディーというよりも、内面的な強さをすごく心掛けて作ったんですね。つまり、作曲家からしてみると、たとえば戦闘シーンがるとするじゃないですか。そうすると、ジョン・ウィリアムズばりの、オーケストラをフルに鳴らした、「どうだ、こんなすごいスコア、見たことないだろう」というのを作りたがるものなんですよ。

宮崎:
作曲家なら「スター・ウォーズ」ばりの、ガンガン響いてくるような音楽をつけたいものなのですか。

久石:
ええ。「どうだ」というのを書きたくなるんですよ。なぜなら、自分の培った技術、音楽性が全部出せそうに感じられるから。だけど、「もののけ姫」に関していうと、そういう雄壮なシーンも極力、弦だけで、レクイエムのように後ろに流すとか、戦闘している人間たちの高揚感というのも、そのままストレートに表現するよりも、そこに至らざるをえなかった悲しさのほうに表現を切り替えるとか、そういうことをすごく考えた作品だったんです。

宮崎:
あぁ、なんとなくわかります。

久石:
音楽的表現というよりも、音楽で何を表すかというか、内面的な面をすごく気をつけるようになった作品で、そういう意味で、自分の中で吹っ切れた部分があったんですね。

宮崎:
削り取っていく作業も大切なのですね。私なんかすごく俗人だから、持ってる力が仮にあるとしたら、全部見せたくなるっていうようなところがありますけれど(笑)。

久石:
音楽家も同じですよ(笑)。

宮崎:
そもそも、どういうジャンルから音楽に世界に入られたのですか。

久石:
現代音楽ですね。まず、驚くものというか、音が鳴った瞬間って「えー」と思うような、未知のものに出会うような感動があるじゃないですか。それがぼくにとっては現代音楽だったんですよ。

それで大学に進んで、ミニマル・ミュージックという、同じパターンを繰り返す音楽に出会って、そっちのほうに進んだんですけれど、もともとは音楽でどういう可能性があるかということをずっと追求していきたかったんです。つまり、木でいうと幹なんですよ。幹を見て美しいって思う人はだれもいませんよね。

宮崎:
まず、いませんね。

久石:
枝があって、葉っぱだとかたわわになって、それではじめてみんな、「ああ、いい木だな」「いい森だな」とかいいますよね。だけど、自分がすごく興味があったのは幹の部分で、音楽にどういう可能性があるのか、たとえば、こんなやり方でも音楽は成立する、そんな音楽をずっとやりたかったんです。

宮崎:
幹でも、力を持って人を魅きつける幹を目指してらしたのですか。

 

聴かせるという気はなかった

 

久石:
いや、魅きつけなくてよかったんです(笑)。

宮崎:
自分だけで愛でていればいいと。

久石:
そうそう。こんな幹もあるぞという可能性を追求することができればよくて、人にうけようという気はまるでなかったんです。

宮崎:
聴かせるということは前提としてなかったのですか。

久石:
それはあんまり興味がなかったです。それよりも、それをやることで次の人たちがそこに枝をつけたり葉っぱをつけていく、そういうパイオニア的な音楽のアプローチにすごく興味があったんです。

だから、現代音楽をやっていた後半では、不確定多数のミュージシャンによる不確定多数音楽という、訳のわからない命題に取り組んでました。

宮崎:
……?

久石:
それはどんな音楽かというと、2人以上なら、たとえば100人でも200人でも演奏できるんです。時間の長さをあらかじめ決めておけば、5分でも1時間半でも演奏できる音楽なんです。

宮崎:
演奏する人によっては全然ちがうわけですよね、そこから出てくる音は。

久石:
そこをどこまで管理するかが重要なポイントなんですよ。自由にやってるようなんだけれど、結果的に出る音は、まったく自分が意図した音でなければ作曲ではないですから。20代はほとんどそういうことをやってました。

宮崎:
それは聴いていて、なかなか難しかったかもしれませんね。心を動かされた人がどれだけいたかというと…。

久石:
いや、だれもいませんでしたね、観客は(笑)。

宮崎:
それから、どういういきさつで方向転換されるのですか。

久石:
自分がやってきたミニマルというスタイルは、海外ではテクノポップ系にすごく影響を与えたんですね。同じパターンを繰り返しますからね。そういうなかで、イギリスなんかに、ブライアン・イーノだとかいろんなミュージシャンが出てきて、実際ぼくらが理屈と理論でがんじがらめになって窮屈でアップアップしていたときに、いともたやすく、そういうのをポップスというフィールドに取り入れてやってるんですよ。それを見たときに、羨ましいという気持ちがすごくあったんです。

宮崎:
久石さんでもがんじがらめで悩まれることがあるのですね。

久石:
それは今でも悩んでますから(笑)。やはり、理屈が先行した世界は、ものを殺しにくいんですよ。

宮崎:
それはすごい表現ですね。

久石:
つまり、現代音楽だと「ねばならない」「してはならない」という禁止事項が増えてくるわけですよ。ところが、人間のイマジネーションとか発想の出だしっていうのはすごく曖昧なわけじゃないですか。「わあ、鳥が飛んでる」という出だしから深めていって、結果それが理論的な武装にいたれば理想なんだけれども、現代音楽の世界だと、出だしにそういうことをつぶしていく作業になるんですよ。

宮崎:
枠をはめてしまうのですか。

 

創作とはイマジネーションだ

 

久石:
そうなんです。それで、とても窮屈になってしまうんですね。でも、創作というのは、基本的にはイマジネーションをどれだけ持っているかがすべてですよね。たとえばコップを見ると、ほとんどの人は「あっ、コップだ」と言いますよね。でも、「いや、花瓶じゃないか」と、同じものを見ても、もうひとつ違った認識ができる、そして思い込める強さみたいなものが創作の原動力になるわけですよ。

宮崎:
それは訓練して得られるものなのですか。それとも、もともと持っている素質なのですか。

久石:
ぼくが考えるには、だれでも持っていると思います。たぶん深層心理だったりとか、奥底にはみんな持ってる。ただ、それが性格だったり環境に左右され、自分で気づかないまんま一生送ってしまう人もいるでしょうね。

宮崎:
久石さんの場合、曲の構想とかメロディーはどういうときに浮かぶのですか。

久石:
場所とか環境よりも、やはり自分の中の問題のほうが大きいですね。仕事の打ち合わせをして、それから長い間自分の中で考えてる時間というのがあって、それが自分にとってはすごく大事なんですね。実際に作業に入ると、ぼくはすごく早いほうで、わっと作ってしまうんです。

宮崎:
書きはじめると、あっという間なのですか。

久石:
ええ。レコーディングもものすごく早いんです。だけど、そこまで行き着くまでの期間が長い。その間いろんなことを考えていて、ポーンと発想が浮かぶ瞬間というのは、ベッドの中だったり、シャワーを浴びているときだったり、ご飯を食べたりしているときとか、そういうときが多いですね。

宮崎:
それまで体の中で発酵させておくのですね。

久石:
おそらく音楽をつくるときでいちばん大事になる核みたいなものがあるんですね。その核みたいなものがひ弱だったときは、どういうふうにデコレーションしても、最終的な仕上がりはだめなんです。だから、この映画の何が核になるのか、それは音だったりイメージだったりするんですが、このへんに迷いが生じてるときはだめです。

宮崎:
それをご自分で納得できるところまで突き詰めるのですか。

久石:
しますね。「こういうイメージだ」とか「これはこうだ」というのが、見える瞬間があるんですよ。それで確信できたら、あとはそれを曲にする作業だけですから。

宮崎:
それは強制的には浮かばないでしょう。ご自分をそういう状態にもっていかれるのですか。

久石:
強制的には浮かばないので、自分を追い込むようにはしますけれどね。

宮崎:
はぁ、それは大変ですねぇ。

 

メインテーマで苦労しますね

 

久石:
往々にして、メインテーマで苦労するケースが多いですね。締め切りが迫っていたりして、やむをえずメインテーマをひ弱なまま作ったときなどは最後まで納得できませんね。

宮崎:
そういうこともあるのですか。

久石:
ありますよ。それはどうしたって全勝するわけにはいきませんから(笑)。

宮崎:
生身の人間が仕事でやってるわけですからね。そういうときはどうするのですか。

久石:
できるだけ早く忘れるように努力してます。

宮崎:
ハハハハハ。そうなんですか。でも、意外にそのほうが世の中でうけたりしません?

久石:
それもたまにあるんですよ(笑)。

宮崎:
これからの音楽人生、大きな目でみて、どういう方向に進んで行こうと思ってらっしゃいますか。

 

日本語のきれいさを伝えたい

 

久石:
まだやりたいりないことがいっぱいあるんですよ。いまだ日々発見していることもありますし、タイムスパンの長い短いにかかわらず、自分の中で解決していかなければいけない、音楽家としての問題は日々解決していかなければならない。

ただ、ぼくのなかで、どうしても日本語と西洋音楽のメロディーが頭の中で一致しないという思いがあるんですよ。その解決さえついたらとっくに、ミュージカルとかオペラをもっともっと書いていたはずなんだけれど、書いてないんですよ。

宮崎:
では、これからはそういった分野にも挑戦していきたいと。

久石:
ぼくはこうやって映画音楽をやってるわけだから、音楽の劇性に関してはそれなりの意見は持ってますし、できるはずなんです。つまり、クラシックの世界でも、モーツァルトにしろベートーヴェンにしろ、みんな歌劇を書いてますでしょ。たとえば、ラフマニノフがいまの時代に生きてたら、絶対映画音楽をやってますよ。映画音楽までやっている自分が、なぜオペラを書かないかというと、やはり日本語がね。日本の創作ミュージカルを見にいくと、ほんとにまいっちゃうんですよ。

宮崎:
それ、わからないでもないです(笑)。

久石:
もうさぶ~っていう感じで、いやなんですよ(笑)。

宮崎:
西洋音楽と日本語と一致させるというのはむずかしいでしょうね。

久石:
(節をつけて)「ちょっと、明日何食べる~」とか言われたら、ほんと帰りたくなりますよね。

宮崎:
ハハハハ。ほんとにねぇ。

久石:
ちょっとやめてくれよ、みたいな感じがしますよ。だから、その問題を解決することがすごく大事で、自分の中ではその答えがちょっと見えだしてるんです。ですから、来年ぐらいに何とか形にしようなかなとは思ってるんですよ。

宮崎:
そのときには、日本語を捨てて歌劇を作るのではなくて、あくまで日本文化にこだわるのですか。

久石:
捨ててはだめなんですね。ぼくはよく、ボーカルを使う曲を作るとき、歌詞を英語に直したりするんですよ。英語のほうが作曲が楽だから。でも、やはり最後は、純正の日本語でしっかりしたものを残したい。「あぁ、日本語ってこんなにきれいだったんだ」と思えるような、自分のメロディーと日本語を一致させる方法を考え出したいんです。

宮崎:
久石オペラの誕生、心待ちにしておりますわ。きょうはありがとうございました。

(構成・二居隆司)

 

緑の眼

「久石」芸術のコラボレーションは、ぴったり親しい間柄ではなく、ぴんと緊張した関係からこそ生まれると、よくわかります。

あれだけ宮崎駿監督作品や北野武監督作品に欠かせない存在でいらっしゃるのに、プライベートなお付き合いはほとんどないのだそうです。従って、お仕事以外の「お顔」も知らない、とのこと。

とはいえ、お互いに知り尽くしているからこそ、ああいう作品が生まれるのでしょうけれど。この辺りの割り切り方が久石さん流なのですね、きっと。

目の前にいらっしゃる久石さんは、外界との輪郭をくっきりつけずに、何事も受け入れてしまう、という感じの柔軟さをたたえて、穏やか、にこやかでした。あの独特な久石ワールドの秘密を垣間見たような気がしました。

(「週刊読売 1999年12月19日号」より)

 

 

Blog. 「音楽の友 2021年1月号」 特集:オーケストラの定期会員になろう2021 久石譲インタビュー 内容

Posted on 2021/01/13

クラシック音楽誌「音楽の友 2021年1月号」の特集II「オーケストラの定期会員になろう2021」内で、久石譲インタビューが掲載されました。2021年これからの新日本フィルハーモニー交響楽団とのコンサートについて語られています。

 

 

特集II
オーケストラの定期会員になろう2021

(山田治生/池田卓夫/二宮光由[大響]/池田卓夫/山口明洋[大フィル]/尾高忠明/広上淳一/藤岡幸夫/奥田佳道/川瀬賢太郎[神奈フィル]/片桐卓也/久石 譲[新日フィル]/石丸恭一[東フィル]/下野竜也&井形健児[広響])

1月号恒例の「オーケストラの定期会員になろう」、今年は6つのオーケストラが参加、2021年シーズンを紹介する。特別編として、尾高忠明、広上淳一、藤岡幸夫の3指揮者が参加した座談会(鼎談)を掲載。

 

2020年はオーケストラにとっても受難の年だったのではないだろうか。3~5月は感染防止の自粛のためほぼ演奏活動ができず、配信などを通じてかろうじて動いていた団体も多い。さて、迎えた2021年、オーケストラにとって再出発のシーズンとなる。今年は6団体が参加、それぞれの団体の次シーズンについて語っていただいた。

(*以後、久石譲ページのみ抜粋)

 

新日本フィルハーモニー交響楽団
Composer in Residence and Music Partner 久石譲

楽団創立50周年記念シリーズが幕開け

取材・文=山田治生

新シーズンの開幕を久石譲が指揮

2020年9月、久石譲は、新日本フィルハーモニーのComposer in Residence and Music Partnerに就任した。久石は、1991年に同フィルと初共演し、2004年からは新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ(スタジオジブリ映画で使われた久石作品などを中心に演奏)の音楽監督を務め、共演を重ねている。

「新日本フィルはオーケストラとしてとても品のよい音がします。僕は、新日本フィルの育ちの良い、温かい音がすごく好きなのです。彼らとは現代的なアプローチもずいぶんいっしょに行ってきましたが、新日本フィルは、時代の先端を走るオーケストラであったし、これからもそうあると思います」

そして、新日本フィルが音楽監督不在となる来季、久石は、2021/2022シーズン開幕となる9月定期演奏会の指揮を担い、マーラー「交響曲第1番《巨人》」を振るとともに、みずからの新作初演で楽団創立プレ50周年記念シリーズのオープニングを祝する。

「新作は、マーラー『交響曲第1番』と一つの世界が作れるような音楽にしたいと思っています。マーラー『第1番』とバランスがとれるような20~30分の曲を考えています。創立50周年ということで、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』のようにオーケストラの機能を最大限に発揮でき、いつでも演奏されるような、オーケストラ作品にしたいですね」

2022年4月のすみだ名曲シリーズも指揮し、再来年度からは久石ならではの新たなコンサート・シリーズも企画している。

「新しいコンサート・シリーズでは、現代の音楽と古典の音楽を同じプログラムで演奏し、クラシックの名曲を現代の視点からコンテンポラリーなアプローチでリクリエイトしたいと思っています。状況が許されるなら、新日本フィルとは、マーラーやブルックナー、《春の祭典》のような大きな編成のものをきちんと形にしたいですね」

 

変わっていく新日本フィルを目の当たりに

現在、新日本フィルではいくつかのパートで首席奏者の欠員が問題となっている。

「われわれの音を聴いてもらうためには、各セクションの首席奏者を早い時期にととのえること。いちばん考えなければならないのは、お客さまのことです。自分たちの最高のものを提供してお客さまに聴いていただくことを最優先事項と考えるならば、できるだけ早く問題を解決するべきです。僕は音楽的なアドヴァイスをする立場ですが、こういう状況なので最大限協力したいと思っています。そして元気なオーケストラになること。2021年夏ごろまでに諸問題を解決して、変わっていきます。お客さまのために、練ったプログラムを作り、真剣に演奏する。いま、定期会員になるとお得ですよ。変わっていく新日本フィルを目の当たりにすることができますから。熱気のある演奏がいっぱい繰り広げられるので、会員になられると楽しいと思います」

新日本フィルでは、2021年9月にプレ50周年記念シリーズがスタートし、小泉和裕、井上道義、佐渡裕、クリスティアン・アルミンク、インゴ・メッツマッハーら、これまで新日本フィルでポストを持っていた指揮者が登場する。そして、2023年4月に新しい音楽監督が就任する予定である。

(「音楽の友 2021年1月号」より)

 

 

目次

特集I
ウィーン・フィル、日本ツアーのすべて~奇跡の来日を追いかける!

(寺西基之/渋谷ゆう子/寺西肇/加藤浩子/ヴァレリー・ゲルギエフ/池田卓夫/奥田佳道/高山直也/山田真一/片桐卓也/山田治生/堤 剛/金子建志/折井雅子/白川英伸)
来日の5日前に発表されたウィーン・フィルの来日。さまざまな話題を呼び、2020年のコロナ禍における日本のクラシック音楽シーンのハイライトとなったツアーを、入国から最終日まで追いかけた。

特集II
オーケストラの定期会員になろう2021
(山田治生/池田卓夫/二宮光由[大響]/池田卓夫/山口明洋[大フィル]/尾高忠明/広上淳一/藤岡幸夫/奥田佳道/川瀬賢太郎[神奈フィル]/片桐卓也/久石 譲[新日フィル]/石丸恭一[東フィル]/下野竜也&井形健児[広響])
1月号恒例の「オーケストラの定期会員になろう」、今年は6つのオーケストラが参加、2021年シーズンを紹介する。特別編として、尾高忠明、広上淳一、藤岡幸夫の3指揮者が参加した座談会(鼎談)を掲載。

●[Interview]鈴木優人―仲間とともに、革新的でより多彩な音楽活動を(伊熊よし子)
●[Report]鈴木優人が率いる、生き生きして勢いあるヘンデル《リナルド》(山田治生)
●[Interview]ヨーヨー・マ―コロナ禍という嵐のなかでの演奏活動(小林伸太郎)
●[Report]東京芸術劇場で野田秀樹演出、井上道義指揮によるモーツァルト「《フィガロの結婚》~庭師は見た!~」が再演(山田治生)
●[Report]日生劇場《ルチア~あるいはある花嫁の悲劇》―感染症対策のため、ルチアの一人芝居に翻案(萩谷由喜子)
●[Report]世界の現状に対する危機感を描き出した、新国立劇場《アルマゲドンの夢》(山田治生)
●[告知]読者招待イヴェント「ふかわりょうのクラシックの友」
●[連載]マリアージュなこの1本・番外編名曲レシピはお好き?(8) ―ショパン「マズルカ第51番」(伊熊よし子)
●[連載]林家三平の古典音楽(クラシック) でど~も・すいません! (16)(林家三平)
●[連載]カメラマンリレー連載「舞台カメラマンの回想 ―私が出会ったアーティストたち」(8) ―広上淳一、佐渡 裕(大窪道治)
●[連載]コバケンのタクト(10)(千葉 望)
●[連載]ベートーヴェン的な、余りにベートーヴェン的な(16)~〈ゲスト〉クリスティアン・ベザイデンホウト(fp)(越懸澤麻衣)
●[連載]IL DEVUの重量級・歌道(18)(河野典子)
●[連載]誌上名曲喫茶「まろ亭」―亭主のメモ帳から(25)~ NHK交響楽団第1コンサートマスター篠崎史紀の偏愛案内 サン=サーンス「交響曲第3番《オルガン付き》」(篠崎史紀)
●[連載]東音西奏 ! ―QBT冒険記(4)(クァルテットベルリン-トウキョウ)
●[連載]和音の本音―ショパンとともに(5)(清水和音/青澤隆明)

ほか

 

 

Blog. 「サンデー毎日 1992年9月20日号」久石譲インタビュー内容

Posted on 2021/01/12

雑誌「サンデー毎日 1992年9月20日号」に掲載された久石譲インタビューです。6ページに及ぶ誌面ですが、インタビューメインというよりは作家による随筆構成となっています。久石譲の生い立ちから作曲家までの具体的な経緯をまとめたとても貴重な内容です。

 

 

連載
ノンフィクション作家シリーズ
人間・語り出す肖像

第42回
売れっ子メロディー・メーカー
久石譲(41)

西山正

Prologue
四歳のときだった。楽器店の前を通りかかった。そこで、バイオリンを見た。この楽器を弾けるようになりたい、と思った。父に頼んで、町にあった鈴木慎一バイオリン教室の分室に通い出した。

物心ついたときから、音楽には絶えず触れていた。クラシック、歌謡曲、童謡……ジャンルを問わず、朝から晩までレコードをかけては聴いていた。音楽と共にあることが、自然だった。そんな幼年時代。

父は高校の化学教師だった。その父に連れられて、毎週、映画館に通った。父の趣味が映画だったのではない。勤務先の高校の生徒が映画館の中にいるかどうかを確認する役目だったのだ。活劇、恋愛もの、文芸作品、喜劇……これもジャンルを問わず、週二本、次から次へと見た。

音楽と映画とにどっぷりとつかって過ごした幼い日々。すでに、何かが、始まっていた。

 

豚も空飛ぶミニマル・ミュージック
メロディアスな風から君はもう逃れられない

 

1st movement
中学三年生のとき、作曲家になろうと決めた。すでにある譜面を演奏するのも音楽家だが、いまだこの世にない譜面をつくり出すのも音楽家。再現芸術ではなく、創造音楽。そのほうがより素晴らしく思えたのだ。

高校に進学して、ブラスバンド部に入部した。たまたまトランペットに欠員があった。試しに一口吹いてみたら音が出た。翌日からレギュラー部員、次の年には一番トランペットを吹いていた。

高校時代から作曲の勉強を始めた。国立音楽大出身の先生についてピアノの基礎、さらに月二回、上京して和声学、対位法など作曲法のレッスンに励んだ。このころから現代音楽に熱中し始めた。武満徹、黛敏郎、シュトックハウゼン、メシアン、ジョン・ケージ……音楽的な知の最前線を行く作曲家たちの作品に好んで親しんだ。

当然のことのように、国立音楽大学の作曲科に進学した。高校は男子校だったので、女子学生の数の多さに驚いた。作曲科のクラスは一学年二十人。ここでも女性のほうが多かった。与えられた課題を数学のパズルを解くようにこなす。そんな教室での日々のかたわら、オペラの作曲を試みた。矢代静一原作の「海の陽炎」。ギリシャ悲劇ふうの素材だった。自ら脚本を書き、十二音技法を使った現代オペラに仕立てあげた。マルメロ座という名の創作オペラの会が、学内の講堂で上演した。

三年生のときには、自ら企画してコンサートを開いた。学内、学外の現代音楽作曲家に依頼して作品を集め、演奏した。自作曲も発表した。学内の先生たちから一目置かれる存在となり、「きみは授業に出なくてもいい。いるとうるさいから」といわれた。リムスキー・コルサコフの管弦楽法を教える先生に「あなたは古い。現代の音楽は……」と盾つくような学生だったのだ。そこで教室にはあまり顔を出さず、創作した作品を学外のコンサートに発表したりして時を過ごした。当時の代表作はフルート、バイオリン、ピアノの三重奏曲「メディア」。むろん最前衛の無調音楽だった。

卒業と同時に、ピアノ科の同学年生、文女(あやめ)と結婚。二人でピアノ教師をして暮らした。当時の月収は四万~五万円、食うや食わずの生活だったが、苦しいとは感じなかった。音楽は四歳のときからの夢。これも当然、という気持ちだった。出航というよりも漂流。だが音楽と共にある漂流。苦しいわけがない。

 

2nd movement
そんな二十歳代のとある日、友人の家でとある輸入盤レコードを聴いて、大きなショックを受けた。アメリカの現代音楽作曲家テリー・ライリー作曲の「A Rainbow in Curved Air」。ディレー・エコーを使ったオルガン曲で、同一のフレーズを執拗に何度も何度も反復する。

当時、最前衛とされていた「ミニマル・ミュージック」の一曲だった。むろん初めて耳にする音楽だった。

ミニマルとは、極小の意味だ。極小音楽、いったいどんな音楽なのか?

実は、美術が音楽に先行していた。ミニマル・アート。このアートを生んだ思想が、音楽の世界にも波及して生じたのが、ミニマル・ミュージックなのである。

現代美術の解説書を開く。こんな解説が記されている。

「感情の表出をできる限りおさえる。笑ったり泣いたりもしないし観客に伝えるべきメッセージもない。最小限の表情、けちけち・アート、これが最小限芸術、すなわちミニマル・アートである。(中略)ミニマル・アートの特徴は、画家の手作業を感じさせない均質で無表情な仕上げと、シェイプト・キャンバスと呼ばれる長方形や正方形ばかりでないさまざまな形のキャンバスの使用にあった。画家は色と形を決定したあとは、作業をした形跡を残さないように十分に注意している。絵画という物体を純粋に作りだそうというのだから、画家の仕事ぶりが見えては不都合なのである。(中略)ミニマル・アートは抽象表現主義の思わせぶりな迷彩模様への反抗から出発していた。だから、主観性、情緒性、即興性といったものを嫌ったのであった。このあたりの主知主義的な態度は、モンドリアンなどの幾何学抽象と血のつながりを感じさせる」(若林直樹著『現代美術入門』から)

ミニマル・アートが生まれたのは一九六〇年代のことだった。ベトナム戦争が泥沼化していた。既成の価値への信頼が崩壊し、若者たちの反乱が世界的に広がった。芸術家たちもまた既存の”伝統”を拒絶して、瞬間的な行為そのものへと表現作業を収斂していく。そんな土壌から発生したミニマル・アートは、ついには芸術家という概念を全否定し、芸術の無名性という逆説の中に芸術の普遍性を見いだそうとするに至る。そんな時代精神が、音楽家たちをもとらえた。

ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーブ・ライヒ、フィリップ・グラスといったアメリカの若い作曲家たちが創始したミニマル・ミュージックは、切りつめられた素材への集中、短い旋律とリズム・パターンの執拗な反復、停滞する和声、緩やかなそれらの変形……といった手法によって、従来の音楽が持っていた全体的構造を骨抜きにし、瞬時の音の鳴り響きそのものへと意識を集中させる音楽だった。

ある意味では単調。ある意味では退屈。だがよく聴いてみると、アジアやアフリカの民族音楽の中にも同様の技法や効果をもった音楽がすでに存在していることがわかる。作曲家たちはそうした音楽を学んで技法を豊かにすると共に、最新の音響機器──とりわけテープの操作(ループ、フィードバック、複数のプレーヤー間の回転数の微小な相違が生む位相のずれなど)によって新しい技法を開発していった。その意味ではまぎれもなく科学技術時代の”現代音楽”ではあった。

この音楽に初めて触れて衝撃を受けた若き日本の作曲家は、この新しい音楽を実践していくアーティストになろう、とたちどころに決心した。この技法による音楽を実作するとともに、ライヒやグラスの作品の日本初演コンサートを開いたりした。

高校・大学時代は、学園紛争の嵐が吹き荒れていた。人並みの関心を持ちはしたが、政治闘争にはかかわらなかったこの音楽青年が、こんなにも深くミニマル・ミュージックにのめりこんでしまったのは、やはりあの反体制的な六〇年代の時代精神のとりこになったということではなかろうか。

「ところが、当時の最前衛のロックが、ミニマルと全く同じ技法の音楽をつくり出していたんですよ。いわゆるクラシックのほうからえんえんと上りつめてきた坂の頂点で、ロックの坂を上りつめてきた連中とバッタリ出会ってしまったという感じでね。顔見合わせて、いったいどこが違うの? そんな感じでした」

当時をふりかえって、久石譲は、そういった。そして、ミニマル・ミュージシャンとして生きていたそんな青春のある一日、突如として「明日からはポップスでいこう!と決心した」とも。

当然かもしれない。ミニマル・アートが自己否定の芸術だとすれば、自己否定の行きつく先、なおも時代の中で生きなければならぬとしたら、自己蘇生、すなわち古典的創造活動をする作曲家となるしかないのだから。

音楽はすでに大量消費の時代に入っていた。ミニマル・ミュージックもまた、多様な音楽技法の一つとして時代の中に拡散した。

「Curved Music」というタイトルのCDアルバムがある。久石がミニマルの技法を使って書いたCF音楽集だ。日立、日産、キャノン、小西六、資生堂などのCM音楽が入っている。今聴いても、実に刺激的だ。

 

3rd movement
いわゆるクラシック音楽の世界に、息がつまるような思いを感じ始めてもいた。自作発表の機会も一年に一回、あるかなし。聴衆の数もさして多くない。ミニマル・ミュージックに必要なリズム感にあふれた演奏家の数も少ない。その点、ポップスの世界のほうが、ひろびろとしたコミュニケーションの回路をもっているように思えたのだ。

「ただし、ポップスの世界は、売れなくては正義じゃない。それなら、売れてやる! と決心したんです。売れるまでは、どんなことがあっても弱音をはくまい、と肝に銘じたんです」

意志の力が成功を引き寄せた。以下、成功にいたるまでの久石譲の足どりを年譜ふうに──。

1981年
初ソロ・アルバム「インフォメーション」を発表。ジャンルにとらわれない独自のスタイルを確立。

1984年
「風の谷のナウシカ」「Wの悲劇」などの映画音楽を担当、注目を浴びる。

1985年
アルバム「α-Bet-City」。

1986年
「天空の城ラピュタ」の映画音楽。アルバム「Curved Music」。

1987年
「となりのトトロ」の映画音楽。この間、CM音楽の分野でも大きな実績をあげ、超一流の作曲家・プロデューサーとしての地位を確立。

1988年
IXIAレーベルを設立。アルバム「Piano Stories」「Night City」「Illusion」。

1989年
「魔女の宅急便」の映画音楽。NHKの特集番組「驚異の小宇宙・人体」の音楽。ニューヨークでソロ・アルバム「Pretender」を完成。二月の草月ホールを皮切りに本格的コンサート活動を開始。

1990年
「タスマニア物語」の映画音楽。東芝EMIとソロ契約。ロンドンのアビー・ロード・スタジオでアルバム「I AM」を完成。

1991年
「ふたり」「福沢諭吉」「あの夏、いちばん静かな海。」などの映画音楽。「I AM」の発表と同時に本格的ライブ・コンサート・ツアーを開始。

1992年
フジテレビのドラマ「大人は分かってくれない」の音楽。「はるか、ノスタルジィ」「紅の豚」の映画音楽。東芝EMI移籍後第二作のソロ・アルバム「My Lost City」発表直後の二月から五月にかけて、東京、名古屋、大阪でコンサート活動。

「彼は不思議な音楽家だ。映画音楽、アレンジャー、TV・CF、プロデューサー……ポップなヒットソングからアバンギャルドな領域まで、活躍するフィールドは広く、変化に富んでいる。その多彩な才能の中でも、ひときわ際立っているのは、彼の書きげた独特のメロディー・ラインではなかろうか?

久石メロディー……ある時はTV・CFであったり、ある時はTVドキュメント番組のBGMであったりするが、そのいずれもが彼ならではのメロディー・センスで息づいている。ポップでいて正統的。メロディアスなのにアバンギャルド。優しいのに、どこか過激……久石譲は風の流れを感じさせる音楽家なのだ」

東芝EMIの担当ディレクター・三好伸一の久石評である。そんな久石を一言で定義するのは難しい。作曲家であり、演奏家であり、優れた企画能力をも備えたマルチ音楽人間、といっただけでは、何かが欠けているようなのだ。

八〇年代からいま九〇年代にかけて、久石メロディーは、超消費大国日本の時空間の中に絶えず流れ、漂い続けていた。

漂うメロディー、漂う人間──。

彼の最新・ソロ・アルバム「My Lost City」の中に「漂流者」と題する一曲がある。解説カードの曲名のかたわらに彼はこんな言葉を書き記している──「都市の漂流者。行く場所さえない心のさすらい人」。

成功への道を足どり軽く上ってきたように見えながら、久石の心は絶えず漂流感覚にゆさぶられ続けていたのだろうか? だからこそ彼のメロディーは、同時代の都市生活者たちの心に共鳴作用を喚起するのだろうか?

このアルバムには「フィッツジェラルド頌」という副題がついている。スコット・フィッツジェラルド。華々しいデビューのあと落魄し、四十四歳で世を去った今世紀初頭のアメリカ作家。その生の軌跡に久石は自分をオーバーラップさせているのかもしれない。

 

4th movement
「初めて打ち合わせしたとき、びっくりしたんです。宮崎駿監督も一九二〇年代に興味をもっていたのか! と──「紅の豚」の舞台は一九二〇年代の末期。ぼくも以前から一九二〇年代に関心をもっていて、たまたま製作中だったソロ・アルバムも、一九二〇年代をテーマにしたものだったんです。あの時代への単なるノスタルジーではなく、現代に通じる何かをあの時代に感じとる敏感な嗅覚なようなものを、宮崎さんも持っていた。偶然の一致なんですが、そのことに驚きました」

宮崎アニメの映画音楽を担当するのは、これで五作目になる。が、その間、たがいに一九二〇年代への関心を口にしたことは一度もなかった。

この夏、大ヒットした「紅の豚」の舞台は、一九二〇年代末期の地中海。かつてイタリア空軍のエースだった男が、”国家の英雄”になることを拒み、自分で自分に魔法をかけて豚になる。一方、同じように食いつめた空軍くずれの男たちは、海賊ならぬ”空賊”となって地中海を荒らし回っていた。豚男は賞金かせぎとなって彼らと戦う。”空賊”たちはそんな男を、ポルコ・ロッソ(紅の豚)と呼んで恐れた──飛ばねえ豚はただのブタだ。そんなセリフが、若いアニメファンばかりでなく、くたびれかけた中年男の脳味噌をも刺激して、映画館に幅広い年齢層の観客をひきよせた。

映画の中で、修理が飛行艇を工場から外へ出すシーンがある。早朝。工場の周囲には秘密警察沙汰。が、果敢な操縦で、艇はみごと脱出に成功する──この手に汗にぎる場面のバックに流れるのは、初打ち合わせのときに製作中だった久石のソロ・アルバム「My Lost City」中の一曲「狂気」である。宮崎監督のたっての希望でこの曲を使った。あとはすべて久石のオリジナル曲である。

一九二〇年代を背景に、宮崎駿と久石譲をつなぐ共通の要因が「狂気」であるというのは、何かしら暗示的ではなかろうか?

久石にとっての一九二〇年代とは、まずもってフィッツジェラルドの時代、ということだ。だから、アメリカの一九二〇年代。禁酒法で開幕し、ウォール街の大暴落で幕を閉じるこの十年間は、アメリカが史上空前の物資的繁栄に酔った時代だった。

「それは約半世紀前の金ピカ時代を一層大衆化したようなものだったが、保守政権が続き、汚職がはびこり、誰もが自動車を持ち、株ブームや土地ブームが続き、建築競争が始まり、大勢の若者が大学の門に殺到し、老いも若きも海外旅行に熱中する──ということになれば、たいていの人は気がつくだろう。高度成長を終わったあとの日本、とくに一九八〇年代の日本と、どうやらただごとならず似ているのを」(猿谷要著『物語・アメリカの歴史』から)

二十四歳で文壇にデビュー、一躍流行作家となったフィッツジェラルドは、この時代の寵児だった。莫大な収入を派手に浪費し、一貫して無軌道な生活を送った。が、大恐慌を境に三〇年代にはいち早く”忘れられた作家”となり、四〇年の十二月、長編を執筆中、心臓発作で息を引きとった。

「ある時期、村上春樹の小説を熱中して読みあさったことがあるんです。そうしたら、急にフィッツジェラルドの作品を読み返してみたくなった。前に『華麗なるギャツビー』やいくつかの短編は読んでいました。その時にはこれといった印象はなかったのに、読み返してみると、今度は実に面白い。もう一人の作家の目を通してある作家の本質が見えてくるなんてことがあるんですね」

というのが、一種、奇妙な久石のフィッツジェラルド体験である。いちばん好きな作品は、彼の自伝的エッセーだという。

「彼が味わった栄光と挫折、憧れと絶望がニューヨークという街とのかかわりの中で語られているすばらしいエッセーです。ぼくの琴線に最も触れた作品でした」

そのエッセーのタイトルを「My Lost City」という。それがそのまま久石のアルバムのタイトルとなたのだ。一九二〇年と一九八〇年が、このアルバムの中で混じり合い、甘く、どこか哀しい響きを立てている。

この秋から、久石は、ロンドンに居を移す。むろん、日本での仕事もあるから行ったり来たりの生活になるのだが。

「そろそろ安住の地をさがして動き出さなくては……そして、自分を変えたいと……」

ポツリと、漂流者は、もらした。

二年後──そう、フィッツジェラルドが没したその年齢で、久石はどんなふうに生きているのだろうか? 誰にもわからない。だから、この肖像は、未完だ。

(サンデー毎日 1992年9月20日号 より)

 

 

Blog. 「ハウルの動く城 サウンドトラック」(LP・2020) 新ライナーノーツより

Posted on 2020/12/03

2020年11月3日、映画公開当時はLPでは発売されていなかった「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」の2作品のイメージアルバム、サウンドトラックに、あらたにマスタリングを施し、ジャケットも新しい絵柄にして発売されました。「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」各サウンドトラック盤には、前島秀国氏による新ライナーノーツが書き下ろされています。時間を経てとても具体的かつ貴重な解説になっています。

 

 

宮崎駿監督と久石譲のコラボレーション8作目『ハウルの動く城』は、これまでの作品同様、最初にイメージアルバム(イメージ交響組曲『ハウルの動く城』)が制作され、本編用スコアにも登場することになる幾つかのテーマが事前に作曲された。本盤収録曲で言えば《秘密の洞穴》と《星をのんだ少年》(イメージ交響組曲では《ケイヴ・オブ・マインド》)、《荒地の魔女》(イメージ交響組曲では《魔法使いのワルツ》)、《魔法の扉》(イメージ交響組曲では《動く城の魔法使い》)、《陽気な軽騎兵》(イメージ交響組曲では《ウォー・ウォー・ウォー》(War War War)》)、《星の湖へ》(イメージ交響組曲では《動く城》)、《サリマンの魔法陣》(イメージ交響組曲では《暁の誘惑》)などが、それらのテーマに当たる。しかしながら、これまでの方法論と異なり、事前に作曲されたテーマ素材は三管編成の管弦楽曲、すなわちコンサートでそのまま演奏可能な交響組曲として録音された(映画公開翌年の2005年夏、久石は新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラを指揮してイメージ交響組曲を全曲初演している)。しかも驚くべきことに、本編用スコアの要となるメインテーマの素材は、イメージ交響組曲にはいっさい含まれていない。メインテーマは、イメージ交響組曲完成後、久石が新たに書き下ろしたワルツ主題に基づいて作曲されている。こうした点において、本作のスコアはこれまでにない異色のアプローチで作曲された音楽と見なすことが出来るだろう。

「スタンダードなオーケストラにないものを音楽の中に持ち込んで、新しいサウンドにチャレンジするという実験は、『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』でひとしきりのことはやり尽くした感がありました。それに対して『ハウルの動く城』は、舞台がヨーローッパということもありましたので、それならば逆に伝統的なオーケストラにこだわろうと思ったんです。三管編成、つまり90人前後の編成をフルに用いて宮崎作品の音楽を書いたのは、これが最初だと思います。ただし、それを映画の中で真剣に鳴らしてしまうと、音楽が出しゃばり過ぎてしまう場合が出てくる。そこで『これは映像に付ける音楽ではなくて、あくまでも音楽として完成させますから、必ずしも映画の参考にはなりませんよ』と宮崎監督にお断りしてから作ったのがイメージ交響組曲だったんです。映画全体の音楽設計に関して、宮崎監督は最初から非常に明快な方針を打ち出されていました。つまり『主人公のソフィーという女性は18歳から90歳まで変化する。そうすると顔がどんどん変わっていくから、観客が戸惑わないように音楽はひとつのメインテーマにこだわりたい』と」

2004年2月、宮崎監督との音楽打ち合わせで「ひとつのテーマ曲だけで」という要望を伝えられた久石は、メインテーマの候補となる楽曲を3曲作曲。宮崎監督と鈴木敏夫プロデューサーの前で久石自身がピアノ演奏した結果、2番目に弾かれたワルツの楽曲を宮崎監督がその場で選択した。このワルツ主題は、のちに宮崎監督によって《人生のメリーゴーランド》と命名されることになる。

「これは非常に不思議なんですが、イメージアルバムを作曲した時、実は最初に作った4拍子の曲があるんです。その段階では少しメロドラマ的過ぎると感じたのでボツにしたのですが、あとで気が付いたら、メロディの最初の部分もコード進行も、のちに作曲することになった《人生のメリーゴーランド》と同じ。その4拍子の曲を無意識のうちに3拍子に変えたものが、『人生のメリーゴーランド』だったんです。《人生のメリーゴーランド》を作曲した時は、『あの4拍子の曲を3拍子のワルツに直そう』とは意識していなかったんですよ。ボツにした4拍子の曲をすっかり忘れてしまってから、《人生のメリーゴーランド》を新たに書き下ろし、宮崎監督に選んでいただいた後、しばらく経ってから4拍子の曲を聴き直したら、『ああ、これが3拍子に変わっただけじゃないか』と初めて気が付いた。つまり4/4拍子のリズムで普通に演奏したらロマンティックすぎるというか、ベタなメロドラマになってしまうような素材が、ワルツという3拍子にすることで表現が浄化されたわけです。『ハウルの動く城』も基本的にはメロドラマに属していますが、宮崎監督らしく、非常に上質なメロドラマとして作られています。音楽も、それに見合った”メロドラマの波動”がなければいけませんが、それを4拍子でベタに表現すると、下品になってしまう。しかし、ワルツという3拍子を用いたことで、4拍子の時にあったベタベタした情感が削ぎ落とされた。そこが、一番重要な点だと思います」

映画音楽の作曲において、久石は「映像と音楽は対等であるべき」というスタンスを貫き続けている作曲家である。どのように”対等”であるべきか、実際の方法論はケース・バイ・ケースで異なってくるが、本作の場合は「ワルツという3拍子を用い」「4拍子の時にあったベタベタした情感」を削ぎ落としたことで、映像と音楽の”対等”を実現したと見ることが出来るだろう。このあたりの久石のバランス感覚は本当に見事としか言いようがない。

しかしながら、本作のスコアで真に驚嘆すべきは、そのワルツ主題のメインテーマに様々な変奏を加えることで──ソフィーが汚れ放題の部屋をホウキがけするシーンの《大掃除》であろうが、ソフィーたちが王宮からフライングカヤックで脱出するシーンの《城への帰還》であろうが──すべて同一のワルツ主題から音楽を紡ぎ出した点にある。クラシック流の言い方を用いれば、本作のスコアは「《人生のメリーゴーランド》のワルツ主題に基づく交響的変奏曲」として書かれているのである(本盤収録曲の実に半数以上がワルツ主題の変奏で作曲されている)。

それぞれのシーンの内容や性格に応じた多彩な変奏技法の素晴らしさもさることながら、ここで是非とも指摘しておきたいのは、久石がいくつかのシーンに限ってワルツ主題をピアノ演奏することで、ワルツ主題に”愛のテーマ”の役割を与えているという点だ。

本編の中でワルツ主題がピアノで提示される《-オープニング- 人生のメリーゴーランド》以降、最初にピアノがワルツ主題をメインで演奏するのは、ソフィーが路面蒸気車に乗って帰宅するシーンの《ときめき》だが、楽曲名が端的に表わしているように、ここでのワルツ主題はハウルに対するソフィーの恋の芽生えを暗示している。次にワルツ主題がピアノで登場するのは、眠りについているソフィーの様子をハウルが窺うシーンの《静かな想い》だが、音楽はハウルの心情の変化──まだ恋愛感情には至っていないが──を仄めかしている。さらにピアノがワルツ主題を演奏する《恋だね》のシーンでは、ソフィーの恋愛感情を見抜いた荒地の魔女「あんた さっきからため息ばかりついてるよ」というセリフをつぶやく。

以上の例からわかるように、ピアノという楽器の選択は物語全体を貫く”メロドラマ”と密接に関連付けられている。もし、上記のシーンでワルツ主題を三管編成のたっぷりとした弦で鳴らしてしまったら、それこそベタベタした情感がまとわりついてしまうだろう。叙情的でありながら、シンプルなピアノのソロで鳴らすから”上品なメロドラマ”になる。そうした楽器用法における繊細な匙加減も、実に見事である。

もうひとつ、このワルツ主題に関して指摘しておきたいのが、視覚的な側面からも物語的な側面からも、『ハウルの動く城』という作品自体が当初からワルツ形式によるメインテーマを欲していたのではないか、という点である。

ワルツ主題がオーケストラで初めて壮大に演奏される《空中散歩》の最後、ソフィーと共に空中散歩を終えたハウルが去ると、カメラはチェザーリの店の上の階のベランダに残されたソフィーから、店の前の広場で踊る人々にトラッック・バックする。その場面(カットナンバー 72)を『スタジオジブリ絵コンテ全集14 ハウルの動く城』(徳間書店)で確認してみると、「チェザーリの店の前の広場でクルクルとおどる人々」という宮崎監督の説明が書き込まれている。完成された本編を見てみると、人々はメヌエットを踊っているようにも、あるいはワルツを踊っているようにも解釈出来るが、「クルクル」という説明から、おそらく宮崎監督はワルツを想定していたのではないだろうか。というのは、男女が対になって踊る舞踊形式の中でも、とりわけワルツ形式は「クルクル」回る円環運動を容易に連想されるからである。

宮崎監督が《人生のメリーゴーランド》の音楽的特徴、つまりワルツ形式の”円環性”をことのほか強く意識していたのは、楽曲名に”メリーゴーランド”(古い表現を使えば回転木馬)という単語を選んだ事実が証明している。ただし、宮崎監督は単に舞踊としてのワルツの”円環性”を”メリーゴーランド”という表現に置き換えたのではない。物語全体を構成する”円環性”、つまり、荒地の魔女の呪いが解けたソフィーが18歳の姿を”回復”し、失われていた心臓をハウルが”回復”するという”円環性”を、”メリーゴーランド”という表現に喩えていたのではあるまいか。それこそが《人生のメリーゴーランド》という楽曲名の意味するところであり、ひいては本作のメインテーマがワルツ主題でなければならなかった最大の理由でもある。宮崎監督と久石のコラボレーションにおいて、映像とオンがうがこれほど厳密に対応しながら、ひとつの世界観を作り上げた例を、筆者は他に知らない。

本盤の最後に収録された《-エンディング- 世界の約束~人生のメリーゴーランド》では、木村弓作曲・谷川俊太郎作詞の《世界の約束》(ヴォーカルはソフィー役の倍賞千恵子)を久石による編曲で演奏した後、久石のピアノとフル・オーケストラの演奏が《人生のメリーゴーランド》を再現し、文字通りの大団円を迎える。

※「」内の久石の発言は、筆者とのインタビューに基づく。

前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター
2020/8/6

(LPライナーノーツより)

 

 

 

 

ハウルの動く城/サウンドトラック

音楽:久石譲 全26曲

主人公ソフィーの声を担当した倍賞千恵子が歌う主題歌「世界の約束」ほか、映画で使用された楽曲を収録したサウンドトラック。

品番:TJJA-10030
価格:¥4,800+税
※2枚組ダブルジャケット
(SIDE-A,B,Cに音楽収録 SIDE-C裏面には、音がはいっておりません。)
(CD発売日2004.11.19)