Disc. 久石譲 『The Best of Cinema Music』

久石譲 『THE BEST OF CINEMA MUSIC』

2011年9月7日 CD発売 UMCK-1404

 

2011年6月9日東京国際フォーラムにて開催された「久石譲 3.11 東日本大震災チャリティー・コンサート」を収録したライブ音源。スタジオジブリ作品、北野武監督作品など自作の映画楽曲を中心に演奏。舞台上に大スクリーンを設置し、映像と音楽によって作品世界を演出。スクリーンに映し出される名場面とオーケストラによるテーマ曲たちの競演。

 

 

もう今は夢を語るときではない
- 東日本大震災に寄せて -

久石譲

(CDライナーノーツ および コンサート・パンフレット 同掲載)

 

 

”ぼくたちのストーリー”を語り始めた久石さんの音楽

「オーケストラは社会の鏡(An orchestra is a reflection of society)」という言葉がある。オーケストラは弦楽器、管楽器、打楽器など、個性溢れるさまざまな楽器が集まり、共に手を携え、ひとつのハーモニー(調和)を生み出していく。では、オーケストラの楽器が欠けたらどうするか? 例えば、オーケストラが海外公演をする際、手荷物の不着なので楽器が届かなかった場合には、現地のオーケストラが手を差し伸べ、楽器を貸し出すのが普通である。ぼくたちが生きる現実社会についても、同じことがあてはまる。今回の東日本大震災において、”日本という名のオーケストラ”は本当に多くの支援-あたたかいメッセージや義援金など-を世界中から受け取った。だから、震災で楽器を失った子供たちのために、久石さんが楽器購入支援のチャリティーコンサートをオーケストラと共に(ここが重要だ。その気になれば、ピアノ一台でもチャリティーコンサートは出来るのだから)開催するというニュースを知った時、映画音楽とクラシックの演奏活動を通じてオーケストラと日常的に接している久石さんならではの、とても素晴しいアイディアだと思った。子供たちに再び楽器を与えることは、音楽の喜びを取り戻すだけでなく、アンサンブルをすることの大切さを通じて-それがバンドであれ、吹奏楽であれ、オーケストラであれ-子供たちが社会というものを意識していく、強力な手段のひとつとなるからだ。

しかも久石さんは、今回のコンサートを単なる”自選ベスト”にはしなかった。3年前の武道館コンサートの時のように、舞台上に大スクリーンを設置し、映画と音楽が生み出す相乗効果-それこそが映画音楽の真の醍醐味である-を生の形で再現しようとしたのだ。幸運にもぼくは6月9日の東京公演を見ることができたが、『風の谷のナウシカ』~《風の伝説》のティンパニの強打で始まった約2時間のコンサートは、とても感慨深く、また新鮮な驚きに満ち溢れていた。映像付きの再演は困難と思われていた『THE GENERAL(キートンの大列車強盗)』の優雅なワルツが、白塗りのキートンの無表情と共に再び聴けたのは望外の喜びだったし、『Let the Bullets Fly(譲子弾飛)』の勇壮なマーチが、ダイナミックな銃撃戦の映像と共に演奏されるのを聴けば、一刻も早く本編を見たくなるのが人情というものである。

だが、コンサートはそれだけでは終わらなかった。

驚くべきことに、久石さんが指揮する音楽と、スクリーンに映し出された名場面の数々は、単に映画音楽の魅力と楽しさを伝えるだけでなく、映画の本編とは別の”もうひとつのストーリー”を語り始めたのである。

『風の谷のナウシカ』-暴走する王蟲の大群に呑みこまれたナウシカと、彼女に再生の力を与える《遠い日々》の清らかなコーラス。

『もののけ姫』-技術のために森を切り崩した傲慢な人間に襲いかかる、《タタリ神》の凶暴な和太鼓とホルンの咆哮。

『菊次郎の夏』-健気に生きていく天涯孤独の少年を温かく見守る、《Summer》の軽やかなピアノのメロディ。

『Brother』-閉塞した現状の中で怒りを爆発させるような、《Raging Men》の荒々しいパーカッション。

『Kids Return』-「俺たち、もう終わっちゃったのかなあ」「馬鹿野郎、まだ始まっちゃいねえよ」というラストのセリフと共に始まる、躍動感溢れるミニマルビート……。

そう、このコンサートで演奏された曲たちは、震災を体験した”ぼくたちのストーリー”を語り始めていたのだ。社会の鏡たるオーケストラが、映画という鏡を通じて”今ここにある現実”を映し始めたのである。

そのことに気づいた瞬間、ぼくはとてつもなく大きな衝撃を受けた。これまで30年近くに渡ってリアルタイムで親しみ、熟知してきたはずの久石さんの映画音楽が、全く違って聴こえ始めたからだ。「音楽は、あらゆる哲学や知識よりも高度な啓示である」とはベートーヴェンの言葉だが、この日演奏された曲たちは”今ここにある現実”を改めて目の前に突きつけたという点で、まさにひとつの啓示だった。ある人はそれを「既視感」と呼ぶかもしれないし、別の人はそれを「現実とのシンクロ」と表現するかもしれない。いずれにせよ、久石さんの指揮する音楽とスクリーン上に映し出された映像は、エンタテインメントという名の現実逃避から遠く離れ、”日本という名のオーケストラ”が置かれた現状を、ぼくたちに必死に認識させようとしていた。

コンサートの終わり近く、久石さんはソプラノの林正子さんと共に『悪人』~《Your Story》を演奏し、久石さんが被災地で撮影してきた生々しい写真をスクリーン上に映し出した。

What we both long a place, sweet home
If I could un-wine the time and stay with you
僕たちが求めるもの、それは安らげる安堵の場
もっと側にいたい、時計の針を戻せるのなら

この歌詞が歌われた瞬間、《Your Story》は映画音楽という枠を越え、”ぼくたちのストーリー”と完全に同化した。その場に居合わせた聴衆のすべてが、《Your Story》に込められた痛切な想いを”My Story”として受け止めたのである。おそらく、ポーランドでも大阪でもパリでも北京でも、聴衆の気持ちは同じだったはずだ。

でも、久石さんは、震災の悲劇を嘆き悲しむだけでコンサートを終わらせなかった、「ともに生きること」の大切さを高らかに歌い上げた『もののけ姫』~《アシタカとサン》のコーラス。土の中から芽を出したドングリの大樹そのままに、明るく壮大な響きを奏でた『となりのトトロ』のオーケストラ。ぼくにはそれが、これから”日本という名のオーケストラ”が鳴らしていくべき”復興のシンフォニー”の序奏のように思えてならなかった。

ぼくは、このコンサートを一生忘れないだろう。

前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

(CDライナーノーツより)

 

 

本作はライブ音源なので、スタジオ録音されたもの、本作の楽曲構成に近い過去参考CD/DVDを中心に解説。

(1) NAUSICAÄ (映画『風の谷のナウシカ』より)
オープニング「風の伝説」~レクイエム~メーヴェとコルベットの戦い~遠い日々~鳥の人
約10分に及ぶ壮大な組曲。「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」(DVD&Blu-ray)と同構成。ライブ映像音源。「WORKS I」17分にも及ぶ交響詩全3部として収録。本作はここからのダイジェスト版に相当する。

(2) Princess Mononoke (映画『もののけ姫』より)
アシタカせっき~タタリ神~もののけ姫(Vo:林正子)
約8分に及ぶ組曲。本作では主題歌『もののけ姫』が英語歌詞になっている。「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」(DVD&Blu-lay)と同構成。ライブ映像音源。日本語歌詞。「真夏の夜の悪夢」同構成ライブ音源。主題歌『もののけ姫』はオーケストラ・インストゥルメンル。「交響組曲 もののけ姫」メドレーとなった3曲の各々オーケストラスコアをチェコ・フィルの演奏にて。「WORKS II ~Orchestra Nights~」「交響組曲 もののけ姫」の同構成各曲ライブ音源。

(3) THE GENERAL (映画『THE GENERAL(キートンの大列車追跡)』より)
「WORKS III」Movement1~Movement5 として組曲で構成。本作ではメインテーマを中心に抜粋。

(4) Raging Men (映画『Brother』より)
「WORLD DREAMS」新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラの演奏。「SUPER ORCHESTRA NIGHT 2001」同構成ライブ音源。

(5) HANA-BI (映画『HANA-BI』より)
「WORKS II ~Orchestra Nights~」同構成ライブ音源。「WORLD DREAMS」ピアノが編成から外れた違った表情豊かなフルオーケストラ。

(6) Kids Return (映画『Kids Return』より)
「SUPER ORCHESTRA NIGHT 2001」同構成ライブ音源。

(7) Let The Bullets Fly (映画『譲子弾飛』より)
初フルオーケストラ。

(8) Howl’s Moving Castle (映画『ハウルの動く城』より)
Symphonic Variation 「Merry-go-round」~Cave of Mind
約11分に及ぶ組曲。「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」(DVD&Blu-lay)と同構成。ライブ映像音源。「WORKS III」原型となる約14分の組曲を新日本フィルの演奏にて。

(9) One Summer’s Day (映画『千と千尋の神隠し』より)
「メロディフォニー」ロンドン交響楽団の演奏。「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」(DVD&Blu-lay) 平原綾香(Vo) 本作と「メロディフォニー」では、ピアノをメインにしたしっとりと聴かせるオーケストラ・アレンジ。

(10) Summer (映画『菊次郎の夏』より)
「メロディフォニー」ロンドン交響楽団の演奏。「空想美術館」ライブ音源。

(11) Villain (映画『悪人』より)
初フルオーケストラ。約11分に及ぶ組曲、映画のストーリー展開に沿って構成。クライマックスの主題歌『Your Story』ヴォーカルはソプラノ歌手:林正子。「悪人 オリジナル・サウンドトラック」では福原美穂がヴォーカル担当。

(12) Ashitaka and San (映画『もののけ姫』より)
本作でも日本語歌詞合唱。「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」(DVD&Blu-lay)と同構成。ライブ映像音源。「交響組曲 もののけ姫」「WORKS II ~Orchestra Nights~」 (2)同様参照。

(13) My Neighbour TOTORO (映画『となりのトトロ』より)
本作では主題歌『となりのトトロ』のみを英語歌詞合唱。

「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」(DVD&Blu-lay)風のとおり道~さんぽ withコーラス~となりのトトロ withコーラス メドレー。こちらではもちろん『さんぽ』『となりのトトロ』日本語歌詞合唱。

「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」映画『となりのトトロ』のすべての楽曲をオーケストラアレンジした作品。『風のとおり道』もフルオーケストラにて聴くことができる。オープニング/エンディング曲『さんぽ』『となりのトトロ』はオーケストラ・インストゥルメンタル。『さんぽ』においては、オーケストラの楽器紹介をかねた構成になっていて1番を木管楽器、2番を金管楽器、3番を弦楽器、4番を弦楽器、そして最後に全員フルオーケストラで、という趣向のある1曲になっている。

「メロディフォニー」主題歌『となりのトトロ』のみをロンドン交響楽団による演奏にて。コーラスなしのオーケストラ・インストゥルメンタル。(「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」収録同曲と同構成)

 

このチャリティーコンサートは、東京・大阪・パリ・北京にて公演されている。プログラムはほぼ同じと思うが、本作に収録されていない楽曲ももちろんある。

そのなかでも映画『崖の上のポニョ』からの組曲『Ponyo on the Cliff by the Sea』。本作に収録されたジブリ作品は、「久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~」(DVD&Blu-lay)でのそれに近いが、組曲『Ponyo on the Cliff by the Sea』においてはかなり変更、進化している。組曲となる曲目構成も変更されていて、より緻密でダイナミクスなオーケストレーションになっている。クライマックスを飾る主題歌『崖の上のポニョ』もオーケストラがメロディーを奏でていて、サビは英語歌詞のコーラスにて大合唱となっている。収録されなかったのが非常に残念、ぜひ別の機会にでもCD/DVD化してほしい。

このチャリティーコンサート公演と本作CDの収益は東日本大震災で楽器を失った子供たちのために寄付されている。

 

 

 

 

なお、CD帯裏にはこのような記載がありCD発売当時Web閲覧することができた。

「久石譲3.11 チャリティーコンサート」で上映した久石譲監修による東日本大震災へ寄せたメッセージ映像の一部を期間限定特設サイトで公開しております。詳細は商品にてご確認下さい。

 

 

 

久石譲 『THE BEST OF CINEMA MUSIC』

1.NAUSICAÄ (映画『風の谷のナウシカ』より)
2.Princess Mononoke (映画『もののけ姫』より)
3.THE GENERAL (映画『THE GENERAL(キートンの大列車追跡)』より)
4.Raging Men (映画『Brother』より)
5.HANA-BI (映画『HANA-BI』より)
6.Kids Return (映画『Kids Return』より)
7.Let The Bullets Fly (映画『譲子弾飛』より)
8.Howl’s Moving Castle (映画『ハウルの動く城』より)
9.One Summer’s Day (映画『千と千尋の神隠し』より)
10.Summer (映画『菊次郎の夏』より)
11.Villain (映画『悪人』より)
12.Ashitaka and San (映画『もののけ姫』より)
13.My Neighbour TOTORO (映画『となりのトトロ』より)

All Music Composed, Conducted & Produced by Joe Hisaishi
Piano by Joe Hisaishi

Orchestra:Tokyo New City Orchestra , Kansai Philharmonic Orchestra
Soprano:Masako Hayashi 2. 11.

Recorded at
Tokyo International Forum Hall A (June 9, 2011)
Osaka-jo Hall (June 18, 2011)

 

Disc. 久石譲 『Melodyphony メロディフォニー ~Best of JOE HISAISHI〜』

久石譲 『メロディフォニー』

2010年10月27日 CD発売
2CD+DVD(初回限定盤A)UMCK-9386
CD+DVD(初回限定盤B)UMCK-9387
CD(通常盤)UMCK-1369
2018年4月25日 LP発売 UMJK-9079/80

 

一般アンケートで上位に選ばれた楽曲を中心に 「誰もが知っている久石譲メロディー」 を久石譲の指揮・ピアノと世界最高峰のオーケストラ、ロンドン交響楽団の演奏で贈るベストアルバム。

 

 

Joe Hisaishi “Melodyphony” に寄せて

スピーカーからオープニングを飾る「Water Traveller」が流れ出してすぐに僕はその見事なオーケストレーションに唸らされた。以前から映画音楽からCM音楽、自身のアルバム、それにコンサート活動、イベント制作に至るまで驚くべき仕事量をどれも高いクオリティでこなしてきた久石譲は3年ほど前からさらにそのレベルを上げ、創作活動を拡大、かつ加速させている感があるが、聴き進めていくうちに『Melodyphony』と題されたこの新作には久石譲の音楽を創ることの喜びと自信がみなぎっているとはっきりと思った。

収録されているのは映画『水の旅人~侍KIDS』のメインテーマである「Water Traveller」から映画『となりのトトロ』のエンディング曲「My Neighbor TOTORO」まで全9曲。僕はこれまでにも幾度となく、久石譲の手になる曲がまるで魔法のように形を変え、新たな魅力を持った作品になってしまうのをコンサート会場で目撃、またCDでも耳にしてきたが、一般のファンからの投票も受けつけて選ばれた曲は、ロンドン交響楽団という世界最高峰と称賛されているオーケストラと久石譲の完璧ともいえるコラボレーションによって、時空を超えたマジカルな作品になっている。

同じロンドン交響楽団とロンドンのアビー・ロード・スタジオでレコーディングされた『ミニマリズム』が深い森のような、とても入り組んだ構造を持ち、神秘的ともいえる雰囲気を漂わせていたのに対し、この『Melodyphony』はこれまでに本当に多くの人に感動と夢を与えてきた久石メロディが大きな客船や帆船になり、大海原を航海しているような印象を受ける作品。完成したばかりのCDと一緒に手元に届けられたDVDにはロンドン交響楽団とのレコーディング風景とともにインタビューも収録されていたが、「2度目であるということもあって非常にいい協調する関係ができ、去年よりもお互いに理解しあえた。1回目より2回目、2回目より3回目とうまくいってれば、音楽の上でもすごくコミュニケーションがとれる。ほぼ去年と同じメンバーの人たちがマリンバとかすごく難しいところがあるとか、去年と同じとか、デジャ・ヴとか言ってけっこう楽しみながら演奏してたから自分が書いている音楽のスタイルが理解してもらえたっていうのがある」と満足気に話す久石譲のロンドン交響楽団についてのコメントは何故彼が多忙なスケジュールをさいてロンドンまで出かけ、ロンドン交響楽団と一緒にレコーディングするのかの解答にもなっていると思う。

そして「こういうセッションのレコーディングっていうのは、1曲1時間半ぐらいであげていかなきゃならないんですけど、それにしては音符の数とか難易度は非常に高い。でも、そのレベルをこなしてしまうというロンドン交響楽団の奥深さというか、弦はどんな高い所であってもヒリヒリはしてこないし、豊かで下まで響いている音を作ってくれる。それからホルンも含めて難しいものを難しいように演奏するのではなく、音楽的に表現する。やはりこの辺で世界最高峰のオケなんだなとすごく思いました。」というコメント。

このコメントはそのままメロディとシンフォニーという言葉の造語である『Melodyphony』というアルバムの魅力、聴きどころを言い当ててもいる。

「難しいものを難しいように演奏るのではなく、音楽的に表現する」という言葉は作曲家、編曲家、ピアニスト、プロデューサーという肩書きに数年前から指揮者という肩書も加わり、昨年にはクラシックの指揮者デビューまで果たしてしまった久石譲の作り出す作品全てに共通する魅力であり、久石譲がアルバムのレコーディング・エンジニアであるピーター・コービンも口にしていた通り”Special Musician”であることの大きなポイントでもあるが、音楽の構築力ということでは世界でも有数のアーティストではないだろうか。

軽い思いつきや簡単なひらめきなどから生まれた音楽とは全く次元が違う、十分に練り上げられ、精密な作業を続けた結果として高みに位置している久石譲の音楽。この『Melodyphony』制作の動機についても「昨年『ミニマリズム』ってアルバムを作って、長い間の夢だったミニマル・ミュージックが出来上がったんですが、同時に自分がやってきたメロディアスなオーケストラを録りたいと思っていたんです。ミニマリズムは出来たけれど、その作家性の部分と、メロディ・メイカーというか、メロディを作っていく自分というのを両方出したい。それを昨年ここでレコーディングが終わった時から思っていて、年が明けてこれはやはり両方あって自分ではないかという思いがどんどん強くなった。ミニマリズムっていうのはミニマルとリズムという言葉の合成語だったんだけど、今回はメロディとシンフォニックなオーケストラ、メロディとシンフォニー、これが合体することでメロディフォニーっていうアルバムを作る、これで全て自分が表現できる、そう思えた」と話しているが、その思い、発想は完璧かつ理想的な形で1枚のCDに結実している。

「昔の作品はもっと編成が小さかったので、それを今回用に直したりすることと、映像音楽として書いた曲はそのままになっていてコンサート・ピースとしては完成させていないものが多かったので、それを今回まとめて作品として聴けるようにすることを考えた。例えば『坂の上の雲』もものすごい量があるわけですよ。それを11~2分にきっちり作品としてまとめる。あるいは『魔女の宅急便』、個人的には1回もレコーディングしていない。武道館で演ったりはしたけれど、CDとしてはないので、今回きちんと弦とピアノでやるとか、そういうことで今、現在としてのメロディとシンフォニック・オーケストラが一番合体する方法、それを一番気をつけました。ただ選ぶ段階で、インターネットなどでみなさんに投票してもらって、何が聴きたいのか、それも参考にして上位に入っているものはほとんど網羅しましたね」という言葉はそれをはっきりと裏付けているし、今やオーケストラを自由自在に操る才能ということでは、かけがえのない音楽家になっているのではないだろうか。ピーター・コービンが口にしていた”Best musician in the World”という言葉もとても現実味をおびている。

だから、僕は出来る限りの音量でこの『Melodyphony』を聴いて欲しいと思う。20年以上の時を超えて、メロディがシンフォニー・オーケストラと合体した作品群が聴く者にもたらしてくれる高揚感は”良い音楽”の力と永遠性を実感させてくれるし、聴き慣れた曲がまるで魔法のように変化していく様は久石版”ファンタジア”と形容してもいいかも知れない。

僕はこの『Melodyphony』を聴くときに、久石譲がクラシックの指揮者デビューを果たした記念すべきアルバム「JOE HISAISHI CLASSICS 1 ドヴォルザーク 交響曲第9番 《新世界より》/シューベルト 交響曲第7番 《未完成》」のライヴ録音の際に語った「ドヴォルザークはチェコの偉大な作曲家だ。彼は今でいう最も優れたキャッチーな作曲家だろう。スコアを追っていくとよくわかるのだが、とても緻密に、色々なモチーフ(音型)を散りばめ、沢山構築している。ところが、幸か不幸か、あまりにもメロディがキャッチーすぎるため、我々はその裏側に隠された彼の緻密さになかなか気づくことができないのである」という言葉の”ドヴォルザーク”をそのまま”久石譲”に置きかえると、久石ワールドを聴き手に十分に堪能させながら新しいアプローチや様々な仕掛けをしているこのアルバムの”凄さ”がわかることをつけ加えておきたい。「シューベルトの一番わかりやすい天才的な部分は、ハーモニー感覚の凄さだ。普通は、ある調からある調に移るには正当な手続きを踏んで新たなキーに転調するように書くのだが、シューベルトはたった一音で次の調に自然に転調してしまう。これほどの天才は他に見たことがない」という言葉もそこにつながっていく。

そして、もしまだ久石譲の原点ともいえる「MKWAJU」から「自分の中のクラシック音楽に重点を置き、音楽的な意味での、例えば複合的なリズムの組み合わせであるとか、冒頭に出てくる四度、五度の要素をどこまで発展させて音楽的な建築物を作るか、ということを純粋に突き詰めていった。」…と本人が書いている「Sinfonia」、「The End of the World」といった魅力的な作品が収録された『ミニマリズム』をお持ちでない人がいたら、すぐ手に入れて、連続して聴いて欲しいと思う。僕はこの原稿を書くため、以前久石譲も出演してくれたことがある彫刻の森美術館でのコンサートの仕事をするべく箱根に向かう車の中で久しぶりに『ミニマリズム』を聴き、クラクラするくらいの魅惑的空間に連れていかれたが、ラストの「DA・MA・SHI・絵」が終わってすぐに流れ始めた「Water Traveller」を聴いた時に、この2枚のアルバムは完全に一対のものであることがよくわかった。

その音楽性の幅広さと完成度の高さ。僕は今回の『Melodyphony』を初めて聴いた時、一体この人はどこまで飛翔していくのだろうかと思わされたが、「サントリー 1万人の第九」の25周年記念序曲として2007年に作曲された「Orbis」はメロディとシンフォニー・オーケストラの合体に、さらに現代音楽の要素が大胆に盛り込まれた久石譲ならではの作品に仕上がっていることも最後につけ加えておきたい。

『ミニマリズム』にも参加していたロンドンでは由緒ある合唱団、London Voicesとパイプオルガンを加えて出来上がった華やかな祝典序曲。ラテン語の”Orbis”には”環”や”輪”などの意味もあり、本人は生命の起源となる水の小さな水泡が繋がって、やがて大きな環となるようなイメージで作ったようだが、それはミニマル・ミュージックに対する久石譲の思いそのものでもあり、もし図形で表すとすると、この曲が『ミニマリズム』をつなぐポイントになると思う。

久石譲自身が『Melodyphony』の核になっていると感じているというのも納得できる。DVDの中で久石譲は「ひとつひとつの仕事を区切りにしながら挑戦して解消し、次のことを考えていく…」という言葉も口にしていたが、『Melodyphony』はその姿勢が見事に反映したアルバムであり、これからもその歩みは決して止まることがないだろう。その歩みを追いかけることは今や僕の楽しみになっている。

2010年夏 箱根にて 立川直樹

(CDライナーノーツより 抜粋)

 

 

『ミニマリズム』 『メロディフォニー』 久石譲インタビュー内容(Web/DVD収録)

音楽業界では、世界で最高峰の機材を英国人たちが作っているんですよ。「ロード・オブ・ザ・リング」も「ハリー・ポッター」も、サウンド・トラックはロンドンで録音していますよね。ハリウッド映画だって、一番大事な音楽はほとんどロンドンで録ってるんですよ。すると、やはりここは世界で一番良い音楽環境ということになる。ロンドンでのレコーディングを続けていると、そのレベルを絶えず意識させられます。

ロンドン交響楽団とは、15年くらい前に、「水の旅人 -侍KIDS」という映画のテーマ音楽を録ったんですね。また昨年には、前作となる「ミニマリズム」の録音も行いました。日本以外で音楽を表現できる場として、ロンドンでの活動がまた復活したというのがうれしいですね。

私には、大きな夢が2つありました。一つは、芸術家としての自分が追い求める、ミニマル・ミュージックをテーマとしたアルバムを完成させること。この目標は、昨年の時点で「ミニマリズム」というアルバムを完成させることで実現しました。ただそれだけではなくてもう一つ、これもやはり自分が長年続けてきた映画音楽やテレビ・ドラマのサウンド・トラックに代表されるメロディアスな音楽を、オーケストラを使って録りたいと去年からずっと思っていたんですよ。つまり、作家としての自分と、メロディー・メーカーとしての自分の両方を生かしたいというか。去年の「ミニマリズム」の録音時に書いていたノートを引っくり返してみると、両方の種類の音楽についてのメモを残しているんですね。年が明けて考えてみて、やはりこれは両方あってこそ自分の姿ではないか、と強く思うようになって。「ミニマリズム」と「メロディフォニー」の2つを持って、自分をすべて表現できるという気持ちです。

レコーディングでこちらに来る直前まで編曲作業などを行っていたので、ピアノを触る時間が1日に1時間もなかったんですよ。ピアノは間違いなく練習量が比例してくる楽器ですから。通常だと1日7、8時間は練習するのに、今回は1時間くらいしかできなかった。

3日間にわたってオーケストラとのレコーディングがあり、その後に迎えたピアノ演奏の収録の日は、朝から別の録音作業を始めて、午後は50人くらいのコーラスを指揮して、疲労もピーク。それからピアノの演奏をするのは少し厳しいんじゃないかと思っていたんですが、その中でも実は起きていたんで。限界を超えているときは、変に休まない。確か夜中に4時間くらいぶっ通しでピアノを弾いてました。疲れているときは、ピークを超したらひたすら集中する。休まずにもうひたすらそこに向かったのが、良い結果になったのではないかと思いますね。

もっと完成されたものを考えたい、もっとレベルの高いものをという思いはいつも根底にはあるのですが、結局はディテールの積み重ねなんですよ。一つひとつの仕事を区切りにしながら、一個一個調整をしていく。指揮者としてもきちんとしたものができるようになりたい。もちろん作曲家としても。そういうようなことを僕は考えちゃいますね。

Blog. 久石譲 「ミニマリズム」「メロディフォニー」 Webインタビュー内容

 

 

 

【楽曲解説】

1. Water Traveller
1993年、大林宣彦監督の映画『水の旅人 ~侍KIDS』よりメインテーマ。身長約17センチの水の精霊と主人公の少年の交流を描いた末谷真澄原作の『雨の旅人』を映画化したSFXファンタジー映画。サウンドトラック収録も、ロンドン交響楽団の演奏で行った。当時のオリジナル楽譜のホルン6本の編成を甦らせ、壮大な世界観が見事再現されている。

2. Oriental Wind
2004年より放映中のサントリー緑茶・京都福寿園「伊右衛門」CM曲。今やお茶の間でお馴染みとなった美しい旋律は、黄河のようなアジアの大河の悠々とした流れをイメージしてつくられた。朗々とした格調高い優雅なメロディの裏では、繊細なリズムや激しいパッセージの複雑な内声部が繰り広げられ、より深い味わいを加えている。

3. Kiki’s Delivery Service
1989年、宮崎駿監督の映画『魔女の宅急便』より。「海の見える街」を本アルバムのために、ピアノとヴァイオリン、弦楽オーケストラを主体に書き下ろした楽曲。愛くるしさいっぱいの軽やかなリズムと可憐なメロディ、中間部の大人びたジャジーな曲調は、大人へと成長をとげる魔女の子・キキのように、様々な表情を魅せてくれる。

4. Saka No Ue No Kumo
NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』より。司馬遼太郎の同名長編小説をもとに映像化され、2009年より足掛け3年間にわたり放映。明治時代の過渡期を生きた人々を描く壮大なスケールの物語。重厚なオーケストレーションは日本の五音階と西洋のモダンな音階を融合させ、独自の世界観を引き出している。”凛として立つ”美しき姿をイメージしたというメインテーマ「Stand Alone」を含む、「時代の風」「蹉跌」「戦争の悲劇」の4つのテーマを組曲形式で再構築した。

5. Departures
2008年、米国アカデミー賞外国語映画賞に輝いた滝田洋二郎監督作品、映画『おくりびと』のサウンドトラックより、メインテーマを含む複数の主要テーマを組曲として書き直した。元チェリストの主人公が納棺師になる設定から、チェロをメインに据える楽曲の構想が練られた。楽器の特性を最大限に活かしたメロディは、時には優しく、時には激しく、時折コミカルさも覗かせながら、心の揺れ動きを表現している。

6. Summer
1999年に公開された北野武監督の映画『菊次郎の夏』より、メインテーマ「Summer」。軽快な弦のピッツィカートからはじまる冒頭部と、中間部の美しいピアノの旋律が印象的な楽曲は、ひと夏の冒険を描いた映画の世界を爽やかにうたいあげている。トヨタ「カローラ」のCMでも起用された楽曲。

7. Orbis
「サントリー 1万人の第九」の25周年記念委嘱曲として2007年制作。初演時には、大阪城ホールとサントリーホールとを衛星中継で同時演奏し話題を呼んだ。パイプオルガンとオーケストラ、1万人の合唱から成る華やかな祝典序曲を、フルオーケストラ用に書き直した。散文的なキーワードを組み込んだ歌詞を世界有数の合唱団London Voicesが歌う。生命の起源となる水の小さな水泡が繋がって、やがて大きな環となる…。Orbisとはラテン語で「環」「輪」などの意。

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「Orbis」 ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~
曲名はラテン語で”環”や”繋がり”を意味します。2007年の「サントリー1万人の第九」のために作曲した序曲で、サントリーホールのパイプオルガンと大阪城ホールを二元中継で”繋ぐ”という発想から生まれました。祝典序曲的な華やかな性格と、水面に落ちた水滴が波紋の”環”を広げていくようなイメージを意識しながら作曲しています。歌詞に関しては、ベートーヴェンの《第九》と同じように、いくつかのキーワードとなる言葉を配置し、その言葉の持つアクセントが音楽的要素として器楽の中でどこまで利用できるか、という点に比重を置きました。”声楽曲”のように歌詞の意味内容を深く追求していく音楽とは異なります。言葉として選んだ「レティーシア/歓喜」や「パラディウス/天国」といったラテン語は、結果的にベートーヴェンが《第九》のために選んだ歌詞と近い内容になっていますね。作曲の発想としては、音楽をフレーズごとに組み立てていくのではなく、拍が1拍ずつズレていくミニマル・ミュージックの手法を用いているので、演奏が大変難しい作品です。

「Orbis」ラテン語のキーワード

・Orbis = 環 ・Laetitia = 喜び ・Anima = 魂 ・Sonus, Sonitus =音 ・Paradisus = 天国
・Jubilatio = 歓喜 ・Sol = 太陽 ・Rosa = 薔薇 ・Aqua = 水 ・Caritas, Fraternitatis = 兄弟愛
・Mundus = 世界 ・Victoria = 勝利 ・Amicus = 友人

Blog. 「久石譲 第九スペシャル」 コンサート・プログラムより
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8. One Summer’s Day
2001年公開、宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』より「あの夏へ」。神々の住まう不思議な世界に迷い込んでしまった10歳の少女・千尋が、湯屋「油屋」で下働きしながら次第に生きる力を取り戻していく物語。郷愁をかきたてる美しいメロディと、ピアノをフィーチャーした繊細なオーケストレーションは秀逸。

9. My Neighbour TOTORO
1988年の宮崎駿監督作品、映画『となりのトトロ』より、エンディングテーマ曲「となりのトトロ」。父親とともに郊外に引っ越してきたサツキとメイの幼い姉妹が、森で不思議な生き物・トトロと出会う。心躍るファンタジーの要素をふんだんに取り入れたアレンジとシンプルなメロディは、久石譲の代表作の一つ。

(【楽曲解説】 ~CDライナーノーツより)

 

 

【補足】
DVD収録内容について

本作品より選ばれた楽曲のレコーディング映像を編集したものである。またドキュメンタリーなどとは違い、レコーディング映像中心で楽曲も省略されたり途中で終わることなく一曲通して聴くことができるのもありがたい。CDと同じように音楽だけが響いている。CD同様に楽曲を楽しみ、かつパートごとに映し出される楽器や奏者を映像で楽しむことによって、臨場感や緊張感が伝わりより深く作品を味わうことができる。

インタビューに関しては本作品ライナーノーツでの楽曲解説や久石譲インタビューと重複内容も多く、言葉として文章として参考にされたい。

また久石譲インタビューの前に、レコーディング・エンジニアであるピーター・コービンのインタビューも収められている。ここではその内容を一部抜粋して紹介する。海外からみた久石譲、世界屈指の一流音楽家たちからみた久石譲を垣間見ることができる貴重な証言である。

 

「彼は完成された音楽家です。作曲家としてももちろん尊敬していますし、オーケストラにとっては、実際に作曲する指揮者と共に演奏する事が最も幸せな事なのです。言語の違いはあるけれど、コミュニケーションも問題なく、オーケストラの中でも尊敬されています。自分の音楽を誰よりも把握しているし、具体的な指揮をしているからです。リズムとメロディーを通じて、明確な指揮をしていると感じます。」

「去年収録した『ミニマリズム』と今回のアルバムの違いは、前回はリズムが特徴的でしたが、今回のアルバムではメロディーが中心になっています。楽曲から映像が想像できる美しいメロディーが存在しています。映像的なメロディーは、彼の卓越した感性と技術から成るものです。メロディーとリズムを絶妙に組み合わせるのが上手いのです。」

(ピーター・コービン DVD収録インタビューより 書き起こし)

 

 

「つくり終わって大変満足しています。やっとこれでトータルな自分の音楽が完成したなと。なぜかと言うと去年『ミニマリズム』という作家性の強い作品をつくって。その制作中から今回のようなエンタテインメントのメロディー中心の曲をオーケストラで録りたいと思っていたんです。だから2年がかりでひとつのコンセプトが完成したという感じ。自分の持っている内生的な部分と外に向かって人を楽しませたいという部分。その両面をこれで表現できたなと思います。やはりどちらかだけではダメなんですよね。」

「それはですね、映像の仕事の場合、基本的には監督にインスパイアされて、すごく一所懸命曲を書くわけです。ところがやはり映像の制約というものもある。『このシーンは3分です』だとか。だから映像の中のドラマ性に合わせなくてはいけなくて。映像と音楽合わせて100パーセント、もしくは音楽がちょっと足りないくらいがいいときもある。そこから解放されて音楽自体で表現、音楽だけで100に。つまり本来曲がもっている力を音楽的にすべて表現できる。そこが今作なんです。」

Blog. 「週刊アスキー 2010年11月9日号」「メロディフォニー」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「サビの部分で日本のオーケストラは『トトロ…』と歌を知っているので楽譜の音符ではなく、言葉のリズムで弾くんですが、LSOは譜面に忠実に演奏するので、イントネーションが違ってきたんです」

Blog. 「モーストリー・クラシック 2010年12月号 vol.163」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「昨年、ストイックに現代音楽を追求した「ミニマリズム」という作品を作って長年の夢をかなえた。でも、実はその時から対になるメロディーを重視したアルバムを出したいという構想があったんだ。「ミニマリズム」に続いてロンドン交響楽団に演奏してもらったのは、「となりのトトロ」など、僕の曲をほとんど聴いたことがないであろうオーケストラが演奏するとどうなるか興味があったんだ。結果はとても面白いことになった。「トットロ トットーロ」というフレーズも、彼らは元の歌を知らないのであくまでシンフォニーを支えるモチーフの一つとして捉えて演奏していたんだ。」

Info. 2010/10/13 ベストアルバム「メロディフォニー」を発売 久石譲さんに聞く(読売新聞より) 抜粋)

 

 

 

久石譲が全曲を編曲、監修した作曲家自身によるオフィシャルスコア。久石の映画音楽の楽譜がオーケストラ・スコアの形で公表されることは、これまでほとんどありませんでした。久石サウンドの秘密を探る絶好の楽譜となっています。

 

 

 

2018年4月25日 LP発売 UMJK-9079/80
完全生産限定盤/重量盤レコード/初LP化

 

 

 

久石譲 『メロディフォニー』

1. Water Traveller (映画『水の旅人』メインテーマ)
2. Oriental Wind (サントリー緑茶「伊右衛門」CM)
3. Kiki’s Delivery Service (映画『魔女の宅急便』より「海の見える街」)
4. Saka No Ue No Kumo (NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』より)
5. Departures (映画『おくりびと』より)
6. Summer (映画『菊次郎の夏』メインテーマ / トヨタ・カローラCM)
7. Orbis (サントリー「1万人の第九」25回記念序曲 委嘱作品)
8. One Summer’s Day (映画『千と千尋の神隠し』より「あの夏へ」)
9. My Neighbor TOTORO (映画『となりのトトロ』より「となりのトトロ」)

指揮・ピアノ:久石譲
演奏:ロンドン交響楽団 London Symphony Orchestra
コーラス:ロンドン・ヴォイシズ London Voices 7.

録音:アビーロード・スタジオ(ロンドン・イギリス)

 

初回限定盤
レコーディング映像とインタビューを収録したDVD付豪華デジパック仕様

《初回限定盤DVD》 (メロディフォニー映像)
Melodyphony Recording Video
・Departures
・One Summer’s Day
・Kiki’s Delivery Service
・Interview

 

【初回限定盤A】
CD2+DVD
CD ~「Melodyphony」 / 「Minima_Rhythm」
DVD ~「Melodyphony映像」「Minima_Rhythm映像」
※「Minima_Rhythm」CDおよびDVD内容は同作品初回限定盤に同じ
スペシャル・ブックレット

【初回限定盤B】
CD+DVD
CD ~「Melodyphony」
DVD ~「Melodyphony映像」「Minima_Rhythm映像」
※「Minima_Rhythm」CDおよびDVD内容は同作品初回限定盤に同じ

【通常版】
CD
CD ~「Melodyphony」

 

Disc. 久石譲 『Minima_Rhythm ミニマリズム』

久石譲 『ミニマリズム』

2009年8月12日 CD発売
CD+DVD(初回限定盤)UMCK-9292
CD(通常盤)UMCK-1321
2018年4月25日 LP発売 UMJK-9077/8

 

久石譲の原点ともいえる「MKWAJU」から新作「Sinfonia」までをロンドン交響楽団の演奏で完全収録。コーラスにはロンドン・ヴォイシズも加わり、シンフォニックなミニマルミュージックの世界を存分に味わえる貴重な一枚!

 

 

【楽曲解説】

Minima_Rhythm

かつて僕が現代音楽の作曲家だった頃、ずっと書いていたのがミニマル・ミュージックだった。そのミニマル・ミュージックにもう一度向き合って、僕自身の中で作品という形にした。そんな思いからアルバムはスタートした。

「Minima_Rhythm」というタイトルは、ミニマル・ミュージックの「Minimal」という字と、リズムの「Rhythm」を合わせた造語だが、リズムを重視したミニマル・ミュージックの作品を作りたいという作家の思いからつけた。

僕の大学時代は、不協和音でスコアが真っ黒になるような(半音ずつぶつけたような)ものばかり書いていたのだが、その当時の現代音楽は、様々な特殊奏法を含めて、響きを重視することばかりに偏ってしまっていた。人間が聴いて理解する範囲を超えてしまう譜面で溢れてしまい、作曲家は自己満足のように、できるだけ緻密な曲を書くということに執着してしまっていた。僕もその一人だったが、何か違うと感じていて、この方法では表現しきれない、というより、これは自分のやりたいものではないと感じていた。そのときに出会ったのがミニマル・ミュージックだった。不協和音ばかりに偏重してしまった現代音楽の中でも、ミニマル・ミュージックには、調性もリズムもあった。現代音楽が忘れてしまったのがリズムだったとするならば、それをミニマル・ミュージックは持っていた。

その後30年近く、映画音楽やポップスのフィールドで仕事をしてきた。言うまでもなくポップスの基本はリズムであり、またメロディーにもある。そこで培ってきた現代的なリズム感やグルーヴ感、そういうものをきちんと取り入れて、両立させることで独自の曲ができるのではないか。もう一回、作品を書きたいという気持が強くなったとき、自分の原点であるミニマル・ミュージックから出発すること、同時に新しいリズムの構造を作ること、それが自分が辿るべき道であると確信した。それがごく自然なことだった。

 

Links
2007年のCoFesta(JAPAN国際コンテンツフェスティバル)からの委嘱作品。
実はこの「Links」を作る前に「Winter Garden」というヴァイオリンとピアノのための曲を書いたのだが、変拍子のリズムと、それでも違和感が無いメロディーが合体するヒントが掴めた。それと同じアプローチでオーケストラに発展させたものが「Links」だ。この「Links」を書いたことによって、徐々に自分の中でミニマル・ミュージックへ戻るウォーミング・アップが出来た。

今回は、レコーディング初日の1曲目に「Links」を録ったのだが、それが良かった。僕の書いた映画音楽はオーケストラの人もよく知っていて「”Spirited Away”(『千と千尋の神隠し』) is Fantastic!!」とか、ずいぶん声をかけてくれた。たぶん、その延長線上にあるレコーディングだと思っていたのかもしれない。が、「Links」を振りはじめた瞬間、ロンドン交響楽団の人たちの目つきが変わった。「これはチャレンジだ!新しいオーケストラ曲だ」と、コンサートマスターのカルミナは言った。だから、アルバムもこの「Links」でスタートするのが自然だった。

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JAPAN国際コンテンツフェスティバル(通称 CoFesta)のテーマ曲として2007年につくられた楽曲。ミニマル・ミュージックのスタイルを多分に踏襲した楽曲。冒頭に現れるリズミックで特徴的なフレーズを様々な形に発展、展開させていき、後半にいくにつれ、緊張感とともに盛り上がりをみせる。15拍子という変拍子であるが、グルーヴさえも感じさせる久石らしい、スピード感溢れる楽曲。
*(「久石譲 Asia Tour 2010」コンサート・プログラム 楽曲紹介 より)
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前述した「Winter Garden」や「Links」といった最近の僕の作品には、11拍子や17拍子といった特殊拍子が必ず出てくるのですが、そういう変拍子なのだけれどもグルーヴを感じさせるリズムの使い方が、現在の自分にとって気に入っているパターンです。
Blog. 久石譲「Orchetra Concert 2009 Minima_Rhythm tour」コンサート・パンフレットより
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Sinfonia  for Camber Orchestra
「Sinfonia」は、作品を書くと決めたときの出発点と言ったら良いのだろうか。逆に言うと、30年近い空白を埋めるための大事なプライベート作品ということになる。もちろん、今までもミニマル・ミュージックをベースにした曲は作ってきたのだが、やはりそれは、半分ポップス・フィールドに片足を残して一般の人に聴いてもらうために(もっと言うとCDセールスのために)妥協しなければならないことが多々あったのは事実だ。だから、完全に作品とは言い切れない部分を僕は認める。

だが、この「Sinfonia」に関しては、自分の中のクラシック音楽に重点を置き、音楽的な意味での、例えば複合的なリズムの組み合わせであるとか、冒頭に出てくる四度、五度の要素をどこまで発展させて音楽的な建築物を作るか、ということを純粋に突き詰めていった。もう一つ、副題として”クラシカル・ミニマル・シンフォニー”とつけたいくらいなのだが、それは、クラシック音楽が持っている三和音などの古典的な要素をきちんと取り入れてミニマル・ミュージックの作品にしたかった。

第一楽章の「Pulsation」という曲は、昔、現代音楽家として最後に書いた「パルゼーション」という曲の構造を発展させたものだ。リズムというよりも、機械的なパルスお組み合わせで、四分音符、八分音符、三連符、十六分音符のリズムが複合的に組み合わされ、五度ずつ上がっていく全部の調でそれが展開される。

第二楽章の「Fugue」は、雲のように霞がかったり消えたりするようなコード進行の部分と、いわゆるバッハなどの古典派的なフーガの部分とで構成されている。これも第一楽章と同じで五度ずつハーモニーが上昇し、全部の調で演奏されて終わる。

第三楽章の「Divertimento」は、直前のクラシックのコンサート(※2009年5月24日、久石譲Classics vol.1)で初演した曲。そのときは弦楽オーケストラだけだったが、今回は管楽器などを加えて書き直した。ティンパニやホルンなどが入ったおかげで、より一層古典派的なニュアンスが強調されて、初演の弦楽オーケストラとは一味違う曲になった。

 

MKWAJU 1891-2009
東アフリカの草原に、理由もなくポツンと生えているものすごく大きな木、それがムクワジュだ。素材にしたのは、東アフリカの民俗音楽。アフリカのリズムが持っている多重的な要素を取り入れて、その音型をもとに作品にした。

1981年に発表したときには、個人的なことだが、自身の技術力が追いついていなくて、素材を上手に使いきれていなかった。色々仕掛けをしていたはずなのだが、どこか幼稚さが残ってしまっていた。フレーズが半拍ずつズレていくところを、単にズレただけで、ちゃんと聴かせるだけの技術力がなかった。

今回新たに書き直すことによって、その当時は表現しきれなかったズレをしっかり聴かせられる作品に仕上がったと思う。

ミニマル・ミュージックのような繰り返しの音楽は、実はものすごく難しい。単に同じ素材を繰り返しているだけだと当然飽きてしまうから、微妙にアングルを変えていくように微細な変化をさせていかなければならない。聴いている人には単に繰り返しているように聴こえるが、徐々に川の流れのように変化している。いわばその変化を無意識の世界に訴えているわけだ。二つ目にもっと大事なことは、素材が良いこと。ミニマル・ミュージックが成立するかしないかは、この二点に係る。そういう意味では、この「MKWAJU」は本当に良い音型に出会えた。この♪タンタンタカタカタカタカタッタッというフレーズを、オーケストラの人たちがアールグレイの紅茶を片手に老化を歩きながら口ずさんでいるのを聞いたときには、ヤッタ!と思いましたね、ホント。

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アフリカの民族楽器を素材に、多重的なリズム要素の音型をもとに作品にした楽曲。「♪タンタンタカタカタカタカタッタッ」という心地よいリズムの音型が全編を通して微細に変化していく久石のミニマル・ミュージック作品の代表格。1981年に初出した小編成だったものを、2009年の「ミニマリズム」に収録する際に、オーケストラ曲として再構築した。
*(「久石譲 Asia Tour 2010」コンサート・プログラム 楽曲紹介 より)
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The End of the World
僕はどちらかと言うと、音楽は純粋に音楽で表現するべきだと捉えているのだが、この「The End of the World」は社会的なメッセージ性を込めた数少ない作品の一つだ。その一つに、1992年に作った『My Lost City』というアルバムがある。世界大恐慌が起こった1930年代に、狂乱の日々を送って破壊的な人生を歩んだ米国の作家F・スコット・フィッツジェラルドをテーマにしつつ、実は日本のバブルに対する警鐘の意味を込めていた。日本人、こんなに浮かれていたら大変なことになるぞ、と。案の定、バブルは崩壊して日本は本当に漂流を始めたわけだが。

この「The End of the World」では「After 9.11」をテーマに扱った。「9.11」を契機に、世界の価値観が完全におかしくなってしまった。どっちに向かえば良いかわからない、指針のない不安な時代を生き抜くのは容易なことではない。せめて自分自身をしっかり見つめて、自分を見失わないように生きるしかない。世界はもうよくはならない。この動乱の時代を生き抜くには一に体力、ニに気力、三、四がなくて五にすべてを受け入れること。まわりが自分をよくしれくれることはもうない。自らの手で自分自身を、そして、まわりを変えていく意思を持とう、というある意味ではポジティブなメッセージでもある。

オリジナルは12人のチェロ、ハープ、パーカッション、コントラバスとピアノの編成だったが、今回オーケストラ楽曲用に大幅に加筆し書き直し、数年前の構想段階で考えていたコーラスも復活させた。「世界は終わる」という意味のことばと、「悲しみと危機は愛によって去る」というラテン語の歌詞を当てはめたことによって、やっと完成した。ロンドン・ヴォイシズのコーラスを聴いたとき、この曲が本来行くべきところにやっと辿り着いた、という感動がこみ上げてきた。

 

mundus finis 世界は終わる

mundus finis 世界は終わる

homines precor 人々は祈る

tristitia et articulus licentia per amor 悲しみと危機は愛によって去る

「The End of the World ~ III. Beyond the World~」より

 

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第1楽章の「Collapse」は、グランド・ゼロに着想を得て作られた。冒頭から絶えず打ち鳴らされるピアノのリズムは、後の全楽章に通ずる主要動機となり、強烈なメッセージを投げかけ続ける。チェロやハープ、マリンバのアンサンブルが主要動機と複雑に絡み合い、焦点の定まらない危うさを醸し出している。

グランド・ゼロに程近いセント・ポール教会の名を称した、第2楽章「Grace of the St. Paul」は、人々の嘆きや祈り、悲しみを題材としている。チェロソロのイスラム的なメロディーとティンパニの主要動機による対話から始まる。一転してコントラバス、ピアノ、ヴィブラフォンによるジャジーなメロディーは、調性の定まらない浮遊感を漂わせる。

第3楽章「Beyond the World」は、人々の不安や悲哀が極限まで膨張する様を描くが、同時に人間の持つ混沌としたエネルギーに対する肯定的ない見も含まれている。8分の11拍子の複雑かつ緻密に関わり合うパッセージは、常に緊迫感を持ち大きな渦となって膨らみ続ける。我々の住む世界の”向こう側”には何があるのだろうか…。
オリジナル・アルバム『Another Piano Stories ~The End of the World~』 CDライナーノーツより
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「実は、直前まで決定するのに苦しんでいて、やっと「The End of the World」というタイトルに決まったんです。この「The End of the World」には同名のスタンダード曲も存在して、「あなたがいないと私の世界が終わる」というような意味のラブソングです。でも、この曲のあなたを複数形でとらえ、あなたたちが存在していなければ、世界は終わってしまうといった、もっと広い意味で捉えると、たぶん今、僕が考えている世界観にとても近いんじゃないかと感じて、敢えてこの同じタイトルを用いた理由です。楽曲は、1楽章は4分の6拍子から始まり、最終楽章が8分の11拍子という、大変難しい曲。おまけに、絶えずピアノが鳴らす基本リズムがあり、それに他の楽器が絡み合う、本当に”世界のカオス”、まさに”混沌”を表現するような、アンサンブル自体がカオスになってしまうんじゃないかというくらいの難曲になってしまいました。」
Blog. 「久石譲 ~Piano Stories 2008~」 コンサート・パンフレット より
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実は、僕はコーラス曲を書くのはあまり好きではなかった。というのも、言葉の問題と折り合いをつけることがどうしても難しかったからなのですが。でも、何年か前の「Orbis」(※2007年12月、サントリー1万人の第九の第25回記念序曲としての委嘱作品)でコーラスに取り組み、散文的な幾つかのキーワードを用いることで楽曲として成立させることが可能だとわかった。それからミュージカル『トゥーランドット』を経て、『崖の上のポニョ』でもコーラスを使っています。それと昨年の武道館コンサートでは200名のオーケストラと800名の混声合唱団で全開にしていますし、今では”オーケストラ+コーラス”は僕の定番みたいになっていますね(笑)。

今回の「Beyond the World」では、ロンドン・ヴォイシズからコーラス譜の書き方を誉められたんです。「ジョー、お前はどこで勉強してきたんだ?ジュリアードかパリのコンセルバトワールか?」「いや、ジャスト日本!」「アンビリーバブル!こんなに上手くコーラス譜を書ける奴はいないよ!」と。これはちょっと嬉しかったですね。
Blog. 久石譲「Orchetra Concert 2009 Minima_Rhythm tour」コンサート・パンフレットより
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DA・MA・SHI・絵
1985年の『α-BET-CITY』で発表した作品。その後も1996年にオーケストラに直しているがコンサートのみの演奏だったので、オーケストラ曲としては初の収録となる。

メイン音型と7つから成るフレーズの組み合わせを今回一新して(オリジナル音型は残したまま)組み替えたため、結局ゼロから作り直したようなまったく新しい世界が出来上がった。

ミニマル・ミュージックの基本音型というのは、組み合わせを一つでも変えると、全部作り直ししなければならなくなる。一部分だけ直すということはあり得ない。ある日、ここが違うな、と直しだすとそれ以降全部パターンが変わってしまう。要するに八割方できた気がしても、ちょっと直すとまたゼロからの作業になるというその繰り返し。普通、映画音楽などを作曲するときには、時間をかけて作った分だけ必ずレベルがアップして良くなっていく場合が多いのだが、ミニマル・ミュージックに関しては、完成に近づくまでの試行錯誤が大変だ。行きつ戻りつしながら、真っ暗闇の中で遠くに見える微かな灯りを目指すように、何かありそうだなと思って作り出すのだが、多くの絶望の時間の果てに、曲が本来求めている形に出会えた時の嬉しさといったらない。その幸せを味わうために僕は今日も、孤独な作業(作曲)を続けている。

2009年7月 久石 譲

(【楽曲解説】 ~CDライナーノーツより)

 

 

『ミニマリズム』 久石譲インタビュー内容

「クラシックのフィールドに立つと、“作品”を書かなくてはならない。それ自体が音楽として成立するような作品を絶えず書き続ける必要があります。でもポップスに身を移してからは、作品を一切書かなくなりました。もちろん、折々にアプローチはしてきました。ポップスのフィールドにありながらギリギリ許せる範囲でミニマルに寄った曲を作ってきました。でもそれはクラシック的な意味あいでの“作品を作る”ことではなかった」

「このごろ、よくクラシックの指揮をします。僕は大学時代、ほとんどいわゆる“クラシック”を勉強してこなかったんです。やりたい現代音楽に夢中だった。たとえばベートーヴェンの『運命』なんてのは、当然アナリーゼ(楽曲分析)の授業でやりましたけど、“ああ、クラシックね、はいはい”っていう意識しかなくて(笑)。でもいざ自分で振るとなるとまったく別なんですね。ひとつのシンフォニーを指揮するには、3カ月は譜読みをします。同じ曲なのに、大学時代とは違うものが見えます。 ある仕掛けが生み出す効果や、“なるほど”と思うことが非常に多くて。それで、僕は自分のなかのクラシックをもう一度見てみたいと思うようになったんです」

「だから今回は、今までの立ち位置ではなく、もう一度完全にクラシックに自分を戻して書いたんです。そういう意味では、これは僕の“作家宣言”といっていいでしょうね」

Blog. 「Web R25」 久石譲 ロングインタビュー (2009年)

 

 

久石は自分と藤澤守の関係についてこう語る。「人間って元に戻りますね。ぼくはやっぱり藤澤守なんですよ。去年『ミニマリズム』を作るときに作曲者名は全部、藤澤守でやろうと思った。エンターテイメントは久石でやっているけど、作品は藤澤だろうと。2日に一遍はそのことを考える。今度の曲は絶対藤澤守で出してやるぞと」

-でもそうしたら売れない?

「うん。いつか作曲・藤澤守、指揮・久石譲でやりたい。それが理想ですね、ぼくの」

久石は二人分の人生を生きているのだった。時間が足りないわけである。

Blog. 久石譲 雑誌「AERA」(2010.11.1号 No.48) インタビュー

 

 

2009 久石譲 in London
ABBEY ROAD STUDIOS &LONDON SYMPHONY ORCHESTRA

2009年6月、久石譲の新作アルバム「Minima_Rhythm」のレコーディングがロンドンで行われた。アビー・ロード・スタジオ、ロンドン交響楽団の演奏、このレコーディングには”或るストーリー”があった。

-アビー・ロード・スタジオへの想い

久石:
僕がロンドンに住んでいた頃、アビー・ロード・スタジオにマイク・ジャレットというとても親しいチーフエンジニアがいたんです。一緒にレコーディングをすることも多く、本当に信頼の置ける人物だったのですが、惜しいことに若くしてガンで亡くなってしまった。彼の最後のセッションが僕との仕事で、ロンドン交響楽団演奏による『水の旅人』のメイン・テーマのレコーディングだったんです。そのときはエアー・スタジオのリンドハース・ホールで録ったんですが。そしてマイクは亡くなり、僕はロンドンを引き払った。そのあたりのことは『パラダイス・ロスト』という本にかなり詳しく書いています。その後、ロンドンでのレコーディングは何度もしたんだけど、アビー・ロード・スタジオでのレコーディングは避けた。ちょっと行くのがきつかった……。

数年前、『ハウルの動く城』のとき、チェコ・フィルハーモニー交響楽団でレコーディングしたものを、アビー・ロード・スタジオでサイモン・ローズとMixしたんです。それが久しぶりでしたね。そのとき、このスタジオに戻ってきたなぁという感慨があって、スタジオの隅、地下のレストラン、どこもマイクの遺していった匂いのようなものが感じられた。イギリス人独特のユーモアや品の良さ、クリエイティブな匂いとでもいうのかな。

そして今回、僕としては最も大切なレコーディングになるので、それはアビー・ロード・スタジオ、そしてロンドン交響楽団しか考えられなかったのです。マイクの亡き後も、アビー・ロード・スタジオでは伝統がきちんと引き継がれています。マイクのアシスタントだったサイモンは、今はジョン・ウィリアムズ等を録る一流のエンジニアになっているし、今回のエンジニアのピーター・コビンは、マイクの抜けた穴を埋めるべく、オーストラリアのEMIからスカウトされた。高い水準を維持するために。

今回ついたアシスタントも非常に優秀で、何にも指示されなくても動けちゃうんですよ。たぶんまた5年後、10年後になると彼らが素晴らしいチーフエンジニアに成長していくんだろうと、そういう人や技術の継承をとってもても、やっぱりナンバーワンのスタジオですね。

Blog. 久石譲「Orchetra Concert 2009 Minima_Rhythm tour」コンサート・パンフレットより

 

 

-そういった古典音楽の手法が使われていながら、ミニマルの規則的に移り変わって行く音楽の特徴はそのままなので、演奏は至難では。

久石:
それもあって、名手ぞろいのロンドン交響楽団とアビーロード・スタジオで録音しました。アビーロード・スタジオのチーフエンジニアやコンサートマスターのカルミネ・ラウリが参加、最初は映画音楽の録音と思っていたようですが、事務局に曲のことを説明し、譜面も送っていたので、ロンドン響もクラシック音楽を演奏するときの陣容で録音に臨んでくれました。

曲のリハーサルをやっているうちに、ミニマル特有の音型を繰り返す音楽なので、縦の線を合わせるために、クリック(規則正しく繰り返される電子音)をつけてずれないように演奏し、録音もうまく行きました。

彼らはジョン・アダムズなどのミニマルの作曲家の作品も手がけていることもあって、とてもふくよかで豊かな演奏になっています。それに、録音後のマスタリングでも、ポピュラーや映画音楽などはCDのプレイボタンを押すとすぐ音楽が始まるように設定しているんですが、別にこちらからオーダーしたわけではないのですが、クラシック音楽のように、音が出るまで時間をあけてくれたんです。作品を聴いて、彼らがそう感じてくれたのは嬉しかったですね。

Blog. 「モーストリー・クラシック 2009年10月号」 久石譲インタビュー内容

 

 

このシンフォニアというのは全3楽章から出来ていて、1楽章目が「パルゼーション」。これは「パルス」ですね。四分音符のタン・タン・タン・タン、八分音符のタン・タン・タン・タン、三連符のタタタ・タタタ、十六分音符のタタタタ・タタタタ。そういう色々なものがただ組み合わされて、パーツで見ると何をしているか非常に明解な曲なんですね。それから2曲目の「フーガ」というのは、朝礼で使われる「ドミナントコード」というのがあるのですが、この和音ばかりを繋げて出来ています。普通ドミナントいうのは必ず解決しますが、これは解決しないまま次々と行ってしまうんですね。3曲目の「ディヴェルティメント」は、「ミニマル・ミュージック」と「古典」の音楽を融合させています。テーマは単純に第九のモティーフと一緒です。これを使って出来るだけシンプルに構成する。僕がやっているミニマル・ミュージックというのはあくまでもリズムがベースになるんですね。それを徹底してやろうと思いました。

Blog. 「読響シンフォニックライブ 2012年8月15日」 放送内容 より一部抜粋)

 

 

DVD収録内容について

本作品より選ばれた楽曲のレコーディング映像を編集したものである。またドキュメンタリーなどとは違い、レコーディング映像中心で楽曲も省略されたり途中で終わることなく一曲通して聴くことができるのもありがたい。CDと同じように音楽だけが響いている。CD同様に楽曲を楽しみ、かつパートごとに映し出される楽器や奏者を映像で楽しむことによって、臨場感や緊張感が伝わりより深く作品を味わうことができる。

インタビューに関しては本作品ライナーノーツでの楽曲解説や久石譲インタビューと重複内容も多く、言葉として文章として参考にされたい。

 

ロンドン交響楽団:弦14型3管編成
ロンドン・ヴォイシズ:50名

 

 

2018年4月25日 LP発売 UMJK-9077/8
完全生産限定盤/重量盤レコード/初LP化

 

 

久石譲 『ミニマリズム』

1.Links (CoFesta Japan国際コンテンツフェスティバル テーマ曲)
2.Sinfonia for Chamber Orchestra I.Pulsation
3.Sinfonia for Chamber Orchestra II.Fugue
4.Sinfonia for Chamber Orchestra III.Divertimento
5.MKWAJU 1981-2009
6.The End of the World I.Collapse
7.The End of the World II.Grace Of St. Paul
8.The End of the World III.Beyond The World
9. DA・MA・SHI・絵

指揮・ピアノ:久石譲
演奏:ロンドン交響楽団
コーラス:ロンドン・ヴォイシズ 8.

録音:アビーロード・スタジオ (ロンドン・イギリス)

 

初回限定盤
レコーディング映像とインタビューを収録したDVD付豪華デジパック仕様

《初回限定盤DVD》
Minima_Rhythm Recording Video
・MKWAJU 1981-2009
・The End of the World  III. Beyond the World
・Interview

 

Score. 久石譲 「ミニマリズム -オリジナル・スコア-」 [スコア]
現代音楽作曲家・久石譲のオーケストラ作品を集めたスタディ・スコアです。収められている全5作品は、作曲家自身が原点と述べる「ミニマル・ミュージック」に立ち返って作曲、あるいは過去の自作を編曲したもので、久石最初期の作品を全面的に改稿した《ムクワジュ 1981–2009》《Da・Ma・Shi・絵》、今世紀に入って作曲された近作《リンクス》《ジ・エンド・オヴ・ザ・ワールド》《シンフォニア》の5曲が収められています。

 

Minima_Rhythm

1.Links
2.Sinfonia for Chamber Orchestra – I. Pulsation
3.Sinfonia for Chamber Orchestra – II. Fugue
4.Sinfonia for Chamber Orchestra – III. Divertimento
5.MKWAJU 1981-2009
6.The End of the World – I. Collapse
7.The End of the World – II. Grace Of St. Paul
8.The End of the World – III. Beyond The World
9. DA-MA-SHI-E

 

Disc. 久石譲 『Another Piano Stories ~The End of the World~』

久石譲 『Another Piano Stories』

2009年2月18日 CD発売
CD+DVD(初回限定盤)UMCK-9260
CD(通常盤)UMCK-1294

 

あのPiano Storiesから新たな物語が生まれる。話題の楽曲から新曲までを全新録にて収録。久石譲のピアノはもとより、12名のチェリスト、2台のハープ、コントラバス、マリンバ、パーカッション編成で魅了したコンサートツアーを元に新たにレコーディングされたアルバム。

 

 

【楽曲解説】

1. Woman
婦人服ブランド「レリアン」のCMテーマ曲として作曲。今作品はヨーロピアンテイストをそのままに新たな作品に仕上げた。マリンバの軽快なリズムや、ピアノとハープの織り成す旋律によってますます華やかさと洗練された都会のイメージをまとい、凛とした力強さが加わった。”欧州の街並みを背に、颯爽と歩く現代の女性像”を想起させる楽曲である。

補足)
CMに使用されたオリジナルバージョンは、オリジナル・アルバム『Asian X.T.C.』(2008)のボーナストラックとして収録されている。オリジナル版「Woman ~Next Stage~」では旋律をバンドネオンが奏でている。

 

2. Love Theme of Taewangsashingi
韓国ドラマ『太王四神記』より、スジニのテーマを書き直した。若き聡明な王が真の王へと成長する一大叙事詩の愛のモティーフとして描かれている。前世の夫であった王に恋心を抱くスジニの切ない想いをのせ、恋の行方を暗示するがごとく、哀しくも美しいメロディーが印象的である。

補足)
同作品オリジナル・サウンドトラック(2007)では、フルオーケストラ・バージョンやピアノ・ソロ、そしてシンセサイザーを絡めた神秘的なバージョンまで、多彩なアレンジにてひたることができる。それだけこのドラマ作品において重要な役割を果たしている楽曲であることがわかる。

 

3. Les Aventuriers
男女3人の愛と友情の物語、アラン・ドロン出演の仏映画『冒険者たち』(1967年)にインスピレーションを受けて作られた楽曲。冒険ならではの昴揚感と緊張感を味わえるこの曲は、久石のお気に入りでもある。5拍子が生み出す攻撃的なビートと、メロディアスな主題が交錯しながらエンディングへとなだれ込む、スリル満載な楽曲。

補足)
オリジナル版は『Piano Stories II』(1996)に収録されている。サクソフォンによる旋律、隠し味としてシンセサイザーも効果的に使われている。ノンタイアップの楽曲にもかかわらずオリジナルから13年を経てリメイクされるという稀な楽曲。楽曲解説中の「久石譲お気に入り」というのもうなずける。

 

4-6. Departures
2008年秋に公開され、モントリオール世界映画祭グランプリにも輝いた映画『おくりびと』のサウンドトラックから複数のモティーフを抜粋し、約14分の組曲に再構築。元チェリストが主人公であるこの映画と、チェロ楽曲の構想を温めていた久石が運命的に出会った。チェロの音域の広さと表現力の豊かさを最大限に活かし、主人公の心の揺れ動くままに、激しく、やさしく、時にコミカルに様々な表情を見せる。ソロチェリストとしてサウンドトラック同様、東京都交響楽団首席チェロ奏者の古川展生氏が優しくも力強く奏でている。

 

7. Ponyo on the Cliff by the Sea
2008年、日本全国に”ポニョ旋風”を巻き起こした映画『崖の上のポニョ』より、弦楽器のピッチカートが特徴的な小品。”ポニョ”のテーマが次々と様相を変えて引き継がれていく。各々の楽器の特性を知り尽くした久石ならではの手法によって、可愛らしくも爽やかな余韻をもたらしてくれる。

 

8. Destiny of Us (from Musical Turandot)
祝祭音楽劇『トゥーランドット』から、二重唱「運命は遠い日の約束」をインストゥルメンタル作品へと書きかえた。トゥーランドットとカラフが愛を交わし合う場面で、物語のクライマックスを盛り上げる。本作品にはアコースティック・ギターが参加し、他トラックとは一味違う趣向を楽しめる。

補足)
同作品は舞台上演でのみ聴くことができた、サウンドトラックも発売されていない作品である。よってここに収録されたアレンジ版でこそあれ、貴重な収録となっている。舞台を収めたDVDは発売されている。

 

9-12. The End of the World
2007年秋、ニューヨークを訪れた久石が見たものは、グランド・ゼロに向けられた人々の悲しみと祈りであった。

全4楽章から成るこの組曲は、当初「After 9.11」と名付けられていた。アメリカ同時多発テロを契機に世界の秩序の崩壊と価値観の変遷に危惧を抱いた久石が、今の時代にこそ遺さねばならない作品として書き上げた渾身の一作。世界に拡がる不安と混沌をテーマに描いた、ミニマル作曲家・久石譲の真骨頂が味わえる。

第1楽章の「Collapse」は、グランド・ゼロに着想を得て作られた。冒頭から絶えず打ち鳴らされるピアノのリズムは、後の全楽章に通ずる主要動機となり、強烈なメッセージを投げかけ続ける。チェロやハープ、マリンバのアンサンブルが主要動機と複雑に絡み合い、焦点の定まらない危うさを醸し出している。

グランド・ゼロに程近いセント・ポール教会の名を称した、第2楽章「Grace of the St. Paul」は、人々の嘆きや祈り、悲しみを題材としている。チェロソロのイスラム的なメロディーとティンパニの主要動機による対話から始まる。一転してコントラバス、ピアノ、ヴィブラフォンによるジャジーなメロディーは、調性の定まらない浮遊感を漂わせる。

第3楽章「Beyond the World」は、人々の不安や悲哀が極限まで膨張する様を描くが、同時に人間の持つ混沌としたエネルギーに対する肯定的ない見も含まれている。8分の11拍子の複雑かつ緻密に関わり合うパッセージは、常に緊迫感を持ち大きな渦となって膨らみ続ける。我々の住む世界の”向こう側”には何があるのだろうか…。コンサートツアーの後に、第4楽章「The End of The World」が付け加えられ組曲として完結。ジュリー・ロンドンの歌ったスタンダードナンバー「The end of the world」に深く感銘を受けた久石が、”あなたがいなければ世界は終わる”と歌ったラブソングを甦らせた。原詞の”you”を複数形の”あなたたち”と捉え、現代社会に強いメッセージを投げかけている。

人々の悲哀や嘆きを表しつつも、混沌とした世界の中で、力強く生きなければならない、と未来へ向けての祈りと明るいメッセージが込められている。

補足)
第4楽章にて同名スタンダードナンバーのボーカルは久石譲本人である。

この作品は間をおかずして、約半年後オリジナル・アルバム『ミニマリズム』(2009)にも収録されている。そこではオリジナルのアコースティック編成では表現できなかったと言わんばかりに、爆発するほどに解き放たけたフルオーケストラサウンドとして昇華されている。第1-3楽章までが再構築されている。ミニマルシンフォニーの大作であり、現代音楽家久石譲の芸術作品として少なくない部分を占めるエポック的作品である。

 

13. I’d rather be a Shellfish
映画『私は貝になりたい』のメインテーマ。戦争に翻弄される家族の悲劇を、ワルツの使用によって、格調高く荘厳さを持ち合わせた楽曲へと昇華させた。ドラマの壮絶な人生と絶望的な結末に相反して、音楽は人間的な優しさや愛に溢れた世界観を表現している。本作品唯一のピアノソロ。

 

14. I will be
日産スカイラインのCMテーマ曲「I will be」が、満を持して登場。娘である麻衣が作詞と歌唱で参加。その透き通った歌声は、明らかに独自の世界観を示している。16ビートによる心地よいグルーヴ感に、突如現れる8分の11拍子が絶妙な緊張感をもたらす。ミニマル作曲家久石ならではのポップスチューンだ。

(Wonder City : 本多哲子)

(【楽曲解説】 ~CDライナーノーツより)

 

補足)は追記するかたちで併記させてもらった。

 

 

 

「今回のツアーのように12人いる場合、弦4部と捉えて4パートに分けると1パートが3人ずつ。でも、この3人というのが鬼門で、8つの和音を各パートに2音ずつ振り分けると、どうしても1人ずつ余ってしまうんです。この通常の書き方が通用せずに、やはり難しくて、どうしよう!困った!……と(笑)。これでは、あまりにも難しい書き方になってしまうので、悩んだ挙句、自分の解決策として、4人1組のチェロ”カルテット”が3組あるという考え方に辿り着いたんです。要するに、第1カルテット、第2カルテット、第3カルテットという発想で書くことによって、全く違う動きをもたせることが出来るようになった。その上で、一人一人の奏者が更に独立したり共同したりという様々な動きを見せることによって、タペストリーのように非常に細かい動きを出していこうと思ったんです。」

「やはり、前回よりも更に進化している必要がありますよね。普通、大規模なオーケストラでないとハープ2台は使わないと思うんですが、そこを敢えてこの小さい編成で取り入れ、マリンバ、ティンパニまで入ったパーカッションが2人と、そしてコントラバスを付け加え、全く新しい編成で、世界にもないスタイルでの挑戦です。」

「この曲(「The End of the World」)は、もう本当に一言で表わせば、「After 9.11」ということなんです。「9.11(アメリカ同時多発テロ)」以降の世界の価値観の変遷と、その中で、政治も経済もそこで生きている人々も、今の時代は、どこを向いてどう頑張っていけばいいのか分からなくなってしまっているんじゃないかと、最近とみに考えるようになって。今年はたくさんの作品や映画音楽を書かせていただき、監督たちとコラボレーションすることで自分を発見する楽しい作業に数多く恵まれましたが、それとは対極の、ミニマル作曲家である本来の人という立場から、自身を見つめる時期も必要であると。そして、今回の限られたわずかな時間しかない中でも、どうしてもつくらなければならないと、個人的な使命感にも似た感覚を強く感じて、書いた作品なんです。」

「実は、直前まで決定するのに苦しんでいて、やっと「The End of the World」というタイトルに決まったんです。この「The End of the World」には同名のスタンダード曲も存在して、「あなたがいないと私の世界が終わる」というような意味のラブソングです。でも、この曲のあなたを複数形でとらえ、あなたたちが存在していなければ、世界は終わってしまうといった、もっと広い意味で捉えると、たぶん今、僕が考えている世界観にとても近いんじゃないかと感じて、敢えてこの同じタイトルを用いた理由です。楽曲は、1楽章は4分の6拍子から始まり、最終楽章が8分の11拍子という、大変難しい曲。おまけに、絶えずピアノが鳴らす基本リズムがあり、それに他の楽器が絡み合う、本当に”世界のカオス”、まさに”混沌”を表現するような、アンサンブル自体がカオスになってしまうんじゃないかというくらいの難曲になってしまいました。」

「これは(「Departures」)、映画「おくりびと」のために書いた楽曲を、今回、約14分の組曲風に仕立て上げました。どちらかというとこちらの新作は、精神的な癒し、あるいは究極の安らぎをテーマにした楽曲でもあるんです。」

Blog. 「久石譲 ~Piano Stories 2008~」 コンサート・パンフレット より

 

 

「このアルバムは、どちらかというと、自分のために作った。プロなので商業的視点も必要なんだが、ヒット作だけでまとめるのは苦痛を伴う」と久石。「『ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド』を入れようと決心した時から、この作品は『アナザー(別物)』にしようと思った」

「『おくりびと』はもとより『ポニョ』も、実は死を描いているんですよ。『死』は僕にとっても最も大きなテーマ。人間にとっても最大の問題だと思う。そこを見つめないと、生きるってことがわからない」

Info. 2009/03/09 久石譲:アルバム「アナザー・ピアノ・ストーリーズ」発表 (毎日jpより) 抜粋)

 

 

 

 

本作品に先駆けて開催されたコンサート・ツアー『Joe Hisaishi Concert Tour ~Piano Stories 2008~』にて収録作品が多数披露されている。同コンサートから半年後にCD発売されたのが本作品である。コンサートとCDともに楽器編成も同じ。

同コンサート・ツアー期間中の空き日2008年10月21日、22日に東京の第一生命ホールにてレコーディングの一部が行われている。この時には「The End of The World」「Departures」「Woman」「Les Aventuriers」等が録音されている。また12月に追加レコーディング、ツアーでは演奏していなかった楽曲の録音が行われている。

本作品化に先駆けて行われたコンサートツアーのパンフレットにて、本作品を紐解く久石譲インタビューが収められている。なおその内容は、初回盤限定DVDに収録された久石譲インタビュー内容とも大きく関連している。

 

 

日産スカイランCM曲「I will be」については、本作収録バージョンよりも前の、2006年版がある。

 

 

 

 

久石譲 『Anoter Piano Stories』

1.Woman (「レリアン」CMソング~)
2.Love Theme of Taewangsashingi (韓国ドラマ「太王四神記」より)
3.Les Aventuriers

Departures (映画「おくりびと」より)
4.Prologue~Theme
5.Prayer
6.Theme of Departures

7.Ponyo on the Cliff by the Sea (映画「崖の上のポニョ」より)
8.Destiny of Us (from Musical Turandot) (舞台「祝典音楽劇 トゥーランドット」より)

The End of the World
9. I.Collapse
10. II.Grace of the St.Paul
11. III.Beyond the World
12. IV.The End of the World

Bonus Tracks
13.I’d rather be a Shellfish (映画「私は貝になりたい」より)
14.I will be (日産「スカイライン」CMソング)

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi
Piano by Joe Hisaishi

(M-12 Music Arranged and Produced by Joe Hisaishi)

Performed by
12 Special Violoncello / Contrabass / Marimba / Percussion / 2 Harp / A.Guitar

Recorded at
DAI-ICHI SEIMEI HALL , Victor Studio , Wonder Station

Mixed at ON AIR AZABU STUDIO

「I will be」
Vocal:Mai Piano:Joe Hisaishi
Lyrics:Mai

 

≪DVD≫ ※初回限定盤
Another Piano Stories ~The End of the World~
レコーディング風景
【収録曲】
・The End of the World ~I. Collapes~
・Woman
・Departures ~Theme of Departures~
・Ponyo on the Cliff by the Sea
・Oriental Wind  ※DVDのみ収録

・久石譲 Interview

 

 

The End of the World
Vocal: Joe Hisaishi
M-12 Music Arranged and Produced by Joe Hisaishi,
Words by Sylvia Dee, Music by Arthur Kent

I will be

Vocal: Mai Piano: Joe Hisaishi
Lyrics: Mai
Drums: Yuichi Tokashiki E.Bass: Yoshinobu Takeshita E.Guitar: Nozomi Furukawa
Piano: Ichiro Nagata Latin Percussion: Motoya Hamaguchi
A.Saxophone: Takahiro Nishio, Kazuyuki Hayashida Strings: Kimata Group

12 Special Violoncello

Ludovit Kanta (Solo Concertmaster)
Nobuo Furukawa (Departures Solo)
Yumiko Morooka (12 Vc Inspector)
Akina Karasawa
Mikio Unno
Eiichiro Nakada
Yutaka Hayashi (M-2, M-8)
Robin Dupuy
Mikiko Mimori
Shigeo Horiuchi
Eiko Onuki
Takayoshi Sakurai
Keiko Daito

Contrabass

Igor Spallati
Jun Saito (M-2, M-8)

Marimba, Percussion

Momoko Kamiya
Reiko Komatsu

Harp

Yuko Taguchi
Micol Picchioni

A. Guitar

Masayuki Chiyo (M-8)

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi
Piano by Joe Hisaishi (M-12 Music Arranged and Produced by Joe Hisaishi)

Directors:
Masayoshi Okawa (Bic-River)
Suminobu Hamada (Wonder Station)

Recording & Mixing Engineers:
Suminobu Hamada (Wonder Station)
Hiroyuki Akita (Wonder Station)
Recorded at
DAI-ICHI SEIMEI HALL,
Victor Studio, Wonder Station
Mixed at ON AIR AZABU STUDIO
Manipulator: Yasuhiro Maeda (Wonder City, Inc.)
Assistant Engineers:
Masashi Okada (SCI)
Takahiro Okubo (Victor Studio)
Masahito Komori (Bunkamura Studio)
Toshiyuki Takahashi, Akihiro Tabuchi (Wonder Station)
Hitomi Joko, Mari Shinohara (ON AIR AZABU STUDIO)
Mastering Engineer: Hiroyuki Hosaka (H2 Mastering)

 

Disc. 久石譲 『Piano Stories Best ’88-’08』

久石譲 『Piano Stories Best ’88-’08』

2008年4月16日 CD発売 UPCI-1080
2018年4月25日 LP発売 UMJK-9075/6

 

’88年に第一弾をリリースして以来 Piano Stories シリーズの4枚から、久石譲が自らセレクトした本格ベストアルバム。

映画、CM、ジブリ作品等に使われた名曲の数々がピアノ&ストリングスによるアレンジでより美しく輝きを放つ。久石譲の入門編としても親しみやすく、ファンの間でも名盤として評価の高い作品。

 

 

久石譲 『PIANO STORIES BEST ’88-’08』 に寄せて

この『Piano Stories Best ’88-’08』に収録された楽曲は、久石が折に触れて発表してきたソロ・アルバム・シリーズ『PIANO STORIES』全4枚の中からセレクションされた楽曲と、ピアノ・ソロとしては今回が初収録となる未発表音源「人生のメリーゴーランド」を加えた構成となっている。1枚目のアルバム『Piano Stories』が発表されたのが1988年だから、今年でちょうど20年。その20年という時間の流れの中で、久石という音楽家が歩んできた「Histories=歴史」つまり「His Story=彼(久石)の物語」が語られてきたのであり、また、彼の音楽に接し続けてきた我々自身の「歴史=物語」が語られてきたわけである。

このアルバムに収録されている楽曲の多くは、これまで久石が手がけてきた映像音楽(映画音楽やCM、テレビ音楽)の代表作を中心に、久石自身がソロ・アルバム用にアレンジし直した=ピアノで語り直したものである。だからといって、これが単なる久石の「映像音楽集」というかというと、実はそうではない。いささか逆説めいた言い方になるが、久石の音楽は映像音楽であって、映像音楽ではないのである。このことを、少し細かく見てみたい。

宮崎作品での方法論が典型なのだが、久石は具体的な映像を見る前から音楽的構想を組み立てていく作曲家である。誤解を恐れずに書けば、久石は特定の”映像”に音楽を付けているわけではない。「僕の映画音楽の作り方というのは、監督の作りたい世界を根底に置いて、そこからイメージを組み立てていく」という久石の言葉に端的に表れているように、あくまでも久石は映画やテレビ番組の”世界観”に音楽を付けているのである。だからこそ、作品の世界観を出発点として生まれた音楽を、繰り返しアレンジする自由も生まれてくる。

久石にとって、映像作品の完成は、即、音楽の完成とはならない。現代音楽の用語を用いれば、久石の映像音楽は常に”ワーク・イン・プログレス”なのである。ソロ・アルバム『PIANO STORIES』のシリーズは、ある映像の世界観をきっかけにして生まれた久石の音楽を「ピアノで語り直した物語」なのだ。

言うまでもなく、ピアノは作曲家・久石譲のアイデンティティと密接に結びついている、きわめて特権的な楽器である。例えば『風の谷のナウシカ』のメインテーマとして知られる《風の伝説》、すなわち[04]「Fantasia (for NAUSICAÄ)」を聴いてみていただきたい。ここに収められたのはピアノ・ソロ・ヴァージョンによる演奏だが、映画本編のサウンドトラック盤の演奏でも、あるいは映画完成前に作られたイメージアルバムの演奏でも、《風の伝説》の主題は常にピアノで演奏されている。つまり、『ナウシカ』という作品の世界観-主人公ナウシカの凛とした面持ち、彼女の勇気ある姿勢など-の核心(ハート)を音楽で表現する時に、ピアノに自己を託す作曲家であることを意味する。ピアノという楽器は、久石自身の核心(ハート)でもあるのだ。

そのことを非常に象徴的に表した例として、もうひとつ、『ハウルの動く城』のメインテーマである[13]「人生のメリーゴーランド」を挙げてみよう。本編をご覧になったリスナーならご存知だと思うが、『ハウルの動く城』ではほぼ全編にわたり《人生のメリーゴーランド》の主題が繰り返し登場する(スコア全体が一種の変奏曲と言っても過言ではない)。本編の冒頭シーン、《人生のメリーゴーランド》は久石のピアノ・ソロで2回繰り返して演奏されるが、そのシーンの登場人物の会話から、我々観客はハウルが他人の心臓を取ってしまう魔法使いであること、すなわちハウルにとって心臓(ハート)が重要であることを知る。映画の中で最後にピアノ・ソロが登場するのは、ハウルが心臓(ハート)を取り戻す場面であり、そこで演奏される楽曲は本編冒頭の音楽と全く同じである(変奏曲の最後に主題が回帰する手法に似ている)。つまり《人生のメリーゴーランド》が流れる冒頭シーンは、物語的にも音楽的にも”主題提示部”の役割を果たしており、『ハウル』本編で展開される物語と音楽は、この主題を用いた”変奏曲”に他ならない。こうした作曲手法は、バッハやベートーヴェンがピアノ(鍵盤楽器)のために書いた変奏曲の方法論と、実は何ら変わるところがないのだ。さらに『ハウル』全体の音楽を注意深く聴いてみると、《人生のメリーゴーランド》の演奏にピアノが使用される箇所は、ヒロインのソフィーがハウルに抱く恋愛感情を表現した場面に限定されていることがわかる。《人生のメリーゴーランド》は、ピアノという楽器で演奏されることで”愛のテーマ”の役割も果たしているわけだ。ハウルがソフィーの恋愛感情によって心臓(ハート)を取り戻すこと。これこそが『ハウルの動く城』という作品の核心(ハート)的テーマに他ならない。その最も重要なテーマを、久石はピアノという楽器に託していたのである。

このような奇跡的な作曲を可能にしたのは、繰り返すまでもないが、ピアノという楽器が、久石のアイデンティティの根幹に関わる核心(ハート)的楽器だからである。そうしたことを頭の片隅に置きながら、この『Piano Stories Best ’88-’08』に耳を傾けていただきたい。久石譲という音楽家の核心(ハート)が、彼のピアノ演奏同様、いささかも曇ることのないタッチで、明確に語られていることに気づくはずだ。

2008年3月 前島秀国

(寄稿文 CDライナーノーツより)

 

 

【楽曲解説】

01. The Wind of Life
『PIANO STORIES II』に収録。ポップス・メロディの作曲家としても、久石が第一線の才能を有していることを示した好例である。

02. Ikaros -2008 Remix-
『PIANO STORIES 4』に収録。ブラームスのピアノ音楽に通じる重厚さと、躍動感溢れるミニマルのパルスの対比が絶妙である。2008年再ミックス音源。

03. HANA-BI
『PIANO STORIES III』に収録。北野武監督『HANA-BI』メインテーマ。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞など、この作品と縁の深いイタリアで録音された演奏である。イタリアならではのストリングスの色合いが、楽曲の風格を高めることに貢献している。

04. Fantasia (for NAUSICAÄ)
『Piano Stories』に収録。宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』のメインテーマ《風の伝説》に基づく。

05. Oriental Wind -2008 Remix-
『PIANO STORIES 4』に収録。サントリー緑茶「伊右衛門」CMソング。”和”のテイストを基調としながら、久石自身のルーツであるミニマル的な要素や新ウィーン楽派風のストリングス・アレンジも顔を覗かせる。2008年再ミックス音源。

06. Innocent
『Piano Stories』に収録。宮崎駿監督『天空の城ラピュタ』のメインテーマ《空から降ってきた少女》のソロ・ピアノ・ヴァージョン。

07. Angel Springs
『PIANO STORIES II』に収録。サントリー「山崎」CMソング。冒頭のチェロとピアノの絡みが美しい。希望に満ち溢れた楽曲。

08. il porco rosso
『PIANO STORIES III』に収録。宮崎駿監督『紅の豚』メインテーマで、同映画のサウンドトラック盤に収録された《帰らざる日々》をさらにジャジーにアレンジしたもの。作品の舞台はアドリア海周辺という設定だったが、そのアドリア海に面したイタリアでの録音である。

09. The Wind Forest
『Piano Stories』に収録。宮崎駿監督『となりのトトロ』の《風のとおり道》が原曲。冒頭のミニマル風の音型が小さき生命の存在をユーモラスに表現し、東洋的なメロディが森の大らかな生命を謳い上げる。

10. Cinema Nostalgia
『PIANO STORIES III』に収録。日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニングテーマ。久石の敬愛するニーノ・ロータにオマージュを捧げたような、クラシカルな佇まいが美しい。

11. Kids Return
『PIANO STORIES II』に収録。北野武監督『キッズ・リターン』メインテーマをピアノ+弦楽四重奏、すなわちピアノ五重奏曲の形で演奏したもの。

12. A Summer’s Day
『Piano Stories』に収録。ミニマル・ミュージックの先駆者的作曲家として知られる、エリック・サティの楽曲を彷彿とさせるピアノ曲。

13. 人生のメリーゴーランド -Piano Solo Ver.-
『PIANO STORIES 4』にオーケストラ伴奏のアレンジ版が収録されていたが、ここに聴かれるピアノ・ソロ・ヴァージョンはそれとは別に収録されたもので、本盤が初出となる。宮崎駿監督『ハウルの動く城』のメインテーマ。

text by 前島秀国

(楽曲解説 ~CDライナーノーツより)

 

 

 

「Piano Stories」 ・・ (4) (6) (9) (12)
「Piano Stories II ~The Wind of Life」 ・・ (1) (7) (11)
「NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~」 ・・ (3) (8) (10)
「FREEDOM PIANO STORIES 4」 ・・ (2) (5)

 

 

 

2018年4月25日 LP発売 UMJK-9075/6
完全生産限定盤/重量盤レコード/初LP化

 

 

 

久石譲 『Piano Stories Best ’88-’08』

1. The Wind of Life
2. Ikaros -2008 Remix- (東ハト「キャラメルコーン」CMソング)
3. HANA-BI (映画『HANA-BI』より)
4. Fantasia (for NAUSICAÄ) (映画『風の谷のナウシカ』より)
5. Oriental Wind -2008 Remix- (サントリー緑茶「伊右衛門」CMソング)
6. Innocent (映画『天空の城ラピュタ』より)
7. Angel Springs (サントリー「山崎」CMソング)
8. il porco rosso (映画『紅の豚』より)
9. The Wind Forest (映画『となりのトトロ』より)
10. Cinema Nostalgia (日本テレビ系「金曜ロードショー」オープニングテーマ)
11. Kids Return (映画『キッズ・リターン』より)
12. A Summer’s Day
13. 人生のメリーゴーランド -Piano Solo Ver.- (映画『ハウルの動く城』より) ※未発表音源

All Music Composed , Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Piano by Joe Hisaishi (except Track-08 Backing Piano by Masahiro Sayama)

 

Piano Stories Best ’88-’08

1.The Wind of Life
2.Ikaros -2008 Remix- 
3.HANA-BI
4.Fantasia (for NAUSICAÄ)
5.Oriental Wind -2008 Remix-
6.Innocent
7.Angel Springs
8.il porco rosso
9.The Wind Forest
10.Cinema Nostalgia
11.Kids Return
12.A Summer’s Day
13.Merry-Go-Round (Piano Solo Version)

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『W.D.O. BEST』

久石譲 WDO 『BEST』

2007年6月20日 CD発売
CD+DVD(初回限定盤)UPCI-9022
CD(通常盤)UPCI-1066

 

新しいポップス・オーケストラとして誕生したニュープロジェクト「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」 3年間の活動集大成。

 

 

【楽曲解説】

あれからまだ1年も経っていないのか…久石譲が2004年夏に新日本フィルハーモニー交響楽団とともに新しいプロジェクトとしてスタートさせた”久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ”の3年間の活動を集大成したベスト・アルバムを聴きながら、僕は思った。

「アヴェ・マリア」が流れてきた時にフラッシュバックしてきた。2006年8月13日に東京・錦糸町のすみだトリフォニー・ホールで行われた一夜限りのコンサート「真夏の夜の悪夢」の圧倒的な素晴らしさ。久石さんが曲の間のMCで「サスペンス映画やホラー映画の曲というのはコード進行も含めて非常に精密で複雑、奥が深いものが多いので、オーケストラで演るにはいいものがたくさんあるんです」と話しながら『エクソシスト』や『サイコ』『殺しのドレス』…といった曲をカール・オルフの代表作である「カルミナ・ブラーナ」などと同列線上に並べて聴かせるという離れ技を軽々とこなして見せたが、その間にいろいろなことをやっているので、記憶がぼやけてしまっていたのである。

少し例をあげてみると、2006年10月には、久石譲というアーティストがアメリカのフィリップ・グラス、イギリスのマイケル・ナイマンと並んで世界でもトップクラスの現代音楽の作曲家であることを証明したソロ・アルバム『Asian X.T.C.』が発表された。また、その直後から2007年3月まで全国ツアーとアジア・ツアーも行い、大成功させている。TVから流れてくるCFの音楽も、担当する映画音楽の話題もとぎれることがない。

だから、本当にもったいないことに、久石さんが「システムの壊れかけた世界で、僕たち音楽家は、音楽ができることは何なのか…」という熱い想いをもとにスタートさせたW.D.O.のプロジェクトは、作り出された音楽が素晴らしくクオリティが高く、唯一無二の魅力を持ちながら、久石譲の旺盛な仕事の中に埋没してしまっている感がある。そう考えると、このベスト・アルバムは久石譲というアーティストの才能の深さ、広さを知るには絶好のものであり、選曲と曲のつながりは、いわゆる人気のある曲、聴きたいだろう曲を集めた一般的な意味での”ベスト・アルバム”という範疇を完全に超えたアルバムと言える。

久石さんはW.D.O.について「これは僕のコンサートでもなければ、新日本フィルのコンサートでもない。新日本フィルの音と自分の2つが1つになって、別の新しいユニットを創る。それを何かいい形で世に出したいというお互いの思いがワールド・ドリーム・オーケストラとなって実現した。僕は基本的にアレンジはやらない人間だ。作曲家だから興味がない。だが、自分がアレンジをすることによって、作品となって初めて発表できるものになる。1つの楽曲やメロディーやリズムのエッセンスを基に、僕のオリジナル部分を組み立てていく。僕にとってアレンジは翻訳みたいなものかも知れない。外国語の作品が日本語になる段階で翻訳家の個性が反映されるのと同じように、他の人の楽曲でも、こうしてひとつの組曲のようにすることで、そこに自分の作曲家としての意図が出てくる。世界中にはいい曲が山ほどあるので、それを僕のフィルターを通して、オーケストラ作品として完成させ、世に出していく。それがこのオーケストラの一番大きなテーマだ」とコメントしているが、W.D.O.のために久石さんが書き下ろした「World Dreams」からショスタコーヴィチの「Waltz II」までの14曲は、過去3枚のアルバムと3回の公演で、その思いが結実したことをはっきりと示している。久石さんが最初のアルバムに寄せた文章をもう一度ここで紹介し、そこから全曲を紹介していくことにしよう。

 

1.World Dreams
「新日本フィルハーモニー交響楽団とのこのニュープロジェクトは、色々考えて「ワールド・ドリーム・オーケストラ」と命名した。そして、まずこのCDの制作を決めた。目玉は「ハードボイルド・オーケストラ」という組曲だ。例えるなら「夏場のラーメン」。暑い夏に熱いラーメンを食べて汗を掻き切ると清々しくなる。それと同じで暑い夏に暑苦しいブラスセクションが大汗を掻いて鳴りまくって!という男らしいコンセプトなのだ。そして、あまり今までやった事のなかった自分の楽曲でないもののアレンジに取り掛かった。「Mission Impossible」とか「007」とか、しかし、何か物足りなかった。何をやりたいんだろう、このオーケストラと?

何のために……。そんな中でこのオーケストラの為に曲を書き下ろした。もともと祝典序曲のようなものを、と思っていた。作曲している時、僕の頭を過ぎっていた映像は9.11のビルに突っ込む飛行機、アフガン、イラクの逃げまどう一般の人々や子供たちだった。「何で……」そんな思いの中、静かで優しく語りかけ、しかもマイナーではなくある種、国歌のような格調のあるメロディーが頭を過ぎった。「こんなことをするために我々は生きてきたのか?我々の夢はこんなことじゃない!」まるで憑かれたように僕は作曲し、3管フル編成のスコアは異様な早さで完成した。タイトルは「World Dreams」以外なかった。漠然と付けた名前、「ワールド・ドリーム・オーケストラ」ということ事体がコンセプトそのものだった。レコーディングの当日、まさにこれから録る!という時に僕は指揮台からオーケストラの団員にこれを伝えた。「感情的な昂りは音楽事体には良くない」といつも心がけていたが、込み上げてくるものを押さえることが出来ないまま僕は腕を振り続けた…。そしてホールに響いたその演奏は、今まで聞いたことがないくらいすばらしいものだった。 その瞬間、僕らは「ワールド・ドリーム・オーケストラ」として1つになった。」

この文章を読みながら曲を聴くと、様々な映像が頭を過り、映像を喚起する音楽を書かせたら、久石譲という作曲家が世界でも5本の指に入る存在であることを改めて実感させられる。W.D.O.の出発点であると同時に、これは永遠のテーマ曲であり、オープニングを飾るにふさわしい名曲、名演である。

2.パリのアメリカ人
ジャズの自然さをブロードウェイとコンサート・ホールに結合させた作曲家ジョージ・ガーシュインの代表作の1つに、オープニング・ナンバーは時の流れを超えてつながっていく。1951年に同名のミュージカル映画が作られ、大当たりをとった名曲がフル・オーケストラ用管弦楽曲として書かれたのは1928年ガーシュウィンが30歳の時。名曲が4分の3世紀の時を超えて感応しあっている。

3.男と女
”映像と音楽が合体した最高の成功例”として評価され、1966年のカンヌ映画祭グランプリに輝いたクロード・ルルーシュ監督の名作の主題曲で、数え切れないほどのカバー・バージョンが作られているが、有名な”ダバダバダ”のフレーズより、オーケストレイションに趣向をこらしたこのバージョンは本当に個性的だ。

4.白い恋人たち
ルルーシュの名パートナー、フランシス・レイとピエール・バルーのコンビの曲が続く。1968年にフランスのグルノーブルで開催された第10回冬季オリンピックの模様を収めたルルーシュ監督のドキュメンタリー映画の主題曲だが、「イージーリスニングではなく、どうしたらオーケストラになるか」を考えてアプローチをしている久石さんならではの仕上がりになっている。

5.風のささやき
スティーヴ・マックィーンとフェイ・ダナウェイが共演した粋でお洒落な犯罪映画『華麗なる賭け』の主題歌。1968年のアカデミー主題歌賞を受賞した名曲で、久石さんはミシェル・ルグランのメロディーを”華麗なるオーケストラ”に仕立て上げている。

6.ロシュフォールの恋人たち
フランスの名監督ジャック・ドゥミ監督がミシェル・ルグランと組み、カトリーヌ・ドヌーヴと姉のフランソワーズ・ドルレアックをメインにジーン・ケリー、ジョージ・チャキリスといったアメリカのスター俳優をキャスティングして作ったフランス製ミュージカルの決定版『ロシュフォールの恋人たち』。リズミカルなアンサンブルが夢の世界へと誘ってくれる。

7.The Pink Panther
ミシェル・ルグランなどとともに映画音楽の世界に輝ける足跡を残している名匠ヘンリー・マンシーニが書いたユーモラスな主題曲が軽快な調子で演奏される。ドジなクルーゾー警部の活躍ぶりをコミカルに描き、1963年のシリーズ第1作から93年の7作まで30年間にわたり、人気を呼んだ「ピンクの豹」を選ぶあたりは、久石さんの遊び心か…。

8.China Town
雰囲気はいきなりダークなハードボイルドの世界へと変わる。『チャイナタウン』は60年代のポーランド映画界を代表するロマン・ポランスキーがアメリカで製作したハードボイルド映画の傑作。デカダンなムード漂う30年代のロサンジェルスの風俗を克明に映し出したカメラも出色だったが、ジェリー・ゴールドスミスの書いた音楽を久石さんはさらに深く掘り下げている。アレンジひとつで音楽は本当に色々な表情を見せてくれることを実感して欲しい。

9.Ironside
作曲家としてもアレンジャーとしてもプロデューサーとしても、ジャズからポップスの分野まで幅広く、かつ長いこと一線で活動し続けているクインシー・ジョーンズが書き下ろした曲を久石さんが信頼しているアレンジャー山下康介さんが、変幻自在という言葉がぴったりとはまる感じでW.D.O.バージョンに仕立て上げた。本当に良く鳴っているオーケストラ。W.D.O.はイージーリスニングのオーケストラではないから出来るだけ音量を上げてその魅力を堪能して欲しい。

10.映画『殺しのドレス』よりテーマ曲
ラルフ・ボードの官能的なカメラワークが光っていたブライアン・デ・パルマ監督の『殺しのドレス』は非常にファンの多いサスペンス映画の傑作だ。製作は1980年。デ・パルマとは何本か一緒に仕事をしているイタリア人作曲家、ピノ・ドナジオの書いた楽曲も素晴しく、それをさらに美しく昇華させたW.D.O.の魅力的な音の響きを味わうことが出来る。

11.シェルブールの雨傘
再びジャック・ドゥミとミシェル・ルグランが組んで作られたフランスの有名なミュージカル映画の主題曲が登場する。唸らされるのは前曲とのつなぎの絶妙さ。ストリングスの美しいゆれ方もW.D.O.ならではの魅力という感じで、7分近い音の芸術が楽しめる。

12.Mission Impossible
人気テレビ・シリーズをトム・クルーズが映画にして大ヒットさせた。一度聴いたら忘れられないリフが最高にキャッチーな楽曲を書いたのはラロ・シフリン。『スパイ大作戦』から『ミッション・インポッシブル』と変わっても、名曲だけはきちんと引きつがれたが、久石さんは「どのくらい緻密なアレンジが出来るかを考え」ストリングスの人たちに音楽的な冒険をさせた。それが成功していることは言うまでもない。

13.アヴェ・マリア
たくさんのバージョンが存在する「アヴェ・マリア」だが、W.D.O.は16世紀イタリアの作曲家ジュリオ・カッチーニの手によるものを2006年の8月にすみだトリフォニーホールで演奏した。美しいコーラスとストリングスの融け合い方は言葉にならないほど素晴しい。この「アヴェ・マリア」を聴きながら、久石さんはこのベスト・アルバムを作りたいために前3作を作ったのではないかと言ってしまいたくなるほどの出来映えであり、また曲順としてもぴったりとはまっている。

14.Waltz II  Suite for Jazz Orchestra No.2
ショスタコヴィチの作品で、スタンリー・キューブリック監督の遺作『アイズ・ワイド・シャット』で使われて有名になったこの曲で、久石さんが「女の子が夜聴ける感じ…」とさらりと言ってのけた美しい世界は完結する。「W.D.O.でこのワルツを振ったので、ハウルのメインテーマにつながった」という言葉を聞くと、本当に音楽というのは不思議な魔力を持っているものだと思う。

2007年5月 立川直樹

(楽曲解説 ~CDライナーノーツより)

 

 

 

World Dreams
これは、ワールド・ドリーム・オーケストラのテーマ曲。このオーケストラのアイデンティティを象徴する曲といってもいい。もともと祝典序曲のような曲を創ろうと思っていた。シンプルで朗々と唄う、メロディを主体とした曲。メジャーで、ある種、国歌のような格調あるメロディで、あまり感情に訴えるものではないもの。ストーンと潔い曲を書きたかった。

以前、『Asian Dream Song』という曲を書いた。今回は『World Dreams』だ。じゃあ、アジアの夢が世界の夢になったのかというと、そんなことはない。情報技術の飛躍的な進歩によって、世界はどんどん小さくなって、地域になってきている。同時に世界全体のシステムというものが壊れ始めている。しかし、これが世界の夢だったのか? 世界中の人々の夢は何だったのか? こんな世界を人々は望んではいなかったはずだ。音楽家としてできることは何なのか。僕は憑かれたように作曲した。

この曲が、聴く人のささくれ立った感情を少しでも和らげ、そして「まあ、いいか、明日もまた頑張ろう」と思ってくれたら…。そんな気持ちを代表しているようなのがこの曲だ。

曲ができて、3管編成のフルオーケストラのスコアにまとめるまで1週間ほど。それはちょっと「自分は何かに書かされているんじゃないか」と思うくらいの速さだった。

 

風のささやき
映画「華麗なる賭け」のテーマ。これを選んだのは、映画よりもミシェル・ルグランの作品だから。彼にはクラシックの要素があり、ジャズにも精通していて、楽曲がとても機能的にできている。それでいて、変に情緒に流れない。有名な2小節のフレーズがほとんど変わらずにずっと続くこの曲は、フランス人である彼のハリウッド・デビューの曲だ。全世界を相手にしようって時に、彼は敢えて、このような機能的で情緒に流れない曲を持ってきた。これは大チャレンジだと思う。しかも、「このコード進行しかありえない」って時に、メロディは違うところにいって、不協和音になってしまう。この曲については、アレンジは10通りくらい書いたと思う。一番苦労した曲だ。木管と弦だけという非常にシンプルな形態をとったが、決して楽ではないこの曲で、CDでもオーケストラが素晴らしい演奏をしている。

 

The Pink Panther
ヘンリー・マンシーニのこの作品は、ワンフレーズ聴いただけで何の曲かはっきりわかる、とても個性的な曲。これほどユーモアがあって、しかもしっかり創られている曲は少ないので、これはのちのち、我々にとっても大事な曲になっていくと思う。だからぜひやりたかった。ところで、この曲はたいがい、ブラス・サウンドが中心になる。しかし今回は、「隠し味」とも言える、弦のちょっと色っぽい音がすごく重要な要素。それがたぶん、僕のアレンジの特色になるだろう。

 

China Town
同名の映画は1930年代を舞台にした、情ない探偵の話で、僕の大好きな映画。主演のジャック・ニコルソンも好きな俳優だ。曲はジェリー・ゴールドスミス。この曲のテーマが頭にこびりついていたので、今回、ティムさんというトランペット奏者を得て、どうしてもこの曲を入れたいと思った。ティムさんのジャジーな雰囲気も素晴らしい。その演奏からは、音楽性の幅の広さがわかる。

 

Iron Side
テレビで部分的に使われることが多くて、そういうイメージが強いが、とてもいい曲だ。「鬼警部アイアンサイド」のテーマで、創ったのはクインシー・ジョーンズ。僕はクインシー・ジョーンズが好きでよく聴いてるけど、いつも羨ましいと思うのは、彼がソウル・ミュージックやブルースといったブラック・コンテンポラリーの原点をちゃんと持っていて、いつでもそこに帰ることができるということ。そんな彼の曲の中でも、これはとても洗練された楽曲。いろんなものが凝縮している曲だ。

 

Mission Impossible
あまりにも有名な、「スパイ大作戦」のテーマ曲。この曲を創ったラロ・シフリンも大好きな作曲家だ。変型のはずなのに、心地いい5拍子。このリズムの凄さが、オーケストラのダイナミック・レンジを表現するのにぴったりだ。「ハードボイルド・オーケストラ」のシメの曲としてもピッタリではないか?

 

ジャズ組曲第2番 ワルツ (ショスタコーヴィチ)
僕が今年、最もはまった曲。映画「アイズ ワイド シャット」の曲だけれど、とにかく見事にはまっている。他人の曲で、今年一番好きになった曲はこれだ。

 

天空の城ラピュタ
これは、ティム・モリソンさんが吹くことを想定して、彼のためにアレンジした。これまで何度もやってきた曲だけれども、ティムさんという演奏家を得て、新日本フィルと共に演奏するというところで、改めてアレンジした。今までの印象とは違う曲になっている。ティムさんは本当に音楽性豊かな演奏家。大いに期待してほしい。

 

Raging Men
HANA-BI
北野武監督の映画「BROTHER」の中で使った曲。エネルギーの塊みたいな曲なので、オーケストラのパーカッションとブラスの激しさを聴いてもらいたい。『HANA-BI』は、マイ・フェイバリット・ソングのひとつ。今回はヴァイオリンをフィーチャーしている。これまでとは違った魅力を感じてほしい。

 

ロミオとジュリエット (プロコフィエフ)
この曲は、ひとつひとつ挙げられないほど、多くの映画に使われている。複雑なテクスチュアというよりも、素朴な、強いメロディの楽曲。

Blog. 「World Dream Orchestra 2004」 コンサート・パンフレットより

 

 

 

「World Dreams」 (2004)、「パリのアメリカ人」 (2005)、 「真夏の夜の悪夢」 (2006)の3枚のアルバムから選曲した初のベストアルバム。未発表音源として 『Waltz II Suite For Jazz Orchestra No. 2』をボーナストラックとして収録。

 

 

 

久石譲 WDO 『BEST』

1. World Dreams
2. パリのアメリカ人
3. 男と女
4. 白い恋人たち
5. 風のささやき
6. ロシュフォールの恋人たち
7. The Pink Panther
8. China Town
9. Iron side
10. 映画『殺しのドレス』より テーマ曲
11. シェルブールの雨傘
12. Mission Impossible
13. アヴェ・マリア
14. Waltz II Suite For Jazz Orchestra No. 2 *未発表音源

【初回限定盤DVD収録内容】
001. 天空の城ラピュタ
002. Raging Men
003. HANA-BI
004. ロミオとジュリエット

except
Arranged by Kousuke Yamashita 6. 9. 13.
Arranged by Chieko Matsunami 10.

 

W.D.O. BEST

1.World Dreams
2.American in Paris
3.Un Homme et Une Femme
4.Treize Jours en France
5.The Windmills of Your Mind
6.Les Demoiselles de Rochefort
7.The Pink Panther
8.China Town
9.Ironside
10.”Dressed to Kill” Main Theme
11.Les Parapluies de Cherbourg
12.Mission Impossible
13.Ave Maria
14.Waltz II Suite For Jazz Orchestra No.2

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『真夏の夜の悪夢』

久石譲 WDO 『真夏の夜の夢』

2006年12月20日 CD発売 UPCI-1054

 

2006年8月13日、すみだトリフォニー・ホールにて、『真夏の夜の悪夢』と題して行われた、久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラによる一夜限りの貴重なコンサートの模様を収録したライヴ・アルバム。

 

 

楽曲解説

2006年8月13日、「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」は、東京・錦糸町のすみだトリフォニーホールにて一夜限りのコンサートを行った。このアルバムは、そのスペシャル・コンサート「真夏の夜の悪夢」の模様を収録したものである。

コンサートは、久石自身の手による楽曲およびマーラーの「交響曲第五番第四楽章”アダージェット”」を取り上げた第1部と、”サイコ・ホラーナイト”なるテーマを掲げた第2部とで構成。久石作曲の『男たちの大和/YAMATO』や『もののけ姫』の楽曲を組曲にしたもの、そして、『サイコ』、『エクソシスト』、『殺しのドレス』等、映画史に残る名画のスリルとサスペンスを大いに盛り上げた映画音楽や、クラシックの名曲が演奏された。総勢100人を超える混声の「栗友会合唱団」も参加しており、「カルミナ・ブラーナ」、レクイエム「怒りの日」、「アヴェ・マリア」等、合唱の醍醐味が味わえる楽曲も取り上げられている。

ちなみに久石は、サイコ・ホラー映画の音楽の魅力を、「非常に精密なスコアが多く、オーケストラ向きのいい曲がたくさんある。また西洋の映画の場合、神の問題をも扱うシリアスな作品が多い」と分析。「サイコ・ホラー映画に登場する人物はしばしば、この世で遂げられなかった思いを、あの世に行っても抱き続ける。現世へのそのような思いは、究極の愛の形ではないか」と語っている。そんな思いを踏まえてここに収録された楽曲を耳にするのもまた味わい深い。

 

1. カルミナ・ブラーナ 「おお、運命の女神よ」
20世紀ドイツの作曲家、カール・オルフの出世作にして代表作である「カルミナ・ブラーナ」は、19世紀初頭、バイエルンにあるベネディクト会ボイレン修道院で発見された中世ラテン語の詩歌集に曲をつけた世俗カンタータ。テレビ番組やコマーシャル、はたまた映画音楽としてたびたび使われているのを耳にした方も多いことだろう。全24曲から成り、プロローグ、第一部、第二部、第三部、エピローグという構成で、プロローグに置かれたNo.1「おお、運命の女神よ」では、運命の女神フォルトゥーナへの恨みの念が歌い上げられる。

2. プレリュード 映画『サイコ』より
”サスペンスの神様”、巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督作の中でもひときわ名高い『サイコ』(1960)。音楽を手がけたアメリカ人作曲家バーナード・ハーマンは、『知りすぎていた男』(1956)、『めまい』(1958)、『北北西に進路を取れ』(1959)等、数々のヒッチコック作品に楽曲を提供したほか、『市民ケーン』(1941)や『タクシー・ドライバー』(1976)等でも知られる映画音楽の巨匠である。1998年、ガス・ヴァン・サント監督により『サイコ』がリメイクされた際にも、ハーマンの音楽がベースに使われていた。

3. ジ・オーケストラ・チューブラー・ベルズ・パート1 映画『エクソシスト』より
イギリス出身のプログレッシヴ・ロックの鬼才、マイク・オールドフィールドのソロ・デビュー作である「チューブラー・ベルズ」(1973)は、パート1、パート2の2曲から成る壮大な作品。発表後、少女に取り憑いた悪魔と神父との壮絶な戦いを描いたオカルト映画の名作『エクソシスト』(1973)のテーマ曲として使用され、大ヒットを記録、オールドフィールドの名を世界に知らしめることとなった。

4. 映画『殺しのドレス』より テーマ曲
四年ぶりの新作『ブラック・ダリア』がこの秋封切られたブライアン・デ・パルマ監督が1980年に手がけた映画『殺しのドレス』は、ヒッチコック作品の影響を色濃く受けたサスペンス映画。楽曲を担当したイタリア人作曲家、ピノ・ドナジオは、『キャリー』(1976)や『ミッドナイトクロス』(1981)、『ボディ・ダブル』(1984)などでデ・パルマと組んでいるほか、『死海殺人事件』(1988)や『法王の銀行家~ロベルト・カルヴィ暗殺事件~』(2002)等、数々の映画音楽を手がけている。

5. レクイエム「怒りの日」
「椿姫」「アイーダ」等のオペラで名高い19世紀イタリアの作曲家、ジュゼッペ・ヴェルディの手による「レクイエム」の第二章。ヴェルディが敬愛していたイタリアの文豪、アレッサンドロ・マンゾーニの追悼のため作曲されたこの作品は、モーツァルト、フォーレの楽曲と並んで”世界三大レクイエム”の一つに数えられる。

6. 操り人形の葬送行進曲
「アヴェ・マリア」やオペラ「ファウスト」で知られる19世紀フランスの作曲家、シャルル・フランソワ・グノーの手によるこの楽曲は、ヒッチコック本人も番組の初めと終わりに姿を見せていたテレビドラマ・シリーズ『ヒッチコック劇場』のテーマ音楽として知られる。このドラマ・シリーズは日本でも放映され、人気を博した。

7. 「もののけ姫」組曲
スタジオジブリの宮崎駿が監督を手がけた長編アニメーション映画『もののけ姫』(1997)は、生と死をテーマに、人間と、”もののけ”と呼ばれる山神や山の獣たちとの戦いを描いた作品。1420万人もの観客を動員、興行収入193億円は当時の日本映画の歴代1位となる記録だった。久石が手がけたサウンドトラック、カウンターテナーの米良美一が歌った主題歌も共に大ヒットしている。

8. カルミナ・ブラーナ 「アヴェ、この上なく姿美しい女」~「おお、運命の女神よ」
カール・オルフ作曲「カルミナ・ブラーナ」のエピローグを成す2曲。女性の美を讃えるNo.24「アヴェ、この上なく姿美しい女」では、ブランツィフロールとヘレナ、ヴィーナスの”世界三大美女”の名が挙げられる。楽曲をしめくくるNo.25「おお、運命の女神よ」は、1曲目のNo.1「おお、運命の女神よ」と同じ曲であり(全24曲構成なのにNo.25まであるのはそのためである)、物語の最後に再び運命の女神へと呼びかけるものである。

9. アヴェ・マリア
シューベルトやグノーの有名曲をはじめ、「アヴェ・マリア」には数多くのバージョンが存在するが、ここで取り上げられているのは16世紀イタリアの作曲家、ジュリオ・カッチーニの手によるもの。最近では、世界的に活躍するカウンターテナー、スラヴァが、1995年の日本デビュー作「ave maria」で取り上げ、話題となった。

10. YAMATO組曲 第一楽章
11. YAMATO組曲 第二楽章、第三楽章
12. YAMATO組曲 第四楽章
13. YAMATO組曲 第五楽章
久石作曲の「YAMATO 組曲」は、第二次世界大戦終戦60周年を記念して制作された映画『男たちの大和/YAMATO』(2005)のために書いた楽曲を組曲にした作品。作家・辺見じゅんの原作を、『人間の証明』(1977)の佐藤純彌監督が映画化したこの作品は、世界最強の戦艦と言われながらも東シナ海に散った戦艦大和の運命と、その乗務員たちの生き様を描き出す。反町隆史、中村獅童、鈴木京香、仲代達矢、渡哲也ら、豪華出演陣も話題を呼んだ。

文 Oct. 2006 藤本真由

(楽曲解説 ~CDライナーノーツより)

 

 

 

久石譲は本作品ライナーノーツにて、「サイコ・ホラー映画の音楽は非常に精密なスコアが多く、オーケストラ向きのいい曲がたくさんある。また、西洋の映画の場合、神の題材をも扱うシリアスな作品が多い。」と語っている。そこから、サイコ・ホラー映画を「究極の愛の物語」とし、名曲たちがセレクトされている。

自身の映画音楽作品からは、(2) 「もののけ姫」組曲 アシタカせっ記~タタリ神~もののけ姫 を組曲にしたもの。主題歌『もののけ姫』は、ピアノやヴァイオリンがメロディーを奏でるインストゥルメンタルとなっている。

(10)~(13) 「YAMATO組曲」第一楽章 – 第五楽章 映画「男たちの大和/YAMATO」で使用された楽曲を組曲にしたもの。もともと劇中でもコーラスがふんだん効果的に用いられた映画音楽だっただけに、今回の合唱団の編成が、この演目を可能にしたとも言える。

確かに本作品に収録されている映画音楽やクラシック音楽を聴いていると、サイコ・ホラー映画のおどろおどろしさや恐怖というよりは、まるで恋愛映画の世界にいるような、美しい旋律が多いことがわかる。

讃美歌やレクイエムといった、西洋の宗教を象徴し色濃く反映した楽曲たち。映像と音楽とのコントラスト、いい意味で対比している。格式高いオペラやミュージカルのようであり、劇舞台のドラマティックさがある。

 

 

 

久石譲 WDO 『真夏の夜の夢』

1. カルミナ・ブラーナ 「おお、運命の女神よ」
2. プレリュード 映画『サイコ』より
3. ジ・オーケストラ・チューブラー・ベルズ・パート1 映画『エクソシスト』より
4. 映画『殺しのドレス』より テーマ曲
5. レクイエム「怒りの日」
6. 操り人形の葬送行進曲
7. 「もののけ姫」組曲
8. カルミナ・ブラーナ 「アヴェ、この上なく姿美しい女」~「おお、運命の女神よ」
9. アヴェ・マリア
10. YAMATO組曲 第一楽章
11. YAMATO組曲 第二楽章、第三楽章
12. YAMATO組曲 第四楽章
13. YAMATO組曲 第五楽章

初回:デジパック仕様

except
Arranged by Kenji Ashimoto 2.
Arranged by Kousuke Yamashita 3.
Arranged by Chieko Matsunami 4.
Scoring by Kenji Ashimoto 7. 10. 11. 12. 13.

 

PSYCHO HORROR NIGHT

1.Carmina Burana “O Fortuna”
2.Prelude “Psycho”
3.The Orchestra Tubular Bells, Pt. 1 “The Exorcist”
4.”Dressed to Kill” Main Theme
5.Requiem “Dies Irae”
6.Funeral March of a Marionette
7.”PRINCESS MONONOKE” Suite (from ‘Princess Mononoke’)
8.Carmina Burana “Ave Formosissima” / “O Fortuna”
9.Ave Maria
10.YAMATO Suite: 1st Movement
11.YAMATO Suite: 2nd & 3rd Movement
12.YAMATO Suite: 4th Movement
13.YAMATO Suite: 5th Movement

 

Disc. 久石譲 『Asian X.T.C.』

久石譲 『 Asian X.T.C.』

2006年10月4日 CD発売 UPCI-1051

 

近年アジアでの活躍めざましい久石譲による”美しく官能的でポップなASIA”をテーマにした壮大なコンセプトのソロ・アルバム。

近年韓国・中国・香港に活動の幅を広げ特に韓国では日本人で初めて大韓民国映画大賞にて、最優秀音楽賞を受賞するなど活躍が目覚しい。演奏はイギリスのバラネスク・カルテットとの共演、ゲストで二胡奏者のジャン・ジェンホアが参加。

 

 

Asian X.T.C.

見事なまでの傑作!まずはこう断言してしまった方が久石譲のピアノをフィーチャーしたアルバムとしては『FREEDOM PIANO STORIES 4』以来1年9ヶ月ぶりになる最新作『Asian X.T.C.』の素晴しさを伝えるにはてっとり早い。

2005年に韓国でNo.1ヒットを記録し、久石譲が日本人初の最優秀音楽賞を受賞した韓国映画『トンマッコルへようこそ』をはじめとして、香港映画や中国映画の音楽を担当したことがきっかけで、アジアの中の日本を意識するようになった久石譲が「自分もアジアの人間として生きている現実を見つめ、自分の血の中にあるアジアとアジアへの気持ちを表現することから始めてみよう」と考えて作り上げた『Asian X.T.C.』。エレクトリック・シタールの音色が印象的なタイトル曲から、久石譲の作曲家・編曲家としての力量が遺憾なく発揮されている「Dawn of Asia」までの10曲は”アジアの官能”というアルバムのコンセプトを完璧に構築しているのである。

その全曲を作曲し、編曲し、ピアノを弾き、プロデュースしている久石譲という音楽家の恐るべき才能。ソロ・アルバムから映画音楽にCM音楽の制作、はたまた新日本フィルハーモニー交響楽団が結成した”新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ”の音楽監督としても仕事をし、自らのユニットでコンサート・ツアーも行うという旺盛な活動を続けている久石譲は、12年ぶりの著作『感動をつくれますか?』(角川書店 角川oneテーマ21)のはじめに、「僕は作曲家である。作曲家を、海外では”composer”と称する。音楽を構成する者という意味あいだ。この英語表現のほうが、僕のやっていることがわかりやすいと思う」と書いているが、まさに言い得て妙といった感じで『Asian X.T.C.』では見事に構成された音楽というものが何物にも勝る魅力があることを理屈抜きで実感できる。

と同時に、僕はプロフェッショナルな仕事の凄さというものをこのアルバムから多くの人に感じとって欲しいと思う。先の著作の中で「僕の根本的な考えは、より完成度の高い”良い音楽”を書くことだ」と言い切った久石譲は「優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人」とも書いているが、自分のスタンスをより明確にし、”様々な経験と知識を高度なテクニックを使って形にしたこのアルバムで久石譲は確実に新しい地平に達している。僕はそれを心から称賛した。

あとは、東京と横浜、そしてロンドンで国籍も様々な優れたミュージシャンがスタジオ入してレコーディングし、ミックスされたアルバムを聴いて自由にイマジネーションを飛翔させればいい。『Asian X.T.C.』には、このアルバムのために書き下ろされたオリジナル作品と、映画の主題曲やCM曲などが混在しているが、天賦の才を持った”composer”久石譲は、それらの作品を1本の映画のように完璧に構成している。

それは10のストーリーを持った、スクリーンのない映画とでも形容したらいいだろうか。その著作の中で「音楽も文学も映画なども、時間の経過のうえで成り立っているものは論理的構造を持っている」と書いている久石譲は、時空をも超えた、そんな音楽を作ることができる世界レベルの音楽家なのである。

 

陽side [Pop side]
001. Asian X.T.C.
アルバムのタイトル曲であり、オープニングを飾るにふさわしい曲。「僕は、この時代に生きている作曲家としての意味ある表現をしたい。ポップスもクラシックも、ジャズも民族音楽も、さまざまな音楽を踏まえ、ジャンルに捉われない中で、できるだけ今日性を表現していきたい」と著作の中で書いている久石譲ならではのメロディーと構造を持っており、心は確実にアジアのどこかに連れていかれる。その深さは美しい闇に続いている。

002. Welcome to Dongmakgol
敵対する兵士たちがトンマッコルの村人との交流を通して、戦うことをやめ、人種・国籍に関係なく笑顔になっていく様子を涙と笑い、そしてファンタジーの香りを豊かに描き、2005年の韓国映画界で最大のヒットになった『トンマッコルへようこそ』の主題曲が、DEPAPEPEをゲストに迎え、アコースティック・ギター2本とピアノの編成で編曲し直された。「舞台は韓国で、しかも冬のシーンにもかかわらず、あえて沖縄の音階を使ってみた」という久石譲の試みは見事に結実している。

003. Venuses
カネボウのシャンプー「いち髪」のCM曲。CMの15~30秒バージョンからこのバージョンに編曲し直される際にリトル・キャロルの民族風で無邪気な味のあるコーラスが加えられた。エレクトリック・シタールと中国楽器の古箏、それにピアノのフレーズがとても魅力のある不思議な綾を成している。分析不可能なアジアの美しい混沌…。

004. The Post Modern Life
世界的にその名を知られるアン・ホイ監督による今年公開予定の中国映画『叔母さんのポストモダン生活』の主題曲。久石譲は「老年期に差し掛かった女声の日常を描く、非常に現実的な話」が故に、「情緒を排除するために、わざと音域を広げたメロディーを書いた」と、その著作で明かしているが、メイン・テーマの最初で民族楽器を使い、それを後半でストリングスやピアノを絡めて融合させる方法論で、聴く者は夢の中にひきこまれていく。

005. A Chinese Tall Story
2005年の映画『A Chinese Tall Story』の主題曲で、基本的に人物に沿って音楽をつけるやり方をしない久石譲が「僕も必要に応じて人物につけることもある。例えば、香港映画『A Chinese Tall Story』のときは、西遊記をベースにしたCG満載の娯楽もので、ハリウッド映画のアジア版みたいなものだったから、あえてそうした。同時に”愛”というテーマがはっきりしていたので、全体をラブストーリーになるように音楽も構成した」と著作の中で書いているが、ピアノとジャン・ジェンホアの二胡、そしてストリングスが織り成すアンサンブルは涙が出そうになるほど美しく切ない。アジアの官能の闇につかまってしまいそうな感じになる。

006. Zai-Jian
アナログ・レコードの時代だとここでA面が終わることになる。久石譲はメロディアスな曲を並べて”陽side [Pop side]”とし、ミニマル色を強く打ち出した4曲を”陰side [Minimal side]”として、全体を構成しているが、このアルバム唯一のピアノ・ソロは”陽side”をしめくくるには実にふさわしい。タイトルは中国語で別れの時に使われる「さよなら、また」という意味。いつの間にか書かれて、タイトルも決まっていたというが、それも天才たる所以か。

陰side [Minimal side]
007. Asian Crisis
NHKの世界遺産コンサートに合わせ、フルオーケストラ楽曲として書き下ろされたものを、このアルバムのために再編曲した曲。久石譲は著作の中でフィリップ・グラスとマイケル・ナイマンをひきあいに出し「日本でミニマル・ミュージックのスタンスを取っていた僕もまた、映画音楽をつくっている。にもかかわらず、僕は現代クラシックでの作品を作ってきていない。もちろん僕の作ってきた音楽に、ミニマル的テイストはあちこちに入っている。だが、作品といえるものはない。今、作曲家として僕がやらなければならないテーマは何だろうかと思ったとき、そこが気になりだした。これは、今の僕のそうした心境を反映させた新しいスタイルの曲だ」と書いているが、その思いはまぎれもなくひとつの形になっている。

008. Hurly-Burly
4歳の頃からヴァイオリンを学び、国立音楽大学作曲科に入学した久石譲が最初に感化されたのが”ミニマル・ミュージック”で、出発点が現代音楽の作曲家だったということは、久石譲というアーティストの本質を理解する上では非常に重要なポイントだが、ミニマルをこれだけポップに表現できるアーティストはそう多くないだろう。6月7日に久石譲自身が主宰するレーベル、ワンダーランドレコードのベスト・セレクション『THE BEST COLLECTION』のライナーノーツにも書いたが、アメリカのフィリップ・グラス、イギリスのマイケル・ナイマンと久石譲は確実に横位置に並んでいる。

009. Monkey Forest
バリ島のウブドにあるストリートの名前をタイトルにした曲で、芸術家村としても知られるウブドがガムランの発祥地であることを考えると、様々なアイデアが練り込まれていることがよくわかる。バラネスク・カルテットとレコーディングすることを念頭に作られた曲で、このアルバムの中で、ボーナス・トラックとして収録された「Woman ~Next Stage~」を除いて一番最後にできたものだという。

010. Dawn of Asia
アルバム『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』や久石譲自らが監督した映画『Quartet』のサウンドトラックにも参加していたバラネスク・カルテットのヴァイオリンと二胡が同じメロディーを繰り返す曲で、官能的でスピード感のある仕上がりは、このアルバムのラストを見事にしめくくっている。わかりやすいメロディーと複雑なアンサンブルの融合のさせ方は久石譲の最も得意とするところであり、それは「僕の作曲家としての原点はミニマルであり、一方で僕を有名にしてくれた映画音楽では叙情的なメロディー作家であることを基本にした。ただそのいずれも決して新しい方法論ではない。全く別物の両者を融合することで、本当の意味でも久石独自の音楽を確立できると思う。ミニマル的な、わずか数小節の短いフレーズの中で、人の心を捉える旋律を表現できないか…」という言葉がフラッシュバックしてきた。

2006年8月 立川直樹

(解説 ~CDライナーノーツより)

 

 

 

Asian X.T.C.
亜細亜は矛盾する2つのものを受け入れる。それは僕たち一人一人の中にある2面性を肯定しているようだ。例えば善と悪、両方あるからこそ世界は成立する。そんな考え方が僕は好きだ。

●陽side (Pop side)

001. Asian X.T.C.
Piano:Joe Hisaishi / E.Stiar, Guzheng, Dizi, Pecussion, Bass, Strings
ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」を読んだ。西洋人のフィルターを通したとしてもそこに描かれている東洋思想の世界は官能的ですらある。悟りはエクスタシーかもしれない。それを探しに?僕は亜細亜に旅立った。

002. Welcome to Dongmakgol
Piano:Joe Hisaishi / A.Guitar:DEPAPEPE / Percussion
ハングル文字の看板が立ち並ぶ路地裏の小さな店で50歳酒を飲んだ。焼酎の眞露と薬草酒の100歳酒を割ったものだが、これがいい。酩酊しながらふと考えた、ソウル(Seoul)というスペルはSoul(魂)ではないかと。

003. Venuses
Piano:Joe Hisaishi / E.Sitar, Guzheng, Percussion, Dizi, Bass, Chorus, Strings
バリ島の海岸を歩いていたとき乳房も露に波と戯れている若い女性たちを見た。夕日に照らされたそのシルエットは僕の脳裏に焼き付いた。

004. The Post Modern Life
Piano:Joe Hisaishi / Violin, Cello, A.Guitar, Guzheng, Erhu, Dizi, Percussion, Bass
紫禁城は大きすぎる。こんなところで暮らしたら寂しくて人恋しくなって死んでしまうと思いながら外の広場に出たら人、人、人で溢れていた。孤独なんて黄砂の中で霞んでしまった。

005. A Chinese Tall Story
Piano:Joe Hisaishi / Erhu, Strings
香港の渡し船(フェリー)から見る夕日は美しい。九龍の島影が波間に揺れる。哀しい昨日と希望の明日が一瞬交差した。でもそんな想いは強い海風がビールの泡とともにデッキから吹き飛ばしてしまった。

006. Zai-Jian
Piano:Joe Hisaishi
上海は亜細亜そのものだ。運河を挟んでモダンな高層ビルと混沌の旧市街が対峙する。でもその両方があるからこそ街は活きている。運河を渡る風に乗せて僕はピアノを弾いた。

●陰side (Minimal side)

007. Asian Crisis
Piano:Joe Hisaishi / Strings:The Balanescu Quartet / Sax, Marimba & Vibraphone, Percussion, Guzheng, Erhu, Oboe & Zurna, Bass
長い間封印していたことがある。青春の蹉跌の中で措いて来たものに立ち向かうほど僕は強くなれたのだろうか?

008. Hurly-Burly
Piano:Joe Hisaishi / Strings:The Balanescu Quartet / Sax, Percussion, Marimba, Bass
台北の雑踏はエナジーに満ち溢れている。富と貧、老若、病と健康、喜びや悲しみ、笑い泣き、怒鳴り合う人々の顔は生命そのものだ。目の前を50ccのバイクが通り過ぎた。そこにはX’masツリーのように6人の子供を乗せたお父さんの逞しい姿があった。

009. Monkey Forest
Piano:Joe Hisaishi / Strings:The Balanescue Quartet
モンキーフォレスト通りを歩いていたとき天が裂けたとしか思えないほどの雨が降り注いだ。軒先の濡れたみやげ品を何事もなかったかのように片付けている少女を見て僕は意味のない傘を捨てた。

010. Dawn of Asia
Piano:Joe Hisaishi / Strings:The Balanescu Quartet / Sax, Percussion, Marimba, Guzheng, Erhu, Bass
亜細亜の夜明けは神秘的だ。まるで山水画のようなモノトーンから赤や黄色や緑の剥き出しの陽中に変貌していく。その力の前に人間なんて小さいものだと気づく。いい日もあれば落ち込む日もある。善と悪もミジンコも宇宙もすべては僕の中にあり、外にある。また新しい夜明け(Dawn)が始まる。

注)アルバムでは昔のLPのようにA(陽)面、B(陰)面に分けてその2面性を表現した。

文・久石譲

(楽曲解説 ~CDライナーノーツより)

 

 

 

アジア趣向の中にきらめく新たな「久石譲」のかたち
~New Album「Asian X.T.C.」をめぐって~

アジアをテーマに制作した最新アルバム「Asian X.T.C.」は、単にアジア風味が効いたポップス作品集に終わらず、そのままズバリ、久石譲という作曲家の現在を映す鏡となった。その一つの証左となるのがミニマル技法への回帰である。毅然と「今の僕は過渡期だ」と言い切るその表情には、作曲家として完成すること=巨匠への道を避け、新たな可能性を追い求める最前線の戦士としてのさわやかな野心がみなぎる。

「リセットしたというのかな。原点に戻るというよりも、らせんのように描いていって、その先でもう一回遭遇したような感じだね。ミニマルをベースにやってきた経験とポップスをやって培ったリズム感、単純にいうならノリ、グルーヴ感。それが両方きちんと息づいたところでの自分にしかできない曲。それを書いていこうと決心がついた最初のアルバムが『Asian X.T.C.』なんです」

アジアというテーマも伊達ではない。「美しく官能的でポップなアジア」と銘打たれたそこには、同時に深遠な東洋思想への共鳴があった。

「アジアって善と悪が共存していて、悪はダメっていう発想がない。人間が持っている二面性も決めなくていい、両方持っているのが自分なんだと。この考えにたどり着いたとき、やっとアルバムの方向が見えたんだね」

その「決心」はアルバム構成に具体的に集約された。映画やCM曲の楽曲群(陽サイド)と、ミニマル・ベースの楽曲群(陰サイド)がそれぞれ別個に固められて前後に並んでいる。まるでLPレコードの表裏を連想させる「二面性」をあえて1枚のディスクの中で訴えているのだ。統合性や平衡感覚に囚われず、はっきり違ったものがザクっと並んでいてもいいではないか。そんな力強い作曲者の声が、手に取るように伝わる。

「曲を書き終えたあとに初めて構成が決められたんです。とりあえず今、自分がやれることはこれなんだと。その決断ですね」

アルバムの詳細に今少し踏み込むなら、全11曲を収めたアルバムには、韓国映画「トンマッコルへようこそ」、中国映画「叔母さんのポストモダン生活」、香港映画「A Chinese Tall Story」の主題曲が盛り込まれており、最近目覚ましいアジア圏での作曲者の活動が簡潔に伝えられている。ピアノは久石自身が担当し、ゲストにバラネスク・カルテット、ギター・デュオのDEPAPEPEが連なり、二胡、古箏などの中国楽器も加わる。テーマに掲げられた「ポップ」とは要は「かっこいいこと」に通じ、「官能的」とはバリ島で刺激を受けたという闇、その体験談に顕著な「神秘性=ゾクゾク感」という表現に換言することができるだろう。音色といい、発想といい、整然とした世界がそこに広がる。

「僕は論理性を重んじて曲を書いています。でも、音楽ってそれだけでは通じない。直接脳に行っちゃう良さが歴然とあるわけだし、それは大事にしないといけない。そこまで行かないと作品にはならないね」

これまた今回のテーマを地でいく声として注目してよく、要するに感性と論理性の拮抗こそが作曲家・久石譲の本質であり、この二面性を正面から引き受けなければいけないという意識において、実のところ従来と変わらぬ野心と探究心の表れでもあろう。

アジアへの展望を通して、久石譲は新たな出発ちのときを迎えた。

取材・文=賀来タクト

「Piano Stories 2006 Joe Hisaishi Asian X.T.C.」コンサート・パンフレット より)

 

 

 

「一つは、最近、韓国、中国、香港から映画音楽の依頼が続いていて、自然とアジアを感じる機会が増えたこと。もう一つは、作曲家として今後、何を書いていこうかと考えているなかで、原点に戻ろうという気持ちが高まってきたことにある。僕にとっての原点は、現代音楽の一つであるミニマル・ミュージック。フィリップ・グラスやマイケル・ナイマンといったミニマル音楽家は、映画音楽も手がけながら、自分の作品を作り続けているが、僕は彼らと違って、ミニマルの作品をほとんど作ってこなかった。だけど、そろそろ原点に戻って、ミニマルの作品を書きたいという思いが強くなってきた。そこで、グラスともナイマンとも違う僕の世界は何かと考えているうちに、自分がアジア人だということに行き着いた。」

「30歳の時、もはやクラシックとなってしまった現代音楽に限界を感じて、ポップスの分野でやっていこうと決意した時から、ずっと距離を置いてきた。もちろん、自分の中に脈々とあるものだから、これまでも映画音楽などにはミニマル的な要素は入ってきたけど、作品として取り組もうとは思わなかった。それが昨年、「WORKSIII」というアルバムで、ミニマル色の強い「DEAD」という組曲を作ったあたりから、押さえきれないものが沸いてきていることに気がついた。」

Info. 2006/09/12 ヨミウリオンライン「ミニマルとアジアで原点回帰 久石譲に聞く」掲載 より抜粋)

 

 

「それはね、一つ正しい。そのとおりだと思う。たぶん、いちばんつらかった時期は、4、5年前くらいから一昨年くらいの間かな。あのまま行ったら巨匠の道を歩んでいたと思うし、実際歩みつつあった。特に『FREEDOM PIANO STORIES 4』というアルバムの頃はそっちに行きそうな悪い予感がしてた。それが『WORKS III』っていうアルバムを作ったときに組曲の『DEAD』を完成させたでしょう。あのときに自分が何をやりたいのか、非常に明快に思ったことが一個あって、それは要するに”作品を書きたい”ってこと。もうすごく単純に。アメリカのフィリップ・グラス、イギリスのマイケル・ナイマン、どちらもミニマルの作家で、映画の音楽も書いているでしょう。そんな彼らと僕の大きな違いって何かというと”作品”を書いていないことなんですね。作家としていい曲を書いて売れることはもちろん大事。でも、それだけでは生きていたくない自分というのも確かにいる。やっぱり”作品”を書くことなんだね。それを考えたときに、いわゆる巨匠の道はやめたんです」

Blog. 「キネマ旬報 2006年10月下旬号 No.1469」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「アジア人のミニマリストっていないとマズイんですよ。いるべきだと僕は思う。それを誰がこの時代で担うのかといったら、僕しかいないだろうと。グラスって東洋思想に刺激を受けてやっていたけれど、それって形式からの脱却を考えてあがいた結果、東洋に目を向けたわけだよね。でも、そういうふうに目を向けられている肝心のアジアから誰も育たないというのは変ですよ。で、考えてみたら、僕のベースはアジアで、端からそういうものが血の中にある。ミニマルが原点だった自分がやっぱりきちんとやらないといけないだろうと。アジアをテーマにするというのも、その意味で必然性があったわけ。ミニマルに戻るってことと、アジアに目を向けることは同じ延長線上にあるんです」

Blog. 「キネマ旬報 2006年11月上旬号 No.1470」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「例えばフィリップ・グラスは東洋思想に刺激を受けて作品を作っていましたが、その対象となったアジアから誰も育たないというのは変でしょ。アジア人のミニマリストが、ちゃんといるべきじゃないか。じゃ、それを誰が担うのかといえば、アジアがベースにあって、そのうえミニマルを原点に持っている僕しかいないだろうと」

「ミニマルをベースにやってきた経験と、ポップスで培ったリズム感、単純に言えばノリ、グルーヴ。それが両方きちんと息づいたところでの、自分にしかできない曲。それを書いていこうと決心がついた最初のアルバムです」

Blog. 「Invitation インビテーション 2006年11月号 No.45」 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

「ガムラン、ケチャの発祥の地、バリ島のウブドゥは世界で最も好きな場所の一つである。だから《モンキー・フォレスト》という曲まで作っている(ケチャのことをモンキーダンスともいうことがある)。突然降りだす激しい雨は文字通りバケツをひっくり返したようであり、夜の闇は本当に漆黒なのである。食べ物はおいしく、人々の笑みには謎があり……まさにストレンジャー・ザン・ウブドゥなのだ。」

Blog. 「クラシック プレミアム 15 ~ベートーヴェン3~」(CDマガジン) レビュー より抜粋)

 

 

 

 

「Venuses」(カネボウ「いち髪」CMソング)は、CM Original versionはすべてシンセサイザーによる音色となっている。本作品に収録版はバラネスク・カルテットによる弦楽合奏となっており、大きくアレンジが異なるわけではないが、CM版と響きは異なる。その他リズムパーカッションもCM版のほうが前面に出ており、CMという短い時間でのインパクトに一役かっている。

 

 

 

久石譲 『 Asina X.T.C.』

●陽side (Pop side)
1. Asian X.T.C.
2. Welcome to Dongmakgol (韓国映画「トンマッコルへようこそ」主題曲)
3. Venuses (カネボウ「いち髪」CMソング)
4. The Post Modern Life (中国映画「おばさんのポストモダン生活」主題曲)
5. A Chinese Tall Story (香港映画「A Chinese Tall Story」主題曲)
6. Zai-Jian
●陽side (Pop side)
7. Asian Crisis (NHK「名曲の旅・世界遺産コンサート」書き下ろし曲)
8. Hurly-Burly
9. Monkey Forest
10. Dawn of Asia
Bonus Track
11. Woman 〜Next Stage〜 (レリアンCMソング)

All Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Performed by The Balanescu Quartet , Jiang Jianhua , DEPAPEPE

M-11 Piano:Takehiko Yamada / Bandoneon:Koji Kyotani / Strings:Supeciosa Strings

Recorded at
Wonder Station (Tokyo)
Angel Studios (UK)
Landmark Studio (Yokohama)
Victor Studio (Tokyo)
Sony Music Studios Tokyo

Mixed at Lansdowne Studios (UK)

in BEIJIN アジアを探しに… 3.24~3.27
in LONDON レコーディング&TD 7.28~7.31 & 8.18~8.23

 

Disc. 久石譲 『THE BEST COLLECTION presented by Wonderland Records』

久石譲 『THE BEST COLLECTION』

2006年6月7日 CD発売 UPCI-1048

 

久石譲が主宰するレーベル ワンダーランドレコードからのベスト・セレクション。レーベル・テーマ「EVERGREEN」を象徴した、本人自らの選曲、リマスタリング音源で構成されたセレクト・アルバム。

 

 

音楽の”WONDERLAND”の素晴しき城主、久石譲

日本を代表する、というより今や世界的にその名を知られている作曲家であり、ピアニストである久石譲は、その知名度と、多くの人に作品が愛されているのと対照的に意外なほど、その実像と本質が一般的には伝わっていないアーティストではないだろうか。

僕は久石譲がプロデュースするレーベル”Wonderland Records”からリリースされたアルバムのベスト盤『THE BEST COLLECTION』を聴いて、改めてそのことを思った。初のピアノ・ソロ・アルバムとして1988年にリリースされた『Piano Stories』でもオープニングを飾っていた「A Summer’s Day」からNHKドラマ「風の盆から」のテーマ曲「風の盆」までの見事なまでの音の連なり。”いい音楽”が時代や流行を超えて人々に愛され、存在していることは周知の事実だが、”EVERGREEN”をテーマに、久石譲の音楽観を投影させたレーベルとして、2000年に設立され、その年の12月6日に『Piano Stories』を第1弾としてリリースした”Wonderland Records”からリリースされた8枚のアルバムからの選曲に、今年リリースされる新曲3曲を加えて作られた『THE BEST COLLECTION』は単なるベスト盤というより、久石譲という稀有な才能と音楽的魅力を兼ね備えたアーティストの音楽の旅のドキュメントなのである。

それはジョエル・マイヤーウィッツという知る人ぞ知る写真家の美しい写真をカバーにした『Piano Stories』からの2曲に、久石譲の映画音楽家としての評価を決定的なものにした「あの夏、いちばん静かな海」のメインテーマ曲が続いていくあたりで明らかになる。4歳の頃からヴァイオリンを学び、国立音楽大学作曲科に入学した久石譲が最初に感化されたのが”ミニマル・ミュージック”で、出発点が現代音楽の作曲家だったということは久石譲というアーティストの本質を理解する上では非常に重要なポイントであり、「僕の作曲家としての原点はミニマルであり、一方で僕を有名にしてくれた映画音楽では叙情的なメロディー作家であることを基本にした。ただそのいずれも決して新しい方法論ではない。全く別物の両者を融合することで、本当の意味での久石独自の音楽を確立できると思う。ミニマル的なわずか数小節の短いフレーズの中で、人の心を捕らえる旋律を表現できないか…」という言葉を聞くと、「風の谷のナウシカ」から始まった宮崎アニメの一般的なファンが例外なく口にする”美しく優しいメロディー”の深みが理解できるだろうし、久石譲が作曲家としてだけでなく、アレンジャー、プロデューサーとしての才能も傑出していることがよくわかる。映像と音楽のコラボレーションの素晴しさが公開当時、評判をとった北野武監督の映画「あの夏、いちばん静かな海」から、久石譲とは何作もタッグを組んでいる大林宣彦監督の映画「ふたり」からの曲への切り返しの見事さはもはや魔術的領域にすら達している。

そう、本当にいろいろなところに連れていかれてしまうのだ。1984年の「風の谷のナウシカ」を始まりに、20年と少しの間に何と43本もの映画音楽を手がけてきた久石譲は「僕にとって、音楽は生きている上で一番好きなことで、映画は2番目に好き。その両方をいっぺんにできるのが映画音楽。映画音楽を作る場合、映像と音楽は必ず対等であるように心がけている。映画には大もとには脚本があって、そこからイマジネーションを膨らませて、片方は映像に、もう片方は音楽になる。勿論、音楽は映像に関連しているわけだけど、たいがいの場合、追随し過ぎてしまう。泣くシーンでは悲しいメロディーとかね。逆に映画のコンセプトから考えたら、音楽はそうする必要がなかったりもする。映像と音楽をもっと戦わせてもいいのではないかと…」と語っているが、その音楽のイマジネイティブな広がりとスケールの大きさは、間違いなくこのクリエイティブな視点と姿勢が反映されたものといえるのではないだろうか。

そして、Wonderland Recordsからリリースされている大林宣彦監督の映画「はるか、ノスタルジィ」のサントラ盤に添付されたブックレットに久石譲が書いた文章の一節が、映像と音楽の世界を、また音楽の多くのジャンルの世界を、自由奔放に往き来している久石譲というアーティストの思考回路の深さを僕に教えてくれた。

「この映画に音楽を付けるに当たって色々と悩み、最初はロマンティックな曲を色々考えたりしましたが、結果的にテーマ的には”過去に対面して行くサスペンス”という括りでの音楽にしようと考えました。これはある時ヒッチコックの「めまい」(1958年)をレンタルビデオでたまたま見た時に、出だしがサスペンス調に作られているという事に気がつき、「はるか、ノスタルジィ」も自分の過去に対面するサスペンスなのだという共通項の発見から考えついた事です。このようにすることで最終的に出会った所に本当のロマンがあるというような作りにすればこの映画は行けると考え、大林監督にこの話をし”それは最高にいい”という事になり、テーマのメロディーをロマンにもサスペンスにも取れるような複雑なものにして、短いモチーフ風な扱いをすると完全にサスペンス音楽になってしまうようなものに仕上げました。その後この「追憶のX.T.C.」というテーマ曲は「MY LOST CITY」の「Tango X.T.C.」という曲に発展していくことになりました」

やや長い引用になったが、久石譲の物作りに対する考え方やアプローチを知るには非常に興味深い文章であり、このアルバムの中盤からエンディングに至るまでの流れとどこかで通底しているようにも僕には思える。日本映画界に大きく貢献してきた今までの実績とその功績が評価され、久石譲は2002年淀川長治賞を受賞しているが、先にも書いたように多くの人の記憶に残っている美しいメロディーと壮麗なサウンドは驚くべき計算と準備とテクニックがあって初めて成立しているのである。

だが、それにしても、1989年に6枚目のソロ・アルバムとしてリリースされた『PRETENDER』の中から選び出された「VIEW OF SILENCE」のアレンジの見事さはどんな言葉を使って形容すればいいのだろうか。どの曲を聴いても、久石譲の楽器の鳴らし方のうまさには改めて唸らされ、今回のアルバムでいくつもの新しい発見をしたのはうれしい驚きだったが、ふるえるようなストリングスがピアノと絡み合い、ひとつずつの楽器が知的な会話をして、全体としては官能的に匂いが漂う「VIEW OF SILENCE」はアレンジャーとしてもその時代に既に久石譲が世界的レベルに達していたことの証であり、続く『SUPER ORCHESTRA NIGHT 2001』から選ばれた「千と千尋の神隠し」組曲の2曲も、自身の作品をオーケストラ用にアレンジしてここまで昇華できるということに素直に脱帽させられてしまう。久石譲が、”戦友”と呼び、”Wonderland Records”に初のオリジナル・アルバム・アーティストとして迎え入れたチェリスト、近藤浩志のソロ・アルバム『Arcant』から選び出された「風の谷のナウシカ」組曲(改訂版)「風の伝説」の素晴しさも特筆すべきものがあるし、続く2曲と合わせて絶妙なレーベルのプロモーションになっている。

あとは全16曲の収録曲のうち、唯一のヴォーカル・ナンバーである「さくらが咲いたよ」と、久石譲を”楽界の魔王”と形容して讃えている脚本家、市川森一の依頼による仕事となったNHKドラマ「風の盆から」のサントラ盤から選び出された2曲について書いておけばいい。

久石譲が坂口安吾の名作「桜の森の満開の下」にインスピレーションを受けて書き下ろし、1994年のソロ・アルバム『地上の楽園』に収録した曲を、久石譲の愛娘、麻衣が全く新しい楽曲としてリメイクした「さくらが咲いたよ」は、ただ桜の表面的な美しさだけではなく、桜が持つ妖しさや狂おしさ、儚さが見事なまでに表現されているところが実に久石譲らしいし、続く「彷徨」は本人がニヤリと笑いながら原点回帰をしているようなところにある種の凄みすら感じられる。

でも、それが久石譲というアーティストの唯一無二なところだろう。例えば「ポップスの分野に入ったけれど、音楽の可能性を追求する精神は前衛音楽と同じ。常に新たな音楽につながるものをと考えながら作曲している」という言葉ひとつとっても、久石譲がかつて”ニューエイジ・ミュージック”という言葉つきで紹介され、ちょっと耳ざわりのいい音楽を聴かせたものの気がついたら姿を消してしまったような人たちとは全く違うレベルのところに存在していることがわかるだろうし、しばらく前に久々に久石譲本人と会話を交わした時に、僕は彼がアメリカのフィリップ・グラス、イギリスのマイケル・ナイマンときて、日本の久石譲というような関係性をみてとったのである。

そして、この『THE BEST COLLECTION』を聴いて、それを確信した。また、こうして自分自身の音楽作品をきちんと整理し、世に送り出していこうという姿勢に心からの拍手を贈りたい。映画音楽から自身のソロ・アルバム、さまざまなアプローチによるコンサート活動、はたまたイベント・プロデュースに至るまで、久石譲の旺盛なまでの創作意欲は全くとどまるところを知らないが、「ピアノは、僕にとってはとても大事な楽器。以前は作曲の道具でしたが、コンサートを行うようになって、表現の道具にもなりました。ピアノとの対話が、自分の別の可能性を引き出してくれる。作曲においては極めて理性的である自分がピアノを通してメンタルな面で人に訴えかけることができる」と語る純粋さが僕はまた好きだ。

立川直樹

(CDライナーノーツより)

 

 

誰もが耳にしたことのある、久石譲の旋律が集約されてはいるが、同レーベルから発表された8枚のアルバムの中からセレクトという趣向のため、オールタイムベストではない。

1980年代後半~1990年代前半の廃盤作品を自身レーベルより再発売した作品から、そして2000年以降の作品からという構成になっている。そういった意味では時代や流行を超えた色褪せることのない、音楽の旅。

それでも、(2)はアニメ「アリオン」からの美しい叙情的なピアノ曲だし、(3)~(7)は北野武監督作品や大林宣彦監督作品から、(9)~(10)は宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」より、コンサートライブ音源から、(14)は1994年CD作品「地上の楽園」に収録されていた同曲を、麻衣のヴォーカルによって新しくリメイク、本作だけに収録された楽曲となっている。

 

以下のオリジナル収録作品のリストもご参考。

 

「Piano Stories」(1988年) ・・ (1) (2)
「あの夏、いちばん静かな海」(1991年) ・・ (3) (4)
「ふたり」(1991年) ・・ (5) (6)
「はるか、ノスタルジィ」(1993年) ・・ (7)
「PRETENDER」(1989年) ・・ (8)
「SUPER ORCHESTRA NIGHT 2001」(2002年) ・・ (9) (10)
「Arcant / 近藤浩志」(2003年) ・・ (11)
「Winter Garden / 鈴木理恵子」(2006年) ・・ (12)
「FREEDOM PIANO STORIES 4」(2005年) ・・ (13)
※本作品初収録 ・・ (14)
「風の盆」(2002年) ・・ (15) (16)

 

 

 

久石譲 『THE BEST COLLECTION』

1.A Summer’s Day
2.Resphoina
3.Silent Love
4.Clifside Waltz
5.風の時間
6.少女のままで
7.出会い ~追憶のX.T.C.~
8.VIEW OF SILENCE
9.あの夏へ
10.6番目の駅
11.風の伝説 「風の谷のナウシカ」組曲 (改訂版)から
12.For You
13.Fragile Dream
14.さくらが咲いたよ Vocal:麻衣
15.彷徨
16.風の盆

 

Disc. 久石譲 『RAKUEN / MALDIVES』

久石譲 『RAKUEN』

2006年4月26日 CD発売 WRCT-1010

 

 

コメント

ミニマルアーティストを止めて映画を何本か録った後、僕はこの「楽園 モルディブ」の音楽を作った。きわめてシンプルでありながら明るい透明な世界観ができたのは、三好さんと行ったモルディブでの体験と美しい写真がなければ書かなかった、あるいは書けなかった。

そして長い年月を経て今聞いてみると、それが何よりもミニマルミュージック的であったことに僕はある種の感慨を抱く。「心の中のMistral(季節風)」そんな体験をこのアルバムで一緒にできれば僕らの「楽園」は幸せだ。

久石譲

 

昔、久石さんと一緒にモルディブの島々をあちこち旅をしました。20年以上も前です。久石さんにつくっていただいたこの音楽によって、僕の楽園へのイメージがしっかりと形になりました。僕の「RAKUEN」の源がこの音楽です。

三好和義

(コメント ~CDライナーノートより)

 

 

 

4月26日(水)~5月7日(日)新宿タカシマヤにて三好和義写真展「南国の楽園 ON THE BEACH」がありました。なぜ三好和義さんの写真展が関係あるの?と疑問をもたれる方のために説明いたしますと、4月26日にWonderland Recordsからリリースされた『RAKUEN / MALDIVES』は1985年に発売されたビデオ『RAKUEN』に久石が音楽をつけたサウンドトラックで、その映像ビデオを撮影したのが写真家の三好和義さんです。今回『RAKUEN / MALDIVES』を発売するにあたり三好さんの事務所へ連絡すると、偶然にも三好さんの方でも新宿タカシマヤで写真展を催すとのこと。そういった経緯からCDの発売を写真展に合わせることになったのです。

タカシマヤ10階の展示場にて三好和義さんがこれまで撮影した地球にいちばん美しい場所”楽園”をテーマにした写真約200点がところ狭しと展示され、南国の風景やそこに住む人たちの日常などを映し出していました。ゴールデンウィークということもあって写真展には多くの人だかりができており、会場のBGMとして流れていた『RAKUEN / MALDIVES』のおかげもあって気分はまさに楽園でした。会場には三好さんもおいでになり、サイン会やギャラリートークショーなども開催され展示会は大盛況のうちに幕を閉じました。

(三好和義写真展『南国の楽園 ON THE BEACH』レポート ファンクラブ会報 JOE CLUB vol.2 2006.06 より)

 

 

(VHS CSMV0062)

 

RAKUEN/MALDIVESは、”水平線のフォトグラファー”の異名をとる三好和義氏の”RAKUEN”シリーズ第3弾目の作品である。いい画面でフィックスしたまま長い時間見せるという、第1弾からの基本姿勢をふまえながらモルディブを舞台に撮影している。今回の作品を制作するにあたり、三好氏は1984年から時間の許す限りモルディブを訪れている。その時の体験について三好氏は、こう語っている。──『ある日、どこからともなく僕の心の奥をくすぐる様な香りが、プーンとしてきた。これだ!僕のRAKUENの香りがしたんだ。目に入ってきたのは、巨大な房のバナナだった。僕のRAKUENを見つけた気がした。僕の祖先はきっと、いつもバナナと一緒に暮らしていたんだと思う。また、モルディブでは島が不思議な見え方をするんだ。ボートで走っていると、水変遷に椰子の木が2、3本霞んで見える。そのうち5本、10本と見えてきて、近づくにつれて白い砂が浮いたり沈んだり見えてくるだ。地球が丸いことをその時、感じたんだ』──三好氏はまったく感性の人なのだ。今回のビデオの撮影期間は1985年2月から3月にかけての約1カ月間。むろん三好氏本業の写真を撮る時間を含めてである。今回の作品では特に長望遠(35mmカメラで24mm相当)と広角(35mmカメラで24mm相当)のレンズを多用し、三好氏独特の世界を創り出している。また、音楽では「風の谷のナウシカ」、「Wの悲劇」の音楽を担当した久石譲氏が、三好氏とモルディブへ同行し、フェアライトとシンセサイザーを駆使した曲を創りあげている。三好和義のRAKUEN/MALDIVES。鳥になって、モルディブの空を飛んでいるような気分。自分の部屋がモルディブの砂浜になった気分。海辺で音楽でも聴いているような気軽な感じで、見てほしい。

(VHS封入カード より) 

 

 

 

1985年にリリースされた、写真家 三好和義氏の人気シリーズ「楽園」モルディブ版、そのビデオに収録されていた音源をリマスタリングして収録したアルバム。自身のレーベル、WANDER LAND RECORDS 設立によって約20年を経て作品化された貴重な音源。

究極の楽園ヒーリング・ミュージック。タイトルの通り安らげる楽園のような一枚。トロピカルなサウンド 楽器によるミニマルミュージック。永遠に終わることのないようなくり返すミニマル音楽が、時が止まったような時間を忘れさせてくれる楽園へと誘ってくれる。

多くのピアノやオーケストラ作品とは一線を画した心地のよいやわらかなシンセサイザーサウンド・アルバムとなっている。

 

 

久石譲 『RAKUEN』

1.RAKUEN
2.MALÉ ATOLL
3.TROPICAL WIND -a palm-
4.SILENT FISH
5.WALKIN’ TO THE MALDIVES
6.MIRAGE
7.TROPICAL WIND
8.EVENING SERENADE
9.RAKUEN SUNSET

All composed, Arranged, Produced by JOE HISAISHI
Photograph: KAZUYOSHI MIYOSHI

Remastered by TOSHIYUKI TAKAHASHI (WonderStation)