Info. 2025/05/15 大阪万博記念の「大阪4オケ」、批評や祝祭が溶け合う音楽の競演(日本経済新聞より)

Posted on 2025/05/15

大阪万博記念の「大阪4オケ」、批評や祝祭が溶け合う音楽の競演

大阪の4つのプロオーケストラが一堂に会する「大阪4オケ2025」が5月10日、大阪市のフェスティバルホールで開かれた。大阪の春の風物詩となったこの企画も11回目。今回は大阪・関西万博開催記念として、各楽団が邦人作品と海外作品を持ち寄った。どの楽団も充実した音楽を披露したが、今回のテーマに合わせて「万博」という切り口から4者4様の演奏内容をリポートする。

 

大フィルを指揮した尾高忠明=朝日新聞文化財団提供、樋川智昭撮影

 

トップバッターは大阪フィルハーモニー交響楽団が務めた。尾高忠明・音楽監督による指揮で、武満徹「波の盆」組曲、ブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」より「4つの海の間奏曲」。タイトルの通りどちらも海をモチーフとしており、万博開催地である人工島・夢洲(ゆめしま)を意識させる選曲だ。

「波の盆」は、後半に一度だけ大きく盛り上がる部分があるが、それを除くと尾高の指揮は終始抑制的で、美しくしっとりとした旋律。そしてその中にバイオリンなどが切迫した音を響かせ、不気味でよるべない音楽が連続する。テレビドラマのために書かれ、人物の複雑な心境を描写した作品だが、まるで万博の喧騒(けんそう)の裏で起こっている世界の複雑な問題に目を背けまいとする粛然とした演奏だ。

次のブリテン作品は、冒頭の緊張感のある高音とどっしりとした低弦から、フルートやピッコロが風のように爽やかに駆け抜け、次第に怪しげな気配、そして嵐が吹き荒れていく。全体としてエネルギーの塊が疾走するかのような迫力があった。この歌劇は、群衆が暴徒化して主人公を死に追いやる悲劇の物語だが、大フィルの演奏は現在の万博と群衆への警鐘のようにも聞こえる。この2曲を用意した尾高の慧眼(けいがん)に拍手を送りたい。

 

関西フィルを指揮した鈴木優人=朝日新聞文化財団提供、樋川智昭撮影

 

続いて登場したのは関西フィルハーモニー管弦楽団と、鈴木優人・首席客演指揮者だ。萩森英明「東京夜想曲」は、静かな夜の景色からどんどん色彩感を増してパレードのような華やかさに。先ほどの「波の盆」とは違って、喧騒の裏側にスタイリッシュな透明感が満ちている。最後は弦群がかき立てる不ぞろいの音像も心地よかった。

2曲目のバーンスタイン「ウェスト・サイド・ストーリー」より「シンフォニック・ダンス」は、中間部の「マンボ」で奏者全員が立ち上がって、みなノリノリでダンスしながら演奏し、大盛り上がり。鈴木も指揮を放り出して、オケの中を歩きながら客席に向かって手拍子を求め、会場全体を巻き込んでいく。演奏としては幻惑的なリズムがさえわたり、緩急とメリハリが利いて最後まで楽しげなものだった。「ロミオとジュリエット」を下敷きにした同作品もやはり悲劇ではあるが、対立する2つの陣営をいかに超克するか。大阪の聴衆に東京夜想曲を聞かせ、ステージと客席の垣根を取り払う鈴木のパフォーマンス性たっぷりの演奏は、万博という人類が一堂に会する機会をことほぎつつ、その調和を軽やかに訴えかけていた。

 

大響を指揮した山下一史=朝日新聞文化財団提供、樋川智昭撮影

 

休憩を挟んで後半は、大阪交響楽団と山下一史・常任指揮者が舞台に上がった。R・シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」と、外山雄三「管弦楽のためのラプソディ」。今回大響だけが邦人作品を2番目に持ってくる構成をとったが、これが見事にはまった。まずシュトラウス作品では、バイオリンやホルンがニュアンスたっぷりに音楽的モチーフを鮮やかに描き、トリックスターらしい明るく華やかな物語を彫琢(ちょうたく)していく。

2023年に死去した外山雄三は、大響の名誉指揮者などのポストを務めた。大響は外山の死後も「管弦楽のためのラプソディ」を何度か取り上げ、今や重要なレパートリーの一つ。それもあってか、冒頭の打楽器のキレ味や後半「八木節」のグルーブ感などどれも力のこもった演奏だ。とりわけ中間部の「信濃追分」で、フルートの陰影のある美しい音色と、弦群の弱音が静謐(せいひつ)に響き渡るさまは圧巻だった。世界の多様な国々が集まる万博だが、国家というある種の人工的な単位だけでは多様さは語れない。日本国内だけでもこれほどまでに多様な音楽に満ちていることを気づかせてくれる内容だった。

 

センチュリー響を指揮した久石譲=朝日新聞文化財団提供、樋川智昭撮影

 

最後に登場したのは日本センチュリー交響楽団と久石譲・音楽監督。まず久石自身が作曲した「Adagio for 2 Harps and Strings」は、ミニマル音楽の特徴そのままにハープが短いフレーズを繰り返しながら少しずつ曲調が変化していく。細やかなニュアンスを楽しませる、かなり繊細な作品だ。

続くストラヴィンスキー「火の鳥」(1945年版)は、各声部がバランスよく引き締まって、最後まで見通し良くクリアな響き。ただ、王女たちの踊り、凶悪な踊り、終曲の賛歌へと続く中、やや単調気味で物語的な起伏がほしいと感じてしまう。同曲はロシア民話を基にした勧善懲悪的な作品だが、21世紀も4分の1が経過する現在からみると、ありきたりな結末だ。しかし今回、演奏機会の少ない「1945年版」というところに久石の意図がにじむ。ラストの独特のリズム感が、大団円をどことなく邪魔しているように感じられるのは、「21世紀に入ってから、きな臭い状況が続いている」と久石がアフタートークで語った通り、単純に主人公が打ち勝つ物語に疑問符を投げかけたかったのかもしれない。

今年の4オケ演奏会は、日本国際博覧会協会の後援を得て開催された。ただ、ある4オケの楽団関係者は「今回の万博ではほとんどオーケストラは冷遇されてしまっている」と嘆く。混沌とした世界情勢の中で、クラシック音楽ができることはなんなのか。万博イヤーではあるものの、喧騒に加わること以上に、音楽に地道に真摯に向き合うことの大切さを確認するような演奏会となったのではないだろうか。

(安芸悟)

出典:大阪万博記念の「大阪4オケ」、批評や祝祭が溶け合う音楽の競演 – 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOIH146970U5A510C2000000/

 

 

 

リハーサル風景

 

from 日本センチュリー交響楽団公式SNS

 

from 久石譲本人公式インスタグラム

 

公演風景

 

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