Blog. 「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2017/10/07

音楽雑誌「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」に掲載された久石譲インタビューです。

音楽機材も多く取り上げられることの多い同雑誌ならでは、久石譲の音楽制作には必須の多彩な機材のこともよくわかる内容です。久石譲もインタビューのなかでこういった機材や電子音源を使う妙技についてもフォーカスして語ったインタビュー内容。読み応え満点の永久保存版です。

時代としては「NHK驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」「菊次郎の夏」「天空の城ラピュタ USA盤」など、それぞれについても深く語っています、書籍として収載残してほしいほどの充実した内容です。

「Summer」のスコア譜も完全収録されています。ピアノ譜ではなく総譜です、17ページに及ぶ楽譜でこれまた貴重なものです。パートはヴァイオン・ヴィオラ・チェロ・コントラバス、ピアノ、キーボード、ハープ、パーカッションという10段譜になっています。

 

先に読後感を。1980年代当時の8トラックしか鳴らせないシーケンサーで磨かれた訓練と感性、なるほどぉとただただ唸るのみ。またこういった機材で作ったデモ音源はそのままレコードにできるほどのクオリティであるという話は有名ですが、デモ音源が生オーケストラのレコーディングを経て”混ぜる”というテクニックや足して質感のコントロールにも一役買っている、すごい。普通の耳では聴きとる聴きわけることのできないような低音の隠し味なんてエピソードも。ここまでくるともうアコースティック音とデジタル音の配合は久石譲本人にしかわからない、超一流の感性と耳です。そりゃあいくら”久石譲っぽい音楽”があったとしても、”なにか違う、でも大きな違い”が君臨しているわけですね。ここまで惜しみなく自らの武器を語ることも希少だと思います。たとえ手の内を見せたとしても動じない自信と常に止まらない進化なのかな。知って研究したい人もいるでしょう、知って聴きほりたい人もいるでしょう。知っても聴いてもテイスティングできないのが残念なところです。

これを見ると、ググっと18年後の現在に立ち戻り「NHK人体」から「NHKディープオーシャン」へ継承されている手法もあるのかな、新しい手法もあるのかな、と気になってきますね。建物と同じで、完成したものから感じることもたくさんありますが、もしその設計図や制作過程を少しでも垣間見ることができたなら、新しい発見もあるし違った見方もできるし、なにより一層の感慨深い愛着がこみあげてきます。そしてそれは”新しい住み方”になり”新しい豊かな生活”を得ることができる。音楽についても同じことが言えるような気がします。そんな普段は絶対に知るよしもない制作現場インタビューです。

もちろん、「NHK驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」「もののけ姫」「菊次郎の夏」「天空の城ラピュタ USA盤」についても作品ごと音楽ごとに制作エピソード盛りだくさんです。

 

ボリュームあります。ぜひゆっくり読んでみて、聴きなしてみてください。

 

 

 

久石譲

自分の作品と違って 映画というのは あくまで監督の世界なんです

今や日本のサウンドトラック界を代表する巨匠であり、自らも数多くの作品を発表している久石譲さん。これまで手掛けたサントラは数多いが、中でも映画監督、宮崎駿とのコラボレーションはあまりに有名だ。創作の拠点であり、都内有数のレコーディング・スタジオでもある”ワンダーステーション”を訪ね映画との出会いや音楽史、独自の手法を駆使するというサントラ制作の様子を聞いてみた

 

曲を書くことより音楽の成り立ちに興味がありました

4歳のころからバイオリンを習い始め、音楽に親しんでいた久石さんだが、同時に、大変な映画少年でもあったという。高校の先生だったお父さんが、映画館の巡回にしばしば幼い久石少年を連れて行ったという特別な事情はあったものの、年間何と300本以上もの映画を見ていたというから、半端ではない。

「でも、昔は映画って大抵3本立てでしたから、年間に300本ってそんなに大変な数ではないですよ(笑)。僕が住んでいたのは田舎の町でも、ふたつ映画館がありましたから、週に2回行くと6本、1ヵ月で24本ですから。家も映画館の近くでしたしね。親父はまだ若い先生だったので、先輩の先生から代わりに巡回に行ってくれよとよく頼まれていたようです。それに僕が付き合ったという感じなんでしょうね(笑)」

とにかく上映されていた映画は、チャンバラなどの日本映画から西部劇まで、片っ端から見ていったという久石さん。”子供のころは映画館で育ったようなものでした”と当時を振り返る。

「印象に残っているのは、やはり「ピーターパン」とか、西部劇なんですよ。言葉がどうとかではなく映像の迫力がやはり違ったんですね」

そんな少年時代を過ごした久石さんだが、その後は音楽学校に進み、作曲/演奏活動を行うなど、音楽が生活の中心になっていった。メロディアスな曲を数多く手掛けている現在の久石さんからはちょっと想像しにくいが、学生時代はガチガチの現代音楽指向だったという。

「もちろん、普通にビートルズなどは聴いていましたし、中学とか高校のころにドラムとかベースの友人がいたら別の人生になっていたかもしれませんね。ところが、周りは幸か不幸かクセナキスを研究しているような友人ばかりで(笑)、自然と現代音楽の方に行ったんですね。大学のころは、音楽の概念をぶち壊すようなことしかやっていませんでした。最終的には”不確定奏者のための音楽”というのを追求したんです。演奏者は、ふたり以上数百人まで、演奏時間も5分でも2時間でも構わないような。基本はミニマル・ミュージックを指向していたんですが、乱数表を使って偶然の中の理論などを研究したりもしました。とにかく、音楽がどのようにして成り立っているかということに興味があったんです。逆に言うと、曲を書くこと自体にはあまり興味がなかったのかもしれないですね」

 

生のオケにサンプラーのオケを混ぜて質感をコントロールするんです

その後、だんだんと音楽の仕事に携わるようになっていった久石さんは、20代のころからドキュメンタリーやテレビ番組、映画の音楽を手掛けるようになっていく。

「テレビとかドキュメンタリーとかの仕事は昔から結構好きだったんです。それに、例えば山にこもってシンフォニーを書き上げるような、いわゆる”芸術家”は、最初から自分に合っていないと思っていました。書いた音楽が目の前の人にどう伝わるかということに興味があったんです」

そして、サウンドトラックという仕事に対する考え方を大きく変える運命的な出会いが訪れる。映画「風の谷のナウシカ」の制作に先駆けて企画されたイメージ・アルバム制作のオファーが舞い込んだのだ。もちろん、監督は宮崎駿である。

「当時、宮崎さんはもう40歳を超えていたんですが、仕事のことをこんなに夢中になって話せるおじさんがいたんだった驚いたのを覚えています(笑)。例えばセル画のことをひとつ取っても、イスに飛び乗って説明したりしているんですよ。ただ、僕は当時、全くアニメについて知識がなかったので、宮崎さんがカリスマ的な存在ということすら知らなかった(笑)。もうその時点で、あの有名な「ルパン三世 カリオストロの城」を作っていたのに……。でも、結果的にはそれが良かったのかもしれないですね。気負わずに済みましたから(笑)」

久石さんの手掛けたイメージ・アルバムを高く評価した宮崎監督は、当時まだ新人だった久石さんを本編のサウンドトラックにも起用、ここから今や切っても切れない関係となった両者のコラボレーションが始まった。

「自分の中で、初めて明確に映画音楽というものを意識したのは「風の谷のナウシカ」だったんです。映画音楽と自分のソロ・アルバムなどとの最も大きな違いは、映画というのはあくまで監督の世界だということだと思います。ですから、音楽を作るときも、自分の思いだけではなく、監督がどういう世界を作りたいのかということがフィルターとして必ず入ってくるのですが、そのフィルターがすごい人であればあるほど刺激を受けて、そこから新しい自分を発見できるんですよ」

ちょうどそのころ、音楽制作の面でも大きな転機が訪れた。サンプラーとの出会いである。

「「ナウシカ」をやってきたときに、知り合いの人が持っていたFAIRLIGHT CMIを初めて使ったんです。「人間の声みたいな音が出るんだ」って聞かされていたんですが、”そんなワケない”って思っていた。ところが、実際に使ったら本当だったので驚きましたね。そして、「ナウシカ・レクイエム」という曲の歌の部分のバッグを全部FAIRLIGHTで作ったんです。その後、これからはきっとこういう機材がメインになると思って、千数百万円を出してFAIRLIGHTを購入しました。清水の舞台から10回くらい飛び降りるような気持ちでしたね(笑)」

だが、このFAIRLIGHT CMIは久石さんの作曲/編曲自体にも大きな影響を与えることになる。FAIRLIGHTに搭載されていた、リアルタイム・シーケンサー”PAGE R”を活用し始めたのだ。それ以前にも、ROLAND MC-4などを使っていたという久石さんだが、リアルタイム・レコーディングをベースにした打ち込みを本格的に取り入れたのは、このときが初めてだった。

「作曲=ピアノの前で譜面を書くような作業だったのが、弾いたものを数値に置き換えたりするようになって、発想がすごく変わったんです」

ただ、リアルタイム・シーケンサーといっても、当時の”Series II”に搭載されていたのは8トラック、しかも各トラックはモノフォニックという現在のレベルからはほど遠いものだった。

「でも、そのことが良い音楽を作る決定的な要素になったんですね。全部で8トラックしかないということは、ハイハットとキックとスネアを使って、ベースを入れて、キーボードが4声だったらもう終わり。すると、そこで工夫が必要になってくるんです。当時、FAIRLIGHTのシーケンサーを使わせたら、僕は絶対に世界一うまかったと思いますよ(笑)。壮大な音を8つの音だけで、いかに作り上げるかということを考えることが、ものすごい訓練になり、その感覚は現在に至るまでずっと続いています。今のように、1チャンネルだけで幾らでも音が出るような環境でやっていると、90%以上は無駄な音を入れてしまっていると思いますよ。ああいうふうに音楽を作っていては、感性は育たない。必要なのは、いかに無駄な音を使わず、しかも色彩豊かに作り上げるかという訓練だと思います」

現在はAKAI Sシリーズをメインにオーケストラのパートやリズム・ループを組み立てているということだが、FAIRLIGHT CMIは相変わらずお気に入りのようだ。

「ほかの音と混ざっても、音がちゃんと主張しているところが好きなんです。この辺りは、SEQUENTIAL Prophet-5などにも通じるところですよね。「驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」でも、低域の音にFAIRLIGHTを多用していますよ」

さらに、久石さんの音楽制作に欠かせない機材と言えるのが、STUDIO ELECTRONICSのモノフォニック・シンセサイザー、Midi-miniだ。

「Mini-miniの低音は、必ず隠し味にうっすらと入れています。定位感とか存在感のない、ほとんどいるかいないか分からないような低音が好きなんです。ただ、低域を扱うときに気を付けなくてはならないのは、ちょっとしたピッチのズレがとてつもなく全体を貧弱にしてしまうということ。ですから、これ以上はないというくらい、細心の注意を払ってピッチを合わせています。でも、そういうところに気を付けて録ると、音楽全体がすごく立体的に、豊かになりますよ」

本番で生のオーケストラを使う場合でも、こういった機材を駆使していったんデモを作るという久石さん。そのクオリティは、そのままレコードになるほどの完璧なものだという。そして、そのデモは単なるスケッチなのではなく、ときに作品の仕上がりを決定する重要な要素になっている。

「サンプラーやシンセサイザーで作ったオケは整理してMTRにレコーディングしておくんです。その後、基本的には生のセクションに差し替えるんですが、音によっては、作っておいたデモと、生のオーケストラ・パートを混ぜるというテクニックを使うんですよ。例えば、ピチカート・ストリングスなどは、曲によってはサンプラーの音を足した方が圧倒的にいい。チェロのセクションを少し固い感じの音にしたい場合なども、シンセサイザーのチェロを混ぜてやるんです。ハープの駆け上がりも同じで、ちょっと足りないな?と思ったらシンセサイザーのトラックを少し足す。こうやって質感をコントロールするんです」

”生の楽器に比べれば、電子楽器の表現力にはあり過ぎるほど限界がある”、と言う久石さんだが、両者の特徴をうまく組み合わせることですばらしい効果を上げている。このあたりに絶大なる評価を受けるサウンドトラックの秘密の一端が隠されているのではないだろうか。

 

ハリウッド調のサントラ作りはとても勉強になりました

さて、最近の活動の中で最も注目すべきは、「もののけ姫」につづいて全米公開が予定されている「天空の城ラピュタ」のために、サウンドトラックを新録音したことだろう。それにしても、あれだけ高い評価を受けていたサウンドトラックに、なぜ手を加える必要があったのだろうか。

「ディズニーのスタッフによると、外国の人って、音が3分も鳴らなければ落ち着かなくなるんだそうです(笑)。洋画を見ると分かりますが、ずーっと音が鳴っていますよね。しかもアニメなんて、全編鳴っているのが当たり前なんです。ところが、オリジナルの「ラピュタ」では、2時間4分の上映時間のうち、音楽は1時間。すると7分間~8分間、音楽が全くない部分があるんです。これでは海外で通用しないというわけで作り直すことになったんですが、単に新しいものを足しても、14年前に制作した音楽と合わないので、すべて新録にしたんです。もちろん「ラピュタ」のメロディは崩せないので、そこは生かしながらアレンジを変更しています」

また、海外での公開を前提とするという新たな要素が加わったことで、制作のアプローチにも変化があったという。

「アメリカ映画の音楽の付け方って、基本的にすごくシンプルなんです。それはどういうことかというと、とにかくキャラクターと音楽を一致させる。軍隊が出てきたら軍隊のテーマというように、映像を説明するような音楽が、ハリウッド調の音楽であり、それがポイントになっている。これまで、僕はそういうアプローチというのは理解はしていましたが、すごく音が単調になりそうなのがいやで、避けていたんです。でも、いざ意識して作ってみると、やはりものすごく勉強になりましたね」

もちろん、新録された「ラピュタ」でも、シンセサイザーによるデモ作りは行われた。しかも、こちらも全くゼロの状態から制作し、レコーディングされたのだという。当然、生のオーケストラ・パートもすべて新録音。総勢80人という大きな編成を組み、教会を使った大規模なレコーディングが行われたのだが、ここでも、生のオーケストラとシンセサイザーのミックスという手法が大きな威力を発揮したという。

「教会でのレコーディングは、まさにすさまじい音で、アンビエンスがあまりにすごいため、近接マイクや各セクションのマイクなどで音質のコントロールをすることが難しかった。ですから、ちょっとゴリっとした音にしたりしようとしてもそうならない。そこで、シンセサイザーをミックスするという手法が役に立ったんですよ。サウンドトラックのリリースについては、まだ予定が立っていないのですが、仕上がりは最高です。宮崎さんもすごく喜んでくれていましたね」

このほかのサウンドトラックでは、篠原哲雄監督の「はつ恋」(来春公開予定)という映画の音楽を仕上げたばかりだ。

「田中麗奈さんが主演で、真田広之さんとか、原田美枝子さんが出演しています。高校生の女の子が主人公の話で、非常に青春っぽい映画ですよ。音は珍しくピアノを中心にして、ストリングスも使っているんですが、サウンドトラックの中でこれだけピアノを弾きまくったのは珍しいのではないでしょうか。映画の音楽に関しては、このあと秋元康さん監督の作品も手掛ける予定です」

さらに、今後の活動についてだが、秋には待望のツアーが予定されている。

「今年は、本数こそさほど多くないものの、大阪フェスティバル・ホールとか、東京芸術劇場などで、少し大きな規模になる予定です。実は、イギリスからバラネスク・カルテットという弦楽四重奏を呼ぶんですが、彼らはクラフトワークなどのカバーで知られる、非常に前衛的な面も持っているカルテットですよね。今回のツアーでは、彼らが久石譲アンサンブルに加わるわけなんですが、そうなったら僕も前衛的なことをやりたくなってしまうじゃないですか。元々そういう人間ですから(笑)。だから、今回は”久石メロディを聴きたい”っていう人をぶっ飛ばしてやろうなんて考えたりもするんですが(笑)、そればかりでも仕方ないので、自分の中のバランスをどう取ろうかと悩んでいるところです」

”せっかく1ヵ月以上も一緒にツアーをするんだから、アルバムも一緒に作ってみたい”と語ってくれた久石さん。「もののけ姫」など、宮崎作品の全米公開、新しいサウンドトラック、そしてコンサート、待ち遠しい新作と、ますますその活動が楽しみだ。

 

 

●「驚異の小宇宙・人体III~遺伝子・DNA」

ドキュメンタリーの仕事はすごく好きなんです。このシリーズも3作目ですね。ただ、今回はテーマが遺伝子ということで非常に抽象的ですから、映像が浮かばなくて苦しみました。Iは「内臓」がテーマでしたし、IIは「脳と心」がテーマでしたから、割とイメージが膨らんだんですが、「細胞」と言われてもピンと来ないじゃないですか? そういった、最初のイメージ作りで苦しみましたね。でも、遺伝子についていろいろ調べるうち、利己的遺伝子(セルフィッシュ・ジーン)という言葉に出会ったんです。「人間は遺伝子の乗り物でしかない、生命が誕生して以来、人間という器は単なる乗り物でしかない」という内容なんですが、そういうことを考えていると、太古の時代と未来がつながっていて、それは音楽も同じだと思えるようになったんです。そこで、エスニックな要素をたくさん入れたりしました。

この作品では、打ち込みと生の弦を組み合わせています。こういう世界観だと、アコースティックが絶対にいいということはあり得ないんです。あまりにも具象音過ぎますからね。そうすると、もう少し神秘的な世界を出すにはやはりシンセサイザーがよくて、結果的に生と打ち込みの比率は50/50くらいになりました。ただ、今までのシリーズはもっとシンセサイザーが多かったので、今回は割とアコースティック楽器が増えていると言えますね。

このシリーズに関しては、映像に合わせて音楽を作っているわけではありません。「何月何日に映像をお渡しします」って言われても、その日に来ることは絶対にないですから(笑)。2、3ヵ月はズレます。これは映画もそうなんですが、CGを使うとその部分が圧倒的に時間を食うんです。特に、この番組は内容的にCGのウェイトがすごく大きいですから大変だと思います。でも、真剣に作ったら遅れるのはしょうがないですよ。

そんなわけで、基本的にはこのシリーズに関しては、こちらの方である程度世界観を作って大体12~13曲ほど仕上げ、さらに幾つかバリエーションを付けたものをお渡しして、そこから選曲してもらうというスタイルでやることにしているんです。僕の手掛けているサウンドトラックの中で、選曲のスタイルはこの番組だけです。

 

●「もののけ姫」

「もののけ姫」に関しては、宮崎監督から「覚悟を決めた映画を作るから」ということを聞いていました。「人がたくさん死ぬような映画だけど、この時代はこういうものを作らなくてはならない」という決意表明があったんです。そんな話をしていて、今回はフル・オーケストラで行こうということになりました。

宮崎さんの仕事は、とにかく丁寧さが別格です。この作品でも、最初にイメージ・アルバムを作って、そのアルバムを元にして綿密な打ち合わせを行った上でサウンドトラックを作っていったんです。映像を見て、映像のために本当に細かく作っている、まさにサウンドトラックといえる音楽ですよ。どれくらい細かい作業をしているかというと、例えば2分半とか3分程度の曲の中でも、その中で20箇所くらい絵と音楽をシンクロさせたりしているんです。それも1/30秒などの単位で。ですから、曲中でテンポもどんどん変わりますし、そのテンポも80,28とか、そこまで細かく設定しています。

ただし、あとで編集して合わせ込むなんてことは絶対にしません。テンポ・チェンジがプログラムされたクリックに合わせて生で演奏するんです。もちろん、演奏する人間にテクニックと能力がないと合いません。こういう手法に関しては「もののけ姫」がひとつのピークと言えるんじゃないでしょうか。

 

●「菊次郎の夏」

北野武さんの作品では、「あの夏、いちばん静かな海」から音楽を担当させていただいていますが、あの映画のときに北野さんと話したのは「通常音楽を入れるところは一切抜きましょう」ということ。例えば、盛り上がるシーンだからといって、盛り上げるための音楽を入れるのはやめましょうと。そういうのってすごく北野さんらしいところだと思うのですが、いわゆる劇伴的なものは本人が望んでいませんし、必要もないんですよ。

「菊次郎の夏」でも、メロディアスだけど絶対ベタベタした感じにならないように心がけました。北野さんの映画は、とにかく立ち振る舞いがすごくきれいで品があるんです。だから、音楽も下品になったり、表現しすぎてはいけない。それが、最も大切にしなければならないところでしょうね。「菊次郎の夏」に関しては、北野さんから「リリカルなピアノものでいきたい」というリクエストがあったんです。最初は、こんなにギャグの多い映画なのにいいのかな?と思ったんですが、実際にやってみたら、ギャグの中に、人間の孤独とか寂しさみたいなものが表現できた。もちろん、北野さんはそれを最初から狙っていたわけで「やっぱりこの人は天才だな」って思いましたね。

そして、北野さんのすごい点は、やはり個性的だということに尽きるでしょう。特に、海外での評価は絶大ですが、それはなぜかというと、個性があるからですよ。独特の映像美、たくさんの要素を入れない、ムダのない引き算のような絵作り……それが、あそこまで徹底できる人って、世界に何人もいません。ものすごく強い意志が必要なんだと思うのですが、北野さんはそれをやり抜いている。本当にすさまじい作業であり、ある意味、周囲のだれよりも孤独だと思うのですが、それをやり抜く意志の強さは本当に素晴らしい。だからこそ、”世界の北野武”なんでしょうね。

(「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」 より)

 

 

SCORE | 映画「菊次郎の夏」より
「Summer」

幅広い音楽性が盛り込まれた久石譲の集大成ともいえる楽曲

今や”世界の北野武監督”による、ベネチア映画祭受賞後第1作「菊次郎の夏」のメイン・タイトルがこの「Summer」。作曲は前作「HANA-BI」をはじめ北野映画にはなくてはならない存在となった久石譲だ。氏の今までの作品の傾向を振り返ってみると、宮崎アニメ「となりのトトロ」や「もののけ姫」に見られるどこか日本的な旋律、「風の谷のナウシカ」のロマン派風のオーケストラ、初期のソロ・アルバムにあるような、サンプリング・パーカッションを多用したミニマル的な楽曲、TVドラマ「華の別れ」主題歌に代表される非常にロマンチックなメロディと、自らの演奏によるピアノといった特徴が挙げられる。今回の「Summer」には、これらの特徴がすべて現れており、久石氏の集大成ともいえる楽曲になっている。以下、流れに沿って詳しく見ていこう。

冒頭、弦の2分音符で演奏される2小節の循環コードだが、どこか「下校の鐘」のような音形で、映画全体の雰囲気を見事に象徴している。こういった、楽曲の出だしの瞬間、一気に世界を作ってしまうのも氏の特徴で、これはまさに映画音楽として非常に優れた点だと言えるだろう。

以後しばらくこの低音を繰り返しながら、ピアノによるテーマ・メロディが導かれる。こういったシンプルな低音の繰り返しパターンは、ブラームスでも有名なパッサカリア(古典舞曲の一形式)を思い起こさせる。どこか和風の[C]の4度和声を経て、途中から加わるリズムも、いかにも久石譲らしい、オン・ビートを強調したアジアン・エスニック風のパターンだ。さらに、[J]からのピアノ主体の部分はでは、右手のアルペジオの使い方やメロディ終わりのD#m7など、非常にロマンチックな雰囲気。続いて[L]からの、弦の刻み+音階だけのメロディ+ピアノのオスティナートといった、ミニマル風の経過部を経て、最初のテーマに戻る。ここでは、リズミックな動きは伴わず、自由にモチーフを回想しており、ある種ノスタルジックな気分を醸し出しつつ効果的に曲を閉じている。

このように、さまざまな要素が盛り込まれているにもかかわらず、全体を通して非常に親しみやすく、分かりやすい曲調になっており、どちらかというと「ぶっきらぼう」な演出が魅力の北野映画と、互いにうまく補完しあっている。こういった、幅広い音楽性に支えられた強い描写力は、映画音楽の王道的な魅力のひとつといえるだろう。

(「キーボードマガジン Keyboard Magazine 1999年8月号」 より)

 

スコアは掲載していません。楽曲解説の箇所になります。楽曲について深く紐解く参考、解説の掘り下げ方、表現の仕方など勉強になることも多かったのでご紹介しました。

 

 

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