Overtone.第66回 長編と短編と翻訳と。~村上春樹と久石譲~ Part.1

Posted on 2022/05/20

ふらいすとーんです。

怖いもの知らずに大胆に、大風呂敷を広げていくテーマのPart.1です。

今回題材にするのは『若い読者のための短編小説案内/村上春樹』(1997/2004)です。

 

 

村上春樹と久石譲  -共通序文-

現代を代表する、そして世界中にファンの多い、ひとりは小説家ひとりは作曲家。人気があるということ以外に、分野の異なるふたりに共通点はあるの? 村上春樹本を愛読し久石譲本(インタビュー記事含む)を愛読する生活をつづけるなか、ある時突然につながった線、一瞬にして結ばれてしまった線。もう僕のなかでは離すことができなくなってしまったふたつの糸。

結論です。村上春樹の長編小説と短編小説と翻訳本、それはそれぞれ、久石譲のオリジナル作品とエンターテインメント音楽とクラシック指揮に共通している。創作活動や作家性のフィールドとサイクル、とても巧みに循環させながら、螺旋上昇させながら、多くのものを取り込み巻き込み進化しつづけてきた人。

スタイルをもっている。スタイルとは、村上春樹でいえば文体、久石譲でいえば作風ということになるでしょうか。読めば聴けばそれとわかる強いオリジナリティをもっている。ここを磨いてきたものこそ《長編・短編・翻訳=オリジナル・エンタメ・指揮》というトライアングルです。三つを明確な立ち位置で発揮しながら、ときに前に後ろに膨らんだり縮んだり置き換えられたり、そして流入し混ざり合い、より一層の強い作品群をそ築き上げている。創作活動の自乗になっている。

そう思ったことをこれから進めていきます。

 

 

村上春樹バイオグラフィー的なものは飛ばします。とても音楽に造詣が深いことでも有名です。ジャンルはジャズ、クラシック、ロックと広く、自身がDJを務めるラジオ番組では愛聴曲たちをたっぷり紹介しています。音楽にまつわる文章も、ジャズ本・クラシック本・エッセイ・雑誌インタビュー・対談本と数多く発表しています。視点を本業の小説活動に移しても、ほんと音楽が体に染みついている人なんだなだとわかります。多くの小説にバラエティ富んだ楽曲が登場し、小説によって音楽がリバイバルヒット、はたまた廃盤CDが復刻される現象も起こるほどです。小説を発表すると、出版業界から音楽業界まで賑わせてしまう人。

 

今回題材にするのは『若い読者のための短編小説案内/村上春樹』(1997/2004)です。

この本は、実際のアメリカでの講義にも沿っているようですが、村上春樹が自作ではなく他作を取り上げ、短編小説を深く読んでみよう、こういう読み方もできると思う、とかなり深く突っ込んだ内容になっています。

取り上げたいのは、2004年文庫化のときに加えられた「僕にとっての短編小説──文庫本のための序文」からです。約20ページからなるこの項に、僕がテーマとして紐解きたいことがたっぷり語られているのですが、すべては紹介できない。でもぶつ切りな切り貼りはしたくない。自分が読んだあとなら、要約するようにチョイスチョイスな文章抜き出しでもいいのですが、初めて見る人には文脈わかりにくいですよね。段落ごとにほぼ抜き出すかたちでいくつかご紹介します。そして、すぐあとに ⇒⇒ で僕のコメントをはさむ形にしています。

 

 

 

“僕は自分自身を、基本的には長編小説作家であるとみなしています。僕は数年に一冊のペースで長編小説を書き(更に細かく分ければ、そこには長めの長編と、短めの長編の二種類があるわけですが)、ときどきまとめて短編小説を書き、小説を書いていないときにはエッセイや雑文や旅行記のようなものを書き、その合間に英語の小説の翻訳をやっています。考えてみれば(あらためてそういう風に考えることはあまりないのですが)守備範囲は広い方かもしれません。ジャンルによって文章の書き方も少しずつ変わってきますし、長編・短編・エッセイ・翻訳、どの仕事をするのもそれぞれに好きです。要するに早い話、どんなかたちでもいいから、文章を書くという作業に携わっていることが、僕は好きなのです。またそのときどきの気持ちに応じて、いろんなスタイルで文章を書き分けられるというのはとても楽しいことだし、精神バランスの見地から見ても、有益なことだと思っています。それは身体のいろんな部分の筋肉をまんべんなく動かすのに似ています。”

~(中略)~

⇒⇒
久石譲もオリジナル作品(そこにも大きめの作品と小さめの作品の二種類があります)を発表しつづけていますね。映画・TV・CMなどのエンターテインメントのお仕事も話題が途切れることはありません。コンサートも久石譲プログラムからクラシック演奏会まで多種多彩にしてすべて久石譲指揮です。あらためて言うまでもなく守備範囲は広いです。エンターテインメントな大衆性とアーティスティックな芸術性のバランスをとりながら。そして、すべての仕事が長編小説の肥やしとなり結実しているように、すべての仕事がオリジナル作品(たとえば交響曲)の肥やしになり結実しているように思います。

 

 

もちろん読者の中には、「いや、村上さんの書くものの中では短編小説がいちばん好きです」という人もいらっしゃいますし、「村上の小説は苦手だけど、エッセイは好きだ」という人もおられます。それはそれでもちろんありがたいのですが(お前の書いたものはどれもみんな同じくらい嫌いだ、と言われるよりはずっといいですよね)、でも僕自身としては、小説家になって以来二十五年間、長編小説という形体にもっとも強く心を惹かれ続けてきたし、また実際にもっとも多くの労力と時間を長編小説の執筆に投入してきたのだ、ということになります。生意気な言い方かもしれませんが、僕より上手な優れた長編小説を書く作家はもちろんいるけれど、僕が書くような長編小説を書ける作家はほかに一人もいないはずだ、という自負のようなものもあります。自分の書く長編小説に、ささやかではあるけれど自分だけのシグネチャー(署名)を残すことができるのだ、という自負です。もちろん僕が書いた長編小説は好まれたり好まれなかったりするし、評価されたりされなかったりもします。しかしそれとはべつに、長編小説というのは、作家としての僕が一生を通して真剣に追求しなくてはならない分野であると、僕自身は感じているわけです。”

~(中略)~

⇒⇒
「僕が書くようなオリジナル作品を書ける作曲家はほかに一人もいないはずだ」、ご本人がそう思っているかどうかはわかりませんが、ミニマルな要素と日本的な要素をしっかりと作品に刻みこむことで、久石譲だけのシグネチャーをたしかに残しています。大いに自負していただいてしかりです。独自性をもった交響作品・現代作品を系譜として発表しつづけている稀有な人です。

 

 

“それに比べると、短編小説を書くことは多くの場合、純粋な個人的楽しみに近いものです。とくに準備もいらないし、覚悟みたいな大げさなものも不要です。アイデアひとつ、風景ひとつ、あるいは台詞の一行が頭に浮かぶと、それを抱えて机の前に座り、物語を書き始めます。プロットも構成も、とくに必要ありません。頭の中にあるひとつの断片からどんな物語が立ち上がっていくのか、その成り行きを眺め、それをそのまま文章に移し替えていけばいいわけです。もちろん「短編小説なんて簡単に書けるんだ」と言っているわけではありません。ひとつの物語を立ち上げていって、それを完成させるというのは、なんといっても無から有を創り出す作業なわけですから、片手間にひょいひょいとできることではありません。ときには呼吸することを忘れてしまうくらいの──実際に忘れることはたぶんないでしょうが──鋭い集中力が、そしてもちろん豊かなイマジネーションが、要求される作業ではあります。”

~(中略)~

⇒⇒
宮崎駿監督から渡されたメモや絵をきっかけに。原作小説の印象やイメージをきっかけに。あの楽器を使ってみようというアイデアをきっかけに。ひとつのメロディをきっかけに。音楽を立ち上げていく過程にもいろいろありそうです。

 

 

“「その女から電話がかかってきたとき、僕は台所に立ってスパゲティーをゆでているところだった」という一行から短編小説を書き始めたことがあります。それ以外に僕の中にはとくに何のアイデアもありませんでした。ただの一行の文章です。一人でお昼にスパゲティーを茹でているときに電話のベルが鳴る、というイメージが頭にふと浮かびます。それは誰からの電話だろう? 彼は茹でかけのスパゲティーをどうするのだろう? そういう疑問が生まれます。そういう疑問を招集して、ひとつの物語に換えていくわけです。それは『ねじまき鳥と火曜日の女たち』という短編小説になりました。400字詰め原稿用紙にして八十枚くらいの作品です。

その短編を書き上げて、雑誌に発表して、単行本に収録して、五年ばかり経過してから、僕はその短編『ねじまき鳥と火曜日の女たち』をもとにして長編小説を書き始めました。時間が経過するにつれ、その物語には、短編小説という容れ物には収まりきらない大きな可能性が潜んでいるのではないかと、強く感じるようになったからです。その可能性の重みを、僕はしっかりと両手に感じとることができました。そこには未知の大地に足を踏み入れていくときのような、わくわくした特別な感覚がありました。二年の歳月ののちに、それは『ねじまき鳥クロニクル』という作品として結実しました。二千枚近い枚数の、かなり長大なフィクションです。考えてみれば、「その女から電話がかかってきたとき、僕は台所に立ってスパゲティーをゆでているところだった」という一見なんでもない一行から、思いもかけずそのような大柄な作品が生まれることになったのです。

そのように僕は短編小説を、ひとつの実験の場として、あるいは可能性を試すための場として、使うことがあります。そこでいろんな新しいことや、ふと思いついたことを試してみて、それがうまく機能するか、発展性があるかどうかをたしかめてみるわけです。もし発展性があるとしたら、それは次の長編小説の出だしとして取り込まれたり、何らかのかたちで部分的に用いられたりすることになります。短編小説にはそういう役目がひとつあります。長編小説の始動モーターとしての役目を果たすわけです。僕はほかにも同じように、短編小説をもとにしていくつかの長編小説を書きました。『ノルウェイの森』は『螢』という短編小説を発展させて書きました。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という長編小説は『街と、その不確かな壁』という百五十枚程度の作品が下敷きになっています。

もちろん短編小説に与えられているのは、そういう役目だけではありません。僕は長編小説にはうまく収まりきらない題材を、短編小説に使うことがよくあります。ある情景のスケッチ、断片的なエピソード、消え残っている記憶、ふとした会話、ある種の仮説のようなもの(たとえば激しい雨が二十日間も降り続けたら、僕らの生活はどんなことになるだろう?)、言葉遊び、そういうものを思いつくままに短い物語のかたちにしてみます。たとえば『トニー滝谷』という短編小説は、マウイ島の古着屋で買ったTシャツの胸に「トニー・タキタニ」という名前がプリントしてあったことから生まれました。「トニー・タキタニっていったいどんな人なのだろう?」と僕は想像し、それでこの作品を書き始めたわけです。「トニー・タキタニ」という言葉の響きひとつから、物語を作っていったわけです。”

~(中略)~

⇒⇒
少し長い引用でしたけれど、一番伝わりやすいと思い選びました。短編小説が長編小説へと膨らんでいくさま。短編小説をエンタメ音楽に、長編小説をオリジナル作品に、置き換えてみてもう一度読んでみてください。──おもしろいですね。ちょっと遊んで枚を秒にしてみます。80枚の短編が2000枚の長編になる=1分20秒(80秒)の小曲が約33分(2000秒)の長大な作品になったりするわけですね。おもしろいですね。

 

 

“そのような様々な試みがあって、中にはうまくいったと思えるものもありますし、残念ながらあまりうまくいかなかったものもあります。しかし短編小説というのは基本的にそれでいいのではないかと、僕は考えます。極端な言い方をすれば、「失敗してこその短編小説」なのです。うまくいくものもあり、それほどうまくいかないものもあって、それでこそ短編小説の世界が成り立っているのだと僕は思います。何から何まで傑作を書くことなんて、どんな人間にもできません。波があって、それが上がったり下がったりします。そして波が高くなったときに、そのタイミングをつかまえて、いちばん上まで行くこと、おそらくそれが短編小説を書く優れた作家に求められることです。僕は短編小説を書くときには、いつもそんな風に考えています。

逆の言い方をすれば、作家は短編小説を書くときには、失敗を恐れてはならないということです。たとえ失敗をしても、その結果作品の完成度がそれほど高くなくなったとしても、それが前向きの失敗であれば、その失敗はおそらく先につながっていきます。次に高い波がやって来たときに、そのてっぺんにうまく乗ることができるように助けてくれるかもしれない。そんなこと長編小説ではなかなかできません。一年以上かけて行われる大事な作業ですから、「まあ今回これは失敗でもいいや」というわけにはいかないのです。その点短編小説だと、危険を恐れずに、ある程度まで自由に好きなことができます。それが短編小説のいちばんの利点であると思います。たとえば僕は長いあいだ三人称で長編小説を書くことがうまくできなかったのですが、短編小説で三人称を書く訓練をして、それに身体を馴らしていって、その結果かなり自然に違和感なく三人称を使って長いものが書けるようになりました。”

~(中略)~

⇒⇒
”短編小説は実験の場、可能性を試す場”と語っています。アイデアをかたちにしてみる、新しいことに挑戦してみる機会とも言えます。なるほど、「ダンロップCM音楽」からオリジナル作品へと発展させた「Variation 57 for Two Pianos and Chamber Orchestra」なんかもあります。また久石譲が追求している単旋律(Single Track Music)手法は、小さな曲や小さな編成から試されながら、手応えと磨きあげをもって交響作品でしっかりとのこされています。

 

 

“このようにして短編小説をいくつかまとめて書くと、僕の場合、必ずその次に長編小説が書きたくなる時期がやってきます。短編小説を書いているのは楽しいのですが、だんだんそれだけでは足りなくなってくるのです。もっともっと大きな物語に取り組んでみたいという思いが高まってきます。そういうエネルギーが、雨水がちょっとずつ桶に溜まるみたいに、身体に次第に蓄積されてくるわけです。そのエネルギーの溜まり具合から、「この感じだと、あと三ヶ月くらいで長編小説を書き始めることになるだろうな」というようなことも予測できます。それがどれくらいの厚さの本になるかということだって、だいたい見当がつきます。

そのように、短編小説は、長編小説を書くためのスプリングボードのような役割も果たしています。もし短編小説を書くことがなかったら、僕がこれまで書いてきた長編小説は、今あるものとはずいぶんかたちの違うものになっていたのではないかと思います。短編小説である種のものごとをうまく書ききってしまえるからこそ、僕はそのあとまっすぐ長編小説に飛び込んでいくことができるわけです。あるいはまた短編小説で書ききれないものごとが見えてくるからこそ、長編小説の世界に挑みたいという気持ちも高まってくるわけです。そういう意味あいにおいても、短編小説は僕にとってきわめて大事なものであるし、それはまたなにがあろうと、うまく自然に書かれなくてはならないわけです。”

~(中略)~

⇒⇒
「エンターテインメントの仕事をするなかでの葛藤やフラストレーションが、自分の作品をつくることへと向かわせてきた」久石譲スタンダード語録です。作家同士のシンパシーを感じてしまう一面でした。短編と長編、エンタメ音楽とオリジナル作品。

 

 

“そのように短編小説には、時間をおいて手を入れる、書き直すという喜びもあります。長編小説を書き直すとなると、ものすごくエネルギーと手間が必要になりますし、一部を書き直すと全体のバランスが違ってくることもあるので、まずやりませんが、短編小説の場合は比較的簡単に書き直すことができます。もちろんすべての短編小説にそういうことが可能だというわけではありません。もはや書き直せないというものもありますし、書き直す必要を認めないというもの(完璧な出来だということではなく、あくまでその必要がないということです)もあります。でも「これは書き直した方が明らかによくなるな」というものもやはりあるわけです。短編の書き直しは、主として技術的な見地から行われます。しかし全体から見れば、「これは書き直したい」と思わせる作品はそれほど数多くありません。「この作品は、技術的にはいくらか不備があるかもしれないが、下手にいじらず、このままそっと置いておいた方がいいだろう」と感じるものの方がずっと多いのです。そういう意味では、短編小説というのはきわめてデリケートな成り立ちなのです。一筆加えるだけで、過去の作品が生き返ったり、あるいは逆に勢いを失ったりもします。何がなんでも技術的にうまく書き直せばいいというものではありません。”

~(中略)~

⇒⇒
ふむ深い。「これは書き直したほうがよくなる、これは書き直したい」そう思って映画のために書いた曲を再構成してオリジナルアルバムへ収録された曲もたくさんあります。

ここには出てきていない話題ですけれど、村上春樹さんは雑誌掲載用と書籍収録用と長さの違う2つの短編を用意することもあるそうです。これは雑誌に載せるときの文字数の問題で、削ったものと削っていないものです。のちに書籍化するときは完全版のほうを収録する。どちらも成立するからそれでいいとも言っています。久石譲に置き換えると、文字数の制約は台詞のかぶる音数の制約だったりカット割りの分数の制約だったりでしょうか。そうしたことから解放される音楽作品の再構成。いろいろなケースがありそうです。

 

 

“このように、様々な意味合いにおいて、短編小説は作家である僕にとって重要な学習の場であり、探求の場でもあり続けてきました。それは画家にとってのデッサンのようなものだと言えるかもしれません。正確で巧みなデッサンをする力がなければ、大きな油絵を描ききることはできません。僕は短編小説を書くことによって、またほかの作家の優れた短編小説を読むことによって、あるいは翻訳することによって、作家としての勉強をしてきました。”

~(中略)~

⇒⇒
村上さんは毎日必ず机に向かってなにかしら書くというサイクルを守っているそうです。久石さんも毎日なにかしら音楽をつくる(音楽的断片であっても)サイクルを守っているといいます。お互いに何十年ものあいだこの習慣を維持している。そこには強い基礎体力と精神力の自己管理や鍛錬も必要になってくるわけで、本当にすごいことです。日々のデッサンが、培われたデッザン力こそが、ついには大きな作品を誕生させているのだろうと、簡単に言ってしまうのも恐れ多いほどひしひしと感じます。

 

(以上、”村上春樹文章”は「僕にとっての短編小説」項より 引用)

 

 

 

少し追加します。

同書からは離れて、同旨なことを語っているものです。いろいろな方向から眺めてみると、いろいろな言い回しから触れてみると、吸収しやすくなったりすることあるなと僕なんかは思います。

 

“『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という長編小説を書きあげたのは一九八五年のことだ。この小説のもとになったのは、その五年ばかり前に書いた「街と、その不確かな壁」という中編小説である。この「街と、その不確かな壁」という作品はある文芸誌に掲載されたのだが、僕としては出来がもうひとつ気に入らなくて(簡単に言ってしまえば、その時点では僕はまだ、この話をしっかり書き切るだけの技量を持ち合わせていなかったということになる)、単行本のかたちにすることなく、そのまま手つかずで放置されていた。いつか適当な時期が来たらしっかり書き直そうという心づもりでいたのだ。それは僕にとってとても大きな意味を持つ物語であり、その小説もまた僕によってうまく書き直されることを強く求めていた。

でもいったいどうやって書き直せばいいのか、そのとっかかりがなかなかつかめなかった。この小説にとって必要なのは小手先だけの書き直しではなく、大きな転換であり、その大きな転換をもたらしてくれるまったく新しいアイデアだった。そして四年後のある日、何かのきっかけで(それがどんなきっかけだったのかは今となっては思い出せないのだけれど)僕の頭にひとつのアイデアが浮かんだ。「そうだ、これだ!」と僕は思って、さっそく机に向かい、長い書き直し作業に取りかかった。”

(『村上春樹 雑文集/村上春樹』「自分の物語と、自分の文体」項より 一部抜粋)

 

⇒⇒
「書き直し」という点では「MKWAJU 1891-2009」も浮かびます。曲名にあるとおり、発表時には技術が足りなくてうまく実現できていなかったものを時を経て直しています。もうひとつ思い浮かべたいのは、「交響曲第1番 第1楽章」として未完のまま発表したきりになっていたものを5年後に「THE EAST LAND SYMPHONY」として完成させた事例です。しかも村上春樹さんの「街と、その不確かな壁」という中編作品は文芸誌で一度発表されて以後どの著作にも収録されることなくお蔵入りです。久石譲さんの「交響曲第1番 第1楽章」も演奏会で一度披露されたきり、直して引き継がれた「1. The East Land」はあるものの、その原型を聴けることはもうありません。

 

 

“ある種の短編は、書き上げられて発表されたあとに、僕の心の中に不思議な残り方をする。それは種子のように僕という土壌に落ちつき、地中に根をのばし、やがて小さな芽を出していく。それは長編小説に発展されることを求め、待っているのだ。僕はそういう気配を感じることができる。

どのような短編小説が長編小説の母胎として根を下ろすのか。どのような短編小説が根を下ろすことなく完結していくのか。それは自分でも予測がつかない。とにかく書き終えて、発表して、ある程度時間がたつのを待っているしかないのだ。時間がたてばそれはわかるし、たたなければわからない。”

(『村上春樹全作品 1990~2000』第4巻「ねじまき鳥クロニクル1」解題より 一部抜粋)

 

 

“いくつか手を入れてみたいとも思った。内容を大きく書き直すのではなく、文章的に「ヴァージョンアップ」してみたいと思ったのだ。短編小説に関しては僕はよくそういうことをする。長編小説に手を入れることは一切しないが(そんなことをしたらバランスが崩れてしまう)、短編小説には現在のポイントから書き直す余地が往々にしてあるからだ。レイモンド・カーヴァーも同じようなことをしていた。前のヴァージョンをオリジナルとして残しながら、新しい版をこしらえていく。それは文章家としての自分自身の洗い直し作業でもある。おそらく「前のほうがよかったよ」と言われる方もおられるだろうが、僕としては二十一年ぶりに、またひとつ違う可能性を追求してみたかったのだ。ご容赦願いたい。

そのようなわけでオリジナルの版と区別するために、こちらの作品はタイトルを『ねむり』と変えた。”

(『ねむり/村上春樹』あとがきより 一部抜粋)

 

 

 

村上春樹にみる短編小説と長編小説。久石譲にみるエンターテインメント音楽とオリジナル作品。だぶるように透けるように、うっすら見えてきたのならうれしいです。ちょっとこじつけが過ぎるよ!抜き出し方が作為的だ!……そんなことにはならない印象で自然にすうっと入ってくるとうれしいです。

村上春樹は長編小説を一番大切にしていますが、同じように短編小説がないと今あるかたちの長編小説は生まれてこなかっただろうとも語っていました。久石譲がオリジナル作品を一番大切にしていると公言はしていないです。でも公言はしなくとも、作家として自作品を残すことが一番大事と思っている、これはしごく当然なことです。

僕らファンは、あの映画がなかったら、あのCMがなかったら、エンタメオーダーがなければ生まれなかった名曲たちがたくさんあることを、深く愛おしく理解しています。そこからオリジナル作品へと発展したものもある。聴き手がわかるものもあれば作曲家本人しか知りえないものまで。深いところでつながっている作品たち。

 

 

ひとりの作家が生みだす全ての創作物はつながりをもっているという尊さ。思えば、これはクラシック音楽時代からそうです。小曲から交響曲へとなっていったもの、ひと楽章まるまるカットされた改訂、弦楽四重奏曲から弦楽オーケストラ作品となったもの。作品系譜という年表のなかで遺ってきた作品たち。

そんななかで、村上春樹と久石譲、このふたりにしか見当たらない共通したフィールド、他の追随を許さない強力な武器があるとしたら。実践することで自身の作家性をより広げ深めているもの。それは、翻訳と指揮です。Part.??まで続くかわかりませんが、ぜひ楽しみにお付き合いいただけたらうれしいです。

 

 

-共通むすび-

”いい音というのはいい文章と同じで、人によっていい音は全然違うし、いい文章も違う。自分にとって何がいい音か見つけるのが一番大事で…それが結構難しいんですよね。人生観と同じで”

(「SWITCH 2019年12月号 Vol.37」村上春樹インタビュー より)

”積極的に常に新しい音楽を聴き続けるという努力をしていかないと、耳は確実に衰えます”

(『村上さんのところ/村上春樹』より)

 

 

それではまた。

 

reverb.
次は翻訳と指揮について深めていけたら。

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第65回 「新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉 #6」コンサート・レポート by ふじかさん

Posted on 2022/04/28

4月15,16日開催「新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉」です。2020年9月から新日本フィルハーモニー交響楽団 Composer in Residence and Music Partnerに就任した久石譲は、定期演奏会・特別演奏会といろいろなコンサート共演を広げています。「クラシックへの扉」シリーズへの登場は2015年以来です。

今回ご紹介するのは、ふじかさんです。いつもありがとうございます。「展覧会の絵」は原曲となるピアノ版と編曲されたオーケストラ版と、どちらもしっかり聴いて予習していたそうです。「展覧会の絵」も「チェロ協奏曲」も、すべての作品で楽章ごとに構成曲ごとに丁寧にレポート描かれています。それはまるで、ディティールまで解像度の高い、一枚の大きな音楽会の絵を眺めているようです。どうぞお楽しみください。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉 #6

[公演期間]  
2022/04/15,16

[公演回数]
2公演
東京・すみだトリフォニーホール

[編成]
指揮:久石譲
チェロ:リーウェイ・キン ◇
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

[曲目]
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
サン=サーンス:チェロ協奏曲 第1番 イ短調 op.33 ◇

—-Soloist encore—-
ジョバンニ・ソッリマ:アローン (4/15,16)
バッハ:無伴奏チェロ組曲 第4番より サラバンド (4/15)
プロコフィエフ:子供のための音楽 op. 65より第10曲 行進曲 (4/16)

—-intermission—-

ムソルグスキー/ラヴェル編曲:組曲「展覧会の絵」

—-Orchestra encore—-
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

 

 

久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会
すみだクラシックへの扉 第6回のレポートをさせて頂きます。

2022年4月16日 すみだトリフォニーホール 大ホール 14時開演

 

今回のコンサートは、久石さんの自作曲が一切無い、完全なクラシックの演奏会。近年指揮者としての活動を充実させている久石さんが、「指揮者 久石譲」としての活躍をしっかり見ることができるのもある意味貴重だと思うとともに、以前から生演奏で聴いてみたかった『組曲 展覧会の絵』がプログラムされていたのも手伝って今回のコンサートへ行くことにしました。

チケットもぎりを過ぎ、会場へ入ると、なんとなくいつもの久石さんのコンサートとは異なる雰囲気。久石さんのCD販売が無いからなのか、新日本フィルのファンのお客様が多いのか…?

着席して、ステージを見ると弦は14型の久石さん指揮での鉄板の対向配置。ステージの後ろの方に見えるパーカッションの多さや、ハープなどから近年のオーケストラ編成の印象を強く受けます。

14時過ぎに続々とステージに楽団員の方が登場。今回のコンマスはチェさん。久石さんとの共演は去年の9月以来でしょうか?チューニングののちに、久石さんが登場。いよいよコンサートが始まります。

 

 

・Claude Debussy『牧神の午後への前奏曲』

久石さんが合図をしてから最初のフルートソロの音色が流れるまで、時間としては短かったはずなのに、とても間が長く感じました。ピリッと静まった空気感のある会場に、淡くて夢幻のようなふわふわしたメロディが流れてきました。そこから入ってくるハープと金管の音色。久石さんは指揮棒を持たず、ところどころ「うん、うん」と頷きながら、ゆったりと指揮をされていました。

途中で力強いヴァイオリンのメロディが入ってくるところでは、久石さんが笑顔で1stヴァイオリンを見ながら待ち構えているような仕草を見せるシーンも。旋律が大きく動くところでは大きく身体を動かし、全体で表情豊かにこの美しい曲を表現していきました。

3月の三重公演では、ロマン派での重要な作品とさせるベルリオーズの『幻想交響曲』、そして今回は印象派での重要とされているドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』をそれぞれ今を生きる作曲家の久石さんを通して聴くことができたのはとても有意義でした。

 

演奏が終わり、一通り拍手が終わると、大きく舞台替えへ。次の『チェロ協奏曲』用へとコンパクトなオーケストラへと衣替えとともに、ソリスト用の台が用意されました。その後、久石さんとソリストのリーウェイさんが登場しました。

 

 

・Camille Saint-Saens『チェロ協奏曲第1番 イ短調 op.33』

1楽章 Allegro non Troppo

全体をダン!という大きな和音から始まった直後に、上から下へと駆け巡るようなチェロのソロがなだれ込んできます。リーウェイさんがかなり身長の高い方の為か、チェロが割と小さく見える印象でした。そのチェロから流れる音色は力強く、時には色っぽく、チェロの音域のせいか、まるで男性が歌を歌っているような雰囲気も感じられました。主旋律がフルートに変わるところでは、サッとサブメロディへ移るシーンもスマートでカッコよかったです。

 

2楽章 Allegretto con Moto

1楽章と雰囲気も一変。軽やかなで上品な3拍子の弦楽のメロディとソロチェロの音色が美しく交差していきます。中間部で現れる小さなカデンツァもちらっと超絶技巧も垣間見えて、ワクワクしました。再度主題が現れて、より華やかな雰囲気と次の楽章へ繋がるような少し暗い雰囲気も感じさせながら、3楽章へと向かいました。久石さんはあまり大きな振りをせず、優しく寄り添うような指揮をしていました。

 

3楽章 Molt Allegro

1楽章のメロディが木管で流れたのちに、ソロチェロで演奏。その後、テンポが速くなるところでは大きなうねりを感じさせるようなパワフルな演奏となりました。ですが、途中木管のフレーズが小さく美しく響くところでは、久石さんもオケ全体に抑えて!抑えて!というような指示も。終盤、盛り上がりのあるパートでは、リーウェイさんがコンマスや久石さんと随時アイコンタクトを取り、楽しそうに演奏していました。ワクワクが客席に伝わってくるようなとてもエネルギッシュな演奏!熱気は客席へと十分伝わり、演奏が終わると大きな拍手に包まれました。

 

何度かのカーテンコールのちに、ソリストアンコールへと進みます。

 

・Giovanni Sollima『Alone』

重厚な和音を奏でるともに、弦を指ではじいてピチカートのような音色も同時に出していました。冒頭が終わると、一気に速くて、心地よいビート感のある中間部へ。まるで2人組チェロユニットの2 CELLOSの演奏を聴いているかのような、緊迫感・緊張感。とてもチェロのソロだけで演奏しているとは思えないような、複雑で超絶技巧が光る1曲でした。

 

さらにもう1曲アンコールを披露してくれました!

 

・Sergei Prokofiev『こどものための音楽 Op.65-10 行進曲』(チェロ編曲 ピアティゴルスキー)

今度は雰囲気一転、軽快に大股でずんずん歩いていくような行進曲。途中で聴こえてくるドーシラソーというフレーズが耳に残ります。短い曲でしたが、遊び心のある小品に心が弾みました。

 

 

ー休憩ー

 

 

・Modest Petrovich Mussorgsky(arr.Mrurice Ravel)『組曲 展覧会の絵』

プロムナード

美しく、華やかなトランペットのソロから始まり、全体を包み込むようなホルンやチューバ等の金管の音色が絵画の旅へと誘います。

1.グノームス

雰囲気は一変、低音弦が怪しいメロディを奏でます。今回座っていた座席が1st ヴァイオリン側の前から2列目で、その後ろのコントラバスの音がザクッザクッと刻むと、その音が身体の芯まで揺れるような感じがしました。途中のパチンっという打楽器の音を出す直前には、久石さんも大きな振りを見せてくれました。最後は『DEAD組曲』の1楽章の終わりのような雰囲気で終わります。

プロムナード

続いてのプロムナード、ホルンのふくよかな音色で演奏されます。主旋律に寄り添うオーボエの音色も美しかったです。このプロムナードを演奏しているときの、フルート主席の方が笑顔で聴いていた様子がとても良かったです。

2.古城

哀愁の漂うサックスの音色が印象的な一曲。久石さんは、全体を抑えるような演奏にする時は、ソロリソロリと慎重に。メロディが動いてくると身振りをどんどん大きくしていっていました。

プロムナード

再びトランペットのメロディで再現させるプロムナードですが、チューバやコントラバスなどの低音楽器が力強い伴奏が加わります。

3.チュイルリーの庭

オーボエやフルートのいたずら心溢れる音色が響く、可愛らしい一曲。久石さんもリズミカルな可愛らしい指揮をしていました。

4.ビドロ

牛がノッシノッシと重そうに歩く様子がすぐに目に浮かぶような曲で、チューバの音色がよく響きます。しかし、全体は重たいだけではなく、抑揚も大きくオーケストラのダイナミックレンジの広さを改めて感じます。

プロムナード

いままで3度演奏されてきたプロムナードとは若干雰囲気が変わり、フルートが物悲しくテーマを奏でます。

5.卵の殻をつけた雛の踊り

こちらも『チュイルリーの庭』のように木管の音色が印象的ですが、スピード感もありスリリングな曲でもありました。

6.サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ

この曲の冒頭のチェロ主体のメロディが、久石さんの『坂の上の雲』のサウンドトラック3枚目の『孤影悄然』のような雰囲気があってお気に入りの曲です。中間部のトランペットの連符もかなり耳に残ります。

7.リモージュ・市場

雰囲気は一転、賑やかで華やかな、日常を感じさせます。こちらも久石さんの曲で例えると『二ノ国2』のサウンドトラックから『ネズミ王国の城下町』の感じがします。

8.カタコンベ

一気に重くて暗い、金管による和音が炸裂します。久石さんも深刻そうな顔で指揮していました。

死せる言葉による死者への呼びかけ

冒頭の弦のトレモロに木管のメロディが加わり、いままで4回演奏されてきた『プロムナード』よりさらに物悲しく、重たい雰囲気に。後半に入ってくるハープの音色にどこか光も感じます。

9.鶏の足の上に立つ小屋(バーバ・ヤガー)

久石さんの得意とするミニマル的なアプローチも合っていた楽曲だと思いました。全体の激しく、スピード感ある構成に吠える金管隊。かなりテンポ感も速く、キレッキレでカッコいい演奏でした。曲の最後では、久石さんも屈むような姿勢を取り、次なる楽曲へ向けてパワーを貯めている感じしました。

10.キエフの大門

そして、前曲から途切れることなく、一気に華やかな音色が会場を包み込みます。打楽器が力強く入る部分では、久石さんも左手をヒラヒラとさせてもっと!もっと!というような指示を出していました。中間部のコーラル風の部分は祈りを感じさせるような、荘厳な音色に。終盤の直前に再現される『プロムナード』のメロディが流れると、一気に鳥肌が立ちました。その後は、大音量で壮大に表現される『キエフの大門』。昨今の情勢に、希望と祈りを込めたような、エネルギッシュで叫びのような演奏に思わず目頭が熱くなりました。

 

凄まじい演奏に圧倒されたホール内からは一瞬の静寂後、割れんばかりの拍手が鳴り響きました。久石さんも満面の笑みで拍手に応えます。その後は恒例の楽団メンバー紹介。途中、トロンボーンセクションと一緒にチューバ奏者が立ってしまい、あなたはまだだよ!次だよ!次!というようなジェスチャーを送る久石さんも見ることできました。

 

Encore

・Mrurice Ravel『亡き王女のためのパヴァーヌ』

美しいホルンのソロから入る、オーケストラ版の『亡き王女のためのパヴァーヌ』久石さんは指揮棒を持たず、ゆったりと指揮をしていました。対向配置の為、1stヴァイオリンがメロディを奏でて2ndヴァイオリンがピチカートを鳴らすシーンでは、音色のメリハリがしっかり聴いていてとても楽しめました。レクイエムのようなしっとりとした演奏。最後は希望の光を感じさせるように、静かに輝くように楽曲が終わりました。

 

 

再び割れんばかりの大きな拍手。何度かのカーテンコール後、こちらも恒例となっている久石さんと弦楽の方達との腕合わせ。その後、深々とお辞儀をしてコンサートが終わりました。

1曲も久石さんの楽曲が無いのに、まるでWDOコンサートに来たような満足感でした。『展覧会の絵』は、クラシックの作品ながら、プロムナードがアレンジを施して何度も演奏されるなど、どこかサウンドトラック的な一面も感じます。さらに今回のオーケストラの編成が久石さんのオリジナル曲演奏時の編成に近いものもあり、それらからもWDOの雰囲気を感じたかもしれません。

今後のスケジュールはまだ発表されていませんが、再び久石さん×新日本フィルの定期演奏会を楽しみにしています。

2022年4月25日 ふじか

 

 

そうだそうだ、そんな感じだった。そんなこともあったかな。それは気づかなかったな。というオンパレードで一気読みしました。いつも焼き付けかたがハイスペックだなと感じます。

「展覧会の絵」で「坂の上の雲」がつながるなんて。当日お話しているときに少し話題にあがったので、帰り道にどの曲のことだろうと探したりしていました。さらに「二ノ国」か、なるほど!楽しいですね。久石譲音楽のバックボーンというか影響うけているかもしれないと感じられる。久石さんファンだからこそできるクラシック音楽の聴きかたってありますね。より楽しくなります。

コンサート終わって「よかったですねー!」「よかったですねー!」とお互い言いながら歩いている間に、すぐ隣にある駅に着いてしまいました。瞬間最大共感はあっという間でした。今回もありがごうとございました。

 

 

 

こちらは、公式リハーサル/公演風景写真の紹介もあわせて、いつものコンサート・レポートをしています。

 

 

公演風景(追加分)

from 新日本フィルハーモニー交響楽団公式ツイッター

 

 

 

 

「行った人の数だけ、感想があり感動がある」

久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋 では、久石譲コンサートのレポートや感想、いつでもどしどしお待ちしています。応募方法などはこちらをご覧ください。どうぞお気軽に、ちょっとした日記をつけるような心もちで、思い出をのこしましょう。

 

 

みんなのコンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

 

reverb.
さて、次はみなさんいよいよWDO2022ですね!!

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第64回 「25%のヴィヴァルディ Recomposed By マックス・リヒター」を聴く

Posted on 2022/04/27

ふらいすとーんです。

シリーズ マックス・リヒターです。

 

 

マックス・リヒターの6枚目のオリジナル・アルバム「25%のヴィヴァルディ Recomposed By マックス・リヒター」です。ヴィヴァルディ《四季》の原曲から素材の25%だけを抽出して再構築した作品です。言葉にするとなんだか難しくて理解できるかな? という印象かもしれませんが、大丈夫です、聴けば一瞬にして不安は吹き飛ぶと思います。

クラシック通なリスナー界隈で、マックス・リヒターが認知されはじめたきっかけです。クラシック音楽を題材にしていることも大きいと思いますが、本盤は2014年発売時に日本盤もリリースされた初作品でもあるようです。そういった点でも、マックス・リヒターCDを初めて手にとりやすかった一枚ということもあるのかもしれません。

 

 

極めて斬新!ヨーロッパやUSで話題沸騰。

映画・ドラマ・ライヴとオールラウンドに活躍するヨーロッパで人気のコンポーザー、マックス・リヒターがおよそ300年前に作曲されたヴィヴァルティの超有名曲を現代風に“リメイク”。あらゆるジャンルの音楽に影響を受けミニマル音楽を手掛けてきた音の魔術師、マックス・リヒター。誰もが知る名曲《四季》から25パーセントの音楽要素を抽出し、それをループさせ新たな旋律をプラス、斬新なミニマル音楽として再構築しました。クラシックに馴染みがない人にとってはより聴きやすいマイルドなサウンドに生まれかわり、あたかも極上のホテル・ラウンジに居るかのようなラグジュアリーな空間を再現。クラシック通にはミニマル・ミュージックの要素を取り入れたコンテンポラリー・サウンドが興味をそそり、楽曲を熟知した人ほどマックス・リヒターからの「25%の謎解き」に魅せられることでしょう。このマックス・リヒター版《四季》はドイツはもとより世界中で話題となり大ヒットを記録中。その話題のリ・コンポーズド《四季》がついに日本に上陸!

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

《四季》の原曲の楽譜を検討した結果、リヒターは既存の音源を使うのではなく、音符単位でリメイクしたほうがと判断。その結果、原曲の75%にあたる素材を捨て、残りの25%の素材に基づきながら新たに楽譜を書き下ろし、ヴァイオリン独奏と室内アンサンブルで演奏可能な”新作”を完成させた(本盤の邦題『25%のヴィヴァルディ』はそこから来ている)。編成はヴィヴァルディの原曲とやや異なり、弦楽五部(4型)とハープからなる室内アンサンブルに、ヴァイオリン独奏とモーグ・シンセサイザー(エレクトロニクス)が加わる形をとっているが、ライヴでの演奏時は演奏効果を高めるため、通奏低音のチェンバロが追加される。(前島秀国ライナーノーツより)

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

25%のヴィヴァルディ RECOMPOSED BY マックス・リヒター
RECOMPOSED BY MAX RICHTER: VIVALDI FOUR SEASONS

1. Spring 0
2. Spring 1
3. Spring 2
4. Spring 3
5. Summer 1
6. Summer 2
7. Summer 3
8. Autumn 1
9. Autumn 2
10. Autumn 3
11. Winter 1
12. Winter 2
13. Winter 3

Electronic Soundscapes by Max Richter
14. Shadow 1
15. Shadow 2
16. Shadow 3
17. Shadow 4
18. Shadow 5

DANIEL HOPE, VIOLIN
MAX RICHTER, MOOG SYNTHESIZER
KONZERTHAUS KAMMERORCHESTER BERLIN
ANDRE DE RIDDER

 

 

音楽の授業で初めてふれたクラシック音楽。そんな人もいるかもしれませんね。僕もたぶん、季節の音楽からどんな情景が浮かびますか? 春・夏・秋・冬どれが好きですか? そんな音楽の時間が小中学校の頃あったような気がします。四季感のはっきりした曲想と親しみやすい旋律は、クラシック音楽をぐっと身近に感じます。行事音楽や校内BGM(朝・掃除・休み時間など)でも流れていたかもしれません。もちろんTVやCMでも清純なイメージをまとってくれる優等生です。

 

季節ごとに3楽章ずつあります。

各季節ひと楽章聴きくらべです。

 

Vivaldi: Concerto In E Major “La primavera”, Op. 8, No. 1, RV 269 – 1. Allegro

from Daniel Hope Official YouTube

あまり古い録音を持ってきても音質的違いも助けになってしまうと思い。ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)同じ奏者による、録音時期も近い(2016年)ものからです。出だし聴くと、《春》ってこんな曲だったね、もっと広く《ヴィヴァルディの四季》ってこんな曲だったね、と名刺代わりのポピュラーな一曲です。

 

 

Recomposed by Max Richter – Vivaldi – The Four Seasons, 1. Spring (Official Video)

from Deutsche Grammophon – DG

すごい、ちゃんと春っぽさを引き継いでるね。ん??でもこんな曲だった?こんなメロディだったかな? 原曲のどの素材が使われているかというと、出だしからの超有名メロディではなく、その次(原曲00:30~)から流れる旋律が使われています。音楽の授業だったら、「はいっ!小鳥のさえずりみたいですっ!」と元気よく発表していた約10~15秒間のパートですね。

抜き出した素材をループさせながら、同じ旋律がズレて展開しています。ミニマル・ミュージックの手法です。マックス・リヒターは、ここに低音シンセサイザーを加えるなどの原曲にはない楽器編成と、モダンなハーモニーになるコード進行も加えています。これこそが、編曲という枠を越えて再構築(リコンポーズ)と銘打つゆえんです。

さらには、独奏ヴァイオリンがあることで、ただの単調な繰り返しミニマル音楽にはならない、エモーショナルな風を生み出しています。風に揺れる春の息吹です。原曲からある活き活きとした独奏ヴァイオリン、単調の回避、だからこの作品を選んだ時点ですでに勝ってる。そんなセンスすら感じます。

 

 

Vivaldi: Concerto In G Minor “L’estate”, Op. 8, No. 2, RV 315 – 3. Presto

こう改めて聴くと、原曲もかっこいい。優雅なバロック音楽の印象を覆すほど、攻めてる音楽だなとも感じます。演奏が現代的アプローチだからかな? いずれにしても古さを感じさせない曲とパフォーマンスです。

 

Summer 3 – Recomposed: Vivaldi’s Four Seasons (2012)

from Max Richter Music Official

春第1楽章に比べると、原曲からの抽出割合が多いような気もしますね。また、春第1楽章の手法とは逆に、ハーモニーには新しく手を付けていないようです。とすると、原曲からしっかりと和声が効いていた、高揚感を誘発するコード進行のようなものがこの時代からあった。そう裏返して発見することもできたような気がします。

 

 

Vivaldi: Concerto In F Major “L’autunno”, Op. 8, No. 3, RV 293 – 3. Allegro

 

Richter: Recomposed By Max Richter: Vivaldi, The Four Seasons – Autumn 3

ザ・収穫祭。こちらは春第1楽章の手法に近いですね。出だしのメロディではなくて、その次(原曲00:40~)から流れる旋律が使われています。大きく開けたハーモニーも印象的です。

 

 

Vivaldi: Concerto In F Minor “L’inverno”, Op. 8, No. 4, RV 297 – 1. Allegro non molto

 

Winter 1 – Recomposed: Vivaldi’s Four Seasons (2012)

弦楽が鋭く刻む印象的なメロディ(1:15~)は、変拍子になるだけで、こんなにも新鮮になるんだ。18世紀の人たちはこのグルーヴ感にどんな反応するだろう? 戸惑うかな、湧くかな? モダンなリズミック手法です。

 

 

全曲とおして。原曲《四季》を最大にリスペクトした再構築です。元がわからなくなるような改悪はないです。お目当ての素材を抜き出し、そこに新しい味付けも加えていく。部分的なはずなのに、こじんまりとはおさまらない。変幻自在に色彩感豊かに、広がっていく曲想。潤いみずみずしい、新しい息吹きです。今を感じる生楽器のソリッドな音像や、シンセサイザーもブレンドした音響世界も効果大きいと思います。

 

 

 

Richter: Recomposed By Max Richter: Vivaldi, The Four Seasons – Shadow 1

本盤には《四季》のあとに、「Shadow」という5曲が収録されています。四季にまるわるエレクトロニック・サウンドスケープです。鳥のさえずりなどの自然音と電子音で構成された環境音楽のような曲たちです。1-5まで、それぞれ「春第1楽章」「夏第3楽章」「秋第2楽章」「秋第3楽章」「冬第1楽章」のかすかな素材を残像させているかのようなアンビエントな音響です。各トラックで聞かれる自然音が、おのおのの季節ともリンクしているのかまではわかりません。原曲の残像、景色の残像、季節の残響、余韻のようなもの、なのかな。

「Shadow」というタイトルに込めたニュアンスってなんだろう? そう思ってウェブ辞書で調べてみました。すると、”影、映像、面影、幻影、まぼろし、分身、ほんのわずか、ごくわずか、前兆、気配、気味、かすかに感じさせるもの、ほのめかす、名残”……。なんとも示唆に富んたネーミングだなとイメージ膨らみます。影くらいの語彙しか持っていなかったので、ちょっと豊かになりました。どれも多面的に当てはまるような気がしてきます。なるほどなー、おもしろいなー。

 

 

Max Richter – Recomposed: Vivaldi, The Four Seasons (Album trailer)

約2分半のプロモーション動画です。いいとこ取りでいろいろなフレーズ聴けます。《四季》にはこんなメロディもあったな!と。

 

MAX RICHTER | Recomposed: Vivaldi – The Four Seasons

ミニドキュメンタリーのような、約7分半の映像です。レコーディング風景とインタビューで構成されています。

 

Crystal Pite The Seasons’ Canon ( Autumn )

バレエ音楽としても使われています。フィギュアスケートの演技曲としてもあったと思います。芸術性を魅せるスポーツ、新体操やアーティスティックスイミング(旧シンクロ)などで使われていてもおかしくないですね。アート方面では、美術館や展示BGMなんかにもうれしい音楽ですね。もちろんテレビBGMでもよく耳にします。映画もあるでしょう。調べきれずに想像で書いたところもありますが、そんなに的外れでもない気もしますね。芸術表現を高めてくれる、アート×エンタメ×スポーツまで大活躍の現代版《四季》です。

 

 

マックス・リヒターが語ったこと。

 

”ヴィヴァルディの《四季》はもともと子どもの頃に聴いて大好きになった作品なんだ。でも大人になるにつれて、街中や広告、そこら中でこの曲を耳にするようになって、それがあまりにも多すぎて、一時期はこの曲を嫌いになってしまったこともあった。それでもやっぱりもう一度この曲を好きになりたい、個人的にこの曲を愛したい。そんなパーソナルな思いから始まったプロジェクトだったんだ。別のやり方で新しい発見を求めて、このリコンポーズド・ヴィヴァルディを作ったんだ。”

“そうだね。いろんな意味でこの作品はビッグチャレンジだったと思うよ。私も暴力的にオリジナルの文脈を崩してはいけないという気持ちが強くあった。でもヴィヴァルディの四季と自分の語法には「パターンミュージック」という共通点があったんだ。一つのモチーフを繰り返しながら展開していく音楽のスタイルは、遠からず近からず私のやり方と共通していた。その視点からリコンポーズすることで、ヴィヴァルディを最大限リスペクトしながらも作ることができたよ。”

 

(話題は広がり、こんなことも。)

 

“ポストクラシカルという言葉を生んだのはちょうど私が2作目、《ブルーノートブック》を書いたときだね。そのときからたくさんの人がこぞって「この音楽はなんてジャンルなんだ?」と聞いてくるようになったんだ。クラシックなのか? エレクトロニカなのか? という風に。当時の私には答えようがなかったんだ。本当に新しいものだったからね。でも自分の作品を説明するための言葉がやっぱり必要だと感じたんだ。たとえ言葉が真意を指していなくてもね。最初は冗談めいたアイデアだったけれど、そこで生まれた言葉が「ポストクラシカル」だったんだ。”

“そう、それは自分にとってとても大事なことなんだ。作曲家の世界には、いつも暗黙のルールが存在している。「複雑で難解な音楽はいい音楽である、そしてシンプルな音楽は悪い音楽だ、だから作曲家は皆複雑な作品をつくるべきだ」みたいなね。でもそこで私が思うのは、音楽の本質はリスナーとの対話であるということなんだ。複雑で難解な音楽は、リスナーが入り込む余地がない、あるいは理解できない。それでは意味がない。誰かと会話をするのと同じだよ、コミュニケーションが取りたければ、相手はあなたの言葉を理解しないと始まらない。そうしなければ一方通行の押し付けになってしまうからね。そのために、私は自分の言葉(音楽)が誰にでも理解できるようにとシンプルに削ぎ落としていったんだ。同じ空間を共有したいんだよ。”

 

出典:ONTOMO|ポストクラシカル最重要人物、マックス・リヒターが、ジャンルの壁を超えて投げかける音楽 2019.04.22 より一部抜粋
https://ontomo-mag.com/article/interview/maxrichter-20190408/

 

 

ミニマル・ミュージックの合流。

マックス・リヒターがダニエル・ホープに提供した小曲があります。

 

Richter: Berlin By Overnight

ヴァイオリンと少しのベースからなる約1分半の曲です。ひとかたまりのフレーズを音階を移動しながらひたすらにくり返しています。

 

Berlin By Overnight (CFCF Remix)

これはそのリミックス版です。エレクトロニクスを駆使したミニマル・ミュージックになっていると思います。いろいろな方面から眺めてみるとおもしろいですね。

 

なにが言いたいかというと…マックス・リヒターが語ってくれています。

 

”そういう文脈の中で私はミニマルと出会い、小さなブロックから成り立っているパターン・ミュージックに興味を覚えたのです。私の場合は大学でクラシックの訓練を受けたり、ルチアーノ・ベリオに師事したりした後でミニマルと出会いましたが、いまの若い世代は、そういうクラシックの経験なしに、コンピューターから直接パターン・ミュージックを作っているのではないかと思います。つまりダンス・ミュージックやエレクトロ・ミュージックで使われている、シーケンサーの影響ですね。私のようなミニマルに影響されたパターン・ミュージック、それからシーケンサーに影響された若い世代のパターン・ミュージック。その2つの流れの合流点が、現在の「ポスト・クラシカル」の状況ではないかと思っています。”

出典:udiscovermusic.jp|マックス・リヒター「Sleep」インタビュー より一部抜粋
https://www.udiscovermusic.jp/classical-features/max-richter-sleep-interview

 

 

久石譲とリコンポーズ。

久石譲が現代作品をプログラムするコンサート「久石譲&フューチャー・オーケストラ・クラシック(FOC)」に、マックス・リヒター版《四季》は予定演目されていたことがあります。Vol.3(2017年2月)冬開催だったからなのか、選ばれていたのは《四季より冬》です。諸般の事情があったのでしょう、実現は叶いませんでした。聴いてみたかったですね。久石譲もしっかりと注目していた作品、そう言われるともっと興味わいてきましたか? (その時の新プログラムは「久石譲:Encounter for String Orchestra」でした)

 

また、久石譲が他作品をリコンポーズしたひとつに、「フィリップス・グラス:TWO PAGES」があります。原曲は、2ページの譜面だけで成り立った曲、音型をズラして変形して約10分以上反復をつづけるオルガン曲です。

さまざまな楽器で演奏可能なこの曲は、世界中で演奏され、ミニマル・ミュージックの研究素材にもなっているほどの古典曲です。編成を室内アンサンブルに増幅させたブライス・デスナー版なんかもあります。

 

Two Pages (for Chamber Ensemble)

ブライス・デスナー版と並べて聴くと、久石譲版「2 Pages Recomposed」の特徴もまたわかりやすくなるかもしれません。久石譲が推し進めている単旋律(Single Track Music)手法のことや、楽器を出し入れすることで音色的カラフルを演出し、変化を推進していることなど。久石譲らしさの照らしかえしみたいなものが見えてくるかもしません。ぜひCDなどで聴いてみてください。

 

 

 

入り口はどこからも。

大きな収穫は、この機会にあらためて《ヴィヴァルディ:四季》を聴きなおしたことです。もう知ってしまった昔の曲で遠くなっていたものを、再び引き寄せるという行動を起こしたこと。リコンポーズ版で新しい感動をおぼえ、原版になかった感触や新鮮さを運んできてくれた。充分すぎるほど浴びてしまったようです。

Jポップでもありますよね。カバー曲で初めて知ることになるオリジナル曲。時代のズレのおかげで順番は逆になってしまったけれど、魅力的なカバーのおかげで、知らなかった見えていなかったオリジナルの良さやすごさを発見することもありますね。

そんな軽さでいいと思います。いまさらバロック音楽なんてしっかり聴けない。そんな人もいるでしょう。どんなに名曲多いビートルズであっても今聴く音楽じゃないなと思う人がいるように。でも、これをビヨンセ?アリアナ・グランデ?ビリー・アイリッシュ?なんかが歌っていたら、聴いてみたいと思うでしょう。入り口はどこからでも。そして、なんか素敵だな、なんかかっこいいな、と思ったら。出口もまたたくさん広がっています。

 

 

バッハやバロック音楽とミニマル音楽の親和性を感じる作品でした。小さなモチーフ(音型・旋律)を組み立ててつくる音楽だからこそ、パターンの反復という手法とも相性がいい。一度ばらしてしまうという点でも脱構築が効果を発揮します。

リコンポーズとは原曲を再構築することです。アレンジ版とは少し違う、もっと根本的に新しい魅力をつくりだすようなもの。原曲から枝分かれしてかつ並列できるほどの魅力をもったもの。源流からの分流なんだけど勢いを失わない水流のように。リコンポーズとは再創造ともいえると思います。

 

 

from スタジオジブリ公式提供 場面写真 より

 

ハウルの動く城も、巨大で複雑な建造物として登場します。そしてすべてが崩れ落ちまた新しく再構築されます。解体と変容。必要な素材だけを残して必要な素材を加えて。それは、空も飛べるようになった再創造でした。

リ・コンポーズとは、原典をリスペクト継承しながらも、時代や環境の変化を感じながらその時にもっとも適しているかたちでリ・クリエイトすること。もっとも現代に響くかたちで再創造することなのかもしれませんね。

 

それではまた。

 

reverb.
『ヴィヴァルディ/久石譲 編:ラ・フォリア / パン種とタマゴ姫 サウンドトラック』もありますね♪

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第63回 「久石譲指揮 新日本フィルハーモーニー交響楽団特別演奏会」コンサート・レポート by ふじかさん

Posted on 2022/03/25

3月19日開催「久石譲指揮 新日本フィルハーモーニー交響楽団特別演奏会」です。当初予定から2年越しの開催となりました。プログラムも新たにアップデートされ新日本フィル×三重公演はいつも早々と完売御礼になる人気公演です。

今回ご紹介するのは、スコア片手にふじかさんです。ミニチュアスコアをゲットして予習した「幻想交響曲」はとても具体的でわかりやすい観察眼です。4/3公演でもプログラム予定の作品です。ぜひこのレポートから聴きどころをチェックして会場へ足を運ぶことおすすめします。そして久石譲プログラムは疑うことなく音楽が雰囲気がありありと伝わってきます。

 

 

久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 特別演奏会

[公演期間]
2022/03/19

[公演回数]
1公演
三重・三重文化会館

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

[曲目]
久石譲:DA・MA・SHI・絵
久石譲:Spirited Away Suite /「千と千尋の神隠し」組曲

—-intermission—-

ベルリオーズ:幻想交響曲 Op.14

—-encore—-
久石譲:Merry-Go-Round

[参考作品]

 

 

久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団特別演奏会のレポートをさせて頂きます。

2022年3月19日 三重県文化会館大ホール 16時開演

 

当初は2020年に公演予定でしたが、コロナ禍の影響で延期に次ぐ延期。2年越しにようやく今回の演奏会が実現しました。

2年という延期の為か、プログラムの良さなのか、チケットは即日完売。なんとかチケットを入手でき、コンサートを観ることができました。

ホール内に入ると指揮台の近くには大屋根を外したグランドピアノが備え付けられており、久石さんのコンサートに来たんだと実感。そしてステージの奥の方までぎっしりと並ぶ譜面台を見て、今回の編成の大きさに驚かされました。今回、私が当選した座席は2階下手側のボックス席。久石さんの手元から指揮台、そしてステージ全体まで見渡すことができる良席でした。

開演少し前になると、続々とオーケストラの団員達がステージに集合し、コンマスの西江さんも登場しました。久石さん×新日本フィルのコンサートで西江さんがコンマスを務めるケースはなかなか無く、新鮮な組み合わせにワクワクが増していきます。

チューニング後、久石さんが登場。いよいよコンサートが始まります。

 

 

・Joe Hisaishi『DA・MA・SHI・絵』

最近の久石さんのコンサートのプログラムの基本である、現代・映画音楽・クラシックという3本柱の構成。今回の現代パートは、『DA・MA・SHI・絵』がセットリスト入り。演奏されるのは、昨年9月の日本センチュリー交響楽団とのツアー以来となります。

今回、テンポは少し遅めな感じでスタート。1stヴァイオリンの導入から、煌めくミニマリズムの世界へと連れていかれます。指揮台がよく見える座席だったので、久石さんの手の動きでの指示もしっかりと見ることができました。金管のロングトーンが出てくるパートでは左手を使って全体の音量を調整。ゆっくりとボリュームを落としていく様子も見られました。

後半ではパーカッションが増えていき、どんどん盛り上がっていきますが、パーカッション担当も大忙しで演奏している様子も印象深かったです。

 

・Joe Hisaishi『Spirited Away Suite』

久石さんの海外演奏会ではよくプログラムされている本楽曲ですが、国内での演奏は2018年のWDOツアー以来となっていました。久石さんのピアノで始まり、ピアノで終わる、とても贅沢な『千と千尋の神隠し』交響組曲です。

冒頭は久石さんの和音で始まりますが、弾き始めるまでのタメが長かったです。久石さんが、ピアノに向かってから何度も鍵盤と膝の上を手が行ったり来たり。右手の様子もかなり気にしている動作もありました。骨折後の状態も少し心配になりました。

いざ演奏が始まるとあっという間に『千と千尋の神隠し』の世界へ。『あの夏へ』の切ない旋律は、久石さんのピアノの音色も加わって、とても繊細で美しい調べに。そこから始まる奇妙な世界へはスリリングなオーケストレーションで手に汗を握ります。

2018年のWDOでの初演では楽曲構成を聴くのが精いっぱいでしたが、今回は音源を何度も何度も聴いたので、安心して聴くことができました。それでも改めて聴くと、『夜来る』『底なし穴』『竜の少年』『カオナシ』などはとても激しい楽曲で、非現実的の世界で次々と起こる、これまた非現実な展開を激しい楽曲達で表現しているんだと思いました。それとともに艶やかで陽気的な『神さま達』、日常の朝を感じさせる『湯屋の朝』など本当に多彩な楽曲で構成されています。

後半での重要な楽曲『6番目の駅』。今回は久石さんは指揮のみで、ピアノは高橋ドレミさんが担当されていました。『ふたたび』では西江さんの美しいヴァイオリンの音色や、中間部での空中浮遊のシーンでの印象的なオーケストレーションもしっかり堪能できました。

そして『帰る家』での、華やかなお見送りから、『あの夏へ』のテーマの再現。こちらは久石さんが再び弾き振りで魅了します。エンディングでは久石さんのピアノソロで終わります。最後の和音では、久石さんのピアノの音色が消えるまで弦楽も静かにヴィブラート。とても繊細な演奏にとても感動しました。

 

ー休憩ー

休憩中に舞台替え。指揮台そばのピアノは撤去され、打楽器隊の楽器も配置が変わっていました。

 

Hector Berlioz『Symphonie fantastipue Op.14』

『ⅰ.Reveries,Passions』

冒頭の悲しげで途切れ途切れの旋律を1st Vn、2nd Vnへと指示を出す久石さん。対向配置によるステレオのようなサウンドから一気に夢か現実か分からない幻想の世界へ旅立ちます。

やがて、メインテーマと書いてしまうと少し違うかもしれませんが、解説等では「イデー・フィクス」と表記されている特徴的なメロディが姿を現します。久石さんのアプローチの仕方の特徴なのか、あまり歌わず、すっきりと縦軸がきっちりそろったような表現に感じました。

そこから様々な感情が揺れ動く、次々と雰囲気の変わる展開に落ち着く暇がありませんでした。ストリングスが大きく上下する箇所では、ザクッザクッと歯切れのよい演奏で、近年のブラームスやベートーヴェンの作品演奏に近い雰囲気も感じられました。

1楽章から2楽章の間の休みは短めで、すぐに2楽章に入りました。

 

『ⅱ.Un bal』

2楽章は優雅な舞踏会を表現した楽曲。心地よいワルツに、ハープの音色が華を添えます。テンポ感はあまり速くなく、明るく楽しげな様子が伝わってきます。1楽章で提示された「イデー・フィクス」も3拍子に変奏されて、とても美しいフルートの音色が印象的でした。久石さんも大きな振りで全体を牽引していっているようでした。華やかな盛り上がりがピークを迎えたのちに、少し寂し気な「イデー・フィクス」が木管の変奏で聴こえてくるのが印象に残ります。

 

『ⅲ.Scene aux champs』

冒頭のイングリッシュホルンとオーボエの掛け合いは、片方がステージ上手の舞台袖から音色が聴こえてきました。この楽章はのどかで牧歌的なはずなのに、とても悲しげ。「イデー・フィクス」もとても悲痛な感じに奏でられます。久石さんの、抑えて抑えて…「しーっ」というようなジェスチャーが何度も左手から指示されていました。

再度冒頭の木管のメロディが再び現れますが、掛け合いは無くなっていて、4人の奏者によるティンパニの演奏で遠くで鳴る雷鳴が表現されて、不気味な雰囲気で幕を閉じました。

 

『ⅳ.Marche au supplice』

タイトルの『断頭台への行進』とあるように、一番不気味でショッキングな4楽章。3楽章からは一転、激しいリズムと不気味な音色での力強い行進が始まります。久石さんもスピード感のある力強い指揮をしていました。

盛り上がりのピークを迎える後半部では、とてもエネルギッシュな演奏で、昨年9月に新日本フィルとの共演で披露されたマーラーの『Symphony No.1』の4楽章も感じることできました。

終盤の走馬灯のように少し流れる「イデー・フィクス」のメロディから断頭台にてギロチンが落ちる瞬間までの音色は本当に衝撃的でした。これが生演奏の醍醐味でありましたが、リアルすぎてかなりショッキングな瞬間でもありました。

 

『ⅴ.Songe d’une nuit du Sabbat』

4楽章から5楽章への繋ぎはアタッカで休む間もなく続けて演奏されました。

禍々しい雰囲気の最終楽章。すべての楽章で出てくる「イデー・フィクス」も装飾音がついたような不気味な変奏に変わり果ててしまっていました。上手の舞台袖から鐘の音色が聴こえ、チューバによる力強いメロディが続きます。混沌と不気味さ、非現実さ、様々な要素が渾然一体となって激しく力強いフィナーレへ向かいました。

ロマン派の始まりに位置されているというこの『幻想交響曲』。聴いてみるとベートーヴェンの死後、数年後に初演されているのにかかわらず、とても近代的な印象を受けました。恋人をモチーフにしたメロディが多用されるなど、この時代にはかなり前衛的な作品だったのだと思いました。

そして、どこまでが現実でどこまでが夢なのかわからないような構成。作品の規模は違いますが、どこか久石さんの『交響幻想曲 かぐや姫の物語』に通ずるものも感じました。『かぐや姫の物語』の作中でも『絶望』『飛翔』などのシーンでは、現実と夢との区別が曖昧です。牧歌的な『春のめぐり』や非現実的な『天人の音楽』、繰り返し表現される『なよたけ』のテーマなど、どこかこのベルリオーズの『幻想交響曲』と結びつくと思いました。

 

楽曲の雰囲気に圧倒されたのか、会場は拍手喝采。恒例の楽団メンバー紹介、何度かのカーテンコールの後に、アンコールへ。

 

Encore

・Joe Hisaishi『人生のメリーゴーランド』

最近のコンサートでのアンコールの鉄板となりつつある『人生のメリーゴーランド』がセレクトされました。軽やかなワルツが、会場を明るく、笑顔に包み込まれます。久石さんの軽やかなステップを踏みながらの指揮もカッコよく見えます。大きく転調したのちに、壮大なフィナーレへ。演奏が終わった後に、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。

久石さんは何度かのお辞儀ののちに、弦楽のメンバーと腕を合わせコンサートは終わりました。その後、なかなか拍手が終わらず、楽団メンバーもステージから退場したのちに、久石さんが再登場。会場内に再度お辞儀と手を振って、大盛り上がりの三重公演は無事に終了しました。

4月も久石さんと新日本フィルの共演が続きます。各地でどのような音色が作られるのか、今後も楽しみです。

2022年3月23日 ふじか

 

 

さて、すっかりコンサート・レポートに魅了されてしまい、幻想交響曲を聴きながら書いています。聴いてみようかなと動かしてしまうほどですね。物語的・楽器的・歴史的、いろいろな視点からのポイントをうまくわかりやすくピックアップされていて、ちょっとこの楽章だけでも聴いてみたいと思った人もいるかもしれませんね。すごいです。

ステージにほどよく近い2階ボックス席で、ステージ上の動きを細かく観察できたのもよくわかりますね。本当に映像のように雰囲気が伝わってきます。1階最前列は贅沢席ですけれど、ステージを少し見上げるかたちになって、今どの楽器が鳴っているのか確認できないこともあります。後ろの方はほぼ見えません。そのぶん、体に響くほどの圧倒的な音量や指揮者や奏者の息づかいまでも聴こえてきそうで。贅沢で悩ましい。会場のどの場所で聴いた、コンサートの印象や記憶に残る大きなポイントのひとつです。どれだけコンサートに行っても、あのコンサートはあの辺りで聴いたなあと覚えていたりするものです。座席は選べませんけれど、思い出は自分でつくるものですからね。

コンサートに行ってからレポート書きあげるまでに約1週間ですね。日々の生活のなかでなので、やっぱりそのくらいは普通にかかるものです。しかも自分だけが見る日記じゃなくて、人に見てもらうためのレポート、人に伝わってほしいためのレポート、たくさんのエネルギーを注いでもらっていると思います。本当にいつもありがとうございます!予習に1週間、復習に1週間。コンサート1日分の感動は、こうして日常生活の前後に広がりながら、感動や記憶も膨らんで大きな思い出になっていきますね。

 

 

本公演の話。

会場で配布されたコンサート・パンフレットには、当日のオーケストラ編成表もはさまれていたようです。これがあると好きな奏者や好きな楽器もチェックしやすいですね。弦14型の3管編成で直近の久石譲コンサートのなかでは大きめの編成です。とてもステージぎっしりダイナミックな音楽だったと思います。

もうひとつ。

「DA・MA・SHI・絵」のプログラムノートが更新されていました。直近の新作では、久石さんが音楽的に語ってくれている楽曲解説が少し増えたように感じとてもうれしく思っていました。僕の知る限りで、CD・楽譜・コンサート、この解説は書き下ろしような気がします。曲を聴く手引きになってくれるから、これからもとても大歓迎です!

 

 

DA・MA・SHI・絵

「DA・MA・SHI・絵」は1985年の『α-BET-CITY』というソロアルバムのために作曲した。その後、小編成のアンサンブルで演奏していたが、2009年の『Minima_Rhythm』というアルバムのために、オーケストラ作品として完成した。

冒頭で演奏される第1ヴァイオリンのモチーフから発生した約8個のフレーズの組み合わせで全体を構成している。また金管楽器の激しい連打によって、キーがA majorとB flat majorに行き来することで全体のカラーを変えている。後半では8個のモチーフの組み合わせに金管楽器のコラールが加わり息の長いエンディングになっている。とても快活で前向きな曲になっている。

タイトルはM.C.エッシャーから触発されて付けた。彼の特定の絵ではなく、ロジカルであり、ユーモアもある作風に共感したからである。

久石譲

(楽曲解説 ~「久石譲指揮 新日本フィルハーモーニー交響楽団」コンサート・パンフレット より)

 

 

リハーサル風景

 

公演風景

from 久石譲公式Twitter/Facebook/Instagram

 

 

from SNS

 

 

「行った人の数だけ、感想があり感動がある」

久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋 では、久石譲コンサートのレポートや感想、いつでもどしどしお待ちしています。応募方法などはこちらをご覧ください。どうぞお気軽に、ちょっとした日記をつけるような心もちで、思い出をのこしましょう。

 

 

みんなのコンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

 

reverb.
4月の展覧会の絵でお会いできるでしょうか(^^)

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第62回 「SLEEP – 8 hours & 1 hour – /マックス・リヒター」を聴く

Posted on 2022/03/20

ふらいすとーんです。

シリーズ マックス・リヒターです。

 

 

今回は代表作のひとつ《スリープ》です。その効果や実用性からも注目を集める人気作品です。

《スリープ》は作品としてふたつ、『SLEEP』(8時間)と『FROM SLEEP』(1時間)があります。同じタイミングでリリースされたこともあってか少し誤解も受けているようです。8時間版や1時間ヴァージョンといった書き方もされるため、収録時間から完全版とダイジェスト版と勘違いされがちです。ところが本来は立ち位置も音楽的響きも異なります。コンセプトとして前者は【眠るための(眠っているあいだの)音楽】であり後者は【覚醒中の(起きている・耳を傾ける)音楽】です。

 

このあたりメーカーテキストから引用・編集してご紹介します。

 

 

マックス・リヒターの新たな試みは眠りと音の美しきコラボ!

リヒターは『スリープ』で新たな歴史を作り出しました。単一の楽曲としてはレコーディング史上最長の音楽を演奏し、リスナーが眠りに落ちる間も聞こえてくる(体感できる)音楽を。「これは激動の世界に捧げるパーソナルなララバイだ。いわば、スローライフ宣言なんだよ」とリヒターは語ります。

8時間ヴァージョンは当初デジタルリリース(2015.9)のみでしたが、1時間ヴァージョンの好評を受けて、CD8枚組+高音質ブルーレイ・オーディオの形でもお楽しみいただけることになりました(2015.12)。全てが1枚に収録されたBlu-ray Audioが付いているので、寝ながら聴くのに最適なヴァージョンといえましょう。のちにストリーミングも解禁されました(2018.3)。

『スリープ』はあらゆる点で画期的な作品ですが、音楽的にはこれまでリヒターが規範としてきた枠組みを継承しています。つまり、クラシック音楽の語法はいかにあるべきか、問いかけを続けているのです。これまでの彼の作品同様、『スリープ』ではピアノ、ストリングス、キーボード、エレクトロニクス、ヴォイスが中心となり、さまざまな音楽ジャンルの曖昧な境界線をまたいでいきます。即座に癒される催眠効果をもたらす音楽を期待すると、全く異なる音響が聴き手を包み込みます。新感覚サウンドです。

「夜中に聞いてもらうために書いた曲なので、実際に聞きながら眠りに落ちてもらえることを望んでいるよ」とリヒターは語っています。

(メーカーインフォメーションより 編)

 

スリープ/マックス・リヒター
SLEEP  MAX RICHTER

 

 

 

 

夢のような美しさと、やすらぎに満ちたサウンド。激動の世界に捧げる子守歌。

8時間に及ぶ『スリープ』は聴きながら眠りに落ちることを前提として作曲され、この1時間ヴァージョンの『フロム・スリープ』は覚醒中に楽しめるよう編成されています。

「2つの作品の目的はそれぞれ異なる。1時間のCD&LPは”耳を傾けて聞く”作品で、8時間の長いほうは睡眠中に”自然に聞こえてくる”作品と言えるかもしれない。」とリヒターは言う。

(メーカーインフォメーションより 編)

 

フロム・スリープ/マックス・リヒター
FROM SLEEP  MAX RICHTER

 

 

補足)

『SLEEP』(8CD+1Blu-ray Audio版)は1万円近いBOX価格になっていますが、デジタル配信されている8時間フル音源はBlu-rayがないこともありCD1枚分くらいの価格で買うことできます。また『FROM SLEEP』もあわせてストリーミングなどでもお手軽に聴けると思います。

 

 

『SLEEP』は、8時間・全31曲(1曲あたり10分,20分を超える曲も多い)の大作ですが、5つの主要曲「Dream」「Path」「Patterns」「Return」「Space」の各アレンジ・ヴァージョンで構成されています。曲名がまったく違う言葉に置き換わっていたりもします。

『FROM SLEEP』も5つの主要曲のうち3つ「Dream」「Path」「Space」からなり、1曲あたりも5~10分へまとめられています。また『SLEEP』から『FROM SLEEP』へのショートバージョンではなく、アレンジもすべて極微に異なります。聴いてすぐにわかるかはさておき。大切なことは、2つの作品で完全一致する曲はないです。

 

 

Max Richter – Dream 3 (in the midst of my life)

from MaxRichterMusic Official YouTube

ただただ力をぬいて体と心のテンポを落ち着かせてくれるような曲です。後述するマックス・リヒターの言葉にもありますが、下降するベースラインは心を安らかにする心理的効果もあるようです。中間部から緩やかなチェロ旋律が加わります。そのあとに、まるで深呼吸のリズムのようなヴァイオリン旋律が加わります。この弦楽器の旋律すーすー寝息のようで心地よくなってきますね。

こちら『FROM SLEEP』に収録された10分ほどのヴァージョンです。『SLEEP』でも複数タイプの「Dream」を聴くことできますが、さすが芸が細かい。この起きているときに聴く『FROM SLEEP』ver.は、眠るために聴く『SLEEP』ver.よりも微妙にテンポが速いんです。数値化しても1ケタ台の違いだと思うホント微妙なテンポさじ加減です。たぶんリラックスして並べて聴いてたら速いな遅いなとも感じないくらい。

 

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「ドリーム3」

 

Max Richter – Path 5 (delta)

ヴォイスによる美しい反復があたたかく包みこんでくれるようです。オルガンとの音色的ハーモニーも美しい。この曲は、別アレンジでピアノ+ヴァイオリンに置き換わったヴァージョンなんかもあります。

 

Richter: Space 11 (Invisible Pages Over)

環境音楽に近い、音響的な空間を意識したような曲でしょうか。8時間版でも1時間版でもそうです、全体のなかにこういった曲をはさむことで、旋律だけで埋め尽くさない、スペースをつくることを意図したのかなとも思えてきます。それから旋律曲を有機的につなげる役割とか。

 

 

 

ここまで紹介した5つの主要曲のうち3つ「Dream」「Path」「Space」は、『SLLEP』『FROM SLEEP』どちらでも聴ける旋律です。曲尺からもコンパクトな『FROM SLEEP』からピックアップしました。残り2つの主要曲「Patterns」「Return」は『SLEEP』でのみ聴ける旋律になっています。

はっきり言って!その2曲なくしてみたいなところあります。だから、手短に1時間の『FROM SLEEP』を聴いて《スリープ》の世界をわかった感じになるのはとてもとてももったいないです。そのくらい、なんかいいんですよ。

 

 

Richter: Patterns (cypher)

どこまでもシンプルな最小音型です。この1曲はもともと曲尺は短い。ほかの別アレンジでは長尺です。3度や4度で繰り返す音型が、揺らぎを生みだしているようです。

 

Richter: Return 2 (song)

美しい。もしかしたら、配信やストリーミングは1曲が何分割かにされているかもしれません。この曲も16分ありますが、7分割でアップロードされていたなかならひとパート分選びました。『SLEEP』は全31曲ですが、配信方法によっては全204曲くらいで表示されるかもしれません。1曲あたり10~20分を超える曲たちが分割されているからです。CD盤はもちろんそのままです。

 

 

マックス・リヒターが語ったこと

 

――先日、8時間ヴァージョン『Sleep』と1時間ヴァージョン『from Sleep』の両方を聴かせていただきましたが、8時間ヴァージョンのほうは全部で31のトラックから構成されていますね。これは、アリアと30の変奏からなるバッハの《ゴルトベルク変奏曲》を意識しているのでしょうか? それとも、単なる偶然なのですか?

R:もちろん《ゴルトベルク》を意識しています(笑)。

――8時間ヴァージョンの最初のトラック「Dream 1 (before the wind blows it all away)」は下降音形のベースラインで始まりますが、個人的には《ゴルトベルク》のベースラインの下降音形を連想しました。

R:おっしゃる通り、「Dream 1」は落ちていく(falling)ベースラインで書かれていますが、下降音形のベースラインを持つという点で、まさに《ゴルトベルク》と共通しています。バッハが《ゴルトベルク》の変奏の基になるベースラインを下降音形で書いたのは、リスナーを“寝落ち”(falling sleep)させることが目的だったからではないか、というのが私の考えです。作曲家としては、ごく自然な発想ですよね。実際、下降音形は物事を落ち着かせるというか、心を安らかにする心理学的効果がある。ですから、私もバッハと同じ文法に従い、下降音形のベースラインを使ったんです。

――8時間ヴァージョンは、5つの主題「Dream」「Path」「Patterns」「Return」「Space」のどれかに基づく変奏曲として作曲されているように感じました。実際、どうなんでしょう?

R:そのようにも解釈できますね。私自身は、8時間ヴァージョンを2つの変奏曲集――つまり「Dream」の主題に基づく変奏曲と「Path」の主題に基づく変奏曲――の組み合わせと考えています。それに対し、「Patterns」「Return」「Space」という3つの素材は、いわば“風景”の役割を果たしていると言ったらよいでしょうか。

――その3つの素材の中でも、「Space」はほとんど純粋なエレクトロ・ミュージックとして書かれていますね。

R:どのトラックにも何らかの形でエレクトロの要素が含まれていますが、「Dream」や「Path」が器楽中心で書かれているのに対して、「Space」はほとんどエレクトロだけで成り立っています。「Patterns」と「Return」は、その中間といったところですね。

~(中略)~

――もうひとつ、1時間ヴァージョンのほうのアルバムですが、この中に出てくる「Dream 13」という陽気なトラックは、8時間ヴァージョンの中に対応する楽曲を見出すことが出来ませんでした。

R:その通り。8時間ヴァージョンのほうには全く含まれていない楽曲です(笑)。実のところ、1時間ヴァージョンと8時間ヴァージョンは完全に別の作品として作られています。1時間ヴァージョンに含まれていて8時間ヴァージョンにない音楽もあれば、その逆も然り。というのは、それぞれ目的が違うからです。1時間ヴァージョンが、意識がはっきりしている時に集中して聴いていただくアルバムだとすれば、8時間ヴァージョンは、言うなれば「音楽の中で生きてもらう」(be ihhabited)ためのアルバム。それぞれ異なる音楽体験を目指している以上、当然のことながら音楽の素材も大きく変わってくるわけです。

出典:udiscovermusic|マックス・リヒター「Sleep」インタビュー より一部抜粋
https://www.udiscovermusic.jp/classical-features/max-richter-sleep-interview

 

 

Max Richter – Dream 13 (minus even)

原曲は約9分。こちら約3分 Radio Edit / Short Edit / Official Video Edit です。『FROM SLEEP』のみに収録された照度の明るいヴァージョンです。

 

 

 

「良い睡眠には、なにが体に必要かを探求した結果、低周波を何度もリピートすることで、眠りやすくなることがわかりました。この低周波を鏡のように反響させ、同じ音を何度も繰り返すことで、胎児が子宮にいる時と同じ聴覚体験ができるのです。そして、夜明けともに高周波へと変化し、徐々に眠りから覚醒させていきます」

「私の意図するところでは、音の“スペース”をみなさんに届けたいと思いました。休むため、スイッチをOFFにするための助けになればという気持ちがあります。とにかく、いまの時代はデータ過多で、休むことが本当に難しくなっています。クリエイティビティ、アートというものが、それらに対する特効薬、なんらかの力になれたらとの思いで制作しました」

出典:MOVIE WAKER PRESS|ポスト・クラシカルの旗手、マックス・リヒターが音楽を創造する理由「私たちが直面する多くの問題に光を当てる」 より一部抜粋
https://moviewalker.jp/news/article/1025592/

 

 

 

――独自の構造を持った作品になっているわけですね。あなたのほかの作品もそうですが、『スリープ』は音響も重要な役割を果たしています。サウンド面でのこだわりを教えてください。

M:音作りも通常とは異なるアプローチでした。『スリープ』は主に低周波のサブソニック・サウンド(人間が音として感じられない周波数の音)で作られています。なぜそうしたかというと、この作品で母親の胎内の音響を再現しようと思ったんです。人間がまだ人間の形になる前の段階で、胎内で初めて聞く音が人間の感情面に何らかの影響を与えていると考えたからです。『スリープ』はずっと低周波のサウンドで進んでいき、最後の1時間は次第に高周波になっていく。つまり、夢から覚醒して現実に戻っていくんです。

~(中略)~

――やはり、いろんな音楽から刺激を受けているんですね。最近、『スリープ』が配信で聴けるようになりました。ステイホームしながら家で『スリープ』を楽しむリスナーも増えると思いますが、お2人が薦める『スリープ』の楽しみ方があれば教えてください。

Y:子供に聴かせるとよく眠るからと子守唄がわりに聞かせている人もいれば、動物に聴かせている人もいます。死期が近い親に聴かせている、と手紙で教えてくれた方もいて様々な活用法があるみたいですね。

M:仕事場に行く時に聴き始めて、オフィスでずっと流し、音楽が終わると同時に帰宅する、なんて人もいるそうです(笑)。作曲家が“夜の旅路に合う音楽”というイメージで作曲したにもかかわらず、リスナーそれぞれが『スリープ』の活用法を見出していることに私はとても魅せられています。一人一人が自由なスタイルで聴いてくれると嬉しいですね。

出典:TURN|8時間もの公演を追ったドキュメンタリー映画『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』本人自らが語るデータ過多の現代への解毒効果 より 一部抜粋
http://turntokyo.com/features/maxrichter/

 

 

 

Richter: Dream 0 (till break of day)

インタビューにもあった『SLEEP』終曲は、眠りから覚醒へと向かうように、低周波から高周波のサウンドへと変化しています。34分近い曲のなかで、天から降りてくるようなソプラノが、やさしい陽の光のようでもあり、やわらかい風のようでもあり(この公式音源は分割されたそのパートを選んでいます)。

この曲は室内楽のようなアコースティックが現れていて、シンセサイザーの低音ベースも下降しないように気を配っています。たぶん、レム睡眠からノンレム睡眠の波、体や脳が気持ちよく目覚めるために最適な時間、、そんなこともちゃんと計算されているのだろうと思います。

 

 

音楽のまとめ。

5つの主要曲すべて、それぞれに個性をもっていて、どこまでもシンプルに削ぎ落とされていながらもきちんと見分けることできます。映画音楽にも合いそうなほど内的なエモーショナルでぐっときます。

弦楽アンサンブルは、2ヴァイオリン、1ヴィオラ、2チェロという編成になっています。曲によって楽器の組み合わせや出し入れされていて全曲とも全員合奏しているわけではないです。最初に紹介した「Dream 3 (in the midst of my life)」はピアノ+1ヴァイオリン+1チェロ、というように。

生楽器と電子音の心地よいアンビエントってなかなか少ないかもしれません。エレクトロニクス(シンセサイザー)だけのアンビエントはたくさんありますね。とても音色の処理・質感・音響にこだわった作品だと思います。アコースティックとデジタルの溶かし方も心地いい、低周波音から高周波音までの周波レベルも精緻を極めているのだろうと思います。意識無意識に人が耳が感知するかしないかのレベルでもって。

 

ちょうどわかりやすい例です。ラジオ放送のライヴパフォーマンスです。低音シンセサイザーもない生音オンリーver.です。

 

BBC In Tune Sessions: Max Richter – Sleep

from BBC Radio 3

 

 

真逆の発想。

テンションあげたい音楽、高揚感をもたらしてくれる音楽。《スリープ》はまったく真逆の発想でつくられた音楽です。眠っているときに聴く、8時間という長さ、ここからみても一般論の逆をいっています。もし《スリープ》を聴いて飽きてしまうということは、それは集中して聴いてしまっているからという逆説すら成り立ってしまうのかもしれません。

邪魔にならない音楽、居心地のいい音楽、そっとそこにある音楽。そういった表現もできるこの作品は、実用性も広いようです。睡眠・読書・仕事・ヨガ・瞑想・病院など、いろいろなシチュエーションやスペースに好まれている《スリープ》です。

 

 

コンサート、そして映画へ。

ロサンゼルスのグランドパーク、シドニーのオペラハウス、アントワープの聖母大聖堂、パリ、ベルリン、ニューヨークなどで開催。真夜中に始まり、朝方に終わる、8時間以上に及ぶ、“眠り”のためのコンサート。日本もスケジュールに入っていたところに…いつか叶いますように。

コンサートの全貌と裏側を映し出したドキュメンタリー『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』も2021年日本公開はじまりました。映画予告編でも見れるとおり、観客は会場に並べられたベッドに横になって眠ることも歩き回ることも自由です。そして朝を迎えたときの一体感や空気感は体験してみないとわからないものと評されています。

映画レビューもSNSはじめ好評価です。2時間の疑似体験にはなりますけれど、映画館でしか味わえないサブウーハーの重低音が、体に心地いい重量感をあたえ、家やヘッドホンでは望めない音響が包み込んでくれるからです。

 
 

『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』予告

from アット エンタテインメント公式

 

 

 

Richter: Dream Solo

2019年『ボイジャー マックス・リヒター・ベスト』には、ボーナス・トラックで「20. Dream Solo」「21.Path Solo」が収録されています。ここでしか聴けない秀逸ピアノソロ・ヴァージョンです。

 

 

Max Richter, Ben Russell, Yuki Numata Resnick – Dream 3 (Remix)

2021年「世界睡眠デー」を記念して配信リリースされたのは、「Dream 3 (Remix)」です。シンセサイザーの細かく揺れる波形が特徴になっています。デジタル・シングルとしてリリースされています。

 

 

いまのミニマル。

今日に至るまで、ミニマル・ミュージックとして流れてきた音楽たちは、ダンス・ミュージックやエレクトロ・ミュージックに広がりながらいろいろな枝葉へと展開しています。それは、パターン・ミュージックを取り入れたポップスにいたるまで。次世代の作曲家たちも、クラシックからのミニマルとシーケンサーからのミニマルとどんどん垣根を越えています。

ミニマルという手法が、ここまで時代やジャンルを越えて浸透してきたこと、音楽の定義やあり方をアップデートさせていくだけのコアを持っていたこと、今なおその架け橋やハイブリッドの進行形であること。ここは注目に値すると思います。

ミニマルは変化してこそです。それは音楽的にも定義的にも、時代とともに変化してきた。反復やズレという意味あいから最小音型という意味あいも広義にしていきながら。久石譲も自身の原点であり追求つづける”ミニマル”も、その定義や手法を進化させています。従来のミニマル・ミュージックの範疇を超えた、新しいミニマルな音楽を提示しつづけています。

 

Song for Prayer (for Piano) 祈りのうた

from Joe Hisaishi Official

 

 

安めるとき。

インターネットをポケットに入れて持ち歩く時代に。ソーシャルメディアが24時間ついてまわる時代に。常にOFFのない無数の電波に入り込まれた日常生活に。便利な反面、心理的な負担も大きい毎日が流れていって。どんどん時間や心は奪われていって。

マックス・リヒターの音楽は安易な大衆迎合ではないとそう思っています。イージーリスニング的な癒やしを提供したいわけではないと。もっと深いところ。今の時代や社会状況を観察しながら、音楽で照らしかえしている。安める場所やひき込める場所をつくるために。心のスペースをつくるために。

現代の音楽家として。複雑になりすぎて見向きもされなくなった現代音楽、聴衆を置いてきぼりにしてきて離れてしまった今の状況を観察しながら、新しい現代の音楽で照らしかえしている。時代や社会からみたときの音楽への警鐘と、新しい道標をつくろうとしているのかもしれません。

音楽の素晴らしさ。それは、音楽と聴く人とのダイアローグ(対話)です。音楽を聴きながら、そして私は私と対話する。

 

 

 

──COVID-19で世界中のなかで人々の暮らしや価値観が激変した現在、本作を観る方々に、この作品を通してどのようなことを感じてもらいたいかメッセージをください。

R:僕が今作に願うのは クリエイティヴィティと音楽がポジティヴな実用性を持って世界の役に立つものになってくれればということだ。僕がミュージシャンとして、音楽を書くことに人生を費やしているのは、僕自身、音楽が世界にとってポジティヴな力になり得ると信じているからだ。

願わくば多くの人にも同じように『SLEEP』を体験してもらいたい。好きな本、映画、音楽に出会うことで人間は変わることもある。自分とは違う物の見方や考え方に触れることで自分自身を見直し、その本を読み終わる時、映画を見終えた時、自分の世界は一回り大きくなっている。そんな体験を『SLEEP』でしてもらえればいいなと思っているよ。

出典:Qetic|マックス・リヒター インタビュー より一部抜粋
https://qetic.jp/interview/max-richter/393560/

 

 

それではまた。

 

reverb.
音楽担当しているTVドラマシリーズ『My Brilliant Friend』(2018/2020/2022)でも「Moth-like Stars (Edit)」という曲名で使用されサントラ収録されています。Season3のサントラ発売されたて。

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第61回 「ボイジャー マックス・リヒター・ベスト」を聴く

Posted on 2021/02/20

ふらいすとーんです。

シリーズ マックス・リヒターです。

 

 

マックス・リヒターについては、まずはガツンと1曲!代表曲「On the Nature of Daylight」を。そして、今回取り上げるベスト盤(2019)以降の最新アルバムや映画音楽を先に紹介してきました。正確にいうと、ホットな最新アルバムはあと2枚(Exiles, 2021 / Invasion TV series, 2022)あります、それはまたいつの日か機会があれば。

もし、ちょっと好奇心わいてきたなと思っていた頃の人は、おそらくこれでノックアウトしてもらえるかな?!そう思います。ベスト盤からということで、すごくボリューム感じるOvertoneかもしれませんが、曲数多め、文字数少なめ、心がけていきます。

 

 

圧倒的支持を受けるポスト・クラシカルのカリスマ、究極のベスト・アルバム

■2012年ヴィヴァルディ《四季》のリコンポーズ(再作曲)作品『25%のヴィヴァルディ』が英米独のiTunesクラシック・チャートで第1位、2015年、演奏時間8時間に及ぶ眠りのための音楽『スリープ』など、革命的な作品を発表するとともに、映画・ドラマのサントラにひっぱりだこの超売れっ子、マックス・リヒターの究極の2枚組ベスト盤。

■彼自身のオリジナル・アルバムからの代表作に加え、サントラからも選曲し、ポスト・クラシカル(ネオ・クラシカル)の代表的作曲家の作品を俯瞰できるベスト盤です。

■今年3月、15年ぶりの来日を果たし、すみだ平和祈念音楽祭2019の『マックス・リヒター・プロジェクト』で《インフラ》《ブルー・ノートブック》《メモリーハウス》とリコンポーズド《四季》など主要作を演奏し話題となった。

■9月6日公開の映画『荒野の誓い』(新宿バルト9ほか全国公開)のサントラからも1曲収録、さらに9月20日公開のブラッド・ピット主演SF映画『アド・アストラ』の音楽を担当、こちらは彼自身初のハリウッドSF大作ということで更に話題となりそうです。

(メーカー・インフォメーション / 2019 より)

 

 

補足です。

2002年ソロ・デビューから約20年にわたる音楽がきれいに網羅されています。[CD1]はオリジナル・アルバムから、[CD2]はサウンドトラックからです。また原曲発表時のオリジナル版ではなく、新たに再録音されたものが2,3曲あります。生粋のファンでもすぐには気づかないほどの奏者や音色の変化(例えばエレピがナマピに変わったとか)です。このベスト盤にしか収録されていない初出ボーナストラック2曲あります。

つまりは。「マックス・リヒター? 知ってるよ!」と言って大丈夫になる一枚です。約40枚以上のアルバムを出してきて、全部聴いたことはなくても、このベスト盤を聴いた人は、「マックス・リヒター? 聴いたことあるよ!」と胸張って言っていいくらい。あなたには、マックス・リヒター音楽に親しんだという記念スタンプがもらえます。

 

 

ボイジャー  マックス・リヒター・ベスト [SHM-CD]
VOYAGER ESSENTIAL MAX RICHTER

[CD1]

1.オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト (アルバム《ブルー・ノートブック》より)
2.午後のカタログ (アルバム《ブルー・ノートブック 15周年記念盤》より)
3.スプリング(春)0 (アルバム《25%のヴィヴァルディ》より)
4.スプリング(春)1 (アルバム《25%のヴィヴァルディ》より)
5.オータム・ミュージック 2 (アルバム《ソングズ・フロム・ビフォー》より)
6.《オーランドー》 ~モジュラー天文学 (アルバム《3つの世界:ウルフ・ワークスより》より)
7.ウラディミールのブルース (アルバム《ブルー・ノートブック》より)
8.ノヴェンバー (《メモリーハウス》より)(アルバム《マリ》(マリ・サムエルセン)より)
9.ドリーム 3  (イン・ザ・ミドゥスト・オブ・マイ・ライフ)(アルバム《フロム・スリープ》より)
10.ホープ・ストリングス・エターナル (アルバム《24ポストカード・イン・フル・カラー》より)
11.イコノグラフィー (アルバム《ブルー・ノートブック》より)
12.シモン=クルベリエ通りからの環状道路 (アルバム《24ポストカード・イン・フル・カラー》より)
13.インフラ 8 (アルバム《インフラ》より)
14.《ダロウェイ夫人》 ~戦争賛歌 (アルバム《3つの世界:ウルフ・ワークスより》より)
15.ララバイ・フロム・ザ・ウエストコースト・スリーパーズ (アルバム《24ポストカード・イン・フル・カラー》より)
16.サンライト (アルバム《ソングズ・フロム・ビフォー》より)
17.《ダロウェイ夫人》 ~庭で (Spotify シングル)
18.ブロークン・シンメトリーズ・フォー・Y (アルバム《24ポストカード・イン・フル・カラー》より)
19.慈悲(ライヴ録音) (《ヒラリー・ハーン ベスト》より)
20.ドリーム・ソロ(初出) ボーナストラック
21.パス・ソロ(初出) ボーナストラック

[CD2]

1.ビギニング・アンド・エンディング (映画《コングレス未来学会議》オリジナル・サウンドトラックより)
2.旅立ち (TV《LEFTOVERS/残された世界》シーズン1 オリジナル・サウンドトラックより)
3.容赦なく進むジェームズ (TV《TABOO タブー》オリジナル・サウンドトラックより)
4.若きマリナー (映画《ヘンリー・メイ・ロング》オリジナル・サウンドトラックより)
5.トリガー (映画《ホワイト・ボーイ・リック》オリジナル・サウンドトラックより)
6.エレナとリラ (TV《マイ・ブリリアント・フレンド》オリジナル・サウンドトラックより)
7.祝福 (TV《LEFTOVERS/残された世界》シーズン1 オリジナル・サウンドトラックより)
8.ライド・トゥ・マラソン・ステーション (映画《ホワイト・ボーイ・リック》オリジナル・サウンドトラックより)
9.失われた人生の嘆き (TV《TABOO タブー》オリジナル・サウンドトラックより)
10.心の眼 (映画《ネバー・ルック・アウェイ》オリジナル・サウンドトラックより)
11.ホエア・ウィー・ビロング (映画《荒野の誓い》オリジナル・サウンドトラックより)
12.ニュー・ジェネレーション  (映画《ふたりの女王 メアリーとエリザベス》オリジナル・サウンドトラックより)
13.オン・リフレクション (TV《ブラック・ミラー》~「ランク社会」オリジナル・サウンドトラックより)
14.裏事情 (映画《女神の見えざる手》オリジナル・サウンドトラックより)
15.ユア・リフレクション (TV《マイ・ブリリアント・フレンド》オリジナル・サウンドトラックより)
16.その場所を初めて知るだろう (TV《LEFTOVERS/残された世界》シーズン3 オリジナル・サウンドトラックより)
17.取り残された女 (映画《荒野の誓い》オリジナル・サウンドトラックより)
18.アワ・リフレクション (TV《マイ・ブリリアント・フレンド》オリジナル・サウンドトラックより)
19.ウェルシュ父子 (映画《ホワイト・ボーイ・リック》オリジナル・サウンドトラックより)
20.ミス・スローン・ソロ (映画《女神の見えざる手》オリジナル・サウンドトラックより)
21.旅立ち ((TV《LEFTOVERS/残された世界》シーズン1) アルバム《ピアノ・ブック》(ラン・ラン)より)
22.あなたのことを忘れない (映画《戦場からのラブレター》オリジナル・サウンドトラックより)

合計収録時間 | 02:36:38

 

[CD 1]

1. On the Nature of Daylight (The Blue Notebooks)
2. A Catalogue of Afternoons (The Blue Notebooks)
3. Spring 0 (Recomposed By Max Richter: Vivaldi, The Four Seasons)
4. Spring 1 (Recomposed By Max Richter: Vivaldi, The Four Seasons)
5. Autumn Music 2 (Songs From Before)
6. VI. Orlando: Modular Astronomy (Three Worlds: Music From Woolf Works)
7. Vladimir´s Blues (The Blue Notebooks)
8. November (Memoryhouse) // From Mari (Mari Samuelsen))
9. Dream 3 (in the midst of my life) (From Sleep)
10. Hope Strings Eternal (24 Postcards in Full Colour)
11. Iconography (The Blue Notebooks)
12. Circles From the Rue Simon – Crubellier (24 Postcards in Full Colour)
13. Infra 8 (Infra)
14. III. Mrs Dalloway: War Anthem (Three Worlds: Music From Woolf Works)
15. Lullaby From The Westcoast Sleepers (24 Postcards in Full Colour)
16. Sunlight (Songs From Before)
17. In The Garden (Spotify Singles)  (Three Worlds: Music From Woolf Works)
18. Broken Symmetries For Y (24 Postcards in Full Colour)
19. Mercy – Live (Retrospective – Hilary Hahn)
20. Dream Solo (new “Sleep” bonus tracks)
21. Path Solo (new “Sleep” bonus tracks)

[CD 2]

1. Beginning and Ending (The Congress (OST))
2. The Departure (The Leftovers: Season 1 (Music From the HBO Series))
3. The Inexorable Advance Of Mr. Delaney (Taboo (Music From The Original TV Series))
4. The Young Mariner (The Young Mariner)
5. Trigger (White Boy Rick (Original Motion Picture Soundtrack))
6. Elena & Lila (My Brilliant Friend (TV Series Soundtrack))
7. A Blessing (The Leftovers: Season 1 (Music From the HBO Series))
8. Ride To Marathon Station (White Boy Rick (Original Motion Picture Soundtrack))
9. Lamentation For A Lost Life (Taboo (Music From The Original TV Series))
10. The Mind´s Eye (Never Look Away (Original Motion Picture Soundtrack))
11. Where We Belong (Hostiles (Original Motion Picture Soundtrack))
12. A New Generation (Mary Queen Of Scots (Original Motion Picture Soundtrack))
13. On Reflection (Black Mirror – Nosedive (Music From The Original TV Series))
14. Wheels Within Wheels (Miss Sloane (Original Motion Picture Soundtrack))
15. Your Reflection (My Brilliant Friend (TV Series Soundtrack))
16. And Know The Place for The First Time (The Leftovers: Season 3 (Music From the HBO Series))
17. A Woman Alone (Hostiles (Original Motion Picture Soundtrack))
18. Our Reflection (My Brilliant Friend (TV Series Soundtrack))
19. Wershe & Son (White Boy Rick (Original Motion Picture Soundtrack))
20. Miss Sloane Solo (Miss Sloane (Original Motion Picture Soundtrack))
21. The Departure (The Leftovers: Season 1 (Music From the HBO Series) // From Piano Book (Lang Lang))
22. I Will Not Forget You (Testament of Youth (Original Motion Picture Soundtrack))

Total Time | 02:36:38

 

 

さてどの曲を紹介しよう。

抜かりなく包括的にセレクトされたベストアルバム全43曲です。1曲ごとの音量や音質といったミキシングも整えられていますし、原曲では曲間がつながっている曲もきれいに単曲処理されています。

リリースに連動して、マックス・リヒター本人による楽曲解説プロモーション動画があります。原版よりも1,2曲分少ないですが、日本語テロップ付き公式動画(各1分)はユニバーサルミュージックジャパンから9曲分公開されています。そんなことで偏った好みで紹介してしまうよりも、こちらを案内役におまかせしたいと思います。

 

1

Max Richter – On the Nature of Daylight

from MaxRichterMusic Official YouTube

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」

from UNIVERSAL MUSIC JAPAN

この曲についてはたっぷり語っています。永遠の代表曲です。

 

 

2

Vladimir’s Blues – The Blue Notebooks (2004)

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「ウラディーミルのブルース」

音型の動きと蝶々のヒラヒラした羽の動き、おもしろいですね。自身が音楽を担当したTVドラマ『LEFTOVERS/残された世界』にも使用されています。以降、同じように書きますが、すべてオリジナル・アルバムにオリジナル曲として発表したのちに、映画・テレビの挿入曲として新たに使用されるという流れです。原曲をそのまま使用している場合は、サントラ盤には収録されていないことがほとんどです。

唐突に久石譲。「WAVE」とい曲があります。音型の動きをみると、ひとつの大きな波が無数の小さな波の繰り返しへと、パターン音型がそうなっているようにも感じてきますね。浜辺へ寄せては返す波のように。ミ・ラ・ド#・ラ・ド#・ラ・ド#・ラ~、E-A-C#-A-C#-A-C#-A~、1度-4度-6度-4度-6度-4度-6度~

 

 

3

Richter: November

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「ノヴェンバー」

2018年ヴァイオリン奏者マリ・サムエルセンのデビューアルバム『MARI』のために再録音したヴァージョンが収録されています。ヴァイオリン・ソロと弦楽オーケストラだけなのに、竜巻のような重厚な響きは圧巻です。自身が音楽を担当した映画『ネバー・ルック・アウェイ』やTVドラマ『LEFTOVERS/残された世界』にも使用されています。フィギュアスケートの演技曲などにも使用されている人気曲です。

 

 

4

Max Richter – Dream 3 (in the midst of my life)

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「ドリーム3」

眠りに誘うための音楽『スリープ』は全曲8時間におよぶ大作です。その核となる2つの主題(Dream/Path)のうち「ドリーム」です。なんと8時間演奏するコンサートも世界各地で開催されています。日本もスケジュールに入っていたところに…いつか叶いますように。コンサートの模様やドキュメンタリーから構成された映画『SLEEP マックス・リヒターからの招待状』もいよいよ2021年日本公開はじまりました。

代表曲のひとつです。心地よいエレクトロニクス、ゆったりとした波形を描くような音響、そして下降音形の低音ベースが深い深い眠りへと落ちていくように誘います。[CD1]ボーナストラック収録された「20. Dream Solo」「21.Path Solo」はベスト盤でしか聴けない貴重なピアノソロ・ヴァージョン。そして秀逸ヴァージョンです。

ひと口には語れない作品『スリープ』。まずはベスト盤収録の3曲を堪能してみてください。そしてかなり気に入ったら8時間版はさらにおすすめです。たしか2015年8CD-BOXしかなかったものが、2018年デジタル・リリース解禁されていたと思います。『フロム・スリープ』という1時間版CD/DLもあります(8時間版からの抜粋ではない、こちらは起きているときに聴く音楽というコンセプト、曲調は似ているけれど、違うんですね、)。またいつかゆっくり記したい作品です。

 

 

5

Richter: Iconography

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「イコノグラフィー」

オルガンとヴォイスからなる曲です。とてもシンプルなのに陳腐に聴こえない深い味わいがある。ひとつひとつの声部はシンプル音型なんだけれど、並走していると隣り合う音がぶつかるときがくる。本来なら濁ってしまう音たちも、考えぬかれた精緻な声部の織りなす流れで奥ゆかしくなる。そう、バッハや久石譲の対旋律や内声から生まれる深いハーモニーのように。

 

 

6

Max Richter – Infra 8 [Infra]

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「インフラ8」

前述したマリ・サムエルセンのデビューアルバム『MARI』(2019)には、この曲を発展させた約8分におよぶヴァイオリン独奏版、曲名改め「Vocal」が収録されています。今回整理していて気づきました。

ほんと、マックス・リヒターという人は、広くこういうことをする人なんです。ソロアルバムから映画へ使用することはかなり頻度高いです。また、ひとつの曲を編曲版や変奏版で発展させて複数のアルバム(オリジナル/サントラ/他アーティスト)に点在させる。このときに曲名が変わったりする…。いろいろな境界線を越えて、自身の音楽が関連しあいながら点線しています。すべてはつながっているかのように。

 

 

7

Richter: Lullaby From The Westcoast Sleepers

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「ララバイ・フロム・ザ・ウエストコースト・スリーパーズ」

着信音をちゃんとした音楽とするというコンセプトがおもしろいですね。オリジナル・アルバムには24曲の短い曲たちが収録されています。この曲を聴くといつも雨が恋しくなります。自身が音楽を担当した映画『男と女、モントーク岬で』にも使用されています。

マックス・リヒターはソロ・デビュー前、6人のピアニストからなるグループ「ピアノ・サーカス」として活動していて、スティーヴ・ライヒやテリー・ライリーらの曲を演奏・録音も残しています。ミニマル・ミュージックがひとつのルーツにあることが経歴からも曲からもちゃんとわかります。

 

 

8

Richter: Mercy (Live)

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「慈悲」

ヒラリー・ハーンのアルバム『27の小品』にセッション録音版がありますが、ここに収録されたのは『ヒラリー・ハーン ベスト』のライヴ録音版です。この曲は、のちにマックス・リヒターの『VOICE』(2020)にマリ・サムエルセンの演奏で収録されることになっていきます。とても重要な曲です。そして久石譲MFコンサートでもパフォーマンスされたことのある(Vn:豊嶋泰嗣)曲です。

ということを、たっぷり語っています。

 

 

9

The Departure

『ボイジャー』~マックス・リヒターが語る「旅立ち」

シーズン3まであるTVドラマ『LETTOVER/残された世界』のメインテーマです。短いピアノソロ曲ですが、原型はオリジナル・アルバム『メモリーハウス』(2002ソロデビュー作)の「The Twins (Prague)」、同じくピアノソロ曲であったものを、少しかたちを変えてアレンジしたものです。微細な音符の変化や配置で、どう洗練されていったのか、聴き比べてみるとおもしろいです。

 

 

3曲だけプラスしたい。

マックス・リヒター音楽は、ピアノ、ストリングス、キーボード、エレクトロニクス、ヴォイスを中心とした曲づくりが多いです。音色的トーンや雰囲気といったものも近くなってきます。プロモーション動画にそった9曲は、ほとんどがオリジナル・アルバム収録曲からでした。かつ、アコースティック中心だったので、ちょっと角度をかえた3曲をプラスでご紹介します。

 

plus1

Recomposed by Max Richter – Vivaldi – The Four Seasons, 1. Spring (Official Video)

オリジナル・アルバム『25%のヴィヴァルディ』タイトルとおり、原曲の素材を25%だけ残し、あとは新しく再構築(リコンポーズ)する手法でつくられた曲です。新たな魅力と新たな音楽ファンを発掘してみせた、マックス・リヒター人気に火がつくターニングポイントです。”昔から好きだった原曲、いつしか飽き始めていた、どうしたらもう一度《四季》を好きになれるか、再発見してみたかった” この着想からうまれた曲です。弦楽合奏なのに、なんとカラフル、なんとみずみずしい、なんと絵画的、なんと光が射しこめる。

パターンの反復、ひとつのモチーフをくり返しながら発展させていくスタイルは、ミニマル・ミュージックにも共通点あります。ひとつひとつの素材から構築されていくバロック~古典あたりまでのクラシック音楽と、ミニマル手法の現代音楽。バッハやベートーヴェンと、マックス・リヒターや久石譲。

たしかこの作品から《冬》、「久石譲 presents ミュージック・フューチャー」コンサートシリーズのわりと若い番号のとき、プログラム予定演目にもなっていたと記憶しています。諸般の事情があったのでしょう、実現は叶いませんでしたけれど。久石譲もしっかり注目していた曲、そう言われると興味わいてきましたか?

 

 

plus2

Richter: Trigger (From “White Boy Rick” Soundtrack)

いろいろなトリガーがあるよなあと思います。良いトリガー、悪いトリガー。好ましいトリガー、望まないトリガー。引き金がはじける瞬間。なんか聴いてしまう曲です。

 

 

plus3

Richter: Wershe & Son (From “White Boy Rick” Soundtrack)

父子のテーマを描いた曲です。親子の絆のようなもの。それとは離れると思いますが、いつもイメージしてしまう光景があります。冬の朝、白い息を吐きながら公園を散歩する。澄んだ空気と自然界の音、ベンチで温かいコーヒーでも飲みながら。なんでこのイメージなのかはわかりません不思議です。

 

 

『ボイジャー マックス・リヒター・ベスト』は、公式音源も全曲公開されていたりと、お手軽に各プラットホームでフルに聴けると思います。気に入った1曲から、収録された元アルバムへと好奇心をつなげていく楽しみがあります。

また日本盤CDライナーノーツは、久石譲CD作品やジョン・ウィリアムズCD作品でもおなじみ、前島秀国さんによる楽曲解説です。11ページにも及ぶ細やかに行き届いた手引きは、きっと心強い案内人になってくれます。それもそのはず、マックス・リヒターのほとんどの日本盤CDライナーノーツ(オリジナル・アルバム/サウンドトラック)は前島秀国さんの筆によるものなんです。

あまりにも、《マックス・リヒター音楽とは》をお見事に表現されてあったので、ベスト盤ライナーノーツの冒頭の導入部から抜粋して紹介させてもらいます。

 

”せわしない日常を、スローモーションに変えてくれる落ち着いた音楽。淡々とパターンを繰り返しながら、いつの間にか身体の奥まで染み込んでいく音楽。ピアノや弦楽アンサンブルを中心としたモノクロームの音楽で奏でられるのに、色の深みを感じさせてくれる暖かい音楽。行ったことも、見たこともない風景を、蜃気楼のように浮かび上がらせる幻想的な音楽。聴こえなくなったものを改めて聴かせ、見えなくなったものを改めて見せてくれる力を持った音楽。諍いやテロで傷ついた人々を深くいたわりながら、木漏れ日のように希望を垣間見せてくれる音楽──つまり、今の時代に求められている音楽を書く作曲家が、マックス・リヒターである。”

(CDライナーノーツより 抜粋)

 

 

 

 

むすび。

ベスト3はこのなかにありません。

紹介してきた計12曲のなかに、マイベスト3はありません。ベスト5まで広げると1,2曲はライクインするかもしれない。同じように、あなたの一番好きになる一曲はこのなかにはないかもしれません。

久石譲ベストアルバム『Dream Songs: The Essential Joe Hisaishi』全28曲から、マイベスト3のアンケートをとったら、完全一致する人はそういないと思います。同じように、『ボイジャー マックス・リヒター・ベスト』全43曲から、とっておきのマイベスト3と出会ってほしいなと思います。

たとえベストアルバムから選んでも人気曲が集中しない。人それぞれのマイベストがある。そう言えちゃうほどのクオリティと魅力ある曲たちが粒ぞろい。マックス・リヒターすごいです。そして言わずもがな久石譲すごいです。

もし、ベスト盤を気に入ってもらえたなら。これからまた登場するかもしれないマックス・リヒターのOvertoneも楽しみにしていただけたらうれしいです。

 

それではまた。

 

reverb.
このボリュームで日本盤SMH-CDで2500円で愛蔵盤です♪

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第60回 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4」コンサート・レポート by ふじかさん

Posted on 2022/02/15

2月9日開催「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4」コンサートです。当初予定からの延期公演です。プログラムも新たにアップデートされリアルチケットは完売御礼。さらに、Vol.2,3に引き続いてライブ配信もあり、国内外からリアルタイム&アーカイブで楽しめる機会にも恵まれました。

今回ご紹介するのは、すっかりおなじみふじかさんです。コンサートたっぷり2時間分、そしてかたときも臨場感を失わないレポートをお楽しみいただけると思います。いつもしっかり予習をしてから演奏会に臨むふじかさんだからこそ書ける、そんな解説&感想の絶妙なブレンドで一気に音楽が立ちあがってくるようです。

 

 

久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4

[公演期間]  
2022/02/09

[公演回数]
1公演
東京・東京オペラシティ コンサートホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:Future Orchestra Classics
コンサートマスター/ヴァイオリン・ソロ:近藤薫

[曲目] 
レポ・スメラ:Musica Profana
久石譲:Winter Garden

—-intermission—-

ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 Op.90

—-encore—-
ブラームス:ハンガリー舞曲 第6番 ニ長調

 

 

JOE HISAISHI FUTURE ORCHESTRA CLASSICS VOL.4のレポートをさせて頂きます。

2022年2月9日 東京オペラシティコンサートホール 19時開演

 

FOC演奏会も早いもので4回目。ブラームスの『Symphony No.3』を軸にしたコンサートが開催されました。

開演10分くらい前に客席に入りました。ステージ上は開演ギリギリまで練習する楽団員の姿は無く、19時ちょうどくらいに弦楽隊のメンバーのみが集結しました。チューニングののちに、久石さんが登場。いよいよコンサートが始まります。

 

Lepo Sumera : Musica Profana

弦楽オーケストラのみの編成の楽曲で、チェロとコントラバス以外は立奏で演奏されました。短い序奏ののちに、旋律の躍動と静止を繰り返す力強い演奏が始まります。うねりを感じさせるようなリズミカルな旋律が始まったと思ったら、突如静止。各パートから伝わるリズムが複合的に混ざり合い、心地よいビートを感じさせてくれます。古典とミニマルを融合させたような、どこかクラシカルな装いの本楽曲。中間部ではヴァイオリンが奏でるメロディを後から伴奏が追いかけていきます。久石さんは指揮棒を使わずに、手のみで的確に指示を出していきます。

1997年に書かれた作品なのに、まるで近年の久石さんの作品に似たような雰囲気があり、とても驚きました。旋律・モチーフの躍動と静止は近年での『2 Pieces』、書かれているリズミカルなメロディは『Encounter』を、和声を感じさせない単旋律の動きからは『Chamber Symphony No.2』を連想させます。

後半では冒頭のモチーフをさらに発展させ、疾走感と緊張感を感じさせながらフィナーレへ向かいました。

 

久石さんがステージから一度退場したときに、一旦拍手が途切れてしまい、どぎまぎする久石さんの姿も見られました(笑)

舞台替えののちに、木管・管楽器・打楽器のメンバーたちも集結。再度チューニングのちに、久石さんとコンマスの近藤さんが登場しました。

 

Joe Hisaishi『Winter Garden』

・『1st movement』

2006年のピアノとヴァイオリンのバージョンの音源を持っており、何度も何度も聴いていましたが、オーケストラ版をじっくり聴くのは初めてでした。

冒頭からミニマルとメロディを融合したフレーズが何度も顔を出します。ヴァイオリンがメロディを演奏したのちに、そのメロディを木管が受け継ぎ、ヴァイオリンは別のフレーズへ。オーケストラとソロヴァイオリンの掛け合いが最高に気持ちいいです。

聴いていくうちに、2006年版とは全くの別の作品ということを認識していきます。ただのオーケストラアレンジかと思ったら、完全にオーケストラとソロヴァイオリンの為の協奏曲へ。中盤では『崖の上のポニョ』のイメージアルバム収録の『ポニョ来る』のような雰囲気を感じさせるシーンも。冒頭のフレーズを数度繰り返したのちに、幻想的な和音で1楽章は終わりました。

 

・『2nd movement』

1楽章の幻想的な終わりを受け継ぐように、こちらも幻想的な導入から始まります。まるで冬の日の早朝を連想させる凛とした佇まい。冷たい空気の中にヴァイオリン旋律が響き渡るような感じがします。その後、曲調は少し暗い雰囲気へ。近藤さんのヴァイオリンがとても美しく、フラジオレットを使用したシーンではとても繊細に。

 

・『3rd movement』

そして姿を現す3楽章。こちらは2楽章から雰囲気は一変し、8分の6拍子にて、とても印象的で記憶に残りやすいメロディが奏でられます。その印象的なメロディは1楽章と同じようにチューバやトランペット、オーボエ、フルートなど様々な楽器へ受け継がれていきます。

ソロヴァイオリンからオーケストラへとバトンを渡すシーンでは、近藤さんが一気に久石さんへとコンタクトを取り、次の瞬間にはオーケストラの音色が一気に花開きます。この辺りは終始鳥肌が立っていました。

その後超絶技巧を伴ったソロヴァイオリンのカデンツァへ。このカデンツァは圧巻と興奮の最高のパフォーマンスでした。楽曲のハイライトと超絶技巧がソロヴァイオリンから炸裂します。会場もあまりの驚きの演奏にじっと息を殺して、注視する雰囲気がありました。久石さんも、時折うんうんとうなずきながら熱い演奏を見守ります。圧巻のカデンツァののちに、再度オーケストラの音色が花開き、華やかなフィナーレへ。

20分以上はあった楽曲でしたでしょうか?体感時間は本当に一瞬でした。冬という季節にぴったりであるとともに、世の中の雰囲気には左右されない音の運動性を追求した作品でもありました。こんなに完成度が高い楽曲がいまだに音源化されていないのが残念でなりません。今回の熱演をぜひとも収録してほしい!と強く願いました。

会場も割れんばかりの拍手!久石さんと近藤さんによる何度かのカーテンコール。途中で久石さんが指揮棒を落としてしまうハプニングもありました。

 

ー休憩ー

 

Johannes Brahms『Symphony No.3 in F major Op.90』

ステージは再度舞台替えをしていて、この曲からは近藤さんがコンマスを務めます。

 

『1楽章 Allegro con brio』

長短を感じさせる和音を感じさせる印象的な始まりから、駆け降りるようなメロディが一気になだれ込みます。その後ヴァイオリンの印象的なメロディが始まり、それを次に木管がなぞっていきます。立奏の為、楽団員の皆さんは印象的なフレーズでは大きく身体を揺らしながら、表情豊かに表現していきます。久石さんのクラシック演奏では恒例となった、提示部のリピートも今回もきっちり演奏。全体のテンポ感は少し速めな感じがしました。

提示部の繰り返しに入る部分のオーケストラの迫りくるような盛り上がりには圧倒されました。リピートが終わり、新たな展開が入ってきて、盛り上がる部分ではさらに熱気を感じました。再度、冒頭の提示部が再現されたのち、微妙に変奏しながら、1楽章のフィナーレへ向かいました。

 

『2楽章 Andante』

木管の優しいメロディが印象的な緩徐楽章。クラリネットの音色が会場をゆったりと包み込み、楽団の皆さんにも笑顔が見られました。その後は少し暗さを伴った雰囲気へと展開していきますが、その後に続く弦楽のメロディの美しさに終始うっとり。対向配置の良さを存分に活かし、万華鏡を見ているような音の交差が広がります。メロディが大きくうねりを上げるシーンでは、久石さんも客席へ振り向くくらい大きな身振りを繰り広げていました。再度冒頭のクラリネットが現れて、2楽章は静かに終わります。

 

『3楽章 Poco allegretto』

憂愁を感じさせるメロディが印象的な3楽章。チェロの導入から、ヴァイオリンへとメロディを紡いでいきます。そして木管へ。主題ののちに続く、少し明るめなフレーズとの対称もとても耳に残ります。中間部をへて、冒頭のメロディをホルンにて再現。福川さんのホルンの甘く切ない音色にとても感動しました。終盤はそのメロディをヴァイオリンのオクターブにて演奏したのち、どこかに希望を見出すような雰囲気になり、静かに幕を閉じます。

 

『4楽章 Allegro-Un poco sostenuto』

前楽章とは一転、怪しげな雰囲気から始まり、力強くダイナミックな展開が始まります。その後へ続く、チェロの力強いメロディ。スピード感もあり、手に汗握るような激しい展開が続きます。FOCの得意とするロックのような激しいクラシックがこの4楽章で一気に炸裂したような感じがしました。

盛り上がりのピークを迎え、そのままフィナーレしないのが特徴的な『Symphony No.3』。弦楽によるさざ波のような音型が繰り返されるようになり、1楽章の要素が再度顔を覗かせ、1楽章冒頭の和音を奏でながら、ゆったりと楽曲が終わりました。

 

会場の拍手に包まれる中、久石さんはゆっくりと大きくうなずいた後、お辞儀をしていました。その後は、恒例の楽団メンバーへの拍手タイム。ステージにも笑顔が溢れ、至福の時間となります。

 

Encore

Johannes Brahms『Hungarian Dance No.6』

ブラームス交響曲ツィクルスでのアンコールでは恒例となった『ハンガリー舞曲』今回は6番をセレクト。おもちゃ箱をひっくり返したようなにぎやかな雰囲気と情熱的な中間部が印象的でした。シンバルとトライアングルのパーカッションが楽曲に彩りを添えます。打楽器が入る部分は久石さんも腕を大きく振って指示を出していました。

 

その後は久石さんが何度かカーテンコールに応じ、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。楽団員がステージから去った後も、拍手が収まらず、コンマスの近藤さんが久石さんを引き連れて再登場。会場は熱気に包まれました。

今回のFOC公演はプログラム構成も素晴らしく、弦楽オーケストラ、協奏曲、交響曲とオーケストラの魅力を存分に楽しめる構成でした。スペシャルオーケストラのFOC第4回公演、熱気の中終演しました。

2022年2月14日 ふじか

 

 

 

当日会場でお会いすることができました。開演前は最近の久石譲活動について楽しく語り、終演後はもうコンサート一色、これファン交流あるあるですね。立ち話でしたしトータル短い時間ではありますが貴重なコンサート体験のひとピースです。

たぶん5分10分くらいですらすら読めてしまうと思います。そのくらいわかりやすいし楽しく文章が流れていきますね。でも、どう表現したらいいかとかどうしたらうまく伝わるかとか、音楽を言葉にすることもあってとてもとてもエネルギーを使っていただいていると思います。本当にありがとうございます。

ふじかさんが当日会場でリアルタイムに口にしていた感想のひと言ふた言が、ここにはそのまま入っていました。そう言ってたな、と思いながらあの時の光景がよみがえってきます。やっぱり直感や第一印象って大切にしたいですよね。コンサートで感じたこと、ライブ配信で感じたこと、初めて触れた感触はこれからもずっと残ります。

この新鮮さは、また「Winter Garden」がいよいよ音源化されたときに、ブラームス交響曲アルバムがリリースされたときに。僕はまたこのみずみずしいコンサート・レポートをきっと読みます。

 

 

こちらは、「コンサート・パンフレット」から久石譲による楽曲解説や、いつものコンサート・レポートをしています。

 

 

 

 

「行った人の数だけ、感想があり感動がある」

久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋 では、久石譲コンサートのレポートや感想、いつでもどしどしお待ちしています。応募方法などはこちらをご覧ください。どうぞお気軽に、ちょっとした日記をつけるような心もちで、思い出をのこしましょう。

 

 

みんなのコンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

 

reverb.
ふじかさんはマイレポートが書き終わるまでほかの人のは見ません。それよくわかります(^^)

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第59回 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4」コンサート・レポート by tendoさん

Posted on 2022/02/14

2月9日開催「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4」コンサートです。当初予定からの延期公演です。プログラムも新たにアップデートされリアルチケットは完売御礼。さらに、Vol.2,3に引き続いてライブ配信もあり、国内外からリアルタイム&アーカイブで楽しめる機会にも恵まれました。

今回ご紹介するのは、韓国からライブ・ストリーミング・レポートです。「WDO2021」「新日本フィル定演」「MF Vol.8」コンサートにつづいてこの1年間で4回目の登場tendoさんです。とてもおもしろい注目の仕方と表現で、いつも対訳させてもらいながら楽しませてもらっています。きっと共感ポイントあると思いますよ。

 

 

久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4

[公演期間]  
2022/02/09

[公演回数]
1公演
東京・東京オペラシティ コンサートホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:Future Orchestra Classics
コンサートマスター/ヴァイオリン・ソロ:近藤薫

[曲目] 
レポ・スメラ:Musica Profana
久石譲:Winter Garden

—-intermission—-

ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 Op.90

—-encore—-
ブラームス:ハンガリー舞曲 第6番 ニ長調

 

 

はじめに

F.O.C.シリーズもすでに4回目になる。今回の公演もリアルタイム・ストリーミングが決定し、日本公演を韓国で楽しむことができた。世界各国の人々とコンサートの直後に感想を交わすことができ、コンサートが終わった後もアーカイブで見ることができるので、リアルタイム・ストリーミングがこのように継続的に続いていることに感謝するばかりだ。いつの日かパンデミックの状況が良くなって会場に直接行ってパンフレットやCDなどを買って演奏を直接聴く日が来てほしい。

 

F.O.C.シリーズについて

Future Orchestra Classics(F.O.C.)シリーズは久石譲の代表的なコンサートシリーズの一つで、長野で活動していたN.C.Oを母体として再結成されたフューチャー・オーケストラが、古典クラシック作品を久石譲作品などの現代作品とともに演奏するプログラムだ。

フューチャー・オーケストラは、厳選した首席演奏家で構成されており、久石譲は指揮を兼ねる作曲家として、時代を先取りした指揮を追求している。現在はブラームスの交響曲全曲のツィクルスが進行中だ。

 

Lepo Sumera : Musica Profana

 

久石譲のファンなら、もうレポ・スメラはおなじみの名前だろう。今回のコンサートで演奏されるレポ・スメラの曲は、弦楽オーケストラで演奏される曲だ。

いつからか久石譲のコンサートには、弦楽だけで演奏される曲が少なくとも1曲は含まれているようだ。正確な理由は分からないが、金管楽器演奏者たちのクオリティーを高めるためのようでもあり、コンサートのレパートリーで小編成の弦楽からなる曲を試してみることのようでもあり、シンプルに久石譲が弦楽オーケストラを好んでよく楽しむのかも知れない。

Musica Profanaはよく演奏されるとか有名な曲ではないけど、かなり面白い曲だった。緊張感の感じられるメロディーがリズム感のあるように進んでは停止するを緊密に繰り返しながら進行される。現代曲をよく演奏する首席奏者からなるオーケストラ、ミニマル音楽を作曲している久石譲に適している曲だと思った。

何度か緩やかに進んでは再び最初の雰囲気に戻ることを繰り返すが、中断を適切に活用した曲という側面から、久石譲の「2 Pieces」という作品の第1楽章である「Fast Moving Oppositions」という曲が浮かんできた。

 

 

最後のハイライトで曲が盛り上がったとき、久石譲がキューサインを与える姿が素晴らしかった。終わりまで本当に素敵な曲だった。F.O.C. vol.3で演奏したレポ・スメラの交響曲第2番も本当に印象深かったが、今回の曲も本当にすごかった。

 

Joe Hisaishi : Winter Garden

 

Winter Gardenはヴァイオリンのための協奏曲として作曲されたミニマル曲だ。2006年にヴァイオリンとピアノのためのバージョンとして2楽章の曲として作曲され、これはアルバムとしてもリリースされたことがある。だが、以降に新たに3楽章が付け加えられたヴァイオリンとオーケストラバージョンになってから2014年に改訂されたバージョンが出てきたが、映像やアルバムなどでは残っていなかった未知の曲だ。

 

 

久石譲のミニマル曲を聴くときは最近打楽器に耳を傾ける方だが、キラキラしたグロッケンシュピール、トライアングルや欠かせないウッドブロックの音もあった。特に、後ろにあるカウベルが注目を集めた。 久石譲の「The East Land Symphony」や「Deep Ocean」に使われた楽器だ。(2017年の韓国公演でも見たうれしい楽器だ。)

コンサートマスターである近藤薫さんの素敵なヴァイオリン・ソロで始まるが、ヴァイオリンとピアノのバージョンとは違いパーカッションがヴァイオリンとともに和やかな音を出しながら始まるのが印象的だった。

第1楽章は、覚えやすいメロディーを中心に軽快な感じで進められる曲だった。全体的に明るく朗らかな雰囲気だった。最後にヴァイオリンの高音で終わりを迎えるが、その瞬間オーケストラが急にみんな静まる部分が印象的だった。

第2楽章は、先に話したカウベルとともに始まる。瞑想的な雰囲気の穏やかな曲だった。ヴァイオリンの官能的なソロ演奏が本当によかった。 ぼたん雪が少し積もった穏やかな感じで、だんだん緊張感が高まった。オーケストラがヴァイオリンをやさしく包み込んで終わる。

 

 

爽やかな雰囲気で始まる第3楽章は、ヴァイオリンのテクニックが引き立つ曲だった。オーケストラとヴァイオリンが交差し、次々と主要テーマを演奏していく。チューブラーベルが加わってさらに豊かでかっこいい雰囲気に。ソロ・ヴァイオリンのカデンツァ直前のオーケストラが力強く躍動する場面も印象的だった。

 

 

カデンツァは本当に完璧だった!ヴァイオリンのテクニックというのはこういうことなんだ!曲が終わる頃に聴こえる楽器はヴィブラフォンだろうか。 暖かい音色で包み込んで終わりを告げているが、本当に素敵な終わり方だった。

 

Brahms : Symphony No.3 in F major Op.90

 

インターミッションの後に続く曲は、今日の主人公ブラームスの交響曲第3番だ。

第1楽章は、管楽器の力強いハーモニーから始まる。この曲は全体的には明るいようでありながらも、一方ではどこか複雑微妙な感情も感じられた。時々登場する急上昇の和音部分は素敵だった。

第2楽章は、緊張した一日を降りて気楽に聞くことができる曲だった。ロマンティックで叙情的な雰囲気の曲だ。

第3楽章は、おそらくブラームスの交響曲第3番で最もよく知られている楽章ではないだろうか。 訴える力の強い濃厚なメロディーに秋の香りが漂うような感じだった。

 

 

福川伸陽さんのホルン演奏はどんなに素敵なことか!オーボエも本当によかった。最高だった!第3楽章が終わる頃には、しばらく泣きそうになった。一生覚えていたい素敵な瞬間だった。

第4楽章は、実に強烈で情熱的な演奏だった。私も知らないうちにリズムに乗っていた。第3楽章に次ぐ素敵な楽章だった。第4楽章は非常に静かに落ち着いた調子で締めくくられた。ブラームスの交響曲第3番は、すべての楽章でこのように穏やかに締めくくられているのが特徴だと感じた。

 

続くアンコール曲は、やはりブラームスのハンガリー舞曲だった!

 

Brahms : Hungarian Dance No.6 in D Flat Major

やや馴染みのない曲だったが、軽快で茶目っ気が感じられる面白い曲だった。「ドン!ドン!」という音に合わせて腕を振り回す久石譲の姿も面白かった。指揮者と演奏者の息が本当に良かったというか、素晴らしいアンコールだった!

 

 

今日のコンサートは本当に駆け引きする演奏に夢中になってしまった。FOCが始まった時は、ブラームスの交響曲に目覚める前でしたが、今は久石譲のおかげでその真価をわかってくるようになった。FOCが持っている特有の音色とアクセント、リズム感、スピードなどなど… FOCが持っている魅力は数え切れないほど多かった。

ミニマル作品とクラシック作品をつなげて紹介するコンサートはどれほどか、またこうして完成度の高い曲を聞けて本当に幸せだった。次のFOCは7月にブラームスの最後の交響曲となる。久石譲のRecomposed楽曲はどのように披露するのか、そしてまだ発表されていない曲はどんな曲なのか。

久石譲が指揮したブラームス交響曲全曲を全集で会うその日を楽しみにしてこの文を終える。

 

2022年2月11日 tendo

出典:TENDOWORKS|히사이시조 – Future Ochestra Classics Vol.4 콘서트 리뷰https://tendowork.tistory.com/77

 

 

tendoさんは韓国で久石譲活動を広く知ってもらいたいとウェブサイトで発信しています。なので、韓国の人たちに現在進行系の久石譲を伝える「はじめに」などの導入部で丁寧に解説しています。こんなライブレポートがあるとうれしいですよね。距離感を越えてぐっと身近に感じられます。

ライヴ映像をことこまかに忘れてしまっても、数年後このレポートを見たらきっとその瞬間の映像が蘇ってくるだろうな、音楽が聴こえてくるだろうな、そんなふうに思います。もうね、SNSでライブ配信直前からスタンバイしてる様子(写真付き)とかを見るだけで、なんだかこっちまでそわそわワクワクうれしくなってきます。そういう海外ファンがもっと増えたらいいですね!

tendo(テンドウ)さんのサイト「TENDOWORKS」には久石譲カテゴリーがあります。そこに、直近の久石譲CD作品・ライブ配信・オフィシャルYouTube特別配信をレビューしたものがたくさんあります。ぜひご覧ください。

https://tendowork.tistory.com/category/JoeHisaishi/page=1

 

 

こちらは、「コンサート・パンフレット」から久石譲による楽曲解説や、いつものコンサート・レポートをしています。

 

 

 

 

「行った人の数だけ、感想があり感動がある」

久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋 では、久石譲コンサートのレポートや感想、いつでもどしどしお待ちしています。応募方法などはこちらをご覧ください。どうぞお気軽に、ちょっとした日記をつけるような心もちで、思い出をのこしましょう。

 

 

みんなのコンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

 

reverb.
訳しながら久石譲が使うキーワードを熟知しているなと感嘆しきり。

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第58回 「アド・アストラ サウンドトラック/マックス・リヒター」を聴く ~本編音楽と予告編音楽 II~

Posted on 2022/01/10

ふらいすとーんです。

シリーズ マックス・リヒターです。

 

 

映画『アド・アストラ』(2019)は、ブラッド・ピット主演のスペース・アクション映画です。マックス・リヒターは、いわゆるハリウッド超大作の音楽を担当するのはこれが初めてになります。そのこともあってか、本作で初めてグラミー賞にもノミネートされました。

前回は、そのサントラ盤の曲をご紹介しました。音楽の特徴ひとかけらが伝わったのならうれしいです。2021年3月NHK「プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」TV番組でも、このサントラからを始めマックス・リヒター曲がたくさん選曲されてちょっとした話題にもなりました。

 

さて今回は。

本編音楽から話はそれて宇宙空間を彷徨うことになります。何光年も彼方に行ってしまって、簡単には戻ってこれなさそうでした。書いてたら、調べてたら、だんだん腹が立ってきて。積年の思い辛みに拍車がかかってしまいそうで。予告編音楽・トレイラー音楽にスポットを当てたい、そんな後編です。

 

 

(前回からのつづき)

……

 

話はそれます。(怒)

 

映画『アド・アストラ』予告編 9月20日(金)公開 (約1分)

映画公開3ヶ月前の予告です。この時点でマックス・リヒターが音楽担当することはわかっていました。ベートーヴェン「月光」の旋律が聴こえてくる!しかもどんどん劇的に展開していってる! これマックス・リヒターによるもの?? クラシック音楽からの引用という点ではそういうことしそうな人、へぇー!すごい!ベートーヴェンから!早く聴いてみたい。

……映画公開情報のなかに一向にサントラ発売情報は現れず、結果としてリリースは先行デジタル配信が映画公開から1ヶ月後、CD盤は2ヶ月後でした。……そして予告編で使われていた音楽が見当たらない。バッハはあるのに(前回Overtoneで紹介しています)ベートーヴェン「月光」はない。ん??

 

 

Moonlight Sonata

答えはこれです。どうやって探し当てたのかも覚えていません。たぶん血まなこになって探したんでしょう。いわゆるトレイラー音楽として作られた作品で、このアルバムには他に「ワルキューレの騎行」「ロミオとジュリエット」「交響曲第5番 運命」なんかもあったと思います。映画予告編で使われていた音楽は、マックス・リヒターが映画のために書き下ろした音楽からではなかったんです。

 

 

かっこいいですよ。

インパクトあります。こんな料理の仕方もあるんだと好奇心あります。ただ甘味料たっぷり着色料たっぷりなジャンクフード感がつきまとう感じがしないでもない(やんわり)。

 

 

それもいいんですよ。

監督が作曲家に依頼する前に映像にあてられた既成音楽のことをテンプトラックと言ったりします。監督が描くイメージをより伝えやすくするものでもありますが、これによって作曲家はもちろん監督自身も先入観に縛られてイメージが広がらないことも起こり得ます。「最近はテンプトラックが付けられてくることが多くて本当に困っている」と語っていた作曲家の記事もいつしか目にした気がします。

マックス・リヒターがバッハ曲を使用することがわかっていて、あるいはすでに出来上がっていて、それに近いものを仮音源として当てた可能性もあります(あるかな?)。監督のテンプトラックがこのベートーヴェン「月光」アレンジ版だった可能性もあります(あるかな?)。音響担当が雰囲気や世界観からセレクトした可能性もあります(ありそう?)。いかなる可能性があったにせよ、あまりにも紛らわしい近すぎる選曲だと思います。。

(怒)だったのは、ちょっと勘違いしてしまうほどの危うさや紛らわしさがもくもくと潜んでいたからです。ちゃんと一曲とおして聴くとおもしろいアレンジだし、一方ではマックス・リヒターはしないだろうアレンジかなともわかってきます。

 

 

……

……

残念なお知らせ。

久石譲の場合にもあります。日本映画では起こらないことですが、海外映画の音楽を担当するときに、予告編でまったく別の音楽が当てられていることが往々にしてあります。プロモーションのためのトレイラー音楽です。

 

映画『赤狐書生 (Soul Snatcher)』
公開日:2020年12月4日 *中国

陳立農 Chen Linong 《赤狐書生》終極預告 (約2分)

✕久石譲音楽

トレイラー音楽。

 

 

韓国公開時予告編

영화 [적호서생] 메인 예고편 : 이현, 천리농 : 2021.04.29 : 액션 모험 코미디 (約1分半)

✕久石譲音楽

異なるトレイラー音楽。しかも《音楽:久石譲》をテロップ大きく打ち出し。

 

 

日本(映画祭)公開時予告

【のむコレ’21上映作品】『レジェンド・オブ・フォックス 妖狐伝説』予告編 (約2分)

◎久石譲音楽

これが正しい。

 

とても魅力的な音楽です。日本予告編を見てサントラ聴いてみたくなった人いませんかいますよね。 久石譲が手がけた現時点で最新の映画音楽です。ぜひ聴いてみてくださいね。(2021年2月Digitalリリース&2021年12月DVD発売)

 

 

 

負の歴史があります。

取り上げやすかった直近ものからピックアップしました。けれども、こういったケースは過去にもたくさんありますありました。

その映画の音楽を久石譲が担当することを強く宣伝効果狙うこともあります。もちろん映像には《音楽:久石譲》ドン!名前が大きくクレジットされている。もしファンなら、これは予告用の別音楽だとすぐにわかることも、久石譲ってこんな音楽書く人なんだ、今回はこんな音楽書いたんだ、なんだかイメージ変わる、そう勘違いする人もきっといると思います。ファンにしたってそうです。あまりにも久石さんだと言われたらそうなのかなと可能性を感じる音楽、似たような音楽を持ってこられたら、たぶん迷ってしまいます。

しかもですよ!(フーンッ!)これが日本でなら予告編公開と同時にSNS話題になって、これ久石譲?…迫力ある音楽だ!…なんか新鮮!…久石譲の音楽はハズレない!…久石譲の音楽強すぎもってかれてる!…音楽がうるさい!…久石譲っぽくない…たぶん違うと思いますよ…久石譲じゃないでしょこれ……そんな拡散と誤解と修正が飛び交って、たぶん落ち着きますよね。それが叶いにくい海外映画において起こりやすいケースというのがまた曲者です。久石譲音楽という共通理解が少ないわけですから。拡散と誤解のままで滞留してしまいそうです。

 

 

なんか鼻息が荒い?!

……

お願いです。

予告段階ではまだ音楽が出来上がっていないケースもあるかもしれません。宣伝効果としてのトレイラー音楽の活用もあるでしょう。…30秒予告編くらいならまあわかる。…2分間でも同じトレイラー音楽を鳴らしっぱなならまあまあわかる。でも!めまぐるしいカット割りに合わせて音楽も曲調豊かにいろいろ切り貼りして仕上げちゃうでしょう。それだともうお手上げ。

なんとか紛らわしさや誤解は極力回避してほしいです。たとえば、music for promotionとかused from Trailer songとかused by promotional musicとか、、小さくてもいいのでクレジットしてほしい、映像の隅っこのほうでもいいので。こんな提案はいかがでしょう。

監督・作曲家・プロデューサー。監督は予告編にどこまでタッチしますか? 作曲家は事前に依頼がないかぎり予告編まで介入しないノータッチですよね。個人的には、この予告編音楽問題は、プロデューサーにかかるところが大きいと思っています。あるいは国ごとに作品の配給権をつかんだその各国プロデューサー。いかなるシチュエーションであれ、プロデューサーがしっかりと音楽について理解を深めてもらって、音楽を取り扱っていただけるといいなと切望します。プロモーションも作品の一部だと思います。

 

 

深呼吸しました。

ちょっと気になって調べてみたことがあります。そうしたら、トレイラー音楽というものがひとつの産業としてあるんですね。ハリウッドの映画予告編に専門特化したオーケストラおよび作曲家集団。その元祖ともいえるのが「トレイラーヘッド」詳しくはウィキペディアにあります。興味あったら掘り下げてみてください。

 

代表的なアルバムを紹介すると。

『trailerhead』
映画の予告編で使用されたBGMを集めた作品。収録されたBGMの映画タイトルは『パイレーツ・オブ・カリビアン:デッドマンズ・チェスト』『スパイダーマン2』『スパイダーマン3』『パイオハザードIIアポカリプス』『ファンタスティック・フォー超能力ユニット』『ナイトミュージアム2』『ロード・オブ・ザ・リング』『ダ・ヴィンチ・コード』『アリス・イン・ワンダーランド』他。

trailerhead:TRIUMPH
映画の予告編で使用されたBGMを集めた作品。収録されたBGMの映画タイトルは『ハリーポッターと死の秘宝Part1&2』『アバター』『パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド』『宇宙戦争』『アンダーワールドビギンズ』『トワイライト・サーガブレイキング・ドーンPart1』『デイ・アフター・トゥモロー』『ウルヴァリンX-MEN ZERO』『フライト・プラン』他。

Introduction to TRAILERHEAD
2分でボルテージ最高潮! 話題のド迫力「映画予告編サントラ」国内独自企画ベスト盤が登場! 世界最高峰のシネマ・オーケストラ集団が織り成す圧倒的な音世界!「進撃の巨人」「相棒-劇場版II」「GANTZ」など邦画作品でも使用され、その荘厳なサウンドが話題に!

 

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わずか2-3分で映画の印象を決定づける映画予告編において、そこで使用される音楽が最も重要なのは間違いない。限られた時間の中で、観客のボルテージを最高潮に盛り上げるこれらの楽曲を制作しているのが、railerhead(トレイラーヘッド)と呼ばれる超絶オーケストラ集団だ!ハリウッド映画を知り尽くした作家陣をはじめ、100人編成のオーケストラと70人のコーラスという壮大なスケールで構成され、その制作楽曲は1200曲を超える。また、予告編で使用される楽曲は通常のサウンドトラック盤には収録されない<幻の楽曲>としてファンの中でも熱く語られていた。それらの映画予告編やゲーム音楽で使用されたトラック がCDに収録されて発売決定!錚々たる映画の予告編などで使用され、そして中にはYoutubeにて100万 回以上の試聴回数を誇るトラックも出現するなど、このシーンへの熱い想いはますますヒートアップ!
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(メーカー・インフォメーション より)

 

 

僕らは、これまでにいつのまにか、この手の音楽をたっぷりと服用されていた。なんとなくこのジャンルのポジションやコアな熱気みたいなものをお伝えできたでしょうか。

 

 

Spiderman 2 Trailer (約2分半)

映画『スパイダーマン2』(2004)予告編です。いくつかの音楽が切り貼りされています。その後半部分が次のこちら。下の公式音源です。

 

Immediate Music – Lacrimosa Dominae

from Epic Music World Official

これでもかと煽る煽る(笑)いかに煽られてきたことか。エナジードリンクのようなカンフル効果ありますね。インパクト・吸引力・訴求力はプロの技としか言いようがありません。お見事です。お見事なんですけれど、ここに潜む過剰に煽ることの危うさ、音楽による誇大広告の助長みたいなものもまた感じてしまう。考えさせられるいい例です。

 

しかもこれ、カルミナ・ブラーナしか浮かびません。

 

Orff: Carmina Burana / Fortuna Imperatrix Mundi – “O Fortuna”

 

このまま使っていいんじゃないかな。あるいはカルミナ・ブラーナ《おお、運命の女神よ》から引用したとわかるかたちで編曲したほうがいいとさえ思います。僕が言いたいのは、なんちゃってというか、○○風に作ってしまうことで、映画音楽が陳腐なポジションに成り下がってしまう要因をつくっていないか、そうしてこなかったか、ということにまで思い及んでしまうからです。クラシック音楽とは到底並べられない……となってしまった要因に、なんとなく雰囲気でつけちゃう音楽があったような。商業性を狙いすぎた、芸術性(作品性)を守ってこれなかった。

久石譲が否定的に語る「効果音楽のようなもの」のエピソードも思い出します。それらは「走ってたら速い音楽、泣いてたら悲しい音楽」とわかりやすい例で語られてきたものです。映像をなぞる・映像を誇張するという意味では、トレイラー音楽こそ効果音楽の最たる象徴と…言い切ってしまいたい。(フーンッ!再熱)

そして、トレイラー音楽の需要やポジションが確立されるにつれて、これらの音楽は予告編のラインを越えて、映画本編にまで影響を及ぼしてきた。似たような音楽が増えてきた。とりあえず観客を飽きさせるなというように。ハリウッド映画音楽の歴史の流れのなかに、こういった側面もあってそれは今に至る、そんな気さえしてきます。

一度その濃い味に慣れてしまうと、ほかのものは薄味に感じてしまって、素材を生かした旨味に反応できなくなってしまいます。

 

 

 

プラス面

汎用性が高いというのが最大の魅力です。唯一の魅力です。何か特定の作品を連想させることのない広義なBGMです。とにかくいろいろなテーマの作品集があるんです。ラブストーリー、ヒューマン、ネイチャーといかなるジャンルも膨大な曲で対応しています。CDからYouTubeからサブスクから調べていたら、どんどん芋づる式に湧いてくると思います。

瞬間でエナジーチャージしたいときとか?一気にテンション上げたいときとか?会議やプレゼン前とか?ヒーローになりたいときとか?変身したいときとか?……とにもかくにも一瞬でスイッチ入るシリーズだとは思います。

 

 

マイナス面

効果音楽的な音楽、消費され尽くす音楽、煽られ錯覚する音楽、舌がバカになる音楽(やんわりじゃない)。言い過ぎでしょうか。たまに食べるのはいいけれど、甘味料たっぷり着色料たっぷりなジャンクフードのような音楽はマヒします。そういう音楽ばかりにふれるのは、心にも体にもあまりよくないんじゃないかなあ、と根拠はありません。

僕は、おもしろいなとは思うけれど、リピートはしないし、手元には置かないかな。否定的な理由ならいくらでも書けるけど、こういった音楽が好きな人もいるだろうし。だから、感情的ケンカにならないように論理的に説明できたらとがんばります。

 

 

……

……

ズバリ!

顔のない音楽なんです。

その映画を象徴するメインテーマ、その映画を表現するメロディたち。それらを顔としたときにトレイラー音楽には顔がありません。これはもっともなことで、いかなる映像にも当てはめられる汎用性を求められて作られたものです。顔がなくて当然とも言えます。

ただ、僕にはそれが使いまわしのきく効果音楽のようで、どれでもいいんでしょ、鳴ってればいいならあなたである必然性を感じませんと。もっと言うと「サントラよりも予告編の音楽のほうがインパクトあってかっこよかったね!」……もしそんな声を聞いてしまったなら、むずむずしてきます。メラメラと。

さきほど紹介したトレイラー音楽「Lacrimosa Dominae」をもう一回聴いてみてください。ちゃんと聴くと、メロディがない音楽全体が伴奏のように聴こませんか。顔のない胴体だけが図体デカく歩いている音楽のよう(やんわり超えてる)。

 

 

 

彷徨ってる、戻ってこい。

◇トレイラー音楽とわかる予告編にしてほしい
◇できるだけ本編音楽から使ってほしい
◇トレイラー音楽聴きかた注意
◇トレイラー音楽と本編音楽の効果は似て非なる
◇トレイラー音楽と本編音楽の手法は似て非なるべき
◇映画音楽の地位を歪めない足を引っ張らない
◇プロモーションも作品の一部

 

 

これなら納得でしょう。

ハリウッド映画のアクション・SF・ファンタジーなど、ヒーローもの善と悪との戦いの構図になると、必ず出てくるのがオーケストラとコーラスを主体とした荘厳な響きの曲です。運命、宿命、神、神話と行き着く先は西洋宗教音楽に還る。そんなことを映画『ファンタスティック・ビースト』のときにも書いたかもしれません。おのずとトレイラー音楽にもこういったテイストの楽曲は多いです。さっきのカルミナ・ブラーナ風の曲もそうでしたね。

ジョン・ウィリアムズも映画『スター・ウォーズ』の音楽で表現しています。顔のある音楽とはこういうことだ!(と思っている)。本編で幾度使われるメロディやハーモニーをふんだんに使って『スター・ウォーズ』でしか成立しえない音楽をつくっている。

まず性格のはっきりした映画主要テーマ曲の旋律がはっきりあってこそです。顔があるから個性が出てくるし、表情の変化(アレンジ)もうまく伝わる。映画を表現するためにキーとなっているメロディ・楽器・ハーモニーらを使ってこんなふうに料理したんだ!意外性ある音楽的展開してる!とうれしくなってくる。これこそ、映画音楽から感じる世界観だったり、映画全体をコーディネートした音楽構成に魅了される、映画音楽の醍醐味です。

 

Star Wars The Phantom Menace Music Video – [Duel Of Fates]

 

カルミナ・ブラーナ風なんて言わせないぞ、すごい密度と燃焼度です。並べてもひけをとらない、とらないどころかの新しい創造。しかも『スター・ウォーズ』のためだけの音楽になっている。顔があって強靭な胴体があってたくましく存在感のある音楽。こういうのを聴いていると、あぁクラシック音楽はこうやって映画音楽に継承されてきたんだなあ、と思います。

 

 

 

さらに彷徨いたくなる!?

久石譲初期の代表曲のひとつ「794BDH」です。上のスター・ウォーズ曲と似たような音型が聴かれます。偶然にも限りなく近いモチーフから構成されているこの2曲。西洋と東洋のルーツの違いが鮮明に見てとれて並べるととてもおもしろいです。けっこう具象化された好例かもなあと見つけてつなげて楽しい。

 

794BDH

from Joe Hisaishi official

 

こんなことばかりしていたら宇宙空間の彼方から戻ってこれなくなります。ブラックホールには気をつけましょう。

 

それではまた。

 

reverb.
楽しい音楽探査ができました♪

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第57回 「アド・アストラ サウンドトラック/マックス・リヒター」を聴く ~本編音楽と予告編音楽 I~

Posted on 2022/01/09

ふらいすとーんです。

シリーズ マックス・リヒターです。

 

 

映画『アド・アストラ』(2019)は、ブラッド・ピット主演のスペース・アクション映画です。マックス・リヒターは、いわゆるハリウッド超大作の音楽を担当するのはこれが初めてになります。そのこともあってか、本作で初めてグラミー賞にもノミネートされました。

テレビを見ていると、いろいろな番組でBGMに使われていることの多いマックス・リヒターの曲たち。それだけ印象的だし、映像になじみやすい、いろんな解釈や感情に喚起できる、そんな魅力があるのかもしれません。もちろんこのサントラからも使われていたことあります。これまでマックス・リヒターを聴いたことがない、そう思っている人でも、実は知らない間に耳にしていた可能性はいっぱいにあります。

『アド・アストラ サウンドトラック』は、2枚組CD・2時間というボリュームで、スコアを担当したマックス・リヒターをメインに、ローン・バルフとリルス・フラームという作曲家による追加音楽も収録されている本編音楽完全盤です。アルバムは輸入盤のみとデジタル配信です。

 

さて今回は。

サントラからマックス・リヒター音楽の魅力を紹介したいです。ですけれど、話はそれて宇宙空間を彷徨うことになりそう…なりそうでしたから、2回にわけることになります。前編は、サントラに収録されている本編音楽から。

 

 

AD ASTRA
Score by MAX RICHTER

DISC 1
01. To The Stars
02. Encounter
03. Cosmic Drone Gateway
04. I Put All That Away
05. A Trip To The Moon
06. Terra Incognita
07. Ex Luna Scientia – Requiem
08. Journey Sequence
09. The Rings Of Saturn
10. The Wanderer
11. Erbarme Dich
12. Forced Entry
13. Preludium
14. Resonantia
15. Let There Be Light
16. Ursa Minor – Visions
17. Event Horizon
18. Musurgia Universalis
19. You Have To Let Me Go

DISC 2
01. Tuesday (voiceless)
02. Opening
03. Briefing
04. Space Journey
05. Rover Ride
06. Pirate Attack
07. Orbs
08. Underground Lake
09. Trip To Neptune
10. Says

Music by:
マックス・リヒター
except
ローン・バルフ(DISC 2: Track2-9)
ニルス・フラーム(DISC 2: Track10)

 

 

1.To The Stars

from Max Richter Official YouTube

映画メインテーマです。弦楽オーケストラの広がりが、大きな宇宙空間へと誘ってくれます。時空の感覚を麻痺させるような滞空時間の長いストリングスに、無重力に浮遊するようなピアノの調べがのります。反比例的に重力感のある低音が、身を委ねたくなる安心感と心地よさをもたらしてくれます。

ずばり言ってしまうと眠りに最適、そんな音楽ですね。からだのリズムに沿うような浮遊感、深く深く降りていくような彷徨感。耳を傾けるというよりも、体ごとどっぷりと音楽に浸る、そんな感覚です。瞑想や深呼吸したくなるかもしれません。眠りというキーワードは、マックス・リヒター音楽のひとつの大きなテーマを持っているのですが、その話はまたいつか。

 

 

5.A Trip To The Moon

同じ映画メインテーマからです。エレクトロニックな音響が、無重力空間を演出してくれているようです。なんとなし、いま自分以外の周りすべての時間も空間もフリーズしている、そんな錯覚におぼれます。

 

メインテーマの別アレンジ曲はほかにもあります。「10. The Wanderer」、「1.To The Stars」とまったく同じじゃないかと聴き流してしまいそうですが、微細な音像バランスの違いがあります。並べて聴くとわかりやすいです。「10. The Wanderer」はコントラバスとチェロのレベルが強調されていて、後半に進むにつれかなり低弦によった音響になっています。同じ音源からミキシング調整して、ニュアンスの差異を出しているんじゃないかなと思います。こういうところ、マックス・リヒターの心理下に忍びこんでくる巧みさ。たぶん聴く人は、低音のことを意識していなくても、Track1.か10.か無意識にどちらが好みか選んでいる。そんな気がします。

「19. You Have To Let Me Go」、シンセサイザー重低音を土台に、澄みきったコーラスと弦楽オーケストラになっています。さきほどの「10. The Wanderer」とは変わって、高音・高弦を中心としたつくりになっています。彼方まで光がうすく伸びていきそうな果てしない広がりを感じます。

 

 

11.Erbarme Dich

バッハ:マタイ受難曲 第39曲アリアをアレンジした曲です。ゆるやかな波長のシンセサイザーに、オルゴールのような音色を使ったメロディ。たぶん、原曲にもともとある旋律(声部)だけを使っていて、アレンジのための新しい旋律は加えていないと思います。マックス・リヒターはバッハ音楽にとても造詣が深い、リスペクト感の伝わってくるアレンジ手法です。

 

Johann Sebastian Bach – Zweiter Teil, 39. Aria (Alt) Erbarme dich

原曲です。バッハのマタイ受難曲は引用されるバイブルみたいなものなのかもしれませんね。久石譲も、自作品『THE EAST LAND SYMPHONY』の第5楽章The Prayerで、バッハ:マタイ受難曲 第62曲コラールを引用しています。どんなかたちで登場するのか、ぜひ聴いてみてくださいね。

 

 

12.Preludium

こちらもバッハ「平均律クラヴィーア曲集」からプレリュードをアレンジした曲です。原曲とは異なる短調な響きが印象的です。これだけ聴くと、ベートーヴェン「月光」からかな?と思ってしまいそうですが、バッハです。

 

Tzvi Erez plays Bach: Prelude 1 in C Major BWV 846 from the Well-Tempered Clavier

原曲です。なかなかこの両極端な明るさと暗さを変換して頭のなかで一致させるのって難しいですよね。もしサントラ曲名に「プレリュード」って書いてなかったら気づかなかったかもしれません。

 

 

17.Event Horizon

ひとつのマックス・リヒター音楽のかたち。真髄というかスタイルと言っていいようなもの。ミニマルな音型を主題としてただひたすらにくり返す。でも同じことのループや変化しない音楽ではない。くり返しながら、潮の満ち引きのように音の濃淡を表現し、微細に音の厚みや薄さで呼吸させていく。旋律を加えることでドラマティックさやエモーショナルさを一瞬のぞかせる。そうですね、音像を揺らしていく、そんな秘技なのかもしれませんね。

 

これは、「1.Tuesday(Voiceless)」(Disc2)にも言える手法です。とりわけ20分近いその曲では、壮大な音楽の満ち引きを感じてもらえると思います。そしてどこを切り取っても涙腺を刺激されてしまうから不思議です。その人が今思っていることや思い巡らせなかで起こる感情の起伏をそのまま音楽にのせたような。なにかを深く考えたいときとか。

もともとは『3つの世界 / Three World』(2017)というバレエのために制作された音楽です。そのアルバムからの同曲音源をそのまま使っています。映画『アド・アストラ』で再び使用するにあたって、原曲頭30秒間のナレーションや波のSE音をきれいにカット処理しているので、映画サントラ盤では「1.Tuesday(Voiceless)」という表記になっています。

 

 

Ad Astra – Score by Max Richter | Pt. 1 JOURNEY (約3分)

マックス・リヒターのインタビューとレコーディング風景動画です。英語はスルーしてしまうのが残念なところです。映像見ながらコントラバス奏者8人もいるとびっくりです。一般的なオーケストラでも4~5人くらい、久石譲コンサートだと7~8人くらいでしょうか。「宇宙の音も使ってるよ」そんなことも言っています、ざっくりすぎるすいません。

 

 

サントラまとめ。

全曲ともメインテーマ「1.To The Stars」のような楽器編成を基調としています。ピアノ&ストリングスやプラスシンセサイザーの楽曲たちです。マックス・リヒター音楽の大きな特徴になっている独特な重低音シンセサイザー。強いアクセントで出ているときもあれば、実はどんな曲にもうっすらと入ってるじゃないかなと思うことあります。「1.To The Stars」弦楽オーケストラ曲ですが、もしかしたら低音シンセを人の耳にはなかなか聴こえない配合でブレンドしてるんじゃないかなとか。低音波?無意識下?潜在的心地よさみたいなものを感じてしまっているのかもしれません。好んで聴いているのか、好まされてしまっているのか。

[Disc1] Track-1,5,10,11,12,17,19 & [Disc2] Track-1。サントラ盤から、ゆっくりリラックスできるような音楽を中心に紹介しました。聴きやすいのは、ほかには [Disc1] Track-4,8,14あたりでしょうか。どの曲も、一曲ずっとリピートしていても飽きない音楽です。マックス・リヒターの最小音型でシンプルに構成された音楽は、聴くシチュエーションを限定しない無限な広がりをもち、作品を超えた再利用にも値することはすでに多く証明されています。

あとの曲たち…、アクシデントや恐怖を誘発するような、不協和音だったり、急にびっくりするようなそんな音楽もあります。怖くて落ち着いて聴けないかもアルバムの通しプレイでは。ぐっすり眠りにつきたいときや、安らかタイム・くつろぎタイムのプレイリストにはご用心です。

 

このサントラ音楽は「2021 NHK プロフェッショナル 庵野秀明 エヴァンゲリオン」でも何曲か使用されてました。とても効果的かつ印象的に。[Disc1] 「2.Encounter」「9. The Rings of Saturn」「14.Resonantia」& [Disc2] 「Tuesday (Voiceless)」。今回ふれていない曲ばかりです。ぜひサントラ聴いてみてください。思い出す曲あるかもしれません。

 

 

いつもなら。

ここから久石譲音楽につながって話をすすめたくなります。…久石譲キャリア初のプラネタリウム音楽について。『ad Universum』は…と。久石譲ミニマルを貫いた極上の宇宙空間が広がっています…と。今はまだ一緒に共感しあえない音楽です……。いつかオリジナル音源がリリースされることを大きく宇宙に願って。

 

マックス・リヒターは、作品のほとんどをロンドンAir Studiosで録音しています。久石譲作品でいうと『WORKS・I』や『水の旅人 -侍KIDS- オリジナル・サウンドトラック』が同じスタジオです。さらには、『アド・アストラ サウンドトラック』のコーラスはLondon Voicesです。久石譲作品でいうと『Minima_Rhythm』収録の「The End of the World III.Beyond The World」や『Melodyphony』収録の「Orbis」のコーラスはLondon Voicesです。ご縁あります。……だから?!…なに?!…、えっと、しっかり名門を選びぬいて作品をのこしてきた、ということを言わせてください。

 

 

話はそれます。(怒)

 

映画『アド・アストラ』予告編 9月20日(金)公開 (約1分)

映画公開3ヶ月前の予告です。この時点でマックス・リヒターが音楽担当することはわかっていました。ベートーヴェン「月光」の旋律が聴こえてくる!しかもどんどん劇的に展開していってる! これマックス・リヒター??

 

……

……

 

ここから宇宙空間を彷徨うことになります。何光年も彼方に行ってしまって、簡単には戻ってこれなさそうでした。書いてたら、調べてたら、だんだん腹が立ってきて。積年の思い辛みに拍車がかかってしまいそうで。次回は、予告編音楽・トレイラー音楽にスポットを当てたい、そんな後編です。

 

マックス・リヒターが手がけた現時点で一番新しい映画『アド・アストラ』(2019)サウンドトラックです。ぜひゆっくり聴いてみてください。

 

それではまた。

 

reverb.
映画の内容は覚えていません。長かったなあという印象はあるかなあ。

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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