Overtone.第22回 「交響曲第1番/ブラームス」 ~論理とロマン II~

Posted on 2019/04/07

ふらいすとーんです。

2回にわたって「交響曲第1番/ブラームス」を出発点にお届けしています。ブラームス、ベートーヴェン、パーヴォ・ヤルヴィ、芸術監督、室内オーケストラ、久石譲、NCO、FOC ?!、そんな点たちが線となってつながっていきますように。

 

”こんなのオレのラーメンじゃない”!?

人それぞれに好みの味があります。育ち慣れ親しんだ環境があります。だからといって食わず嫌いで試さないのはもったいない。いろいろ食べてみて、「こんなのもありか」と新しい食感をおぼえることも、「変わったの食べたよ」「めずらしくて美味しかった」「はじめての味」と共感することも。しょうゆ・みそ・とんこつ、きっとあなたがかつて好きだったその味にも、一層の魅力をもって味わいまします。

前回は「交響曲第1番/ブラームス」について、解説や分析など少し難しいところから作品の魅力をご紹介しました。今回はまた違うところから、だからあまり拒絶反応せずにリラックスして。好奇心のセンサーがピクッとなる瞬間に気づけるくらいに。もし、あなたがラーメンを、いやブラ1を嫌いじゃなければ。

 

 

「交響曲第1番/ブラームス」にふれたエッセイをひとつご紹介します。

『音のかなたへ』/梅津時比古・著、知の巨星たちに「最も美しい日本語」と愛された音楽エッセイ。「新・コンサートを読む」新聞連載されていたものなどをまとめた本です。日常的な光景や自身の体験・エピソードと、足運んだコンサートや録音を上手に絡ませあいながら綴られているお気に入りの本です。

 

 

パーヴォ・ヤルヴィ指揮のブラームスの交響曲
外見の陰に隠された優しさ

犬が可愛いのは、喜んだり、怒ったり、悲しんだりする表情がそのまま信じられるからだろう。喜んでしっぽを振っているけれども本当は怒っているのだというような犬は見たことがない。

人と人との付き合いはそこのところが難しい。あの人がすごく丁寧な口調になったときは本当は怒っているのです、などと言われると、お手上げだ。フェイスブックなどで直接に会わないままに個人的な交流が行われるようになって、ますます分からなくなった。もっとも、人間が表面の表情をそのまま受け取れるような生物的仕組みになったら、味気ないのかもしれない。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮のドイツ・カンマー・フィルハーモニー管弦楽団が、ブラームスの交響曲全4曲と協奏曲などを組み合わせた連続コンサート「ブラームス・シンフォニック・クロノロジー」を開いた(2014年12月10,11,13,14日、東京オペラシティコンサートホール)。

初日の交響曲第1番で、テンポが速めなことに軽い驚きを覚えた。鋭角でときにはざらついた響きが、エネルギッシュな前進力として駆り立てる。そのぶん、通常、ブラームスらしい表情として入ってくる重々しさが遠のく。やや違和感があったが、武骨な面と快活な面がないまぜになったブラームスの新たな表情が見える。

第2楽章に入って不意をつかれた。テンポは速めなままに、なんとも心優しい響きが波のように耳を浸してくる。旋律がヴァイオリンなど声部ごとに腑分けされてそれぞれ十分に歌われる。

交響曲第3番の第3楽章で、それはさらに明らかになった。この楽章の冒頭の旋律は、交響曲全体を聴き終わったあとでも口をついて出てくる。それほど歌謡性に満ちている。多くの指揮者がその旋律にすべての響きを束ねて大きくうたい上げるのも故なしとしない。しかしパーヴォの指揮はそれぞれの声部をそれぞれの言葉で語らせる。それによってきめこまかく分かれた旋律の中から、あの遠い憧れに満ちた響きが、ひそやかに、浮かび上がってくる。弦は弦の潤いで語られ、またホルンがその旋律を繰り返してファゴットなどに引き継ぐと、音色の変化が、優しさとしてにじむ。

楽器の多様性を犠牲にして聴衆に受けが良いようにフレーズを単純明快にまとめることなど、パーヴォは考えもしないのであろう。彼がしていることは、それぞれの楽器で表されていることをていねいに観察して、声部の響きを明確にし、こまやかに和声の変化を追うことである。多くの言葉が語られていることによって音型が複雑になったその果てに、傷つきやすく、深い優しさが聞こえてくる。武骨さをかきわけた所に浮かび上がってきただけに、その優しさは、いとおしい。

聴きながら、クララ・シューマンがブラームスの作品について「その人物と同じように、最も甘美な神髄は、しばしば粗野な外見の陰に隠されている」(玉川裕子訳)と語った言葉を思い出していた。

隠されているのは、それが壊れやすいからであろう。

(「音のかなたへ」/梅津時比古 著 より)

 

 

「外見の陰に隠された優しさ」をテーマに、表情・心情・メロディ・声部という日常的/音楽的キーワードを上手に紡ぎあげながら、ブラームス交響曲とパーヴォ・ヤルヴィ指揮の核心に迫ろうとしています。何回読んでもうっとりします。そして、パーヴォ・ヤルヴィのコメント「ブラームスは何事も表面には出さず、隠しておくのが得意です。」(前回・記)とも響きあいます。

ブラームスの交響曲に論理とロマンが交錯しているように。聴くきっかけや聴き方も一方向ではありません。分析や評論から作品のおもしろさを追求することも(論理)、エッセイ・小説やコンサート感想などの物語性から惹かれることも(ロマン)。どちらから入っても奥深く進めば進むほど、聴いている人の論理とロマンもいつしかどちら寄りでもなく溶け合っていく。それが作品を愛おしく好きになるということなのかもしれませんね。

各声部が室内楽的な密度で対話しあうブラームス交響曲の魅力、室内オーケストラで見透しのよさをつくり、緻密さと壮大さをあわせもつ演奏。決して痩せ細ることない引き締まった筋肉質のそれは、第1楽章堂々と立つ存在感、第2楽章しなやかさで魅惑し、第3楽章軽やかなステップ、そして第4楽章の爆発力も快感です。

 

 

久石譲がブラームスについて語ったこと。

 

「ブラームスの交響曲第1番。作曲家として譜面に思いを馳せると圧倒されて、自分の曲作りが止まってしまった。20年近くかけて作られただけあって実によく練られている。あらゆるパートが基本のモチーフと関係しながら進行していくのに、そのモチーフが非常に繊細で見落としやすく、読み込むのに相当な時間を要した。バーンスタインがマーラーに取り組むと3か月間は他のことができないと言っていたそうだけど、分かる気がした。その分、強い精神力が養われたけどね。」

Info. 2010/10/13 ベストアルバム「メロディフォニー」を発売 久石譲さんに聞く より抜粋)

 

「そして家に帰ってから明け方まで、過去の作曲家の譜面を読んだり、彼らが生きた時代や本人の生活の環境、その時代の方法に対して、その作曲家がどのくらい進んでいたのか、遅れていたのか、そういうことを考えます。例に出すと、ブラームスなんかは当時の流行からすると、遅れた音楽をやっていたんです。まだベートーベンの影響を引きずっていた。ところが当時は、シューマンとかいろんな人たちが、新しい方法に入っていた。古くさい方法をとっている中で、革新的な方法をとっている人もいた。どっちが優れていたのか、というのは全然言えないんですよ。長く生き残ってきたものというのは、本物ですから。でも本人の中は、絶えず葛藤してたわけだよね。僕ら、ものを作る人間というのは、絶えずそれですから。今のこの時代で、僕が作曲家としてどういう書き方をするか、自分にとってはすごく重要なことで、そのようなことをいっぱい勉強するという感じですかね」

Blog. 「デイリースポーツオンライン」 久石譲インタビュー内容(2011年) より抜粋)

 

「この第1番の初演のとき終楽章の主題がベートーヴェンの第9交響曲〈合唱付き〉と似ているという指摘に対してブラームスは「そんなことは驢馬(ろば)にだってわかる」と言ってのけている。つまりベートーヴェンの影響下にあることは織り込み済みの上で彼にはもっと大きな自信があったのだろう。実際リストやワーグナー派が主流になった当時のロマン派的風潮の中で、ブラームスはむしろ時代と逆行して形式を重んずるバロック音楽やベートーヴェンを手本として独自な世界を作っていった。本来持つロマン的な感性と思考としての論理性の葛藤の中で、ブラームスは誰も成し得なかった独自の交響曲を創作していったのである。」

Disc. 久石譲 『JOE HISAISHI CLASSICS 2 』 CDライナーノーツ より抜粋)

 

「感情の問題は大きいです。昨夜、6月にドヴォルザークを振る予定が突然ブラームスの4番に変更になり、僕は大好きだから俄然やる気まんまんです。ブラームスは論理的なものと感覚的なもの、あるいは感情的なものが全く相容れないぐらいに並立している男なんです。頭の中ではベートーヴェン的な論理構造に憧れているのに、感性は完全にロマン主義の体質です。一人の中で激しいダイナミズムが起こり、矛盾したものがそのまま音楽に表れているからすごいんです。やはり、対立構造が人間を動かす原動力になっているんじゃないですか。」

Blog. 「新潮45 2012年6月号」久石譲 x 養老孟司 対談内容 より抜粋)

 

「やっぱりベートーヴェンは偉大ですね。あと、僕はブラームスが大好きです。ブラームスのシンフォニーは全曲振っていますが、全部良いですね。面白いし。」

Blog. 久石譲 『WORKS IV』 サウンド&レコーディング・マガジン インタビュー内容 より抜粋)

 

「さて、文学に結びつくことがトレンド(懐かしい言葉)だった時代、一方では相変わらず前の時代の方法に固執する作曲家もいた。ヨハネス・ブラームスである(他にも大勢いた)。彼は純音楽にこだわった。純音楽というのは音だけの結びつき、あるいは運動性だけで構成されている楽曲を指す。ウイスキーに例えればシングルモルトのようなもの。シングルモルトというのは一つの蒸留所で作られたモルトウイスキーの事だ。防風林も作れないほど強い風が吹く(つまり作ってもすぐ飛ばされる)、スコットランドのアイラ島で作られるラフロイグは、潮の香りがそのまま染み付いていて個性的で強くて旨い。対してブレンドウイスキーというのは香りや色や味の優れたものをミックスして作るウイスキーだが、シングルモルトほどの個性はない。」

Blog. 「クラシック プレミアム クラシック プレミアム 47 ~ハイドン~」(CDマガジン) レビュー より抜粋)

 

「クラシックを指揮する時に暗譜するくらい頭に入ってしまうと、その期間中はまったく作曲ができなくなります。絶えずクラシックの曲が頭の中に流れてしまって、その影響が何らかの形で曲作りに出てしまうのです。例えば、映画音楽を書いている最中に、一方でブラームスの曲の指揮をするという時に、ブラームスの弦の動かし方などが作っている曲の中に無意識に出たりします。「あっ、やってしまった!」というような(笑)。もちろんメロディーまで同じにはしませんが、弦の扱いなどはかなり影響を受けますね。」

Blog. 「味の手帖 2015年6月号」 久石譲 対談内容紹介 より抜粋)

 

 

久石譲がパーヴォ・ヤルヴィについて語ったこと。

 

「NHKのクラシック番組で、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、NHK交響楽団の演奏でショスタコーヴィチの交響曲第5番の演奏を聴いた。この楽曲については前にも触れているので多くは書かないが、一応形態は苦悩から歓喜、闘争から勝利という図式になっているが、裏に隠されているのはまったく逆であるというようなことを書いたと思う。パーヴォ・ヤルヴィの演奏はその線上にあるのだがもっと凄まじく、この楽曲を支配しているのは恐怖であり、表向きとは裏腹の厳しいソビエト当局に対する非難であると語っていた。第2楽章がまさにそのとおりでこんなに甘さを排除したグロテスクな操り人形が踊っているような演奏は聴いたことがなかったし、第4楽章のテンポ設定(これが重要)がおこがましいが僕の考え方と同じで、特にエンディングでは、より遅いテンポで演奏していた。だから派手ではないが深い。」

「彼はエストニア出身、小さい頃はソビエト連邦の支配下にあったこの国で育った。父親は有名な指揮者でショスタコーヴィチも訪ねてきたときに会ったくらいだから、この楽曲に対する思いは尋常ではない。明確なヴィジョンを持っている彼にNHK交響楽団もよく応え、炎が燃え上がるような演奏だった。」

Blog. 「クラシック プレミアム 38 ~ヴァイオリン・チェロ名曲集~」(CDマガジン) レビュー より抜粋)

 

♪「交響曲 第4番 変ロ長調 作品60 第4楽章 Allegro ma non troppo」
 /パーヴォ・ヤルヴィ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

「これは今もっとも僕が好きな指揮者です。今NHK交響楽団の首席指揮者でやってますね、すばらしいですね。というのは、アプローチがまずリズムをきちんと整理するところからおやりになる。非常に現代的なリズムの捉え方をされるんです。ですからこの第4番なんかは、たぶん今市販されているCD、あるいは演奏で聴けるなかでは最も速いかもしれません。ですがちゃんときちんとフレーズが作られているし、すばらしいですね。」

「すごいですね、速いですね(笑)。単に速いだけじゃなくて、ちゃんと歌ってるんですよね。ドイツ・カンマーって歴史があるオケですからほんとうまいですよね。こういう演奏を聴くと、あまり日頃クラシックを聴かれない方でも、あっ聴いてみようって思うんじゃないでしょうかね。先入観で聴かなくなっちゃってるよりは、もう「ロック・ザ・ベートーヴェン」ってナガノではそういうふうにわざと言ってるんですけどね、なんかそのくらい身近でいい、もっと気楽に聴いて楽しめる音楽ですよ、って言いたくなりますよね。」

♭第5番 第1楽章 冒頭部分 聴き比べ
・パーヴォ・ヤルヴィ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

「ずいぶん現代的になりますよね。演奏してると「タタタターン」と弦を伸ばしますね。弓を返していくか、ワン・ボウイングでひとつでいっちゃうかというのがあるわけですね。(伸ばす音符が)長い人だとひっぱれないので弓を返さないといけないんです。返すというのはアップ・ダウンで弓が行ってまた戻ってくる。だけどこのクラス、現代になると行って来いしないでいいんですね。「ダダダダーン」をワン・ボウイングでいけてしまう。わりと新しい方はみんなあまりひっぱりません。」

Blog. NHK FM 「真冬の夜の偉人たち – 久石譲の耳福解説〜ベートーベン交響曲〜-」 番組内容 より抜粋)

 

 

もうこれら久石譲が語ったブラームス、久石譲が語ったパーヴォ・ヤルヴィ、魅力を伝えるには十分だったかもしれませんね。いや、遠回りでも、たとえ周回遅れでも、視野を広げて吸収する量や質を豊かにしたい、そう思っています。

 

 

久石譲がNCOでやりたかったこと。

2013年長野市芸術館の開館(2015年)にあわせて芸術監督に就任。そして2016年久石譲の呼びかけのもと長野市芸術館を本拠地として結成された室内オーケストラ、ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)です。2年間かけてベートーヴェン交響曲全曲演奏会&CD化プロジェクト。コンセプトは「ベートーヴェンはロックだ」──”作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン” ”往年のロマンティックな表現もピリオド楽器の演奏も、ロックやポップスも経た上で、さらに先へと向かうベートーヴェン”──、貫いたコンセプトは推進力と躍動感にあふれ、回を追うごとに研ぎ澄まされていく久石譲&NCOの演奏・録音は”明快!痛快!”な表現で魅了し高い評価を得ています。

 

新時代のクラシック音楽

重厚壮大な大編成モダンオーケストラによる往年のアプローチ、当時の楽器・演奏法・小編成・楽器配置を追求したピリオドアプローチ。ベートーヴェンもブラームスも、文献やスコアの研修もすすみ演奏スタイルも昨今変化しています。(モダン=現行楽器、ピリオド=古楽器)

そして今、新時代の名盤たちは、原典研究に基づく表現スタイルを規範とし、過去の模倣ではない新時代の切り口、現代的なアプローチで挑んでいます。それは、モダンとピリオドの要素を混合させながら、どちらか一方のスタイルに固執することなく、すべての成果を踏まえ咀嚼したうえで先へと向かう、新しい世界を築き上げること。パーヴォ・ヤルヴィと久石譲の目指すアプローチは共鳴している点がたくさんあります。さらに付け加えると、久石譲指揮は、作曲家視点で譜面をとらえること、ミニマルやポップスで培われたリズムを昇華すること。

 

芸術監督

指揮はもちろんオーケストラの中長期的な活動指針やコンセプトを明確に掲げる役割もあります。オーケストラのカラーをどう打ち出すか、どのような作品を取り上げるか、それによって生まれる育つオーケストラの特色強み。パーヴォ・ヤルヴィも久石譲も芸術監督としてオーケストラメンバーと親密な信頼関係を築き、ともに学び進化し、そして拠点となる土地に音楽の豊かさをもたらす。生半可では居座れないポジションであることがわかります。

 

リハーサル・実演・録音

ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンは母体がある、ナガノ・チェンバー・オーケストラは久石譲の呼びかけのもと結集した少数精鋭。首席奏者を多数含む国内外の楽団メンバーなど若きトッププレーヤーたちが中心です。

メリットは、ゼロベースでその音楽を作りあげることができること。演奏頻度の高いベートーヴェン作品など、各オーケストラ楽団で積み重ねてきた特色やカラーといったものがあります。既存オーケストラの客演指揮者としてタクトを振るのではない、固定概念や先入観を解体した状態での集結、新しい音楽を一緒に磨きあげることができます。

デメリットは、各オーケストラ楽団に所属するトッププレーヤーたちのため、集結する頻度が限られること。コンサートツアーなど各地を巡ることは現実的に難しいかもしれません。2-3年先のコンサート・プログラムを組み立てるのは各オーケストラとも慣例、そこへのスケジュール調整は至難です。

リハーサルはNCOの場合、最低でも3日間はみっちり行われています。その場所は長野であり、実際に演奏するホールで空気や響きを確認しながら綿密に完成度を高めていくのだと思います。それでも2-3日間という期間は一般的、決して多くの時間は与えられていません。結集型オーケストラというリハーサル・実演機会に限界あるデメリットを逆手にとるように、極限の集中力と最高のパフォーマンスで完全燃焼、ライヴ音源としてリリース。

 

 

 

 

 

 

*交響曲第4番&第6番は未発売

 

久石譲がベートーヴェンについて語ったこと。

久石譲が現代的アプローチについて語ったこと。

 

4CD盤のディスコグラフィーとあわせてさらに深く紐解くことができます。

 

 

そして、FOCへ。

久石譲の長野市芸術館 芸術監督退任(2019年3月)のニュースを知ったときにはとてもショックでした。なんとか続けてほしい、なんとか本物を続けてほしい、その一心でした。誰が悪い何が悪いではなく、そこには理想と現実にうまくはしごを架けることができなかったんだろうと思っています。

 

・・・

 

「夏の音楽フェスティバルの象徴的存在であった「ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)」は来期より名称を変え、より進化した音楽を伝えるべく全国へ飛び立つ予定です。また長野の地でふたたび皆さんとお目にかかれることを楽しみにしております。 5年半の間、どうもありがとうございました。」

Info. 2019/03/29 久石譲さんよりメッセージをいただきました (長野市芸術館HPより) 抜粋)

 

・・・!?

 

そこへ飛び込んできた「久石譲コンサート2019」のひとつ、久石譲 & FOC(フューチャー・オーケストラ・クラシックス)始動!NCO(ナガノ・チェンバー・オーケストラ)のメンバーを多く含む継承結集、ベートーヴェン交響曲第5番&第7番、長野から飛び出し東京でも熱演。NCOの解体消滅は残念すぎると思っていたなか、歓喜です!

また、ベートーヴェン交響曲全集CDがFOCコンサートにあわせて発売予定とあります。NCOのライヴ録音がそろうのか(第4番&第6番 未発売)、はたまたFOC名義としてなにかある?! 楽しみは尽きません。ブラームスやシューマンも聴いてみたいですね。近現代作曲家の意欲的なプログラムもあるのかな。NCO公演と同じように、FOC公演でも久石譲作品が並列されること、レコーディングされることを心から願っています。FCOメンバーで映画・CM音楽の録音なんてこともきっとあるでしょう。夢はふくらみます。

 

 

 

ブラームスのテーマのはずが・・・

ベートーヴェン?久石譲?の巨像に押しつぶされそうになっている。

久石譲の音楽活動は、そのすべてがつながっています。それは久石譲屈指のエンターテインメントコンサート「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)」もしかり、切り離されたものではありません。よくよく耳をすませばW.D.O.2018で披露された「Links」も「DA・MA・SHI・絵」も進化したソリッドなアプローチでしたし、「Encounter」のように弦楽四重奏版から弦楽オーケストラ版へ拡大されることも、「Kiki’s Delivery Service 2018」のようなリズミックなオーケストレーションも、そのすべてはつながっています。

大きく言い切ってしまえば、いかなるコンサート企画であれ、いかなるオーケストラ共演であれ、いかなる演目であれ、そこには久石譲が今具現化したい響きが貫かれる。古典クラシックであれ現代の音楽であれ、同じアプローチで並列されるプログラム、現代的アプローチで追求される音楽たち。久石譲の多種多彩なコンサート、それは変化している進化している瞬間に立ち会えるということです。優れた芸術は常に「今」になる。

 

「久石譲 スプリングコンサート Vol.1 ~仙台フィルとともに~」では、「交響組曲 天空の城ラピュタ」「DA・MA・SHI・絵」といった久石譲作品とともに、「交響曲第1番/ブラームス」がプログラムされています。

 

もし、聴いたことがない人、せっかくだから予習したい人、どれを聴いたらいいかあてのない人。久石譲も大きな共感をよせるパーヴォ・ヤルヴィ指揮のCD盤をおすすめします。さらに当日、久石譲&仙台フィル共演のリアルな音楽を聴いて、からだで感じて、CDだけでは決して味わうことのできない迫力ある感動がきっと刻まれます。思い出と余韻を大切に記憶するように、好きな演奏CDを探しだすかもしれません。そうして、音楽はその人のなかへ深く深く染みこんでいきます。

 

 

あなたにとって「交響曲第1番/ブラームス」って?

きっとこう答えます。

” 春雷 ”

 

それではまた。

 

reverb.
ブラ1新しい出会いを求めて、終わりのない旅路です♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Overtone.第21回 「交響曲第1番/ブラームス」 ~論理とロマン I~

Posted on 2019/04/05

ふらいすとーんです。

クラシックの交響曲で一番好きなのは?

真っ先に浮かぶのは「交響曲第1番/ブラームス」かもしれません。でも、それだけで知識や音楽的キャパを測られたくないという邪念…突いて出てくるかもしれません…モーツァルト、ベートーヴェン、マーラーの云々かんぬんも好きです、と。

 

クラシック音楽にハマるきっかけになった曲は?

もし、こう聞かれたときには、それはもう迷わず「交響曲第1番/ブラームス」です!と自信をもって言いきります。僕のなかではそういう作品です。小学校・中学校の音楽授業で教科書的にふれたクラシック音楽、映画・TV・CMで使われる音楽で引っ張られるように好きになったクラシック曲。まったく違う入口、その音楽だけを聴いていいなあ、おもしろいなあ、何回も聴きたくなるほど好きになった、クラシック音楽との純粋な出逢いがこの作品です。

 

たくさんCD盤も聴きました。具体的なイメージはないんだけど自分に似合うもの求めてるものはどれだろう。わからない手探りの宝探しも、知識や先入観のない扉を開いたばかりの入口楽しくできました。例えば、棚に並んだカップメンを10個選んで、これ全部ラーメンです(結果同じです)とはなりませんよね。味も具も量もちがう。試しながら自分の好きな一品を見つけていきます。同じように、「交響曲第1番/ブラームス」のCDを10枚選んで、これ全部ブラ1です(結果同じです)とはなりません。乱暴ですか? なんかそこまでしてめんどくさいなあ…ですか? でもその好奇心の出発点は単純明快。それは、”私は《ラーメン|ブラ1》が好きだという自分を知っている”、だから無我夢中になれる、楽しく追求できる。

 

 

ベートーヴェンという巨像をまえに、構想から完成までに21年の歳月を要したブラームス最初の交響曲です。ベートーヴェンが築きあげた交響曲のスタイルを尊敬し正統的に継承したい、その思いは見事結実し「ベートーヴェンの交響曲第10番だ」と当時評判、聴衆からも絶賛で迎えられた作品です。

ベートーヴェンの《苦悩から歓喜へ》を継いだような《暗黒から光明へ》という全体を構成する側面もあり、往年の名盤たちは重厚濃厚なスタイルがスタンダード、そこに精神性と物語性を反映させてきたともいえ、それは同じく聴衆たちも望んだスタイル愛されてきた歩みでもあります。

ブラームスの愚直さ・不器用さ・優しさ・孤高さ、そんな印象を持っている僕は、ブラームス作品に内なるエネルギーの強さを感じます。重々しさのなかにある葛藤や芯の強さ、往年の名盤にも好きなものがたくさんあります。たとえば、カラヤン指揮はメリハリの効いた起承転結を構築し、ドラマティックな構成力と緊張感で聴き手を揺さぶります。おそらくかなり得意とする作品だったはず、間違いなく相性はいいと思っていたはず、そんな気がしています。

 

 

そんななか新時代の名盤として輝かしく登場したのがパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンです。室内オーケストラ、ピリオド楽器の導入やピリオド奏法の研究実践などによってスタイルの幅を広げ世界各地で活動しています。パーヴォ・ヤルヴィは2004年に第二代芸術監督として就任。

一躍注目されるきっかけになったのは6年間にわたる「ベートーヴェン・プロジェクト」、交響曲全曲を世界各地で演奏し並行してスタジオ・レコーディング。次にシューマン交響曲全集を完成させ、続いて2014年本格的に始動したブラームス・プロジェクト、ブラームス4曲の交響曲・管弦楽曲を録音する。

「ブラームス:交響曲全集&管弦楽曲集」
Vol.1 交響曲第2番、悲劇的序曲&大学祝典序曲(2016年11月発売)
Vol.2 交響曲第1番&ハイドンの主題による変奏曲(2018年4月発売)
Vol.3 交響曲第3番&第4番(2018年12月発売)
Vol.4 セレナード第1番&第2番 (発売日は未定)

 

コンサートやCD録音は聴衆や批評家から絶賛され、数々の賞を受賞しています。国内外のレコード誌でも多く取り上げられ高い評価を得ています。今最もクラシック音楽界で注目されているコンビのひとつ、それがパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンです。

この演奏を聴いて衝撃でした。新鮮な喜びです。たとえば、ペンキを太いローラーで一気塗りするような重厚さとは違い、面積の小さい筆で丹念に濃淡を浮かびあがらせる。そのくらい各楽器の音や旋律が見透しよく描かれ聴こえてきます。作品の魅力や感想をとくとく書くよりも、以下、パーヴォ・ヤルヴィさんのコメントと、専門家による評をご紹介します。新しい魅力と出会えたことに心から喜びうっとり聴いています。

 

 

パーヴォ・ヤルヴィ:
ブラームス時代のオーケストラは40人程度だったことが分かっています。作品によっては大きな編成で演奏できるものもありますし、私自身も巨匠たちの叙事詩的な解釈で育ちましたが、実はこのくらいの小さな編成の方が内声がよく聴こえますし、親密な瞬間を生み出すことができればより作品の本質に近づくのだ、と思うようになりました。ブラームスのDNAは室内楽にあるのです。

(CD帯より)

 

パーヴォ・ヤルヴィ:
ブラームスの作品にはいくつもの要素が絡み合っています。一つは音楽の構成感。そして作品のエモーショナルな側面。私にとっては、このエモーショナルな側面がより難しいのです。ブラームスの音楽はとても論理的で、完璧に整えられているわけですが、論理だけでは交響曲は作れませんし、演奏もよくはならない。演奏者はそこに一つのストーリーを見つけ、それを語る方法を見出さねばなりません。ブラームスは何事も表面には出さず、隠しておくのが得意です。

そしていつも畏敬の念を感じます。「これがブラームスだ。楽譜に書かれたものを尊重し、その通りに演奏しよう」とね。一方で、ブラームスは演奏者側に自由や主観的な解釈を期待する作曲家でもありました。ですから、この二つの点で正しくバランスを取るのが非常に難しいのです。バランスを崩すと途端にアカデミックで杓子定規的な音楽に聞こえてしまったり、あるいは逆に構成感のない音楽になってしまったりする。細部の彫啄は重要なのですが、音楽のより大きなイメージを描くことも同じくらい重要なのです。完璧を期すことと同じくらい、表現も重要なのです。

さらにこれまでの演奏の伝統があります。あらゆる音楽家は、今自分たちがやろうとしているのとは異なるスタイルで演奏されてきたブラームスの音楽に馴染んでいます。自分の中に蓄積したものを振り払うのはなかなか簡単にはいきません。

(CDライナノーツより)

 

 

次に、クラシック音楽誌「レコード芸術」より専門家による鋭い解説をご紹介します。流し読むと雲をつかむような感じになってしまいます。先にポイントを。

 

  • ブラームス当時の室内オーケストラ編成(54名)
  • ブラームス作曲時想定した楽器配置(古典配置・対向配置)
  • ピリオドアプローチの延長線(HIP)
  • 歴史的な演奏法や楽器を取り入れる(HIP)
  • スコアは新校訂版
  • 指揮者とメンバーが一緒にワークショップ
  • 多くの実演とリハーサル経てセッション録音

 

 

 

先取り!最新盤レビュー

名曲の徹底的な洗い直し
瞠目の響きが随所に

パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルのブラームス・プロジェクト第2弾
ブラームス:交響曲第1番&ハイドンの主題による変奏曲

指揮者と団員が一緒に学びディスカッション

パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(以下DKPB)による「ブラームス・プロジェクト」の第2弾。2016年11月にリリースされた第1弾は、交響曲第2番と《悲劇的序曲》&《大学祝典序曲》の2つの序曲であったが、今回の収録曲は交響曲第1番と《ハイドンの主題による変奏曲》である。

パーヴォとDKPBは、これまで、ベートーヴェンとシューマンの交響曲全集を完成させており、いずれも新時代の名盤に相応しい内容を持ち、多くのリスナーから高い評価を得てきた。彼らの演奏は、ナチュラルトランペットの使用や慣習に囚われないテンポの採用など、いわゆる「ピリオドアプローチ」に分類されるものであるが、とりあえずヴィブラートをやめて古楽器による演奏を上部だけ模倣しただけの「なんちゃってピリオドアプローチ」とは一線を画す自然さと説得力を持ち合わせている。

この成功の背景には、DKPB独自の楽曲に対するアプローチ法がある。同団首席ファゴット奏者の小山莉絵さんによると、彼らは、プロジェクトの曲目が決定すると、その作品の演奏スタイルに詳しい研究者を招いて、パーヴォも含めたメンバー全員で講義を受けるのだという。その後、互いにディスカッションしながらパート練習から組み上げて行くのだそうだ。

 

慣習を廃した快速テンポもロマンティシズムに不足なし

今回の「ブラームス・プロジェクト」でも、ヘンレ版を校訂したロバート・パスコールを招いてスコアの細部まで研究したり、ロマン派の演奏法やスタイルを全員が学んだという。その結果、徹底的に慣習を廃した演奏が展開されており、第1楽章の冒頭もかなり速いテンポでサクサクと前進する(6/8拍子アレグロの主部に対する序奏なので、6つ振りでゆっくりとカウントすると遅くなり過ぎてしまう)。

しかし、パーヴォとDKPBは、インテンポの範囲内で大事なフレーズを歌うロマン派時代の手法を巧みに採用しているので、テンポが速くてもこの作品が持つロマンティシズムを存分に味わうことが可能なのだ。さらに、オーケストラの人数を、交響曲第1番では54名(カールスルーエの初演は47名だった)と絞っていることも、弱奏時に於ける室内楽的な表現の助けになっているように思う。

たとえば、《ハイドンの主題による変奏曲》の第7変奏でフルート独奏と共に弾くヴィオラが、駒の近くで弾くことによって、まるでミュートを付けたトランペットのような音色で聴こえてくるなど、音色のパレットを巧みに利用している点も心憎い。

強奏時でも、大編成のオーケストラのような音の厚みが加わるのではなく、室内楽的なクリアさを保ったまま、筋肉質の締まった音がするのもこの演奏の魅力である(ティンパニの鳴り切った音も迫って来るものがある)。

パーヴォとDKPBは、過去の演奏習慣を自分たちで咀嚼し表現手段として取り入れることによって、ブラームスの音楽が持つ「古典的な形式美」と「叙情的なロマンティシズム」といった相反する要素の両立に見事に成功したと言っても過言ではないかもしれない。

佐伯茂樹

(レコード芸術 2018年5月号 Vol.67 No.812より)

 

 

 

 

新譜月評

THE RECORD GEIJUTSU 準特選盤
ブラームス:交響曲第1番・ハイドンの主題による変奏曲 /パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

 

準 金子建志
ブラームスを中編成でという試みや、古楽器での録音が複数存在している現在、当盤に「一番槍」的な意義はない。近いのは、ロンドンの古楽器オーケストラで全曲録音を終えたノリントンが、シュトゥットガルト放送響で挑んだ再録音盤。第1番のスコア自体が、すでに、過去のどの時代にも当てはまらない擬態的な試みなので、ノリントンの再録音をさらにスリム化すると、より筋肉質で引き締まった音像が誕生する。ただし実演では、オーケストラの技量不足と楽器間のバランスの問題が解消されてはいなかったので、交響曲を室内楽化した録音上のハイブリッド版アンドロイドと割り切って楽しむのが賢明だろう。第1楽章の冒頭が象徴しているようにテンポ設定は速めだが、曲想変化の激しい第4楽章の序奏部を聴くとアウフタクトは適度に延ばされ、機械的な固さはない。ノン・ヴィブラートの硬質感や、剃刀のように鋭く切迫するピッツィカートは聴きものだ。第1主題を歌い出す前のリテヌートは自然だが、主部に入ってからは古典派的にテンポを固定し、94小節のアニマート [6分01秒~] もヴァントのように急加速はしない。微妙なのは [11分12秒~] のホルン、コーダのコラール [15分40秒~] のトランペットが慣習的な編曲を採用しているようにも聞こえること。部分的にアレンジを採用するP・ヤルヴィなら不思議ではない。《ハイドン変奏曲》のほうが室内楽的機敏さのメリットを堪能できる。

 

推薦 満津岡信育
ブラームスの4曲の交響曲のうち、とりわけ第1番は重厚な響きの演奏が好まれるのではないだろうか? 当ディスク所収の第1番の演奏者は、54名(第1ヴァイオリンは10名)である。P・ヤルヴィは第1楽章序奏から速めのテンポ設定を採り、硬めの撥で打ち出されるティンパニの音をはじめ、引き締まったサウンドを形づくっている。そして、ブラームスの堅固な構造を把握して、スコアの各音符をしっかりと打ち出すことに成功している。弱奏時にも表現が痩せ細ることはなく、トゥッティによる強奏時にも、室内楽的な明瞭さが確保される点も好ましい。また、弦楽セクションが小編成であるため、分厚い響きによる暗鬱さが排されるのと同時に、コントラファゴットやトロンボーンが加わる際に、オーケストラの色合いが、よりはっきりと切り替わる点も大きな特徴になっている。テンポを恣意的に揺らすことなく、音価やフレージングに留意して歌い抜くことによって、ブラームスのエモーショナルな側面をあぶり出すことにも成功している。ヴァイオリンを両翼に、コントラバスを舞台下手奥に配した古典配置も効果的であり、テンポがドラマティックに動く終楽章においても、叙情的な味わいと古典的な構造美を両立させて、大言壮語することなく、音楽の流れを豊かに息づかせている。終結部も十分にエキサイティングだ。《ハイドンの主題による変奏曲》も、随所にフレッシュな響きがみなぎっている。

 

[録音評] 石田善之
交響曲は2016年3月、ヴィースバーデンのクアハウス、変奏曲は2017年1月、ベルリンのフランクハウスでの収録で響きに若干に違いを感じさせるが、いずれも非常に明瞭明快。繊細な部分の表現を漏らさず聴かせる。交響曲は中低域から低域の響きにあまり厚みを感じさせることなくやや淡白だが、それがより明快さにつながり、奥行きや距離も感じさせる。変奏曲は響きが厚く空気感は豊かになりサラウンドはより豊かで臨場感につながるようだ。CDとSACDに極端な違いはなく、広がりと奥行きが味わえる。

(レコード芸術 2018年6月号 Vol.67 No.813より)

 

 

 

少し評論家による筆から補足をすると、スコアは新しい解釈のものを採用していることもあり、他との比較がしにくいこと。でもこれ、あくまで専門的には、です。実演については東京でも2014年に交響曲全曲演奏会「ブラームス・シンフォニック・クロノロジー」が4夜にわたって開催されています。多くの実演・ディスカッション・実践を経て、2016年にセッション録音されたのがこのCD盤です。

パーヴォ・ヤルヴィは2015年にNHK交響楽団の初代首席指揮者就任、今年で4年目のシーズンを迎えます。今いちばん日本でも聴けるチャンスです。NHK交響楽団とのコンビはTV放送聴ける機会にも恵まれます。このチャンスを逃さずにコンサートで体感したい指揮者です。

 

 

ブラームス自身の論理とロマン、古典派を継ぐ意志をもちながらロマン派に属する時代、作品に反映された古典的な形式美と叙情的なロマンティシズムの二面性、パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルの目指した論理とロマンの両立。いくつもの”論理とロマン”が交錯するおもしろさがあります。

そして、久石譲がブラームスについて語ったこと、久石譲がパーヴォ・ヤルヴィについて語ったこと。次回はこのあたりを紐解きながら、久石譲のひとつの活動へとつながっていきます。

それではまた。

 

reverb.
「SWITCHインタビュー 達人達 ~パーヴォ・ヤルヴィ×かの香織」(NHK Eテレ 4月6日 22:00~)出演します。楽しみです。

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第20回 なぜ『交響組曲 もののけ姫』(2016) はリリースされないのか?

Posted on 2018/10/15

ふらいすとーんです。

そわそわザワザワしそうなお題です。

なぜ『Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE / 交響組曲 もののけ姫』(2016・世界初演)はリリースされないのか? スタジオジブリ作品の音楽を手がけてきた久石譲が、自ら交響作品化するプロジェクトを始動したのが2015年。第1弾『Symphonic Poem NAUSICCÄ 2015 / 交響詩 風の谷のナウシカ 2015』は同年W.D.O.2015コンサート世界初演、翌年Live盤CDリリースされました。順当にいけば『交響組曲 もののけ姫』もこの流れをとると思われていたなか、、、飛び越えて第3弾『Symphonic Suite “Castle in the Sky” / 交響組曲 天空の城ラピュタ』がW.D.O.2017世界初演、2018年の今年新たにレコーディング音源としてCDリリースされました。『交響組曲 もののけ姫』はW.D.O.2016世界初演で止まっている。

ここに導き出すのはひとつの回答です。正解か不正解かと言われると困ってしまいます。だから僕の回答を押しつけもしませんし、あるいは遠慮もしません。言い逃げではいけない、きちんと向き合って思い考え巡らせています。あぁ、そういう見方もあるかもね、いや違うんじゃない。最終的には、あなたの回答を導き出すきっかけ材料にしてもらえたらうれしいです。

 

 

バッハの「マタイ受難曲」を聴いてみたいと思いながらずっと素通りしていました。約3時間もある、これはなかなか根気がいるというのが理由です。深掘りはできないけれど、まずは一旦通して聴いてみようよ、やっと手をのばしました。

厳かな世界だなあ、すると、どこかで聴いたことあるフレーズが流れてくる。あれ、これ何だったかなあ、疑問をすえおき聴き進める、また同じフレーズが登場する。合唱による美しい旋律、合わせて鼻歌で歌いながら記憶をめぐらせる。

久石さんの作品にあったよね!

『THE EAST LAND SYMPHONY』「5. The Prayer」です。えっ、旋律そのままだけど!?なんで?!……待てよ、そういえばバッハが云々あったかも。CDライナーノーツを取り出します。

 

「5.The Prayer」は今の自分が最も納得する曲です。ここのところチャレンジしている方法だいうことです。最小限の音で構成され、シンプルでありながら論理的であり、しかもその論理臭さが少しも感じられない曲。すべての作曲家の理想でもあります。もちろん僕ができたということではありません。まあ宇宙の果てまで行かないと実現できそうもないことなのですが、志は高く持ちたいと思っています。ソプラノで歌われる言葉はラテン語の言諺から選んでいます。もちろん表現したかったこと(それは言わずもがな)に沿った言葉、あるいは感じさせる言葉を選んでいます。後半に現れるコラールはバッハ作曲の「マタイ受難曲第62番」からの引用です。このシンフォニーを書こうと考えたときから通奏低音のように頭の中で流れていました。

久石譲

(CDライナーノーツより抜粋)

 

ちゃんと書いてあります「後半に現れるコラールはバッハ作曲の「マタイ受難曲第62番」からの引用です」と。僕はこれ、てっきり歌詞や言葉を引用したんだろうと勘違いしていたんですね。だからこの時「マタイ受難曲」原曲を確認しようとすることを怠った、反省。

 

from Youtube

 

この旋律を聴いて「5.The Prayer」の間奏部だとすぐにつながった人は『THE EAST LAND SYMPHONY』をよく聴いていますね。曲全体のソプラノによる歌唱パートは久石譲作によるもの、後半に1度だけ顔をのぞかせるオーケストラパートが「マタイ受難曲 第62番」からの引用です。

このコラールの旋律は第15番・第17番・第54番・第62番に登場します。そして「マタイ受難曲」では合唱編成でしか奏でられません。器楽のみ演奏はない。約3時間がんばった甲斐ありました!? 原曲の雰囲気と全体像を知って聴き比べる。久石さんは器楽パートとして切り換え引用した。そして自ら書き下ろした旋律との融合が見事としか言いようがないことに気づきます。つながりもスムーズで違和感ないし、引用することで共鳴したり広く深くなる世界観。同じコラール旋律なのに、あえて第62番からの引用と言ったのか…第15番などじゃダメだったのか…それは「マタイ受難曲」の音楽作品を深く紐解くとストーリーとしての位置づけと重なるのかもしれません。僕の手には負えないので、タイトルだけ書き留めておきます。

第15番  コラール「われを知り給え、わが守り手よ」(合唱)
第17番  コラール「われはここなる汝の身許に留まらん」(合唱)
第54番  コラール「おお、血と涙にまみれし御頭」
第62番  コラール「いつの日かわれ去り逝くとき」(合唱)

 

 

もののけ姫は?

忘れていません。

「5.The Prayer」を聴きながら、ずっと不思議だったんです。どうして曲が終わって観客の拍手が入ってるんだろう? 音楽作品としてならあの静謐な終結部、音がゆっくり消えていき静寂の余韻にひたりたいところに拍手が入ってくる。否応なく現実に引き戻される。あえてそうしたのはなぜ??

僕はこれを”あえて”と思っています。あの拍手を聴くたびに「これはLive盤だからね」「きちんとした完成版・レコーディング版じゃないからね」というサインのように聞こえます。近年の久石譲Live盤はW.D.O.を筆頭にまるでセッション・レコーディングしたかのようなハイクオリティ録音です。オーケストラの各楽器に配置された集音マイクはおそらく計40本以上。それらをステージに設置してのコンサート演奏とホール空気ごと封じ込めた音源化。指揮者や奏者の呼吸や足音、譜めくりの音も観客の咳払いも一切の会場音を排除できている。Live盤であることを銘打たないとわからないほどです。だからリリース時Live盤のときはきちんとそう告知されていますし、逆に告知されていなくて実はLive盤だったというようなことは、ないように思います。いろいろ危惧される諸事情ふくめて。

それはさておき、ここで一番大事なことは、久石譲オリジナル作品に声によるソリストを迎え入れた作品がかつてなかった、ということです。合唱を除くヴォーカルをフィーチャーしたもの。久石譲作品に見合う声なのか?久石譲が求める声質や歌唱なのか? 合唱と異なり声が大きなカラーとなってしまう扱い方には、作品の世界観にも大きな影響を及ぼします。まだめぐり逢えていないのか、答えが出ていないのか、とても慎重に熟考しているような気がします。

結論。

だから『THE EAST LAND SYMPHONY』はLive盤だった。「コンサートで世界初演したものを音源化しました。今回はこうなりました。」それがあの拍手のように思えてなりません。はっきり言えば「この時の演奏においては」という枕詞的サインです。ハイクオリティ録音でやもすると完全なるレコーディング版と思う人もいる。パフォーマンスのクオリティに納得していないわけではなく、コンサート・ソリストに納得していないわけでもなく、あくまでもレコーディング完結としたときのソリスト選定、現在進行系・吟味中の作品であること、めでたく結実しましたとはまだ言えない。そんな気がしています。

作品を生みおとす通過点のひとつとしてLive盤として音源化はしてくれた。映画音楽やCM音楽で起用するヴォーカルとは違います。映画の世界観に合う声として選ばれた場合は、当たり前に堂々とレコーディングできます。それだけに久石譲オリジナル作品として”声”を扱うというのは、とても神経を尖らせるデリケートなこと。かつ、そのリスクを背負ってでも、この作品は「3. Tokyo Dance」ふくめ言葉による世界観の構築とソプラノ歌唱による表現が必要だった。そんな新しい挑戦と覚悟が見え隠れする渾身の大作です。

 

 

順ぐりやっと「もののけ姫」です。

もうなんとなく僕の言いたいことは察しがつきますか。さて、散らかした考えをどうする…Q&Aでいきます。Q&Aはどちらも自問自答です。

 

 

Q.なぜ『交響組曲 もののけ姫』はリリースされないんですか?

A.「もののけ姫」「アシタカとサン」がソプラノ歌唱で構成されています。これを誰に歌ってもらうか、どんな声を求めているのか、ポイントになっているように思います。

 

Q.過去にもCD化されてますよね?

A.『交響組曲 もののけ姫』(1998)はチェコフィルハーモニー管弦楽団と共演した作品。プラハでレコーディングされました。全八章に及ぶ壮大な組曲は主題歌「もののけ姫」含むすべてインストゥルメンタル版です。『WORKS II』(1999)はここから4曲をセレクト忠実に再現したLive盤です。『真夏の夜の悪夢』(2006)はさらに3楽曲に絞り込み再構成した約8分半の作品。主題歌「もののけ姫」はヴァイオリンをフィーチャーしています。一夜限りのW.D.O.コンサートを収録したLive盤です。

 

Q.「もののけ姫」ヴォーカル版もありますよね?

A.『久石譲 in 武道館』(2008)は久石譲ジブリコンサートとしてDVD人気定着しています。このスペシャルコンサートは映画『崖の上のポニョ』公開年、映画オープニング「海のおかあさん」を歌った林正子さんが「もののけ姫」もコンサート歌唱しました。一期一会のコラボレーションです。「アシタカとサン」も新たに歌詞がつけられコーラス編成で披露されました。

A.『The Best of Cinema Music』(2011)は東日本大震災チャリティコンサートを収録したLive盤です。「アシタカせっ記」「TA・TA・RI・GAMI」も合唱あり再構成した武道館ヴァージョンが継承されています。「もののけ姫」は武道館にひきつづき林正子さんによるソプラノ歌唱(英語詞)でした。

 

Q.『交響組曲 もののけ姫』(2016)は?

A.こんがらがってきます。2016年版の音楽構成は最後を見てください。「もののけ姫」「アシタカとサン」がソプラノ歌唱されています。深掘りすると「アシタカとサン」はソプラノを迎え入れるタイミングで転調しました。「World Dreams」コーラス版と同じように。ソプラノのために必要だったと思うのですが、個人的には転調しないコーラス版と同じ構成がよかった、「アシタカとサン」はオリジナルキーで通してほしいと当時ひっそりメモしています。

A.『THE EAST LAND SYMPHONY』と同時初演された『交響組曲 もののけ姫』。考え方によっては、『THE EAST LAND SYMPHONY』でのソプラノ編成が主軸にあって、『交響組曲 もののけ姫』はその編成を活かした。合唱編成のないコンサートで「アシタカとサン」はどう披露できるか?となった。そんな見方もできますね、できませんか…?

A.「もののけ姫」「アシタカとサン」ふたつの楽曲は、歌と言葉による精神性、世界観を表現する重要な核になっているとも言えます。だからこそ誰が歌うか、どう表現するか、独唱なのか合唱なのか、はたまたオーケストラのみで築きあげるのか…。悩ましい。

 

Q.『交響詩 風の谷のナウシカ 2015』はCD化されています。

A.『The End of the World』(2016)にLive収録されています。『WORKS・I』(1997)から大きく進化した完全版です。独唱はありませんがコーラスが作品全体とおして大きな役割を担っています。「遠い日々」は合唱版になっていますが、理想は独唱+合唱という推察もできます。そこにはナウシカが歌っているという世界観。『風の谷のナウシカ サウンドトラック』(1984)版は麻衣、『WORKS・I』版はボーイ・ソプラノ、そしてジブリコンサートも多彩なヴォーカリストです。

 

Q.『The End of the World for Vocalists and Orchestra』も同アルバム収録です。

A.『Minima_Rhythm』(2009)から進化した久石譲オリジナル作品です。追加楽章となった「III. D.e.a.d」「久石譲編:The End of the World (Vocal Number)」はカウンター・テノールによる歌唱です。そしていみじくもこの作品もLive音源収録です。そこには、作品として現在進行系な何かが潜んでいるのか、声によるものなのか、久石譲作ではないスタンダードナンバーを組み込んでいるからなのか…。『Another Piano Stories ~The End of the World~』(2009)でもレコーディングされたこの曲、そこで歌っているのは久石譲本人です。

 

Q.『THE EAST LAND SYMPHONY』ちょっとうがった見方じゃないですか? Live盤にはよくある拍手です。

A.そこに戻るんですね。ラストを飾る曲が「Kids Return」「Madness」「Asian Dream Song」のような作品であれば、観客の高揚感と会場の臨場感を拍手まで完全収録して-完-、と素直に思ったかもしれません。「5.The Prayer」だったからこそ、ちょっと待てよと考えめぐらせるきっかけになっています。

A.『The End of the World for Vocalists and Orchestra』には拍手入っていません。辻褄はあいません。がんばって言うと、DISC1に収録されています。DISC1が終わってそこに拍手を入れるのか、そうするとDISC2にも入れるのか…。いろいろな考え方はありますね。

A.ヴォーカル・ソリストをフィーチャーした『The End of the World for Vocalists and Orchestra』『THE EAST LAND SYMPHONY』はLive音源になっている。『TRI-AD for Large Orchestra』『ASIAN SYMPHONY』はセッション・レコーディング収録されている。これは偶然…?!

A.『Minima_Rhythm III ミニマリズム 3』(2017)に収録された『TRI-AD for Large Orchestra』と『THE EAST LAND SYMPHONY』。ひとつのCDアルバムにレコーディング音源とライヴ音源が並列している。一般的にあまりないように思います。考察をめぐらせる価値は十分にある提示だと思います。

 

Q.都合のいいものだけ並べて言ってませんか?!

A.すべての作品を洗い出しても整合性はとれません。発表当時の時代や作品コンセプトも影響します。無理やり辻褄合わせをしようとも思っていません。ここでフォーカスしているのは、久石譲オリジナル作品/スタジオジブリ交響組曲、このふたつの大きな柱でプログラムされるようになる、世界初演に恵まれる作品も多いW.D.O.コンサート、「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2015」を起点にしています。

 

Q.久石さんを袋小路にしたいんですか?!

A.とんでもないです!むしろ逆です。思い考え巡らせることで、いまだ『交響組曲 もののけ姫』がリリースされていないこと何か理由があると考えたい。正解や理由が知りたいというよりも、そこには気分や気まぐれでリリーススケジュールを決めているわけじゃない、忘れているわけじゃない、タイミングを失ってるわけじゃない(言いたい放題 失礼しました)、そう思えるなにかを自分のなかで考えてみたい。近年の作品に対する信念やどう音源化できるかの指針が”リリースするかたち”として現れているように思っています。ひとつのものさしです。

 

Q.『交響組曲 もののけ姫』もLive盤としてリリースしたら?

A.久石譲オリジナル作品なら「今回はコンサートで披露してこうなったよ」で通過点にできるかもしれません。その先にある新たな進化やレコーディングもふくめて。一方ジブリ交響作品化として始動したものを「今回はこのバージョンね」と幾度リリースすること、いくつもの盤を並列させてしまうというのはちょっと考えにくいかなあと思っています。(ファンとしてはうれしいですよ!)

 

Q.だから慎重を期してTV放送もされていない?

A.TV放送だけしてCD音源化は見送る方法もありますね。TV放送もCD音源化もしない方法もありますね、今の時点では世の中にいかなるかたちでも出さないと。コンサートにはステージ集音マイクはもちろん収録カメラも入っていたはずです。『THE EAST LAND SYMPHONY』はCD化された。そういえばW.D.O.2016はABプロでソリスト違います。カメラが入った会場はどこだったのか(把握していません)、TV放送とCD音源でソリスト違いとなるのは混乱する…この先は推して測るべし。

A.とにもかくにも、コンサートTV放送だ!コンサートCD化だ!と当たり前の恩恵のように思ったらいけないですね。そこへたどり着くまでにどれほどの検討と葛藤と苦悩があるのか。考えめぐらせながら改心しながら。

 

Q.ほかにもリリースしない理由はあるのでは?

A.コンサート収録がうまくいかなかった。コンサートパフォーマンスに納得していない。組曲化の構成やオーケストレーションに納得していない。レコーディングスケジュールが組めない。……いろいろあるかもしれません。ほかにも到底考えが及ばないこともきっとある。でも、ここに書いた4つの理由はないかなと思っています。なぜ?と聞かれても困ってしまいます、なんとなく、いや直感です。

 

Q.これからの交響組曲化シリーズは?

A.『交響組曲 天空の城ラピュタ』はオーケストラ編成でした。そして注目すべきは『交響組曲 千と千尋の神隠し』もすべてオーケストラによるものでした。この音楽構成の意味するところは大きいと思っています。「あの夏へ」「ふたたび」ヴォーカル版も人気高いなか、武道館・世界ツアーでも展開中のジブリコンサート版とは線を引いた。開催地の多彩なヴォーカル・コラボレーションで華やかになる歌曲たちと、完全版として君臨することを目論む交響組曲化プロジェクト。今後『交響組曲 もののけ姫』が編成を変えて再演されるのか、また『崖の上のポニョ』(海のおかあさん/vo)や『となりのトトロ』といった作品がどんな交響組曲になるのか、ひとつの指標になると思っています。

 

Q.じゃあ結局どうしろと言いたいんですか?

A.『交響組曲 もののけ姫』(2016年版)をLive盤としてリリースしてほしい。そこに説明はいらない。ファンなら誰しも聴きたい!また聴きたい!早く聴きたい!

A.『交響組曲 もののけ姫』(1998年版)のように全編オーケストラのみインストゥルメンタル版。この場合、「もののけ姫」でヴァイオリン(コンサートマスター)&ピアノ(久石譲)が聴けたり、「アシタカとサン」も久石譲ピアノがたっぷり聴ける。ジブリコンサート版と線を引いて、『交響組曲 千と千尋の神隠し』と同じようにふたつのバージョンを楽しむことができる。かつ、2016年版は「旅立ち」「コダマ達」も追加されている。早く聴きたい!

A.「もののけ姫」(vo)、「アシタカとサン」(vocal or chorus)版。映画『もののけ姫』の精神性や世界観を表現できる歌い手さんにめぐり逢えますように。それは日本人じゃなくてもいいかもしれませんね。「Stand Alone」(坂の上の雲)もサラ・ブライトマンさんが歌うからこそ先入観なく入ってくる歌声、イメージ広がる世界観になった強みもあります。

A.たとえば、世界ツアーのジブリコンサート。各開催地で多彩なソプラノ歌手やヴォーカリストが華をそえています。これがソリストを射止めるオーディションだったとしたら?!世界各国を巡るなかコラボレーションするなかで、この人だっ!という歌い手さんにめぐり逢えたら?!妄想もここまでくると…。内心、半分真面目に本気です。

A.多彩なヴォーカル版がCDになってもいいと思うんです。テーマを根底から覆すつもりはないです。言いたいのはベストヴォイスを聴く人に委ねてもいいんじゃないかということ。もし仮に主題歌や歌手の扱いがネックになっていたとして、それゆえリリースされないというのはあまりにももったいない。スタジオジブリ作品、宮崎駿監督作品という大きく揺るぎない世界観があるからこそ、聴き手を少し信じて委ねてくれるならうれしく思います。早く聴きたい!

 

Q.あなたの言ってることは本当に信憑性あるんですか?

A.わかりません。わかりませんが、全力考察しました。意外にその答えは。世界初演されたその時すでに布石を打たれていたのかもしれません。

 

本日世界初演される「Symphonic Suite PRINCESS MONONOKE」は、昨年初演された「Symphonic Poem NAUSICCÄ 2015」に続き、宮崎監督作品の音楽を交響組曲化していくプロジェクトの第2弾。楽曲構成は次の通り。まず、アシタカが登場するオープニング場面の「アシタカせっ記」。アシタカがタタリ神と死闘を繰り広げる場面の「TA・TA・RI・GAMI」。大カモシカのヤックルに跨ったアシタカが、エミシの村から西の地に向かう場面の「旅立ち」(ここで「もののけ姫」のメロディーが初めて登場する)。負傷した村人を背負って森の中を進むアシタカが、森の精霊コダマと遭遇する場面の「コダマ達」。傷ついたアシタカを森のシシ神に癒やしてもらうため、サンがアシタカをシシ神のもとに連れて行く場面の「シシ神の森」。サンの介抱によって体力を回復したアシタカが、人間と森の共生をめぐり、犬神のモロの君と諍う場面で流れる主題歌「もののけ姫」(本日は、ソプラノ歌手によって歌われる)。エボシ御前とサンの争いを仲裁したアシタカが、自ら負った瀕死の重症を顧みず、サンを背負って森に向かう場面の「レクイエム」。そして、久石のピアノ・ソロが登場する「アシタカとサン」は、シシ神の消えた森に緑がよみがえり、アシタカとサンが互いの世界で生きていくことを誓い合うラストの音楽である。

(楽曲解説:前島秀国 ~「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2016」コンサート・パンフレットより)

 

それではまた。

 

 

reverb.
『交響組曲 千と千尋の神隠し』は今年TV放送あるのかなあ、情報を待ちわびる日々。ちっとも改心していない。(^^;) ☆彡

 

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Overtone.第19回 「インストゥルメンタル・カラーズ ~荒川洋フルート作品集~」 ~夢をかなえる人へ~

Posted on 2018/09/15

ふらいすとーんです。

音楽は音楽をつないでくれる。

フルートにスポットをあてて数珠つなぎです。

 

つながった流れをまとめると、ファンサイト・ツイッターを始める→W.D.O.2018コンサート関連ツイートを楽しむ→荒川洋(フルート)さんとつながる→荒川洋さんのCD作品があること知る→CDを買う→いろいろなことを発見して驚愕! これが結論です。

シンプルな流れ、そんなこともあるだろうという感じですが、これがすごかった。最終的には”久石譲” ”荒川洋” というキーワードで縦横無尽に飛び交い、Back to the Future こんなにも音楽でつながってたんだ!と広いOvertoneになります。先に流れを書いたのは、このとおりに話を進めたら脱線・枝葉、大変なことになる。気持ちを落ち着かせていきましょう。

🎼 CD紹介
🎼 久石譲へ贈る「夢をかなえる人へ」
🎼 プロフィール紹介
🎼 荒川洋参加 久石譲CD作品「Winter Garden」「花戦さ」
🎼 荒川洋参加 久石譲コンサート「WDO」「NCO」
🎼 荒川洋参加 久石譲CM音楽「Oriental Wind 2018」

 

 

久石譲ファンつながり、ツイッターつながりで知ることができた荒川洋さんのCD作品です。魅力的なコメントだったのもあって俄然興味、好奇心は止められない、すぐにCDを買いました。

『インストゥルメンタル・カラーズ ~荒川洋フルート作品集~』、CD帯には新日フィル首席 荒川洋が描く自作自演集とあります。作曲家の宮川彬良さんが「切なくなるほど純粋なテクニシャン」というコメントを寄せています。そしてライナーノーツには荒川洋自身による曲目解説が掲載されています。それぞれ曲のカラーを届けてくれてイメージを豊かにふくらませてくれます。

フルートとピアノ、フルートとギター、フルートとヴィオラ、フルートとチェロとピアノ、フルート四重奏というように、デュオや室内楽編成となってます。フルートが主役、曲想を活かした楽器とのアンサンブル、それぞれの楽器の音色が心地よいです。とても上品で身近に感じる、楽しいひとときを演出してくれる音楽たち。休日にとっておきのコーヒーと本を読みながら至福の時間、旅のおともにもいいですね。爽やかで風が吹いて、カラフルなんだけれど透明感いっぱいで、軽快なんだけれどちょっぴりノスタルジックで。そう、とっても情景的な音楽がつまっています。

 

 

曲名を見ただけでも聴いてみたくなりますね。曲ごとに感想を綴りたいところですが、荒川洋さんよる曲目解説をすべて紹介したいところですが、、ぐっとこらえて。朝珈琲を飲んで良い一日のおまじない「2. ル・カフェ・ドゥ・マタン」、フルート・カルテットのハーモニーと技巧が堪能できる「3-5. インストゥルメンタル・カラーズ I」、港とコンサートホールという文化が交流する場のイメージを重ねた「6. トリオ第2番 <港にて>」、花火大会鑑賞ディナーコンサートのために書き下ろし好きな花火を題材に描いた「8-10. 花火鑑賞のための小さなデュエット」などなど。

いつもはオーケストラのなかでフルートらしい音域で大活躍する楽器ですが、CDでは低音から高音まで豊かで広がりのある音色、テクニックさえ優雅に流れていく極上の調べ。聴いている時間が場所がパッと明るくなる、とっておきの一枚です。

 

 

インストゥルメンタル・カラーズ ~荒川洋フルート作品集~ (2011)

INSTRUMENTAL COROS
HIROSHI ARAKAWA plays HIROSHI ARAKAWA

1. 夢をかなえる人へ ~フルートとピアノのための~ 作品70
2. ル・カフェ・ドゥ・マタン ~フルートとギター(ピアノ)のための~ 作品18
3. インストゥルメンタル・カラーズ I ~4本のフルートのための~ 作品68 1楽章:Allegro
4. インストゥルメンタル・カラーズ I ~4本のフルートのための~ 作品68 2楽章:Moderato
5. インストゥルメンタル・カラーズ I ~4本のフルートのための~ 作品68 3楽章:Presto
6. トリオ第2番 <港にて> ~フルートとチェロ、チェンバロ(ピアノ)のための~ 作品62
7. 友人からの手紙 ~フルートとギターのための~ 作品65
8. 花火鑑賞のための小さなデュエット ~フルートとヴィオラのための~ 作品67 1楽章:菊先 | Kikusaki Allegro
9. 花火鑑賞のための小さなデュエット ~フルートとヴィオラのための~ 作品67 2楽章:銀冠 | Ginkamuro Moderato
10. 花火鑑賞のための小さなデュエット ~フルートとヴィオラのための~ 作品67 3楽章:千輪 | Senrin Vivace
11. 森を抜けて ~フルートとヴィオラとピアノ(オリジナル:ギター)のための~ 作品54
12. 霧の中で ~フルートとギターのための~ 作品21
13. いつか見た青い空に ~フルートとギターのための~ 作品69
14. リリスの風 ~フルートとギターのための~ 作品45
15. ファンタジー ~フルートとピアノのための~ 作品38
16. ソナチネ ~フルートとピアノのための~ 作品15

作曲:荒川洋

演奏:
荒川洋(フルート)
鈴木大介(ギター)
渡邊玲奈(フルート)
上野由恵(フルート)
泉真由(フルート)
うえだよう(ピアノ)
西村絵里子(チェロ)
西村知佳子(ヴィオラ)

 

 

1. 夢をかなえる人へ ~フルートとピアノのための~ 作品70

CDライナーノーツを見ながらのほほん心地よく聴いていたら鳥肌が立ちました!この一曲だけは解説を紹介させてもらいます。

 

「久石譲さんの還暦祝いパーティーでの演奏のために作った曲。たくさんの「夢」を叶えていき、前へ歩んでゆく人への敬意の念を込めて作曲した。」

作曲:2010年11月23日 久石譲のために
初演:2010年11月26日 サントリーホール・ブルーローズ
演奏:荒川洋(フルート)、うえだよう(ピアノ)

 

アルバム1曲目に収録されたこの曲は久石さんへ贈られたものだったんです。震えますね、感動しますね。1曲目からいい曲だな~と思って聴いていたけれど、こんな”意味付け”をされてしまったらもう!輝きかたがちがってきてしまいます♪

とてもキャッチーなメロディで心躍る曲です。映画音楽に使われても印象的でしょうし、CM音楽としてどこを切り取ってもOKなほど活き活きギュッとつまった曲です。日曜美術館、世界遺産、美の巨人たち、文化やアートを紹介するTV番組テーマ曲としても勝手に太鼓判です。ほとばしるみずみずしさ、満ち溢れるエネルギー、手をかざしたくなる煌めき。

めまぐるしく展開する曲だなあと思って、エンドレスリピート聴いていたら、メロディや構成はそんなに複雑じゃない。むしろシンプル上品フォーマル。あれ、変拍子だからかなあと思ったら、ベースは4/4拍子。はて?

とっても素敵なメロディなんです、ほんとうに。膝をうちながらトントン聴いてたら、リズムは4拍子でメロディに3連符が散りばめられています。そしてさらに、ピアノ伴奏には5連符や6連符のフレーズが散りばめられています。なるほどー!4拍子の曲(偶数)に3連符6連符(奇数)はもちろん、そこに5連符(2拍のなかに音符5つ分)を入れられたら、拍子感覚が狂うわけだ。メロディを追っていけば4拍子を刻んでいけるんですけど、ピアノに集中して拍子を刻もうとするとかなり難しい。このメロディと伴奏の拍子的交錯がクセになります。聴き飽きない魅力にもなっています。これはすごい!魔法のようなリズムエッセンス!

と、分析チックはここまでにして。…でも、これを知って聴いたとしても、頭で聴いて楽しめないウンチクな音楽にはなりません。さらに曲の魅力がアップして、僕にはとびきり華やかな一曲になっています。

 

ぜひ久石譲ファンには聴いてほしい!

https://itunes.apple.com/jp/album/insuto-urumentaru-karazu-huang/id458524928

Apple iTunesのアルバム紹介・試聴ページです。▶(再生)か曲名をクリックしてください。1分半も聴けるなんて。この曲の魅力は十分に伝わると思います。そして気に入ったらフルで聴いてほしいです。(PC)

 

2010年11月26日「久石譲 60歳誕生パーティー」初演となっているこの曲。パーティーでは「ハウルの動く城より~空中散歩~」も荒川洋さんフルートで披露されたようですね。鈴木敏夫プロデューサー、大林宣彦監督、ゆず、平原綾香、大橋のぞみと藤岡藤巻、N響メンバーなど錚々たる顔ぶれと素敵な音楽をそれぞれ披露した盛大なパーティー。コンサートに集めることも至難なほど豪華なメンバー。当時ファンクラブ会報「JOE CLUB Vol.15」にパーティー詳細や写真が8ページ紹介されていました。ここに「夢をかなえる人へ」が披露されたことも書いてあったんですけれど、、。

パーティーの翌年2011年リリースされていたなんて。もっと早く知っていればと後悔しそうなほどですが、ツイッターで教えてもらえたことに感謝!時を越えて出会えたことに感謝!CDを手にしてから毎日聴いている一曲うれしいです。これからはずっと聴ける未来うれしいです。

「夢をかなえる人へ」タイトルも素敵です。”夢をかなえる人=久石譲”、自分もまた夢をかなえる人になりたいなあ!そんな勇気と希望を湧きあがらせてくれるキラキラまぶしい一曲です。

 

 

荒川洋 プロフィール

国立音楽大学在学中に、故アラン・マリオン、イダ・リベラ女史の薦めにより、パリ国立高等音楽院に入学。1997年、同音楽院フルート科をプルミエ・プリ(第一位)で卒業。

第14回日本管打楽器コンクール入賞。1998年帰国後、小澤征爾に認められ、同年6月より新日本フィルハーモニー交響楽団フルート副首席奏者として就任後、2009年4月より同交響楽団首席フルート奏者に就任。

これまでに、1997年チェコ共和国での第6回ヤング・プラハ国際音楽祭に招待され、リサイタルや、プラハのオーケストラとの共演、2006年ヴェネツィア室内合奏団、2009年クリスティアン・アルミンク指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団、2010年カール=ハインツ・シュッツ、クララ・アンドラーダ、森岡有裕子(村松楽器主催公演「世界のトップ・プレーヤーによるフルートの競演」にて)、2010年渡辺香津美とシンガー・ソングライターのShanti(渡辺香津美スペシャル・ジャズLIVEにて)と競演、2007年より仙台クラシックフェスティバルに毎年参加。ソロ活動のみならず、川上徹(チェロ)、藤原亜美(ピアノ)と共に、室内楽アンサンブルグループ「Trio Liberte」を結成するなど、幅広く活動を展開。東京パリアンサンブルメンバー。ナガノ・チェンバー・オーケストラフルート首席奏者。

録音にも多数参加しており、久石譲プロデュースによる鈴木理恵子(ヴァイオリン)のアルバム「Winter Garden」(2006年)、羽毛田丈史の手がけた「ジャッジ」、「ROOKIES」、「西洋骨董洋菓子店」、「ジャッジ2」、映画「ハナミズキ」、「獣医ドリトル」のサウンドトラックへの参加や、宮崎駿監督作品「千と千尋の神隠し」、「ハウルの動く城」、「崖の上のポニョ」の劇中音楽にも、久石譲作曲・指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団として参加している。

CDは、林光伴奏によるデビューアルバム「花のうた~荒川洋林光フルート作品集」(2002年)、林光、江口玲など10人のピアニストとの共演によるソロアルバム「フレンチ・コンポーザーズ」【2008年・ベルウッド・レコード】(レコード芸術2009年3月号特選盤)、竹田恵子共演のCD「林光作品集 喜寿の林で」【2009年・コジマ録音】(レコード芸術2009年4月号特選盤)、「インストゥルメンタル・カラーズ ~荒川洋フルート作品集」(2011年)、「しあわせの木(荒川知子とファミリーアンサンブル・プロデュース)」(2016年)、「1867」(2017年)、「フルート名曲31選」など発表。

2010年NHK宮川彬良出演番組「どれみふぁワンダーランド」、2011年NHKBS1「地球テレビエルムンド」に出演。

作曲活動にも力を入れており、自作品ライブを定期的に開催。2011年クラリネット作品コンクール(日本クラリネット協会創立30周年記念事業」にて、自作品「ソナタ~モンマルトルの丘~クラリネットとピアノのための(作品66)」が第三位に入賞。現在106曲公表している。

(CDライナーノーツより + 以降経歴 一部追加)

 

 

華々しい経歴と多種多彩な音楽活動です。演奏活動も録音活動もとても幅広い。CDはもっと探せばあると思います。レコード芸術特選盤にもなったソロアルバム「フレンチ・コンポーザーズ」も聴いてみました。フルート&ピアノ デュオによるクラシカルで奥深い作品です。試験用に使われる曲も多いらしく、より技巧やテクニックを堪能できる選曲。実際に練習用のお手本としてフルート愛好家にとっては欠かせないプロフェッショナルな一枚のようです。

公式ウェブサイトでは、近況活動をメインに、ぎっしりつまったコンサートスケジュール、作品一覧からの紹介、Youtube楽曲動画まであって、プロフィールにあったクラリネット作品コンクール入賞曲「ソナタ~モンマルトルの丘~クラリネットとピアノのための(作品66)」も聴けてしまいます。映画『君の名は。』メドレーもコンサート用編曲、Fl/Cl/2Vn/Va/Vc/Cb/Perc.という室内楽編成、聴いてみたい。

荒川洋さんフルートを追いかけたい人、スケジュール確認してコンサートに足を運びたい人、いろいろな作品を聴いてみたい人。僕が今回はじめて知ることが多かっただけで、これまでも今もそんなフルートファンはたくさんいるんだろうなあと思います。

荒川洋公式ウェブサイト:
http://www.hiroshiarakawa.com/

荒川洋ツイッター
https://twitter.com/nekoranpa2

荒川洋フェイスブック
https://www.facebook.com/nekoranpa

 

 

そして僕はまた驚愕します!

プロフィールを眺めながら一瞬とまるところ満載。

久石譲プロデュースによる鈴木理恵子(ヴァイオリン)のアルバム「Winter Garden」(2006年)にも参加されていたなんて。こんなところからすでに久石譲と荒川洋のコラボレートはあったんですね。

 

13.メディア MEDIA / 久石譲
国立音楽大学在学中、卒業演奏会にて初演された楽曲。久石の音楽的志向がミニマルへと移行してゆく以前の貴重なスコアをこのアルバムの為に初録音した。

(CDライナーノーツより)

 

とっても現代音楽な貴重作品。ヴァイオリン、フルート、ピアノという編成で前衛的な音楽。聴き方によっては東洋をも思わせる世界観で、フルートも西洋的な奏法から、さながら尺八のような息の太い奏法まで。それが荒川洋さんだったとクレジットを改めて確認しました。

鈴木理恵子 wintergarden

 

 

えー、こうなったら他にもあるんじゃないの?!と俄然調べます。データベースを検索したらありました!

CDライナーノーツに ”Flute & Piccolo:Hiroshi Arakawa” とクレジットあります。メインテーマ「23.花戦さ」をはじめサウンドトラック収録曲の随所に荒川洋さんのフルート・ピッコロが登場します。「8.花の力や」では慎ましく美しいフルートの音色がメロディを奏でています。「21.赦し」奥深さをつくる大切なパートですが、久石譲オリジナル作品「ASIAN SYMPHONY  4.Absolution」としてものちに組み込まれた重要な楽曲です。W.D.O.2017コンサートで世界初演、1年後待望のCD化されたばかりです。原型の「赦し」~発展型の「Absolution」。この楽曲の録音と演奏すべて荒川さんのフルートが奏でていると思うと感慨深いです。

 

 

荒川洋さんは新日本フィルハーモニー交響楽団の首席フルート奏者です。スタジオジブリ作品『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』のサウンドトラック録音は久石譲指揮・同楽団演奏によるものです。

「ふたたび」(千と千尋の神隠し)も、「空中散歩」「星をのんだ少年」「人生のメリーゴーランド」(ハウルの動く城)も、「深海牧場」「グランマンマーレ」「フィナーレ」(崖の上のポニョ)も、フルオーケストラで彩られた映画音楽のなかに必ずフルートの音色を聴くことができます。首席フルート奏者ということは、第1フルート、第2フルート…とつづくなかでトップです。二管編成のときはユニゾンしたりハモっていたりすることもあるでしょう。でも、フルートソロパートはもちろん、一番前面に出るのは第1フルート、首席奏者です。サウンドトラックを聴きながらフルートの音が聴こえてきたとき、それは荒川さんの音色だと思って、、大丈夫だと思います。

久石譲 『千と千尋の神隠し サウンドトラック』

 

ハウルの動く城 サウンドトラック

 

久石譲 『崖の上のポニョ サウンドトラック』

 

 

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)は、2004年に久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団で発足した夢のオーケストラです。たくさんのコンサート、レコーディングCD作品、ライヴCD作品をのこしています。2015年からのジブリ交響作品化プロジェクトの演奏・録音も担っています。

W.D.O.2018コンサートで世界初演された第4弾「千と千尋の神隠し 組曲」。コンサートではフルート1編成ながら、オーケストラに埋もれることなくきらびやかな音色をくっきりと、すごいなあと印象的でした。そしてこの作品もサウンドトラック盤から交響組曲まで。新日本フィル=W.D.O.によるもの、2001年に吹き込んだ「千と千尋」と2018年に披露した「千と千尋」、来年以降CD化されるであろう「千と千尋」、そこには荒川洋さんフルートがあります。

想い巡らせるとすごいことだなあと思います。サウンドトラック録音時は完成映画を観ていない状況。映画公開されて数々の記録を打ち立てて、人々の記憶に刻まれて。そして今、交響組曲として甦って。約20年間の時代の変化・社会の変化・心境の変化、作曲家と同じように演奏家のみなさんも一緒に歩んでいる。作品への想いもひとつのフレーズの表現も、久石譲と共鳴しながら”今だからこそ”の演奏を届けてくれるワールド・ドリーム・オーケストラ。

交響組曲 天空の城ラピュタ Symphonic Suite Castle in the Sky 久石譲 The End of The World LP o久石譲 WORKS IV -Dream of W.D.O.-久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~ サムネイル久石譲 WDO BESTwdo dvd サムネイル久石譲 WDO 真夏の夜の夢久石譲 パリのアメリカ人久石譲 WORKS3久石譲 WORLD DREAMS

 

新日本フィルハーモニー交響楽団で探せば・・・

「BROTHER」「オーケストラストーリーズ となりのトトロ」「めいとこねこバス」「SUPER ORCHESTRA NIGHT 2001」「空想美術館」「太王四神記」もっともっとたくさんあります。

 

 

久石譲指揮ベートーヴェン全交響曲演奏シリーズ、久石譲のもとに結集したナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)。2018年7月「第7回定期演奏会」にて有終の美を飾ったプロジェクトですが、第3回から同オーケストラ首席フルートを務めていたのも荒川洋さんです。交響曲第3番以降第9番「第九」まで、久石譲がアプローチしたいベートーヴェンを一緒に磨きあげたキーパーソンです。現在LiveCD化継続中です。

 

 

 

 

ちょうど8月は「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2018」コンサート。ツアー期間中発信される新日本フィルや奏者のみなさんのツイートを楽しんでいた日々です。そこには荒川洋さんのツイートもたくさんありました。移動中・リハ・舞台裏・公演後、発信されなければ知ることのできないファンにはうれしい貴重なものばかりです。

そのなかにこんなツイートがありました。

 

「久石譲さんの新バージョンの曲の伊右衛門CM。僕が吹いておりますが、ツアー中に何処かで演奏するかも。」

 

そうなんだっ!の連続です。おなじみのメロディ2018版を演奏していたのは荒川さんのフルートだったんだ!コンサートでも演奏してくれる?! そして「Oriental Wind 2018」コンサートアンコールで披露してくれました。CMオリジナル版と同じ曲想で同じ奏者によって。感無量です。

私ですっ!って名乗ってもらわなかったらほぼ知るよしもないこと。久石譲CM音楽のようにCD化されないものも多い楽曲は特に。だからこそ、本当にうれしいツイートでした。

 

サントリー緑茶 伊右衛門『こころの茶屋 ずっこけ』篇 30秒

サントリー公式Youtubeチャンネルより (*公開終了)

 

 

久石譲音楽に生命を吹きこんでくれる一人、フルート奏者荒川洋さん。

今回ご紹介しただけでなく、もっとたくさんあるかもしれません。いつも聴いているCDが上にあったなら、あっ!このフルートは荒川洋さんだったのか!となりますし、WDOコンサートに恒例足を運んでいる人なら、ステージでフルートを響かせてくれていた人が、このCDのなかにも音色を吹き込んでいる!となります。ぐっと身近に感じてもらえたらうれしいです。

久石譲音楽が好きなのは、いつもCD聴いているしコンサートに行ったことあるし。じかに見て体感してもっと好きになる。同じように、お気に入りの奏者や楽器があったなら、もっと親近感がわきますよね。音楽がかようって、人がかようことです。日常に聴いているこの音楽はあの人が演奏してるんだあの時コンサートで届けてくれた人なんだ、と思えるとその一曲はどんどん輝いていきます。

 

次に荒川洋さんのCDが出る時は、情報をキャッチしてすぐに聴きたい、楽しみがまたひとつ。もっといろんな奏者や楽器とちゃんとつながれて向き合えるようになったら、もっともっと僕の音楽感受性は豊かになっていけるのかなあ。音楽が溢れるってうれしい、CD棚が溢れるって…しょうがない。少しずつ学んでいこう、楽しい音楽の時間。

 

久石譲音楽を表現する荒川洋ではない、久石譲へ贈る荒川洋自作「夢をかなえる人へ ~フルートとピアノのための~ 作品70」。

久石譲ファンには聴いてほしい!

https://itunes.apple.com/jp/album/insuto-urumentaru-karazu-huang/id458524928

Apple iTunesのアルバム紹介・試聴ページです。▶(再生)か曲名をクリックしてください。1分半も聴けるなんて。この曲の魅力は十分に伝わると思います。そして気に入ったらフルで聴いてほしいです。(PC)いいんですよー♪ 体かるくなる、心おちつく、つながった音楽に感謝!

それではまた。

 

reverb.
洋楽みたいにDEGITAL BOOKも買えるようになったら、CDみたいにライナーノーツも楽しめようになるのに☆彡

 

 

2018.9.18 追記
「夢をかなえる人へ ~フルートとピアノのための」【楽譜・ダウンロード販売版】がリリースされました。

公式サイト:サウンドテラスネットショップ | 夢をかなえる人へ
http://soundterrace.shop/?pid=112710162

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Overtone.第18回 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2018」コンサート・レポート by ふじかさん

posted on 2018/08/31

ふらいすとーんです。

8月9日岩手を皮切りに国内9公演で開催された「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2018」コンサートツアー。各会場ともにスタンディングオベーションの大盛況!

今回ご紹介するのは、久石譲ファンの一人、ふじかさんのコンサート・レポートです。初日公演、まさに世界初演幕開けの瞬間、とても臨場感あふれる感想です。

 

 

WDO2018 盛岡公演の模様をレポートさせて頂きます。

2018年8月9日 岩手県民会館 19:00開演

久石さんの岩手県での公演は2010年の「ハートフルコンサート2010」以来、8年ぶりの公演となりました。

会場に入ると、ステージ上ではさっそく木管パートの演奏者の方が練習をしておりました。『Links』や『DA・MA・SHI・絵』のメロディがところどころ聞こえて本番へのわくわくが止まりません。指揮台の脇にはすでにピアノが設置されていて、前半から弾き振りが行われるのかな?と期待でいっぱいです。

開演時間と同時に他の楽団の皆様がステージに登壇し、チューニングがはじまると同時に会場の照明が落とされました。ほどなくして、久石さんが笑顔で登場。いよいよコンサートがはじまります。

 

『Links』
8分の15拍子という変拍子と、短くてもメロディアスな要素を様々な楽器で繋いていくこの楽曲は、このコンサートにふさわしい1曲目となりました。今回の演奏は『Minima_Rhythm』収録のものに比べてテンポが少しゆっくりな気がしました。よりはっきり聴こえる、それぞれの楽器の音色。そして曲が進むごとに増してゆくグルーブ感。最終パートへ向けての疾走感は生演奏で聞くと本当に病みつきになってしまいます。

 

『Encounter』
以前発表の弦楽四重奏曲第1番の1楽章を独立させた楽曲ということでしたが、今回初めて聴くことができました。ストリングスオーケストラの編成に装いあらたに披露されています。カルテット編成のときは、より鋭く聴こえた音色が、ストリングスの人数が増えるとことで柔らかみが増しました。コントラバスが新たに加わることによってより土台がはっきりとした印象を受けました。主題を提示→ピチカート変奏→音域を広げて演奏→弦楽8重奏→フィナーレパートと、同じメロディを執拗に繰り返し、発展させていく様子は迫力がありました。久石さんは指揮棒を持たず、手のみで指揮をしていて、細かいニュアンスを指示していたものと思われます。

 

『DA・MA・SHI・絵』
生演奏で聞くのは2009年のミニマリズムツアー以来でした。様々な要素を繰り返し、増やし、音をずれさせ、発展させていくこの楽曲はまるで「音のおもちゃ箱」という感じを聴くたびに思います。途中のトランペットソロの音程が怪しくてちょっとハラハラするところもありましたが…(^_^;) これも生演奏の醍醐味ですよね!

 

『DEAD for Strings,Perc.,Harpe and Piano』
1. D.e.a.d / 2. The Abyss ~深淵を臨く者は‥‥~ / 3. 死の巡礼 / 4. 復活 ~愛の歌~
今回はこの楽曲を生で聴きたいが為に盛岡公演を選びました。

1楽章から始まる[レ・ミ・ラ・レ]の音型の提示。死への恐怖心を表すような1楽章は不協和音の要素もあり、とても迫力がありました。

2楽章ではWDO2015で『The End of the World』での3楽章の影響もあり。どうしてもカウンターテナーがほしくなってしまいました。途中で現れる4楽章のフレーズがとても美しいです。

3楽章の刻みのリズムの繰り返しはミニマルミュージックの醍醐味ですね!こちらでも後半で現れる4楽章のメロディが、リズムの刻みの中、突如として現れるので、4楽章への期待が高まります。

そして4楽章。久石さんが、指揮台から降りてピアノへ。イントロのソロから本当に美しかったです。同じ[レ・ミ・ラ・レ]の要素なのにここまで琴線に響くメロディに発展させてしまう久石さんは恐ろしいですね 笑 シンプルなのにとても切なく、美しい。ナウシカの『風の伝説』のソロメロディに通ずるものがあるような感じがします。

この組曲内でも久石さんは指揮棒を持たず指揮されてました。そして、初めて聴く方が多かったのか、楽章ごとに拍手も入りました。

 

ここで休憩です。
休憩中も木管パートの方が練習されてました。魔女の宅急便のメロディや千と千尋のメロディがちらちらと聴こえました。

 

『Dream More』
ここ数年のWDOでの定番曲となりつつありますね。華やかな楽曲ではありますが、郷愁を誘うメロディ、個々の楽器の音色の美しさを堪能できる楽曲でもありますよね。今回中間部で、チェロの副旋律が追加されているような気がしましたが、CDでは聴こえない音だったのでしょうか? 豊嶋さんのソロパートも堪能できました。

 

『The Path of the Wind 2018』
となりのトトロより『風のとおり道』ですが、今回は新たにアレンジが加わっていました。同日NHKで放送された「ジブリのうた」内でのアレンジが基調になっていて、豊嶋さんのソロヴァイオリンと久石さんのピアノ、それにオーケストラが全体をつつみこむようなアレンジに変更されていました。この曲では1曲まるまる久石さんもピアノ演奏で参加していて、とても贅沢な時間でした。

 

『Kiki’s Delivery Service 2018』
『WORKS Ⅳ』ではクラシカルな装いで披露された楽曲ですが、今回は新たに金管パートが追加されていたのと『メロディフォニー』でのパーカッションパートも継承されて、より華やかな進化をとげていました。後半のスパニッシュワルツの部分は、よりジャージーな要素も加わり、とてもお洒落な印象を受けました。

 

『Spirited Away Suite』
今回のコンサートの目玉。「千と千尋の神隠し」組曲です。まず、サントラの曲名で構成を報告します。「あの夏へ(弾き振り)→夜来る→神さま達→湯屋の朝→底なし穴→竜の少年→カオナシ→6番目の駅(弾き振り)→ふたたび(指揮のみ)→帰る家(弾き振り)→One Summer’s Dayの終結部」という構成でした。

久石さんの分散和音から始まる『あの夏へ』。後半はあの世界へといざなうドライブのシーンもオーケストラで完全再現です。いままでコンサートで披露されてこなかった楽曲もふんだんに取り入れられていて、圧倒されました。『カオナシ』までもが完全再現で演奏されとは思いませんでした。大迫力です。これまでの交響組曲の中でも久石さんがピアノ演奏する場面もかなり多かったです。『6番目の駅』での不安を表すようなアルペジオと浮遊感のあるメロディ。とても繊細でした。『ふたたび』でフィナーレかな?と思ってましたが、まさか『帰る家』まで組まれているとは思いませんでした。『あの夏へ』と『帰る家』は同じメロディですが、映画を見ても思いますが、全然雰囲気が異なる印象を受けてしまいます。最初では不安とさみしさを感じさせるのですが、最後では思い出と希望を持ち帰る感じがします。それを今回の生演奏でも感じられて感無量でした。そして最終的に『One Summer’s Day』のアウトロに結びつきました。今回もかなりのクオリティの交響組曲に仕上がっていて、かなり感動しました。

 

拍手喝采のなか、アンコールへと進みます。

 

『Oriental Wind 2018』
事前のプログラムで変更されて、消えてしまった楽曲でしたが、まさかのアンコールでの初披露となりました。しかも2018年のCMでのアレンジが冒頭で2コーラス繰り返されて、いままでの『Oriental WInd』に繋がる構成になっていました。中間部はカットされ、そのまま最後の転調後の大サビへ。

 

『World Dreams』
そして最後は恒例のこの曲でコンサートは締めくくられます。この日の演奏はCDよりも少しテンポアップな印象。祝典序曲のような希望のメロディがこの日も高らかに唄われていましたよ!最後のチューブラーベルズの鐘の音でこの日の演奏はフィナーレを迎えました。

 

この後カーテンコールが何度か行われたあと、初日なのに関わらず会場はスタンディングオベーションへ!観客も大興奮でこのコンサートは終わりました。

 

以上で盛岡公演のレポは終わりです。

初めてのコンサートレポで読みにくい上に、誤字脱字もしていると思いますm(__)m

他公演の様子はどうでしたか?皆様で譲報共有していきたいです!

 

ふじか

 

後日談) by ふじかさん

いつもはコンサートに行ったきりになってしまってたので、今回はゆっくりと思い返す時間になり、よかったです(^^)

人それぞれ感じ方も違いますし、どこが特に良かったのか気になるので、僕もいろいろな人のコンサートレポは読みたいところです。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 公式Twitterより

【久石譲&WDO】マエストロもオーケストラも無事に盛岡に到着し、リハーサルを開始しました!本日の岩手公演は予定通り開催します。台風情報に注意してご来場ください。

https://twitter.com/newjapanphil/status/1027462651561955328(写真あり)

久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ初日、盛岡の熱いお客様のスタンディングオベーションで幕を閉じました!明日は東京に舞い戻りサントリーホールにてツアー2日目です。

https://twitter.com/newjapanphil/status/1027557951958016001(写真あり)

8月9日付

 

ツアー期間中、各会場のコンサート風景やリハーサル風景がリアルタイムに投稿されています。

 

 

「行った人の数だけ、感想があり感動がある」。やっぱりいいですよね、いろいろな人の感想がみれるのって。会場ごとにプログラムが違うことはもちろん、演奏や雰囲気だって違う。盛岡公演に行けたような得した気分です。

Twitterに放たれた無数のコンサート感想もランダムに集めさせてもらいました。その勢いには圧倒されますし、時をへて読み返したい久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラへのありがとうの寄せ書きです。同じように、もっとフォーカスして一人のファンとしてたしかに存在する具体的な声。こんな輪がもっと広がりますように。

 

 

 

ふじかさんとは今年7月にはじめた「久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋」ツイッターでつながりました。一期一会の出会いに感謝です。いろんな出会いのきっかけがあって、全国各地の久石譲ファンとつながれて、これからも一緒に久石譲音楽を楽しんでいく。いい時代です。次はコンサート会場でリアルにお会いしたいですね!

 

 

reverb.
ツイッターってアカウントなくても見るだけOK♪ 毎日ファン同士のコミュニケーション飛び交ってるから、ついつい参加したくなりますよ!(^^)

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第17回 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」と「かぐや姫の物語」

Posted on 2018/05/13

ふらいすとーんです。

サウンドトラックがメロディの宝庫だった頃のお話。

1984年公開アメリカ・イタリア合作映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。理想的な映画監督と映画音楽作曲家の関係にあったセルジオ・レオーネ監督とエンニオ・モリコーネによる作品でレオーネ監督の遺作でもあります。

1920年代初めから1960年代後半に至る、自由と夢を求めて新大陸アメリカに渡ったユダヤ系移民を描く物語、禁酒法・マフィア・ギャング団という構図の中で若者たちが成長する、今のアメリカを語る時に忘れてはならないユダヤ系移民たちの暗黒の物語。本編3時間半という大作でロバート・デ・ニーロが主人公を演じています。

レオーネ監督がこの作品のテーマとしておいたのは〈大人にとってのノスタルジー〉。メロディ展開の柔らかさや整然としたスコアが郷愁を誘うメロディメーカーとしてのモリコーネの代表作のひとつです。エッダ・デ・ローソによる美しいソプラノ・スキャットやパンフルートの第一人者であるゲオルゲ・ザンフィルによる素朴な音色。そしてモリコーネが丹精こめて紡ぎ出す至極のメロディたち。

 

 

撮影の1年半前から音楽制作にとりかかり、撮影を始めたころにはもうほとんどの楽曲がレコーディングされていた、現場でそれを流しながら俳優達は音楽にあわせて演技した、作品のテーマやムードをつかむのに重要な役割を果たした、といったエピソードもあります。

 

レオーネ監督とモリコーネのコメントが象徴的です。

「何ヵ月も前からモリコーネと話し合いを持った。実際に映画の中では、ある特定の情緒とかエモーションは音楽が導いてくれることがあるからね。彼には10から15、または20ぐらいのテーマ曲を作ってもらい、その中から一曲を選ぶ。映画のある瞬間やパートを最高に盛り上げるためには、その選んだ一曲がまず初めにセンセーションを与えるものでなくてはいけない。自分に課す、一番最初の音楽的なテストみたいなものだね。僕にとって音楽は台詞の一部なんだ。そして多くの場合台詞よりも重要だったりする。音楽はそれだけで完成された表現手段だからね。」(レオーネ)

「他の監督と比べてレオーネは音楽の重要性をはるかに認めている。彼にとって音楽は、台詞やその他の構成要素と同じくらい重要なものだったんだ。だからこそ、彼は撮影に入る前に僕に曲を書くことを依頼しておくことが大事だと思っていたんだろうね。…僕らの友情のためにしていたことではないんだ。それが彼独特のスタイルだった。音楽をとてもドラマチックで表現力のあるものだと考えていたから、彼は音楽のために時間と空間を使ったんだろう。」(モリコーネ)

 

監督と作曲家のタッグは『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『ウエスタン』などでもコラボレーションを築きあげ、エンニオ・モリコーネは他監督作品『1900年』『ミッション』『ニュー・シネマ・パラダイス』新しくは『海の上のピアニスト』などいずれも映画を印象づける名曲をのこし、今でも数多く演奏されています。

 

 

また映画ではモリコーネの曲以外に、作品の核となるフィーチャー・ナンバーがあります。「アマポーラ」、スペイン出身作曲家ジョセフ・ラカールによって書かれたスタンダード・ポップスで、この映画をきっかけに有名にその後日本でも幾多カバーされているスタンダード・ナンバーです。

いくつかの候補の中から選ばれたこの楽曲は、モリコーネの手によって美しいストリングスを奏でたり、クラリネットが主旋律を歌ったりいくつかのヴァージョンでアレンジされています。重要な楽曲として浮きでているだけでなく、音楽全体として一体感をもって溶け込んでいるのは、モリコーネの匠な手腕によるところが大きいと思います。”アマポーラがこれほど美しく思われたことはない” ”アマポーラもモリコーネの手によるものだと思っていた” という当時の評論もうなずけます。

そして、モリコーネが書き下ろした「デボラのテーマ」とスタンダード曲「アマポーラ」は映画の中で交錯し、ついにはひとつの楽曲として絡み合います(15. デボラのテーマ「アマポーラ」)。対位法的にふたつの曲のメロディが重なりあい、かけあい、流れていく。キャストや台詞と同じように音楽が呼応する。対となるふたつの曲が主人公たちと同じように呼吸し対峙し演じているようです。

 

 

エンニオ・モリコーネ指揮による2004年Live映像から、前半は主要テーマ曲「デボラのテーマ」、1曲はさんで6分前後からメインテーマ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」を聴くことができます。極上の調べに時間はとまり、記憶はよみがえる。まさに〈大人にとってのノスタルジー〉です。

映画から離れたところで、「デボラのテーマ」は歌詞がつけられセリーヌ・ディオンがカバーしたりもしています(曲名:I Knew I Loved You)。それだけに美しく輝いたメロディということですね。エンニオ・モリコーネが織りあげる名曲に、スタンダード曲「アマポーラ」が美しく絡み合う旋律は、ぜひサウンドトラックを聴いてみてください。

不朽の名作・不朽の名曲、サウンドトラックがメロディの宝庫だった時代。映画ももちろん素晴らしいですが《サウンドトラックはドラマティックである》そんな誇り輝いていた頃のお話。

 

Ennio Morricone – Once Upon In a Time In America 約7分半

from Youtube

 

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ
ONCE UPON  A TIME IN AMERICA

1. ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ
2. つらい想い
3. デボラのテーマ
4. 少年時代の想い出
5. アマポーラ~愛のテーマ
6. ともだち
7. 禁酒時代挽歌
8. コックアイズ・ソング(やぶにらみの歌)
9. アマポーラ~パート2
10. 若き日のつらい想い
11. 想い出の写真
12. ともだち
13. 友情
14. もぐり酒場
15. デボラのテーマ「アマポーラ」

音楽:エンニオ・モリコーネ

 

 

映画『かぐや姫の物語』の音楽を聴いたときに、ふと思い起こしたのが上に書いた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』でした。なによりも強く浮かんだのがふたつの異なる楽曲が対位法的にひとつの楽曲として新しい命を吹き込まれること。

映画『風の谷のナウシカ』から交流のあった高畑勲監督と久石譲がはじめてタッグを組んだ記念碑的作品、久石譲が書き下ろしたメロディと高畑勲監督も自ら作曲したメロディがとても重要な役割を果たしています。

 

少しだけ制作秘話を紐解きます。

 

「僕はこれまで久石さんにわざとお願いしてこなかったんです。『風の谷のナウシカ』以来、久石さんは宮崎駿との素晴らしいコンビが成立していましたから、それを大事にしたいと思って。でも今回はぜひ久石さんに、と思ったのですが、諸事情で一度はあきらめかけた。しかし、やはり、どうしても久石さんにお願いしようという気持ちが強くなったんです。」(高畑勲)

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ロマンアルバムより 抜粋)

 

「2012年の暮れに鈴木(敏夫)さんから「『かぐや姫の物語』の公開が延期されたので、『風立ちぬ』共々ぜひやってほしい」とご依頼をいただきました。そのときはビックリしましたね。まさか高畑さんとご一緒できるとは思ってもいませんでしたから。でも、僕は高畑さんをとても尊敬していましたし、高畑さんとご一緒できるのだったら、ぜひやりたいと、返事をさせていただきました。」(久石譲)

「今回は高畑さん自身がお書きになった “わらべ唄” が映画のなかでしっかりした構造を持っていて、例えばオープニングにしても、「出だしをなよたけのテーマでワンフレーズ演奏したら、わらべ唄に移って、そしてテーマに戻って、またわらべ唄に・・・」という具合に、かなり具体的な注文をいただいていたんです。でも、そのまま交互にはせず、結果として対旋律のように同時進行させています。問題だったのは、そのわらべ唄が五音音階(1オクターブに5つの音が含まれる音階)だということです。この唄が重要な部分を占めている以上、劇中の僕の音楽もそれに合わせて整合性をとらなければなりません。でも、一歩間違えると、五音音階というのは陳腐になりやすい。なので、同じ五音音階を使っても日本人が考えるものとは全く違うものを作ろうと。」(久石譲)

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ビジュアルガイドより 抜粋)

 

 

最初にとりかかったのが、絵を書くために必要な映画のなかでかぐや姫が弾く琴の楽曲。それが《なよたけのテーマ》です。高畑勲監督はとても楽曲を気に入り、またそれ以前に自ら作曲していた「わらべ唄」と一体感が出たことをとても喜んだそうです。

映画はこのふたつの主要テーマ曲がたびたび登場します。ここでフォーカスしたいのは、ふたつの楽曲が対位法的にひとつの楽曲として絡み合う「1.はじまり」「33.月」、映画のオープニングとエンディングです。《なよたけのテーマ》(久石譲)と「わらべ唄」(高畑勲)のふたつのメロディを、久石譲曰く【対旋律のように同時進行させている】曲。

初めて「1.はじまり」を聴いたときは、ついに高畑勲 x 久石譲 が完全なコラボレーションを果たした瞬間、音楽として見事に融合した瞬間、約1分間の曲をくり返し聴きながらこみあげてくる感慨を覚えています。相思相愛でありながら一度もタッグを組まなかった高畑勲 x 久石譲、その積年の想いが結晶化されて音楽としてしっかりとかたちに残ったことは、うれしい・感謝の一言です。

サウンドトラック盤には、映画で使用されたすべての楽曲が初回プレス限定特典ディスクもふくめて完全収録されています。

 

かぐや姫の物語 サウンドトラック

 

 

〈宮崎駿 x 久石譲〉や〈レオーネ x モリコーネ〉などと同じように、理想的な映画監督と映画音楽作曲家の関係〈高畑勲 x 久石譲〉で映画がつくられたことは、さまざまな秘話から知ることができます。高畑勲監督が久石譲に求めたこと、久石譲が応えたこと、ふたりで到達したこと、鮮烈な印象を残した「天人の音楽」のこと。ぜひ紐解いてみてください。

 

 

時をおかず、映画『かぐや姫の物語』は音楽作品として組曲化されます。映画公開翌年のコンサートで初披露。

 

交響幻想曲 「かぐや姫の物語」

「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」でプロデューサーを務めた高畑勲監督が、旧知の久石に初めてスコアを依頼した記念すべき作品。今回演奏される曲は、本編の主要曲をかぐや姫の視点で繋げ、オーケストラ作品として書き改めたもの。木管が演奏する「なよたけのテーマ」と高畑監督が作曲した「わらべ唄」を対位法的に扱う〈はじまり〉の後、〈月の不思議〉のセクションをはさみ、東洋的な曲想が特徴的な〈生きる喜び〉の音楽へ。その後、3拍子のピアノが〈春のめぐり〉の音楽を導入するが、曲想が一転し、前衛的な語法を用いた暗い〈絶望〉に変わる。再び木管が「なよたけのテーマ」を演奏すると、オーケストラが〈飛翔〉の音楽を高らかに演奏し、久石エスニックの真骨頂〈天人の音楽〉へと続く。最後の〈月〉では「なよたけのテーマ」「わらべ唄」など主要テーマが再現し、幕となる。
★アルバム「WORKS IV -Dream of W.D.O.」 収録

Blog. 「久石譲 ジルベスター・コンサート 2014」(大阪) コンサート・レポート より抜粋)

 

サウンドトラック盤をベースに主要曲で構成され楽曲名も継承されていますが、この組曲化には高度な苦労も多かったようです。

 

「これはかなり苦しみました。何度もトライして、うまくいかないからやめたりもして(笑)。でも、しばらく経つと、挫折したような感覚が嫌になり、再びチャレンジするんです。その繰り返しで、最終的にはコンサートの一ヶ月くらい前に完成しました。」

「まず、本作の音楽としては「わらべ唄」という高畑さんご自身が作られた本当にシンプルな歌が基本にあるんです。それが重要なシーンに使われているから、僕の書く音楽にも五音音階を取り入れないとバランスが取れない。つまり、「ドミソラドレ」とか「ドレミソラド」というものですね。さらにこれをひとつ間違えると、すごく陳腐になり、不出来な日本昔話のようになってしまう(笑)。それをなんとか高畑さんのイメージに合うように工夫するのですが、高畑さん自身が音楽に詳しい方なので、細かい要求がたくさん出てくるんです。そのひとつひとつに応えていったことで、いろいろなスタイルの音楽が混在してしまうことになり、まとめるのが難しくなりました。

『風立ちぬ』でロシアの民族楽器を使ったように、「『かぐや姫の物語』は日本を題材とした映画だから、和製楽器の琴とオーケストラでやろう」というアイデアも出ました。ところが、そうすると逆にトリッキーになってしまう。一度聴く分には面白いんだけれど、きれいにはまとまらないんです。それで他の楽器を足すなど試行錯誤しましたが、オーケストラだけのシンプルな構成のほうが統一感がある、というところに行き着いて。そこに至るまでにけっこうな時間がかかりました。

また「天人の音楽」(天人が天から降りてくるときの音楽)は、もともとサンプリングのボイスなどを入れていたので、オーケストラとの整合性がうまくとれずに苦戦しましたね。ただ、それが現代的にかっこよく響いてくれれば成功するだろうという狙いが根底にありましたし、高畑さんも実験精神旺盛な方ですから、とがったアプローチをしても快く受け入れてくれました。「五音音階を使っているのに何故こんなに斬新なの?」と思わせるラインまではすごく時間がかかりましたが、結果として納得いくものができました。」

Blog. 久石譲 『WORKS IV』 発売記念インタビュー リアルサウンドより 抜粋)

 

「2013年は宮崎(駿)さん、高畑(勲)さん、山田(洋次)さんという3人の巨匠と向い合って映画を作るという非常にヘビーな年でもありました。この3作品を披露することは、今回のコンサートのもう一つの重要な要素です。いずれも”映画的”に作った曲ばかりで、台詞の邪魔をしないように構成しているため非常に音が薄いんです。それをコンサートで演奏する作品として書き直すのは、ゼロからリニューアルするのと一緒で本当に大変でした。特に「かぐや姫の物語」は昨年秋に公開されたばかりの作品で、まだそれほど時間が経っていない。自分の中でも消化しきれていない状態で作品化に取り組んだので、今までコンサート用に作品化した中で一番と言ってもいいくらい苦労しましたが、手ごたえはあります。」

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2014」 久石譲インタビュー 抜粋)

 

 

こうした経緯のなか華々しくコンサート披露され、ハイクオリティな技術を極めたLive音源としてCD化もされている「交響幻想曲 かぐや姫の物語」。サウンドトラック盤からさらに音楽的豊かになった「かぐや姫の物語」の世界。今だからこそ、もう一度しっかり耳を傾ける価値があります。

 

 

 

さてここで、久石譲インタビューでは語られていないことを考察します。

映画は「1.はじまり」で始まり「33.月」で終わります。このニ楽曲は《なよたけのテーマ》(久石譲)と「わらべ唄」(高畑勲)のふたつの旋律が対位法的に織りあげられています。もっと掘りさげると、「33.月」に使われているのは「わらべ唄」のモチーフではなく「天女の歌」のモチーフです。「わらべ唄」のメロディがより悲しい短音階の旋律になっている「天女の歌」は歌詞も異なります。

「わらべ唄」は地球・人間・生の世界を「天女の歌」は月・天女・死の世界を、と対になっているとしたら。「わらべ唄」の歌詞には自然・生き物・四季が高らかに歌われ【せんぐり いのちが よみがえる】(順繰り命がよみがえる)という歌詞が登場します。「天女の歌」はその正反対で【まつとしきかば 今かへりこむ】(本当にあなたが待っていてくれるなら、すぐにでもここへ帰ってきます)という歌詞が登場します。

高畑勲監督がつくった対となる「わらべ唄」「天女の歌」。映画では「1.はじまり」(なよたけのテーマ/わらべ唄)地球に生まれたときに始まり、「33.月」(なよたけのテーマ/天女の歌)月に帰っていくところで終わります。物語も音楽も。

 

でも、実は「交響幻想曲 かぐや姫の物語」はそうはなっていません。

「木管が演奏する「なよたけのテーマ」と高畑監督が作曲した「わらべ唄」を対位法的に扱う〈はじまり〉の後、 (~中略~)  最後の〈月〉では「なよたけのテーマ」「わらべ唄」など主要テーマが再現し、幕となる。」(コンサート・プログラムノートより)

とあるとおり、楽曲名は「月」と継承しながらも、そこで使われているモチーフは「天女の歌」ではなく「わらべ唄」です。これは何を意味するのか? とても興味があります。久石譲が音楽作品へ組曲化するにあたり再度検討したこと、高畑勲監督へ打診したことなどがきっとあると思います。インタビューでも語られていない高畑勲 x 久石譲のふたりだけが知る真実。

〈生にはじまり死におわる〉のではなく、〈生にはじまりまた生がめぐる〉。物語から少し自由になれる音楽作品への再構築だからこそ、強く生きること・生きる価値があることを響かせて幕をとじる作品にしたかった、一歩強く押し進めた「かぐや姫の物語」の音楽世界、…と個人的には思っています。そう思ったのは、数々のインタビューを読み返しながらお二人のやりとりを改めて見たときに、「交響幻想曲 かぐや姫の物語」音楽構成のクライマックスと糸がつながった気がしたからです。

 

高畑:
制作が本格化した頃に東日本大震災がありました。それによって内容が影響されたわけではありませんが、人がたくさん亡くなられたり、家が流されたりするのを見て、無常観というか、この世は常ならないんだとあらためて思い知らされました。生き死にだってあっという間に訪れる。にもかかわらず強く生きていかなくちゃならない。そこに喜びもある。そういうことと、この作品も無関係じゃないんです。

久石:
東洋の発想だと魂は死なずに、また生まれ変わる・・・。人間になるのか牛になるのかわからないんだけど繰り返す。ふと思ったのですが、つまりかぐや姫というのはそれをデフォルメしている物語なのかもしれませんね。「いつか帰らなきゃいけない」という命題に生と死が凝縮されている。

高畑:
そうですね。この土地、要するに地球は、すごく豊かで命に満ちあふれているわけですよね。それを考えたとき、月は対照的なものとしていいですよね。光はあるかもしれないけど太陽の光に照らされているだけで、色もなければ生命もない。そこにあるのは原作にも出てくる“清浄”だけ。地球は清浄無垢より大変かもしれないけど、生きる価値がある。そのことをもっと噛かみ締めたいという思いで作ったつもりです。

久石:
限りある命だからこそ、ですよね。

Blog. 久石譲 「かぐや姫の物語」 インタビュー ロマンアルバムより 抜粋)

 

 

高畑勲 x 久石譲 長い年月を経ての初タッグ辿り着いた到達点、化学反応を起こしたふたりの旋律《なよたけのテーマ》と《わらべ唄》。サウンドトラック盤と組曲版を聴き入りながら、念願のコラボレーションがつくりあげた作品の尊さとしっかり感じとることができる命のぬくもりのようなもの。

2015年には、映画『かぐや姫の物語』の劇中歌「わらべ唄」と「天女の歌」が女声三部合唱曲に。さらには久石譲作曲《なよたけのテーマ》に高畑監督が新たに詞を書き下ろし「なよたけのかぐや姫」として新しい命が吹き込まれました。映画制作時から「わらべ唄」は歌詞も切り離せない映画のなかで重要なものと語っていた高畑勲監督。そこへ歌詞が与えられて映画から羽ばたくことになった「なよたけのかぐや姫」。これらの楽曲は「アートメント NAGANO 2016」でCD盤と同じ東京混声合唱団によって初演されています。

 

 

 

こう想いめぐらせると。

理想的な映画監督と作曲家の関係があるということは、幸せなことであると同時にそれはまた奇跡です。お互いに尊敬し対等でもあるきびしい関係。そんな出会いによって生まれた楽曲たちもまた幸せものであると同時に強い生命力を持ちえます。名作に寄り添う名曲たちは、作曲家の創造性とポテンシャルを最大限に引き上げる監督の力と、見事に挑戦し打破した作曲家の新しい可能性の開花。

 

こう想いめぐらせると。

久石さんが手がけたスタジオジブリ作品は、メインテーマであり主題歌である楽曲もたくさんあります。また映画ではインストゥルメンタルとして主要テーマ曲だったものが、のちに歌詞をつけて生まれ変わった楽曲もたくさんあります。

後者でいえば、「アシタカとサン」(もののけ姫)、「いのちの名前」「ふたたび」(千と千尋の神隠し)あたりがすぐに思い浮かぶ名曲です。イメージアルバムでは歌曲中心だった映画『となりのトトロ』、映画『千と千尋の神隠し』、映画『崖の上のポニョ』、公開後歌曲集が企画された映画『魔女の宅急便』など。はたまた「人生のメリーゴーランド」(ハウルの動く城)も実は歌曲としてカバーされています。

そこには、歌であっても楽器であってもしっかりとした性格をもったメロディ、はじめから念頭に音楽制作されているという紛れもない事実。また映画監督の強い意志や要望があってはじめて生まれた楽曲もあるという紛れもない事実。作曲家と監督の強い化学反応によって書かれ導かれた幸せな曲たち。

いい音楽とは、聴き継がれるための、愛されつづけるための強いエネルギーをそのメロディに宿しているのかもしれませんね。スタジオジブリ音楽はメロディの宝庫である。久石譲音楽はメロディの宝庫である。

それではまた。

 

reverb.
イタリア的な「唄」をコンセプトにした久石譲 『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』(1998)、自身の映画音楽からイタリア映画のカバーまで大人のノスタルジー漂うドラマティックな作品です♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

 

Overtone.第16回 「オーケストラ解体新書 読売日本交響楽団 編」を読む

Posted on 2018/03/21

ふらいすとーんです。

たまたま音楽雑誌で紹介されて目についた本です。オーケストラのことがもっともっとわかるかもしれない、オーケストラ運営に関わる人や仕事、そしてオーケストラの日常や舞台裏をちょっと垣間見れるかも。そんな思いで手にした本です。

 

「オーケストラ解体新書 読売日本交響楽団 編」、本帯にはこうあります。

「〈感動〉の舞台裏に秘められたドラマ 常に最高のパフォーマンスを目指し、音楽の喜びを伝えることに情熱を注ぐオーケストラ。指揮者、楽団員、そして事務は何を考え、どのように行動しているのか。コンサートが作られていくプロセスを楽しく「暴露」する前代未聞の案内書!」

 

またブックデータベースにはこう紹介されています。

「クラシックのコンサートはどのように製作されているのか。楽団員の生活や意見をはじめ、スタッフたちの肉声など、興味深い話題が満載。コンサートが待ち遠しくなる本。図版多数。2018年4月に読響の首席客演指揮者に就任する山田和樹らによる座談会や、クラシック業界関係者への多角的なインタビューも収録。」

 

指揮者、楽団員、事務局員などいろいろな人の声を集めた、オーケストラの表と裏をつめこんだドキュメント。僕ら聴衆には見えないところで起こっているたしかなドラマ。そうこれは、ひとつのコンサートができるまでの物語です。

今回は目次をなぞりながら、その章で印象に残ったことを個人の備忘録よろしく記していきます。

 

 

目次

まえがき

第1章 一期一会の音楽を作る

1 カリスマ指揮者の放つオーラ
 テミルカーノフの手/ロジェストヴェンスキーの「怖い本番」/音楽を変える統率力

2 スクロヴァチェフスキの緻密な設計図
 遅咲き、日本でブレイク/「うるさい!」/日本での最後の演奏会/偉大な指揮者を悼む

コラム① マエストロ輸送作戦

3 「鬼才」カンブルラン
 明晰さと色彩感/曲が作られた時点へ/ファンタジーを大事に/強固な関係があればこそ

コラム② カンブルランの七二時間

4 指揮者とソリストの微妙な関係
 指揮者の息遣いに耳を/音楽家同士の丁々発止/鬼才と呼ばれるソリストたち

5 コンサートマスターの役割
 楽団の顔/指揮者の音楽への橋渡し/理不尽な場合はモノ申す

コラム③ 常任指揮者と音楽監督の違いは

 

ステージの上ではいったい何が起きているのか。指揮者と楽団員との音でつながれた信頼関係、リハーサルや本番で感じたこと、リアルなやりとりが多数紹介されています。あらゆる指揮者を迎え入れる楽団員だからこそ見えてくる各指揮者の特色、肌で感じている説得力があります。なにが名指揮者たらしめているのか、そんなエピソード満載です。久石譲著「音楽する日乗」からも参考文献として引用紹介されています。

 

 

第2章 楽団員の日常生活と意見

1 天才肌のプレーヤーたち
 狭き門のオーディション/コンクールの覇者も/演奏中に意識することは

2 フラットな組織、厳格なルール
 運営の要となる「プロビル」/欠席、遅刻は厳禁/楽器の手入れも/ステージでは燕尾服と黒のドレス

3 オフタイムの過ごし方
 自己研鑽の道/アマチュアの指導も

コラム④ 曲目の変化が映し出すもの

 

ポストが空席にならないとオーディションが開かれないオーケストラの世界。奏者が一人いればいい楽器などは何十年に一度という機会を待たなければいけないことも、すごい世界です。日本にオーケストラ楽団は数あれど、どの楽団においても選りすぐりのプロ集団ということが、この狭き門からもひしひしと伝わります。またコラムでは、読響の初期10年間と直近10年間の演奏会で取り上げた作曲家ランキングが比較されています。時代の変化はたまたオーケストラの目指す方向性などが顕著に現れているプログラムであることがわかります。

参考までに、ここでは日本全体の集計も紹介されていました。(2015年度版)

演奏回数ランキング
一位 ベートーヴェン 87回
二位 ブラームス 69回
三位 モーツァルト 47回
四位 マーラー 43回
五位 ラフマニノフ 37回

演奏曲目ランキング
一位 交響曲第2番/ラフマニノフ 10回
一位 管弦楽のための協奏曲/バルトーク 10回
三位 交響曲第3番/ベートーヴェン 5回
三位 幻想交響曲/ベルリオーズ 5回
三位 交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲第1番/ブラームス 各5回
三位 春の祭典/ストラヴィンスキー 5回
三位 交響曲第5番/マーラー 5回

 

おもしろいなあと思います。観客のニーズを満たす人気作品ということもあるので、このあたりからクラシック音楽に慣れ親しむための手引きにもなります。クラシック音楽の魅力や醍醐味を充分に伝えてくれる作曲家や作品。初級編の僕でもランキング作品はすぐに頭で浮かぶものもちらほら、プログラムされた演奏会があれば生で体感してみたいと思う作品ばかりです。

久石譲ファンという視点から見ると。久石さんがコンサートで取り上げるクラシック音楽との共通点や時代としての傾向値も読みとることができる。一方で久石譲だからこそのプログラムもあるということがはっきりとわかります。そうすると、なぜこの作品? その真意は? 想いめぐらせてみる”ものさし”にもなるかもしれません。作曲家としてなにを確認したいのか? 音楽構成・響き・楽器編成? この作品を通して観客になにを伝えたいのか? きっとそれが先の自身の創作活動につながっているんだろうと。僕にはそう思えただけでも学びの収穫でした。

 

 

第3章 ドキュメント・オブ・ザ・コンサート

1 演奏会当日
 難曲ぞろいの定期演奏会/午後一時-関係者スタンバイ/午後三時-会場リハーサル開始/午後六時半-ホール開場/午後七時-本番開始

2 演奏会の企画立案
 カンブルランとの打ち合わせ/たちまちチケット完売

コラム⑤ オーケストラの練習所

3 リハーサル
二〇一六年一〇月一七日-「オスカー」/ぴりぴりした雰囲気/微笑んで楽団員に一礼/一〇月一八日-「コルンゴルト」/期待と不安が交錯

インタビュー① 番組ディレクターの仕事 [黄木美奈子]

 

五嶋みどりさん(ヴァイオリニスト)を迎えての読響定期演奏会の様子、最高のコンサートをつくるための一日が紹介されています。五嶋みどりさんのインタビューがとても興味深かったです。久石さんが語る”現代の音楽”についてと共鳴するようです。

「20世紀以降の作品は敬遠されがちですが、心の壁を取り払って聴いてほしい。」「私たちが『現代曲』と呼んでいる作品も100年後には、スタンダードなクラシック音楽になっていても不思議ではない。」「現代作品と聴衆の出会いの場を設け、次世代に伝承していくことは、現代に生きる音楽家としての使命です。」

番組ディレクターの仕事項では、TV番組「読響シンフォニックライブ」の制作舞台裏が紹介されています。収録会場には、プロデューサー、ディレクター、構成作家、カメラ、音声、照明など約50人ものスタッフが会場入りするそうです。カメラも通常6台、ピアニストの手元をアップで撮る時などはさらに1台追加、中継車2台。また事前に公演曲のスコアを用意し参考CDを聴きながらカメラのカット割りを決めておく。そうやって収録台本をつくってゲネプロ(当日リハーサル)から本番に臨む。どんなに入念に準備しても、イメージと違っていたり想定外のことも起こるため収録現場は戦場とあります。さらには、初演作品など事前に参考音源がない場合は、ゲネプロを聴いて大幅にカット割りを手直し、本番までの短時間で修正と再度指示を出す…はぁ、すごい。やりなおしがきかない本番だけに、緊張感の張りつめた舞台裏だろうなあと想像すると。その音楽や映像だけに純粋に聴き入り、パーソナルスペースでリラックスして楽しむことができている、そんな視聴者として感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

第4章 事務局の日常と意見

1 オーケストラ経営の実情
チケット収入では賄えない/欠かせない様々な助成金/運営の基盤となる会員制度/一回券をいかに売るか/「力強さ」、「親しみやすさ」が読響ブランド/知られざる名曲の発掘を/いかに依頼公演を獲得するか

インタビュー② オーケストラの経営-米国と比較すると [伊藤美歩]

2 プログラム制作の現場
 「ドタキャン」で代役探しも/スケジュールは二年先まで/メシアンの一曲だけでも完売/オペラ作品にも挑戦

インタビュー③ 劇場が取り組むオペラの共同制作 [鈴木順子]

3 ステージマネージャーの「気配り」
 トイトイトイ!/下準備は入念に/楽団所有の楽器管理/楽器搬入とセッティング

インタビュー④ 楽器運搬の今昔 [松田浩美]

 舞台転換のワザ/バンダの設営/神社で演奏会も/不測の事態への備え

コラム⑥ コンサートのマナー

4 ライブラリアンは楽じゃない
 演奏する立場で譜面を見る/蔵書か、購入か、レンタルか/版によっても異なる/総譜とパート譜の照合は基本動作/リハーサルは「仕上げ」/楽譜に指揮者の個性

コラム⑦ 人類の遺産・南葵音楽文庫

 

オーケストラ経営の難しさ、チケット収入では賄えない実情などが詳しくわかりやすく紹介されています。定期演奏会を例に、2000人満席でチケット収入は一回あたり800万円前後。でも…

「大雑把に必要経費を差し引いてみよう。指揮者、ソリストの出演料は一回の本番で数10万円から数100万円と幅がある。それにホール使用料等150万円、楽器運搬費35万円、プログラム誌20数万円、チラシ制作費約10~20万円、エキストラの人件費…、もういくらも収益は残らない。100人近い楽団員、30人近い事務局員のリハーサルから本番まで数日間に見合う人件費は到底賄えない。指揮者、ソリストを海外から招くと、渡航費、宿泊費なども加算される。プロの合唱団が加わる大規模の楽曲だと、なおさら経費は膨れ上がる。」

もちろんこれをふまえてどんな努力や活動をしているかということも詳しく紹介されています。

またライブラリアンというお仕事も興味深い。譜面の調達や管理を専門に行う人で、この項を読むと譜面に関するあれこれが見えてきます。オーケストラのスコアからそれぞれのパートを抜き出して奏者が演奏する楽譜(パート譜)を写譜専門業者に依頼したり、公演曲が決まったときにオーケストラが所蔵する楽譜を使用するのか、指揮者が指定した版がなければ新たに購入するのか。また近代以降の作曲者で著作権の保護期間中である曲などはレンタル楽譜となることもあり、レンタル楽譜の場合は貸出記録が管理できるのでその曲が世界のどこの楽団に演奏されているのかを把握できるというメリットもある、などなど。なるほどー!

使用する楽譜が決まったら、コンサートマスターに第1ヴァイオリンのボウイングをつけてもらう。ボウイングというのは弦楽器を弾くときの弓の上げ下げのことで、これを決めることで同じパートを演奏するセクションの弓の動きもそろいます。同じように第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの各首席奏者にもボウイングをつけてもらう。言われてみれば、弓のアップダウンの動きがバラバラってないですよね。ボウイングは音色の作り方にも影響するのでそろえる意味も大きいと思いますが、見映えとして美しい理由もここにあるんですね。

 

 

第5章 読響の誕生、現在、そして未来

1 世界でもユニークな存在
 読売新聞を中心に/日テレでクラシック番組/楽団員確保にひと苦労/初めての労働組合結成/「第九」が年末の風物詩に

コラム⑧ チェリビダッケの伝説

コラム⑨ テノールがいない

2 海外公演の今昔
 北米五四日間からスタート/カラヤンの招待/初のザルツブルク祝祭大劇場/日本人作曲家の作品を/日中国交正常化記念で北京へ/フェイスブックで情報発信

インタビュー⑤ オーケストラの”輸出”で国内最高の実績 [西山信雄]

3 初演に挑戦
 アルブレヒト時代に数多く/委嘱作品の作り方

4 西欧との距離
指揮者に従順すぎる?/積極性、自発性が乏しい?/日本の音楽教育の問題/アルブレヒトの六つの信念/可能性のアンサンブル

インタビュー⑥ 音楽事務所から見た日本のオーケストラ [入山功一]

 

読売日本交響楽団の発足から今日に至るまでの活動経緯が具体的に紹介されています。常に時代や社会の変化と向き合っているプロセス、日本クラシック音楽界の歴史や変化そして課題となっていることも垣間見れておもしろいです。

 

 

第6章 日本のオーケストラの課題を語る

鼎談 石田麻子 西村朗 山田和樹

「指揮者に従順」はいいことなのか/技術力は高く評価されるが…/日本人にとって音楽とは/レパートリーをどう考えるか/聴衆を獲得するには/オーケストラの意義/日本文化の潜在力/「ヤマカズ知らないの?」

アンコール 好奇心を持ってコンサートホールに来てほしい
-カンブルラン・インタビュー

あとがき

主要参考文献

 

音大教授、作曲家、指揮者という三人による日本オーケストラを深く読み解くやりとりが収められています。本書全体を読みすすめることで、オーケストラ経営はなぜ厳しいのか? なぜ現代曲はプログラムしにくいのか? など今抱える課題が多方面から浮かびあがってくるように思います。

読み物としては決して読みやすい本ではないかもしません。ストーリー仕立てというよりは資料を集めたような構成になっているからです。それでも目次をながめ、気になった項目のページを開いてみる、そのくりかえしで理解が深まるように思います。

 

 

 

久石譲と読響の歴史

 

番組内 久石譲インタビュー

読響との初共演時の印象は…?

松井(司会):
久石さんと読響の初共演は3年半前ですが、今でも印象に残っていることはありますか?

久石:
ショスタコーヴィチの交響曲第5番などを演奏したのですが、作曲家の僕が指揮をするということで、読響の皆さんに助けていただき、とてもいい演奏になったということを覚えています。その他にも、初共演の翌年、2013年には宮崎駿監督作品、「風立ちぬ」の映画音楽レコーディングに読響が参加。読響にとってスタジオジブリの映画音楽を演奏するのは初めての経験でした。また、その直後に読響と久石さんは2度目の共演を果たし、オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」(語り:樹木希林)、ベートーヴェン・交響曲第7番、そしてジョン・アダムズ作曲の「ザ・チェアマン・ダンス」を演奏しました。

今後の読響と久石さんの関係性は?

松井:
改めて、久石さんにとって読響はどんな存在ですか?

久石:
日本を代表する素晴らしいオーケストラで、皆さん一生懸命に演奏してくれます。なので、この関係性は長く続けていきたいと思いますし、より大きなプロジェクトが出来るような、点ではなく、線になる活動を今後もできるといいなと思っています。

(2016年5月開館予定、久石譲が芸術監督をつとめる長野芸術館、そのこけら落とし公演を読売交響楽団との共演にて記念コンサート開催予定)

「コントラバス協奏曲」について

久石:
音がこもりがちになる低域の楽器をオケと共演させながらきちんとした作品に仕上げるのはハードルが高かったです。僕は明るい曲を書きたかったので、ソロ・コントラバス奏者の石川滋さんには今までやったことないようなことにもチャレンジしていただく必要もありました。

Disc. 久石譲 『コントラバス協奏曲』 *Unreleased より抜粋)

 

 

 

読響との共演がCD作品化されているのは「風立ちぬ サウンドトラック」です。コンサートは上のインタビュー内容ふくめ多数共演しています。

 

読響シンフォニックライブ 「深夜の音楽会」(2012年5月30日開催)
第1部
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
久石譲/シンフォニア-弦楽オーケストラのための-
第2部
ショスタコーヴィッチ/交響曲第5番 ニ短調 作品47

 

「読響シンフォニックライブ 公開録画」(2013年8月28日開催)
<第1部>
ジョン・アダムズ/ザ・チェアマン・ダンス
久石譲/オーケストラストーリーズ「となりのトトロ」 朗読:樹木希林
久石譲/風立ちぬ(アンコール)
<第2部>
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調 作品92
ハチャトゥリアン/仮面舞踏会よりワルツ(アンコール)

 

「久石譲 第九スペシャル」(2013年12月13日開催)
久石譲:「Orbis」 ~混声合唱、オルガンとオーケストラのための~
久石譲:バラライカ、バヤン、ギターと小オーケストラのための『風立ちぬ』 小組曲
久石譲:『かぐや姫の物語』より 「飛翔」
ベートーヴェン:交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」

 

「読響シンフォニックライブ 公開収録」(2015年10月29日開催)
-第1部-
久石譲:
コントラバス協奏曲 (日本テレビ委嘱作品) ※世界初演
第1楽章 Largo – Con brio
第2楽章 Comodo
第3楽章 Con brio
-第2部-
カール・オルフ:
《カルミナ・ブラーナ》
運命、世界の王妃よ
第1部「春に」
草の上で
第2部「居酒屋にて」
第3部「求愛」
ブランツィフィロールとヘレナ
運命、世界の王妃よ

 

「久石譲 第九スペシャル 2015」(2015年12月11,12日開催)
久石譲:
Orbis for Chorus, Organ and Orchestra
オルビス ~混声合唱、オルガン、オーケストラのための
I. Orbis ~環
II. Dum fata sinunt ~運命が許す間は
III. Mundus et Victoria ~世界と勝利
ベートーヴェン:
交響曲 第9番 ニ短調 作品125 〈合唱付き〉
I. Allegro ma non troppo, un poco maestoso
II. Molto vivace
III. Adagio molto e cantabile
IV. Presto – Allegro assai

 

「長野市芸術館 グランドオープニング・コンサート」(2016年5月8日開催)
久石譲:「TRI-AD」 for Large Orchestra ※世界初演
アルヴォ・ペルト:交響曲 第3番
チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64

 

久石譲(指揮) ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)
第5回定期演奏会 〈久石譲 ベートーヴェン・シンフォニー・ツィクルス〉
(2017年7月17日開催)*読響ソリスト共演
久石譲:コントラバス協奏曲 (2015・日本テレビ委嘱作品)
—-encore—-
パブロ・カザルス:鳥の歌

 

こう眺めてみると、2012年初共演以来、自作他作問わず非常に重要な作品を読売日本交響楽団との演奏会で披露していることがわかります。久石譲インタビューにもあった「今後も長い付き合い」これからの共演にも期待です。

「オーケストラ解体新書 読売日本交響楽団 編」、紹介できたのはほんの一部分です。クラシック音楽に興味のある人、演奏会に足を運ぶ人、馴染みがない人これから接してみたいという人にもオーケストラの世界がぎっしり詰まっています。少し舞台裏を知ることで、届けられる音楽によりいっそうの深い感動を味わえる。すべては最高のパフォーマンスのために。一発勝負の本番で聴衆は純粋素直にジャッジしていいと思います。感動の種が無限大ならば、音楽センサーに磨きをかけて新しい刺激や味を求めることもキャッチすることもまた終わりはない。もし舞台裏を知ることで受けとめることでジャッジが甘くなるのではなく、新しい感動を味わえるなら。ひとつのコンサートをつくる物語です。

それではまた。

 

reverb.
「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」(W.D.O.)のコンサートができるまでの物語、とても興味がありますね♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第15回 「人生は単なる空騒ぎ -言葉の魔法-/鈴木敏夫 著」を読む

Posted on 2018/01/12

ふらいすとーんです。

スタジオジブリ・プロデューサー鈴木敏夫さんの著書はたくさんあります。内容もおもしろい、語り口も独特で味がある、なにより学ぶことが多い、頭と心のストレッチ体操で読後ほぐれる心地いい感覚。

「人生は単なる空騒ぎ -言葉の魔法」(2017年12月28日刊)、鈴木敏夫プロデューサーの手書きの「書」をまとめたもので、格言からジブリ映画コピー・イラスト・絵まで、手書きと言葉のもつ力強さやメッセージを込めた大型本です。

ひと言で言えば、個展にある図録のような装い佇まい(実際個展も開催しているはず)。それほどに見事な「書」であることはもちろん、過去から現在まであらゆる「書」が収められています。言葉を選ぶこと、その言葉にどんな想いをのせて表現するのか。ゆっくり眺めるとほんとうに奥が深い世界だなあと思います。そしてさすがエンターテインメント、見ているだけでもおもしろいのが鈴木敏夫プロデューサーの個性溢れる「書」。

中身をお見せできないのが残念ですが、ぜひ書店で見かけたら手にとってみてください。

 

 

今回は目次をなぞりながら、その章で印象に残ったことを個人の備忘録よろしく記していきます。いつかどこかで、なにかつながるときがくる、そう思っています。

 

【目次】

はじめに

1 読む話す好きな言葉

 

本のタイトルにもなっている「人生は単なる空騒ぎ。意味など何ひとつない。」、もとになっているのは映画のセリフだそうです。鈴木プロデューサーのコメントに「もともと人生に意味はない。だったら意味を付ければいい。自分の人生は自分で決められる。」と補足がありその真意がわかりやすく伝わった気がします。

 

この章で強く印象に残った文章を一部抜粋させてもらいます。

言葉を集める

「人間が何かを考え、論理を組み立てるとき、その単位となるのは言葉です。おもしろいのは、頭の中で考えるだけじゃなくて、声に出してみると、自分の考えがまた違う響きを持って聞こえること。それについて何度も考え、口にするうちに、気がつけばその言葉に支配されている自分がいる。不思議なものです。ぼくは学生時代から”言葉”が好きで、気にいった文章に出会うと、ノートに書き写すということをよくやっていました。とくに大学時代は本を読むときは必ず傍らにノートを置いていた。本に線を引っ張ったり書き込んだりはしないで、いいなと思った言葉はノートに書き写す。そうすると文章が自分の体に入ってきて、しっかり記憶に刻まれる。」(以後つづく)

 

 

2 映画を作るときに書いてきたこと

 

スタジオジブリ映画のこれまでのキャッチコピーや名セリフの数々が「書」で収められています。『バルス!』も1ページまるまる力強い筆で。文章頁では【映画を伝える/「生きる」というテーマ/監督の話を聞く】というプロデューサー論やその仕事が垣間見えるエピソード満載です。

ちなみに「ハウルの動く城」をはじめ、いくつかの映画タイトル(題字)も鈴木プロデューサーによるものであることは有名です。

 

この章で強く印象に残った文章を一部抜粋させてもらいます。

「お客さんに喜んでもらいたい──これに尽きます。映画作りって、ぼくはラーメン屋と同じだと思うんです。いろんなお店がありますけど、本当にいい店はやっぱりお客さんのことを考えている。間違っても、自己表現だとか、自分のこだわりに走っちゃいけない。いつも受け取る相手のことを考える。そうすれば迷わないし、こちらも楽しくなってくる。エンターテインメントってそういうものだと思います。」

 

 

3 自分のためではなく 他人のために

 

スタジオジブリ作品以外で依頼された「書」がまとめられています。「男鹿和雄展」や「24時間テレビ」、宮崎駿監督がいちばん褒めてくれたという絵、LINEスタンプのキャラクター絵一覧まで。

 

NHKでTV放送された「終わらない人 宮崎駿」、この番組題字もそうだったんですね。本にはその原書が収められています。

 

そして久石譲パリ公演の題字、鈴木プロデューサーのメッセージも。観客に配られたパンフレットや会場特設巨大パネル、ステージ巨大スクリーンにと、海外ファン新鮮インパクト絶大!

「英文の題字は大文字と小文字が交じったアルファベットに苦労した。何枚も書いた」というエピソードが語られていました。原書はご紹介できないのでコンサートで使われたものを。日本発信のスタジオジブリ映画・スタジオジブリ音楽。コンサートに華を添える筆文字のおもてなし。

 

Info. 2017/06/11 《速報》「久石譲 シンフォニック・コンサート Music from スタジオジブリ宮崎アニメ」(パリ) プログラム 【6/12 Update!!】 より)

 

 

4 分からないことはそのままで

 

鈴木プロデューサーの生い立ちや少年期の作品まで。よくここまで状態よく保管されているなあと感心したわけです。作ったもの(作品)を大切にするという職人気質が、小さい頃からすでにあったのかもしれないと思わずにはいられません。学生時代の「分からないことはそのままにしておく」というエピソードも学びの種をもらい、アニメージュ編集者時代のマニュアル一覧表もすごかった。言葉の表記や校正のルールがまとめられています。まちがえやすい送り仮名・漢字・仮名づかい、数字表現(漢数字/算用数字)ルール、カッコ類の使い方、などなど。学校では教えてくれない?!ような実用性の高いものばかりで、食い入るように見ていました。文章を書く機会の多い人、文章を書くことが好きな人は、見て損はない「おっ、こいつの文章は一応の教養はあるな」と思ってもらえる型がつまっています。

 

 

5 ジブリにまつわるエトセトラ

 

ジブリ映画の企画書、製作時期の作業工程表、宣伝計画表、選考段階のキャッチコピー、ポスターラフスケッチ、映画タイトルロゴ、CM用コンテなどなど。時に便せん用紙に、時に原稿用紙に、時に白紙にと、すべて鈴木プロデューサーの手書きのものが収められています。ジブリ映画本「ロマンアルバム」やジブリ美術館に展示されているような貴重な関連資料と言ったらわかりやすいかもしれません。

ユーモアあふれる筆跡やイラスト、デザインとしてもバランスいい優れた資料とも見れます。一方では絵に描いた餅にならない説得力と計算性をもった内容。このあたりのアート性と論理性が研ぎ澄まされた究極のバランス感覚が、鈴木プロデューサーの一流たる所以であり、一貫するエンターテインメント力なんだろうなあと感嘆しきりです。

 

 

6 書は体を現わす

おわりに

 

今さながら、本著至極の「書」にどんな言葉があるのか、どんな筆で表現されているのか、その言葉へのコメントは紹介できていませんが、それは本を開いてのお楽しみということで。

僕は常々、数々の言葉たちは、鈴木プロデューサーから生まれた言葉だと思っていたのですが、そうではないんですね。先人たちの格言をそのままだったり、鈴木プロデューサーのフィルターを通って言葉が少し変換されていたりと。もちろん日常のやりとりのなかで生まれた言葉もたくさんあります。

日本語、英語、韓国や台湾で開催されるジブリ展示会のための各国語題字。鈴木プロデューサーの「書」は書道の精神を現わすというよりも、全体のデザインが巧みで文字のアクセントやバランスの妙を感じます。絵がうまいことも要因でしょうし、エンターテインメント性のあるデッサンや動き出しそうな字たち。精神よりも生身、生きた字を感じるのかもしれません。

 

この章で強く印象に残った文章を一部抜粋させてもらいます。

創作と制約

「昔の芸術家は、発注者の注文に応じで作品を作っていました。ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ、みんなそうです。そういう意味でいえば、プロデューサーとしてのぼくは発注者にあたります。実際に作品を作るのは、監督である高畑勲や宮崎駿です。発注者としての経験から思うのは、作る人が自由に好きなものを作ると、なかなかいい作品ができないということです。むしろ、ある制約をかけられて、それを克服しながら作ると、いいものができる。」(以後つづく)

昨日の自分は、過去の遺人

「ぼくは昔から過去のことに興味がありません。雑誌も映画も、作り終わったあとはもう過去のこと。見返すことはないし、まわりの人から「あのときこんなことがあった」と言われても、よく覚えていないことが多い。今回、こうして自分が過去に書いたものを並べてみても、「へえ、こんなものを書いていたんだ」と他人事のように見ている自分がいる。ぼくにとっては、昨日の自分はもう他人なんです。~略~ 過去の出来事は思い出せても、そのときの感情は思い出せない。過去の自分は叩いてもつねっても、痛くも痒くもない。つまり、もはや歴史上の人物と同じ。ぼくにとって、過去の自分とはそういう存在です。」

「ぼくが書に向かうのは、いま、ここに集中したいからなのかもしれません。じつをいえば、宮崎駿という人も、いつも、いま、ここの人です。」

 

 

久石さんファンとして。

僕は久石さんのファンでよかったなと強く思うことがあります。それは久石さんの周りにいる人たちからも多くのことを学ぶことができる。鈴木敏夫プロデューサー、高畑勲監督、宮崎駿監督、をはじめつながる方々の本やインタビューを読む機会にめぐまるからです。仕事論、プロ論、人生論、どれも一流です。突きつめてきた人たち、走りつづけてきた人たち、切り拓いてきた人たち、そこから生まれる具体的なエピソードや教訓、時に失敗談や笑い話。生き生きとしていて、羨ましくもあり、希望や勇気をもらえる。「自分の今の壁なんてまだまだ!」とか「自分もこんな眺め(心境)を味わいたい!」と、先を照らしてくれる灯りのようです。半端なビジネス書を読んでふわっとした額ぶちオチなら、断然スタジオジブリ関連書籍をおすすめしますっ。

これらの人から語られる言葉・考え方は、長年付き合っている久石さんの耳にもきっと入っている。本からではなく直に接する会話やりとりのなかで。とすると、久石さんの血肉にもなっているかもしれない思考(少なくとも影響は受けているものはある)、そのおすそ分け知る学ぶことができる書籍はとても貴重でかけがえのないものです。

 

久石さんからでる言葉に「?」となったとき。なぜこの言葉?なぜこの言い回し?なぜ今?…

本からの鈴木プロデューサーの言葉を借りれば。「分からないものはそのままにしておく。──現在進行系で起きている事柄を捉えようとするとき、分かることと、分からないことが出てくる。もちろん分かろうと努力はするものの、全部は分からない。 ~略~  いまは分からなくても、いつか分かる日が来る。だから、そのまま大事にとっておこう。」

まさに、この心境そのままに記しました。

いつかどこかで、なにかつながるときがくる、そう思っています。

それではまた。

 

 

reverb.
書も収められいた言葉に「どうにもならんことは どうにもならん  どうにかなることは どうにかなる」、いい言葉だなあとからだの深くに染みこんでいきます♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第14回 「交響曲第3番/マーラー」のポストホルン

Posted on 2017/12/26

ふらいすとーんです。

「好きになりませんように。」「趣味にあいませんように。」そんな気持ちでおそるおそるプレイボタンを押すことってありますか?

クラシックに疎いなかで、マーラーという作曲家は名前だけが先行していて実際にちゃんと聴いたことがない。一年間で好きな作家や長大な小説を読破するそんな目標を立てるように、マーラー交響曲全9作品をちゃんと聴いてみようとはじめました。案の定、作品ごとにいろいろなCD盤を聴き比べてお気に入りの1枚を探すこともまた楽しい行程、聴いて調べて横道にそれてゆっくり味わいながら。

この交響曲第3番は好きになりたくなかった。気に入ってしまったら毎回とおしで100分の時間を捧げなければいけない。それもそのはず、この作品はかつて「世界最長の交響曲」としてギネスブックにも認定されていたとのこと。長いはずです。マーラー交響曲は全9作品、すべてを気に入る必要もない……そんな不純な願いを一蹴するかのように見事にハマってしまいました。

映画『となりのトトロ』よりも長編。トトロに出会って、メイが迷子になって、ネコバスに乗って、お母さんにとうもろこし届けて、となりのトトロ歌って、”おわり”のエンドクレジットで幸せな気分になって。…その頃こちらの交響曲第3番はというと、やっと最終第6楽章のクライマックスにさしかかろうというところ。長いはずです。

映画一本分にも相当するこの作品、中盤なかだるみすることなく、最後に待ちうけるのは至福のカタルシス。ハッピーエンド・バッドエンドという物語の特性に左右されることのない、音楽だけの持ついかようなクライマックスをも潜めたエネルギーの解放、至極の満足感と解放感で胸いっぱいになります。

 

 

たまたま初めて食べたその料理のせいで完全シャットアウト、嫌いになってその後二度と口にすることのない食べ物のように。どうもやっぱり音楽にもそれがあるようです、残念ながら。最初に聴いた演奏でまったく自分のなかの音楽センサーが反応しない、こんなもんか、自分には合わない作品だなと終わってしまう。

でも少しずつクラシックを聴きなれていくと、演奏は合わなくともきっといい作品に違いない。本質的には好きかもしれない、もっといい盤を見つけることができたなら、相性よくお気に入りの愛聴盤になるかもしれない。そんな目利きならぬ耳利きが育っていくのかもしれません。

ご多分に漏れず、この作品もテンポや響き、管弦楽のバランスなどによってまったく印象がちがう。優劣をつけるのではなく、もうそれは「こうあってほしい」という聴き手のイメージと願望に近い選び方。そしてこの1枚に出会いたときには飛び跳ねるほど幸せでした。

マーラー交響曲第3番、名盤とっておきのオシ盤はこれです。

 

マーラー:交響曲第3番

1 Kraftig.Entscheiden 34:20
2 Tempo di minuetto. Sehr massig 9:08
3 Comodo. Scherzando. Ohne Hast 15:44
4 Sehr langsam. Misterioso. 4:41
5 Lustig im Tempo und keck im Ausdruck. 9:12
6 Langsam. Ruhevoll. Empfunden 20:07

指揮:ヴァーツラフ・ノイマン
演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、マルタ・ヴェニャチコヴァ(アルト)、プラハ室内合唱団、ミロスラフ・ケイマル(ポストホルン)

録音:プラハ「芸術家の家」ドヴォルザーク・ホール(1994年)

オクタヴィアレコード/ハイブリッドSACD/2枚組

 

 

好きになった理由、より好きになった理由は、すべてCD情報に書かれています。

 

 

ノイマン(指揮)

マーラーと同郷ゆえにボヘミア様式の音楽づくり、素朴で民謡的なモチーフを多く含んだマーラー作品を自然体で豊かに表現しています。端整であり悠々と歌いあげ大きく広がりのある響き。ノイマンはドヴォルザークやベートーヴェン作品もたくさんいい録音があって、結局ノイマン指揮が愛聴盤にすっと落ち着いてしまうということも僕のなかではしばしば。

 

第1楽章は力強いホルンの響きと多彩な主題が絡み合う壮大な行進曲のリズム、第2楽章は軽やかで優しく弾むメヌエット、第3楽章は素朴で神秘的なポストホルンによる旋律、第4楽章はニーチェの言葉にのせてゆったりとアルト独唱、第5楽章はアルトと女声合唱・児童合唱による天使と鐘の響き、第6合唱は弦楽合奏による美しい感動的な境地。

構想の段階では、全体のタイトルとして「真夏の昼の夢」などの言葉が頭にあって、第1楽章「牧神が目覚める、夏が行進してやって来る(バッカスの行進)」、第2楽章「野の花たちが私に語ること」、第3楽章「森の動物たちが私に語ること」、第4楽章「人間が私に語ること」、第5楽章「天使が私に語ること」、第6楽章「愛が私に語ること」というタイトルが付けられていました。出版の際に誤解を与えかねないとしてこれらの標題はすべて削除されることになりました。が、作品の本質に迫るための鍵としてきわめて重要なものです。交響曲第3番は、自然と人間の存在について、自然観や宇宙観といった壮大な世界が表現されています。

世界観も壮大ならば、音楽構成も多種多彩。それを見事にひとつの大きなかたちとして巨大に構築したマーラーと、収拾つかなくなりそうな音楽的素材たちを縫い目よくまとめあげるノイマンの指揮。第6楽章はクライマックスに向けて最高潮に達しながら終わりそうで終わらない。クセになるほどたたみかけるハイライトの巨渦。大きく起伏する重厚なストリングスの波は怒涛のごとくおし迫り。壮絶な解放感と同時に、このまま終わってほしくないと思わせてしまうほど。これほどまでに名残惜しい残響はない。本当に巨大な宇宙のような作品なんです。

 

 

ポストホルン

ポストホルン? 18世紀から19世紀ヨーロッパで使われていた郵便ラッパのことで、バルブを持たない円柱状の金管楽器、ホルンの仲間とあります。オーケストラのトランペット奏者が演奏するのが一般的で、この楽器は現代では珍しくなったため、トランペットやフリューゲルホルンで代用されることもあるそうです。素朴な音が特徴でモーツァルトもこの楽器のための協奏曲を残しています。

 

ホルン

ポストホルン

 

 

ミロスラフ・ケイマル

交響曲第3番のポストホルンならびにトランペット奏者、ミロスラフ・ケイマル。チェコフィル前首席奏者、ノイマン指揮×チェコフィルとして他マーラー作品でもケイマルさんのトランペットは健在です。第3楽章のトランペットのソロ録音に、ノイマンが聴き惚れ涙を流したというエピソードもあるほどです。ケイマルさんのスケジュールに合わせてマーラー交響作品録音スケジュールの作品順番を入れ替えたというエピソードも。絶大なる信頼とトランペット奏者として存在の大きさがわかります。

 

 

さて。

この辺りからぼちぼちつなげていきます。

 

久石譲 × ケイマル

すぐにピンときた人はすごい!映画『ハウルの動く城』公開に先がけて制作されたイメージアルバム。「イメージ交響組曲 ハウルの動く城」そのなかに「Cave of Mind」というトランペット旋律の美しい楽曲があります。この奏者こそミロスラフ・ケイマルさんです。

久石さんは当時このように語っています。

「実際に演奏してもらい、“こんなにいい曲だったんだ”と驚かされることってあるんだよね。いい演奏者というのは、そうやって曲の持っている力を引き出してくれる。『ケイヴ』はまさにそういう曲だった」

 

久石譲 × チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

イメージアルバムの枠を超えたフルオーケストラによるひとつの完成されたハウルの世界。100%音楽だけでその世界観を表現しようと、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団と本拠地プラハ「芸術の家」ドヴォルザークホールで録音し、ロンドン アビーロードスタジオで仕上げた渾身の作品です。

 

 

 

ケイマルさんの響きはここで終わりません。

イメージアルバム制作後、ハウルの音楽は二転三転します。宮崎駿監督の「映画をひとつのメインテーマでいきたい」という希望から、イメージアルバムにはなかった一曲が新たに書き下ろされます。そう「人生のメリーゴーランド」、このメインテーマと変幻自在なバリエーション(変奏)によってハウルの世界観は統一されました。

そんななか宮崎監督がイメージアルバムを聴いて気に入っていたのが「Cave of Mind」。この楽曲を本編でも使うことはもちろん「本編もこの音がいい」とケイマルさんのトランペット・ソロを強く望みました。

サウンドトラックは新日本フィルで録音するため、「Cave of Mind」だけチェコフィルの録音をそのまま使うことは難しい。なんとケイマルさんをたった1曲のためだけにチェコから呼んだ。新日本フィルハーモニー交響楽団と一緒に再度あの美しい旋律を甦らせたのが「星をのんだ少年」です。付け加えるなら、本編映像に音楽をあわせたときに「最後にメインテーマに戻りたい。これはハウルとソフィーの物語だから」という録音当日の宮崎監督の要望をうけて、その場で修正を加え「星をのんだ少年」には「Cave of Mind」になかった「人生のメリーゴーランド」の旋律が終盤に追加されることになりました。ケイマルさんを呼んだからこそ、この追加パートでもメインテーマの旋律と絡み合うトランペットの美しい音色を聴くことができる、そんな贅沢な一期一会が記録されることになりました。

いろんなエピソードがあるんですね。幾多の奇跡の連続で音楽は誕生しているんですね。

 

ハウルの動く城 サウンドトラック

 

 

今では、「SYMPHONIC VARIATION “MERRY-GO-ROUND”」として演奏会用に音楽再構築された「シンフォニック・バリエーション メリーゴーランド」がコンサートで演奏される機会に恵まれています。「SYMPHONIC VARIATION “MERRY-GO-ROUND + CAVE OF MIND”」版は、その名のとおり「ケイヴ・オブ・マインド」を加えた作品です。こちらはジブリコンサートなどでも披露されています。オフィシャル・オーケストラ・スコアも出版されています。

 

 

 

「交響曲第3番/マーラー」(1994録音)と「イメージ交響組曲 ハウルの動く城」(2004録音)の共通点は、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、ミロスラフ・ケイマル(トランペット)、芸術の家 ドヴォルザーク・ホール録音でした。

これだけでもすごい共鳴なんですけれども、1994年と2004年の間にもうひとつあります。

 

映画「もののけ姫」の世界を、全8楽章から構成された交響作品へ昇華した「交響組曲 もののけ姫」(1998年録音)。この作品こそチェコ・フィルハーモニー管弦楽団との初共演。当時のコンサートツアーパンフレットにもレコーディング日誌が掲載されています、ドヴォルザークホールでの録音風景も紹介されています。今この写真を見返すだけでも、なんだか深い感慨をおぼえます。

 

 

久石譲 『交響組曲 もののけ姫』

 

 

オクタヴィアレコードよりハイブリッドSACDとして発売された「交響曲第3番/マーラー」は音質クオリティの高さにも注目です。迫力や臨場感はもちろん繊細な音も逃すことのない自然で豊かな響きです。ハイブリッドSACDは、通常のプレーヤーでも聴くことができてSACD専用プレーヤーならばさらに最高音質で聴くことのできる規格です。僕は通常のプレーヤーで聴いてますけれど…それでも文句なし素晴らしい。

このクラシック音楽専門レーベル オクタヴィアレコードと久石譲といえば。近年の活動を象徴するコンサート企画の録音が刻まれはじめています。ひとつは”現代の音楽”をナビゲートする「MUSIC FUTRE」、もうひとつは”現代の解釈”を堂々と提起する「ベートーヴェン・ツィクルス」。いずれもコンサート・シリーズ継続中で、現代ゆえの貴重な発信(コンサート)と記録(CD盤)が両輪で着実に生み残されていることは、きっと未来への宝物になります。

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE 2015』

 

Disc. 久石譲 『久石譲 presents MUSIC FUTURE II』

 

Disc. 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 『ベートーヴェン:交響曲 第1番&第3番「英雄」』

 

 

結び。

「交響曲第3番/マーラー」この作品にはじまり、愛聴盤を探す過程で出逢えた名盤とつながる点と線。「交響組曲 もののけ姫」発売当時、チェコフィルってすごいの?なにか違うの? と子どもよろしく素朴な疑問。「イメージ交響組曲 ハウルの動く城」発売当時、ケイマルっていう人がいるんだ、たしかにきれいな音だけど、だって曲がいいし、くらいのふてぶてしい感覚……。

この無知で未熟なままの音楽思考が、マーラー作品の1枚のCDをとおして、やっとやっと巡り巡って周回遅れでたどり着いた感慨。名前やネームバリューといったもので音楽を聴くわけではないけれど、たしかに知って豊かになること、新しい聴こえかたがしてくる瞬間ってある。

その感動を運んできてくれたのが「交響曲第3番/マーラー」(ノイマン指揮)の名盤でした。今振り返ると、きっと久石さんもチェコ・フィルと共演すること、歴史と伝統あるドヴォルザーク・ホールで録音すること、とても感慨深く特別な想いがあったんだろうなあと、巡り巡ってやっと今とてつもない感慨におそわれます。

時間が経過しないとわからない価値もあるでしょう、時代の変化で価値がかわることもあるでしょう。そして価値を見いだせる聴き手、見いだせない聴き手(僕のこと)もいるんだということ学ばせてもらいました。反省というよりも、そのくらい久石さんは「今いいと思うこと、自分がこうだと思うこと」を妥協なく本気でやっている。いつの時代も全力で走りつづけてきた、その数々がきちんと残されている。そのことにその本質にいつ気づき共感共鳴することができるかは、聴き手に大きく託されている。そんなこわさを感じたというほうが正しいかもしれません。

 

今回なにを記したかったかというと、純粋に「交響曲第3番/マーラー」の作品のすばらしさを伝えたかったんです。聴く人それぞれに満足感を堪能できる作品です。ケイマルさんも第3楽章はもちろん各楽章で美しい旋律を奏でています。個人的にはマーラー交響作品 奇数番号ものに好きな作品が多い。マーラーが世俗的であったり民謡的なものを作品に込めたように、久石さんも日本作曲家として現代作曲家として「THE EAST LAND SYMPHONY」で世俗観や民謡的音階をのぞかせています。いろんな角度から眺められるようになると、ほんと音楽って面白い。まだまだ新しい発見や新しい聴こえかたがきっとある。

久石さんが作曲のためにクラシック音楽の指揮をしていると言うならば。僕は久石さんの音楽を広く深く愛するためにクラシック音楽を聴いている。結果そうなってきている、そんな気がしますね。

それではまた。

 

reverb.
この年末年始、ぜひ第6楽章だけでも聴いてみてほしい!心おだやかに心洗われます。あなたの今年一年を包みこんでくれますように♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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Overtone.第13回 ピアノの響きについて考える (雑誌コラム紹介)

Posted on 2017/11/15

ふらいすとーんです。

今回はちょっと音楽的にがんばって掘り深めていきたいと思います。ピアノの音のつくり方、響きのつくり方です。ピアノに限らずどの楽器にも言えることですが、たとえ同じ楽器でたとえ同じ楽曲を演奏したとしても、弾く人によってその音・響きは大きく異なります。なぜそうなるのか?それを言葉で説明することはとても難しい、説明する以前にどこまで本質的に理解しているかというステップもあり。

久石さんのピアノもまさに説明不可能な領域を多く含んでいて、たとえ自分が作曲したものでなかったとしても、久石さんがピアノを弾けば、やっぱりそこには久石譲独特の音や響きが広がります。この魔法はどうやってかけられるのか?

CDを聴くたびに、コンサートで体感するたびに、いつもこの不思議な魔法に魅了されます。そんなところに、とてもわかりやすいコラムを読むことができたので、それをもとに学びを深めていきたいと思います。クラシック音楽専門誌「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」に連載されている小山実稚恵さん(ピアニスト)によるエッセイです。

 

 

クラシック音楽専門誌「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」

ピアノと私 第33回 小山実稚恵

他の楽器・声との共演 ”合わせもの” ②

声楽、そして弦・管楽器で出来るのに、ピアノで出来ない2つの大きなことがあります。それはビブラートをかけること、そして音程を作ることです。この2つをピアノでも自由に使うことができるなら、ピアノの演奏ももっともっと自在になるのにと、声楽家や他の楽器の奏者を羨ましく思うことがあります。

ビブラートは音楽表現の大切な手段。声楽家が言葉に感情を込める時、ビブラートを上手く使うことができるかどうかで、感情表現はずいぶん違ってきます。限られた母音の中に、如何に自分の気持ちを託すことができるか。それが個性となり、音楽の表現手段となるのです。ビブラートのかけ方ひとつで、歌詞が胸に飛び込んできたり、感情が揺さぶられたり。

ビブラートの振れ幅、細かさ、長さやタイミング、音楽性がそこから見えてくると言っても過言ではありません。大胆で劇的なビブラートもあれば、品格の高いビブラートもある。時には、全くビブラートを使わないほうが良い場合だったあるわけですから。声楽家、弦楽器や管楽器の奏者が使うビブラートは、自分の気持ちを表現するための大きな手段なのです。

残念ながらピアノはビブラートをかけることができません。一度出してしまうと音の修正は効かない。無念に思いますが、その分、気持ちでビブラートをかけようと思います。「ここでビブラートをかけたい」と強く願って鍵盤をタッチするなら、ピアノから出るさまざまな倍音が、多少であってもビブラートをかけてくれる、そんな気がするのです。タッチは気持ちで作る、というのが私の持論ですが、「こんな音を出したい」とタッチに気持ちを込めるなら、指(というよりも身体)はそういう音を作ってくれると信じています。

そしてもうひとつ、音程について。現代のピアノは平均律で調律されています。1オクターブは12音で、音は鍵盤通り。ドの鍵盤を弾いたらド、レならレの音が鳴ります。ところが声楽や弦楽器は、自分自身で音を作るから、全ての音と音との間に音が存在する。音程は無限大なのです。音程を取る(作る)難しさがある代わりに、最高に美しい音程を作り出すこともできる。偉大な声楽家や演奏家たちの、何とも言えない音程感覚を耳にすると、私はいつも痺れてしまいます。平均律にはない響き、ハッとするような美しいハーモニーを感じた瞬間に鳥肌が立ち、そういう音程を何とかピアノでも作り出せないかと思うわけです。

一般的にはピアノの音程は決まっているものなのですが、私はピアノであっても、演奏次第で微妙な音程調整ができる気がしています。鍵盤にふれる時に、どの倍音を強く出すかを意識してタッチし、ペダルを踏むタイミングやペダリングの工夫をすれば、物理的にも音程は微妙に変化します。また和音を弾く場合でも、どの音に力点を置くのか、そして、それぞれをどのような音色バランスで鳴らすのか等、倍音の響き具合を上手に利用すれば、美しい音程を作り出すことができると思うのです。音程の決まっているピアノであっても、音程を作ろうと努力することは大切なことなのです。

合わせものをする時には、ソロとは違う判断力が必要となります。タッチを変え、相手の音程との関係を探る。バランスよく、相手と素敵な響きで音程を合わせることができると、最高の感覚に包まれます。共演者の方は、ピアノの音を聴きながら自分の音を判断して音程を作っているはずです。こちらもビブラートを感じ、音程を感じて、お互いを聴き合い、感じ合う。”合わせもの”をすると、音楽の初心に戻ることができるのです。

(「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」より)

 

 

いかがでしたか?

このお話を何回も何回もくり返し読むと、なにかわかったような見えてくるものがあるような気がしてきます。なるほど、ビブラートと音程に対するピアノの制約があったとして、それを克服し表現しようとするペダリングやタッチの強弱、そこから生まれる響きと倍音。

このあたりが掘り下げていくキーワードになりそうです。

 

 

お題1. ドビュッシーにみる和音と響き

ドビュッシーの和音はとても緻密に計算されています。左右両手の和音が乱れることなくピッタリ合うと、きれいな倍音が鳴るようにできています。ショパンやドビュッシーなどペダルや響きにこだわりの強かった作曲家は、楽譜に細かいペダル奏法の指示も残していたと言われます。ピアノという楽器の発達も影響しているのですが(バッハの時代はペダルがなかった、だから音を伸ばす効果をピアノは持っていなかった、トリルという隣り合うふたつの音を連打するのは、音を伸ばす代替とも言われています)、以降の印象派ロマン派においてもペダルを獲得したこと、イコール響きの可能性や多彩な表現力の追求へとつながっていきます。

ピアノ曲ではないですが、「牧神の午後への前奏曲」/ドビュッシー という管弦楽作品について。久石さんがTV音楽番組「読響シンフォニックライブ」(2012)で演奏したときのインタビューでもドビュッシーについて興味深く語られています。

 

「この曲は小節数にするとそんなに長いものではないんですが、この中に今後の音楽の歴史が発展するであろう要素が全部入っていますね。音楽というのは基本的に、メロディー・ハーモニー・リズムの3つです。メロディーというのはだんだん複雑になってきますから、新しく開発しようとしてもそんなに出来やしないです。そうすると「音色」になるわけです。この音色というのは現代音楽で不協和音をいっぱい重ねて特殊楽器を使ってもやっぱり和音、響きなんですね。そうするとそっちの方向に音楽が発達するであろう出だしがこの曲なんだと思います。20世紀の音楽の道を開いたのはこのドビュッシーの「牧神」なんじゃないかなと個人的にすごく思いますね。」

(読響シンフォニックライブ より)

 

 

お題2. 倍音

ここは通りたくないけれど通らないと進めない。久石さんの力を存分にお借りしたいと思います。

 

「まず音の問題。音とは空気の振動である。もう少し厳密にいうと、空気の圧力の平均(大気圧)より高い部分と低い部分ができて、それが波(音波)として伝わっていく現象である(『音のなんでも小事典』日本音響学会編)。まあ太鼓を叩くとそれが振動し、周りの空気も振動し、それが我々に伝わるということだ。」

「そして楽音を含め自然界の音はすべて倍音というものを持っている。それも限りが無いくらい。」

「では実験。今あなたはピアノの前に座っている。ちょうどおへその辺りにあるドの鍵盤を右手で音が出ないように静かに押さえる。そしてオクターヴ低いドの音を左手で強く弾いて、あるいは叩いてみよう。すると、あら不思議!強くて低いドの音が消えた後に弾いていない上のドの音がエコーのように聞こえるではないか!これは下のドの音に含まれている倍音と上のドの音が共鳴したために起こることである。つまり下のドの音には、第2倍音としてのオクターヴ上のドの音、第3倍音のオクターヴと5度上のソなど、限りなく色々な音が鳴っているのだ。もちろん上に行くほど音は小さくなり音程の幅も小さくなる。」

「実は人類はこの倍音を長い年月をかけながら発見していくのだ。例えば真ん中のドの音を男の人と女の人がユニゾンで歌うと、この段階でもうオクターヴ違うのであり、先ほどの第2倍音の音を歌ったことになる。これは整数比で1対2だ。そして500年くらいかけて(という人もいるが定かではない)人類は第3倍音であるソを発見する(整数比で2対3)。」

(講義はまだまだつづく…)

Blog. 「クラシック プレミアム 39 ~ドビュッシー~」(CDマガジン) レビュー より抜粋)

*この音楽マガジンに2年間連載された久石譲エッセイは再構成・加筆され「音楽する日乗」(小学館)として書籍化されています。

Book. 久石譲 「音楽する日乗」

 

TV音楽番組「題名のない音楽会 久石譲が語る歴史を彩る6人の作曲家たち」(2016年5,6月2週連続)に出演した際にも、実際にピアノに座って倍音の作り方を実演されていました。百聞は一見に如かず、とてもわかりやすかったですね。

 

 

お題3.ピアノと調律

現在久石さんが愛用しているピアノはスタインウェイ。初期の頃はベーゼンドルファーに比重が大きく、このふたつの銘器を楽曲ごとに使い分けていたほどです。

 

「レコーディングには約3年程かかりました。1986年秋、ロンドンのサームウェストスタジオで、Resphoina、Lady of Spring、Green Requiem、そしてInnocentの4曲をベーゼンドルファーのピアノで、残りの曲はその後1988年1月、東京でスタインウェイのピアノで録音することが出来ました。」

久石譲 『piano stories』

 

「ストリングスはロンドン・シンフォニーとロンドン・フィルのメンバーに協力してもらいました。ロンドンの──特に弦の音は、僕の求めている音に合うんです。録音はアビィ・ロード・スタジオ。あそこはね、ルーム・エコーが非常にいいんですよ。ピアノのパートは日本で録音しました。ピアノはベーゼンドルファー・インペリアル。低音部分にこだわってみたので」

久石譲 『i am』

『I am』(1991)

 

 

ピアノの好みの響きについて、こんな興味深いインタビューもあります。

 

「僕のスタジオにあるスタインウェイがすごく気に入っています。今のスタインウェイってペダルがきつくて、カクンカクンと持ち上がるんですが、今僕が使っているモデルは、どちらかというと昔のタイプなので、ペダルのスプリングがすごく弱いんです。だから自然にペダル操作ができる。あと、音もきらびやかじゃなくて、ホワンとしています。僕がアルバムでピアノを弾くときは、ほとんどそのピアノですね。ただ、楽曲によってもっと派手な音が欲しいときは、別のスタインウェイを用意してもらうこともあります。あと、好きなのはアルバム『ETUDE』などで使ったオペラシティのスタインウェイ。あそこのピアノはすごくいいですよ。最近はベーゼンドルファーを全然弾かなくなっちゃいました。低音鍵盤があるモデルではその分響きが豊かだから、昔は好きだったんですけどね。理想のピアノは真ん中から低い音がベーゼンで、高い音がスタインウェイ(笑)。」

Blog. 「キーボード・マガジン 2005年10月号 No.329」 久石譲 インタビュー内容 より抜粋)

 

 

ここまでこだわってます!

 

「やはり僕はピアノがメインなので、”これしかない”という響きのピアノに出会いたいといつも思ってます。「アシタカとサン」では生ピアノのマイキングに凝って録りました。マイクの位置をミリ単位で変えてみたり、蓋を外したりしていろいろ実験してみたんです。ピアノは譜面台を外すだけでも音は変わりますからね。調律師には”果物が腐る直前のような音”にしてくれと頼みました。ピッチがズレる直前というギリギリの感じですね。」

Blog. 「キーボード・マガジン Keyboard magazine 1997年9月号」久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

ほかにもピアノにまつわるエピソードはたくさんあるのですが、お題「ピアノと調律」に振り返ると、楽器選びから、演奏や録音時のセッティングやマイキング、調律による音のニュアンス。自分の求める音に対して、自分のなかで響いている確固たる音に対して、実際の音や響きを近づけようとする過程を読みとることができますね。音程がつくれないピアノに対して、久石さんならではの音程のつくり方、生まれる響きや倍音の土台づくりとも言えるのかもしれません。奥が深い。

 

 

お題4. 久石譲ピアノは再現できるのか?

たとえば、久石さんの演奏CDを機械を介して数値化できたとします。音の強さも音の伸ばし方も音符ごとにすべてきれいな数値に表されたとします。じゃあこのとおり弾けば久石譲と同じピアノの響きになるかと言われると、近づくことはできるかもしれませんが、きっと同じにはならないですね。それは上に書いたピアノという楽器選びもあります。同じブランドであったとしてもグランドピアノは一台一台に性格があり個性としての響きがあります。

もっと大切なこと、それはやはり弾く人そのものが音として表れるからです。根本的にいえば、手の大きさ・手のかたち・指の曲げ伸ばし、このあたりが鍵盤のタッチに影響してきます。指使い・姿勢・椅子の高さ・体と鍵盤の距離感、このあたりが強弱や力のかけ方に影響してきます。それにペダルなどを加えると響き方や倍音に影響してきます。、、と勝手に思っています。

つまり弾く人に注目したとしても、いろいろな要素が絡み合って、素性・テクニック・感性の集合体として一音が生まれる。その人の音をつくっている。僕はこれを総称して”手クセ”と言っています。久石さんの指10本のそれぞれの指力の差、指使いのクセによるメロディの強弱、ドミソという和音を弾くにしても、3つの音のどの音にアクセントを置きたいかで、響き方や倍音の強弱にも影響してくる。一番強く叩かれた音が倍音効果も高いからです。

指使いのクセと書くとなんだか染みついてしまったもののように聞こえるかもしれません。それもあります。もうひとつ大切なのは、メロディーラインからみて模範的な指使いがあったとしても、ここの音でこんなニュアンスを出したいから、この音は小指が適している。といった、自分の指1本1本のタッチの特徴や長所を知っていいるからこその、”手クセ”です。

 

今回題材とさせてもらっているコラムにもわかりやすくありましたね。おさらいでもう一度。

 

「タッチは気持ちで作る、というのが私の持論ですが、「こんな音を出したい」とタッチに気持ちを込めるなら、指(というよりも身体)はそういう音を作ってくれると信じています。」

「一般的にはピアノの音程は決まっているものなのですが、私はピアノであっても、演奏次第で微妙な音程調整ができる気がしています。鍵盤にふれる時に、どの倍音を強く出すかを意識してタッチし、ペダルを踏むタイミングやペダリングの工夫をすれば、物理的にも音程は微妙に変化します。また和音を弾く場合でも、どの音に力点を置くのか、そして、それぞれをどのような音色バランスで鳴らすのか等、倍音の響き具合を上手に利用すれば、美しい音程を作り出すことができると思うのです。音程の決まっているピアノであっても、音程を作ろうと努力することは大切なことなのです。」

(「モーストリー・クラシック MOSTLY CLASSIC 2017.2 Vol.237」より)

 

 

深い、深すぎる。

自ら作曲した楽曲だからこそ、つくりたい音・つくりたい響きが明確にある。そしてCDやコンサートでも、ピアノをフィーチャーしたい楽曲は必ず久石譲自ら演奏する。伴奏やパートのひとつに徹している管弦楽作品や、指揮との両立で指揮台とピアノの行き来やタイミングが難しい場合などをのぞいて。

CDによる演奏も、コンサートによる演奏も、ニュアンスの違いこそあれ、楽曲を大きく包む響きはまさに久石譲ピアノそのものです。作曲当時の演奏と時を経て今の演奏、そのときどきの想いや年を重ねてきた年輪によっても紡ぎ出される音は変化しています。ライブであれば、観客の反応やその場の特別な雰囲気によって一期一会の音楽がうまれます。

「One Summer’s Day」の最後、たっぷりと響かせた低音の上に、高音がやさしくかけ上がっていきます。もともと久石さんは低音をたっぷり聴かせることが多い奏法だと思います。土台としてどっしり安定するからというのもあるでしょうし、低音の響きや倍音効果もあるのだと思います。作曲家としてピアノのみならずオーケストラ楽器やオーケストレーションを熟知した久石さんだからこその奏法であり響きです。

広がる水面に大きな音滴(低音)がどっぷり沈みこみ緩やかで厚みのある波形を生みだす。そこに小さな音滴(高音)が降りそそぎ細かい波形が幾重にも広がる。そして大小さまざまな波形がおり重なり交錯しまたぶつかり新しい波形をつくる。こうやってできた水面のゆらぎの瞬間こそが響きであり、倍音である。──というのは僕のイメージの世界です。

 

 

お題5. 管弦楽における響きと倍音 *宿題

ラヴェル「ボレロ」は、同じメロディーが楽器構成を変化させ、繰り返され徐々に盛り上がりクライマックスへむかう名曲です。この楽曲にも倍音効果を巧みに意図したオーケストレーションが施されているとなにかで読んだことがあります。

ベートーヴェン「交響曲第7番」第4楽章では、従来ベース伴奏のような役割の多かったコントラバスという低音弦楽器、ベース伴奏ではなく独立した旋律をあたえ、そのフレーズがくり返されることで独特なうねりとなって、緊張感や高揚感をもった響きとなっている。とこれもなにかで読んだ記憶です。

とすると、ミニマル・ミュージックというのは、フレーズを反復させる・フレーズをずらすわけですから…。同じ音がくり返される、同じ音の倍音もどんどん増幅されていくことになり…。和音じゃないにしても響きがかさなりハーモニーのようになり、倍音をうみやすい、それが独特の響きやうねりという覚醒効果をもたらし…。

これ、宿題です。いつかまた、いつかきっと。

 

 

今回は、だいぶん役不足なお題に足を踏み入れてしまいました。結局答えは導き出せたのか?と言われたらもちろんそんなことはありません。小さな、でもたしかなきっかけをひとつ学んだような気はしています。答えは見つからなくても学びや好奇心がもらたすもの、今まで聴こえていた音にも変化が起こっている、そう思える瞬間がきっとあります。

僕は最近思うんです。久石譲音楽についてリスト的な資料的なことであれば紙平面上である程度把握できたとして。それってあまり大切なことではない。情報を知るのと知識を深めることの差のように。ひとつを掘り深めること、たくさんに広がりを持たせること、深さ広さその両方が音楽の豊かさを二次元から三次元へ、平面から立体へとかたちづくられていくように。

久石譲とはこういう音楽だ、こういう傾向だ、と軽くかんたんに手で丸めてしまえるものではない。もっと知りたい、もっと感じとりたい、なにか新しい発見があるのかもしれない。このほうが楽しいですね♪

わかった気になることはそこで学びや感受性の限界をつくってしまうことになる。それはとてももったいないことです。そんな安易なものでは決してないのが久石譲音楽だとも思っています。わかった気になること、わからないとさじを投げること、好奇心の最大の敵だ!──と言い聞かせながら。久石さんの音楽の魅力を語りたい、でも言葉でうまく表現できない、このやきもき感が得も言われぬ醍醐味なのかもしれません(マニアックなファン心理 笑)。果てしないフィールド、これからも四方八方紆余曲折Overtoneしていこうと思います♪

それではまた。

 

reverb.
「久石譲 in パリ」(11/18再放送・NHK-BS)で聴くことのできる「One Summer’s Day」久石譲ピアノソロ極上の響き、今の久石さんだからこそ紡ぎだされる音。とびきりの魔法をぜひ♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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