2004年1月21日 CD発売
2004年公開 スタジオジブリ作品 映画「ハウルの動く城」
監督:宮崎駿 音楽:久石譲
ヨーロッパをイメージして久石が作曲した交響組曲をチェコ・フィルハーモニー管弦楽団が演奏。プラハのドヴォルザークホール~芸術家の家で2003年10月に録音、ロンドンのアビーロード・スタジオで仕上げた。イメージアルバムの枠を超えた野心作。
エキサイティングな『ハウル』の旅/久石譲
宮崎監督の作品の場合、いつもイメージアルバムを作ることから始めていたのですが、『ハウルの動く城』は舞台がヨーロッパということもあって、最初からオーケストラの音というイメージがあったんです。個人的にも、最近、オーケストラとともにコンサートを行うケースが多くなっていて、頭の中でオーケストラが響きやすかったのかもしれません。それで、『もののけ姫』の時に一緒にやったチェコ・フィルハーモニーという世界的にも素晴らしいオーケストラでいこうと思いました。
目指したものは、映画で使われる音楽をある程度想定しながらも、楽曲としての完成度を高めること。サウンドトラックというものは、どうしても映像に縛られてしまうものです。シーンの長さによって曲の長さも決まるし、セリフや効果音のために音の隙間を作ったり、テンポを調整したりしなければならない。
今回は、映像と一緒になることで初めて成立する音楽ではなく、100%音楽だけで世界観を作り上げることを念頭に置きました。
もう一つは、スタンダードなオーケストラ作品を作りたかったということです。『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』では、バリ島や中近東の楽器、あるいは日本の太鼓を使って、エスニックな雰囲気を出したんですけど、今回はそういう特徴的な音を極力排除しました。クラシック音楽が使う普通の楽器だけを思いっきり使って、なおかつ、いかに個性的な音楽にできるか、ということにチャレンジしたのが、一番の特徴です。実は、クラシックの現代音楽を除いて、日本でそういう音を作っている人はほとんどいないのです。僕が弾くピアノも排除しました。従来は、重要なメロディはピアノが受け持つことが多かったんですけど、今回はプレイヤーとしての久石譲には登場願いませんでした。サウンドトラックを作る時は、ピアノがまた入ってくると思いますが。
作曲は難産でした。まったく書けない状況が続いて困っていたんですけど、八ヶ岳のふもとのリゾートスタジオにこもったら、いきなり書けたんです。オーケストラ用の曲を8日間で8曲という奇跡に近いペースでした。それを持ってプラハに乗り込んで録音。そして、ミックスダウンとマスタリングはロンドンのアビー・ロードスタジオで行いました。
僕がアビー・ロードスタジオを使ったのは10年振りなんです。親友のチーフエンジニアが突然亡くなってから、足が遠くなってしまって。10年前にはアシスタントだったサイモン氏という人が、今回エンジニアを務めてくれました。10年の間に彼は、『ハリー・ポッターと賢者の石』の音楽などを手がける、世界的なエンジニアに成長していたのです。彼と一緒に仕事できたのは、大きな喜びでした。チェコ・フィル、アビー・ロードスタジオによって、世界の第一線の音が出来上がったと思います。八ヶ岳からプラハ、ロンドンへ・・・。『ハウル』の旅はかなりエキサイティングなものになりました。
そして、旅の始まりは宮崎さんの考えている『ハウル』の世界観です。今回は舞台がヨーロッパということで、全世界の共通語で表すことができる世界だと思うんです。世界中の誰もが楽しめる物語の中に、普遍的な人間の気持ちが散りばめられている。それを音楽でも表現できたらいいなという思いが、「イメージ交響組曲『ハウルの動く城』」の根底にありました。やっぱり宮崎さんの考えがあったからこそ、このアルバムは成立したのです。
(CDライナーノーツより)
「現地の空気感みたいなものが自分で分かったから、直接的な影響はなかったんだけど、『ハウル』の世界観を掴むのには、役に立ちましたね。とてもきれいなことろで、これはちょっと音楽的に奇をてらったことをするのはやめようと。オーソドックスに作ってみようと思いました。」
「ここ数年、個人的にもオーケストラとコンサートで回る機会が多くなっているので、頭の中でオーケストラが響きやすくなっているんだと思います。サウンドトラックというのは、シーンの長さやタイミングにどうしてもしばられてしまう、映像のための音楽なんですけど、交響組曲『ハウルの動く城』は、音楽だけで100%イメージできる世界を目指しました。特徴としては、普通サウンドトラックではセリフの邪魔をしてしまうためにあまり使わないブラスを、かなりフィーチャーしています。それぞれの楽器を、テクニカルな面で限界近くまで引き出すことができたので、自分としても満足がいく作品になりました。」
「オーケストラ作品に徹したので、なるべくピアノは排除しました。逆に、サウンドトラックは主人公ソフィーの世界に寄り添って、もっと個人的な語り口になるので、そちらではピアノの出番が多くなるだろうと考えていました。」
(Blog. 久石譲 「ハウルの動く城」 インタビュー ロマンアルバムより 抜粋)
「今回の映画で面白いことがあったんです。『ハウルの動く城』のイメージアルバム用に作った曲を、『ちょっと、画に当ててみますか?』と宮崎さんに言ってみたんです。映画の中では顔のカットやシーンが変わったりしますね。僕の曲にもリズムが変わる部分が当然ある。でもその画と曲タイミングが、全部合っていたんです。これには非常に驚きました。その時、『20年も一緒にやっているから合うんだね』と言った人がいます。僕もそうかなと最初は思ったんですが、実は逆なんですよん。何年一緒にやっていても合わない人とは合わない。つまり宮崎さんとは、最初から生理的なテンポ感がどこかで一致していたから、20年続いた。そういう気がするんです。ですから宮崎さんとは大変幸運な出会いだったと思いますし。その出会い自体が嬉しいことですね。」
「このところ、自分の仕事の中でオーケストラとの仕事が多いこともあって、表現として一番それがフィットしていると思ったんです。映画音楽を書く場合に自分が音楽家として、その時にいいと思っているものは何かが一番大事なんです。その時に自分が興味を持っていて、絶対に琴線に触れるものがありますよね。僕はそれを、極力映画の方へ持ち込むようにするんです。音楽は文章のように、論理的に組み立てるだけではできない部分がある。そこで本人が、これがいいんだと強く思うことが大事だと僕は思っているんです。今回ではそれが、オーケストラを使うことだったんですね。」
「基本的には音楽の内容の説明なんですが、宮崎さんから『今回はこんな風に行きたい』といった説明があるんです。他にソフィーやハウルといった登場するキャラクターのイメージなどですね。そこから曲のテーマとなる題材をもらって、考えていくんです。またこの映画は、舞台設定がヨーロッパと明確に出ている。これは『魔女の宅急便』以来のことです。ただそのヨーロッパにしても、実在の世界ではなく宮崎さんの作り出したヨーロッパなんです。それだけに、どこか場所柄を限定する音楽ではありたくはない。あくまで宮崎さんがやろうとしている世界観を持って如何に音楽で表現するか。それを考えるんです。そこで今回はヨーロッパにもエスニック音楽はあるんですが、そういうローカルカラーはあまり出す必要がないと。色の強い特殊な楽器も使わないで、出来るだけストレートなオーケストラの音にしようと思いました。」
「どちらかと言えば、僕のイマジネーションを羽ばたかせて作る感じですね。イメージアルバムは、あまり作品と整合性のあるものをやってはいけない。むしろ、ちょっと離れた方がいい場合もあると思っているんです。言い方は変ですが、いい加減なほうがいい(笑)。全曲をサウンドトラックで使うわけではないですから。その中で宮崎さんのイメージにフィットした曲があれば、そこから次の段階のサウンドトラックを考えていけばいいんです。ところが今回はオーケストラを使ったことで、精神的には少しサウンドトラックの方へ入り込んでいた部分がある。『もののけ姫』でも一緒に仕事をしたチェコ・フィルハーモニーに演奏してもらうということもあって、チェコ・フィルまでいってあんまりみっともないスコアでは演奏をしたくなかったし。ですからアルバム自体に完成度を求めたところがあるんです。そういう意味で、イメージアルバムとしてはいいやり方ではなかったのかなと思っているんです。」
「あのイメージアルバムは、オーケストラ作品として凄いと思うんです。かつてプロコフィエフが書いた『ロミオとジュリエット』というバレエ曲がありました。あの曲は最初、注文主のバレエ団から『こんな曲は最低だ』と評価されて、まったく上演できなかった。その曲を組曲にしたものがアメリカで上演され、楽曲が評判になったことからバレエ上演へと繋がったんです。今や『ロミオとジュリエット』はバレエの名曲になっています。それと似たような意味で、このイメージアルバムに収められた交響組曲はこのままイメージアルバムだけで終わらせるのはマズイと思っています。自分なりに集中力を持って作った世界なので、実際の映画『ハウルの動く城』のサウンドトラックとは別かもしれないけれども、ひとつのオーケストラ作品として今後もアピールしていきたい。個人的にそう思っていますよ。」
(Blog. 「月刊アピーリング 2004年10月号」久石譲スペシャルインタビュー “ハウルの動く城” 内容 より抜粋)
1. ミステリアス・ワールド
2. 動く城の魔法使い
3. ソフィーの明日
4. ボーイ
5. 動く城
6. ウォー・ウォー・ウォー (War War War)
7. 魔法使いのワルツ
8. シークレット・ガーデン
9. 暁の誘惑
10. ケイヴ・オブ・マインド
作曲・編曲・プロデュース:久石譲
プラハ(チェコ) 2003年10月18~20日
指揮:Mario Klemens
演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音ホール:芸術家の家 (ドヴォルザーク・ホール)
ロンドン (U.K.) 2003年10月22~24日
ミキシング&マスタリングスタジオ:アビー・ロードスタジオ