Info. 2019/06/07 映画『海獣の子供』公開決定!! 音楽:久石譲 【4/16 Update!!】

映画「海獣の子供」
2019年6月7日(金)全国ロードショー

スタッフ
原作:五十嵐大介「海獣の子供」(小学館 IKKICOMIX刊)
監督:渡辺歩 
音楽:久石譲
キャラクターデザイン・総作画監督・演出:小西賢一
美術監督:木村真二
CGI監督:秋本賢一郎
色彩設計:伊東美由樹
音響監督:笠松広司
プロデューサー:田中栄子
アニメーション制作:STUDIO4℃ 
製作:「海獣の子供」製作委員会 
配給:東宝映像事業部

キャスト
安海琉花:芦田愛菜
海:石橋陽彩
空:浦上晟周 “Info. 2019/06/07 映画『海獣の子供』公開決定!! 音楽:久石譲 【4/16 Update!!】” の続きを読む

Overtone.第22回 「交響曲第1番/ブラームス」 ~論理とロマン II~

Posted on 2019/04/07

ふらいすとーんです。

2回にわたって「交響曲第1番/ブラームス」を出発点にお届けしています。ブラームス、ベートーヴェン、パーヴォ・ヤルヴィ、芸術監督、室内オーケストラ、久石譲、NCO、FOC ?!、そんな点たちが線となってつながっていきますように。

 

”こんなのオレのラーメンじゃない”!?

人それぞれに好みの味があります。育ち慣れ親しんだ環境があります。だからといって食わず嫌いで試さないのはもったいない。いろいろ食べてみて、「こんなのもありか」と新しい食感をおぼえることも、「変わったの食べたよ」「めずらしくて美味しかった」「はじめての味」と共感することも。しょうゆ・みそ・とんこつ、きっとあなたがかつて好きだったその味にも、一層の魅力をもって味わいまします。

前回は「交響曲第1番/ブラームス」について、解説や分析など少し難しいところから作品の魅力をご紹介しました。今回はまた違うところから、だからあまり拒絶反応せずにリラックスして。好奇心のセンサーがピクッとなる瞬間に気づけるくらいに。もし、あなたがラーメンを、いやブラ1を嫌いじゃなければ。

 

 

「交響曲第1番/ブラームス」にふれたエッセイをひとつご紹介します。

『音のかなたへ』/梅津時比古・著、知の巨星たちに「最も美しい日本語」と愛された音楽エッセイ。「新・コンサートを読む」新聞連載されていたものなどをまとめた本です。日常的な光景や自身の体験・エピソードと、足運んだコンサートや録音を上手に絡ませあいながら綴られているお気に入りの本です。

 

 

パーヴォ・ヤルヴィ指揮のブラームスの交響曲
外見の陰に隠された優しさ

犬が可愛いのは、喜んだり、怒ったり、悲しんだりする表情がそのまま信じられるからだろう。喜んでしっぽを振っているけれども本当は怒っているのだというような犬は見たことがない。

人と人との付き合いはそこのところが難しい。あの人がすごく丁寧な口調になったときは本当は怒っているのです、などと言われると、お手上げだ。フェイスブックなどで直接に会わないままに個人的な交流が行われるようになって、ますます分からなくなった。もっとも、人間が表面の表情をそのまま受け取れるような生物的仕組みになったら、味気ないのかもしれない。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮のドイツ・カンマー・フィルハーモニー管弦楽団が、ブラームスの交響曲全4曲と協奏曲などを組み合わせた連続コンサート「ブラームス・シンフォニック・クロノロジー」を開いた(2014年12月10,11,13,14日、東京オペラシティコンサートホール)。

初日の交響曲第1番で、テンポが速めなことに軽い驚きを覚えた。鋭角でときにはざらついた響きが、エネルギッシュな前進力として駆り立てる。そのぶん、通常、ブラームスらしい表情として入ってくる重々しさが遠のく。やや違和感があったが、武骨な面と快活な面がないまぜになったブラームスの新たな表情が見える。

第2楽章に入って不意をつかれた。テンポは速めなままに、なんとも心優しい響きが波のように耳を浸してくる。旋律がヴァイオリンなど声部ごとに腑分けされてそれぞれ十分に歌われる。

交響曲第3番の第3楽章で、それはさらに明らかになった。この楽章の冒頭の旋律は、交響曲全体を聴き終わったあとでも口をついて出てくる。それほど歌謡性に満ちている。多くの指揮者がその旋律にすべての響きを束ねて大きくうたい上げるのも故なしとしない。しかしパーヴォの指揮はそれぞれの声部をそれぞれの言葉で語らせる。それによってきめこまかく分かれた旋律の中から、あの遠い憧れに満ちた響きが、ひそやかに、浮かび上がってくる。弦は弦の潤いで語られ、またホルンがその旋律を繰り返してファゴットなどに引き継ぐと、音色の変化が、優しさとしてにじむ。

楽器の多様性を犠牲にして聴衆に受けが良いようにフレーズを単純明快にまとめることなど、パーヴォは考えもしないのであろう。彼がしていることは、それぞれの楽器で表されていることをていねいに観察して、声部の響きを明確にし、こまやかに和声の変化を追うことである。多くの言葉が語られていることによって音型が複雑になったその果てに、傷つきやすく、深い優しさが聞こえてくる。武骨さをかきわけた所に浮かび上がってきただけに、その優しさは、いとおしい。

聴きながら、クララ・シューマンがブラームスの作品について「その人物と同じように、最も甘美な神髄は、しばしば粗野な外見の陰に隠されている」(玉川裕子訳)と語った言葉を思い出していた。

隠されているのは、それが壊れやすいからであろう。

(「音のかなたへ」/梅津時比古 著 より)

 

 

「外見の陰に隠された優しさ」をテーマに、表情・心情・メロディ・声部という日常的/音楽的キーワードを上手に紡ぎあげながら、ブラームス交響曲とパーヴォ・ヤルヴィ指揮の核心に迫ろうとしています。何回読んでもうっとりします。そして、パーヴォ・ヤルヴィのコメント「ブラームスは何事も表面には出さず、隠しておくのが得意です。」(前回・記)とも響きあいます。

ブラームスの交響曲に論理とロマンが交錯しているように。聴くきっかけや聴き方も一方向ではありません。分析や評論から作品のおもしろさを追求することも(論理)、エッセイ・小説やコンサート感想などの物語性から惹かれることも(ロマン)。どちらから入っても奥深く進めば進むほど、聴いている人の論理とロマンもいつしかどちら寄りでもなく溶け合っていく。それが作品を愛おしく好きになるということなのかもしれませんね。

各声部が室内楽的な密度で対話しあうブラームス交響曲の魅力、室内オーケストラで見透しのよさをつくり、緻密さと壮大さをあわせもつ演奏。決して痩せ細ることない引き締まった筋肉質のそれは、第1楽章堂々と立つ存在感、第2楽章しなやかさで魅惑し、第3楽章軽やかなステップ、そして第4楽章の爆発力も快感です。

 

 

久石譲がブラームスについて語ったこと。

 

「ブラームスの交響曲第1番。作曲家として譜面に思いを馳せると圧倒されて、自分の曲作りが止まってしまった。20年近くかけて作られただけあって実によく練られている。あらゆるパートが基本のモチーフと関係しながら進行していくのに、そのモチーフが非常に繊細で見落としやすく、読み込むのに相当な時間を要した。バーンスタインがマーラーに取り組むと3か月間は他のことができないと言っていたそうだけど、分かる気がした。その分、強い精神力が養われたけどね。」

Info. 2010/10/13 ベストアルバム「メロディフォニー」を発売 久石譲さんに聞く より抜粋)

 

「そして家に帰ってから明け方まで、過去の作曲家の譜面を読んだり、彼らが生きた時代や本人の生活の環境、その時代の方法に対して、その作曲家がどのくらい進んでいたのか、遅れていたのか、そういうことを考えます。例に出すと、ブラームスなんかは当時の流行からすると、遅れた音楽をやっていたんです。まだベートーベンの影響を引きずっていた。ところが当時は、シューマンとかいろんな人たちが、新しい方法に入っていた。古くさい方法をとっている中で、革新的な方法をとっている人もいた。どっちが優れていたのか、というのは全然言えないんですよ。長く生き残ってきたものというのは、本物ですから。でも本人の中は、絶えず葛藤してたわけだよね。僕ら、ものを作る人間というのは、絶えずそれですから。今のこの時代で、僕が作曲家としてどういう書き方をするか、自分にとってはすごく重要なことで、そのようなことをいっぱい勉強するという感じですかね」

Blog. 「デイリースポーツオンライン」 久石譲インタビュー内容(2011年) より抜粋)

 

「この第1番の初演のとき終楽章の主題がベートーヴェンの第9交響曲〈合唱付き〉と似ているという指摘に対してブラームスは「そんなことは驢馬(ろば)にだってわかる」と言ってのけている。つまりベートーヴェンの影響下にあることは織り込み済みの上で彼にはもっと大きな自信があったのだろう。実際リストやワーグナー派が主流になった当時のロマン派的風潮の中で、ブラームスはむしろ時代と逆行して形式を重んずるバロック音楽やベートーヴェンを手本として独自な世界を作っていった。本来持つロマン的な感性と思考としての論理性の葛藤の中で、ブラームスは誰も成し得なかった独自の交響曲を創作していったのである。」

Disc. 久石譲 『JOE HISAISHI CLASSICS 2 』 CDライナーノーツ より抜粋)

 

「感情の問題は大きいです。昨夜、6月にドヴォルザークを振る予定が突然ブラームスの4番に変更になり、僕は大好きだから俄然やる気まんまんです。ブラームスは論理的なものと感覚的なもの、あるいは感情的なものが全く相容れないぐらいに並立している男なんです。頭の中ではベートーヴェン的な論理構造に憧れているのに、感性は完全にロマン主義の体質です。一人の中で激しいダイナミズムが起こり、矛盾したものがそのまま音楽に表れているからすごいんです。やはり、対立構造が人間を動かす原動力になっているんじゃないですか。」

Blog. 「新潮45 2012年6月号」久石譲 x 養老孟司 対談内容 より抜粋)

 

「やっぱりベートーヴェンは偉大ですね。あと、僕はブラームスが大好きです。ブラームスのシンフォニーは全曲振っていますが、全部良いですね。面白いし。」

Blog. 久石譲 『WORKS IV』 サウンド&レコーディング・マガジン インタビュー内容 より抜粋)

 

「さて、文学に結びつくことがトレンド(懐かしい言葉)だった時代、一方では相変わらず前の時代の方法に固執する作曲家もいた。ヨハネス・ブラームスである(他にも大勢いた)。彼は純音楽にこだわった。純音楽というのは音だけの結びつき、あるいは運動性だけで構成されている楽曲を指す。ウイスキーに例えればシングルモルトのようなもの。シングルモルトというのは一つの蒸留所で作られたモルトウイスキーの事だ。防風林も作れないほど強い風が吹く(つまり作ってもすぐ飛ばされる)、スコットランドのアイラ島で作られるラフロイグは、潮の香りがそのまま染み付いていて個性的で強くて旨い。対してブレンドウイスキーというのは香りや色や味の優れたものをミックスして作るウイスキーだが、シングルモルトほどの個性はない。」

Blog. 「クラシック プレミアム クラシック プレミアム 47 ~ハイドン~」(CDマガジン) レビュー より抜粋)

 

「クラシックを指揮する時に暗譜するくらい頭に入ってしまうと、その期間中はまったく作曲ができなくなります。絶えずクラシックの曲が頭の中に流れてしまって、その影響が何らかの形で曲作りに出てしまうのです。例えば、映画音楽を書いている最中に、一方でブラームスの曲の指揮をするという時に、ブラームスの弦の動かし方などが作っている曲の中に無意識に出たりします。「あっ、やってしまった!」というような(笑)。もちろんメロディーまで同じにはしませんが、弦の扱いなどはかなり影響を受けますね。」

Blog. 「味の手帖 2015年6月号」 久石譲 対談内容紹介 より抜粋)

 

 

久石譲がパーヴォ・ヤルヴィについて語ったこと。

 

「NHKのクラシック番組で、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、NHK交響楽団の演奏でショスタコーヴィチの交響曲第5番の演奏を聴いた。この楽曲については前にも触れているので多くは書かないが、一応形態は苦悩から歓喜、闘争から勝利という図式になっているが、裏に隠されているのはまったく逆であるというようなことを書いたと思う。パーヴォ・ヤルヴィの演奏はその線上にあるのだがもっと凄まじく、この楽曲を支配しているのは恐怖であり、表向きとは裏腹の厳しいソビエト当局に対する非難であると語っていた。第2楽章がまさにそのとおりでこんなに甘さを排除したグロテスクな操り人形が踊っているような演奏は聴いたことがなかったし、第4楽章のテンポ設定(これが重要)がおこがましいが僕の考え方と同じで、特にエンディングでは、より遅いテンポで演奏していた。だから派手ではないが深い。」

「彼はエストニア出身、小さい頃はソビエト連邦の支配下にあったこの国で育った。父親は有名な指揮者でショスタコーヴィチも訪ねてきたときに会ったくらいだから、この楽曲に対する思いは尋常ではない。明確なヴィジョンを持っている彼にNHK交響楽団もよく応え、炎が燃え上がるような演奏だった。」

Blog. 「クラシック プレミアム 38 ~ヴァイオリン・チェロ名曲集~」(CDマガジン) レビュー より抜粋)

 

♪「交響曲 第4番 変ロ長調 作品60 第4楽章 Allegro ma non troppo」
 /パーヴォ・ヤルヴィ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

「これは今もっとも僕が好きな指揮者です。今NHK交響楽団の首席指揮者でやってますね、すばらしいですね。というのは、アプローチがまずリズムをきちんと整理するところからおやりになる。非常に現代的なリズムの捉え方をされるんです。ですからこの第4番なんかは、たぶん今市販されているCD、あるいは演奏で聴けるなかでは最も速いかもしれません。ですがちゃんときちんとフレーズが作られているし、すばらしいですね。」

「すごいですね、速いですね(笑)。単に速いだけじゃなくて、ちゃんと歌ってるんですよね。ドイツ・カンマーって歴史があるオケですからほんとうまいですよね。こういう演奏を聴くと、あまり日頃クラシックを聴かれない方でも、あっ聴いてみようって思うんじゃないでしょうかね。先入観で聴かなくなっちゃってるよりは、もう「ロック・ザ・ベートーヴェン」ってナガノではそういうふうにわざと言ってるんですけどね、なんかそのくらい身近でいい、もっと気楽に聴いて楽しめる音楽ですよ、って言いたくなりますよね。」

♭第5番 第1楽章 冒頭部分 聴き比べ
・パーヴォ・ヤルヴィ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

「ずいぶん現代的になりますよね。演奏してると「タタタターン」と弦を伸ばしますね。弓を返していくか、ワン・ボウイングでひとつでいっちゃうかというのがあるわけですね。(伸ばす音符が)長い人だとひっぱれないので弓を返さないといけないんです。返すというのはアップ・ダウンで弓が行ってまた戻ってくる。だけどこのクラス、現代になると行って来いしないでいいんですね。「ダダダダーン」をワン・ボウイングでいけてしまう。わりと新しい方はみんなあまりひっぱりません。」

Blog. NHK FM 「真冬の夜の偉人たち – 久石譲の耳福解説〜ベートーベン交響曲〜-」 番組内容 より抜粋)

 

 

もうこれら久石譲が語ったブラームス、久石譲が語ったパーヴォ・ヤルヴィ、魅力を伝えるには十分だったかもしれませんね。いや、遠回りでも、たとえ周回遅れでも、視野を広げて吸収する量や質を豊かにしたい、そう思っています。

 

 

久石譲がNCOでやりたかったこと。

2013年長野市芸術館の開館(2015年)にあわせて芸術監督に就任。そして2016年久石譲の呼びかけのもと長野市芸術館を本拠地として結成された室内オーケストラ、ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)です。2年間かけてベートーヴェン交響曲全曲演奏会&CD化プロジェクト。コンセプトは「ベートーヴェンはロックだ」──”作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン” ”往年のロマンティックな表現もピリオド楽器の演奏も、ロックやポップスも経た上で、さらに先へと向かうベートーヴェン”──、貫いたコンセプトは推進力と躍動感にあふれ、回を追うごとに研ぎ澄まされていく久石譲&NCOの演奏・録音は”明快!痛快!”な表現で魅了し高い評価を得ています。

 

新時代のクラシック音楽

重厚壮大な大編成モダンオーケストラによる往年のアプローチ、当時の楽器・演奏法・小編成・楽器配置を追求したピリオドアプローチ。ベートーヴェンもブラームスも、文献やスコアの研修もすすみ演奏スタイルも昨今変化しています。(モダン=現行楽器、ピリオド=古楽器)

そして今、新時代の名盤たちは、原典研究に基づく表現スタイルを規範とし、過去の模倣ではない新時代の切り口、現代的なアプローチで挑んでいます。それは、モダンとピリオドの要素を混合させながら、どちらか一方のスタイルに固執することなく、すべての成果を踏まえ咀嚼したうえで先へと向かう、新しい世界を築き上げること。パーヴォ・ヤルヴィと久石譲の目指すアプローチは共鳴している点がたくさんあります。さらに付け加えると、久石譲指揮は、作曲家視点で譜面をとらえること、ミニマルやポップスで培われたリズムを昇華すること。

 

芸術監督

指揮はもちろんオーケストラの中長期的な活動指針やコンセプトを明確に掲げる役割もあります。オーケストラのカラーをどう打ち出すか、どのような作品を取り上げるか、それによって生まれる育つオーケストラの特色強み。パーヴォ・ヤルヴィも久石譲も芸術監督としてオーケストラメンバーと親密な信頼関係を築き、ともに学び進化し、そして拠点となる土地に音楽の豊かさをもたらす。生半可では居座れないポジションであることがわかります。

 

リハーサル・実演・録音

ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンは母体がある、ナガノ・チェンバー・オーケストラは久石譲の呼びかけのもと結集した少数精鋭。首席奏者を多数含む国内外の楽団メンバーなど若きトッププレーヤーたちが中心です。

メリットは、ゼロベースでその音楽を作りあげることができること。演奏頻度の高いベートーヴェン作品など、各オーケストラ楽団で積み重ねてきた特色やカラーといったものがあります。既存オーケストラの客演指揮者としてタクトを振るのではない、固定概念や先入観を解体した状態での集結、新しい音楽を一緒に磨きあげることができます。

デメリットは、各オーケストラ楽団に所属するトッププレーヤーたちのため、集結する頻度が限られること。コンサートツアーなど各地を巡ることは現実的に難しいかもしれません。2-3年先のコンサート・プログラムを組み立てるのは各オーケストラとも慣例、そこへのスケジュール調整は至難です。

リハーサルはNCOの場合、最低でも3日間はみっちり行われています。その場所は長野であり、実際に演奏するホールで空気や響きを確認しながら綿密に完成度を高めていくのだと思います。それでも2-3日間という期間は一般的、決して多くの時間は与えられていません。結集型オーケストラというリハーサル・実演機会に限界あるデメリットを逆手にとるように、極限の集中力と最高のパフォーマンスで完全燃焼、ライヴ音源としてリリース。

 

 

 

 

 

 

*交響曲第4番&第6番は未発売

 

久石譲がベートーヴェンについて語ったこと。

久石譲が現代的アプローチについて語ったこと。

 

4CD盤のディスコグラフィーとあわせてさらに深く紐解くことができます。

 

 

そして、FOCへ。

久石譲の長野市芸術館 芸術監督退任(2019年3月)のニュースを知ったときにはとてもショックでした。なんとか続けてほしい、なんとか本物を続けてほしい、その一心でした。誰が悪い何が悪いではなく、そこには理想と現実にうまくはしごを架けることができなかったんだろうと思っています。

 

・・・

 

「夏の音楽フェスティバルの象徴的存在であった「ナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)」は来期より名称を変え、より進化した音楽を伝えるべく全国へ飛び立つ予定です。また長野の地でふたたび皆さんとお目にかかれることを楽しみにしております。 5年半の間、どうもありがとうございました。」

Info. 2019/03/29 久石譲さんよりメッセージをいただきました (長野市芸術館HPより) 抜粋)

 

・・・!?

 

そこへ飛び込んできた「久石譲コンサート2019」のひとつ、久石譲 & FOC(フューチャー・オーケストラ・クラシックス)始動!NCO(ナガノ・チェンバー・オーケストラ)のメンバーを多く含む継承結集、ベートーヴェン交響曲第5番&第7番、長野から飛び出し東京でも熱演。NCOの解体消滅は残念すぎると思っていたなか、歓喜です!

また、ベートーヴェン交響曲全集CDがFOCコンサートにあわせて発売予定とあります。NCOのライヴ録音がそろうのか(第4番&第6番 未発売)、はたまたFOC名義としてなにかある?! 楽しみは尽きません。ブラームスやシューマンも聴いてみたいですね。近現代作曲家の意欲的なプログラムもあるのかな。NCO公演と同じように、FOC公演でも久石譲作品が並列されること、レコーディングされることを心から願っています。FCOメンバーで映画・CM音楽の録音なんてこともきっとあるでしょう。夢はふくらみます。

 

 

 

ブラームスのテーマのはずが・・・

ベートーヴェン?久石譲?の巨像に押しつぶされそうになっている。

久石譲の音楽活動は、そのすべてがつながっています。それは久石譲屈指のエンターテインメントコンサート「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)」もしかり、切り離されたものではありません。よくよく耳をすませばW.D.O.2018で披露された「Links」も「DA・MA・SHI・絵」も進化したソリッドなアプローチでしたし、「Encounter」のように弦楽四重奏版から弦楽オーケストラ版へ拡大されることも、「Kiki’s Delivery Service 2018」のようなリズミックなオーケストレーションも、そのすべてはつながっています。

大きく言い切ってしまえば、いかなるコンサート企画であれ、いかなるオーケストラ共演であれ、いかなる演目であれ、そこには久石譲が今具現化したい響きが貫かれる。古典クラシックであれ現代の音楽であれ、同じアプローチで並列されるプログラム、現代的アプローチで追求される音楽たち。久石譲の多種多彩なコンサート、それは変化している進化している瞬間に立ち会えるということです。優れた芸術は常に「今」になる。

 

「久石譲 スプリングコンサート Vol.1 ~仙台フィルとともに~」では、「交響組曲 天空の城ラピュタ」「DA・MA・SHI・絵」といった久石譲作品とともに、「交響曲第1番/ブラームス」がプログラムされています。

 

もし、聴いたことがない人、せっかくだから予習したい人、どれを聴いたらいいかあてのない人。久石譲も大きな共感をよせるパーヴォ・ヤルヴィ指揮のCD盤をおすすめします。さらに当日、久石譲&仙台フィル共演のリアルな音楽を聴いて、からだで感じて、CDだけでは決して味わうことのできない迫力ある感動がきっと刻まれます。思い出と余韻を大切に記憶するように、好きな演奏CDを探しだすかもしれません。そうして、音楽はその人のなかへ深く深く染みこんでいきます。

 

 

あなたにとって「交響曲第1番/ブラームス」って?

きっとこう答えます。

” 春雷 ”

 

それではまた。

 

reverb.
ブラ1新しい出会いを求めて、終わりのない旅路です♪

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Info. 2019/06/05 映画『海獣の子供 オリジナル・サウンドトラック』 CD発売決定!!

久石譲が全編書き下ろした音楽を収録した、映画『海獣の子供』オリジナル・サウンドトラックの発売が決定しました。スタジオジブリ制作の『風立ちぬ』、『かぐや姫の物語』以来となる、長編アニメーション映画の楽曲の全容を是非、お確かめ下さい! “Info. 2019/06/05 映画『海獣の子供 オリジナル・サウンドトラック』 CD発売決定!!” の続きを読む

Overtone.第21回 「交響曲第1番/ブラームス」 ~論理とロマン I~

Posted on 2019/04/05

ふらいすとーんです。

クラシックの交響曲で一番好きなのは?

真っ先に浮かぶのは「交響曲第1番/ブラームス」かもしれません。でも、それだけで知識や音楽的キャパを測られたくないという邪念…突いて出てくるかもしれません…モーツァルト、ベートーヴェン、マーラーの云々かんぬんも好きです、と。

 

クラシック音楽にハマるきっかけになった曲は?

もし、こう聞かれたときには、それはもう迷わず「交響曲第1番/ブラームス」です!と自信をもって言いきります。僕のなかではそういう作品です。小学校・中学校の音楽授業で教科書的にふれたクラシック音楽、映画・TV・CMで使われる音楽で引っ張られるように好きになったクラシック曲。まったく違う入口、その音楽だけを聴いていいなあ、おもしろいなあ、何回も聴きたくなるほど好きになった、クラシック音楽との純粋な出逢いがこの作品です。

 

たくさんCD盤も聴きました。具体的なイメージはないんだけど自分に似合うもの求めてるものはどれだろう。わからない手探りの宝探しも、知識や先入観のない扉を開いたばかりの入口楽しくできました。例えば、棚に並んだカップメンを10個選んで、これ全部ラーメンです(結果同じです)とはなりませんよね。味も具も量もちがう。試しながら自分の好きな一品を見つけていきます。同じように、「交響曲第1番/ブラームス」のCDを10枚選んで、これ全部ブラ1です(結果同じです)とはなりません。乱暴ですか? なんかそこまでしてめんどくさいなあ…ですか? でもその好奇心の出発点は単純明快。それは、”私は《ラーメン|ブラ1》が好きだという自分を知っている”、だから無我夢中になれる、楽しく追求できる。

 

 

ベートーヴェンという巨像をまえに、構想から完成までに21年の歳月を要したブラームス最初の交響曲です。ベートーヴェンが築きあげた交響曲のスタイルを尊敬し正統的に継承したい、その思いは見事結実し「ベートーヴェンの交響曲第10番だ」と当時評判、聴衆からも絶賛で迎えられた作品です。

ベートーヴェンの《苦悩から歓喜へ》を継いだような《暗黒から光明へ》という全体を構成する側面もあり、往年の名盤たちは重厚濃厚なスタイルがスタンダード、そこに精神性と物語性を反映させてきたともいえ、それは同じく聴衆たちも望んだスタイル愛されてきた歩みでもあります。

ブラームスの愚直さ・不器用さ・優しさ・孤高さ、そんな印象を持っている僕は、ブラームス作品に内なるエネルギーの強さを感じます。重々しさのなかにある葛藤や芯の強さ、往年の名盤にも好きなものがたくさんあります。たとえば、カラヤン指揮はメリハリの効いた起承転結を構築し、ドラマティックな構成力と緊張感で聴き手を揺さぶります。おそらくかなり得意とする作品だったはず、間違いなく相性はいいと思っていたはず、そんな気がしています。

 

 

そんななか新時代の名盤として輝かしく登場したのがパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンです。室内オーケストラ、ピリオド楽器の導入やピリオド奏法の研究実践などによってスタイルの幅を広げ世界各地で活動しています。パーヴォ・ヤルヴィは2004年に第二代芸術監督として就任。

一躍注目されるきっかけになったのは6年間にわたる「ベートーヴェン・プロジェクト」、交響曲全曲を世界各地で演奏し並行してスタジオ・レコーディング。次にシューマン交響曲全集を完成させ、続いて2014年本格的に始動したブラームス・プロジェクト、ブラームス4曲の交響曲・管弦楽曲を録音する。

「ブラームス:交響曲全集&管弦楽曲集」
Vol.1 交響曲第2番、悲劇的序曲&大学祝典序曲(2016年11月発売)
Vol.2 交響曲第1番&ハイドンの主題による変奏曲(2018年4月発売)
Vol.3 交響曲第3番&第4番(2018年12月発売)
Vol.4 セレナード第1番&第2番 (発売日は未定)

 

コンサートやCD録音は聴衆や批評家から絶賛され、数々の賞を受賞しています。国内外のレコード誌でも多く取り上げられ高い評価を得ています。今最もクラシック音楽界で注目されているコンビのひとつ、それがパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンです。

この演奏を聴いて衝撃でした。新鮮な喜びです。たとえば、ペンキを太いローラーで一気塗りするような重厚さとは違い、面積の小さい筆で丹念に濃淡を浮かびあがらせる。そのくらい各楽器の音や旋律が見透しよく描かれ聴こえてきます。作品の魅力や感想をとくとく書くよりも、以下、パーヴォ・ヤルヴィさんのコメントと、専門家による評をご紹介します。新しい魅力と出会えたことに心から喜びうっとり聴いています。

 

 

パーヴォ・ヤルヴィ:
ブラームス時代のオーケストラは40人程度だったことが分かっています。作品によっては大きな編成で演奏できるものもありますし、私自身も巨匠たちの叙事詩的な解釈で育ちましたが、実はこのくらいの小さな編成の方が内声がよく聴こえますし、親密な瞬間を生み出すことができればより作品の本質に近づくのだ、と思うようになりました。ブラームスのDNAは室内楽にあるのです。

(CD帯より)

 

パーヴォ・ヤルヴィ:
ブラームスの作品にはいくつもの要素が絡み合っています。一つは音楽の構成感。そして作品のエモーショナルな側面。私にとっては、このエモーショナルな側面がより難しいのです。ブラームスの音楽はとても論理的で、完璧に整えられているわけですが、論理だけでは交響曲は作れませんし、演奏もよくはならない。演奏者はそこに一つのストーリーを見つけ、それを語る方法を見出さねばなりません。ブラームスは何事も表面には出さず、隠しておくのが得意です。

そしていつも畏敬の念を感じます。「これがブラームスだ。楽譜に書かれたものを尊重し、その通りに演奏しよう」とね。一方で、ブラームスは演奏者側に自由や主観的な解釈を期待する作曲家でもありました。ですから、この二つの点で正しくバランスを取るのが非常に難しいのです。バランスを崩すと途端にアカデミックで杓子定規的な音楽に聞こえてしまったり、あるいは逆に構成感のない音楽になってしまったりする。細部の彫啄は重要なのですが、音楽のより大きなイメージを描くことも同じくらい重要なのです。完璧を期すことと同じくらい、表現も重要なのです。

さらにこれまでの演奏の伝統があります。あらゆる音楽家は、今自分たちがやろうとしているのとは異なるスタイルで演奏されてきたブラームスの音楽に馴染んでいます。自分の中に蓄積したものを振り払うのはなかなか簡単にはいきません。

(CDライナノーツより)

 

 

次に、クラシック音楽誌「レコード芸術」より専門家による鋭い解説をご紹介します。流し読むと雲をつかむような感じになってしまいます。先にポイントを。

 

  • ブラームス当時の室内オーケストラ編成(54名)
  • ブラームス作曲時想定した楽器配置(古典配置・対向配置)
  • ピリオドアプローチの延長線(HIP)
  • 歴史的な演奏法や楽器を取り入れる(HIP)
  • スコアは新校訂版
  • 指揮者とメンバーが一緒にワークショップ
  • 多くの実演とリハーサル経てセッション録音

 

 

 

先取り!最新盤レビュー

名曲の徹底的な洗い直し
瞠目の響きが随所に

パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルのブラームス・プロジェクト第2弾
ブラームス:交響曲第1番&ハイドンの主題による変奏曲

指揮者と団員が一緒に学びディスカッション

パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(以下DKPB)による「ブラームス・プロジェクト」の第2弾。2016年11月にリリースされた第1弾は、交響曲第2番と《悲劇的序曲》&《大学祝典序曲》の2つの序曲であったが、今回の収録曲は交響曲第1番と《ハイドンの主題による変奏曲》である。

パーヴォとDKPBは、これまで、ベートーヴェンとシューマンの交響曲全集を完成させており、いずれも新時代の名盤に相応しい内容を持ち、多くのリスナーから高い評価を得てきた。彼らの演奏は、ナチュラルトランペットの使用や慣習に囚われないテンポの採用など、いわゆる「ピリオドアプローチ」に分類されるものであるが、とりあえずヴィブラートをやめて古楽器による演奏を上部だけ模倣しただけの「なんちゃってピリオドアプローチ」とは一線を画す自然さと説得力を持ち合わせている。

この成功の背景には、DKPB独自の楽曲に対するアプローチ法がある。同団首席ファゴット奏者の小山莉絵さんによると、彼らは、プロジェクトの曲目が決定すると、その作品の演奏スタイルに詳しい研究者を招いて、パーヴォも含めたメンバー全員で講義を受けるのだという。その後、互いにディスカッションしながらパート練習から組み上げて行くのだそうだ。

 

慣習を廃した快速テンポもロマンティシズムに不足なし

今回の「ブラームス・プロジェクト」でも、ヘンレ版を校訂したロバート・パスコールを招いてスコアの細部まで研究したり、ロマン派の演奏法やスタイルを全員が学んだという。その結果、徹底的に慣習を廃した演奏が展開されており、第1楽章の冒頭もかなり速いテンポでサクサクと前進する(6/8拍子アレグロの主部に対する序奏なので、6つ振りでゆっくりとカウントすると遅くなり過ぎてしまう)。

しかし、パーヴォとDKPBは、インテンポの範囲内で大事なフレーズを歌うロマン派時代の手法を巧みに採用しているので、テンポが速くてもこの作品が持つロマンティシズムを存分に味わうことが可能なのだ。さらに、オーケストラの人数を、交響曲第1番では54名(カールスルーエの初演は47名だった)と絞っていることも、弱奏時に於ける室内楽的な表現の助けになっているように思う。

たとえば、《ハイドンの主題による変奏曲》の第7変奏でフルート独奏と共に弾くヴィオラが、駒の近くで弾くことによって、まるでミュートを付けたトランペットのような音色で聴こえてくるなど、音色のパレットを巧みに利用している点も心憎い。

強奏時でも、大編成のオーケストラのような音の厚みが加わるのではなく、室内楽的なクリアさを保ったまま、筋肉質の締まった音がするのもこの演奏の魅力である(ティンパニの鳴り切った音も迫って来るものがある)。

パーヴォとDKPBは、過去の演奏習慣を自分たちで咀嚼し表現手段として取り入れることによって、ブラームスの音楽が持つ「古典的な形式美」と「叙情的なロマンティシズム」といった相反する要素の両立に見事に成功したと言っても過言ではないかもしれない。

佐伯茂樹

(レコード芸術 2018年5月号 Vol.67 No.812より)

 

 

 

 

新譜月評

THE RECORD GEIJUTSU 準特選盤
ブラームス:交響曲第1番・ハイドンの主題による変奏曲 /パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン

 

準 金子建志
ブラームスを中編成でという試みや、古楽器での録音が複数存在している現在、当盤に「一番槍」的な意義はない。近いのは、ロンドンの古楽器オーケストラで全曲録音を終えたノリントンが、シュトゥットガルト放送響で挑んだ再録音盤。第1番のスコア自体が、すでに、過去のどの時代にも当てはまらない擬態的な試みなので、ノリントンの再録音をさらにスリム化すると、より筋肉質で引き締まった音像が誕生する。ただし実演では、オーケストラの技量不足と楽器間のバランスの問題が解消されてはいなかったので、交響曲を室内楽化した録音上のハイブリッド版アンドロイドと割り切って楽しむのが賢明だろう。第1楽章の冒頭が象徴しているようにテンポ設定は速めだが、曲想変化の激しい第4楽章の序奏部を聴くとアウフタクトは適度に延ばされ、機械的な固さはない。ノン・ヴィブラートの硬質感や、剃刀のように鋭く切迫するピッツィカートは聴きものだ。第1主題を歌い出す前のリテヌートは自然だが、主部に入ってからは古典派的にテンポを固定し、94小節のアニマート [6分01秒~] もヴァントのように急加速はしない。微妙なのは [11分12秒~] のホルン、コーダのコラール [15分40秒~] のトランペットが慣習的な編曲を採用しているようにも聞こえること。部分的にアレンジを採用するP・ヤルヴィなら不思議ではない。《ハイドン変奏曲》のほうが室内楽的機敏さのメリットを堪能できる。

 

推薦 満津岡信育
ブラームスの4曲の交響曲のうち、とりわけ第1番は重厚な響きの演奏が好まれるのではないだろうか? 当ディスク所収の第1番の演奏者は、54名(第1ヴァイオリンは10名)である。P・ヤルヴィは第1楽章序奏から速めのテンポ設定を採り、硬めの撥で打ち出されるティンパニの音をはじめ、引き締まったサウンドを形づくっている。そして、ブラームスの堅固な構造を把握して、スコアの各音符をしっかりと打ち出すことに成功している。弱奏時にも表現が痩せ細ることはなく、トゥッティによる強奏時にも、室内楽的な明瞭さが確保される点も好ましい。また、弦楽セクションが小編成であるため、分厚い響きによる暗鬱さが排されるのと同時に、コントラファゴットやトロンボーンが加わる際に、オーケストラの色合いが、よりはっきりと切り替わる点も大きな特徴になっている。テンポを恣意的に揺らすことなく、音価やフレージングに留意して歌い抜くことによって、ブラームスのエモーショナルな側面をあぶり出すことにも成功している。ヴァイオリンを両翼に、コントラバスを舞台下手奥に配した古典配置も効果的であり、テンポがドラマティックに動く終楽章においても、叙情的な味わいと古典的な構造美を両立させて、大言壮語することなく、音楽の流れを豊かに息づかせている。終結部も十分にエキサイティングだ。《ハイドンの主題による変奏曲》も、随所にフレッシュな響きがみなぎっている。

 

[録音評] 石田善之
交響曲は2016年3月、ヴィースバーデンのクアハウス、変奏曲は2017年1月、ベルリンのフランクハウスでの収録で響きに若干に違いを感じさせるが、いずれも非常に明瞭明快。繊細な部分の表現を漏らさず聴かせる。交響曲は中低域から低域の響きにあまり厚みを感じさせることなくやや淡白だが、それがより明快さにつながり、奥行きや距離も感じさせる。変奏曲は響きが厚く空気感は豊かになりサラウンドはより豊かで臨場感につながるようだ。CDとSACDに極端な違いはなく、広がりと奥行きが味わえる。

(レコード芸術 2018年6月号 Vol.67 No.813より)

 

 

 

少し評論家による筆から補足をすると、スコアは新しい解釈のものを採用していることもあり、他との比較がしにくいこと。でもこれ、あくまで専門的には、です。実演については東京でも2014年に交響曲全曲演奏会「ブラームス・シンフォニック・クロノロジー」が4夜にわたって開催されています。多くの実演・ディスカッション・実践を経て、2016年にセッション録音されたのがこのCD盤です。

パーヴォ・ヤルヴィは2015年にNHK交響楽団の初代首席指揮者就任、今年で4年目のシーズンを迎えます。今いちばん日本でも聴けるチャンスです。NHK交響楽団とのコンビはTV放送聴ける機会にも恵まれます。このチャンスを逃さずにコンサートで体感したい指揮者です。

 

 

ブラームス自身の論理とロマン、古典派を継ぐ意志をもちながらロマン派に属する時代、作品に反映された古典的な形式美と叙情的なロマンティシズムの二面性、パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルの目指した論理とロマンの両立。いくつもの”論理とロマン”が交錯するおもしろさがあります。

そして、久石譲がブラームスについて語ったこと、久石譲がパーヴォ・ヤルヴィについて語ったこと。次回はこのあたりを紐解きながら、久石譲のひとつの活動へとつながっていきます。

それではまた。

 

reverb.
「SWITCHインタビュー 達人達 ~パーヴォ・ヤルヴィ×かの香織」(NHK Eテレ 4月6日 22:00~)出演します。楽しみです。

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

このコーナーでは、もっと気軽にコメントやメッセージをお待ちしています。響きはじめの部屋 コンタクトフォーム または 下の”コメントする” からどうぞ♪

 

Blog. 「レコード芸術 2019年3月号」ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 久石譲 NCO 特選盤・評

Posted on 2019/04/03

クラシック音楽雑誌「レコード芸術 2019年3月号 Vol.68 No.822」、新譜月報コーナーに『ベートーヴェン:交響曲 第9番「合唱」 / 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ』が掲載されました。特選盤、同じく本号で取り上げられたもう一枚の特選盤《第九》と比較するように評されています。

 

毎月多くのCD盤が発売され、そのほぼすべてを網羅紹介している誌「レコード芸術」。100枚以上の新譜から特選盤に選ばれるのは計20枚前後。ジャンルごと(交響曲・管弦楽曲・協奏曲など)で各2~3枚程度。指揮者・オーケストラ・演奏者、日本だけではない世界各国の音楽家たちが盤に記録したもののなかから選ばれています。

わからない専門用語や、日常的ではない表現用語も多く、置いてけぼりになりそうですが、そこは少しずつ学べばいいとして。ファッションや車に詳しくない人が、なにがすごいかわからずただただパラパラめくるカタログのような感覚、これまた好きなジャンル・作曲家・演奏家を見つけて、そこから少しずつ興味や理解を深めればいいとして。

音楽に精通している専門家・評論家たちが、どういうものさしで見ているのか、どういう位置づけで捉えたのか、ここが知れるだけでも視点が広がります。すべていいことばかりを評しているわけでもありません。あるものには「このディスクの立ち位置や狙いが不明/奏者にかなり癖がある/独り相撲の感」など具体的に箇所を指摘しながら厳しく記されています。

それは跳ね返って、中途半端では意味がない明快なコンセプトを貫いた久石譲版であること、やもすると際物ととられる危惧を振り切りよい痛快な表現で魅せた久石譲版であること、指揮者とオーケストラが目指したアプローチが結実した久石譲版であること。知識と耳の富んだ人たちにも認められた抜きん出たディスクであること。「レコード芸術」の久石譲・NCO 計4CD盤 評は、新しい発見と新しい聴き方を案内してくれます。

 

 

新譜月評

THE RECORD GEIJUTSU 特選盤
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》/ジョヴァンニ・アントニーニ指揮 バーゼル室内管弦楽団 他

 

推薦 金子建志
偶然にも久石と同月にリリースされたことで、攻撃的解釈を競う形になった。第3楽章の4番ホルンのソロ [5分59秒~] がゲシュトプフを誇示することでも、ピリオド志向は鮮明。ベーレンライター版+超快速も共通だが、第1楽章 [アントニーニ13分27秒・久石13分00秒]・第2楽章 [A 13分20秒・H 12分40秒]・第3楽章 [A 11分59秒・H 11分07秒]・第4楽章 [A 22分49秒・H 21分46秒] と、全楽章で久石が速いのはモダンとの機能性の差か。

当盤で最も激辛な印象を与える第2楽章では、イデー・フィクス的に繰り返される付点リズムの後半を極端に消去。3小節周期でリズム主題を刻印するティンパニ [2分51秒~] も同様で、これほどfp的に落とすとリズムの輪郭がぼやけてしまうが、これは撥の選択や、叩く位置も奏者と吟味した結果のデフォルメと見た。トリオが久石よりも遅いのは [7分14秒] からのナチュラル・ホルンの8分音符の操作を考慮したのだろう。

同じリコーダー奏者から指揮者に転じたブリュッヘンが、晩年クナッパーツブッシュ的な微速前進に行き着いたのに対し、昨年の読売日本交響楽団への客演でも披露したアントニーニの笛は名技主義の典型。頭の回転の速さが、そのまま演奏に映し出されるのは棒を振っても同じで、第1楽章はそれが全ての楽器のフレージングや奏法にまで反映している。第4楽章のトルコ行進曲のファゴットは、速さに加え [9分19秒~] の裏拍強調が実にコミカルだ。

 

推薦 満津岡信育
当コンビによるベートーヴェンの交響曲全集の完結編。セッション録音の良さを感じ取ることができる、すばらしい《第9》だ。小編成のモダン・オーケストラによるピリオド・スタイルの演奏であり、作曲者本人によるメトロノームの数字に近づける努力が払われている。従って、第1楽章からテンポ設定は、きわめて速く、しかも、タメをつくらずに進んでいくが、各フレーズの流れが明瞭になる分、鮮やかな推進力が生み出されている。また、ライナー・ノーツで木幡一誠氏も指摘しているように、レガート、ノン・レガート、ポルタート(メゾ・スタッカート)の弾き分けを徹底的に突き詰めることによって、より直截な響きが形づくられ、刻々と表情を変えていくのが圧巻だ。もちろん、そこには、指揮者であるアントニーニの卓越した和声感が大きな力となっていることは間違いない。第2楽章も、テンポは速いが、バタつくことはなく、明快な表情と俊敏な諧謔性が見事に立ちあらわれている。

第3楽章が、12分を切る演奏時間では、せかせかと追い立てられることになるのではないかという心配も無用である。シンコペーションのリズムが浮き彫りになり、前打音が巧みに処理されるのをはじめ、見事な和声感の移ろいを通して、展開と変奏が精妙に描き出されていく。終楽章も、ものものしさは一掃され、各楽器の語り口が活かされ、そして、歌詞のシラブルを大切にした声楽陣とオーケストラの親和力もきわめて高い。

 

[録音評] 石田善之
それぞれが明快にピック・アップされ、全体的に濁りがなく解像力が高い。ただ、木管や第4楽章のチェロの旋律は前方に位置し、声楽のソロも最前列にある。全体に奥行きよりも左右へ広がり、バリトンは左、ソプラノは右という具合に十分な間隔で聴かせるが、小型再生システムでは不自然さはないかもしれない。快適な長めのホール・トーンでまとめられている。

 

 

THE RECORD GEIJUTSU 特選盤
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》/久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ 他

 

推薦 金子建志
「ベートーヴェンはロックだ」という主張は全くそのとおりだが、《第9》はブルックナーやマーラーの交響曲、ワーグナーの楽劇に代表される「重厚壮大なロマン主義の原点」として再現する解釈が主流だった。久石はここでも、快速と、リズムの裏拍の強調(ジャズに通ずるオフ・ビート)で、従来のゲルマン的なロマンティシズムに風穴をあける。よく似た凝縮タイプの解釈で競うことになったアントニーニが「バロックのオーケストラが近未来に挑んだ」とするなら、こちらは現代作曲家としての構造分析を基本に「モダニズムの原点としてのDNAを探ろうとした」と評すべきか。

両者の違いが鮮明なのが、32分音符の刻みを連打する第1楽章再現部のティンパニ。アントニーニが細かいトレモロ処理に徹して、主題のアウフタクトの刻印に必ずしも拘らないのに対し、久石は [6分57秒~] のように32分音符の音価を明示させ、主題としてのアウフタクトを強打させる。スケルツォの主題も常にリズムが克明で、完全な構造重視。リズム成分を消して小節線だけを示すアントニーニの修辞的な遊びは、一切おこらない。第4楽章の低弦による「歓喜の主題」をスコアどおり区切りを入れずに開始させるアントニーニに対し、久石は [2分27秒] のように、完全に構造的な区切りを入れてからスタート。過激な前傾姿勢を保ちながら、楷書体のツボはしっかりと押さえている。

 

推薦 満津岡信育
「ロックのようなベートーヴェン」というコンセプトは、この声楽入りの《第9》にも貫かれている。弦楽セクションの編成は、別項のアントニーニ盤より、第2ヴァイオリン以外は、1名ずつ少ないようだ。しかし、演奏時間は、アントニーニ盤よりもさらに短く、全曲で計58分30秒台という超快速テンポになっている。アントニーニのようにピリオド・アプローチの具体的実践を徹底しているというわけではないが、アーティキュレーションをきちんと整えた上で、各声部を明瞭に打ち出しているのが特徴的。伴奏音型や内声部で同じような音型を繰り返す際に、ノリのいいリフのように処理されている箇所もあり、猛烈な推進力が生み出されている。第2楽章も、テンションが高く、ティンパニだけでなく、各楽器がオクターヴ下行する際にエネルギーが漲り、ダンス音楽のような気分にあふれている。中間部の軽やかなステップも印象的だ。

第3楽章もテンポ設定こそ速いが、豊かな歌心を感じ取ることができる。また、このテンポ設定だと、ヴァイオリンの細かなパッセージがふわりと舞い上がるように響くのが耳に残った。終楽章も、レチタティーヴォの語りかけるようなアーティキュレーションをはじめ、開放感に富み、祝祭的な気分にあふれている。舞台上手から響いてくる打楽器陣も効果的。合唱はやや音圧に乏しいが、このテンポ設定では仕方がないだろう。バリトンの明るい歌声をはじめ、独唱陣も健闘している。

 

[録音評] 石田善之
2018年7月の長野市芸術館でのライヴだが聴衆の気配やノイズ、終演後の拍手も整理されている。十分な広がりと奥行きを聴かせ、オーケストラと合唱が一体となった第4楽章のスケールの大きな響き感はほどよいホール・トーンを交えて豊か。4人のソリストはステージの中央に位置しほどよい張り出しとバランスで歌詞も明瞭。ただ合唱の歌詞の明瞭さはやや薄れる。

(レコード芸術 2019年3月号 Vol.68 No.822)

 

 

 

 

また前月号の「レコード芸術 2019年2月号 Vol.68 No.821」では、いち早く「先取り!最新盤レヴュー」コーナーでも紹介されています。

 

 

先取り!最新盤レヴュー
来月号「新譜月評」に登場するディスクから注目の海外盤、復刻・再発売盤まで、要チェック・アイテムの数々を先行紹介!!

 

ベートーヴェンはロックだ!
祝祭と解放の新時代の名演

久石譲指揮ナガノ・チェンバー・オーケストラによるベートーヴェン・ツィクルス、完結!

言うは易し行うは難し ロック・テイストの実現

年明けにすさまじい《第9》が届いた。

誰も知らぬ者のない作曲家である久石譲が呼びかけて結成し現在も音楽監督を務めるナガノ・チェンバー・オーケストラのライヴによるベートーヴェン・シリーズの第4弾CDで、第1番と《英雄》、第2番と第5番、第7番と第8番と来てついに《第9》。演奏会としては7回目にして完結編だった。

久石は以前から積極的な指揮活動を行っており、録音も多い。そんな中、長野市芸術館を本拠地として結成されたナガノ・チェンバー・オーケストラを指揮して発表してきたベートーヴェンは、久石の鮮烈なベートーヴェン観と、それを完璧に具現化するオーケストラの能力の高さが見事に合致し、まさに「21世紀の新しいベートーヴェン」を形作っている。

「ベートーヴェンはロックだ!」というのが久石の視点。第1弾CDに彼が寄せた序文によると「例えればロックのようにリズムをベースにしたアプローチで誰にでも聴きやすく、それでいて現代の視点、解釈でおおくりすることが」できるという。それは言うは易しいが、実際に既存のオーケストラに徹底的に持ち込むことは(客演という形であればなおさら)難しいだろう。しかし、長野の地において彼自身の呼びかけに応え、彼の作りたい音楽に全身全霊を傾けて協力する若い世代を代表する演奏家たちの強い意志と高い技術、そして細大漏らさず記録する名録音によって、まさにロック・テイストのベートーヴェンが出来上がったのだ。

綿密なリハーサルによる緻密なディティール

これまで聴いてきた彼らのベートーヴェンは、まさにリズミックで推進力に富み、高いテンションを維持する。それは《英雄》の葬送行進曲であってもそうで、それでいて切迫感や深刻さも存分に伝わる稀有なものだった。そして全曲の最後に訪れるカタルシスはすさまじく、おそらくは客席は興奮の坩堝だろうと思われる。

今回の《第9》もまさに祝祭的で、踊り狂うようなスケルツォやフィナーレの全員が憑かれたように叫ぶ明るさと活気(しかし一瞬たりとも粗くならない)はとても新鮮だ。また第3楽章全体を覆う静けさ(テンポはベートーヴェンの指示通り)、メロディ・ラインのアーチ状の歌やヴァイオリンのアラベスクの美しさ、第4楽章の低弦によるレチタティーヴォの明確で語るようなアーティキュレーション、同楽章のメイン・テーマ提示でのコントラバス主体のバランスなど、非常に綿密なリハーサルが行われたことが容易に想像できる作り込み方だ。

独唱陣、特にバリトンの声が非常に若く軽いのも特徴的。そのため初めはなんとなく肩透かしを食ったような気分になるが、若い声による鮮やかで明快な歌は、全体の音楽作りの方向性とフィットしている。公募を含むアマチュアを主体とした合唱陣も非常にクリアな発音で決して怒鳴らず、明快さと開放感を重視して明るく歌い切る。

決して少ないとは言えない指揮経験と明確なコンセプトを持つ指揮者と、彼に全幅の信頼をおいて自らを解放するオーケストラと合唱。そのすべてがうまく噛み合った新しい名演の誕生を喜びたい。

西村祐

(レコード芸術 2019年2月号 Vol.68 No.821 より)

 

 

 

 

 

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

今日にふさわしい楽聖像を模索し伝統に一石を投じる

「ベートーヴェンはロックだ」をスローガンに交響曲全曲演奏に挑んだ久石とナガノ・チェンバー・オーケストラのチクルス完結編。指揮者の強烈な個性と俊英たちが奏でる音楽は、崇高さを際立たせるよりは今日にふさわしい楽聖像を模索するもの。ダイナミックな表現は、ピリオド・アプローチとも異なる新時代の切り口による。声楽についてはさらに望みたいところもあるが、 久石の実験がベートーヴェン解釈の伝統に一石を投じたことは間違いない。

(モーストリー・クラシック 2019年4月号より)

 

 

New Release Selection

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

久石譲が、音楽監督を務めるナガノ・チェンバー・オーケストラ(NCO)と、ついに「第九」をリリースした。腕のいい若手を結集したNCOの機能性、絞り込んだ編成だからこその透明度、生き生きとしたアーティキュレーションなど美質は多々あるが、最大の魅力は全編を貫いている疾走感。ピリオド・アプローチとも似て非なるこのリズム感・躍動感が、「ロックの先をいくベートーヴェン」という現代的コンセプトを体現している。裾野の広い聴衆を持つ久石だが、本作はこれからクラシックに親しみたいというファンのみならず、コア層にも訴えるクオリティとアクチュアリティを持っている。

(ぶらあぼ 2019年3月号より)

 

 

 

 

 

 

 

Blog. 「レコード芸術 2018年9月号」ベートーヴェン:交響曲第7番&第8番 久石譲 NCO 特選盤・評

Posted on 2019/04/03

クラシック音楽雑誌「レコード芸術 2018年9月号 Vol.67 No.816」、新譜月報コーナーに『ベートーヴェン:交響曲 第7番 & 第8番 / 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ』が掲載されました。特選盤、楽器編成について、ヴァイオリンの両翼配置、舞台下手奥の低弦コントラバスという古典配置(対向配置)、その意図や効果、久石譲版のこだわりを浮き立たせる評になっています。

 

 

新譜月評

THE RECORD GEIJUTSU 特選盤
ベートーヴェン:交響曲第7番・第8番 /久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ

 

推薦 金子建志
左に3人のコントラバス、8人ずつのヴァイオリンを対向に置いた少数精鋭の集団を「ベートーヴェンはロック」と表明している久石が振ればこうなる、という予想どおりのライヴ。特に、ジャズ的オフビートの先駆になる第7番は臨界を越えている。その典型が第4楽章冒頭のリズム主題。16分音符をここまで鋭く詰めるには、指揮者の解釈に対する感性的な共感と、集団としての周知徹底がないと不可能だ。トゥッティを牽引しているのがティンパニ。第1楽章や第3楽章のトゥッティの頂点は(この小編成だと)当然にしても、例えば第4楽章の106小節 [1分32秒~] のsfの嵐では、盛り上げた後、瞬時に黒子にまわり、要所だけを強打していることが分かる。

リズムも尖鋭的で、ミニマルみたいに機械的な反復を徹底させた第1楽章のコーダは、ウィーンなどのヨーロッパ的な舞曲のリズム感とは明らかに違う。スケルツォ楽章のトリオで、バッカス的な頂点を築くトランペットとティンパニ [3分12秒~] は、アウフタクトの8分音符にアクセントが移動(特に2回目以降)。第8番の第1楽章70小節 [1分09秒~] もヘミオラよりも、2拍子が割り込んだデジタルの感覚だ。

構造的要所で思い切って弛める自在性(第8番第2楽章の [1分45秒~] )や、作曲家らしい低音部重視(第7番第1楽章コーダ [12分12秒~]、第4楽章の [7分07秒~] )も、味の濃さに繋がっている。

 

推薦 満津岡信育
このコンビによるベートーヴェンの交響曲全集の第3弾。”作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン”という久石のコンセプトは、当ディスクにおいても、ますます磨きがかかり、冴えわたっている。両曲ともにテンポ設定は速く、ヴァイオリンを両翼に、コントラバスを舞台下手奥に配した古典配置から繰り出される演奏は、痛快そのものだ。もっとも目立つ例は、第7番終楽章の11小節目の第2ヴァイオリンとヴィオラの扱いで、猛烈なビート感覚で強奏させることによって、電撃的な効果を生み出している。そのほかの楽章も、8型の弦楽セクションが、ここぞとばかりにダイナミックに駆けめぐる一方で、荒川洋、荒絵理子といった名うての管楽器奏者たちが、絶妙な対話を繰り広げている点も魅力的。躍動感に加え、しなやかなフレージングが保たれている。

第8番では、昔のドイツ流儀の弦楽主体のバランス感とはまったく無縁で、各声部が互いに拮抗しつつ、破天荒なパワーを生み出しているのが印象的。個々が巧いだけではなく、指揮者とメンバーが一心同体となって、音楽を愉しんでいることが伝わってくる。ベートーヴェンの豪快なユーモアも活かされている。もちろん、ピリオド系による成果を踏まえているとはいえ、久石とナガノ・チェンバー・オーケストラは、なにがしの模倣ではなく、独自の世界を鮮烈に築き上げていると言えるだろう。

 

[録音評] 神埼一雄
長野市芸術館での2018年2月12日のライヴ。オーケストラは長い残響を伴うが、その響きに華やかな色彩感が乗っているのが特徴的であり、なかなか強い印象を残す。ことに高域にそうした傾向が強い。残響は長めなのも特徴で、これはオーケストラ音場の展開に豊かなイメージを生み、ことに奥行き感の深さを醸成するように働いている。華やかな色彩感が印象に残る。

(レコード芸術 2018年9月号 Vol.67 No.816より)

 

 

 

また前月号の「レコード芸術 2018年8月号 Vol.67 No.815」では、いち早く「New Disc Collection」のコーナーでも紹介されています。

 

「ロックのように」進撃する久石譲のベートーヴェン第3弾

次は、チャレンジ精神に溢れたベートーヴェン演奏を聴かせている久石譲指揮ナガノ・チェンバー・オーケストラによる交響曲全曲演奏をライヴ録音したシリーズの第3弾となる第7番と第8番(今年2月12日、長野市芸術館で収録)。

これまでの第1&3番、第2&5番を聴いてきて、今回の2曲がこのコンビに最も適した作品ではと思っていたが、予想にたがわぬ聴きものだった。第7番では「神化したリズム」に新鮮な感覚で挑み、譬えれば、陸上100メートル競走の決勝を見るような疾走に興奮を覚えたが、多彩で豊かな曲想を持つ第8番で披露された沸き立つような歌とリズムの饗宴により魅了された。ナガノ・チェンバー管の若き俊才たちは相変わらず巧者だし、演奏を重ねるたびに、久石がベートーヴェンへの理解と共感を強めているように感じられるのが、嬉しく頼もしい。

(レコード芸術 2018年8月号 Vol.67 No.815より)

 

 

 

 

 

 

 

 

Blog. 「レコード芸術 2018年4月号」ベートーヴェン:交響曲第2番&第5番「運命」 久石譲 NCO 準特選盤・評

Posted on 2019/04/03

クラシック音楽雑誌「レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811」、新譜月報コーナーに『ベートーヴェン:交響曲 第2番 & 第5番「運命」 / 久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ』が掲載されました。準特選盤、大きな特徴のひとつティンパニによるリズム主題化、木の撥を使用していること、(もっと早く見てたらよかった)、具体的解説とタイム箇所も明記されているので、評論ポイントごとに「ここのことか!」ととてもわかりやすく読み聴きすることができます。

 

 

新譜月評

THE RECORD GEIJUTSU 準特選盤
ベートーヴェン:交響曲第2番・第5番《運命》 /久石譲指揮 ナガノ・チェンバー・オーケストラ

 

準 金子建志
すでに新日本フィルでもベートーヴェンのステージ経験を重ねてきた久石にとって、ソリスト集団的な中編成オーケストラによる《運命》は、作曲家的分析を実際の音で突き詰める絶好の実験工房となる。その目標が、1小節を8分音符単位で1+3に記譜することでリズム主題が楽章全体を支配する構造を開拓した第1楽章は言うまでもないが、52~53小節のようにティンパニを単純な8分音符連打として、書き分けている個所がいくつかある。久石はそこ [0分35秒~] もティンパニをリズム主題化して叩かせるため、ロックのような乗りになる。390小節 [5分30秒~] のティンパニも同様にリズム主題化させているため、SLか闘いの太鼓を思わせる。直前の382小節~の弦も同じにしたかったようだが、集団作業となる弦にとっては至難なせいか、ティンパニほどではない。似た構造が再現する第4楽章も、ティンパニによるリズム主題の筋肉強化が散見されるが、反復記号直前 [1分44秒~] のように方向性が曖昧に聞こえる個所は、楽員内の自浄作用が働いたのか? 全てを貫徹すればミニマルの先取りになるから、久石は自身のルーツを示したかったのかも知れない。2曲とも緩徐楽章はテンポ設定・表現とも正攻法で、古楽器オーケストラ以降を基準にするなら標準的。楽想の対比や縁取りは鋭いが、スケルツォでトリオをテンポ的に隔絶するアーノンクール流は不採用。快速調の中でもカンタービレには自然な呼吸感が確保されている。

 

推薦 満津岡信育
久石譲とナガノ・チェンバー・オーケストラによるベートーヴェンの交響曲全集の第2弾。第1弾を扱った際に指摘したように、古典配置による小編成のモダン・オーケストラによる演奏である。ブックレットに引用されている久石のコンセプトは、”作曲当時の小回りが効く編成で、現代的なリズムを活用した、ロックのようなベートーヴェン”、”往年のロマンティックな表現もピリオド楽器の演奏も、ロックやポップスも経た上で、さらに先へと向かうベートーヴェン”とのことだが、指揮者の意図がすみずみまで浸透し、奏者の一人一人が鮮やかに機能しているのが印象的。テンポはきわめて速く、ドイツ流儀の拍節感ではなく、あえてオフビートを強調している箇所もあり、鋭い切れ味でノリのよい演奏が展開されている。《運命》は、木の撥で硬質な響きを発するティンパニが目立ちまくっているが、第1弾の録音に比べて音の抜けがよく、リズムのおもしろさを打ち出している。第4楽章で演奏する楽器の種類が増える際に、サウンドのキャラクターが一変するあたりも興味深い。また、舞台下手に陣取ったコントラバスも大活躍している。久石は2011年に東京フィルと《運命》をライヴ録音(ワンダーシティ)していたが、テンポ設定が速く、推進力に富んだ当盤の方が、格段にインパクトに富んでいる。第2番も躍動感に富み、緩徐楽章も淀みのない力感がみなぎり、しなやかな歌心に満ちている。

 

[録音評] 鈴木裕
速めのテンポでリズムを強調し、特に第5番ではティンパニや低弦の存在感が大きいがそれを反映。響きのいい長野市芸術館メインホールではあるが、演奏のよさをダイレクトに楽しめる音を捕捉している。と言ってもドライな録音ではなくオーケストラに近いマイキングながら、ホールの響きのよさものびやかで、同時に細部まで明瞭な録音だ。

(レコード芸術 2018年4月号 Vol.67 No.811より)

 

 

 

また前月号の「レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810」では、いち早く「New Disc Collection」のコーナーでも紹介されています。

 

極寒を吹き飛ばす久石譲のハレなベートーヴェン第2弾

今月の締めは、「ドラマ音楽の達人」久石譲が芸術監督を務める長野市芸術館をフランチャイズとしたナガノ・チェンバー・オーケストラによるベートーヴェン/交響曲ツィクルスのライヴ録音シリーズの第2弾、第5&2番。デビュー盤の第1&3番については、本欄の昨年8月号で「勢いの勝った痛快な演奏」とご紹介したが、今回の2曲にも指揮者・久石が語る「例えればロックのようにリズムをベースにしたアプローチで……」という基本姿勢が貫かれている。第1ヴァイオリン8の室内管編成の演奏は、すべての局面で陰もなく明快、シンプルな力感を添えながら超快速のテンポで運ばれる。ピリオドとモダンの要素を混合させながら、エッジを効かせた疾風怒濤のハレな表現は痛快すぎて、ベートーヴェン音楽の精神性などに思いを寄せる暇もないのだが、それはそれで心地よいのだ。

(レコード芸術 2018年3月号 Vol.67 No.810より)