Blog. 「pen ペン 2011年7月15日号 No.294」創造の現場。久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/10/10

雑誌「pen 2011年7月15日号 No.294」に掲載された久石譲インタビュー内容です。

世界で活躍する創造者たちがクリエーションを生みだす場所を写真家ベンジャミン・リーが写しだす、という好評連載コーナー「創造の現場。」に久石譲が登場した回です。2ページ見開きで1ページ分を大きな写真が掲載されています。取材に人が入るのは初めてというプライベートスタジオの写真です。

 

 

創造の現場。 36 久石譲 音楽家

音楽の根本を考える、ここは「世界の中心」。

「ここは、自分にとっては『世界の中心』みたいなところですね」と久石譲はやわらかな声で言った。自宅にあるプライベートスタジオでのことだ。

「音符やリズムの実践は、昼間、オフィスにあるスタジオで行います。でも、根本的なアイデアはここで生まれますね。とても重要な場所です」

深夜に自宅に帰ると、明け方までをこのスタジオで過ごす。

「ここでは、気になるCDを聴いたり、本や資料を読んだり。中心となるのは、昼間に実践している音楽の根本を考えることと、クラシックの勉強です」

自身の生き方を「螺旋を描くように進んできた」という。現代音楽家としてスタートを切り、映画音楽に数多く関わり、2年前からクラシック音楽を活動の芯にしている。コンサートではベートーヴェンやマーラーの曲を指揮し、自身の新作交響曲も披露する。長く親しまれてきたクラシックと、いま生まれたばかりの曲を同じホールに響かせるのは、大きな挑戦だ。

「いまやっておかなければ、という気がするんです。短い作品は2000以上作曲してきたので、そろそろ、全体でものを言うもの(交響曲)を書いてもいいのでは、と。それに、クラシックにもコンテンポラリーな視点を入れたほうがいいと思う。どんなにいい時代の曲でも、新しい視点で前の観念を壊し続けないと、生き続けないから」

自分にプレッシャーをかけ、全身全霊を捧げて音楽を追究する。3月11日を経て、思いはさらに強くなった。

「音楽はひとつの救いになるけれど、我々音楽家はそれに加えてもっと強く、音楽がなぜ必要なのか、自分で回答を出していく仕事をしなければ」

音楽はいつでも、いまを生きる人のためにある。音楽の潮流がこれからもみずみずしく強くあるために、そして螺旋状に続く道をその先へ進めるために、「世界の中心」がある。

 

写真横に掲載されたコメント)
プライベートスタジオ。オフィスのスタジオと同じ機材を揃えた。オフィスは実践、ここは思考。ふたつの場所を行き来し、気分を切り替える。取材のために人が入るのは初めて。

(pen ペン 2011年7月15日号 No.294 より)

 

この4年間におよぶ連載は2014年「創造の現場。」書籍化されています。紙面構成は同じです。各界著名人、約100人のクリエイターたちの言葉と象徴的写真を収めた本です。

 

 

Blog. 「スイッチ SWITCH JULY 2001 Vol.19 No.16」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/10/09

雑誌「スイッチ SWITCH  JULY 2001 Vol.19 No.16」に掲載された久石譲インタビュー内容です。『JOE HISAISHI meets KITANO films』リリースに合わせて組まれた取材は、北野武監督の映像について、手がけた音楽について、あらためてたっぷりと語られた貴重な内容です。

 

 

久石譲

映画音楽の重要人物が語る
創作の哲学、北野監督、
そして新たな挑戦について

久石譲の名を聞いて読者が思い出すものが、幾つかの映画か監督名かそれとも彼自身のリーダーアルバムかはともかく、その才と手腕から、彼が今日の日本映画界において重要人物である点については異論が無かろう。その代表的な仕事の一つに挙げられるのが、北野武監督作品への楽曲提供である。この度リリースされる『JOE HISAISHI meets KITANO films』は両者の初顔合わせであった『あの夏、いちばん静かな海』から最新作『BROTHER』までの楽曲から、久石のセレクトによる16曲によって構成された、北野映画のサントラベストである。しかし彼にとってこの一枚は、それ以上の、そしてそれ以外の意味を持った仕上がりであると、穏やかな口調で語り始める。

「当初からベストであっても決して回顧ではない、いわば現在進行中のプランの途中報告みたいなものにしたいとは考えていた。例えばアプローチの変化としては『BROTHER』がそう。ここで『あの夏~』からのアプローチを敢えて変えてみた。もし、今後も北野監督と仕事ができるのなら、ここで一度違うアプローチにした方が、世界観が拡がると考えたから。日米合作で、ロケーションもロスだったりと、それまでと違う環境という点も、変化という点では適していたし。それで映画のドライな世界観を表現するためにブラスを多用した。これまでも弦とか管は入っていましたが、割合ピアノ中心だったからね。

だから本来なら今回のアルバムの曲順も『あの夏~』から映画の公開順に並べれば、こうした変化が見え易くて良いのだけど、どうしても記録としての意味合いが強く出すぎてしまう。それは避けたかったので最近CFで流れた『Summer』を最初に持ってきて、次に最新作である『BROTHER』を。その後からを公開順にしてみた。

編集し終えて嬉しい発見だったのは『あの夏~』から『BROTHER』まで、実に各々の底辺が共通性を持っていた、ということ。頭では常に北野監督の映画のために音楽を提供することを第一に作ってきたつもりだったけれど、気がつけば自分のソロアルバムを作るような気持ちで携わってきたんだ、という明快な結論に達した。時には、ソロから一歩踏み出した表現もしていたりするこの一枚には、僕自身のここ数年の姿勢が見事に反映されていた。そしてこの一、二年の中で、僕自身にとっても、まさにベストな一枚と言える仕上がりだと思う」

バイオリンを習い始めた五歳の頃から、同じく両親の薦めでジャンルを問わず年間約三〇〇本、多忙な現在も週七~八本の映画鑑賞を欠かさないという久石。そんな無類の映画好きの視点から北野監督、その作品に対しての印象、実作業でのコミュニケーションまでを語ってもらおう。

「省略の人、だね。引き算の映像美。従来の映画の概念にとらわれずに独自の世界観を展開するのは並大抵ではない。北野監督はそういう登場をして見せて、今もそう在り続けている。一〇秒間のシーンだけで彼の作品だと分かる、というのは、やはり尊敬に値する。

北野監督とは、やりとりとか詳しく話したりすることなんてほとんどない。ヒントのような一言、二言だけ。『あの夏、いちばん静かな海』の時は、『シンプルなメロディーの繰り返しが好きなんです』って。『HANA-BI』では『暴力シーンが多いんだけど音は綺麗なのがほしいな』で、『菊次郎の夏』は『さわやかなのがいいな』とか毎回そんな感じ。『BROTHER』に至っては『おまかせ』でしたから。他にその時手掛けている作品の事で、顔を合わせる際に二人で話すことといえば、決まって次回作のアイデア。こんな具合で互いのスタンスが明確に保たれている。とてもシビアだけど、だからこそ信頼感や、やり甲斐も非常に大きいと言える。

北野作品はどれも好きだけど、手掛けた音楽で一番好きなのは『Sonatine』。この作品から確信犯としてミニマル・ミュージックを前面に押し出した。僕自身、当時ロンドンに住み始めたこともあってハイテンションだったので、実験的要素も結構盛り込んでいる。録音したドラムのフレーズを逆回転させて、楽曲の後ろ全体にうっすらと敷いてみたり。映像としてもあの微熱に犯されながら進行していくようなクールさが好きだな」

ここで”ミニマル・ミュージック”という単語が登場したが、実は彼には、現在の自身のスタイルに大きな影響を及ぼした一枚のアルバムがある。テリー・ライリーの『A Rainbow In Curved Air』である。

「このアルバムでミニマル・ミュージックに出会い、衝撃を受けた。約二〇年間培った前衛クラシックの方法論を全て捨て、ミニマル・ミュージックを手掛けてみたいと思った。実際に精神と肉体を全て改造するために、約三年を費やしてしまったけどね」

こうした転機を経て、今日までに久石は、既知の通り北野以外にも宮崎駿や大林宣彦等、多くの監督の作品へと音楽を提供している。多種多様な映画音楽に対して、何か特定のルールや概念を抱いて、彼はその創作に携わっているのだろうか。

「言ってしまえば、映画音楽っていうのはどんな音楽でも成り立ってしまう。アクションモノならハードロックっていうストレートな発想でも別に構わない。でも実はそこが一番の罠であり、楽しさでもある。

自分の中で映画音楽に関するルールとかは、これといっては設けてないけど、敢えて言えば映像の従属物のような音楽には興味が無い。つまり走ったら速い、泣いたら悲しいとうのは作りたくない。それだったら映像と喧嘩するくらいで丁度いいっていう感じかな。あとは、仮に映画がトータルで二時間の作品なら、何も音楽がつかないシーンも含めて展開を意識する。一つのシンフォニーを書くのと同じ気持ちで考え、最終的な映画のテーマ、つまり”何を残すことができるか”を浮き立たせる。もっと言えば、監督、脚本、役者、照明他スタッフ全てが同じ方向を向いて、もしくは向いたフリをして自己の表現を確立させる。その過程で生まれてくるダイナミズムが映画であり、だからこそあらゆる物を包括したメディアと成り得ている。

僕が最も大切だと捉えていることは、”映像から読みとる”という作業。映画音楽の制作は、どうしても”はじめに映像ありき”という当たり前の前提を見失いがちになる。映画監督は自らのメッセージを作品に込めている。それをどう読み解いて音楽を提供するか、そこからが僕の領分なんだ。

結局、音楽というのは抽象的だから、ああだこうだとやり取りしてもあまり意味がないし『ここがこうでね』って他者とディスカッションしづらい。特に日本人って映画音楽って印象のみで批評をする傾向が強い。比べるフランスは正反対。『あの○○のシーンであの音楽を付けたのは、何を狙ったんだ?』って驚く程細かく突っ込んでくる」

宮崎監督の最新作「千と千尋の神隠し」、仏映画「Le Petit Poucet」と音楽を手掛けた新作の公開が続き、一〇月下旬からのオーケストラとの全国ツアーを経て、一一月には韓国でのコンサートも控えている。

「そろそろピアノ弾きに戻るトレーニングもしなくてはならない。弾き方にクセがあるせいかもしれないけど、一度のステージで二~三キロの体重が落ちる。自分にとっては結構な重労働というか、格闘技だから、身体を作っておかないともたないんだ」

そして久石自身もついに監督業に挑戦。第一作『Quartet』(今秋公開)では音楽は勿論、脚本までも自ら手掛けたという熱の入れよう。語り口も自然と弾んでくる。

「撮影は去年に終えていてね。劇中、袴田(吉彦)君扮する主人公の台詞で『音楽ってそれほどのものなんですか?』っていうのがある。この一言を音楽家である僕が言わせるのは、自分では結構強烈な挑戦だった。多分この一言を撮りたくて映画を作ったんだなと、今は思っている。”音楽を作る”ことと”生きる”ことの関係性を何らかの形にしてみたかったのではないかな。音楽は自分では未だ模索の最中だし『Quartet』も、その明確な答えとは成り得ていないけれど、リアリティという点ではなかなかの仕上がりだよ」

実はすでに二作目の撮影済み。デジタルカムコーダーで撮った三〇分の短編映画『4 MOVEMENT』は現在編集中。完成すれば、日本初フルデジタルムービーの登場である。まさしく精力的な活動の久石であるが、目下その才と手腕を持ってしても解決できない、一つの悩みを抱えているらしい。

「二作目の方が公開が早くなってしまってね(福島での『うつくしま未来博』にて七月上映)。こればかりはどうにもならなくて」

充実した表情の後に浮かべた、仕方なさそうな苦笑が印象的であった。

(スイッチ SWITCH  JULY 2001 Vol.19 No.16 より)

 

この取材は北野作品の映画音楽が中心となっています。ちょうど『JOE HISAISHI meets KITANO films』のリリース時期だったこともあり、本誌には貴重な広告ページもありました。発売当時、初回特典・予約特典として同デザイン特大ポスターを入手できた久石ファンもいるかもしれませんね。

 

 

 

また制作スタジオでの写真も印象的でした。

 

 

Blog. 「秋元康大全 97%」(SWITCH/2000)秋元康×久石譲 対談内容

Posted on 2018/10/07

SWITCH SPECIAL EDITION「秋元康大全 97%」大型本(2000)に収載された秋元康と久石譲による対談です。

2000年公開映画『川の流れのように』(監督:秋元康/音楽:久石譲)の話題を中心に多岐にわたります。作家性、クリエイティブ、エンターテインメント、時代を牽引しつづける二人のプロフェッショナルが語り合う内容は、どこかセンテンスを選んでも選んでも溢れてしまうほど。A4サイズ大型本(計8ページ/文面5ページ)にじっしり詰め込まれた言葉たち。超ロング対談のため抜粋してご紹介します。ぜひゆっくりかみしめるように読んでほしい内容です。

 

あえてひとつだけチョイスするなら、この語りは衝撃的で印象深かったです。さすがプロ!どちらも一流プロ!と唸った目からウロコの発見でした。

「久石さんを見ててプロだなと思うのは、音のこぼし方ですね。カットが変わった時の音のこぼし方。普通は、一つのシーンで音楽を入れるとすると、そのシーンとともに音楽は終わるじゃないですか。例えば次は外に出て車に乗るシーンだとしたら、そこには別の音楽が、あるいは車の騒音を入れるとか。でも久石さんはそこへ微妙に前の音楽を落とす。そうすることによって、絵がなめらかになるし、言葉は終わっているんだけど音楽が続いているから余韻が残るんですよね。またはせつなさが残ったり。」(秋元康)

 

 

一番向こうのドア

ある日ラジオから流れてくる音楽を聴いて、ふいに脳裏に映像が甦ったことはないだろうか。映画音楽とはそういう力を持つものだ。映像をより象徴的に印象づけるものとして、映像と同じ比重で絡み合いながら存在すべきもの。

久石譲は宮崎駿、北野武など日本が誇る映画監督たちに才能を乞われ、新しくも懐かしい不思議な音楽を提示しつづけてきた第一人者である。常にその旋律は、記憶のどこかに眠っていた情景や匂いや手触りを喚起させてくれる。最新作『川の流れのように』で念願の彼を音楽監督として迎えた秋元康が繙く、クリエイターの”ドア”の存在について。

 

久石:
今日は映画『川の流れのように』の反省会ですか?(笑)

秋元:
いや、次回作の打ち合わせですよ。今回久石さんには音楽監督として参加していただいたわけですが、これは久石さんのキャリア的にも珍しい試みだったんですよね。というのも、本来久石さんは脚本を読み、映像を観て、まったくゼロから音楽を作りあげていく方法をとられているのに、今回は「川の流れのように」という美空ひばりさんの曲があった。そういうのは今までやったことがないと伺って、だからみんなでがんじがらめにしようと思っていました。

久石:
以前、秋元さんと食事をしながら、この『川の流れのように』という映画を一緒にやらないかと言われた時に、一番大変だなと思ったのは、『川の流れのように』というタイトルだと、一般の人に美空ひばりさんの伝記映画だと思われる可能性があるのではないかという危惧でした。この「川の流れのように」という日本で一番愛されてる曲の根底に存在する世界と、森光子さんたちが演じる老人の話を重層的ないい形でドッキングさせるということ、それが今回音楽監督としての最大のテーマだったわけです。一歩間違えれば深い内容を持った映画が歌謡映画に観られてしまう危険性がありましたね。それはものすごく損なことなので、どうバランスを取るのかというのが一番の課題でした。

秋元:
「川の流れのように」はひばりさんのはからずも最後の曲になってしまったことで、ある意味一人歩きしている部分があると思うんです。だから最初に久石さんに依頼しておきながらも、それをどう加工するのかというのはすごく難しいだろうなと思っていたんですね。

久石:
結局その会食の後、帰りの車の中ですぐ思いついたんですけどね。まず僕は、曲をただアレンジしたものをエンディングに流すということに大きな抵抗がった。ならば、この映画の世界観を湛えたストーリーの終盤に、美空ひばりさんの歌が乗ればいいんだと思ったんです。となると、今はマルチレコーディングの時代だから、トラックから美空ひばりさんのヴォーカルチャンネルだけを抜いて、映画の世界と同じサウンドに乗せればいい。ナット・キング・コールの「アンフォゲッタブル」に、ナタリー・コールがデュエットした時みたいにね。そこからヒントを得て、10年前にお亡くなりになった美空ひばりさんと自分が競演するかのような、そういう曲を作ることができれば大丈夫なんじゃないかと思ったのです。その時に全体像が見えたんですね。

秋元:
別れて30分でプロデューサーに電話をいただいて、一言「見えた」って。

久石:
そう、速かったですね。

秋元:
久石さんとの一番最初のお仕事は純名里沙さんの曲でしたよね。次に西田ひかるさんのアルバムの構想を練っていた時に、今度こんな映画をやりたいんだっておっしゃっていて。実は一番初めにお仕事する予定だったのは『魔女の宅急便』だったんですよ。すごくやりたかったんですが、僕がその時海外に行っていて、どうにもスケジュールが合わなくてとても残念だった。帰ってきて次はぜひということで、二回目が純名里沙さんだったわけです。

久石:
その間に長野のパラリンピックのプロデュースをやらせていただいてたのですが、そこでトリビュートアルバムを作りたくて歌い手さんを探していた時に、猿岩石さんを紹介していただいた。お忙しいのにあっという間にスケジュールを取っていただいて。秋元さんとはいろいろといいお仕事をさせていただいています。

秋元:
その時に、「次回、僕が監督作品をやる時は絶対久石さんにやってほしい」とお願いした。当初はラブストーリー。『ピアノ・レッスン』みたいな作品を構想していたんですが、最終的には全然違っちゃいましたね。

 

~中略~

 

久石:
僕は4歳からヴァイオリンを弾いていたんですけど、同じ頃、親父が高校の化学の先生だったんです。うちの近所に映画館が二つあって、両方とも当時は女子高の生徒は入っちゃいけないということで、先生が巡回に行くわけですよ。僕は幼稚園だったんですけど、親父にしょっちゅう連れていかれて、年間300本ぐらい観てました。3本立てなので、週に6本、月に24本。4年間ぐらいそれが続きました。その時の体験が大きかった。それこそ恋愛映画からアクション映画まで、洋画邦画問わずに観てましたから。それに当時は今ほどではないとしても、映画館は一番大きくていい音が聴こえる場所でしたからね。その暗いところで座っているというのが僕の重要な原体験な気がします。それからずっと映画が好きですね。音楽も映画もすごく好きで、両方一遍にやれるのが映画音楽ですから。

秋元:
久石さんを見ててプロだなと思うのは、音のこぼし方ですね。カットが変わった時の音のこぼし方。普通は、一つのシーンで音楽を入れるとすると、そのシーンとともに音楽は終わるじゃないですか。例えば次は外に出て車に乗るシーンだとしたら、そこには別の音楽が、あるいは車の騒音を入れるとか。でも久石さんはそこへ微妙に前の音楽を落とす。そうすることによって、絵がなめらかになるし、言葉は終わっているんだけど音楽が続いているから余韻が残るんですよね。またはせつなさが残ったり。僕は映画監督志望や脚本家志望の人が持ち込んでくるシノプスをよく読むんですが、あまり驚かないんですよ。自分が作る立場にあるから、「僕だったらこうするな」とか考えてしまう。だから僕は久石さんから映画のアイデアを聞かされた時にとても衝撃を受けました。というのも久石さんは音楽が主軸の人じゃないですか。だから『巴里のアメリカ人』とか、日本だったら『七変化狸御殿』みたいなミュージカルものか、イギリスものなら『ブラス!』のような作品をお作りになるのかと思っていたら、実はエンタテインメント性の高いアイデアだったのでびっくりしました。

久石:
映画というのは一人の作家の想いで作るものであると同時に、人に観てもらわなければいけないというのが根底にありますよね。だからある程度の作家性は保ちたいけれど、エンタテインメントというフィールドは外れられない。人に観てもらって楽しんでもらうというのが基本。でもディズニー映画みたいに、終わって「ああ、楽しかった」と外に出るけど、心に何も残っていないというのはやりたくない。なにか一つでもプラスになるものがないとダメだと思うんです。音楽にしてもそうですけど、僕は”芸術家”ではないですから。町中の音楽やってるわけですから。

秋元:
世間は完全に芸術家だと見てますけどね。

久石:
やっぱり人に楽しんでもらうというのが基本にある。自分が観る映画にしてもそうですね。例えば昔のATG系の作品も好きなんだけど、敷居をまず高くして、観る人だけ観なさいという雰囲気は好きじゃないですね。

秋元:
以前「これ映画になるよね」と久石さんが話してくださった話でおもしろかったのは、オーケストラってみんな一緒に全国を回るじゃないですか。それでギャラも一緒なんですけど、シンバルの人は1カ所しか打つところがないんですよね。なのに、大抵間違えるという(笑)。

久石:
そうなんですよ。あの誰でも知ってるドヴォルザークの「新世界」、あの四楽章に1カ所だけ合わせシンバルがあるんです。でもギャラも、費用もみんな一緒なんですね。それでシンバルの人は30分ぐらいひたすら待ってるわけです。「あ、一楽章終わった」「二楽章終わった」「三楽章終わった」「そろそろ出番だ」と腕まくり始めて「さあ叩くぞ」なんて思ってるうちに、過ぎちゃうんですよ(笑)。結局一回も叩かずに終わっちゃう。それをやっちゃったら大変なんです。「おまえ、何やってたんだよ!」とかみんなに責められて。

秋元:
それ、すごいおもしろいですよね。

 

~中略~

 

久石:
秋元さんにはいっぱい切口がありますよね。作詞もそうですし、映画もテレビ番組も、次から次へとこの世に出している。世間から見るとすごいマルチで、こんなにいろんな仕事して大変じゃないかと思っているでしょう。でも実は、ご本人は意外と最初のアイデアとソースを考えるだけで、そんなにいろんなことに手を延ばして収拾つかなくなっているという感じではないんですよね。

秋元:
そう、料理と同じで、出される方はイタリアンからフレンチからベトナム料理から変わったものがどんどん出てくるなあと思うけど、こちらは素材を見て、「これだったらフレンチがいいな」とか「和食にしてみようか」とか考える。要するに料理法なんですね。それが映画だったり、テレビだったりするだけ。あまり自分の中ではいろんなものに手を出してるつもりはないんです。それを素材として最大限生かすためにやる。例えば森繁久彌さんっていいなあと思うじゃないですか。映画もいいけど、舞台で『屋根の上のバイオリン弾き』に続くものがあればおもしろいだろうなと考えますよ。でも久石さんも守備範囲が広いというか、年末のコンサートを見せてもらいましたけど、やりたいことがいっぱいあるみたいですね。例えば映画音楽だけやろうとは思わないでしょう?

久石:
思わないですね。僕は映画音楽が三本続くと嫌になるんですよ。なぜかというと、あくまで映画は監督のものだと思うんです。自分が考える世界と監督の世界を、こう台本を挟んでやりあうわけですね。すると自分一人でできる世界じゃないので、監督の要求に応えていくうちに思わぬ自分が出たりするんです。あくまで他の人との関わり合いで自分の表現をしなくてはいけない。でもそうすると意外な面も出てくるし、もちろん苦しい部分もありますけど、確かにすごくおもしろい。ただし、そのもう片方にソロアルバムやコンサートがある。これは自分がすべてやるわけなんですけど、絶えずこればっかりやるとそれはそれで辛いんですよ。やっぱりどんどんダメになっていく。だから一番いいのは映画のようにいろんな人と一緒に仕事して、こっちはこっちで自分のことをする。その幅を行ったり来たりすることでバランスが取れるんですね。例えば秋元監督と『川の流れのように』という映画をやる。これは確かにいい話で、老人たちももっと元気が出る。そこでいい話だからいい音楽を書こうと普通は思いますよね。いいメロディーを書いて心温まる音楽を作ろうと。でもそうすると監督の視線と一緒になりすぎてしまって、単になぞるだけじゃないかと考えてしまうんです。例えば映画の冒頭のシーン、主人公が伊豆に何十年ぶりかに帰ってきた。そこに、いかにも帰ってきましたという美しくせつない音楽をつけてしまうと、全体のトーンがベタベタになってしまうんじゃないかと思うんです。台本を読んだ時から考えていたんですが、ブルガリアン・ヴォイスを使ってみたらどうだろうかというアイデアが浮かんだ。いったいどこの国の音楽だろうと観た人が不思議に思うような。ただそのまま使うと、よくありがちな奇を衒ったものになってしまう。それでオーケストラとブルガリアン・ヴォイスをミックスした。ある種のミスマッチなものは絶対ダイナミックに広がっていくし、もう一カ所ポイントになるものを使えば全体の音楽的な筋は通るんじゃないかと思った。まあ秋元さんとやらせてもらってるからこそ、そういうアイデアが出てくるんですけどね。

秋元:
奇を衒ってしまう部分と、だからといってコンサバティブにいけばいいわけじゃなくて、そのバランスが難しいんですよね。確かにあの音楽は見事でしたね。映画というのは監督のものだとは思うんですけど、結局監督が役者とホンと音楽と一体にならないと絶対ダメなんですよね。

久石:
映画が成立してる最終的な意志みたいな部分は監督のものなんだけど、映画がなぜこんなに楽しいかというと、本当に音楽から美術からいろんなもの、いろんな人の力が総合されるからなんですよね。最近、日本の映画はなぜこんなにつまらないんだろうと思うんですが、根底に日本の映画人って古くなってるんじゃないか。現場はそれでもいい。きちんと対応できる技術さえあれば。要は脚本なり監督なりプロデューサーなり、ヘッドになる部分がもっと真剣に悩みぬいたものを作っていかないと。ハリウッドみたいに車を壊したり家を爆発させたりというお金をかけることは日本ではできないわけだから。使えるのはアイデア、要するにヘッドワークですね。それが中途半端だから、どうしても弱い。

秋元:
僕らはよくいろんな方とコラボレーションをするじゃないですか。ドラマでも映画でも悲しいメロディーというと、普通の音楽監督というのは聴いただけで悲しい曲を書いてきてくれる。でも驚かないんですよ。脚本でも音楽監督でも役者でも、やっぱり一緒にやった人が自分が投げたアイデア以上ものもを返してくれて、お互い驚きあいながら作っていかないとダメなんですよね。今回はそこが非常におもしろかった。日活の会議室で初めてブルガリアン・ヴォイスを聴いた日、久石さんが曲を流す前に「いっちゃっていいですか?」と訊ねられて、曲を聴いたら本当にいっちゃってた(笑)。すごくいいなあと思った。作詞でもそうなんですけど、どこまで奇を衒っていいかを判断するのは難しいんですよ。ただ奇を衒ってるだけだと単なる企画もの、イロモノになっちゃう。だから微妙に奇を衒っている新しさ、そこが一番難しいんですよね。

久石:
単に奇を衒うというのはできるんだけど、それがどう主題に関わってくるかですね。それができたのはやはり秋元さんに対する信頼です。受け止めてもらえるというのがあったので。こちらが窮屈にならずに持っているアイデアをぶつけられたんです。

秋元:
いや、それはプロの技ですよ。ブルガリアン・ヴォイスから嵐のシーンのオーケストレーションまで幅が広い。ブルガリアン・ヴォイスだけのアイデアを出せる人はブルガリアン・ヴォイスのテイストで最後までいっちゃうんですね。そうすると今度は映像と音楽が分離してしまう。それにしてもラッシュの音がない時に比べて数百倍良かったです。

久石:
日本映画としては本当にお金を出してもらったんですよ。ホールでオーケストラをきっちり録れるなんてまずないですから。これだけの規模でできたからこそなんです。

秋元:
オーケストラというと、それだけの人数と楽器を集めて、ホールまで借りるのは、すごくお金がかかる。だから大抵みんな打ち込みでやるんですけど、久石さんがホールでモニータに映像を流して同時に録ろうとおっしゃった。すごく贅沢ですよ。アメリカではそういうシステムが整っているけど、日本ではなかなかできない。

久石:
設備が整ったところで録るわけではないので、レコーディング機材を全部運び込まなくてはいけなくて、ものすごく大変なんです。しかもいろいろトラブルがあるし。

秋元:
我々も、いつもああいうことができると思ってはいけないんですね。

久石:
でもこの先デジタルになったら、もっとああいうやり方の重要性が出てきますよ。ホールのアンビエントがそのまま再現されるから、とても奥行きが深くなる。

秋元:
あと、公会堂のシーンなんて品があっていいですよね。音楽というのは何をもって品がいいというのかよくわからないけど、とにかく品が必要だと思う。

久石:
そうですね。同じマイナーを書いてもゴールデン街が浮かんでしまうマイナーの書き方になっちゃう人と、そうじゃない人といるんですよ。日本の映画はどうしてもやっぱりゴールデン街が浮かんでしまう。

秋元:
僕も偉そうなこと言えませんけど、なんて言うか、粘りだと思うんですよ。僕らのエンタテインメントの世界というのは、いつも一番近いところのドアが開いているんです。ここから出ればすごく楽。脚本作るのも映画作るのも、一番手前のドアはね。でもそのドアを選ぶと、大抵予定調和に陥ってしまう。例えば公会堂のシーンなら普通はピンクパンサーみたいな音楽を選ぶと思う。でも久石さんが一番向こうのドアを開けてくださった。何でもそうなんですけど、手前のドアではなく一番向こうのドアを開ける、そこがふんばりどころですよね。

久石:
苦しいですよね。でも、ものを作る時は必ずあることですよね。音楽をやっていても、毎回リセットしてゼロから作ってるつもりなんですけど、やはり覚え慣れた方法論というのがいくつかある。それだと大量に作れるのがわかるんですけど、ゼロにしてまだ開けたことのないドアを開けようとする、そこまでが大変ですよね。一番近いドアを開け続けるとやっぱり枯渇していくし、悪いほうへ向かっちゃいますね。昔ジョン・ウィリアムズがやった『スターウォーズ』と『スーパーマン』と『E.T.』は全部同じメロディーじゃないかと言われてたのね。ほとんどの人はそう言った。でも僕はその時擁護したんです。なぜかと言うと、ジョン・ウィリアムズは自分の音楽を突き詰めて、突き詰めて、その結果自分の音楽はこうだと言い切ったんです。自分をきちんと突き詰めていない人間だと、ジャズ風、クラシック風、ロック風と簡単に書き分けることができる。それはオリジナリティがないということです。でも最後まで自分を突き詰めた人は、似ていてもいいんです。そうしないと、彼も音楽家としてのアイデンティティがなくなってしまう。彼は自分の曲がどれも似ているというのを誰よりもよく知っているはずだし、でもそうせざるを得なかったというところに作家性を感じる。毎回違うことをやろうとした結果、同じような音が生まれたとしても、それは次に発展することだからオーケーなんだと思う。

 

~中略~

 

久石:
そうですよね。先週もそういうことがありましたね。テレビドラマでバジェットも小さいし、でもたまにはテレビもやってみようかなと思って曲作りを始めたんです。でも「今日は3曲以内に収めよう」とかいろいろ考えていても、スタジオ入っちゃうとダメなんですよね。いつの間にか真剣になっちゃって、3曲どころか結局28曲も作ってしまいました(笑)。やっぱりどんなものでも監督さんとかスタッフの方々が真剣にやっているのが見えると、自分も発奮するというか、いくところまでいかないと終わらないですね。

秋元:
僕もそうですよ。「これはもう30分で書け、30分で書いて次の楽しいこと考えよう」といって本当に30分で書くんですけど、終わって「やっぱりなあ」と思うと、その後結局2時間ぐらいかけちゃうんですよ。だったら最初からそうすればいいんだけど(笑)。

久石:
ものを作るのってそうですよね。全力を出し切ると「ああ、勿体ないな」なんて一瞬思うんだけど、本当は勿体なくないんですよ。やっぱりいいものができた時は嬉しいですからね。

 

~中略~

 

秋元:
そういうことを考えるのが好きなんですよ。今回の映画もプロの映画監督だったら最後の森光子さんが歌う「川の流れのように」のところはフルコーラスじゃなくてワンハーフにしますよね。実際、みんなに反対された。でも異業種監督としてやるんだったら、あれはやらないでしょうということをやらないと、ダメだと思うんですよ。だから、今度久石さんが映画監督をする時は普通はやらないようなことを期待してます。

久石:
僕も普通に考えて、森さんがワンコーラス歌ってそこから美空ひばりさんの方へ乗り換えていくのだろうなと想像していました。秋元さんがツーハーフ粘られたということを聞いて、それならいかに聴きやすくするかを考えるわけですけど、それがなかなかできなかったんですよ。森光子さんの歌に弦楽器を入れてだんだん盛り上げていこうかとか。

秋元:
僕はまるで音がないところにツーハーフでもいいんじゃないかと思ってたんだけど、久石さんが音楽を作ってくださって、上手くこぼれているじゃないですか。それはそれですごく良かった。

久石:
ギリギリのところでね。ドーンと来るところは下手にデコレーションしないで、ストレートに入口だけ弦を入れてちょっとこぼして、あとは歌に委ねてしまって正解だったと思いますね。

秋元:
僕らは職人ではないわけですからね。職人だったらあそこはワンハーフにするんでしょうけど、僕らはどこかに作家性があって、だからやりたいことがどこかにないといけないと思うんです。もちろん観客を観ながらなんですが「これが訴えたい」というものを入れないと。例えば武さんの『菊次郎の夏』は井手らっきょさんとグレート義太夫さんがふざけてばかりいるんだけど、それは武さんの作家性なんですよね。それを編集してカットして、もっと子供をフィーチャリングして泣ける作品にするのなら、武さんである必要がなくなってくる。山田洋次さんだったらあれはやらないだろうし、それをあえて残すところが武さんらしくていいなと思うんですよね。

久石:
迷ってたのは、ラストまで「川の流れのように」の曲を出していないんですよね。途中で一回インストで流して前振りを作ったほうがいいのかとずっと考えていた。でも結局やめた理由は、曲が始まった瞬間に観客が「川の流れのように」だと気づいて予定調和になってしまうから。ラッシュを観た時、出さなくて良かったと思いました。その分、森光子さんのツーハーフ、そしてラストのひばりさんの歌が生きた。

秋元:
ホンの段階でも迷ったんですよ。普通は主人公の大好きな歌が「川の流れのように」だと、例えばラジオから流れてきて涙するとか、友達に会った時にカラオケで歌うとかね。つまり最後になぜあの歌が入るかという必然性を入れる。でも必然性を入れれば入れるほど強引に「川の流れのように」を説明していることになるので、それをばっさり切ってラストに突然入れた。映画というのは、どこを省略するかが一番重要なんですよね。タランティーノの『レザボア・ドッグス』でも銀行強盗のシーンをばっさり抜いてあるけど、それは「想像してください」ということじゃないですか。僕もそういうつもりだったんですけど、アンケートでは見事に「なぜあの歌が唐突に出てくるのかわからない」というのがいっぱいあって。普通は初めにふってあるんですよね。部屋にCDが置いてあって「この曲好きなんだろうな」と悟らせるとか。でも久石さんと同じ理由で、あの曲はあまりにも有名だから途中で触れない方がいいと思ったんですね。

久石:
潔いですね、予定調和を段取りに持ち込まなかったというのは。

秋元:
例えば、あんな妊婦を船で運んでいいのかとか、たかだかトンネル一つ潰れたというだけで道が通れなくなることなんて日本ではないじゃないかとか。でも、そういうのをものともせずに、そういうものなんだと言い切る。

久石:
次回が楽しみですね。次はラブストーリーですよね。『マンハッタン・キス』のような世界の次に『川の流れのように』がきて、次はどう裏切ってくれるのか、楽しみです。

秋元:
でも好きなことをやると当たらないんですよ。もし久石さんが今後ご自分で映画を作る時は、やっぱり当たる当たらないということを考えるんですか? まあ、でも久石さんならもうある種のステータスがあるから芸術作品に仕上がりそうですけど。

久石:
いや、それは考えますよ。一度撮ってみないことにはわかりませんが、大変でしょうね。頭で考えるのと現実は違いますし、甘くないだろうというのはわかっていますから。

秋元:
早く久石監督の映画を観たいですね。

(SWITCH SPECIAL EDITION「秋元康大全 97%」 より)

 

 

Blog. 「キネマ旬報 2000年7月上旬 夏の特別号 No.1311」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/10/05

「キネマ旬報 2000年7月上旬 夏の特別号 No.1311」に掲載された久石譲インタビューです。オリジナルソロアルバム「Shoot The Violist」の話から、「BROTHER」(北野武監督)、「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督)の話まで。

特に映画音楽への久石譲の流儀、第一線を走り続ける立場と覚悟。強くストレートに語られた言葉たちが印象的です。もうこの頃から日本の映画音楽を背負ってたつ決意のようなものをしっかりと持っていて、だからこそ約20年を経て今現在でもトップを走りつづけている。名言の宝庫です。

 

 

久石譲インタビュー

映画音楽の王道をきっちり守っていかなければならない

インタビュー:賀来卓人

絶好調である。この春から初夏にかけて篠原哲雄との「はつ恋」と秋元康との「川の流れのように」が公開されたのに続き、先頃北野武との「BROTHER」を完成させたばかり。さらに来年夏に控える宮崎駿との「千と千尋の神隠し」に加え、初監督作品も準備中。海外版「もののけ姫」の世界公開も進み、オリヴィエ・ドーハン監督とのフランス映画の仕事が決まるなど、国際的に知名度も増してきている。90年代半ば、映画音楽の作曲家としてピアニストとしてどうあるべきか悩み停滞した久石譲は、その迷いを捨て、猛烈なる目的意識の中で燃えさかっている。日本映画のリーディング・コンポーザーが今、吠えた。

 

社会を反映できない曲を書き出したら終わりだな

久石:
「今年に入って、イギリスのバラネスク・カルテットという弦楽四重奏団を呼んで『Shoot The Violist』というソロアルバムを出したんです。これで非常に吹っ切れましてね。ああ、自分の代表作ができたなって。20代とか大学を出るところでね、こういう作曲家になりたいって思っていたことを20年かけて完成させたっていう感じかな。「ピアニストを撃て」という映画に掛けたタイトルなんだけれど、カルテットというのはヴァイオリンやチェロと違って、ヴィオラっていちばん埋もれがちになるんですね。カルテットの中では、弱者なんです。その弱者を撃てっていう反意語で使っていたものが、現実では17歳の子供がキレて弱者をねらってる。時代の最も悪い雰囲気を警鐘のように捉えられたアルバムになったなあって。これを作ったことで、自分の中で何かが吹っ切れましたよね。去年辺りまでクラシックなアプローチを極めてたりしたんですけれど、このままこの道を走るのかどうかすごく悩んだんですね。で、結果はそうじゃない道を選んだ。つまり巨匠じゃない道を歩んでいると(笑)。それがすごくよかったな、と。」

-再び時代に乗ってきたという実感なのではないですか。

久石:
「僕がいまいるポジションというのは、クラシックの前衛芸術家という立場ではないですね。あくまで町中の音楽、つまりポップス。自分のソロアルバムを買ってもらう、一般に映画で見てもらうというのが自分の原点だから、自分が完成されていくっていうことよりも、自分と社会の関係の方が大切なんですね。今みんなが生きていて苦しんでいることを反映できないような曲を書き出したときには終わりだなって、いつも思っているから。そういう自分の生き方を踏まえたINGで動いてるっていう自分が確認できたことがうれしいってことかな。それにスタンスに余裕ができましたよね。音楽を作る上で、あるいは映画の音楽を作る上で何が必要で、自分に何が欠けているのか、それがすごく分かるようになってきたということですね。」

-そこへ至る「もののけ姫」以後のアコースティックな傾向というのは、日本的な部分にこだわったということも含めて、意識的にやってこられたとしか思えないですが。

久石:
「非常に意識的にやりました。コンピューター上の打ち込みものでは、音楽を作っていくときの最低限必要な情報量が圧倒的に少ないんですよ。最初から分かっていたことなんだけれど、なおのこと、もうそのレベルではダメだということですか。「BROTHER」に関しては揺れ戻しで、戻ってるんですよね。打ち込みでしかできないエスニックな大パーカッションとフルオケとかね、そういうブレンドに入りましたから、そういう意味でならオケだけよりもスケール感は増しましたよね。」

-宮崎さんの新作で何らかの答えが出てくる可能性がありますね。そこを目標にしていませんか。

久石:
「あ、絶対ありますね。というのは、宮崎さんとは今度が7作目になるのでしょうか。一本やるたびに苦しみます、映画3、4本分くらいに。それをやってきて、そのたびに新しい方法なり、自分を発見してきていますから、やはり今のやり方、世界観でちょうど来年の夏の公開を目指す、そのあたりには確実に形になるな、あるいはしたいなって、素直に思いますよね。イメージアルバムは年内に作ります。そこでは40%くらいそれをお見せできるかな。」

-「BROTHER」のテーマ・リミックスを拝聴しますと、リズムの華やかさや仁義を感じさせるトランペットが非常に面白いですが、総じてカッコイイ曲になってますね。

久石:
「そうだね、いろんなことを考えていても、結果ね、出てくる音が自分たちにとって聴いてみたいかそうでないかっていうのは、映画音楽でも同じなんですね。あくまで画面で書いているから、劇を邪魔しない音楽の方が正しいっていう人がいるんだけど、僕はまったくそんなことを考えていないんですよ。壁みたいな音楽なんか書いてどうすんだいっていうのがある。音楽が鳴ることによって映像がもっと引き立つ、あるいはあえて違和感のあるものをぶつける、あるいは相乗的によくなる、何らかの形できちんと主張しなかったら、それは無駄な音楽ですよね。」

 

周りから撮らないかというお誘いがあって

-昨年亡くなられた佐藤勝さんなども映画音楽を掛け算で考えられていた節がありました。

久石:
「佐藤さんはね、僕が25歳のときにお手伝いをしていたんですよ。いわゆる弟子になったわけではなくて、一本の映画の中でテーマが4個あるとすると、そのうち一個を書いてアレンジして持っていく。だから佐藤さんのスコアを僕が手伝って書くとか、そういうことは一切なかったんですよ。あくまで助っ人のような感じで書いていたんですよね。「ルパン三世」の実写版とか「球形の荒野」とかね。本当に議論好きでね。いやもう、ずっといい先生でしたよね、気持ちの中では。」

-今年の日本アカデミー賞での久石さんの受賞スピーチをお伺いしますと、佐藤さんの跡を継がなければという覚悟を感じましたが。

久石:
「それはありましたね。日本の映画音楽の王道として、やはり早坂文雄さんが作られてきた映画音楽がありました。それを佐藤さんがきちんと継承してずっとメインでやってこられた。早坂さん、佐藤さんがおやりになったことを僕が継ぎますとは言い過ぎで自惚れた言い方になるのかもしれないけれど、あのとき壇上にいた僕を含めた優秀賞を受けられた方たち、あるいは今映画音楽を書いている方たちが、映画音楽の王道をきっちり守っていかなければならないって、そういう気持ちがすごく強かった。佐藤さんのね、クセの音ってあるんですが、ずいぶん影響を受けました。今書いていても、たまに「あ、佐藤さんだったらこう行くな」っていうのがある。もっとも佐藤さんによると「君は僕と全く違うものを書くなあ」っておっしゃっていたし、僕も「そうですよね」って返してましたが(笑)。不良息子がやっと家業を継ぐ気になったという感じかな。」

-久石さんの場合はピアニスト久石譲という側面をお持ちですし、大衆音楽への関心が強い。その意味では、映画音楽を大衆とつなぐ橋になる可能性を持っています。

久石:
「大衆性って、すごく大切なんですよ。僕は芸術作品を書いているわけではない。あくまでも今生きている人たちが何で音楽を聴くのかな、そのニーズと自分がやりたい音楽のせめぎ合いの中で、音楽家としていちばん必要である発言をしていく、それがやはり最も大切なんだと思うんです。その中で僕にとって映画音楽というのは欠かすことのできない世界なんですよ。」

-そうやってきた今、映画音楽家から映画監督へという流れは必然に映るのですが。

久石:
「映画監督について本当にはっきり言わなければならないのは、僕が自分からやりたいとは一言も言ってないの。宮崎さんとか北野さんとか、とんでもない世界的な人とずっとやってきているでしょ。そうして、「お前、俺の映画の音楽をやってきていて、こんなものしか作れないのか」と言われたら、アウトじゃないですか(笑)。ただ周りから撮らないかというお誘いがずいぶんあって、その中の一つが形になってきたときに、ここまで来たなら一本撮ってみようかなって思ったわけなんですけれどね。覚悟はできてます。今回は共同で脚本を書きました。書く側に回ることで、いかに柱とト書きと台詞だけで世界を作るのが大変か。それがよくわかったし、今まで相当脚本を読み込んできたと思っていた自分がずいぶん浅かったことに気付くわけです。反省しましたよね。これから映画音楽を作っていく上で想像以上の財産になりますね。タイトルは「カルテット」というんですが、弦楽四重奏団のお話なんです。大学時代にいいかげんに弦楽四重奏団を組んだ人間がコンクールを受けて大失敗して、それぞれ社会に出るんだけれど、挫折を死ぬほど味わって、もう一回再結成してコンクールを受ける、という話なんです。それともう一つは主人公の家族ですよね。家族崩壊をしている息子が親を分かっていく。同時に自分の音楽も豊かになっていく。難しいんですよ。初監督でこんなことやるなよって思ったんですけれどね(笑)。今の予定では夏にクランクインです。完成は秋くらいでしょうか。来年の春頃に公開する予定です。」

 

音楽家・久石譲とは何かをずっと考えてきた

-監督も経験して、今後21世紀の久石譲はどうなっていくのか。

久石:
「一言で言ってしまえば、久石譲の音楽とは何だったのか、証明したいということかな。音楽家・久石譲とは何かということをずっと考えてやってきたわけで、それに対する答えをちょっとでも出せれば…出るわけはないんですけれどね。出ないんだけれど、それを知りたい。映画音楽の中でそういうことを表現できるキャパシティって十分ある。」

-佐藤さんは「劇伴」という言葉を嫌ってました。

久石:
「僕も大っ嫌い。打ち合わせで劇伴って出た瞬間に「ああ、劇音楽はね」って、必ず言い直しをしてね、訂正させます。冗談じゃない。劇の伴奏なんてだれが書いているんだと。」

-なぜ映画音楽が面白いのか、一つにはその音楽が面白いからです。

久石:
「そうなんです。音楽としてつまらなくて、それが実は「劇伴」というやつなんですが、そんな単体で聴いたらつまらないものを何となく流しておくみたいな、そんな音楽なんてつけちゃマズイですよ。映画の音楽をやったことがある作曲家にね、「久石さん、映画の音楽って安いでしょう」って言いにくる人がいるんです。そのとき「あ、ごめん、俺、恐らく日本の映画の4、5本くらいの音楽予算がないとやらないから、決して安くないよ」って、はっきり言いますよね。「これはぜひ久石さんの音楽が欲しい。でも予算がなくて」なんてさ、それで役者の衣装に費用をかけたりするとさ、「こらっ」って、思うじゃないですか。だったら衣装の一つや二つ削って、音楽予算を作ればいいじゃないかと。例えば「内容さえよければ、どんなに低予算でも私はやります」っていえば、それは70点の回答なんだけれど、それって逃げてる言葉なんです。自分をカヴァーしているだけ。「安いものは基本的にやりません」って言う方が誠意があると思う。」

-それは久石さんを追い込み発言ではありますが、映画音楽ってお金が必要なんだという認識にもつながりますし、当然いい音楽を作るにはお金がいる。

久石:
「いります。シンセで後ろにちょこっと流しておこうという話でなければ、やはりちゃんとお金をかけなければいけない。もし僕が安いギャラで引き受けてしまったら、後に続く連中がもっと安くなってしまう。だれかが突っ張って言っていかないと、ほかの連中がもっとかわいそうになってしまう。自分が置かれた立場を考えると、責任感というものが少しは芽生えましたね。そういう意味では発言の場を作って、機会のあるごとに言っていかないと、日本の映画が豊かにならない気がするんですよ。自分自身がやりやすくなるためにも環境を作っていかなければいけないんです。」

(「キネマ旬報 2000年7月上旬 夏の特別号 No.1311」より)

 

 

Blog. 「タイトル Title 創刊 2000年5月号」 久石譲 × 田中麗奈 対談内容

Posted on 2018/10/03

雑誌「タイトル Title 創刊 平成12年 5月号」に掲載された久石譲・田中麗奈の対談です。映画『はつ恋』公開にあわせて組まれたものです。対談ではこの映画の音楽についてたっぷり語られています。

 

 

田中麗奈 × 久石譲
「存在感」

デビュー作『がんばっていきまっしょい』で世間をあっといわせた女優・田中麗奈。彼女の主演第二作となった映画『はつ恋』ではオルゴールのメロディが重要な鍵となる。その音楽を手がけたのが、今や日本映画になくてはならない作曲家・久石譲。『はつ恋』で映画音楽に魅せられた田中麗奈が果たした、久石譲との初めての出会い。

 

久石:
最初にいただいたお話は、この映画の中の実際のシーンで使われる楽曲を一曲作って欲しい、というものでした。

麗奈:
お母さん(原田美枝子)が大切にとっておきたオルゴールの音楽。映画全体を通してキーとなる曲ですね。

久石:
はい。でも、いろいろ話をお聞きしているうちにとてもいい内容だったので、楽曲一曲だけ提供するより、スタンスとして映画全体に関わりたいと思うようになった。僕は仕事を音楽監督という立場でお引き受けするようにしてるんです。どうしても、このご時世だと、いろいろなタイアップがついたりして、なぜかわからないけれどエンディングになると変な歌が流れたりする(笑)。でも、それはテレビに任せておけばいい。映画を作品として完成させるためには僕はそういうことは望まない。だから、『はつ恋』でも映画の中で流れる音楽は全て責任を持つという音楽監督という立場でお引き受けしました。麗奈さんは今回、出番が多くて大変だったでしょう。

麗奈:
そうですね。ほとんどのシーンでどなたかと共演しています。原田さん、真田(広之)さん、平田(満)さんたちベテランの方々にいい意味で引っ張ってもらいました。今までは考え過ぎてしまうところがあったんですが、今回はその時々の状況に素直に反応しよう、いい意味で受け身になろうと思ってました。

久石:
その受けるっていうのはよくわかる。考えてみたら大変な演技者ばかりだもんね。なおかつ、自分が主役だから他の人の上をいかなきゃならない。受け身を意識したというのは正しいでしょうね。あのぐらい演技のうまい人たちは出る時は出るし、引っ込む時は引っ込めるだろうけど、『はつ恋』では総じて控えめな演技をしている。真田さんは今まで出演された作品の中でベストの演技じゃないかな。どの作品よりも相当抑えてる。原田さんも抑えてる。それなのに、存在感がすごくある。不思議ですが、そういう時の方が存在感が出る場合があるんです。

麗奈:
久石さんの音楽もそうですよね。とてもシンプルなんですけど印象的。聞いてて不思議な感じがしました。気持ちいい音なのに、なんともいえないさみしい感じがしてくる。

久石:
主人公が17~18歳という設定だと2つの方向性が考えられるんです。一つは北野(武)監督の『キッズ・リターン』のような動的な感じ。そういう映画だとリズムを強調する。もう一つは『はつ恋』のような優しいイメージ。17~18歳の女の子の揺れる気持ちを出したかった。それで篠原(哲雄)監督と話し合ってシンプルな感じで行こうと。『はつ恋』って小粒だけどキラリとしたいい映画ですから、最初からピアノと分厚くない弦の世界で作るのが一番いいなと思ったんです。そういったイメージはとても作りやすい映画でした。

麗奈:
特に印象的だったのが原田さんと真田さんを再会させる約束の日の前夜のシーン。音楽を通して「明日。明日がいよいよ約束の日なんだ」と気持ちがどんどん高まっていくんです。音楽ですごく盛り上がるシーンでした。

久石:
あのシーン、トータルで6分あるんです。「ここは全部音楽入れて下さい」っていわれた時はちょっとめげましたが、あそこはもう、一番力をいれました。もちろん全部力いれてるんですけどね(笑)。あの6分の中で麗奈さんが真田さんの部屋から外に出て、ふっと見上げるシーン。あの麗奈さんの顔はベストショットだと思います。僕は女優さんの演技を見ていて、一番気になるのが目の強さなんです。俳優の存在感ってつまるところ目じゃないかなと思う。あのシーンの麗奈さんの目、存在感がとても強い。

麗奈:
すごくうれしいです。あれは夜中の撮影で本当に大変でした。寒い中スタッフみんなですごくがんばってできたシーンなんです。雨を降らせて、ライティングも凝りに凝って、撮る前からスタッフの方たちの熱気がひしひしと伝わってきました。私の気持ちを盛り上げるためにオルゴールを流してくれたり、演技に集中できるように準備時間とってくれたり。

久石:
それは画面にちゃんとでてるよ。

 

現場の熱気が生んだシーン
そして”恐怖”の初号試写

麗奈:
雨の中走ってカメラに寄らなきゃいけないシーンなんです。でも、走って来るとカメラがどこにあるかわからないんじゃないかって気になってたんです。そうしたらカメラマンさんが「大丈夫だ、俺に任せろ。俺が寄るから」って言ってくれて。とても熱い現場でした。だからそう言ってもらえてすごくうれしいです。涙でそうになっちゃいました。

久石:
みんなが一つになれるシーンがあるっていうのは映画を作ってて、とても幸せだよね。そういうのがないまま終わっちゃう映画もあるから。

麗奈:
今回(『がんばっていきまっしょい』で高い評価を受けて)「プレッシャーはありませんでしたか」ってよく聞かれるんですけど、賞がどうとか、そういうプレッシャーはなかったんです。ただ演じてると、ライティングも素晴らしいし、桜もきれいだし、音楽ももちろんいい。これはきっといいシーンになるはずだというシーンがどんどん増えてきて、『はつ恋』はいい映画になるはずだ、ならなきゃおかしいと思うようになったんです。そうなると今度は逆に自分の演技にプレッシャーを感じるようになって。完成して初めて見た時は、自分の演技しか見られなくて、かなり落ち込みました。がっかりして、もう見られないと思ったぐらいです。

久石:
それはよくわかる。僕もちょうど初号試写見たあたりってだめなんです。やっぱり自分の音楽中心に聴いちゃうから。「なんだボリュームが小さい」とか、「しまった、ここで音楽がいくんじゃなかった」とか、反省ばかりしちゃう。冷静に初号試写見たことってないですね。ほとんど反省してばかり。でも、みんなそうじゃないかな。自分が関わったものって半年とか一年ぐらい時間がたって、やっと冷静に全体が見えるようになる。

麗奈:
そうそう。私も半年たって、ようやく冷静になってもう一度見てみたら『はつ恋』をとても好きになったんです。もちろん、自分の演技に反省する点はあっても、とてもきれいな映画だなと思いました。

久石:
麗奈さん、今後はどんな役やってみたいですか?

麗奈:
私、シンガーの役をやってみたいんです。CDを出したいとかそういうのではなくて、ライブが好きなんです。限られた時間の中で自分のパワーを使い切って、自分を全部出す。見ている人が鳥肌立つくらいに興奮や感動を体で感じる。そういうのがとてもかっこいい、気持ちよさそうっていう、ただそれだけの理由からなんですけど(笑)。

久石:
コンサートって大体2時間ぐらいじゃないですか。その2時間、集中してパワーを出しきるってとても楽しいと思います。舞台もそうなんじゃないかな。ぜひシンガーの役やってみてください。

麗奈:
はい。あと、アクションもやりたいんです。格闘的なことをやってみたい。『マトリックス』を見てからなんですけど。

久石:
『マトリックス』いいよね。僕はレコーディングにいったシアトルで見たんです。でも、ストーリーも結構難しいし、全部英語だったから、ちょっとわからなくて。それで日本の試写会で見て、後でもう一回、自分でお金払って見に行きました。3回も見ちゃった。

麗奈:
おもしろいですよね。アクションやりたいと思うようになったのは実はキャリー=アン・モスを見て憧れたからなんです。

久石:
ウォシャウスキー兄弟の作品は『バウンド』もむちゃくちゃおもしろかった。すごいなあと思ってたらやっぱりきましたね。

麗奈:
久石さん、映画をお撮りになりたいっていうお気持ちはないんですか?

久石:
ふー(苦笑)。自分から撮りたいと言ったことはありません。自分にとってすごいプレッシャーになのはやっぱり日本で一番のヒット作を作った監督(宮崎駿監督)と世界で賞をとった監督(北野監督)と一緒に仕事をしてるじゃないですか。あの二人が見て、「なんだ、こんなもんか」って言われるのが一番しゃくなんです。そうするとやっぱり、「いいんじゃない」って言われる水準の作品を作れるかどうかが問題ですから。その自信がついたら、いつでも。その節は麗奈さん、よろしく(笑)。

麗奈:
こちらこそよろしくお願いします。

(タイトル Title 創刊 平成12年 5月号 より)

 

 

はつ恋 オリジナル・サウンドトラック

 

 

 

Blog. 書籍「NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体3 遺伝子・DNA 6」久石譲 音楽制作ノート

Posted on 2018/10/01

1999年放送 NHKスペシャル「驚異の小宇宙 人体III 遺伝子DNA」の音楽を担当していた久石譲。これはその書籍版ともいえる「NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体3 遺伝子・DNA〈6〉パンドラの箱は開かれた―未来人の設計図」大型本に収載されたエッセイです。

全人体シリーズの音楽を手がけ、第1シリーズ・第2シリーズの音楽的振り返り、そして第3シリーズの音楽制作の過程。それは音楽制作現場というよりも、むしろその前段階、久石譲の音楽アプローチに至るまでの思考の過程です。このように取り扱うテーマに対して考えをめぐらせる具体的過程やその内容を知れることも貴重です。そしてそれらがどう音楽として置き換わったのか、聴き手は深いところでその音楽を受けとることができるように思います。

 

 

「Gene・遺伝子」 音楽制作ノート 久石譲

NHKサイエンス・スペシャル「人体」は第1シリーズから音楽を担当している。それぞれ6作ずつあり、今回の第3シリーズを入れれば全18作になる。我ながらずいぶん書いたと思う。

第1シリーズの「人体」はピアノとオーケストラを中心に構成した。実はCGが多いと聞いてテクノ系の音楽を考えていた。が、精子が卵子に飛び込む顕微鏡撮影の映像を見て考えを変えた。精子がいくつかのグループに分かれ、天の岩戸の前よろしくたむろしていた。何やら話し合っている風でもあるそれらは、どこにでもある学校のクラスを彷彿させた。そのうちに元気のいい、いわばガキ大将のような威勢のいい精子がその岩戸に突入する。が、次々に玉砕する。するとクラスによくいる眼鏡をかけたガリ勉型のひ弱な感じの精子が、するすると抜け出してすんなりと岩戸卵子の壁を突入して侵入に成功した。人間社会の縮図のような光景に感動した僕はヒューマンなアコースティックな方向に音楽を切り替えた。

第2シリーズ「脳と心」は、ヒューマンドキュメントとしての側面が強く打ち出されていて、それぞれ6作の内容が脳に障害を持った人たちを主人公にしていて、科学的な解明とそれをどう乗り越えていったかを丁寧に描いた力作だった。そこで僕は内容自体がヒューマンなぶんだけ、音楽的には客観性を持たせるためハウスミュージック的なリズムを全面に出した音楽を作った。感動的な内容に感動的な音楽をかぶせるほどつまらないものはないからだ。オープニングの不可思議なボーカルも僕自身である。

そして第3シリーズ「遺伝子」が始まった。はじめは順調だったレコーディングはテーマ曲のところで大きくつまずいた。遺伝子をイメージできないのだ。様々な関係本を読み、過去のシリーズの音楽を聴いたりしたが、遺伝子のテーマ曲の輪郭は、ますます遠く霞の彼方に行ってしまった。

「遺伝子という言葉を聞くと僕は身構える。情緒の入り込む余地のないこの言葉が、人間の最小単位だと言われても(頭では理解しても)何処か得体の知れないエイリアンの存在を思わせて僕を落ちつかなくさせる」。こんな言葉が僕の制作ノートに書いてあった。

また、「遺伝子はデオキシリボ核酸(DNA)という化学物質でできていて、ちょうど『らせん階段』のような構造をしている。DNAのすべてが遺伝子ではない。人のDNAは30億塩基体あり、遺伝子は約10万個で1個の遺伝子は約2500塩基体だから、単純計算すると遺伝子はDNA全体の約8パーセントに相当する。塩基は4つあり、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)と呼ばれている」とも書いてあった。創造的なイマジネーションとはかけ離れているところに、創作が順調にいっていない事が読みとれる。

また別のノートには「音楽を聴かせて育てた栽培作物、特にトマトは甘くなる。どうやら遺伝子に働きかけるらしいのだが、特にモーツァルトが効果的だ」。この説に僕は興味を持った。我が仕事の領域である音楽はそんなに力があるのか、しかも遺伝子に! ……しかしこの説はアメリカのある大学での実験で否定された。「特別モーツァルトが効くわけではない」。ということは、甘くなることに音楽が関与すること自体を否定してはいない。よかった。でも大の大人が何人もトマトを前にモーツァルトを流している構図なんてなかなか微笑ましいではないか。

続いてノートにはこう書いてあった。「DNAの配列を音に置き換えたメロディーがある。フランスの研究者がそのパテントを持っているらしい」。ある大学教授から聞いたこの話には興奮した。耳から入った音楽は、電気信号に変わって脳に伝わり音として認識される。その脳を司るのが遺伝子ならば、音楽が遺伝子に働きかける事もできるかもしれない。何やらSF的サイコサスペンスになってきた。これで映画が一本作れるではないか。僕の創造的イマジネーションが活発に動き出した。

SFと言えばコンピューターを扱ったものが最近多い。コンピューターは0(ゼロ)と1(いち)の世界だけでできている。遺伝子はA、T、G、Cの4つの組み合わせの世界。その組み合わせで意味を持つ。何か共通するものがあるかもしれない。

「2001年宇宙の旅」ではHALというコンピューターの暴走、今年公開された「マトリックス」は、仮想現実を作り出し、人間を支配するコンピューターの話だ。つまり0(ゼロ)と1(いち)の世界が意志を持ち、人間に作り出されたのに人間に反旗を翻し逆に支配しようとする話だ。だとしたら、コンピューターより、2つも要素が多く(かなり乱暴な発想だ)セルフィッシュジーン=利己的遺伝子と呼ばれるくらいなのだから、遺伝子が人間の意志を支配しようとしたとしてもおかしくはない。人間が遠く及ばない大いなる存在が、戯れに4つのさいころを振ってできたものだと言われても僕達は笑えるだろうか?

ちなみにDNAや遺伝子をあつかった映画は内外を問わず成功していない。おそらくそれを物語としての映像にするところで無理があるらしい。僕の夢は急速にしぼんだ。

「人が離婚するのも遺伝子の中にその因子が組み込まれているからであり、太るのも酒に強いかどうかもすでに組み込まれている」。このノートに書き込まれた言葉が本当だとすると人はどうすればいいのか? 人殺しの悪人も、泥棒も、法廷で「全部遺伝子の仕業です。私は嫌だと言ったのに遺伝子が勝手に私の体を動かしたんです」なんて言ったりする。すると裁判長は「遺伝子に懲役15年、本被告人は執行猶予に処す」と判決を言い渡す。この場合、刑務所はどう対処するのか? 考えただけでも眠れなくなりそうだ。

眠れないと言えば、実は僕は不眠症だ。どんなに徹夜状態の激しいレコーディングが続いても眠れない。これも遺伝子のせいなのか? だとしたら僕はもう眠る努力をしない。いや、眠ることだけではなく、全ての生きていくための努力をしなくなる。どうせ生まれたときから自分は決まっていて、たぶん一生もがき苦しんでも、ほんの少ししか変えられないのなら……。まずい、これはまずい。遺伝子に関する事柄が僕たちを後ろ向きにさせるのは、単に体を作っているということではなく、その精神あるいは人間のアイデンティティーまで影響を及ぼしているからに他ならない。

人は人であるために哲学を学んだり、いかに生きるかを考える。しかるに、もがき苦しんでいる自分たちを遺伝子はいとも軽々と超え、もっと上の意志を感じさせる。人間をも支配する何か……、それを人は神というなら遺伝子はまさしく神ではないか。遺伝子という神の言語を翻訳して人は豊かになれるのだろうか?

かつて構造主義が「我思う、ゆえに我あり」的な個人主義としての思想から脱却しようとして失敗したが、遺伝子は軽々と人間の存在としての哲学を乗り越えてしまうかもしれない。これは人間に対する挑戦でもあり、人間という存在に対する新たな問いかけでもある。その時、音楽はどう人と関わっていくのか? そんなことを考え出すと、もうテーマ曲を作っているどころではなくなってしまった。

かつてコンピューター(正確にはICか?)が現れたとき、人間の思考のプロセスに発生する膨大な情報を処理することで、大きく社会の構造が変わった。いや、今でも変わりつつある。そして遺伝子、この人類に仕掛けられた2つのウィルスは人類を豊かにするかもしれないし、破壊する爆弾かもしれない。いずれにしても、もう人類は地雷を踏んでしまった。ここで止まることはできない。今現在の中途半端さではクローン牛を作ったり、癌の治療に使ったりするしかない。もっと凄まじいこと、例えばその研究が間違って人類を滅ぼすようなことがあるかもしれない。だから我々は全て知らなくてはいけない。

しかし、いくら遺伝子が解明されても人間の全てが解明されるとは思わない。例えば音楽が与える感動は解明されるのだろうか? 脳の中でどういう物質がどこに働きかけると感動するかは解明できても、何故良い音楽を聴いたらそういう物質が出るかまでは予測は出来ても解明されることはないだろう。全ての遺伝子、DNAが解明されてもまだ分からないもの、それが人間本来のアイデンティティーではないのだろうか?

後日、僕はテーマ曲を作った。それは第1シリーズと同じアプローチのヒューマンな人間賛歌だった。

(書籍「NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体3 遺伝子・DNA〈6〉パンドラの箱は開かれた―未来人の設計図」 より)

 

TV放送全6回に併せて、書籍も全6冊あります。久石譲音楽について掲載されたのはここにご紹介した(6)のみになります。

 

 

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体 Vol.1』

 

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1』

 

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体III〜遺伝子・DNA サウンドトラックVol.1 Gene』

 

 

 

Blog. 「CREA クレア 1998年12月号 創刊9周年記念特大号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/09/10

映画情報誌「CREA クレア 1998年12月号 創刊9周年記念特大号」に掲載された久石譲インタビュー内容です。

北野武監督映画の話から、オリジナルソロアルバム『NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~』まで、当時の現在進行系の話を織り交ぜながら、芯のはっきりした映画論・映画音楽論がいっぱいに詰めこまれた内容になっています。

 

 

Real Voices 09

久石譲

音楽のない『HANA-BI』や『もののけ姫』を想像してほしい。衝撃の瞬間に、あるいは悲しみや寂しさと一枚の布を織り上げるように、流れてくるメロディ。久石さんが最初に出会う映画は、それらが一切ない静寂の世界だ。

「まず台本をじっくり読んで監督が描こうとする世界観をつかむ。日本の場合は映画は監督のものだから、監督が何を表現したいかがすべての基礎になります」

ただし監督の思いははっきりとした言葉で出てくるとは限らない。

「そこで『監督、これ何ですか』って聞いたら終わっちゃう。僕も物を作る立場だから、監督が音を聴いてどういうふうに感じたか敏感にわかる。それは3時間語られるよりきついんです。精神的には監督との闘いだけど、もめるのとは違う。たいへん静かですよ」

たとえば北野武監督との熱く静かなるバトル。

「北野さんの映画は完全な台本がないことが多い。撮影の現場でもどんどん変わっていくから、音楽を完全に作ってしまうとズレてくる。でも、いい映画は5分見ればわかります。北野さんの映画もラッシュを20分見れば、タッチは明快。個性的だから。映像自体に語らせようとする監督ですね。たいがいの日本の映画はくどい。あるシーンをビジュアルでもセリフでも音楽でも訴えようとする。北野さんは不必要なところを省いてしまう。彼と仕事をするときは、音楽からなるべく情緒を外して、感情表現ではない方向で音をつけるやり方をしますね」

強烈な俳優の存在が音楽の方向性を決定することも?

「いや、役者さんに影響を受けることは全然ありません。主人公のテーマ曲なんてナンセンスだと思う。映画の部品でしかない役者が泣いたり笑ったりしているのに合わせて作ったら、映画音楽は低俗なものになってしまう。メインテーマが決まっていて、中の音楽だけ書いてくれという仕事も断っています。映画の顔を他人に明け渡して胴体だけ作るのでは、音楽の主張が不明確になるから」

久石さんの主張はひとつの音やイメージから始まる。

「精神状態がフラットな、朝の布団の中とかシャワー浴びているときに、この映画、このアルバムにはコレが絶対必要だと確信を抱く瞬間があるんですね。音でもフレーズでもイメージでも、それが決まればもうできたも同然なんです。あとは技術で仕上げるだけだから」

『もののけ姫』では『アシタカせっ記』のフレーズが出てきたときに「いける!」と思った。

「でも初めはあのフレーズはウケが悪くてね。『あの夏、いちばん静かな海。』のように、メインテーマとして僕が予定していたものと違う曲を監督が取り上げることもある。たいていは監督の考えのほうが正しいですよ。僕は音楽が専門だから逆に音楽が見えない。ドビュッシーでも自分で代表作と思う楽曲と世間が評価している音楽は違っていたりする。本人が気に入っている音楽はマニアックなことが多い。そこで自分が正しいと思っちゃいけないんです。僕は芸術家じゃなくて、他人が聴いてはじめて成り立つ仕事をしているんだから」

他からの評価といえば、国内外での高い評価が悪い効果を生むことも。つまりパクられちゃう。

「テレビをつけると1時間に4曲は僕の曲が流れてる。腹が立って訴えようかと思うこともあるけど、朝になるとおさまってるね」

ところで久石さんは子供の頃、年間300本も見ていた生粋の映画ファンだ。さすがに今は超多忙ゆえ、映画はビデオで。

「自宅の130インチのプロジェクターで観ます。僕はどうやら、映像中毒なんですよ。1週間ビデオや映画を見ないとイライラする。深夜まで仕事をして、朝4時頃から映画を見始めたりします」

公開される映画はほぼ網羅する。

「なるべく素人っぽく見るようにしている」とはいえ、音楽の使い方はどうしても気になって……。

「ああエンニオ・モリコーネも終わったな、とかね。ハリウッド映画は最初から最後まで音楽をつけますから、音楽が主張しているようでしていない。ヨーロッパ映画は音楽を入れる量が多くないから、かえって印象に残る。想像以上に音楽が映画に与える影響は大きいですよ。映像が記憶に残るときは音と一緒になっていることが多いでしょう。日本の映画はもっと音楽を大事にしないと、しんどいだろうと思いますね」

一方で、映像と音楽の密接な関係は音楽家としては「怖い」とも。

「映像の怖さをわかっているから、僕は映画のために作った音楽をソロアルバムにはなるべく持ち込まない。夕日を思い浮かべながら作曲しました、なんていうのは信じられないですね。ただ映画で仕事をしてきたおかげで構成を練るようになった。始まりがあって、何かが起こって、終焉に向かうというような。CD1枚で映画とはいわなくても40分の映像を1本見終わったぐらいの充実感が欲しい」

10月に発売された『ノスタルジア』は郷愁をテーマに、イタリアを舞台に構成を組み立てた。

「イタリアは『歌』なんですよ。カンツォーネのように強く大きなメロディがあれば成立してしまう。僕はサウンドを緻密に組み立てたいほうだから、そういう世界はあまり好きじゃなかったんだけどね」

しかし今回は『歌』をていねいに作った。ときに大地を、ときに風を想わせる歌。歌うのは歌手ではなく、久石さんのピアノであり、イタリアのオーケストラだ。

「僕の理想はメロディラインがきっちり作られている音楽。メロディができあがっていれば、アバンギャルドなアレンジや音楽性を裏に押し込んでも、音楽をよく知らない人から詳しい人まで楽しんでもらえると思う」

メロディが心の何かを揺り起こす。それは記憶の底にある、自分自身が編んだ映像かもしれない。

(CREA クレア 1998年12月号 創刊9周年記念特大号 より)

 

 

 

Blog. 「週刊朝日 1998年10月2日号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/09/09

「週刊朝日 1998年10月2日号」の人間万歳コーナーにて5ページにわたってカラー特集されました。写真は「醍醐寺音舞台」コンサートのステージ風景などが大きく掲載されています。

ピアノと椅子との距離40センチへのこだわり、北野武監督が語る久石譲、いい曲が残るということ、むき出しの貴重な内容です。

 

 

人間万歳 NINGEN BANZAI

40センチの音楽創造 作曲家 久石譲

宮崎駿監督の「もののけ姫」、北野武監督の「HANA-BI」など、いまや日本を代表する映画には、この人の音楽が欠かせない。作曲家、久石譲(47)。コンサートでも、レコーディングでも、ピアノといすとの距離は常に40センチ。ストイックなまでに優れた音を求めてやまない久石の音楽へのこだわりとは——。

 

北野武は、久石を評して「聖人か君子かもしれないな」と言う。二人は、北野の三作目「あの夏、いちばん静かな海。」(91年)以来コンビを組み、ベネチア国際映画祭金獅子賞の「HANA-BI」の音楽も彼が担当した。そのほか映画音楽を手がけているのは、宮崎駿、大林宣彦、澤井信一郎と、名監督の作品ばかり。だが、いずれの監督も相当クセがある。

特に北野の場合、撮影中に脚本が変更になるのは当たり前。打ち合わせをしても、撮影後に「もう一度イメージの折り合わせを」ということになる。加えて、共同作業というわけではないらしい。

「いつも『さあ、この場面に音楽をつけてみやがれ!』といった挑発的な姿勢でやってきたので、自分の撮ったシーンと久石さんの音楽が、ある意味ケンカしているようになることもある」(北野)

こんな作業を毎回繰り返しても久石は笑顔で仕事を引き受け、しかも「お手並みには感服させられる」と北野が舌を巻くのだから、まさに彼にとっては、”聖人”となるのかもしれない。

しかしその素顔は、聖人と呼ぶには程遠い険しさに満ちていた。

それは、新作ソロアルバム「NOSTALGIA PIANO STORIES III」のレコーディングでのこと。毎回、久石担当の調律師がピアノの音を調節する。彼が最後に行うのが、測量メジャーを取り出し、ピアノの鍵盤といすの距離を測ること。約40センチ。この距離について久石は言う。

「一種のバロメーターみたいなもの。体調が悪いと、演奏するときにどうしても前かがみになるから、ピアノの鍵盤と顔の距離が近くなる。鍵盤といすとの距離をいつも同じにしておけば、『今日は調子が悪いな』とかわかるからね」

そして演奏が終われば、さっと両手に白手袋をはめ、たばこを吸うときでさえはずさない。聞けばレコーディングの期間は、重い荷物も、持たないのだという。極力、演奏以外のことで両腕に負担をかけないよう注意している。

 

いい曲が残るのが大切

「いい音楽を作るということと、自分が幸せになるということは、全く別のことです。極端にいえば、音楽を作るうえでは世界中の人に嫌われてもいいと思ってる。ウチのスタッフにもよく言うんです。『死ね』って。死んでもいいんだ、オレがいい曲を書ければ。それは、オレが書いたということが大事じゃなくて、 そこにいい曲が残るということが大切なんですよ。」

とにかく、音楽一筋の人なのだ。バイオリンを習い始めたのが4歳のとき。音楽好きでクラシックから歌謡曲まで空気を吸うのと同じくらい音楽に浸り、ごく自然に音楽の道を志したという。

もともとの志望は、現代音楽の作曲家。映画やドラマの仕事は当初、「収入のため」という要素が強かったようだ。もっとも、バイオリンを手にしたころ、父親に連れられ、年間約300本も映画を見ていたというのだから、歩むべくして歩んできた道なのだろう。

「でもね、基本的に映画音楽というのは、自分の仕事の中の半分がベストで、それ以上はやりたくない、映画の仕事が2、3本続くと飽きちゃうんですよ。だからといって歌手のプロデュースも年に一枚しか作りたくないと思うし、ソロアルバムの制作で『自分が、自分が』とやっていると、世界が狭くなってしまう。だからそれらを交互にやるのが、精神安定上もっともいいんですけどね(笑)」

その言葉が示すように、今年は長野パラリンピックの総合プロデューサーを務めるなど、一音楽家にとどまらぬ活動をしている。西田ひかるのアルバムのプロデュースをしたり、9月5日は京都・醍醐寺で、フランスやイギリスからアーティストを招き、「醍醐寺音舞台」と題したコンサートの演出も手がけた。実に忙しい。

 

「五十歳で引退」を公言

そのためコンサートでは、直前まで手がけたソロアルバムの楽譜書きで、両腕が腱鞘炎になったままステージに立った。両腕のひじから手首にかけて湿布を張り、鍵盤に顔を近づけながら、ピアノのソロ演奏も披露した。

「やっぱり、ちょっと働きすぎかな(笑)。でも、演奏家としては悔いの残るステージだけど、演出家としては満足しているから」

ところで久石は、「五十歳で引退」を公言している。といっても音楽活動をいっさいやめてしまうわけではなく、自分の好きな音楽のみを作り、「お金を頂いて作曲するのはやめよう」ということらしい。

「やっぱり映画音楽をやっていたりすると、ビジュアルというのが自分のなかで大きくなっている。例えば音と映像、音と舞台のようにトータルに何かできないかと。まっ、来年は集大成を作りますから。”何か”は、ヒミツです(笑)」

(週刊朝日 1998年10月2日号 より)

 

 

Blog. 「週刊ポスト 1997年9月19日号」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/09/08

雑誌「週刊ポスト 1997年9月19日号」にて紹介された記事です。

 

 

パラリンピックのテーマ曲『旅立ちの時~Asian Dream Song~』を手掛けた作曲家・久石譲とBOOMの宮沢和史氏

「もうひとつの長野」を盛り上げるこのふたり

1972年の札幌以来、実に26年ぶりに日本で開催される長野冬季オリンピック。夏が終わったばかりでは、冬のオリンピックの話題で盛り上がるわけがないが、もっと盛り上がらないのがパラリンピック。この冬季パラリンピックは、来年3月の長野冬季オリンピック終了後、同じ会場で開催される。障害者たちが最高の技を競う「もうひとつのオリンピック」ではあるが、日本での認知度は低く、支援体制も乏しい。アトランタ五輪の直後に開かれたパラリンピックで日本チームが14個の金を含む37個のメダルを獲得するという好結果を残したにもかかわらずである。障害者スポーツでも入場料を取り、スポンサー付きの冠大会もあり、プロ選手までいるアメリカや北欧の状況とは雲泥の差。

が、ここで朗報である。長野パラリンピックのテーマソングが完成したのだ。その応援歌『旅立ちの時~Asian Dream Song~』を手掛けたのは、作詞・ドリアン助川、作曲・久石譲、そしてボーカルがTHE BOOMの宮沢和史という強力メンバー。写真は、音部門担当の久石譲と宮沢和史の両氏。久石さんは、長野パラリンピックの式典・文化イベント担当の総合プロデューサーでもある。

「曲を書いた後、ドリアンさんと何度か打ち合わせを重ねて、詞が生まれました。歌は宮沢君の『島唄』を聴いて、アジアを表現できる人だと思いお願いしました。そしたら、パラリンピックなら是非やりたいという返事もらって。すごく嬉しかったですね」

宮沢さんも大会の趣旨に大いに賛同した。

「人間の手や足でできないものをこれ以上作って何のためになるんでしょうか。こういう時代だからこそ、肉体の美しさ、素晴らしさに感動する。もうひとつの肉体の祭典パラリンピックで歌が歌えることを心から喜んでいます。大会には肉声で参加したい」

とはいえ、日本では先日もJOCがパラリンピック選手に五輪選手と同じユニホーム着用を許可しないなどというまったくの愚行が問題になったばかり。久石さんも「僕も含めて、まだ日本は障害者の人々との付き合いがうまくない。自分たちの生活から障害者を切り離して、自分たちのリズムを壊さないようにしている感じがある。日常生活の中で、共に生きる意識を持たなくては」と指摘する。アジアの雄大さを訴えるこの歌が、日本の障害者が置かれた状況改善に、少しでも寄与してくれるよう祈りたい。

(週刊ポスト 1997年9月19日号 より)

 

 

旅立ちの時 久石譲

 

 

 

Blog. 「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1994年9月号 No.116」 久石譲インタビュー内容

Posted on 2018/09/07

音楽雑誌「KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1994年9月号 No.116」に掲載された久石譲インタビューです。

NHK連続テレビ小説「ぴあの」からソロ・アルバム「地上の楽園」のことまで、とても掘り下げた濃い内容になっています。

 

 

『地上の楽園』は”都会で生活する人の孤独”や”世紀末的な死生観”をテーマにしたアルバムです。

ロンドン、ニューヨークと、1年の大半を海外で過ごす、日本が誇る偉大なるサウンド・クリエーター、久石譲さんの動きが活発になっている。6月から3ヵ月連続でアルバムをリリースしているのだ。今回は7月に出たソロ・アルバム『地上の楽園』を中心に、お話をうかがった。

 

★映画と同じクオリティのテレビ用サントラ

-ソロ活動と並行して”JOE’S PROJECT”をスタートさせた経緯から教えてください。

久石:
「もともと僕はいろいろな面を持っているんですけど、ピアノにしぼりこんだソロとは違う、それ以外の自分のテイストを出せる場所が”JOE’S PROJECT”。もっと歌モノ的といいますか、自分がプロデュース寄りになれる場所と言ってもいい。で、前にもレーベルは持っていたんですけれども、今回新たに”Wonder East”レーベルを発足させました。」

-レーベル第1弾のアルバムが、NHK連続テレビ小説「ぴあの」の『オリジナル・サウンドトラック ぴあの Vol.1』。今までも映画は多数手がけていらっしゃいますけど、今回はテレビということで作業形態も変化されたと思いますが。

久石:
「(映画などの)メイン・テーマやNHKのドキュメンタリー番組「人体」とか、作品として残る仕事以外は断っていたので、テレビの劇伴は10年ぶりなんです。ずっと映画だけやってきているから、テーマをもとに適当にセレクトしてやればいいところを、映画のようにきちんと合わせて作っちゃった(笑)。NHK側が思いっきり恐縮していましたけど(笑)。15分番組だと約5曲入れてるから、週に6本で30曲でしょ? 10週書くと300曲。もちろん決まったテーマはあるから全部新しいわけじゃないけれども、途中でハッと気づいたら、とんでもない量を作ってたんです(笑)。『オリジナル・サウンドトラック ぴあの Vol.2』(8月発売予定)と合わせてもその中の抜粋でしかなくて、5枚ぐらい出せるんじゃないかっていう(笑)。でも、しかたがないですね。流れ作業的なテレビのやり方が、僕はあまり好きじゃないから。」

-今回ストリングスは、めずらしく小編成スタイルをとられてましたよね。

久石:
「ええ。テレビのスタイルに合わせて小編成にしたんですが、基本的にシンセサイザーが中心で、最後に全部まとめて録った生と混ぜてます。全体的なことで言えば、今回は半年間、毎朝流れるので何度聴いても飽きがこないように配慮してました。」

 

★テーマは、ミルトンの「失楽園」

-次に7月にリリースされたソロ・アルバム『地上の楽園』についてお聞きしたいのですが、まずコンセプトから教えてください。

久石:
「都会で生活する人たちの孤独や、根なし草になってしまった根本的な問題が、僕はすごくひっかかっていたんです。それと、1920年代はスコット・フィッツジェラルドが生きてた時代…”Age of Illusion”と言われてますが、世界大恐慌が来るまでいちばん芸術が考えられた時代で、混沌としていた時でもあった。それが、20世紀が終わろうとしている現在とだぶらせることができたので、象徴的な扱いでフィッツジェラルドをテーマにしながら現代を表現する…というのが、前作の『MY LOST CITY』だったんです。ただし、この前作では現状告発はできたけど、次はどう生きるのかということにニヒリズムではない前向きな発言がしきれなかったので、今回はそのコンセプトを固めた、と。で、『MY LOST CITY』の世紀末観をひきずってたというか、自分の中でまだしっくりこないところが今回もありましたが、あえてアイロニカルに『地上の楽園』というタイトルにしました。そのほうが、かえって今に合ってると思ったんです。」

-今回の大きな特徴は、歌モノがメインになっている点だと思うのですが。

久石:
「そうですね。今、僕といっしょにやってくれてるブルー・ウィバーは、ビー・ジーズのワールド・ツアーとかを死ぬほどやったひとりだから、歌の伴奏の極致のようなワザを持っていて、ロンドンでやる時は彼と相談しながら作っていったんです。歌モノが中心なので、アレンジは複雑なポリフォニックなリズムとかではなく、もっと直線的な扱いになりましたが、いわゆる日本の歌伴奏的なものではないエレメントが欲しかったので、とてもいい勉強になりましたね。メロディ・ラインをボーカル・ラインに切り換えたことにも通じるんですが、この数年間は弦とピアノのピュアな世界を作ってましたから、今度はカオス…混沌とさせるぐらいにいろんな要素が入ってるサウンドということで、限定する作業から開放する作業に切り換えたんです。」

-混沌と言えば、曲調がワールドワイドで、バラエティに富んでいますよね。タンゴ的な要素のある曲とか。

久石:
「バンドネオンという楽器にこだわりがあって、前回の「タンゴ・エクスタシー」に引き続き、今回も1曲やりたいと思ってたんです。あれだけ色の濃い楽器はないでしょ? アコーディオンはシャンソンで象徴されるように比較的洗練された楽器だけれども、バンドネオンはアタックが想像以上に強くてキレがすごいから、鳴ってるだけで世界観がひとつできてしまうようなところがあるし…。ちなみに、この曲「THE WALTZ(For World’s End)」は映画「女ざかり」のテーマに使われています。」

-これだけさまざまな要素を取り入れつつも、アルバム全体に、ある種の統一感が生まれているのが興味深く思いました。

久石:
「ミルトンの「失楽園」が全体の精神的なベースになってるんですが、「さくらが咲いたよ」という曲のベーシックは坂口安吾。ハウスっぽい曲「She’s Dead」のラップは死の問題を扱っていて、それぞれ無関係のようで、死という概念から見れば統一感が出てくる。意図してなかったのに結果的に全部そういう世界に向いていて、自分でも驚いてるんですよ。今年は「チベットの死者の書」とかが注目を集めたりと、死が以前のように恐れる存在でなく、死を考えることによって逆に生を考えようみたいな風潮になってきてますから、ちょうどいいタイミングで発表できてよかったなと思いますね。」

 

★やっと納得できるシステムが完備

-メインで使用されたシーケンサは、Vision Ver 2.02ですか?

久石:
「ええ。今までフェアライトのシーケンサとVisionとで使い分けてたんですが、今年から極力Visionで統一するようにしてます。本当はフェアライトで組んだものを、そのままVisionなりPerformerに吸い上げてニュアンスを追求する、両方いっぺんにパラで回す併用型がいちばん理想なんですが、ロンドンでやる時にインターフェイスとかの関係で必ず同期モノでモメるのね。それで3時間レコーディングがストップしたりするから、1種類に限定してしまおう、と。今はVisionとStudio5LXで、やっと自分が納得できるシステムになってきました。フェアライトもMOを導入したので、VisionとフェアライトのMOを3~4枚持っていけば世界中どこででも同じ音を作れる状態にはなってます。」

-打ち込みによる曲では、グルーヴ感など、どのような配慮をされていますか?

久石:
「ドラムで言うと、みんなやっているようにパーセンテージで細かく見ていくとか、ハイハットもベロシティで変化が出るようにする。中でもドラムで難しいのはフィル・インなので、タムやシンバルはローランドのオクタパットでリアルタイムでやるようにしてますね。音に関しては、3、4種類のキックをうまく使い分けていくやり方。ただし、僕は生のシミュレートは時間のムダづかいと思ってるのでやりません。たとえば今回参加してもらったビル・ブラッフォード(キング・クリムゾン)にしても、彼独特のスネアの音とフィーリングが欲しければ彼に頼んだほうがよいわけだから。」

-生弦とシンセ・ストリングスの使い分けは?

久石:
「漂った感じを出したい時やパッド的な扱いの時はシンセ・ストリングス。そのほうが奥ゆき感が出たりするんですよ。僕の場合、フェアライトの音源やK1000とかだけで成り立つぐらいのクオリティの音を作っておいたものに、生の弦を入れるやり方で、いつも両方コンバインしながら作っていくんですが、生弦に関しては今回はロンドン・シンフォニーということもあって、シンセはいっさい足してません。」

-コルグのi2やWAVESTATION SRなどは、どういった役割で使用されてますか?

久石:
「音自体のクオリティ云々ということはともかく、パッド系など後ろでジャマにならないように鳴らすには都合がよくて、それが僕はわりと好きなんです。だから、存在感が欲しい場合はProphet-5とかで、逆にパッドの場合はi2やWAVESTATION SR、という使い分けをしてますね。実際に今回も、わりとあたりさわりのないストリングス・コードとかでK1000を使うより、結果的に気持ちがよかったケースが何曲かありましたから。」

-「MIRAGE」では、その2タイプに属さない、ベンドがかった印象的な音も聴かれましたが。

久石:
「フェアライトIIの時代のいちばん誰も使わない音を、あえて使ってるんです(笑)。ハダカで聴いたらクオリティの悪い音だけれども、実はその音が持ってる不思議なエキゾチックな世界観が僕にとってはすごく大切なんですよ。ただし、あの音を支えるためにかなりのストリングスがユニゾンで鳴っていて、ほとんど聴けないぐらいの状態でM1もなぞってるはず。何を際立たせるかによって、いろんなものを組み合せて考えていく方法を僕はとってます。」

 

『地上の楽園』

[使用機材]
☆マスター・キーボード
AKAI MX76
☆シーケンサ
Macintosh Quadra 610/Vision Ver 2.02
☆音源
Fairlight SERIES III/SEQUENCIAL CIRCUIT Prophet-5/YAMAHA DX7/YAMAHA DX7 II FD/MIDI MINI/KORG i2/KORG WAVESTATION SR/KORG M1R/KURTZWEIL K1000/KURTZWEIL K1000PX Plus/E-MU Proformance/YAMAHA TX81Z

(KB SPECiAL キーボード・スペシャル 1994年9月号 No.116 より)

 

 

久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 2』

地上の楽園