Blog. 「新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉 #6」コンサート・レポート

Posted on 2022/04/22

4月15,16日開催「新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉」です。2020年9月から新日本フィルハーモニー交響楽団 Composer in Residence and Music Partnerに就任した久石譲は、定期演奏会・特別演奏会といろいろなコンサート共演を広げています。「クラシックへの扉」シリーズへの登場は2015年以来です。

今年だけでも、「久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 特別演奏会」(三重・3月)、「RaiBoC Hall オープニング記念コンサート 新日本フィルハーモニー交響楽団」(埼玉・4月)、本公演、そして「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2022」(5都市・7月予定)と、名実ともに揺るぎないミュージック・パートナー、久石譲×新日本フィルです。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 すみだクラシックへの扉 #6

[公演期間]  
2022/04/15,16

[公演回数]
2公演
東京・すみだトリフォニーホール

[編成]
指揮:久石譲
チェロ:リーウェイ・キン ◇
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

[曲目]
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
サン=サーンス:チェロ協奏曲 第1番 イ短調 op.33 ◇

—-Soloist encore—-
ジョバンニ・ソッリマ:アローン (4/15,16)
バッハ:無伴奏チェロ組曲 第4番より サラバンド (4/15)
プロコフィエフ:子供のための音楽 op. 65より第10曲 行進曲 (4/16)

—-intermission—-

ムソルグスキー/ラヴェル編曲:組曲「展覧会の絵」

—-Orchestra encore—-
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

 

 

会場でも配られたプログラム・ノート(小冊子)は、コンサート前日にはウェブ閲覧できるこまやかさでした。コンサート前にゆっくり読めて、ゆっくり聴けて、楽しみふくらんで。そんな心配りうれしいですね。対象期間中しか公開されていないと思います。早めにPDFはこちらへ。

 

公式サイト:新日本フィルハーモニー交響楽団|2022年4月・5月定期演奏会のプログラムノートを公開
https://www.njp.or.jp/magazine/27140?utm_source=twitter&utm_medium=social

 

 

プログラム・ノートは音楽評論家によるもので、本公演について久石譲が語ったものは先がけて動画公開されました。フランス音楽のプログラム構成、作曲家視点での作品紐解き、とても興味深いです。ぜひご覧ください。

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

久石譲作品ないのに、久石譲感のたっぷり味わえたコンサート。感想はこのひと言にまとめあげられます。そのくらい久石譲指揮の魅力、久石譲音楽への影響、久石譲のやりたい音楽表現、これらがこのうえなく満ちたコンサートでした。

今回はとことん久石譲視点でレビューできたらと思います。もし、おもしろいと思ってもらえたら、久石譲指揮のクラシック演奏会にもぜひ気軽に楽しみに足を運んでみてくださいね。

 

 

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

久石譲が語ったことから。

Q.久石さんは“作曲家”として「ドビュッシー」をどのように とらえていますか?

久石:
この曲は小節数にするとそんなに長いものではないんですが、この中に今後の音楽の歴史が発展するであろう要素が全部入っていますね。音楽というのは基本的に、メロディー・ハーモニー・リズムの3つです。メロディーというのはだんだん複雑になってきますから、新しく開発しようとしてもそんなに出来やしないです。そうすると「音色」になるわけです。この音色というのは現代音楽で不協和音をいっぱい重ねて特殊楽器を使ってもやっぱり和音、響きなんですね。そうするとそっちの方向に音楽が発達するであろう出だしがこの曲なんだと思います。20世紀の音楽の道を開いたのはこのドビュッシーの「牧神」なんじゃないかなと個人的にすごく思いますね。

Blog. 「読響シンフォニックライブ 2012年8月15日」 放送内容 より一部抜粋)

 

もっといろいろな文献があった気もするほど、この作品はお気に入りであり音楽史のなかの重要な点と線と見ていると思います。2018年台北コンサートでもラヴェルのピアノ協奏曲とプログラムしています。

思いめぐらせると、フランスや印象派といった音楽からの影響は、初期の久石譲から、いや初期の久石譲曲ほど如実に香りたちこめています。『PIANO STORIES』(1988)からは「A Summer’s Day」「Lady of Spring」「Green Requiem」など。『My Lost City』(1992)「Cape Hotel」など。『PIANO STORIES II』(1997)「Rain Garden」など。

サウンドトラックにも、そのエッセンスは気づく気づかないたくさん散りばめられていると思います。また『映画 二ノ国 オリジナル・サウンドトラック』(2019)「清めの舞」、映画音楽のオーダーだからこその大胆な印象派オーマージュも聴いていて楽しいです。

久石メロディが花開き久石ハーモニーが磨き上げられていく創作系譜にそって、フランスや印象派といったバックボーンは影を潜めていった、そんな印象もまたあります。印象派だと感じるのはやはりハーモニーからくるところが大きいような気がします。雰囲気として感じるハーモニー。自分の作品になじませようとしてもどうしてもその影を薄めにくいのもまた印象派の音楽の特徴でしょうか。だからたとえば、『イメージ交響組曲 ハウルの動く城』(2004)「シークレット・ガーデン」なんて、印象派のエッセンスを取り込みながらもしっかりとした久石譲のハーモニーとミニマル手法をもってして昇華させた曲。そんなふうに聴くこともできませんか。(※これはレビュー上の個人の解釈です)

オリジナル作品から『WORKS III』(2005)「DEAD for Strings,Perc.,Harpe and Pianoより II.The Abyss 〜深淵を臨く者は・・・・〜」、『Minima_Rhythm III』(2015)「THE EAST LAND SYMPHONYより II.Air」、そして2022年2月待望のFOC披露「Winter Gardenより 2nd movement」。クラシック音楽の歴史のなかで先達から影響を受けたものを、久石譲は久石譲のフィルターを通すことで現代作品として新しく結実させた。そんな聴こえかたもできませんか。(※これはレビュー上の個人の感想です)

ほかにもきっとたくさんありそうですね。あったら教えてください。安易に印象派のラベルをつけたいわけじゃない。今までまったく別物と思っていたものが、急に親近感わいてくることってありますね。ドビュッシーのこの作品には一切触れませんでしたけれど、同じように「牧神の午後の前奏曲」の聴きかたも変わってくるような気がしませんか。いや、久石譲ファンとして愛おしく感じてくる作品です。

 

 

サン=サーンス:チェロ協奏曲 第1番 イ短調 op.33 ◇

とにもかくにも聴き惚れてしまうチェロでした。作品はかなり技巧的な演奏を求めているチェロパートですが、リーウェイ・キンさんは軽々と難しいパッセージをこなしてしまう。ソリストというと大きく強く表現をと力むところもありそうですが、なんのそのどこまでも自然体で流麗に観客を引き込んでしまいます。コンサート・マスターと旋律のかけあい楽しそうに会話したり、久石譲指揮ともアイコンタクトをとりながら、まぶしい主役でした。

久石譲はシューマン:チェロ協奏曲(2012・金沢)、ドヴォルザーク:チェロ協奏曲(2017・宮崎,台北)、レポ・スメラ:チェロ協奏曲(2021・大阪)、そして本公演のサン=サーンス:チェロ協奏曲(2022・東京)となります。弦楽協奏曲のなかからチェロをフィーチャーした作品を一番多くプログラムしているような気がします。もちろんそれだけチェロ協奏曲のレパーリーが充実しているということもあるでしょう。

現代の弦楽協奏曲をコンプリートしてほしいです。「Winter Garden(ヴァイオリン協奏曲)」「チェロとオーケストラのための おくりびと」「ヴィオラ協奏曲(仮)(2022 MF Vol.9 初演予定)」「コントラバス協奏曲」とあります。作曲のために指揮をしているスタンスを基盤にしている久石譲です。新しいオリジナル作品として現代のチェロ協奏曲が誕生する日がくると強くうれしいです。

 

 

ジョバンニ・ソッリマ:アローン (4/15,16)
バッハ:無伴奏チェロ組曲 第4番より サラバンド (4/15)
プロコフィエフ:子供のための音楽 op. 65より第10曲 行進曲 (4/16)

こんなにもメインディッシュくらい強烈な印象を浴びせるソリスト・アンコールは初めて経験しました。もうデザートなんて言わせない、ちょっとしたサービスなんて言わせない。2公演とも1曲目に演奏した「アローン」は見ているのに耳を疑いました。ゆっくりとした弓の動きで歌うメロディに、ハープのような合いの手が入るんです。一人で弾いているとは思わない一瞬惑うほどです。ハープのようにポロロンとではなく、旋律を伸びやかに弾きながら、伴奏の合いの手のように単音でポンポンと自らピッツィカートもやっていたんです。こんなこともできるんだ!っていうか、リーウェイ・キンさんはそんなことも涼しい顔して、ときにエキゾチックに魅惑して。チェロ協奏曲でも独奏パートのときなんかに発揮できそうな手法です。すでにそんな作品ちゃんとあるのかな古典から現代まで。「Alone Li-wei Qin」で公式音源サブスクすぐに探せると思います。チェロの表現力、新しい世界でした。

 

—-休憩—-

 

ムソルグスキー/ラヴェル編曲:組曲「展覧会の絵」

久石譲指揮で「展覧会の絵」が聴ける。それだけで動機としては十分すぎるほどでした。そして、今まで聴いてきたなかで一番圧倒的でした。初生演奏でしたけれど、初めてがこの公演で幸せでした。感動しました。いつもはコンサート終わったあと振り返るように聴きかえしたりするのですが、今回のこの印象を失いたくなくて上書きしたくなくて、あれから一切の円盤聴いていません。そこまで鮮明に憶えていないしこれから忘れていくことも多いけれど、できるだけこの余韻をのこしたい。

オーケストラは久石譲といえば対向配置です。弦14型(第1ヴァイオリン14,第2ヴァイオリン12,ヴィオラ10,チェロ8,コントラバス7)とはいえコントラバスが多めなのも久石譲編成の特徴です。3管編成(フルート3ほか木管楽器)にホルンやトランペットが4本ずつ。パーカッショニスト5も多い、サクソフォンもいます。とても近現代的なオーケストラ編成です。いま日常に聴いている映画音楽などにも近いカラフルな楽器たちのオーケストレーション。この作品の親しみやすい魅力のひとつですね。そして、それぞれの楽器の見せ場も多く用意されている、演奏素晴らしかったです。

 

久石譲指揮の魅力をまた一歩小さく。

久石譲指揮クラシック演奏会で「ジブリをイメージした」「さすがジブリ作曲家」みたいなSNS感想をたまに目にします。もちろん好意的な感想としてなんですけれど、それは僕も共感するところあります。ジブリ交響組曲を聴いてるような躍動感やダイナミクスを体感するからです。まったく違うクラシック作品なのにどうしてそう感じるのか? 本公演を聴きすすめながら頭のなかで飛び交っていたキーワード[メリハリ、リズム、作曲家視点のパート譜、構成力、プロデュース型指揮]こんなことを支離滅裂を抑えられないまま、なるべく丁寧に記していきたいと思います。

メリハリ
ジブリ交響組曲は、物語のめまぐるしい展開にあわせて曲想もテンポも緩急豊かに進んでいきます。これを作曲した久石譲ですから、絶妙なテンポバランスでスピーディーに駆け抜けて、たっぷりタメて、のびやかに歌わせて。そんなのお手のものに決まっています。久石譲指揮は得意に実現できてしまいます。

リズム
現代的なソリッドなアプローチというのは、決してテンポの速い遅いだけではありません。決してリズムの縦のラインを揃えるだけでもありません。旋律のアクセントの付け方が久石譲ならでは独特だったり、歌わせ方に抑揚やグルーヴを感じさせたり。人によっては平坦に見えるスコアを、高低差くっきりに活き活きと。旋律の表現方法においてもリズムを生み出す、そんなアプローチをしてるんだと思います。

作曲家視点のパート譜
スコアを眺めてすべての音は必要がある、とその必然性や関係性を紐解いているのだろうと思います。すべての音に意味がある、だから意味があるように鳴らす。これをメロディはもちろんそれ以外の旋律にも細かく効かせる、だから立体的になる。ディテールごとに光を当てていく。それらがパート譜の数だけ絡みあうことで、複雑なリズムやうねりを生み出している。光と影の照度が広がり深まり、遠近豊かな音像を響かせている。

構成力
絵画的な鮮やかさよりも、音色的な色彩感よりも。表現のヴィヴィッドさ、込める想いのヴィヴィッドさがピカイチでした。順路にそってゆっくり絵を眺めてるなんてとんでもない、「展覧会の絵」という音楽作品の世界観と現代の世界観を生々しくシンクロさせているようでした。この作品の解説は別でしっかり見てもらうとして、「第4曲 ビドロ」のまるで戦時下のような不穏さと恐怖感など、今の世界情勢としてヒリヒリとリアルに感じるものがありました。

「第10曲 キエフの大門」についてはしっかり記しておきたい。スリリングな第9曲で音楽は最高潮に達し、その勢いで高らかに第10曲が開始されるのが一般的です。というかそれしか知りえません。今回久石譲は、第10曲の導入をぐっと抑えていました。ファンファーレのようにトランペットがパーンと弾けるイメージはそこにはありません。それは厳かに始まる国歌のようでした。こう言ってよければ、僕は「君が代」の導入にと聴いた瞬間すぐに結びつきました。これはウクライナの首都キーフ(キエフ)を象徴するように、まるでウクライナ国歌に仕立てて響かせたのではないか。そしてフィナーレに向かうにつれて音楽は力強く。どこまでも力強くなっていく。そうして勝利を手にした終わりではない、力強く生きていくことへの悲痛なまでの力強い願いのようなものが集まっているように感じました。圧倒されました。感動しました。心を揺さぶられました。

プロデュース型指揮
久石譲にはしっかりと表現したいものがある、クラシック演奏会のどのプログラムを聴いてもそう思います。メリハリ、リズム、作曲家視点のパート譜、構成力と考えてきましたが、これらをまとめてあわせてプロデュース型な指揮だと思います。実際に、耳の肥えた常連のクラシックファンからも、SNS感想の感触は極めて良好でした。「新鮮、斬新、こんな演奏は初めて」と聴き馴染んだ作品への満足な反応をみる機会もますます増えています。

久石譲が振れば、久石譲らしい表現になる。ここに書いてきたことは、久石譲音楽が染みこんでいるファンだからこそ、久石譲と生理的テンポが合ってしまっているファンだからこそ、きっときっと肌で体感できると思います。だから、クラシック演奏会でも期待して楽しみに足を運んでみてくださいね。

 

 

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

オーケストラ・アンコールは、フランスつながりラヴェルからです。タイトルから誤解されますが、この曲は葬送の哀歌ではなくノスタルジアを表現した作品です。久石譲もよくあるしっとりゆっくりしたテンポではなく、舞踏(パヴァーヌ)のように軽やかなテンポで進められました。

だから、表面的には追悼のようには感じませんでした。それよりも、未来の平穏さや安らかな日々をイメージした祈りのように感じました。ラヴェルは晩年の病床で「誰だ、こんなに美しい曲を書いたのは」と言ったエピソードもあります。もし、この曲をレクイエムに見立てるなら、夢見心地で安らかな死を迎えられない今の戦時下の人々への悲痛な祈りのようですらありました。アンチテーゼな軽やかなステップだからさらに悲痛です。今は悲しみに浸るノスタルジーになってしまっていて、未来には幸せに振り返るノスタルジーになってほしい。平穏に生き安らかに眠りにつく権利を凶悪に奪われている。だから、最後のこの曲を祈りと聴きました。

 

 

話は変わります。

 

サイン入りスコア販売

関係者のみなさまへ

久石譲サインをあなどってはいけません。クラシック演奏会であれ一定の久石譲ファンは必ず来場します。久石譲サインは最強の販促です。最高のギフトです。サイン会もできない状況はさらに千載一遇のチャンスになっています。WDOや久石譲作品公演であれば若い観客も多いです。直前のSNS発信であってもきっともっと多くの人がつめかけます。混雑やトラベルを避けるためにも、楽しい機会となるためにも。もしこういった企画をまた提供いただけるならお願いあります。

一例です。開場時間の1時間前、その時点で並んでいる人に先着で整理券を配る。もしくは並んでいる人数が多い場合は、人数分の抽選券にしてその場で当落(アタリハズレくじ)わかるようにするなど。開場時、多くの人が一気に特設販売コーナーへ押しかけないようにする。ゲットできる人たちは、開演前や休憩時間を使って密を避けて落ち着いて購入できる。開場の1時間前でも来る、そこまでして欲しい人はいます。

関係者のみなさま、どうぞご検討のほどよろしくお願いいたします。つたない思いつきのひとつです。そして、またこういった機会を提供いただけることを、コンサートがワクワクな一日になることを、楽しみにしています。

 

……

これまでの前例をみると。FOCやMFのコンサートサイン会でもわりと多くの人に整理券が用意されています。コアな「MUSIC FUTURE」新譜CDであっても、高額な「ベートーヴェン交響曲全集」であっても、連日50人70人と列をつくったサイン会盛況ぶりです。それはチャンスあるなら欲しいです!とびきりのコンサート記念にもなります。

今回はというと。コンサート前日にSNS発信されたうれしいサプライズでした。数量限定でどのくらい用意されていたのか、1日目が優先的だったのか両日均等に準備されていたのか、このあたりのことはわかりません。2日目に限っては幸運な7-10人がゲットできました。それ目当てに開場時間よりも早くから並んでいた人もいると思います。土曜日ということもあって都合つけて狙いに行けた人も多いかもしれません。しかも、これがまたとない組曲「World Dreams」のスコアですからね。それはもうみんな欲しいです!

……久石さんも指揮してピアノしてサインして……WDOなら会場ごとに100名分でもすぐに争奪戦のにぎわい……そんなこと軽々しくもお願いできない……地方公演でもチャンスほしい……またいろいろな機会に恵まれますように!

 

 

直近の久石譲×新日本フィル コンサート・レポート

 

 

久石譲オフィシャル、新日本フィルハーモニー交響楽団オフィシャル、各SNSでリハーサルから終演後までワクワクする投稿が溢れていました。たくさんの写真のなかから少しセレクトしてご紹介します。今後のコンサート情報や日頃の音楽活動など、ぜひ日常生活のなかでいろいろチェックしていきましょう。

 

勉強中 at March, 2022

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リハーサル風景

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ほか

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公演風景

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

Blog. 「オーケストラで楽しむ映画音楽 XIII」コンサート・レポート

Posted on 2022/04/11

4月9日開催ホールアドバイザー秋山和慶企画「オーケストラで楽しむ映画音楽 XIII」コンサートです。久石譲がゲスト出演という珍しいかたちでのコンサートです。西洋と東洋を代表する現代のキング・オブ・映画音楽、ジョン・ウィリアムズと久石譲を特集するプログラムはとても魅力的です。

 

 

オーケストラで楽しむ映画音楽 XIII

[公演期間]  
2022/04/09

[公演回数]
1公演
神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール

[編成]
指揮:秋山和慶
ナビゲーター:中井美穂

ゲスト:久石譲(指揮・ピアノ)◆
    三浦文彰(ヴァイオリン)◇

管弦楽:東京交響楽団

[曲目]
プレトーク
秋山和慶・三浦文彰・久石譲
(開演前 ナビゲーター×各1名登壇)

ジョン・ウィリアムズ生誕90年
『インディー・ジョーンズ』より レイダース・マーチ
『シンドラーのリスト』から3つの小品 ◇
『ハリー・ポッターと賢者の石』より ヘドウィグのテーマ
『E.T.』より フライング・テーマ

—-intermission—-

久石譲 作品集
チェロとオーケストラのための『おくりびと』
(チェロ独奏:伊藤文嗣 東京交響楽団 ソロ首席チェロ奏者)
ヴァイオリンとオーケストラのための『私は貝になりたい』◇
交響組曲『天空の城ラピュタ』◆

—-encore—-
One Summer’s Day (for Piano and Orchestra)
指揮:秋山和慶
ピアノ:久石譲
管弦楽:東京交響楽団

[参考作品]

久石譲 『メロディフォニー』  交響組曲「天空の城ラピュタ」久石譲 Symphonic Suite Castle in the Sky

 

 

 

今回は、コンサート・レポートを書かないつもりだったので、演奏会後に感想ツイートをたて続けにしてめでたく終わりのつもりでした。一口レポと言いながら19コも書いていましたけれど。コンサート・レポートとしてきちんと書きのこしてないことが何かもやもやと居心地わるくて、習性ってこわいですね。数年後にめくりたくなるかもなあとか、ツイッター見てない人いるしなあとか、欲深くなってしまいました。

ということで、コンサート・パンフレットからの紹介は省略させていただき、ここからはレビューになります。

 

プレトーク

14時会場、14時20分からプレトークでした。司会進行のもと秋山和慶、三浦文彰、久石譲の順番で一名ずつ登壇してインタビュー形式でした。トータル約25分くらい、終わったら開演15分前、意外にギリギリまでたっぷりあったなという印象です。指揮台を挟むように広めのディスタンスを保っていたステージは、本来全員登壇であればもう少し時間短縮できたのかもしれませんね。「最後にひと言」とか同じような質問もありますしね、流れるように進められるところも、お一人お一人になります。

久石さんは、ジョン・ウィリアムズについて、直近のウィーン・フィルとベルリン・フィルで開かれたコンサートについて語られました。パッケージ化のときにコメントを寄稿しているのと同旨になります。

 

 

それから、ハンス・ジマーが語ったことを引き合いに「映画音楽というのはどんどん落ちていくもの」という話。ソースが見つけられないので要約すると、アイデアが浮かぶ~監督の意向~セリフや効果音がかぶるなどの工程を経てどんどん音楽的には作曲家の意向や純度が落ちていく、そんなふうに解釈しています。「それでも映画音楽は世界中の人に聴いてもらえるから、今はやりたがる作曲家とても多いです」と締めていらっしゃいました。

 

 

ジョン・ウィリアムズ生誕90年

ジョン・ウィリアムズと久石譲が同じプログラムに並ぶ。はいドン!前半と後半でみっちりジョン・ウィリアムズ×久石譲。はいドン!久石譲作品で作曲家自ら指揮とピアノを披露。こんなにアツいことありますか!?と思ってチケット・ワンクリック楽しみに心待ちしていました。企画バンザイな映画音楽祭りです。

 

『インディー・ジョーンズ』より レイダース・マーチ

オープニングにふさわしい華やかな曲です。映画を越えてエンターテイメントやバラエティ番組にも使われているほどキャッチーです。そんななか、中間部のあまりにも甘美な気品のある旋律は、往年の名作やフィルム映画のよき時代へと陶酔させてくれるようでした。ゆっくりめに進められるテンポもあいまってうっとりです。ほんときれい。

 

プログラムごとにMCが入ります。この時間を使って舞台替えもしています。弦14型を基本としながら、次の作品はヴァイオリン協奏曲なので弦10型くらいと人数がぐっと減ってるのもあったり、金管楽器もそんなに登場しないし、などなど。言っちゃうとMCありきの時間ではあります。演奏会としての統一感や緊張感は半減してしまいますけれど、オーケストラ・コンサートとしての距離感は近くなりますね。そういえば照明もあまり落としていなかった気もします。親しみやすさを趣向していたのかもしれませんね。そういう意味ではもっと子供たちに聴いてほしかったコンサートだったとも思います。

 

『シンドラーのリスト』から3つの小品 ◇

メインテーマだけではなくて演奏会用に3つの曲をまとめたもの。「I. Theme from Schindler’s List」「II. Jewish Town」「III. Remembrances」トータル15分ほどです。I. III.の単曲は聴いたことあるけれど、このバージョンはなにかCDになってたりするのかな、ジョン・ウィリアムズ名義では録音なかったような。もうすぐ5月に、ヨーヨー・マ×ジョン・ウィリアムズのアルバムが出ます。チェロ版のシンドラーのリストなんて涙ものです。そのなかにこの3つの小品バージョンが収録されます。こっそり要チェックしているのです。

CDで聴くような艶加工(エコー)を控えたヴァイオリンの音は、生音そのもので、リアリティをもって心に訴えかけてきます。くしくも、『私は貝になりたい』もまた戦争をテーマにした作品、そして今。久石さんがときおり語る”あらかじめ予定されていたこと”のように時代と共振したプログラムとなりました。慈しむ、悼む、レクイエム、いろいろな感情ありますけれど、最悪な事態が現在進行中の今、まだまだ追悼するほど落ち着いたときにもなっていない、切実な戦争悲劇を感じながら聴いていました。一日も早く終わってほしい、それしかないと。

 

『ハリー・ポッターと賢者の石』より ヘドウィグのテーマ

記念すべき第一作『ハリー・ポッターと賢者の石』から公開20周年を迎える今年、聴きたかった一曲です。ジョン・ウィリアムズが音楽から離れて以降もシリーズ全作で登場するメインテーマです。映像が出来てから曲を書くやり方をしているなか、この曲は原作をお気に入りにしていたこともあり、映像にあてるかたちじゃない、原作を読んだイメージから純粋に書き下ろされたまさに渾身の一曲です。聴くほどにイマジネーション豊かに羽ばたくようです。

冒頭のチェレスタというキラキラした音は、ジョン・ウィリアムズによって魔法を連想させる代名詞となったほどだと感じます。流れをみると、チャイコフスキー:くるみ割り人形、それを使用したディズニー映画『ファンタジア』があります。そしてジョン・ウィリアムズがここに作曲したもの。チャイコフスキーに聴かせてみたかった。きっと喜びそうな気がしますね。今もこれからも、チェレスタという楽器を紹介するときに、ちょっと弾いてみるフレーズは、チャイコフスキーかジョン・ウィリアムズ。たぶんそうでしょう。すごいですね。

 

『E.T.』より フライング・テーマ

「地上の冒険」という約10分ほどにまとめたものもありますが、「フライング・テーマ」はほぼメインテーマで構成された約5分の曲です。秋山和慶さんの指揮は、全作品とも丁寧にゆっくり進められ、たっぷりと味わうことができました。ハリー・ポッターもそうですけれど、咆哮するホーンセクションが魅力のジョン・ウィリアムズ作品。実際には、第1,第2ヴァイオリンをはじめとした弦楽器が、とても細かいパッセージを高度に刻んでいるのをまのあたりにできます。風や翼がぶるぶる震えているような高揚感と推進力。ジョン・ウィリアムズが”飛翔”を得意としている秘密を少し肌で感じられた気がします。宮崎駿・高畑勲のスタジオジブリ作品にも”飛翔”はテーマとして描かれていますね。久石さんはまた違ってどういうアプローチをしているのか、聴きわけて発見する楽しみもまたありそうですね。

 

 

ジョン・ウィリアムズ作品集についてはいくつか記しています。時代とともに一緒に聴いてきた感もまあまああります。抜けてる時代もまあまああります。僕が唯一ファンクラブに入っていたのが久石譲とジョン・ウィリアムズです。インターネットで情報収集できない当時(1990年代初頭?)は、ましてや外タレ(死語?)なジョン・ウィリアムズなんて、毎月(隔月?)届く会報を見ながら、次やる映画やサントラ情報をチェックしていました。こんなことろでアピールすることでもないですけれど。あったんですよ、日本国内向けファンクラブっていうのが。ライナーノーツや音楽誌くらいサントラのレビューや解説も詳しかったような記憶です。それを参考にしながらお小遣いから次買うサントラの優先順位をつけていましたね。なつかしいおわり。

 

 

おまけ

 

 

休憩後MC

久石譲再登壇。司会者の一問一答で5分ほどありました。ミューザ川崎ホールの印象や設計者とお知り合いなこと、東京交響楽団とはストラヴィンスキー:春の祭典などで共演していること、ラピュタは宮崎駿監督・高畑勲監督との共同作業だったことなど。

ここで初出エピソードだったのは「必殺9時間寝」です。かいつまんで言いますね。ここまで前半から待っている間は何されていましたか?という質問に”寝てました”と笑いを誘う久石さん。地方公演や海外公演では外に出れないとき何もすることなくてホテルにずっといる。だから9時間近く寝ちゃうとリラックスするのかテンポが速くなる。それを知ってる団員なんかは9時間寝たって言うとうぅって構えるみたい。今日は7時間半だから大丈夫だと思います。と、そんなエピソードだったと思います。

 

チェロとオーケストラのための『おくりびと』

こちらもタイムリーなプログラム、映画『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞国際長編映画賞を受賞したばかりです。同賞は映画『おくりびと』以来13年ぶりの快挙だったというつながりがあります。

起伏の少ない丁寧な演奏でした。裏を返せば、抑揚ひかえめな平面的な演奏に聴こえてしまったりもします。これはもうしょうがない。久石さんのそれを普段から聴きなじんでいるから、久石さんの生理的テンポに合ってしまっているから、染みついちゃってるから、これはもうしょうがない。

だったらなにがどう違うのか、どう違うと感じるのか、それをピンポイントに言い当てられるのか、説明できるほど言語化できるのか。そうやって自分を鍛える楽しみにもっていきます。まあこれは自分に課したトレーニングのようなものです。そう思考回路をスイッチしたほうが初めて気づくこと発見できることもあったりして楽しいですね。なんかもっともらしく言ってますけど全然うまくできていませんからね。マネるな危険!です。純粋に楽しみましょう。

【おくりびと。気になる点あったからCD聴き返し。4:10-くらいからのテーマの盛り上がりはオーケストラが悠々と歌っていますが、コンサートでは弦楽おさえてチェロがメロディをリードしていたような気がします。ん?って思ったからたぶん。】

【おくりびと。6:47-からの約10秒間のチェロパート。たぶんなかったと思います。そのあとにつづくメロディと超絶パートはありました。ん?って思ったからたぶん。】

とふたつツイートしていました。コンサート後にわりと時間をおかずにメモを振り返りながらCDを聴き返したのでたぶん鮮明だと思います。CD音源と同じスコアを使いながらも、チェロをより引き立たせる演出にしたのだろうひとつめと、手堅くいったふたつめと。クライマックスこんなにチェロ休んでたかなあと思うくらい手をとめている印象があったから。チェロをチェロの音をきれいに聴かせたい、そんな今回のアプローチだっんじゃないでしょうか。けれど、僕の記憶違いかもしれないということは添えておきます。

 

ヴァイオリンとオーケストラのための『私は貝になりたい』◇

【私は貝になりたい。リハーサルの時間が足りなかったのでしょうか。素晴らしい演奏でしたけど、もったいない演奏でもありました。指揮者×オーケストラ×ソリストの呼吸が乱れそうな箇所が一瞬ありました。一瞬だけ。演奏会はナマモノです。持ち直すところもふくめて体感できる醍醐味ですね】

とツイートしたままです。ヴァイオリンが前面に出てくるパートの入りのタイミングが合わなかったんですね。たぶん曲を知らない人でも雰囲気を察知できるほどに。ヒヤッとどうなるんだろう。ちょうどヴァイオリンの旋律がリズムを刻んでいるようなパートだったこともあって、そこにオーケストラがついていくかたちですぐに持ち直しましたよ。そのあと引きずることもなかったですよ。

完成度は期待していますけれど、完璧は求めていませんからね。もちろん演奏者も観客も最高のパフォーマンスだったと共有できることが一番うれしいです。でも、録音には残さないような多少荒い演奏が生演奏のときにはぐっと伝わる、そんなこともあります。ライヴを減点方式で採点するのはなにかもったいない気もします。もちろん度合いにもよりますけれど。そして起こったハプニングもまた事実、どうやって軌道修正したかというプロフェッショナルたちを体感したのもまた事実です。この話はまた最後に。

 

交響組曲『天空の城ラピュタ』◆

ここでようやく久石譲登場です。今回のコンサートはオーケストラ通常配置になっていて、久石さんのときどうするんだろう移動するのかな?なんて思っていたらそのまま続けられました。久石譲×対向配置じゃないパフォーマンスはレアだと思います。対向配置ってなに?よかったら下記のぞいてみてください。

 

 

(左)対向配置、(右)通常配置

 

そうだもんだから、たとえば「空から降ってきた少女」も「大樹」も、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがメロディをユニゾンで歌う箇所なんてわかりやすかったです。ステレオのように左右からバランスよく均等に聴こえる対向配置と、中央やや左寄りから固まって聴こえる通常配置と。こう聴こえるんだと新鮮でした。ほかの楽器配置のことまで聴き分けれるほどの耳は持っていませんので、これ以上はピックアップできないのが残念なところです。

もちろん、久石さんは対向配置を前提にこの作品も交響組曲化していると思います。久石譲指揮=対向配置なので、それはオリジナル作品ふくむ全てにおいて作曲の時点から念頭に作られていると思います。でも、どちらの配置をとるかは指揮者に委ねられています。

ベートーヴェンやブラームスも対向配置を念頭に書いていたと言われていますが、コンサートホールでの演奏会が定着した20世紀のほとんどは通常配置で演奏されてきています。最近では対向配置をとっている場合もあったりします。久石さんも現代作品・古典作品すべて対向配置で臨んでいます。じゃあ、ジョン・ウィリアムズは?というと本人ふくむ多くの指揮は通常配置です。僕が知っているかぎりドゥダメル指揮は対向配置でした。でもそのくらいしかすぐに思い出せないくらい少ない気がします。今回の秋山和慶さんも通常配置を採用しています。

おもしろいですよね。スコアにいろいろな音楽指示をのこすのに配置には触れないんですね。久石譲オフィシャルスコアにも編成表に対向配置での演奏を推奨するなんてありませんもんね。配置による音響の差異って選択基準として大きなウェイトを占めないものなのか、指揮者の志向性によるものなのか、おもしろいですね。これから久石譲作品も対向配置・通常配置どちらでも聴ける機会がふえていくでしょう。そう巡らせると、スコアとセットで音源化していることはとてもいいことですよね。対向配置による響きや効果を事前確認できるわけだから。「DA・MA・SHI・絵」や「Links」(こちらは対向配置ver.未音源化である!?)なんて、対向配置だからこその醍醐味を感じたらどの指揮者もよし対向配置でやってみようとなるんじゃないかな、…とことん話が逸れてとことん素人目線ですいません。

 

交響組曲『天空の城ラピュタ』ですね。どれだけCDなんかでたくさん聴いても、やっぱり生演奏でしか聴けない表現ってありますね。歌と同じで、今日はこうきたかとか歌い方変えてきたな、みたいな。そんなワクワク感とやられた感あります。とてもよかったです!

印象的だったのは、ゴンドアの思い出。まるでおばあちゃんがシータとお話をしているような、ボリュームの緩急がすばらしかったです。やさしくおなじないを教えているおばあちゃん、くり返すシータ、その掛け合いというか温かいシーンそのままのようでした。

ここは恥ずかしながらお伝えします。どれだけ好きな作品で何回も聴いていると自負していても、あれっ?今回新しくなってる?と勘違いすることってあります。たとえば(言いたくない)、「ドーラおばさん(Gran’ma Dola)」歌い出しのメロディは金管低音のイメージが強くて、今回フルートが一緒に鳴ってることに新しく注目して[ドーラフルート?]とかメモしているわけです。たとえば(言いたくない)、「大樹(The Eternal Tree Of Life)」グロッケンやフルートのイントロ部分、久石さんが「イノセント(Innocent)」のピアノから指揮へ戻るところです。ゆっくり余裕をもって戻れるように1小節分多くなっているように感じたから[大樹1多い?]とかメモしているわけです。でも、どちらもCD聴き返したら僕の勘違いだったとわかります。

そのくらい、生演奏で味わう印象って錯覚させるものがあるというか、やっぱりそのときにしかない聴こえ方ってあるんですね。一曲のなかでも、よりどこかのパートがどこかの楽器が記憶との違和感で強調されることもあるし。だから全ての感想に正解はないというか、いろいろな感想があっていいと思うんですよね。この話はまた最後に。

【ラピュタ。Innocentに感動したなんて一口もレポするにおよびません。ありがとうございました!!】とツイートしたままです。

 

 

ーアンコールー

One Summer’s Day (for Piano and Orchestra)

もしも、秋山和慶(指揮)久石譲(ピアノ)東京交響楽団(管弦楽)のアンコールなんてあるとしたら何の曲だろう。「Oriental Wind」かな、でも映画音楽にちなんだ曲じゃないよね、灯台もと暗しでした。答えは「あの夏へ」でした。ここでもタイムリーに、映画『千と千尋の神隠し』は今年初舞台化されただいま公演巡回中ですね。

久石譲の指揮の先生でもある秋山和慶さんと、ピアニスト久石譲という夢のコラボレーションが実現するなんて。スペシャルの極みです。ピアノ演奏に徹した久石さんのお姿を見れるなんて何十年ぶりでしょうか!?

 

秋山和慶さんの経歴や久石さんのことにも触れたロングインタビューもぜひご覧ください。とても新しい記事です。

日本センチュリー交響楽団ミュージックアドバイザー秋山和慶、大いに語る!(2022.02.26)
https://spice.eplus.jp/articles/299247

 

Joe Hisaishi – One Summer’s Day

from Joe Hisaishi Official YouTube

 

このミュージックビデオを見てもらったらわかるとおり、けっこうピアノが主役で出ずっぱりです。そしてこれと同じように久石さんエア弾き振り状態でした(笑)それはそうですよね、もう演奏と指揮と一体になって染みついてしまっていますから。秋山先生の邪魔にならないように、なるべくオーケストラのほうを振り向かないようにして、あるいは指揮者とコンタクトをとるようにして、身振り手振り動いていました。うん、とってもレアな光景でした。うれしい。

 

 

カーテンコール

交響組曲『天空の城ラピュタ』の終わりも、久石さんソロを務めたトランペットやファゴットを指して立たせて拍手浴びさせたり、いつものように両手広げて観客の大きな拍手にこたえるもんだから、あれっ、いつのまにか久石譲コンサートになってる(笑)っておかしくて。笑みがこぼれまくります。

アンコール「One Summer’s Day」も弾き終わって立ちあがってお礼して拍手にこたえて、思わず腕をオーケストラのほうに振り回そうとしたら、そこに秋山和慶さんがちらっと視界に入りこみそうな瞬間、そうだったそうだった、指揮者じゃないんだった、みたいなそんな瞬間ありましたよねたぶん。僕は(おそらく凝視な久石さんファンも)見逃しませんでしたよ。もう指揮者が二人いる状態。笑みがこぼれまくります。

 

 

誤解が理解を深める

僕の好きな言葉に「誤解が理解を深める」というのがあります。村上春樹さんの言葉です。小説を読んだ人のいろいろな感想・意見・解釈が今はSNSを中心に溢れていますね。個別に見ていくと間違ったものもあるかもしれないけれど総合的にみれば合っている。総合的にみると真実になる。そんな意味合いだったと思います。とても含蓄のある言葉だなと印象深いです。

明らかな間違いや勘違いであれば、言葉が飛び交うなかで教えてくれたり教えたり修正されていきますよね。でも、感想や解釈には正解ってない。その数が多くなればなるほどいろいろな一面が見え隠れしだして立体的にかたちづくっていくことになる。そんなイメージだと思っています。

今回のコンサートも、いろいろな感想が見れてとても楽しかったです。気づかない発見もあったり、なるほど!とか、たしかに!とか、挙げだしたらきりがありません。いつも聴きなじんだものとの小さな違いが積み重なって、それは大きな印象の違いとなって届けられます。そう感じられることもまた、しっかり聴き込んでいるファンの証と胸を張りたい気分です。

そして、真剣に心を込めて聴いているからこそ、厳しい目と耳で注がれますね。観客の聴く姿勢の本気度はそのまま感想にも反映される。とても健全なことです。だから、もっともっと気軽で素直な(そして責任も後ろに控えた)感想にたくさん触れたいですね。僕なんかも何か自分の言った感想や意見に「あ、それはこうですよ」とか突っ込んだり修正してもらったほうがうれしいです。それで得ることのほうが大きいから。

誤解が理解を深めるのなら、そのもととなる誤解(自分の意見)を積極的に発信したほうが、それはうれしいかたちで自分に跳ね返ってくるんじゃないかな、そんなことを思ったりします。風通しいいのが一番です。たくさんコンサート行って、たくさん聴いて、そんなコンサートもあったね、いつかそう笑って思い出話に花を咲かせたいですね。思い出にするための磨きあげかた、少しでもキラキラ輝きの強い思い出として残していきたい。そう思っています。

 

 

今回も何人かファンの方とバタバタご挨拶することができました。短い時間でしたけれどとてもうれしいです。ありがとうございます。

 

リハーサル風景・公演風景

from 久石譲本人公式インスタグラム
https://www.instagram.com/joehisaishi_composer/

 

from 中井美穂インスタグラム

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

Blog. 「東京人 2022年4月号 no.452」久石譲インタビュー内容

Posted on 2022/03/28

月刊「東京人 2022年4月号」(3月3日発売)に掲載された久石譲インタビューです。本号特集「日本が生んだクラシックの名曲」のなかの「令和に活躍する作曲家に聞くコーナー」にて、カラー見開き2ページで登場しています。

 

 

『東京人2022年4月号 特集「日本が生んだクラシックの名曲」』

バロック、古典派、ロマン派……クラシック音楽といえば、古い時代の音楽が定番ですが、実は日本でもたくさんの作品が生まれているのです。〝日本らしいクラシック音楽″とは——童謡、歌曲、軍歌、交響曲、オペラ、映画音楽……明治・大正・昭和を代表する作曲家の近代音楽史を、音楽評論家の片山杜秀氏が語ります。池辺晋一郎、久石譲、野平一郎、細川俊夫、藤倉大、坂東祐大――いま国境を超えて活躍する人気作曲家も大集合!

(東京人公式サイトインフォメーションより)

 

 

令和に活躍する作曲家に聞く

クラシック音楽は、欧米だけのものではない!世界中から委嘱やコンサート依頼が絶えず、日本のクラシック音楽界をリードする久石譲さん、細川俊夫さん。そして、次世代を担う若手として注目を集める坂東祐太さん、小野田健太さん。人びとの心に届く、数々の作品を生み出す期待の作曲家たちに、音楽への想いと創作活動について伺った。

 

久石譲
僕は立ち止まらない
全盛期はこれからと信じて進む。

ー久石さんは長野県の出身ですが、長野にいらした若い頃に、東京というまちはどんなふうに見えていたのでしょう?

久石:
特別に「東京へ行きたい」という意識はなかったかな。NHKラジオで「現代の音楽」という歴史ある番組が放送されていて、高校時代にはそれをよく聴いていました。当時は武満徹さんとか三善晃さんとか、そういった作曲家の方々が活躍されていた時代で、現代音楽が華やかな時代でした。

 

ー作曲家を志されたのも、やはりその頃ですか。

久石:
中学校時代はブラスバンドをやっていて、楽器の演奏が得意ではあったのですが、実はその頃から自分で書いた曲を持っていって、みんなに演奏してもらうということが素直に嬉しかった。高校時代には月に二回程、作曲のレッスンのために東京に来ていました。音楽大学を卒業した後、映画音楽の仕事を始めたのが三十代、もちろんそのときよりも今のほうが、自分としてはずっと良い状況になったと感じています。昔は良かったな、とか、そういうふうに懐古することはないですね。

 

ーコロナ禍でも立ち止まることなく、「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」など、さまざまな公演を企画されています。クラシック音楽の古典、例えばベートーヴェンとかブラームスの交響曲の新しい解釈を、盟友である演奏家の面々と練り上げつつ、同時に自分の新作なども披露されていますね。

久石:
ようやく自分の思い通りに作品が書けるようになって来たという実感はあります。このコロナ禍でもシンフォニーの新作を二曲書きましたし、大変な状況でも自分を見据えてやっていけば、この状況をプラスにすることはできます。世界に受け入れられるまで、この歳までかかったという想いもありますが。そういう意味でも、やはり今が自分にとっては一番良い時期です。いや、今よりも今年の夏のほうがさらに良くなると思うし、そうなるように努力するだけです。

 

ー久石さんは常にポジティブで、より良い未来を見ている人という感じがします。

久石:
作曲家というのは不思議なもので、僕よりも年上の作曲家の方に会っても、みんな前向きというか、基本的に明るく、人間として面白い人が多いです(笑)。話をしていても飽きないし、あえて言えば自己中心的というか。例えば、ベートーヴェンとゲーテが逢ったときのことを、ゲーテが回想して、とにかく「うるさい、自分のことばかり話す」と書いていますが、そのぐらい作曲家というのは自分のことばかり考えている人種かもしれません(笑)。

 

ー東京の音楽シーン、特に一九七〇年代以降の日本のクラシック音楽作曲家たちの活動は、大きな変化があったと思うのですが。

久石:
武満さんなどが活躍していた時代は、やはりバブルの前の時期で、新しい音楽にも光があたり、それに目を向ける企業なども多くて、音楽祭なども盛んに行われていました。それに比べると、バブル後は停滞しています。しかし、そこに留まっていてはどうしようもない。新しい音楽的な価値観をもっと世の中に広げなければいけないと感じていますし、もう一度〈王道〉を探求しなければならないと思いますね。

 

ー「ミュージック・フューチャー」(久石さんが現代の優れた音楽を紹介すべく立ち上げたコンサートシリーズ)もその一環ですね。

久石:
今年も十月に開催する予定ですが、そこでは海外の優れたミニマル・ミュージックを紹介しています。例えばニューヨークのメトロポリタン歌劇場でもオペラが上演されている作曲家のニコ・ミューリーに作品を委嘱したり、とか。そうした試みを通して、東京の音楽シーンをさらに活性化させていきたい。欧米では、新しい音楽がたくさん演奏されており、それが聴衆にもまれることによって、作曲家が演奏家も育っていく訳です。日本でもそういう意識を持って、作曲家や聴衆を一緒に育てていかないと、将来が見えて来ないと思っています。そこに関心を持ってくれる方が増えることに期待しているのです。

文・片桐卓也

(「東京人 2022年4月号 no.452」より)

 

 

from 東京人 公式ツイッター

 

 

目次

東京人4月号
april 2022 no.452

特集 日本が生んだクラシックの名曲

令和に活躍する作曲家に聞く
久石譲 僕は立ち止まらない 全盛期はこれからと信じて進む
細川俊夫 沈黙の中に消えていく 音もまた美しい
坂東祐大
小野田健太

【7つのキーワードで読み解く】
作曲家の近代音楽史
片山杜秀(音楽評論家)/小室敬幸(音楽ライター)
1.明治 「文明開花と日清戦争」 瀧廉太郎/シャルル・ルルーほか
2.大正 「第一次世界大戦とブルジョワジー」 本居長世/山田耕筰ほか
3.レコード、ラジオ、映画の誕生 中山晋平/服部 正/早坂文雄ほか
4.昭和戦前、戦中 「皇紀2600年と日本主義」 信時 潔/橋本國彦ほか
5.昭和戦後 「戦争経験とハイカルチャーの終焉」 池内友次郎/黛 敏郎/伊福部 昭/三善 晃ほか
6.テレビ、アニメーションの誕生 山本直純/冨田 勲ほか
7.ゲーム、サイバーカルチャーの誕生 すぎやまこういち/吉松 隆ほか

【座談会】“新しい音”をおもしろがろう!
藤倉 大(作曲家)×山田和樹(指揮者)×林田直樹(音楽評論家)

[演奏家に聞く 音楽のちから]
澤矢康宏(小平市立小平第三中学校吹奏楽部 顧問)
柳澤寿男(バルカン室内管弦楽団音楽監督、指揮者)
藤井隆太(フルート奏者、龍角散社長)
カーチュン・ウォン(指揮者)/海道弘昭(テノール歌手)/LEO(箏曲家)/成田 達輝(ヴァイオリニスト)

[多彩なコンサートホール案内]
東京文化会館 野平一郎(音楽監督、作曲家)
昭和女子大学人見記念講堂 坂東眞理子(理事長・総長)
サントリーホール 堤 剛(館長、チェリスト)/本條秀慈郎(三味線奏者)
東京芸術劇場
東京佼成ウインドオーケストラ
東京オペラシティ コンサートホール 東京オペラシティ リサイタルホール 池辺晋一郎(ミュージックディレクター、作曲家)
すみだトリフォニーホール 佐渡 裕(指揮者)
トッパンホール 西巻正史(プログラミング・ディレクター)
ミューザ川崎シンフォニーホール 原田慶太楼(指揮者)

2022年おすすめ公演情報

正確に再現された多彩な音色を車でも

谷川俊太郎、武満眞樹に聞く いま想う、私たちの武満徹 文・青澤隆明

東京音楽散歩 作曲家ゆかりの地を訪ねて 文・山崎浩太郎

日本で最初期の音楽カメラマン 小原敬司のコレクションより 昭和初期の歴史的音楽シーンを拝見

いま聴きたい! 女性の作曲家10人
三宅榛名/萩京子/挾間美帆/木下牧子/たかの舞俐/田中カレン/藤家溪子/望月京/牛島安希子/山根明季子

日本人作曲家を堪能するためのCD10選 選、文・麻倉怜士

「最高の感動度」で日本の名曲を オーディオシステムの決定版はこれだ!

オーディオショールームを訪問 「on and on」 こだわりの音に出会う喜び

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ほか

 

 

 

Blog. GS9 Club「MASTER OF JAPAN 世界が注目する日本人」久石譲インタビュー内容

Posted on 2022/03/28

2月18日グランドセイコー会員制ウェブサイトGS9Clubにて公開された久石譲インタビューです。「MASTER OF JAPAN 世界が注目する日本人」コーナーです。会員限定ですが、期間限定で閲覧できるキャンペーンにも恵まれました。

 

 

INTERVIEW
MASTER OF JAPAN 世界が注目する日本人

久石譲 作曲家

 

壁にぶつかるのなんて、毎日ですよ。
それでも作曲を続ける理由は、
まだ気に入った音楽ができていないから。

世界を舞台に疾走し続ける音楽家、久石譲。
「すべては良い音楽を作るため」。ブレない音楽家の覚悟に迫った。

 

ベートーヴェンと並び立つ名曲を作る

久石譲は、「行動する音楽家」だ。世界中の賞賛をほしいままにしてきたというのに、その歩みを止める気はさらさらないらしい。

スタジオジブリ作品をはじめ国内外の映画音楽などを手がけて芸術の域へ押し上げ、2018年、最先端の現代の楽曲を紹介するコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」をアメリカ・ニューヨークのカーネギーホールで開催すると大きな話題に。今後もフランス、カナダ、イギリスなど各国で様々なコンサートが予定され、チケットは発売と同時に完売状態と聞く。

そんな中、50歳を過ぎて、指揮法を一から勉強するため日本を代表する指揮者の1人、秋山和慶(かずよし)氏に師事。作曲家として、自身の作品を本当の意味で理解するには自ら指揮するのが最良、という考えに至ったからだ。ホルン協奏曲を制作しようと決めると、演奏者にホルンを借りて自ら吹いてみるし、コントラバスやクラシックギターに至っては実際に購入した。

「ああ、その辺は向こう見ずですよねえ(笑)。でも、自分で指揮をしたり音を出したりすると、“体感”するんですよ。遠くにあるものをただ眺めるんじゃなく、実体験する。窓から外を見るだけじゃなく、暴風雨の中に飛び出す感覚です。すると、感じるのも10倍、100倍になりますから」

近年は、クラシック音楽の指揮にも精力的に取り組んでいる。16年に日本の若手トップの演奏家たちを集めたオーケストラを結成すると、3年かけてベートーヴェンの交響曲9曲をすべて演奏し、現在はブラームス交響曲シリーズに挑戦中だ。

「10年以上前、解剖学者の養老孟司先生とラジオ番組で対談した時、僕はすごく意地悪な質問をしたんです。『いい音楽って、何ですか』って。そしたら先生は1、2秒考えた後、『長く聴かれるもの』って、スパッとおっしゃった。要するに、長い時代を経て生き残った曲は名曲である、と。すごくシンプルだけれど、深い言葉です」

「長く聴かれるものとは何か」と考えれば、やはりクラシック音楽に行き着く。現代まで聴き継がれる音楽は、細部に至るまで非常によくできている、と久石は言う。

「音楽がどこで成立しているのか、僕は知りたい。それが、クラシックを自分で指揮する理由です。ものを作る人間の仕事って、基本がアウトプットですよね。でも、インプットがなければ、自分の中に何もなくなるから新しいものも出てこなくなる。その刺激を、自分があえて指揮することで作っているんです。どんなに苦しくても、指揮と作曲、両方やっていかなければ自分の音楽は成立しないと思う。つまり、やり続けるしかない、ということですね」

しかも久石は、長年愛されるクラシックと、自ら作った現代の音楽をあえて同じ夜のコンサートで演奏するのだ。

「図々しいよねえ(笑)。でも、その大きなプレッシャーを味わうことで、自分の音楽を少しでも良くしようとしているんです。それを繰り返していく中で、ベートーヴェンやブラームスと並べても遜色ないものに、自分の楽曲を育てていきたいから」

 

撮影中、スタジオに置かれたグランドピアノで、北野武監督の映画『菊次郎の夏』のメインテーマ『Summer』などをさらりと演奏。その場に居合わせたスタッフにとって、至福のひとときとなった。

 

仕事の時、特に指揮をする際には必ずこれらを持参するという。クリック(メトロノーム)は、テンポの確認をするために使用。巻物型の筆箱には、シャープペンシルや色鉛筆など必要最低限の筆記用具がすべて用意されている。それぞれに役目があり、いずれもスコアにメモを書き込む時に用いる。名前入りのオリジナルタオルは指揮をする際、指揮台の横に置いておき、これで汗を拭う。

 

 

作曲家人生の転機となった、1984年

3歳の時には、すでに音楽の道に進もうと心に決めていた。というより、音楽家になるのが当たり前だと思っていた。

1950年12月、長野県中野市で生まれた。両親が音楽に特に造詣が深かった、というわけではない。父は高校の化学の教師。育ったのは、いたって普通の家庭だ。だが、少年は物心ついた頃には音楽が大好きになっていた。最初に心惹かれたのは、『カルメン 前奏曲』や『トルコ行進曲』などの聴きやすいクラシック、そして歌謡曲や童謡など。4歳の時、自分から進んでヴァイオリン教室に通い始め、中学に上がるとブラスバンド部に所属して、トランペットを担当した。

「自分で言うのも何ですが、どの楽器をやってもすぐにできちゃうんですよ。でもね、あまり楽しくないんです。それより、好きな曲を聴いて自分で一生懸命音を取って、それに和音をつけて譜面を書くほうが面白かった。練習の合間にその譜面をみんなに渡して、音が出ると、『わあ、すごい』って驚くわけですよ。演奏する喜びより、何かを作ってそれが音になる喜びの方が強かったんでしょうね。中学の終わりには、『作曲家になる』と決めていました」

ラジオで流れる現代音楽を耳にして、「こんな不協和音の音楽があるのか」と驚いたのも、その頃だ。以来、作曲するのは主に現代音楽。が、国立音楽大学作曲科に在籍中だった20歳の頃、人生を決める1つめの転機が訪れる。最小限の音を使い、パターン化した音型を繰り返して構成される、60年代にアメリカで誕生したミニマル・ミュージックとの出合いだった。

「テリー・ライリーの『A Rainbow in Curved Air』という曲を聴いた時、衝撃を受けましたね。それからは、ミニマル・ミュージックの作曲にシフトしました。でも、曲が全然書けないんですよ。もちろん、その当時なんて曲をちゃんと仕上げる技術力もないし。30歳くらいになって、本当の意味で初めて書けたという感じかな」

在学時から自身や仲間の曲を発表する演奏会のプロデュースを行う一方、大学卒業後ほどなくしてテレビ番組の音楽を担当。プロとして、順調に商業デビューを飾った。以来、作曲や編曲をしながら着実に実績を重ねたが、30代前半で、久石の人生が急展開することになる。84年のことだ。

「一番大きかったのは、やっぱりアニメーション映画監督、宮崎駿さんに出会い、『風の谷のナウシカ』が公開されたことだと思います。スタジオジブリ作品を手がけたことで、世間に広く知っていただくことができました。でも、それとは無関係に、この年制作された薬師丸ひろ子さん主演の映画『Wの悲劇』の音楽も担当しているんです。さらに、当時大人気だったカネボウの男性用化粧品、『ザナックス』のコマーシャル音楽も」

この年の飛躍は、とにかく凄まじかった。こんなエピソードもある。ある日、テレビを見ていて「この歌手、うまいなあ。アレンジしたい」と思った翌日、なんとその人物から久石のもとにアレンジの依頼が舞い込んだ。それが、井上陽水だった。

「これ全部、84年に起こったんだよね。音楽業界のトップの仕事が、一気に来ちゃったという感じ。それらが一応すべて評価されたので、ラッキーだったと思う一方で、ずっと一生懸命やってきたのがよかったのかな、とも感じています」

 

 

 

音楽で世界のトップを獲る

ポップスや映画音楽など活動の幅を広げながら継続してミニマル・ミュージックや現代の音楽も手掛け、約40年にわたって最前線で疾走してきた。順風満帆に見えるが、途中で行き詰まったり壁にぶつかったりしたことはなかったのか。そう訊ねると、即座にこう答えた。

「そんなの、毎日ですよ。小さな行き詰まりは毎日だし、かなり大きな落ち込みは年に何回かあります。5年や10年単位でも波が来るし」

例えば指揮の場合、辞書ほどの厚さのある楽譜をすべて覚えなければならない大仕事だが、それでも、譜面という“もの”がすでにある。それに全力を傾けて向き合えば、多少なりとも何らかの成果はあるものだ。だが、作曲は、どれだけ努力してもフレーズが浮かばなければ、その日の収穫は何もない。

「作曲は世界で一番きつい商売の1つじゃないかな、とよく思います。ありとあらゆる忍耐や絶望、そういうマイナス要素が満載なんですよ。別に大変さを強調しているわけじゃないけれど(笑)、本当にそう思う。今日は書けても、明日は書けないかもしれないし」

想像を絶する、生みの苦しみ。それでも曲を作り続ける理由は、「まだ、気に入った音楽ができていないから」。今回はここまでできたけれど、ここがダメだった。次はそれをクリアするのが目標。少しでも良い音楽を作るために、それを繰り返すだけだ。

「それと、これは苦しみの裏返しなのだけれど、やっぱりゼロから何かを作る喜びがすべてに勝るんですよね。朝、起きた時には影も形ないけれど、1日音を紡いでいくと夕方には“何か”が生まれているかもしれない。もちろん翌日になったら『昨日のはつまらない』と思って捨てることもあるけれど、さらに手を加えていくうちに、気づいたらそれがシンフォニーになっていたりする。すごいことだよね」

久石の視線の先にあるのは、「音楽の本質を少しでも理解し、時代を超えて愛される音楽を作ること」だ。つまりそれは、未来の人たちにとっての新たなクラシックを生み出すことと同義と言っていい。

「わかりやすさや流行に頼れば、みんながすぐ喜んで拍手喝采してくれる曲ができると思います。でも、それでは先に広がっていかないんですよ。一方で、時代に左右されない本質を追い求める人たちは常に新しいものに挑み続けるから、前衛と呼ばれるんですね。でもそればかりやっていると、一般の支持は得られません。大切なのは本質を追求しながらも、その上で大勢の人に理解してもらえる努力をすること。これを怠っている音楽家が多すぎると、僕は思う」

コロナ禍になり、制作環境にも変化が生まれた。この約2年間、作曲は東京ではなく、主に軽井沢の仕事場で行ってきたという。

「軽井沢では毎日必ず1時間とか1時間半、散歩します。するとね、例えば11月の紅葉シーズンになると、黄色、赤、まだ少し緑が残る葉っぱなどが地面に落ちて、それらが本当に美しく配列されているのを目にするんです。どうやったらこんなに見事に並ぶんだろう、と不思議に思うくらい。でも、葉っぱや風景の一部だけを写真で撮っても、そこそこきれいだけれど、普通なんですよ。歩いているときに目に入る全体の美しさには、敵わない」

そこで、はたと気づいた。「作曲で必要なのはこの感覚だ」と。

「つまりこの葉っぱが音符だと考えれば、1個1個の音はソとかドとか無機質で普通のものなんだけれど、トータルで見ると完成されているんですよ。それも、わざとらしくなく。ああ、本当に目指さなきゃいけないのは、この風景と同じように音が自然に連なる音楽なんだなあ、と実感します。そこに至って、長野で生まれ育ってよかったとつくづく思う。だってそんな自然が幼い頃から日常の中にあって、そのことを体感してきたわけだから」

グランドセイコーの故郷の一つ、長野から世界へと羽ばたく「行動する音楽家」。現状に決して満足せず前進し続ける強靭な精神は、豊かな自然に育まれた繊細な感性から生まれ、時の本質を追い求めるグランドセイコーのそれと、驚くほど似ている。

「様々な分野で、『自分が世界のトップを獲る』というくらいの夢を持つ人が、日本にも大勢現れるべきだと思う。当然、僕は音楽で世界のトップを獲るつもりです」

その覚悟に、こちらまで背筋の伸びる思いがする。インタビューを終え、音楽家が穏やかな笑顔で去った後も、その場には熱気と高揚感が残り続けた。

 

 

久石 譲
ひさいし・じょう

作曲家

1950年生まれ、長野県出身。国立音楽大学作曲科在籍中からミニマル・ミュージックに心惹かれ、現代音楽の作曲家として活動を始める。84年に公開された映画『風の谷のナウシカ』以降、宮崎駿監督作品の音楽を担当。他に、滝田洋二郎監督『おくりびと』(2008年)、李相日監督『悪人』(10年)、高畑勲監督『かぐや姫の物語』(13年)、山田洋次監督『家族はつらいよ』(16年)など国内外で多数の映画音楽を手がけ、8度にわたって日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。作曲と並行し、クラシックを作曲家の視点で指揮するプロジェクト「フューチャー・オーケストラ・クラシックス」や、世界の最先端の現代の音楽を紹介するコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE」などの活動も精力的に行う。20年より新日本フィルハーモニー交響楽団 Composer in Residence & Music Partner、21年より日本センチュリー交響楽団の首席客演指揮者に就任。

 

 

出典:GRAND SEIKO|GS9 Club|INTERVIEW
(*会員限定)

 

 

Blog. 「久石譲指揮 日本センチュリー交響楽団 第262回 定期演奏会」コンサート・レポート

Posted on 2022/03/06

3月4日開催「久石譲指揮 日本センチュリー交響楽団 第262回 定期演奏会」です。昨年4月に首席客演指揮者に就任にして以来、定期演奏会や特別演奏会に登場しています。毎回多彩なプログラムで一期一会のコンサート、本公演はわりと現代に近い作品たちが並び久石譲作品も初演されました。

 

 

日本センチュリー交響楽団 定期演奏会 #262

[公演期間]  
2022/03/04

[公演回数]
1公演
大阪・ザ・シンフォニーホール

[編成]
指揮:久石譲
ピアノ:Piano duo Sakamoto(坂本彩・坂本リサ)
管弦楽:日本センチュリー交響楽団

[曲目]
ペルト:フェスティーナ・レンテ
久石譲:Variation 57 ~2台のピアノのための協奏曲~ *管弦楽版 世界初演

—-Soloist encore—-
マックス・レーガー:5つの絵画的小品 作品34より 第1曲
(Piano duet: Piano duo Sakamoto)

—-intermission—-

プロコフィエフ:交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131

—-Orchestra encore—-
ハチャトゥリアン:組曲『仮面舞踏会』より ワルツ

 

 

 

まずは会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

2021年4月にセンチュリー首席客演指揮者に就任した久石譲。9月の特別演奏会、定期演奏会でのマエストロ渾身のプログラムと熱演が記憶に新しいところです。

ポスト就任イヤーの最後を飾る今回は、20世紀に活躍したプロコフィエフと、私たちと同時代を生きる作曲家の作品をお届けします。エストニア出身の作曲家・ペルトの「フェスティーナ・レンテ」は、美しく透きとおるような広がりを感じさせる一曲。そしてソロピアノ2台とオーケストラという編成による久石自身の楽曲では、第70回(2021年)ARDミュンヘン国際音楽コンクールピアノデュオ部門で、日本人デュオとして初の第3位に入賞した姉妹デュオが登場、期待の新星にも注目です。メインのプロコフィエフ交響曲第7番は、色彩の豊かさと打楽器などでの遊び心が随所に散りばめられた作品です。

久石×センチュリーによる魅惑のプログラム、どのような出逢いになるのかご期待ください!

(日本センチュリー交響楽団 第262回定期演奏会 フライヤーより)

 

 

Program Notes

ペルト:フェスティーナ・レンテ
A.Pärt: Festina Lente

*小味渕彦之氏による楽曲解説

 

久石譲:Variation 57 ~2台のピアノのための協奏曲~(管弦楽版 世界初演)
Joe Hisaishi: Variation 57 -Concerto for Two Pianos and Orchestra-
(Version for Orchestra, World Premiere)

Variation 57は僕が主催しているMusic Future Vol.6のために2019年10月に2台のピアノとチェンバー・アンサンブルのために書き下ろした。今回その曲を2管編成のオーケストラのためのコンチェルトとしてRe-Composeした。

3楽章形式だが、第2曲は2分程度の短い曲で第1曲と第3曲のブリッジのような役割を果たしている。作曲のスタイルは僕が提唱しているSingle Track Musicという手法で構成している。ここでは和音がなく、ただ単旋律が変容しながら続いていく。だが、ある音が高音に配置され、またある音が低音に配置されると3声のフーガの様に聴こえ、発音時は同じ音でもそれがエコーのように弾き伸ばされると和音的効果も生まれる。

この曲でもその手法を基本としているが、第2曲はより自由な形式で和音もあり、奏者の即興性に委ねられている。初演は滑川真希、デニス・ラッセル・デイヴィス夫妻だったが、今回のコンチェルト・バージョンでは若い坂本姉妹が演奏する。YouTubeで観た演奏が良かったのでオファーした。

Variation 57は文字通り各楽章の3つのモチーフのほか、57のヴァリエーション(変奏)でできている。ニューヨークの57thストリートに滞在していた時に着想し、スケッチも書いたからである。また第3曲は2016年のダンロップのCM(福山雅治が出演)として書いた曲をベースに再構成した。

久石譲

 

プロコフィエフ:交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131
S.Prokofiev: Symphony No.7 in C-Sharp minor, Op.131

*小味渕彦之氏による楽曲解説

 

(Program Notes ~日本センチュリー交響楽団 2022年3月演奏会 カタログ より)

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

 

オーケストラ楽団の定期演奏会というのは、その地域に根づいたもので固定ファンが多いのも特徴です。そんな日本センチュリー交響楽団ファンの皆さんの定点チェックによりますと、観客8~9割、いつもより女性客多い、対向配置、そんなSNS投稿が飛び交っていました。

僕の定点チェックはというと、ステージマイク(前半あり/後半なし)、撮影カメラなし、弦10型、舞台に並んでいる楽器たちは、、とずいぶん違いますね。オーケストラファン視点と久石譲ファン視点、いろいろな見え方で浮き上がってくることも多くうれしく楽しいです。

 

ペルト:フェスティーナ・レンテ

静謐なる弦楽作品です。久石譲をきっかけにアルヴォ・ペルトを知ったという人も多いのでは、僕もその一人です。久石譲コンサートでもこれまでに複数作品が登場しています。この作品は「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.2」(2020)でもプログラムされました。

日本センチュリー交響楽団とは、「久石譲:I Want to Talk to You ~ for string quartet, percussion and strings ~」「久石譲:Encounter for String Orchestra」といった弦楽作品も共演しています。個人の印象ですが、センチュリーの弦楽はとても濃厚で重く勢いがある、とこれまでの演奏会を聴いて思ってきました。管弦楽(フルオーケストラ)のときもすごくパワーがある。こういった静かな作品でも、たしかな重み、たしかな存在感を感じる演奏でした。

楽曲解説やコンサート感想などはよかったら下記ご参照ください。そしてぜひ曲を聴いてみてください。

 

 

久石譲:Variation 57 ~2台のピアノのための協奏曲~(管弦楽版 世界初演)

久石譲の楽曲解説をなぞるように20回くらい読んで、曲を研ぎ澄ますように20回くらい聴いて。そうしたら何か少し見えてくるような気がします。全体の楽曲構成はアンサンブル版とほぼ同じか近いと思います。そして編成が拡大されたぶん、よりパンチの効いたダイナミックな響きになっていて、堂々たる管弦楽Single Track Music!そんな印象でした。実際に、なだれ込むように勢いよく終わる第1曲で盛大な拍手(まばらじゃない)が起こりました。

久石譲が提唱するSingle Track Music(単旋律)ですが、一番わかりやすいのは「Single Track Music 1」や「The Black Fireworks」あたりかと思います。純粋に単旋律の手法で貫いている(ほぼハーモニーも発生していない)。ただし、以降の作品を並べていくとその手法も定義も少しずつ広がっているように思います。単旋律の手法で統一されている、単旋律の手法がふんだんに(あるいはあるパートに)盛り込まれている。このあたりの《久石譲 Single Track Music》のカテゴライズは時期尚早、これから先まだまだ慎重に作品を系譜的に線で眺めていく必要がありそうです。「Variation 14」ではその手法が一部垣間見えるとか、新作「2 Dances」の楽曲解説でも、”単一モチーフ音楽、いわゆるSingle Musicといえる”という捉え方をしていたりもします。むずかしい。

この作品において。位置的には単旋律の手法がふんだんに盛り込まれているになるかと思います。もっと、単旋律の手法で貫いているに近いのかもしれません。アンサンブル版もオーケストラ版も、弦楽器などで単音をすーっと伸ばしている箇所が随所にあります。そうだもんだからいろいろな音が鳴るなか単音になってないよね、と思ってしまいそうですが、”発音時においては同じ音が鳴っている、瞬間的には同じ音しか鳴っていない”という単旋律の一面になっているのだろうと思います。

もう、めまぐるしく音が連なるなか、超スローモーションで解析しないと、たしかにどの瞬間を切り取っても同じ音しか鳴ってないね、とはわからないほどです。実際はルール破ってるんじゃないの?!(大変失礼)そんなイヤな見方をするのは僕くらいでしょうか。そんなことよりも、めまぐるしい音の連なりのなかから、音をいくつか抜き出していって違うフレーズを作ったり、リズムを生み出す旋律を作ったり。豊かな楽器と声部なのに、瞬間的には同じ音しか鳴っていない。ここに注目しないとです。みずから作ったルールでゲームを構築する、ゲームを展開する、新しいゲームの楽しみ方をみせる。

第2曲は、おもむろなピアノの同音連打に和音感も加わる短い曲です。これを聴きながら、曲想的に横揺れするような音像を感じたんですけれど、垂直的にストンと音たちが落ちていく(下に吸い込まれていく)ような音像になってもおもしろいなあ、と意味不明な妄想をしていました。

第3曲も、とにかく細かい音符のタイミングを合わせるのが大変、難所のオンパレードです。《久石譲 Single Track Music》はオーケストラがリズム感覚を磨くための現代の課題曲のようでもあると思ったりもしました。習得することで免許皆伝、久石譲作品はもちろん世界中の現代作品をリズム重視のソリッドなアプローチで表現できるようになる。そんなことを思いはじめると、現代の作品を遺すことに注力する久石譲と、現代の表現力を磨くオーケストラ、ちゃんと両輪になっているそんな気さえしてきます。スパイラルアップしていく創作と表現の追求。

 

 

アンサンブル版とオーケストラ版、早く聴きくらべたり聴き楽しめる日がくるといいなと思っています。聴くほどにかっこよさがにじみ出てくる。「2 Dances」あたりとつづけて聴きたい感じです。アンサンブル版はただ今特別配信されています。ぜひご覧ください。

 

単旋律についてのもっと詳しいことや、CD紹介などは下記ご参照ください。

Blog. 「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.7」コンサート・レポート

 

 

アンコール

マックス・レーガー:5つの絵画的小品 作品34より 第1曲

ソリスト・アンコールは、1台のピアノ連弾で披露されました。2分くらいの小曲でリズミカルにあっという間でした。なにかのインタビューで坂本姉妹お二人は、小さい頃からピアノのポジションが変わらないそうです。お姉さんが低音のほうだったかな(?)。久石譲作品のときにはプロのオーラあり、この連弾ではふっと気心知れたアットホーム感も伝わってくるようで。こうやって小さい頃からずっと一緒に演奏されてたんだろうなあという姿が見えるようでした。映画『羊と鋼の森』の姉妹は曲ごとにポジション入れ替わったりして遊んでいましたね。映画『羊と鋼の森』のエンディングテーマは「久石譲×辻井伸行:The Dream of the Lambs」でしたね。いや、思い出したことをそのまま口にしてしまいました。

 

ー休憩ー

 

プロコフィエフ:交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131

プログラム予定で初めて知った作品で、コンサート前に予習しながら初めて聴いた作品です。第一印象はとっつきやすい・とても現代的・色彩感のある作品、そんな印象でした。この作品には静かに終わるバージョンと急速に勢いよく終わるバージョンのふたつがある、そんなことだけ調べて聴き分けていました。

やっぱり生演奏!CDで聴くよりもダイレクトに感じるものがありました。明るくて、朗らかで、快活で。とてもハツラツとした作品で気持ちまで明るくなるようでした。僕の感想はこのひと言で終わりです。というのも、これ以上に言えることが見つかりません。初めての作品だから、なにかと聴き比べるものさしもないし(ベートーヴェンやブラームスなら多少は…)、作品解説や歴史背景のようなものもあえて深く掘りあてることはせず。コンサートをきっかけにこの作品に出会えたことで満足、そして会場で聴きながらそのとき春の芽吹きのようなものを感じれたことで満足です。

SNSでは”ここがこうだった”そんな特徴点をあげた感想もありました。久石譲×日本センチュリー交響楽団ならではの演奏だったこと、そしてアプローチやパフォーマンスに満足していることがわかるものたちばかりで、僕の見えない視点も解消してくれました。静かに終わるバージョンでした。

 

 

アンコール

ハチャトゥリアン:組曲『仮面舞踏会』より ワルツ

プロコフィエフ作品からつながる選曲なんだと思います。フィギュアスケート浅田真央選手が使用したことのある人気曲だそうです。ブラームス交響曲コンサートのときもアンコールでハンガリー舞曲、久石譲コンサートで「Merry-Go-Round(ハウルの動く城より)」がアンコール披露されることも。なんだか久石さん=ワルツで踊る指揮、そんなイメージもそろそろ定着しそう?

この曲を聴きながらこんなことをふと思いました。久石譲楽曲がアンコール推進されるときがきた。クラシック定期演奏会もそうですが久石譲FOCコンサートもそうです。古典作品をメインとしたコンサートではアンコールもクラシック作品から選ばれています。理由はもちろんわかります。プログラムの統一性、久石譲作品コンサートとの線引きなど。

でも本公演で仮面舞踏会を聴きながら、これがMerry-Go-Roundでも全然いいんじゃないかな、そう思ってしまったんです。それは久石譲の曲がもっと聴きたいとかそういうことよりも、いやそういうことはもちろん最初からある、作品のクオリティや作品の力として遜色ないということです。スタジオジブリ作品だからエンターテインメントだからここに持ってくるのはちょっと気が引けるなあ、と久石さんは言うかもしれない言わないかもしれない。でも、かねがねクラシック作品も当時のエンターテインメント作品ですよね。それを当時の現代作品として演奏していた歴史です。

クラシック演奏会で映画音楽やるのか、久石譲だからそんなこと許される、ほんとにそうでしょうか。久石譲という作曲家がタクトを振るコンサート、これこそが一番の強みです。だから前述した文言は、《クラシック演奏会でも自作の映画音楽を同じクオリティで聴かせてしまう、久石譲だから自作の現代作品を自らの指揮で披露できる》ここに早く照準を、これまでのアングルを調整して照準を合わせてほしいときがきた!そう強く思いました。

久石譲ファンの皆さんはどんな曲が浮かびますか? 僕ならパッと「World Dreams」「Dream More」「Le Petit Poucet」アンコールにもってこいな曲たちです。なんなら贅沢に「Merry-Go-Round」に匹敵するような新しいオリジナル曲をコンサートアンコール用に書き下ろす、大変失礼しました。

”オーケストラの魅力を発揮できる作品であれば、どんな作品でもプログラムする、その価値がある”、そんなことを言ったのは指揮者ドゥダメルだったか誰だったか忘れました。まさにです。そろそろクラシック演奏会もアンティークな品格に固執せずに…。久石譲音楽をプログラムするのは客入りのためなんて穿った見方もやめて…ダ・カーポ(D.C.;”オーケストラの魅力を発揮できる~” に戻る)。ワルツに踊る久石さんの指揮を見ながら、曲を聴きながら、こんなことをふと強く思った瞬間でした。

….「ハチャトゥリアン:仮面舞踏会」のたたみかけてくるメロディも頭から離れなくなります。すごいパワーをもった曲です。

 

 

コンサートに行くと、必ずなにか新しい出会いがある、発見がある、感動がある。そして少しひとつ音楽生活が、自分のなかの音楽が豊かになっていく。いいですよね。今回のコンサートもそうでした。くわえて音楽のほかにも、かねてからSNSでつながっていたファンの方とリアルにお会いすることもできました。初対面ということもあってせっかくのコンサートなのにいらぬ緊張感や疲労感を与えてしまったのではないかと反省しきり….。そういうことも乗り越えながら!? SNSの楽しみ方とリアルの楽しみ方をお互いができたらいいなあと….どうぞお付き合いいただけたら。よくよく、久石譲ファンじゃなければ出会うことのない人たちと、僕は出会い時間をともにしなにかしら影響されています。出会うことのなかった人たちを今は実際に知っている。これってすごいことですよね。そんな幸せをありがたくかみしめています。

 

 

怒涛のコンサートラッシュ、数日後の3月6日には周南特別演奏会、3月8日には豊中特別演奏会です。以降も9月の定期演奏会でシューマン交響曲ツィクルス始動、2023年は九響との合同演奏会と、久石譲×日本センチュリー交響楽団のコンサートはつづいていきます。これまでの歩みとこれからの歩みをチェックしましょう。

CONCERT 2020-

 

 

本公演関連

 

 

久石譲×日本センチュリー交響楽団 レポート

 

 

 

久石譲オフィシャル、日本センチュリー交響楽団オフィシャル、各SNSでリハーサルから終演後までワクワクする投稿が溢れていました。たくさんの写真のなかから少しセレクトしてご紹介します。今後のコンサート情報や日頃の音楽活動など、ぜひ日常生活のなかでいろいろチェックしていきましょう。

 

リハーサル風景

from 日本センチュリー交響楽団公式ツイッター

 

from 久石譲公式ツイッター

 

from 日本センチュリー交響楽団公式ツイッター

 

公演風景

from 坂本彩 ツイッター
https://twitter.com/ayasakamoto

 

from 坂本リサ ツイッター
https://twitter.com/risakumapf

 

from 久石譲公式ツイッター

 

from 久石譲本人公式インスタグラム

 

久石譲公式ツイッター
https://twitter.com/official_joeh

久石譲本人公式インスタグラム
https://www.instagram.com/joehisaishi_composer/

久石譲公式フェイスブック
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日本センチュリー交響楽団公式ツイッター
https://twitter.com/Japan_Century

日本センチュリー交響楽団公式フェイスブック
https://www.facebook.com/JapanCentury

 

 

 

 

2022.03.10 update
追って公開された写真からいくつか紹介します

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

Blog. 「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4」コンサート・レポート

Posted on 2022/02/16

2月9日開催「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4」コンサートです。当初予定からの延期公演です。プログラムも新たにアップデートされリアルチケットは完売御礼。さらに、Vol.2,3に引き続いてライブ配信もあり、国内外からリアルタイム&アーカイブで楽しめる機会にも恵まれました。

 

 

久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4

[公演期間]  
2022/02/09

[公演回数]
1公演
東京・東京オペラシティ コンサートホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:Future Orchestra Classics
コンサートマスター/ヴァイオリン・ソロ:近藤薫

[曲目] 
レポ・スメラ:Musica Profana
久石譲:Winter Garden

—-intermission—-

ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 Op.90

—-encore—-
ブラームス:ハンガリー舞曲 第6番 ニ長調

 

 

 

まずは会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

Future Orchestra Classicsの第4回目のコンサートを迎えることができました。大勢のお客様がご来場されたことに心から感謝いたします。

ブラームス交響曲ツィクルスの今回は第3番です。他に僕の「Winter Garden」、スメラの弦楽合奏曲「Musica Profana」といつも通り現代と古典楽曲を組み合わせたプログラムを用意しています。

ブラームスの第3番を演奏するたびに僕は高畑勲さんとのやりとりを思い出します。

映画「かぐや姫の物語」のファイナルダビングの最中、ロビーでこの第3番のポケットスコア(総譜)を勉強していたところ、通りかかった高畑さんが嬉しそうにそのスコアの最終ページを指差し、「ここですよ!ここ!第1楽章のテーマがまた出てきて!・・・・最高なんですよ!」。僕は呆気に取られていたのですが、同時に高畑さんの音楽に対しての深い造詣、もちろん映画、美術、文学に対してもそうなのですが、心から楽しんでおられた姿に感動しました。

高畑さんが愛してやまなかったこの楽曲を、今晩皆さんの前で演奏できることを本当に嬉しく思っています。

最後に、今とても長い冬が続いています。
が、春はもうすぐ訪れます。
頑張っていきましょう!

2022年2月初旬 久石譲

 

 

レポ・スメラ:Musica Profana(1997)

エストニアのレポ・スメラ(1950-2000)は、アルノルト・シェーンベルクの対位法を研究するなど、現代音楽の技法をベースに、交響曲から映画音楽まで幅広く表現してきた作曲家。晩年はコンピューターを用いた曲作りにも傾倒し、人間の心臓の鼓動を使った「Heart Affairs」を発表するなど、意欲的な試みを続けてきた。

室内楽の作曲家としても評価が高く、スメラの楽曲は世界中で演奏されている。「Musica Profana」もその一つで、イタリア語で”世俗音楽”と名付けられたこの曲は、すべてのパートが同じモチーフで力強く進行しながら、中間部より高音部パートに遅れて低音部パートが追いかける構成で、バロック時代の弦楽協奏曲を彷彿とさせながら、高揚感とエネルギーを獲得している。一方で、リズミカルな流れは突如、反射的に停止し、中断を繰り返しながら進行する。映画音楽のようなこの手法は、スメラが他の楽曲でも用いてきたもので、音の運動性を研究し尽くした作曲家ならではの魅力に溢れている。

 

 

久石譲:ウィンター・ガーデン(2014年版)
Joe Hisaishi:Winter Garden (2006/2014)
・1st movement
・2nd movement
・3rd movement

「Winter Garden」は、2006年に鈴木理恵子さんのSolo Album用にヴァイオリンとピアノのために作曲したもの(全2楽章)をベースにして、ヴァイオリン・ソロとオーケストラの小協奏曲として、2010年の改訂の際に新たに第3楽章を付け加えた。さらに2014年に大幅改訂し、よりヴァイオリンとオーケストラのコントラストを際立たせつつ、ミニマルの手法になぞらえた作品とした。

8分の15拍子の軽快なリズムをもった第1楽章、特徴ある変拍子のリズムの継続と官能的なヴァイオリンの旋律による瞑想的な雰囲気を持つ第2楽章。そして第3楽章は、8分の6拍子を基調とし、ソロパートとオーケストラが絶妙に掛け合いながら、後半はヴィルトゥオーゾ的なカデンツァをもって終焉へと向かっていく。

ヴァイオリン・ソロを担当するFOCのコンサートマスターである近藤薫の演奏を心から楽しみにしている。

久石譲

 

 

ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 作品90

*寺西基之氏による一頁楽曲解説

 

(「久石譲 FUTURE ORCHESTRA CLASSICS Vol.4」コンサート・パンフレットより)

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

 

レポ・スメラ:Musica Profana(1997)

約12分の作品です。久石譲がホットに取り上げている作曲家レポ・スメラは、前回FOC Vol.3「交響曲 第2番」(2021.7開催)、日本センチュリー交響楽団定期演奏会「チェロ協奏曲」(2021.9開催)、MF Vol.8「1981 from “Two pieces from the year 1981”」(2021.10開催)、これらのプログラム歴を見てもよくわかると思います。

そして今回、この作品を聴いてみると、久石譲が取り上げている理由も説明の必要ないくらいよくわかる、肌でひしひし感じることができました。久石譲作品と並列してもなじみよく親近感すら感じてくる作品です。

楽曲解説からふれると「すべてのパートが同じモチーフで力強く進行しながら~」、ときに全奏者で一斉にユニゾンする旋律の圧力たるやすごいです。まるで太い一本の稲妻のよう。そして声部(楽器パート)が枝分かれしていくさまもまた稲妻の閃光が散っていくようです。一気に弦楽オーケストラのうねりに引き込まれていきます。

楽曲解説からふれると「中間部より高音部パートに遅れて低音部パートが追いかける構成で~」「一方で、リズミカルな流れは突如、反射的に停止し、中断を繰り返しながら~」、このあたりを言葉で眺めてみても、久石譲のあの作品もそういうところあるよね、と曲が浮かぶ人いるかもしれませんね。この作品は、どの箇所のことかすぐに見つけることができるくらい明快な構成を聴きとることができると思います。

楽曲解説からふれると「音の運動性を研究し尽くした作曲家ならでは~」、今の久石譲の志向性からも俄然近しい距離感に感じているのかもしれませんね。この1~2年で驚異の短期間に発表された久石譲:交響曲第2番・第3番も運動性をコンセプトに追求した作品づくりになっています。

ほんと弦楽オーケストラらしい作品だなと思います。たとえばデッサンを鉛筆や木炭を使って巧みに表現するような趣を感じます。弦楽合奏なので楽器の色彩感はないけれど、モノクロだけで鋭角な線を描いたり(たとえばヴァイオリンだけで鋭く)、太く(力強くユニゾンで)、ぼかしたり影をつけたり錯覚効果を狙ったり(旋律のズレやハーモニー)、輪郭線をはっきりさせたり(アクセントやフレージング)。そんなことをイメージクロスさせながら聴くと、久石譲作品「Encounter for String Orchestra」「I Want to Talk to You ~ for string quartet, percussion and strings ~」なんかもまたおもしろい出会い方があるかもしれませんね。そして未音源化の「螺旋」という弦楽作品もまだまだ控えているのです。

現代作品であり演奏も現代的です。リズムを重視したソリッドなアプローチは一貫しています。「タ~ラッ」となりそうなところも徹底的に「タッタッ」と横に流れない縦のラインをきっちりそろえたパフォーマンスは意識向きだすと病みつきになってきます。たとえば、音楽に乗って体が横に揺れてリズムとっているなら「タ~ラッ」、一方で首を縦に振ってリズムをとっているなら「タッタッ」となる、そんなイメージです。ただこれを一貫してキープするのはとてもとてもな集中力です。たとえ聴いている人でも、一曲のなかで体は横にも縦にも動きながらリズムにのっているのが普通ですよね。

リズムを刻む動パートであっても、ゆるやかな静パートであっても、旋律に抑揚をつけたりだんだん大きくしたりしていないのは、かなり徹底していたんじゃないかなと推測です。同じ強さと大きさですーっと伸びている。あくまで高音から低音までの楽器の出し入れで音の大きさや厚みをつくっている。その効果を狙っているからこその弦楽合奏。そんなこともまた感じました。

コンサートマスターの近藤薫さんは、次の演目でヴァイオリン・ソロを担当することもあって、この作品にはいませんでした。協奏曲をプログラムしたクラシック演奏会ではよく見られる光景です。このあとに向けて集中力高めてスタンバイしているところです。

 

 

久石譲:ウィンター・ガーデン(2014年版)
Joe Hisaishi:Winter Garden (2006/2014)

約20分の作品です。そういうこともあってか久石譲は「小協奏曲」と控えめに(?)言っているのでしょうか(?)。小協奏曲の概念にはいろいろ分類パターンがあるようですが、正確には20分を切りそうなこの作品はおそらく時間的な尺度から「小」としているのだろうと思います。久石譲作品「コントラバス協奏曲」や「The Border(ホルン協奏曲)」は約25-30分の作品です。時間というのは作品の大きさを表すうえで作曲家にとって大切なひとつだと思います。ですが!!とっぱらってもらって「協奏曲」でいい!!堂々たる「ヴァイオリン協奏曲」だ!!という強い気持ちを語っていきたいと思います。

 

その前に作品経歴です。

楽曲解説からふれると「2006年に鈴木理恵子さんのSolo Album用にヴァイオリンとピアノのために作曲したもの(全2楽章)をベースにして、ヴァイオリン・ソロとオーケストラの小協奏曲として、2010年の改訂の際に新たに第3楽章を付け加えた。さらに2014年に大幅改訂し~」、このとおりです。

・2006年 CD発表(Vn&Pf版)
・2007年 WDO(Orchestra版 全2楽章)
・2010年 WDO 豊嶋泰嗣
・2014年 ジルベスター 岩谷祐之
・2016年 上海 五嶋龍
・2022年 FOC 近藤薫

すごいですね。演奏機会は少ないなか日本を代表するヴァイオリン・トッププレーヤーがこの作品を演奏してきたことがわかります。今回満を持してFOCで披露となったわけですが、同時にそれは秘められてきた珠玉の作品が光放たれる瞬間でもありました。

 

・室内交響曲 for Electric Violin and Chamber Orchestra(2015)
・Contrabass Concerto(2015)
・室内交響曲第2番《The Black Fireworks》〜バンドネオンと室内オーケストラのための〜(2017)
・The Border Concerto for 3 Horns and Orchestra(2020)

これから先リリースされる日が来たとしても(いや来ますよね願)、オーケストラ版全3楽章となった2010年を点としても、作品系譜としては一番若い作品になります。これは久石譲作品を線でつなげていきたい人は押さえておきたい。もし仮にいうなれば、《協奏作品 第1番》それが「Winter Garden」にほかなりません。

 

もっと。

”実はこの「Links」を作る前に「Winter Garden」というヴァイオリンとピアノのための曲を書いたのだが、変拍子のリズムと、それでも違和感が無いメロディーが合体するヒントが掴めた。それと同じアプローチでオーケストラに発展させたものが「Links」だ。この「Links」を書いたことによって、徐々に自分の中でミニマル・ミュージックへ戻るウォーミング・アップが出来た。”

(『Minima_Rhythm ミニマリズム』CDライナーノーツより 抜粋)

 

そうなんです。「Winter Garden」があったから「Links」があるんです。そして「Orbis」「The End of The World」「Sinfonia」輝かしい久石譲オリジナル作品群の新しい歴史が進んでいくことになります。「Links」も8分の15拍子の曲です。Winter Garden 第1楽章のリズムのとり方とはまた違うからおもしろい。

 

 

第1楽章
1st movement

急緩急の全3楽章の第1楽章は、口ずさみたくなるくらい印象的なモチーフから始まります。8分の15拍子を基調としていますが、リズムは2・2・3/2・3・3で取っています。モチーフを分解すると7拍と8拍(15拍子=1モチーフ)に大きく切り分けることができます。そこに斜線を入れました。ここで注目してほしいのが、後ろの8拍のところは4拍子のような2・2・2・2じゃなくて2・3・3でリズムに乗りましょう。このグルーヴ感は曲が進行するなかでよりはっきりと活きてきます。

基本モチーフはすぐにオーボエやフルートに引き継がれていって変化していきます。ソロ・ヴァイオリンはずっとメロディを歌っていることはなく、メロディとリズミカルに掛け合ったりと、ソロ楽器とオーケストラが主従関係(主旋律・伴奏)に定まらないのが久石譲協奏作品のうれしい特徴です。

オーケストラが大きくふくらむパート(1分半経過あたり)で、ティンパニやテューバがリズムを打ち鳴らしています。ここ2・2・3/2・3・3のリズムのとり方が一番わかりやすいですね。この前もこの後も、15拍子になってるところはほとんどそうです。なにかしらの楽器で伴奏的リズムを2・2・3/2・3・3で刻んでいると思います。ぜひ探してみてください。指揮姿からもわかるかもです。第1楽章に秘められた高揚感です。

ヴァイオリンをフィーチャーした「Untitled Music」という作品もそうですが、トライアングル・ピアノ・チェレスタ・ハープ・グロッケンシュピールなど、キラキラ輝いた印象のオーケストレーションが魅力的です。まるで雪が反射して煌めいているようです。さりげなく随所に配置されているピッツィカートも巧妙です。冬感たっぷりに散りばめられています。

 

第2楽章
2nd movement

緩徐楽章ともいえる第2楽章は、ヴァイオリンのたゆたう旋律に誘われるままに、なにか深いところへ深いところへと。くり返される漂うハーモニーに危うい雰囲気を感じながらもカウベルの響きが心地よさを、その両極なふたつが溶け合っていくようです。

目立ちにくい楽章ですが、こういった楽想は久石譲作品にみられるひとつの特徴です。『DEAD』より「II. The Abyss~深淵を臨く者は・・・・〜」、『The End of the World』より「II. Grace of the St. Paul」、『THE EAST LAND SYMPHONY』より「II. Air」など。メランコリックだったり瞑想的な雰囲気をもつ楽章があります。現実と夢、現実世界と異界、というようにひとつの作品に別世界を持ち込むといいますか、異なる空間軸や時間軸な次元を描くといいますか。そうして楽章間や作品そのものを有機的につなぐ役割を果たしているようにも感じてきます。あらためて気に留めてそんなことも思いながら。大切に聴きたい楽章です。

 

第3楽章
3rd movement

ワクワク止まらないイマジネーション豊かな第3楽章です。聴き惚れて満足しきり、感じたことをたくさん書きたいところですが、ちょっとぐっとこらえます。少し背伸びして音楽的にこう聴いてほしい3つに絞って進めます。感じるままに聴きたいんだ!という人もいるでしょうが、よかったらお付き合いください。

1.基本モチーフはスケールそのまま。

冒頭からヴァイオリンの基本モチーフが現れます。音をなぞっていてビックリしました。これホ長調のスケールそのままなんです。F#-G#-A-B-C#-D#-E,D#,E(ファ#-ソ#-ラ-シ-ド#-レ#-ミレ#ミ)です。文字だとわかりにくい。

 

ミからはじまる、ドレミファソラシドの響きと思ってください。イントロ導入が弦楽器トレモロのE(ミ)で通奏しているなか、基本モチーフが次のF#(ファ#)からそのまま上がっていっています。だからスケール(音階)そのままなんです。すごい!

もっとすごい!冒頭の基本モチーフは2回繰り返しています。なんと2回目は1音違っています。これは音をさらっていかないとなかなか気づかないことかもしれません。AがA#に変化しています。基本モチーフ1回目「F#-G#-A-B-C#-D#-E,D#,E」2回目「F#-G#-A#-B-C#-D#-E,D#,E」です。この一音のズレは絶妙です。生楽器で奏するからこその微妙なピッチのズレを生かした得も言われぬ揺らぎやハーモニーをつくることになります。指の位置で音程を探るヴァイオリンだからこそこの半音ズレたまりません。音程をつくる管楽器もそうですね。ピアノなどの打楽器だと鍵盤おすと誰でも同じ音程の音が出せるからまた違ってきます。気づかないほどに微細な変化、奏者や楽器ごとに生まれる音程のニュアンス、無意識な違和感をつくる仕掛けと奥ゆかしく広がるハーモニー。すごい!!

 

 

2.基本モチーフはアウフタクト。

休符からはじまります。小節の頭が1拍お休みなので、ン・F#-G#- ン・A-B- ン・C#-D#-E,D#,E ですね。それはなんとなく聴いててわかるよ。そうなんです。この第3楽章は8分の6拍子ですがリズムが裏なんです。1・2・3・4・5・6/1・2・3・4・5・6 この2小節分で基本モチーフ、休符から始まっているのでアクセントも小節の頭じゃなくて1・2・3・4・5・6/1・2・3・4・5・6 と裏拍になっています。これがシンコペーションになって躍動感を生みだしているように感じます。モチーフは転調を繰り返しながら変化していきます。8分の6拍子を基調としながら変拍子もはさみます。

3.リズムも裏拍で。

中間部の展開するパート(4分経過あたり)、低音「ド・シ♭・ド・や・す・み」と力強くどっしり刻んで進んでいきます。ふつうに聴いていると、歩くようにドン・ドン・ドン[1・2・3・4・5・6]と頭でリズムをとってしまいそうになりますが、ここも裏拍です。なので正解は(ン)ド・(ン)シ♭・(ン)ド [1・2・3・4・5・6]となります。このリズム感をつかんでくると快感すらおぼえてきます、きっと。このグルーヴ感を見失わなずにカデンツァ前までいけたらもうばっちりです。とびきりのウィンター・ガーデン広がっています。

 

とにかく聴くたびにどんどん喜び溢れてきます。発見も溢れてきます。近藤薫さんのカデンツァの完璧さに圧倒されたなんて言うまでもありません。すごすぎて体震えて目も見開いて次第に顔もほぐれて緩んでいったしかありません。雪のなかの炎のように熱かったです。

2000年代からの指揮活動も影響を与えていると感じられる色彩感に満ちたオーケストレーション。そしてストレートなミニマル手法がたっぷり堪能できる作品です。現代誇る新しいヴァイオリン協奏曲のレパートリー登場です。広く演奏してほしいずっと聴かれてほしい作品です。記憶に新しい「コントラバス協奏曲」の石川滋さん、「ホルン協奏曲」の福川伸陽さんもメンバーにいるなんて豪華すぎます。久石譲と一心一体FOCのパフォーマンスで音源化されることを心から楽しみにしています。

 

 

さて、ここからメインディッシュきます。もうお腹いっぱいですか、そしたらまた明日にでも。油っこくならない加減でご用意はしたつもりです。デザートも春めいたお味かもしれません。

 

 

ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 作品90

ブラームスは○○だ!

FOCは室内オーケストラに近いですが本公演はなんと弦8型。コンサート・パンフレットからメンバー一覧/編成表をみると第1ヴァイオリン8人、第2ヴァイオリン8人、ヴィオラ6人、チェロ5人、コントラバス5人となっています(管楽器は2管など通常編成)。交響曲第1番・第2番はたぶん弦10-12型だったと思うので、FOC史上一番コンパクトな編成で臨んだ第3番です。これがすべての感想に結びついていく最大ポイントです。

FOCは立奏スタイルなので、体で重心かけて大きく響かせられる、高い位置から音が出るので遠くまで飛ばせる、リズム重視のソリッドなアプローチにも適している、視覚的にも動き大きく見せれて躍動感や臨場感たっぷり。そんなメリットがあるように思います。そして、ブラームスも想定して書いたと言われる対向配置。よく響くホールもあいまって、プログラム前半2作品もふくめてボリュームや体感に物足りなさを感じるなんて決してなかったと思います。

第1楽章からダイナミックな音圧で迫ってきます。そして同時に、ブラームスこんなに細かく振り分けてたんだとわかってうれしくなるほどパートごとによく聴こえてきます。第2楽章の管楽器と弦楽器のかけあいもそうですが、室内楽な構成というか響きを感じる作品だとわかります。第3楽章のブラームスきっての美しい旋律も、とろけるようなホルンはもちろん、オーボエやクラリネットなど木管楽器たちがメロディを受けつないでいくさまも美しい(ライブ映像のカット割りもそうでした)。第4楽章の駆け抜けるような速さ、みなぎる推進力、そして川の流れを思い浮かべるような終結部。

交響曲第3番において、楽章ごとのコントラストが素晴らしかった。とりわけアンサンブルしているのがよくわかるFOCパフォーマンスでした。もしひと言でいうなら親密さ、そう楽器間の親密さが極上に伝わってくる。古典回帰といわれたブラームス、でもやっぱりロマンな人なんだな、それがたまらなくわかる演奏を聴かせてもらった気分です。

ブラームス交響曲ツィクルスにおいて、作品ごとのカラーをしっかり打ち出しているように思います。「ベートーヴェンはロックだ!」のようなわかりやすいキャッチコピーはありません。最もその作品を表現できる編成とアプローチでそれぞれ臨んでいるように感じます。このダイナミックさを聴かせられると、交響曲アルバムによくカップリングされる「大学祝典序曲」や「悲劇的序曲」も聴きたくなってきます。このアンサンブル力を聴かせられると、バロックの面影のこる気品「セレナード第1番・第2番」も聴きたくなってきます。そのどれもがFOCの魅力をいかんなく発揮できるとともに、新風を巻き起こしてくれそうな作品たちです。

次回のFOC Vol.5(2022.7開催予定)は、いよいよフィナーレ交響曲第4番です。ほかにどんな作品がプログラムされるのか、気は早いですがその後の展望は、ブラームス交響曲全集は、とにかく目が離せません。ブラームスは○○だ、いつか久石さんにその魅力をたっぷり語ってほしいです。

 

(余談1)

ロータリートランペットとウィーンティンパニ。前回Vol.3で気になって、それから少し学んだこと、文量が過ぎるので次回にまわしたいと思います。交響曲第3番はそんなにティンパニ炸裂しないですしね。

(余談2)

僕の隣に座っていた人、ブラームスの曲にあわせてリズムとったり体が動いていました。ブラームス好きな人が聴きに来てるんだなあとうれしくなりました。そして大きな拍手を送っているのをみてブラームス好きも大満足だったんだなあとうれしくなりました。

 

 

アンコール

ブラームス:ハンガリー舞曲 第6番 ニ長調

緩急ある起伏に富んだ曲はFOCの個性豊かなパフォーマンスにもぴったりです。

どうしても好奇心から、なんで今回第6番を選んだんだろう(前回FOC Vol.3は第17番)と探求したくなってきます。全21曲あるハンガリー舞曲で有名なのは第5番、第6番、第1番とつづくようで、そのくらいポピュラーな曲とあります。知らなかった。もちろんそれだけではないような気もしてきます。調べていくととても興味深いことを発見しましたので、ここに背筋のばしてご報告いたしますっ。

この曲なんと1967年2月にNHKみんなのうたで放送されていた、歌になっていた曲だったんです。「ふるさとの空は」(作詞:峯陽/作曲:ハンガリー民謡)とありがちな作者クレジットになっていますが、この曲がハンガリー舞曲第6番であることもまた周知のことのようです。

歌詞に注目しました。2番の歌詞に「春を待つ 歌声聞こえて来る朝は 春が来たぞと 足を踏み鳴らして みんなで 歩き回るよ ~」とあります。久石さんとしてはこれも言いたかった、伝えたかった選曲なんじゃないかなと勝手にじんわり震えてきました。コンサート・パンフレットの挨拶むすびにこうあります「春はきっと訪れます」と。この想いを音楽に託したんじゃないかな、とそう勝手に受け取らせてください。明るく快活なこの曲、前向きに明るくなって心軽やかになってきます。いろいろなパフォーマンス動画をすぐに見つけることできる歌だと思います。春を待ちわびる気持ちで一気にこの曲第6番が好きになりました(単純です笑)。

 

 

会場では開演前の胸躍る期待や楽しみ感を表現できない昨今ですからね。「会話もなるべくお控えください」アナウンスな昨今ですからね。ちょっと緊張気味にはじまった本公演でしたが、会場もプログラムが進むごとに温まっていき、最後には熱い拍手のやまない空間となりました。そうして再登場して笑顔で応えてくれた決定的瞬間はぜひ下の公演風景(from公式SNS)から味わってください。

 

メンバーに感想を伝えたい。

クラシック・ファンには顔なじみの豪華メンバーが結集したFuture Orchestraです。FOC/MFとどちらにも登場していたり、久石譲とよく共演するオーケストラに在籍していたりと、久石譲ファンでも少しずつ顔を覚えていけそうな皆さんです。きっと、好きな奏者や好きな楽器の音色で気になっている人もいるんじゃないでしょうか。

終演後感想ツイートしていた方もいます。そこへ僕はコメント返してリアクションさせてもらいました。もちろん面識ない方が多いです。それなのにいきなり、普通なら失礼にあたるかもしれない、なんだこいつ誰、そうなんだけど、、それができるのもまたSNSです。せっかくチャンスあるなら伝えたい、感動やお礼をひと言でも伝えられるなら、勢いにまかせたっていいじゃないか!(笑)そういう温度感だけでも届けることできたならうれしいそう思っています。

メンバーは公演ごとに流動的だったり網羅はできませんので、ファンサイトのツイッターやりとりでもご参考いただけたら。[ツイートと返信]をのぞいてもらうと、どんな方がいらっしゃるかきっかけになるかもしれません。そして気になる演奏家をフォローしたら、在籍オーケストラや活動プロジェクトの情報をキャッチできるようになりますね。どんどん広がっていきます。これからはますます、届けることに意味がある、そう思ってアクティブにいきたいところです。感動や感謝を伝えられるってよくよく幸せなことだなあと。

 

久石譲ファンサイト 響きはじめの部屋ツイッター
https://twitter.com/hibikihajimecom

 

 

みんなの”FOC Vol.4”コンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

 

久石譲公式SNSには、それぞれに違う写真や動画が投稿されていたりします。ぜひくまなくチェックしてください。

 

リハーサル風景 / 公演風景

ほか

リハーサル風景動画もあります

from 久石譲本人公式インスタグラム
https://www.instagram.com/joehisaishi_composer/

 

 

ほか

from 久石譲オフィシャルTwitter
https://twitter.com/official_joeh

 

 

ほか

from 久石譲コンサート@WDO/FOC/MF公式Twitter
https://twitter.com/joehisaishi2019

 

 

ほか

from 久石譲オフィシャルFacebook
https://www.facebook.com/JoeHisaishi.official

 

 

 

みんなの”FOC Vol.4”コンサート・レポート、ぜひお楽しみください。

 

 

FOCシリーズ

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

Blog. 「レコード芸術 2021年12月号」久石譲 presents MUSIC FUTURE V 新譜月評・評

Posted on 2021/11/21

クラシック音楽誌「レコード芸術 2021年12月号 Vol.70 No.855」(11月20発売)、新譜月報コーナーに『久石譲 presents MUSIC FUTURE V』が掲載されました。

 

 

新譜月評
久石譲 presents ミュージック・フューチャー V

 

準 長木誠司
久石譲主宰のシリーズ7回目のコンサートのライヴ。CDとしては第5集になる。久石自身の作品を含め、ミニマルのスタイルを基本とする作品が演奏されている。久石の《2 Pieces 2020》は第2集に含まれていた同曲の改訂版。ノリのよい反復が続く。マウスピースのみの使用による人声的な金管のアイディアなど、機転を利かせた取り組みは、聴きやすさのなかにほんのちょっと楔を入れる。アダムズの《Gnarly Buttons》はクラリネット・ソロのジャジーなパッセージが快適だし、トロンボーンなどとのかけあいも楽しいが、サンプリング・キーボード2台をはじめ、けっこう手間のかかる曲。《クリングホファー》以降の1990年代のアダムズを特徴づけるネックとも言える作品で、それだけを論じた博士論文さえ書かれている逸品。タイトルはクラリネットを木のフシや瘤のようなボタン付きの楽器に見立てたもので、アルツハイマーによる父親の死がきっかけのようだが詳細は不明。演奏は異なった気風の3楽章とも、ミランダのソロ、アンサンブルともに見事。デスナーの《Skrik Trio(叫びの三重奏)》は弦楽トリオ編成だが、いわゆるミニマルの反復から若干はずれた強い表出力を持つもので、このシリーズで採り上げられる作品のスタイルの幅を示していて、なかなか濃厚な口直し。最後の久石の《Variation 14 for MFB》はもともと交響曲第2番の第2楽章。琉球音階めいた南方的素材の補塡的リズムによる、緊張を伴う展開。

 

準 白石美雪
久石譲の自作自演を軸とする「ミュージック・フューチャー」シリーズの第5集目。昨年11月、よみうり大手町ホールでのコンサートのライブ録音である。久石の近作とミニマル・ミュージックの流れをくむ作曲家の曲をまとめた聞きやすいラインアップに魅力がある。久石が7年前に創設したミュージック・フューチャー・バンドはミニマリストの多様な作品を演奏してきたためか、ここでもこなれたレアリゼーションをみせている。アダムズの《Gnarly Buttons》はいわゆるポスト・ミニマルの書法から、作曲家が解き放たれていく時期の作品。反復音型は使われているものの、意匠を凝らしたミニマリズムというより、アメリカニズムを彩る伴奏音型の一つとなっている。第2楽章に現れるバンジョーの響き一つで、砂ぼこりのたつアメリカの平原とか、干し草が積まれた農家の納屋などが目に浮かぶ。アダムズの少年時代へのノスタルジーを感じさせる音楽で、「アメリカらしさ」にこだわった1曲。M・P・ミランダの独奏クラリネットが曲の魅力を引き出している。デスナーの《Skrik Trio》はロックのテイストを感じさせる曲。テクスチュアは意外に複雑で聴き応えがある。久石の《2 Pieces 2020 for Strange Ensemble》はごつごつした肌合いの音楽。ぼこぼこと穴の開いたユニークな音響空間は特殊な楽器の組み合わせから生まれるのだろう。《Variation 14 for MFB》はエスニックな楽想を織り交ぜた抒情的な部分が面白い。

 

[録音評] 山ノ内正
多様な楽器の組み合わせながら全パートの動きを細部まで聴き取ることができる。特にギターやマンドリンなど、相対的に音量が小さい楽器の音が他に埋もれず浮かび上がることに注目したい。アダムズの作品ではクラリネットやトロンボーンなど重要な役割を演じる楽器を鮮明にとらえるとともに、アンサンブル全体の響きが偏ることはなく、作品の構造を把握しやすい。SACDは管楽器群の音色が柔らかく、発音の明瞭さと楽器イメージに立体感が両立する。DSD11.2MHzにおるライヴ録音。

(「レコード芸術 2021年12月号 Vol.70 No.855」より)

 

 

 

 

 

 

 

Blog. 「久石譲指揮 新日本フィル 第637回定期演奏会」コンサート・レポート

Posted on 2021/09/14

9月11,12日開催「久石譲指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 第637回 定期演奏会」です。新型コロナウィルスによる緊急事態宣言を受け観客上限50%となりましたが、それよりは少し多く客席うまっていたようにも思います。要請前に販売しているものはOKという補足事項もあったのかもしれません。それだけ早い段階から期待と注目を集めていた演奏会ともいえますね。

いつもの久石譲コンサートとは違って、新日本フィルのお客さま、そんな印象を受けた会場内でした。一方では、新日本フィルご愛顧のお客さまから見ると、今日はいつもとは違った顔ぶれや客層だな、とも感じられたようです。いろんな血が通うというか、風通しのよい新鮮な空気が循環するようで、いいですよね。

 

 

新日本フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会 #637

[公演期間]  
2021/09/11,12

[公演回数]
2公演
9/11 東京・すみだトリフォニーホール
9/12 東京・サントリーホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙

[曲目]
新日本フィル創立50周年委嘱作品
久石譲:Metaphysica(交響曲第3番) *世界初演
I. existence
II. where are we going?
III. substance

—-intermission—-

マーラー:交響曲 第1番 ニ長調 「巨人」

 

 

 

さて、個人的な感想はひとまず置いておいて、会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

Program Notes

■ 久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

Metaphysica(交響曲第3番)は新日本フィル創立50周年を記念して委嘱された作品です。新日本フィルとはもうかれこれ30年くらい一緒に演奏していて、お互いをよく知っています。シーズンのオープニングコンサートでこの新作とマーラーを演奏することは大きなプレッシャーもありますが、最大の楽しみでもあります。

新作は2021年4月末から6月にかけて大方のスケッチを終え、8月中旬にはオーケストレーションも終了し完成しました。前作の交響曲第2番が2020年4月から2021年4月と1年かかったのに比べると約4ヶ月での完成は楽曲の規模からしても僕自身にとっても異例の速さです。

楽曲は4管編成(約100名)で全3楽章からなり約35分の長さです。この編成はマーラーの交響曲第1番とほぼ同じであり、それと一緒に演奏することを想定して書いた楽曲でもあります。

当然何らかの影響はあると思います。

僕の尊敬する作曲家デヴィット・ラング氏は「ミニマル系の作曲家は一つの楽曲をできるだけ単一要素で乗り切ろうとあらゆる手を尽くして作曲するけど、マーラーは次々に新手のテーマを投入して楽曲を構成するから羨ましい」とジョークまじりに話していましたが、これがミニマルミュージックと他の音楽の大きな違いです。

その全く違うタイプの楽曲を組み合わせることでかつて経験したことのないプログラムになればと考えています。

Metaphysicaはラテン語で形而上学という意味ですが、ケンブリッジ大学が出している形而上学の解説を訳すと「存在と知識を理解することについての哲学の一つ」ということになります。要は感覚や経験を超えた論理性を重視するということで、僕の場合は音の運動性のみで構成されている楽曲を目指したということです。

I. existence は休符を含む16分音符3つ分のリズムが全てを支配し、その上にメロディー的な動きが変容していきます。

II. where are we going? は26小節のフレーズが構成要素の全てです。それが圧縮されたり伸びたりしながらリズムと共に大きく変奏していきます。

III. substance は ド,ソ,レ,ファ,シ♭,ミ♭の6つの音が時間と空間軸の両方に配置され、そこから派生する音のみで構成されています。ちなみにこれはナンバープレースという数字のクイズのようなゲームからヒントを得ました。

何やら難しい事ばなり書いてきましたが、これは生きた音楽を作るための下支えでしかありません。

皆様には心から楽しんでいただけたら幸いです。

2021年8月12日 久石譲

 

[楽器編成]
フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

(新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子 より)

 

 

 

会場で配布された「新日本フィルハーモニー交響楽団 2021/2022シーズン プログラム冊子」と同内容(9~10月開催分)がPFD公開されています。マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」の作品解説もふくめてぜひゆっくりご覧ください。

 

公式サイト:新日本フィルハーモニー交響楽団|2021年9月~10月定期演奏会のプログラムノートを公開
https://www.njp.or.jp/magazine/25169?utm_source=twitter&utm_medium=social

 

 

 

 

メディア取材より

「新日本フィルはオーケストラとしてとても品のよい音がします。僕は、新日本フィルの育ちの良い、温かい音がすごく好きなのです。彼らとは現代的なアプローチもずいぶんいっしょに行ってきましたが、新日本フィルは、時代の先端を走るオーケストラであったし、これからもそうあると思います」

「新しいコンサート・シリーズでは、現代の音楽と古典の音楽を同じプログラムで演奏し、クラシックの名曲を現代の視点からコンテンポラリーなアプローチでリクリエイトしたいと思っています。状況が許されるなら、新日本フィルとは、マーラーやブルックナー、《春の祭典》のような大きな編成のものをきちんと形にしたいですね」

Blog. 「音楽の友 2021年1月号」 特集:オーケストラの定期会員になろう2021 久石譲インタビュー 内容 より抜粋)

 

 

「もう30年くらいの付き合い。リハーサルの進め方などすべてを教わりましたし、メンバーを思い浮かべながら曲を書いてもきました。ですから僕にとっては完全にベースとなるオーケストラです。魅力は音が上品なこと。音が鳴った瞬間に人を惹きつける温かさやロマンがあり、最近は力強さも加わっています」

「今まで以上に継続した音楽作りができますね。いわば点から線になる。これを機に今一度クラシック作品にチャレンジすることができます。現代曲を演奏するオーケストラはありますが、後に登場するクラシック作品は昔流のまま演奏することが多いです。そうではなく、現代曲で行ったアプローチでクラシックを演奏することも必要だと思うのです。例えば僕の曲はミニマルがベースなのでリズムが厳しくなる。その厳しいリズムをクラシック作品に持ち込んだらどうなるのか? そうしたアプローチを今後一緒にやっていきたいと思っています」

「『巨人』はタイトルも含めてシーズンの開幕に相応しいと思いますし、現代曲とクラシックを組み合わせたい、現代曲を演奏しないとクラシックは古典芸能になってしまうとの思いもあります。またマーラーが控えている状態でその前の曲を書くのは、作曲家として非常に燃えますし、内容も必然的に影響はあると思います」

「最終的なオーケストレーションの段階です。曲は交響曲第3番(仮)で、全3楽章約35分の作品。第2番と姉妹作ですが、自然をテーマにしたような第2番に比べると内面的で激しく、リズムはより複雑になっています。加えてミニマル的な構造の中にもう一度メロディを取り戻したいとも考えました。編成は後半のマーラーに合わせた4管編成でホルンは1本少ない6本。自分だけ見劣りしたくないというのは作曲家の性ですね。また作曲家は皆そうですが、大編成になると逆に弦の細分化など細部にこだわるようになります。あと50周年は意識しながらも、現況から祝典風ではなく力強さを織り込んだつもりです」

「マーラーは独特なんですよ。どこまでも歌謡形式で、対位法的な動きもその中でなされていますから、それをどう整理するか? また僕自身の作品と並べて演奏することによってどれだけ新しいマーラー像を描けるか? がカギになります。あとはユダヤ的なフレーズの扱い。実は第3楽章を重視していて、そうした部分を東欧ユダヤ系の酒場のバンドのように演奏したい。そして第4楽章のめくるめく激しさには、誰もが書くのに苦労する交響曲第1番を見事にまとめる物凄いエネルギーを感じます。僕はクラシックを演奏するとき、作曲家が書く過程を一緒に辿るんです。『ああこの人はここで苦しんだな』などと推理小説のようにスコアを読んでいます。でも『私はこれを書きたい』という気持ちの強さが一番大事なのではないかと思う。その点でマーラーは別格に感じます」

「シーズンのオープニングを任され、作曲も依頼され、マーラーも演奏させてもらう。作曲家で指揮もする僕としてはこれ以上ない舞台を用意していただき、心から感謝しています。それに僕と新日本フィルは“音を出す喜び”をもう一回取り戻したい。人と一緒に音を出すことが楽しい─これがやはりオケの原点ですよね」

Info. 2021/08/18 久石譲 現代曲同様のアプローチでクラシックを活性化したい (ぶらあぼ より) より抜粋)

 

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

新日本フィル50周年、そのシーズン・オープニング公演を飾ったのが久石譲指揮です。「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(WDO)」をはじめ、数々のコンサートや録音で共演をかさねてきた黄金タッグです。

 

久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)

むずかしかったな、かっこよかったな、また新しいタイプだったな。これが第一印象のすべてです。これまでに『THE EAST LAND SYMPHONY』『交響曲 第2番』ときて、また異なる性格をもった交響曲が並ぶことになったな、なんともうれしくて震える。

今の時点でこれ以上のことは書けません。世界初演にして一聴!つかめるものは少なく、浴びるような体感だけが残っています。それでも、メモをひっぱりだして…演奏会でいつも書きとめるキーワードの羅列から、思い出すように振り返ってみます。平たい感想です。

 

I. existence
[混沌]、楽章全体を覆うのは混沌とした印象です。

[パーカッション炸裂]、スネアや大太鼓はもちろんドラムセットが入っているのでバスドラムのキックも効いていたと思います。『THE EAST LAND SYMPHONY』の楽章を思い浮かべるような。

[拍節感のない]、3拍子4拍子とリズムを数えることの難しい楽章でした。モチーフやメロディ的なわかりやすい旋律を見つけにくいこともあるのかもしれません。また旋律も展開も目まぐるしく変わる入り乱れるという印象です。拍節感のない、正しくはリズム感の難しい、ですね。

[ホルン吠える]、これは中盤以降で下音から上音へ速いパッセージで駆け上がるホルン旋律のところだと思います。6本ありますからね。

[EAST]、たぶん『THE EAST LAND SYMPHONY』に近い印象をもったんでしょう。でも改めてそちらを聴いてみると、「1. The East Land」や「4. Rhapsody of Trinity」よりも終始カオスだった気もします。休まるところを知らない混沌だった印象です。

 

II. where are we going?
[緩徐楽章]、ゆっくりとした楽章です。

[ストリングス]、ストリングスがメロディを奏でて進みます。他の楽器も同じモチーフからきているので、律動的な声部というかリズムをつくりだすオーケストレーションは抑えられているように感じます。

[無調]、たぶんシェーンベルクの弦楽作品ような印象もあったんでしょう。前半は情感に訴えかけてくるようなハーモニーは抑えられている印象でした。行き先の定まらない彷徨のような調性のなか、ときおりみせる一瞬の明るさや暗さのハーモニー。

[ヴァリエーション]、基本となっているフレーズが熱をおびていくように変奏されていきます。

[パーカッション壮大に]、終盤はパーカッションも入って壮大で重厚な響きになります。

[迫ってくる]、とてもエモーショナルで迫ってくるものがあります。

きびしく美しい旋律です。力強い慈悲もしくは力強い慈愛、そんな印象を強く感じました。この楽章を抜き出してリピートしたくなる人多いかもな、そんなことも感じました。クラシック風に言うと、初演演奏会で観客たちの熱狂にこたえるように、この楽章が再びアンコール演奏された。

 

III. substance
[リズム]、よっぽど気になったんでしょうね。この楽章もそうなんですけれど、作品とおして安定した拍節感のようなものがあまりない印象です。リズムをキープする(推進する)構成じゃないので、何が飛び込んでくるかわからない。それがまたいい。聴きこむほどにいい味を出してくる作品になるだろうなという予感すら感じます。

[クラシック感]、逆にいうと一番クラシック要素の強い作品とも感じました。たとえミニマルであっても、ミニマル・ミュージックを出発点にはしていない。そういう意味でリズム重視ではない。運動性、ほんとそうですね、リズムにも束縛されない運動性で解き放て、貫いています。

[パーカッション]、タイトルからも第1楽章と第3楽章は対をなしているのかもしれません。音楽的なしかけもあるのかもしれません。そうでなくても、ふたつの楽章は怒涛のようなパーカッションが鮮烈です。

 

 

感覚的な感想に終始しました。第2番の姉妹作にあたると語られていますが、運動性のみの構成でつくられた作品という点でそうですね。また、あれこれ持ち出さないというか、ピンポイントにフォーカスされている、突きつめて追求されている。ここがまたぐっときます。なんというか密度高いかつ異なる性格をもった第2番と第3番が並んだ。ここにぐっときます。個人的にはかなり好きになる自信のある作品の登場となりました。音源として届けられたときにはずっと聴くだろうな。

 

 

楽器編成について。

プログラムノートから。

 

フルート4(ピッコロ2持替)、オーボエ4(イングリッシュホルン持替)、クラリネット4(Es管クラリネット、バスクラリネット2持替)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ドラムセット、小太鼓、大太鼓、シンバル、吊しシンバル、トライアングル、タムタム、タンバリン、クラベス、鈴、シェイカー、ウッドブロック、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、チャイム、ハープ、ピアノ(チェレスタ)、弦楽5部。

 

*補足
弦16型(第1ヴァイオリン16、第2ヴァイオリン14、ヴィオラ12、チェロ10、コントラバス8)対向配置

*補足2
マーラー:ホルン8、トランペット6、トロンボーン4、ティンパニ2、ハープ2、(パーカッション群異なる)

 

約100名の大編成となっていますけれど、僕の整理した補足2のマーラー作品と比べると、通常でも編成しやすいギリギリのラインをしっかり保っていることも見えてきます。つまりは大掛かりな一大イベントのマーラー作品と比べて、演奏機会の制限を受けない、プログラム頻度に影響を及ぼしにくい大編成交響曲の誕生ということになります。誕生おめでとうございます!

 

 

マーラー:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」

久石譲指揮でマーラーが聴ける、ちょっとざわざわするような感覚があります。たとれば、それは『ムソルグスキー:展覧会の絵』『エルガー:威風堂々』『ホルスト:惑星』『ラフマニノフ:交響曲第2番』のように、わりとポピュラーな作品を久石譲が指揮するんだという妙な驚きと妙な納得のような。聴いてみたいって思うざわざわ感がありますね。

大編成だけあって、もう音楽的重力はハンパない!圧倒されて感動します。久石譲×新日本フィルは王道で攻める、堂々とマーラーと真っ向勝負な印象を受けました。歌わせるところはたっぷりと歌わせて、ホルンのスタンドプレイ、クラリネットのベルアップなど、視覚的にも魅せてくれます。

リアリティのある演奏。ヨーロッパな優麗さでもないし、民俗的によっているわけでもない。現代的というのともまた違う、リアリティのある響きでした。うまく表現できないのですが、いま響いていること?音?音楽?に必然性を感じる演奏としか言い表せません。きれいに演奏しようとか上品な音を出そうとかいうよりも、すべての楽器・パート・声部がしっかりとリアルな音を出す。ミキサーボードでいうと各ボリュームメーターすべて高め。近視的、接近的な音像で訴えかけてくる。すごかったです。

約1時間の作品を飽きさせずに聴かせるマーラー作品。そのメロディの力や、どんどんいろんな要素を持ち込みながらも見事に構築させてしまう力。ここで注目したのが久石譲指揮の巧みなテンポコントロールです。歌わせるところ、たたみかけるところ、ひと息ゆるめるところ、突き放し駆けるところ。旋律ごとにパート展開ごとに抑揚のある絶妙なテンポバランス感覚で引っ張り、多彩なニュアンスを表現し、決してだれることがありません。…これって、スタジオジブリ交響作品と同じじゃないか! めまぐるしく展開する物語に沿った音楽構成を、見事なテンポ演出でハラハラ・ドキドキ・うっとり。

フォームのしっかりしたベートーヴェン作品やブラームス作品をリズム重視で現代的にアプローチする。ミニマル久石譲の強みです。一方では、フレームに収まらない脈略なく絡み合うマーラー作品をリズムバランスで統率してしまう。いかなる構成パートも沈むことなく、うまくまとめあげてしまう。交響組曲久石譲の強みです。あれっ、死角がなくなってきている?! そんな印象を強く持つことになったコンサートでした。

 

 

 

今回はサクッと加減のコンサート・レポートになりました。なってしまいました。9/22~のアーカイブ有料配信楽しみにしています。もう少し濃厚に吸収できたらいいな、そう思っています。

 

配信期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)23:59
視聴チケット販売期間:
9月22日(水)12:00〜9月28日(火)21:00

料金:1500円(税込)

視聴・会員登録はこちら
「CURTAIN CALL」
https://curtaincall.media/njp?

 

 

 

ぜひかぶりつきで視聴しましょう!

 

 

リハーサル風景

 

 

公演風景

 

 

from 新日本フィルハーモニー交響楽団 公式ツイッター
@newjapanphil

 

 

うれしいオフショットです。久石譲と佐渡裕さんもつながりあります。『久石譲:Orbis』の初演は佐渡裕指揮による「1万人の第九」番組プログラムでした。

2023年から新日本フィルハーモニー交響楽団 第5代音楽監督に佐渡裕さんが就任すること発表されたばかりです。今シーズン、音楽監督不在のなか、シーズンの幕開けを任されたのが久石譲だったんですね。

SNSでは新日本フィル・ファンの感想が飛び交っていました。さすがクラシック通だけあって、それぞれの「かくあるマーラー第1番」というものがあります。聴き方や注目のしかたなど、とてもおもしろいです。熱い感想が多くて、純粋な音楽評が綴られていて、たくさん「いいね」してしまいました。勉強になりますし、自分になかった視点や幅が広がるような気がしてきます。

久石譲がオーケストラ楽団の定期演奏会を指揮する。新日本フィルハーモニー交響楽団に日本センチュリー交響楽団。このことは、より一層《指揮者:久石譲》の認知と評価を広げていく流れになっていくのかもしれません。いろいろな客層を集め、久石譲指揮を目の当たりにし、十人十色な感想を抱く。これからますます楽しみです。

 

 

 

オーケストラを熱く応援する!(^^)

 

 

 

 

2021.10.15 追記

プログラムから久石譲の世界初演『Metaphysica(交響曲第3番)』より第2楽章「II. where are we going?」が公開されました。

 

 

 

Blog. 「音楽の友 2021年8月号」久石譲&石川滋&福川伸陽 鼎談内容

Posted on 2021/08/16

クラシック音楽誌「音楽の友 2021年8月号」に掲載された、久石譲『Minima_Rhythm IV ミニマリズム 4』の発売にあわせた鼎談です。

 

 

特別記事

〈鼎談〉久石譲&石川滋&福川伸陽
久石によるコントラバス&ホルン協奏曲を語る

取材・文=小室敬幸

久石譲が作曲したコントラバスとホルンの協奏曲を収めたCD『ミニマリズム4』のソリストを務めるのは、コントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽。二人は、久石の呼びかけで2019年に誕生したフューチャー・オーケストラ・クラシックスのメンバーでもある。アルバム発売に合わせ、久石、石川、福川の3人による鼎談が実現した。

 

長きにわたり映画音楽などエンタテインメントの領域で世界的名声を得てきた作曲家の久石譲。この10年あまりは、本籍地をクラシックに戻し、作曲だけではなく指揮活動も本腰を入れて取り組んできたことは、本誌読者であればすでにご存知であろう。

クラシック、現代音楽の流れに位置する作品も数多く手がけてきた久石だが、意外なことにソリストの付随する管弦楽作品はあっても、「協奏曲 Concerto」と題された楽曲は非常に少ない。久石作品としては珍しい二つの協奏曲──「コントラバス協奏曲」(2015)と、「3本のホルンとオーケストラのための協奏曲《The Border》」(2020)を収めた新譜がリリースされるにあたり、ソリストを務めたコントラバスの石川滋とホルンの福川伸陽、そして久石による鼎談をお届けしよう。

 

名手二人をも唸らせた難曲

久石:
「ある楽器のために曲を書くとなると、その楽器を買う癖があるんです。ギターの曲を書いたときも福田進一さんに選んでもらった高いギターを買いましたし(笑)。今回もコントラバスは石川さんに選んでいただいた楽器を買って、ホルンは福川さんに相談したら空いている楽器があるとのことでお借りしました」

福川:
「ビックリしましたよ(笑)。今まで作曲家さんたちの前でデモンストレーションすることはありましたけど、ホルンを貸してくれとか、吹いてみたいというかたはいらっしゃらなかったですから」

久石:
「それから僕の場合、演奏者と打ち合わせしていくと妥協してしまうから嫌なんだよね。そうすると作品が弱くなちゃう。だからほとんどの場合、完成して楽譜を送ってから、弾けない箇所があれば直すという流れが多いんです」

福川:
「できたよって連絡をいただき、ワクワクして譜面を開いてみると、めちゃくちゃ難しい!絶望のあまり、楽譜をすぐ閉じましたもん(爆笑)。テンポが108ぐらいと書いてあるのに、最初は60まで落としても吹けなかったんですから。なので、それから毎日1刻みでテンポを上げていきながら練習を重ねましたよ」

石川:
「まったく同じ(笑)。弾けないと、またテンポを落としたりして……。でも、コンピュータによる参考音源もいただいていたので、それを聴くとめちゃくちゃ格好いいんです。どんなに難しくても、とにかく弾きたいって思わせてくれましたね」

 

こんなに機動力の求められるコントラバス曲はない

ー作曲する上での問題意識はどこにあったのでしょう。

久石:
「どちらの楽器も、アンサンブルで他の人と演奏したときに能力を発揮する楽器なんですよ。例えば弦楽合奏にコントラバスがなければ、響かなくて音量が半分ぐらいに減りますし、ホルンのないオーケストラって想像できますか? でも今回はソロなので楽器をむき出しにして、この楽器の何が魅力なんだということを真剣に考え直したわけです。コントラバスは、ソロ楽器としてならやはりジャズのウォーキングベースが魅力的ですよね。それはなぜかといえば弦が長くて響くから。……ということはハーモニクスもきっちり使えば良い武器になるはず。でも、それらを十分に活用した楽曲はまだないんですよ。だから、どうやったらその部分が発揮できるのかを考えながら書きました」

石川:
「音域一つとっても高音から最低音まで激しい移動がしょっちゅうあって、こんなに機動力が求められるコントラバスの曲は他にありません(笑)。自分自身にとっては技術的に新しい挑戦をさせていただきましたし、聴いてくださるかたがたにとっても新鮮な作品だと思います」

 

複数のホルンという発想から浮かんできたアイディア

ー一方、ホルンの協奏曲はどのように生まれたのですか。

久石:
「ナガノ・チェンバー・オーケストラのリハーサルのときに、福川さんからホルンの曲を書いてくださいと頼まれたんです。それからホルンの譜面をいろいろ送ってもらいながらアイディアを練っていたんですけど、どうしてもソロ楽器として考えたときにヨーロッパ的な前衛音楽のスタイルしか頭に浮かばなくて……。それで、ソロではなくホルンを複数にすれば、違うものが書けるのではないかと気づいたのですが、この答えが出るまでに2年(笑)」

福川:
「その2年間、久石さんの前で良い演奏をし続けなきゃいけないと思って、プレッシャーでしたよ(笑)」

久石:
「こちらもずっと意識してました(笑)。そのあとミュージック・フューチャー Vol.6(2019年10月25日)の前日か当日に、協奏曲のアイディアが急に浮かんだんですよ。パルスを刻んでいるところに、下から駆け上がってるラインと、逆に上から下へのラインが絶えずクロスしていく。ただそれだけしかない曲を書きたいと。それで2019年2月から構想を練り、およそ1年がかりで作曲しました。主要モティーフを頭に提示したら、それ以外の要素を使わないでロジカルに作ることを徹底した作品になったことで、ミニマル・ミュージックの原点に戻ってきたように聴こえるかもしれないですけど、そうでもないんです。この作品は個人的にとても大事なものになりましたが、それはいわゆる感性や感情、あるいは作曲家の個性に頼らないスタイルができたからです。第2楽章はフレーズのスケールが大きな福川さんだからこそできる音楽になっています」

 

今後は、他の奏者との演奏やピアノリダクション版も視野に

ーこれらの作品が、広く演奏されていくためには何が必要なのでしょう。

福川:
「僕らが演奏を重ね、たくさん聴いてもらって、この曲を演奏したいと思ってくれる奏者を増やすことが第一かなと思っています。これまで僕が委嘱した作品に対して、アメリカやドイツとか海外からメッセージで問い合わせがくることは割とあるんですよ。ホルン3人のコンチェルトって珍しいですけど、僕がどこかのオーケストラに行って、そこの首席奏者と一緒に演奏しようよって提案しやすい曲だとも思っているんです。だから、いろんな所に提案していきたいですし、ありがたい曲ですね」

石川:
「このCDが賞を獲ることですね(笑)。あとは譜面を出版すること。ピアノリダクション版があればリサイタルで弾いちゃおうかなと思ってます」

久石:
「今度出版するんですけど、リダクションのことは考えてなかったなあ。聞けてよかったです」

(「音楽の友 2021年8月号」より)