Blog. 「久石譲コンサート 2021 in ザ・シンフォニーホール」 コンサート・レポート

Posted on 2021/03/28

3月24日開催「久石譲コンサート 2021 in ザ・シンフォニーホール」です。当初予定からの延期公演(before 2020年12月23日)となったこと、新型コロナウィルスの影響も続いていること。こういった状況にもかかわらず、なんとほぼ満席ほぼ満員御礼といっていい大盛況公演でした。

 

 

《これからの久石譲×日本センチュリー交響楽団》

2021年4月から、久石譲は日本センチュリー交響楽団の首席客演指揮者に就任します。2020年夏に飛び込んできたこのニュースは、久石譲の意気込みをのせて多くの媒体で伝えられました。

 

 

楽団からも待望のタッグを祝福するように、いくつかの演奏動画が公開されました。

 

 

そして、2021/2022シーズンプラグラムのなかに、多種多様な久石譲公演が予定されています。3月31日からチケット一般発売となる公演も多いのでお見逃しなく。

 

姫路特別演奏会
2021年9月19日(日)15時
指揮:久石譲
メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」
久石譲:mládí for Piano and Strings
    Summer / HANA-BI / Kids Return
久石譲:Symphonic Suite Castle in the Sky

 

京都特別演奏会
2021年9月20日(月・祝)15時
指揮:久石譲
メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」
久石譲:mládí for Piano and Strings
    Summer / HANA-BI / Kids Return
久石譲:Symphonic Suite Castle in the Sky

 

♯257(シンフォニー定期)
2021年9月24日(金) 19時
指揮:久石譲
ソリスト:佐藤 晴真(チェロ)
久石譲:Encounter for String Orchestra
スメラ:チェロ協奏曲
ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調 作品92

 

♯262(シンフォニー定期)
2022年3月4日(金)19時
指揮:久石譲
ペルト:フェスティーナ・レンテ
久石譲:最新作(タイトル未定)
プロコフィエフ:交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131

 

and

 

 

本公演翌日には就任記者会見も開かれ、いよいよ本格的に動き出します。

 

 

 

本公演について。

 

久石譲コンサート 2021 in ザ・シンフォニーホール

[公演期間]  
2021/03/24

[公演回数]
1公演
大阪・ザ・シンフォニーホール

[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:日本センチュリー交響楽団

[曲目] 
W.A.モーツァルト:交響曲 第40番 ト短調 K.550
久石譲:I Want to Talk to You ~ for string quartet, percussion and strings ~

—-intermission—-

W.A.モーツァルト:交響曲 第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

—-encore—-
Kiki’s Delivery Service

 

 

まずは会場で配られたコンサート・パンフレットからご紹介します。

 

 

久石譲
I Want to Talk to You
~ for string quartet, percussion and strings ~

「I Want to Talk to You」は、2020年5月に山形県山形市で行われる予定だった合唱の祭典コンサートで演奏するために山形県から委嘱されて作曲した。2019年12月から2020年3月にかけて制作した。僕の作品としては映画「かぐや姫の物語」の音楽をもとにした合唱曲やオーケストラとの共演としての合唱曲はあるが書き下ろしでは初めての合唱作品になった。

街を歩いていても、店に入っても人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んだ。

だが、世界はCovid-19によって思わぬ方向に舵を切った。人と人との接触を控えるこの状況では携帯電話がむしろコミュニケーションの重要なツールになった。この時期にこの曲を書いたことは「あらかじめ想定されていた」あるいは「書くべくして書いた」という何か運命的なものを僕は感じている。

原曲は 1. I Want to Talk to You  2. Cellphone の2曲からなり、約20分の作品になった。小合唱グループと大合唱グループそれに2台のピアノとパーカッションという編成だが、作曲の過程で弦楽四重奏と弦楽オーケストラの作品にするアイデアが浮かび、比較的短時間でそれも完成した。結果的にこの弦楽バージョンが世界に先駆けて演奏されることになった。

また4月から首席客演指揮者に就任することになっている日本センチュリー交響楽団(JCSO)とモーツァルトを演奏できることはこの上ない喜びである。ファンの皆様、今後とも久石/JCSOをよろしくお願いします。

最後に僕の指の骨折のためコンサートが延期になったことを深くお詫びします。今なおリハビリの真っ最中ですが、僕は元気です。皆様に喜んでもらえるように精一杯頑張りますので応援してください。

(久石 譲)

(「久石譲コンサート 2021 in ザ・シンフォニーホール」コンサート・パンフレットより)

*モーツアルト作品解説(音楽評論 東条碩夫)も収載されています

 

 

 

ここからはレビューになります。

 

 

W.A.モーツァルト:交響曲 第40番 ト短調 K.550

モーツアルトの3大交響曲(第39・40・41番)の中から、2作品がプログラムされました。モーツァルトの短調交響曲は第25番と第40番しかなく、それだけに色彩感の独立性も際立った作品です。そんな気品のある美しい佇まい第40番がオープニングを飾りました。

第1楽章、一般的なテンポ設定で導入されたのですが、なぜかぐいぐい惹き込まれていきます。冒頭からはじまる第1主題からして、なにかが違う。フレーズのアクセントの付け方というか、シンコペーションというか、独特なリズム感を生み出しているんですね。それは、以降のいろいろなモチーフや旋律についても言えることです。第1主題・第2主題などというと、その作品の顔にあたります。だから、聴いたことのある人は、ああ、あの顔(メロディ)ね、と共通イメージがあります。だけれども、久石譲の手にかかると、あれ?こんな顔してたっけ?と、これまでになかった表情を見せてくれています。平坦だと思ってたのに、なんと、意外に彫りの深いキリっとした顔してるじゃん、みたいな。新しい側面を引き出された新鮮な顔(メロディ)、そんな感覚です。

第2楽章、テンポ設定は速くなっていて、軽やかになります。最小音型の2つの音符が次々に交錯して緻密に構築されていることに気づかされるアプローチにびっくりしました。下から上に登っていく2音も、上から下に降りていく2音も、幾重にも有機的に結びつきながらつくりあげられている。

第3楽章、テンポ感を引き継ぎながら進んでいきます。たっぷり歌わせるのとは異なる、ツボをおさえたほどよい伸びやかな歌心が心地いい。この楽章でも、巧みなフレーズ・アクセントとシンコペーションで、次々に短い旋律たちが重層的に折り重なってくる展開であることに気づかされます。特に、フレーズたちが重なる(ぶつかる)ところにアクセントが強く置かれているので、ドミノ倒しのような快感すら感じてしまいます。

第4楽章、悲しいです、、しくしく、、そんななぞり方や煽り方はしてこなかった。第1楽章から一貫したリズム重視のアプローチはここに極まります。それを象徴するかのような、弦楽の摩擦力や音圧がすごい。きれいに悲しく聴かせようとするのではなく、ザクザクと鋭く激しくダイナミックに。ヴァイオリンからコントラバスまで、高低ぐわっと巨大な渦をつくっていました。悲しくて倒れ込むのではなく、悲しくても気丈に立つ姿、たとえば。

とにかくフレーズの引き出し方、魅せ方がうまい!この作品の印象はこれに尽きます。いい意味でデフォルメされたモチーフたち。アクセントの付け方が変わっていたり、いつもは埋もれてしまうパートをぐいっと前面に押し出したり。常に退屈させない、聴かせどころをどんどんつくって推進していく。そんな久石譲アプローチでした。ヨーロッパらしいメロディを優美に奏でるのとは真逆なんだけれど、かなり新鮮おもしろい。リズミックに徹しながらも抜群にエモーショナルでもあるという、久石譲指揮の美点がまたひとつ深くなっていく。

 

 

W.A.モーツァルト:交響曲 第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

モーツァルト最後の交響曲にして偉大な作品です。久石譲と日本センチュリー交響楽団が表現した現代的アプローチは、第40番に同じです。キレッキレのモーツァルトでした。

第1楽章、聴きなじみのある人も初めて聴く人も冒頭からゾクゾク、期待膨らむ華やかな響きに心躍ります。ティンパニも木の撥、序盤から手加減なしに小気味よく炸裂します(FOCティンパニに同じ)。久石譲指揮の真髄ともいえる表現で、久石譲版ベートーヴェンや久石譲版ブラームスと同一線上にある久石譲版モーツァルト。とりわけ、この第41番は相性抜群だとひしひしと感じるほどです。久石譲がやりたいアプローチを謳歌させてくれる作品のよう。

・・・・まるで終楽章のフィナーレを迎えたような第1楽章の終結部、おもわず数人の拍手が鳴りかけました。クラシック音楽演奏会では楽章間の拍手はしません、そういうお決まりごとになっているようです。でも、僕は、、わかるわかるその気持ち、反射で拍手したくなりますよね、大丈夫です、あなたはちっとも悪くない悪くないですよ、、そう心のなかでつぶやきながら。たぶん隣の人が振り向いたら変に思うほどそのとき微笑んでいたと思います。そのくらい、おもわず拍手をしてしまいたくなるくらいの燃焼度だったんです。たしかなこと。

第2楽章、第3楽章、第4楽章も、この勢いと流れで、どんな音楽がそこに溢れていたのか、楽しく空想していただけたら幸いです。すごいエネルギーと集中力のコアでした。

 

 

たまにはいいでしょうか。

時代とともに解釈も表現も変わる。わかりやすい例をひとつ紹介しながら、久石譲版との共通点をイメージしてもらえたなら。

1978年(カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)
Mozart: Symphony No.41 In C, K.551 – “Jupiter” – 3. Menuetto (Allegretto)

from Herbert von Karajan Official YouTube

 

2020年(ニコラス・コロン指揮/オーロラ管弦楽団)
Mozart: Symphony No. 41 in C Major, K. 551 “Jupiter” – 3. Menuetto. Allegretto. Trio

 

同じ曲とは思えない。

モーツァルト:交響曲 第41番 第3楽章です。1978年から2020年、約40年間クラシック音楽のなかでも風化せずに演奏され続けている音楽がここにあります。時代とともに変化しているからこそ、現代に輝きつづけている芸術作品がここにあります。

前者は、往年の名演なんともヨーロッパ的です。宮廷音楽から継いだような麗しいメヌエットは優雅に踊りたくなります。後者は、軽やかで爽やかな風が吹いてきそうです。宮廷から抜け出して庭へ駆けでたい。そのくらいイメージもがらっと変わる。約1分間という演奏タイムの違いにはなりますが、数字以上の印象差を感じます。

久石譲版は、もちろん後者に親近感ある現代的モーツァルトです。テンポ感も近い。本公演は、弦12型でティンパニの響きなどもふくめて、久石譲&フューチャー・オーケストラ・クラシックス(FOC)の編成にも近いです。また、久石譲&日本センチュリー交響楽団は、本公演の印象においては、弦楽中心に音づくりがされていると感じました。

上音源のオーロラ管弦楽団演奏については、別頁でゆっくり紹介しています。もし興味あったら、ぜひのぞいてみてください。なにか、新しい発見があるかもしれませんよ。

 

 

モーツァルトむすび。

「日本のオーケストラはモーツァルトむずかしい」そんな話を昔耳にしたことがあります。端的にいえば、様にならない。ヨーロッパの精神や歌わせ方を込めて音楽的に表現することが難しい。そういう意味合いだと解釈しています。なんだか、味気ない、つまらない、間延びする、抑揚や緩急のない。

これを見事に覆してくれる久石譲版です。・・顔立ちも体型も違うのに、無理にヨーロッパ的衣装を着せてもダメ、重くて厚くて身動きとりづらいでしょ、着せられてるだけでみっともない。それよりももっとこうシュッとね、スマートにスタイリッシュに。・・そんな声すら聞こえてきそうです。じゃあ、どういうことをしてモダンなモーツァルトを魅せてくれたのか、ということを書いてきました。

 

 

 

久石譲:I Want to Talk to You ~ for string quartet, percussion and strings ~

さて何を書こうか、どう書こうか、と思うわけですけれども。きびしい、書くに厳しい、そう思うわけです。でも、やっぱり一番に強烈的だったこの作品のことを書かないわけにはいかない。

 

謎の深まる作品です。

楽器編成はタイトルにあるとおりですが、とても珍しい。久石譲指揮を囲うように、すぐそばで弦楽四重奏が立奏スタイル(チェロ以外)で並びます。そして、弦10型の弦楽オーケストラがその後ろ、いつもの配置でステージに広がっています。打楽器はビブラフォンと大太鼓かな。

 

そうじゃないこと。

ベートーヴェン《第九》第4楽章のように、ソプラノ・アルト・テノール・バリトンの歌手たちがメロディを歌うことを担っているように、弦楽四重奏の第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロがメロディを歌うことを担っているのか。弦楽オーケストラは伴奏を担っているのか。そうじゃない。

一般的な弦楽四重奏曲のように、4つの声部に分かれてメロディ・ハーモニー・リズムのパートが構成され、展開していくなかでそれぞれを担っているのか。そうじゃない。

 

謎の深まる作品です。

全体の構成は、弦楽四重奏を主体とした静謐なパートと、弦楽オーケストラを主体とした躍動的なパートが代わる代わる交錯しています。弦楽四重奏については、まるでひとつの声部を4楽器で奏でるような。旋律のなかのある音だけ2つの楽器で重ねてユニゾンしていたり。どちらか一方がある音を持続したままで、メロディラインからの残響効果のようになっていたり。単旋律ではないと思う。ヴァイオリンひとつでも重音奏法ってありますよね、単音じゃなくて2つの音を弾いてハーモニーを出せる。そういうことを2つの楽器でやっている箇所もありました。4つの楽器でひとつの流れ、音の濃淡かなあ。まったく伝わらないと思う、ごめんなさい。メロディ・リズム・ハーモニーの構成になっていないので、弦楽四重奏パートは、キープするようなリズム感がないのも特徴だったと思います。

つまるところ、弦楽四重奏が一体化している、そんな印象です。「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.7」(2020)コンサートでブライス・デスナー「Skrik Trio for Violin, Viola and Violoncello」という曲が披露されました。ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの3つの楽器で、まるでひとつの大きな楽器が音を作り出しているような一体感、それは高音から低音までという音域、そして重奏することでの音の濃淡や複雑なハーモニー。まるで、ひとつの体で3つの顔をもつ阿修羅のようだな、三位一体だな、多面的な表情だな、そんな印象をもった曲です。そのことを少し思い出しました。

弦楽オーケストラパートは、一転して躍動的でエモーショナルです。「Will be the wind」というレクサス提供曲に、中間部でパッと華やかになるパートあります。そんな雰囲気をもっていたりもしました。かなりかっこいいです。そうだなあ、「DEAD 死の巡礼」あたりも雰囲気や音像として近いところもあったかなあ。打楽器の連打の上に、弦楽オーケストラが荒れ狂う感じ。本作品はさらに大太鼓もあるから重みもある。でも、これがどう合唱作品になっているのか、想像できます??

 

謎の深まる作品です。

全体をとおして、わかりやすい歌いやすいメロディラインはない。モチーフ展開のようになっています。正直、弦楽オーケストラが主体となっているパートのときに、弦楽四重奏がなにをしていたのか、一緒に合奏していたのか休止だったのか、まったく覚えていません。もう、いま目の前で起こっていることを必死で受けとめることに精一杯でした。弦楽四重奏と弦楽オーケストラの関係性もつかめない。弦楽四重奏=ソリスト、弦楽オーケストラ=伴奏でもない。でも原曲は合唱? 想像できます??

久石譲楽曲解説に【原曲は 1. I Want to Talk to You  2. Cellphone の2曲からなり、約20分の作品になった。】とあります。本公演の弦楽バージョンは、約10分くらいでした。楽章間の休みみたいなこともなかったです。これはどういうことだろう?

「Encounter for string Orchestra」という自作曲があります。「久石譲:弦楽四重奏曲 第1番」第1楽章 Encounterとなった曲を、のちに弦楽オーケストラに拡大して単曲で独立させたものです。おそらくこの生い立ちと同じように、合唱作品「I Want to Talk to You」から、「1. I Want to Talk to You」を弦楽バージョンに書き直して単曲で独立させたもの、そういうことですよね、たぶん。だから「2. Cellphone」は現時点で合唱版しかないのだろう、と。こう考えるのが自然の流れですね、ふつう。失礼しました。とにかく謎の深まる作品です。

 

ビブラフォンは弦楽器の弓でこすって神秘的な音を出す演出もありました。

(「Deep Ocean」演奏シーンからのワンカット)

 

 

魅力の深まる作品です。

本気度の高い作品だと思います。それは特殊な楽器編成においても、これまでにない音楽構成においても。そして、広く聴かれる頃には、人気度の高い作品になると思います。なんとも魅惑的で惹き込まれます。SNSのコンサート感想を見ていたら、久石譲新作について《美しい》《好き》という言葉がとても多かった。初めてのクラシックコンサートの人だったり、若い人だったり、女性だったり。この反応こそ、この作品をあり方を象徴しているようです。わかりやすくはないけれど、小難しくもない。知的で洗練された響きに心もっていかれる。また、新しい扉を開けてしまったような、久石譲渾身の作品が現れました。オリジナル作品年表においても、重要な位置づけになりそうな予感です。

 

 

 

 

Kiki’s Delivery Service

イントロで一気にパッと明るくなるアンコール。映画『魔女の宅急便』より「海の見える街」です。久石譲音楽の魅力、ジブリ作品の魅力が一瞬にして会場を笑顔にします。久石譲の跳ねるような踊るような指揮姿を見ているだけでも楽しい気分にしてくれます。公演の後半部に入ったくらいから、アンコールへの空想が始まりました。モーツァルト作品も久石譲新作も、ピアノはおろかハープもない。久石譲作品には欠かせない2つの楽器が今日は舞台にあがっていない。ということは、「風の谷のナウシカ」も「Merry-go-round」もできないだろう(両曲ともに、久石譲ピアノ編成版/ピアノパートをハープら打楽器に置き換えた編成版あります)。クラシック曲からかな?アンコールない? こんな空想もまたコンサート中の臨場感ある楽しみです。

答えは「Kiki’s Delivery Service」でした。ハープいらなかった?? 『WORKS IV』収録のシンフォニック版を聴きかえしてみると、たしかにハープあまり聴こえないかも。それはさておき、演奏されたのは、おそらく「Kiki’s Delivery Service 2018」に近いと思います。コンサートではシンフォニックな響きよりも、カスタネット、タンバリン、シンバル、グロッケンなども入った楽しいアンサンブルのような響きに、ホーンセクションのジャジーな掛け合いもあったからです。ただ、2018版はWDO編成でピアノやハープ、マリンバも入っていたとうる覚えです(TV録画確認していない)。曲名表記にこだわることなく、そのときの公演編成にあわせたオーケストレーションで聴かせることのできる作品につくってあるのかあと思います。でも!2018版に限りなく近いので、やっぱり得した気分ですよ。気づいてほしいお得感です。

 

 

リハーサル風景

from 日本センチュリー交響楽団 公式ツイッター
https://twitter.com/Japan_Century

 

 

ステージには集音マイク、ステージと客席には複数のカメラ、ありました本公演です。収録かな? 楽団の活動のために必要な記録や保存かな? 動画配信あるといいですね。久石譲版モーツァルト聴きたいですよね、久石譲新作聴きたいですよね。

 

 

前回コンサートに行ったときの【コロナ禍に思う】では、主催者・会場運営の感染対策についてや、これまでとの変化(CD販売コーナー・喫茶・クローゼットなど)について、気づいたことを書きました。あとは、コンサートに行く人ひとりひとりが気をつけることができたなら、うれしいなと思うこと。

 

今回も、徹底した対策がとられていました。ひとつ追加します。会場に入るまで密集状態を回避しながら、段階的な入場規制で消毒や検温が実施されています。ぜひ、コンサート当日は時間に余裕をもって早めに会場に向かうことをおすすめします。クラシック音楽演奏会は、楽章間の入退場ができないこと多いです。ちょっと遅れてしまったばっかりに、ひと作品まるまる聴けなかった。いつもなら滑り込める開演ギリギリも今はアウトになるかもしれない。そんなことにならないよう、心おきなく楽しめますように。

 

おまけ。

びっくりした会場アナウンス。いろいろな感染対策についての協力お願いなんかもあるなか、「このホールは10分ごとに会場の空気がすべて入れ替わる循環システムで~」すごい!そんなところに感動していました。映画館もそうですが、クラシック演奏会も収容人数近いし、声も発することなく座っています。不安はついてまわるものですが、コンサートに足を運びやすくなるといいですね。生活環境(家庭・職場)からイベント参加を自粛するようにお願いされている方もいるでしょう、むずかしいところですね。今できる楽しみ方をしていきましょう。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

カテゴリーBlog

コメントする/To Comment