Blog. 「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.4」 コンサート・レポート

Posted on 2017/10/31

10月24,25日に開催された「久石譲 presents ミュージック・フューチャー Vol.4」コンサートです。2014年から始動した同コンサート・シリーズ(年1回)、今年で4回目を迎えます。

今年も意欲的なプログラムと久石譲新作、初の試みとなる若手作曲家の新作オリジナル作品の公募、選ばれた優秀作品の演奏という、まさに今を走り抜ける現在進行系の音楽たちの響宴です。

 

まずは、コンサート・プログラム(セットリスト)および当日会場にて配布されたコンサート・パンフレットより紐解いていきます。

 

 

久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.4

[公演期間]  
2017/10/24,25

[公演回数]
2公演
東京・よみうり大手町ホール

[編成]
指揮:久石譲、太田弦
チェロ:古川展生
バンドネオン:三浦一馬
管弦楽:フューチャー・オーケストラ、西江辰郎(コンサートマスター)

[曲目]
デヴィット・ラング:pierced (2007) *日本初演
David Lang:pierced *Japanese premiere
(チェロ:古川展生)

『Young Composer’s Competition』優秀作品受賞作
門田和峻:きれぎれ (2017) (10/24)
Kazutaka Monden:Kiregire
(指揮:太田弦)

フィリップ・グラス / 久石譲 編:Two Pages (1968) (10/25)
Philip Glass / Arranged by Joe Hisaishi:Two Pages

—-intermission—-

ガブリエル・プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第2番 (2006)
Gabriel Prokofiev:String Quartet No. 2

久石譲:室内交響曲第2番《The Black Fireworks》〜バンドネオンと室内オーケストラのための〜 *世界初演
Joe Hisaishi:The Chamber Symphony No.2 “The Black Fireworks” Concerto for Bandoneon and Chamber Orchestra *world premiere
1. The Black Fireworks
2. Passing Away in the Sky
3. Tango Finale
(バンドネオン:三浦一馬)

 

 

ご挨拶

今年で4回目をむかえるミュージック・フューチャー(MF)は内容を充実させるべく、より深いあるいは衝撃力のある作品を選びました。

例えば、デヴィッド・ラングの《pierced》における執拗にくり返されるリズムとフレーズはまるでストラヴィンスキーの《春の祭典》のように原始的な力を感じさせる一方、強い人間の性、衝動、哀しみといった人間的な感情をも刺激します。フィリップ・グラスの《Two Pages》も加算されていくフレーズ(これも執拗にくり返します)の向こうに人間的な感情の起伏を感じます。それは去年彼の日本でのコンサートで、僕が彼のピアノ曲を演奏したときにも強く感じました。ミニマルはエモーショナルでもいいんだ!そう思ったものです。同時に音楽を変えよう、あるいは新しい音楽に出会いたいという強い信念もこの曲にはあります。このような楽曲が1968年に書かれていたことは奇跡です。そして今でも斬新です。

ガブリエル・プロコフィエフの《弦楽四重奏曲第2番》もクラブシーンの影響を受けながらも祖父譲りの強い音の構成力と感情を揺さぶる強い力があります。そう、今年は「くり返す」ということと「揺さぶられる感情」あるいは「揺れ動く感情」がテーマです。

このお三方とは今年ニューヨークやロンドンで直接お会いしてそれぞれの楽曲へのアドバイスをいただきました。また作曲家どうしの話題はとても刺激的で至福の時間でもありました。

そしてもうひとつ今年の挑戦としては「Young Composer’s Competition」として若い作曲家の作品を公募したことです。期間が短かったにもかかわらず海外を含め約20作品の応募がありました。到着順にすべて番号を振り(年齢、国籍、出身学校などの付加情報に左右されないためです)足本憲治氏と僕で5作品に絞り込み、それを審査員の先生方に採点していただきました。だから選ばれた優秀作品の《きれぎれ》の作曲家が門田和峻さんという名前であることは最近知ったわけです(笑)

またこのようなコンペでは作曲関係者が審査員を務めるケースが多いのですが、MFでは映画監督の高畑勲氏、作家の島田雅彦氏のように異分野の先達に審査をお願いしました。もちろん音楽にも詳しい方々です。これは作曲関係者のごく狭い世界だけで完結するのではなく、広く創作に関わるアーティストの目を通すことで、観客との接点を大切にしたいという思惑です。もちろん日本を代表する作曲家西村朗氏と音楽評論家の小沼純一氏にも加わっていただき、たくさんの助言をいただきました。諸先生方には心より感謝いたします。

さて、今年のMF 多少の忍耐はいると思いますが、聴き終わって何かを感じていただければ幸いです。

久石譲

 

 

PROGRAM NOTES

デヴィッド・ラング (1957-)
pierced 約15分
《pierced》はチェロ、パーカッション、ピアノのリアル・クワイエット(Real Quiet)というアンサンブルと弦楽合奏のための協奏曲として委嘱された。伝統的なスタイルにならないよう、ソリストと弦楽合奏が関連性を持つよう工夫した。両者間にある正反対な性格はいいアイデアだと思ったが、伝統的な協奏曲スタイルによくあるソリストがオーケストラと戦うような競い合いは避けたかった。私が思いついたアイデアは、両者を隔てる透明な布のような壁があり、各々の世界にあるすべての音・音符・調がしばしば自由にその壁を行き来し、音が片方から他方へ移動するときに、演奏家たちを分ける布が穴を開けられたり、切り裂かれたりすることだった。

初演は2007年6月12日にリアル・クワイエットとミュンヘン室内管弦楽団、クリストフ・アルフテッドの指揮。ソロ弦楽バージョンはリアル・クワイエットとフラックス・カルテット、アラン・ピアソン指揮によって初演された。

作曲者によるプログラムノートより

 

フィリップ・グラス (1937-)
Two Pages 約16分
調性のないリズミカルなミニマリズムと《1+1》(1967年フィリップ・グラス・アンサンブルにより初演)に見られる即興形態は、グラスに単旋律の主要構想をもたらし、彼の最初のミニマル作品として《Two Pages》は完成するに至った。最初の主題に音を足したり引いたりすることでメロディが伸び縮みし、曲全体の輪郭が作られていく。曲の構造を圧縮して表現できるシステマチックな乗数を用いた省略法で記譜した初の曲として《Two Pages(2つのページ)》というタイトルが付けられた。

参考文献:『フィリップ・グラス自伝 音楽のない言葉』ほか

 

ガブリエル・プロコフィエフ (1975-)
弦楽四重奏曲第2番 約17分
《弦楽四重奏曲第2番》はガブリエルの作曲形式の雄大さが顕著に表れている。メカニックなテクスチャーやテクノ音楽のエネルギーに多いに影響を受け、かの有名な作曲家である祖父のセルゲイ・プロコフィエフとは対照的な作曲形式である。

ガブリエルはあるインタビューの中で、「《第2番》のカルテットは《第1番》の残り香から始まった。より迫力があり、リズミカルでエッジが効いていてメロディックだ。《第1番》で引用したダンスミュージック(テクノ、ハウス、ヒップホップ)をさらに掘り下げたいと思った。目まぐるしく動くヨーロッパの大都会で生きるスピード感を与えたかった。」と語っている。

《弦楽四重奏曲第2番》は2006年、エリシアン・カルテットによって委嘱された作品で、《第1番》を初演した彼らによって、この《第2番》も引き続き初演された。

 

久石譲 (1950-)
室内交響曲第2番《The Black Fireworks》
~バンドネオンと室内オーケストラのための~ 約24分
バンドネオンでミニマル!というアイデアが浮かんだのは去年のMFで三浦くんと会ったときだった。ただコンチェルトのようにソロ楽器とオーケストラが対峙するようなものではなく、今僕が行っているSingle Trackという方法で一体化した音楽を目指した。Single Trackは鉄道用語で単線ということですが、僕は単旋律の音楽、あるいは線の音楽という意味で使っています。

普通ミニマル・ミュージックは2つ以上のフレーズが重なったりズレたりすることで成立しますが、ここでは一つのフレーズ自体でズレや変化を表現します。その単旋律のいくつかの音が低音や高音に配置されることでまるでフーガのように別の旋律が聞こえてくる。またその単旋律のある音がエコーのように伸びる(あるいは刻む)ことで和音感を補っていますが、あくまで音の発音時は同じ音です(オクターヴの違いはありますが)。第3曲の「Tango Finale」では、初めて縦に別の音(和音)が出てきますが、これも単旋律をグループ化して一定の法則で割り出したものです。

そういえばグラスさんの《Two Pages》は究極のSingle Trackでもあります。この曲から50年を経た今、新しい現代のSingle Trackとして自作と同曲を同時に演奏することに拘ったのはそのためかもしれません。

全3曲約24分の楽曲はすべてこのSingle Trackの方法で作られています。そのため《室内交響曲第2番》というタイトルにしてはとてもインティメートな世界です。

また副題の《The Black Fireworks》は、今年の8月福島で中高校生を対象にしたサマースクール(秋元康氏プロデュース)で「曲を作ろう」という課題の中で作詞の候補としてある生徒が口にした言葉です。その少年は「白い花火の後に黒い花火が上がってかき消す」というようなことを言っていました。その言葉がずっと心に残り、光と闇、孤独と狂気、生と死など人間がいつか辿り着くであろう彼岸を連想させ、タイトルとして採用しました。その少年がいつの日かこの楽曲を聴いてくれるといいのですが。

久石譲

(「ミュージック・フューチャー Vol.4」コンサート・パンフレット より)

 

Message for MUSIC FUTURE vol.4

夕食時、私の音楽が日本で演奏されることを家族に話しました。23歳、21歳、18歳の3人の子どもたちがいつも歌うのは大好きな久石譲さんのメロディ。それは美しくてとても幸せな瞬間です。今日のコンサートで私の曲が久石さんの指揮で演奏されるのを光栄に思います。ありがとう。皆さんに楽しんでもらえますように。

-デヴィッド・ラング

《弦楽四重奏曲第2番》はエッジの効いたリズムによって構成されています。エレクトロニックダンスミュージック(テクノ、ハウス、ヒップホップなど)からインスピレーションを得たほか、ヨーロッパの都市が急速に動いていることにも影響されています。現代的でありながらクラシックな方法でレイヤーを重ねています。

-ガブリエル・プロコフィエフ

(「ミュージック・フューチャー Vol.4」コンサート・パンフレット より)

 

注)
「きれぎれ」作曲者によるプログラムノート、および審査員評もパンフレットに掲載されていますが割愛しています。こちらでご覧いただけます。

受賞結果の詳細はこちら>>>
https://joehisaishi-concert.com/competition/

 

 

 

以上、ここまでがコンサート・パンフレットからの内容になります。

 

ここからは、感想をふくめた個人的コンサート・レポートです。

 

パンフレットの久石譲挨拶に「より深いあるいは衝撃力のある作品」、「”くり返す”ということと”揺さぶられる感情”あるいは”揺れ動く感情”がテーマ」とあるとおり、とてもディープで刺激的な作品たちばかりです。それでいて無機質ではないパッションやエモーショナルな躍動を感じる。10分以上にも及ぶくり返しが奏されたとしてもまったく飽きを感じることのない、どんどん引き寄せられていく感覚。それはおそらく作品の持っている力もあるでしょうし、今この場で生身の人間が演奏しているという生きた音楽を肌で感じることができたからかもしれません。

デヴィッド・ラング「pierced」のチェロの力強いフレーズと弦楽合奏やパーカッションが創り出す独特な世界観にはただただ圧倒されるばかり。覚醒的で揺れ溺れる危険なグルーヴ感。フィリップ・グラス「Two Pages」はエレクトリック・オルガンと木管四重奏、マリンバという編成。久石譲編となっていたのはこの編成によるところもあるのかもしれません。というのも、この作品いろいろな編成で演奏されることの多いようで、ピアノ2台(もしくは連弾形式)、バンド編成(ベースやギターなどさながらロックバンドのような)、あるいはマリンバ。いかなる楽器にも置換可能でありながら作品世界観を失わない究極のミニマル(最小)音楽とも言えるのかもしれません。久石譲編のそれは、オルガンと木管が不思議なほど溶け合い、ユニゾンを奏でる楽器が集まってひとつの音・旋律になり、なんともいえない揺らぐ音色の変化。ガブリエル・プロコフィエフ「弦楽四重奏曲第2番」は、コンサートマスター西江辰郎さんのヴァイオリン、体全体を使って大きなアクションでフレーズを体現するその姿や、弦楽四重奏の一糸乱れぬ合奏とリズム。

こんなにもクオリティの高い演奏を生で聴くこと目で見ること肌で感じることができるだけで幸せな時間です。まったく音楽専門知識がないなかで、作品のなにがすごいのかどこが聴きどころなのか、そんなことは正直わかっていません。作品や演奏から浴びせられる半分くらいも受け取れていないのかもしれませんが、新しい体験をしたという自信、これまでにはなかったものに出会えたという感動はしっかりとあります。

今回特に強く感じたのは「むきだしの音・むきだしの音楽」という感覚です。血がどくどくと脈うっているような音楽、生身の音楽。もしCD盤など録音されたものだけを聴いていたら、いくぶん耳に馴染まない音楽で終わっていたかもしれません。あるいは執拗なくり返しに飽きる。ちょっとした先入観やイメージで拒絶するのが「食わず嫌い」だとしたら、まさにミュージック・フューチャーで聴くことのできる音楽たちは「聴かず嫌い」をはらんだ濃い作品たちです。だからこそ、どれだけ言葉をならべても実際に生で聴かないと感じることのできないなにかがあります。

たとえば、フル・オーケストラ・コンサートであればその壮大な響きに大きく包まれ感動します。この小ホールで開催されどの作品も4人、7人、約15~20人という小編成アンサンブルおよび小編成オーケストラで構成されるコンサート。奏者一人一人の息づかいや鼓動がダイレクトに伝わる生身の演奏、生々しいほどのリアルな音楽と最高品質の演奏。畑に入って採れたての野菜をその場でかじる格別の美味しさと同じように、楽器そのものの音や今発せられたばかりの新鮮な音色と会場いっぱいに広がる響き。そんな贅沢な音楽空間こそこのミュージック・フューチャー・コンサートです。

 

 

1曲目「pierced」演奏後、ステージのセットチェンジの時間を使って久石譲MCがありました。一問一答形式インタビュー形式によるものです。主にパンフレットに書かれている各作品解説で10分もなかったかな5分くらいでしょうか。デヴィッド・ラングは今一番注目している作曲家であること、「Two Pages」とは実際に2ページの楽譜でできているということ、ガブリエル・プロコフィエフと会った時のエピソードなど、パンフレットを補完するような貴重な語りを聞くことができました。

そして、自作の新作については、興味深いコメントも。これは自分が勝手にそう思ったそう捉えたということだがとことわったうえで、サマースクールでの生徒の言葉が副題となった「白い花火の後に黒い花火が上がってかき消す」、東日本大震災を経験した彼の発したこの言葉にいろいろと思いずっと心に残っていた、というようなことをおっしゃっていました。また、パンフレットでは約24分となっていますが、おそらく27分くらいあります、とも。サマースクールについては下記インフォメーションも発信していますのでぜひご覧ください。

 

 

さて、久石譲新作「室内交響曲第2番《The Black Fireworks》~バンドネオンと室内オーケストラのための~」について。単旋律の音楽ということで、約27分全3曲一貫した単旋律で構成されています。

単旋律というキーワードを掘り下げたときに、「Single Track Music 1」(吹奏楽版・2014年)「Single Track Music 1」(サクソフォン四重奏と打楽器版・2015年/「Minima_Rhythm II」CD収録)があります。この作品を聴いたときに、なにか新しい挑戦がはじまった布石のような作品かもしれない、と少し時間が経過してから思った記憶があります。このSingle Track(=単旋律の音楽、線の音楽)が久石譲のなかでも大きなテーマのひとつになっていることを今回パンフレットでも感じとることができました。

単旋律について多くを語ることができません。なにが醍醐味でなにが組み立ての妙で、という専門的なことがまったくわからないからです。パンフレット久石譲解説と、「Singe Track Music 1」の吹奏楽版久石譲解説、CD作品「ミニマリズム2」評論家による専門的解説の項を読んでいただき、理解を深めていただければ幸いです。

 

今言えること。約27分にも及ぶ長大な単旋律にもかかわらず、決して単調とも単純とも思うことの絶対にない豊かで広がりのある作品。この先どんな展開をしていくのか気になって仕方のないあっという間の時間。単旋律ながら広がり奥ゆき厚みのある立体的な音楽。不思議な迫力です。

三浦一馬さんのバンドネオンも相当な演奏難易度だったと思います。張り詰めた緊張感と真剣なる熱演。久石譲指揮とオーケストラ奏者、ステージ全体が気迫に包まれそのエネルギーだけでも圧倒されてしまうほど。「今自分たちが届けたい音楽はこうだ!」と野心と確信にみなぎったオーラで、それはまさに狂気。

なにか不思議な魅力を感じます。とても個人的な解釈だけでもって言葉にすることを許されるならば。始点と終点がわからない魅力、待ちうける展開の魅力。単旋律ということはハーモニーがない、和声がないということですよね(ここが間違っていると根底から覆される)。どこまでも1本の旋律であり多声の伴奏や対旋律のない音楽。メロディやコード進行がはっきりしているということはその音楽の起承転結がわかりやすいということです。小学校の「起立・礼・着席」をピアノで伴奏することもコード進行のひとつです。全3曲ともにパートが展開しているはずなのですが、どこが始点かどこが終点かわからない。次につながる展開もよめない。フィリップ・グラス「Two Pages」は4-5音からなる基本音型(モチーフ)があってそれが伸縮展開していくわけですが、久石譲作品は単旋律が様々な装いでおり重なっているように聴こえます。実に入りくんでいる、実に難しい、としか言えないのです。

実際に鳴っている楽器や音色はとても緻密で細かく配置され豊かな世界を構築しているのだけれど、別の見方をすると全体を大きく太い線1本で貫かれているような。そして、普段耳にする多くの音楽が複旋律・多声音楽(ポリフォニー)であり、それぞれが独立した旋律をもつことで音楽三要素のメロディ・ハーモニー・リズムがつくられ、メロディと異なる伴奏や対旋律によって奏でられているとしたときに。これはすごい!と思うわけです。単旋律でメロディ(モチーフ)を奏でることはもちろん、分散和音のように音を散らすことやおり重なって交錯する単旋律がハーモニー的響きを錯覚させ、ズレや変化によってグルーヴ感のあるリズムを生み出す。もしあまりにも見当違いな勘違いをしていないのならば、これはすごい!と思うわけです。

こういう音楽って聴き飽きることがないだろうな、とまたすぐにでも聴きたい衝動にかられます。ループのようでありエンドレスのようであり、でも同じところをぐるぐる廻っているわけではなく螺旋のように上昇下降と展開をもった音楽。単旋律って日本固有の響きとしても親和性があるのかなあ、そんなことも頭をかすめたりしますが、今感覚だけで語るのはここまで。ぜひ1年越しにCD化されるならば、そのときにまたしっかり向き合って聴き楽しみたい作品です。

 

さて、三浦一馬さんについて。以前音楽番組で聴いた作品が強く印象に残っています。バンドネオン協奏曲「TANGOS CONCERTANTES」すぐにCDを探したのを覚えています。全3楽章からなる作品でテレビではたしか第3楽章(抜粋もしくは編集)でした。師匠でありバンドネオンの世界的権威でもあるネストル・ マルコーニ作曲とあります。これがすごくかっこいい!バンドネオンとオーケストラによるタンゴでありながら新しい響き。全楽章とおして聴いてみたいと探したのですが、まだ録音はされていないんですね。とても大切な作品なのだろうと思うのですが、いつの日かその全貌を聴いてみたいです。また11月には久石譲が芸術監督を務める長野市芸術館でもリサイタル公演があります。今回のミュージック・フューチャー・コンサートのリハーサル風景も公式Facebookに掲載されていました。ぜひチェックしてみてください。

 

 

コンサート終演後の観客の拍手も鳴り止むことがなく、何度も舞台袖から久石譲はじめ奏者の皆さんが再登場し大盛況で幕をとじました。決してポピュラーでも馴染みのある音楽でもない前衛的・実験的・意欲的なこのようなコンサートで、ここまでの拍手(もちろん満員御礼)って珍しいと思います。それだけに真剣勝負の選曲・演奏に感動し、そんな貴重な時間を提供してくれたことへの感謝と感動の拍手だったのかもしれません。言葉にならない感動、まだ消化できていないなにかを表すこと、それが体全体で表現する拍手しかなかったように。たしかに観客にも忍耐を必要とするプログラムかもしれません。とするなら忍耐を通って得た解放が、あの瞬間ステージとオーディエンスをつないだのだと思います。なにかが伝わった、なにかを受けとった、音楽のもつかけがえのない瞬間です。

コンサート会場には献花もたくさんありました。これから先の久石譲活動をうかがわせるような献花もあるのかなあと、ついつい順を追って見してしまいます。ただ札だけではわからないものもありますからね、なにつながりだろうと。そして、今年vol.4は例年以上に若い観客が多かったようにも思います。もし毎年恒例夏W.D.O.コンサートを聴いて、それとは異なる志向のコンサートがすぐ秋にあるなら行ってみたいと思ったり、いろいろな久石譲を感じとってみたいと思う人がふえているなら、とても素敵なことだと思います。またシリーズが定着し、今年こそはと楽しみにしていた音楽ファンもきっといると思います。

 

同コンサートの様子については、下記Webニュースでも詳しく取り上げられていますので、より音楽的な理解はこちらのほうが最適だと思います。ぜひご覧ください。

 

 

 

最後になんともうれしいサプライズ。コンサートにあわせて会場でのみ先行販売されたのが11月22日発売予定の新譜CD「MUSIC FUTURE II」。昨年2016年開催「久石譲 presents MUSIC FUTURE Vol.3」ライヴ音源化です。なんの予告もなかっただけに会場に着いてのサプライズ、約1ヶ月以上も先行して手に取ることができる喜びです。

さらには「MUSIC FUTURE II」会場購入者の先着特典として、コンサート終演後久石譲によるサイン会参加券付き!久石譲がコンサートにあわせてサイン会を実施するなんてかなり希少です。両日あわせると80-100人以上はサイン会の列を作っていたのでは。終演直後の安堵と疲労のなか、この人数だとかなりの時間も要するなか、そんな機会に恵まれた観客にとってはうれしい記念です。

コンサートで新しい音楽を体感し、同じシリーズである昨年のCD盤をいち早く入手でき、さらにサインや握手までしてもらえた日には。もちろん来年以降、サイン会まで実施してもらえるかはわかりませんが、コンサート・シリーズがつづくかぎり、必ず毎回新しい音楽を受けとることができるミュージック・フューチャーです。なによりも回を重ねしっかりとその足跡を残しつづけていること、音源化され多くの人が聴くことができること、そしてCDとして未来へ手渡していけることが、素晴らしいことだと思います。

 

 

 

”現代(いま)の音楽”を伝える──ナビゲーターでありクリエーターである「久石譲 presents ミュージック・フューチャー」コンサートシリーズ。毎年1回2公演とはいえ、企画からプログラミング、自作創作から入念なリハーサルまで。とてつもないエネルギーと集中力をすでに4年間も続けている。そして観客もしっかり入り刺激的な大盛況でカーテンコール。来年以降も新旧入り乱れたディープな音楽を届けてくれることへ期待が高まります。うまく言えませんが、ミュージック・フューチャー・コンサートそれは「今を生きているんだ」と改めて感じさせてくれるのかもしれません。

 

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