Overtone.第86回 「Shaking Anxiety and Dreamy Globe for Two Violoncellos」を聴いて

Posted on 2022/12/16

ふらいすとーんです。

「Shaking Anxiety and Dreamy Globe for Two Violoncellos」を聴いてメモをもとに記します。いつもと同じく新曲を聴いたときの感想ですが、少しシビアなところもあるかもと思い、Disc.ページのレビューからは切り離すことにしました。

 

2022年12月9日開催「現代室内楽の夕べ 四人組とその仲間たちコンサート2022」にて初演されました。公演の詳細、久石譲による楽曲解説、コンサートライブ映像などについてはこちらにまとめています。聴けます。

 

 

久石譲:《揺れ動く不安と夢の球体》

Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Guitars (2012)

Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas (2014)

Shaking Anxiety and Dreamy Globe for Two Violoncellos (2022)

 

2台チェロ版(2022)を聴いてすぐに浮かんだキーワードは「2012」「チェロ」「デュオ」でした。この3つを絡めながら進めていきます。

 

チェロ

2台チェロ版になったこの作品は、調性も違う、テンポも少し遅いというのがすぐにわかる特徴です。久石譲解説にあるとおり、開放弦をうまく利用するためにキーが変わっていることがわかります。速いパッセージの連続するこの楽曲は、ギターやマリンバであれば弾きこなせることもチェロでは易しくありません。例えば、粒の細かい4つの音符をギターなら近距離の弦音程をスピーディに指で押さえたり、マリンバならピアノみたいに鍵盤の速さで打てることも、チェロはそうもいかない。大きく長い弓を行き来する時間もいる。そうすると、粒の細かい4つの音符のうち1つでも開放弦を利用できれば、3つのポジショニングで音程をとり少し余裕が生まれる。1つの音は弦を押さえずに開放弦の音を使えるから。ずいぶん素人解説ですが、そういうことを大小いろいろ駆使しているんだろうと思います。

次に、楽器ごとにできる表現の違いに目を向けてみます。ギター版は速弾きがこなせることはもちろん、1奏者で5音の和音を鳴らすこともできます。スコアを見ると2奏者で同時に計9音の和音をかき鳴らしている箇所もあります。また音色の効果として、2奏者でありながらひとつの統一した音色として散っているような音像や、シンクロするように(ある種機械的に無機質に)演奏することが本来の意図にあるのではないかと思っています。演奏をエモーショナルにしすぎずに音符の強弱や音符の長さを均一にすることで俯瞰的な響きになる、そんなイメージです。

マリンバ版も速弾きがこなせることはもちろん、片手にマレット2本を挟んだりもできるので、最大で2奏者4手4音以上の和音が鳴っている箇所あります。また音色の色彩として、マリンバ1はグロッケンシュピールに、マリンバ2はヴィブラフォンに持替になっています。ここからみても、ギター版とマリンバ版は単純な楽器の置き換えではなく楽曲の放つ意図や狙いも変化していることがわかります。

チェロ版は、器用に和音を奏でる楽器ではないので、単音による旋律をベースとしながら、ときに重奏やピッツィカート、そして弦をなでるようなスライド奏法も使いながら表現に幅をもたせています。言い換えると、特殊奏法も用いることが作品世界の表現に求めらている。

 

デュオ

本公演シリーズは「楽器2台による」「新作」を作品の条件としています。ギター版やマリンバ版の再演ではなくチェロ版として改訂した経緯はここにあります。弦を弾いたり鍵盤を打ったりで音の減衰していくギターやマリンバとそのサスティン効果、弓を引くことで音を伸ばすチェロの違いがあります。減衰音楽器は音価をそろえやすい(一音一音が均一)ですし、持続音楽器は数小節ならともかく楽曲全体にそれを求めるには端から性格が違います。

またひとつの大きな楽器(ピアノの連弾のような)として見立てることもできるギター2台と、音色や音域にも広がりのあるマリンバ版(高音グロッケンシュピールもある)。それに比べて、動く音域として狭いチェロ、単音でありながら線の太いチェロ、この作品でどれだけ効果を発揮しているかというシビアな側面もあるのかもしれません。低音寄りの重厚で野性的な音像が2台チェロ版のストロングポイントだとすれば、細かい音符の粒立ちが無くなり層のように聴こえる音質、旋律や音域が広範囲に動き回れないのがウィークポイントになるかもしれません。

 

2012

2012年作品だからだと思います。多忙を極めた久石譲が本公演で「新作」を書き下ろすことができなかった。2台チェロ版へのアイデアが浮かんだとしても、楽曲構造は2012年当時の久石譲です。チェロのメリット・デメリットを踏まえて改訂しようとすると、構造をそのまま引き継ぐことに無理がでてくる。かといって、構造を変えるということは、完成されたフォーマットを一旦崩すことになる、組み替えないといけない、それは一から作曲するのと同じに等しい。新作を書き下ろすスケジュールがないなか、自身による既存曲の改訂作業も同じ。限られた時間のなかで整合性と新しい可能性を追求していくことは難しい。

久石譲楽曲解説にあるとおり「しかし時間がなかったこと、新たなアイデアがいることなど考慮し、最も信頼する作曲家長生淳氏に編曲を依頼した。チェロの開放弦を利用することなど打合せした上で彼に全て任せた。」、そういうことなんじゃないかなと思います。

「楽器2台による」作品の候補が「Shaking Anxiety and Dreamy Globe」しかなかったのか、なかったような気がします。ずっと遡れば『MKWAJU』『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』収録作品やいくつかのアンサンブル作品から候補もあがるかもしれません。しかし、2022年の今から最も近い作品というとおのずと絞られてきます。

じゃあ、ピアノ2台でもよかったじゃないか、ギター、マリンバからみても無理ない選択肢だと思うけど。そこは現代音楽の演奏会です。どの楽器の組み合わせを提示するかということも、、コンセプトとして大切、、あるんじゃないでしょうか。個性的な楽器組み合わせ、異種格闘技、、この作品は同じ性質の楽器2台でというのが作曲時の前提にあるような気がします。

積極的にも消極的にもどちらの理由からもなるべくしてそうなった作品。選曲から完成したかたちまで。行き着くところは自然な着地点だったんじゃないかな、これが僕の回答です。「新作」は準備できないけれど再演はない、このシリーズにそって実験と挑戦で応えたい、、そう思ったかどうかはわかりませんが、僕の回答です。

 

ギフト

僕にとってはギフトです。音を聴かせてくれないとわからない。だから、どんなかたちであっても音楽でみせてくれることは、いつもワクワクするギフトです。チェロだとこんなふうになるんだ、なんでこうなったんだろうと好奇心です。新しい気づきです。激しい勘違いです。でもマルバツで直感に終わらせてしまうよりこっちのほうが断然おもしろい。今回は半分久石さんの手も離れている。思いがけないボーナス・バージョンとして楽しくうれしくギフトもらいました。

 

志向性

最近のインタビューで「ソならソでいい、なんの楽器でも」「特殊奏法なんかも極力排除したい」みたいなことを言っていました。これはけっこう深いところを突いているような気がしています。つまり、ある楽器でしか演奏できない曲や、ある楽器ならでは(特殊奏法など)の響きをもった曲構造は今とりたくないと思っているということになります。

例えば、バッハの作品はいろいろな楽器に置き換え可能で無伴奏チェロ作品も他の弦楽器はもちろん管楽器で演奏されることもあります。インヴェンションとシンフォニアのピアノ作品も弦楽になっていたり。だから同じインタビューで「バッハのようにそこを目指したい」というのは言葉そのままつながります。どの楽器でも演奏できる骨格や基盤の強いもの、特定楽器の音色・響き・奏法から生まれるサウンドテクスチャに左右されない論理的なフォームによる作曲へアプローチしたい。

この時点でもう「Shaking Anxiety and Dreamy Globe」の自身による改訂は土台無理だった、あまりにも当時の着想と現在の思考には乖離がある。僕にはそれほどまでに思える決定打でした。ギター版はギターでしか成立しないし、マリンバもチェロもそう。もう久石譲の手を離れてでしか解決することができなかった、今回の時間と思考とのせめぎ合うなかで。

話はそれて。デュオや室内楽よりも大きな編成になりますが、近年盛んにリコンポーズしている作品は、楽曲構造をそのままにきれいに置き換えができているとわかります。「Variation 14」アンサンブル版/オーケストラ版や、「Variation 54」「2 Dances」などもそうですね。「The Black Fireworks」のバンドネオン版とチェロ版もそうですね。システム、フォーム、音の運動性、、今久石譲がタイムリーに発言しているキーワードには大切なヒントが落ちていそうで、なるたけ拾って注目して追いかけたいところです。周回遅れなのはいつだって覚悟していますから(笑)だって到底、ムリ。

 

とても収穫の多い楽曲でした。2台チェロ版ありがとうございます。ライブ演奏じゃなくてセッション録音で聴くことができたらまた印象も変わるでしょうね。

 

それではまた。

 

reverb.
管楽器も息が続かないし、なにがあるかな?

 

 

*「Overtone」は直接的には久石譲情報ではないけれど、《関連する・つながる》かもしれない、もっと広い範囲のお話をしたいと、別部屋で掲載しています。Overtone [back number] 

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