第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

録音は時間との戦いだ。「ハウルの動く城」では、2日間で30曲を収録しなければならない。自ら指揮も務める久石は後日、こう振り返っている。

「進行など、責任は全部自分にあるからね。気が抜けなかったよ」

そんな過酷な状況のなか、チャレンジ精神旺盛な久石は、新しい試みをした。サウンドトラックでは、物語の流れや登場人物の感情の起伏に合わせて、30分の1秒まで合わせた編曲を組む。そのため、録音では映像と同期させるために「クリック」と呼ばれるデジタル音を聞きながら演奏するが、今回はそれをやめた。

「デジタルでぴたりと合った演奏より、音楽のうねりを残したかった。ただ、旋律が豊かだとオーケストラは朗々と歌い始めるから、その分、どこかで急がないとタイミングが合わなくなるんだよね。だから頭の中は電子計算機のようにフル回転だったよ」

録音が始まってしばらくは、場面が終わっているのに曲が残ったりしていたものの、すぐにコツをつかんだ。「最近、指揮に力を入れてきたからね。少しは振れるようになったということかな」

宮崎監督は、相変わらず客席の真ん中に座ったまま、スクリーンに映し出される映像と生の演奏に見入っていた。

1曲終わる度に、指揮台の久石が客席を振り返り、「どうですか」問いかける。その都度、監督は両手でマルを作って答えた。

マルのバリエーションは、録音が進むにつれて増えていった。マルが小さいと「いま一つ」、右手の指と左手の指がくっついていないと、「よかったけどちょっと相談したい」といった具合だ。

そんな監督が、この日、一際大きなマルを作ったのが、イメージアルバムにも収録された「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)の演奏だった。
録音のためにすみだトリフォニーホール(東京・墨田区)の舞台裏に仮設されたコントロールルーム
同曲の本編での起用は、ちょっとした偶然から決まった。クライマックス場面の音楽打ち合わせで行き詰っていた久石と宮崎監督が、「試しに」と流してみたら、イメージアルバムの編曲そのままで、見事に合ったのだ。監督は、曲中に登場するトランペットソロも気に入った。「本編も、この音がいい」

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によって演奏されたイメージアルバムで、ソロを担当したのはミロスラフ・ケイマル。同フィルの前首席奏者でもある彼の演奏は、圧倒的な音量でありながら、包容力のある優しい音色で定評がある。

今回の録音では、そのケイマルをチェコから呼んだ。たった1曲のためのスペシャルゲストだ。演奏前、久石が新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーにケイマルが紹介すると、奏者たちは激しく足を踏み鳴らして喜びを表現した。監督も、待ちかねていたとばかりに拍手する。

「ケイヴ」の録音が始まった。チェコ・プラハのドボルザークホールで鳴ったのと同じ、やわらかな音色が、ホールに響き渡った。スクリーンには、主人公ソフィーが「ハウルの心の洞窟」を訪れる場面の映像が、いっぱいに広がる。

空から落ちてきた星たちが湖にぶつかり、砕け散る。そこに現れた少年時代のハウルを見つめるソフィー。幻想的な光景を、ケイマルのトランペットが包み込む。

7分以上にわたる演奏が終わった瞬間、宮崎監督は大きなマルを作り、惜しみ無い拍手を送った。ケイマルは丁寧に頭を下げると、久石のもとに歩み寄り、固い握手を交わした。久石を「君は他に代わりのいない、たった一人の音楽家だね」と讃える。久石が照れながら返す。「あなたこそ」

すべてが順調に見えた。

しかし、なぜかこの曲を境に、宮崎監督の顔から笑みが消えていった。1曲ずつに満足しつつも、何かに悩んでいるようだった。

1日目の予定曲がすべて終わった後、監督がスタッフに神妙な顔で語りかけた。「久石さんと話した方がいいかも知れない」

監督は指揮台の久石のもとに駆け寄り、おもむろにこう語りかけた。

「メロドラマにならないんですよ」(依田謙一)

(2004年7月12日 読売新聞)

 

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