Disc. 久石譲 『Oriental Wind』 2017 New version *Unreleased

2017年7月17日 CMオンエア開始

サントリー緑茶 伊右衛門「川下りの夏 編」にて「Oriental Wind」のNewヴァージョン登場。2004年から2012年まで同CMシリーズにて様々なヴァージョンで使用されてきた「Oriental Wind」が5年ぶりに新ヴァージョンにて再登場である。

商品:サントリー緑茶 伊右衛門
CM:川下りの夏 編 15秒
出演:本木雅弘
音楽:久石譲「Oriental Wind」

サントリー公式サイトにおいてCM動画視聴可能 (※2017年7月現在)

公式サイト:サントリー緑茶 伊右衛門

 

 

おなじみのメロディーに胸が躍る。涼しく爽やかな清涼感ある響きになっている。ピアノによるメロディー、弦楽合奏による切れ味のよい刻みから、弦楽の盛りあがる旋律へと展開していく。

サンプラーを巧みに使用した隠し味エッセンスも効いていて、心地よいエッジ感で魅了している。

Aメロは4拍子、サビ(仮に)は3拍子(または8分の6拍子)で展開していて装い新た感に驚かされる。またAメロの旋律の配置がすごく独特である。バッグで鳴っている電子音が拍子を正確に刻んでいると思われるので、メロディーが少しずらしてあるように聴こえる。タララララ~ンで始まるメロディー、通常は4つ目のラ~ンのところが拍子の1拍目にくる。今回のNewヴァージョンはラ~ンの「ラ」までが前の小節で「~ン」のところが1拍目になっている。シンコペーションのようなひっかかりになっているのだけれど、とてもおもしろい。TVで流れてきたときにも強いひっかかりインパクトになってつい手が耳がとまってしまうはずである。

なぜこれができるか?成立するか?と考えてみたときに。それはまさに「おなじみのメロディー」だからである。2004年から足かけ10年以上もお茶の間に浸透している曲。だからこそ、ちょっとメロディに独特な動きをみせたとしても、聴く人は「いつもの」メロディーおよびリズムを頭のなかで容易にすり合わせることができる、だから絶妙な違和感の範囲でおさまってしまうのではないか。

メロディーを聴くだけですぐそれとわかるということは、あまりメロディに装飾や手を加えないほうがいい場合もある。実際にメロディーはまったく同じである。変わったのは楽器や構成といったアレンジはもちろんだが、メロディーのちょっとした音の配置の変化。いや絶妙で確信的な音の配置の変化。

もしこの解釈が逸脱しすぎていないならば、すごすぎる!久石譲! とため息。

 

 

久石譲の代表曲のひとつともいえるこの曲「Oriental Wind」。サントリー緑茶 伊右衛門 CM曲として四季折々なバリエーションでお茶の間に響いてきた楽曲。実は2004年から現在にいたるまでCMバージョンは音源化されていない。十数バージョンに及ぶ全バージョンがいずれもCDにはなっていないという信じられない作品。

また2012年からの「新テーマ」もCD化されていない。今回のNewヴァージョン再登場をきっかけに全CMヴァージョンのパッケージ化の機運が高まってくれればと心から願っている。

 

日本を代表する曲「Oriental Wind」の歴史は下記ご参照

 

 

Disc. 久石譲 『花戦さ オリジナル・サウンドトラック』

2017年5月31日 CD発売

2017年公開 映画「花戦さ」
監督:篠原哲雄 音楽:久石譲 出演:野村萬斎、市川猿之助、中井貴一、佐藤浩市 他

 

 

久石譲コメント

花に命を懸けた池坊専水さんという人の気持ちが、観客に伝わるようにするにはどうしたら良いかを一番に考えました。結果的に琴を使うというイメージが核になりましたが、ただ和風なものを取り入れるだけでは底が浅いものになる。琴とオーケストラを融合した、新しい世界が出来ないかと考えました。そして脚本では、花が題材でもあるので、アート的にも仕上げられるとワクワクしましたね。篠原監督、プロデューサーとも、今までやったことないことをやろうと話して、お二人とも何度かご一緒したことがあったのでその点では安心感がありました。僕は映画音楽も書きますが、ミニマル・ミュージック(音の動きを最小限に抑えて同じパターンで反復させる音楽の手法)も作っています。映画ではあまりアプローチされない手法ですが、『花戦さ』では、琴を使った日本独特のミニマル・ミュージックにチャレンジできるんじゃないかと、作曲家としての野望を抱いてしまいまして。こちらのやりたいことを、エンタテインメントの世界でどうやってやるかを気を付けながらチャレンジさせていただきました。

今回の音楽は「静と動」という捉え方をしています。映像とは距離を取り、通常だと音楽が入りそうなところを外したり、台詞の邪魔にならないように、いるか分からないくらいに馴染むものと、はっきり琴を使うところに分けて作りました。琴を2本使っていますが、1本だといかにも「和風に入れました」となってしまう。効果音のようになるのは寂しいので、伴奏もメロディも主体的に琴を使って、そこに弦などが入ってくる作り方をしています。映画音楽はすごく難しくて、音が入ると音楽が鳴ってるよね、となってしまうんです。芝居の台詞の間合いと、そこに音楽が入っても崩れないフォームをずっと研究していて、特に静のほうは自分でも納得する感じに仕上がっているかなと思います。

音楽は流行りのサウンドを使うと、今はウケるのですが、今の時代だけにフィットさせると10年後には古くなってしまうんです。流行りのやり方に寄り添いすぎると、本物になりきれなくなる。今の時代であることは大切ですが、その中に普遍的なテーマを見つけることが大事なんだと思います。

(映画「花戦さ」劇場パンフレットより)

 

 

以下レビュー

A.メインテーマ・モチーフ
映画「花戦さ」のメインテーマで何が画期的かといえば使われているモチーフ。Aメロ・Bメロと展開するわけでもない、たった数小節たらずの短いモチーフ(基本音型としては2小節!)。これがありとあらゆる手法で変幻自在に奏でられている。通常であればどんどん曲想が展開し旋律がうたい盛り上がりへと向かう、それとはまったく正反対のことを堂々とやってのけ、当たり前のように高い完成度をもって成立しているところがすごい。

「2. 花僧・専好登場!」「4. 野花の囁き」「6. 京の町、花の町」「12. れんと専好」「14. こらまた…」「19. 当然の報い」などの楽曲でモチーフを聴くことができる。

変幻自在その一、琴はもちろんピアノ・弦楽・ハープといったバリエーション豊かな楽器で奏でられている。変幻自在その二、休符が巧みに奏でられている。《音と沈黙、躍動と静止、継続と断絶》というように、モチーフが流れ沈黙がおとずれまた流れる。基本的には変拍子になっている箇所は少なく、一般的な4拍子のなかで巧みに音を配置することで音と沈黙を実現している。違和感がないどころか余白の心地よさをおぼえるほどに。

確信犯なメインテーマ・モチーフ。それは8分音符で書かれ数小節たらずであること。琴という楽器は音が持続しない、弦をはじいて音が減衰していく。8分音符という粒の細かい音符を刻むことで効果的に奏でることができる。同じ効果を発揮できる楽器がピアノ、弦楽ピッチカート、ハープなどとなる。《琴とオーケストラの融合》を実現するのに大きく貢献しているのがピッチカートとハープ。「弦をはじく楽器および奏法」を絶妙に配置しブレンドすることにより、琴の音色がうまく溶け込み調和しているように思う。とりわけ、ハープを通常よりも強くはじく奏法をしているように聴こえ、ハープにしては尖った響きになる一方、琴が少し丸みを帯びたような響きにも聴こえてくる。そこにピッチカートも加わり、よくよく聴かないかぎり何の楽器か区別が難しくなるほどに「弦をはじく楽器」たちが共鳴し、結果融合と調和を実現させているように思う。ここにグロッケンなどの打楽器を混ぜあわせ、管楽器もふくめて音粒の細かい響きを飛び交わせている。(ここまでが変幻自在その一補足)

琴にしろピアノ、ピッチカート、ハープにしろ、音が持続しない楽器ということは、《音と沈黙、躍動と静止、継続と断絶》といった音楽構成を築くことにも効果を発揮する。もっというと楽器本来の響きがそうなのだから、沈黙がおとずれたとしても違和感がない。あれ、急に止まったという感覚にさせないので、結果音と沈黙が心地よさをもたらす。(ここまでが変幻自在その二補足)——だから確信犯なメインテーマ・モチーフなのである。このモチーフ基本音型が書き下ろされた時点で久石譲の勝ち(勝負ごとではないけれど)、数小節たらずの旋律で映画「花戦さ」の映画音楽はほぼ完成されていると言っても過言ではない。

 

B.天下人と対峙するモチーフ
物語のなかで天下人と対峙するおよび象徴するシーンで流れるモチーフ。「5. 織田信長」「13. 太閤殿下の大茶会」「15. 花、笑う」「22. 花をもって」。映画も鑑賞しサウンドトラックをくり返し聴きながら、なんでここであのモチーフなんだろう?と思って書き出すと意味あいがわかることもある。ということで、ここでは便宜上”天下人”というキーワードでくくっている。ここでも久石譲の映画音楽設計の職人技をみることができる。あとは映画を鑑賞して糸がつながっていただければ。

 

C.利休のモチーフ
映画「花戦さ」において重要な登場人物である利休、こう整理してみるとモチーフの登場は少ない。「9. 利休と専好」ピアノとハープによるつつましいミニマル・ミュージックのあと静謐な弦楽へと流れていく。この楽曲はとても重要で、メインテーマ・モチーフの変奏もしくはそこから派生したバリエーションと聴くこともできる。特殊拍子(5拍子と6拍子)によって奏でられるミニマル音型。主人公と利休に相通じるものがある、また互いに心通い合い感情や人物そのものが交錯するようである。利休のモチーフとしているが、楽曲タイトルとおりの「利休と専好」を巧みに描きだしている。

 

D.メインテーマ「花戦さ」エンドクレジット
結論からいうと、この楽曲は上に述べてきたA-B-C-Aで構成されている。短いメインテーマモチーフがたたみかけ織り重なるような冒頭から度肝を抜かれる(A)。そして天下人とのやりとりを象徴した(B)へと進み、利休への想いをはせ(C)、ふたたびメインテーマへ(A)。つまり約4分半の楽曲で映画本編をフラッシュバックし、もう一度振り返りながらストーリーを凝縮したもの、それが「23. 花戦さ」である。久石譲の凄みとしかいいようがない。映画音楽設計の極みであり、論理性の結晶ともいえる。そしてまたそれを理屈っぽくなくエンタテインメント性として成立させていること。ひとつの楽曲として心躍らせ、また聴きたいしっかり聴いてみたいと思わせる音楽。普段あまり耳馴染みのない強烈なモチーフ、やみつきになるほどのインパクトと余韻で貫禄の響き。久石譲がやりたいことと観客の高揚感が見事にフィットし結実したことは、各媒体映画レビューや感想での観客の映画音楽への反応、コメント、人気からもうかがえる。

 

少しひとり言、どうもこの映画の音楽は似た空気や雰囲気をもつ楽曲が多く(当然といえばそう)なかなか掌握ができず結構な時間対峙することになった。楽曲をそれぞれ整理しモチーフをセグメントした過程が(A)~(C)であり、それによって(D)に辿り着けたときには、そういうことか!とちょっとうれしい気分にもなった。特に(C)は曲想が大きく異なるのですぐには気づけなかった…。利休の想い・利休への想いが万感に奏でられている。私の推測があっていたらの場合ではあるけれど……。分析してわかった気になりたいのではなく、分析してその音楽に向き合って新たな発見ができることはとてもおもしろい。

 

E.静謐なミニマル・ミュージック
全編をとおしてミニマル要素が盛り込まれた本作品であるが、そのなかでも明確かつ際立つのが「3. 天に昇る龍の如く」。静謐なミニマル音楽が包みこむ。ミニマルとは相反するはずの情緒を感じさせるのはズレを念頭においた緻密なハーモニーの構成ゆえだろうか。日本の美・和の心を感じさせてくれる佇まい。

映画本編でも印象的なシーンで使われるこの音楽、「18. 梅の花」でピアノやハープを主軸として再登場する。これはストーリーにおける伏線の演出だと思うが、一見結びつかないシーンでこの音楽が使われているというところに、久石譲の映画音楽設計の緻密さと配慮を感じる。言葉では語らない、説明はしないけれど、音楽がそれを示唆している。それはそのときの登場人物の感情なのかもしれないし、これから起こるであろう展開を予感させるものかもしれない。映像やストーリーにおける音楽の重要性を感じさせる。

 

F.静の音楽
久石譲コメントにあった映画音楽における「静と動」について。サントラ盤を聴きながら思ったのは、それは”空気のような音楽”や”表情のような音楽”なのかもしれないということ。映像を補間するもしくは盛り上げるための映画音楽でもなく、感情を表現するための音楽でもない。ちょっとした空気の動き、ちょっとした表情の動き、それをふと音にしたらそう奏でられたというような音楽ではないだろうか(と勝手に推察している)。旋律としての音楽と散在する音の狭間のようなもの。「7. れんの瞳に」「10.一輪にて」などを聴いて。楽曲として成り立たせたいならばメロディを奏でたほうがもっともでありらしくもなる。正反対に位置しているのが「静の音楽」とするならば、これはなかなか難易度が高い。浅いところでやれば陳腐な効果音のようなものになるし、なくてもいい・いらないものともなりかねない。ある(鳴っている)ことを主張しないけれど、ある(鳴っている)ことが重要な音楽。

よくよく耳をすますと、「10.一輪にて」はメインテーマ・モチーフの限りなく音をぬいた音運びと聴くこともできる。もしそのように映画の核となるモチーフを素材としているならば、それは”なくてもいい・いらないもの”とはなるはずもなく、ある(鳴っている)ことが重要な静の音楽となる。

注)久石譲が意図する「静の音楽」が、どの楽曲・手法・範囲を示唆しているのかは定かではないので、ここで挙げた2楽曲はひとつの解釈として。

 

G.華道・茶道 ~時間と空間~
日本伝統の美しさを感じるこの映画は、花も茶も絵もその道の精神を注ぎこんだような作品になっている。花も茶も「つかのまのひととき」である。いけばなも生けては枯れ、お茶も淹れては呑む。音楽もまた奏でては終わる。

映画インタビューで主演の野村萬斎さんが「花は時間と空間を映す」と言われているのをみて、なるほどそうかと思った。華道には生けて朽ちるまでの時間軸と表現し景観となる空間軸。茶道には淹れて呑むまでの時間軸と作法と間を共有する空間軸。そういった捉え方をしてみると、音楽には旋律が流れる時間軸と響く空間軸がある。久石譲も常々「音楽は時間軸と空間軸で成立する」という格言をのぞかせる。見方や捉え方は道により人によりそれぞれだろうが、なにかしらの共鳴を感じる。

華道・茶道・音楽などアートの世界に共通するもの、日本伝統の奥ゆかしさに共通するもの、それが”諸行無常”。そうであるならば、「つかのまのひととき」であるからこそその瞬間がかけがえのないもの、美しいものである。諸行無常の心をさとすような「16. 最期のもてなし」「21. 赦し」。そっと手をさしのべられるような、言葉少なにそっと寄り添ってくれるような、慈愛に包まれた楽曲。悠々と感情たっぷりに歌うのではなく、弦楽の弦のすすりが聴こえる涙腺の解放。

 

映画作品としてはもちろん映画音楽としてもあらゆる賞の受賞を予感させる。

 

 

【2017.8 追記】

「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」にて「ASIAN SYMPHONY」の一楽章として「赦し」(Track-21)が組み込まれ世界初演。

ASIAN SYMPHONY
1. Dawn of Asia
2. Hurly-Burly
3. Monkey Forest
4. Absolution
5. Asian Crisis

久石譲コメント

「ASIAN SYMPHONY」は2006年におこなったアジアツアーのときに初演した「アジア組曲」をもとに再構成したものです。新たに2017年公開の映画『花戦さ』のために書いた楽曲を加えて、全5楽章からなる約28分の作品になりました。一言でいうと「メロディアスなミニマル」ということになります。作曲時の上昇カーブを描くアジアのエネルギーへの憧れとロマンは、今回のリコンポーズで多少シリアスな現実として生まれ変わりました。その辺りは意図的ではないのですが、リアルな社会とリンクしています。

 

レビュー

2006年初演から長い沈黙をまもってきた大作、ついにその封印がとけた瞬間でした。久石譲解説に「メロディアスなミニマル」とあります。当時の言葉を補足引用すると「僕の作曲家としての原点はミニマルであり、一方で僕を有名にしてくれた映画音楽では叙情的なメロディー作家であることを基本にした。ただそのいずれも決して新しい方法論ではない。全く別物の両者を融合することで、本当の意味でも久石独自の音楽を確立できると思う。ミニマル的な、わずか数小節の短いフレーズの中で、人の心を捉える旋律を表現できないか…」(CD「Asian X.T.C.」ライナーノーツより)、久石譲が現代の作曲家として強い意志をもって創作した作品「アジア組曲」改め「ASIAN SYMPHONY」です。

めまぐるしいアジアの成長と魅惑を時代の風でかたちにした2006年版「アジア組曲」、それはまさに天井知らずのエネルギーの解放であり同時に先進国が辿ってきた発展後にある危機(Crisis)を警鐘したものとなっていました。それから11年、現代社会におけるアジア、世界におけるアジアは、今私たちがそれぞれ感じとっているすぐ隣にある現実です。

久石譲が「ASIAN SYMPHONY」への進化でリコンポーズしたもの。既出4楽曲は大きな音楽構成の変化はありません。それでも当時の「アジア組曲」の印象とは変わった空気を感じる。溢れ出るエネルギーのなかに無機質な表情で鼓動する怒涛のパーカッション群、パンチの効いた鋭利な管楽器群。躍動的で快活なのに決して手放しで笑ってはいない。そんなシリアスな変化を感じとったような気がします。

そしてもうひとつ注目すべきは、映画『花戦さ』のために書かれた音楽から「4. Absolution」として組み込まれた楽曲。映画サウンドトラック盤では「赦し」(Track-21)として収録されています。そっと手をさしのべられるような、言葉少なにそっと寄り添ってくれるような、慈愛に包まれた楽曲。悠々と感情たっぷりに歌うのではなく、弦楽の弦のすすりが聴こえる涙腺の解放。”罪を赦す”というように、過去の過ちをも包みこみ苦しまなくていい安らかな気持ちで生きていきなさい、そんな意味あいになるのかなあと思います。”相手を赦す・自らを赦す”、そして前向きに未来へ歩んでいく。映画音楽のために書き下ろされた、誤解をおそれずにいえば「エンターテインメントのための楽曲」がこうやって「久石譲オリジナル作品の一部」として組み込まれる。これはこれまでにはなかったことで、とても重要なポイントなのかもしれません。それだけに「4. Absolution / 赦し」という楽曲に対する久石譲の納得と確信を感じます。見方をかえれば、映画音楽の一楽曲としては時とともに流れてしまう可能性のあるものが、オリジナル作品の一楽章として新しい命を吹きまれた、そして未来へとつながっていくもうひとつの機会を得ることのできた楽曲。そう思いめぐらてみるとこの楽曲が加えられたことに深い感慨をおぼえます。

そして、赦しのあとの警鐘。同じ過ちをくり返す危機(Crisis)、今までになかった新しい危機(Crisis)。そんな現実を僕たちは力強く生きていかなければいけない。久石さんは、当時のインタビューで「危機(Crisis)の中の希望」というフレーズを口にしています。危機を警鐘するだけではない、その中から希望をつかんで切り拓いていく、そんなエネルギーを強く打ち響かせる作品です。

壮大な大作「ASIAN SYMPHONY」の「アジア組曲」からの変遷は、時系列でまとめていますので、ぜひ紐解いてみてください。どんな音楽が気になった人はCD作品「Asian X.T.C.」でアンサンブル版を聴いてみてください。2016年「THE EAST LAND SYMPHONY」につづき2017年「ASIAN SYMPHONY」。こうやって久石さんの”シンフォニー”がひとつでも多く着実に結晶化している喜びをひしひしとかみしめながら聴きいっていました。そして1年後には…CD化が実現してくれることを強く願っています。

Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」 コンサート・レポート より抜粋)

 

 

1. 戦国ラプソディー
2. 花僧・専好登場!
3. 天に昇る龍の如く
4. 野花の囁き
5. 織田信長
6. 京の町、花の町
7. れんの瞳に
8. 花の力や
9. 利休と専好
10. 一輪にて
11. 黄金の茶室
12. れんと専好
13. 太閤殿下の大茶会
14. こらまた…
15. 花、笑う
16. 最期のもてなし
17. どないならはるんやろ
18. 梅の花
19. 当然の報い
20. 吉右衛門の最期
21. 赦し
22. 花をもって
23. 花戦さ

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi
Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute & Piccolo:Hiroshi Arakawa
Oboe:Ami Kaneko
Clarinet:Yusuke Noda
Clarinet & Bass Clarinet:Yurie Honda
Bassoon:Takaaki Tsuboi
Horn:Jonathan Hammill, Yuta Ohno
Trumpet:Kenichi Tsujimoto
Trombone:Shinsuke Torizuka
Bass Trombone:Ryota Fujii
Timpani:Akihiro Oba
Percussion:Harumi Furuya, Shinya Matsushita
Harp:Ayano Kaji
Piano & Celesta:Takehiko Yamada
Koto:Akemi Yamada, Miho Jogasaki
Strings:E”K”S Masters Orchestra

Recorded at Victor Studio
Mixed at SOUND INN

Recording & Mixing Engineer:Suminobu Hamada(Sound Inn)
Manipulator:Yasuhiro Maeda

and more…

 

Disc. 久石譲 『家族はつらいよ2 オリジナル・サウンドトラック』

2017年5月31日 CD発売

2017年公開 映画「家族はつらいよ2」
監督:山田洋次 音楽:久石譲 出演:橋爪功 吉行和子 他

 

 

オープニングから喜劇舞台の幕開け、まるで舞台の緞帳があがっていくようなどっしりとこぶしの効いた「はじまり はじまり 2」。観客たちを呼び集めはじまりを告げ、どんな物語がくり広げられるのか期待を膨らませるメインテーマのモチーフ。

前作ではホンキートンク・ピアノが効果的に使われていたメインテーマ、今作ではその役割がイリアン・パイプスという楽器になっている。アイルランドの民俗音楽などに使われるこの楽器が、今作では強烈なアクセントとなり、新しいカラーとしてメインテーマを新調している。

バグパイプの一種であるイリアン・パイプス。調べてみると、一般的なバグパイプに比べて音量が小さく室内での演奏や他楽器との合奏もしやすい楽器とある。また他のバグパイプは音を止めることができないのに対し、イリアン・パイプスは音を止めることができるため、スタッカートや休符など音楽表現の幅も広いという特徴をもっている。

メインテーマのバリエーションも多彩に収録され、ここまで広がりのある旋律であったことに感嘆してしまう。前作が管楽器やパーカッションを巧みに使用していたのに対し、今作では弦楽器・ハープ・チェレスタといった楽器が表情を豊かにしている。

前作主要テーマ曲のひとつ(前作:「ためらい」「孫」「周造の告白」のモチーフ)は、今作でも引きつがれ装い新たに奏でられている(今作:「憲子と周造」「とちった」「若い二人」)。

映画音楽としては本編の約3分の1につけられた音楽ということで少なめではあるが、その分鳴ったときの相乗効果も高い。またフィクションでありながらファンタジーやラブストーリーとは趣の異なる、リアリティのある喜劇であり起こりうる日常。このあたりも考慮して音楽をあえて減らしていると思われる。物語のリアリティ追求と、音楽によるドラマティックな効果(それによる非現実的効果)を意図的に排除することがこの映画における映像と音楽の合意形成のように。逆説的に考えると、それだけにピンポイントに求められる音楽への要求も高いということになり、それが山田洋次監督の久石譲への確固たる信頼の現れと見ることもできる。

また前作にひきつづきオーケストラ・サウンドではない、アンサンブル・サウンドとなっている点も上に書いた音楽の役割を具現化したときの音楽構成なのだと思う。そんななかでも、前作のホンキートンク・ピアノや管楽器・パーカッションをメインとした編成よりも、今作はより一層の多重奏、多彩なアンサンブルを奏でている。主要役者8名のアンサンブルが前作以上に絡み合い、絶妙なブレンドをみせるように、音楽においても。

ひとつ付け加えておきたいこと。「家族はつらいよ」「家族はつらいよ2」において、久石譲の凄みを感じるのは、映画音楽と効果音の一体化である。映像にマッチングした音楽、動きにシンクロした音楽というものから進化したところ。音楽であり効果音でもあるという映像に必要な音の境界線をとっぱらったような音楽構成。これは旋律というよりも、音そのものや楽器奏法によるところが大きく、またそこにどの楽器を選んでいるかというのが久石譲の凄みである。前作でなぜあそこまで管楽器やパーカッションにこだわった音楽づくりだったのか、それが今作ではどのようにバリエーション豊かに変化しているのか。サンプラーの音も効果的なアクセントとなっている楽曲もある。

最後に。古き良き時代、往年の名作映画を思わせるようなメインテーマ。シンプルでありながら変幻自在な顔をもち、1作目・2作目それぞれ本編にあった表現をしている。役者のアンサンブルと音楽のアンサンブル、シリーズごとの変化を楽しめるのはそう多くないこと。そんな佇まいをもったメロディがこれからパート3以降など新たな装いで聴くことができるなら、まだまだ楽しみのつきない音楽である。

 

追記
CD盤には実際にクレジットにないトラック21が収録されている。これはボーナストラックやシークレットトラックの類と思われる。映画予告編で使われていた音楽をボーナストラックとして収録したのではないかと推測している。トラック20「家族はつらいよ2」の曲のあと約8秒間無音があり、トラック21へとつづいていく(CD盤:トラック20 [3:50]/トラック21 [0:58])。配信版には収録されておらずトラック20も無音時間がないためタイムが異なっている。公式発表は今のところ確認できないが、トラック21は「予告編用音楽」をボーナスとして収録してくれたものでCD盤のみの特典である。ちなみに、メインテーマと主要テーマをあわせた構成でアレンジとしてもどの楽曲とも同一のものではない。

 

 

1. はじまり はじまり 2
2. 日常の朝
3. 夫婦の生き甲斐
4. 車買うの?
5. 父さん怒った
6. 憲子と周造
7. 崩壊!
8. 独身貴族
9. ダンプカー
10. とちった
11. お出掛け
12. 若い二人
13. 旧友
14. 丸田の死
15. 取り調べ
16. 大騒動終了
17. 丸田の部屋
18. 出発
19. 丸田くん、さいなら
20. 家族はつらいよ2
21.

 

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi
Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute & Piccolo:Jiro Yoshioka
Oboe:Satoshi Shoji
Clarinet:Hidehito Naka
Clarinet & Bass Clarinet:Yuki Sudo
Bassoon:Takaaki Tsuboi
Horn:Chie Matsushima
Trumpet:Masato Sawada
Trombone:Hisato Yamaguchi
Percussion:Tomohiro Nishikubo
Percussion:Mitsuyo Wada
Percussion:Akihiro Oba
Harp:Ayano Kaji
Piano:Febian Reza Pane
Celesta & Sampler:Fuyuka Kusa
Uilleann Pipes:Akio Noguchi
Strings:WATARU MUKAI with friends strings

Recorded at Victor Studio
Mixed at Bunkamura Studio

Recording & Mixing Engineer:Suminobu Hamada(Sound Inn)

and more…

 

Disc. EXILE ATSUSHI & 久石譲 『天音』

2017年5月17日 デジタル配信限定発売

2017年公開映画『たたら侍』(監督:錦織良成)主題歌

EXILE ATSUSHIと久石譲によるコラボレーションは2013年『懺悔』(日本テレビ開局60年「特別展 京都」テーマソング)につづく2作目である。

 

EXILE ATSUSHI コメント
■久石譲と楽曲を制作することになった経緯
以前、懺悔という作品でご一緒させていただいた時の衝撃が、いちアーティストとして胸の中にずっと残り続けていて、今回たたら侍の映画の主題歌のお話をいただいた時に、またもう一度、久石さんとご一緒させていただけたら、良いものができるのではないかという想いで、お願いすることになりました。

■久石さんの作った曲を最初に聞いたときの感想
前回の懺悔の時もそうだったのですが、音楽的に卓越し過ぎていて、僕の想像力を遥かに超えたところにゴールがある感じでした。信頼と確信の元に歌詞を綴り始め、その歌を歌ってみた時に初めて、こういう事だったのかと納得させられまして、久石さんの音楽家としての圧倒的な魅力に引き込まれていく感覚でした。

■歌詞に込めた想い
日本独自の文化や歴史など、いろいろなものからヒントを得ています。また音や言葉、記号やマークにはどんな想いが隠されているのか。それらに対する、人間の業や、人々の想い、嘆きは、またどんな意味を持つのか。そして最終的には、人間はどのようにして万物の霊長に成り得ることができるのかを問いかける意味にもなっています。そして何よりも、平和への願いが込めさせていただきました。

■主題歌に決まったときの率直な感想
題材がとても特別なものですし、日本独特なものでしたのですごく責任を感じましたが、同時に使命感みたいなものを感じ制作させていただきました。

■主題歌を通して、映画を観る方に何を感じてほしいか
いりいろなものが便利になった世の中で、僕たち人間たちが、肌で感じて、どんな想いで行動するべきなのか、それを考えなければならない時代が来ているのかもしれないということを、少しでも感じていただけたら、これ以上の幸せはありません。

(公式サイトコメントより)

 

 

楽曲を象徴するヴァイオリン。通常の4弦のよりも2本多い6弦エレクトリック・ヴァイオリンである。つややかさとあでやかさをもつその響きは、この作品の崇高で奥深い世界観の核となっている。特徴はアコースティック・ヴァイオリンの優美さに加え、アンプをとおしたディストーション(ひずみ)など表現の豊かさにある。また弦数が多いぶん音域も広くなり、通常のヴァイオリンよりも低い音域が可能となっている。

久石譲が最先端の”現代(いま)の音楽”を発信するコンサート・シリーズ「MUSIC FUTURE Vol.1」(2014)において、ニコ・ミューリー作曲「Seeing is Believing」がプログラムされた。日本では珍しい6弦エレクトリック・ヴァイオリンを独奏に用いた作品で、久石譲はこの演奏会のために楽器を調達している。

翌年「MUSIC FUTURE Vol.2」(2015)では、この楽器に刺激を受け自らの新作「室内交響曲 for Electric Violin and Chamber Orchestra」を書き下ろし披露。こちらは同名CD作品としてLIVE盤となり、久石譲公式YouTubeチャンネルでもその斬新な野心作を見て聴いて体感することができる。(※2017年5月現在)

そして、今回ポップス・ミュージックでも響きわたらせてしまった。2014年のそれは同楽器日本初演奏であり、2015年の自作をふくめ6弦エレクトリック・ヴァイオリンを使った作品は世界においても数少ない。ということは、今作「天音」によってPOPS音楽で同楽器をフィーチャーするのは日本初ということになる、と思われる。

 

そんないわくつきの楽器の紹介をしたうえで、「天音」に耳を傾けてみる。

イントロから優美なヴァイオリンの音色、通常のヴァイオリンではなし得ない低音域、そしてザラザラした硬質なディストーション。イントロ数小節で6弦エレクトリック・ヴァイオリンの魅力を伝えきっている。曲の展開は進み中間部ではエレクトリック・ギターと聴き間違うほどの魅惑的なディストーション、エンディングまで一貫して奏でられるその響きは、この作品のもうひとつのコラボレーションと言ってもいいほどである。

そして、対位法的というか対照的なのが、主役であるEXILE ATUSHIの透明感ある包みこむような澄んだ歌声と、久石譲のピアノ。6弦エレクトリック・ヴァイオリンの独特な響きが、結果ふたつの主役を一層引き立たせていて、まさにふたつの白い光のような”天音”を浮かび上がらせているようにすら思う。

付け加えると、6弦エレクトリック・ヴァイオリンはそのものが多重な響きを醸し出している。そのため通常のヴァイオリンと異なり、ビブラートを効かせる奏法をあまりとっていないと思う。太く厚みのある音をまっすぐにのばすことで、ヴォーカルの遠く広がるビブラートとぶつかりあうことがない。ゆっくりと深く波打つヴォーカルのビブラートに改めて感嘆しながら、それを気づかせてくれたのはこの楽器との響きあいゆえ。実は歌曲と相性がいいのか、もちろんそこには表現力に優れた歌い手であることが求められる。それをも見据えた久石譲の音楽構成か、見事である。

小編成アンサンブルも楽曲に彩りをあたえ、アコースティック楽器とエレクトリック楽器の融合は本来容易ではないはずなのだが、そこは上記コンサートもふまえた実演と響きを熟知した久石譲の妙技といえる。

 

ほとんど6弦エレクトリック・ヴァイオリンをフィーチャーしたレビューとなってしまったが、それだけの存在感と重要な役割を担っている。それは”あったから使ってみた”のではなく、この楽器でなければならなかった必然性と久石譲の確信を聴けば聴くほどひしひしと感じる。

6弦エレクトリック・ヴァイオリンの特性を知ることで、聴いたことのない響きだけれど得も言われぬ心地のよい響き、ときに尖りときにしなやかに奏でる音色、広がりと深さをもって大きく包みこむ世界観。今まで体感したことのない新しい響きをきっと受けとることができる。

卓越した表現力をもったヴォーカリストとピアノ、そこに拮抗し独特な距離感と溶け合いをみせるヴァイオリン。それぞれ個の個性が強いからこその凛とした絡み合い。共鳴しあう至福を感じる楽曲である。三位一体なのかもしれない。

 

 

天音(アマオト) / EXILE ATSUSHI & 久石譲
作詞:EXILE ATSUSHI 作曲:久石譲

 

Disc. 久石譲 『(ダンロップ)CM音楽』 *Unreleased

2017年1月21日 CMオンエア開始

ダンロップ(DUNLOP)新CMに久石譲が音楽を書きおろしている。

出演:福山雅治
音楽:久石譲 「(曲名不明)」

テレビCM
・LE MANS V(ル・マン ファイブ)「誕生」篇 15秒
・ダンロップ低燃費タイヤシリーズ「選べるダンロップ」篇 15秒

ラジオCM
・「我が子のための発明」篇 80秒
・「我が子のための発明」篇 60秒
・LE MANS V(ル・マン ファイブ)「誕生」篇 20秒
・選べるダンロップ「ひとりひとりに一番合ったタイヤを」篇 20秒

ダンロップCMギャラリーにてCM動画視聴可能 (※2017年1月現在)

公式サイト:ダンロップタイヤ | ダンロップCMギャラリー

 

「音と沈黙」による、今もっとも旬な久石譲ミニマル・ミュージックのかたち。2016年「ミュージック・フューチャー Vol.3」コンサートで世界初演された新作 『2 Pieces for Strange Ensemble』の流れを彷彿とさせる、斬新な楽曲である。

室内アンサンブルの編成ではあるけれど、その響きはクラシックというよりもロックのようなワイルドさ。これもまた上述新作にて追求したサウンドが活かされているように思う。「音と沈黙、躍動と静止、継続と断絶」によっても曲のリズムやグルーヴ感は失われておらず、時間軸としての凹凸感がみえておもしろい。

あえて言うならば、台詞やナレーションも必然的に「音と沈黙」があるわけで、互いの「音と沈黙」で意識が散漫になる危険性はあるのかもしれない。一般的に音楽が通音で鳴っている上に台詞や言葉がのっかる、というものとの違いのことである。そんな事象も折り込み済みで、狙っているのなら、意見するところではない。

一般的にCM音楽に不可欠とも思われるキャッチーなメロディはそこにはない。がしかし、聴こえた瞬間に耳に意識を集中させてしまうほどの、手を止めてしまうほどの強烈なインパクトのある楽曲。一瞬にして日常生活にはない違和感のあるサウンドで、強く印象に刻まれることはもちろん、ヴィンテージ感や高級感といった品格の佇まいすら感じる。

近年、CM音楽においても、メロディー系ではなく本格的なミニマル・ミュージックを投じることがふえた傾向にある。そのなかでも、久石譲が今もなお進化していることを証明する、アヴァンギャルドな楽曲である。

最長80秒を視聴することのできる楽曲。その先の展開や着地も気になる、ぜひフルサイズで聴いてみたい作品である。

 

Disc. 久石譲 『(三井ホーム)CM音楽』 *Unreleased

2016年4月16日 CMオンエア開始

三井ホーム「TOP OF DESING」
音楽:久石譲 曲名:不明

・「TOP OF DESIGN」 美しさが育つ家篇 (京都) 15秒
・「TOP OF DESIGN」 美しさが育つ家篇 (仙台) 15秒
・「TOP OF DESIGN」 人生を築く家篇 (15秒)
・「TOP OF DESIGN」 人生を築く家篇 (30秒)

CMは、三井ホーム公式サイト内「広告ライブラリー」にて閲覧可能
(※2016年4月現在)

三井ホーム「広告ライブラリー」

同ホームページにて視聴できるのは、上の4本すべてである。

また久石譲コメントも一緒に掲載されている。

「三井ホーム、およびCM制作のみなさまの厚い理解により、恐らく日本初の本格的なミニマル音楽でのCMが完成しました。アート性と高級感、それに親しみやすさが感じられるように作曲しました。 楽しんで頂けると幸いです。」

(三井ホーム 広告ライブラリーより)

 

久石譲本人のコメントにもあるとおり、ミニマル・ミュージックによる刺激的で鮮烈な印象が残る音楽になっている。

麻衣のヴォイスと、弦楽、マリンバ、木管など小編成のアンサンブルにて、小刻みに弾けるようなアコースティック・グルーヴを堪能することができる。

CD作品でいうならば「ミニマリズム2 Minima_Rhythm 2」(2015)、さらに言うなれば2014年から新たなコンサート企画として始動した「ミュージック・フューチャー シリーズ」(毎年1回開催)。これらの活動の延長線上、はたまたその進化系として新たに生まれた久石譲の”今旬な”カタチでのミニマル・ミュージックとなっている。

上質で心地よい、ミニマル・ミュージックだからこそ、15秒や30秒ではもちろん足らず、エンドレスで聴き浸りたい音楽であり、転調やズレなど、さらなる楽想としての発展も興味深い作品である。

 

曲名不明、未発売曲、CD作品化が期待される上質な作品である。

 

2016.10追記
三井ホーム「広告ライブラリー」(上記紹介)にて、WEB限定動画が配信される。そのなかでCMでは15秒版・30秒版でしか聴くことができなかった同曲が、約1分間視聴可能となった。楽曲の展開の先が少し垣間見れる貴重な動画である。

「震度7に60回耐えた家。」研究員篇 (15秒)
「震度7に60回耐えた家。」インタビュー篇 (15秒)
「震度7に60回耐えた家。」WEB限定動画 (約2分)
菅野美穂 WEB限定インタビュー動画 (約1分)

CMテーマ音楽を約1分間視聴できた動画は、「菅野美穂 WEB限定インタビュー動画 (約1分)」である。

 

三井ホーム CM 久石譲

 

Disc. 久石譲 『家族はつらいよ オリジナル・サウンドトラック』

2016年3月9日 CD発売

2016年公開 映画「家族はつらいよ」
監督:山田洋次 音楽:久石譲 出演:橋爪功 吉行和子 他

 

国民的映画 『男はつらいよ』から『家族はつらいよ』

「男はつらいよ」シリーズは、1969年から1995年まで計48作品にわたって公開された、国民的シリーズ映画。観客動員数はのべ8000万人以上、時代が変わっても色あせない永遠の喜劇として、現在も多くの人に愛され続けています。本作は、その「男はつらいよ」の生みの親である山田洋次監督が、新たに取り組んだ喜劇作品。日本中に笑顔と感動を届け続けた”寅さん”に通じる家族の物語が、ついに到来します!

 

映画「東京家族」(2013)のキャスト8人が再結集。「この最高のアンサンブルで、今度は現代の家族を”喜劇”で描きたい」という山田洋次監督の強い想いの下に、新たに豪華キャストも加わり、このメンバーでしか紡ぎ出せない最高の喜劇が完成。

 

コメント

今までコミカルな場面の音楽を作曲することは多々ありましたが、本格的な喜劇は初めてでした。喜劇映画の音楽は、どうしても伴奏音楽になりがちです。テーマ曲やその他の旋律がしっかりと劇に絡み、単なる伴奏ではなくきちんと映画と融合する音楽を目指しました。ホンキートンク・ピアノ(※)を使ったところ、山田監督も気に入られ、結果、その音が本作の色にもなったのがとても嬉しかったです。喜劇というのは、ある意味、悲劇の裏返しだと思います。ドタバタの中でも人間の哀しみが滲み出るような、俯瞰で見る神のような視点も必要。その点でもうまくいったと思います。

※1930~40年代頃のジャズの前身の頃によく使われ、少しチューニングが狂ったような調子っぱずれの音色を出す。

(コメント ~映画「家族はつらいよ」劇場版パンフレット内 久石譲コメントより)

家族はつらいよ パンフレット

 

 

山田洋次☓久石譲のタッグは、「東京家族」(2013)、「小さいおうち」(2014)に続いての3作目。山田洋次監督の20年ぶりの喜劇に対して、久石譲にとっても本格的な喜劇映画の音楽担当は初となる。

楽器編成のクレジットにもあるとおり、ホンキートンク・ピアノやパーカッションを効果的に使用した、小編成かつ短いモチーフの楽曲構成となっている。

 

家族はつらいよ オリジナル・サウンドトラック 久石譲

1. はじまり はじまり
2. 家族はつらいよ オープニング
3. なんだこれ
4. 憲子さん
5. 八つ当たり
6. ご帰宅
7. ラブ・ストーリー
8. ヒガイシャ
9. 夫婦になりたい
10. 探偵事務所
11. 心配
12. こりゃどうも
13. 哀れな父さん
14. 潜入調査
15. ま・さ・かの再会
16. 級友
17. 本気なのよ
18. やけ酒
19. 家族会議
20. 富子の告白
21. サラリーマン
22. 髪結いの亭主
23. これが目に入らぬか!
24. ためらい
25. もしものとき
26. 孫
27. 「ハーイ」
28. 空っぽの部屋
29. 義父へ
30. 周造の告白
31. 家族はつらいよ

All Music Composed, Arranged and Produced by Joe Hisaishi

Conducted by Joe Hisaishi

Performed by
Flute & Piccolo:Yuna Okubo
Clarinet:Masashi Togame
Bassoon:Mina Higashi
Trumpet:Sho Okumura
Trombone:Kanade Shishiuchi
Percussion:Marie Oishi
Guitar:Akira Okubo
Bass & Contrabass:Jun Saito
Drums:Yuichi Togashiki
Piano & Honky Tonk Piano:Febian Reza Pane
Strings:Manabe Strings

Recorded at Victor Studio
Mixed at Bunkamura Studio

 

Disc. 久石譲 『Minima_Rhythm II ミニマリズム 2』

2015年8月5日 CD発売

久石譲の真骨頂、ソリッドなサウンドで贈るミニマリズム・シリーズ第2弾。
”現代”(いま)を感じさせるアルバム、ついに登場。

ロンドン・シンフォニー・オーケストラとの『ミニマリズム』から6年ぶりのとなる本作は、よりソリッドで現代的なサウンドに生まれ変わった室内楽作品集。エッシャーのだまし絵からインスピレーションを得た「String Quartet No.1」や、マリンバ2台のための「Shaking Anxiety and Dreamy Globe」、すべて単音だけで構成された「Single Track Music 1」、そして戦後70周年を迎えたこの日本のために書かれた「祈りのうた for Piano」などを収録。

 

久石譲 『Minima_Rhythm II』 に寄せて

”ミニマリズム” から ”アニマリズム” へ

「不協和音ばかりに偏重してしまった現代音楽の中でも、ミニマル・ミュージックには調性もリズムもあった。現代音楽が忘れてしまったのがリズムだったとするならば、それをミニマル・ミュージックは持っていた。(中略)もう一回、作品を書きたいという気持ちが強くなったとき、自分の原点であるミニマル・ミュージックから出発すること、同時に新しいリズムの構造を作ること、それが自分が辿るべき道であると確信した」。このように久石譲が宣言し、アルバム『Minima_Rhythm』(ミニマル・ミュージックのMinimalとリズムRhythmの造語)を発表したのは2009年のことであった。本盤『Minima_Rhythm II』は、前作から実に6年ぶりとなる続編だが、当然のことながら6年の間に久石の音楽はさらなる深化を遂げ、新しい方向を目指して現在進行形で深化を続けている。それがいったい何なのか、具体例を挙げてみたい。

本盤冒頭、ピアノソロによって収録された《祈りのうた》の最初のセクションを、久石はわずか6つの単音のモティーフで始める。天上からの呼びかけを思わせる「ド、ラー」という2音と、それに対する地上の応答のような「ミラドミー」の4音(音楽を少し勉強したリスナーなら、使われている「ラ・ド・ミ」が三和音だとすぐにわかるはずだ)。呼びかけと応答は、何度か繰り返されるうちに音程が変わったり、あるいは音符の数が足されていったりと、少しずつ変化を遂げていく。さらに、同じくピアノソロで演奏されている《WAVE》においては、「ラ・ド♯・ミ」という三和音から生まれた分散和音の波が、繰り返しを重ねながら少しずつ変化を遂げていく。この「少しずつ」という要素が、実はミニマル(最小限)ということに他ならない。

もしもリスナーが、同じ音形を機械的に繰り返していく音楽(いわゆるパターン・ミュージック)だけを「ミニマル・ミュージック」と考えておられるとしたら、《祈りのうた》や《WAVE》はそういう意味での「ミニマル・ミュージック」ではない。これら2曲で久石が重きを置いているのは、音の素材を最小限に限定し、その素材をあるシステムによって「少しずつ」発展させていく、そういう意味での「ミニマル」だ。筆者の知る限り、久石がここまで音の要素を禁欲的に限定して音楽を書いたことは、ほとんどなかったのはないかと思う。

急いで付け加えたいのは、この《祈りのうた》や《WAVE》のような作品は、あくまでも生身の人間が演奏してはじめて意味が生まれてくる音楽という点だ。つまり、漠然と流れる時間の中から《祈りのうた》という曲名に相応しいテンポ感を--広い意味での「リズム」と言っていいだろう--見つけ出し、もしくは《WAVE》という曲名に相応しい潮の満ち引きの「リズム」を見つけ出し、その結果、これ以上ありえないほどシンプルな音の動きに相応しい繊細な音色がピアノから紡ぎ出されることで、ようやく作曲意図が感じられるようになる。別の言い方をすれば、これは躍動感あふれる生命のリズムを持った人間でないと、演奏できない音楽なのだ。それは、本盤に収録された他の3曲についても共通して言える点である。筆者はそれを、ミニマリズムMinima_Rhythmから生まれたアニマリズムAnima_Rhythm--アニマはラテン語で「生命」「魂」の意味--の音楽と呼びたいのだ。

ミニマル・ミュージックからポストクラシカルへ

本盤は作曲家として、また演奏家としてミニマル・ミュージック(必ずしも自作に限らない)と積極的に関わり続けてきた久石の、現時点での最新活動報告的な意味合いも込められている。その意義を理解するためには、ミニマル・ミュージックの歴史についてある程度予備知識があったほうがよいと思うので、要点を掻い摘んで書いておこう。

広い意味でもミニマル・ミュージックは「曲の素材を最小限に限定した音楽」と説明されることが多いが、一般的には、1960年代に登場した4人のアメリカ人作曲家ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス(2015年現在、4人とも音楽活動を継続中)が、反復とズレを基に作り上げた音楽を指すことが多い(これら4人の音楽を、特に「アメリカン・ミニマル・ミュージック」と呼んで区別することがある)。一方、1970年代に入ると、旧ソ連政権下のエストニアやポーランドからも、やはり曲の素材を最小限に限定した音楽を書くアルヴォ・ペルトやヘンリク・グレツキのような作曲家が登場し始めた。この2人にイギリス人のジョン・タヴナーを加えた3人は、教会音楽と関係の深い音楽を多く書いていることから、現在では「ホーリー・ミニマリズム(聖なるミニマリズム)」と呼ばれている。これら7人をミニマル・ミュージックの第1世代の作曲家だとすると、それに続くジョン・アダムズ、マイケル・ナイマン、ルイ・アンドリーセンといった作曲家が第2世代ということになる(一時期、これらの作曲家の音楽は一括してポスト・ミニマリズムと呼ばれていた)。

第2世代よりやや若い世代に位置する久石は、学生時代に出会ったアメリカン・ミニマル・ミュージック(特にテリー・ライリー)に衝撃を受け、1981年作曲の《MKWAJU》や1985年作曲の《DA・MA・SHI・絵》(両曲の改訂版が『Minima_Rhythm』に収録されている)あたりまで、現代音楽作曲家としてミニマル・ミュージックを書いていた。ところが『風の谷のナウシカ』(84)以降、映画音楽を中心とするエンターテインメント側に活動の主軸が移ったため、たとえ本人が書きたくてもミニマルの新作を書く時間的・物理的余裕がまったくなくなってしまったのである。

この間、欧米ミニマル・ミュージックは先に述べたような作曲家を除くと、20世紀末まで後続の傑出した作曲家がなかなか芽を出さない状態が続いていた。この状況を、かつてフィリップ・グラスは「自分たちの名前があまりに大きくなり過ぎて、新人の出る余地がなくなってしまった」と筆者に説明していたが、そうした状況に大きな変化が見られるようになったのは、21世紀に入ってからである。具体的にはニコ・ミューリー、ガブリエル・プロコフィエフ、ブライス・デスナーといった若手作曲家がミニマルを基本としたクラシック作品を発表し、iTunes/You Tube世代のリスナーから大きな支持を獲得するようになったのだが、彼ら若手の音楽を総称して「ポストクラシカル」と呼ぶことが多い。

ポストクラシカルの作曲家たちに共通しているのは、ほぼ全員がミニマルの洗礼を例外なく受けていること、音楽大学などできちんとクラシックの教育を受けていること(つまりアレンジャーに頼らず自分でオーケストレーションが出来ること)、はじめはロックなりテクノなりのポップスフィールドで叩き上げられて才能を開花させていること、その後、改めてクラシックに戻って(ポップス的な感性を活かしながら)演奏会用作品を書いていること、という特徴である。察しのいいリスナーなら、そうした特徴が実は久石についてもそのまま当てはまることに気づくだろう。『風の谷のナウシカ』以降、四半世紀近くも現代音楽から遠ざかり、回り道をしてきたように思える久石だが、実際のところは誰よりも早くポストクラシカル的な道を歩み始めていたのだ。そうした意味において、2014年から久石が始めた『Music Future』というコンサートシリーズ--その第1回公演では本盤に収録された《String Quartet No.1》と《Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas》に加え、ペルト、グレツキ、ミューリーの作品も併せて演奏された--は、アメリカン・ミニマル・ミュージックからホーリー・ミニマリズムを経てポストクラシカルへと進化を続けている久石の軌跡そのものなのである。本盤に収録された5曲を注意深く聴いていくと、その軌跡--ミニマルからポストクラシカルに到る”単線の軌跡”と言い換えてもいい--から見えてくる、さまざまな風景が走馬灯のように流れていくのを確認できるはずだ。

躍動する生命(アニマ)のリズム

アルバム『ジブリ・ベスト・ストーリーズ』所収の拙稿にも少し書いたが、久石の音楽において、ミニマル的な表現は「根源的な生命(力)の存在」と結びつくことが多い。それはミニマル的な表現が、音楽の最も基本的な要素のひとつである「リズム」をどう捉えるか、という問題と深く結びついているからだ。音楽を時間芸術として見た場合、「リズム」「メロディ」「ハーモニー」「音色」という音楽の4大基本要素の中で最も重要なのは、言うまでもなく「リズム」である。リズムのない音楽、時間を感じさせない音楽は死に等しい。つまり「リズムが命」ということである。ミニマルは、そうした音楽の本質を書き手・聴き手の双方に意識化させる、文字通りの最小限の表現手段なのだ。そういうところから久石が音楽を始めている以上、彼の音楽にある種の強度--生命力の強さ、生命力の多様さ--がもたらされるのは、当然の結果と言えるだろう。

先に触れた《祈りのうた》や《WAVE》とは逆に、《String Quartet No.1》 《Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas》それに《Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion》には複雑な変拍子が用いられているが、久石の目的は何も作曲上・演奏上の超絶技巧的な凄さを開陳することではない。シンプルなフレーズがズレを見せ、変容を見せ、時にはまったく異なった相貌を見せることで、いかに多様な生命力を獲得し得るか。つまり「リズムの躍動=生命の躍動」を表現したいがために、そうした手法を用いているのである。必ずしも正確な喩えではないかもしれないが、たったひとつの細胞が増殖し、それが重なり集まることで組織が生まれ、器官が生まれ、総体としてひとつの生命が生まれていくダイナミックな過程を「生命の躍動」とするならば、久石の音楽はまさにそうした意味での「生命の躍動」を表現していると言えるだろう。

幸運なことに、筆者は《Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion》の録音リハーサルに居合わせることが出来たが、そこで間近に見たものは、久石の音楽が持つ「生命の躍動」に4人のサクソフォニストとパーカッショニストが文字通り「息を吹き込む」、崇高な誕生の瞬間だった。単音から24音まで増殖していくフレーズ(音列)がユニゾンで提示された後、そこから特定の音が残り、引っ掛かり、強調されていくことで、得も言われぬグルーヴ感が生まれてくる。それは時にはジャズ的であったり、琉球音楽的であったり、あるいはロック的であったりするのだが、演奏者たちはそうしたさまざまなリズムの風景--曲名を踏まえて言えば、単線の軌道を走る列車の車窓から見えてくるさまざまな音風景--を目ざとく見つけ、それを楽しみながら生き生きと表現すべく、あらん限りのテクニックとエネルギーを演奏に投入していく。これをPlay(演奏=遊戯)の醍醐味と呼ばずして、何と呼ぼうか。

それは、ミニマリズムMinima_Rhythmという原点を持つ久石の音楽が、高度な技量を備えた本盤の演奏家たちという理解者を得て、躍動する生命(アニマ)のリズムを讃えるアニマリズムAnima_Rhythmの高みに到達した瞬間でもあった。

文:前島秀国

(以上、CDライナーノーツ 寄稿文より)

 

【楽曲解説】

1. 祈りのうた for Piano (2015)

初演(予定):2015年8月5日、ザ・シンフォニーホール
「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.) 2015」

2015年1月作曲。三鷹の森ジブリ美術館の展示室用音楽として、一足先に聴かれたリスナーも多いかもしれない。世俗の日常を超越した崇高な時間感覚を紡ぎ出す、拍節感の希薄なテンポ。”祈り”の余韻をいっそう純化する、息の長いペダルの使用。久石自身が「僕が初めて書いたホーリー・ミニマリズムの曲」と述べているこの楽曲は、機能和声や調整システムからいったん脱却し、シンプルな三和音という最小限(ミニマル)の構成要素に回帰したアルヴォ・ペルトのティンティナブリ様式(鈴鳴り様式)との親近性を強く感じさせる。本盤に収録されたピアノ版の構成は、ごく大まかに(1)透明感あふれる三和音のモティーフを右手が導入する最初のセクション、(2)悲しみに満ちた和音からなる中間部のセクション、(3)左手の伴奏を伴った最初のセクションの再現、という三部形式と見ることが可能である。

《祈りのうた》という曲名に関して、久石は具体的に誰のための「祈り」か明言していない。ただし2014年暮、すなわち本作作曲直前の時期にW.D.O.2015公演のプログラミングを練っていた久石は、東日本大震災の悲劇について何らかの音楽的ステートメントを盛り込みたいと構想していたので、それが作曲の間接的なきかけになった可能性はある。

//////////////////////////////////////////////
2015年1月、三鷹の森ジブリ美術館オリジナルBGM用のピアノソロ曲として作られた。久石の作家人生の中でも初のホーリー・ミニマリズム作品として書かれたこの曲は、極めてシンプルな3和音を基調とし、極限まで切りつめられた最小限の要素で構成されている。今回演奏される《祈りのうた》は、核をなすピアノに加え、チューブラベルズ、弦楽合奏が加えられた。厳かな鐘の鳴り響く中、静かに訥々と語りかけるように始まるピアノの旋律が印象的である。久石が敬愛するホーリー・ミニマリズムの作曲家ヘンリク・グレツキに捧げられている。
Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2015」 コンサート・レポート
//////////////////////////////////////////////

/////////////////////////////////////////////
毎年正月、三鷹の森ジブリ美術館で使うために宮崎(駿)さんに曲を贈っているのですが、今年出来たのがこれだったんです。昨年、ヘンリク・グレツキやアルヴォ・ペルトに代表されるような教会旋法を使ったホーリー・ミニマリズムを演奏してきた影響もあり、シンプルでありながらエモーショナルであることを追求したくなっていたんです。人間は前進しようとするとより複雑なものを求めがちですが、あえてシンプルにいきたかった。そうして出来上がったら自然と《祈りのうた》というタイトルが浮かびました。
Blog. 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2015」 コンサート・パンフレットより
/////////////////////////////////////////////

 

2. Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas (2012-2014)

初演:2014年9月29日、よみうり大手町ホール 「Music Future Vol.1」

原曲は、2台のギターのために書かれたHakujuギター・フェスタ委嘱作 《Shaking Anxiety and Dreamy Globe》(2012年8月19日Hakuju Hallにて初演)。曲名は、ダグラス・ホフスタッターの古典的名著『ゲーデル、エッシャー、バッハ』20周年記念版の序文に出てくる「揺れ動く不安と夢の球体」というフレーズに由来する。このフレーズは、著者のホフスタッターがアメリカの詩人ラッセル・エドソンの詩「The Floor」の一節を引用した部分「teetering bulb of dread and dream」を訳したものだが、「揺れ動く不安と夢の球体」という日本語表現を気に入った久石は、敢えて原文の文脈にとらわれず「shaking anxiety(揺れ動く不安)and dreamy globe(夢の球体)」という英語に逆変換し、新たな造語を作り上げた。久石自身はこの造語の意味するところを「生命が生まれる瞬間」と説明している。躍動感あふれるミニマル音形の反復と複雑な変拍子を用いた原曲の構成を踏襲しつつ、本盤に収録されたマリンバ版では第1奏者がグロッケンシュピールを、第2奏者がヴィブラフォンを兼ね、より多彩な音色を獲得。特に「dolente(悲しみを込めて)」と記されたセクションでは、繊細かつ精麗な響きを奏でるグロッケンとヴィブラフォンが印象に残る。

 

3. Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion (2014-2015)

初演(予定):2015年9月24日・25日、よみうり大手町ホール「Music Future Vol.2」

原曲は、毎年ウィンド・アンサンブルの新作を委嘱初演する浜松市の音楽イベント「バンド維新」のために書かれた吹奏楽曲(2015年2月22日アクトシティ浜松にて初演)。久石自身の解説によれば、単音から24音まで増殖するフレーズがユニゾンで演奏され、その中のある音が高音や低音に配置されることで別のフレーズが浮かび上がってくるという、シンプルな構造で作られている。

アメリカン・ミニマル・ミュージックの作曲家たち、特にスティーヴ・ライヒはミニマル特有のズレ(とそこから生まれる変化のプロセス)を生み出すため、バッハ以来おなじみのポリフォニック(多声音楽的)な書法、具体的にはカノンのような手法で声部を重ね合わせる実験を試みたが、本作において久石は、そうしたポリフォニックな手法に頼らず、あくまでも単旋律のユニゾンにこだわりながらズレを生み出す試みにチャレンジしている。つまり多声という”複線”を走るのではなく、あくまでもユニゾンという”単線”を走り続けるわけだ。鉄道の”単線”を意味する《Single Track》という曲名はそこに由来しているが、その際、フレーズ内の音が高音や低音に配置されることで生まれる別のフレーズは、車窓から見えるビルの窓ガラスや川の水面に映る自分の反射した姿(の変形)と考えると、分かりやすいかもしれない。

本盤に収録された演奏において、パーカッショニストがヴィブラフォンを演奏するセクションから中間部となるが、そこに聴かれる和音らしき響きは、あくまでもフレーズの持続音(サステイン)が伸びた結果生まれたものであって、決して意図したものではないという。喩えて言うならば山間部を走る列車の走行音や警笛がこだまし、それが偶発的なハーモニーを生み出すようなものである。

ユニゾンのフレーズの音が時間軸上でズラされることで生まれるさまざまな音風景は--久石は本作を鉄道の標題音楽として書いているわけではないが--車窓から見える多種多様な光景が自分の中のさまざまな記憶を呼び起こしていく、そんな自由連想的な聴き方をリスナーに許容している。最初のユニゾンのフレーズが、民謡のようにもジャズのようにも、あるいはわらべ唄のようにも聴こえてくる面白さ。そういう面白さを実現するためには、最初のフレーズが思わず口ずさみたくなるような親しみやすさを持ちながら、同時に高度な可塑性に耐えうる可能性を潜在的に秘めていなけれなならない。こういうフレーズは、ポップスフィールドで感性を徹底的に鍛え上げられた、久石のような作曲家でなければ絶対に書けないフレーズだと思う。そういう意味で本作は、久石のポストクラシカル的な在り方をこれまでになく明瞭に示した楽曲と言えるだろう。

4. WAVE (2009)

初演:2009年8月15日、ミューザ川崎シンフォニーホール
「久石譲 オーケストラ コンサート 2009 ~ミニマリズム ツアー~」

アメリカン・ミニマル・ミュージック(特にフィリップ・グラス)の功績のひとつは、西洋音楽において単なる伴奏音形とみなされていた分散和音(アルペッジョやアルベルティ・バス)に音楽表現の主体を置くことで「旋律=主、分散和音=従」の関係を逆転させ、分散和音から旋律が発展してく手法を確立・普及させた点である。本作の場合、イ長調の主和音から始まる分散和音は、《WAVE》という曲名が示す通り、寄せては返す波のように何度も繰り返されていくが、渚を洗うひとつひとつの波が決して同じではないように、ひたひたと寄せる分散和音は繰り返しごとに色あいを微妙に変えていく。そして、その色あいの変化の中から、ちょうど波間に浮かぶ小舟のように、1本の旋律がくっきりと上声部に浮かび上がってくるのである。ミニマル作家としての久石譲と旋律作家としての久石譲が、高度な次元で融合した名曲というべきであろう。2009年1月に作曲後、三鷹の森ジブリ美術館展示室用音楽の形で初めて公にされたが、この作品に格別な思い入れを抱く久石は、これまでアンコールなど特別な機会のみに演奏を限定してきた。リリースは本盤が初となる。

 

5-8. String Quartet No.1 (2014)

初演:2014年9月29日、よみうり大手町ホール「Music Future Vol.1」

2012年に東京で開催された「フェルメール光の王国展」のために久石が書き下ろした室内楽曲《Vermeer & Escher》から4曲を選び、弦楽四重奏曲として新たに構成・作曲し直した作品。作曲活動の初期から、オランダの画家マウリッツ・エッシャーのだまし絵(錯視絵)がもたらす錯視効果と、ミニマル・ミュージック特有のズレがもたらす錯聴効果の類似性に強い関心をいだいていた久石は、1985年に《DA・MA・SHI・絵》という作品を発表しているが、それから約30年、弦楽四重奏だけで構成された本作では、エッシャー特有の線的構成がいっそう強調されることになった(ただし久石は、エッシャーの作品を標題音楽的に表現しているわけではない)。参考までに、作曲にあたって久石がインスパイアされたエッシャーの原画のデータを以下に挙げておく。※割愛

第1楽章:Encounter
冒頭のユニゾンで提示される主題を基にした、ユーモアにあふれるズレの遊戯。

第2楽章:Phosphorescent Sea
グリッサンドの弦の波、それに夜のミステリアスな音楽で表現された「燐光を発する海」の情景。

第3楽章:Metamorphosis
厳格かつ対位法的な音楽で表現される、ズレの「変容」の過程。

第4楽章:Other World
13/8拍子という珍しい拍子を持ち、オクターヴを特徴とする反復音形が中心となる終楽章。オリジナル版では全音階の希望に満ちたモティーフが静かに登場した後、コーダを迎える形をとっていたが、本盤に収録された弦楽四重奏版ではそのモティーフを中心とする新たなクライマックスが築き上げられ、その後、反復音形が再現して余韻を残したコーダを迎える形に改訂されている。

 

2015/06/18
前島秀国 サウンド&ヴィジュアル・ライター

(【楽曲解説】 ~CDライナーノーツより 抜粋)

 

補足)

近年の久石譲オリジナル・アルバム(ベストアルバム含む)のほとんどのライナーノーツを手掛けている前島氏。本作品でも「久石譲 『Minim_Rhythm II』に寄せて」と題し、楽曲解説以外にも4ページにわたって、久石譲を紐解いている。本盤に至る経緯、久石譲の現在地を独自の視点で捉えていてより一層引き込まれる。楽曲解説項から溢れた収録曲の解説もそこで述べられており、本作品を聴くための手引きとなるにふさわしい。そして聴覚から得る印象と視覚から得る言語、まさに感覚性と論理性によって本作品の真髄を受け止めることができる。

耳でも、そして言葉でも、
久石譲を、久石譲の現在(いま)を、
『Minima_Rhythm II』を深く味わいたい方は、
ぜひ本作品CDを手にとってほしいと願いを込めて。

 

同日、ショット・ミュージックより「弦楽四重奏曲第1番 – String Quartet No.1」 オフィシャル・フルスコアおよびパート譜も発売されている。

Score. 久石譲 「弦楽四重奏曲第1番 – String Quartet No.1」 [スコア]

 

Minima_Rhythm II

1. 祈りのうた for Piano (2015)
2. Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas (2012-2014)
3. Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion (2014-2015)
4. WAVE (2009)
String Quartet No.1 (2014)
5. I. Encounter
6. II. Phosphorescent Sea
7. III. Metamorphosis
8. IV. Other World

All Music Composed & Produced by Joe Hisaishi

Piano:Joe Hisaishi 1. 4.

Recorded at
Bunkamura Studio [Track-1]
Victor Studio [Track-2,3,5-8]
Wonder Station [Track-4]

 

Disc. 福田進一 x 荘村清志 『DUO』

2015年6月24日 CD発売

久石譲が2012年「第7回 Hakuji ギターフェスタ」のために書き下ろした、ギターデュオのための委嘱作品『Shaking Anxiety and Dreamy Globe』を初CD化。今年2015年「第10回 Hakuji ギターフェスタ」でも再演予定で、もちろんオリジナル・プレーヤーである2大ギタリストによる録音。

公式譜も同時発売されている。

Score. 久石譲 「Shaking Anxiety and Dreamy Globe 2台のギターのための」 [ギター]

 

《Shaking Anxiety and Dreamy Globe ―揺れ動く不安と夢の球体―》

2台ギター版《Shaking Anxiety and Dreamy Globe》は、ミニマル・ミュージックとフラメンコの融合ともいえる響きが特徴の作品。2012年8月19日に行われた『Hakujuギター・フェスタ』のための委嘱作品として作曲され、福田進一と荘村清志によって世界初演が行われた。

曲名 “Shaking anxiety and Dreamy Globe”は、
アメリカのシュルレアリスムの詩人、ラッセル=エドソンの詩にある、
[生命が生まれる瞬間」を表した一節を引用した造語。

ミニマルの手法とフラメンコギターのエッセンスを取り入れた作品。
複雑な変拍子と躍動感あふれる久石ならではの技巧的な楽曲。

 

あたたかな円熟のアンサンブル、自在の境地が生み出す「大人の音楽」!

ギター界を牽引してきた第一人者による珠玉の共演アルバム誕生です。演奏のスタイルも奏でる音色も、それぞれに際立つ個性を持つ二人が、雄弁な自己主張を刻みながら、その個性を競い合うのではなく、互いをリスペクトし引き立て合う演奏は音楽への真摯な姿勢とギターへの愛に満ち溢れています。自在の境地から生み出された円熟のアンサンブルは、まさに「大人の音楽」というに相応しいもので、聴き手の心に深く染み入る、滋味溢れる名演と言えます。二人が共同プロデューサーを努めるHakujuギター・フェスタの第10回を記念したアルバムです。

 

寄稿

音楽を聴いて、演奏家の”人生”に思いを馳せるというのは、些か野暮な話なのかもしれない。しかし、本作《DUO》には、なにかそうした類の感慨を抱かせずにはいない、格別の味わいがある。日本のギター界を、それぞれに違ったかたちで牽引してきた荘村清志、福田進一両氏。その共演は、ギターファンのみならず、このせわしない世の中で、決して消費されることのない豊かな才能に憧れるすべての人々を、束の間、夢見心地にさせることだろう。

音楽そのものであると同時に、音楽についての、言葉を超えた対話。お馴染みの〈ニュー・シネマ・パラダイス〉に始まり、〈スペイン舞曲〉、〈カヴァティーナ〉と、ゆったりとした雰囲気で始まる前半の、そこばくの慎みが心地良い。そこから、次第にエモーショナルな部分に触れていって、〈エディット・ピアフを讃えて〉のような、リリカルでチャーミングな演奏に至る。終盤の三曲の委嘱作品は、さすがの聴き応えで、思わず身を乗り出し、息を呑む。二人の演奏家としての歩みに思いを馳せ、その音の説得力に打たれ、最後は〈星に願いを〉が、静かな挨拶のように、名残を惜しむ私たちを、元の日常世界へとそっと見送ってくれる。

この楽曲の多彩さにして、なんという構成の妙だろう!同時代に、この美しい共演を体験できる私たちは、幸福な音楽ファンだ。

平野啓一郎(小説家)

(寄稿 ~CDライナーノーツより)

 

名匠同士、妙味尽きぬ音の対話
話題のギターデュオ、待望のレコーディング

荘村清志と福田進一。共に日本のギター演奏界を代表する2人の名匠が、腕を組んでデュオを聴かせる-なんとも素晴らしい企画だが、実はこの「名匠デュオ」は、もはや10年来、ギター・ファンの心を惹きつけ、満足を与えつづけてきた歴史を持っている。荘村と福田が、株式会社白寿生科学研究所の運営するHakuji Hallの全面的援助を受け、同ホールを舞台に、夏の「ギター・フェスタ」を発足させたのは2006年。これは、かねがね声望高く豊かな人脈を持つ両名匠が、内外から実力者アーティスト(多くはギタリストだが他ジャンルの人びとも)を招いて催す通例3日間の演奏会シリーズだが、その中で、両主宰者によるスーパー・デュオは、ひとつの呼び物であってきたのだ。この2015年、「ギター・フェスタ」が10周年を迎えるに当たり、それを記念するためにも2人のデュオを本格的なCDとして残したい、ということになったのは、当然の成行きではあるものの、極めて喜ばしいことである。レパートリーは、これまでこのデュオが手がけてきた曲目、あるいはここに新しく取り組んだ曲目、いずれにしてもたいへん楽しめる高度な楽曲が並んでいるが、とりわけ注目すべきは、この「フェスタ」から、著名作曲家に特別に委嘱されたオリジナル・ギター・デュオ曲が3篇ほど含まれたことである。「フェスタ」の、国際的にも注目される存在意義を、これらの価値高い委嘱作は、如実に証明すると言えよう。

このたびの録音は、往時の「フェスタ」における録音を再使用するようなことはなく、すべて新規に行われた。それに際しては、このたびもHakuji Hall側の快い協力があり、演奏者たちは、ギターのためには理想的なものである同ホールの個性的でデリケートな音響効果を心ゆくまで活用することができた。演奏者たちは、これに関し、同ホールへの深い感謝の念を表明している。

福田進一の述懐によると、このデュオは「荘村さんと僕という、生い立ちも違えば留学先(スペインとフランス)の音楽的・文化的環境も違い、したがっていわゆる芸風も、ふだんの活動状況も異なっている2人が、両者の個性を互いに生かしたまま、歩み寄って行なった共演」であるというところにユニークな意義を持つ。芸風・音楽性の類似、テクニック上の共通性を基盤とする一般の常設デュオとは、ひとつ別な演奏がここには誕生しており、そこにユニークな価値が生じているとは、確かに言えよう。

いずれにせよ、この非凡なデュオが生み出す奏楽としての奥行き、味わい深さは尋常ではない。名手同士の顔合わせという話題性には終らず、演奏芸術というものの果てしない妙味を満喫させる、これはまたとなく貴重なレコーディングである。

濱田滋郎

(CDライナーノーツより)

 

【楽曲解説】

久石譲:Shaking Anxiety and Dreamy Globe (2012)
2012年度の委嘱は、日本の作曲家に対して行われた。「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「もののけ姫」ほか、数多くの映画音楽を手がけて知らぬ者もない久石譲(1950-)である。彼はまた「ミニマル・ミュージック」の手法を用いても日本の第一人者と呼ばれる作曲家で、この委嘱作をも、ミニマル的に書き上げている。特筆すべきなのが拍子の独創性で、4分の13拍子(3+3+3+4拍子)をとり、しかも2人の奏者は1小節たりとも同じ動きの拍子を共有しない。そのことが生み出す一種幻覚的な音空間の魅力を味わわれたい。

(【楽曲解説】 CDライナーノーツより)

 

DUO

1 モリコーネ:ニュー・シネマ・パラダイス (鈴木大介 編曲)
2 ファリャ:スペイン舞曲 ― オペラ「はかなき人生」より (E.プホール 編曲)
3 マイヤース:カヴァティーナ (鈴木大介 編曲)
4 アルビノーニ:アダージョ (A.ラゴヤ 編曲)
5 プーランク:エディット・ピアフを讃えて ― 「15の即興曲」より (福田進一 編曲)
6 グラナドス:オリエンタル ― 「スペイン舞曲集」より (荘村清志 編曲)
7 ディアンス:ハジュ・パルス (2014)
8 ファジル・サイ:リキアの王女 (2009)
9 久石譲:Shaking Anxiety and Dreamy Globe (2012)
10 ハーライン:星に願いを (江部賢一 編曲)

★7、8、9:Hakujuギター・フェスタ委嘱作品

【録音】
2015年2月17 -19日、Hakuju Hall、東京

Disc. 麻衣 『空みあげて』

2015年4月8日 CD発売

麻衣のミニアルバム。父・久石譲の出身地でもある長野県中野市イメージソング「空みあげて」などを収録。

久石譲作品では、1987年11月に発表されたアルバム『となりのトトロ イメージソング集』に収録された「小さな写真」が本作品に収められている。映画では使われなかったが、後に上条恒彦が「お母さんの写真」としてカバーし、シチューのCMソングに使われ、ジブリファンの間では隠れた人気曲となっている。オリジナル盤では久石譲が歌っていた曲を、麻衣の透き通るような声で朗々と歌い上げる。

今作のジャケットは、元スタジオジブリのアニメーター 百瀬義行による書き下ろし。中野市の自然風景を描いた、どこか懐かしくもあり、優しさに包まれたジャケットとなっている。他にも中部電力のCMソングとして地元では知られた「Dreamland」など、全6曲が収められている。信州の、日本のうたがいっぱい詰まった一枚。

 

なお「小さな写真」は本作に先駆けて2014年に配信限定シングルとしてリリースされている。

2014年7月9日 配信限定シングル

1.小さな写真 acoustic vesion (作詞:宮崎駿 作曲:久石譲)

Disc. 麻衣 『小さな写真』

 

 

1.空みあげて (長野県中野市イメージソング)
作詞:麻衣 作曲:松本俊明
2.Dreamland (中部電力CMソング)
作詞:麻衣 作曲:Stefan Aberg & 麻衣
3.ゴンドラの唄
作詞:吉井勇 作曲:中山晋平
4.つなぐ (テレビ信州冬の祭典テーマ)
作詞:麻衣 作曲:Stefan Aberg & 麻衣
5.小さな写真
作詞:宮崎駿 作曲:久石譲
6.故郷
作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一