連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第1回:「そろそろチェコ・フィルでいかがですか?」
宮崎駿監督作品の魅力を語る上で、決して欠かせないものがある。
久石譲の音楽だ。
2人がコンビを組んだ最初の作品「風の谷のナウシカ」(1984年)は、久石の音楽と宮崎監督の紡ぎ出した世界が絶妙に絡み合い、冒頭から一気に引き込まれる。
以来、その「習慣」は変わらない。2人はいつも、最初の3分で、とてもつない映画が始まったことを教えてくれる。
そんな2人が取り組んだのが、2004年11月公開の新作「ハウルの動く城」だ。
同作の音楽打ち合わせが初めて行われたのは、03年8月。まず、これまでの作品と同様に、イメージアルバムを作ることが確認された。
イメージアルバムとは、本編のサウンドトラック制作前に、監督によるイメージ詩やキャラクター設定、作品への思いなどが書かれた手紙をもとに作られる、デモテープ的アルバム。監督はこのアルバムを聴きながら作業を続け、サウンドトラック制作時に、「この要素をもっと広げてほしい」などの要望をする。「ナウシカ」以降、2人が組んだ作品はすべてこの方法で作られてきた。
打ち合わせで、監督は久石に対し「客観的な音楽を」と求めた。日頃、登場人物ごとに「いかにも」なテーマ曲をつけるハリウッド映画的な音楽に疑問を抱き続けていた久石は、この言葉に共感した。
宮崎監督は、決して音楽に詳しいわけではない。楽譜も読めない。しかし、スタジオジブリの音楽担当の稲城和実はこう話す。「勘がいいし、鋭い。音楽に精通した人間でもはっとさせられることがしばしばある」
打ち合わせが終わると、稲城が不意にある提案をした。「そろそろチェコ・フィル(ハーモニー管弦楽団)でいかがですか?」
チェコ・フィルは、ヨーロッパを代表する名門オーケストラ。19世紀末にドボルザークの指揮でコンサートを行って以来、結成100年を超える。日本にもファンが多く、機械的でない「歌心」のある演奏には定評がある。
久石も以前から一目置いており、「もののけ姫」(97年)公開後には、サウンドトラックとは別に、楽曲としての完成度を追求した「交響組曲 もののけ姫」を録音している。
稲城の提案は、そのチェコ・フィルにイメージアルバムで演奏してもらってはどうかというものだった。
このところオーケストラとの共演が続いていた久石は、作曲時に自然とフルオーケストラを想定することが多く、素直にこの提案を受け入れた。何より、「ハウル」の世界観を表現するには、ヨーロッパの正統派オーケストラが演奏するような曲が合うと思っていたのも、決断した大きな理由となった。
久石の依頼を、チェコ・フィル側も快諾。すぐに準備が始まった。しかし、録音日に選ばれた10月中旬までに残された時間は、2か月を切っていた──。
「ハウル」に臨む久石を追った。(依田謙一)
(2004年1月11日 読売新聞)