Info. 2017/08/02 久石譲ソロアルバム「Minima_Rhythm III ミニマリズム 3」CD発売決定!! 【7/11 Update!!】

Posted on 2017/06/13

久石譲待望のオリジナル・ソロアルバムCD発売が決定しました。

久石譲が本格的に書き下ろした長大な交響曲「The East Land Symphony」の世界初演の音源を完全収録。W.D.O. 2016の感動がふたたび蘇ります!イントロダクションには、久石が芸術監督を務める長野市芸術館の杮落し公演に寄せて作曲した祝祭感満載の「TRI-AD」をカップリング。ミニマル・ミュージックと管弦楽を融合させた久石作品の魅力を余すことなく詰め込んだ、スケールも迫力も全開の一枚。重厚かつ刺激的なミニマリズム・シリーズ第3弾! “Info. 2017/08/02 久石譲ソロアルバム「Minima_Rhythm III ミニマリズム 3」CD発売決定!! 【7/11 Update!!】” の続きを読む

Info. 2017/Aug. Oct.「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」「ミュージック・フューチャーVol.4」コンサート開催決定!! 【7/10 Update!!】

Posted on 2017/4/7

久石譲の2大コンサート・プログラム<ワールド・ドリーム・オーケストラ>と<ミュージック・フューチャー>の、2017年の開催が発表されました。

2014年以来、毎年夏と秋に開催されている両プログラム。真夏の<ワールド・ドリーム・オーケストラ>コンサートは今回、国内5都市に加えて韓国・ソウル中国・上海を回るアジアツアーとなる。同コンサートでは久石の書き下ろしによる新作が初演されるほか、開催都市によって演奏曲の異なる、AとBのふたつのプログラムを予定。Bプログラムの公演には、それぞれナレーターとして養老孟司(8月4日 神奈川)、鈴木敏夫(8月6日 福岡)、藤井美菜(8月8日 ソウル)が参加する。 “Info. 2017/Aug. Oct.「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ 2017」「ミュージック・フューチャーVol.4」コンサート開催決定!! 【7/10 Update!!】” の続きを読む

Info. 2017/07/09 アートメントNAGANO2017「善光寺・奉納コンサート」プログラム紹介 【7/10 Update!!】

Posted on 2017/07/09

7月8日「アートメントNAGANO2017」フェスティバルのオープニングを飾る善光寺・奉納コンサートが開催されました。昨年に引き続き長野市の象徴である善光寺本堂にて、芸術監督・久石 譲によるピアノとナガノ・チェンバー・オーケストラのメンバーからなる弦楽器奏者たちによる室内楽で贈る奉納コンサート。国宝善光寺本堂でピアノを使用する本格公演です。抽選当選した観客を招いての貴重なコンサートです。 “Info. 2017/07/09 アートメントNAGANO2017「善光寺・奉納コンサート」プログラム紹介 【7/10 Update!!】” の続きを読む

Info. 2017/07/04 羽生結弦×久石譲「Hope & Legacy」誕生秘話 (VICTORY記事より)

Web「VICTORY -ALL SPORTS NEWS」に掲載された記事をご案内します。

フィギュアスケート 音響デザイナーの矢野桂一さん、羽生結弦選手や宇野昌磨選手などトップスケーターのプログラム音源の編集を手がけている方です。これまでの仕事内容から、羽生結弦選手『SEIMEI』そして『HOPE & LEGACY』の誕生エピソードが語られています。 “Info. 2017/07/04 羽生結弦×久石譲「Hope & Legacy」誕生秘話 (VICTORY記事より)” の続きを読む

Info. 2017/07/19 久石譲指揮「ベートーヴェン:交響曲 第1番&第3番」CD発売決定!! 【7/3 Update!!】

Posted on 2017/06/24

2016年5月にオープンした長野市芸術館。そのホールを本拠地として新たなオーケストラ、ナガノ・チェンバー・オーケストラが誕生しました。音楽監督久石 譲の呼び掛けの元、日本のトッププレーヤーが結集してのベートーヴェン・チクルスが開始。“音楽史の頂点に位置する作品のひとつ”と久石がこよなく愛する「第九」に至るまで、2年で全集完成を目指します。 “Info. 2017/07/19 久石譲指揮「ベートーヴェン:交響曲 第1番&第3番」CD発売決定!! 【7/3 Update!!】” の続きを読む

Blog. 「キーボード・マガジン 1994年4月号」久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/07/02

音楽雑誌「キーボード・マガジン 1994年4月号」に掲載された久石譲インタビューです。

 

 

”脳と心”というテーマの今回の方が内容がウェットな分だけ、音楽は非常にドライなアプローチでいこうというのはありました

自分の感覚でかけたいBGMとして成立するよう気を付けた

●NHKスペシャル「驚異の小宇宙・人体」は内容もさることながら、映像も音楽も素晴らしかったですね。久石さんは、前回から音楽を担当されてますが、今回リリースされたアルバム『脳と心 BRAIN&MIND サウンドトラック VOL.1』はその続編のサントラということですよね。今回はテーマも”脳と心”という、かなり難しいものですが、いかがでしたか?

久石:
「前回の方が非常にヒューマンでメロディックにいっちゃったんでね。でも、きっとNHKとかレコード会社の人達っていうのはあのラインを望んでたと思うんですよ。だけど、やっぱり同じ路線を2回やるとね、良くて前くらいね。越えることはほとんど不可能なんで、アプローチはやっぱり変えなきゃいけないと思ってたんです。結局”人体”っていうのは肝臓だとか、腎臓っていう部品というか、部分をやってる分には確実にできるんだけれども、”脳と心”っていうのはね……どうやって人を好きになるのかっていうような、非常に抽象的な世界に入るんですよ。」

「ただ、脳の問題を扱わない限り人体はわからないっていうのはあって、いつかはやろうという話はしてたんです。だけど、基本的に実体があまりないもんだから、いわゆるメカニズム的な実体の追及が非常に難しい分だけ、今回のもやっぱりどちらかというとヒューマン・ドキュメントみたいになっちゃってるんだよね。つまり、例えばどこかに障害を持ってる人が出てたりとかね。」

 

●実際、番組ではそういった人々が実例として登場しますね。

久石:
「そうそう。ああなってしまうと、一歩間違えるとヒューマン・ドキュメントになってしまって、科学番組にならない。実際、そういう傾向があったんでね。前回は非常に科学番組的なニュアンスが強かったんで、音楽はヒューマンに攻めた。だけど、今回はヒューマン・ドラマになってる分だけ、音楽は非常に引いてね、もっと違ったアプローチでいこうと。ただ端的に言っちゃうと、クールな気持ちっていうかね、突き放したアプローチっていうか。そういう方が多分、良くなる。もうひとつ言うと、”脳と心”っていうテーマの今回の方がウェットな分だけ、音楽は非常にドライなアプローチでいこうというのはありましたね。」

 

●実際の映像はどの程度ご覧になってから、お作りになってるんですか?

久石:
「ほとんど見てないです。それと同時に、状況的に今回はロンドンで作らなければならないということもあったんでね。映像はもうほとんど勘でやってます。」

 

●ロンドンで作るっていうのは久石さんのスケジュール的なものですか?

久石:
「ええ、他の仕事との絡みもあって。もうこのままロンドンで、それこそソロ・アルバムとの絡みもあったんで、とにかくロンドンでやろうと。そういうことが基本にあったんで。逆に、変に日本人的情緒に流されないで済むから、きっといいものができるだろうっていうのもありましたね。実際の話、向こうに行って……日本の音楽レコーディング業界とその状況と、ロンドンのレコーディング状況ってやっぱり違うんですよね。日本は、もうどうでもいいものまで全部デジタル、デジタルって言ってる。でも向こうはまだデジタル・レコーディングって、ほんとに2割か3割だから。だから、ヒューマンな味っていう意味で言うとね、逆に内容が非常にハウス的であったりとかいろいろしてても、アプローチとしての音の肌触りは暖かい方がいいんで、あえてアナログで全部通すとかね。そういうような方法は、いろいろ細かくやりましたね。」

 

●こういったドキュメンタリーなどの音楽を手掛けるにあたって、いつも心掛けていることってありますか?

久石:
「基本的には、アルバムとしてまずキチンと聴けることっていうのがありますね。音楽的にまずしっかりしていること。それからもうひとつ、ファンタジーっていうか、いろんなことを想起できるような内容にするっていうことですか。その2点にすごく気を付けてますね。だから、例えば今回の場合は、いかにもNHKというようなヒューマン・ドキュメントみたいなものよりは、自分の部屋で、自分の感覚でかけたいバックグラウンド・ミュージックとして成立するようにするっていうことに気を付けたんですよ。それこそ、そのまま”人体”って言っちゃったら、なんか「人体だ? どんくさいなぁ」みたいな感じがするけど、”BRAIN&MIND”っていうことでひとつの環境……バックグラウンド・ミュージックっていうふうにとらえても、絶対聴けるものをっていうのはすごく意識して作りました。そのくらいやらないと、前回と変化がないですしね。」

 

●実際に音楽を付けた完成版をご覧になってると思うんですけれど、感想はいかがですか?

久石:
「やっぱりこのアプローチで良かったなっていう気がする。そうしないとけっこうベタベタした関係になっちゃうと思うんですよ。前回みたいなね、ヒューマンな音楽が入るとね。だから、このくらいのアプローチをしておいて、ちょうど全体が良くなった。僕が作った音楽と映像がけっこうよく絡んでるんで、すごく満足してますけどね。」

 

●実際あの映像と久石さんの音楽が、本当に素晴らしい効果を上げていると思います。

久石:
「ありがとうございます。こういうような質がある程度保てたものを、キチンと手を尽くしていかないとね。今、TVってどうしてもお手軽なものになり過ぎてるから、あんまりTVはやりたくなかったんですよ。だから、こういう良質なものがあれば、キチンとやっていこうっていうことでね。こういうのをやらせていただくと、こっちもすごく嬉しいですよね。今、映画がね、すごくつまんなくなっちゃったから、内容的にね。その分、こういう質のいい番組とかってやっていかないと、つまんなくなっちゃうような気がするよね。」

 

ソロ・アルバムには足掛け3年もやってます

●ところで、久石さんのソロ・アルバムの方はいかがですか?

久石:
「ぜんぜんダメです(笑)。」

 

●いつ頃から着手されてるんでしたっけ?

久石:
「一昨年の10月かな(笑)。そう、今井美樹さんのロンドンでのプロデュースが終わって即レコーディングに入って、それからまあ、やってたはずなんだけど。途中でいろいろと、映画だとかねなんかがごちゃごちゃしてて、今日までまだ。でも、珍しいんですよね。いつもね、3,4曲できたら、もうアルバムに入って、ガッと終わってんだけど。珍しく、もう20曲を越えてるのに、まだ入りたくないっていうか、入れないっていうか……。」

 

●それは、自分の中の問題ですか?

久石:
「うん、中の問題だね、根本的に言うと。だから、たとえば今ソロに入ると、「あっ、『プリテンダー』ってアルバムを越えないな」とかね、自分の今までの「あ、ここまでだな」っていうのが見えちゃうんですよ。で見えちゃうとね、けっこうそこに飛び込めなくなるね。ソロ・アルバムなんて、結局どこかで覚悟みたいなものじゃないですか。自分で「これはもう、こうだ」と、「これが、正しい」と思えば、もう何も問題ないことなんだけれども、「果たしてこれでいいんだろうか」とかね、「自分とは何だろう」って考えた瞬間からそれに対して、確信犯にならない限りは、制作に入れない、そういう感じはする。だから、逆に今回の「脳と心」とか、映画の「水の旅人」だとか、あるいは中山美穂さんのための曲っていうのは、そういうものを与えられてっていうか、決めて、それに作曲家としてアプローチ、あるいはプロデューサーとしてアプローチするには、何にも支障ははないんですけどね。その辺が難しい。」

 

●「今、自分が作るソロ・アルバムだ」というのが、一番の問題というか、大きいわけですね。

久石:
「大きいよね。でも、一日一日と日が経つにしたがって、難しくなっていく気がするよね(笑)。早くやっちゃわなきゃと思うんだけど。でも今年は、それも入れて2枚やりますよ。その、足掛け3年やってるヤツを早目に決着つけて。で、その後に『ピアノ・ストーリーズ』を、再び完全なソロでね、”パートII”を出す予定ですから。やらなきゃいけないことはいっぱいあるんだけどね。」

 

●今は何に着手されてるんですか?

久石:
「今はね、某国営放送の(笑)、この「人体」じゃないですけども、朝の連続ドラマ(の音楽)っていうのを引き受けちゃったんでね。」

 

●春の新番組ですね。

久石:
「4月からの。「ぴあの」っていうタイトルなんで、「これはもう、ピアノで弾くしかないでしょう」みたいなのがあって(笑)。それのテーマを作ってるところかな。でも、飽きちゃうよね。絶対飽きると思うね、自分で(笑)。」

(キーボード・マガジン Keyboard Magazine 1994年4月号 より)

 

 

 

補足です。

インタビューに出てきた作品をピックアップします。

 

話の中心となっていたのはこのCD作品です。

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1』

Disc. 久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体II 脳と心/BRAIN&MIND サウンドトラック Vol.1』

 

その前作がこちら。

久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体 Vol.1』

Disc. 久石譲 『NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体 サウンドトラック / THE UNIVERSE WITHIN 』

 

当時制作中だったソロ・アルバムというのがこちら。

地上の楽園

Disc. 久石譲 『地上の楽園』

 

 

インタビューのなかに前作を越える越えないの例えで出てくるのが、ソロ・アルバム『PRETENDER / プリテンダー』(1989)です。でも、この時点で前作に位置するのは『MY LOST CITY』(1992)。新作に向けた構想のなかで、『MY LOST CITY』のようなシンフォニックな作品ではなく、前衛的なサウンドかつヴォーカルも絡めた作品になるというイメージがこの時すでにあったのかもしれませんね。

そして、ソロ・アルバム制作期間のなかで、同時進行で手がけていたのが映画『はるか、ノスタルジィ』(大林宣彦監督)、『ソナチネ』(北野武監督)、『水の旅人 -侍KIDS-』(大林宣彦監督)などです。ちなにみ中山美穂さんは映画主題歌を歌っていました。「あなたになら…」という曲名で、久石譲コンサートではオーケストラによるシンフォニックな「For You」という楽曲でたびたび披露されています。

今も変わらぬ怒涛のような音楽制作年表は1990年代ディスコグラフィーにて。

Discography 1990-

 

今井美樹さんのオリジナル・アルバムにして久石譲プロデュース作品。

今井美樹 flow into space

Disc. 今井美樹 『flow into space』

 

NHK連続テレビ小説「ぴあの」

久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

Disc. 久石譲 『ぴあの オリジナル・サウンドトラック Volume 1』

 

そして、結果的には1-2年遅れて満を持して結実したピアノ・ストーリーズ。

久石譲 『PIANO STORIES 2』

Disc. 久石譲 『PIANO STORIES II ~The Wind of Life』

 

インタビューで話題にあがった作品をピックアップしただけでも、こんなにもバリエーションに富んだ音楽を一人の作曲家が作っているとは思えないほど。しかも1990年代だけで、もっというと1994年前後の数年間だけで。

ぜひこのなかから気になった1枚でも聴いてみてください。

 

 

Disc. 久石譲 『Our Time Will Come(明月几时有)』 *Unreleased

2017年7月1日 映画公開

 

中国・香港合作映画
「Our Time Will Come (明月几时有/明月幾時有)」

公開:中国 2017年7月1日 / 香港台湾 2017年7月6日
監督:アン・ホイ(許鞍華)
音楽:久石譲

※日本公開未定

 

 

アン・ホイ監督とは映画「おばさんのポストモダン生活」(2007年・中国)につづいて2作目のタッグである。

この映画のために書き下ろされた音楽は決して多くはない。メインテーマはバグパイプがメロディを奏でていてとても強いアクセントになっている。それでもそこにはアジアを感じる悠々とした大きな流れがある。弦楽へと引き継がれていくこのメロディは、展開することのない印象的な旋律をくりかえすものだが、シンプルであるからこそ強く迫ってくるもの、大きな余韻を残すものがある。

このメインテーマはいろいろな楽器で奏でられ、またいろいろなバリエーションによって数パターン登場している。メインテーマ以外にもいくつかの主要テーマ曲が散りばめられている。

音楽全体としては、フルオーケストラというよりも小編成オーケストラによるもので、緻密なオーケストレーションというよりもシンプルにしっとりと聴かせる音楽が基調となっている。もちろんクライマックスではメインテーマが壮大に響き、広がり奥ゆきある展開をしている。

 

映画は現時点で日本未公開で、サウンドトラック盤も発売されていない。

 

 

2018.4 追記

 

 

2018.5 追記

久石譲香港公演のアンコールにて、同作品メインテーマが初披露されました。音楽賞受賞をうけてともとれるタイムリーなギフト、同公演には監督の姿もあったようです。いつか日本でも演奏されますように。

 

 

 

 

Info. 2017/07/01 映画「Our Time Will Come」(中国・香港)音楽:久石譲 公開

中国・香港合作映画「Our Time Will Come」(監督:アン・ホイ)が公開されました。音楽を担当した久石譲は、アン・ホイ監督作品「おばさんのポストモダン生活」(2007年・中国)につづいて2作目のタッグです。 “Info. 2017/07/01 映画「Our Time Will Come」(中国・香港)音楽:久石譲 公開” の続きを読む

Blog. 「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年1月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2017/07/01

音楽マガジン「KB SPECiAL キーボードスペシャル 1988年1月号」に掲載された、4ページに及ぶ久石譲インタビューです。

 

 

HARDBOILED SOUND GYM by 久石譲

第1回 熱烈OPEN記念インタビュー
「久石譲のPOP断章」

ボクたちにとって音楽には好きな音楽と嫌いな音楽、この2種類しかない。どうでもいい音楽…? それはどうでもいい。要は、好きな音楽をもっと楽しむためには、そしてもっと好きになれる音楽を自分でどう創り出すか。そのためにはまだ獲得できないでいるいろんなテク、これをなんとか手に入れたい。そこでっ!当編集部では、スーパー・コンポーザー久石譲氏の門を叩くことにした。今回はそのイントロダクション。久石氏の音楽観を伺ってみることにした。

 

■久石さんの音楽的な姿勢
それまでの流れを変えるような音楽を作りたい

-久石さんがミニマル・ミュージック以前に影響を受けた作曲家、お好きな作曲家というと、どんな人たちなんですか。

久石:
「それはもう大勢いるんだけど……、たとえばブラームスも好きだったし、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンも好きだったし。日本人で言えば武満徹さん、松村禎三さん、三善晃さん…みんな研究したからね。過去、勉強で深く聴いた場合もあるし、この楽曲が好きだからと研究したこともあって、影響ということでいうと、ほんとにいろいろある。でも、ミニマル以前で、まぁ、けっこう好きだったりした人と言えば、ジョン・ケージだろうね。思想的な影響を受けたのはケージ。シュトックハウゼンには、そんなにのめり込まなかったね。非常に理論がはっきりしていてそれを前に押し出すというか、それによって変革している人たちは好きだった。それは、今、ロック/ポップスに対しても変わらないのね。ボクがポップスでやりたいことっていうのは、それまでの音のあり方が変わっていく人が好きなわけで、変わるようなことをやりたい。

すごく身近な例で言えば、ザ・パワー・ステーションによってドラムの音が変わったでしょ。理論的にはたいしたことないんだけど、変わった。あるいは、YMOが出たことによって、テクノ・ポップという感じで変わった。あのベースになっていたものがクラフトワークであろうとなんだろうとね。ボクはクラフトワークにもすごいショックを受けたけどね。

ともかく一つのエポックになってスタイルを変換できる力のある音楽というのがすごく好きなんだ。その姿勢は現代音楽にいたときも現在も変わらない。」

 

-その姿勢が基本にありながら、でも、たとえば映画のサウンドトラック、アニメーションのサウンドトラックなどの場合はどうなんですか。

久石:
「歌ものでない限りまったく同じ。まったく規定するものはない。いつもフリーな気持でやってるよ。」

 

■作曲家の領域、聴き手の可能性
音楽は理論だけでは説明つかないけれど…

-音が頭の中で鳴るというのはどういうことなんでしょうか。ボクらはいつも、実際にレコードから聴こえてくる音を追ってアーティストの頭の中まで入り込み、それをなんとか言葉に置き換えようと考える。でも、いつも、言葉や譜面からこぼれ落ちているものがあり、それに気づきながら、それをフォローする方法を模索し続けているようなところがあるんですね。

久石:
「まず、”その瞬間”ボクらの頭の中に浮かぶものって、ボクらの頭の中でも不定形だよね。しかもそれが毎回同じ要領で浮かんでくるわけじゃない。これは言葉に置き換えられるような作業とは別のところで動いているものだと思う。すると、やっぱり何か伝え切れない、ボクらにしても。この曲のこのかんじが浮かんだ核はと考えたとする。でもその浮かんでる瞬間というのは何も考えてない、真空状態と同じ。ただ、ある瞬間、たとえば指がアルトに触れた瞬間、シンセで音を捜しているとき、たまたま鳴ったその音をおもしろく思ったそのとき。これを後でなら、その瞬間のことを思い出して理論は組み立てられる。高い音があって低い音がこうあって、真ん中はなかった。だからちょうどその音でサウンドが構築できた、とか。でも作ってるときというのは、もっと違うところで動いていると思う。」

 

-たぶんそういうものでしょうね。でも、理論で説明できそうなことや、テクニカルな点から解明できそうな部分がまだまだそのままの状態にあるような気もするんです。

久石:
「はっきり言ってテクニカルなことでこなせる部分でできなくって、思ってる音に行きつけない。そういうものに対しては完全にアドバイスできるよね。」

 

-そういう点をボクらはもっと開拓して行きたい、と考えているんですが…。

久石:
「作家のフィールドというのがある。それは作家一人一人の独占的な部分だけど、本来それは言葉に置き換えるのはラクなんだよね。ボクなんかは理論的なタイプのほうだから、説明しやすい。でも、ふつうのメロディー・メイカーの多くは、何も言えないかもしれないかもしれないけどね。

それと、創作の上で、絶対言葉で表現できないことってあるんだ。絵にしろ何にしろ。でもそこは、だから作家の領域だと言って聖域視してそのあいまいな部分をそのままにしていたら何も始まらないんでね。だから、理論的であるっていうことは、絶対言葉に置き換えられるってことだし。かなりの部分。自分なりにつきつめているつもりでいるから、それはできると思う。」

 

-歌になるとどうでしょう。ポップスの名曲に関する普遍的な要素をファイルしていくようなことができないかとも考えるんですが。

久石:
「うん、歌ものっていうことになると、比較的理論が成り立ちづらい。というのは、まず音楽というのは、完成度が高くて次元が高ければ、やっぱりいい音楽なんだ。」

 

-インストゥルメンタル、器楽曲ですね。

久石:
「ん。ところが、歌になると、プラス詞の要素、歌う歌手のキャラクターが入ってくる。すると、優秀な楽曲と詞があって、歌手もうまい。それじゃヒットするかといったらそうじゃない。もっと別な要素が入ってくる。だから音楽理論だけでは説明できないことも出てくるんだよね。」

 

■コード・ネームの限界
コード・ネームは響きの可能性を規制する?

-まず手始めに、コード・ネームと和音の関係をどう考えればいいのかを教えてください。ポップスのフィールドでは、コード・ネームを手がかりに作られていく音楽がたくさんありますね。そしてそれらの現場では、コード・ネームによって実際に鳴らされる和音はさまざまである、と。

久石:
「ボクもずっとコード・ネームは使ってるけどね。でもボクは、コード・ネームと和音は違うと思っている。Cはドミソだけど、そのCと書いてしまうドミソとドとミとソは違うんだ。だから、それは確実に使い分けている。

コード・ネームというのはそもそも両刃の剣で、単なる記号としてはいいんだけど、記号性があるものほどニュアンスはふっとばしてしまう。

たとえば弦のアンサンブルで考えてみようか。弦の場合、ドミソという和音はくっついて団子になった状態だと鳴りが悪い。だから当然一番低いド、オクターブ上のド、5度上のソを鳴らして、それから6度上のミを鳴らす。

これは確かにコード・ネームで言えばCなんだけど、ふつうのCでくくられるCとは意味が違ってくるよね。もっと言えば、そこに同じCでも”レ”を入れておいてもいいわけなんだ。それでもCなんだ。ふつうはレが入れば9thとか+2とか言うけれど、でも、それは、ただたんに9thと言った場合の9thと、この場合に”レ”が入るというのとはほんとは違うんだ。ドードーソーレーミと鳴らして、Cの”鳴り”を作ったとしても、Cというコード・ネームはそういうニュアンスまで伝え切れないでしょ。」

 

-そういうふうに音を配分することは、なんて呼ぶんですか?

久石:
「単に”音の配置”。だからコード・ネームでしか書けない人は、その程度の音しか出せないから、つまんないよね。」

 

-とすれば、1つのコード・ネームから、いかに豊かな音を鳴らせるかが、プロとアマの分かれ目ということになる…?

久石:
「ところが、たとえばCーFーG7ーCというのがあったとする。それは、実はそういうふうに行かなくてもいいんだ。基本的には。だって目の前には茫洋といろんな音がある。なのにそれをいつのまにか理論によって規定されたところで使っていることになる。

ところが、理論というのは、それをとっぱらったところにも面白味はあるわけだ。すると、コード・ネームというのは便利なもので、音楽が商業ビジネス化していく上で大きな功績はあったんだけど、切り捨てたものも大きいという気がするね。

だから、今でもボクが大切にするのは手クセなんだ。Cと書いてあったら、もう自然に右手の配置がシーレーミーソと弾くことが当たり前になってたり、あるいはシーレーミーラになってたりとか……。で、これは、単純にモードと片づけて欲しくない部分っていうのが出てくる。難しい問題だけどね。一人ひとりの感覚でえらく違っていいと思うし。

ボクはスタジオ・ミュージシャンの人をあまり使わないんだけど、それは、そういうことまで指定しきれないから。つまり、けっきょく自分でシンセでやっていったほうが、そういうニュアンスが出やすいということになる。」

 

-そのニュアンスを出すのは手クセ…、つまりその音の配置というのはその人の好みということでしょうか。

久石:
「響きに対する好み、だよね。ただ、ボクの場合は今、リズムを主体にしていてコード・ネームにはほとんどこだわってないから、譜面にはCーFーG7としか書いてなくて、ただし、素直にその音を弾く人は使わない、とか、そういう非常に単純なことしか考えていないんだけどね。」

 

■ストリングス・アレンジについて
弦というのはひと筋なわではいかないけれど

-ボクらはつい一言でストリングス・アレンジと呼んでしまうんですが、そのとき、生のストリングスを使うときと、シンセのストリングスを使うときでは、どのくらい考え方が違うんですか。

久石:
「うーん。共通する部分もあるし、違う部分もあるね。」

 

-その両者の使い分け方はどういうふうに決めるんですか。

久石:
「シンセがいいと思えばシンセ、生がいいと思えば生にするし……。フル・オーケストラがいいと思えば、日フィルとか東フィルを使うこともあるし、あるいは弦のスタジオ・ミュージシャンを使うこともある。そして、サンプリング楽器で弦をやるときもあれば、プロフィット5でやるときもあるし。それはもうどういう音楽を望んでいるかで全然変わるからね。」

 

-それぞれ持味があって別のものだ、と。

久石:
「うん。というか、パレットだからね。何種類あってもいいよね。それを全部同じパターンで書くヤツがいたら、それはたまんなくイモということになるよね(笑)。」

 

-となると、久石さんに生のストリングス・アレンジの秘訣を教えてもらったとしても、それをそのままシンセ・ストリングスのアレンジ法には応用しにくいということになりますか?

久石:
「うーん…。その前に、生のストリングス・アレンジをする上で、どうしてもうまくいかないポイントがあったとしたら、その解決法は教えてあげられると思う。」

 

-漠然としていては答えられない、と。

久石:
「ケースが変わると全部音が違ってくるからね。それと、ボクは生まれてこの方、生のストリングスをダビングで2回重ねて作っていったことは1回もないからね。全部”生”!」

 

-1発!?

久石:
「ただ、とっておきの話があるんだ。以前、ある仕事でスタジオに弦を仕込んだらどこかで間違えて、ダブル・カルテットが入っちゃってね。ほんとはもっと大きな編成を頼んでたんだけど、えらく人数が少なくなっちゃった。でも、その編成が鳴らした音はまったく大きな編成でやったものと変わらなかった。そのときのスタッフはみんな、6 – 4 – 2 – 2の編成で、盛大に人がいる、と思ってた。」

 

-そういうテクニックもある!?

久石:
「うん。書き方なんだけどね。ただこういうのは、ボクなんか4歳か5歳の頃からバイオリンをやってるから、弦の響きの良さを出すポイントがどこにあるか知ってるわけ。

たとえばCーdurで良く鳴る配置(音符の配置)を単純にDーdurに上げたら、もう鳴らない。全然ダメなんだ。開放弦の問題も出てくるしね。開放弦にいかに引っかけるか。」

 

-開放弦を音の配置の中にいかに組み込むか、ですね。そうなってきたとき、たとえば数ページのマニュアルでポイントを押さえるというのはちょっと難しい。

久石:
「KBをやってると単純だからね。半音ずつずり上げていけば同じ音がすると思っちゃう。ところがとんでもない。弦というのはとんでもないよ。

だから、おそらく優秀な人がボクのところに弟子みたいに入ってきても、3年やっても無理でしょう。裏返せば、すっごい素質のある人なら半年で一丁前に書けるかもしれないけどね。」

 

■オーケストレーションとは
オーケストラには、なぜいろんな楽器が使われるのか

-すると、それが管弦楽にまで発展させようとしたらもっとたいへんになっちゃうでしょうね。でも、たとえば、ラベルの管弦楽曲は、もともとはピアノ曲という場合が多いと思うんです。それならば、ラベルのピアノ曲と管弦楽曲を対比させて、彼の管弦楽法から、シンセ・ストリングスや、シンセ・ブラス”鳴らす”コツをいくつか引き出せないか、などと考えているんですが……。

久石:
「だいたい作家というのは自分に手になる楽器で曲を作っていく。ボクらはKBで先に曲を作る。ラベルにしても、あの人はピアノの達人だからピアノから作っているだろうね。で、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を管弦楽曲に仕上げた。といっても、そこには、その作品がいい作品だ、という以外にそんなに深い理由はないと思うんだ。しかも、その”いい作品”というのも、自分の管弦楽の色彩をバッと人に聴かせるのに都合のいい曲だ、と。むしろあれほどのナルシストだからほんとに自分のことしか考えていなかったんじゃないかな。だから平気で「ボレロ」なんか作るわけ。

「ボレロ」というのは単純でしょ。メロディーが単純で繰り返していくから耳はどうしても音色にいく。う~んときれいなメロディーで盛り上がるわけじゃないから、もうオーケストラの技術で盛り上げるしかない。で、そういう圧倒的な自信があったから、ああいうチャレンジをし、しかも応えてしまった。」

 

-すると、オーケストレーションというのは、音色の組合せ方と、音の配置の仕方ということになる…。

久石:
「いいオーケストレーションというのは、ピアノとまったく違うんだ。これはもうボクらもそうだけど、学生時代に、たとえばベートーベンのピアノ・ソナタをオケにするという課題がある。そして、そのときピアノの音をオケに移し変えるということをする。そうすると鳴るハズがないんだ。オーケストラになぜ木管があり、金管があり、弦があるのか? ただ、ピアノの音域を移しただけだったら、鳴らない楽器さえ出てくる。」

 

-鳴りが悪いというか、場合によっては音を出せない楽器もでてくるわけですね。

久石:
「オーケストラには小さな音もあれば大きな音もある。独特の音の世界の重ね合いなんだ。そこが難しいところでね。」

 

-まず、そういう大前提を踏まえていないと話にならないというところですね。

久石:
「だから、KBをやってる人は、なんでもいいから、生楽器をひとつマスターしておくといいね。」

注)
Durは長調の意味。C-durはハ長調、D-durはニ長調。

(「KB SPECIAL キーボードスペシャル 1988年1月号」より)