Blog. 映画『タスマニア物語』(1990) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/2/10

1990年公開 映画「タスマニア物語」
監督:降旗康男 音楽:久石譲 出演:田中邦衛 薬師丸ひろ子 他

タスマニアの大自然を舞台にしたファミリー映画。その雄大な大自然と久石譲による壮大なオーケストラによるメインテーマが印象的な作品です。

映画「タスマニア物語」パンフレットより、貴重な制作秘話や映画音楽についてのことなど。今から25年以上前の作品ではありますが、なるほどと唸る箇所もあります。久石譲の一貫した映画音楽に対する姿勢もそうですし、こわだりや論理・技法なども。

「ワンテーマ」で押しとおすことのでき得る、映画音楽メインテーマ曲について。興味深いです。差し引いて見てほしいのですが、ここで語っているのは1990年です。今ならそんなこと当然な手法や、映画音楽の正統な扱いやポジションも、まだ当時はかなり邪険に扱われていた時代です。

いい映画とは?
いい映画音楽とは?

そういった視点で読んでみてもおもしろい内容だと思います。

 

 

これぞ、正統的な映画音楽の王道です。

いろいろと調べてみましたが、バリ島だったらガムラン、インドだったらシタールのように地域差を出すためのエスニックな楽器というものが、オーストラリアにも、タスマニアにもない。オーストラリア民謡ってないんですよ。この音を聞いたら、それだけで、オーストラリアのイメージがパッと浮かんでくるような音がなかったので、ひたすら広大な大陸を連想させる、スケールの大きなシンフォニー・サウンドに徹した方がいいと思いました。

今回の音楽は、とんでもなく手間暇をかけているんですよ。1曲が4分近くあって、長い。本当に画面と、どこまで密接して作るか考えて、洋画に近い作り方をしたなあという気がします。例えばセリフが一言あるとすると、そのセリフによって、音楽が反応する。コンピュータを駆使して、5秒間に14フレーム、ピシッと入れて、4分間連続して音楽が入る。それが全部で20数曲あるという。これ以上はないほど、正統的な映画音楽の王道をゆくものになったと思いますよ。今まで僕が手がけた映画音楽の中では最大規模でやらせてもらいました。

基本的には、メインのワンテーマだけは前面に押し出して作りました。いい映画って、1曲だけで充分なんですよ。だって「ティファニーで朝食を」で、”ムーン・リバー”以外覚えていますか? 「E.T」で、あのメインテーマ以外に覚えてますか? この映画の参考のために、昔の映画を何本か見てみたんですが、みんな緻密に作ってあるんですよ。やはり、お金と時間をかけてキッチリと作っている。「E.T」にしても、あのメインテーマは、映画の3分の1以上進行しないと、出てこないんです。本当に少ない。最初に出てくるのは、自転車が空を飛ぶ場面ですからね。あのテーマは、あれだけみんな覚えているけど、そんなにひんぱんには出てこない。それほど大事に使っている。インパクトのある場面だけに、ちゃんと流すんですよ。メロディが一寸だけずつ流れる。メロディを全部キチンと流しているのは、そんなに多くない。ああいう音楽の設計の仕方、緻密さは最も大事なことです。あそこまでやらないと、映画音楽とはいえない。この映画でも、メインテーマは最初から出てこないんですよ。随所にモチーフが表れるんですが、メロディが有機的にだんだんと展開していく。それを初めて試みることができました。だから、ワンテーマで十分なんです。現在の日本の映画音楽は、みんなそうですが、メロディを4つか5つ用意すれば、3日か4日で映画音楽を作ることはできる。ワンテーマだと、よほど緻密に設計しないと飽きられちゃうんです。

画面を見ていると、これは非常に正統的な映画だと思います。田中邦衛さんの演技は、見ていても泣かせるし、全体的にも決して奇をてらっていない。特にそういう場面を用意することもなく、降旗監督は本当に大人の眼差しで、手堅く作られたという感じで、僕はすごく好きです。音楽も、それに合わせて正統的に、堂々とやりたかった。時間がなくて徹夜続きでしたが。

ただ僕自身のスタイルは全然変わらないし、監督が映画の中で何をやろうとしているのか、それに対して自分の考えを述べるのが、映画音楽のあり方でしょ。この映画の前に「ペエスケ・ガタピシ物語」をやったんですけど、あれは、わらべうたのような単純なメロディに、超アヴァンギャルド・サウンドを乗せました。それはそれで、映画へのひとつのメリハリのつけ方なんです。そういう意味では、今度はジャズ風にとか、ロック風にとか、クラシック風に作ろうとか、あんまり思わないんですよ。自分のスタイルを守りつつ、その中で、この映画だと、今回はベースドラムを入れて、ポップスっぽい扱いを全くするべきじゃない、スタイルとしては完全にフル・オーケストラで、最先端のサンプリング楽器を使って、どっちがどっちか分からないくらいに作るんです。その混ぜ具合が、作品ごとに違う。いいメロディさえ書けば、それで全て用が足りるかというと、それはそうなんですが、やっぱり同時に表現方法として、時代のテクノロジーがあるわけです。それに対して、新しい表現はどんどん出てくるわけですから、ただミュージシャンを大勢集めて、一斉に演奏してもらって、映画音楽を作るやり方には、あまり興味がありません。

(映画「タスマニア物語」 劇場用パンフレットより)

 

タスマニア物語 パンフレット

 

Blog. 映画『ふたり』(1991) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/2/8

1991年公開 映画「ふたり」
監督:大林宣彦 音楽:久石譲 出演:石田ひかり 他

 

曲名「Two of Us」

久石譲の往年の名曲であり、コンサートでも演奏されることの多い楽曲。時にピアノ・ソロで、時にアンサンブルで、時にオーケストラでと、いろいろなバリエーションがあり、CDとしても複数のヴァージョンが残っています。

その原曲にあたるのが、映画『ふたり』主題歌として使用された「草の想い」という楽曲です。なんとも逸話の多い楽曲なのです。

  • デモ制作時点では「愛と哀しみのバラード」という曲名であった。
  • 主題歌を大林宣彦監督と久石譲のデュエット・ソングとして発表した。
  • NHKにて抜粋版放送時、音楽について、だれが歌っているのか、譜面が欲しい、テープが欲しいと、800通もの問い合わせがあった。
  • オリジナル・アルバム『MY LOST CITY』にて「Two of Us」というインストゥルメンタル・バージョンが完成した。
  • 90年代某人気TV番組の「ご対面/再会シーン」で流れる音楽として印象的に使用され続け、その番組のためのオリジナル作品と勘違いする人も多かったほど。

などなど、数々の逸話を残している名曲です。

 

 

映画公開当時、劇場で販売されていた映画パンフレットより、久石譲インタビューを中心にご紹介します。

 

 

音楽監督から 久石譲

ちょっと優しく

大林監督の声はとても魅力的だ。優しくて暖かで、モダンで、そう、男が男らしくいられた時代のカッコ良さがある。大林監督の手はとても大きい。その手でピアノも弾くし作曲もされる。そして驚くほど音楽が好きで信じられないほど音楽について詳しい。

大林監督にお会いしていると本当に楽しい。僕たちはこの都会の大人の社会で生活しているわけで、嫌なことや悲しいことが日々襲ってくる。でもそんなささくれだった心も、大林監督にお会いするとスッと身体の力が抜けて行き、少年の日の心が戻ってくる様な気がする。だから実は毎日でもお会いしたい。そうすればちょっと人に優しくなれるかも知れないから。

ある日、僕達はピアノの前に座っていた。すでにその映画のなかで使用するシューマンとモーツァルトの楽曲は録音を終えていた。そして僕が書いたメインテーマ用のデモテープを1~2回聞いた。ピアノで弾きだそうとした時には、すでに監督は歌い出されていた。それも音程一つ間違えないで。翌日、その歌詞が送られてきた。「昔人の心に、言葉、一つ生まれて……」映画『ふたり』の主題歌『草の想い』が誕生したのだ。

そして僕には歌手、大林宣彦さんのデビューが当然のことに思えた。でもシャイな監督は一人で歌うのを「ウーン…」と首をひねり、問わず語りの眼差しで、僕の方を振り向いたので僕も「ウーン…」と答えた。そこで奥様でありプロデューサーである恭子さんが「ふたり」なのだから「ふたり」で歌えば、という画期的な裁定を下した。大林宣彦&フレンズが歌う『草の想い』はこうして巷間に流れることになった。

映画『ふたり』との出会いはとても幸せだった。すばらしい作品を担当できるなんて音楽家にとって最高の喜びだ。中には8分台の長さの音楽が幾つかあって難しかったのだけれども、そのハードルを越えることにかえって燃えた。

クライマックスの後で、母親が父親に語りかけるシーンがある。「あなた…」「風呂はまだ…」変ロ長調のストリングスの和音が妻であり、母親である一人の女性の台詞と絡みながら徹かに聞こえてくる。静けさと優しさと愛に満ちたシーンだ。

人が人を許しあい、あるいは認めあい、喜びも悲しみも寂しさもすべてそのまま受け入れて生きていく。ほとんど宗教的とも言えるその深さは、この映画が真の傑作であることを決定的なものとしている。

僕はこの映画を3回見る事をお薦めする。1回目は友達と、そうすれば友情の有り難さが分かり、2回目は恋人と、そうすればかけがいのないものが分かり、3回目は父親と、そうすれば誰よりもあなたを愛している人が分かる。

大林監督とお会いしていると本当に楽しい。でも、忙しい監督に毎日お会いするわけにも行かないので僕は大林さんの映画を沢山見ることにした。そうすればちょっと、人に優しくなれるかも知れないから。

(映画「ふたり」劇場用パンフレット より)

 

 

イントロダクション
「ふたり」、映画、この指とまれ。

大林ムービーに欠かせないクラシック音楽の調べ。加えて、今回全編に流れる主題歌”草の想い”は、劇中、石田ひかり、中嶋朋子、島崎和歌子によって唄われ、映画を見終わった後も思わず口ずさんでしまう、美しく、せつないメロディーだが、これが監督自らの歌詞であり、映画のエンディングでも自らメロディーに乗せたナレーションとして唄われているのも話題である。昨秋、テレビヴァージョンがオンエアされるや、この主題歌についてのただならぬ反響が沸き上がり、とうとう映画公開に合わせて大林監督版、中嶋朋子版がそれぞれCDで発売された。本来がアイドル歌手でもある石田ひかり版が無いのは、彼女がこの『ふたり』において女優誕生の責務をきちんと果たしたので、『ふたり』をアイドル映画になどしないという、いわばご褒美として、女優石田ひかりは唄わないことになった。その結果、監督自らが”父親代わり”にこの物語の心の想いを伝える言葉を、語り、唄うことになった。

この一度聴いたら忘れられない魅力的なメロディーの生みの親は、『風の谷のナウシカ』や『となりのトトロ』などの映画音楽で多くのファンの心を掴んだ久石譲。大林監督の前作『北京的西瓜』(89)を映画館で見、その手づくり映画のあり方に感動し「今度、ぜひ大林さんの手づくり映画に手弁当で参加したい」とラブコールを送り、それに監督がさっそく応え、久石氏はそのまま尾道に直行、二百人に及ぶ尾道の女学生の出演者たちのオーディションの審査席に座ってしまった。そして海や山のロケハンに参加、その感動がそのままメロディーとなったもの。こうしてクラインク・イン前にすでに主題曲がつくられていたので、映画本編中いわば唄うダイアローグとして効果的に使用されることになった。全編に渡る映画音楽は、これほど映像と音楽とが幸福に出会えたことはないと思われるほどの出来栄えであるが、これも尾道の空気を共に吸い、味わったことの成果ともいえるだろう。さらに言えば監督版CDでFRIENDとして監督とふたり、陰の声で唄っているのは久石氏である。

中嶋朋子版のCD製作は、この地道に女優の道を歩む一少女への、石田ひかりとは逆の形でのご褒美である。監督はさらに映画では唄われなかった”わたし、いないの”を新たに千津子のイメージ・ソングとして作詞、久石譲のメロディーを添えて中嶋へ『ふたり』の想い出として贈った。

(映画「ふたり」劇場用パンフレット イントロダクションより 抜粋)

 

映画 ふたり パンフレット

 

Info. 2016/03/26-04/02 「久石譲&五嶋龍 シンフォニー・コンサート in 北京/上海」開催

2016年、今年の久石譲コンサートの幕開けは中国公演にてスタート。ここ数年海外公演でコンサート活動を開始している久石譲。過去2年は台北公演、今年選ばれた地は中国。北京は5年ぶり(「久石 譲 3.11 チャリティーコンサート ~ザ ベスト オブ シネマミュージック~」)、上海は6年ぶり(「アジアツアー 2010」)の開催になります。

そんな待望のコンサートに華を添えるのが、ソリストにヴァイオリニスト:五嶋龍を迎えての贅沢なシンフォニー・コンサート。待ちに待った中国ファン、スペシャルなコンサートに期待が高まります。

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Info. 2016/01/30 「久石譲 長野市芸術館グランドオープニング・コンサート」 チケット発売開始

久石譲が芸術監督を務める長野市芸術館(Nagano City Arts Center)が今年5月に開館。5月8日の杮落し公演は、久石譲指揮、読売日本交響楽団演奏による「長野市芸術館 グランドオープニング・コンサート」開催。新作「祝典序曲」の世界初演も予定。

 

長野市芸術館グランドオープニング・コンサート

日時:2016年5月8日(日)17:00開演 (16:15開場)
会場:長野市芸術館メインホール

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Info. 2016/05/08 『長野市芸術館 久石譲 グランド・オープニング・コンサート』 開催決定!

長野市文化芸術振興財団は1月18日、5月に開館する市芸術館の公演日程を発表した。芸術監督を務める作曲家久石譲さんが会見に出席し、「多くの市民が、日常で音楽に親しめる場所にしたい」と意気込みを述べた。

来年度の演目は、オーケストラやジャズ、合唱、演劇など180以上を見込んでいる。同市出身のピアニスト山本貴志さんや、ウィーン少年合唱団などの公演を予定する。 “Info. 2016/05/08 『長野市芸術館 久石譲 グランド・オープニング・コンサート』 開催決定!” の続きを読む

Info. 2016/01/24 [TV] 「題名のない音楽会」 五嶋龍特集 久石譲登場回 放送

2016年1月24日(日) 9:00-9:30 テレビ朝日系
「題名のない音楽会 -五嶋龍の音楽会-」

2015年10月ヴァイオリニスト 五嶋龍が司会を務め、リニューアルした「題名のない音楽会」。毎回様々なジャンルの音楽をアップデートして4か月経ちますが、ここで改めて五嶋龍とは、どんなヴァイオリニストなのかをこれまで五嶋が演奏してきた音楽と共に紹介します。 “Info. 2016/01/24 [TV] 「題名のない音楽会」 五嶋龍特集 久石譲登場回 放送” の続きを読む

Info. 2016/03/26 映画『スイートハート・チョコレート』音楽:久石譲 日本公開決定!!

2013年に製作され、夕張国際映画祭や東京国際映画祭で上映、お蔵出し映画祭2014グでグランプリを受賞。そして第13回光州国際映画祭で最高賞にあたる審査員大賞を受賞し、アジアでスマッシュヒットを飛ばした『スイートハート・チョコレート』が、遂に3月26日(土)よりシネ・リーブル池袋他全国順次公開されることが決定した。

日中関係の悪化で上映が出来なかった本作が2014年に「お蔵出し映画祭」でグランプリに輝き公開へ。幻になりかけた恋愛映画の決定版ついに解禁!

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Blog. 舞台「祝祭音楽劇 トゥーランドット」久石譲 公演パンフレットより

Posted on 2016/1/20

2008年舞台「祝祭音楽劇トゥーランドット」です。舞台やミュージカルの音楽を担当することのない久石譲が、この作品を手がけた理由とその想い、音楽制作過程や主要楽曲の解説まで。

 

公式パンフレットよりご紹介します。

 

舞台「祝祭音楽劇 トゥーランドット」
演出:宮本亜門 音楽:久石譲 作詞:森雪之丞 衣装:ワダエミ
出演:アーメイ、岸谷五朗、早乙女太一、安倍なつみ、中村獅童 他

[公演日程]

東京公演
2008年3月27日~4月27日
赤坂ACTシアター

大阪公演
2008年5月2日~5月9日
梅田芸術劇場メインホール

名古屋公演
2008年5月13日~2008年5月22日
御園座

 

祝祭音楽劇 トゥーランドット Musical Number

【第一幕】
序曲
黄金の都
飢えた満月
トゥーランドットを讃える歌~飢えた満月 Reprise.
トゥーランドットを讃える歌 Reprise.
孤独の旋律 (ハミング)
陛下の気持ちが分からない
何のために生きる?
新たな挑戦者~飢えた満月 Reprise.
血の祝祭
トゥーランドットを讃える歌 Reprise.
三つの謎とその答え
熱燗売りの歌
孤独の旋律~混乱
何のために生きる? Reprise.
愛するための愛
論争!
狂気と美学
炎の花
草の根を分けても
進むべき道

【第二幕】
新たな逃亡者
草の根を分けても Reprise.
月の人
飢えた満月 Reprise.
謎解き、再び。
再び、の謎。
運命は遠い日の約束
光と夢と愛の国
ダンス~光と夢と愛の国

音楽:久石譲

音楽アレンジ:
久石譲
山下康介
宮崎幸子
足本憲治

 

 

INTERVIEW

無謀へのチャレンジ

正直に言うと、僕はミュージカルというものが好きではありません。普通にセリフを話していた人間が急に歌い出す、あの不自然さがどうも苦手で。ですから最初にこの舞台の企画をもらった時も、しばらく躊躇しました。しかも題材は、プッチーニのオペラの印象が強い『トゥーランドット』です。これは無謀以外の何ものでもないな、と。

それでも最終的に引き受けたのは、自分が日本人である以上、日本語をちゃんと使った作品を書いてみたいという思いからです。これまでも、映画で「劇」と「音楽」という仕事はしてきたわけですし、自分なりにチャレンジしてみようと心を決めました。

よかったなと思うのは、早い段階から台本作りに参加させてもらったことです。僕が曲を作る段階では詞がないので、自分である程度イメージを作る必要があるんですが、お陰でかなりイメージが作りやすくなりました。

最初に作ったのは、純粋で素朴で一途で、登場人物の中で最もキャラクターが明快なリューの曲です。(『月の人』)。書き終えて、「あ、これは行ける」と思いました。そんなふうに滑り出しがすごくよかったので、そこから2~3曲書いたところで、早くも全体が見えてきました。11月の末から12月の頭にかけては、実質10日間で14曲のミュージカル・ナンバーを書いたんですよ。あれは本当に嬉しかったですね。自分がやりたいことを奇跡的な勢いで、楽しくストレートに書けました。ビギナーズ・ラックなのかな(笑)。

作曲の際に心がけたのは、トータルなバランスです。例えば、全部メロディアスに作ってしまうと劇にマッチしなくなるし、あまりにオペラ的なものだと一般の人が入って行きづらくなる、とか。あるいは、中国を舞台にした作品ではあるけれども、東洋の匂いだけは残してインターナショナルな感じを出すにはどうしたらいいか、とか。中国的な色を出せば出すほど、それっぽくはなるけれども、結局それで終わってしまいますからね。そのあたりは、一番考えました。

あとはやはり、作るからには後々まで残る完成されたものを作りたい、ということですね。そのためにも、ミュージカルを専門にやってきてはいないメンキャストの皆さんに、曲を合わせ過ぎてはいけないし、かといって、かけ離れても上手くは行かない。悩んだ末に、歌う人のキーや歌唱力を考慮しつつ、一歩ずつステップが高めのものを要求していくのが一番いいと判断しました。ですから、ハードルは全体的に高いと思いますよ。

でもみんな、本当によくやっています。特にコーラスは、グランド・オペラにかけてもいいくらいのレベルのものを、きっちりとやってる。稽古を見ながら、この方向は正しかったと確信しています。間違いなく、今までの日本の創作ミュージカルでは絶対にあり得なかったレベルまで行っている…そんな手応えを感じます。

できたら、何度か観に行きたいですね。映画と違って、舞台は作曲している段階では自分の世界ですが、稽古が始まると演出家のものになって、初日が始まってからは役者のものになる。しかも毎回違うから、飽きることがありません。化学反応を起こしながら日々変わっていく舞台を、今から楽しみにしています。

久石譲

(「祝祭音楽劇 トゥーランドット」舞台公式パンフレット より)

 

久石譲 『祝祭音楽劇 トゥーランドット DVD』

 

《楽曲解説》

本作品の多彩なミュージカル・ナンバーはどのように作られたのか?
作曲者・久石譲が語る楽曲のポイント。

 

飢えた満月
儀式を待ち望む民衆たちが歌うコーラス曲

三番目に書き上がった曲です。プッチーニの名作に自分なりに挑戦するにあたって、ダイナミックな部分を出すにはどうしたらいい?と考えたら、やっぱりコーラスなんですよ。ですから、この曲にかぎらず、コーラスにはかなり凝っています。実は難曲揃いです。

 

二胡の調べ Instrumental
ミンの舞いの伴奏となる二胡の独奏曲

二胡に中国らしい五音階の曲を書いてしまうと、あまりにありきたりになってしまいます。いかにもベタな二胡の曲ではなく、もう少し精神的なものにしたかったので、あえてスコットランドやアイルランドといった、イギリス北部の民謡のような音階で書きました。

 

孤独の旋律
トゥーランドットの内面を表すドラマティックなバラード

特にアーメイさんを意識したわけではなく、主役として歌うなら、こういう世界観をきっちり作って欲しいなと思って書いた曲です。でも結果的に、アーメイさんにすごくハマっている曲だと思いますね。本番では、さらによくなっていくのではと期待しています。

 

何のために生きる?
故国を追われたカラフの心情を歌うソロ

二番目に作った曲です。脚本に書かれたセリフから、カラフの心情を僕なりにイメージしました。この曲に関しては、さらに岸谷さんが歌っているイメージもちょっと加味したところで、メロディが浮かんできました。

 

草の根を分けても
カラフを探すワン将軍と軍人たちの歌

たぶん、これが一番僕っぽい曲じゃないですかね。ちょっとミニマルミュージック的なものがベースになっていて。通常の歌モノとはちょっと違う楽曲も必要なんです。こういう曲がきちんと成功することで、この音楽劇自体が立体的になっていきます。

 

月の人
森に逃れたリューが月に歌うソロ

最初に作った曲です。メインテーマ曲を作る前に、その世界に映えるであろうもう一つの曲を作りたくて、リューを選びました。純粋で素朴なリューは、プッチーニの『トゥーランドット』でも一番オイシイ役。要は、複雑じゃないキャラクターなので、取っ掛かりやすかったんです。

 

運命は遠い日の約束
トゥーランドットとカラフのデュエット

メインテーマ曲です。演出家の意図もあって、「トゥーランドットとカラフのデュエットで、全体のメインテーマになる。しかもラスト近くになって初めて出てくる歌」というコンセプトで書きました。何回か書き直しましたが、比較的早めに出来ました。

 

光と夢と愛の国
物語のラストを飾る盛大なコーラス曲

書き上げて「これが最後が締まる」と思えた曲です。祝祭らしい曲ですが、単純に「めでたし、めでたし」で終わるような音楽は書きたくなかったし、聴く人が聴いた時にそれなりの楽曲の力が残るようにと思って作りました。圧倒的なコーラスの迫力を感じてください。

(「祝祭音楽劇 トゥーランドット」舞台公式パンフレット より)

 

同パンフレットには、メインテーマ曲であるM43「運命は遠い日の約束」のメロディ譜も収められている。メロディ五線譜とコードおよび歌詞が掲載された一段譜である。

 

「運命は遠い日の約束」
TURANDOT M43 “Destiny Is A Promise from the Distant past”
作曲:久石譲 作詞:森雪之丞

微かな 光がある
闇の中に あなたがいる
二人が 抱えてきた
その痛みと 同じ場所で
夢はまた生まれ 輝くから

道を違えた その度
運命に 導かれ

あなたと逢うために 誰よりも
この世界で 孤独だった
人は皆迷子のまま 旅をしてる
遠い日の約束を 果たすために

悲しい 物語を
終らせれば 夜明けは来る
扉を 叩く様な
命の音 聴いていたい
あなたの胸に 抱かれながら

死んで
生まれて
生まれて
幾度も
幾度も
何処かで
めぐり逢い 恋をして

あなたとあたためあう そのために
指はいつも 凍えていた
見つめれば散った花が 宙に止まる
そこに運命の絆が 揺れてるから

 

 

メインテーマ曲「運命は遠い日の約束」について。

2008年11月19日発売 「祝祭音楽劇 トゥーランドット」DVDでは、本舞台公演が収められている。またDVDにてエンドクレジットおよびPRムービー(約1分半)に聴かれるのは、同舞台メインテーマ曲「運命は遠い日の約束」のピアノ・バージョン、デモ音源である。実際に本編で使用されたメロディ旋律と異なる箇所があることから、制作期間の仮音源・デモ音源であることがわかる。

本舞台の音楽はオリジナル・サウンドトラック盤としては発売されていないので、DVDでのみ聴くことができる作品。

 

ただし2点。

DAISHI DANCEのアルバム『WONDER Tourism』にて、「Predestinate」という曲名でカバー収録されている。ヴォーカルは麻衣が担当しており、英語詞による歌唱と、デジタルビートと旋律美の融合が味わえる。

久石譲作品では、『Another Piano Stories ~The End of the World~』にて、「Destiny of Us (from Musical Turandot)」という曲名で収録されている。ピアノ、弦楽、アコースティック・ギターからなる、同楽曲のインストゥルメンタル・ヴァージョンである。

 

 

祝祭音楽劇 トゥーランドット ポスター

 

Blog. 「モーストリー・クラシック 2009年10月号」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2016/1/19

クラシック音楽誌「MOSTLY CLASSICS モーストリー・クラシック 2009年10月号 Vol.149」です。久石譲音楽活動においては、ソロアルバム「ミニマリズム」(2009)を発表した時期になります。「ミニマリズム」を作り終えた直後の作品に対する具体的な話を、当時のクラシック音楽指揮活動もふまえながら語られています。

 

 

STAGE Chapter 02

宮崎駿のアニメ映画作品や北野武の作品、今年話題になった「おくりびと」などの映画音楽を手がけ国際的にも高い評価を得ている。近年は、新日本フィルや関西フィルなどのオーケストラを指揮して、自作の映画音楽とクラシック音楽の指揮も行っている。その実り多い体験を経て、自らの原点であるミニマルミュージックの作曲に再び着手し、CD「ミニマリズム」を発表した。ベートーヴェンなどの古典音楽とミニマルミュージックの共通点を見いだし、新しい音楽の世界を切り開いた。

-2005年の本誌のインタビューで「オーケストラのシンフォニーのような少し大きな作品を体力のあるうちに作りたい」といわれました。

久石:
音楽大学の作曲科に在籍していたころから始まって、卒業後の20歳代は、現代音楽の作品を書いていました。それから、映画やCMなどのエンターテインメントの世界で作曲活動をしてきました。

しかし、最近、また自分自身のための作品を書きたいという気持ちが強くなってきたのです。そこで、大学時代に感化されて、自分の作風としていた、つまり原点にあるミニマルミュージック(最小限の音型を繰り返す音楽、以下ミニマルと表記)をもう一度しっかりやってみたいというのと、自分の中でクラシック音楽がどういったものなのかということを確認しようと思ったんです。

 

-今年1月の新日本フィルとの演奏会で指揮されたチャイコフスキーの交響曲第5番は、特に終楽章の構成が見事で感銘を受けました。

久石:
僕たちが大学に入って作曲をしていた時は、いまも核の部分は変わっていないのかもしれないけど、古典芸能のようなクラシックを「古い音楽」と否定して現代音楽を作りました。その頃は、ベートーヴェンやマーラーを調べてる余裕があるのなら、シュトックハウゼンやクセナキスを勉強して、クラシック音楽の勉強に割く時間も少なく、「こんなもんだ」とわかったような気でいました。

自分が指揮する立場になると、なんでこの音をこういった形で書き、展開させて行ったのかということを考えなければならない。そうしているうちに否定していたはずのクラシック音楽の凄さに気付かされたんです。そういったことは、本来は大学時代にやるべきだったのでしょうが、作曲科にいて新しい曲を求めていたことによって、抜け落ちていたことに気がつき「もう一回、クラシック音楽をちゃんとやろう」という気持ちが強くなってきました。

 

-CDに収録されている作品は、我々が知っているミニマルミュージックとは、かなり違っています。

久石:
それは、作曲の姿勢を、エンターテインメントの要素を取り入れて作曲していた自分の立脚点を、クラシックの方に置きかえてミニマルを作ろうと考えたからです。なぜミニマルかというと、我々が作曲を学んでいた当時は、不協和音をぶつけたり、図形のような譜面を書くなどといった作曲法が全盛で、響きを重視していた一方で、リズムには無関心でした。ポップスが、体に響くリズムを使って、存在感を増していったのに反して、それがない現代音楽は衰退していった。しかし、ミニマルは現代音楽でありながら、リズムと調性が残っていた。そこに共感し、また可能性を見いだし、それ以来、ミニマルの作曲を中心に行っていました。

 

-今回発表された曲は、初期のミニマルとは、核は同じですが音楽がより豊かになっています。ミニマルについての考え方が変わったのでしょうか。

久石:
指揮をやりはじめて、クラシックの曲の構造などをもう一度勉強し直してみると、ベートーヴェンは交響曲第5番で、有名な出だしの4つの音を、至るところにいろんな形で繰り返して使って、大きな構造物を作り上げている。ブラームスにもそういうところがあります。手法は違うのですが、ミニマルに相通ずるところがあるんです。

そこから発想したのが、「シンフォニア」という曲です。交響曲のもとになる言葉なんですが、元来イタリアでは、3部形式からなるディヴェルティメントのようなもっと気楽な管弦楽曲だったんです。室内オーケストラで出来る、古典音楽を素材にしたミニマルを作りました。

 

-クラシック音楽を聴いた人間ですと、第九の断片を聴き取ることは可能です。単なる引用ではなく、展開の仕方も面白く、一筋縄ではいかない曲になっていますね。

久石:
第2楽章では、コード進行と古典的なフーガが続いて現れ、第3楽章では、ティンパニやホルンなどが加わって、和声も4度、5度の進行をベースに作っているので、ベートーヴェンの第九の断片のような音が出てくる部分もあります。

 

-そういった古典音楽の手法が使われていながら、ミニマルの規則的に移り変わって行く音楽の特徴はそのままなので、演奏は至難では。

久石:
それもあって、名手ぞろいのロンドン交響楽団とアビーロード・スタジオで録音しました。アビーロード・スタジオのチーフエンジニアやコンサートマスターのカルミネ・ラウリが参加、最初は映画音楽の録音と思っていたようですが、事務局に曲のことを説明し、譜面も送っていたので、ロンドン響もクラシック音楽を演奏するときの陣容で録音に臨んでくれました。

曲のリハーサルをやっているうちに、ミニマル特有の音型を繰り返す音楽なので、縦の線を合わせるために、クリック(規則正しく繰り返される電子音)をつけてずれないように演奏し、録音もうまく行きました。

彼らはジョン・アダムズなどのミニマルの作曲家の作品も手がけていることもあって、とてもふくよかで豊かな演奏になっています。それに、録音後のマスタリングでも、ポピュラーや映画音楽などはCDのプレイボタンを押すとすぐ音楽が始まるように設定しているんですが、別にこちらからオーダーしたわけではないのですが、クラシック音楽のように、音が出るまで時間をあけてくれたんです。作品を聴いて、彼らがそう感じてくれたのは嬉しかったですね。

(「モーストリー・クラシック 2009.10 Vol.149」より)

 

モーストリー・クラシック 2009.10

 

Blog. 久石譲「Orchestra Concert 2009 Minima_Rhythm tour」コンサート・パンフレットより

久石譲 『ミニマリズム』

Posted on 2016/1/17

久石譲過去のコンサートより、2009年開催「ミニマリズム・ツアー」です。

 

久石譲 Orchestra Concert 2009 ミニマリズム・ツアー

[公演期間]47 久石譲 Orchestra Concert 2009
2009/08/15 – 2009/09/03

[公演回数]
12公演
8/15 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール A
8/16 東京・すみだトリフォニーホール B
8/18 愛知・愛知県芸術劇場 コンサートホール A
8/19 広島・広島ALSOKホール A
8/20 福岡・福岡シンフォニーホール B
8/22 新潟・新潟市民芸術文化会館 りゅーとぴあ B
8/24 北海道・札幌コンサートホールKitara 大ホール A
8/26 宮城・東京エレクトロンホール宮城 A
8/28 大阪・ザ・シンフォニーホール A
8/30 大阪・河内長野市立文化会館 ラブリーホール B
9/2 東京・サントリーホール A
9/3 東京・サントリーホール B

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:
新日本フィルハーモニー交響楽団
関西フィルハーモニー交響楽団
コーラス(Program B):
栗友会合唱団
九響合唱団、九州大学混声合唱団、福岡教育大学混声合唱団、有志
河内長野ラブリーホール合唱団

[曲目]
【Program A】
Minima_Rhythm
I. Links
II. MKWAJU 1981-2009
III. DA・MA・SHI・絵

Sinfonia for Chamber Orchestra
I. Pulsation
II. Fugue
III. Divertimento

The End of the World
I. Collapse
II. Grace of the St. Paul
III. Beyond the World (without mixed Chorus)

Departures
Prologue~Theme
Prayer
Theme of Departures

Kiki’s Delivery Servise

Water Traveler

—–アンコール—–
Wave
Ponyo on the Cliff by the Sea

【Program B】
Minima_Rhythm
I. Links
II. MKWAJU 1981-2009
III. DA・MA・SHI・絵

Sinfonia for Chamber Orchestra
I. Pulsation
II. Fugue
III. Divertimento

The End of the World
I. Collapse
II. Grace of the St. Paul
III. Beyond the World (with mixed Chorus)

Ponyo on the Cliff by the Sea (with Chorus)
Movement. 1
Movement. 2
Movement. 3
Movement. 4

—–アンコール—–
おくりびと メインテーマ (大阪B)
Wave
風の谷のナウシカ 2009

 

 

2009 久石譲 in London
ABBEY ROAD STUDIOS &LONDON SYMPHONY ORCHESTRA

2009年6月、久石譲の新作アルバム「Minima_Rhythm」のレコーディングがロンドンで行われた。アビー・ロード・スタジオ、ロンドン交響楽団の演奏、このレコーディングには”或るストーリー”があった。

 

-アビー・ロード・スタジオへの想い

久石:
僕がロンドンに住んでいた頃、アビー・ロード・スタジオにマイク・ジャレットというとても親しいチーフエンジニアがいたんです。一緒にレコーディングをすることも多く、本当に信頼の置ける人物だったのですが、惜しいことに若くしてガンで亡くなってしまった。彼の最後のセッションが僕との仕事で、ロンドン交響楽団演奏による『水の旅人』のメイン・テーマのレコーディングだったんです。そのときはエアー・スタジオのリンドハース・ホールで録ったんですが。そしてマイクは亡くなり、僕はロンドンを引き払った。そのあたりのことは『パラダイス・ロスト』という本にかなり詳しく書いています。その後、ロンドンでのレコーディングは何度もしたんだけど、アビー・ロード・スタジオでのレコーディングは避けた。ちょっと行くのがきつかった……。

数年前、『ハウルの動く城』のとき、チェコ・フィルハーモニー交響楽団でレコーディングしたものを、アビー・ロード・スタジオでサイモン・ローズとMixしたんです。それが久しぶりでしたね。そのとき、このスタジオに戻ってきたなぁという感慨があって、スタジオの隅、地下のレストラン、どこもマイクの遺していった匂いのようなものが感じられた。イギリス人独特のユーモアや品の良さ、クリエイティブな匂いとでもいうのかな。

そして今回、僕としては最も大切なレコーディングになるので、それはアビー・ロード・スタジオ、そしてロンドン交響楽団しか考えられなかったのです。マイクの亡き後も、アビー・ロード・スタジオでは伝統がきちんと引き継がれています。マイクのアシスタントだったサイモンは、今はジョン・ウィリアムズ等を録る一流のエンジニアになっているし、今回のエンジニアのピーター・コビンは、マイクの抜けた穴を埋めるべく、オーストラリアのEMIからスカウトされた。高い水準を維持するために。

今回ついたアシスタントも非常に優秀で、何にも指示されなくても動けちゃうんですよ。たぶんまた5年後、10年後になると彼らが素晴らしいチーフエンジニアに成長していくんだろうと、そういう人や技術の継承をとってもても、やっぱりナンバーワンのスタジオですね。

 

-ロンドン交響楽団との再会

久石:
今回で二度目だったんですが、ロンドン交響楽団を指揮するのは、正直とても緊張しました。最近は様々なオーケストラを指揮する機会が増えたとはいえ、今回は言葉の壁もあって、予想以上に大変でしたね。

というのも、実はロンドンに行く直前、夜中の2時か3時くらいまで曲を書いていて、そのまま徹夜で飛行機に飛び乗ってしまったんです。だから、譜面の勉強がまったくできていなくて。要するに、作曲家モードと指揮者モードは別物なんだけど、ギリギリまで作曲家として粘っていたぶん、指揮者への切り替えができていなかった。ロンドンに到着してからも一歩も部屋から出ずにずっと書き込みや譜面の勉強に時間を費やしていたんだけど、全然足りない!レコーディングはできるだけ平静を装っていましたけど、内心は結構きつかったですね(笑)。

(「久石譲 Orchestra Concert 2009 Minima_rhythm tour」コンサート・パンフレット より)

 

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『Minima_Rhythm tour』
interview ~久石譲~

原点への回帰

-「Links」で与えた現代音楽家・久石譲のインパクト

ロンドン・レコーディングでは、「Links」を初日の1曲目に録ったんですが、それが非常に良かった。どちらかというと僕は映画音楽の作曲家だと認知されていて、ロンドン交響楽団の人たちも「”Spirited Away(『千と千尋の神隠し』” is fantastic!!」などと、僕の映画音楽はたくさん知ってくれていたんです。今回もその延長線上のレコーディングだとイメージして臨んでいたところに、僕は超難度の高いミニマル・ミュージックを引っ提げていったというわけ。この「Links」を振り始めた途端、みんなの目つきが一瞬にして変わって、これは大変だ!となったんです。「この曲はチャレンジだ!新しいオーケストラ曲だ!」とね。ファースト・コンタクトにこの曲をもってきたのは大正解だったと思います。

「Links」は、2007年のCoFesta(JAPAN国際コンテンツフェスティバル)からの委嘱作品なんですが、作品を書きたくなっていた時期にたまたまオファーが来たので、CoFestaのことはほとんど知らないで引き受けたんです(笑)。実は、この「Links」を作る前に「Winter Garden」というヴァイオリンのために書いた曲があって(※ヴァイオリニスト・鈴木理恵子のソロアルバム「Winter Garden」に書き下ろした楽曲)、その作曲で、自分の世界が作れるきっかけを掴めた。「ああ、そうか。こういう形で自分はミニマル・ミュージックに戻れるんだ」と。メロディアスなフレーズを素材に、変拍子などの特殊リズムを加えることで独自の世界を表現するというものだったのですが、それと同じ方法論をさらに発展させてオーケストラ作品にしたものが「Links」です。この「Links」を書いたことによって、徐々に自分の中でミニマル・ミュージックに戻るウォーミング・アップができたわけです。

 

-2009年、ミニマリズム宣言。

ツアータイトルにもなったソロアルバムの「Minima_Rhythm」というタイトルは、ミニマル・ミュージックの「Minimal」とリズムの「Rhythm」を合わせた造語なんですが、リズムを重視したミニマル・ミュージックの作品を作りたいという思いからつけています。

かつて僕が現代音楽の作曲家だった頃、ずっと書いていたのがミニマル・ミュージックだった。そのミニマル・ミュージックにもう一度向き合って、僕自身の中できちんと作品という形にしたい。そんな作家の思いを込めています。僕の大学時代は、現代音楽と言えば不協和音でスコアが真っ黒になるような、半音ずつぶつけたものばかりをみんな書いていたのですが、その当時の現代音楽は、様々な特殊奏法を含めて響きを重視することばかりに偏ってしまったんです。作曲家は自己満足のようにどれだけ緻密なスコアを書くかということに走ってしまい、結果、人間が聴いて理解する範囲を超えてしまう譜面が多くなってしまった。僕もその一人だったんだけれど、いつしかこの方法では何かが違う、自分の目指すものではないと感じ始めていて。そんなときに出会ったのがミニマル・ミュージックでした。

不協和音ばかりに偏重してしまった現代音楽の中でも、ミニマル・ミュージックには、調性もリズムもあった。現代音楽が忘れてしまったものを、ミニマル・ミュージックは持っていたんです。

 

-封印を解き、再びミニマルの世界を志向する

30歳くらいのときに僕は現代音楽を封印し、その後映画音楽やポップス・フィールドで仕事をしてきました。言うまでもなく、ポップスの基本はメロディとリズムにあって、衰退の一途を辿る現代音楽とは対照的にポップスはどんどん隆盛していった。そんな両者を知る僕にとっては、ポップス・フィールドで培ってきた現代的なリズム感やグルーヴ感をきちんと取り入れて両立させ、独自の曲を作れるのではないかと考えたんです。もう一度作品を書きたいという気持ちが強くなったとき、自分の原点であるミニマル・ミュージックに戻ること、それと同時に、新しいリズムの構造を作ることが自分の辿るべき道だと思ったのです。それはごく自然なことでした。

前述した「Winter Garden」や「Links」といった最近の僕の作品には、11拍子や17拍子といった特殊拍子が必ず出てくるのですが、そういう変拍子なのだけれどもグルーヴを感じさせるリズムの使い方が、現在の自分にとって気に入っているパターンです。

 

1981↔2009 久石譲の原点と現在

-「Minima_Rhythm」では、初期のミニマル・ミュージック作品をオーケストラ楽曲として改めて書き直した

その一つが「MKWAJU 1981-2009」です。

東アフリカの草原に、理由もなくポツンと生えているものすごく大きな木、あの木のことをムクワジュと言うんですよ。素材にしたのは、東アフリカの民俗音楽。♪タンタンタカタカタカタカタッタッと、永遠に彼らが繰り返しているその多重的なリズム要素の音型をもとに作品にしたのが「MKWAJU」なんです。

1981年に発表した小編成から、今回のオーケストラ作品に書き直すにあたって、分厚くなりすぎないように清涼感を残す工夫を凝らしています。加えて、発表当時に表現しきれなかった部分をしっかり聴かせられる作品に仕上げられたらと思いますね。個人的なことなんですが、発表当時は素材を上手く使いきれていなくて、色々仕掛けをしていたはずなのにどこかうまくいかない。本当は曲の途中でフレーズが半拍ずつズレていくところを、ちゃんと聴かせるだけの技術力が足りなかったわけです。

ミニマル・ミュージックのような繰り返しの音楽は、実はものすごく難しい。単に同じ素材を繰り返すだけでは当然飽きてしまいますから。だから、微妙にアングルを変えていき、ちょっとずつ変化をさせて、聴いている人には繰り返しているように聴かせることがとても重要。つまりその微細な変化を無意識の世界に訴えかけているんです。二つ目にもっと大事なことは、素材が良いこと。ミニマル・ミュージックが成立するかしないかは、この二点に係ると言ってもいかもしれませんね。

その意味では、この「MKWAJU」は本当に良い音型と出会えて幸運でした。この♪タンタンタカタカタカタカタッタッというフレーズを、オーケストラの人たちがお茶を片手に廊下を歩きながら口ずさんでいるのを聞いたときには、ヤッタ!と思いましたね(笑)。

もう一つが、「DA・MA・SHI・絵」。

これも初期の頃の作品で、コマーシャルのために書いた曲です。日本のCMにミニマル・ミュージックのパターンを導入した初めての楽曲で、15秒、30秒というCM用に書いたキャッチーな素材ですから、十分に楽曲になり得るだけの要素はありました。その音型をもとに作品として再構成したものです。

1985年のアルバム「α-BET-CITY」に収録してから、その後も何度かアンサンブルに編曲しているんですが、今回オーケストラにする段階では、メイン音型と7つから成るフレーズの組み合わせを一新して(オリジナル音型は残したまま)組み替えたので、結局ゼロから作り直したような新しいイメージに仕上がっています。

ミニマル・ミュージックの基本音型というのは、組み合わせ一つでも方法論を変えると、すべて作り直さなくてはいけなくて、一部分だけ直すということはあり得ない。ある日これでいいと思っていても、翌日ここが違うと感じて直しだすと、それ以降全部パターンが変わってしまうんです。要するにいつまでたっても、八割方できた気がしても、ちょっと違うと思って手を入れると、またゼロからの作業になるというその繰り返し。普通、映画作品などの音楽を作曲するときなんかは、時間をかけて作った分だけ必ずレベルがアップして良くなっていく場合が多いのだけれど、ミニマル・ミュージックに関しては、完成に近づくまでの試行錯誤が本当に大変で。真っ暗闇の中で、遠くに見える微かな灯りを目指すように、何かありそうだと思って感覚を頼りに手探りで進んでいくだけなんですが、そのぶん、曲が本来求めている形に出会えたときの嬉しさといったらないですよね。喜怒哀楽って振り子のようなものだと思うのですが、苦しみが大きいぶん、喜びもひとしおなんです。

 

”古典的”と”現代的”を融合させた新しい”スタイル”

-音楽的な構造を突きつめていった機能的な作品「Sinfonia」

「Sinfonia」は、本当に久しぶりに作品を作ると決めたときの出発点と言ったらいいんでしょうか。逆に言うと、30年近い空白を埋めるための個人的に非常に重要な位置づけの作品になります。もちろん今までもコンサート用にミニマル・ミュージックをベースにした曲を作ったりしてきました。が、やはりそれは半分ポップス・フィールドに自分の片足を残して、一般の人に聴いてもらうことが前提となっていた。そのためCDセールスといった制約や妥協しなくてはいけないことが多々発生し、僕の中では完全に作品とは言い切れない部分があったんです。

この「Sinfonia」は、自分の中のクラシック音楽に重点を置いて構築したもので、音楽的な意味での、たとえば複合的なリズムの組み合わせであるとか、冒頭に出てくる四度、五度の要素をどこまで発展させて音楽的な構築物を作るかということを純粋に突きつめていった作品です。”クラシカル・ミニマル・シンフォニー”と副題をつけたいくらいなんですが、それはクラシック音楽が持っている古典的な三和音などの要素をきちんと取り入れたミニマル・ミュージックということ。そのため編成も非常にオーソドックスな2管編成を採用して、クラシカルなニュアンスを出しています。

第1楽章の「Pulsation」という曲は、僕がまだ現代音楽家だったときに最後に書いた「パルゼーション」という曲の構造を発展させたもの。リズムというよりも機械的なパルスの組み合わせで、四分音符、八分音符、三連音符、十六分音符などを複合的に組み合わせ、五度ずつ調を上げて、全部の調に展開していきます。

第2楽章の「Fugue」は、雲のように霞がかったり消えたりするようなコード進行と、いわゆるバッハなどの古典派的なフーガの要素で構成しています。これも第1楽章と同じで五度ずつハーモニーが上昇し、全部の調で演奏されて終わります。

第三楽章の「Divertimento」は、5月のクラシックのコンサート(※2009年5月24日、久石譲Classics vol.1)で初演をしたんですが、そのときは弦楽オーケストラのために作った曲を、今回は管楽器などを加えて書き直しました。ティンパニやホルンなどが入ったおかげで、より一層古典派的なニュアンスが強調され、初演の弦楽オーケストラとは一味違う作品になったかな。

 

-強烈なメッセージ性を込めた情緒的な作品「The End of the World」

僕はどちらかと言うと、音楽は純粋に音楽で表現するべきだと捉えているんですが、この「The End of the World」は社会的なメッセージを込めた数少ない作品の一つです。

その数少ない作品の中でも、1992年に作った「My Lost City」というアルバムがあるんですが、それは1930年代の世界大恐慌のときに、狂乱の日々を送って破壊的な人生を歩んだ米国の作家F・スコット・フィッツジェラルドを題材に、日本のバブルに対する警鐘を鳴らしていた。日本人、こんなに浮かれていたら大変なことになるぞ!と。案の定、バブルは崩壊して日本は本当に漂流を始めてしまったわけですが。

この「The End of the World」は「After 9.11」をテーマに扱った作品です。「9.11 (アメリカ同時多発テロ)」を契機に、世界の価値観は完全に狂っておかしくなってしまった。混沌とした時代の中で人々はどっちに向かえば良いかわからない。指針のない不安な世の中を生き抜くには、自分自身をしっかり見つめて見失わないように生きるしかない。利益追求型の社会システムが崩壊し、そんなことでは人々は幸せになれないとするならば、自らの手で自分自身を、そして周りを変えていく意志を持っていこうと、ある意味では非常にポジティブなメッセージでもあるんです。

前作のアルバム「Another Piano Stories~The End of the World~」では最終楽章にスタンダード・ソングの「The End of the World」という歌曲を入れて全四楽章で発表したんですが、今回は三楽章で成立する交響曲のように作り直そうと考えた。そして、オリジナルの12人のチェロ、ハープ、パーカッション、コントラバスとピアノの小編成だったものからオーケストラに書き直したので、よりイマジネーションが広がり、2年ほど前の構想段階で考えていたコーラスを復活させようと思いついたんです。では、言葉は何にしようか?と考えたときに、ラテン語で「世界は終わる」という単語と、そして「悲しみと危機は愛によって去る」という言葉を歌詞として当てはめたんですが、ロンドン・ヴォイシズのコーラスを聴いたとき、この曲が本来行くべきところにやっと辿り着いたんだという感動が込み上げてきましたね。数年前に作った曲がついに完成したのだと。

 

-言葉をある種記号化させたコーラス譜

実は、僕はコーラス曲を書くのはあまり好きではなかった。というのも、言葉の問題と折り合いをつけることがどうしても難しかったからなのですが。でも、何年か前の「Orbis」(※2007年12月、サントリー1万人の第九の第25回記念序曲としての委嘱作品)でコーラスに取り組み、散文的な幾つかのキーワードを用いることで楽曲として成立させることが可能だとわかった。それからミュージカル『トゥーランドット』を経て、『崖の上のポニョ』でもコーラスを使っています。それと昨年の武道館コンサートでは200名のオーケストラと800名の混声合唱団で全開にしていますし、今では”オーケストラ+コーラス”は僕の定番みたいになっていますね(笑)。

今回の「Beyond the World」では、ロンドン・ヴォイシズからコーラス譜の書き方を誉められたんです。「ジョー、お前はどこで勉強してきたんだ?ジュリアードかパリのコンセルバトワールか?」「いや、ジャスト日本!」「アンビリーバブル!こんなに上手くコーラス譜を書ける奴はいないよ!」と。これはちょっと嬉しかったですね。

 

-新たな作品の誕生とスタート地点

今夏のツアーでは、(Bプロに)コーラスを入れたのも大きな特徴で、『崖の上のポニョ』をコーラス入りのオーケストラ組曲として初披露します。ちょうど北米公開も始まるし(※2009年8月14日公開)、映画の要素を凝縮したオーケストラ・ストーリーとして楽しめると思います(笑)。Aプロでは、米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと(Departures)』を、これもオーケストラは初演となるので、オリジナルのチェロ・アンサンブルとの違いを楽しめるじゃないかな。

そして、A・Bと両プログラムで「Minima_Rhythm」を全曲演奏する。もう本当に全エネルギーを注ぎ込むようなエキサイティングなプログラム。「Minima_Rhythm」の個々の曲は長編で重たい作品なので、1プログラムですべて網羅してしまっていいものかどうか迷ったんですが、やっぱりすべてお客さんに聴いて欲しかった。そのくらい、僕の中で思い入れのある作品となったことは確かです。だからこそこれがすべてであるとはっきり言えるし、また同時に、それは出発点でしかないとも強く思っています。

(「久石譲 Orchestra Concert 2009 Minima_rhythm tour」コンサート・パンフレット より)

 

久石譲 『ミニマリズム』