Disc. 久石譲 『弦楽オーケストラのための《螺旋》』 *Unreleased

2010年2月26日 世界初演

 

2010年2月26日開催コンサート「久石譲 Classics Vol.2」にて初演。

2011年9月7日開催コンサート「久石譲 Classics Vol.4」にて演奏。

2014年10月12日開催コンサート「久石譲×新日本フィルハーモニー交響楽団」長野公演にて演奏。

2015年2月25,26日開催コンサート「世紀音樂大師-久石譲 Maestro of the Century – Joe Hisaishi」(台北/台南)にて改訂初演。

 

 

 

久石譲:弦楽オーケストラのための「螺旋」

弦楽オーケストラのための「螺旋」は、2010年2月16日に行ったコンサート《久石譲 Classics Vol.2》のために書いた作品である。作曲は、2010年1月20日より2週間という短い期間で一気に書き上げ、その後直しを含めて時間の許す限り手を加えた。ミニマル・ミュージックの作家としてコンテンポラリーな作品を書きたいという思いが強かったのかもしれない。

曲は、8つの旋法的音列(セリー)と4つのドミナント和音の対比が全体を通して繰り返し現れる。もちろんミニマル・ミュージックの方法論で作曲したが、その素材として上記の12音的なセリーを導入しているため結果として不協和音が全体の響きを支配している。

心がけたことは、感性に頼らず決めたシステムに即して音を選んでいくことだった。もちろんそのシステムを構築する土台は(それが良いと決めたこと自体)個人的な感性である。

曲の構成は日本の序・破・急(※)の形をとり、第1部は遅めのテンポの中で様々なリズムが交差し、第2部では同じセリーのスケルツォ的躍動感を表現している。第3部の前には、もう一度基本セリーによる静かな神秘的な部分があり、その後、急としての激しい空間のうねりが展開される。

曲のタイトルとして Spiral という言葉を最初考えていたが、この急の部分を作曲したときに「螺旋」という日本語が最もふさわしいと確信した。

(※)序・破・急 = 音楽・舞踊などの形式上の三区分。序と破と急と。舞楽から出て、能その他の芸術にも用いる。

(2011年9月7日《久石譲 Classics Vol.4》 曲目解説より一部補筆し転用)

Blog. 「久石譲&新日本フィルハーモニー交響楽団」(長野) コンサート・レポート

 

 

 

約14分の作品。3.11に大きな影響を受け、本名の藤澤守として発表した「5th Dimension」と同時期に書き下ろされた作品もあってか、現代音楽、芸術性という、大衆性とは表裏一体の一面をのぞかせた久石譲の意欲作。

本人による楽曲解説にもあるとおり、”不協和音が全体の響きを支配している”なか、ミニマル・ミュージック特有のリズム、躍動感と神秘性をかねそなえた、弦の響きが360度まさにスパイラルしている響きがそこにはある。

渦を巻く弦楽オーケストラの響きには圧倒される。コンテンポラリーな久石譲作品として後世に残るべき重要な作品である。

2010年の世界初演から、2015年の改訂初演まで、これまでにコンサートで数回披露されたのみで未音源化作品である。

 

 

Info. 2015/03/13 [TV] 『かぐや姫の物語』 金曜ロードSHOW! 放送決定

アカデミー賞の長編アニメ賞は逃したスタジオジブリの「かぐや姫の物語」(原案・脚本・監督・高畑勲、 音楽・久石譲 2013年)だが、3月13日の日本テレビ系「金曜ロードショー」でテレビ初放送される。

日本最古の物語といわれる竹取物語を原作とする「かぐや姫の物語」(金曜、後7時56分)は、日本人の心にしみ入る美しい風景を背景に、命の輝きと生きる喜びを描き、最後のシーンでは涙を誘われる感動の物語。完全ノーカット版で放送される。

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Info. 2015/02/23 第87回アカデミー賞 「かぐや姫の物語」 受賞ならず

2月23日(日本時間)、ハリウッドのドルビー・シアターにて世界最大の映画の祭典「第87回アカデミー賞」の授賞式が行われた。「長編アニメーション賞」は、日本からスタジオジブリの高畑勲・監督作『かぐや姫の物語』がノミネートされていたが、受賞はならず。昨年に続き、ディズニー作品(『ベイマックス』)に軍配があがった。

2013年に公開され、その匠の技で「国宝級」とまで称された本作。日本最古の物語文学「竹取物語」に隠された、ひとりの少女・かぐや姫の“罪と罰”を高畑監督が独特のタッチで描いたもの。製作に8年を費やし、総製作費は50億円が投じられた。

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Disc. V.A. 『バンド維新 2015』

2015年2月18日 CD発売 UCCS-1173

 

「バンド維新」とは

2008年2月に「音楽のまち・浜松」から新たに発信する芸術文化事業としてスタートしました。 学生たちが日頃の研鑽の成果を披露する場を提供するとともに、若手作曲家の育成、日本の音楽文化の振興、こどもたちが純粋に音楽を楽しめる環境づくりを推進することを目的としています。

作曲家は『吹奏楽』の枠にとらわれないウィンド・アンサンブル作品の可能性に チャレンジし、演奏者は、いわゆる『吹奏楽』曲とはひと味違う世界に触れ、さらに作曲者から直接指導を受ける。 「音楽のまち・浜松」ならではのイベントです。

2015年も日本を代表する8人の作曲家が参加

【委嘱作曲家】
北爪道夫 久石譲 前田憲男 ボブ佐久間 真島俊夫 中川英二郎 三宅一徳 猿谷紀郎

(メーカーインフォメーションより)

 

 

久石譲 「Single Track Music 1」

【楽曲解説】
この作品はとてもシンプルな構造でできています。全編ユニゾンで、その中のある音が高音や低音に配置させることによって別のフレーズが浮かび上がるようになっています。

僕自身はミニマル・ミュージックのスタイルを取っていますが(正確にはその後のポストクラシカルといいますが)そのスタイルではズレが重要になり、2つ以上の声部が必要になるわけですが、あえて単旋律にすることで時間軸上でのズレを考えたわけです。そのフレーズは単音から始まり、24音まで増殖していって一区切りです。また中間部からは和音らしき響きが聞かれますが、これはあくまでフレーズの中の最初と最後の音のサステイン(持続音)であって意図的に作った和音ではない。後半ではそのサステインが単旋律のリズムと同期して分化されているだけです。

全編ユニゾンということはある意味で理解しやすいように思われますが、演奏する側から考えるとピッチやリズムの違いが誰にでもわかることであり案外難しいとも言えます。またリズムのグルーヴ感(例えばロックやジャズのような)もとても大切です。

このような実験をさせていただいて感謝しています。
尚タイトルは鉄道の単線の意味からとっています。

(久石譲)

(楽曲解説:CDライナーノーツより)

 

 

 

 

久石譲による新作書き下ろし委嘱作品。吹奏楽作品としては「Runner of the Spirit」(箱根駅伝テーマ曲)以来の2作品目となる。

 

 

2015.8追記

久石譲オリジナルアルバム『Minima_Rhythm 2 ミニマリズム 2』に、「Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion」として収録された。タイトルとおり[サクソフォン四重奏と打楽器版]での編成として再構成されている。自身のコンサートでもプログラムされ、スコアも販売されている。

 

 

バンド維新2015 ウィンドアンサンブルの現在

01. 前田憲男: 花のワルツ~組曲「くるみ割り人形」(チャイコフスキー)
02. ボブ佐久間: Selection from“THE EPITOME”for Wind Orchestra
03. 久石譲: Single Track Music 1
04. 猿谷紀郎: Dawn Pink 2
05. 三宅一徳: Dance EGO-lution
06. 北爪道夫: リズムクロス
07. 真島俊夫: 月山 -白き山-
08. 中川英二郎: Field of Clouds

演奏:航空自衛隊 航空中央音楽隊
指揮:水科克夫(4,5,7,8)、前田憲男(1)、ボブ佐久間(2)、北爪道夫(3,6)
ソロ・トロンボーン:中川英一郎(8)
録音:2014年11月26日&27日 ひの煉瓦ホール

 

Info. 2015/2/21 [楽譜] 「バンド維新2015 スコア集」 発売

2015年2月21日、「バンド維新 スコア集」が発売された。

『バンド維新』は、2008年2月に「音楽のまち・浜松」から新たに発信する芸術文化事業としてスタート。 学生たちが日頃の研鑽の成果を披露する場を提供するとともに、若手作曲家の育成、日本の音楽文化の振興、こどもたちが純粋に音楽を楽しめる環境づくりを推進することを目的としている。

作曲家は『吹奏楽』の枠にとらわれないウィンド・アンサンブル作品の可能性に チャレンジし、演奏者は、いわゆる『吹奏楽』曲とはひと味違う世界に触れ、さらに作曲者から直接指導を受ける。 「音楽のまち・浜松」ならではのイベントとなっている。

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Blog. 久石譲 YOMIURI ONLINE 「私の先生」 インタビュー内容

Posted on 2015/2/20

2012年3月、読売新聞およびWeb YOMIURI ONLINEに掲載された久石譲インタビューです。国立音楽大学在学時の話です。久石譲の学生時代のひとコマが垣間みれておもしろいです。

 

 

[私の先生]和声の権威 静かな喝破 作曲家・久石譲さん

忘れもしません。生意気な学生が鼻っ柱を折られた衝撃的な瞬間ですから。国立音楽大学(東京)の2年か3年、場所は学内の喫茶店。折った主は和声学の権威・島岡譲(ゆずる)教授でした。

演奏活動に明け暮れる日々で、たまに授業に出ると、「話が古い!」なんて野次るから、「単位はやる。もう出なくていい」とこぼす先生もいるほどの生意気盛りでした。

そんな学生が、喫茶店で出くわした権威に持論を浴びせたのです。音の組み合わせや配置など音楽の根本的な仕組みを学ぶのが和声学ですが、「それで曲が作れるなら、学者が最高の作曲家になれるじゃなか。訓練にならない」とね。

それに対し、小柄な、いかにも学者という風貌の先生が静かにおっしゃった。「こんなことでつまずくとは、その程度の人ですね」。聞いて身の内が震えました。音楽には理論がある。掟をしっかり理解した上で枠を外し、自らの音楽を確立せよ。先生はそう説いたのですよ。

それは先生の姿そのものでした。実は、先生には高校時代、ピアノの個人レッスンを受けていました。思えば、ピアノに向かう背中には、いつも音楽への厳しさ、ひたむきさが宿っていた。そのことに改めて気づかされた。すごい、と舌を巻きました。

以来、先生の言葉が、自らの音楽を探す道標になっています。まず基礎を固めてから自分のスタイルに。「トトロ」しかり、「千と千尋」しかりです。

指揮も独学でしたが、この数年は、何人もの方に基礎から教えていただいています。今も輝く道標に沿った音楽の旅は、まだまだ続きます。

(2012年3月27日 読売新聞)

(YOMIURI ONLINE より)

 

久石譲 コンサート 2014.5

 

Info. 2015/02/18 「バンド維新2015」 CD発売 久石譲新作吹奏楽書き下ろし収録

2015年2月21,22日に開催される「バンド維新2015」に連動し2月18日「バンド維新2015」CDが発売。

2015年も日本を代表する8人の作曲家が参加。

ジャズ界の巨匠前田憲男編曲による2ビートと4ビートが交錯する躍動感あふれる「花のワルツ」。TVドラマ音楽を中心に活躍、ハリウッド仕込みならではの壮大でドラマティックなボブ佐久間の「Selection from “THE EPITOME(縮図)」。吹奏楽のためにグルーブ感溢れるミニマルミュージック「Single Track Music 1」を送り込んできた久石譲。演奏者魂に火をつけるに違いない。現代音楽の巨匠猿谷紀郎が吹奏楽で描くアラスカ ジュノーの朝焼け「Down Pink 2」。心躍らせ、聴ける、演奏できる、ラテンスタイルのノリが爽快な三宅一徳の「Dance EGO-lution」。バンド維新の総監督北爪道夫の今年のテーマはリズム。リズムで管・打楽器の魅力を引き出す「リズムクロス」。いよいよ登場。吹奏楽界の大御所真島俊夫は、やはり期待を裏切らない。真島氏の故郷、山形県鶴岡市から眺望できる霊峰「月山」がテーマの敬虔で美しい「月山-白き山」。最後を締めくくるのは、人気トロンボーン奏者中川英二郎による「Field of Clouds(雲海)」。ナチュラルに流れる変拍子、ケルト音楽風の壮大な管楽器の世界は、輝かしく未来を照らす。現在テレビから聴こえてくるトロンボーン演奏の約7割は、中川英二郎の演奏と言われている。中川英二郎はこの作品でもソロを務める。

以上、バラエティ豊かな8作品が揃いました。

そして!今年は、航空自衛隊 航空中央音楽隊の練習所を抜け出し、初のホール録音が実現!レコーディング・エンジニアには、世界的音楽プロデューサー達も絶賛する日本屈指の小貝俊一氏を迎え、航空自衛隊 航空中央音楽隊の熱演を得て、聴きごたえ充分の吹奏楽CDとなりました!

 

久石譲の新作書き下ろし楽曲「Single Track Music 1」収録。吹奏楽作品としては「Runner of the Spirit」(箱根駅伝テーマ曲)以来の2作品目となる。

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Info. 2015/02/17 [CDマガジン] 「クラシック プレミアム 30 ~ストラヴィンスキー / プロコフィエフ~」 久石譲エッセイ連載 発売

2015年2月17日 CDマガジン 「クラシック プレミアム 30 ~ストラヴィンスキー/プロコフィエフ~」(小学館)
隔週火曜日発売 本体1,200円+税

「久石譲の音楽的日乗」エッセイ連載付き。クラシックの名曲とともにお届けするCDマガジン。久石による連載エッセイのほか、音楽評論家や研究者による解説など、クラシック音楽の奥深く魅力的な世界を紹介。

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Blog. 久石譲 国立音楽大学 「くにおんぴーぷる」 インタビュー内容

Posted on 2015/2/15

出身校でもあり今では同校で学生に講義も行っている久石譲。国立音楽大学ホームペイジ内での紹介およびインタビューページより。

 

 

久石譲(作曲家)

音楽のスタイルはひとつ着こなすジャンルは、限りなく/1989年9月

 

インタビュー

「風の谷のナウシカ」「漂流教室」「となりのトトロ」などの大ヒット映画やカネボウ、サントリー、日産などCF、各種テレビ番組、舞台の音楽担当者。井上陽水、甲斐バンド、チャゲ&飛鳥、薬師丸ひろ子などの曲の作編曲者。第一線で活躍中のシンガー。ピアニスト。敏腕の音楽プロデューサー。レコードレーベル「IXIA」の設立者。日米のレコーディングスタジオと音楽制作プロダクションからなる「ワンダー・グループ」の経営者……。これらすべてが、久石譲さんに冠せられる形容詞です。人々はその多様さに降参してか、簡明な一語で久石さんのことを呼ぶ場合が多いようです。「彼は天才だ」、と。

 

あの「ナウシカ」もひとつの通過点にすぎない

国立音楽大学に在学中から、現代音楽の作曲家として活動をスタートさせていた久石譲さん。その名が広く世間に知られるようになったのは、宮崎駿監督のアニメ大作「風の谷のナウシカ」の音楽を手掛けたことがきっかけでした。

「宮崎監督の作品をはじめ、優れた映画の仕事は今後も続けていきます。が、久石譲=映画音楽と思われるのは心外ですね。映画やCMなどの音楽制作は、私の音楽活動の中でのひとつの通過点にすぎないのですから。」

そう語る久石さんが現在、最も力を注いでいるのはアルバム制作やコンサートなどのソロ活動。ピアノありボーカルありのソロアルバムでも、大ホールからライブハウスまでのステージングをこなすコンサートでも「ジャンルを超えた音楽家」として高い評価を得ています。

「私はジャンルにこだわる必要はないと思うんです。ジャンルなんて洋服と同じようなものじゃないですか。着替えるのは簡単、要はそれを着こなす自分自身のスタイルでしょう。衣装は変わっても自分だけのメロディラインは不変です。」と、こともなげに話します。

 

自分から動き回って 大学を活用することが大切

絶えず自分だけの音楽を創造し続ける久石さんにとっては、国立音大・作曲学科での学生生活も「ナウシカ」などでの大成功と同様、通過点のひとつなのかもしれません。が、大学での日々が久石さんの積極的な“音楽へのアプローチ法”のルーツになったことは確かなようです。

「この仕事は、理性と感性の葛藤の連続なんです。そのために必要なしっかりとした理論を、私は恩師である島岡譲教授から教わりました。今も音そのものに関してはかなりの完璧主義者ですね。それともうひとつ貴重だったと思うのは、外部での演奏会や月1回の学内演奏会を自分で企画・プロデュースした経験。大学の友人や教授の方々にも協力してもらってね。せっかく周りに才能ある仲間や経験豊かな先生方がいるんだから、そうした環境を積極的に活用しなければもったいないでしょう。大学は何かを教えてもらう場所と考えるのは大間違い。もっと自分から動くべきです。」

インタビューの最後は、久石さんの音楽観について。

「音楽は私のライフワーク。中途半端で終えるのではなく、死ぬまで続けていくものと考えています。私が音楽家になろうと決心したのは、実は3歳の時なんです。そしてその翌年からヴァイオリンを習い始め、以来、私の音楽に対する姿勢は何も変わっていません。」

音楽に感動する心や、新しい音楽を発見したときの喜びはいくつになろうと変わるものではない、と久石さんは言い切ります。

「よく音楽はコミュニケーションだと言いますよね。私も確かにそう思います。ただし、それは1対大勢ではなく、あくまで1対1のもの。演奏者や作曲家と、その作品を聴いてくれる一人ひとりとの親密な対話こそが音楽です。コンサートやレコーディングを重ねてきて、強くそう感じるようになってきました。」

久石さんは新作を発表するたびに、またコンサートを開くたびに、音楽で通じ合う“話し相手”を増やしているのです。

(出典元:国立音楽大学 くにおんぴーぷる 久石譲(作曲家) より)

 

久石譲 モノクロ

 

Blog. 「クラシック プレミアム 29 ~ブラームス2~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2015/2/13

クラシックプレミアム第29巻は、ブラームス2です。

第13巻にてブラームス1として、交響曲 第4番、悲劇的序曲などが特集されていました。久石譲もこよなく愛するブラームスの交響曲。ベートーヴェンの後継者とも評されていたブラームスが、完成までに20年余りをかけた渾身の交響曲第1番。

ベートーヴェンを尊敬しその偉大さを讃えていただけに、なかなか交響曲を書き上げることができなかったブラームス。けれども完成後、この交響曲 第1番は、ベートーヴェンの《交響曲 第9番》に続く”第10交響曲”であるとも評され、絶大な人気を誇る作品となっています。

 

【収録曲】
交響曲 第1番 ハ短調 作品68
クリスティアン・ティーレマン指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/2005年(ライヴ)

《大学祝典序曲》 作品80
リッカルド・シャイー指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音/1987年

 

 

前号巻末の西洋古典音楽史での、「なぜ指揮者がいるのか?(上)」にて、指揮者と楽団員の関係やその実態、修羅場な環境!?を一部取り上げて紹介しました。今号では、「なぜオーケストラに指揮者がいるのか?(下)」ということで、どんなお話が飛び出すのか楽しみにしていました。

一部ご紹介します。

 

「指揮者とは「タイムキーパー&サイン出し係」であると同時に、「何か」を持ってさえいれば、何もせずとも、ただそこに居るだけでいい商売だ、前回こう書いた。」

「偉大な指揮者というものは、作品を隅から隅まで掌握し尽くしているからこそ、あれこれ指示を出さずとも、ただ居るだけでメンバーを落ち着かせることができるのだと思う。今、どの楽器とどの楽器がどういうハーモニーを奏でているか。そのハーモニーは次にどちらの方向へ転調するか。次に入ってくるあの楽器が吹く音は、どんなニュアンスの不協和音か等々。」

「例外はあろうが、オーケストラ・プレーヤーたちは実は驚くほど作品の全体像を知らないケースが多い。次から次へといろいろなレパートリーをこなさなければならず、その中には少なからぬ新曲も交じっているだろう。だから自分のパートを無難にこなすことだけで精いっぱいになってしまうのは、当然といえば当然だ。自分が吹いているそのメロディーは、どういうモチーフを展開しているか。そこのその音はどちらの方向へ転調するのか。そういうことはほとんど知らずに、ただ(もちろんプロだから立派に)吹いている、そういうケースはかなりあるはずだ。」

「近代のオーケストラとは、いわば超大型空母である。4人乗りの漁師船とは違う。弦楽四重奏ではない。後者であったなら、4人全員が船の仕組みを熟知し、航海のルートもしっかり把握していて、いざとなれば誰もが船長の役割を果たすことができるということもあり得るであろう。しかし大型空母の乗務員は基本的に、自分の小さな小さな持ち場のこと以外、ほとんど何も知らない。全体像が見えていない。だからこそ、すべてを鳥瞰図的に把握している艦長の役割が桁違いに重要になってくる。そして艦長が頼りなければ、組織全体が浮足立つ。」

「想像するに、指揮者にとって最も重要な要素の資質の一つは、タイミングの勘であると思われる。指揮者とプレーヤーの関係を、異性を口説く場合に喩えるとわかりやすいかもしれない。「あの人ってタイミング悪いのよね~」という時のあれである。異性が「このタイミングでこう来てほしい」と思っている、まさにその図星の瞬間に、過たず相手にさっと手を差し出す。プレイボーイとはそういうものなのだろう。」

「多くの名指揮者は猛烈にセクシーだ。単にハンサムだとか好色だとかそういう話ではなくて、そこしかないというタイミングを過たずに衝き、そうやって思うがままに相手を操る野性的な本能のようなものが、彼らに独特の官能的な相貌を与えているのだと思う。大指揮者の相貌にはしばしば、こうした「恐怖が持つ官能」とでもいうべき魔術が宿っている。カラヤンなどはこうしたタイプの典型である。」

「何度も書いてきたように、オーケストラのプレーヤーとはいわばピラニアの群れのようなものである。ちょっとでも隙を見せたらあっという間に攻撃してくる。だからといって怖がって下手に出るとなめられる。ある意味で指揮者に必要なのは、どんな手を使ってもいいから、まずはオーケストラが絶対に自分に逆らえないようにしてしまう力なのかもしれない。芸術的な独創性がどうのなどといった高尚な事柄は、その後の話だ。ではどんな手段を使って支配するか。恐らく最も合理的な方法は、機能の圧倒的な高さでもって統率することだろう。指揮技術の高さといったものである。そしてタイミングを自在に操る駆け引きの術。これが官能に通じる。だが恐怖による支配だって、指揮者の重要な資質だ。「こいつに逆らったら何をされるかわからない」という独裁者の恐怖である。」

 

 

特に、前半の空母に喩えた、指揮者とオーケストラとの関係性が、わかりやすく、おもしろかったですね。その中での、オーケストラ(団体)と弦楽四重奏(4名)の比較もありましたが、これはプレーヤーだけではなくて聴き手にも影響を与える要素のような気がします。

たとえば交響曲を聴きながら、全楽器、全パートを聴きとってみせよう!とはあまり思いません。よっぽどスコアを片手に見聴きしない限りは。逆に四重奏や小編成、アンサンブルなどになると、全楽器、全パートの旋律が鮮明に聴こえてきます。すると、旋律のかけあいやタイミング、プレーヤー同士の呼吸まで、聴きとることができる気がしてきます。

そして「ここのかけあいがいいよね、ここの入り方が絶妙!」「あっちがこうきたから、こっちはこうきたか!すごい!」そんなことを思いながら作品の奥深くに耳を傾ける。これが小編成の醍醐味だなと思います。

それは上にも書いていたように、プレーヤーたち自身が、他の楽器や他の旋律を聴きながら、意識しながら自分の旋律を奏でているからではないか、ということにハッとつながったのです。

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第28回は、
映画『卒業』をめぐるあれこれ

視覚と聴覚の話から、空間軸と時間軸の話になり、さらにはユダヤというキーワードがクローズアップされ、前号ではマーラーを掘り下げていたエッセイ。今回は、往年の名作映画『卒業』を取り上げていますが、これもまた冒頭の数珠つなぎからの関連性のようです。

一部抜粋してご紹介します。

 

「映画『卒業』は1967年に製作されたアメリア映画だ。僕はこの映画を高校時代の終わりか大学1年生の時に観た。フランスのヌーヴェルヴァーグからフェリーニ、パゾリーニなどのイタリア映画を経て、その頃はアメリカン・ニューシネマにはまっていた。『俺たちに明日はない』『イージー・ライダ』『明日に向かって撃て!』『真夜中のカーボーイ』『ファイブ・イージー・ピーセス』などの作品は間違いなく自分自身がテーマや主人公に同化していたし、まさに『卒業』もそういう映画の一つだった。音楽はポール・サイモンとデイヴ・グルーシンが担当していた。ポール・サイモンはヴォーカル・グループ「サイモンとガーファンクル」のメンバーで、この映画は〈サウンド・オブ・サイレンス〉〈ミセス・ロビンソン〉〈スカボロー・フェア〉など後世に残る名曲が使われた。僕としては主題歌サイモンとガーファンクル、音楽担当がデイヴ・グルーシンとしたいのだが、劇中でかなり歌を使用していたので、この場合の音楽担当は両者ということになる。このこだわりは映画音楽に携わっている僕だけなのかもしれない(笑)。」

「だが、この青春映画の傑作も内田樹氏から観ればまったく別のものになってしまう。「あれはユダヤ人のブルジョア家庭の話なのです。主演のダスティン・ホフマンはユダヤ人だし、監督のマイク・ニコルズもユダヤ人だし、主題歌を歌っているサイモン&ガーファンクルもユダヤ人。あれはユダヤ人の映画なんです」ということになる。」

「いやー驚いた、確かにこの日本で、僕の知る限りそういう見方をする人はいなかった。内田氏は続けて「アメリカにおけるユダヤ人のあいまいな立場が伏線になっていることは(日本人には)理解できない。そういう人種的な記号を日本人は解読する習慣がありませんから」と強調する。そして極めつけは「ラストシーンはキリスト教の教会からユダヤ人青年が花嫁をさらってゆくわけで、これは宗教的にはかなりきわどいストーリーなのです。そういうニュアンスは日本人の観客にまず伝わりませんよね」。」

「同じ映画でも観る人によってまったく感じ方が違う。それは当たり前なのだが、あらゆる人種や宗教が入り交じる海外での見方と、この極東の島国「日本」での捉え方がこうも違うのか?もちろんこのようなユダヤ的視点で海外の人が全員観ているとは思わないが、少なくとも国内の映画評論その他でこのような意見を僕は聞くことも見たこともなかった。日本には多様な意見はないのだろうか?」

「第二次世界大戦の後70年間まったく戦争がなく、平和の中で暮らしてきた我々は、グローバルという言葉を経済用語だと勘違いしている。真のグローバルとは思いっきりドメスティックであり、多様な考えを受け入れるということである。」

「内田氏の文章を読んで、早速DVDを買って観た(ただしこれは2年前のことだが)。確かにそう見えなくはない。慣れ親しんだ、あるいは記憶の中で整理されている物事が実は別のものでもあると感じる体験は新鮮だ。ダスティン・ホフマンが若いなあ、などと思っているうちにユダヤ人の映画として観るより、段々音楽の入りかたが気になってきた。」

「デイヴ・グルーシンはフュージョン音楽が全盛の頃に活躍した作曲家、ピアニスト、アレンジャーでサックスの渡辺貞夫氏とのコラボレーションでも有名だ。映画音楽では『コンドル』『恋に落ちて』などで、とてもクリアで無駄のないスコアを書いている。」

「その彼の音楽は問題ないのだが、とにかく使われている歌の箇所が多すぎる。歌には歌詞があるので、劇中での使用はなるべく避けたほうがいい。なんとなればその歌詞がセリフを食うし、変に安っぽくなる危険もある。もちろんエンドロールは別であるが(それも個人的には好まないが)、もう少し効果的にサイモンとガーファンクルの歌を使用してほしかった、つまり使う箇所を少なくするべきだった。これはあくまでも僕の考えであって、当時はこのような使用法が斬新だったのだろう。物事は時間が経ってみなければわからない。」

 

 

クラシックプレミアム 29 ブラームス2