Blog. 「オールタイム・ベスト 映画遺産 映画音楽篇 」 【映画音楽とミニマルミュージック】 コラム紹介

Posted on 2015/1/31

2010年4月2日発売 ムック(書籍)
キネ旬ムック キネマ旬報特別編集 「オールタイム・ベスト 映画遺産 映画音楽篇」

映画情報誌としても有名なキネマ旬報の特別編集版ムックです。「オールタイム・ベスト 映画遺産200 《外国映画篇》」「オールタイム・ベスト 映画遺産200  《日本映画篇》」というそれぞれの書籍と同様に別枠で1冊にまとめられたのが「オールタイム・ベスト 映画遺産200 映画音楽篇」です。

 

300ページにおよぶ映画音楽年鑑のようになっています。

  • 映画音楽が心に残る映画 1位~20位紹介
  • ジャンル別映画音楽ベスト10
  • 心に残る映画歌曲・テーマ曲ベスト
  • 好きな映画音楽作曲家ベスト
  • 映画音楽の歴史

 

目次からの一部抜粋だけでもこういった感じです。この中の8ページに及ぶ久石譲インタビューは別頁にて紹介しています。

こちら ⇒ Blog. 「オールタイム・ベスト 映画遺産 映画音楽篇 」(キネ旬ムック) 久石譲 インタビュー内容

 

 

ここでは別の角度から読み解いていきます。

 

コラム「映画音楽の歴史」

1. サイレント期~トーキー初期の映画音楽
映画音楽にサイレントは存在しない

2. サイレントからトーキーに至る日本映画
音楽と映像をめぐる二分法とそのあいだの豊かな濃淡の歴史

3. ハリウッド黄金期の作曲家たち
世界各地に出自を持つ才人たちが切磋琢磨した黄金の40~50年代

4. ヨーロッパ映画の戦後時代
人脈を核に復興へと向かっていった戦後ヨーロッパの映画音楽

5. アメリカン・ニュー・シネマとフランス・ヌーヴェル・ヴァーグ
映画音楽を変革したふたつの時代

6. ミュージカル映画の作曲家たち
舞台から映画へ、映画から舞台へ、その華やかな往来

7. バーンスティン、ゴールドスミス、ウィリアムズが作った時代
映画黄金期の終焉と入れ替わりに新時代を拓いた3人の作曲家

8.映画音楽におけるミニマリズムの影響
実験映画から娯楽大作に至るミニマリズムの系譜

9.ディズニーがこだわり続けた”音楽映画”
「蒸気船ウィリー」からアラン・メンケンまで

10. 現代ハリウッドの潮流
ジマーとその一派が席巻する現代 そして次代の映画音楽は?

 

 

映画が誕生したと言われている1895年から現在に至る約110年以上を映画音楽を軸に順を追って歴史を刻んでいるコラムです。その中から、直接久石譲のインタビューではないですが関連性のある題。映画音楽とミニマル・ミュージックについて。このコラムをご紹介します。

 

 

映画音楽の歴史 8.映画音楽におけるミニマリズムの影響
実験映画から娯楽大作に至るミニマリズムの系譜

本稿で扱うミニマリズム(ミニマルミュージック)とは、主として1960年代にスティーヴ・ライヒ、テリー・ライリー、フィリップ・グラスらが始めた、短い音形やパターンを反復する音楽とその手法を言う。この用語は「ピアノ・レッスン」(93)の作曲家マイケル・ナイマンが68年に初めて音楽の分野に導入し、その後70年代に入ってから、前記3人に影響を受けた音楽や、その亜流まで広く指すようになった。

映画音楽におけるミニマリズムの影響を振り返る前に、ライヒとグラスが活動初期に実験映画と関わりを持ち、それらが彼らの音楽語法を開拓する契機となったことは、是非とも確認しておきたい事実である。前者は、サンフランシスコの実験作家バート・ネルソンの「Plastic Haircut」(63)ほか2本の短編でテープ音楽を用いたサウンドトラックを手がけ、それがテープループの無限反復でカノン(輪唱)を生み出すライヒ独特の反復技法の発見に繋がった。その後、サンフランシスコの映画作家/編集者のウォルター・マーチがライヒの技法に注目し、「THX – 1138」(71、テレビ放映)の音響編集でテープループを用いたサウンドコラージュを手がけるが、ライヒの直接的影響が確認できる商業映画としては、おそらくこれが最初の例であろう。一方のグラスは、パリ留学中にシタール奏者ラヴィ・シャンカールが音楽を手がけた「チャパクァ」(66)の譜面作成と演奏に携わるが、そこで学んだインド音楽の伝統的な演奏法にヒントを得て、西洋的な拍節構造に頼らず、音符の増減に基づく反復(加算・減算構造)で音楽を後世する手法を編み出した。

商業映画の音楽に進出した最初のミニマリストは、ドラマ「眼を閉じて」(71)とホラー「バイオスパン/暗黒の実験」(76、ビデオ公開)を手がけたテリー・ライリーである。ドローンの持続とリズムパターンの反復、それにインド楽器の使用に、ライリーらしいミニマリズムを聴くことができる。

しかしながら、ミニマリズムは、上述の3人のミニマリストが映画音楽に直接その影響をもたらしたというより、ミニマリストから何らかの影響を受けたプログレッシヴロックが、映画と関わることで、ミニマリズムの影響を間接的に伝えていったと言う方が、より事態を正確に表わしている。その最も顕著な例が、マイク・オールドフィールドのアルバム『チューブラー・ベルズ』をテーマ曲に転用した「エクソシスト」(73)であろう。「ひたひたと反復を繰り返すミニマリズム = ホラー映画」という連想を一般観客に植え付けた『チューブラー・ベルズ』は、実のところ、オールドフィールドの作曲意図を全く考慮せず選曲されたものに過ぎない。ただし、彼自身は「キリング・フィールド」(84)のプノンペン陥落場面でミニマリズムに基づく音楽を書いており、ヘリコプターのローター音を周期的なパルス音に用いた斬新なアプローチが効果を上げている。

ホラー映画の文脈でミニマリズムの影響をはっきり公言した例としては、イタリアのプログレバンド、ゴブリン(特にキーボード担当のクラウディオ・シモネッティ)が広く知られている。「サスペリア2」(75)から、すでに『チューブラー・ベルズ』を媒体にしたミニマリズムの影響を見ることができるが、より露骨なのは「サスペリア」(77)のスコアだろう。その中の『エレーナー・マルコス』なる楽曲で、ゴブリンは69年のグラスの作品『似た動きの音楽』を無断編曲している。

映画音楽におけるミニマリズムの影響が顕在化した最初の国は、おそらくイギリスであろう。その大きな要因として、ライヒやグラスと直接的な交流があった英国人作曲家マイケル・ナイマンとブライアン・イーノの存在が挙げられる。ナイマンはピーター・グリーナウェイ監督とコンビを組んで「VERTICAL FEATURES REMAKE」(78)ほかの実験映画を手がけ、映像と音楽双方からミニマルという概念を定義し直そうとした試みが重要である。ナイマンはグリーナウェイとの共同作業と通じ、当初の彼の研究対象であったパーセルほかバロック音楽に見られるグラウンドバス(低音主題)の技法を、ミニマリズムの文脈で再発見することになった。これに対し、イーノはミニマリズムから一定の影響を受けつつも、彼が生み出したアンビエントミュージック(とその思想)を映画音楽に導入しようと試みた。78年のイーノのアルバム『ミュージック・フォー・フィルムズ』は、一種のストックミュージックとして作られたもので、グリーナウェイの「VERTICAL~」ほか、イーノが作曲者としてクレジットされた「エゴン・シーレ」(80)などで実際に使用されている。

ナイマンの「英国式庭園殺人事件」(82)やグラスの「コヤニスカッティ」(83)が商業映画として公開され、ミニマリズムの作曲家だった久石譲が「風の谷のナウシカ」(84)を手がけた頃から、ミニマリズムに基づく映画音楽は徐々に市民権を得るようになったと言ってよい。有名なところでは、坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」(83)の『バタヴィア』がミニマリズムに基づいている。

近年では、現代作曲家ドン(ドナルド)・デイヴィスが手がけた「マトリックス」(99)と2本の続編が重要である。ここでデイヴィスは、彼が影響を受けたポストミニマリズムの作曲家ジョン・アダムズの方法論を応用し、巨大な編成のオーケストラで反復音形を拡大する実験を行っている。

ジョン・ウィリアムズの「A.I.」(01)やハンス・ジマーとジェームズ・ニュートン・ハワードの共作「ダークナイト」(08)などのスコアに見られるように、今やミニマリズムは映画音楽の製作現場における一種の共通言語となった感がある。だが、日本のテレビ選曲担当者がライヒの楽曲を日夜垂れ流している現実が象徴しているように、テンプトラック(仮音源)製作の段階で安易に選曲されたミニマリズムの楽曲が映画音楽に画一化をもたらす現況のひとつのなっているのも、事実である。

(キネ旬ムック キネマ旬報特別編集 「オールタイム・ベスト 映画遺産 映画音楽篇」 より)

 

 

Related page:

 

キネマ旬報 オールタイム・ベスト 映画遺産 映画音楽篇 (キネ旬ムック)

 

Blog. 「キネマ旬報 1987年12月上旬号 No.963」 久石譲 インタビュー内容

Posted on 2015/1/30

遡ること約30年前。

映画雑誌「キネマ旬報 1987年12月上旬号 No.963」表紙からもわかるように、洋画でいえば『バトルランナー』や『スーパーマン4』の時代。邦画でいえば『私をスキーに連れてって』や『ビー・バップ・ハイスクール』。

そんな時代の久石譲インタビューです。久石譲音楽活動でいうと『風の谷のナウシカ』から『となりのトトロ』まで。邦画では『Wの悲劇』 『めぞん一刻』 『恋人たちの時刻』 『漂流教室』など。

 

ディスコグラフィーではこのあたりです。
Discography 1980-

 

インタビューでも映画名などが登場しますのでわかるかと思います。今となっては大変貴重な年代物インタビュー内容となります。見開き4ページに及ぶロングインタビュー。当時の映画業界、映画音楽業界、そして久石譲のスタイル。いろいろな歴史が垣間見れる内容になっています。

 

 

スペシャル・インタビュー 久石譲
つねにスペシャル・ブランドでありたい

一度、話を聞いてみたかった。
日本映画から〈映画音楽〉がほとんど忘れ去られようとしていたとき、この人の旋律が、再び映画の中の〈音〉の必要性を主張した気がする。というのも、この〈久石メロディ〉は、旋律が映画そのもののある部分を語る、という、本来の、由緒正しい映画音楽のあり方を提示しているように思うからだ(もちろん、〈音〉に優れて理解を示す映画監督との出会いがあったことを見逃すわけにはいかない)。

映画各賞の〈映画音楽〉部門の立ち遅れ(このことが映画音楽が公に認知されない最大のネックになっている!)、音楽製作費のロゥ・バジェット化……そうした、厳しい現実の中で〈音〉に何を託し、何を伝えようとするのか? あれこれと聞いてみた。

 

●映画音楽は、もっと格調のある分野

-映画音楽の道に進むようになったきっかけは?

久石:
「父親が大の映画好きだったので、幼稚園時代から、かなりの量の作品を見ていたんです(笑)。日本映画の全盛時代でしたから、週替りで三本立て、五社ともちゃんとやってましたからね。たいへんな量を見ました。親父が高校の教師をやってまして、当時高校生は映画を見てはいけない!というムードがあったらしく、親父は他の先生の分まで見回りと称しては僕を連れて見に行ったんです(笑)。月24本ぐらいは軽く見てましたね。そんな生活が、3~4年は続きました。たぶん、その体験が原点になっているんじゃないですか」

1950年生まれ。5歳からバイオリンを習い、国立音楽大学の作曲科を卒業。在学中、アメリカのフィリップ・グラスらによるミニマル・ミュージックに大きな影響を受け、作曲活動に入る。卒業したその年、テレビ「はじめ人間ギャートルズ」(74年)の音楽を担当。注目を集める。翌年には日本フィルハーモニーのコンサートのために、数かずの映画音楽の名曲をオーケストラ用に編曲した(自作フィルモグラフィーは別項を参照)。

大学の先輩に黒澤映画で知られる佐藤勝氏がいる。氏に就いて何本か手がける一方、ドキュメンタリー映画の音楽も数本、担当している。「現場でのキャリアはそうとうなもんですよ」と言う。

-〈映画音楽〉って、わりとポピュラー・ラインの世界だと思うのですが……

久石:
「本来はポピュラーの領域ですけど、基本はやはりクラシックに属しますね。クラシックの書き方ができないと、映画音楽はできません。ベース、ドラム、ギター、ピアノがあって、メロディがあって……ということでしか音楽を考えられない人は〈歌〉は書けるけど、映画音楽は絶対書けないでしょうね。理想はポップスを良くわかっていて、いちばん新しい感性を持ちつつ、クラシックの技術をキッチリ身につけていることですよ」

-最も影響を受けた作品は?

久石:
「なんでも好きになってしまうから、かなりむずかしい質問ですね(笑)。映像的に影響を受けているものと、音楽的に影響されたものとはぜんぜん別ですからね……『サテリコン』や『王女メディア』だっていいと思うし、『スター・ウォーズ』だって素晴らしいしね。小津さんの映画にだって、のめり込んでしまうし(笑)。こだわらないで、いかに自由にいられるか……そのことのほうが大切だと思う」

-久石さんというと、すぐに思い浮かぶのが『風の谷のナウシカ』なわけですが、どういういきさつで担当するようになったのですか?

久石:
「ドキュメンタリーやテレビなどをこなしてきて、一時欲求不満に陥ったんです。劇伴録りって、短時間で仕上げなければならないし、録音はモノラルでしょ。完成度を求めるのがむずかしくなって、それで欲求不満になった。そのため仕事の質をレコードのほうに切り替えたんです。映画と少し距離をおいたわけです。ですから、久しぶりに手がけたのが、あの『風の谷のナウシカ』だった。映画に入る前にイメージ・アルバムというものを作り、その中から宮崎監督が各場面に合うようにチョイスしていったわけです」

-そのイメージ・アルバムは、久石さんが、原作からイメージしたモティーフを、自由にふくらまして作ったものですか?

久石:
「その通りです。ただ、何とかのテーマという風に作ったものが、宮崎監督の希望で他の場面に使われましたけど、基本的には映画もイメージ・アルバムのままです」

-宮崎監督とは、とくに綿密な打合せを持ったわけですか?

久石:
「初めての経験といっていいぐらい、そりゃもう細かかったですね(笑)。二日二晩続けて、ああでもない、こうでもない、と話し合いましたよ。こんなに細かいことをやっている人はいないんじゃないか、と思ってきたほどですからね。自分で自分に感動しちゃいました(笑)」

-『風の谷のナウシカ』のあと、澤井監督の『Wの悲劇』を担当しましたね。『風の谷のナウシカ』とはかなり違う音楽世界のように思うのですが?

久石:
「そうですか、僕は逆に『風の谷のナウシカ』と同じように仕上げたつもりですけど……僕のメロディ・ラインはイギリスのフォーク・ソングっぽい、アイルランド民謡を含めて。それが僕の音楽の原点なんです。そういう意味で、『Wの悲劇』のテーマも、『風の谷のナウシカ』のテーマもまったく同じモードなんですよ」

-『Wの悲劇』の中で、薬師丸ひろ子がアパートに帰ってきて、カレンダーに◯をつける場面がありますね。あのあたりからピアノの独奏曲が展開されていく……

久石:
「僕自身、あの場面が好きだったので、どうしてもピアノ・ソロでやりたかった。ご存じのように、『風の谷のナウシカ』のテーマもピアノ独奏で入っています。できるだけ僕自身のスタイルを変えない方向で、『Wの悲劇』の音楽を作ったわけです。というのは、日本の映画音楽をやられる方って、スーパー・マーケット的な考え方をするでしょ。あれもできる、これもできるっていうのが、いいと思っている。こう言っちゃなんですけど、古い方って、みんなそうだと思う。ジャズっぽく行こうとか、クラシック的に行こうとかね。僕はまったくそういう考え方持っていませんから……何をやろうと自分は自分だから同じスタイルで通す、というのをかなり強く考えていますね。見せ物小屋にしたくない。つねにスペシャル・ブランドでありたいわけです。レコーディングの仕事をかなりやっていることもあって、器用貧乏っていうのが、いちばんイヤな言葉なんです(笑)。ですから自分がやるものはすべてブランド品にする!という気持ちが強いんです。『風の谷のナウシカ』はスペクタクルな物語、片や『Wの悲劇』は非常に日常的な女の子の話……。当然、表現の幅にダイナミックなものと、かなり抑えたものという差はありますが、根本的な音楽の書き方と変える必要はないと思っていました」

-スコットランドやアイルランド民謡は小さい頃から聞きなれていたわけですか?

久石:
「僕に限らず、たいていの日本人の方はそうではないでしょうか。〈蛍の光〉とか、〈ロンドンデリーの歌〉とか、みんなあちらの民謡ですよね。文部省の教科書がほとんどそうだから、日本人は意外なくらい、あちらの旋律線というものを持っている。共通項はかなりありますよ。『風の谷のナウシカ』のテーマは、アイルランドやスコットランド民謡を意識して作りました。理論的にではなく、雰囲気としてね……シンプルで、どこか懐かしい感じを出したかったわけです。あのあたりが、自分の世界なんだなあと思います」

-『Wの悲劇』の劇中劇のバックに流れる曲、あれは?

久石:
「エリック・サティです。〈ジムノペディ〉だったと思います」

-日本映画の悪いところは、そうした、映画で使われたクラシックの曲名をちゃんとタイトル表示しないことだと思うのですが?

久石:
「おっしゃる通りですよ。使ったものは、必ず表示すべきなんです」

-澤井監督は音楽に細かく注文をつけられる人ですか?

久石:
「細かい方だと思います。サティの〈ジムノペディ〉はもともとはピアノ曲なんですけど、澤井監督の希望もあって、オーケストラ用にアレンジしなおしたわけです。音楽に理解の深い人です、澤井監督は」(著者注=澤井信一郎監督はハーモニカの名人として、知る人ぞ知る!の存在である)

-アイルランド、スコットランド民謡ということで、ふとひらめくのが、『天空の城ラピュタ』ですね。

久石:
「そうですね、かなり近いメロディ・ラインを持っていますね。『早春物語』のテーマ曲もそうですし、蔵原監督の『春の鐘』もそうですね。そうした一貫性というのが、僕のブランドなんです。素直に自分のメロディで書いたもので通したいということです。何なに風に書いてください、と頼まれると、すぐお断りしますね。たとえば、ジョン・ウィリアムズ風に勇壮なオーケストラ……じゃジョン・ウィリアムズに頼めば……となっちゃうわけですよ。僕がやることじゃない。余談になりますけど、ジョン・ウィリアムズの曲はどれを聞いても同じだ、という風に良く言われますけど、それはまったくナンセンスな話なんですね。つまり、彼ほど音楽的な教養も、程度も高い人になると、あれ風、これ風に書こうと思えば簡単なんですよ。だけど、あれほどあからさまに『スター・ウォーズ』と『スーパーマン』のテーマが似ちゃうのは、あれが彼の突き詰めたスタイルだから変えられないわけですよ。次元さえ下げればどんなものでも書けるんです。だけど、自分が世界で認知されている音というものは、一つしかないんです。大作であればあるほど、自分を出しきれば出しきるほど、似てくるもんなんです」

-『天空の城ラピュタ』からですか、フェアライトという楽器を使われてましたね……

久石:
「いえ、『Wの悲劇』でも、『風の谷のナウシカ』でも使っています」

-どういう楽器なんですか?

久石:
「生の音……どんな音でもいいんですけど、それをデジタル信号で記憶させて出すわけです。ですから、そのままの、それこそ生の音で得られるわけです。どんな場面で使われているかほとんど気づかないと思いますよ」

-フェアライトを使って音楽をつけている人はけっこういるわけですか?

久石:
「歌の世界、ヒット・ラインでは普通に使われてますけど、お金と時間がかかるから、映画音楽の世界ではまだまだですね」

-日本映画って、その点で音楽にあまりお金をかけないんじゃないですか?

久石:
「そうだと思いますよ……だけど、僕は普通の人の4倍は貰いますし、期間もそれなりに貰わなければ作りません。誰かがツッぱらなければ、本当に、単なるアホな劇伴になっちゃうんですよ。僕のやり方を見てて、俺だったら6、7時間で全部録っちゃうし、3日もあれば作曲しちゃうのになぁ……あいつは作曲に1~2週間、録音にも1週間かけやがって……って、昔流の人はよく言うんですよ。でもそれこそとんでもない話で、僕は20代の頃4時間に70曲も録音するという悲惨なレコーディングを死ぬほどやってきているんですよね。早く書こう、早くやろうと思ったら、いくらでも出来るんです。だけど、それはスーパー・マーケットみたいなもんで、バーゲン・セールばかりじゃどうしようもないわけです。映画が本当の意味でも高級な芸術で、大衆のものであって、高度なエンターテインメントであるならば、このシーンにはこの音楽しかない!単に一シーンの一音楽のために、録音に3日間かかった、製作費100万円をかけた、でも、価値があったら、それでいいじゃないですか。誰かが、そういうハイブロウなところをやっておかなかったら、みんなで劇伴屋になり下がっていっちゃう。そういうことで、僕はメチャクチャつっぱるし、お金がないんですって言われたら、じゃ他の人に頼んでください、というしかない。どうしても僕が欲しかったら、都合つけてください、と返事するしかないんですよ。映画を制作する人に本気を出してほしい。ドルビーでなければやりません……とか、いろいろ条件を出すべきなんです。誰かが言わなければ、本当に悲惨なものになりますよ、この世界は。日本の映画音楽は安くて当然と思われているし、もしそういうことがあたり前とするならば、その中からいい作品を誕生させようなんてとんでもない話ですよ。もっと格調のある分野だと思うんですけどね」

 

●トータルなコーディネートをめざして

-作曲するときに、いつも心がけていることは?

久石:
「つねにどんな場合でも、映像と対等であるということ。以前は、出来るだけ映画の進行を邪魔しないようにつけていたんですけど、最近はもっと雄弁に語ろうと心がけていますね。やり方としては、台本の段階で60~70%ぐらい仕上げ、ラッシュを見せてもらって監督さんのテンポをつかみます。数回見せてもらいますね。そうすると、台本の段階でたとえば4分間の音楽を書いていても、そのシーンの呼吸と音楽の呼吸を無理なく合わせられるわけなんです。ムラがなくなるんです」

-『Wの悲劇』『早春物語』『恋人たちの時刻』では主題歌ということで、エンディングに久石さんの音楽じゃない歌がかかりますね。『めぞん一刻』ではギルバート・オサリバンの”ゲットバック”が挿入歌として使われ、”アローン・アゲイン”がエンディングに流れます。そういう音楽の扱い方と、音楽プロデューサーと呼ばれるスタッフの存在など、映画音楽をめぐる状況は変化しつつあるのではないですか?

久石:
「それは最近の私の活動と一致してくることなんですけど、一時期アメリカ映画でサウンドトラックの作曲者と最後に流れるテーマソングの作曲者が別のスタイルがありましたよね。それが日本の角川映画等に影響をあたえた。でも、アメリカはとっくにその傾向が終わっているのに日本映画はまだ続けている。レコード会社にとっておいしいのは、サントラじゃなくて、主題歌のほうなんですね。そのスタイルが定着しすぎてしまったために、映画音楽のトータル・コーディネート、トータル・プロデュースが非常にしづらいんです。だから主題歌は完全に切り離して考えざるを得ないんです。主題歌といっても、レコード会社が勝手にヒットを狙うために映画にくっつけ、宣伝にさえなってくれればいいや、ぐらいにしか考えていませんからね。実際問題、映画と主題歌は全然合ってないですよ。レコード会社と映画関係者の仲というのは、本当ひどいですよ。何回やってもそう思うけど、絶対に合い入れない。『めぞん一刻』ぐらいまでは、僕がタッチする以前にすでにビジネス・パッケージが組まれていましたから、どうすることもできなかったですね」

-その『めぞん一刻』では、それまでの音楽タッチとはガラリ変わった感じを出していましたね。

久石:
「それまではクラシックをベースにしたものを考えていたんです。あるとき、このまま行くとオジン臭くなるんじゃないか(笑)と危惧を持って、去年は音楽のアバンギャルドをしてみようと思ったんです。『熱海殺人事件』ではアート・オブ・ノイズばりのいちばんナウいところに挑戦したわけです。僕はレコーディング・アーティストとしては、非常に前衛っぽいことをやってますから。それに素直なラインで作ってみようと考えたんです。『めぞん一刻』でも、澤井監督が、それでいきましょう、と言ってくれたので、目いっぱいいってしまったわけです(笑)」

-でも、続く『恋人たちの時刻』では、再び『Wの悲劇』のようなラインに戻ったと思うのですが?

久石:
「戻りましたね。いちばんまとまってしまった作品になったようですね。あの頃からいろいろ考えまして『恋人たちの時刻』以降、テーマソングを含めて、僕自身がすべてタッチするという方向でやるようになったんです。映画をトータルに考えるためには、いまのようなビジネス的背景では仕事がしづらいと思いましてね……劇伴ではなくレコード業界でもやれて、映画界もよく知っている人間……ということで、そろそろ自分がそういう役割をしなきゃならないんだなあ、と考えたわけです。『漂流教室』で今井美樹を起用したのも僕です。こうなると、プロデューサー活動が主になる。でも、そうまでしなきゃ、いまの現状はなかなか変えることができない」

-『天空の城ラピュタ』でも、〈君をのせて〉という主題歌を井上あずみにうたわせていますね。

久石:
「まあ、あの作品あたりからプロデューサー的な立場で音楽にタッチしていったわけです。注文作曲家じゃない!という姿勢で全部やるようにしていますからわずらわしいことにもかかわって、いいスタッフになろうと努力しているんです」

-『この愛の物語』では、またガラリ変わったラインでやってましたね。

久石:
「これはビジネスにからんでくることなんです。アメリカ映画が『フラッシュダンス』以降、ミュージック映画として何曲かどんどん曲を入れて、そこからヒット曲を出しましたよね。それがきっかけで、映画の内容に関係なく、映画に使ってほしいと持ち込んで、一本の作品に何人もの作曲家が参加して、いくつものレコード会社が合乗りでやっていますね。そういう新しいマーケットが出来たことに、日本映画も注目すべきなんですよ。『この愛の物語』でその先兵をやってみたかった。現在、サントラ盤というものはまったく売れていないんです。ところが、映画音楽の製作費は、映画の製作費ではまかなえないんです。ですから、レコード会社に製作費を出させて、サントラ盤を出すというパッケージしか組めないんです。でも、サントラ盤は売れない。そうなると、誰かがサントラ盤は売れるんだ!ということをやってみせなければ、もっと悲惨な状態になってしまう。僕としては、ここでどうしてもサントラ盤を売るということをやって見せたかった。そのため、トータルなコーディネートを目ざしたんです。あの映画の中には11曲、そのうち8曲は映画のためのオリジナルです。台本の段階でそのシーンのイメージに近い曲を既製の楽曲から集める。それを監督に聞いてもらう。撮影中もその曲を流してもらった。次にそのシーンに合う曲を作り、歌詞を発注する。アレンジされた曲をもとに、もう一度、歌手、歌手選びと歌詞をやり直す。音楽が自然に流れていたはずです。血のにじむ努力ですね、あれは。3ヵ月、レコーディング時間はトータル350時間を超えましたからね」

-確かに、『この愛の物語』では全篇に歌が流れていたような印象が強いですね。

久石:
「一つひとつテーマを決めて、その中で自分がいまどんな活動をしなきゃならないか、ということをハッキリさせる必要があった。本来、映画音楽というものは、インストゥルメンタルできっちりやるのが正しい方法なんです。必ずそうありたいし、だけど現状ではそれをやっても誰も見向きもしてくれない。その現状の中で、少しでも良くできることがあったら、まずそれをすべきです。いろんな人たちから目を向けてもらう必要がある。映画が、音楽的な背景でいちばん立ち遅れているんです。昔は、映画館がいちばんいい音を持っていたのにね……。いまは、ほとんどの人がCDを聞いているのに、古臭い音を依然引きずっているのは映画館だけですよ。『アリオン』をやったとき、日本にはもっとドルビー館が必要だなあと思いましたね。この一年のあいだに、ドルビー館がすごく増えましたでしょ、遅まきながらでも。これがあたり前なんです。映画がよりエンターテインメントできる環境作りが出来上がってきたわけですね。その中で、自分の手でやれる範囲というのは、なにも自分の曲だけに限ったことじゃないと思う。少しずつでも改革できればなあ、と思いますね」

-ここ2年間ぐらいは映画音楽を作る人たちにとっては、いい環境になってきているわけですね?

久石:
「上映する環境としては整備されてきましたよね。でも、製作サイドが音楽作りに理解を示してきているかといえば、必ずしもそうではありませんね。日本はやっぱり活字文化なんですね、目に見えるものにはお金は出すけど、見えないものには出しませんよ。それはもう見事なくらいですね(笑)。遅れてますよ。必要以上に言葉で説明しすぎます。言葉の数が多すぎますよね。そのあたりのことは、毎回口すっぱく言っていかないと、どうにもならないでしょうね。『漂流教室』をやったとき、あの映画はほとんどが英語のダイアローグだったでしょ、だから日本語に比べて60%以内でセリフが終わっちゃうんです。その分、空白の部分がたくさん作れたわけですよね。まあ、そういう作品がもっともっと作られるべきじゃないでしょうか」

久石音楽の最近作は『ドン松五郎の大冒険』である。

久石:
「立花理佐が歌う主題歌とメインテーマが、いちばんうまい形でからんだ作品になりました。ファミリー映画ですからね、メリハリをつけて、明るく、あいまいさ抜きで、素直にダイナミックにつけましたね」

今後は、「なんとしても、外国の作品をやれるまで、ガンバリたいですね」と、抱負を語る。これまで映画の中で手がけたピアノ・ソロ曲をアルバムにする計画もあるとか。

久石:
「自分の作品が評価されるのは監督さんとのコミュニケーションがうまく取れたからだと思います。映画って、結局のところ監督のものなんですね。スタッフのものじゃないんです。監督を頂点としたピラミッドの中で作りますから、監督と僕のコミュニケーションが取れるということは、レコード会社を含めたビジネスに集約されていくんです」

現在、日本の映画音楽の最先端に位置する人だけに、その活動とともに、作品ごとに仕掛けてくる音楽のあり方にも相当の話題を呼びそうだ。「映画の中で音楽が占めている割合って、それなりに大切だと思います。しかし、何をつけても一応サマになっちゃう可能性もあるんですね。本物をきっちりおさえていく作業が、これからはいっそう求められると思います。自分が先兵となって、多少でもツッぱってみたい……」と語ってくれたその言葉が、じつに印象深い。

取材・構成 田沼雄一

(「キネマ旬報 1987年12月上旬号 No.963」より)

 

キネマ旬報 1987 12

 

Blog. 「クラシック プレミアム 28 ~ピアノ名曲集~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2015/1/29

クラシックプレミアム第28巻は、ピアノ名曲集です。

偉大な作曲家たちのピアノ名曲たちを、現代を代表するピアニストたちの名演奏で楽しむことができます。聴きなれたおなじみの曲ばかりですが、屈指の名演奏により新しい印象をうける楽曲も多いです。

 

【収録曲】
ベートーヴェン
《エリーゼのために》
フリードリヒ・グルダ(ピアノ)
録音/1961年

シューベルト
即興曲第1集より 第3番・第4番
内田光子(ピアノ)
録音/1996年

シューマン
《子供の情景》より〈見知らぬ国より〉 〈トロイメライ〉
ラドゥ・ルプー(ピアノ)
録音/1993年

ブラームス
ハンガリー舞曲 第1番・第5番
カティア&マリエル・ラベック(ピアノ)
録音/1981年

ラフマニノフ
前奏曲《鐘》
ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
録音/1975年

ドビュッシー
《ベルガマスク組曲》より〈月の光〉
アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
録音/1985年

《前奏曲集》第1巻より 〈亜麻色の髪の乙女〉
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(ピアノ)
録音/1978年

ラヴェル
《夜のガスパール》より 〈オンディーヌ〉 〈スカルボ〉
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
録音/1974年

サティ
《3つのジムノペディ》より 第1番、《おまえが欲しい》
パスカル・ロジェ(ピアノ)
録音/1983年

 

 

巻末の西洋古典音楽史では、「なぜ指揮者がいるのか?(上)」がテーマでおもしろかったです。なかなか業界人でなければわからない実態?!なども具体的な事例をふまえて辛辣に紹介されていました。

少し要点を抜粋してご紹介します。

 

「昔日本のオーケストラのコンサートマスターの方が、自分の楽団の常任指揮者のことをいつもくそみたいにこき下ろしていたのを思い出す。オーケストラと指揮者は敵対関係にあるのが常で、そもそもオーケストラの団員が自分のところの指揮者をほめることなど滅多になく、いずれにしても指揮者とはことほどさように憎まれ役であって、オーケストラから「あんなやつならいないほうがマシ」と思われていない指揮者を探すほうが、実は難しいと言っても過言ではないようなところがある。」

「個々の楽器の「入り」(特にソロのパッセージ)の指示も、指揮者の大事な仕事である。特に金管楽器などは、何十小節、特に何百小節も休みがあってから、いきなりソロが回ってくるということも珍しくない。そういう時はプロであっても入る時に「本当にここで合っているんだろうか…」とプレッシャーがかかる。だから指揮者に「はいどうぞ」とやってもらえると助かる。逆に言えば、ある指揮者がきちんとサインを出せるかどうかの見極めはオーケストラのプレーヤーの最大の関心事の一つであって、サインを出すのが難しいところで「指揮者いじめ」をやったという話も時々聞く。例えばヴァイオリンに非常に複雑なリズムが出てきて、それに指揮者がかかりっきりにならざるをえないような箇所で、金管のプレーヤーがわざと「そこはこっちも難しいので、僕にもサインくださ~い」などと言って嫌がらせをするといった類のことである。こういうときに涼しい顔をして「いいよ」と答え、右手でヴァイオリンを振りながら、左手で金管にサインを出したりできれば、その指揮者の株は大いに上がるだろう。オーケストラ・プレーヤーが何より恐れるのは自分だけが恥をかくこと、つまり「落ちる(今どこにいるかわからなくなる)」ことなのである。」

「超一流のオーケストラともなれば、実は指揮者なしでもたいがいのレパートリーは、自分たちで演奏できてしまうはずである。「こいつはダメだ」とばかりに指揮者を見限ると、もう彼の意向は無視して、コンサートマスターに合わせて自分たちだけで勝手に弾き切ってしまうこともある(もちろん彼らはそんな内幕をばらしたりはしないだろうが、客席で聴いていて明らかにそうだとわかるケースは確かにある)。」

「わかりきっていることをわざわざ指示する指揮者は逆に嫌われる。指揮者は余計なことは何もせず、ただそこに居てくれるだけでいい、ということになる。そもそもオーケストラのプレーヤーたちは、指揮者が何もせずただ目の前に居るだけでも、彼が音楽を隅々まで掌握しているかどうか、あっという間に見破ってしまうはずだ。そして「こいつは何か持っている」と思えばついてくるし、「こいつはダメだ」と思うと無視を決め込む。」

「知人のあるオーケストラ・プレーヤーが言っていた。指揮者が何かを持っているか持っていないか、3分もあればわかる、と。「本当に?」と問う私に、彼は言った。「60人以上のプロが120以上の目でもって、たった一人の人間の一挙手一投足を凝視しているんだよ!彼が言っていること、彼がやっていることが本物か付け焼き刃かなんて、あっという間にわかるよ!」」

「思うに指揮者に究極のところ何が要求されているかといえば、技術もさりながら、「何か言いたいことを持っている」という点に尽きるのであろう。団員に自分たちだけでは到達できない何らかの啓示を与えられるかどうか。「この曲をこうやりたい!」というコンセプトと情熱。ちなみに「あいつは何がやりたいのかわからない」というのは、オーケストラ・プレーヤーがしょっちゅう口にする、指揮者に対する悪口の定番である。口で言っていることと、指揮棒でもってやっていることとが違う。テンポが練習の度に違う。何のためにその練習をさせているのかわからない等々。まったく指揮者というのは、よほどのカリスマか、さもなくばよほど鈍感な鉄面皮の自信家でなければ務まらない、こわいこわい商売である。」

 

 

かなり辛辣で厳しい指揮者という立場が浮き彫りにされていますが、(上)となっていますので、次号の(下)に期待です。「とはいっても…」という感じで、指揮者の役どころや指揮者が必要な理由を解き明かしてくれるはずです。

もしくは名指揮者たちが名指揮者と言われる所以などプラス面でも同じような具体的事例をふまえた話があるとおもしろいですね。そういった意味で次号も合わせて「指揮者」の話は完結すると思っています。

 

補足)
このコラムで例えや実話で出てきたオーケストラ団体は海外オケでした。どこのオケのことだろう?と思われるかもしれませんが。世界各国で活躍されている日本人オケ・プレーヤーはたくさんいますので。

また国内外問わずどのオーケストラでもあり得るお話なのかもしれません。久石譲が振っている楽団も?久石譲と楽団もそんな関係?いえ、久石譲は常任指揮者ではありませんので。久石譲の演奏会では会場ごとにその地域のオーケストラ楽団と共演することが多いです。

まあ常任指揮者であれ客演指揮者であれ、指揮者と楽団の円滑なコミュニケーションにより、最高のパフォーマンスを披露してほしい、そんな演奏会を期待します。

 

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第27回は、
マーラー作品の中の「永遠の憂情」

マーラー第5番の話をユダヤの思考にからめて進みます。それにしてもクラシック音楽の奥深さ、解釈の多様さや複雑さ。そういったものを最近のエッセイを読みながら感じます。

一部抜粋してご紹介します。

 

「マーラーの交響曲第5番を指揮したのは数年前に遡る。全5楽章、70分くらい演奏にかかる大作なので、スコア(総譜)は辞書並みの厚さだ。これを覚えるのか、と思うと随分プレッシャーがかかり、日々の作曲を終えて家に帰り、毎晩明け方まで勉強した事を思い出す。」

「第1楽章の葬送行進曲と第2楽章はとても関連性があり、この二つを一つに括ると通常の4楽章形式とも取れる。また第4楽章のアダージェットは映画『ベニスに死す』に使われ、甘美なメロディーと相まってとても人気があり、僕もこの曲だけ単独で何度も演奏した事がある。」

「初演の1年後に出版したがその後も4~5年かけて妻のアルマや後輩のブルーノ・ワルターの意見を取り入れ補筆あるいは加筆している。このことは前に書いているので省略するが、この出版ということが現代ではピンと来ないかもしれないので説明すると、20世紀初頭ではまだテレビやCD(レコードを含む)、DVDがなかったので、音楽を聴くためにはコンサート、サロン、オペラハウス、街角の辻芸人の演奏、ビアホールなどに出向くしかなかった。作曲家はそれらの場所の初演を目指し曲を書くのだが、その一回限りではなく、やはり多くの人にその曲の存在を知ってもらいたいと思う。」

「その場合が、出版なのである。まだ交通の便も悪く、今日のように情報が溢れているわけでもないので、多くの音楽家や愛好家たちは譜面を買い求め、楽器で演奏し、歌ってその曲を想像し楽しんだ。何だかとてもクリエイティブな感じがするが、今日ではそれが自宅でも聴けるCD、DVDに変わった。もちろん譜面の出版も行われているが、視覚(譜面を見て)から聴覚的情報に変換する作業より、直接聴覚に訴えかけるほうが手っ取り早いので多くの人はCD、DVDを楽しむ。もちろん演奏しようと思われる方は譜面を入手する。」

「とにかく譜面を出版するということは当時の作曲家にとってとても重要なことだった。いや、実は今でもそれは重要なことだと僕は思っている。」

「話を戻すと、マーターの本質は歌曲的な旋律にある。その旋律を複数、対位法的に扱うものだから、どっちが主旋律だかわかりづらい箇所も多い。しかも超一流の指揮者だったからオーケストラを知り抜いているため、トゥッティ(全楽器が鳴っているところ)でも各楽器に音量やニュアンスが細かく書かれている。だから何だかごちゃごちゃしているように見えるため、頭の中で把握しづらい。」

「また美しい旋律が朗々と歌ったかと思うと、小さい頃に聞いた軍楽隊のフレーズが現れ、突然オーケストラが咆哮したりで曲想がコロコロ変わる。そのため楽曲の構成がわかりにくいとされる。中には思いついたことをそのまま書いているだけじゃないか、と毒舌を吐く人もいるのだが前回書いたとおり、意外に伝統的なソナタ形式を踏まえている。」

「その「ほとばしり出る心情」を僕はちょっと持て余した。作曲家的分析だけではとても理解できない何かがあった。見方を変えて徹底的に旋律を歌わせる方向でその時は乗り切ったが、腑に落ちない部分も多かった。むろんこのような大曲は何度も振ってみないと、およそ表現に至らないのだが、それでも何か大きく引っかかるものがあった。」

「しばらくして、内田樹氏の『私家版ユダヤ文化論』や養老孟司先生の著作に触れ、「ユダヤ的なもの」に興味を抱いた。その時わかったのである。あのえも言われぬ感情は一作曲家のものではなく、連綿と続くユダヤ人独特の感性なのだと。その「永遠の憂情」のようなものは、崇高な理念とやや下世話な大衆性(エンターテインメント)が同居し、あるいは瞬時に入れ替わって複雑なプリズムを生む。単眼的な視点ではなかなか理解できないのだが、複眼的に彼のバックボーンなども考え合わせると、わかるのではなく、納得する。あるいは腑に落ちるのである。マーラーに多くの指揮者がはまるわけである。この崇高な理念と大衆性はメンデルスゾーンの作曲した楽曲にもあり、バーンスタインにもある。」

「あの時、それがわかっていれば。今更言ってもしょうがないのだが演奏は間違いなく変わっていた。まあ、人生ってこういうものだと思い直し、次回に期す今日この頃である。」

 

 

クラシックプレミアム 28 ピアノ名曲集

 

Blog. 「久石譲 大阪ひびきの街 スペシャル・コンサート」 コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/1/28

「大阪ひびきの街」誕生を記念して委嘱された「大阪ひびきの街 オリジナルテーマ曲 『Overture -序曲-』」。祝典序曲にふさわしい6分に及ぶ圧巻のフルオーケストラなのですが、残念ながら記念コンサートや久石譲自身のコンサートで数回演奏されたのみでCD化はされていない未発売曲です。どういう企画とコンサートだったかというと、当時のWeb記事よりご紹介します。

 

 

「大阪ひびきの街」市民参加演奏イベント-音楽家・久石譲さんが指揮

オリックス不動産(東京都港区)など4社は7月29日、大阪・西区の新町北公園(大阪市西区新町1)とオリックス劇場(同)で音楽家の久石譲さんの指揮による市民参加演奏イベント「大阪ひびきの街 スペシャルコンサート」を開催した。

今年4月にリニューアルオープンしたオリックス劇場と、それに隣接する超高層タワーマンションで構成される街区「大阪ひびきの街」の誕生を記念したもので、同区を文化発信拠点として、地域と一体となって盛り上げることを目的に開いた。

指揮を務めたのは宮崎駿監督作品の音楽などを担当する久石さんで、日本センチュリー交響楽団や一般公募により選ばれた約500人が演奏を行った。

メーン会場の劇場とサブ会場の公園を中継映像でつなぎ、サブ会場にいる演奏者はその映像を見ながら、久石さんが作曲した「ひびきの街」のテーマ曲などを披露した。

(なんば経済新聞 2012年8月1日付 より)

 

 

 

そんなスペシャル・コンサートにて配布されたコンサート・プログラムより、久石譲のメッセージをご紹介します。

 

 

- ご挨拶 -

旧大阪厚生年金会館は、1968年(昭和43年)の誕生以来、大阪を代表するホールとして、数々の国内外のアーティスト達が演奏活動を行ってきたホールです。当時より、アーティストにとって大切な活動の場の一つであったと受け止めていますが、閉館時には、一時16万人をも超える地域の方々のホール存続を求める署名活動が行われたとも聞いており、それだけ地元の方々の思い入れが強く、地域にとっても大変意義のある音楽施設であったと思います。今回、リノベーションを経て『オリックス劇場』としての復活を果たし、53階建てて超高層タワーマンションと一体となった新たな街区として、再び皆様に音楽に親しんでいただけるエリアが生まれること、そして、それを記念するイベントに指揮・作曲という形で参加できるということは意義深いものだと考えています。今回のイベントを通じ、地域の皆様と音楽を通じてふれあい、大阪の音楽文化の新たな活性化につながる機会となることを願っています。

 

- Overture -序曲- の由来 -

新街区の誕生を記念する祝の序曲として作曲しました。新しい街、暮らし、人々が交わり響き合う”交響都市”をイメージしています。

(久石譲 大阪ひびきの街 スペシャル・コンサート コンサート・パンフレットより)

 

 

大阪ひびきの街スペシャルコンサート

[公演期間]
2012/7/29

[公演回数]
1公演(大阪 オリックス劇場)

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:日本センチュリー交響楽団

[曲目]
第1部
指揮:福里大輔
吹奏楽:箕面自由学園高等学校吹奏楽部

和田信/行進曲「希望の空」
R.シュトラウス/「アルプス交響曲」より (編曲:森田一浩)
高島俊男 編/「シャンソン・メドレー ~モンマルトルの小径~」

第2部
指揮・ピアノ:久石譲
管弦楽:日本センチュリー交響楽団

久石譲/Overture-序曲- (大阪ひびきの街 オリジナルテーマ曲)
R.ワーグナー/歌劇「タンホイザー」序曲
O.レスピーギ/交響詩「ローマの松」

アンコール
久石譲/ One Summer’s Day (映画『千と千尋の神隠し』より)
久石譲/Symphonic Variation ”Merry-go-round” (映画『ハウルの動く城』より)
久石譲/Overture-序曲- (大阪ひびきの街 オリジナルテーマ曲)

 

 

 

このスペシャルコンサートの模様は後にCMとしても起用されました。オリックス不動産株式会社のプレスリリースでは、CMカット集(画像)やイベント当日の様子(画像)やエピソードをPDF計8ページにて閲覧可能です。

こちら ⇒ 大阪ひびきの街 ザ・サンクタスタワー CM プレスリリース

 

 

以下、要点のみ抜粋紹介。

 

オリックス不動産株式会社(本社:東京都港区、社長:山谷 佳之※以下、オリックス不動産)他 4 社は、2012 年 8 月 25 日(土)より、西日本最大級となる地上 53 階建て、高さ約 190m、総戸数 874 戸の超高層タワーマンション「大阪ひびきの街 ザ・サンクタスタワー」のテレビ CM(15 秒・30 秒)を近畿 2府 4 県にて放映します。

本 CM は、2012 年 7 月 29 日(日)に開催された、音楽家・久石譲氏指揮による約 500 人の市民参加演奏イベント「大阪ひびきの街 スペシャルコンサート」の模様を収め、当日のダイナミックで臨場感溢れる、久石氏と一般楽団員の 1 日限りの共演の様子をお届けします。

「大阪ひびきの街 スペシャルコンサート」は、大阪厚生年金会館跡地の文化発信拠点として、新街区「大阪ひびきの街」の誕生を祝うために開催されたイベントです。当日は、久石譲氏により作曲された「大阪ひびきの街テーマ曲 Overture-序曲-」を、オリックス劇場で日本センチュリー交響楽団が久石氏指揮のもと演奏、劇場に隣接する新町北公園では真夏の陽差しの中、一般公募で選ばれた約 500 人が中継映像の久石氏の指揮のもと同時に演奏しました。

「大阪ひびきの街」は、16 万人を超える存続署名活動があった大阪厚生年金会館跡地に『オリックス劇場』(今年4月8日リニューアルオープン)と、西日本最大級の超高層マンション『大阪ひびきの街 ザ・サンクタスタワー』(地上 53 階・高さ約 190m・総戸数 874 戸)で構成される新街区です。本街区の名称「大阪ひびきの街」は、今年 1 月 16 日から約 1 ヵ月半に渡り実施した一般公募により、応募総数 3,067 通の中から決定しました。

「大阪ひびきの街 スペシャルコンサート」の模様を『大阪ひびきの街 ザ・サンクタスタワー』のCM 素材として活用することで、「大阪ひびきの街」に暮らす楽しさと本物件のスケール感をお伝えします。

 

【久石 譲氏の感想(イベントを終えて)】
「(一般楽団員の)500 名のみなさん、本当にいい演奏でした。素晴らしかった。(一緒に演奏した)日本センチュリー交響楽団も素晴らしいオーケストラで、一生懸命やってくれました。オーケストラは文化です。参加してくれた人たちが、その文化をこれから応援していく人達ですが、みんなで盛り上げていければいいなと思います。」

 

【一般楽団員の感想(イベントを終えて)】
世界的な音楽家である久石譲氏ご本人による指揮のもと演奏に参加できた喜びと、大勢の方達と一緒になって演奏することの一体感や、普段なかなか機会の無い真夏の屋外で演奏することの解放感など、貴重な経験ができたとの声が多く聞かれました。

「久石さん指揮のもと、こんなに大勢で、しかもこんなに暑い日に演奏をする経験はなかなか無いので心に残る一日でした。」

「少しの人数でも、たくさんの人と一緒に一つのことができる、しかも真夏に演奏することは、なかなか無いので貴重な経験でした。」

「緊張したけれども、憧れの久石先生の指揮で演奏ができて楽しかったです。初対面の人達の中で、いろんな方面の方達と演奏できていい経験になりました。心が一つになれたんじゃないでしょうか。」

 

【「大阪ひびきの街テーマ曲 Overture -序曲-」について】
新街区の誕生を記念する祝いの序曲として作曲いただきました。新しい街、暮らし、人々が交わり響き合う”交響都心”をイメージしています。

 

【イベントエピソード(現場スタッフメモ)】
① プロジェクトスタート時から雨天の場合はどうするのかの議論が繰り広げられていました。荒天の場合は中止という危険性を伴いながらも、ただひたすら好天を願い、スタッフ全員が祈る気持ちで本番当日を迎えました。雨天に備え、大型テントのスタンバイも開催当日のギリギリまで準備していましたが、幸いにも好天に恵まれ、イベントを大成功で終えることができました。

② 実施日程が決定した当初から、真夏の屋外イベントの為、熱中症などの危険性を想定していましたが、想像を遥かに上回る猛暑日が続いていたため、本番の2日前から、水や、熱中症対策グッズの追加発注など、万全の暑さ対策を目指しました。一定時間で休憩を取っていただくローテーションも組んだことにより、重い熱中症症状の方も出ず無事に終了しました。思い思いの楽器を手に集まった一般楽団員の皆さんが、強い陽射しの下であるにも関わらず、良い演奏をしようと、休憩時も水分を補給しながら休まず練習に励んでいらっしゃる姿に、その場にいたスタッフ全員が心を打たれ、本番終了時には感動で涙ぐむスタッフもいました。

③ 一回限りの本番撮影となる為、チャンスを見逃さず、できる限り多くの素材を集めるために、撮影用カメラは記録用カメラを含め総計 20 台(スチール含む)にも及びました。

④ 公園の蝉の鳴き声で演奏の音が聞こえなくなるのでは?という懸念があり、蝉対策を迫られました。本番時にあまりにも鳴き声がうるさい場合は、虫取り網で追い払う等の対応も真剣に検討していました。本場 2 週間前のロケハンでは、公園内の木々に蝉が殆どいなかったため安心していたのですが、前日の設営時には蝉の鳴き声が非常に大きく、本番時の撮影を心配しました。しかしながら、本番の時間帯はなぜか蝉が鳴くことは殆ど無く、撮影に影響しなかったため安堵しました。蝉もイベントに協力してくれたようです。

⑤イベント開催が主体ですので、 1日限りのイベント風景を撮影してCMにするという、通常のCM撮影とは異なる全体進行に、想定外のことも多く発生しました。イベント当日も、一般楽団員の参加グループが予定より早く会場に到着するなど、参加者が多いため、撮影を調整することが大変難しく、困難を極めました。また、公園内のイベント進行係員の他に、楽器別の音楽演奏指導員を 20 名近く配置し、参加者が演奏しやすい環境を作り出すのに注力しました。その結果が素晴らしい演奏につながったと思います。

⑥当日のサブ会場(新町北公園)には、イベント開始直前に久石さんがサプライズとして登場。「お暑い中、集まっていただきありがとう。すごい練習したの?せっかくだから一回聞かせてもらおうかな。」と、突然の演奏リハーサル。演奏を聴き終えて、「すごい!!頑張って一緒にやりましょうね。すごい元気をもらった気がする。頑張ろう!」と、誰もが予想していなかった展開に、会場は一気に盛り上がり、皆のテンションも更に上がった様子でした。

(以上、オリックス不動産 プレスリリースPDF より)

 

 

また2012年9月12日付産経新聞にも久石譲インタビューが掲載されていました。すでに紹介していますので、興味のある方はこちらもあわせてご覧ください。

こちら ⇒ Blog. 「Overture -序曲-」 久石譲 新聞掲載インタビュー

 

大阪ひびきの街コンサート

 

Blog. 「久石譲 3.11 チャリティーコンサート」(2011) コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/1/25

日本のみならずパリ・北京など世界をまたいで4公演開催された「久石 譲 3.11 チャリティーコンサート〜ザ ベスト オブ シネマミュージック〜」

2008年のジブリ25周年武道館コンサートさながら舞台には巨大スクリーンが設置され、ジブリ作品だけでなく北野武監督作品から海外映画まで、久石譲の手がけた映画音楽の名曲オンパレード。

 

 

久石譲 3.11 チャリティーコンサート 〜ザ ベスト オブ シネマミュージック〜

[公演期間]  57 久石 譲 3.11 チャリティーコンサート〜ザ ベスト オブ シネマミュージック〜
2011/06/18 – 2011/07/09

[公演回数]
4公演
6/9 東京・東京国際フォーラムホールA
6/18 大阪・大阪城ホール
6/23 パリ・Zenith de Paris
7/9 北京・The National Indoor Stadium, Beijing

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
ソプラノ:林 正子(東京・大阪)、Hélène Bernardy(パリ)、Sarah Zhai(北京)
管弦楽・合唱:
ニューシティ管弦楽団、特別編成合唱団、東京少年少女合唱隊(東京)
関西フィルハーモニー管弦楽団、兵庫県立長田高等学校音楽部、大坂成蹊学園コーラス部、大坂学芸高等学校コーラス部、大阪市立三津屋小学校子ども会音楽クラブ(大阪)
スターポップスオーケストラ、COGE, TF Gospel, CHAM de Saint Maur/Chœur des CHAM de Saint Maur(パリ)
中国歌劇舞劇院歌劇団、China Opera and Dance-Drama Company Opera troupe/Central Youth Broadcasting Chorus(北京)

[曲目]
NAUSICAÄ (映画『風の谷のナウシカ』より)
Princess Mononoke (映画『もののけ姫』より)
THE GENERAL (映画『久石譲 meets THE GENERAL キートンの大列車追跡』より)
Let The Bullets Fly (映画『譲子弾飛』より)
The Sun Also Rises (映画『太陽照常升起』より)
Raging Men (映画『Brother』より)
HANA-BI (映画『HANA-BI』より)
Kids Return (映画『Kids Return』より)
Howl’s Moving Castle (映画『ハウルの動く城』より)
Departures (映画『おくりびと』より)
One Summer’s Day (映画『千と千尋の神隠し』より)
Summer (映画『菊次郎の夏』より)
Villain (映画『悪人』より)
Ponyo on the Cliff by the Sea (映画『崖の上のポニョ』より)
Ashitaka and San (映画『もののけ姫』より)
My Neighbour TOTORO (映画『となりのトトロ』より)

 

 

このコンサート企画はタイトルのとおり、東日本大震災のチャリティーコンサートとして開催され、コンサート収益は、【東日本大震災で楽器を失った子どもたちの為に寄付】されています。

またコンサートLive録音として、『The Best of Cinema Music』 CDも発表されています。

久石譲 『THE BEST OF CINEMA MUSIC』

 

 

コンサート会場にて配布されたコンサート・プログラムより久石譲のこの企画への想い、インタビュー内容をご紹介します。

 

 

もう今は夢を語るときではない
- 東日本大震災に寄せて -

4月9日サントリーホールで「久石譲 Classics vol.3」として、ベートーヴェンの交響曲5番「運命」と7番とともに新作「5th Dimension」を発表した。「運命」のモティーフを使って新たなミニマル曲を作る構想だったが、その作曲期間中に東日本大震災が起こり、その影響が色濃くでた悲痛な楽曲に仕上がった。癒し、安らぎと決定的に違うその曲を演奏していいのかコンサートの前日まで悩んだ。

多くのコンサート・イヴェントが自粛で中止している最中のコンサートは大勢の人たちから賞賛の言葉をいただき、自分の震災に対する考え、行動は終えたはずだった。

音楽家は音楽で伝えればいい、僕はそう考えていた。

そして東日本大震災から2ヶ月が過ぎた。

未曾有の危機の中で多くの人々が温かい視線で被災地、及び被災者を見守り、一人一人ができることを献身的に行い、我々はひとりではない、皆繋がっていると呼びかけ、このゴールデンウィークには大勢のボランティアが東北に集まった。日本人のマナーの良さは世界から称賛を浴び、2000億円もの義援金が集まった。だが、だからといって事態は良い方向に向かっているとは言いがたいと僕は考える。

地震、津波は自然の猛威であるが原発は人災だ。かつて広島に投下された原子爆弾で我々は世界で初めてその脅威にさらされた。多くの人を失い、今なお苦しんでいる人たちが大勢いる。その国で原子力を扱うなら世界のどの国よりも神経質なまでに注意を払うべきだった。が、東電、政府関係者、学者と言われている人たちは「想定外」という。では想定内はどこまで指していたのか、そもそもその想定内のこととは何を基準に決定されていたのか?

日本国を沈没させかねないこの総てを自分に都合良く解釈し、目の前の出来事を都合よく説明するこの日本人はどこから来たのか?

震災の夜、西麻布の交差点で見た渋谷の駅を目指し整然と歩く人たちに驚いた。隊列を組んだように従順に歩くその姿は羊の群れのようで、この国の人たちはいつからこんなに飼いならされたのかと悄然とした。

例えば若者は言葉が通じない海外に行くことを嫌がり草津の温泉で足湯につかり、男たちは場所もわきまえずキャンキャンと居酒屋しゃべりに熱中する。かつての男たちはあんなに甲高くベラベラと喋っていたのだろうか?海外の大学生はそれぞれの国の問題に対してデモなりで抗議の意思表示をするが、日本の学生のデモは久しく聞いていない。

一事が万事、このような国の今のあり方に僕は憂慮する。今半分しか動いていない日本の経済はこの秋、そして1年後にボディーブロウのように効いてきて想像を絶するダメージが我々を襲うと考える。

もう夢や安らぎ、癒しを語っているときではない。

震災があったためにこの国がどうなるかではなく、もともとこの国はどうなるのかが問題だったのだ。

怒れ、日本人!
自分の意思を鮮明にしろ!

原発の内部で作業する人たちは本当に死を賭して頑張っているし、避難所の人たちは家族や友人、身内の大事な人を失っても健気に生きている。彼らの姿勢から非被災者である我々は本当に多くのことを学ばなければならない。

音楽家は音楽で伝えればいい、僕の考えはそうである。が、社会の一員である自分ができることはまだまだ沢山ある。個人で寄付するだけではなく、もっと社会に貢献できることがあるはずだ。例えば、楽器を失った子どもたちにもう一度皆で演奏する喜びを取り戻してもらいたい。そのための楽器購入支援ができないか。そう考えていた矢先に多くのチャリティーコンサートがポップスやクラシックで組まれていることを知った。まるで免罪符のようにチャリティーをうたったコンサートの多くは、癒しや安らぎをテーマにしているものが多かった。

それでいいのか?という疑問を持った。今は、そんな時ではない。

その瞬間コンサートを行うことを決めた。

折しもポーランドのクラクフで行われる映画音楽祭のために作った自作の映画音楽のプログラムをベースにして、音楽と映像の本格的で大規模なコンサートを行う。そして本物の感動を伝えたい。場所は東京と大阪、それにパリと北京も決定した。

4月の末に気仙沼と陸前高田市、それに大船渡を訪れた。空気感を伴ったその惨状のまえで、自分のやろうとしていることは砂丘の一粒にもならないことを実感した。しかし、立ち止まってはいけない。できることがある人は、それをやらなくてはいけない。被災された方々のためにも、被災地の復興のためにも、我々は音楽、もっと言えば経済を止めてはいけない。

昔から日本人はこの美しい国で自然災害に見舞われながら力強く生きて来た、自然と共生して来た、その力を信じたいと考えた。

映画「もののけ姫」のラストで「ともに生きよう」というセリフがある。それはお互いの痛みを分かち合いながら、希望を持ってそれぞれの場所でしっかり行動せよという意味にも僕には取れる。

慣れ合いのぬるま湯から、真の心の独立を目指し、僕は僕の場所でできることを精一杯行っていく覚悟である。

2011年5月11日
久石譲

(久石 譲 3.11 チャリティーコンサート〜ザ ベスト オブ シネマミュージック〜 コンサート・パンフレットより)

 

 

ザ・ベスト・オブ・シネマ・ミュージック チャリティーコンサート 久石譲

 

Info. 2015/01/23 着メロ15年間歴代ランキング発表 久石譲:第2位

久石譲 『となりのトトロ イメージ・ソング集』

株式会社フェイス・ワンダワークスは、本年15周年を迎え、スマートフォンが主流となった現在も、メガサイトとしてユーザーの支持を頂いている「GIGA エンタメロディ」。その15年間にダウンロードされた着信メロディの楽曲ランキングとアーティストランキングのTOP100を1月20日に発表した。

ランキング内容は、通常のヒットチャートではなく、自分好みのキャッチーなメロディという携帯電話の着信音ならではの特長を反映した、興味深い独自のランキング結果となっている。

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Info. 2015/02/26 久石譲 「臺南藝術節開幕之夜 世紀音樂大師久石譲」 コンサート開催決定

2015年久石譲のコンサート幕開けは海外公演から。

2月25日台湾・台北で開催される「世紀音樂大師-久石譲 Maestro of the Century – Joe Hisaishi」につづいて、翌26日台南でも同一プログラム内容にて開催予定。なお25日台北公演はすでにチケット完売と公式アナウンスされている。

 

世紀音樂大師-久石譲 Maestro of the Century – Joe Hisaishi

[公演期間]
2015/2/25 19:30開演

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Blog. 「久石譲 ニューイヤー・コンサート 2010」 コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/01/22

2010年の幕開けを飾った「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ ニューイヤー・コンサート」

新年早々、長野・東京にて3公演開催されました。2004年に創立した久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)その活動も軌道にのっている時期を象徴して、久石譲作品のみならず海外の映画音楽作品からクラシック音楽まで、新年を彩るにふさわしい華やかな楽曲たちが並んでいます。

 

 

久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ ニューイヤーコンサート

[公演期間]
2010/01/06,07,09

[公演回数]
3公演
1/6 長野・ホクト文化ホール
1/7 東京・サントリーホール
1/9 東京・Bunkamuraオーチャードホール

[編成]
指揮・ピアノ:久石譲
演奏:新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ

[曲目]
バレエ組曲 「火の鳥」1919年版 (ストラヴィンスキー)
序曲~火の鳥とその踊り~火の鳥のヴァリエーション
王女たちのロンド
カスチェイ王の魔の踊り
子守唄
終曲

Winter Garden (ソロ・ヴァイオリン:豊嶋泰嗣)
1st movement
2nd movement
3rd movement

「坂の上の雲」組曲
時代の風
旅立ち
青春
戦争の悲劇
Stand Alone

久石譲 with W.D.O
ロシュフォールの恋人たち (作曲:ミシェル・ルグラン 編曲:山下康介)
24 Theme (作曲:シーン・カラリー 編曲:宮野幸子)
Adventure of Dreams
World Dreams
Mission Impossible (作曲:ラロ・シフリン 編曲:久石譲)

—アンコール—
あの夏へ (for Piano and Orchestra)
Runner of the Spirit

 

 

2015年の今現在から振り返りますと、演奏プログラムのなかに希少な作品たちを見ることができます。

「Winter Garden」は、2014年ジルベスター・コンサートにて再び全3楽章が演奏され、いまだCD化もされていないレア作品です。

「Adventure of Dreams」は、2009年日清カップヌードルCM曲として書き下ろされ、こちらもコンサートでも数回しか披露されておらず、同じくCD化もされていない現時点で幻の一品のひとつ。

「Runner of Spirit」は、2009年第85回箱根駅伝テーマソングとして書き下ろされ、その後毎年正月にお茶の間で聴くことのできる楽曲ですが、こちらもCD化されていません。さらにこの楽曲は、久石譲初の吹奏楽作品であり、このコンサートにおいては、オーケストラバージョンとして披露された、オリジナル版としてもコンサート版としてもすべてにおいて希少な作品です。

そんなことからも現時点では伝説的な作品が堪能できたプログラムです。

 

 

当日配布されたコンサート・プログラムより各楽曲解説を紐解いていきます。

 

Word Dreams

ワールド・ドリーム・オーケストラ(以下W.D.O.)のテーマ曲。2004年、新日本フィルハーモニー交響楽団とのこの共同プロジェクトをスタートさせるにあたり、久石譲が”祝典序曲”のコンセプトのもと書き下ろした。シンプルで朗々とうたうメロディは、国家のような格調をも感じさせる。
*W.D.O.のファースト・アルバム『WORLD DREAMS』、『W.D.O. BEST』収録

 

Winter Garden
・1st movement
・2nd movement
・3rd movement

ミニマル・ミュージックの手法をベースに、ヴァイオリンとピアノのために書き下ろした2006年の作品『Winter Garden』を、今回はヴァイオリン・ソロとオーケストラの小協奏曲に改訂、新たに第3楽章が付け加えられた。8分の15拍子の軽快なリズムをもった第1楽章、特徴ある変拍子のリズムの継続と官能的なヴァイオリンのメロディによる第2楽章。そして初披露となる第3楽章は、8分の6拍子を基調とし、ソロパートとオーケストラが絶妙に掛け合いながら、後半はヴィルトゥオーゾ的なカデンツァをもって終焉へと向かっていく。W.D.O.コンサートマスターの豊嶋泰嗣のヴァイオリン・ソロでおくる。
*2006年版の『Winter Garden』は、ヴァイオリニスト鈴木理恵子のアルバム『Winter Garden』に収録されている。

 

バレエ音楽「火の鳥」(1919年版)
・序曲~火の鳥とその踊り~火の鳥のヴァリエーション
・王女たちのロンド
・カスチェイ王の魔の踊り
・子守唄
・終曲

1910年から1919年にかけてパリ・オペラ座のために書かれた『火の鳥』(全曲)はロシアの作曲家ストラヴィンスキーの代表作のひとつである。本日演奏される1919年版というのは組曲として構成されたもので、この版以外にも1911年、1945年版があるが、最もよく演奏されるのがこの1919年版である。ストラヴィンスキーは今でこそ20世紀の重要な作曲家のひとりとして挙げられるが、この作品が書かれた当時は全くの無名の新人作曲家と言ってよい存在だった。先に依頼した同じくロシアの作曲家リャードフがなかなか作曲にとりかからなかったからとは言え、その代替案として無名のストラヴィンスキーに作曲を委嘱したロシアバレエ団率いるディアギレフにとっては大きな賭けとなったわけだが、見事ストラヴィンスキーは彼の期待に応え、バレエ公演は成功、そして作曲家自身も一躍スターとなった。

物語はイワン王子が魔王カスチェイに囚われたツァレーヴナ姫と恋に落ち、ふたりの危機を伝説の火の鳥が救う、というもの。組曲は1序奏~火の鳥とその踊り~火の鳥のヴァリエーション 2王女たちのロンド 3カスチェイ王の魔の踊り 4子守唄 5終曲から成り、音楽は途切れることなく演奏される。各シーンの音楽自体は勿論だが、組曲としてそれぞれの音楽の切り替え、つながりは見事としか言い様がない。『火の鳥』はその後、やはりロシアバレエ団のために書かれた『ペトルーシュカ』、『春の祭典』とともに現代オーケストラの重要なコンサート・レパートリーである一方、ディズニーの映画『ファンタジア』にも取入れられるなどバレエ以外のヴィジュアルとのコラボレーションに多用されるのはこの作品が持つ特別なエネルギーに強く惹きつけられるからだろう。

 

「坂の上の雲」組曲
・時代の風
・旅立ち
・青春
・戦争の悲劇
・Stand Alone

司馬遼太郎の長編小説『坂の上の雲』が初の映像化。同名のNHKスペシャルドラマとして2009年11月から放送を開始した。音楽を担当した久石は、「史実・そこに立ち向かう人々の”凛とした”生き様を描きたかった」という。今回はその作品群の中から『時代の風』『旅立ち』『青春』『戦争の悲劇』『Stand Alone』と5つのテーマを選りすぐり、組曲形式に再構築した。あえて日本の五音階と西洋のモダンな音階を融合させることにより、独特の世界観を引き立たせている。明治時代、近代国家として新しく生まれ変わろうとする「日本」。純粋さやひたむきさだけでなく、高み=”坂の上”を目指そうとする人々の強い志と貪欲さが時代を動かす風となっていく。世界の歌姫サラ・ブライトマンが歌う『Stand Alone』は、明治の人々の”凛として立つ”美しき姿をイメージしたというメインテーマ。今回はオーケストラとピアノのバージョンで演奏する。自然と口ずさんでしまいような普遍的なメロディと壮大なオーケストレーションが秀逸。
*NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』オリジナル・サウンドトラック収録

 

久石譲 with W.D.O.

ロシュフォールの恋人たち

監督ジャック・ドゥミ、音楽ミシェル・ルグラン、主演カトリーヌ・ドヌーヴのゴールデン・トリオが生み出した、フランス・ミュージカル映画の傑作の一つ。お祭りにわきたつロシュフォールの街を舞台に、さまざまな恋が展開されてゆく1965年の作品。小気味よいリズムが生み出すグルーヴ感と、ストリングスの優美なハーモニーが、いっそう華やかさを盛り立てる。
(『パリのアメリカ人』 ライナーノーツより一部転用)

 

24 Theme

アメリカで2001年に放送開始されたキーファー・サザーランド主演のテレビ・シリーズ「24-TWENTY FOUR-」の主題曲。W.D.O.では2007年の「There is the Time」で初演された。冒頭から手に汗を握る緊迫感あふれる音楽は、『ニキータ』『ミディアム 霊能者アリソン・デュボア』等のテレビ・シリーズを手掛けるショーン・キャラリーによって作曲された。〈シーズン7〉に至るも依然人気は衰えることを知らない。

 

Adventure of Dreams

日清カップヌードルのCF 『DREAM! 夢こそが、明日をつくる』シリーズのテーマ曲としてつくられた。2009年の第4弾「ベーリング海峡篇」からこのCFに参加し、第5弾「北米大陸篇」、そして現在は第6弾の「南米大陸篇」が放映中。人類の歴史を辿るその壮大なスケール感と高揚感をそのままに、重厚感溢れるサウンドが心を打つ。当初よりフル・オーケストラ曲として制作されたが、冒頭に繊細で印象的なピアノ・ソロが書き加えられ、さらにドラマチックなオーケストラ作品として生まれ変わった。

 

Mission Impossible

『スパイ大作戦』のテーマ曲。アメリカで1966年から1973年にかけて放映された人気テレビ・シリーズ同様、トム・クルーズ主演で映画化された『ミッション:インポッシブル』も有名。一瞬で映画を彷彿させるオープニングとエンディング。特徴的な5拍子のリズムは、スリルと爽快さを味あわせてくれる。作曲を手がけたラロ・シフリンは、『ダーティー・ハリー』シリーズや『燃えよドラゴン』等の映画音楽でも名高い。

(久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ ニューイヤーコンサート コンサート・パンフレット より)

 

 

ニューイヤーコンサート

久石譲 ニューイヤー・コンサート 2010 プログラム

 

Score. 久石譲・高畑勲 「かぐや姫の物語 ~女声三部合唱のための~」 [声楽]

2015年1月21日 発行

高畑 勲監督と作曲家・久石 譲、夢のタッグ!ジブリ映画「かぐや姫の物語」の劇中歌「わらべ唄」「天女の歌」が合唱曲に!さらに劇中の主要なテーマ「なよたけ」に高畑 勲が詞をつけ、久石 譲が合唱曲へと書き改めて新たな命を吹き込みました。久石 譲監修による合唱曲集です。

(メーカー・インフォメーションより)

 

 

かぐや姫の物語 ~女声三部合唱のための~
高畑勲・久石譲

プリント

なよたけのかぐや姫 作詞:高畑勲 作曲:久石譲 編曲:久石譲
わらべ唄 作詞:高畑勲 作曲:高畑勲 / 坂口理子 編曲:久石譲

 

判型/頁 : 全音判/32頁
JAN : 4511005087157
コード : ISBN978-4-11-734011-2
発行:全音楽譜出版社
定価 : 1,200円(税抜)

 

 

◎音源は久石譲・高畑勲 『かぐや姫の物語 ~女声三部合唱のための~』に収録されています。