Info. 2014/12/03 「高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~」 Blu-ray&DVD 発売

2014年12月3日 Blu-ray / DVD発売

スタジオジブリ作品 映画『かぐや姫の物語』の物語
監督:高畑勲 音楽:久石譲

ジブリ史上最大の野心作『かぐや姫の物語』の、933日に亘る
制作過程から劇場公開されるまでを記録した貴重なドキュメンタリー

≪ジブリがいっぱいCOLLECTIONスペシャル≫
『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』

“Info. 2014/12/03 「高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~」 Blu-ray&DVD 発売” の続きを読む

Info. 2014/12/03 映画『かぐや姫の物語』 Blu-ray&DVD 発売

2014年12月3日 Blu-ray / DVD 発売
スタジオジブリ作品 映画『かぐや姫の物語』の物語
監督:高畑勲 音楽:久石譲

高畑勲監督14年ぶりの最新作。そして、ジブリ史上、最大の野心作。

ジブリがいっぱいCOLLECTION
高畑 勲 監督作品
『かぐや姫の物語』

「姫の犯した罪と罰。」 スタジオジブリが描く真実(ほんとう)のかぐや姫

“Info. 2014/12/03 映画『かぐや姫の物語』 Blu-ray&DVD 発売” の続きを読む

Disc. 『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。 ~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』

2014年12月3日 DVD/Blu-ray発売 VWDZ-8210

 

ジブリ史上最大の野心作『かぐや姫の物語』の、933日に亘る制作過程から劇場公開されるまでを記録した貴重なドキュメンタリー。

アニメーション映画監督・高畑勲。その14年ぶりの新作『かぐや姫の物語』の制作現場に約2年半にわたって取材。その制作過程と高畑演出の現場を明らかにする。

2013年11月23日に公開された、高畑勲監督14年ぶりの最新作『かぐや姫の物語』。誰もが知る“かぐや姫”の筋書きはそのままに、誰も知ることのなかったその「心」を描くことで、日本最古の物語に隠された人間・かぐや姫の真実を描き出しました。

高畑監督が自身で「今日のひとつの到達点」と語る『かぐや姫の物語』は、画期的な映像表現に満ちています。背景とキャラクターが一体化し、まるで1枚の絵が動くかのようなアニメーション。アニメーションの作り手たちが一度は夢見る表現です。その実現に向けて、スタジオジブリに新たに第7スタジオが創設され、アニメーション表現の限界を超える試みが始まりました。

本作『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』は、『かぐや姫の物語』の劇場公開に合わせて製作され、2013年12月にWOWOWで前後編の2回にわたり放送されました。今回、映像を大幅に付け加えて再編集した新しい作品としてパッケージ。

(作品情報より)

 

 

WOWOW放送時にはあまり登場しなかった久石譲も、この映像作品では計40分以上特集されている。

 

 

【チャプター】

  • この映画は声から始まった
  • 十四年の理由
  • 天才と職人と演出家
  • 高畑勲という現場
  • 二〇一二年 十二月
  • 二〇一三年 一月
  • 主題歌、二階堂和美
  • プロデューサー、西村義明
  • 映画監督、宮崎駿
  • 音楽、久石譲
  • 二〇一三年 十月

 

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー スポーツ報知特別号より

スポーツ報知「スタジオジブリ特別号」

Posted on 2014/12/2

2013年公開 映画『風立ちぬ』
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

連動企画として2013年8月2日スポーツ報知「『風立ちぬ』公開記念 スタジオジブリ特別号」が主要コンビニ、駅売店、一部地域を除くYC(読売新聞販売店)、映画館で発売されました。

主題歌「ひこうき雲」を歌う松任谷由実をはじめ、庵野秀明氏、瀧本美織らのロングインタビューを収録。「永遠の0」の百田尚樹氏、直木賞作家の朝井リョウ氏らが、その魅力を語っています。「風の谷のナウシカ」から足かけ30年のスタジオジブリの歴史をスポーツ報知の紙面で振り返るなど永久保存版です。

 

そこに収められた久石譲のインタビュー内容です。

 

 

ナウシカから全作タッグ30年 毎回、これが最後という思い

現代を代表する作曲家の久石譲さんは映画音楽家としてのデビュー作となった「風の谷のナウシカ」(1984年)以降、すべての宮崎監督作品を担当している。「振り返ってみれば、そうなっていたというだけ。毎回、これが最後という思いです。クリエイティブなことでの真剣に向き合った結果がこうなったのは、本当に奇跡的」と話した。

宮崎監督の徹底した音へのこだわりを受け、久石さんも真骨頂で応えた。宮崎監督から出たのは「モノラル録音」と「効果音は人間の声で」ということだった。イメージアルバムを作らなかったのも異例だ。

 

宮崎さんは「音楽はできるだけ、そぎ落としたシンプルなものを」と

久石:
「モノラル?『なんで?』って思いましたね。そのうち考えが変わるだろうと思ったけれども、変わらなかった(笑)。5.1チャンネルとかサラウンドだと何でも詰め込めちゃうんですよ。それがモノラルだと、スピーカー1個。そこにセリフも効果音もすべて入る。宮崎さんは最初から『音楽はできるだけ、そぎ落としたシンプルなものを』とおっしゃっていた。僕の方もそれがいいと思っていた」

絵コンテを見て、イメージを膨らませ、いつも以上に打ち合わせを重ねた。

久石:
「結構苦しみましたし、大変でした。というのも、今までのファンタジーとは違って、今回は実写に近い。そういう場合、テーマ曲はどうあるべきなのかをつかむまでに時間がかかった」

そのテーマ曲はロシアの代表的な弦楽器「バラライカ」が切なくも美しい主旋律を奏で、ロシアのアコーディオン「バヤン」がもり立てるエスニック風の組み立て。映像に寄り添い、あまり主張しない音楽を心がけたという。

久石:
「宮崎さんの作品は世界中の人が待っていますからね。音楽にも格が必要だと思っていたので、今回もですが、ホール録音が多いんです。でも、『今回は大きくない編成がいいんだ』というので、そのスタイルを切り替えた。これはかなり難しかった。オーケストラにはないものをフィーチャーし、結果的に一番小さい編成になった。今までとは違う世界観を持ち込んだつもり」

元来、映画好き。自身も監督経験があるだけに、映像の視点でも作品を見ている。

久石:
「主人公が設計士だと、本人があまり動かない。観客は感情を乗せにくいが、大丈夫なのかなと思いました。こういう設定はものすごく難しい。映像にしづらいものなのかもしれない。だとすると、このクオリティーで、新しい地平線を切り開くような作品を、しかもこれだけ力強く描いた宮崎さんはすごい。今でも新たな道を進もうとしている宮崎さんを心から尊敬します」

 

ずっと背中を追っかけている

宮崎監督とのタッグは約30年。

久石:
「たまたま続いているだけ。毎回、これが最後という思いでやっています。宮崎さんが好きなんです。少年の気持ちをそのまま持っている人で、すごく周りに気を使う。僕にとっては人生のお兄さんみたいなものです。ずっと宮崎さんの背中を追っかけている。迷った時に、宮崎さんなら、どういうふうに結論を出すんだろうと思うんです。」

2008年8月には「久石譲 in 武道館 -宮崎アニメと共に歩んだ25年間-」と題した記念公演も行ったが、好きな作品は?と聞くと、「ナウシカ!」と即答。最初の作品だけに思い入れがあるという。

久石:
「普段、昔のことは考えない。『代表作は何ですか?』と聞かれて、『次回作』と言うのが一番答えとして正しいと思う。そんな気概がなかったら、いいものは作れない。作るときは全精力を傾けている。『ポニョ』を作った頃の自分と今の自分はまったく違うし、『ナウシカ』の時とも違う。人間は変わっていく。とどまっていたら、ダメですからね」

宮崎アニメを手がけることは他の作品にも作用している。

久石:
「作曲というのは点ではなく線。一つの仕事をすると、必ずやりきれなかったことや反省が出てくる。弦の使い方が良くなかったなとか、ちょっとうるさく書きすぎた、とか。それを次の作品でクリアしていく。クリアしても、次の問題が出てくる。宮崎さんの作品はほぼ4年に1度。オリンピックのようなもの。節目節目でクリアしなければいけない課題が出てくるんです」

最近は「東京家族」で山田洋次監督、「奇跡のリンゴ」で中村義洋監督と組み、ますます幅を広げている。

久石:
「以前は音楽家である自分の方が大事だったから、音楽として評価されたいとも思ってしまっていたが、今は映像と一体化する、映像用でしか書けないものを、と徹底するようになった。映画音楽として極めたい」

目下、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」(2013年)、山田洋次監督の「小さいおうち」(2014年)など巨匠の新作を作曲し、夜はクラシックを学ぶ多忙な日々だ。

久石:
「宮崎さんは72歳、高畑さんは77歳、山田監督は81歳。ちゃんと生きている人はすごい。創作意欲は衰えず、むしろ強くなる。『年を取るって悪くないな』と本当に思いました。この組は助かるんですよ。(62歳の)自分は若手になるから(笑)。ものを作るって、簡単にはいきません。高畑さんは10年くらい『かぐや姫の物語』をやっている。そんな長い期間、ずっと集中し続けられるって、とんでもないことですよね。そういう人が心血を注いで、一つの作品を作っている。そのそばにいて、音楽を提供していく責任と、その人たちに育てられながら、ここまできたんだなと思います」

(スポーツ報知「『風立ちぬ』公開記念 スタジオジブリ特別号」 より)

 

 

Related page:

 

スポーツ報知「スタジオジブリ特別号」

 

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー 月刊ピアノ2013年8月号より

月刊ピアノ 8月号

Posted on 2014/12/2

2013年公開 スタジオジブリ作品 映画『風立ちぬ』
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

「月刊ピアノ 2013年8月号」に久石譲インタビューが掲載されています。

 

 

今はまだ『風立ちぬ』のことはうまく話せないんです

『風立ちぬ』の音楽について聞くべく訪ねたのは、つい1週間前に、その音楽制作が終わったばかりの久石譲。インタビュー開始直後の第一声は、「今はまだ話せないんですよ」。語れるほどの整理がついていないと言う。この音楽制作にはかなり悩み、長い月日を費やした。最後には、映画の世界から抜け出せなくなるくらい作品と同化した。「だからすぐには冷静には振り返れない」。作品と真剣に向き合う作曲家の生の声が聞けた。

 

映画と同化するくらい、真剣に書いている

-『風立ちぬ』の音楽はどんな思いで書かれたのですか?

久石 「うーん……難しいな。ついこのあいだまで作っていたから、まだ客観的に振り返ることができない状態なんですよ。あまりにも大変だったから(笑)。もう少したったら、冷静に話せるのかもしれないですけどね。ひとつの作品にこれだけ長く時間をかけたのは初めてだし、一番苦しんだ作品かもしれない。終わったらボロボロになっちゃって、じつはまだ抜けきれていないんですよ。最近は”映画1本作るって、こんなに難しいことなのか”と思うようになりましたね」

-それはどうしてですか?

久石 「自分と映画が同化するくらい真剣になって書くようになったんですよね。音楽家として映画に携わったというスタンスよりも、自分が映画の一員になり、監督の分身になるくらいに入り込む。以前は音楽家としての野心みたいなものも強かったけれど、『悪人』(2010年)以降かな、引くことを覚えた。映画と音楽が一体化したとき、どう観客に訴えかけるか、どう伝えるかを中心に考えるようになったんです。音楽はドレミファソラシドと半音を足して、12個の音の組み合わせでしかない。それにリズムとハーモニーでしょ。しかも映画音楽では調性やメインテーマが求められるわけだし、映像やセリフ、効果音などとのバランスや制約もある。やれる範疇が決まってるんです。非常に限定されているなかでオリジナリティを出すのは、本当に大変な作業なんですよ」

-『風立ちぬ』のサントラは、映画の世界観、テーマに同化していることはもちろん、ひとつの音楽作品としても成り立っていますよね。

久石 「自分ではわからないけど、結果として、そうなっているといいなとは思いますね。『奇跡のリンゴ』(2013年)までは二管編成のフルオケで書くことが多かったんですよ。今回もそれで臨む予定だったんだけど、途中で宮崎監督から”小編成がいい”という話があって、急遽変更したんです。小オーケストラというのかな、その小さくした感じはうまく出せましたね。今回の特徴でいうと、ロシアのバラライカやバヤンという民族楽器、ギターなどをオーケストラと対等になるほど重要なところに入れていること。そういう意味ではオープニングが勝負だったんですよ」

 

『風立ちぬ』はオープニングが勝負だった

-オープニングで流れる「旅路」がポイントだった、と。

久石 「そう、(飛行機が)飛び立つまでは民族楽器だけなんです。あとはピアノが少し入るだけで、そのあと、弦が入ってくる。『風立ちぬ』のような大作だと、頭でドーンと派手にいきたくなるんだけど、今回はグッとこらえているんです。結果としては、それが功を奏したんじゃないかなと思っています。そこはね、宮崎監督の指示も非常に明快だったんですよ。”空を飛んだりするけれど、すべては主人公、二郎の夢のなかの話。夢の思いで統一する、それはイコール、空を飛んだからといって、派手な音楽になるわけではない”っていう」

-なるほど。

久石 「おそらく、観客をあそこでつかんじゃうんじゃないかと思うんですよね。もうひとつ、今回はモノラルだったんですよ。ステレオの場合、あのオープニングはバヤンのメロディとギターが聴こえていえればOKなんだけど、モノラルだと(音が聴こえてくる場所が)1ヵ所しかないでしょ?そうすると、全体のバランスを細部にわたって楽器ごとに直していかなくてはいけないんです。通常よりも細かい作業が必要で、それは本当に大変でした。ただ、それがうまくいくと、空間が広がっていくんですよね。レコーディングの基本はモノラルにあるんだなということを再認識したし、とてもいい経験になりました」

-最後に今後の活動予定について教えてもらえますか?

久石 「自分のベーシックなスタンスをクラシックに戻すつもりでいます。もともとは現代音楽の作曲家でスタートしているからね」

-映画音楽家としての活動は…?

久石 「そちらをやめると言ってるわけではないよ。”久石に音楽を書いてほしい”と望まれるのは、作家として最高の喜びですから。そのときは全力を傾けて、映画と同化するくらいの気持ちで作る…そのスタンスは変えないです」

(月刊ピアノ 2013年8月号 より)

 

 

Related page:

 

月刊ピアノ 8月号

 

Blog. 久石譲 「風立ちぬ」 インタビュー ロマンアルバムより

風立ちぬ ロマンアルバム

Posted on 2014/12/1

2013年公開 スタジオジブリ作品 映画『風立ちぬ』
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

映画公開と同年に発売された「ロマンアルバム」です。インタビュー集イメージスケッチなど、映画をより深く読み解くためのジブリ公式ガイドブックです。

宮崎駿監督最新作であり、最後の長編映画となる作品です。音楽制作における久石譲の貴重なインタビューも収録されています。

 

 

「『風の谷のナウシカ』以来、宮崎監督作品の音楽を手掛けてきた久石譲だが、ファンタジーではない今作は世界観を掴むのに苦心したという。『風立ちぬ』の音楽、その核心とは?」

ロシアの民族楽器を使ったオープニング曲「旅路」

-『風立ちぬ』の音楽には、いつ頃から着手されたのでしょうか?

久石 「2年以上前ですね。『風立ちぬ』は今までの宮崎監督にはないリアルな時代設定、ある意味実写に近い作品だったので、その中で音楽がどうあったら良いのか、感覚を掴むのに時間が掛かってしまったんです。まず絵コンテを見ながら音楽の世界観を考えるのですが、すぐに核心が掴める時とそうでない時があるんですよ。例えば『崖の上のポニョ』はその場でモチーフが浮かびましたが、『風立ちぬ』は結局1年と2か月くらい掛かりました。その間、宮崎さんとも何度も会って、曲を聴いてもらっては話し合いを重ねました。」

-『風立ちぬ』の音楽の特徴を挙げるとすれば、何がありますか?

久石 「まずは、オーケストラを小さな編成にしたことです。宮崎さんも「大きくない編成が良い」と一貫して言っていました。それから鈴木プロデューサーから出たアイデアで、ロシアのバラライカやバヤンなどの民族楽器や、アコーディオンやギターといった、いわゆるオーケストラ的ではない音をフィーチャーしたことです。それによっても、今までとは違う世界観を作り出せたんじゃないかと思います。」

-民族楽器は、オープニング曲の「旅路」から使われていますね。

久石 「オープニング曲は、飛行機が飛び立つまでは、ピアノがちょっと入るくらいで、あとは民族楽器だけです。大作映画では、頭からオーケストラでドンと行きたくなりますけど、それを抑えたのが凄く良かったですね。二郎の夢の中なので、空を飛んだとしても派手なものになるわけではないと、宮崎さんは言っていましたし、僕としても、観る人の心を掴むオープニングに出来たと思っています。この曲があったから、映画全体の音楽が「行ける!」と感じました。」

-宮崎監督が、オーケストラを小さな編成にしたがった理由はなんだと思いますか?

久石 「一番大きかったのは、モノラルレコーディングをしたということです。台詞も効果音も音楽も、一つのスピーカーから全部聴こえることになるので、音楽はあまり主張し過ぎないものになるのだろうなと思っていました。音の情報量を出来るだけそぎ落としたものを作りたいんだろうなと。それは成功したと思いますが、作業的にはモノラルは大変でしたね。」

-モノラル録音の大変さとは、どういうところなのですか?

久石 「モノラルは一カ所から音が出るから、それぞれの楽器の微妙なバランス調整が必要になるんです。通常よりも細かい作業が必要で、不眠不休の状態が続きました。でも左右が無く、遠近だけというところに面白さがあって、上手く行くとパァッと音の空間が広がるんです。やっぱりレコーディングの基本はモノラルにあると思いました。良い経験をすることが出来ました。」

-効果音が人の声を加工した物だということは、音楽に何か影響を及ぼしましたか?

久石 「効果音というのは、普通は人間の生理とは無関係の音なんです。でも、それを人間が口で作ると生理的な音になって、音楽に割り込んで来る。そこは宮崎さんとも話をして、色々調整しました。最終的には効果音も加工が入ってシンプルになり、音楽、セリフと調和して良い感じになったと思います。ここでも、モノラルで音の出どころを一点に集中したことが良かったですね。」

 

宮崎さんは僕にとって兄のような存在です。

-完成した映画を観て、いかがでしたか?

久石 「トータルとして、間違いなく良い作品になったと思います。宮崎さんの新たな第一歩と言いたいですね。タイトルに「の」も入っていないし(笑)。あの年齢になって、新しいことを今でもやろうとしていることには、心から尊敬します。実は最初、主人公の設計技師があまり行動的なタイプでは無いから、大丈夫かなと思ったんです。例えばナウシカは積極的に動いたじゃないですか。そうすると主人公の行動力に導かれて、観客もすぐに映画に入り込めるんだけど、今回のような設定はもの凄く難しいなと。でもそういったハードルを越え、高いクオリティで新しい地平線を切り開いた宮崎さんは凄いと思います。ただ音楽主体で観ると、個人的にはもっと出来たんじゃないかなと思うところもあるんです。中途半端にやっていないからこそ、心の中には何かがくすぶっていますね。」

-宮崎監督とは30年にわたるお付き合いになりましたね。

久石 「気付いたら、ここまで続いていたという感覚です。同じ音楽は一つとして無かったし、毎回毎回、これが最後だと思ってやって来たし。クリエイティブな仕事に真剣に向き合ってきた積み重ねがこの30年なんですね。一つ言えるのは、僕は宮崎さんが好きなんです。少年の気持ちをそのまま持ち続けている人ですし、僕にとっては人生のお兄さんみたいな存在です。」

-久石さんの映画音楽に向かう姿勢には、何か変化がありましたか?

久石 「以前は音楽家としての野心みたいなものが強かったですが、今は映像と音楽が一体となった時に、どう観客に訴え掛けられるかを中心に考えられるようになりました。映画音楽として、より徹底して作れるようになって来たなと思っています。」

(風立ちぬ ロマンアルバム より)

 

 

Related page:

 

風立ちぬ ロマンアルバム

 

Blog. 久石譲 「崖の上のポニョ」 インタビュー ロマンアルバムより

Posted on 2014/11/30

2008年公開 スタジオジブリ作品 映画『崖の上のポニョ』
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

映画公開と同年に発売された「ロマンアルバム」です。インタビュー集イメージスケッチなど、映画をより深く読み解くためのジブリ公式ガイドブックです。

最近ではさらに新しい解説も織り交ぜた「ジブリの教科書」シリーズとしても再編集され刊行されています。(※2014.12現在「崖の上のポニョ」は未刊行 2016年以降予定)

今回はその原典ともいえる「ロマンアルバム」より、もちろん2008年制作当時の音楽:久石譲の貴重なインタビューです。

 

 

「宮崎駿監督 『崖の上のポニョ』を語る」

主題歌発表とされながらも、実質的には『ポニョ』という作品そのものの初お披露目となったこの会見。宮崎監督が公の場に、しかも作品の製作中に姿を現したのも久々ということもあり、大きな話題となった。また、この時まだ明らかにされていなかったポニョのビジュアルが、ハンドパペットという形でさり気なく披露されていたことに、果たしてどれだけの人が気づいたであろうか!?

 

宮崎駿 × 久石譲 × 大橋のぞみと藤岡藤巻

2007年12月3日
『崖の上のポニョ』主題歌 発表記者会見 於:スタジオジブリ

 

藤巻「全国のジブリファンに謝りたいです(笑)」

司会:
それでは会見の方を始めさせていただきます。最初に映画『崖の上のポニョ』原作・脚本・監督、そして主題歌では補作詞も担当されておられます宮崎駿監督から一言ご挨拶を頂きたいと思います。

宮崎:
仕事中で抜けてきたものですから、こんな格好(=エプロン姿)をしております(笑)。とても良い歌ができて良かったと思っています。この歌に負けないようなちゃんとしたハッピーエンドに辿り着かなきゃいけないと思ってるんですけど、まだ絵コンテが残っておりまして、ハッピーエンドになるかならないかというところでございます。

司会:
それでは続きまして、映画『崖の上のポニョ』では音楽を担当、また主題歌で作曲と編曲を担当されました久石譲さん、宜しくお願いします。

久石:
4年ぶりの『ハウル(の動く城)』以来の作品で、今回音楽をやるのにとても緊張していたんですが、絵コンテのA・Bパートを見せてもらった段階で、最初の打ち合わせの時にもうこのテーマのサビが浮かんできました。あまりにもシンプルで単純なものですから、これはちょっと笑われちゃうかなと思って、2~3ヶ月くらい寝かしたんですけど、やはりそのメロディーが良いなと思って、思い切って宮崎さんに聴いてもらったところ、「このシンプルさが一番いいんじゃないですか」ということで。けっこう、出足は非常にスムースです。「出足は」ということろを強調している理由ですが(笑)、来年の8月までまだまだ時間があって、3つか4つくらい山がくるだろうと思いつつ、今のところ年は越せそうだと思っています。そういう状況です。

~中略~

 

久石「宮崎さんは最高の作詞家です。」

司会:
皆様の質疑応答をお受けする前に、私の方からいくつか主題歌の制作に関しての代表した質問をさせて頂きますので、よろしくお願い致します。まず宮崎監督にお聞きしたいのですが、久石さんにどのような作品のイメージをお伝えしたのでしょうか。

宮崎:
さっきこういう質問をするというのを貰ったんですが……(と、ポケットから紙を出す)。久石さんにメモを渡したような気がするんですが、忘れちゃいました(一同笑)。久石さんが覚えているかもしれない(笑)。

久石:
強力なラブレターのような手紙を頂きまして……いや、作品に関してのラブレターですよ?(笑)我々が理解しやすいようにストーリーと現実の世界に関するいろいろなメモを頂きました。おそらく作家の方って最初に全て見えてて始まるのではなくて、歩みながら「ああ、そうだったんだ!」とすごく大事なものを生きてるように掴んでいく、そういう作業の一環として書かれたんじゃないかな、と僕は思うんですが。その中に「海のおかあさん」とか「ポニョ来る」とか、色々と散文詩的、あるいはメモ的なものが今回いつもより非常に長くて、十何ページありました。実際イメージアルバムを作っていた時にも……覚えていませんか?(と、宮崎監督を見る。宮崎監督は首をかしげ、(一同笑) 全てはそこ(=メモ)から出発して、そこに戻って……そういう作業を繰り返しました。そこに宮崎さんは歌になるとは思っていない、いくつかの詩があります。ただし、これは『ラピュタ』以来だと思いますが、『(天空の城)ラピュタ』の時もそういうのを貰いまして。僕としては宮崎さんは最高の作詞家と思っていまして、いわゆるプロの作詞家が書いた詩ではないんですけれども、宮崎さんから頂く詩っていうのは、何故かこうメロディーが浮かんでしまうものですから、先週完成したイメージアルバムでは結局歌が6曲入っています。これは全部宮崎さんの詩から作りました。結局、考え方としてはいつも宮崎さんの詩からスタートする、そういうことでした。

司会:
ありがとうございました。監督、それで宜しいですか?

宮崎:
私の隣で仕事をしてます近藤勝也という作画監督ですがね、ちょうどまだ3歳にならないかの子を横にしながら、子育てに悲鳴を上げつつ、この映画に関わっているんですが、(その状況が)映画の内容に非常にリンクしていたんですね。それで「詞をやらないか?」と言ったら「やりたい」と言うものですから。(僕は)補作詞ということになっていますが、焚き付けただけで「これはお前さんがやった方がいい」ということになりまして、主題歌は近藤勝也が作詞をしました。本人はもの凄く儲かるんじゃないかと思っているんですが(一同笑)、そこは何も言わないようにしていますけど。そういう訳で、これは近藤勝也という人間が自分の子供を思い浮かべながらやったものです。とても面白いですね。

~中略~

藤巻:
補足説明させて頂きます。ポニョの歌は童謡みたいに可愛い曲なのに、『フジモトのテーマ』は非常に暗い曲で「どうして2曲カップリングなんですか?」とプロデューサーの鈴木敏夫さんに伺ったところ、「お父さんが会社から帰って、お風呂に入って、その後フト独りになった時の歌が『フジモトのテーマ』なんだ」と。「両方ともお父さんを貫くテーマなんだ」という話でした。

宮崎:
フジモトっていうのは、ポニョっていう……(と、後ろに貼ってあるキービジュアルを指して)ここに絵がありますけど、その人間の父親なんですよ。話をするとややこしいので省きますけど、作詞をした近藤勝也はまさにフジモトそのままなんです。日本のお父さんの非常に大きな部分を象徴しているようなキャラクターなんです。フジモト、フジモトって言ってるんですが、実はポニョの父親なんです。

司会:
(『ポニョ』主題歌は)「お父さんと娘が一緒にお風呂に入って歌うイメージだ」という話がありましたが、そのようなイメージをお持ちですか?

宮崎:
いや、それは久石さんの曲ができて、それにあてて作詞をしようとした時に、当然のように湧いて出てきたものです。小さい子というのは身体性というか、心の問題ではなく、とても物理的というか、肉体的なものですから、そういう気分を歌の中に盛り込めたらいいな、と。そのためにはこの曲は幼稚園や保育園のお遊戯のようでとても良いんじゃないか……「お遊戯のような」というのは久石さん自ら最初に言ったんですが(笑)、僕も「そうだなぁ、これはいいや」と思いました。

 

宮崎「この主題歌は幸せな曲です」

~中略~

質疑:
とっても楽しいリズミカルな曲ですが、今、監督の中でこの曲はオープニングなんでしょうか、それともエンディングなんでしょうか?

宮崎:
いや、最終決定はまだしてませんけど、オープニングでこれを流すと、その後は皆でピクニックに行って、楽しい映画にしかならないような気がするので(一同笑)、どちらかといったらエンディングだと思うんですけど。この曲がエンディングに流れて、気持ちにギャップが生まれないような映画を作ることが、久石さんからこの曲を渡された、のぞみちゃんが歌ってくれた歌に対するこちらの責任だと思います。

~中略~

質疑:
3人で歌っている声を聴いて久石さんの率直な感想をお聞かせください。また、苦労した点もお聞かせください。

久石:
(苦笑しながら)何と答えたらいいんですかね……最初にこの3人で行くと聞いた時は「……本気?」と思ってました(一同笑)。やはりプロではないので、それはやっぱり色々問題はあるんですが、考えてみるとこの曲のコンセプトは「子供たちが幼稚園で歌ったりできる曲」ということで考えたメロディーなので、その時に「プロの人や売れてる歌手が歌ったら成立するのか?」といったら、逆にそれはおかしいと思ったんですね。藤岡藤巻さんとのぞみちゃんが歌うということは、イコール一般の代表者──誰でも歌えるというコンセプトで理解しました……ああ、上手く言えて良かった(一同笑)。

~中略~

 

宮崎「映画と主題歌の基盤は共通している」

~中略~

質疑:
今までのジブリ作品の主題歌は、もはや世代を越えたスタンダードナンバーとなっていますが、そういった状況をどのようにお考えでしょうか?

久石:
歌というのは、どうしてもメロディーだけではなくて言葉と一緒になって響きますよね。プラスそこに映像が加わることで、頭で理解するよりも(心で)感じてしまう世界がありますよね。それって多分宮崎さんが作られた映像と言葉、メロディーがすごく幸せに今まで上手くいっていたから、皆さんに届いていると僕個人は思っています。

宮崎:
『(となりの)トトロ』の時も「歌を作って子供たちに歌ってもらおう」とイメージアルバムを作る段階でハッキリ方針を立てていたんです。色々な幼稚園で歌ったり、使ってくれているんですけど、なんか作曲家の方には全然お金が入らないようなので(一同笑)、気の毒だな、と少し思っています。

久石:
いえ、大丈夫です(笑)。

(崖の上のポニョ ロマンアルバム より)

 

 

掲載収録されているのは、主題歌発表記者会見であり、インタビューも複数人数です。ここではあえて、「崖の上のポニョ」の音楽に関する、主に久石譲にフォーカスしたインタビュー箇所のみを抜粋しています。予めご了承ください。

 

なお「ジブリの教科書 15 崖の上のポニョ」(2017刊)にも同内容が再収録されています。

 

 

そのなかに本書のために語り下ろし、鈴木敏夫プロデューサーによる映画『崖の上のポニョ』当時を振り返ったインタビュー。主題歌エピソードも必見です。

 

 

Related page:

 

崖の上のポニョ ロマンアルバム

 

Blog. 久石譲 「ハウルの動く城」 インタビュー ロマンアルバムより

Posted on 2014/11/29

2004年公開 スタジオジブリ作品 映画『ハウルの動く城』
監督:宮崎駿 音楽:久石譲

映画公開と同年に発売された「ロマンアルバム」です。インタビュー集イメージスケッチなど、映画をより深く読み解くためのジブリ公式ガイドブックです。最近ではさらに新しい解説も織り交ぜた「ジブリの教科書」シリーズとしても再編集され刊行されています。(※2014.11現在「ハウルの動く城」は未刊行 2016年以降予定)

今回はその原典ともいえる「ロマンアルバム」より、もちろん2004年制作当時の音楽:久石譲の貴重なインタビューです。

 

 

「タイミングより感情の動きを大切にしたサウンドトラック」

宮崎アニメには欠かすことの出来ない作曲家、久石さん。宮崎監督も立ち会ったレコーディングは、かつてない規模で行われたという。外見も内面も大いに揺らぐソフィーのために作られた、あるメロディとは?

 

イメージアルバムは本格的な交響組曲に

-音楽制作に際して、ソフィーたちの町のモデルになっているフランスのアルザス地方に取材旅行に行かれたということですが、現地で何を感じましたか?

久石 「現地の空気感みたいなものが自分で分かったから、直接的な影響はなかったんだけど、『ハウル』の世界観を掴むのには、役に立ちましたね。とてもきれいなことろで、これはちょっと音楽的に奇をてらったことをするのはやめようと。オーソドックスに作ってみようと思いました。」

-そして、まずはイメージアルバムに取りかかるんですよね。

久石 「そうなんだけど、今回は最初からオーケストラの音というひらめきがあったので、いつものようなイメージアルバムではなく、本格的な三管編成のオーケストラで、音楽的にも完成度の高いアルバムを作ろうと考えました。それで、『もののけ姫』でもやったことがあるチェコ・フィルハーモニーとやることにしたんです。」

-なぜ最初からフルオーケストラで作ろうと思ったんですか?

久石 「ここ数年、個人的にもオーケストラとコンサートで回る機会が多くなっているので、頭の中でオーケストラが響きやすくなっているんだと思います。サウンドトラックというのは、シーンの長さやタイミングにどうしてもしばられてしまう、映像のための音楽なんですけど、交響組曲『ハウルの動く城』は、音楽だけで100%イメージできる世界を目指しました。特徴としては、普通サウンドトラックではセリフの邪魔をしてしまうためにあまり使わないブラスを、かなりフィーチャーしています。それぞれの楽器を、テクニカルな面で限界近くまで引き出すことができたので、自分としても満足がいく作品になりました。」

-その分、ピアノがあまり使われていない印象がありました。

久石 「オーケストラ作品に徹したので、なるべくピアノは排除しました。逆に、サウンドトラックは主人公ソフィーの世界に寄り添って、もっと個人的な語り口になるので、そちらではピアノの出番が多くなるだろうと考えていました。」

-交響組曲の制作中は、ヨーロッパを移動していたということですが?

久石 「そう。プラハでチェコ・フィルのレコーディングをして、その後、ロンドンのアビーロードスタジオで、ミックスダウンとマスタリングをやりました。アビーロードを使うのは、10年ぶりくらいなんですけど、かつてアシスタントエンジニアだった青年が、今では世界的なエンジニアに成長していて、交響組曲を世界の第一線の音に仕上げてくれたんです。『ハウル』の交響組曲を巡る旅は、僕にとってかなりエキサイティングな旅になりました。」

 

自分の感覚と映画の接点となったワルツ

-さて、交響組曲の後で、今度はサウンドトラックに入っていくわけですが、その時、宮崎監督からは何か要望が出たんですか?

久石 「いろいろなやり取りをする中で、メインとなるテーマを一曲作って、そのバリエーションを中心にサウンドトラックを構成してほしいという話が出ました。ソフィーが18歳から90歳のおばあちゃんまで、それぞれのシーンで表情が変わっていくので、宮崎さんとしては、同じテーマを流し続けることによって、映画に統一性をもたせようとしたんだと思います。ただ、僕が意図するサウンドトラックというのは、キャラクターではなくシーンに付けるものなので、キャラクター的な説明を音楽に含ませていくのは、なかなか大変でしたね。」

-今おっしゃったメインのテーマが『人生のメリーゴーランド』ですが、あの曲はどうやって出来上がっていったのでしょうか?

久石 「今回は宮崎さんの音楽に対する要求が高くて、いつもより主体的に音楽を物語に参加させようとしているのが伝わってきました。なので、いつもはデモを作ってそれを送るだけなんですけど、今回は3曲スケッチを書いて、実際にジブリで自分でピアノを弾いて、宮崎さんと鈴木さんに聞いてもらいました。」

-それらはどんな曲だったんですか?

久石 「1曲目は、わりと誰が聴いても「いいね」と思えるオーソドックスなテーマでした。2曲目は、自分としては隠し球として用意していったワルツで。これは採用されないだろうと思って演奏したんですけど、途端に宮崎さんと鈴木さんの表情が変わって、すごく気に入ってくれたんです。それが『人生のメリーゴーランド』で、結局3曲目は演奏せずに終わりました。」

-なぜ、ワルツにしてみようと思ったんですか?

久石 「その理由はちょっと難しいんだけど、最近、個人的に音楽への要求度が高くなってきていて、映像に付けるには、自分のやっている音楽は強すぎるんですよ。でも、今自分が最も求めていることをやるのが作曲家としては正しいのだから、その落としどころをどうしようかと考えていて出てきたのが、ワルツだったんです。ワルツなら、自分がやりたい音楽と『ハウル』の映像の接点になってくれると。だから、宮崎さんに気に入ってもらえたのは、すごく嬉しかったです。」

 

デジタル時代を経たネオクラシカル

-サウンドトラックの演奏は、新日本フィルハーモニーで、東京・墨田区のすみだトリフォニーホールでレコーディングが行われたということですが、これはどのようなレコーディングだったんですか?

久石 「フルオーケストラで、ステージの後ろに大きなスクリーンを設置して、『ハウル』の映像を流しながら、僕が指揮を取りました。あれはすごくよかったですよ。日本では、いや世界でも最大級の規模のレコーディングになったと思います。」

-宮崎監督もレコーディングに立ち会われたんですか?

久石 「全ての曲をチェックしてもらいました。いつもだったら、確認のためだけに来て、黙って見ていることが多いんですが、今回は積極的に意見を出していただいて、それがとてもありがたかったです。レコーディングのディレクションを一緒にやっているという感覚が、いつもに比べて断然強かったですね。」

-スクリーンに実際の映像を映し出して、それを見ながら指揮を取ることのメリットは何ですか?

久石 「ふつうはテンポを管理するクリックという音を聴きながら、1/30秒のタイミングまでぴったり合わせて録るのが、サントラなんです。でも今回は、実際に映像を見ながら指揮を取ることで、画面の感情の流れと音楽の感情の流れをより大切にすることができました。キャラクターの感情が表現できていれば、タイミング的にはぴったり合わなくてもかまわないという考え方で、そのほうが『ハウル』という映画にはいいんじゃないかと思ったんです。」

-かなり感覚的な要素が強いレコーディング方法ですね。

久石 「最近、僕はオーケストラの指揮を執る機会が増えて、自分の指揮に自信がついてきたから取れた方法なのかな、と。それに当然ながら、宮崎さんが立ち会ってくれたからこそ出来たことです。演奏するたび、映像とのタイミングが違ってくるので、宮崎さんの判断がいつも以上に重要になってくるんですね。」

-映像もそうなんですけど、音楽もどこかアナログな、いい意味での曖昧さがあるのが、『ハウル』だと思うのですが?

久石 「そうですね。絵のほうもかなりCGを使うようになったし、我々もシンセサイザーとかコンピュータを駆使するようになった。そういう最先端の技術を使うだけ使った上で、アコースティックな、人間的な部分でしか表現できない何かを抽出したのが、今回の作品だと思います。だから、サウンドトラックとしては、オールドスタイルなハリウッドの感じと同じように聞こえるかもしれないけど、前の時代に戻ったわけではないんですよ。今やることが意味のある音楽、デジタル時代を経たネオクラシカルというような方法論の音楽になっていると思います。」

 

ケイマル氏のトランペット

-サントラのレコーディングでは、チェコフィルから一人だけトランペット奏者の方を招いたということですが?

久石 「ええ。交響組曲の中の「ケイブ・オブ・マインド」という曲のソロを吹いてくれたミロスラフ・ケイマルさんという方です。この曲は、サウンドトラックの打ち合わせの時に、試しにある重要なシーンに流してみたら、あまりにもぴたっりハマってしまったのでそのまま使おうということになったんです。でも、サウンドトラックの中に、チェコフィルの演奏を入れるわけにはいかないので、ケイマルさんをこの1曲のために呼ぼうということになりました。」

-他の方ではダメだったんですか?

久石 「ケイマルさんはこの曲を完全に自分のものにして吹いていたし、宮崎さんの心の中にも、ケイマルさんのトランペットの音が染みついていました。この曲を使うなら、ケイマルさん以外に考えられない、と。楽器というものは、他の奏者が演奏すると、全く音の表情が違ってしまうものなのですが、特にトランペットはそれが顕著なんです。」

-交響組曲もサウンドトラックも、完成度が高く、それぞれ違った魅力を持つ作品になったんじゃないでしょうか?

久石 「サウンドトラックは「人生のメリーゴーランド」を、これが同じ曲なのかと思えるくらい、いろいろ変奏しているので、そこを中心に楽しんでいただければ、と。交響組曲は、三管編成のフルオーケストラ作品としてかなり完成度が高いので、ぜひ聴いていただきたい。僕も、いつかコンサートで全曲まとめて演奏してみたいと思っているんです。」

(ハウルの動く城 ロマンアルバム より)

 

 

イメージ交響組曲「ハウルの動く城」から、「ハウルの動く城 サウンドトラック」まで、どちらも壮大なフルオーケストラサウンドを楽しめる作品です。かつ趣の違う作品になっているのは、やはり「人生のメリーゴーランド」。

イメージアルバムでは、「人生のメリーゴーランド」のメロディがないなかで、ひとつの『ハウル』の世界観をつくりあげています。メインテーマ曲「人生のメリーゴーランド」が誕生したのは、この後だからです。

そしてサウンドトラックでは、久石譲インタビューにもあるように、多彩な「人生のメリーゴーランド」のバリエーションを聴くことができます。かつジブリヒロインの象徴として響くピアノの旋律も堪能することができます。

 

 

Related page:

 

ハウルの動く城 ロマンアルバム

 

Blog. 「クラシック プレミアム 23 ~グリーグ / シベリウス~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 20014/11/28

「クラシックプレミアム」第23巻は、グリーグ / シベリウス です。

一般的に北欧の音楽家として語ることの多い、二人の偉大なる作曲家が紹介されています。

 

【収録曲】
グリーグ
ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
ラドゥ・ルプー(ピアノ)
アンドレ・プレヴィン指揮
ロンドン交響楽団
録音/1973年

劇付随音楽 《ペールギュント》 作品23より
第2幕 〈イングリッドの嘆き〉
第3幕 〈オーセの死〉
第4幕 〈朝〉 〈アラビアの踊り〉 〈ソルヴェイグの歌〉
バーバラ・ボニー(ソプラノ)
マリアンヌ・エクレーヴ(メゾ・ソプラノ)
エスタ・オーリン・ヴォーカル・アンサンブル
プロムジカ室内合唱団
ネーメ・ヤルヴィ指揮
エーテポリ交響楽団
録音/1987年

シベリウス
交響詩 《フィンランディア》 作品26
《悲しきワルツ》 作品44の1
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音/1984年

 

 

毎号巻末に収録されている岡田暁雄さんの音楽史、今テーマが「名演とは何か(上)」だったのですが、みんなが思っているクラシック音楽の疑問がわかりやすく語られていました。

少しまとめてご紹介します。

 

「クラシック音楽のハードルの高さの一つは、作品名の抽象性や作曲家の多さと並んで、演奏家名の多さにある気がする。ただでさえ作曲家が多いうえに、「誰々作曲の何々の誰々の演奏はスゴイ!」みたいな話になるから話のややこしさが倍増してしまうのだ。恐らく人々は19世紀くらいまで、「演奏」にはあまり興味がなかった。例えばマーラーは大指揮者としても有名だったが、彼が指揮したオペラ公演のポスターを見ても、興味深いことに彼の名前は出ていない。当時はまだまだクラシックは、どんどん新作が作られる現在進行形の音楽だったのだろう。だから人々の興味はもっぱら「誰が何を作るか」に向けられ、「誰の何を誰がどう演奏するか」などどうでもよかったのだ。」

「事情が変わるのは20世紀に入ってからである。言うまでもなくこれは、あまり新曲が作られなくなり、レパートリーが固定し始めることと関係している。クラシック音楽の古典芸能化である。定期的に同じ作品が頻繁に上演されるから、必然的に人々は有名曲を覚える。だから「今度は何を誰がどう指揮するのだろう?」という関心とともに、コンサートに臨むようになるのだ。」

「演奏家が演奏に特化するようになったことも関係しているはずだ。以前は「演奏しかしない人」など音楽家ではなかった。マーラーやシュトラウスは大指揮者だったけれども、何より彼らはそれ以前に大作曲家であった。ラフマニノフだってそうだ。生前の彼は大ピアニストとして知られていたが、何よりまず作曲家として自分を意識していた。彼らにとって演奏とは、極論すれば、生活の糧を稼ぐための行為にすぎなかった。今も昔も作曲という商売は不安定であり、腕さえあるなら演奏のほうが手っ取り早く金を稼げるのである。しかるに20世紀に入ると徐々に、「演奏しかしない大演奏家」というものの数が増えてくる。「どの曲」ではなく「誰の演奏」に人々の関心が向けられるようになるにつれ、演奏家がスターになり始めた。これが20世紀である。」

「思うにクラシック・ファンの間には、レパートリーの定番名曲についての、暗黙の「この曲、かくあるべし」のイメージがある。別の表現をするなら、「名演」とはクラシック・ファンならたいがい知っている、定番名曲においてのみ成立する概念だという言い方もできるだろう。「あの曲といえばだいたいこういうイメージ」が共有されているからこそ、それを図星で射当てるような演奏が「名演だ」ということになるのである。」

「極論すれば「名演」とは、誰でも知っていて、すでに綺羅星のような演奏がある曲について、「まさにこの曲とはこういうイメージのものだ!」と人々に確信させるような説得力をもって初めて、成立するものなのである。「名演」とは、ひとたびそれを聴いてしまうと、「もうその曲はそれ以外にはありえない」、「それこそまさに作曲者が望んでいたことに違いない」と聴衆に確信させてしまうような魔力を備えた演奏を意味するのである。もちろん「その曲はそれ以外にはありえない」などというのは幻覚錯覚の類ではあろう。「作曲家が本当に望んでいたこと」など、後世の人間にわかるはずがない。だからあくまで名演とは、「嘘か真かは別として、聴衆をしてそう思い込ませてしまうような演奏」以上のものではない、ということにもなる。」

 

 

少し長くなってしまいましたが、なぜクラシック音楽の名盤や名演と言われるものが、ひとつの楽曲に対してでさえも多数に存在し、それがゆえに一つのハードルの高さとなっている点が、わかりやすく紹介されていたので抜粋しました。

あと、19世紀、20世紀、そして21世紀、さらには未来に、クラシック音楽や現代音楽というジャンルはどう位置づけられていくんだろう?作曲家・指揮者・演奏家の関係性やポジションやバランスはどう変化していくんだろう?そんなことをふと思いふけったのもあり。

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第23回は、
絵画に描かれた時間と音楽における空間表現

前号に続いて、時間と空間について、具体的な絵画やクラシック音楽を紹介しながら進みます。ただ、今号のエッセイが執筆されたのは10月頭。つまり10月12日の「久石譲&新日本フィル・ハーモニー管弦楽団」長野公演直前なのです。

それもあってか、夏から秋にかけてのコンサートのことが、ちょっとしたひとり言、いや日記のように記されていました。まさに今の久石譲がわかる本人によるエッセイの醍醐味です。そちらのほうが久石譲ファンとしては興味をそそられる内容でしたので一部抜粋してご紹介します。

 

「このところコンサートが続いている。8月のW.D.O.(ワールド・ドリーム・オーケストラ)の後、9月の初めに京都市交響楽団とチャイコフスキーの交響曲第6番《悲愴》や僕の《シンフォニア》を演奏し、北九州で久しぶりにピアノをたくさん弾いた小さなコンサートを行い、末にはミュージック・フューチャー Vol.1で自作を含め、現代の音楽を指揮しピアノを弾いた。」

「《悲愴》は第4楽章が終わった後、ずいぶん長い間拍手が来なかった。指揮の手を下ろしてもシーンとしていて、困って客席に向かってお辞儀をしたらようやく拍手が来た。拙かったのかなと思ったら逆で関係者の話によると聴衆は浸っていて感動していたのだという。オーケストラのメンバーも満面の笑みで拍手を僕に贈ってくれたのでやっと安心した。ちなみに滞在4日間のうち3日間は同じ和風キュイジーヌの店で食事した。いろいろ試すより最初に行っておいしかったら通い通したほうがいい。時間の節約にもなるし。」

「チャイコフスキーの複雑な感情のうねりにどっぷり浸った京都の後、東京に戻ってからヘンリク・グレツキやニコ・ミューリーの譜面と格闘する日々が続いた。パート練習を含めたくさんのリハーサルをこなした。室内楽が中心で、1管編成約15人(弦はカルテット)が一番大きい編成だった。この編成は面白い。オーケストラと違い1楽器に1人だからそれぞれの音がよく聞こえる上にリズムや音程のズレもよくわかる。オーケストラでももちろんわかるのだが、よりシビアに聞こえるためたくさんの練習が必要になるわけだ。自作も、弦楽四重奏曲第1番《Escher》とマリンバ2台を中心とした《Shaking Anxiety and Dreamy Globe》を初演した。ただ、実際の作曲は2~3年前に書いたもので、それを今回大幅に書き直したわけだが、個人的には新作ではないからこんなに忙しいのにどこかサボったような心底喜べないところもある。作曲家の性か。」

「また昨日は今週末にある長野のコンサートのリハーサルで、ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》と自作の《螺旋》などを新日本フィルハーモニー交響楽団と練習した。が、あいにくの台風で時間が短縮され、《英雄》にあまり時間をかけられなかった。こういうオーケストラにとって定番の曲は通常の落ち着きやすいところに自然に行ってしまうので、自分がやりたい音楽をしようとするには僕自身の技量の問題もあるからたくさんの練習がほしいのだが、現実はなかなか厳しい。台風のように不可抗力もあるし。次のリハーサルでできるところまで頑張ろうと決心するのだが、いずれにせよ作曲がお留守になっていることだけは確かだ。つまりコンサートが多いということは、その間分厚い交響曲のスコアを勉強するわけで明けても暮れても睨めっこし、頭の中でその音を鳴らしているから自作の構想などは全く浮かんで来ない。お仕事っぽいものはまだこなせるが、やはり両立させることは難しい。そんなじりじりした焦りにも似た気持ちの中でこの原稿を書いている、やれやれ。本題(前回のテーマの続き)に戻ろう。」

 

 

ね、面白いですよね!今年の夏から秋にかけての久石譲の活動とそれに照らし合わせるかのような自身の想いあふれるエッセイ。

”北九州で久しぶりにピアノをたくさん弾いた小さなコンサート”って何?!こればかりが気になります。オフィシャルではない、プライベートに近いお仕事でしょうか。にしてもエッセイに載せているのでパブリックな活動と受けとっていいのでしょうか。まあ、そういう大なり小なりいろんな活動があるということですね。

あとは、これだけ単発なコンサート企画が続く大変さ。ツアーではないので演奏プログラムも演奏編成も異なる。その準備の大変さと、作曲活動、創作にあてる時間や頭の切り替え。このあたりはやはり大変なんだなーとしみじみ思ってしまいました。

いろんなクラシック音楽・現代音楽を、いろんな編成で演奏した後、そのアウトプット(演奏会)を活かしての次の創作活動に期待です!

最後に、本題のテーマに関するエッセイにもふれておきます。

 

(視覚には時間がなく聴覚には空間がない、という前号からの)

「オーケストレーションの基本は音の立体的構築であって、本来もっていない空間性をどうそのように感じ取ってもらえるかに多くの作曲家は腐心する。このように本来持っていないものを表現する行為もまた想像(創造)なのである。」

 

クラシックプレミアム 23 グリーグ シベリウス

 

Info. 2014/11/27 久石譲がアルバム発売 アニメ音楽、クラシックに 「作品化」念頭に最新ジブリ映画など

毎日新聞 2014年11月27日 東京夕刊

音楽とメディアとの関係を考えると、新聞などの印刷物は実に分が悪い。何せ音が聞こえない。だが、意外と親和性のあるジャンルがある。クラシック、ジャズ、演歌である。「活字」や「写真」といった古い媒体要素がこのジャンルをじっくり説明するのに力がある、ということだろうか。テレビにはアイドルポップが似合うし、FMラジオにはJポップがなじむ。では、映画には……。

■  ■

“Info. 2014/11/27 久石譲がアルバム発売 アニメ音楽、クラシックに 「作品化」念頭に最新ジブリ映画など” の続きを読む