Posted on 2025/09/06
2025年9月4,5日、久石譲コンサートがアメリカ・クリーヴランドで開催されました。共演オーケストラは世界的オーケストラのひとつクリーヴランド管弦楽団です。 “Info. 2025/09/06 《速報》 「Hisaishi Conducts Hisaishi」久石譲コンサート(クリーヴランド)プログラム” の続きを読む
Posted on 2025/09/06
2025年9月4,5日、久石譲コンサートがアメリカ・クリーヴランドで開催されました。共演オーケストラは世界的オーケストラのひとつクリーヴランド管弦楽団です。 “Info. 2025/09/06 《速報》 「Hisaishi Conducts Hisaishi」久石譲コンサート(クリーヴランド)プログラム” の続きを読む
Posted on 2025/08/24
久石譲 音楽監督と日本センチュリー交響楽団が豪華ソリストと贈る待望の第九公演。
2日間にわたりフェスティバルホールに響く年末の特別なひととき、どうぞお楽しみに!! “Info. 2025/12/26,27 「久石譲×日本センチュリー交響楽団 特別演奏会「第九」」開催決定!!【9/1 update】” の続きを読む
Posted on 2025/08/30
鮮やかな4K映像でIMAX®スクリーンに蘇る! 10月24日より全国のIMAXシアターで「もののけ姫」が上映されます
「もののけ姫」4Kデジタルリマスター IMAX上映決定!! “Info. 2025/10/24 『もののけ姫』4KデジタルリマスターでIMAX上映決定!” の続きを読む
Posted on 2025/08/20
「Summer」短編映像が公開1ヶ月で200万回再生突破!“答え合わせ”が楽しめる縦型ショートコンテンツも配信開始!
誰もが一度は耳にしたことがある、夏の名曲・久石譲「Summer」。
北野武監督作『菊次郎の夏』(1999)のメインテーマとして誕生して以来、数多くのCMや映像作品を彩り、日本の“夏の原風景”として、多くの人々の記憶に刻まれてきた本楽曲が、ついに短編映像として作品化された。公開からわずか1ヶ月で200万回再生を突破する快挙を記録している。 “Info. 2025/08/20 「Summer」短編映像が公開1ヶ月で200万回再生突破!“答え合わせ”が楽しめる縦型ショートコンテンツも配信開始!(PR TIMESより)【8/23 update】” の続きを読む
Posted on 2025/08/15
2025年8月14日、世界最大級のクラシック音楽祭・BBCプロムスに久石譲が初出演しました。毎年夏に開催される約8週間にも及ぶ音楽イベントです。
久石譲がコンポーザー・イン・アソシエーションを務めるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とともに3作品をプログラムしています。日本からもBBC Radio3で視聴することができました。 “Info. 2025/08/15 《速報》 「BBC Proms: Joe Hisaishi and Steve Reich」コンサート(ロンドン)プログラム 【8/22 update】” の続きを読む
Posted on 2025/08/20
2025年11月13,14日、久石譲コンサートがアメリカ・フィラデルフィアで開催されます。共演オーケストラは今年6月に初共演したばかりのフィラデルフィア管弦楽団です。その公演では久石譲作品から「交響曲第2番」「Viola Saga」「Spirited Away Suite」を披露しています。 “Info. 2025/11/13,14 「Joe Hisaishi Returns」久石譲コンサート(フィラデルフィア)開催決定!!” の続きを読む
Posted on 2025/08/14
久石譲がブージー・アンド・ホークスと契約
Boosey & Hawkes は、著名な日本の作曲家であり指揮者である久石譲氏との新しい世界的な出版契約を発表できることを嬉しく思います。 “Info. 2025/08/14 久石譲、ブージー・アンド・ホークスと音楽出版契約” の続きを読む
Posted on 2025/08/08
2025年7月24,25日開催「久石譲&ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 スペシャルツアー 2025 オーケストラ・コンサート」です。久石譲がComposer-in-Associationを務めるロイヤルフィルとの日本公演が実現です。ジブリフィルムコンサート・ツアーファイナルat東京ドーム、ソウル公演を経てツアー最終日まで熱く駆け抜けたこの夏へ。
久石譲&ロイヤルフィルの世界最高水準で溢れる音楽はまさにスペシャルな体験です。オール久石譲プログラムはこの夏VIPなフルコース!たっぷり心ゆくまで世界クラスを堪能!ライブ配信も叶いました。
Joe Hisaishi Royal Philharmonic Orchestra Special Tour 2025
Orchestra Concert at Suntory Hall
[公演期間] 
2025/07/24,25
[公演回数]
2公演
東京・サントリーホール
[編成]
指揮:久石譲
管弦楽:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
ハープ:エマニュエル・セイソン
[曲目]
久石譲:Metaphysica(交響曲第3番)
I. existence
II. where are we going?
III. substance
—-intermission—-
久石譲:Harp Concerto ※日本初演
Movement 1
Movement 2
Movement 3
—-Soloist Encore—-
ドビュッシー:月の光 (7/24)
久石譲:Symphonic Suite The Boy and the Heron for piano and orchestra
交響組曲「君たちはどう生きるか」 ※日本初演
—-Orchestra Encore—-
One Summer’s Day (for Piano and Harp) (7/25)
Merry-go-round (for Piano and Orchestra) (7/24,25)
[参考作品]
まずは会場で配られたプログラム冊子からご紹介します。
皆さん今晩は。
先週の東京ドームに続いてロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)とのオーケストラコンサートを韓国ソウルと東京サントリーホールで行う事ができることを心から嬉しく思っています。今回は自作のミニマル楽曲を中心に聞いていただきます。海外ではこちらの方がジブリフィルムコンサートより多く演奏しています。
RPOでは2024年から僕がコンポーザー・イン・アソシエーションを務めていてアルバム「A Symphonic Celebration」の録音や来月のロンドンでのPROMSでも共演することになっています。僕がとても信頼しているオーケストラです。また今日演奏するHapr Concertoはロサンゼルス・フィルハーモニックなどの共同委嘱作品ですが、これを演奏するエマニュアル・セイソンとまた共演できることを楽しみにしています。それからドイツグラモフォンもライブレコーディングする予定です。
ご来場された皆様に楽しんでもらえると幸いです。
2025年 夏
久石譲
Metaphysica(交響曲 第3番)
Metaphysica(交響曲第3番)は新日本フィル創立50周年を記念して委嘱された作品。新作は2021年4月末から6月にかけて大方のスケッチを終え、8月中旬にはオーケストレーションも終了し完成した。前作の交響曲第2番が2020年4月から2021年4月と1年かかったのに比べると約4ヶ月での完成は楽曲の規模からしても僕自身にとっても異例の速さだった。
楽曲は4管編成(約100名)で全3楽章からなる約35分の長さで、この編成はマーラーの交響曲第1番とほぼ同じであり、それと一緒に演奏することを想定して書いた楽曲でもある。
Metaphysicaはラテン語で形而上学という意味だが、ケンブリッジ大学が出している形而上学の解説を訳すと「存在と知識を理解することについての哲学の一つ」ということになる。要は感覚や経験を超えた論理性を重視するということで、僕の場合は音の運動性のみで構成されている楽曲を目指した。
I. existence は休符を含む16分音符3つ分のリズムが全てを支配し、その上にメロディー的な動きが変容していく。
II. where are we going? は26小節のフレーズが構成要素の全て。それが圧縮されたり伸びたりしながらリズムと共に大きく変奏していく。
III. substance は ド,ソ,レ,ファ,シ♭,ミ♭の6つの音が時間と空間軸の両方に配置され、そこから派生する音のみで構成されている。ちなみにこれはナンバープレースという数字のクイズのようなゲームからヒントを得た。
Harp Concerto
Harp Concertoは、ロサンゼルス・フィルハーモニック(LAフィル)とボルドー国立オペラ、フィルハーモニー・ド・パリ、シンガポール交響楽団の共同委嘱として作曲を依頼された。LAフィルに在籍しているハープ奏者のエマニュエル・セイソンが演奏する前提の依頼である。
2023年の夏にハリウッドボウルで初めてLAフィルと共演して(その時は17500人の会場はSold Outになった)、エマニュエルとも最初のセッションを持った。早く作曲を開始したかったが過密なスケジュールのため翌年の2月から作曲を開始した。2024年5月に来日した彼とほぼ完成した第1楽章を聞きながら修正の方向を確認し7月にハープパートを完成し、9月中旬にオーケストレーションがも終了した。約30分の全3楽章の楽曲になった。
第一楽章はロ短調の分散和音を主体としたAllegroで構成し、一番最後に完成した第2楽章はニ短調6/8+7/8のゆったりしたリズムによる緩徐楽章になり、カデンツァを経て第三楽章のヘ短調Allegroのトッカータでクライマックスに到達する。通常イメージするハープは優雅で優しく穏やな音楽なのだが、このコンチェルトは激しく、荒々しく、躍動的で今までの概念とはだいぶ異なっていると思う。それはエマニュエルの演奏スタイルに感化されたこともあり自分が望んでいたことでもある。
約9ヶ月に及ぶ作曲期間は(もちろん思考していた時間も入れたら1年半以上になる)自分にとってはかなり長い期間である。もちろんその間多くのコンサートがあったため時間を取られたこともあるが、その分、曲を吟味する時間もあったことも事実だ。多くの関係者に感謝するとともに、これから演奏を通して楽曲が育っていくことを心から期待する。
Symphonic Suite The Boy and the Heron for piano and orchestra
Symphonic Suite The Boy and the Heron for piano and orchestraは宮﨑駿氏の2023年に制作された同名映画に書いた音楽をコンサート楽曲として再構成した作品だ。
映画の構成は前半が当時のリアルな現実描写になっていて、後半は少しダークなファンタジーになっている。それを音楽で繋げるために僕のベースであるミニマルミュージック的な手法で全体を構成する方法を採った。ミニマルミュージックは短いフレーズを繰り返しながら変化していく音楽の手法である。そしてこの映画は、宮﨑さんの個人的な内面世界を表現していると思われたので、自分が弾くピアノを音楽の中心に据えてオーケストラも控えめに作曲した。
そのため、劇的効果をねらった音楽的表現を省き、画面で展開されているドラマからも距離をとることで監督の考えがよりクリアに表現できるよう心がけた。その結果、宮﨑監督に喜んでもらえたことは幸いである。
そして2025年4月、ドイツ・グラモフォンからリリースするため、ロンドンのエア・スタジオとアビー・ロード・スタジオでロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と自作のSymphony No.3、そしてこのThe Boy and the Heronを組曲としてレコーディングした。その演奏やレコーディングは素晴らしく我々のチームが機能した成果である!と思っている。
組曲としては映画の進行に即して構成し、より音楽的な表現になるようオーケストレーションにも手を加えた。今までの交響組曲とは違った世界が展開されることを願っている。
久石譲
(「Joe Hisaishi Royal Philharmonic Orchestra Special Tour 2025 Orchestra Concert」パンフレットより)
ここからはレビューになります。
2025年の久石譲&ロイヤルフィルスペシャルツアーは、久石譲スタジオジブリフィルムコンサートを皮切りにソウル公演と本公演へと続いてきました。東京ドーム12万人、ロッテコンサートホール4,000人、サントリーホール4,000人の大反響です。「おそらく海外からやって来たオーケストラの単年での日本動員記録更新となるだろう」(Mikikiコラム)とも言われています。
そしてなんと8月には久石譲×ロイヤルフィル、BBC Proms 2025に登場します。まさに世界中を駆け巡っています。今後もコンサートやレコーディングそして新作委嘱などパートナーシップに注目が集まっています。本公演のパンフレットからも新情報!アルバム発売とライブレコーディングがさらりとアナウンス、さらりどころじゃないうれしさ爆上がりです!
久石譲指揮はオーケストラの対向配置(古典配置/両翼配置)をとっています。ベートーヴェンの時代(古典)もそうでした。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右対称に位置すること(両翼)などが特徴です。本公演では作品ごとにオーケストラの大きさを変えながら最もふさわしいオーケストラ編成でプログラムは進んでいきます。

(対向配置の参考図)
久石譲コンサートといえば国際色豊かで幅広い観客層におなじみのSOLD OUT!この二つはもう名物だから取り立てて言うまでもないかもしれない。僕の座った席も右隣は欧米カップル、左隣はジブリフィルムコンサートに行ってきた若い女性たちでした。余韻冷めやらぬトークが漏れすぎて聴こえてきました。
何回も言ってしまいそうだから、最初に完全に言っておこう。ロイヤルフィル素晴らしい!日本にいながら世界水準の音を聴けるなんて贅沢この上ない。演奏が上手いとか全ての楽器のバランスが素晴らしいとかクオリティが高すぎるとか、そんなことしか言えないのですが、オーケストラからは「そんなの当たり前だよ、これが普通さ」みたいな貫禄のオーラがまたまぶしい。
休符が上手いというか休符の処理が上手い。だから全ての楽器から奏でられる音が邪魔されない埋もれない。響きの良いサントリーホールのなかで、音楽がバタバタバターとかぐちゃぐちゃぐちゃーとか粗く流れていかない。弦楽器・木管・金管・パーカッションとそれぞれが最高プレイな上に他セクションの音もよく聴いてる、そんな最高チームプレイでした。
本公演は究極のオール・ミニマル・コンサートです。
Metaphysica(交響曲 第3番)
日本での2021年初演と2023年再演は弦16型でしたが、本公演では弦14型4管編成でした。ホルン7本は過去一かもしれない(初演時は6本)。
プログラムノートの久石譲の言葉から音楽を感じとるのが一番です。もちろんそれは完成後に書かれたものです。その前に語られたことからもヒントが隠れているかもしれません。また深い一面が見えてきそうです。
「最終的なオーケストレーションの段階です。曲は交響曲第3番(仮)で、全3楽章約35分の作品。第2番と姉妹作ですが、自然をテーマにしたような第2番に比べると内面的で激しく、リズムはより複雑になっています。加えてミニマル的な構造の中にもう一度メロディを取り戻したいとも考えました。編成は後半のマーラーに合わせた4管編成でホルンは1本少ない6本。自分だけ見劣りしたくないというのは作曲家の性ですね。また作曲家は皆そうですが、大編成になると逆に弦の細分化など細部にこだわるようになります。あと50周年は意識しながらも、現況から祝典風ではなく力強さを織り込んだつもりです」
(Info. 2021/08/18 久石譲 現代曲同様のアプローチでクラシックを活性化したい (ぶらあぼ より) より抜粋)
I. existence
カオスな楽章です。冒頭から力強い速いパッセージのモチーフが核となってミニマルなフレーズが幾重にも交錯します。長さを変えたり(圧縮)、ヴァリエーション(変奏)したりで息つく暇がありません。激しいパーカッションも怒涛のように追い立ててきます。かなりの密度です。プログラムノートにもありますが、ミニマル・ミュージックとは短いフレーズを繰り返しながら変化していく音楽の手法です。その上で、久石譲ミニマル・ミュージックを言うなれば、同音型や律動の反復と変化による劇的緊迫とエモーショナルの創出です。
この作品ではアプローチが見事に結実しています。それはミニマル音型ではない、ある種メロディラインのような息の長いフレーズがモチーフとなり変化し発展していることです。インタビューのなかの「ミニマル的な構造の中にもう一度メロディを取り戻したい」という構想は通して貫かれています。各楽章ともにテーマとなっているモチーフは執拗に繰り返され性格もはっきりしていて印象に残りやすい。
II. where are we going?
きびしく美しい楽章です。ゆっくりとした弦楽合奏から始まり久石譲指揮は手で音楽を導いていきます。中間部から楽想はリズミックになり指揮棒を取りシビアに音楽をまとめあげていきます。そして最後のトランペットによる旋律がまた美しい。
これら全てに聴かれるのは同じモチーフからのヴァリエーション(変奏)です。プログラムノートにも「26小節のフレーズが構成要素の全て」とあります。極限に磨かれたモチーフが徐々に膨れあがっていき、満ちたるエネルギーのなかで強固に結晶化しています。荘厳なエモーショナルです。中盤で現れる弦楽四重奏メインのパートも近年の作風にみられる一つです。新しく取り入れる手法が作品群を線でつないでいます。
初演時から最愛でしたが、やはり何度聴いても胸に迫ってくるものがあります。数ある久石譲交響曲・協奏曲のなかで傑作楽章の一つだと思っています。
III. substance
ミニマル・ビッグバンな楽章です。核となるモチーフが絡み合いながら壮大な世界を築いています。「ド,ソ,レ,ファ,シ♭,ミ♭の6つの音」からなるモチーフは強力なフックになっています。ここでもモチーフが「圧縮されたり伸びたりしながらリズムと共に大きく変奏して」いますが最終楽章にふさわしいカタルシスです。
マクロな大編成のなかにミクロな弦の細分化もまたすごい。対向配置を最大限に活かした扇型が前後や左右に波打つような音像は必見必聴です。クライマックスまで複雑と密度を極めた音楽は爆発しています。高次元な存在に震えてきます。
僕はこれまでに2回この作品に立ち会っていますが、あまりの巨大さに受け止めきれていなかったことを知りました。いくつかの楽器が書き加えられているような印象も受けました。間違いなく最高傑作の一つです。「音の運動性」をコンセプトにしていますが、おそらく強いメッセージが込められた作品じゃないかとも改めて強く感じました。
久石譲&ロイヤルフィルの豪華な日本公演で「Metaphysica(交響曲 第3番)」が選ばれたのは本当に良かった。心からそう思いました。海外では2024年にトロント交響楽団、シカゴ交響楽団とプログラムしています。2025年は本公演ロイヤルフィルのほか9月にクリーヴランド管弦楽団とプログラム予定です。世界各地で久石譲交響曲が荒れ狂う。グラモフォンから今後リリースされた時の世界の反応もまた楽しみです。こういう作品はまず局地的に熱狂的に盛り上がるのが一番ふさわしい!楽しみです。
今すぐにでも聴きたくなった人はこちら。

Harp Concerto
2024年ロサンゼルスでの世界初演から、2025年この夏シンガポール初演と韓国初演を巡りいよいよ日本初演です。
プログラム前半の「Metaphysica(交響曲 第3番)」は弦14型4管で「Harp Concerto」は弦12型2管になっていました。ハープとオーケストラにふさわしい規模ということでしょうか。約25人くらいのオーケストラ奏者の変化があります。
さて、何から書いたらいいでしょう。それはもう素晴らしい作品でした。こんなハープ曲聴いたことない驚きと、こんなハープ曲をたっぷり聴けた感動でいっぱいです。聴いた人は好きになる、終わってすぐ話題にしたくなる、十人十色な感想が止まらなくなる。個人的にも、最高だった!の一言で終わりたい。でもご容赦ください。思い巡らせていたら広がっていった個人の彷徨にこれからどうぞお付き合いください。
プログラムノートの久石譲の言葉から音楽を感じとるのが一番です。「通常イメージするハープは優雅で優しく穏やな音楽なのだが、このコンチェルトは激しく、荒々しく、躍動的で今までの概念とはだいぶ異なっている」、本当にそのとおりでした。ハープの固定概念を覆すには十分すぎるほどで、18世紀のヘンデルに始まったハープ協奏曲の歴史において21世紀に新たなマスターピースが加わりました。ただ並べられたわけじゃありません。それは現代の音楽として新境地を切り拓いています。
主役を務めるハーピストがまた素晴らしい。作品のもつ潜在エネルギーを最大限に高めています。エマニュエル・セイソンさんの演奏スタイルは力強くしなやか、幅広い音色と豊かな表現力で魅せてくれます。体づくりがハープを演奏するうえでの音楽づくりにもしっかりなっていると感じたほどです。ハープを奏でる反射神経や敏捷性、そして体の軸や重心の強靭さがしっかりと音として伝わってきました。すごい。
「Harp Concerto」プログラムノートを見て一番の疑問だったのはコンセプトやキーワードがわからないことです。「Metaphysica(交響曲 第3番)」には「形而上学/音の運動性/マーラー」などといった聴く助けになるキーワードもあれば作品タイトルも楽章タイトルもある。そのほか久石譲交響曲や室内楽から協奏曲までを眺めてみても、ここまで隠された作品は「コントラバス協奏曲」くらいしかすぐに思い浮かびません。もちろんコントラバスやハープそれ自体がコンセプトだよと言われればそうなのですが。
はっきり言ってしまうと、久石譲のメッセージが全くわからない作品なんですね。楽章ごとの音楽的な構造が少し書かれいるだけです。唯一読み解こうとすると「2024年/激しく、荒々しく、躍動的/自分が望んでいた」という数少ないピースたちです。これはなぜか。どうしても人は言葉やキーワードも合わせて音楽を聴いたりそこからイメージしていきます。久石譲が最も望んだことはイマジネーションの解放なんじゃないかと思っています。曲名やキーワードや創作イメージまで一切を封じる。何の先入観もなしに音楽だけで提示したかった。聴いてどう感じるか。こんなにイマジネーションをかき立ててくれる音楽はありません。そして素晴らしい出会い方に心から感謝しています。だってそのくらい考えてしまったし、これからも考えつづける音楽になり得たからです。
Movement 1
中央に置かれた黄金色のハープのグリッサンドからオーケストラとの一発の最強音で音楽は始まります。「ロ短調の分散和音を主体とした」モチーフは、流れるように転調を繰り返しながら緩めることなく進んでいきます。
西洋の音階で繰り広げられる楽想は、少し落ちつきをみせる中間部あたりで分散和音のヴァリエーション(変奏)がちょうどヨナ抜きのようなモチーフに変化して聴こえます。日本的なのはもちろん広く民俗的な印象も醸し出しています。そこから先で弦を強くかき鳴らす奏法は、何を強く訴えかけるようで何かに抗うさまのようで。その後に一音一音ゆっくりと奏でられていくスケール(音階)には半音階が含まれています。西洋とは違うものの暗示のよう。そしてまた楽章は分散和音をモチーフとして激しく進んでいきます。
僕はこの作品を、今を生きる現代の作曲家が書くべくして書いた作品だと聴いていくことになります。Mov.1は望むと望まざるにかかわらず歴史の激動に翻弄されるものたち。
Movement 2
心を打つ緩徐楽章です。久石譲の自作品のなかでメロディアスなミニマルというのはそんなに多くはありません。まるで久石譲の映画音楽のときに聴けるそんな楽想でもあります。ヴァイオリンの旋律も心の琴線に触れます。実際に映像にもマッチすると思いますね。
冒頭や中盤以降でも登場する不穏な半音階がとても印象的です。Harp Concertoを聴いてすぐにイメージ飛んだのは「ディープオーシャンII」の音楽でした。深海シリーズの一つで「紅海」をテーマにしたNHKドキュメンタリー番組です。そこはまさに中東に位置しています。思い巡らせながら好奇心で調べていくと、「ディープオーシャンII」の音楽はアラビックスケール(アラビアンスケール/オリエンタルスケール)で書かれているのではと辿り着きました。詳しい深海話は、公式動画紹介も含めて追記したこちら。
中東はイスラエルとパレスチナも位置しています。この作品を聴いて覆われることになった印象はここへとつながります。一方では、全楽章において数あるアラビックスケールの中から取り入れられているのか、残念ながら解き明かせる耳はありませんでした。ただ添えるとすると、西洋の音階とは異なり民族音楽のスケールは種類も多く呼び方もいろいろです。民族や地域を越えることもしばしばで、例えばアラビックスケールの一つはジブシースケールの一つとも同じだけど別々の名前で呼ばれていたりする。民俗的なメロディを辿っていけば日本的な音階とも共通点が出てくる。つまりエスニックと感じる音楽や音階は世界にまたがっている、そんな感じなんでしょうか。Mov.2は憂いです。
「The End of The World」第2楽章の冒頭もまた中東風のチェロのメロディにティンパニが鳴っています。
Kadenza
約2~3分間のカデンツァです。特殊奏法もいっぱいでした。プリペアド・ピアノは、ピアノの弦にゴム・金属・木などを挟んだり乗せたりして独特な音色効果を生んだり何かの音に見立てたりする手法です。このカデンツァでハープはプラスティックのような細い棒で一本の弦を上下にこすったり、弦を手の面で叩いたり、銀紙のようなものを弦に当てた状態で音を鳴らしたりしていました。
ここも色濃くエスニックなパートになっています。銀紙を弦に当てたときのハープの質感は、まるでウード(中東)やシタール(北インド)やリュート(ヨーロッパ)などといった民族楽器らを模しているようにも聴こえてきます。先ほどの「ディープオーシャンII」音楽では撥弦楽器のウード、笛のナーイ、打弦楽器のサントゥールなど、中東・アラビアの民族楽器が取り入れられています。それぞれの楽器や音色は、公式動画紹介も含めて追記したこちら。
tendoさんのレポートにも、韓国の伝統音楽をさす「国楽」にも通じるような民俗的なメロディと感じた、とありました。郷愁を誘う私たち全てに向いている音楽なのかもしれません。このカデンツァは人々の生活、そこに根づいている一人一人の日常がありありと浮かび上がってくるようです。
Movement 3
冒頭からハープとオーケストラの力強いエネルギーです。「トッカータ」技巧を駆使した華麗なパッセージと速いリズムで推進力がすごいです。片手で弦を奏でながら片手でボディーを叩くハープも躍動的です。少しユーモアなフレーズ(それは例えば「久石譲:Encounter」のような)も登場して楽想はカラフルになっていきます。
この楽章でも執拗に繰り出される半音階を含んだモチーフは印象的です。そうして、いろいろな性格をもったモチーフたちとまるでごった煮で飛び交い行き交っています。
ハープは世界最古の楽器の一つとも言われています。歴史の連鎖、人類の性、そして希望。
なぜ今「Harp Concerto」を世界各地で精力的にプログラムしているのか。ハープ奏者のエマニュエル・セイソンさんが演奏する前提となっていて、久石譲の多忙さとLAフィル在籍のエマニュエル・セイソンさんと合わせたスケジュールや公演調整も決して容易ではないはずです。今どうしてもしておきたい作品、今あらゆる世界各地でリアルに聴いてほしい作品、そんな印象すら受けます。
僕はこの「Harp Concerto」をMovement1「激動」Movement2「憂い」Kadenza「生活」Movement3「希望」と聴きました。今だからこう聴こえたのかもしれないし、こう聴かないといけないと思ったところもあるのかもしれない。でも聴けば聴くほど、そこからまたさらに広がって、これは誰にでも突如として起こり得る激動や悲劇であり、誰しも自分ごとの音楽として聴けてしまう、そして何かを見出せる先がある、ものすごい音楽だと感じました。
どう読み解くか、どう聴きとるかはリスナーに委ねられています。一人一人の感想に正解はないけれど、それがいつか新しい真実に近づくかもしれない。自分の感想や感情がその小さな小さなきっかけになるのならそれはもう嬉しいことです。イマジネーションの広がる作品は本当に素晴らしいと思います。
最後に。この作品を聴いて浮かんだのはこの絵でした。

“HOPE” GEORGE FREDERIC WATTS (1886)
Tate Gallery (NO1640)
“もともと「HOPE」は19世紀のイギリスの画家ワッツが描いたものなんだけど、地球に座った目の不自由な天女がすべての弦が切れている堅琴に耳を寄せている。でもよく見ると細く薄い弦が一本だけ残っていて、その天女はその一本の弦で音楽を奏でるために、そしてその音を聞くために耳を近づけている。ほとんど弦に顔をくっつけているそのひたむきな天女は、実は天女ではなく”HOPE”そのものの姿なんだって。”
from 『地上の楽園』CDライナーノーツ
パンフレットの久石譲メッセージにあるとおり、本公演がドイツ・グラモフォンでライブレコーディングされるならば「Hapr Concerto」との再会は約束されました。また会えるとわかってうれしい。一日でも早く聴きたい。
About Harp Concerto
2026.01.20 update
日本再演!
About Harp Concerto episode
出典:The Moments That Move Me with Emmanuel Ceysson | LA Phil
https://www.laphil.com/about/watch-and-listen/the-moments-that-move-me-with-emmanuel-ceysson
どこに置いたらいいかわからなかったからここに。
久石譲はインタビューで「エンターテインメントで試したものや身についたものを、現代音楽やクラシックの作品のなかでより深めていける。両側があるおかげで両方とも上がっていける」という趣旨を語っています。実際に自分は「ディープオーシャン」と「Harp Concerto」でまた強く感じました。だからこそ、久石譲から生み出される全ての音楽はきちんと音源化されて現代に届けられるべきだ、未来に遺されるべきだ、そう強く思います。今回「ディープオーシャンII」の音楽を振り返れる史料(動画)がなかったらと思うと、ぞっとします。僕はHarp Concertoの感動にこれほどまで出会うことはできなかったと。
誰かが、久石譲の音楽をより理解できる誰かが、この先きっと現れます。リスナー、評論家、研究家、音楽家。それでまた久石譲の楽曲は”いい音楽”(長く聴かれる音楽)になっていきますね。どうぞ音楽が手にとれる環境づくりもよろしくお願いします。
久石譲コンサートではプログラムごとに舞台替えが行われることも珍しくありません。「Harp Concerto」のあと短い時間のなかでソリスト用ハープの移動、そして久石譲が弾くピアノが中央に運ばれてきます。しかも今回はいつもと向きが違う。鍵盤が観客席側を向いている。モーツアルトの時代などでもあったピアノ演奏中も指揮者と同じようにオーケストラを正面から見渡せる配置になっています。ピアノと指揮の弾き振りです。
Symphonic Suite The Boy and the Heron for piano and orchestra
交響組曲「君たちはどう生きるか」です。約15分にまとめられた組曲の構成曲はこのようになっていました。
Ask me why(疎開)/青サギのテーマ/ワナ/ワラワラ/火の海/祈りのうた(産屋)/大王の行進/大崩壊/Ask me why
(下線曲は厳密なサントラ曲名ではありません)
“for piano and orchestra”でピアノが一貫して主役になるジブリ交響組曲は初です。「ワラワラ」「大崩壊」の2曲を除いて久石譲はピアノを弾いています。指揮もしています。
「Ask me why(疎開)」やはりこの曲から始まりますよね。映画メインテーマながらメロディはまだ流れない、そのシルエットだけで惹かれる一曲目です。交響組曲となったこの作品はいずれの曲も豊かな音色パレットに広がっています。この曲では弦楽の複雑なハーモニーがより現代的になっていたことも印象的でした。
「青サギのテーマ」四度の二音からなる究極のミニマルです。サントラで聴かれる「青サギI,II,III および 青サギの呪い」から二音の構成をまとめたようなパートになっています。
「ワナ」久石譲は両手でピアノを弾きながら目くばせで合図を送ったり、片手でピアノを弾きながら指揮もしたりとこの曲でもそうです。オーケストラピアノ奏者とも連携している交響組曲です。
「ワラワラ」南国風で幻想的な世界が広がります。ガムランやゴングといった打楽器も楽想を彩っています。金管楽器奏者がマウスピースのみで演奏する人声とも効果音ともとれる不思議なSE効果もアクセントになっています。サウンドトラックにあったサンプリングボイスまでオーケストラで完結しうる構成はさすがです。
「火の海」女声コーラスのパートが久石譲のピアノに置き換わっています。激しく速いパッセージの連続はよりダイナミックに緊張感を増しています。
「祈りのうた(産屋)」静まりかえったなか久石譲のピアノの音だけが鳴る導入部は息をのみます。シンプルな語法で磨かれたこの曲は、冒頭からピアノの音が一音一音ゆっくりと水面にしずくが一滴一滴と落ちていくような神聖さがあります。2015年に初めて聴いたときは、こんな運命を辿る曲になるとは想像もしていませんでした。深いものが宿っています。
「大王の行進」起伏に富んだ交響組曲はここで大きく推進力をもちます。この交響組曲はピアノをメインに据えながらもオーケストラ弦14型2管と決して小さくはない標準タイプを維持しています。サントラよりもテンポアップした感のあるこの曲では、指揮者久石譲とオーケストラが漲っています。
「大崩壊」大叔父のテーマともなっている楽曲です。久石譲の高音と低音を司る重厚なピアノとオーケストラの荘厳な響きが拮抗しています。もっとサントラから「大叔父の思い」なども加えながら大きく大叔父のテーマとして長く聴きたいと思ったほどです。
「Ask me why」光の綾のようなストリングスに美しい反射光を照らす木管金管は至芸です。そしてサントラでは叶わなかったAsk me whyフルバージョンです。コンサートではピアノソロで披露された機会もありました。これまたサントラにはないピアノ&オーケストラの珠玉ピースで完成をみました。つい先日の久石譲スタジオジブリフィルムコンサートでアンコール披露された特別バージョンとおそらく同じか限りなく近いか、かな。
ジブリ交響組曲シリーズのなかで、久石譲ピアノに始まり久石譲ピアノに終わるのは「One Summer’s Day」の『千と千尋の神隠し』、「Bygone Days / il Porco Rosso」の『紅の豚』に続くものです。
tendoさんのソウル公演レポート(下に紹介)にもありましたけれど、別でシンガポール公演時の観客SNSだったかもしれませんが「The Boy and The Heron」のパート譜表紙に「Short ver.」と見つけることができました。Long ver.を聴ける日は訪れるのか?アルバムはどちらのバージョンなのか?またひとつ謎と楽しみができました。
スタジオジブリ×久石譲の一大プロジェクトはジブリフィルムコンサートとジブリ交響組曲シリーズです。今まさに歴史のど真ん中にいます。そして今年ひとつのツアーファイナルとひとつの新交響組曲を迎えた。同じ時代を生きるファンは幸せものです。
ジブリ交響組曲シリーズの歩み
『風の谷のナウシカ』(1997/2015年版)『もののけ姫』(1998/2016/2021年版)『千と千尋の神隠し』(2001/2018年版)『となりのトトロ』(2002・改訂未音源)『ハウルの動く城』(2005)『風立ちぬ』(2014)『かぐや姫の物語』(2014・改訂未音源)『天空の城ラピュタ』(2017)『魔女の宅急便』(2019)『紅の豚』(2022・未音源化)『崖の上のポニョ』(2023・未音源化)『君たちはどう生きるか』(2025・音源化決定)です。
アンコール
One Summer’s Day(for Piano and Harp)
カーテンコールが続くなかエマニュエル・セイソンさんのハープがキャリアに乗ってステージに運ばれてきます。中央にある久石譲のピアノの横に二つの楽器が対話するように並びます。スペシャルギフトです。
この楽曲は「ピアノとデュオのための」と言えるもので、ジブリフィルムコンサートではピアノ&ヴォーカル版、WDO2022ではピアノ&バンドネオン版を聴くことができました。
1コーラス目は久石譲のピアノが主役と言わんばかりに、なんとハープはミュート奏法になっていました。ハープには弦楽器や管楽器のように専用の弱音器はないようです。またピアノの場合はソフトペダルを使って音を小さくまろやかな響きに切り換えることができますが、ハープにはそのような一瞬にして切り換わる便利なペダルはないみたい。おそらく巧みなペダル操作で音を柔らかく小さくしたミュート奏法を実現しているのではないかなあと想像しています。
2コーラス目はハープの豊かな響きが広がっていきます。ピアノ&ヴォーカル版も1コーラス目はスキャット(歌詞のない歌唱法で声を一つの楽器として表現する方法)で2コーラス目は歌詞をもって歌っています。1コーラス目と2コーラス目のハープの立ち位置や寄り添い対話する変化ははっきり演出されたものだろうと思いながら聴いていました。終結部のこぼれるような美しいグリッサンドまでスペシャルギフトです。
2001年7月20日に公開された映画『千と千尋の神隠し』、この年は激動でした。約2ヶ月後に9.11米同時多発テロが起こったからです。2019年新たに作られた「久石譲:One Summer’s Day」ミュージック・ビデオはニューヨーク撮影で、映像にもニューヨークの様々な景色が映っています。
Joe Hisaishi – One Summer’s Day
from Joe Hisaishi Official YouTube
Merry-go-round
わざわざソリスト用ハープをまた舞台袖に移動させての再びアンコールです。わざわざ、ほんとそうでそこまでしてくれてアンコール二曲をやってくれた、そんな気持ちです。
久石譲コンサートのアンコール定番曲にもなっている「Merry-go-round」ですが、本公演はバージョンが違いましたね。多くの久石譲ファンが気づくほど驚いたのは中盤にも久石譲によるピアノメロディがあったからです。ジブリフィルムコンサートで聴けるバージョンとも違います。「交響組曲 君たちはどう生きるか」からの流れでピアノが中央にあったらの大サービス、もちろんそう思っていいくらいうれしい。
2001年の激動で世界は大きな変化へと突き進みます。2004年公開の映画『ハウルの動く城』は戦火を描いています。物語の最後でサリマン先生が「このバカげた戦争を終わらせましょう」と言うセリフも印象的でした。
今回のバージョン、実は「人生のメリーゴーランド ’05」と題して「Joe Hisaishi Symphonic Special 2005」コンサート(WOWOW放送)などで演奏していたものと構成が同じです。つまり久石譲のピアノ登場回数が同じです。
久石譲は近年のコンサートで定番にしている「Merry-go-round」ではなく、あえて当時披露していた2005年バージョンをもってきたことに意味はあるのでしょうか。僕はしっかりとその意味が見出せそうな気がしています。誰もが喜ぶ選曲だよ、純粋にエンターテインメントだよ、もちろんそういう楽しみかたも十分にできますよね。終わってみたら盛大なスタンディングオベーションでした!
「Metaphysica(交響曲第3番)」「Harp Concerto」からアンコールまで、音楽文化を通して現代社会・世界の動きを色濃く滲ませたのではないか、というのは終わってみての個人の感想です。特にシリアスなイメージを押しつけたいものではありません。8月開催「祈りのうた2025」スペシャルツアーまで、何か大きな線で結ばれている気はしています。エンターテインメントの顔をしてある一面も隠し持っている。将来に振り返ったら何かあぶり出てくるものがあるかもしれませんね。
久石譲、その進化の最前線はコンサートにあります。とにかく久石譲&ロイヤルフィルはスペシャルだった。アルバム情報も飛び出し楽しみは尽きない。これからは『A Symphonic Celebration』を聴いても、さらに「Hapr Concerto」が音源化されたときも、あの夏聴いたオーケストラだとぐっと距離も音楽も近づいてひとしお感慨深い。とても素晴らしい経験ができました。
コンサートの雰囲気までたっぷり味わえるのはこちら。
みんなのコンサート・レポート
リハーサル風景





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最後まで読んでいただきありがとうございます。


2025年8月8日 配信リリース
2026年5月29日 CD発売 UMCK-1790(予定)
2026年5月29日 LP発売(予定)
久石譲が作曲家の視点でクラシック曲の新たな魅力を引き出すシリーズ「JOE HISAISHI Future Orchestra Classics vol.7」を収録したライブ盤。
ニューヨークの同時多発テロ(9.11)の発生現場を訪れた際の衝撃がきっかけとなって作曲を始めた「The End of the World」は2015年以来9年ぶりとなる再演を収録。
また、ミニマル・ミュージックの巨匠にして現代最高の作曲家のひとりであるスティーヴ・ライヒの「砂漠の音楽」【※オリジナル編成版(1984年)全曲】は世界初演から40年間、日本での演奏が実現していなかった難曲。今回久石譲の手により日本初演となり、各所から絶賛を浴びた演奏である。
・デジパック仕様
・日本語解説書封入
(メーカー・インフォメーションより)
Joe Hisaishi – The End of the World (Version for Soprano): III. D.e.a.d (Visualizer)
from Deutsche Grammophon YouTube
Joe Hisaishi:The End of the World
久石譲:ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド
久石譲が2007年秋にニューヨークを訪れた時の印象がきっかけとなり、2008年から作曲に着手した組曲《The End of the World》は、2001年同時多発テロ(9.11)による世界秩序と価値観の崩壊が引き起こした「不安と混沌」をテーマにした作品である。もともとは《After 9.11》という仮タイトルが付けられていたが、久石はカントリー歌手スキータ・デイヴィスが1962年にヒットさせたヴォーカル・ナンバー《この世の果てまで The End of the World》にインスパイアされ、組曲全体を《The End of the World》と命名した。2008年に、〈I. Collapse〉〈II. Grace of the St.Paul〉〈III. Beyond the World〉の3楽章からなる組曲として初演された後、この作品は一種のワーク・イン・プログレスとしてさまざまな変遷をたどり、2015年のW.D.O.(ワールド・ドリーム・オーケストラ)公演において、上記3楽章に〈D.e.a.d〉を挟み込んだ4楽章+久石がリコンポーズした《この世の果てまで》の計5楽章(4+1)の組曲として演奏された。本日演奏されるのは、そのW.D.O.2015公演で初演されたヴァージョンである。
I. Collapse
ニューヨークのグラウンド・ゼロの印象を基に書かれた楽章。冒頭、チューブラー・ベルズが打ち鳴らす”警鐘”のリズム動機が、全曲を統一する循環動機もしくは固定楽想(イデー・フィクス)として、その後も繰り返し登場する。先の見えない不安を表現したような第1主題と、より軽快な楽想を持つ第2主題から構成される。
II. Grace of the St. Paul
楽章名は、グラウンド・ゼロに近いセント・ポール教会(9.11発生時、多くの負傷者が担ぎ込まれた)に由来する。冒頭で演奏されるチェロ独奏の痛切な哀歌(エレジー)がオリエンタル風の楽想に発展し、人々の苦しみや祈りを表現していく。このセクションが感情の高まりを見せた後、サキソフォン・ソロが一種のカデンツァのように鳴り響き、ニューヨークの都会を彷彿とさせるジャジーなセクションに移行する。そのセクションで繰り返し聴こえてくる不思議な信号音は、テロ現場やセント・ポール教会に駆けつける緊急車両のサイレンを表現したものである。
III. D.e.a.d
もともとは、2005年に発表された4楽章の管弦楽組曲《DEAD》の第2楽章〈The Abyss~深淵を臨く者は・・・・~〉として作曲された。《DEAD》(”死”と、レ・ミ・ラ・レの音名のダブル・ミーニング)の段階では器楽楽章だったが、本日演奏されるW.D.O.2015ヴァージョンに組み込まれた際、久石のアイディアを基に麻衣が歌詞を書き下ろした声楽パートが新たに加えられた。原曲の楽章名は、ニーチェの哲学書『ツァラトゥストラはかく語りき』の一節「怪物と闘う者は、その過程で自分が怪物にならぬよう注意せねばならない。深淵を臨(のぞ)くと、深淵がこちらを臨き返してくる」に由来する。ソリストが歌う歌詞が、特定の事件(すなわち9.11)や世俗そのものを超越し、ある種の箴言(しんげん)のように響いてくる。
IV. Beyond the World
3楽章版の《The End of the World》が2009年のアルバム『Minima_Rhythm』に収録された際、久石自身の作詞によるラテン語の合唱パートが新たに加えられた。「世界の終わり」の不安と混沌が極限に達し、同時にそれがビッグバンを起こすように「生への意志」に転じていくさまを、11/8拍子の複雑な変拍子と絶えず変化し続ける浮遊感に満ちたハーモニーで表現する。楽章の終わりには、第1楽章に登場したチューブラー・ベルズの”警鐘”のリズム動機が回帰する。
組曲としては、以上の4つの楽章で一区切りとなり、最後に《この世の果てまで》のリコンポーズ版がエピローグ的に演奏される。
Recomposed by Joe Hisaishi:The End of the World
原曲《この世の果てまで》の歌詞の内容は、作詞者シルヴィア・ディー(Sylvia Dee)が14歳で父親と死別した時の悲しみを綴ったものとされている。久石がこのヴォーカル・ナンバーを組曲の終わりに付加した理由のひとつは、この曲のメロディーが持つ美しさを久石が高く評価していたからである。このように、パーソナルな思いを表現した世俗曲や民謡のメロディーを、シンフォニックな大規模作品の中に引用する手法は、久石が敬愛するマーラーの作曲の方法論に通じるものがあると言えるだろう。愛する者を失った悲しみをエモーショナルに歌うソリストと、その嘆きを温かく包み込むコーラスの背後で、チューブラー・ベルズのリズム動機がかすかに聴こえてくるが、その響きは今までの恐ろしい”警鐘”から、祈りの”弔鐘”へと変容を遂げている。最後に、チューブラー・ベルズが”希望の鐘”を静かに暗示しながら、全5楽章の組曲全体が安らかに閉じられる。
楽曲解説:前島秀国
Steve Reich:The Desert Music
スティーヴ・ライヒ:砂漠の音楽
スティーヴ・ライヒが1982年から83年にかけて作曲した《砂漠の音楽》は、アメリカの詩人/医師ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ(1883-1963、以下WCWと表記)の詩をテキストに用いて作曲された、ライヒ最大の編成を持つ作品である。かねてからWCWを敬愛してきたライヒは、詩集『砂漠の音楽 その他の詩』(1954年出版)と『愛への旅』(1955年出版)に収められた詩を選択・抜粋・編集した上で、本作品の歌詞に用いている。
WCWの詩以外に、ライヒは次の3つの「砂漠」から作曲のインスピレーションを得た。まず、旧約聖書の出エジプト記に登場するシナイ半島の砂漠。2つめは、ライヒ自身が何度か往復したことがあるカリフォルニア州ハーヴェの砂漠。そして3つめが、人類初の原爆実験を含む多くの核実験が行われた、ニューメキシコ州アラモゴートの砂漠である。そこでライヒは、WCWがヒロシマとナガサキ以降の時期に書いた3篇の詩を意図的に選択し、詩人の関心とライヒ自身の関心を音楽の中で合致させようと試みた。ライヒは筆者との取材の中で、次のように《砂漠の音楽》を解説している。「私の曲に限りませんが、どんな音楽でも歌詞がある場合には、その言葉に含まれるサウンドと意味を大切に扱わなければいけません。もちろん、歌詞に用いるテキストは自分で選びましたが、歌詞の存在によって、普段の自分だったら絶対にしないような作曲をせざるを得なくなります。《砂漠の音楽》では、WCWの詩が原爆を扱っているので、今までの自分の曲になかった暗さを音楽で表現する必要があったんです」。
今回日本初演される1984年初演版のオーケストラ(4管編成)でとりわけ注目すべきは、ライヒのアンサンブル作品で中心的な役割を果たすマレット楽器が指揮台を囲むように配置され、視覚的にも聴覚的にもリズム(パルス)がこの曲の中心だとライヒが強調していること、そして弦5部が3声のカノンを頻繁に演奏するため、3つの小グループに分割されて配置されているという点である。
全5楽章はABCBAのアーチ構造で構成され、中間のCの第3楽章はそれ自体がABAのアーチ構造を内包している。それぞれの楽章は和音のサイクル(循環)に基づいて作曲され、第1楽章と第5楽章、第2楽章と第4楽章、第3楽章がそれぞれ固有のサイクルを持つ。さらに、第2楽章と第4楽章、第3楽章の両セクション(IIIAとIIIC)は、それぞれ同じ歌詞が用いられている。かくして、切れ目なく演奏される全曲は、第1楽章でパルスのリズムと和音のサイクルを提示し、第3楽章中間のIIIBで折り返し地点に達した後、それまでの往路を復路として帰っていくように逆行し、第5楽章の最後で冒頭のパルス音と和音のサイクルに回帰する。
このような構造に加え、先に紹介したライヒの発言にもあるように、音楽にはテキストの内容が色濃く反映されている。具体的を挙げると、第2楽章と第4楽章の歌詞は、ライヒ自身の音楽とその聴取態度を自己言及的に表現したテキストとして歌われる。合唱が「半分ほど目を閉じてみよう。目で聴くわけではないのだから」と歌うのは、1970年代にライヒの音楽に対して貼られた「睡眠音楽」「トランス音楽」というレッテルに対する反論である。これに対し、半音階を多用した暗い第3楽章では音楽外の問題、すなわち原爆が扱われている。それを端的に表しているのが、第3楽章のIIIAとIIICで歌われる「ようやく願望を実現した以上、人類は願望を変えるか滅びるしかない」という黙示録的な歌詞であり、IIICでヴィオラが演奏するサイレン音すなわち”警報”である。そして、合唱がIIIBで「音楽の基本はテーマの繰り返しだ」と歌い始めると、音楽は”カノン地獄”と呼びたくなるような凄まじい対位法(カウンターポイント)に突入し、やがてカノンは「現状の解決」すなわち「解決すべき現実の諸問題 the facts to be resolved」という言葉を扱い始める。つまり、「繰り返し」を続けるライヒのミニマル・ミュージックと同様、たとえ難しくても、人類は「諸問題」に厭くことなく向き合っていかなければならないという言外の意味がそこに込められている。
なお、最後の第5楽章の歌詞に関して、ライヒはWCWのテキストを編集することで「最も先に光を届ける」人が具体的に誰なのか、敢えて明示を避けている。WCWの原詩ではトルストイ、孔子、ブッダ、リンカーンなどの人物が挙げられているが、原詩の文脈とライヒの作曲意図を踏まえ、歌詞の拙訳では「偉人」と曖昧にしておいた。
楽曲解説:前島秀国
(「JOE HISAISHI FUTURE ORCHESTAR CLASSICS Vol.7」コンサート・パンフレットより)

CD
スティーヴ・ライヒ: 砂漠の音楽
01. I. fast
02. II. moderate
03. IIIA. slow
04. IIIB. moderate
05. IIIC. slow
06. IV. moderate
07 V. fast
久石譲:The End of The World
08. I. Collapse
09. II. Grace of the St. Paul
10. III. D.e.a.d
11. IV. Beyond the World
12. Recomposed by Joe Hisaishi: The End of the World
レコーディングデータ
録音年:2024年7月31日、8月1日
録音場所:東京・サントリーホール
指揮者:久石譲
コンサート・マスター:近藤薫
ソプラノ:エラー・テイラー
合唱:東京混声合唱団
楽団:FUTURE ORCHESTRA CLASSICS
Posted on 2025/03/13
戦後80年の今年、久石譲が挑む特別コンサート “祈りのうた 2025” 開催
久石が2025年4月に音楽監督に就任する日本センチュリー交響楽団との特別コンサート開催決定! “Info. 2025/08/23-27 久石譲×日本センチュリー交響楽団「祈りのうた 2025」スペシャルツアー開催決定!【8/7 update!!】” の続きを読む