Posted on 2018/04/01
2008年Webヨミウリ・オンラインに掲載された内容です。読売新聞朝刊2008年7月30日付に掲載されたものと同内容と思われます。
武道館で宮崎アニメの音楽を一挙演奏 久石譲と鈴木敏夫プロデューサーに聞く
音楽家の久石譲さんが、8月4、5日に東京・九段下の日本武道館で宮崎駿監督作品の音楽を一挙に演奏するコンサートを開く。久石さんとスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーに意気込みを聞いた。
―宮崎アニメの曲だけでコンサートを行うのは今回が初めてだそうですね。
久石:
いつかやりたいと思っていましたが、まとめて演奏すると気持ちに一区切りついてしまうのではという不安がありました。でも、「崖の上のポニョ」(7月公開)でコンピューターを使わず、すべて手描きで表現しようとする宮崎さんの創作意欲を目の当たりにして、「ここで総括してもまだまだ先に進める」と確信が持てました。
―しかも200人のオーケストラと400人の合唱隊という異例の大編成での演奏。
久石:
自分で言い出したことですが、もう大変。合唱は一般から公募しようかとか他にも壮大なアイデアがどんどん広がっているので、世界でも類をみない大規模なものになりそうですね。関係者は僕を放っておかない方がいいと思います(笑)。
―宮崎さんとの付き合いも25年になりますね。
久石:
最初に会ったのは「風の谷のナウシカ」(1984年)の制作時。実はそれまで宮崎さんのことはほとんど知りませんでしたが、当時、阿佐ヶ谷にあった準備室を訪ねたら、いきなり「これが腐海で、これが王蟲で」と舞台やキャラクターの設定を熱心に説明されて面食らった。でも一方で「この情熱はすごい」「すごく純粋な人だ」と感じました。
鈴木:
実は久石さんを選んだのは、「ナウシカ」のプロデューサーだった高畑(勲)さんだったんです。彼の曲は無邪気だから、熱血漢でロマンの人である宮(崎)さんとは息が合うだろうって。宮さんは自分は音楽のことはよくわからないからと言って高畑さんに任せていたんです。
久石:
あの頃は、打ち合わせの相手は主に高畑さんでしたよね。音楽に対する知識が豊富で驚きました。
鈴木:
ところが、作品ごとに音楽家を変えた方がいいという考えの高畑さんは、「天空の城ラピュタ」(1986年)では別の人に依頼しようとした。それでいろんな方向性を模索していたのですが、結局は「久石さんの方がいい」ということになった。
久石:
半ばあきらめかけていたら電話をいただいて、すごく嬉しかったです。泣いちゃいましたよ。
鈴木:
その次の「となりのトトロ」(1988年)で印象的だったのが、サツキとメイがバス停でトトロと出会うシーン。宮さんは当初、あの場面に音楽はいらないと言っていました。でも僕はあった方がいいと思い、宮さんに内緒で高畑さんに相談したんです。そうしたら「久石さんが得意なミニマル・ミュージックの手法でやったらどうか」と提案してくれた。それを久石さんが見事に表現してくれて、大人がトトロの存在を信じることができる場面になりました。そうしたら宮さんも「こっちがいい」って(笑)。
久石:
今の話を聞いていたらあのシーンの曲も演奏したくなってきました。実は今回、巨大なスクリーンを用意しようと思っているので、映像付きでやりたいですね。
鈴木:
そういえば「トトロ」の頃はまだ電子機器が発達していなかったから、スクリーンを観ながら録音していましたよね。
久石:
そうでした。特にメイが小トトロと会う場面では40か所ぐらいきっかけを合わせなければならず苦労しました。でも、音楽と映像を合わせることだけに集中しすぎるのも駄目なんですよ。音楽がストーリーにぴったり寄り添う場合と、曲のうねり、メロディーを活かす場合を分けて考えないと。
―普段はどうやって映画音楽を作っているのですか。
久石:
絵コンテや映像を霧の中を歩くように見つめ、ピンとくるきっかけを探すところから始まります。それが見つかったら、今度はどんな音色が合うのか、メインテーマがいいか別の曲がいいか、いやそんなことを気にしていることがそもそも駄目なんじゃないかとか、とにかく悩み続けます。大切なのは、自分が一番最初の観客だという意識ですね。
鈴木:
しかもそれを時間のない中でやらなければならならない。日本では映像が出来上がってから音楽を付けるのが一般的ですから、大変ですよね。
久石:
今がまさにそう(笑)。映画って作り物でしょう? その虚構性の中で音楽がどんなことを果たせばいいかというのは、僕にとって永遠の課題なんです。特に9.11のように現実が虚構を追い越してしまうことがあると、創作活動はより難しくなります。
―「ポニョ」の進行状況は。
久石:
主人公の宗介は5歳だから、何事にもまっすぐ。音楽は気持ちが揺れる場面の方が入り込む余地があるので、宗介の場合、どう表現したらいいか悩んでいます。でも、今回は宮崎さん、鈴木さんともイメージアルバムを作る段階からやりとりを重ねているので、皆で一緒に作っているという気がすごく強く、気持ちがいい。問題は、ある程度出来上がった曲をいつ宮崎さんに聴いていただくか。
鈴木:
第一印象を忘れない人ですからね。
久石:
いくらデモの曲だと言っても、宮崎さんは最初のイメージから抜け出せなくなるんです。「もののけ姫」では、そのために主題歌を前段階の曲に戻したこともありました。でも、結果的にはそれが良かったから不思議。宮崎さんは自分のことを音楽に詳しくないと言っていますが、あれは嘘ですね。鋭い指摘にはっとさせられることがよくあります。
―コンサートのポスターは宮崎監督の描き下ろしになるそうですね。
鈴木:
マジックでちょこちょこっと描くのかと思っていたら、譜面に向かっている久石さんをちゃんと描きたいって、悪戦苦闘しています。そのくせ、「久石さんってどんな顔だっけ?」と言い出してみたり(笑)。今では机の周りに久石さんの写真を貼りまくっていますよ。
久石:恐れ多いです(笑)。
―どんなプログラムになりそうですか。
久石:
やるからには、「ナウシカ」から「ポニョ」まで全9作品を網羅したものにしたい。久しぶりに昔のスコアを引っ張り出して、すべての作品を観なおしたら、改めて映像のすごさを感じ、音楽で追いつきたいと思いました。おそらく今までの僕のコンサートでやらなかった曲も演奏することになるでしょう。オリジナルの強さを十分に満喫できる機会になると思いますよ。
(ヨミウリ・オンライン連載「ジブリをいっぱい」より 依田謙一)