Info. 2015/10/27 [新聞] 久石譲さん「米の作曲家を見習うべき」日本経済新聞

2015/10/26付 日本経済新聞 夕刊

久石譲さん 米の作曲家を見習うべき

「欧州よりも米国を見習うべきだ」。西洋クラシック音楽の流れをくむ現代の音楽を作曲する上で、米国を重視するようになった。「日本と同様、西洋音楽の長い伝統がない。ガーシュインやバーンスタインら米国の作曲家から学べる」 現代の音楽の演奏会「ミュージック・フューチャー」の第2弾を9月に東京都内で開いた。自作2曲と米国の作曲家の3曲を、

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公式サイト:日本経済新聞 Web

 

Info. 2015/10/27 [CDマガジン] 「クラシック プレミアム 48 ~新ウィーン楽派の音楽~」 久石譲エッセイ連載 発売

2015年10月27日 CDマガジン 「クラシック プレミアム 48 ~新ウィーン楽派の音楽~」(小学館)
隔週火曜日発売 本体1,200円+税

「久石譲の音楽的日乗」エッセイ連載付き。クラシックの名曲とともにお届けするCDマガジン。久石による連載エッセイのほか、音楽評論家や研究者による解説など、クラシック音楽の奥深く魅力的な世界を紹介。

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Blog. 「クラシック プレミアム クラシック プレミアム 47 ~ハイドン~」(CDマガジン) レビュー

Posted on 2015/10/24

クラシックプレミアム第47巻は、ハイドンです。

 

【収録曲】
交響曲 第101番 ニ長調 Hob. I – 101 《時計》
交響曲 第104番 ニ長調 Hob. I – 104 《ロンドン》
フランス・ブリュッヘン指揮
18世紀オーケストラ
録音/1987年(ライヴ)、1990年(ライヴ)

 

 

前号にひきつづき「西洋古典音楽史」にてテーマとなった「即興演奏」。今号ではその後編ということで、こちらもおもしろかったので、一部抜粋してご紹介します。

 

「そもそも楽譜の一部を演奏家の自由(即興)に任せるというのは、実は18世紀までクラシック音楽では当然のように行われていたことなのであって、文句を言うような筋合いのものではないはずなのだ。伝統的な作品で「好きなようにしてよい」箇所には、「ad libitum」という指示が記される。アド・リビトゥム(自由に)、つまり「アドリブ」の語源である。」

「協奏曲のカデンツァの部分は、演奏家にとって最大の即興の腕の見せどころだった。カデンツァとは協奏曲の第1楽章(そして第3楽章)の終わりのほうに置かれる大規模なソロの部分である。技巧的に他のところより格段に難しく長く華やかなので、聴いていてすぐわかるはずだ。ただしカデンツァは単なる演奏者の技巧披露の場所ではない。単に楽譜をそのまま弾いているだけでは退屈するだろうからと、演奏者自身にも創造のファンタジーを広げるために置かれた、白紙のスペース。それがカデンツァである。」

「演奏者の自由に対する作曲家の管理がカデンツァにまで及び始めるのは、ベートーヴェン以後のことだと言っていいだろう。具体的には有名なピアノ協奏曲第5番《皇帝》である。この作品の第1楽章のカデンツァを、ベートーヴェンは自分で書いた。もちろんカデンツァを自分で書くことは、それ以前もあった。しかし例えばモーツァルトが残したカデンツァは、代用可能である。それを使ってもいいし、別の作曲家が書いたものを使っても、あるいは演奏者自身が自由に弾いてもいい。しかし《皇帝》のカデンツァは違う。それは緊密に前後の流れに組み込まれているので、他のもので代用したりできない。しかも思い切り短い。まるで「演奏者が勝手に自分を見せびらかしたりするな」と言わんばかりである。」

「ベートーヴェン以後、19~20世紀を通して、演奏家に対する作曲家の管理は加速度的に厳格になっていく。18世紀までの楽譜は、ある意味で、極めてアバウトなメモのようなものであった。テンポの指定も強弱の指定もあまりない。細かい装飾などが演奏家の即興に任されていたことも、右に書いたとおりである。バッハに至っては楽器指定がないことすらある。どの楽器を使ってもいいということだ。それに引き替え19世紀後半以後の作曲家、例えばワーグナーとかマーラーとかラヴェルの楽譜を見ていると、そのパラノイアじみた細かさに眩暈がしてくる。テンポの細かい伸び縮み、強弱の微妙なニュアンス、音色変化など、すべてが細部に至るまで指示してあるのだ。」

「パラノイアとは誇張ではない。右に挙げた作曲家たちは皆、自分の作品が-とりわけ自分のいないところ、そして自分の死後において-どう演奏されるか、病的なまでに気にしていたのだと思う。逆に言えば、バッハやモーツァルトの楽譜のアバウトさは、それをどこで誰がどう演奏しようが、彼らがあまり気にしていなかった証かもしれない。いずれにせよ、自分の作品の不滅性に対する近代の作曲家たちの執拗はすさまじいものだったのだろう。自分の作品は永遠である、だから自分の死後もそれは意図したとおりに完璧に再現されなくてはならない-古代エジプトのファラオよろしく、一種の不老不死願望を作品に託するのだ。」

「しかし不滅を希求するからこそ、皮肉にも人は実存の不安に襲われる。自分のあずかり知らぬところで演奏家が勝手に自分の作品をいじるのではあるまいか。あそこのあのパッセージの強弱はああではなくて、こうでなくてはならないのに、一体どうすれば何人にも誤解がないよう、あのニュアンスが伝わるだろうか…。こんな不安にさいなまれ始めるのである。」

「この神経症じみた不安は、バッハやモーツァルトの「お好きにどうぞ」と言わんばかりの大らかさと、あまりにも対照的である。きっとバッハやモーツァルトは、自分の作品を永遠に残そうなどと、あまり考えていなかったのだ。また彼らは他者というものを深く信頼し、敬意を払っていたのだろう。だからこそ「お好きにどうぞ」と言えたのだ。永遠の生命を得ようとして逆に他者への不信にかられる。ロマン派以後の作曲家たちの実存の不安は、今ここ限りで霞のように消えてしまう音楽というはかなき芸術の運命を、敢えてそういうものとして受け入れるところに成立する即興の精神と、あまりにも対照的である。」

(「キーワードでたどる西洋音楽史47 即興演奏再考(下)」 岡田暁生 より)

 

 

「久石譲の音楽的日乗」第45回は、
ロマン派の音楽と文学の関係

ここ数号を通して音楽形式の話、ベートーヴェン《運命》を題材にした具体的な話が続いています。今号では古典派で確立されたソナタ形式をはじめとした交響曲から、それを超えるために模索したロマン派への話です。

一部抜粋してご紹介します。

 

「もう一度、ベートーヴェンの交響曲《運命》の話に戻る。頭のジャジャジャ、ジャーン(ソソソ、ミー)はIの和音、次のジャジャジャ、ジャーン(ファファファ、レー)はVの和音で、その後もIやIV、Vを中心に和音は進行する。前に書いた機能和声のI-V-I、I-IV-I、I-IV-V-Iの基本にほぼ沿っている(43号参照)。この機能和声とソナタ形式で古典派の音楽はほぼできているのだが、作曲家は同じところに留まらない。もっと新しい和音進行やソナタ形式以外の構造はないかと考える。」

「それはそうだ。創作家は昨日と同じものを作ってはいけない。だから五里霧中の中で一筋の光明を見いだすために日々苦しんでいるのだが、掘り尽くされた炭坑(油田でもいいが)をもう一度掘って新たな石炭を探すことは新しい場所を見つけて採掘するよりもっと難しい。つまりもうぺんぺん草も生えない場所にいるより、新たな地を探す方が賢明である。」

「これがロマン派の作曲家たちが考えたことである。ソナタ形式は前の世代でやり尽くされた。どう頑張っても彼らを超す事はできない。前号に書いたとおり、ソナタ形式では第1主題と第2主題を作った段階で大方の道筋がつくという事は、誰が作ってもある程度まではいけるわけである。その分、実に大勢の作曲家が同じ道を通ったことになる。自分だけの獣道が多くの足に踏まれて道になり、やがてコンクリートの道路になる。そこには個性(これも実はいろいろ問題があるのだが)はない。」

「新しい道、それは文学だった。詩や物語が持っているストーリー(ドラマ性)に即して音楽を構成することで、ソナタ形式からの脱却を試みた。例えばコーカサスの草原を旅するロシア人と東洋人が出会うというテーマで書かれたボロディンの《中央アジアの草原にて》やアルプスの1日を描いたリヒャルト・シュトラウスの《アルプス交響曲》、シェーンベルクの《浄められた夜》だってデーメルの詩に基いて作曲されている。管弦楽曲の場合はそれを交響詩と呼ぶことが多い。この新しい波を先導していたのがフランツ・リストだった。」

「和音進行も、よりエモーショナルになって、微妙な感情の揺れを表現するようになった。つまり、より複雑になっていくのである。その最たるものがリヒャルト・ワーグナーである。もともと「楽劇」なのだからドラマ性があるのは当たり前だ。あの有名なトリスタン・コードのように、もやは和音の進行は最後まで完結せず次々に転調し続ける。それが不安、絶望などの情緒を表現することに貢献した。その彼が交響曲を書かなかった事は暗示的だ。」

「さて、文学に結びつくことがトレンド(懐かしい言葉)だった時代、一方では相変わらず前の時代の方法に固執する作曲家もいた。ヨハネス・ブラームスである(他にも大勢いた)。彼は純音楽にこだわった。純音楽というのは音だけの結びつき、あるいは運動性だけで構成されている楽曲を指す。ウイスキーに例えればシングルモルトのようなもの。シングルモルトというのは一つの蒸留所で作られたモルトウイスキーの事だ。防風林も作れないほど強い風が吹く(つまり作ってもすぐ飛ばされる)、スコットランドのアイラ島で作られるラフロイグは、潮の香りがそのまま染み付いていて個性的で強くて旨い。対してブレンドウイスキーというのは香りや色や味の優れたものをミックスして作るウイスキーだが、シングルモルトほどの個性はない。」

「ロマン派の音楽はブレンドウイスキーだった。新説! ドラマ性という劇薬を使っているから個性的には見えるが、音自体での結びつきではバロック、古典派よりも希薄になった。しかも調性はどんどん壊れていき、形式ももはや情緒的なものに成り果て、なんでもありの今日の世界や音楽と同じ状況になった。歴史は繰り返される。そのことを危惧したシェーンベルクは、音楽史上類のない新しい秩序としての方法論を発表した。十二音音楽である。」

 

クラシックプレミアム 47 ハイドン

 

Blog. 久石譲 「第11回 醍醐寺音舞台 1998」(コンサート・パンフレットより)

Posted on 2015/10/21

1998年に開催された「第11回 JALステージスペシャル 醍醐寺音舞台」久石譲の総合演出によるコンサートステージ。

 

音舞台とは
音舞台シリーズは、様々な日本文化の発祥となり、また長い歴史のなかで日本人の心の”よりどころ”としてあり続けたお寺、その中でも日本を代表する名刹と言われるお寺に”舞台”を設え、「東洋と西洋の出会い」をテーマにした音楽企画。1989年に「金閣寺」で始まったこのシリーズは、「泉涌寺」「三千院」「清水寺」「平等院」「東寺」「延暦寺」「醍醐寺」「大覚寺」「二条城」「法隆寺」「萬福寺」「薬師寺」「仁和寺」「東福寺」「唐招提寺」「東大寺」「西本願寺」と続き、いずれも日本屈指の名刹を”幻の劇場”にした一夜限りの夢の舞台を実現してきた。音舞台では、この特別な空間でしか実現できないスケール感と本物だけがもつ迫真の力を最大限に見せる舞台作りを目指し、オリジナル且つ斬新で人々の心に強く残るステージをお届けする。

毎年9月頃に、京都・奈良の歴史建造建物である寺院を舞台に、国内・海外の一流アーティストを招いて行われるコンサート。主催は京都仏教会、毎日放送。

公式サイト:音舞台 MBS

 

 

第11回 JALステージスペシャル 醍醐寺音舞台

[公演期間]
1公演(総本山醍醐寺境内 国宝・金堂前仮設ステージ)

[公演回数]
1998/9/5

[編成]
総合演出:久石譲
久石譲アンサンブル
(pf 久石譲/wood wind 金城寛文/marimba 神谷百子/bass 斉藤順)
ディープ・フォレスト
バラネスクカルテット
ニューヨーク・シティ・バレエ選抜メンバー
RIKKI(中野律紀)

[曲目]
山伏 法螺貝
EAST
THE ROBOTS
RYDEEN
MODEL
MKWAJU
794BDH
Kids Return
HANA-BI
Madness
Bolero
塩道長浜節
もののけ姫
EKUE EKUE
SWEET LULLABY
MADAZULU
BOHEMIAN BALLET
DEEP WEATHER
DEEP FOLK SONG
FREEDOM CRY
Asian Dream Song

 

 

「PIANO STORIES ’98 Orchestra Night」コンサート・パンフレットにて特集された音舞台後の久石譲インタビューおよびトピックです。

 

 

聴く人が音楽に入りやすい環境を作る
それが演出の目的だと思っています

うれしいことにパラリンピックでの開、閉会式の演出がとてもうまくいって高い評価をいただいたこともあって、あれ以来、演出を含めた形でのイベント出演のお話が増えています。演出も含めて総合的に関わる仕事というのは、自分の世界をより強烈にアピールできるという意味で、とてもやりがいを感じます。こういうスタンスもいいな、と。

今回の「音舞台」の演出の発想は、特徴ある醍醐寺・金堂の屋根をどう際立たせるか、というところから入りました。いろいろなアイデアのひとつに、途中で雨を降らせるという演出があって大量の水を使いましたが、ある程度の空間以上になるとスペクタクルなダイナミックさは必要だと思います。実際に想像以上にうまくいって、パラリンピックのときと同じくらいのクオリティーを保てたことに、とても満足しています。

ただ、一人の人間のやれる量をはるかに超えてましたね。翌日ピアノを弾くにもかかわらず、寒い中、前日の夜中2時ぐらいまで証明をチェックしたり。これはやっちゃいけないなと反省しました。本当はこう関わるべきなんだろうというのがわかってきたので、今後は演出だけ、ピアノだけというように分けていくと思います。

こうした演出の出発点は、音楽を聴く人たちがより入りやすい環境を作るということです。音楽を聴く環境を作って、総合的に人に訴えることができる。この音楽はこういう環境で聴くのが理想だろうと。そういうところまで自分で演出できることは幸せですね。

(「久石譲 PIANO STORIES ’98 Orchestra Night」 コンサート・パンフレットより)

 

久石譲 音舞台 醍醐寺

 

1989年から始まり今回で11回目を迎えた「音舞台」は、これまでに金閣寺や清水寺、平等院などの京都の名刹を舞台に”東洋と西洋が出会うとき”をテーマにした数々のステージを創り出してきた。今年は山科屈指の名刹、「醍醐の花見」でも有名な醍醐寺で開催され、久石譲がその総合演出を手がけた。国宝の金堂前に設けられた特設ステージでは、万物を生成する5大要素とされる「地」「水」「火」「風」「空」をイメージモチーフとした構成に基づき、それぞれの出演者ごとのステージなど、約20曲の演奏がくりひろげられた。演出には大量の放水や照明が効果的に使われ、会場の雰囲気が高揚したところで出演者全員のセッションによる最高潮のフィナーレを迎えた。

 

久石譲 音舞台 醍醐寺 1

久石譲 音舞台 醍醐寺 2

(同パンフレット内 特集より)

 

久石譲音楽活動の時系列において注目すべきは、この音舞台でバラネスク・カルテットと同じステージに立ったということ。出会いであり初共演となった音舞台を経て、翌年「PIANO STORIES’99 Ensemble Night with Balanescu Quartet」コンサート・ツアーは一緒にアンサンブル・ステージを展開します。

そしてオリジナル・アルバム『Shoot The Violist ~ヴィオリストを撃て~』(2000)へと結実します。つづく初監督作品『カルテット』の音楽演奏もそうです。やはり久石譲のコンサートは、創作活動の源、一期一会です。こういった単発企画からでさえ、CD作品化までつながっていくのですから。

 

音舞台の出演は、ここから13年後の2011年「西本願寺音舞台」に出演しています。

久石譲 西本願寺 音舞台

 

同コンサート・パンフレットは、ほかにもソロアルバム「Nostalgia」や「交響組曲 もののけ姫」のレコーディング日誌など、ボリューム満点の久石譲活動履歴が記録されています。

 

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Info. 2015/10/21 [雑誌] 「ストレンジ・デイズ 2015年12月号」久石譲インタビュー 掲載

10月20日発売の「ストレンジ・デイズ」2015年12月号に
「久石譲プレゼンツ ミュージック・フューチャー Vol.2」が取り上げられました。

STRANGE FIELDS/小沼純一
「コン・テンポラリー・ミュージック:MUSIC FUTURE VOL.2」

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Info. 2015/10/20 [雑誌]「CDジャーナル 2015年11月号」久石譲インタビュー掲載

10月20日発売の「CDジャーナル」2015年11月号
Artists Interviewに久石が登場。
8月にリリースしたソロ・アルバム「ミニマリズム 2」について、
また、直近のコンサート活動や、最新作《コントラバス協奏曲》への
意気込みも語っています。
ぜひご覧ください。

(久石譲オフィシャルサイト より)

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Info. 2015/10/20 [雑誌]「モーストリー・クラシック 2015年 12 月号」久石譲インタビュー掲載

10月20日発売の「モーストリー・クラシック」2015年12月号「STAGE」では、ソロ・アルバム「ミニマリズム 2」のインタビュー記事、「公演Reviews」には、9月に開催した「久石譲 プレゼンツ ミュージック・フューチャー Vol.2」の批評が掲載されています。ぜひご一読ください。

公式サイト:MOSTLY CLASSIC モーストリー・クラシック

(久石譲オフィシャルサイト より)

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Info. 2015/11/13 久石譲・麻衣 合作 栃木市「市歌」発表へ

栃木市は、11月13日の市制5周年記念式典で発表する市歌について、数々の映画やテレビCMなどの楽曲を手掛ける作曲家久石譲さん(64)に作曲を依頼していたことを明らかにした。作詞と歌は、久石さんの長女で歌手の麻衣さん(37)が手掛ける。麻衣さんは式典で市歌の合唱を披露する市内の小学生への指導も行うなど本番に向けた準備を着々と進めている。

久石さんは宮崎駿監督の映画で音楽を手掛けるなど抜群の知名度と実績を誇ることから、曲の制作を依頼した。久石さんと麻衣さんとの合作は自治体の歌では初めてだという。

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Blog. 「久石譲 PIANO STORIES ’98 Orchestra Night」 コンサート・パンフレットより

Posted on 2015/10/17

久石譲の過去のコンサートから「PIANO STORIES ’98 Orchestra Night」です。

1998年はとりわけ多種多彩なコンサートを開催しています。「PIANO STORIES ’98 Best Selection ~Piano Night」ピアノ・ヴァイオリン・チェロによるコンサート、「加藤登紀子日比谷野音コンサート」ゲスト出演にてPiano Nightでのダイジェスト版のような、「JAPAN TELECOM FESTIVAL’98 SUPER SOUND OF JOE HISAISHI」サテライト中継にて、3都市同時演奏、「第11回 JALステージスペシャル 醍醐寺音舞台」総合演出も担当、バラネスクカルテットも出演、「題名のない音楽会」もののけ姫やナウシカなどおなじみの曲をお茶の間に、そして10月から12月にかけて全国9公演にて開催されたのが「PIANO STORIES ’98 Orchestra Night」です。ピアノ主体からはじまり、多彩なスタイルでコンサートを展開し、オーケストラで締めくくる、そんな1998年です。

 

 

PIANO STORIES’98 Orchestra Night

[公演期間]23 PIANO STORIES’98 Orchestra Night
1998/10/15 ~ 1998/12/16

[公演回数]
全国9公演
10/15 仙台・仙台イズミティ21
10/19 東京・東京芸術劇場ホール
10/27 大阪・ザ・シンフォニーホール
10/29 京都・宇治市文化センター
10/31 大阪・貝塚コスモスシアター
11/1 名古屋・愛知県芸術劇場コンサートホール
12/9 岡山・岡山シンフォニーホール
12/15 広島・広島厚生年金会館
12/16 広島・広島厚生年金会館

[編成]
ピアノ:久石譲
仙台フィルハーモニー管弦楽団 (仙台)
東京シティ・フィルハーモニー管弦楽団 (東京)
関西フィルハーモニー管弦楽団 (大阪・京都・名古屋)
広島交響楽団 (岡山・広島)
指揮:曽我大介

[曲目]
【Symphonic Poem “NAUSICAÄ”】
Part I
Part II
Part III
(風の谷~遠い日々~レクイエム~メーヴェ~谷への道~鳥の人)

【Nostalgia】
Nostalgia
Cinema Nostalgia
la pioggia
HANA-BI

【交響組曲 もののけ姫】
アシタカせっ記
TA・TA・RI・GAMI
もののけ姫
アシタカとサン

【WORKS・I】
Sonatine
Tango X.T.C
Madness

—–アンコール—–
Friends
Asian Dream Song

 

 

プログラムを見てもわかるとおり、『WORKS・I』『WORKS II』から名曲たちを網羅したような、そんなベスト選曲的プログラムになっています。実際にこのコンサートツアーでの名演を収録したのが、のちに『WORKS II』としてLive CDになりましたので、、そういうことです。

 

 

【楽曲解説】 PROGRAM

Symphonic Poem “NAUSICAÄ”
アルバム「WORKS・I」で書き下ろされた「交響詩曲ナウシカ」。「風の谷のナウシカ」から14年、音楽はこうして演奏時間約18分の大曲となり、新たなシンフォニックの響きにのって、その構想を大きく開花させる。コンサートでは今ツアーが初演となる。

Nostalgia ~Piano Stories III~ より
今秋リリースされたばかりのニューアルバム「Nostalgia」からの5曲を演奏する。「HANA-BI」がベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したときの記者会見で、イタリア人記者によって「イタリア的な音」を見出されて以来、ずっと大切にしてきた「イタリアの唄心」を存分に「唄う」曲が並ぶ。「HANA-BI」は新アレンジ、他4曲は書き下ろしの新曲で、「la pioggia」は映画「時雨の記」のテーマ曲でもある。新譜の曲をライヴで聴かせる初めての機会となる。

交響組曲 「もののけ姫」 より
宮崎駿監督のもつ空気感のようなものが、スラヴ色の強い東欧の音に相通じるのではないか。それがこのアルバムをチェコ・フィルと録音した最大の理由でもあった。今年7月に「交響組曲」としてまとめられたこのアルバムからの5曲も今コンサートが初演となる。映画冒頭でインパクトあるサウンドを聴かせた「アシタカせっ記」から「TA・TA・RI・GAMI」へ、そして広く愛唱されてもいる「もののけ姫」、「黄泉の世界」、エンディングの「アシタカとサン」まで、シンフォニックに綴るドラマが繰り広げられる。

WORKS・I より
宮崎駿、北野武、大林宣彦各監督との作品を厳選し、「JOE meets 3 DIRECTORS」として新たに書き下ろし、ロンドン・フィルと録音したアルバム「WORKS・I」からの3曲。「Sonatine」は北野監督の同名映画(1993)のメインテーマ、「Tango X.T.C.」は大林監督の『はるか、ノスタルジィ』(1992)より、そして大胆なアレンジを聴かせる「Madness」は宮崎監督『紅の豚』(1992)より。それぞれに、この新アレンジでの演奏は、今回のツアーが初演となる。

(【楽曲解説】 ~コンサート・パンフレットより)

※掲載されていた「Casanova」「黄泉の世界」は、プログラムの都合上演奏されていない

 

久石譲 98 コンサート インタビュー

 

ツアー直前インタビュー
煌くとき Brilliant Time

今回のツアーは2年ぶりのオーケストラ・コンサートとなる。「HANA-BI」(ベネチア国際映画祭金獅子賞)以来の”イタリア的な音へのこだわり”が存分に盛り込まれた、「Nostalgia」(今秋リリースのニューアルバム)からも、もちろん何曲か演奏される。なぜ今イタリアなのか。ソロアルバム「Nostalgia」にカヴァー曲を入れたのはどうしてなのだろうか。

 

日本からイタリアに録音に行くってまれなことですよね

久石:
「Nostalgia」は、イタリアで現地のオーケストラとレコーディングしましたけど、オケには機能性よりも『唄』を望みました。多少荒っぽくても、そこには『唄』があるというアルバムを作りたかった。だからイタリアにしたんです。

この2年間で、ロンドン・フィルと「WORKS・I」を作り、それから「もののけ姫」のシンフォニック・ヴァージョンではチェコ・フィルとやりました。ソロアルバムのカッチリした世界を表現できるのは、技術的にもかなり高いものをもっているロンドン・フィルでなければならなかったし、「もののけ姫」ではスラヴ色の強い、朗々として少し暗く重い、土臭さみたいなものがどうしても欲しかったのです。

そして次に自分のソロアルバムを、と考えたとき、根底に『唄』を表現したいということがありました。それは、去年「HANA-BI」でベネチアへ行って、公式記者会見で外国人記者から「音楽がすごくイタリア的なメロディだ」と指摘されて、「ああ、そうなのかな」と思ったのがきっかけです。確かにベネチアで「HANA-BI」を観たとき、自分でも「この音楽、イタリア的に聴こえるなあ」と思いました。そのあたりですね。イタリア的な『唄』を表現しようと思ったのは。

それと、今回のアルバムでは、イタリアというテーマの中でカヴァーをやってみたいと思って、サン=サーンスのオペラ「サムソンとデリラ」の有名なアリア(アルバムでは「バビロンの丘」)とニノ・ロータの「太陽がいっぱい」を、最もイタリア的な香りのするメロディということで選びました。アレンジという部分も自分の中の大事な要素ですから、人のメロディを借りてきても自分の世界が作れるというところにチャレンジしてみたかったのです。

このようなイタリアで録りたいという発想は、「交響組曲もののけ姫」をスラヴの音でやりたいと思ったのと同じように、すごく大切なことでした。日本で録れば簡単ですし、イギリスのオケならもっとうまい。それは十分わかっているけれど、今度の音楽には何としてもイタリアが必要だったんです。

技術的な面でも現時点で可能な限りの最先端の技術で録るという、徹底的にハードディスク・レコーディングを行いました。ここが大事なところなんだけど、古臭いやりかたでノスタルジックな音を録ったら、本当に古臭くなってしまう。それは僕の欲してる音ではないんですよ。それで、オケがそのレコーディング方式に不慣れだったってこともあって、レコーディングの2日目からは予定外に僕がピアノを弾いて、オケをひっぱるという、同時録音に切り替えざる得なかったんです。でも、そのうちに現場の雰囲気が一変して、オケがピタッとついてくるのがわかりました。そういう意味では柔軟性のある若いオーケストラでよかったですね。

イタリアにはやっぱり、日本のオーケストラにも、またイギリスのオーケストラにもない、独特のおおらかなメロディーの唄い方がありました。結果をみても、これはイタリアに行かなかったら成立しないアルバムだったと、今、改めて思っています。

 

作曲家・久石譲の書いた曲に、ピアニストとして自分がどう追いつくのか。
その繰り返しは決して終わることはない。

作曲、オーケストラアレンジ、レコーディング。連日のスコア書きで、手の疲労が限界に達した頃、ピアノのレコーディングはやってくる。書くことから弾くことへ、その役割は替わっても、過酷なまでの手の酷使は続く。それでも、作曲家として、演奏者である自分に何かを課すかのように、久石さんはピアノに向かう。

 

今回のツアーはオーケストラとの仕事の集大成なんです

久石:
何十人ものオーケストラと一緒に演奏するというのは、自分のピアノとオケとが瞬間、瞬間にどういうふうに格闘するかという、そういう意味での楽しみがあります。しかし一方、技量を試されるという意味では苦しみでもあるわけです。そもそも人前でピアノを弾くということ自体、一般的にとてもしんどいことでしょう。僕自身どこかに、できればやりたくないな、という気持ちがあるんだけれども、でもそれを自分に課すことによって乗り越えられることがあるんです。だから敢えてやっている。避けて通れないから弾いている、というのが正直なところですね。

しかも、弾くときの条件がいつも過酷ですからね。まず作曲で譜面を書き、続いてオーケストラ・スコアをガーッと書くと、手がもうボロボロなんですよ。腱鞘炎寸前になっている。悪いことに、そのころにピアノをレコーディングしなければいけなくなるんです。書くことは、なんとか早め早めにやろうとは思うんですが、どうしてもなぜかそういうタイミングになってしまいますね。もうほとんど体力勝負です。

そんな状況にあって、曲の創りとしては以前に比べ、確実にピアノパートが難しくなってきています。自分でどんどんハードルをあげて、それにチャレンジするというのを、ずっと続けてることになりますね。今回のアルバム「Nostalgia」にしても、ここまで上げなくてもよかったんじゃないかってくらい、ピアノが難しくなっている。演奏テクニック上のハードルは相当高くなってます。

じゃあ久石譲の根底は何なんだと問われたとき、その答えはあくまで作曲家なんです。曲を創るとき、今度の曲ではオケはこうあるべきで、弦はこうあるべきで、自分のピアノもこうあるべきだろうと、そういう視点で創るわけで、演奏する段階になったら、そのハードルの高さに自分がついていかなければならなくなるんです。久石譲というピアニストにあわせて曲は書いていませんから、あくまで作曲家・久石譲が書いた曲に、ピアニストとしての自分がどう追いついていくかという、その繰り返しです。そういう意味で、僕は根本的にあくまで作曲家なんです。

しかし同時に、久石譲という作曲家の曲は自分が弾くのが一番いいと思っていますから、大変だけどピアノに向かう。コンサート前の、あと10分でステージに上がるというときには毎回、”この曲を弾けるのは自分だけなんだ”ということを、自分に言い聞かせていますよ。

今度のコンサートで僕自身が最大の楽しみにしているのは、まだライヴでやってない曲ばかりのプログラムだということです。中には新しいアレンジをした曲もありますが、いずれにしてもまだ、コンサートでオーケストラとやってない。曲を書いて、またはアレンジして、録音して、それをコンサートで聴いてもらう。そこで、はじめて曲が完結すると思っているのですが、今回のツアーでは全国で9回の、いろいろなオケとの共演という形でそれができるのですから、とてもやりがいを感じています。

この2年間にやってきたオーケストラとの仕事の集大成ともいえるこのコンサートを、じっくり聴いていただきたいと思っています。

(久石譲インタビュー 同コンサート・パンフレットより)

 

この公式コンサート・パンフレットは、ほかにも「交響組曲もののけ姫」「Nostalgia ~Piano Stories III」のレコーディング日誌もそれぞれ特集掲載されていました。

 

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Blog. 久石譲 「Nostalgia」 レコーディング日誌 (1998 コンサート・パンフレットより)

Posted on 2015/10/17

久石譲の過去のコンサートから。「PIANO STORIES ’98 Orchestra Night」のコンサート・パンフレットにて特集された、「NOSTALGIA ~PIANO STORIES III~」のレコーディング日誌。

 

 

Making in Italy 「Nostalgia」

インストゥルメンタルでありがなら『唄』を表現できるオーケストラが欲しい。だからこそ、新譜「Nostalgia」のレコーディングにはイタリアの地が選ばれた。おおらかにメロディを唄うオケの魅力を最大限に引き出しながら収録は進んだ。

 

9月7日
成田から16時間、やっとボローニャに到着。出発の前日に、京都・醍醐寺の「音舞台」コンサートから戻ったばかりという強行軍の上に、イタリアでは荷物が行方不明になる不運のおまけつき。

空港から40分ほどで目的地モデナに着く。リハーサルのDATを聴いた久石さんは、「おぉっ!イタリアだぁ!」と大感激。イメージ通りの音だったに違いない。日本人が海外のオーケストラ・レコーディングでイタリアを選ぶのは、おそらく稀なことだろう。

 

9月8日
レコーディング初日。収録するストロキホールはホテルから歩いて5分ほどのところにある。今日は東京の紀尾井ホールで録ったピアノにオケを合わせる形で録音していく。オーケストラはフェラーラという街の名前のついたフェラーラ・オーケストラで、指揮はイタリア人のレナート・セリオ氏。レコーディング・エンジニアにはドイツ人のステファン・フロック氏が加わった。「Nostalgia」と「Cinema Nostalgia」を録って1セッション目を終了。オケもしだいに調子を上げてはいるが、盛り上がりはいまひとつだ。2セッション目は「バビロンの丘」から「il porco rosso」へ。イタリアのエスプリあふれる仕上がりとなった。

 

9月9日
もう少しオーケストラをピアノで動かすという意味で、急きょ久石さんのピアノを同時録音することになる。連日のスコア書きと醍醐寺のコンサートで腕はかなり疲労している。その最悪な状況を知っているだけに心配ではあるが、止むを得ない状況だ。

まず「HANA-BI」から。ピアノがぐいぐいとオケをひっぱり、迫力が増していくのがわかる。次に映画「時雨の記」(今秋公開)のテーマ、「la pioggia」。オケもさらに充実した音を出してきて、雰囲気の高まりが感じられる。ここで午前のセッション終了。

午後から最後のセッションで「旅情」を録る。これは紀尾井ホールで録ってあったピアノに合わせてオケを録る。オケも慣れてきて順調に進行した。その後編集作業へ。

 

9月10日
午前中にイタリア各紙の新聞の取材を受ける。今回のレコーディングを多くの新聞が取り上げており、両手に抱えるほどの掲載記事を見せてもらった。日本での作業に入るため、早くも美しいモデナの街をあとにして帰国。

久石譲 Nostalgia レコーディング 2

(久石譲 PIANO STORIES ’98 Orchestra Night コンサート・パンフレットより)

 

レコーディング方式を、急きょピアノとの同時録音に切り替えた経緯は、同コンサート・パンフレットでのインタビューでも語られている。

Blog. 「久石譲 PIANO STORIES ’98 Orchestra Night」 コンサート・パンフレットより

 

久石譲 Nostalgia レコーディング 1