Posted on 2016/3/6
2014年公開 映画「小さいおうち」
監督:山田洋次 音楽:久石譲 出演:松たか子 他
映画公開にあわせて販売された映画公式パンフレットより久石譲インタビューをご紹介します。
インタビュー
音楽 久石譲
この映画の真の主人公はタキ。
彼女が生き抜いてきた時代や心の中に抱えてきたこと。
タキの”目線”を中心に、音楽全体を構成しました。
-山田洋次監督作品を担当なさるのは、『東京家族』に続いて今回が2度目ですね。
久石:
『東京家族』の時は、初めての山田監督作ということで、こちらも少し緊張していた部分があったと思います。今回は打ち合わせの最初の段階から、とてもスムーズに作曲が進みました。あまりにスムーズなので、逆に心配になったくらいです(笑)。映画音楽全般について(『東京家族』公開後の2013年1月に)山田監督と国立音楽大学で対談させていただいたことも、監督とのコミュニケーションを深めるという点でプラスに働いたのではないかと思います。
-今回の『小さいおうち』は、前回にも増して音楽の曲数が多いと思いました。
久石:
単純に、本編の内容から出てくる違いです。『東京家族』は非常にシリアスな内容の作品でしたので、音楽を少なめにした方がよいという判断がありました。それに対し、『小さいおうち』はラブストーリー的な側面が強い作品ですから、音楽も当然増えてきます。山田監督からも「今回は音楽を多くしたい」という要望をいただきました。それと、「非常に甘みのあるメロディが欲しい」という要望も。
-物語の時代背景に関しては、いかがでしょう?
久石:
特定の時代色を音楽で表現するというよりは、昭和から平成までを生きる、ひとりの女性の”目線”をクリアに出す方が重要だと考えました。物語の中では、女中のタキよりも、小さいおうちの住人の方が活発に行動していますので、普通ならばおうちの住人を中心に音楽を付けたくなります。しかし、この映画の真の主人公は、倍賞千恵子さんと黒木華さんの二人一役で演じられるタキです。彼女が生き抜いてきた激動の時代。彼女が心の中にずっと抱えてきたこと。そのタキの”目線”を中心に、音楽全体を構成すべきだと。
-それが、冒頭の火葬場で流れてくるメインテーマですね。
久石:
本編全体を見てみると、最初はタキの葬儀の場面から始まり、ラストシーンもタキがある重要な役割を果たしています。平成から激動の昭和へ、たとえ物語の時空が自由に飛んだとしても、タキの”目線”だけは変わらない。そのタキの”目線”のテーマ、わかりやすく言えば、タキの”運命のテーマ”です。ただし、そのメインテーマだけだと音楽全体が非常に重くなってしまうので、もう1曲、別のテーマを作曲しました。
-アコーディオンで演奏されるワルツのテーマですね。
久石:
こういう作品にワルツが似合うかどうかはともかく、結果的には、ワルツによって”昭和という時代に対する憧れ”や、”小さいおうちの住人に対する憧れ”を表現できたのでは、と思っています。昭和ロマンに憧れるワルツ、という意味では、松たか子さん演ずる”時子のワルツ”と呼んでよいのかもしれません。その”時子のワルツ”と、メインとなるタキの”運命のテーマ”のデモ2曲を最初に作曲したところ、山田監督から早々にOKをいただきました。
-スコアの中では、ダルシマーのような民俗楽器が使われていたのが印象的でした。
久石:
演奏に際して”色のある”楽器が欲しいと思ったのです。というのは、山田監督の作品では、台詞が非常に重要な役割を果たしているので、台詞が聞き取りやすくなるよう、音楽もできるだけ(オーケストレーションを)厚くしないで書く必要がある。そのため、ダルシマーのような、音色に特色のある楽器を意図的に使っています。
『小さいおうち』の作曲を通じて強く感じたのは、山田監督自身がこれまでの作風から大きく変わろうとなさっているのではないか、ということです。今までの作品は、どちらかというとヒューマンな家族愛をテーマにされることが多かった。ところが今回は、もっと個人的な愛を表現するような方向に、監督が足を踏み出されているのです。ある意味で”色気”を感じさせる。そうすると、作曲する側もどんどん音楽を入れる余地が生まれてくるのです。
(映画「小さいおうち」劇場用パンフレット より)