Posted on 2018/08/23
「文春ジブリ文庫 ジブリの教科書 15 崖の上のポニョ」(2017年11月刊行)から主題歌エピソードをご紹介します。
主題歌発表記者会見の模様はDVDにも収録されていますし、文字化されたものは「崖の上のポニョ ロマンアルバム」そしてこの本にも収載されています。
最初の打ち合わせの時すぐにポニョのメロディが浮かんだというエピソードや、誰が歌うか聞いたとき「……本気?」あまり釈然としていなかったというエピソード、そして記者会見の場で三人の歌声と会場の雰囲気を見たとき、鈴木プロデューサーに「今日初めて理由がわかった」と伝えるエピソード。これらはポニョの主題歌を語るうえで世に出ています。
今回この本から鈴木プロデューサー語り下ろしをご紹介します。そこには空白の期間のことが…。久石譲は本気で最初納得していなかったんですね。レコーディングも途中で帰ってしまうほど!?会見の日も口をきかないほど!?予定調和ではない偶然と軌跡がひとつの映画をつくっている。スタジオジブリ作品らしい迫真エピソードです。19ページに及ぶ鈴木敏夫プロデューサー語る制作秘話のなかから「主題歌大ヒットの陰で…」項です。
汗まみれジブリ史 今だから語れる制作秘話!
きっかけは社員旅行。トトロを上回るキャラを目指して
鈴木敏夫
鞆の浦への社員旅行
保育園を作ろう!
亡き母親との再会と、幻のシーン
主題歌大ヒットの陰で…
宮崎駿には”枯れる”才能がない!?
より
主題歌大ヒットの陰で…
『ポニョ』を語る上で欠かせないのは、やっぱり主題歌。宮さんは最初から「今回は歌がほしい」と言っていたんです。トトロの「さんぽ」のように、後々まで歌い継がれるような主題歌を作りたい──。
そこで、久石譲さんとも早い段階から打ち合わせをしました。じつは久石さん、『崖の上のポニョ』というタイトルを聞いた瞬間、その場でメロディが浮かんでいたそうです。ただ、あんまり簡単に「このメロディはどうですか」と言って否定されるといけないから、そのときは内緒にしていたんですね(笑)。
宮さんがイメージしていたのは、お父さんと子どもがお風呂に入るときに、いっしょに口ずさめるような歌。そこで、作画監督の近藤勝也くんに詞を任せることになりました。というのも、ちょうど彼の娘のふきちゃんが保育園に通っていて、宮さんもすごくかわいがっていたんです。彼ならイメージに合うものが書けるんじゃないかということでお願いしたところ、ぴったりの詞をあげてきてくれました。久石さんのメロディともうまくかみあって、すごくいい楽曲ができました。
問題は誰に歌ってもらうかです。そこで僕が思いついたのが藤巻直哉でした。藤巻さんは博報堂の社員で、ジブリ映画の製作委員会のメンバー。これがまあ本当に働かない男で、いつものらりくらりと遊んで暮らしている。何とかして彼に仕事をさせるというのが、僕の人生の課題にもなっていたんです。
そんなときに、ポニョの歌の話が出てきた。じつは藤巻さんは学生時代に「まりちゃんズ」というバンドをやっていて、ちょうど『ポニョ』を作っているころに、かつての仲間、藤岡孝章さんといっしょに「藤岡藤巻」として音楽活動を再開していた。しかも、彼には娘が二人いて、子煩悩ではある。
そこで、僕は一石二鳥の手を思いつきます。彼に歌わせたら、いい雰囲気が出るかもしれない。そして、主題歌を歌うとなったら、さすがの彼も映画の宣伝に一所懸命にならざるをえない──。
お父さん役は藤岡藤巻にするとして、子ども役はどうするか? そのとき浮かんだのが大橋のぞみちゃんでした。彼女はポニョの声のオーディションに来ていて、残念ながらそちらでは起用されなかったんですが、この歌にはぴったりの雰囲気を持っていた。じゃあ、のんちゃんと藤岡藤巻を組み合わせたらどうなるか?
さっそくスタジオに藤巻さんを呼んで、試しに歌ってみてもらうことにしました。宮さんには内緒でやっていたんですが、気配を感じてハッと後ろを見たら、本人が立っています。しかも、顔が笑っていない。
「鈴木さん、なにやってるんですか」「仮歌で、どんな感じになるか確認しようと思って……」とごまかしたんですけど、「おふざけもいい加減にしてください!」と怒りだしてしまった。ところが、スピーカーから流れてくる藤巻さんの歌声を聴くうちに、「あれ!?」と言って、宮さんの表情が変わっていったんです。
藤巻さんが録音ブースから出てきたときには、宮さんもすっかり上機嫌。「藤巻さん、意外にいいよ。いけるかもしれない」と褒めている。さらに、のんちゃんの歌声と重ねてみたら、これまたいい雰囲気で、宮さんもすっかり気に入りました。
僕としては、宮さんさえ説得できれば何とかなると思っていたんですが、今回はそれではすまなかった。久石さんに「藤巻さんでいこうと思ってるんです」と話したら、その瞬間、顔色が変わっちゃったんです。ただ、僕に対する遠慮もあってか、直接異議を唱えることはありませんでした。
レコーディング本番の日。藤巻さんはいつものとおり、気楽な調子で歌いだします。最初は黙って聴いていた久石さんですが、一番が終わると、ふいに立ち上がり、外に出ていってしまいました。そして、そのまま帰ってこなかったんです。しょうがないから、僕らのほうでそのまま歌入れを続け、レコードは完成することになりました。
その一件から、何となく久石さんとは会いにくくなってしまい、次にお目にかかったのは『ポニョ』の主題歌発表記者会見のときでした。その場で大橋のぞみと藤岡藤巻に生で歌ってもらうという段取りです。久石さんも来てくれるには来てくれたんですけど、僕とはいっさい口をきいてくれない。本気で怒っていたんですね。
弱ったな……と思いつつ、プロデューサーとしては、何とかこの発表を成功させなければいけない。そこで思いついたのが、藤巻さんを緊張させるという作戦です。藤巻さんは誰の前に出ても物怖じしない反面、態度が不遜に見えることがあります。大事なお披露目の場で、それが出たら何もかもおじゃんになってしまいます。
そこで、僕は藤巻さんに「トイレ行った? 舞台で行きたくなったら大変だから、行っておいたほうがいいんじゃない?」と言いました。彼は「そうですね」と言ってトイレに行く。帰ってきてしばらくすると、もう一回同じことを言う。それを三回ぐらい繰り返しているうちに、彼が珍しくあがってくるのが分かりました。こうなればしめたものです。
実際、舞台にあがると、態度がいつもと違っていました。真剣に歌ったんです。それがみんなの心を打った。誰より一番心を打たれたのが久石さんでした。会見が終わったあと、久石さんは僕を呼び止めて言いました。「鈴木さんがあの二人を選んだ理由、今日初めて分かりましたよ」。そう言ってもらったときは本当にうれしかったし、これで歌も映画もうまくいくと安心しました。
ところが、この歌、当初はさっぱり売れなかったんです。発売元のヤマハさんの希望もあって、映画公開の半年以上前にリリースしたんですけど、僕は「その時期じゃ、ぜったいに売れない」と言いました。過去の数字を見ても、CDが売れ始めるのは、判で押したように映画公開の直前だったからです。
実際、初回プレス三万枚にうち、六月までに売れたのはわずか三千枚。途中でヤマハの担当者が「宣伝しましょう」と言ってきたんですが、僕はあえてそれを止めました。僕が考えていたのは、公開直前になったら、過去に例がないほどの圧倒的な量の広告を打つという作戦です。
広告の露出量を測る指数にGRP(グロス・レイティング・ポイント)というものがあります。音楽でその最高値はどれぐらいなんだろうと思って調べてもらったところ、だいたい二千GRPぐらいだった。それを一万GRPまで持っていったらどうなるか? ちょっと実験してみたい気持ちもあったんです。
実際に宣伝を開始すると、その効果たるや、すさまじいものがありました。それまで半年で三千枚しか売れなかったのが、毎日一万枚のペースで売れていく。結果、シングルは五十万枚まで伸びました。もうCDは売れないと言われていた時代ですから、立派な数字です。さらにすごかったのがネット配信でした。当時は携帯電話の「着うた」というのが流行っていたんですが、そこで飛ぶように売れて、最終的にダウンロード数は四百九十五万まで伸びました。
それでも、映画のヒットを心配する関係者は大勢いました。「歌が売れるのはいいことだけど、それはあくまで子ども向け。大人にはどうやってアピールするんだ?」。そんな意見もありました。ただ、僕としては、歌がヒットすれば映画もうまくいくと考えていたんです。予告編も歌を中心に作り、とにかく歌で押していきました。やがて、街中や会社、至るところで、♪ポーニョ、ポニョ、ポニョという歌が聞こえてくるようになり、ヒットを確信しました。
七月末に公開直後から、『ポニョ』はものすごい観客動員数を叩きだしました。じつは僕の中では、本当の勝負はお盆からだったんです。その前の二週間ほどは、いわば有料試写会。そこで見た人が評判を広めてくれて、徐々にヒットしていく──そんな見込みを立てていました。ところが蓋を開けてみるとおそろしいほどの初速で、八月までの数字でいうと、『千と千尋の神隠し』に勝るとも劣らない勢いでした。
(文春ジブリ文庫 ジブリの教科書 15 崖の上のポニョ より)
【目次】
ナビゲーター・吉本ばなな この世の映画ではなかった
Part1
映画『崖の上のポニョ』誕生
スタジオジブリ物語 人間が手で描いた驚きに満ちた『崖の上のポニョ』
鈴木敏夫 きっかけは社員旅行。トトロを上回るキャラを目指して
宮崎駿 監督企画意図「海辺の小さな町」
Part2
『崖の上のポニョ』の制作現場
[監督] 宮崎駿 『崖の上のポニョ』のすべてを語る
ポニョの世界を創る。 1.宮崎駿イメージボード 2.吉田昇美術ボード
[色彩設計] 保田道世 彩度と彩度がせめぎあう、スレスレのところを狙いました
[美術監督] 吉田昇 とにかく観ていて楽しくなるような作品にしたかった
[作画監督] 近藤勝也 作画スタッフが作り上げた果実に上薬を塗ることが僕の仕事です
『崖の上のポニョ』主題歌発表記者会見 宮崎駿×久石譲×大橋のぞみと藤岡藤巻
出演者コメント
山口智子/長嶋一茂/天海祐希/所ジョージ/奈良柚莉愛/土井洋輝/柊瑠美/矢野顕子/吉行和子/奈良岡朋子
ポニョを読み解く8つの鍵
Part3
作品の背景を読み解く
viewpoint 横尾忠則 技術とかテーマだけでこの作品を評価するなんてモッタイナイ!
リリー・フランキー こたえあわせ
小澤俊夫 昔話から見た『崖の上のポニョ』
のん 私、ポニョなのかもしれません!
窪寺恒己 「海洋生物オタク」が見たポニョとダイオウイカ
伊藤理佐 緊張、そして
宮崎駿×市川海老蔵 ポニョから学んだ歌舞伎の神髄
出典一覧
宮崎駿プロフィール
映画クレジット
なお、本書巻末出典一覧にあるとおり、『崖の上のポニョ』主題歌発表記者会見 宮崎駿×久石譲×大橋のぞみと藤岡藤巻 項は、「ロマンアルバム 崖の上のポニョ」(2008年・徳間書店)に収載されたものと同内容です。