Blog. 映画『おくりびと』(2008) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/4/28

2008年公開 映画「おくりびと」
監督:滝田洋二郎 音楽:久石譲
出演:本木雅弘、広末涼子、山崎努 他

第81回アカデミー賞外国語映画賞や第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞など数々の賞を受賞した作品です。

久石譲の音楽においても、第32回日本アカデミー賞優秀音楽賞にノミネートされたのですが、最優秀賞は逃しました。実は、この年久石譲はふたつの作品でノミネートされていて、最優秀音楽賞に輝いたのは、もうひとつの作品『崖の上のポニョ』だったのです。なんとも贅沢な出来事といいますか、改めて久石譲が日本映画界、日本映画音楽の巨匠たるゆえんを垣間見た瞬間でした。

この作品の音楽は、映画の相乗効果もあり、国内のみならず、海外でも高い評価を受けて広く知られています。実際に久石譲オリジナルアルバムにも複数収録されていますし、海外公演が行われる時にはプログラムとして選曲される機会も多いです。

 

ここでは、映画「おくりびと」公開当時、映画館などで販売された公式パンフレットより、久石譲のインタビューを中心にご紹介します。

 

 

インタビュー

音楽・久石譲

チェロはこの作品のもうひとるの主役。
まずチェロありきで音づくりをしました。

-滝田監督とは『壬生義士伝』(02)以来のコンビですね。

久石:
『壬生義士伝』は幕末が舞台のスケールの大きな話でしたが、今回は「人生の旅立ちをおくる」という誰にも訪れるテーマです。最初に脚本を一読して泣きました。登場人物がとても丁寧に描かれている。「これをどうやって監督は料理するのだろう」と考えたらワクワクして、即座にお受けしました。滝田作品の特徴のひとつは非常に緻密につくられていること。ストーリーの流れに沿って、登場人物の気持ちがきっちり描かれています。それも過不足なく捉えられているので、毎回「すごいなあ」と感心しています。それから画面づくりの素晴らしさ。いろんなカットが巧みに挿入され、中には「こんな斬新なアプローチもあるのか」と思うものもあり、映画音楽を担当する者にとっては、楽しい仕事です。

 

-今回の仕事は運命的な出会いだったとか…?

久石:
ええ、僕は毎年コンサートツアーをやっていて、今年はチェロを主軸において展開しようと企画していた矢先に『おくりびと』のオファーをいただきました。主人公がチェリストであり、楽団の解散によって音楽の道をあきらめるという設定から、チェロが重要な役割を占めています。そこでチェロのアンサンブルだけで映画音楽を構成しようと考えました。ピアノや他の楽器も少しは入りますが、あくまでチェロに焦点を当て、全編を流してみよう、20曲以上のメロディーすべてをチェロで演奏しようと試みたわけです。でも、やり始めたら結構難しくて苦労しました(苦笑)。とはいえ、映画自体が良くなければ音楽的なチャレンジはできません。そうした試みができたことを監督に感謝しています。

 

-チェロという楽器が与える効果は大きいわけですね。

久石:
そうですね。チェロは人間の肉声に近く、低い音から高い音まで、広い音域が奏でられる素晴らしい楽器です。ヴァイオリンなら普通に出せる高い音域をチェロが弾くと悲鳴のように聴こえるんです。音に力が込められ、独特のニュアンスが生まれてくる。そうした特性が、この映画の雰囲気にぴったりマッチしたのです。生きている世界の向こう側には死後の世界があり、あの世は人間の感情に決して左右されることがない。また、大悟が納棺師として生きていこうとする心の揺れも大切な見どころです。それらをゆったりしたテンポでハイポジションの音を必死に出しているチェロの演奏によって伝えられたと思います。本木さんは、本当に一生懸命練習されていました。通常、役者さんが楽器を演奏するシーンでは、顔のアップ、手のアップを撮り、最後は遠く離れた場所から撮影して、弾いている姿をはっきりと観えないように撮るんですが、本木さんは実際に本人が弾いているのではないかと思わせるほど上達されました。撮影後も練習を続けているそうで、そのうち僕のコンサートにゲスト・チェリストとして参加するかもしれません(笑)。

 

では、最後の質問。ご自分が死んだら、どのようにおくられたいですか?

久石:
愛用のグランドピアノを棺に入れて欲しいですね。あ、だけど大きくて棺に入らないなぁ。じゃあ、ピアノの方に僕を入れてください(笑)

(映画「おくりびと」劇場用パンフレット より)

 

 

チェロ奏者の芸術(アート)と納棺師の技術(アート)を結びつけた久石譲の技法(アート)

文・前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

本編冒頭、雪に覆われた庄内平野の旧家で、大悟と佐々木が納棺に臨むシーン。たった今、息を引き取ったとしか思えない美しい遺体に、粛々と、だが手際よく、ふたりが経かたびらを着せていくと、その背後からチェロ12本とハープによる美しいアンサンブルが聴こえてくる(『おくりびと』オリジナル・サウンドトラック盤 トラック[02] NOHKAN)。音楽はあくまでも静謐な響きに包まれているが、決して悲壮感を漂わせることはない。つまり、これは世間一般が想像するような”葬送音楽”ではないのである。そこに聴かれるのは宗教的な祈りにも似た”浄化”の感情であり、死者の旅立ちを厳かに祝福する”希望”の音楽のようにも思える。

このアンサンブル曲だけで、すでに久石譲は『おくりびと』という作品のエッセンスを音楽で見事に表現し切ったというべきだろう。だが、久石のスコアはそれだけにとどまらない。作曲家(アーティスト)としての久石は”単に美しい曲を書く作曲家”からさらに先に進み、ドラマの内実に見合った音楽設計に基づきながら、本作のスコアを作り上げているのだ。

別項のインタビューでも語られているように、久石がチェロ・アンサンブルに本作のスコアを演奏させているのは、主人公・大悟のキャラクター設定、すなわちリストラに遭ったチェロ奏者という設定を踏まえたものである。先の納棺のシーンに続いて登場する、ベートーヴェンの交響曲第9番~第4楽章(いわゆる《歓喜の歌》)の演奏シーンで、我々観客は実際に大悟がチェロを演奏するのを目にすることができる(蛇足だが、有名な《歓喜の歌》のメロディを《第九》の中で最初に演奏するのは、実はチェロ・パートである)。つまり、チェロは大悟という人物そのもの、いわば彼のアイデンティティを象徴している楽器なのだ。そこから、スコア全体をチェロ・アンサンブルで鳴らす必然性が導き出されてくる。

しかし、久石はそこから一歩踏み込み、チェロ・アンサンブルのスコアを通じて『おくりびと』という作品の内奥の真実に迫っていく。大悟がチェロ奏者という職業を断念し、納棺師という仕事を選んだことは、果たして本当に”挫折”なのか? いや、そうではないのではないか?

到着が5分遅れただけで怒りを露わにする喪主を前に、大悟と佐々木が喪主の妻の納棺の儀を進める本編中盤のシーン。そこで久石は、それまで抑えていた感情を一気にほとばしらせるように、チェロ・アンサンブルに切々たる”歌”を滔々と歌わせているのだ(オリジナル・サウンドトラック盤 トラック[10] beautiful dead I)。故人が愛用していた口紅を用いて佐々木が死化粧を完成させた瞬間、泣き崩れる故人の娘。その姿に重なって流れる、どこまでも昇りつめていくようなチェロ・アンサンブルの”涙の歌”。チェロ演奏の素晴らしい芸術(アート)が人の心を打つように、納棺師の素晴らしい技術(アート)もまた、人の心を動かす。久石の音楽は、実はこのふたつの”アート”が等しく高貴で美しいものである、という真実を、我々観客に訴えかけているのである。つまり、チェロ奏者の芸術(アート)も、納棺師の技術(アート)も、”死者を甦らせる”という点において、本質的には全く変わらない。このシーンで流れる大悟のナレーション「冷たくなった人間を甦らせ、永遠の美を授ける。それは冷静であり、正確であり、そして何より優しい愛情に満ちている」を思い出してみて欲しい。「冷たくなった人間」を「楽譜」に置き換えてみれば、このナレーションが演奏芸術の本質を見事に突いた言葉でもあることに気づくはずだ。「冷静であり、正確であり、そして何より優しい愛情に満ちている」久石のチェロ・アンサンブルの音楽が、そのことを何よりも雄弁に物語っている。

『おくりびと』のスコアにおいて、久石譲はチェロ奏者の芸術(アート)と納棺師の技術(アート)を同列で結びつけることに成功した。作曲家(アーティスト)としての技法(アート)を十全に開花させた、これは紛れもなく久石の代表作のひとつになるはずである。

(映画「おくりびと」劇場用パンフレット より)

 

 

プロダクションノート

久石譲の運命的音楽の挑戦

本作の音楽は、今や国内のみならず世界にその名を知られる名匠・久石譲。滝田監督とは『壬生義士伝』(02)でもコンビを組んで多大な成果を収めている彼は、今回も脚本を一読して即オファーを快諾。その内容の素晴らしさはもちろんのこと、ちょうど彼は2008年のコンサートツアーをチェロ主軸でいこうと決めて動き始めていた矢先に、チェリストを主人公に据えた映画の音楽依頼があったことに運命的なものを感じたのだ。

当然、本作の音楽もチェロを主体としたもので、久石の声かけのもと日本を代表するチェリストが集結。劇伴では、若きチェリストの代表格・古川展生をはじめ苅田雅治、諸岡由美子、海野幹雄、木越洋、渡部玄一、高橋よしの、羽川慎介、久保公人、村井將、大藤桂子、鈴木龍一、堀内茂雄ら13名の奏でる美しいチェロの音色が映画に華を添えている。レコーディング日には、彼らが所属する各オーケストラのトップチェリストが不在となるため、その日、国内でまともなクラシック・コンサートを開催するのは不可能! と断言できるほど豪華メンバーの顔合わせとなった。

チェロは弦楽器の中でも、下はコントラバスから上はヴァイオリンまでと最も音域が広く、いわば万能楽器。しかもチェロでヴァイオリンの音域を奏でることで、また違った情感が深まるのだ。ここにまたひとつ、久石譲のあらたな名曲が誕生した。

さらに劇中、大悟が所属していたオーケストラの演奏シーンで指揮を執っているのは、東京交響楽団正指揮者であり山形交響楽団常任指揮者でもある飯森範親。本木のチェロ指導には、チェリストとして幅広く活躍する柏木広樹が就くなど、華やかな音楽人の参加も、特筆すべき楽しみのひとつだ。

 

[memo]
チェロは女性のボディを模して作られた楽器らしい。だからチェロを抱くことがご遺体を抱くということと物理的にリンクするんです。またチェロの音色は、弦楽器の中で一番人間の肉声に近い音域だそうで、人の心に共鳴しやすい。

(本木雅弘 インタビュー談より)

(映画「おくりびと」劇場用パンフレット より)

 

おくりびと パンフレット

 

Blog. ラジオ J-WAVE「ANA WORLD AIR CURRENT」(2005) 葉加瀬太郎×久石譲 出演内容

Posted on 2016/4/25

ラジオ J-WAVE 「ANA WORLD AIR CURRENT」

ヴァイオリニスト葉加瀬太郎さんがパーソナリティを務める同番組。2005年久石譲が出演した回での対談内容および楽曲オンエアリストです。

 

 

London 2005/02/26

トラブルを抱えてそれをクリアしていくっていうのは、人生そのものだと思う。

ラーメン屋の光景が出る度に、25歳の時の気持ちを思い出します。(久石)
海外で見るラーメン屋の威力ってすごいですよね(笑)。(葉加瀬)

葉加瀬:
久石さんが初めて海外を訪れたのはいつですか?

久石:
25歳の時にロンドンでした。

葉加瀬:
25歳でロンドンに向かうというのはどういう理由だったんですか?

久石:
たまたまある会社でレコードで20数枚の“映画音楽集”を作るという事で、1枚あたり何の曲を選ぶかっていうのを手伝った事があったのね。それが全部ロンドンレコーディングだったんですよ。それで「せっかくだから連いて行っちゃおう」って見に行ったのが最初でした。

葉加瀬:
なるほど。

久石:
後に「スーパーマン2」の音楽をやったケン・ソーンとかいろんな人たちがアレンジをしていました。だから1ヶ月半くらい、毎日彼らの世界レベルのアレンジ譜を見ていたんです。

葉加瀬:
スコアを現場でそのまま手にしてね。

久石:
そう、「ここの音が違う」とか言っている訳じゃないですか。あれはとても貴重だった。ブラスのかけ方なんかも、ほとんどフルオーケストラの編成ですから。リズムの入ったフルオケなんですけど。弦の密集でワーッとメロディにいったり、ブラスが入った時の弦の配置だとかが「なるほどな」って。あれはとてもいい勉強になったな。

葉加瀬:
初めて憬れのロンドンに行った時というのは、街の雰囲気などはどう映りました?

久石:
最初に歩いたのはケンジントンだったんですよ。「おー」って思って、きょろきょろと3回くらいしたらすぐ目の前にラーメン屋があって、いきなり入っちゃいました(笑)。「わー、懐かしい」って。「まだ4日だろ!」みたいなね。

葉加瀬:
分かる、気持ちが! 海外で見たときのラーメン屋の威力はすごいですよね。

久石:
そのラーメン屋は、その後自分のソロアルバムを録りに行ったりしてもずーっとあったんですよ。今度行ったらあるかどうか分からないけど、見る度に25歳の時にここを歩きながら、「ロンドンだ、世界だ」って思った事を思い出します。だから“世界だ”って思うとロンドンの街が真っ先に思い浮かぶんです。

葉加瀬:
初めてのっていうのは、やっぱりそれほど大きな印象になりますものね。

久石:
そのラーメン屋の光景が出る度に、何度もソロアルバムを録りに行っても25歳の時の気持ちを思い出します。だからロンドンに行ったら必ずそこを1人で歩くんですよ。

葉加瀬:
でもそれがテムズ川とかビックベンじゃなくて、ラーメン屋っていうのがいいですね(笑)。本当にリアルを感じるな。

 

イギリスって見事なくらい階級社会なんです。(久石)

葉加瀬:
海外にお住まいになったことはあるんですか?

久石:
今から11~2年くらい前かな。ロンドンに2年くらいいました。

葉加瀬:
それは拠点を移されるという気持ちですか?

久石:
その時はどうだったでしょうね。半々くらいか、出来たら移りたいなと思っていたんですね。ただ年間10数回東京と往復してました。

葉加瀬:
お住まいになられていたのはどの辺りですか?

久石:
最初はアビーロードのすぐ側。で、その次がケンジントンの方でした。こんな事言ったらまずいのかもしれないけど、日本のミュージシャンって皆勘違いしてロンドンに住むんですよ。第2の天地を求めてアパート借りたりするんですよね。僕もすぐ勘違いしたんだけど…。

葉加瀬:
はい。

久石:
向こうで家を借りたら、3日後にキング・クリムゾンのドラマーが傘を持ちながら「ハロー」って来た。次のレコーディングでオファーを出してたんですけど、すぐに来ちゃうんですよ。それで自分のデモテープとかを渡すんですよ。そうすると自分がすごく有名になったような気がするんです。あそこを見ていると、きっかけさえあったらチャートに入れることも出来るだろうし、いろんなことが出来そうな気がする。で、皆“ロンドンをベースに世界に羽ばたく”と思って行くの。

葉加瀬:
うん。

久石:
ところがこれは大きな間違い。イギリスって見事なくらい階級社会なんです。そうすると、例えば“ミック・ジャガーのツアーをやりました”。3ヶ月とか半年のツアーをやったギターの人はン千万円くらい入るんですよ。それで大きな家も建てて、ビックネームになったんだけど、普通はビックネームって上に突出したら裾野の仕事もあるじゃない。ところが無いんですよ、それだけなの。ここが一番問題なんです。

葉加瀬:
なるほど。

久石:
日本だとミック・ジャガークラスの人のツアーをやるという事は、裾野に一流人としていっぱい仕事があるわけじゃない。そうすると当然食べていける状況になるはず。ところが向こうでは棒グラフのように、“ミック・ジャガーのはやれた、でも後はない”んですよ。この現状に気付くのに住んで1、2年かかるんです(笑)。

葉加瀬:
はははは(笑)。

久石:
それで何となく日本に戻ってくるという、そういうケースが圧倒的に多くて。僕は幸か不幸か最初にそれが分かっちゃったんで、そういう欲望は抱かないことにした。でもとにかく日本にいる時より徹底的に集中出来るんですね。それからミュージシャン達の視野が広い。ロンドンのミュージシャンの人たちも、全く譜面を読めないけどすごい仕事をする人、耳で覚えちゃう人から譜面バッチリの人からいっぱいいますね。

葉加瀬:
はい。

久石:
そういう中で動いてるという事が、僕はとても気持ちよかったんで、その後もずっとロンドンでレコーディングをやってるという感じですね。

葉加瀬:
その2年間は楽しかったですか?

久石:
ロンドンにいる間はレコーディングしないで、暇だった(笑)。だって何にもないから公園散歩したり、そういうことばっかり。マネージャーが向こうにいるわけじゃないからね。東京からFAX来るのを見て、「嫌だ」とか言ってるだけで(笑)、自分の時間はたっぷり持てました。

葉加瀬:
はい。

久石:
それはすごい良かったんだと思う。きっと物を作る人たちっていうのは孤独でなきゃいけないと思うんですよ。皆嫌いですよね、孤独なんて。嫌いなんだけど1人になっている時間の中でのた打ち回ってないと、たぶんダメなんだろうなって思います。

葉加瀬:
その通りだと思います。

 

オーケストラってダンプカーだから、急には曲がれない。(久石)

葉加瀬:
昨年はカンヌで指揮をしたとか?

久石:
それはね、バスター・キートンというチャップリンと並んでトーキー映画(無声映画)の有名な映画人がいるんだけど、彼の作品をあるフランスの会社が買ったんです。キートンの『ザ・ジェネラル』、日本では『キートン将軍』って題なんですけど、その音楽を書いたんですよ。それで去年のカンヌ映画祭で“上映しながら生のオーケストラでやってくれ”っていうのがあったんですよ。

葉加瀬:
スクリーンの前でオーケストラ! かっこいいなぁ。

久石:
コートダジュール・カンヌオーケストラという、ちょっと小ぶりのオーケストラがあって、フランスではすごく有名なんです。そのオケでなんと僕は指揮をしちゃったんですよ。これが大変なの! 自分で言うのも何だけど、絶対に生で演奏できないんですよ(笑)。簡単に言っちゃうと、ピストルとか大砲のシーンがありますよね。それもフレーム単位で、30分の1秒まで合わせて「ドーン」とか、そういったきっかけが異常にあるわけよ。

葉加瀬:
全部入れたんですか?

久石:
入れた。75分くらいの映画で全編音楽なんですよ。それを22曲に分けたんだけども、1曲の中で予備カウントもなくテンポがガンガン変わってくわけ。で、ちょっとトリッキーに譜面を作っちゃったの。「生でやれるわけないだろ」って所まで書いちゃって。そうしたら、それを自らやらなくちゃいけなくなって、もう真っ青。しかもオケの指揮なんてたまに振った事しかない自分が、フランス人のオーケストラを相手に!

葉加瀬:
格好いい!

久石:
東京でレコーディングしている時でも1曲でヒーヒー言って録った曲を、ぶっ通しで75分をスクリーンを見ながらやるんですよ。

葉加瀬:
当然、テンポを維持する為のクリック音も一緒に走っているという事ですか?

久石:
例のカンヌのメインの会場でやるわけですから、装置が良いのが無いんですよ。

葉加瀬:
なるほど。状況としては良くないですね。

久石:
一応僕がクリックを聞く、そしてバイオリンのそれぞれのセクションだとか木管などのトップの人もイヤホンをつけるということでやったんですよ。ところが、リハーサルが始まると1人抜け2人抜けで、皆が外してるんですよ。

葉加瀬:
オケの人にありがちな(笑)。

久石:
オケの中で合わなくなるから。やっぱりオケってダンプカーだから、急には曲がれないじゃない。そうすると音楽的にならないからと皆が外しだして、2日目にはコンサートマスターも外しちゃったんです。気付いたら僕1人なんですよ! 打点がいくら明確に振ったって、インテンポで始まったものって微妙にずれ出したら軌道修正効かないじゃない?

葉加瀬:
そうですね。気がついたら1拍2拍ですものね。

久石:
それで次のきっかけが来るでしょ。これで生演奏だったんですよ。頭の中は大変で「1小節半遅れた」「走った」とか、「どこかでその分かせがなきゃ、後3ページいったら崖がある」みたいなね。でも結果は、奇跡的にね…。

葉加瀬:
“奇跡的”って(笑)。

久石:
はっきり言ってあの成功は奇跡的でしたね。ところが今の話題で問題になってるのは音楽的な話でしょ。ところがここに“フランス人”っていうフィルターが入るわけよ。

葉加瀬:
はははは!

久石:
このバイアスがすごいんですよ(笑)。「OK」って言ってるけど「どこがOKだ」って言いたくなるくらい、きっちりしてないんですよ。全部話が食い違ってるし。その状況が全てに覆い被さるから「Oh, My God!」みたいな。本番まで1回もまともに通ってないんですから。

葉加瀬:
はー。

久石:
でもオケの人は素晴らしかった。日本人よりも几帳面。僕なんか「疲れたからもう止めます」なんて言ってると「ダメだ。時間が無いからもう1回」なんて言ってくれるくらい本気なんですよ。まあ、貴重な経験になりました。

葉加瀬:
なるほどね。

 

スペインはあまりにも文化が違って、曲が書けなくなった。(久石)

葉加瀬:
2002年にスペインへ行ったのは、お仕事ですか?

久石:
これはね、トマティートというギタリストにとても惚れ込んだんですよ。

葉加瀬:
トマティート! 素晴らしいですよね。

久石:
「どうしてもこの人とアルバムを作りたい」って叫んでたら、彼がちょうど日本に来ている時に会ったんですよ。それで意気投合して、僕はスペインに会いに行ったんです。そしてギターとピアノのためのコンチェルトを書く予定だったの。タイトルまで全部決めて、頭の中ではがっちり音楽構造も出来てた。ところが、そこで“フラメンコ”というものに出会っちゃったんですよ。彼はフラメンコギタリストだからね。

葉加瀬:
そうですね。

久石:
フラメンコギタリストっていうのは、まず譜面が読めない。一応僕も少しはフラメンコを知らなきゃいけないと思って、マドリードとかアンダルシア地方を周ったんだけど、調べいくうちに「ヤバイ」と思いました。何でかと言うと、あまりにもカルチャーが違うから。「これはダメだ」と思ったのが、「リズムの中にフラメンコというリズムがある」んじゃないんですよ。彼らは「リズム」のことを「フラメンコ」って言うんですよ。

葉加瀬:
はい。

久石:
僕が例えば向こうの図書館とかフラメンコ博物館だとかいろんな所へ行って、「フラメンコのギターのリズムの種類は何パターンあるか、書いてある本を見せてくれ」って言うわけ。すると「そんなものは無い」と。「無い」って言われてもねぇ…。僕は頭で考えちゃうから、「タンタンタタ」ってフラメンコ特有のリズムがいくつかあるじゃない?

葉加瀬:
「“タンタンタタ”ってやっていればフラメンコになるのかな」って思いますよね。

久石:
それをもうちょっと踏み込んで考えても、「そんな物は無い。フラメンコを知りたかったら、ここではワインを飲んでハモンを食べて、この光を浴びなさい」って皆言うんですよ。「いや、俺そんな暇ないから」って言うんだけどね(笑)。

葉加瀬:
はははは。

久石:
どこへ行ってもそれを言われちゃって。でも「俺はクラッシックの現代音楽を学ぶようなつもりでフラメンコというリズム構造を頭に入れようとしている。だけど、そんなものではフラメンコは分からないし、トマティートとやってもベーシックな部分の共通項は絶対に見つからない」と思っちゃったんです。その瞬間から、パツンとシャッターが下りて書けなくなっちゃった。

葉加瀬:
はー…。

久石:
たぶんアンダルシア地方とか行かないで、ミシェル・カミロとやったデュオCDなどを聞いて「あっ、この人とやりたい」って、自分のフィールドで作曲してたら出来てたんですよ。ところが踏み込んじゃった。

葉加瀬:
フラメンコのイメージだけを切り取ったらいけない、と思ったんですね。

久石:
あの時は学んだな。男と女もそうだけど、踏み込みすぎちゃダメだよね。適度に知らない方が上手くいくよね(笑)。

葉加瀬:
いや、本当に納得します。全然ジョークに聞こえない(笑)。でもそこで踏み込んでも久石さんだったら書けたと思うんですけど、「書いちゃいけない」と思ったんでしょうね。

久石:
うん。まだ自分がやる時期じゃなかったんだと思う。今でもその企画は持ってるし、やらなきゃいけないと思っているんだけど、それをやるためにはピアノ弾きとしてどうしてもクリアしないといけないものがあと3つくらいあるんですよ。これって“が熟してくるといろんな事がスパッとはまって出来る”っていうのあるじゃない?

葉加瀬:
はい。

久石:
あの時にある種の挫折も味わったけれども、やろうとした時の思いはあれから2年経っているけど全然消えてないんですよ。という事は、色褪せてないからあれは必ずいつかやるな。そういうことのほうが大切ですね。

葉加瀬:
そうですね。

 

音楽家人生を賭けたアルバムを出す時期が、必ず来る。(久石)
明るいメロディのほうがよっぽど救われるさ!(葉加瀬)

葉加瀬:
最新アルバムのお話を伺いたいと思いますが、リリースされたのは先月ですね。『Freedom-Piano Stories 4』。今回はどういった感じですか?

久石:
「心の自由を求めて」という事で、自分の心の垣根を取り払いたいと思って作りました。僕自身もそうなんだけど、「とても生きづらいな」って最近思う。ちょっと閉塞的な社会状況の中で、皆が苦しい。その時に、実は「生きづらいという思いを作っている一番大きな要因は自分の中にあるよね」っていうことに気付いた。でも「もうちょっとやるだけやってみようよ」とか、「そんなにネガティブに捉えないで、毎日楽しいことを考えることも必要なんじゃないか」というような気持ちがあって、『Freedom』って付けたんです。

葉加瀬:
なるほど。

久石:
アルバムで言うと『ハウルの動く城』のメインテーマだったり、テレビで流れているコマーシャルだったり。そういう耳馴染みの曲をちゃんと1曲にしてあるので、とにかく聴きやすいです。

葉加瀬:
僕も聴かせていただきました。“あのメロディーも久石だったのか”というコピーがついていますが、まさしくそうでした! 「これもそうだったの!?」の連続ですね。

久石:
世の中がこういう状況の時、物を作る人間ってどうしても重い発言をしたくなるんですよ。だけどね、結局「言うべきじゃないんだ」って気がしたんです。

葉加瀬:
僕は生意気ながらすごい賛成するな。それより明るいメロディのほうがよっぽど救われるさ!

久石:
そうなの。ここまで現実が暗い時に、覆い被せるような物は「聴きたくないよ、そんな言葉」って。何年後になるかわからないけど、自分たちの音楽家人生を賭けたようなアルバムを出さなきゃいけない時期が必ず来るのよ。だけどこの時期はやるべきではないと思います。むしろ皆が重いんだから、せめてこのアルバムを聞いている間は気持ちが救われて欲しい。それが今、僕ら音楽家として一番大事なことかなと思っちゃう。

葉加瀬:
なるほど。では久石さんにとっての「旅」とは?

久石:
音楽を作っている行為自体が「旅」みたいなものじゃないですか。だから実際の旅ってあまり好きじゃなかったんですよ。ところがこの数年で分かったんだけど、旅に行くっていうのは、“自分のホームが良い事を確認しに行く”ようなものですよね。

葉加瀬:
そうかもしれませんね。

久石:
旅に行くと、いろいろと思い通りに行かなかったり、物を失くしたり盗られたりとか、「一流ホテルだ」って言われてるのに2階がうるさかったとかさ。

葉加瀬:
お湯が熱すぎるとか、お湯にならないとか(笑)。

久石:
「こんな“わらじ”みたいなステーキ食えないぞ」とか、トラブルが絶えずあるでしょ。いろんなトラブルを抱えてそれをクリアしていくっていうのは、人生そのものだと思うんですね。行って帰ってくると、一個ずつ視野が広がってるっていうか、変わるでしょ? だから今年は出来るだけ旅したいと思います。

葉加瀬:
そうしたら、またすごい作品がいっぱい出来ちゃうんでしょうね。待ってます! どうもありがとうございました。

久石:
こちらこそ。

 

ON AIR LIST
海の見える街 / 久石譲
ORIENTAL WIND / 久石譲
もののけ姫 / 米良美一
WILD STALLIONS / 葉加瀬太郎
EN CASA DEL HERRERO / TOMATITO
人生のメリーゴーランド / 久石譲

久石譲 葉加瀬太郎 2

久石譲 葉加瀬太郎 1

出典元:J-WAVE:ANA WORLD AIR CURRENT アーカイブ

 

Blog. 映画『小さいおうち』(2014) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/3/6

2014年公開 映画「小さいおうち」
監督:山田洋次 音楽:久石譲 出演:松たか子 他

 

映画公開にあわせて販売された映画公式パンフレットより久石譲インタビューをご紹介します。

 

 

インタビュー
音楽 久石譲

この映画の真の主人公はタキ。
彼女が生き抜いてきた時代や心の中に抱えてきたこと。
タキの”目線”を中心に、音楽全体を構成しました。

-山田洋次監督作品を担当なさるのは、『東京家族』に続いて今回が2度目ですね。

久石:
『東京家族』の時は、初めての山田監督作ということで、こちらも少し緊張していた部分があったと思います。今回は打ち合わせの最初の段階から、とてもスムーズに作曲が進みました。あまりにスムーズなので、逆に心配になったくらいです(笑)。映画音楽全般について(『東京家族』公開後の2013年1月に)山田監督と国立音楽大学で対談させていただいたことも、監督とのコミュニケーションを深めるという点でプラスに働いたのではないかと思います。

 

-今回の『小さいおうち』は、前回にも増して音楽の曲数が多いと思いました。

久石:
単純に、本編の内容から出てくる違いです。『東京家族』は非常にシリアスな内容の作品でしたので、音楽を少なめにした方がよいという判断がありました。それに対し、『小さいおうち』はラブストーリー的な側面が強い作品ですから、音楽も当然増えてきます。山田監督からも「今回は音楽を多くしたい」という要望をいただきました。それと、「非常に甘みのあるメロディが欲しい」という要望も。

 

-物語の時代背景に関しては、いかがでしょう?

久石:
特定の時代色を音楽で表現するというよりは、昭和から平成までを生きる、ひとりの女性の”目線”をクリアに出す方が重要だと考えました。物語の中では、女中のタキよりも、小さいおうちの住人の方が活発に行動していますので、普通ならばおうちの住人を中心に音楽を付けたくなります。しかし、この映画の真の主人公は、倍賞千恵子さんと黒木華さんの二人一役で演じられるタキです。彼女が生き抜いてきた激動の時代。彼女が心の中にずっと抱えてきたこと。そのタキの”目線”を中心に、音楽全体を構成すべきだと。

 

-それが、冒頭の火葬場で流れてくるメインテーマですね。

久石:
本編全体を見てみると、最初はタキの葬儀の場面から始まり、ラストシーンもタキがある重要な役割を果たしています。平成から激動の昭和へ、たとえ物語の時空が自由に飛んだとしても、タキの”目線”だけは変わらない。そのタキの”目線”のテーマ、わかりやすく言えば、タキの”運命のテーマ”です。ただし、そのメインテーマだけだと音楽全体が非常に重くなってしまうので、もう1曲、別のテーマを作曲しました。

 

-アコーディオンで演奏されるワルツのテーマですね。

久石:
こういう作品にワルツが似合うかどうかはともかく、結果的には、ワルツによって”昭和という時代に対する憧れ”や、”小さいおうちの住人に対する憧れ”を表現できたのでは、と思っています。昭和ロマンに憧れるワルツ、という意味では、松たか子さん演ずる”時子のワルツ”と呼んでよいのかもしれません。その”時子のワルツ”と、メインとなるタキの”運命のテーマ”のデモ2曲を最初に作曲したところ、山田監督から早々にOKをいただきました。

 

-スコアの中では、ダルシマーのような民俗楽器が使われていたのが印象的でした。

久石:
演奏に際して”色のある”楽器が欲しいと思ったのです。というのは、山田監督の作品では、台詞が非常に重要な役割を果たしているので、台詞が聞き取りやすくなるよう、音楽もできるだけ(オーケストレーションを)厚くしないで書く必要がある。そのため、ダルシマーのような、音色に特色のある楽器を意図的に使っています。

『小さいおうち』の作曲を通じて強く感じたのは、山田監督自身がこれまでの作風から大きく変わろうとなさっているのではないか、ということです。今までの作品は、どちらかというとヒューマンな家族愛をテーマにされることが多かった。ところが今回は、もっと個人的な愛を表現するような方向に、監督が足を踏み出されているのです。ある意味で”色気”を感じさせる。そうすると、作曲する側もどんどん音楽を入れる余地が生まれてくるのです。

(映画「小さいおうち」劇場用パンフレット より)

 

小さいおうち パンフレット

 

Blog. 映画『東京家族』(2013) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/3/4

2013年公開 映画「東京家族」 山田洋次監督50周年記念作品
監督:山田洋次 音楽:久石譲

山田洋次監督と初タッグとなった作品です。

 

過去にも雑誌インタビューや山田洋次監督との対談など、さまざまな久石譲インタビュー内容があります。ここでは映画公式パンフレットに掲載された久石譲インタビュー内容をご紹介します。

 

 

インタビュー

音楽が少ないからこそ、そのなかで、効果的な変化をつける。

-これまでの久石さんの映画音楽のアプローチは音と画を拮抗させ、そのぶつかり合いのなかから某かのものを醸し出す方法論が多かったと思いますが、今回は驚くほど奥に引いています。それはある意味、挑戦だったのではないでしょうか?

久石:
そうですね。まず台本を読んだ段階で、今回はあまり音楽を前に出さず、包み込むようなものが良いだろうとは思ったんです。山田監督とお話させていただいた時も「空気のように、劇を邪魔しないものを」という注文がありました。現にラッシュ(撮影済みで未編集のフィルムや映像)を観ても音楽が入る余地が全然ない(笑)。これはもう劇を受け止めるような音楽を書かなければ駄目だなと。

 

-山田監督とは、これが初めてのお仕事ですね。

久石:
ええ。ですので山田監督とは何度もお話させていただいたのですが、そのなかでさりげなく、例えば僕の映画音楽の先生でもあった佐藤勝さんがおやりになった『幸福の黄色いハンカチ』(77)の音楽は良かったですね、とふると「いや、今回は違うんだよ」(笑)。つまり山田監督のなかで音楽プランは明快で、もはや『幸福の黄色いハンカチ』のクライマックスを盛り上げる音楽すらいらないんだと。僕は劇伴(映画音楽の劇中曲を指す業界用語)という言葉が大嫌いなのですが、要は劇の伴奏的に場面を盛り上げる音楽を監督は一切排除されている。だから音楽を入れる場所を探すのに時間はかかりましたけど、監督ご自身にブレが全くなかったので、とてもやりやすかったですね。

 

-冒頭のメインタイトルの後、次の音楽が流れるまで20分ほどかかります。全体の曲数の少なさにしても、久石さんの映画音楽キャリアとして記録的なのでは?

久石:
おっしゃる通りです(笑)。

 

-しかし、少ないながらも入る箇所は的確で、音楽が流れるごとにあの老夫婦の心情と呼応し支え合い、じわじわと相乗効果がもたらされていくのがわかります。

久石:
最終的にはお母さんが亡くなり、お父さんが独り残される。そのことをメインに据えて、そこに至るまでをどう行くかというのが、今回はプランとして非常に大事でした。例えば病院の屋上でお父さんが次男に「母さん、死んだぞ」と言うところまでは、ピアノを一切使ってないんですよ。逆にその後からは、ピアノを自分で弾いています。音楽が少ないからこそ、そのなかで効果的な変化をつけたかったんですね。

 

-エンドタイトルでは一転して音楽がカーテンコールのように高らかに鳴り響くのもいいですね。

久石:
エンドタイトルは山田さんが「今まで抑えてもらっていた分、ここは好きなだけ盛り上げてください」と。もっとも、ここだけそんなに盛り上げるわけにもいかないだろうと思って(笑)、ああいう感じになったんですけどね。

 

-『東京物語』(53)が「人生は無である」と説いた映画だとすれば、『東京家族』は「人生は決して無ではない」と説いている映画だと思います。だからあのお父さんが独りになって終わるラストも、厳しくはあれどこか明るい感触を受けますし、エンドタイトルの高らかな音楽はその後押しとして、観る者まで前向きな気分にさせてくれます。

久石:
そういう風に捉えていただけると嬉しいですね。僕も『東京物語』は大好きな映画なのですが、『東京家族』はそれと同じストーリーラインではありながら、やはり山田監督独自の世界観でしたので、こちらも特に意識することはなかった…と言いますか、先ほど申しましたように意識するどころではないほど大変だったわけです。今回は本当にオーケストラを薄く書いているんですけど、痩せないように書く方法とでもいいますか、その作業も難しかったし、40秒の曲を書くのに普段の3分以上の曲を書くのと同じ労働量を必要としました。でもその代わり、新しい技もいくつか開発しましたので、もう次からは何が来ても怖くない(笑)。何よりも今回は憧れの山田作品に自分の音楽を入れさせていただくことができたわけですから、本当に光栄でした。

(映画「東京家族」劇場用パンフレット より)

 

東京家族 久石譲 山田洋次

 

 

Blog. 映画『奇跡のリンゴ』(2013) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/2/28

2013年公開 映画「奇跡のリンゴ」
監督:中村義洋 音楽:久石譲 出演:阿部サダヲ 菅野美穂 他

 

映画公開にあわせて、映画館等で販売された公式パンフレットより、久石譲インタビューをご紹介します。

 

 

コンセプトは、”津軽のラテン人”でした。

-今回の音楽設計はどのようになされたのですか。

久石:
台本を読んだら、単なるハートウォーミング路線の映画ではなくて、しっかり人間が描かれていました。そこで、まず全体をつなぐメインテーマとして「リンゴのテーマ」のようなものと、夫婦愛が出てくるので愛のテーマが必要だろうと。それを一旦書いたんですけど、青森ロケを見学させていただいたときに幸か不幸か、木村さんにお会いしちゃいまして(笑)。あの天真爛漫さを出すには、もうひとつ別のテーマを作らなければいけないと思ったんです。そこから結構、悩みました。結果としてたどり着いたコンセプトが「津軽のラテン人」(笑)。オーケストラのほかにマンドリンとウクレレ、口琴(ジューズハープ)を使って、なんとか木村さんの陽気さを出せないかと工夫しました。どちらかというとイタリア的なラテン感覚ですね。そんな感じの明るさが音楽で出せたらいいなと。

 

-中村監督とのお仕事はいかがでしたか。

久石:
ノー・ストレスでした。最初に話し合いをさせていただいたときに、音楽の考え方の基本ラインがほぼ同じだったので、監督がどう音楽を扱おうとしているかについて悩むことはありませんでした。中村監督はご自身で脚本を書かれますから、全体の設計が明快なんです。多くの映画の場合、導入部でキャラクターや映画のトーンを語るのに30分くらいかかるものなんですけど、中村監督は十数分でやってしまわれる。そういう歯切れの良さ、語り口の潔さは台本の段階から感じましたね。これは見事だなぁと。ですから、これはいける、という手応えが最初から感じられましたし、音楽的にも入りやすかったですね。

 

-ご苦労された部分となると、どのあたりでしょうか。

久石:
夫婦愛やリンゴ栽培の難しさを描く部分と、木村さんのキャラクターをどう両立させるか、ですね。ジューズハープって、一歩間違えると漫画チックになってしまうでしょう。あと、山崎努さん演じる父親のラバウルの話をどれだけきっちり書くか、山へ木村さんが自殺を図りに行くくだりの長いシーンをどうするかという配慮は大変でした。何より、エンターテインメントに落とし込まなければいけない作品ですからね。実は観客が一番シビアにご覧になるジャンルです。中途半端なことをやってしまうと一発で見抜かれます。そういう意味では全力、かつ、できるだけ客観的に臨まないといけない作品でした。エンターテインメントは、しっかりした形で作ろうとすると、意外に手間暇がかかりますし、思うほど簡単ではないんです。この映画は、ちょうど昨年の7月からの3~4ヶ月で映画3本を立て続けにやった時期の最後の作品だったんですが、集中していた分、いいものができたのかなとも思っています。少なくとも、あの時点でできることは100%やったという実感は確実にあります。個人的には結婚式のシーンが好きですね。音楽的にもうまくできたと思いますし、とてもいい感じだなと、完成した作品を観て思いました。

(映画「奇跡のリンゴ」劇場用パンフレット より)

 

奇跡のリンゴ パンフレット

 

Blog. 映画『悪人』(2010) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/2/26

2010年公開 映画「悪人」
監督:李相日 音楽:久石譲 出演:妻夫木聡、深津絵里 他

第34回 日本アカデミー賞 最優秀音楽賞も受賞した作品です。

 

映画公開時、劇場で販売された公式パンフレットより久石譲インタビューをご紹介します。

 

 

INTERVIEW

事前に手の内を明かさないように、
ニュートラルな位置から映画を推進していきたかった。

-久石さんの音楽が、映画を観る手助けをしてくれていると感じました。特に、祐一に対して。なぜか、やさしい気持ちで祐一を見つめていられる。でも、簡単に救いを与えているわけではなくて。負担を軽減してくれるというか、高度な音楽作用だと思いました。

久石:
祐一は殺人者だけど、誰もがなりえてしまう。若くて、思い通りに生きられない、大勢いる人たちのなかのひとりでもある、でも、それを音楽が肯定してもいけない。やっぱり罪を犯しているわけですから。距離はとる。けれども、彼が持っている孤独感や共感できる部分は、この映画のメインテーマになるだろうと思いました。あまり饒舌にもならず、たえず揺れる祐一の気持ちとシンクロしていくために、同じ音階を繰り返すミニマルな曲調を選びました。

 

-映画と音楽の距離感が絶妙です。

久石:
気持ちを煽ってしまうと、すごく安っぽくなってしまうから。あと、難しかったのが、この映画は後半、群像劇になる。房枝にしても、佳男にしても、それぞれがシチュエーションのなかで自分を乗り越えていく。一方、(祐一と光代の)ふたりの主人公は、逃避行がはじまってから、ドラマがなくなる。でも、最後には、祐一のテーマをメインにした、少しメロディアスなふたりの愛のほうに焦点を絞っていったほうが結果、観る側はこの映画にストレートに入れる。あの夕陽を見て終わっていく瞬間に、「これはふたりのラブストーリーだったんだ」ということが明確になってくれれば、観やすくなるんじゃないかと。そこに神経を使いました。

 

-だから、あのラストが効くのだと思います。

久石:
ラストの曲は、救い、じゃないんです。レクイエムでもない。ある種の救済的なぬくもりはある-でも、あったかいわけじゃない-それがあることで音楽的な構造は非常に明確になるんじゃないかと思いました。

 

-あのラストが、いわば「到着」の感慨をもたらすのは、序盤で流れる音楽が、それこそ山道の急カーブを祐一が駆る車の走りのように、どこに連れて行かれるかわからない、あらゆる「予感」だけが乱れ絡み合うドライブ、つまり多様なファクターの集積になっているからだと思います。

久石:
ある種のサスペンス。どうなっていくの? というニュアンスは絶対必要。でも、メロディアスに「これはラブロマンスですよ」と伝えるのもまったくの嘘。悲劇性が強すぎても駄目。つまり、事前に手の内を明かすような真似をしたらいけない。たえず、何かが繰り返されている。気持ちが増幅されていくかもしれないし、不安も増強されていくかもしれない。どちらにもいない、ニュートラルな位置から映画を推進していきたかったんです。

 

-あの雑多な「予感」は、全体に流れていますね。

久石:
李(相日)監督も(あの曲を)すごく気に入ってくれて。結果、今回は、ギリギリまで無駄をはぶいた構成になりました。

 

-徹底された?

久石:
そうですね。日本映画でここまで(曲のトーンを)抑えて作ったのは久しぶりですね。自分としても、「いつもだったら、こうしてしまうな」というところも全部、抑えて抑えて作った。結果的に、いままでやったことのないかたちにチャレンジができました。たいていの場合、音楽は、ある部分の感情だけを刺激するのはものすごく得意。でも、(それが何か)はっきりとは言わないで、押し上げていくようなことは難しい。音楽はどうしても、色を決めてしまうのが速い。でも今回はそこを極力避けるようにしましたね。あとは、音楽が映像と共存しつつも、映像から一歩退いたところで支えていく。たぶん、映像と音楽が(ドンピシャと)ハマってる箇所は一個もない。唯一の笑顔であるラストカットへのアプローチもやはりそうです。

 

-音楽そのものの可能性を追求された結果、日本映画というより世界映画と呼ぶべき作品が完成したと思います。

久石:
最も重要なのはクリエイティヴィティ。とにかく徹底的に「ほんもの」を作る。それだけです。我々はもっと危機感を持つべき。たえず挑戦するべき。この映画は間違いなく、世界に向かって放つことができるレベルの作品になったと思います。

 

-最後に。『悪人』というタイトルをどう捉えましたか。

久石:
人間。そう解釈しました。

 

(取材・文/相田冬二)

(映画「悪人」劇場用パンフレット より)

 

悪人 パンフレット

 

Blog. 映画『マリと子犬の物語』(2007) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/2/22

2007年公開 映画「マリと子犬の物語」
監督:猪俣隆一 音楽:久石譲

2004年の新潟県中越地震、実話を描いた絵本「山古志村のマリと三匹の子犬」をもとに映画化。

公開時映画館で販売された公式パンフレット内久石譲インタビューです。地震から数週間後に控えていた自身のコンサート新潟公演、そのエピソードまでを紹介しています。

 

 

INTERVIEW

文章でいえば、最後に句読点をつける役割が、映画音楽だと思います。英語で言うところの”アトモスフィア”、つまり、そのときの空気感や状況を表現していくこと。さらに人間の心理も表現する。映画の伝えたい事をピリオドで明確にして際立たせる。それが映画音楽だと僕は考えています。

この映画の導入は難しいんです。実際に山古志で地震が起こっているわけですから。出だしから災害がある、と予感させる手法もあるわけですよね。でも、最終的に監督が伝えたいことは希望。力強く、人々を励ます導入を目指しました。ストリングス(弦楽器)でさり気なく入っていくのが常套ではあるけれど、ここではいきなりブラス(管楽器)で始まるんです。

説明的な音楽にしたくありませんでした。たとえば、親が包み込む愛情は説明できるものはありませんからね。それに意外に長尺の映画なので、甘口の音楽をつけていくと、画面が流れてしまう。激しいところは激しく、明快に打ち出し、ダイナミックレンジをなるべく拡げるという作業を意識的にしましたね。予定調和に流れすぎると、観る側のインパクトはどんどんなくなっていきますから。

音楽の最も多い分、全体をどう構成していくか正直、作曲するときは苦しみました。通常よりも時間はかかったし、なかなか大変でしたね。メロディとメロディのひき出し方、その兼ね合いにいちばん悩みました。

この映画には悪役がいません。全員善い人なんです。だからこそ音楽的にあまり平和になりすぎると単調になってしまうので、それをお客さんがハラハラしながら見ていけるようにどう立体的にするのか考えました。

王道を往くオーケストラで、正統な映画音楽をこの映画にはつけたいと思いました。まず王道がしっかりあるからトリッキーなものが作れる。今、少なくなってきているこの王道を往く方法できちんとしたものを作っておかなければ、と思いましたね。この映画に関しては、スケール感のある音楽で包み込むということ。それができた手ごたえはあります。音楽が映像に寄り添っていくようにしたいと思っていました。

あの地震のときは、僕の実家がある長野もかなり揺れたようです。ですから他人事ではありませんでした。ちょうどコンサートツアーの直前でもあり、リハーサルをしているときでした。新潟公演も控えていたのですがそのような状況下で、はたしてコンサートをやっていいものかどうか、僕自身、かなり悩みましたね。コンサートは中止しようかという話もあったんです。そうしたら長岡のファンの方から一通の手紙をもらいました。そこには「いまは希望がないけれど、コンサートは何が何でも行きます。それが希望です」と書かれていて。それでやる決心がついたんです。その結果、新潟のコンサートは僕自身、燃焼することができましたし、パーフェクトな出来だったと思います。あの日は観客との素晴らしい一体感がありましたね。

久石譲

(映画「マリと子犬の物語」劇場用パンフレット より)

 

 

Production Notes

音楽

久石譲は、東宝の実写映画に久々の登板。近年は、宮崎駿監督や北野武監督の作品、中国・韓国の作品などでおなじみの巨匠だが、かつては『タスマニア物語』など、国民映画と呼ばれる作品も手がけていた。製作サイドは、”東宝のファミリームービーは実は久石さん向きなのではないか?”と考え、依頼。快諾していただいた。なお、猪俣隆一監督は大の久石ファン。冒頭、タイトルが出るまで延々音楽が流れる想定で撮影。久石自ら「音楽映画」と呼ぶほど、その楽曲を存分に鳴らしまくった。また、久石が作曲を手がけた主題歌「今、風の中で」を歌うのは平原綾香。実は平原は、中越地震とは縁が深い。震災後、FM長岡へのリクエストが相次いだことからデビュー曲「Jupiter」が”復興ソング”のように親しまれることとなり、2005年の長岡花火大会では、同曲を現地で熱唱しているのだ。今回の「今、風の中で」は被災者の方々に捧げられた1曲である。

(映画「マリと子犬の物語」劇場用パンフレット より)

 

 

久石譲インタビューにもあったように、地震が起こった2004年10月23日、その直後に行われたコンサートツアーは以下のとおり。

Joe Hisaishi Freedom Piano Stories 2004

[公演期間]32 Joe Hisaishi Freedom Piano Stories 2004
2004/11/3 ~ 2004/11/29

[公演回数]
全国14公演
11/3 相模原・グリーンホール相模大野
11/5 横浜・横浜みなとみらいホール大ホール
11/6 新潟・新潟市民芸術文化会館コンサートホール
11/9 名古屋・愛知県立芸術劇場コンサートホール
11/10 長野・長野県県民文化会館
11/12 広島・広島厚生年金会館
11/13 滋賀・びわ湖ホール
11/16 札幌・札幌コンサートホールKitara
11/18 埼玉・川口リリアメインホール
11/19 大阪・ザ・シンフォニーホ-ル
11/22 宮城・宮城県民会館
11/23 東京・Bunkamuraオーチャードホール
11/26 福岡・福岡シンフォニーホール
11/29 東京・東京オペラシティ

[編成]
ピアノ:久石譲
弦楽:アンジェル・デュボー&ラ・ピエタ
パーカッション:安江佐和子/二ツ木千由紀

[曲目]
【My Lost City】
1920~Madness
Two of Us
Tango X.T.C.

Quartet

【ETUDE2004 (for Pf,Vn,V Cell,Perc)】
夢の星空
Silence
a Wish to the Moon

【Freedom】
人生のメリーゴランド
Ikaros
Spring
Fragile Dream
Oriental Wind

【My Favorites】
Cave of Mind (弦楽合奏)
(候補曲)鳥の人 風のとおり道 もののけ姫
Asian Dream Song

—–アンコール—–
a Wish to the Moon
Summer
Kids Return
アシタカとサン (新潟)

 

新潟県中越地震からちょうど2週間後に日程が組まれていた新潟公演。公演前の経緯や公演の様子は上のインタビューにあるとおりで、実際に新潟公演のみアンコール曲が1曲多く演奏されています。

最終公演日でもない、新潟公演にて「アシタカとサン」が、久石譲によるピアノソロにて新潟の人たちに届けられた記録です。

 

マリと子犬の物語 パンフレット

 

Blog. 映画『トンマッコルへようこそ』(2005) 久石譲インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/2/20

2005年公開 映画「トンマッコルへようこそ」
(原題:Welcome to Dongmakgol)
監督:PARK Kwang-hyun パク・クァンヒョン 音楽:久石譲

 

久石譲にとって初めて手がけた韓国映画となる本作で日本人として初となる第四回大韓民国映画大賞最優秀音楽賞を受賞。もちろん日本人としては史上初の快挙。さらに、韓国のアカデミー賞ともいわれている権威ある映画賞である大鐘賞でも最優秀音楽賞にノミネートされました。

映画「トンマッコルへようこそ」劇場用パンフレットに掲載されたパク・クァンヒョン監督と久石譲の貴重な対談です。

 

 

対談:パク・クァンヒョン監督 × 久石譲

2005年の韓国映画界で最大の収穫になった『トンマッコルへようこそ』。神に祝福されたような成功ぶりだが、実は製作時点では問題が山積し、公開されるまでは”呪われたプロジェクト”とさえ陰で呼ばれていたという。監督自身、3年におよぶ製作のどの段階でも苦労が絶えず、何度も「もうあきらめたい」と思った、と語る。だが、それほどの難産だったデビュー作で、音楽監督を久石譲が引き受けてくれたことは、何よりの奇跡だった。2人のコラボレーションの成果は、完成作品が何よりも証明している。久しぶりに再会する2人の嬉しそうな笑顔、つきない話に、周囲の空気まで温かで穏やかなオーラに満たされた。

 

パク・クァンヒョン:
大学時代から久石先生の音楽の大ファンでした。『菊次郎の夏』の美しい旋律も、『ソナチネ』のエネルギーに満ちた音楽も、もちろん宮崎駿作品の音楽も、本当に心酔しています。最初にお会いしたときはファン丸出しで、持っているCDすべてにサインしてもらいました(笑)。すごく緊張して行ったのですが、とても優しい笑顔で迎えてくださって、そのことにまた感動しました。一瞬、目の前にいる人が本当の巨匠であることを忘れてしまうほど、心優しい笑顔だったんです。

久石譲:
僕がまず思ったのは、「俳優になってもいいぐらいかっこよくて若い人だ」でした(笑)。でも、いざこの作品のビジョンを話し出すと、止まらない。細部にいたるまで明快なアイディアを持っている。これぐらい強い思いを持っている作品なら絶対にいい映画になると確信しました。それに、監督も新人だし、スタッフもみんな若いと聞いて、それなら予定調和な作業ではなく、エネルギーに溢れた現場になるだろうというワクワクする期待感も持ちました。

パク・クァンヒョン:
今回一緒に作業してわかったんですが、どうやら私たちはどちらもビジネス感覚に欠けていて(笑)、確か事前の打ち合わせでは、「だいたい17曲ぐらいでしょう」ということだったはずですが、やっていくうちに曲数がどんどん増えていきました。久石先生が「ここにも曲をつけようか」とおっしゃって、私も「いいですね」と答える、そんなやりとりをしていくうち、結果的に34曲になりました。最初はオーケストラも小規模なものを考えていましたが、先生が70人編成にしたいと提案してくださったんです。以前に宮崎作品のDVDの特典映像で、久石先生がオーケストラを指揮していて、それを宮崎監督が後ろに座って見ている場面がありました。それを見て以来、「宮崎監督みたいに後ろに座って久石先生が僕の映画のために指揮するところを見る」というのが夢の一つになったんです。目の前で久石先生が汗をかかれて何度もTシャツを着替えながら指揮しているところを眺めていたら、「ああ自分の夢が今かなっているんだ」と思って、鳥肌が立つほど感激しました。

久石譲:
映画は、どこに音楽を入れて、どこには入れないか、それを判断することも大事な作業です。この作品の場合、戦争の話ではありながらファンタジーの要素があるわけで、場面場面を引き立てたり雰囲気を伝えるために音楽を入れる場所を考えていったら、結果的に34曲になりました。オーケストラの規模にしても、作品の内容が要求したからですよ。これだけの話になるとスケール感も必要だし、より深い感情を表現するために二管編成は必然でした。重厚さ、弦の優しさがほしかったし、特殊な楽器を使うことで不思議感を出すことも狙いました。この作品の曲は、沖縄のスタジオに10日間ぐらいこもって集中してつくりました。毎日、海を眺めながら、真冬の戦闘シーンに曲をつけていたわけです(笑)。例えばチョウチョのシーンの旋律は、実は沖縄の音階を取り入れているんです。不思議な感じが出せて、いい効果になったと思います。

パク・クァンヒョン:
一方で、例えばイノシシのシーンは、原始的なリズムで力強いエネルギーを感じるとともに、胸が高鳴るような喜びの気持ちも表現されています。どの曲も大好きですが、どしゃ降りの雨の中ヨイルが自分の汚い靴下を脱いで少年兵の顔を拭う場面がひときわ好きです。胸に響くと同時に、気持ちがよくなります。本当に、音楽のおかげで作品全体に神秘性と深みが増しました。

久石譲:
イノシシのシーンは、実をいうとね、送られてきた映像を見たとき、てっきり未編集バージョンだろうって思ってたんですよ(笑)。スローモーションがずっと続く長いシーンだったから、きっと途中でノーマルスピードに変えて編集するんだろう、と。だけど、待てども待てども送られてこない。「送ったものが最終バージョンです」って言われて、正直なところぞっとしましたよ。これは大変だって。あそこが一番苦労しましたね。ところが、完成作品を見ると、監督の狙いがぴったり当たって、ものすごく力強いシーンになっていた。おかしかったのは、韓国での完成披露試写会で質問がイノシシのシーンに集中してしまって、俳優さんが「俺のことも聞いてくれよ」って(笑)。

パク・クァンヒョン:
チョン・ジェヨンさんですね。「自分は主役だと聞いていたのに、出来上がってみたら自分の場面は少なくて、イノシシやチョウチョのほうが目立ってるじゃないか」って、最初はちょっとスネてました(笑)。私が最後まで編集の判断に迷ったシーンが3つあって、イントロの部分とイノシシのシーン、それからラストの戦闘シーンでした。ずっと悩みつづけて、久石先生にもスケジュール的にずいぶんご迷惑をおかけしてしまいました。

久石譲:
確かに時間的にはきつかったけど、逆にいうと今回はそれ以外の部分での葛藤や摩擦がまったくなくて、心から気持ちよくできました。僕自身、韓国映画という初めての場にチャレンジして、自分の可能性を広げられたと思っています。監督やスタッフから、作る情熱がものすごく伝わってきて、気持ちが燃えました。

(取材・文 片岡真由美)

(映画「トンマッコルへようこそ」劇場用パンフレットより)

 

 

プロダクション・ノート

久石譲を動かした監督の熱い思い
撮影準備中、パク監督の胸にあったのは「この映画には久石譲の音楽以外は考えられない」という思いだった。それを聞いたラインプロデューサーのイ・ウナは、「ぜひあなたが必要だ」と真心をこめて手紙を書き、翻訳した脚本と共に久石に送った。久石から打ち合わせを要請するメールが来たとき、パク監督は全製作期間を通して最大の歓声をあげたという。その後、仮編集のフィルムを見た久石は、「70人編成のオーケストラで作りたい」と表明。さらに、ファイナル・カット以外の映像は見ないという原則を破り、公開の5ヵ月前に韓国を訪れ、第2次編集の映像を見てパク監督と感覚を共有する作業を行った。

「音楽のテーマは人と人の和合。深刻な場面とユーモラスな場面が交差する中、純粋なトンマッコルの村人と戦争で心に傷を負った人たちがひとつの村で暮らすことで、次第に癒やされていくという物語が非常に感動的だった」と語る久石は、当初の契約では17曲のところ、倍の34曲を完成させるなど、並々ならぬ情熱を示し、パク監督を感激させた。

2005年韓国興行成績No.1を記録
『トンマッコルへようこそ』が韓国で封切られたのは、2005年8月4日。初日に20万人を動員し、『親切なクムジャさん』を抜いて週末の興収トップに躍り出た後、口コミによって人気が広がり、公開7日目で動員200万人を突破。24日目で、『マラソン』が8週で打ち立てた500万人の動員記録を塗り替え、翌日には2005年最高の興収記録を樹立。9月初旬まで5週連続興収第1位をキープした。大ヒットを記念して、9月1日には入場無料のサービスを行い、さらに広い観客にアピール。最終的には公開89日目で800万2000人の動員を記録した。この数字は、国民の6人に1人が観た計算になり、韓国歴代動員記録で第5位にランク・インした。

賞レースでは、9月にアカデミー外国語映画賞の韓国代表に選ばれたのに続き、11月29日に授賞式が行われた第26回青龍賞で、カン・ヘジョンが助演女優賞、イム・ハリョンが助演男優賞を受賞。12月4日には、アン・ソンギの司会で授賞式が行われた第4回大韓民国映画大賞で、作品賞、監督賞、助演女優賞、新人監督賞、脚本賞、音楽賞の6部門を制覇した。さらに、2006年7月21日に授賞式が行われた韓国のアカデミー賞と言われる大鐘賞では、9部門ノミネートのうち、カン・ヘジョンが3つ目の助演女優賞を獲得した。

(プロダクション・ノート ~映画「トンマッコルへようこそ」劇場用パンフレットより)

 

トンマッコルへようこそ パンフレット

 

Blog. 映画『壬生義士伝』(2003) 久石譲 インタビュー 劇場用パンフレットより

Posted on 2016/2/18

2003年公開 映画「壬生義士伝」
監督:滝田洋二郎 音楽:久石譲 出演:中井貴一 佐藤浩市 他

 

滝田洋二郎監督との初顔合わせ作品です。その後2008年映画『おくりびと』にて再びタッグを組むことになります。

公開当時、劇場で販売された映画『壬生義士伝』公式パンフレットより、久石譲インタビューをご紹介します。

 

 

インタビュー
音楽・久石譲

数々の映画音楽を手がけてきた久石譲だが、本格的な時代劇は初めて。
さらに監督滝田洋二郎とも初顔合わせ。
「王道をいく映画にふさわしい音楽を作りたかった」と語る笑顔の中に、
日本映画の面白さを知る久石ならではの自信がのぞいていた。

 

-本格時代劇にチャレンジしたご感想は?

久石:
滝田監督の映画が以前から好きだったので、これはいい機会だな、と思いましたね。時代劇は『福沢諭吉』(91)でやってはいますが、いわゆる本格的時代劇にチャレンジしてみたかったんです。とはいえ、時代劇だから特に何かが違うというわけではなく、あくまで内容に即するものを作りたい。今回はいい意味でオーソドックスな王道をいく作品なので、それにふさわしい音楽をつけたいという想いがありました。具体的にはオーケストラが一番向いていると思って、そこから入りましたね。

 

-オーソドックスということで、ご苦労された点は?

久石:
時代劇と言っても、現在作っているんだという点を出さなきゃいけない。そして10年後、20年後に観ても古く感じないようにしなくてはならない。それがオーソドックスということですよね。ですから、オープニング・タイトルが出るときの和太鼓にも、シンセサイザーを入れたりしています。また、この映画には非常にいろんな”情”が出てくるんですね。男と女の情だったり、家族愛や郷土愛、友情。そこにベタベタに音楽をつけてしまうと情緒に流されやすいので、ある意味、音楽はちょっと引いた感じにしました。泣かせるところに泣かす音楽をつけるのではなく、むしろそこは引いて、精神的なものを感じるように音楽をつけていく。そこが一番大変な作業でした。

 

-メロディの美しさとあわせて、今回はリズムを強く感じました。

久石:
そうですね。アクション・シーンが結構ありますからね。ただ、通常のリズムの音ではつまらないので、非常にエスニックなリズム、たとえば和太鼓とか、アフリカや中近東の太鼓も実は入っています。あくまでこの映画の独特の雰囲気を出すために、使ったんですけれど。

 

-滝田監督の作りあげた主人公像をどう思いますか?

久石:
すごく面白かったと思います。主役ってわりと類型的になりやすいんですけれど、貫一郎は非常に人間味がある。これだけ深い主人公像を造詣できたというのは、滝田監督の手腕と、もちろん中井さんの努力の賜物。他の方々も本当にみんな実力どおりというか、のびのび演技されている。前向きな姿勢というのが、やっぱり画面に出てくるんですよね。撮影現場でそういう雰囲気を作るのは難しいんですが、滝田組はすごくいい雰囲気だったんじゃないかな。

 

-『壬生義士伝』や北野武監督のような男の世界を描いた映画と、宮崎駿監督のアニメなどを、交互に手がけているのは意識されてのことですか?

久石:
あまり気にしてないですよ。あくまで作品に対して自分がどう思うか、同時に、作品からイマジネーションをどれだけ豊かにできるか、そこが一番大切。宮崎さんのアニメーションであろうと、なんであろうと、僕の中では普通にやっているんです。でも、幅はありますよね。ひとりの人間の中にもいろんな顔がありますから。心温まる作品のときは、必然的にメロディ・ラインが大事になってきますし、突き放したような映画のときには、自分の中にもそういう部分はありますから、極力音楽がでしゃばらないように作る。共通するのは、画面をなぞるような音楽は作らない、ということ。あくまで、もしかしたら絵で表現しきれなかったものを表現する、というようにしています。音楽って非常に怖いんですよ。世界観とかムードを決定してしまうところがありますから。

 

-ご自身の監督経験は、音楽にも影響がありましたか。

久石:
簡単に言えば、功罪半ばって感じです(笑)。『カルテット』(01)を撮った直後は、監督の気持ちがわかってしまい、「ここはきっと大事にしているな」なんて思うと、音楽をやたら抑えちゃったんですよ。気づいたら、絵に音楽が近づき過ぎている。でも本来、音楽が鳴るなんて異質なんですよ。だって、日常では鳴るわけないんですから。やっぱり距離をとっておいたほうがいい、と反省しました。だから多少、監督が大事にしているシーンだろうがなんだろうが、無視しようと(笑)。お互いの軋轢から、相乗効果が生まれるようにしないといけない。どちらかが寄り添っちゃうと、そのダイナミズムは出ないな、と気づきましたね。今回は、音楽がでしゃばりもせず、けれど主張するところでは主張する、という点はうまくいった気がします。

 

-滝田監督との共同作業はいかがでしたか?

久石:
滝田監督とはコミュニケーションが非常にうまくとれました。いわゆる本当に大人の監督なんです。全ての部署にものすごいプロの方を配して、技術の方々の意見をきちんと聞く。監督というのはある意味、調整役なんですが、監督は「こういう方向で」という指示が大変明確な方で、さらにそれぞれのスタッフをすごく大事にしてくれる。その辺りのスタンスが、滝田監督らしいな、と。世の中にはもっとわがままな監督はいますからね(笑)。でも、ものを創る人はみんなわがままなものですけど。滝田監督もこだわりはありますけれど、非常に明快で悩まれることがない。とてもやりやすかったですね。

 

-最後に観客の方へ一言お願いします。

久石:
メインテーマも含めて、映画音楽の王道をいく音楽をつけたと自分では思っていますので、映像と音楽が一緒になったときのダイナミズム、あるいはサウンドトラックCDで音楽だけを聞いて、両方の楽しさを味わっていただければと思います。

(聞き手・構成 石津文子)

(映画「壬生義士伝」劇場用パンフレット より)

 

壬生義士伝 パンフレット

 

Blog. 映画『パラサイト・イヴ』(1997) 久石譲 インタビュー 劇場用パンフレットより

posted on 2016/2/14

1997年公開 映画「パラサイト・イヴ」
監督:落合正幸 音楽:久石譲 出演:三上博史 他

 

ベストセラー原作の映画化作品。シンセサイザーを基調としたスリリングかつダイナミックな楽曲とピアノと弦による美しい旋律の対比が印象的な作品です。

公開当時、劇場で販売された映画パンフレットより、久石譲の貴重なインタビューをご紹介します。

 

 

「映像で表現しきれなかった登場人物の気持ちや背景を、音できちんと語ったつもりです」

-この映画の音楽を担当されることになったきっかけから伺いたいのですが。

久石:
落合監督とは何度か仕事を一緒にやらせてもらってまして、監督が僕の音楽が好きらしくて、コンサートに来て頂いたりとかした時に、いつかホラーをやりたいねという話をしたんですよ。それからしばらくしたら、実はということで、この話を頂いたんですよ。

 

-久石さんご自身はホラーはお好き。

久石:
映画の分野として自分の音楽がすごく生かされる分野だと思ってます。

 

-この原作はあらかじめ御存知でしたか。

久石:
すでに読んでましたので、この話を聞いた時はしめたと思いました(笑)

 

-脚本についてですが。

久石:
僕はもっとホラーに徹するべきだと思いました。ただ、たまたま他の仕事で大林監督にお会いした時に「実は今、ホラーをやってるんです」っていう話をしたら、大林さん曰く「ホラーは究極のラブロマンスだよね」って仰ったんですよね。要するに、現実の世界では何らかの理由でうまくいかなくて、片方があの世に逝っちゃたりして、そこから来る怨念のような物がいろいろ絡まってくる話だから、根底は究極のラブロマンスだと。その話を聞いてなるほどなって思いましたね。

 

-それで音楽的には。

久石:
音楽的に言うと、非常に綺麗なメインテーマをワンテーマ。後は完全なホラーサウンド。そのホラーサウンドも怖いタイプと、宗教がかった運命的な物とか、そういう使い分けで全体を構成しました。

 

-今回の音楽でのドラマ作りというのは。

久石:
落合監督の画は、波が寄せては返し、寄せては返しっていうある種の繰り返しのようにしてジワジワと来る感じなんですよ。それは僕が得意なミニマルミュージックにすごく近いんですね。だから監督が意図されたことと、僕が音楽的に設計図を引いたことがすごくいい形にドッキングしていると思います。

 

-今回の音的な部分についてですが。

久石:
恐怖を煽っていくシーンは、基本的に非常に不思議なエスニックな音とか、とんでもない生楽器ではない物を主体にしました。メインテーマに関しては、生の僕のピアノとか、クラシックのソプラノの歌手だとか、ストリングスだとか、非常に空気感のある人間的な物にして、思いっきり対比をつけました。

 

-今回の音楽のポイントは。

久石:
画面が進行していながら呼吸するように、音楽もやっぱり呼吸しているわけですよね。そうすると、これはもう僕のポリシーなんだけど、単に画面をなぞるような劇伴は一切、書いたつもりはないんです。むしろ映像で表現しきれなかった登場人物の気持ちとか背景、そういう事をきちんと語れるようにしたいと思っていて、もちろん映画にはいろんな要素があるし、映像あっての物ですから、完璧に出来たとは思ってないですけど、うまくいけたなっていう気はしています。

(映画「パラサイト・イヴ」劇場用パンフレット より)

 

パラサイト・イヴ パンフレット