第3回:「眠い!」

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第3回:「眠い!」

2003年10月16日。アルバムの録音が行われるチェコ・プラハへの出発日。久石譲は、フライトの1時間前に成田空港に到着した。開口一番「眠い!」。前日も遅くまで譜面に向かっていたようだ。

この日まで、オーケストラ用の譜面制作のために、午後1時ごろにスタジオ入りし、翌朝までこもりきりの毎日が続いていた。編曲にまだ納得していない様子で、機内で3曲を手直しするという。

ここで、プラハ行きのメンバーを紹介したい。久石、スタジオジブリの音楽担当の稲城和実と津司紀子、徳間ジャパンコミュニケーションズの小林潔、スーパーバイザーの大川正義、久石の拠点スタジオ「ワンダーステーション」のエンジニア浜田純伸と秋田裕之、そして記者の8人。現地の気温が摂氏0度前後と予想されるため、皆、すっかり冬装備だ。

「できれば機内で少し眠りたいけど、緊張して無理かも知れない」と久石。午前11時35分、定刻通り成田を出発。

チェコへは直行便がないため、ドイツ・フランクフルトでトランジット。飛行機から降り立った久石は、まだ険しい顔のままだった。「直しはあと少し。でも、終わりは見えてきたよ」

トランジットの合間も、空港のカフェで修正を続ける。ノートを取り出し、メロディーを口ずさんでは、メモを書き込んでいく。周囲の喧騒はまったく耳に入らないようだ。

修正が一段落し、ワインを口に運ぶ。表情に穏やかさが戻ってきた。「やっとお酒が飲めたよ。いつもの旅なら、飛行機に乗るとすぐに気持ちよくなっているはずなのに」と笑う。

同じくプラハ市内の旧市庁舎広場に面して立つティーン教会

お酒も入ったためか、それまで寡黙だった久石が、にこやかに語り始めた。近々、解剖学者の養老孟司と対談本を出すという。以前、ラジオで話して興味深い話ができたため、もう少し広げてみようということになったそうだ。「養老さんは、難しいことをちゃんと分かるように話してくれる人だよね」

例えばこんな話。「映画音楽の場合、音は絵とジャストのタイミングじゃ駄目なんだ。ジャストだと絵と一緒になった時に早すぎるように聞こえてしまう。1秒間24コマのうち、実際は2、3コマ遅らせてちょうどいいんだ。僕はそれを経験で知っていた。養老さんにその話をしたら、脳の知覚から考えても正しいと言っていたね。視覚情報というのは感覚的で、聴覚情報は論理的だからって」

「音楽というのは、時間と切り離して考えられない。話し言葉と一緒だよね。だから論理的になるんだって。それに対して、絵のような視覚情報というのは、時間と関係なく存在するから感覚的なんだね」

「そうそう、養老さんの書いた『バカの壁』は面白かった。みんなに勧めたよ」

休日の話題に移る。「日曜日はできるだけ休むようにしている。ジムに行って、夜はかみさんと寿司を食べるのが日曜日の大切な行事。世田谷の寿司屋はほとんど開拓したよ」

さて、そろそろ時間だ。プラハへ向かうため、再び、荷物を持つ。

1時間あまりのフライトを終え、現地時間16日20時10分(日本時間17日午前3時)、チェコのルズィニェ国際空港に到着。思った通りの寒さだ。摂氏2度の気温の中、一行を乗せた車は、夜のプラハ市街に滑り込んでいく。(依田謙一)

(2004年1月20日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

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