連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第16回:「歌うっていいなぁ」
「天空の城ラピュタ」(1986年)「となりのトトロ」(88年)「もののけ姫」(97年)──。これらの宮崎駿監督作品に共通するのは何か。
答えは、音楽と主題歌の両方を久石譲が手掛けているという点だ。これに対し、「魔女の宅急便」(89年)「紅の豚」(92年)「千と千尋の神隠し」(2001年)では、久石は劇中音楽のみ担当している。
主題歌が決まる過程は様々だ。「もののけ姫」では、宮崎監督がカウンターテナー米良美一の声を偶然耳にしたことがきっかけとなったし、荒井由実を採用した「魔女の宅急便」では、鈴木敏夫プロデューサーの熱烈な推薦があった。
では「ハウルの動く城」の場合はどうか。
今回、選ばれたのは、作詞・谷川俊太郎、作曲・木村弓による「世界の約束」。もともと木村が2003年に発売したアルバム「流星」に収録されていた曲だが、それを聴いた監督が、「涙の奥にゆらぐほほえみは」で始まる歌詞を気に入ったのが、決め手となった。
歌うのは、主人公ソフィーの声を演じる倍賞千恵子。倍賞は毎年コンサートを行っており、歌声には以前から定評がある。鈴木プロデューサーも「山田洋次監督の『下町の太陽』で倍賞さんが歌う主題歌を聴いて以来、大ファンだった」という。主演声優が主題歌も歌うのは、ジブリ作品では初めてのことだ。
04年5月8日。宮崎監督立会いのもと、久石の拠点スタジオ「ワンダーステーション」で、主題歌録音が行われた。
「初めての方ばかりで緊張する」と言いながらスタジオに現れた倍賞をリラックスさせるため、編曲を務めた久石が自らスタジオに入り、指揮をした。
初セッションにも関わらず、久石に引っ張られたことで倍賞と奏者は見事に合った。若干初々しさが残るも、久石は「すごい適応力」と舌を巻いた。「皆さんのおかげです」と倍賞が照れる。
歌は、2回目、3回目と繰り返す度に洗練されていった。倍賞は「メロディーを初めて聴いた時はシンプルな印象で、これなら何とか歌えそうだと思ったが、歌っているうちに木村さんの思いを強く感じて力が入った」という。
しかし、久石と宮崎監督には、高まっていく完成度とは裏腹に、何かが違うという思いが募り始めていた。「主役が歌う主題歌が、単に“上手”でいいのだろうか」
2人は、練習を録音してあったものを聴き直した。
それは、初々しさが功を奏し、ソフィーが歌っているようにも聴こえる、絶妙な感覚が詰まったテイクだった。
「こっちの方がいい」──2人とも同じ意見だった。
録音後、宮崎監督は、倍賞に向かって深々と頭を下げた。「立派な主題歌になりました」
「歌うことで表現する難しさを久しぶりに味わえました」という倍賞だったが、帰り際には、清々しい笑顔でこう言った。
「最近、CD収録が楽しくなくて、嫌だ嫌だと拒絶症にもなっていたが、皆と一緒に作り上げる創作の原点を味わったことで、自分はモノを作る厳しさから逃げていただけなんじゃないかと思った。やっぱり歌うっていいなぁ」(依田謙一)
(2004年5月10日 読売新聞)