Posted on 2021/09/12
映画情報誌「シネマスクエア Vol.12」(2012年8月1日発行)に掲載された映画『天地明察』特集から滝田洋二郎監督と久石譲の対談です。
天地明察
滝田洋二郎 監督 × 作曲・久石譲
ーおふた方がタッグを組むのは『天地明察』が3作目になりますが、今回はどのようなプロセスで映像と音楽を融合させていったんでしょうか?
久石:
前作の『おくりびと』は主人公がチェリストだったこともあり、どうしても曲が先に必要でした。その段階で音があったことによって、滝田監督も思っていた以上に作業を進めやすかったようで、今回も早めに曲が欲しいとおっしゃって。それで、ピアノだけのサウンドスケッチをクランクイン前にお送りしたんです。あまり感情に訴えかけるような曲調ではなかったので、メインテーマになりうるのかな…と思うところもありましたが、青春ドラマを引き立たせるには、ちょうど良かったのではないかと思っています。
滝田:
先にテーマ音楽があると、現場で表現できることの幅がすごく広がるんですね。作品を象徴する世界観を撮る時など、どうしても人物の動きだけを見てしまいがちなんですけど、音楽をアテることによって、より全体像を掴むことができると言いますか。『おくりびと』の時にそういう発見をしたもので、『天地明察』でも無理を承知で早めに久石さんにお願いしまして(笑)。思惑どおり、現場での表現により深みが増しましたね。
ー完成形のテーマは、壮大なフルオーケストラになりましたが、その経緯は?
久石:
『天地明察』の音楽を作るにあたって、じつはかなりの冒険をしているんです。それは方法論において、ですけど。普段は「この楽器を使って、こんなメロディでいきます」と提示するんですけど、今回は徹頭徹尾、全シーンほぼピアノスケッチでいったんですね。場合によってはどこか淋しい印象を与えかねないですけど、滝田監督には全幅の信頼を置いていたので、あえてピアノ1台で薄い音の曲をアテていってもらったんです。で、撮影の後半のほうはオーケストレーションが終わった曲を日報のように、毎日監督のもとへお届けしていきました(笑)。滝田監督からも「このシーンではもう少し早めに音楽をフェイドアウトしましょう」といった明確な指示があったので、そんお段階になると話は早かったですね。
滝田:
僕は首を長くして曲ができるのを待っていたんですが…(笑)、冗談はさておき、最初に聞いた時のインスピレーションというのは、すごく大事なんですよ。シーンの尺に合っているかどうかということよりも、役者が生きた芝居をしているところへ、この音楽が重なるとどうなるんだろう…ということだったり。シーンによってはセリフや効果音を消して、音楽をフィーチャーした方が効果的な場合もありますし、そういったイメージを構築するための確認という意味合いで、久石さんから日報のように届く曲を聞いていました。僕もまた久石さんに全幅の信頼を置いていましたし、人生の先輩たる方ですぅから、音に生き様が表れるんですね。そういう機微を聞き取ることが、じつは楽しみでもありました。
クライマックス直前の”句読点”となりうる梅小路のシーンと音楽
ー滝田監督から「こんな曲が欲しい」といったイメージを久石さんにお伝えすることはあったのでしょうか?
滝田:
「音楽を言葉で表すことって大変で、なかなかイメージを伝えるのが難しいんですよね。反対に、こちら側からイメージを限定してしまうと、広がっていかない気もしていて。なので、久石さんから具体的なメロディを提示していただいて、そこから練り上げていくという手法を主にとっていきました。
久石:
監督がおっしゃるように、映画音楽というのは言葉で説明しヅラいんですね。なので、信頼関係がすごく大事になってくるんです。なおかつ、滝田監督はとても丁寧な演出をなさるので、僕の音楽がなくともお客さんを魅了できると思うところもあるんですね(笑)。だから、僕の役割は一歩引いたスタンスから、滝田監督の撮られた映像を包み込む音楽をつけることだと思っていて。『おくりびと』の時はそれこそ引き算で、どれだけ音楽をつけないかというのが僕にとっての主題だったりもしたんです。ただ『天地明察』は青春ドラマの要素もあるので、音楽の量は若干増やしましたけど、基本的には画を支える存在でありたいというスタンスで、音楽をつけていきました。
ーその匙加減やバランスは、監督の采配にも掛かってくる…のでしょうか?
滝田:
芝居にもリズムというものがあって、それは僕のイメージと役者さんたちの間合いで出来上がっていくんです。そこで一度映像そのもののリズムが完成するんですが、ここに音楽が入ることで、さらに緩急がついて、僕の計算を超えたところでリズムに変化が生まれるんですね。具体的には、算哲が梅小路で勝負懸けをするシーンで突然ラテン系のリズムが流れるんですけど、これがすごくいいアクセントになってて。まさしく久石さんの真骨頂だなぁと唸らされましたね。
久石:
この映画は2時間20分強あるんですけど、あのシーンは2時間を超えたところなんですね。また、クライマックスへの導入でもある。そこで、何か音楽で変化を付けられないだろうかと考えて、ダメ出しされるのを承知で(笑)、提案させていただいたんですよ。
滝田:
映画というのは、お客さんに展開を予測してもらいつつ、気持ち良く裏切っていかなければならない。そういう意味で、あの梅小路のシーンというのは非常に”効いて”いるなと思いますね。
久石:
コンサートもだいたい2時間強なんですけど、クライマックスの前に句読点を打つごとく、曲を差し挟むことがあるんですね。梅小路のシーンは、まさにその句読点だったような気がしています。
(「シネマスクエア Vol.46」より)



