Posted on 2014/09/23
CD付 隔週刊マガジン「クラシックプレミアム」
久石譲による連載エッセイ「久石譲の音楽的日乗」も掲載された全50巻にもおよぶラインナップ(最終巻2015年11月予定)です。毎号ごとに久石譲のエッセイ内容は抜粋紹介しています。
そんななか「クラシック プレミアム 19 ~チャイコフスキー3~」では、久石譲の筆休め、編集部によるコンサートレポートでした。Blog. 「クラシック プレミアム 19 ~チャイコフスキー3~」(CDマガジン) レビューではすべてを紹介しきれませんでしたので、ここに完全版です。
リハーサルから本番まで、貴重な舞台裏とコンサートレポート、2014年夏復活した久石譲&W.D.O.の記録です。
ルポルタージュ 「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ2014を聴く」
3年ぶりに久石譲と新日本フィルハーモニー交響楽団とによる「ワールド・ドリーム・オーケストラ」が復活。8月9日・10日に東京でコンサートが行われ、リハーサルから本番まで編集部が取材した。
【8月6日 13時30分 会場入り】
リハーサルの初日。今回のプログラムは、冒頭に久石さんの交響ファンタジー《かぐや姫の物語》(世界初演)が置かれ、第1部が「鎮魂の時」というタイトルの下、ペンデレツキ《広島の犠牲者に捧げる哀歌》、バッハ《G線上のアリア》、あとはすべて久石作品でヴァイオリンとオーケストラのための《私は貝になりたい》、《風立ちぬ》第2組曲(日本初演)、《小さいおうち》(世界初演)。第2部は「Melodies」として、久石作品の《水の旅人》、《Kiki’s Delivery Service for Orchestra》、《World Dreams》という構成である。
第1部の「鎮魂の時」という言葉に込めた特別な想いを感じる。世界初演、日本初演を含む久石作品の中で、《広島の犠牲者に捧げる哀歌》という表題が異彩を放つが、これはポーランドの作曲家ペンデレツキによる1960年の作品だ。8月6日は広島に原爆が投下されて69年目のまさにその日に当たる。13時55分、久石さんが大きな楽譜を抱えて登場。
【14時 リハーサル開始】
本番のプログラム順に練習するのかと思っていると、最初は《水の旅人》。久石さんが、団員たちに丁寧な言葉ながら、てきぱきと指示を与えていく。リズムの細部のニュアンスや、「このメゾ・フォルテなもっと弱く」のような強弱の微妙な調整、メロディーとハーモニーのバランスについては「ここはメロディーを立てて」、ティンパニには「もっとクリアな音を」など、どれも譜面だけでは読みとれないことばかりだ。それをひとつひとつ伝えていく作業の積み重ねで、指揮者のしごとはこんなにも大変なのかと実感。その後、第2部の作品を演奏していくが、あっという間に時間が過ぎる。14時52分から休憩。このあとほぼ1時間おきに休憩をはさんでリハーサルは進んでいく。
15時10分にリハーサル再開。《私は貝になりたい》から始まる。これはもうヴァイオリン協奏曲だ。ソロ・ヴァイオリンに聴き入る。途中、久石さんが弦楽器のクレッシェンド(だんだん弱く)の個所について話す。「これは第2次世界大戦の時、四国のある床屋さんのお話で、徴兵され時代に翻弄され……」。これまで、ずっと演奏の具体的な指示をしていた久石さんがこの音楽がつけられた映画のストーリーを語る。「ここでのクレッシェンド、デクレッシェンドは、時代の大きな波です……」。話の後、オーケストラの音は、確信をもってうねるような波を描き出し、久石さんは身体全体でOKの合図を送ったように見えた。こうやって音楽は伝わるのだ。
最後の休憩の後、《広島の犠牲者に捧げる哀歌》。強烈な不協和音に満ちたこの難曲は、通常の拍子と音符による楽譜ではないので、久石さんは1、2、3……と指で数字を示していく。曲の始まりから、団員たちのあいだに驚きと動揺が広がるが、久石さんはもつれそうになった糸を解きほぐすように冷静に指示していく。団員から次々に質問が発せられ、久石さんはそれぞれに即答。すでに久石さんの頭の中には、音楽は鳴り響いているのだ。最後に《G線上のアリア》を1回通してこの日のリハーサルは終了。18時59分。
【19時20分 楽屋へ】
楽屋を訪ねてみる。
「こんなプログラムをするって、チャレンジャーでしょ。エンターテインメントとみえるけど、かなり過激なことを試みているよね」
と久石さん。7日も同じ時間にリハーサルがあり、9日にゲネプロ(通し稽古)ののち、その日と翌10日の17時に本番だ。
【8月10日 本番を聴く】
最初の《かぐや姫の物語》では、6人の打楽器奏者が作り出す響きが衝撃的だった。リハーサルで久石さんが「ここはかぐや姫の狂乱の場。ここでかぐや姫が都を飛び出す」と言っていたところだ。次の《広島の犠牲者に捧げる哀歌》では今でも斬新なこの作品を、みな集中して聴いている。それが終わろうとして、一瞬の静寂が訪れると、そのまま《G線上のアリア》が静かに始まった。まさに混沌の中から、清冽な光が差してきたかのような瞬間だ。そして、変化に富んだシンフォニックな久石作品が続く……。
今回のプログラム全体が、壮大な交響曲のようだった。万雷の拍手。アンコールの《風の谷のナウシカ》が終わり、オーケストラの全員が舞台を降りても拍手は鳴りやまず、最後に久石さんが一人で舞台に登場し喝采に応えていた。
(「クラシックプレミアム 第19巻」より)