Blog. 歌かインストか ~鶏か卵か~ スタジオジブリ編 1

Posted on 2025/06/09

久石譲は稀代のメロディメーカーである。ここは手短に先に進んでいいですよね。これまでにたくさんの名曲を生み出してきました。さて、今一瞬思い浮かべた名曲は歌ものですか?それともインスト曲ですか?

「鶏が先か、卵が先か」”Which came first: the chicken or the egg?” テーマは明解!いろいろな説明をすっ飛ばしても大丈夫、さっそくいってみましょう。

 

 

スタジオジブリ編 1

『天空の城ラピュタ』

おなじみ「君をのせて」のメロディです。曲名をたくさん持っているのでトップバッターからややこしいですが、英語タイトルの場合は歌曲版「Carring You」器楽曲版「Innocent」と表記されることが近年は多いです。

 

久石譲 『天空の城ラピュタ イメージアルバム 空から降ってきた少女』

「6. シータとパズー」「11. シータとパズー」器楽曲として収録されています。《君をのせて》の原石ともいえるこの楽曲、実はこの時まだサビのメロディはありません。♪父さんが~ のメロディは主題歌のとき生まれたものです。「Asian Dream Song」から「旅立ちの時 ~Asian Dream Song~」と同じパターンですね。♪夢をつかむ者たちよ~ 君だけの花を咲かせよう~ のサビは歌曲版に合わせて誕生したものです。

 

久石譲 『天空の城ラピュタ サウンドトラック』

「空から降ってきた少女」(サビメロディあり)「月光の雲海」(サビメロディなし)で器楽曲版を、「合唱 君をのせて」「ラピュタの崩壊」「君をのせて」で歌曲版を聴くことができます。これだけバリエーションに富んだ楽曲として本編に散りばめることができたのは、イメージアルバムがあったからこそと言えるでしょう。

ラピュタ愛に溢れている書き手としてもうちょっと言わせてください。「月光の雲海」(サビメロディなし)は、タイガーモス号の見張り台でシータとパズーが話すシーンです。サビまでいけなかったわけじゃなくてAメロを繰り返せるほどの曲尺です。イメージアルバム「シータとパズー」を継いでいるようにも感じます。曲名や曲に込められたテーマからも。宮崎駿×高畑勲×久石譲の綿密なディスカッションが目に浮かぶようです。

北米版ラピュタのサントラ盤「Confessions in the Moonlight」では、AB-AじゃなくてAB-サビへと変更がかかっていることもまた注目です。時を経てラピュタという作品を久石譲が再構築するときに、全体から俯瞰的に捉えなおしてそう判断した何かがきっとあったと思います。

 

 

主題歌「君をのせて」誕生までのエピソードはこれまで多方面にて語られています。

 

本編には主題歌は使われない予定であった。しかし、高畑は、観終わった観客に「宝を求めて行ったんだけれど、宝は手に入らなかった。かわりに何を手に入れたんだろう…」と和やかな気持ちで映画を反芻してもらいたい、そのためには歌があった方がいいのではないかと提案。急遽、高畑日く「映画全体と有機的に結びついた」主題歌制作が決定した。

高畑は宮崎に作詞を要請。曲は、「イメージアルバム」収録の「パズーとシータ」を元に中盤のサビを加えるよう久石に依頼した。高畑は久石と共に、メロディに合わせて助詞を添削してこれを補作し、主題歌「君をのせて」が出来上がった。レコーディングは86年7月7日であった。余りにもギリギリに完成したため、公開時にはシングルレコード発売は間に合わず、「サウンドトラック」に収録される形となった。

Disc. 久石譲 『天空の城ラピュタ サウンドトラック 飛行石の謎』 より抜粋)

 

「あれは夜中の11時ぐらいだったかな、他のシーンの音楽を書いていて疲れた時に、ふと浮かんだメロディだったんです。「ワクワクするような冒険活劇に暗いメロディは必要ないな」と、いったんはボツにしたんですが、宮崎さんとプロデューサーの高畑さんがとても気に入られて「歌詞を付けよう」という話になり、気がついた時には《君をのせて》がメインテーマになっていてビックリ(笑)。冒険活劇というと「スター・ウォーズ」に代表されるジョン・ウィリアムズのような曲を連想しますが、それとは正反対の《君をのせて》をメインテーマに据えることで、音楽の方向性が大きく変わった。宮崎さんと高畑さんが《君をのせて》のメロディに新たな意味づけをなされたおかげです。」(久石譲)

Blog. 久石譲 「ナウシカ」から「ポニョ」までを語る 『久石譲 in 武道館』より より抜粋)

 

「天空の城ラピュタ」の「君をのせて」は、最初、久石譲さんが歌われたデモテープを聴かせていただいたんですが、温かくて広がりのあるすてきな歌だと思いました。オーディションだったので、「絶対この曲を歌いたい!」って心から願いました。レコーディングのとき、宮崎駿監督に「自由に歌ってください」と言っていただいたことで気持ちが楽になったのを覚えています。完成披露試写会で作品を見たんですけど、どこで流れるのかを知らされてなくて、いつまでたっても流れてこないので、「使われなかったのかな…」って思っていたらエンディングで流れてきたんですよ。映画の感動もあって、号泣しました。(井上あずみ)

Blog. 「別冊カドカワ 総力特集 崖の上のポニョ featuring スタジオジブリ」(2008) 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

『天空の城ラピュタ』では、主題歌「君をのせて」を作るにあたって、まず宮崎さんからいただいた詞がありました。それをメロディにはめていく作業を、高畑さんと二人で何日もやったことを覚えています。いまでは世界中の人から愛されるようになったあの歌は、宮崎さんと僕、そして高畑さんがいなかったら、生まれていなかったのです。

Blog. スタジオジブリ小冊子「熱風 2018年6月号」《特集/追悼 高畑勲》 久石譲 内容紹介 より抜粋)

 

久石:
「ラピュラ」の時すごく考えてたのは、音楽的にまとめたオーケストラベースのものをできたらいいなあと。ただあの曲がメインテーマになるとは思わなかった。一応もうちょっと違ったやつを作ったはずなんですが、こういうのもあっていいやと夜の23時半ぐらいから20分ぐらいで作った曲。それで渡したら、これをメインテーマにしましょうと。あれぇ、全部ひっくり返ったぞと、そういう記憶があります。だからその「君をのせて」はメロディが先にあった曲。それに宮崎さんの言葉を当てはめていく作業。そこに足りない言葉を補っていく、これは僕と高畑さんとでやった。あの作業はとても楽しかったですよね。

鈴木:
これが主題歌になるとは思ってなかったですよね。とはいえね、宮崎のメモは大きいんですよ。あの地平線~ でしょ。高畑さんに言われてなるほどと思ったのはね、「わかります?鈴木さん。あの地平線、要するに目線がもう空にいる」って。多くの人は地上から空を見上げる。ところが宮さんの詩は、もう自分が空の上にいてそれで語ってる、それを中心にすれば歌になりますよって。なるほどおと思ってね。

久石:
「たくさんの灯が」っていうのが、まあ普通は言わないんですよね。プロの作詞家では絶対に書けない言葉。宮崎さんの言葉にはいつもそういうのがいっぱいあって、それが曲をかたちづくってる原点にはなってます。

Blog. NHK FM 「今日は一日”久石譲”三昧」 番組内容 -トーク編- より抜粋)

 

 

そして今では世界中で歌われています。日本語で大切に歌われています。

 

 

 

 

『となりのトトロ』

この作品では企画段階から歌が重視されていたこともありイメージアルバムはすべて歌曲からなる「イメージソング集」として生まれました。映画を観て流れてくるあの温かくて可愛くて優しくてわくわくするメロディたちは、そのほとんどに歌が先にあります。ぜひサウンドトラックと聴き並べながら同じ曲を見つけてみてください。名曲「風のとおり道」は歌曲と器楽曲と同時に誕生していたんですね。

 

1. となりのトトロ
2. 風のとおり道
3. さんぽ
4. まいご
5. すすわたり
6. ねこバス
7. ふしぎしりとりうた ※本編未使用メロディ
8. おかあさん
9. 小さな写真 ※本編未使用メロディ
10. ドンドコまつり ※本編未使用メロディ
11. 風のとおり道 (インストゥルメンタル)

久石譲 『となりのトトロ イメージ・ソング集』

 

久石譲 『となりのトトロ サウンドトラック集』

 

 

エピソードもご紹介します。

 

「この作品には二つの歌が必要です。オープニングにふさわしい快活でシンプルな歌と、口ずさめる心にしみる歌の二つです。(中略) せいいっぱい口を開き、声を張りあげて歌える歌こそ、子供達が望んでいる歌です。快活に合唱できる歌こそ、この映画にふさわしいと思います。(後略)」(宮崎駿)

(ジブリの教科書 3 となりのトトロ より抜粋)

 

『トトロ』のオープニング原画はもともと久石譲のイメージアルバム主題歌を元に描かれている。イントロが太鼓とシンバルだけの曲。ところが原画が上がる頃にバグパイプの入った曲が届けられると、これを聴いた宮崎駿は一瞬で気に入って曲の変更を決めている。

(ふたりのトトロ 宮崎駿と『となりのトトロ』の時代/木原浩勝 より抜粋)

 

「となりのトトロ」は、映画に先駆けて制作されるイメージアルバムのデモ作りから参加させてもらいました。主題歌はわたしが歌うことになっていたのですが、当初「さんぽ」は杉並児童合唱団が歌うことになっていました。でも、「井上あずみの声が入った方がしんがあっていいのでは」ということになり、児童合唱団用に歌ったわたしのデモがそのまま映画に使われたんです。こんな経験は後にも先にもこの一曲だけです。その曲が、20年たった今でも子どもたちが歌ってくれるわたしの代表曲になったのですから、出会いや縁は大切なものだなってつくづく思いましたね。(井上あずみ)

Blog. 「別冊カドカワ 総力特集 崖の上のポニョ featuring スタジオジブリ」(2008) 久石譲インタビュー内容 より抜粋)

 

 

 

『魔女の宅急便』

こちらもまたメロディの宝庫といえる作品です。魔女の宅急便の好きな曲を口ずさんでみて?となったら結構いろいろ飛び出すかもしれませんね。当初から輝くメロディたちの評判も良かったのでしょう。映画公開後に制作された歌曲集は、原作者の角野栄子はじめ作家陣が主人公キキの思いを詠った詩を作り4人の女性シンガーが歌っています。久石譲プロデュースです。

ひとつ添えると、元となっているのは一曲として完成しているイメージアルバムからです。そこからメロディを素材として映画本編用に施しているのがサウンドトラック曲です。曲名も変わっているので、イメージアルバム、サウンドトラック、ヴォーカルアルバムと曲名カード神経衰弱三つ巴にチャレンジしてみてください。

 

魔女の宅急便 イメージアルバム

 

久石譲 『魔女の宅急便 サントラ音楽集』

 

イメージアルバム → サウンドトラック 曲名の変化

  • かあさんのホウキ, 木漏れ日の路地 → 旅立ち, オソノさんのたのみ事…
  • ナンパ通り → 海の見える街(後半), 大忙しのキキ, パーティーに間に合わない
  • 町の夜 → 傷心のキキ
  • 元気になれそう → 仕事はじめ
  • 風の丘 → 海の見える街(前半), おじいさんのデッキブラシ
  • リリーとジジ → 身代わりジジ
  • トンボさん → プロペラ自転車
  • 世界って広いわ → 晴れた日に…, 空飛ぶ宅急便, ジェフ(後半), ウルスラの小屋へ, デッキブラシでランデブー
  • パン屋さんの窓 → パン屋の手伝い

*サウンドトラックに継がれなかった曲:渚のデイト、突風

 

また曲名カードで結びつかずに残ったものは、サウンドトラック盤で初めて登場することになる、新たに映画本編のために書き下ろされた楽曲です。

 

 

久石譲 『魔女の宅急便 ヴォーカル・アルバム』

 

イメージアルバム → ヴォーカル・アルバム 曲名の変化

  • 風の丘 → めぐる季節
  • 渚のデイト → 何かをさがして
  • パン屋さんの窓 → 想い出がかけぬけてゆく
  • 元気になれそう → わたしのこころ
  • 町の夜 → 黄昏の迷い子たち
  • ナンパ通り → 鳥になった私
  • リリーとジジ → 好きなのに!
  • 世界って広いわ → あこがれのまち
  • かあさんのホウキ, 木洩れ日の路地 → 魔法のぬくもり

 

 

 

歌でもインストでもメロディを楽しめるジブリ音楽です。そして歌らしい曲想に、インストゥルメンタルらしい曲想に仕立てあげる久石譲の魔法も光っています。

 

 

 

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Info. 2025/05/16 第6回 Young Composer’s Competition 開催決定! 【5/21 update】

Posted on 2025/05/16

【第6回YCC 募集開始】
若手作曲家の皆さん、今年もYoung Composer’s Competition エントリーを開始いたします!
SNSではひと足先に募集要項を公開いたしますのでご覧ください↓
追って公式コンサートHPにも詳細を掲載いたします。
たくさんのご応募お待ちしております! “Info. 2025/05/16 第6回 Young Composer’s Competition 開催決定! 【5/21 update】” の続きを読む

Info. 2025/06/14 「久石譲 presents センチュリー・ファミリーコンサート」開催決定!!【5/19 update】

Posted on 2025/05/02

【久石 譲presents センチュリー・ファミリーコンサート 開催決定!】

久石譲が日本センチュリー交響楽団とともに、小さなお子さまとご家族の皆さまに贈るスペシャルなコンサートが6月14日に開催決定しました。 “Info. 2025/06/14 「久石譲 presents センチュリー・ファミリーコンサート」開催決定!!【5/19 update】” の続きを読む

Info. 2025/05/09 EXPO大阪2025 「久石譲:ピアノソナタ」世界初演 滑川真希(ピアノ)【5/18 update】

Posted on 2025/05/05

2025年5月9日、大阪・関西万博2025のヨーロッパ・デー開会式に合わせて滑川真希さんによるステージが開催されます。プログラムのなかで久石譲初のピアノソナタが世界初演される予定になっています。 “Info. 2025/05/09 EXPO大阪2025 「久石譲:ピアノソナタ」世界初演 滑川真希(ピアノ)【5/18 update】” の続きを読む

Info. 2025/05/15 大阪万博記念の「大阪4オケ」、批評や祝祭が溶け合う音楽の競演(日本経済新聞より)

Posted on 2025/05/15

大阪万博記念の「大阪4オケ」、批評や祝祭が溶け合う音楽の競演

大阪の4つのプロオーケストラが一堂に会する「大阪4オケ2025」が5月10日、大阪市のフェスティバルホールで開かれた。大阪の春の風物詩となったこの企画も11回目。今回は大阪・関西万博開催記念として、各楽団が邦人作品と海外作品を持ち寄った。どの楽団も充実した音楽を披露したが、今回のテーマに合わせて「万博」という切り口から4者4様の演奏内容をリポートする。 “Info. 2025/05/15 大阪万博記念の「大阪4オケ」、批評や祝祭が溶け合う音楽の競演(日本経済新聞より)” の続きを読む

Info. 2025/06/25,26,27 「The Music of Joe Hisaishi」久石譲コンサート(フィラデルフィア)開催決定!! 【5/9 update!!】

Posted on 2024/02/16

2025年1月3,4日、久石譲コンサートがアメリカ・フィラデルフィアで開催されます。共演オーケストラはフィラデルフィア管弦楽団です。2024/2025シーズンプログラムのなかに企画されています。定期会員に先行チケット案内予定になっています。 “Info. 2025/06/25,26,27 「The Music of Joe Hisaishi」久石譲コンサート(フィラデルフィア)開催決定!! 【5/9 update!!】” の続きを読む

Blog. 雑誌「モーストリー・クラシック 2025年4月号」久石譲 インタビュー内容

Posted on 2025/05/04

クラシック音楽誌「MOSTLY CLASSIC モーストリー・クラシック 2025年4月号 vol.335 」(2月19日発売)に久石譲のインタビューが掲載されています。特集「ベートーヴェン 傑作の森に分け入る」で組まれた企画です。

 

 

作曲家と指揮者 二つの眼
久石譲が語るベートーヴェンとリズムの力

作曲のみならず、指揮者としても活動を展開する久石譲。日本センチュリー交響楽団の音楽監督として初めて迎える2025~26年シーズンに、プログラムの核として掲げたのがベートーヴェンの交響曲だ。作曲と指揮、2つの眼でもって音楽と向き合う久石は、この不朽の名作をどう見ているのか。

文・植村遼平

 

《英雄》は若々しい作品
浮かぶ楽想を全て入れ込む

ー久石さんはベートーヴェンの交響曲全曲を演奏、録音されていらっしゃいます。

久石:
トータルで見て、ベートーヴェンの9曲の交響曲は、音楽史上最も頂点に近い作品だと思います。クラシックの音楽史は、まずベートーヴェンがいて、そして(音楽史を)豊かにする他の作曲家がいます。今年は日本センチュリー響の音楽監督の1年目。まずはいろんな指揮者で、ベートーヴェンの交響曲を全曲できればと考えました。

ー第3番《英雄》についてのお考えをお聞かせください。

久石:
《英雄》は、ベートーヴェンがまだ若かったせいか、頭に浮かんだ楽想を全部使っている作品です。それゆえに構成があまり見えないのですが、作曲家の視点で言うと、これは非常によく分かる。浮かんできちゃうんだから。第5番《運命》や第7番の頃には、ベートーヴェンは自分の音楽の核が「リズム」であることを自覚していますが、《英雄》ではまだそれがはっきり見えてはいない。それでも、《英雄》には若い時のエネルギーがあり、それが人に対して説得力を持つのだと思います。

 

「もっと言いたい」思い

ー《英雄》はまだ若い作品で、それが魅力でもあると。

久石:
まず当時の作曲家の作品には、全てソナタ形式があります。提示部、展開部、そして再現部。フォーマットがしっかりしていたから、ハイドンは104曲、モーツァルトも41曲の交響曲が書けました。しかしベートーヴェンの時代からは、宮廷ではなく、一般の聴衆を相手にするようになった。すると、音楽に人間の感情をどんどん入れるようになる。ソナタ形式はまだ強く残っていたので、作品の構成は明確だけれども、時代、そして若さゆえに、ベートーヴェンは「もっと言いたい、もっと言いたい」と。そのためにベートーヴェンは曲が始まる前に膨大なイントロをつけるようになります。第7番がまさにそうですよね。《英雄》はいきなり主題から始まる点で潔いけれど、終止部に入ってから、「これじゃ物足りない」というようにもう一度流れをつくっていく。そういった”思い”と、目に見える形式とは別の問題だからね。

そしてもう一つ。ベートーヴェンの中で《英雄》はナポレオンに感化されて作曲したもの。つまり、音楽的な理由からではなく、人間として日々を生きる中での感動をテーマに作曲したんです。これと同じものが第6番《田園》。田舎の情景を表現しようとする、普通の人間の感覚です。また、《田園》の頃はそういう音楽がすごく流行りだした時期でもありました。ロマン派は文学。ストーリーがあるものをなぞっていく。ソナタ形式に代わる形態として、言葉が入ってくるわけです。

 

論理的に作り無駄を省く
究極は後期弦楽四重奏曲

ー浮かんだ楽想を入れ込んでいくことに、作曲家として共感されるのですね。

久石:
もう僕の年齢だと、浮かんだもの全てを入れようとはなりませんが(笑)。(ベートーヴェンの場合は)第9番を聴くとよく分かりますが、ある年齢になると、浮かんでくるものを入れるというよりも、論理的に構成をするっようになります。その結果として、無駄のない作りに変わる。特に第1楽章は非常に形式的にはっきりしていますね。しかし、ベートーヴェンでも昨日には戻れない。第九を書くような晩年に、《英雄》のような曲は絶対に書けない。だから面白いんです、人の歴史って。

ー作曲が洗練されていく流れとはどういうものでしょう?

久石:
ベートーヴェンは、まず新しいチャレンジを真っ先にピアノ・ソナタで実験します。その実験を交響曲に持ち込んで、最終的に弦楽四重奏曲で全ての無駄を排除した形態をとって昇華させるんです。一歩一歩、1つずつクリアしながら登り詰めていく。弦楽四重奏曲の後期作品は、喜怒哀楽に全く左右されない、人間を超越したような作品ですよね。

 

一つのフレーズの積み重ね
リズムの仕掛けは第7番にも

ー先ほどはベートーヴェンの核に「リズム」があったと仰いました。どのように重要だったのでしょうか?

久石:
ベートーヴェンは曲を一拍子で書く癖があります。(例えば第九のスケルツォ楽章は)小節数がとても多いですよね。本来拍子は四つのまとまりで取れるはずだけれども、彼の場合は途中でそれが二つ、三つになったりする。もし通常の4/4拍子で三連符を使って書くと、途中で変拍子をたくさん入れなきゃいけなくなります。突き詰めていくと、一拍子表記によって全てを書くことができる。それを指揮者が二つや三つ、四つのフレーズなどにグルーピングしていきます。ロマン派の作曲家はメロディー優先で、8小節を大楽節とする基本がありますが、ベートーヴェンにその発想は合いません。まず節があって音楽を作るというやり方ではなく、リズムに焦点を当てて一つのフレーズを積み重ねていく。アプローチが根底から違うんです。

ーこのリズムの発想がよく表れている作品とは?

久石:
《英雄》でもすでに表れています。(第1楽章冒頭の)「タータ、タータ、タタタター」という旋律は、変ホ長調のI度のコードのまま。つまり音型です。そこにリズムのバッキング(伴奏)が、3拍子だけれども2拍子のように、断ち切るように現れる。このやり方はその後、シューマンなどの作曲家がみんな真似をするほど、影響力が強いものでした。

自分が指揮をするようになって、リズムのすごさを実感したのは第7番の第3楽章です。同じく第1楽章も、(コーダの)「ダンダダン」というリズムをクリアに演奏するのは本当に大変。色んなところに仕掛けがありますから、心地よいリズムなどという発想ではないんです。

 

「ミニマル」からの視点

ーこういった感じ方は、ご自身が作曲家であることと関係するのでしょうか?

久石:
僕は作曲家としてミニマル的なアプローチを最終的に選びました。その経験からもう一度クラシックを見つめ直した時、「今まで誰もやっていなかったけど、こういうアプローチがあるんじゃないか」、「未来のクラシックはこう変わるんじゃないか」と思って指揮活動を始めたんです。

ー指揮をする際、リズムに関する指示は特に意識しますか?

久石:
意識はあります。メインのメロディーラインの裏には、それを盛り上げる伴奏や、対位法的な別の旋律があります。そこに書かれた音楽というのは沢山あるわけです。メロディーラインを一生懸命指揮するというよりも、むしろそれを支えているものをいかにクリアにするかというアプローチです。リズムをメインに組み立てて、オーケストラにも伝える。そうすると、結果として非常に立体的な演奏になります。

ー日本センチュリー響との定期公演では、《田園》(6月)、《第1番》(9月)、《英雄》(26年1月)を指揮されます。合わせるのは、いずれもご自身の作品です。

久石:
ベートーヴェンのような長い年月支持されてきた絶対的な名曲と、自分の作品を一緒に演奏する時、「クラシックのメインプログラムが、何をもってそこにいられるのか」をすごく考えます。そうすると、自分の作品が「これは自分の思いが詰まった、全てを懸けた曲なんだ」という程度のレベルではいけない気がします。もっと、名曲と呼ばれるものの底辺にある、人々に共感を与える何か。現代音楽の作曲家は、そういうものを激しく忘れてしまっているのではないかという自戒を込めています。

(MOSTLY CLASSIC モーストリー・クラシック 2025年4月号 vol.335 より)