第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第22回:「メロドラマはこうして生まれた」—後編

「メロドラマにならないんですよ」

宮崎駿監督が久石譲に打ち明けたのは、1日目の録音がすべて終わった後だった。

「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)で一気にエンディングに突入する構成だったが、最後にもう一度、テーマ曲「人生のメリーゴーランド」を登場させたいというのだ。

オーケストラの録音当日に大幅な路線変更をするのは、極めて異例。久石と監督は、話し合いをするため、2人きりで楽屋に入った。

その間、ホール内は重い空気で覆われた。スタッフは「決裂の可能性もある。どうなるか分からない」と頭を抱えていた。

監督がこだわった「メロドラマ」とは、一体何か。

メロドラマには現在、「昼メロ」に代表される通俗的な愛憎劇のイメージが強いが、そもそもはギリシャ語の「メロス」(旋律)と「ドラマ」(劇)が一緒になった伴奏つきの演劇のことだ。音楽が演技と同等、あるいはそれ以上の重要な役割を果たし、18世紀に発達した際には、恋愛をテーマにしたものが数多く上演された。

「ハウルの動く城」は、制作開始時から「戦火のメロドラマ」だと謳われてきた。監督は、恋愛劇であるのはもちろん、「徹底的に一つのテーマ曲でいきたい」という言葉に代表されるように、音楽が内容を物語るというそもそもの意味でのメロドラマを目指していたと推測される。

実は、当初の編曲でも「ケイヴ」の最後に、テーマ曲の断片は挿入されていた(サウンドトラック盤に収められているのはこのバージョン)。しかし、巨大スクリーンで演奏と一体になった映像を目にしたことで、監督はもっと強烈にテーマ曲を欲してしまったのだ。

楽屋での話し合いで、久石は立腹することなくこの提案を受け入れた。「むしろありがたいと思ったよ。それだけテーマ曲を大事に考えてくれたということだから」

久石は頑固な男だ。ただしそれは、作品に対してという意味で。必要性を理解できれば、困難も積極的に受け入れる。

2人が楽屋から出てきた。久石は結論を語らないまま、スタッフに指示を出した。「今日録音した『花園』を用意して」。監督と話すうちに浮かんだアイデアを試してみようということらしい。

テレビモニターの前に2人が座ると、クライマックス場面の映像とともに、再び「ケイヴ」が鳴り始めた。

2日目は朝から雨。楽屋前には奏者たちの傘が鮮やかに並んだ

ソフィーが残骸となった城の扉を開け、ハウルの少年時代に迷い込む。ハウルに出会ったソフィーは、「未来で待ってて」と言い残し、闇にのみ込まれてしまう。涙を流しながら歩く彼女の前に、再び扉が現れ──。

「ここで『ケイヴ』を切って」。久石が指示を出すと、曲が止まった。

一瞬の静寂の後、ソフィーが外へ飛び出す場面で、新たな指示が出た。「ここから『花園』に切り替えて」

「花園」は、ハウルがソフィーに思いを伝える場面に流れる曲で、「人生のメリーゴーランド」のメロディーで彩られている。この曲を今度は、ソフィーがハウルに思いを伝える場面で再登場させようというのだ。

曲が始まった瞬間、スタッフからどよめきが起こった。別の場面のために作られたはずの曲が、ぴたりと合ったのだ。

「いいね」。監督が言った。

「長さが少し足りないけど、これに『ケイヴ』の終盤部分をつなげばいけるかも知れない。ただ、時間がないのがねぇ」と久石がつぶやくと、監督はいたずらっぽく久石の肩を叩いた。「なぁに、2、3日徹夜したって大丈夫だよ」

「まったくもう」。そう言い返した久石の口元には、笑みがこぼれていた。

2004年6月30日。前日と同じ午後1時から、2日目の録音が始まった。指揮台に立った久石は、静かにオーケストラに語りかけた。「予定にありませんでしたが、最初にちょっと試したいことがあります」

奏者たちに緊張が走った。彼らも、昨日の空気から久石が何を試そうとしているか知っていた。

スクリーンに映像が流れ、演奏が始まった。久石は、自分の指揮だけを頼りに、オーケストラを引っ張った。「花園」から、「ケイヴ」の終盤部分に引き継ぐ編曲は、あらかじめ決まっていたように、クライマックス場面に寄り添い、ソフィーとハウルの心情を、見事に歌い上げた。

演奏が終ると、監督は真っ先に立ち上がって拍手した。奏者たちも成功を喜び、足を踏み鳴らした。

「どうでした?」と指揮台の久石が振り返ると、客席中央の監督は、手で大きなマルを作った。

久石がわざと「それじゃ分かりません」という表情をすると、今度は大きな声で叫んだ。

「これでメロドラマになりましたぁ」

気がつけば、ホール内にいた他のスタッフたちも拍手していた。「ハウル」という名のメロドラマが誕生した瞬間だった。(依田謙一)

(2004年7月19日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第21回:「メロドラマはこうして生まれた」—前編

録音は時間との戦いだ。「ハウルの動く城」では、2日間で30曲を収録しなければならない。自ら指揮も務める久石は後日、こう振り返っている。

「進行など、責任は全部自分にあるからね。気が抜けなかったよ」

そんな過酷な状況のなか、チャレンジ精神旺盛な久石は、新しい試みをした。サウンドトラックでは、物語の流れや登場人物の感情の起伏に合わせて、30分の1秒まで合わせた編曲を組む。そのため、録音では映像と同期させるために「クリック」と呼ばれるデジタル音を聞きながら演奏するが、今回はそれをやめた。

「デジタルでぴたりと合った演奏より、音楽のうねりを残したかった。ただ、旋律が豊かだとオーケストラは朗々と歌い始めるから、その分、どこかで急がないとタイミングが合わなくなるんだよね。だから頭の中は電子計算機のようにフル回転だったよ」

録音が始まってしばらくは、場面が終わっているのに曲が残ったりしていたものの、すぐにコツをつかんだ。「最近、指揮に力を入れてきたからね。少しは振れるようになったということかな」

宮崎監督は、相変わらず客席の真ん中に座ったまま、スクリーンに映し出される映像と生の演奏に見入っていた。

1曲終わる度に、指揮台の久石が客席を振り返り、「どうですか」問いかける。その都度、監督は両手でマルを作って答えた。

マルのバリエーションは、録音が進むにつれて増えていった。マルが小さいと「いま一つ」、右手の指と左手の指がくっついていないと、「よかったけどちょっと相談したい」といった具合だ。

そんな監督が、この日、一際大きなマルを作ったのが、イメージアルバムにも収録された「ケイヴ・オブ・マインド」(サウンドトラック盤では「星をのんだ少年」に改題)の演奏だった。

録音のためにすみだトリフォニーホール(東京・墨田区)の舞台裏に仮設されたコントロールルーム

同曲の本編での起用は、ちょっとした偶然から決まった。クライマックス場面の音楽打ち合わせで行き詰っていた久石と宮崎監督が、「試しに」と流してみたら、イメージアルバムの編曲そのままで、見事に合ったのだ。監督は、曲中に登場するトランペットソロも気に入った。「本編も、この音がいい」

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によって演奏されたイメージアルバムで、ソロを担当したのはミロスラフ・ケイマル。同フィルの前首席奏者でもある彼の演奏は、圧倒的な音量でありながら、包容力のある優しい音色で定評がある。

今回の録音では、そのケイマルをチェコから呼んだ。たった1曲のためのスペシャルゲストだ。演奏前、久石が新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーにケイマルが紹介すると、奏者たちは激しく足を踏み鳴らして喜びを表現した。監督も、待ちかねていたとばかりに拍手する。

「ケイヴ」の録音が始まった。チェコ・プラハのドボルザークホールで鳴ったのと同じ、やわらかな音色が、ホールに響き渡った。スクリーンには、主人公ソフィーが「ハウルの心の洞窟」を訪れる場面の映像が、いっぱいに広がる。

空から落ちてきた星たちが湖にぶつかり、砕け散る。そこに現れた少年時代のハウルを見つめるソフィー。幻想的な光景を、ケイマルのトランペットが包み込む。

7分以上にわたる演奏が終わった瞬間、宮崎監督は大きなマルを作り、惜しみ無い拍手を送った。ケイマルは丁寧に頭を下げると、久石のもとに歩み寄り、固い握手を交わした。久石を「君は他に代わりのいない、たった一人の音楽家だね」と讃える。久石が照れながら返す。「あなたこそ」

すべてが順調に見えた。

しかし、なぜかこの曲を境に、宮崎監督の顔から笑みが消えていった。1曲ずつに満足しつつも、何かに悩んでいるようだった。

1日目の予定曲がすべて終わった後、監督がスタッフに神妙な顔で語りかけた。「久石さんと話した方がいいかも知れない」

監督は指揮台の久石のもとに駆け寄り、おもむろにこう語りかけた。

「メロドラマにならないんですよ」(依田謙一)

(2004年7月12日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第20回:「ずっと待っていた日」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第20回:「ずっと待っていた日」

2004年6月29日。いよいよ「ハウルの動く城」のオーケストラ録音の日がやってきた。前日の午前2時まで譜面の確認をしていた久石譲は、録音開始の1時間前、午後12時に東京・墨田区のすみだトリフォニーホールに到着した。

「渋滞に巻き込まれちゃって……」と足早に館内へ入る。

宮崎駿監督や、演奏する新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターらと慌ただしくあいさつし、早速ステージへ。舞台後方に仮説された巨大スクリーンを見上げると、大きく深呼吸した。

「これまでは指揮台脇のテレビモニターを見ながら録音していたけど、気分的にこじんまりしちゃうところがあってね。『ハウル』には昔の映画でやっていたような方法が合うと思って、大きなスクリーンを用意してもらったんだ」

舞台上には、すでにオーケストラのメンバーが集い始めていた。楽器を調整する音が、ホール内に響き渡る。

奏者たちはスクリーンに映し出される映像を見ては、嬉しそうに笑い合っていた。楽しみで仕方なかったという様子だ。

「ずっと待っていた日ですからね」――同フィルの企画制作担当を務める安江正也が言う。「『ハウル』の演奏は、こちらから、『どんなスケジュールでも合わせる』と熱心に働きかけていたものなんです」

サウンドトラック用のオーケストラの選定には、様々な候補があったが、久石はこの心意気に胸を打たれた。「クラシック業界でもっとも苦労するのは日程調整。2年、3年先まで目一杯決まっているのが当たり前なんだ。それを『いつでも合わせる』と宣言することは、大変だったと思う」

「久石さんとはツアーでも何度も共演している。お互いの信頼関係は厚い」と語る新日本フィルの安江正也

世界のオーケストラには、クラシックへのこだわりから、映画音楽の演奏を一貫して引き受けないところもある。新日本フィルは、なぜそこまでして参加を熱望したのか。

安江はその理由をこう話す。「目の前に出された音楽は積極的に楽しもうというのが、私たちの姿勢。ジャンルは問題じゃない。宮崎作品への参加は、『千と千尋の神隠し』に続き2作目ですが、形式に縛らない楽曲に取り組んだことで、これこそ自分たちの力を最大限に発揮できる音楽の一つだと分かったんです」

録音直前、監督と簡単な打ち合わせをした久石は、集中するために楽屋にこもった。たった1人、誰も近寄れない時間だ。

午後1時、約100人のオーケストラが揃うと、久石がステージに現れた。「こんにちは。今日は映画『ハウルの動く城』の録音です」

ステージに監督を呼び、「宮崎駿さんです」と紹介する。メンバーは楽器でふさがれた手の代わりに、盛大に足を踏み鳴らした。

監督は照れくさそうに「よろしくお願いします」と頭を下げると、客席へ向かった。スタッフが「舞台裏のコントロール・ルームなら台詞も一緒に確認できますが」と案内すると、「ここでいいです」と微笑み、スクリーンがよく見えるホールの真ん中に腰を下ろした。

久石が指揮台に登る。場内が静寂に包まれた。

「まずは一度、通してみようか」

最初に選ばれたのは、主人公ソフィーとハウルの出会いの場面の曲。ハウルが現れた瞬間、指揮棒が振り下ろされ、弦がピチカートをやさしく奏で始めた。

やがてハウルを追うゴム人間たちが登場すると、静かだった旋律に躍動感が加わっていく。逃げる2人。路地裏を駆け回るも、すぐにゴム人間の集団に八方をふさがれてしまう。その瞬間、ハウルはソフィーを連れ、一気に空へ駆け上がった! 空中を歩く2人のバックにテーマ曲「人生のメリーゴーランド」が壮大に鳴り響く。

「ハウル」の音が、ついに動き始めた。(依田謙一)

(2004年7月5日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

Info. 2004/07/04 [ラジオ] J-WAVE「MARUNOUCHI Classy Cafe」出演

新プロジェクト「久石譲&World Dream Orchestra」の6月16日に発売されたアルバム「WORLD DREAMS」。このアルバムに収録された曲を一日一曲ずつ久石さんが経験談を含め、説明してくれます。CDを実際に聞いて説明を受けるとかなり楽しめるはず!

期間は7/4~8/15まで毎週日曜日19:00~19:54です。
要チェックです!!

 

Disc. 久石譲 & 新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ 『WORLD DREAMS』

久石譲 『WORLD DREAMS』

2004年6月16日 CD発売 UPCI-1003

 

新日本フィルハーモニー交響楽団との新しいポップス・オーケストラを目指したニュープロジェクト、それが「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」の誕生。

記念すべき第1弾。目玉は「ハードボイルド・オーケストラ」、例えるなら「夏場のラーメン」。ブラスセッションが鳴りまくる男らしいコンセプトとなっている。

 

 

World Dreams
これは、ワールド・ドリーム・オーケストラのテーマ曲。このオーケストラのアイデンティティを象徴する曲といってもいい。もともと祝典序曲のような曲を創ろうと思っていた。シンプルで朗々と唄う、メロディを主体とした曲。メジャーで、ある種、国歌のような格調あるメロディで、あまり感情に訴えるものではないもの。ストーンと潔い曲を書きたかった。

以前、『Asian Dream Song』という曲を書いた。今回は『World Dreams』だ。じゃあ、アジアの夢が世界の夢になったのかというと、そんなことはない。情報技術の飛躍的な進歩によって、世界はどんどん小さくなって、地域になってきている。同時に世界全体のシステムというものが壊れ始めている。しかし、これが世界の夢だったのか? 世界中の人々の夢は何だったのか? こんな世界を人々は望んではいなかったはずだ。音楽家としてできることは何なのか。僕は憑かれたように作曲した。

この曲が、聴く人のささくれ立った感情を少しでも和らげ、そして「まあ、いいか、明日もまた頑張ろう」と思ってくれたら…。そんな気持ちを代表しているようなのがこの曲だ。

曲ができて、3管編成のフルオーケストラのスコアにまとめるまで1週間ほど。それはちょっと「自分は何かに書かされているんじゃないか」と思うくらいの速さだった。

 

天空の城ラピュタ
これは、ティム・モリソンさんが吹くことを想定して、彼のためにアレンジした。これまで何度もやってきた曲だけれども、ティムさんという演奏家を得て、新日本フィルと共に演奏するというところで、改めてアレンジした。今までの印象とは違う曲になっている。ティムさんは本当に音楽性豊かな演奏家。大いに期待してほしい。

 

007 Rhapsody
僕にとっての007シリーズは、ショーン・コネリーに尽きる。ここでやる「007のテーマ」「ロシアより愛をこめて」「ゴールドフィンガー」は、ショーン・コネリーの一番いい時期の作品だ。また、全作を通じて音楽的にもメロディ的にも強いのはこの3作。オーケストラで演奏するということは、言葉(歌詞)がなくなるわけだから、その分メロディのしっかりした曲がいい。この3曲がベストだ。

 

The Pink Panther
ヘンリー・マンシーニのこの作品は、ワンフレーズ聴いただけで何の曲かはっきりわかる、とても個性的な曲。これほどユーモアがあって、しかもしっかり創られている曲は少ないので、これはのちのち、我々にとっても大事な曲になっていくと思う。だからぜひやりたかった。ところで、この曲はたいがい、ブラス・サウンドが中心になる。しかし今回は、「隠し味」とも言える、弦のちょっと色っぽい音がすごく重要な要素。それがたぶん、僕のアレンジの特色になるだろう。

 

風のささやき
映画「華麗なる賭け」のテーマ。これを選んだのは、映画よりもミシェル・ルグランの作品だから。彼にはクラシックの要素があり、ジャズにも精通していて、楽曲がとても機能的にできている。それでいて、変に情緒に流れない。有名な2小節のフレーズがほとんど変わらずにずっと続くこの曲は、フランス人である彼のハリウッド・デビューの曲だ。全世界を相手にしようって時に、彼は敢えて、このような機能的で情緒に流れない曲を持ってきた。これは大チャレンジだと思う。しかも、「このコード進行しかありえない」って時に、メロディは違うところにいって、不協和音になってしまう。この曲については、アレンジは10通りくらい書いたと思う。一番苦労した曲だ。木管と弦だけという非常にシンプルな形態をとったが、決して楽ではないこの曲で、CDでもオーケストラが素晴らしい演奏をしている。

 

Iron Side
テレビで部分的に使われることが多くて、そういうイメージが強いが、とてもいい曲だ。「鬼警部アイアンサイド」のテーマで、創ったのはクインシー・ジョーンズ。僕はクインシー・ジョーンズが好きでよく聴いてるけど、いつも羨ましいと思うのは、彼がソウル・ミュージックやブルースといったブラック・コンテンポラリーの原点をちゃんと持っていて、いつでもそこに帰ることができるということ。そんな彼の曲の中でも、これはとても洗練された楽曲。いろんなものが凝縮している曲だ。

 

China Town
同名の映画は1930年代を舞台にした、情ない探偵の話で、僕の大好きな映画。主演のジャック・ニコルソンも好きな俳優だ。曲はジェリー・ゴールドスミス。この曲のテーマが頭にこびりついていたので、今回、ティムさんというトランペット奏者を得て、どうしてもこの曲を入れたいと思った。ティムさんのジャジーな雰囲気も素晴らしい。その演奏からは、音楽性の幅の広さがわかる。

 

Raging Men
HANA-BI
北野武監督の映画「BROTHER」の中で使った曲。エネルギーの塊みたいな曲なので、オーケストラのパーカッションとブラスの激しさを聴いてもらいたい。『HANA-BI』は、マイ・フェイバリット・ソングのひとつ。今回はヴァイオリンをフィーチャーしている。これまでとは違った魅力を感じてほしい。

 

Mission Impossible
あまりにも有名な、「スパイ大作戦」のテーマ曲。この曲を創ったラロ・シフリンも大好きな作曲家だ。変型のはずなのに、心地いい5拍子。このリズムの凄さが、オーケストラのダイナミック・レンジを表現するのにぴったりだ。「ハードボイルド・オーケストラ」のシメの曲としてもピッタリではないか?

 

Cave of Mind
ここでもティムさんの豊かな音楽性が充分に発揮される。こうして一緒にツアーを回れることは大きな喜びだ。

 

Blog. 「World Dream Orchestra 2004」 コンサート・パンフレットより

 

 

 

ワールド・ドリーム・オーケストラ 久石譲

新日本フィルハーモニー交響楽団とのこのニュープロジェクトは、色々考えて「ワールド・ドリーム・オーケストラ」と命名した。そして、まずこのCDの制作を決めた。

目玉は「ハードボイルド・オーケストラ」という組曲だ。例えるなら「夏場のラーメン」。暑い夏に熱いラーメンを食べて汗を掻き切ると清々しくなる。それと同じで暑い夏に暑苦しいブラスセクションが大汗を掻いて鳴りまくって!という男らしいコンセプトなのだ。

そして、あまり今までやった事のなかった自分の楽曲でないもののアレンジに取り掛かった。「Mission Impossible」とか「007」とか、しかし、何か物足りなかった。

何をやりたいんだろう、このオーケストラと?
何のために……。

そんな中でこのオーケストラの為に曲を書き下ろした。もともと祝典序曲のようなものを、と思っていた。作曲している時、僕の頭を過ぎっていた映像は9.11のビルに突っ込む飛行機、アフガン、イラクの逃げまどう一般の人々や子供たちだった。「何で……」そんな思いの中、静かで優しく語りかけ、しかもマイナーではなくある種、国歌のような格調のあるメロディーが頭を過ぎった。「こんなことをするために我々は生きてきたのか?我々の夢はこんなことじゃない!」まるで憑かれたように僕は作曲し、3管フル編成のスコアは異様な早さで完成した。タイトルは「World Dreams」以外なかった。漠然と付けた名前、「ワールド・ドリーム・オーケストラ」ということ事体がコンセプトそのものだった。

レコーディングの当日、まさにこれから録る!という時に僕は指揮台からオーケストラの団員にこれを伝えた。「感情的な昂りは音楽事体には良くない」といつも心がけていたが、込み上げてくるものを押さえることが出来ないまま僕は腕を振り続けた…。そしてホールに響いたその演奏は、今まで聞いたことがないくらいすばらしいものだった。

その瞬間、僕らは「ワールド・ドリーム・オーケストラ」として1つになった。

久石譲

 

 

 

最後のレコーディング・セッションが終わった瞬間、久石さんは僕と笑顔で固い握手を交わしました。しかしこれは単に久石さんとコンサートマスターである僕との握手ではなく、このオーケストラ全員と久石さんとの握手の象徴なのだという実感が沸き起こりました。

初日のリハーサルで一曲目に演奏した「World Dreams」を弾き終えた時に「これは素晴らしいアルバムになる」という直感を得ましたが、レコーディングが進むにつれ僕のそれは確信へと変わっていきました。何より僕にそう思わせたのは、プレイバックの度に全員が集まりそれを聴き、終わればまたディスカッションし、最高の演奏を残そうというオーケストラの結束力と久石さんとの一体感が増しているのが感じられたからです。

僕達が残した最高のテイクを今はトラックダウンするという作業を久石さんと僕は行っていますが、時間をおいてスタジオで今聴いても、最大のエネルギーと繊細さで紡ぎ出された全ての作品は永久に生き続けていける強い生命力を吹きこまれたものとして響いています。

皆さんにそれらを、CD、あるいはコンサートでお届けできることを嬉しく思っています。

ソロ・コンサートマスター 崔文洙

 

 

今回、久石譲さんと新日本フィルハーモニー交響楽団とのレコーディングプロジェクトに参加出来た事を心から光栄に思います。久石さんの音楽は全ての人々の心を包み込み、そして素晴らしいオーケストラのメンバーによって演奏されました。また、この音楽を再び一緒に出来る事を楽しみにしています。

トランペット・ソリスト ティム・モリソン

(コメント ~CDライナーノーツより)

 

 

 

(1) 『WORLD DREAMS』は、もともと祝典序曲のようなものを、とこのプロジェクトのために制作。久石譲本人が、「国歌のような格調あるメロディーが頭を過った」と語っているとおり、壮大であり品格ある美しいメロディー、3管フル編成のスコアとなっている。まさに、このプロジェクトを象徴する曲であり、類まれな名曲の誕生だと思う。

また自身の映画音楽作品からは、以下のとおり。

(2) 『天空の城ラピュタ』では、トランペット奏者ティム・モリソンさん迎えたことにより、なんとあのパズーの印象的なトランペットから幕を明ける。トランペットのメロディーとオーケストラがだんだんと躍動感を増すなか、あのメインテーマへ。ここでもトランペットがフィーチャーされている。後半は冒頭のパズーのトランペットメロディーとメインテーマが絡みあうなか、一気にダイナミックなクライマックスを迎える。おそらくパズー(=男らしい)を主役としたアレンジの妙を体感できる、高揚感いっぱいの最高傑作、もうひとつのラピュタの世界を体験できる。

(8) 『Raging Men』では、北野武監督 映画「BROTHER」の本編さながら、パーカッションとブラスセッションがこれでもかというくらいかき鳴らし響きわたる。

(9) 『HANA-BI』では、このプロジェクトのためと思われるが、あえてピアノを編成から外し、原曲ではピアノが印象的だった叙情的なメロディーを、ヴァイオリンやイングリッシュ・ホルンが官能的に奏で、ストリングのクライマックスと、ひと味ちがう、より感情の揺れが表現されたようなアレンジとなっている。

(11) 『Cave of Mind』は、映画「ハウルの動く城」イメージ・アルバムにて同曲名で発表され、サウンドトラックでは『星をのんだ少年』という曲名になり、本編でも印象的なシーンに流れていた名曲。もともとトランペットの美しい響きが堪能できるこの曲は、もちろん本作では、ソリストのティム・モリソンさんのトランペットが華を添えている。

 

その他、幅広い作曲家の映画音楽を編曲し、演奏している。

(3) 『007 Rhapsody』では、ハードボイルドでダンディなジェームズ・ボンドの世界を、時に激しくドラマチックに、時にセクシーでムード感いっぱいに、表現している。

(10) 『Mission Impossible』でも、まさに「スパイ大作戦」の臨場感、興奮、スリリングさが凝縮された、ブラスセッション&パーカッションも大活躍な楽曲となっている。

他の楽曲もふくめ、本作に収められたすべての楽曲、その編曲、その演奏と、ポップスオーケストラの本領や持ち味をフルに堪能できる、そんな贅沢なアルバムである。

補足ではあるが、トランペットのソリストとして迎えられたティム・モリソンさんは、元ボストンポップス首席奏者も務めている。

このニュープロジェクト「久石譲&新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ」では、数多くのコンサートも開催されている。

 

 

 

久石譲 『WORLD DREAMS』

1. World Dreams (書き下ろし新曲)
2. 天空の城ラピュタ (映画「天空の城ラピュタ」より)
3. 007 Rhapsody (映画「007 James Bond」より)
4. The Pink Panther (映画「ピンクパンサー」より)
5. 風のささやき (映画「華麗なる賭け」より)
6. Ironside (ドラマ「鬼警部アイアンサイド」より)
7. China Town (映画「チャイナタウン」より)
8. Raging Men (映画「BROTHER」より)
9. HANA-BI (映画「HANA-BI」より)
10. Mission Impossible (映画「スパイ大作戦」より)
11. Cave Of Mind (映画「ハウルの動く城」より)

Trumpet Solo:Tim Morrison 2. 4. 6. 7. 11.

Recorded at Sumida Triphony Hall

except
Ironside Arranged:Kousuke Yamashita

 

WORLD DREAMS

1.World Dreams
2.Castle in the Sky
3.007 Rhapsody
4.The Pink Panther
5.The Windmills of Your Mind
6.Ironside
7.China Town
8.Raging Men
9.HANA-BI
10.Mission Impossible
11.Cave Of Mind

 

第19回:「いいねぇ」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第19回:「いいねぇ」

2004年5月下旬。第57回カンヌ国際映画祭で、バスター・キートンの無声映画「キートン将軍」(1926年)のデジタル修復版の上映に合わせてオーケストラの指揮を務めた久石譲は、帰国するとすぐに「ハウルの動く城」の作曲に戻った。

スタジオにはジブリから毎日のように新しい映像が届く。これまで無音だったものにも効果音や台詞が入ったことで、より具体的にイメージできるようになった。

作業は連日、午前3時や4時まで続き、多い時には一日4曲ものペースで次々に楽曲の原形が出来上がっていく。

驚異的なスピードだが、録音エンジニアの浜田純伸は「久石の姿勢に妥協があったわけではない」と強調する。「時間がない時はつい、“こういけばいいのに”と思うことがある。でも久石は絶対にそうしない。新しいものをとことん探し続ける。『となりのトトロ』(86年)の頃から一緒にやっているが、ずっとそう」

速さの理由を尋ねると、こう答えた。「カンヌを挟んだことで、気持ちを切り替えられたのが大きいと思う。おかげで、帰りの飛行機の中では『ハウル』をああしたいこうしたいって頭の中がいっぱいで、溢れてくるアイデアとイメージが止まらなくなっていた。むしろ、こっちがついていくのが大変だった」

テーマ曲「人生のメリーゴーランド」は、場面に合わせて様々な編曲が施された。時に悲しみを、時に勇気を、時にユーモアを表現しながら、30曲中17もの曲に登場することになった。

久石が振り返って笑う。「毎日同じ曲というのはさすがに辛かったね。一日が始まると『またこのメロディーか』って」

来る日も来る日も、一つの旋律と戦いながら、久石は使える時間はすべて使って作曲に没頭した。映画に必要な30曲の原形を揃えるための作業は、宮崎駿監督に聴いてもらうことになっていた日の明け方まで続いた。

6月9日。久石はほとんど睡眠を取らないまま、宮崎監督のもとを訪ねた。監督が曲を聴くのは、4月にテーマ曲が決定して以来のことだった。

用意したのは、コンピューターの打ち込みによってオーケストラ用の編曲がほとんど出来上がった“完成形”に近いもの。マネージャーと綿密に打ち合わせた順番通り、1曲ずつ丁寧に紹介した。

作品のテーマ、意味にも大きく関わってくる音楽を、監督はどう受け止めるのか。久石は淡々としながらも、内心は緊張で胸が張り裂けそうだった。「20年の付き合いでも、こればっかりは慣れるってことがないんだよね」

しかし、久石の気迫は監督にも十分届いていた。すべての曲の紹介が終わった瞬間、監督の顔から優しい笑みがこぼれ、思わずひじで久石をつついた。

「いいねぇ」

若干の変更要請があった2曲を除き、すべての曲にOKが出た。大きな山を一つ乗り越え、胸をなで降ろした瞬間だった。

しかし、息をついている余裕はない。すぐに最終的な編曲作業と譜面制作を始めなければならない。オーケストラ録音は、3週間後に迫っていた。(依田謙一)

(2004年6月11日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

報告編:久石譲がカンヌで指揮 出来は「完全」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
報告編:久石譲がカンヌで指揮 出来は「完全」

今年のカンヌ国際映画祭で、作曲家でピアニストの久石譲が、バスター・キートンの無声映画「キートン将軍」(1926年)のデジタル修復版の上映に合わせて、オーケストラの指揮を務めた。映画史に輝く作品を集めた特集上映「カンヌ・クラシックス」の終幕を飾る催しで、映画祭最終日前日の5月22日に行われた。

久石は、この秋、修復版をDVD化するフランスの映画会社の依頼で、「キートン将軍」用のオリジナル音楽を書き下ろした。上映会では、現地のオーケストラが、計22曲を1時間15分にわたって披露。叙情的、かつ胸はずむような久石サウンドが、作品に新たな命を吹き込んだ。映像とぴったり合った演奏が終わると、総立ちの観客から拍手喝采(かっさい)を浴びた。

久石はこれまで、宮崎駿監督や北野武監督の作品など、数多くの映画音楽を手がけているが、サイレント映画は初めて。「クールでスラップスティック」なキートン作品が好きだったということに加え、「効果音やせりふに縛られず、100%音楽で表現できる」ことにも大きな魅力を感じて、音楽監督を引き受けたという。

「映像における音楽は想像以上に重要。世界観とか感情とかは、結構、音楽が決めていると思うんです」

現地オーケストラとの練習時間は、本番前日のみ。だが、出来は「完ぺき」だったという。

「映像と合わせるため、1曲の中でもめまぐるしくテンポが変わる。それを22曲、75分間やり続けるのは、人間の生理的に無理なのではと思った。だが、このオーケストラの人たちは素晴らしかった」

カンヌの観衆の反応には「やっぱり、ぐっと来ました。コンサートをやり終えた時の感じ。日本でもやりたいなあと思いました」と満足そうだった。(読売新聞夕刊芸能面より)

(2004年6月4日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

Disc. 久石譲 『NHK シリーズ世界遺産100テーマ』 *Unreleased

2004年 TV放送開始

 

NHK 「シリーズ世界遺産100」
音楽:久石譲

 

オープニング用とエンディング用の2バージョン。どちらも30秒程度の楽曲。

※未CD化
※itunesにて「オープニング・テーマ曲」は購入可能

 

2006年開催「「名曲の旅・世界遺産コンサート」〜伝えよう地球の宝〜」にて唯一コンサート披露されている。この模様は当時TV放送もされた。それによると同楽曲のオーケストラ編曲は他者によるものである。

フルオーケストラによるシンフォニー・バージョン(約2分)、ピアノによるピアノソロ・バージョン(約1分)も存在する。いずれも期間限定配信などによるもので、計4バージョンのバリエーションがある。

 

 

NHK 世界遺産100 サムネイル

 

第18回:「さぁ、帰ろう」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第18回:「さぁ、帰ろう」

2004年5月12日。前日に宮崎駿監督と「ハウルの動く城」の最後の音楽打ち合わせを終えた久石譲は、都会の喧噪を離れて作曲に没頭する「恒例行事」のため、山梨・河口湖のスタジオへ合宿に向かった。

河口湖では、6月29、30日に予定されているオーケストラ録音に向け、集中的に作曲を行う。16日までの5日間で、全30曲の原形を作るのが目標だ。

慌ただしい日程だが、久石には、この期間でめどをつけたい理由があった。フランスの制作会社の依頼で音楽をつけたバスター・キートンの無声映画「キートン将軍」(1926年)を、翌週の第57回カンヌ国際映画祭で上映する際、久石の指揮で現地のオーケストラが生演奏するのだ。

世界中の映画関係者が注視するカンヌは、失敗が許されない現場。緊張が久石を襲っていた。「初めて一緒にやるオーケストラなのに、現地でのリハーサルは一日のみ。できれば、『ハウル』の完成が見えたすっきりした状態でカンヌに臨みたい」

久石は、河口湖に到着するなり、スタジオにこもった。ジブリから届いた映像と絵コンテをもとに、作曲にとりかかる。平行してオーケストラ用の編曲を行うという過酷な作業だが、迷うことなく音を重ねていった。すべての楽器の音を次々に演奏する「一人オーケストラ」だ。

初日は3曲を完成させた。出来上がった音は、シンセサイザーで打ち込んだとは思えない迫力のオーケストレーション。「いいペース。大丈夫、いけるよ」

「ハウル」の音楽は、事前に作られたイメージアルバムの流れをくみ、正統派のオーケストラサウンドを目指している。「いつもなら、民族楽器やシンセサイザーの音を織りまぜるけど、今回は合わないと思った。19世紀末のヨーロッパを舞台にしている以上、すべての音がオーケストラの楽器によって成り立っているようにしたかったんだ」

夕食の準備をしていたスタッフが、テーマ曲「人生のメリーゴーランド」を口ずさむ。「このメロディー、大好きです」

気分転換のために卓球台も持ち込まれた

2日目も勢いが止まらず、場面展開の多い難曲を完成させた。「静寂の中にいると集中できる。東京では、なかなかこうはいかないよ」

合宿に同行した久石の拠点スタジオ「ワンダーステーション」のエンジニア浜田純伸は、山奥のスタジオの利点をこう語る。「都会には心地よい静寂がありません。もちろん防音によって人工的に無音を作り出すことはできるけど、それは静寂とは違う。ひっそりとした音がして、初めて静寂と呼べる。だから集中できるんです」

好環境を創作に活かすため、合宿ではいつも規則正しく過ごす。10時に起床、散歩をして、11時からブランチ。昼からスタジオに入って、ひたすら作曲。19時から食事を取り、再びスタジオへ。24時頃まで作業後、卓球で汗を流して、午前2時に就寝。これが毎日続く。

3日目は、夕食前に3曲が上がった。しかし、この日も順調かと思った矢先、突如体調が崩れ、仮眠を取ると言い出した。「急に体が重くなって……」と元気がない。

体調を気づかい、東京からチーフマネージャーの岡本郁子が駆けつけた。「もうすぐカンヌもあるのに」と頭を抱える。

スタジオ周辺は標高が高いため、5月でも朝夕は冷え込む。ちょっとした隙に風邪のウイルスにつかまってしまったようだ。

岡本がスケジュール帳を見つめる。「カンヌも大事だけど、『ハウル』は久石が集大成を目指している作品。日程的にきつくなるけど、一度体を休めて、仕切り直した方がいいかも知れない」

仮眠から目覚めると、話し合いが始まった。「作業を続けたい」と主張する久石に、岡本は、翌朝帰京し、一度「ハウル」から離れることを提案した。やりとりは深夜に及んだが、久石はこの提案を受け入れた。

岡本が振り返る。「日程が詰まっている方がいい曲ができることもあれば、そうじゃない場合もある。その時々で久石がもっともいい曲を作れる選択肢を選ぶのが、自分の仕事。あの時は、一旦距離を置くのが『ハウル』のためだった」

翌朝の久石は、顔色こそすぐれなかったものの、どこかすっきりしているように見えた。話し合って出た結論に納得したのだろう。朝食を食べながら、スタジオ周辺に花粉が多いことを話題に笑う。「花粉の飛ぶ時期にコンサートをやると、ピアノを弾きながらくしゃみすることもあるよ。うずくまってごまかすけど」

久石は、車のシートに深く身を沈めた。「さぁ、帰ろう」

「ハウル」のための、一時休戦宣言だった。(依田謙一)

(2004年5月20日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲

 

第17回:「主題歌の条件」

連載 ハウルの動く城 久石譲

連載 久石譲が挑む「ハウル」の動く音 (読売新聞)
第17回:「主題歌の条件」

映画と主題歌の関係について、少し考えたい。

主題歌と劇中音楽の「役割分担」は難しい課題だ。久石もかつて、自身の著書「Iam」のなかで、主題歌を用いることに対し、「よほど細心の注意を払って使わないと、映画の内容とチグハグになって、かえって白けることも多い」と指摘している。

確かに、宣伝目的で内容と関係ない主題歌を取り入れる映画は、依然として存在する。エンドクレジットで、突然、不釣合いな主題歌が流れてがっかりした経験は、誰にもあるだろう。

しかし久石は、同書で「観客に直接訴える分、感動も大きいし、理解も深められる」と記している通り、主題歌の存在そのものを否定しているわけではない。例として「ティファニーで朝食を」(1961年)のヘンリー・マンシーニによる主題歌「ムーン・リバー」を挙げ、「映画のテーマ曲の理想」と讃えている。

映画にとって、理想的なテーマ曲とは何だろう。久石は「歌でも、インストゥルメント(器楽曲)でも、どっちでもいける曲」と定義する。

映画音楽の中心となるテーマ曲は、作品中で何度も使用される。「ムーン・リバー」のメロディーは、主題歌としてはもちろん、様々な場面の要求、編曲に耐えうる力を持っており、最近のテレビドラマなどで見られる「歌のために作られたメロディーを、安易に編曲したもの」とは、一線を隠す。

久石はさらに強調する。「主題歌は、楽器のみで演奏してさまにならなければ意味がない」

その考えを実践したのが、宮崎駿監督と組んだ2作目の作品「天空の城ラピュタ」(86年)だろう。同作の主題歌「君をのせて」は、繰り返し登場するテーマ曲の到達点として、物語を締めくくる。

続く「となりトトロ」(88年)では、作品のイメージそのままの「せいいっぱいに口を開き、声を張りあげて歌える歌」という監督の要望に久石が応え、今や誰もが知っている「さんぽ」が生まれた。

スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーによれば、宮崎監督は「映画には主題歌があってほしいと思っている人」だ。だからこそ、主題歌は大切な「作品の一部」でなければならない。

久石による主題歌を採用していない「魔女の宅急便」(89年)や「紅の豚」(92年)でも、その信念は一貫している。

もちろん、「ハウルの動く城」の主題歌「世界の約束」(作詞・谷川俊太郎、作曲・木村弓)でも。

監督には、谷川が書いた「涙の奥にゆらぐほほえみは」で始まる歌詞が、どうしても必要だった。

しかし、一方で、久石が作曲した劇中音楽と明らかに違うメロディーを、どうやって作品内で一体化させるかという課題が生まれた。

久石は、これを解決するため、新しい試みに挑んだ。自ら新たに同曲を編曲し、テーマ曲のメロディーを織り込んで、作曲者が違う曲を一つのものとして表現したのだ。久石が自身のものでない主題歌を編曲するのは、初めてのことだ。

果たして、その結果は──。(依田謙一)

(2004年5月14日 読売新聞)

 

連載 ハウルの動く城 久石譲