Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(1)~イントロダクション~

Posted on 2024/08/06

映画『君たちはどう生きるか』(2023)公開から約1年。久石譲インタビュー(2023.10)と前島秀国LPライナーノーツ(2024.7)をもとに、本作品の音楽制作過程や楽曲解説をまとめていきます。何も情報のなかった公開当時に記したレビュー(2023.8)からミニマルにぎゅっと圧縮して今回新たに再考したことにも触れています。作曲家、評論家、それぞれが語ったことを並べるように進めていきます。

前島秀国さんは、久石譲CD作品の数多くのライナーノーツを手がけています。また近年にかけてラインナップされたスタジオジブリ作品サウンドトラックのアナログ盤においても新ライナーノーツを書き下ろしています(久石譲が音楽担当した作品)。小説に添えられた文庫解説と同じように、作家とその作品群に精通した専門家による評であり、そこには鋭い個人の解釈と久石譲の代弁者ともなり得る説得力があります。正解ではなく共感できるか、磨かれた一つの回答がそこにはあります。

出典は頁末に記しています。全てを書き出して振り分けていくことはできません。興味を抱いた事柄については、ぜひオリジナル・テキストを手にとってください。

 

 

約40年間の歩み

宮﨑駿監督と久石譲のコラボレーションの歴史は、初めてタッグを組んだ映画『風の谷のナウシカ』(1984)に始まります。これまでに長編映画10作品、短編映画3作品、そして10年ぶりの最新作『君たちはどう生きるか』は11作目になります。高畑勲監督と初タッグとなった映画『かぐや姫の物語』(2013)も加えて共に歩んできた約40年間です。

宮﨑駿×高畑勲×久石譲によって確立されたとも言える、イメージアルバムからサウンドトラックまでという音楽制作の方法論は、映像にとってあるいは作品の世界観にとっていかに音楽が重要であるかということを示してきました。これまでに培ってきた盤石の方法論たちは本作では継承されたのか打破されたのか、これから紐解いていく大きなポイントになります。

 

 

音楽制作日誌

2021年11月 宮﨑監督から正式に依頼される
2022年1月5日 宮﨑監督へ誕生日プレゼント「Ask me why」
2022年7月7日 初めて試写を観る
2022年11月15日 主要シーンの音楽仮付け
2023年1月20日 ピアノ・レコーディング開始
2023年1月21日 オーケストラ・レコーディング開始

 

久石譲インタビューは当時を回顧するように詳細に語られています。前島氏はそこからきれいに要約してまとめています。

 

前島:

「2021年11月、久石は宮﨑監督から『君たちはどう生きるか』の作曲を正式に依頼されたが、翌年の夏ぐらいまでにほぼ映像ができあがる予定なので、それを先入観なしに観てほしい、それまでは絵コンテも読まないほうがいいと宮﨑監督から伝えられ、映画の内容に関する具体的な話は出なかった。次に久石が宮﨑監督と会ったのは年明けの2022年1月5日、すなわち宮﨑監督の誕生日である。毎年、久石は監督への誕生日プレゼントとしてピアノ曲を作曲・録音し、それを本人に届けるのが恒例となっているが、2022年の誕生日プレゼントとして書かれた新曲《Ask me why》を久石から贈られた宮﨑監督はこの曲を大変気に入り、宮﨑監督の希望でこの映画のテーマ曲に用いられることになった。それから7ヶ月後の同年7月7日、久石はようやく本編映像の試写に臨み(その段階で映像は95%以上完成していたという)、本作の内容を初めて知る。しかしながら、これまでの作品で必ずおこなわれてきた宮﨑監督との音楽打ち合わせはいっさいなく、「あとはよろしく」の一言だけで久石は宮﨑監督から音楽の作曲を一任された。試写で受けた衝撃を消化するのに数ヶ月を要した久石は、海外ツアーの合間にデモ曲の作曲に着手すると同時に、これまで宮﨑監督の誕生日プレゼントとして作曲したピアノ曲のいくつかをサウンドトラックに用いるという決断をした。11月15日、久石は映画の主要なシーンに10曲ほど仮付けしたものを宮﨑監督と鈴木敏夫プロデューサーに聴かせ、両者の了承を得る。そして11月後半から本格的な作曲作業に入り、翌2023年1月21日からオーケストラの収録がスタートし、その後まもなくサウンドトラックが完成した。」

 

 

サウンドトラック

上映時間は約124分、サウンドトラック盤は約69分、本編の約半分に音楽がついています。この中で、複数回使用された曲(一曲/曲部分)はありません。未収録曲もありません。映画本編に沿って曲順も曲尺もそのままに収録されています。ある一曲を除いて。「20.呪われた海」は、本編に使われたのはその一部で使われなかったパートもふくめて音源化されています。

 

 

音楽クレジット

作曲・編曲・プロデュース:久石譲

指揮・ピアノ:久石譲
演奏:Future Orchestra Classics
ゲストコンサートマスター:郷古簾
コーラス:麻衣&リトルキャロル

 

指揮は、コンサートも音楽収録も作曲者の久石譲によって音たちが導かれていきます。

ピアノは、久石譲本人によるものです。そんなのご存知と思うかもしれませんがそうでもありません。あえて区別しているのか定かではありませんが、近年だけを見ても映画『海獣の子供』(2019)や映画『二ノ国』(2019)などは別のピアノ奏者をたてています。宮﨑監督作品については全作品ご存知のとおり久石譲ピアノです。本作の主人公は宮﨑監督であり、宮﨑監督へ贈られた曲たちも大切な役割をもっています。おのずと久石譲が紡ぐピアニズムが欠かせません。とりわけ本作では、物語のなかに常にいて寄り添っている久石譲ピアノです。

演奏は、久石譲の呼び掛けのもと若手トップクラスの演奏家たちが集結するFuture Orchestra Classics(FOC)です。2016年の母体から精力的にクラシック演奏会を開催し、それらを収めたアルバムは高い評価を得ています。久石譲新作から現代作品まで、常に現代的なアプローチで臨み久石譲が追求する音楽を共に研鑽し進化させています。本作は、記念すべきFutune Orchestra Classics名義でのサントラ初クレジットになります。

これまでのスタジオジブリ作品サウンドトラックは、新日本フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団、東京交響楽団といった在京オーケストラと共演してきました。FOCは室内オーケストラです。室内楽ほどの小さい編成からオーケストラほどの大きい編成までその柔軟な駆動力を活かしながら、現代的なアプローチとまっすぐ伸びるノンビブラート奏法も相まって極めて芯の強い音像になっています。

ゲストコンサートマスターは、その冠のとおりFOCに客演で初参加となった郷古簾氏です。2022年からNHK交響楽団のゲスト・コンサートマスターを務め、2024年4月から第1コンサートマスターに就任しています。同年7月には久石譲MFコンサートVol.11にも初参加を果たしています。

コーラスは、麻衣&リトルキャロルです。過去には『崖の上のポニョ』(2008)のイメージアルバムとサウンドトラックにも参加しています。『風の谷のナウシカ』(1984)の少女の歌声は当時4歳の麻衣さんです。『もののけ姫』(1997)のイメージアルバムで「もののけ姫」を歌唱していたのもまた麻衣さんです。麻衣名義・リトルキャロル名義とありますが、これまでに数多くの久石譲映画音楽に華を添えてきた女声コーラスグループです。

 

 

受賞歴

世界各国の映画祭・賞レースで盛り上がりをみせる本作ですが、その中から音楽賞にフォーカスしても枚挙にいとまがありません。最優秀賞に輝いたニュースは瞬時に世界を駆け巡ります。

  • 第28回フロリダ映画批評家協会賞 作曲賞
  • 国際シネフィル協会賞 作曲賞
  • 国際映画音楽批評家協会賞 アニメ映画部門作曲賞

 

このほか名だたる映画賞の音楽部門/作曲賞で数多くノミネートされ話題を集めました。

  • 第81回ゴールデングローブ賞
  • 第51回アニー賞
  • 第17回ヒューストン映画批評家協会賞

ほか

2024年8月現在

 

 

次回は、映画『君たちはどう生きるか』でとられた新しい方法論についてみていきましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

 

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