Blog. 映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説(2)~方法論~

Posted on 2024/08/07

映画『君たちはどう生きるか』でとたれた新しい方法論についてみていきましょう。中でも注目するのは大きく3つです。ミニマル・選曲・世界観です。エピソードに触れていくことで、音楽として具現化していった経緯や確信に満ちたアプローチまでみえてきます。

 

 

久石:

「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」

「この4、5年は中国の映画などでミニマル的アプローチで全編通すということをいくつか試みていたんです。で、今回「君たちはどう生きるか」の映像を初めて観たとき、ああ、これはもう愛と感動の方式をとらないでいいだろうと、はっきり思ったんですね。そのとき、メロディーではなくミニマルで行こうと腹を決めたのは事実なので、鈴木さんの解釈は正しいです。」

 

「7月に仕上がった映像を観て、最初に2部構成だと感じました。前半は「風立ちぬ」のように、少し前の時代の現代が舞台。後半は「崖の上のポニョ」のようなファンタジーであると。前半はできるだけ小さな編成でゆき、後半はオーケストラになっても構わないという構成をイメージしました。」

 

「映像を観終わったあと、宮﨑さんがふらりと顔を出されて「あとはよろしく」と一言(笑)。通常、映画の音楽を作るときは絵コンテや台本を読みながら、音楽打ち合わせを行います。今回は、それもなかった。「どこに音楽を入れるかもすべて任せますから、お願いします」と。」

「今回面白かったのは「じゃ、あとはよろしく」と言われたことで、一音楽家として曲を書くことより、ひとつの映画の音楽全体、あるいは音響全体までをまとめなきゃいけないという意識が強まったことです。新たに広がった視野で考えていった時、僕の掌の中にはすでに宮﨑さんに毎年贈ってきた曲が溜まりに溜まっていることに気づいたんです。4、5分以上の曲が14~15曲以上あって、すぐに「この素材を全部使えばいいじゃん」という発想に切り替わった。かなりタイトな制作期間だったにもかかわらず、制作に集中することができた。宮﨑さんが「これってテーマだよね」と言ってくれた曲があったことも心の支えでした。」

 

「映画に対して”選曲スタイル”でやったほうがいいケースの音楽もあるんです。それをうまくやった人間が(スタンリー・)キューブリック監督です。キューブリックは映画「2001年宇宙の旅」の宇宙航行のシーンで「美しく青きドナウ」というワルツを流す。無重力空間で。普通だったら派手なホルスト系の「惑星」みたいな曲になりそうなのにならない。見た瞬間からもうあれ以外考えられなくなりますよね。それが選曲の良さです。想像もつかない音楽をつけることができる。これはわれわれ作曲家にはできないんですよ。なぜなら映像を見て曲を書くから。」

「うん。テレビ番組などで選曲家が悲しいシーンに明るい曲をつけて楽しんでいるケースはあります。でも作曲家はまずやらない。計算して悲しいけど明るい曲を書こうとしたって、わざとやったらその意図はどうしても曲にあらわれてしまい、あざとさが透けて見えてしまう。だから本来、作曲家がキューブリックの「2001年宇宙の旅」のような選曲の妙を表現することはできないわけです。ところが今回、ある種の偶然も手伝って、僕は作曲家でありながら”選曲”の表現を試みることができた。」

 

(補足)

原典からの引用箇所を選ぶのが難しかったため、一点補足します。久石譲は海外ツアーの際に曲を書き溜めていました。『君たちはどう生きるか』や当時話が持ち上がっていたアメリカのテレビドラマの垣根はなく、何の用途もなく作ったデモ音源は約20曲ぐらいになっていました。誕生日プレゼントとこれらのデモ音源をはめたり、その流れを見ながら新たに浮かんできたところは曲を書き足していったということを明かしています。

 

 

前島:

「主人公・眞人が暮らす現実世界すなわち「上の世界」を描いた前半部と、眞人が足を踏み入れた塔の中で体験する「下の世界」を描いた後半部で映画の内容が大きく変わるので、前半部の音楽は眞人の心情に寄り添う形でピアノ・ソロもしくはピアノ・トリオのような最小限の編成で音楽を付け、後半部に入ってから初めてオーケストラを使用する。かつ、前半部も後半部もミニマル・ミュージックのスタイルを用いて作曲し、スコア全体の統一感を生み出す。」

「これまで久石が宮﨑監督の誕生日プレゼントとして書いたピアノ曲(いくつかはジブリ美術館のBGMとして使用されている)を本編の音楽に用いることで、映像と音楽が対等の関係を結ぶような効果を生み出す。音楽用語のアナロジーを用いれば、画と音がユニゾンでべったり進んだり、どちらかがホモフォニカルに従属したりするのではなく、ポリフォニックな関係によって互いの存在を引き立たせるということである。その際、宮﨑監督の画に対するカウンターポイントとして対置される久石の音楽は、もともと久石が宮﨑監督を念頭に置いて作曲した曲なので、宮﨑監督の自伝的要素が少なからず含まれる本作の内容から著しく逸脱することはない。そして、スタンリー・キューブリック監督が『2001年宇宙の旅』(1968)でクラシックの既成曲を選曲して大きな効果をあげたように、久石自身がそれらのピアノ曲を選曲し、スコアの中で使用することで、映像と音楽が織りなす予想外の対位法的効果をもたらすことができる。」

(引用ここまで)

 

 

久石譲が語ったことと前島氏の評から、新しい方法論として採用された《ミニマル・選曲》が音楽制作のうえで重要な鍵となったことがわかります。さらに、このことで現れ出ることになった《二つの世界観》についてみていきましょう。

ここでは、イメージアルバムをキーファクターとして追究していきます。本作では制作されていません。宮﨑駿×久石譲のゴールデンタッグにおいて盤石の方法論だったものがないことで起こったことがあります。それは、宮﨑監督の映画制作過程で久石譲のイメージ曲に影響を受けていないということです。これまでに、ドキュメンタリー番組などで久石譲のイメージアルバムを流しながら作業をしていたり、先に出来上がった曲に影響を受けてストーリーが導かれていったり、というエピソードを目にしてきました。本作では出来上がった純粋な映像から音楽がコラボレーションを果たしています。

一方では、なくても揺るがなかったことがあります。誕生日プレゼントから選曲したという点です。宮﨑監督のために書き下ろした曲たちは、いわば宮﨑駿イメージアルバムともなり得るからです。その中から宮﨑監督は「Ask me why」を選び久石譲は他の曲を選び、シーンに合わせて書き足されていった。【自身の少年時代を重ねた自伝的ファンタジー映画】(公式パンフレット 作品解説より)とあります。本作の音楽は、宮﨑監督という世界観と映画の世界観という二つの世界観を共生させて奥深い魅力を放っています。

イメージアルバムがないということは、いきなり本編映像に清書するようなものです。しかし、そこには熟成何年から十数年ものという誕生日プレゼントのピアノ曲があった。寝かせた旨味を冷静にテイスティングできた久石譲セルフ選曲こそ確信に満ちた一手です。かけられてきた時間をみても易々と追い抜くことのできない久石譲の達成です。

 

改めておさらいしてみましょう。キューブリック監督はクラシックの既成曲から選曲することで、本来全く違うものが重なり合い予想外の効果をもたらしました。久石譲は従来のイメージアルバムのように作品のキーワードや絵コンテから書いた曲ではなく、宮﨑監督をイメージの源泉として純粋に書いた曲から選曲することで、そのシーンからは想像もつかない音楽の効果を生みました。どちらも映像と音楽の対等な関係です。さらには、通常は外部の既成曲の場合使いたい部分の抜き出しやシーンに合わせた切り貼りしかできません。作曲家自ら選曲するということは、曲素材をもとに映像に合わせて音楽的に再構成することができる、その作品の世界観を統一性や意外性をもって音楽設計を進めていくことができる、ということになるのではないでしょうか。

 

Scene 01:14:35 / There is no music in this cut.

 

 

次回は、映画『君たちはどう生きるか』で継承された方法論についてみていきましょう。

 

 

映画『君たちはどう生きるか』サウンドトラック楽曲解説

(1)イントロダクション
(2)方法論
(3)方法論 継
(4)Ask me why
(5)白壁・聖域・祈りのうた
(6)青サギ・黄昏の羽根 ほか
(7)ワラワラ・炎の少女 ほか
(8)追憶・陽動 ほか
(9)眞人とヒミ・大伯父 ほか
(10)ネクストアップ

 

 

引用元:

  • 久石譲「宮﨑さんが行こうと思っているんだったら僕もそこに行く。こんなの見たことないよねということを、一緒にやると決めたんです」スタジオジブリ『熱風2023年10月号』
  • 久石譲「宮﨑さんのすべてがつまった映画」東宝『君たちはどう生きるか ガイドブック』
  • 前島秀国 ライナーノーツ 徳間ジャパン『君たちはどう生きるか サウンドトラック』アナログ盤
  • スタジオジブリ作品静止画『君たちはどう生きるか』場面写真 STUDIO GHIBLI

そのほかの引用については個々に注釈をつけています

 

 

映画『君たちはどう生きるか』
The Boy and the Heron

原作・脚本・監督:宮﨑駿
プロデューサー:鈴木敏夫
制作:スタジオジブリ ⋅ 星野康二 ⋅ 宮崎吾朗 ⋅ 中島清文
音楽:久石譲
主題歌:米津玄師

上映時間:約124分
配給:東宝
公開日:2023.7.14(金)

 

(関連リンクはこちらにまとめています)

 

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